外伝2『太平洋戦争編』
第二十九話


――扶桑軍は1948年を迎えても、戦局面では不利と言えた。ティターンズにより南洋島北東部に足がかりとなる拠点を構築された事、主力陸戦兵器の質が一世代遅れているため、制空権は取れても、陸戦で歯が立たない事も珍しくなく、連邦軍からバズーカの輸入を行う始末だった。

――1948年 初春 本土

「戦局は予断を許さない状況である。陸軍はどう対応するつもりか?」

「我が陸軍としましては、連邦軍の補助を受けつつ、新型戦車の開発量産と配備が終了次第、攻勢を仕掛ける計画であります。今ははっきり言って、我が陸軍の機甲戦力では、ホリ車でもなければ、真っ向から打ち破れませんので」

今村均大将は、戦局不利な自軍の現状を統合参謀本部の会議でこう発言した。まだ相当数のボルトアクション式小銃が残置しており、それを代替する自動小銃の配備も十分ではない陸軍は急激に近代化に成功した海軍に比すると、泥臭さが目立っていた。

「今村さん、そちらの方では歩兵突撃癖が抜けない者が多いようですな」

「恥ずかしながら。なお、来月からはパンツァーファウストの輸入も行う計画であり、分隊支援火器として、亡命リベリオン軍のBARとカールスラントのMG42を制式採用する事も決定させました。何分、我が軍は九九式軽機関銃すら満足に配備されておりませんので」

扶桑軍の二線級部隊には、旧式の九六式軽機関銃が未だ残置していた。これはウィッチ用に九九式二号二型改13mm機関銃の製造ラインが構築され、そちらに製造能力が割かれた結果、通常歩兵用装備の更新がおざなりにされたせいである。その結果、扶桑陸軍は介入前の時点では『時代遅れ』となりつつある軍隊であった。連邦軍が扶桑海事変終結後に止まっていた陸海軍兵器の共通化を推し進めさせたが、ウィッチらからは九九式二号二型改13mmの製造中止に反対意見が多かった。

「13ミリは欧州でも弾薬の調達が容易で、兵站に不都合が出ない!」

「如何に重装甲の機体が出ても、フラップや主翼の付け根を狙えばよろし!」

などなど。しかし、実際の実戦での扶桑海軍ウィッチ隊は、ティターンズ指揮下のリベリオン軍航空隊に煮え湯を飲ませられる事例が後を絶たなかった。これは陸軍航空が早期にジェットに着目し、連邦軍からの情報でリボルバーカノンとミサイルの開発を進めさせていたのとは対照的であった。特にジェット戦闘機の急激な普及は、無誘導空対空ロケットの陳腐化をも招いた。そのため、誘導ミサイル開発の重要性が認識された。


――ウィッチ達と通常軍人らの対立もあり、海軍ウィッチ隊の戦績は1944年を境に急激に悪化し、空軍設立後の現在では、航空兵器開発は旧陸軍航空閥が主導権を握っている。

「我が海軍も恥部を晒しますが、現在ある船のスペース優先で無茶言うだけの者たちが多く、ウィッチ隊とのしがらみもあり、海軍航空隊はボロボロであります。私がF-4Eを採用させたのは、『載せる船がなければ作ればいい』と思い知らせるためです」

井上成美がいう。海軍には、当時として極めて大型である、F-4Eの採用には反対意見が多く、F-8の増産を求める声が多かった。だが、将来的な事を考えると、汎用性が高く、高性能であるF-4を採用しないわけにはいかなかった。そのため、連邦軍から超大型空母の追加導入と、自前で、八八艦隊の遺産である一三号型の建造途中の竜骨を流用した50000トン級改装空母の整備を行なったとも報告する。

「随分と大型ですな」

「これでも、F-4Eを載せるには最低限必要なサイズに過ぎません。世代のサイクルを考えれば、満載排水量は80000トン必要なくらいです」

「随分と予算かかりますな」

「ええ。政治屋の皆さんを納得させるのに、骨を折りましたよ」

井上は疲れた表情だ。国防大臣となってから、国会の答弁の機会が多いからだ。彼の尽力により建造された空母は意外なワークホースとなるが、それはちょっとだけ未来の話。





――扶桑皇国海軍第一機動艦隊旗艦・空母『龍鶴』

連邦軍から購入されたこの超大型空母も、もうじき実働4年目を迎えていた。大戦型空母を従え、同型艦『紅鶴』と共に艦隊行動に出ていた。第三任務部隊・第一機動艦隊の旗艦に正式に任じられてから一年が経とうとしていた。


「コラァ!何してんのよ、タイガー4!臣民の血税で造られた機体壊す気!?」

「す、すみません!」

危うく着艦失敗しそうになったF-4Eのアビエイターに向けて、無線で怒鳴る瑞鶴。この航海では、空母指揮管制では新米である坂本の指導官として乗り込んでいた。

「ったく、次から気をつけなさいよね」

と、注意する瑞鶴。空母であるので、航空指揮管制の才能は当然ながら備えている。今回の研修ははCATCC(航空管制所)に詰めたり、艦橋のプライマリー・フライトコントロールで指示を飛ばすのが主だ。航空管制所は21世紀以後の構造の空母なので、電子機器も相応のモノだ。モニターとにらめっこして指示を飛ばすのは何とも味気のないように思え、プライマリー・フライトコントロールで指示を飛ばす方がしっくり来る。今のところは研修中なので、坂本は双方の様子を学んでいた。

「あんたも1ソーティ飛んでらっしゃい、サンディ(スカイレイダー)でもスクーター(スカイホーク)でも良いから、ハンドリングからシュート、タッチダウンと、今までの空母とは違うから管制される側からどういうものか見ていらっしゃい」

「は、はい」

坂本はそのまま飛行甲板に降り、哨戒機として用意されたスカイレイダーに乗り込む。A-4スカイホークの訓練は受けていなかったため、乗り慣れたレシプロ機の操縦桿を握る。

「ふう。ジェットもいいが、やはりこっちのほうがしっくり来るな」

坂本はジェット機よりもレシプロ機のほうがしっくり来るらしい坂本だが、レシプロとしてはでかくて重いスカイレーダーはなんとも言えない。

「でかくて重そうな機体だ。本当に飛ぶのか?」

とぶーたれていると……。

「ジェット見てるくせに、何言ってんのよ」

「いや、ジェットは馬鹿みたいな推進力で飛ばしますけど、こいつは旧来の機関でしょ?元は爆撃機とは言え……」

「言っとくけど、サンディは2700馬力超えよ」

「……え?」

「流星より優に700馬力以上もパワーあるから、固定武装の機銃と爆弾を半分積んだ状態でも、空戦できるわよ。それも軽快に」

「嘘ぉ……流星の開発チームが聞いたら泣きますよ、それ」

「いや、本当に泣いてたわよ。何せ搭載量は3トンだし」

そう。同様のコンセプトで造られた流星は、スカイレーダーのライセンス生産の開始と同時に、一線を退いた。長島飛行機の開発陣は、スカイレーダーの搭載量に顎が外れると同時に、『性能が違いすぎる』と嘆いたという。。

「ハハ……。それじゃ発進します」

坂本はそれを聞き、思わず乾いた笑いが出る。流麗な扶桑純正の機体とはかけ離れた、無骨なリベリオン設計の機体を飛ばすのは、扶桑軍人としては寂しいが、ハイパワーで大柄な機体で頑丈なのが最適解であるため、複雑な坂本だった。






――扶桑軍は兵器の入れ替えが陸で遅れる一方、海空分野では迅速であり、この年に入る頃には紫電改の初期型は完全に姿を消し、ハ43搭載型、更にその発達型のハ43特(2400馬力)を積んだ紫電六四型、ターボシャフトエンジンを積んだ七二型が最終型として量産され、同時に烈風改二型(ターボプロップエンジン)型が配備されていた。速度はおおよそ烈風改二で800キロ前後、紫電改最終型で740キロ前後と良好で、F2GやF8Fへの対抗馬兼、戦闘爆撃機として活躍していた。ジェットに抵抗感が強いパイロットはそちらを愛用していた。そのため、この頃の扶桑軍の大規模航空基地では、烈風らとF-4E、F-8、ドラケンが共に並ぶという奇妙な光景が見受けられた。


――前線 扶桑軍一大拠点

「烈風にターボプロップエンジンと二重反転プロペラなんて無茶やりやがるぜ。よく日本機に入ったもんだ」

黒江は連邦軍から、サンプルとして送られたF-15Jを受領しに、この拠点に来ていた。この拠点は、今や実戦テスト場としても機能していたからだ。見かけた烈風改二へそんな感想を漏らす。

「サンプルとは言え、イーグルかよ。気が早い、気が早いぜ」

「君なら、空自で乗っとるから楽だろう?」

「仕様は?」

「自衛隊仕様だ。生産ロットはJ-MSIPの初期段階だ」

「お、本当だ。2000年代後半以降のJHMCSはついてない仕様だ。でも、なんで2003年頃の形態を?」

「2000年代後期のだと、整備の問題や、M粒子での『JHMCS』の誤作動が起こる。M粒子がある以上、過度の電子制御は避けたいのだ。対応可能な電子回路は23世紀の技術水準で
、今度は我が国の限界を超えてしまうのでな」

「なるほど。んじゃ受領します」

黒江は乗り込む。空自仕様なので、手っ取り早く起動させる。

「ん、エンジンの吹き上がりもいい。さて、テストだ」

空自で乗っているそれと同一の感覚で動かせるというのは、気分的に楽だ。それと体で操作法は覚えているので、ドラケンやF-104Jよりも『動かしやすい』。

「なんか、1948年でイーグルドライバーってのも変な気分だぜ。史実通りだと、まだセイバーが開発中のはずだし」

コックピットは見慣れたそれで、2000年代初頭時点の水準のアビオニクスだ。この時代では『アインシュタインがひっくり返る』オーパーツだ。だが、乗り慣れた機体というのは気分的に落ち着くのか、安心した表情だ。

「マルヨンと違って、どこの速度でも言うこと聞いてくれるし、ファントムの半分以下の旋回半径。やっぱ、制空戦闘機はこうでないとな」

第4世代機故、総合的機動性はそれらを遥かに上回り、ジェット戦闘機という分野の完成形とも言える。マルヨンも良い機体であるのだが、旧軍人である黒江は『操縦に気を使う、乗っていてなんだが、若い奴には勧められないな。特に新婚は』と、運用の難しさ故に頭を動かしていたため、操縦性が素直であるイーグルのほうが好きであるという、珍しいケースだった。これは運用計画に携わっている都合上、未亡人製造機を防ぐべく、頭をフル回転させていたからで、ハルトマンも協力している。なので、ある意味では、マルヨンを嫌うハルトマンの影響だった。

「ハルトマンの影響かなあ、これ。そいや、来年か再来年で、ガランド閣下、軍を辞めて、皇帝直属の機関作るとか言ってたな。ラル大尉を自分の後任にするつもりとか言ってたっけ」

この頃、ガランドは軍を退役する腹づもりであり、皇帝直属の、なおかつ自分の意のままに動く裏方の機関の構想を練っていた。自分の後任にはグンドュラ・ラルを推しているとの事だが、ラルは『先輩らを差し置いて、自分が総監になるなど……』と困惑気味だ。

「ミーナ大佐で無くていいのかと聞いたらしいが、ミーナ大佐だと、贔屓にすぎるという批判が出るのが間違いないから、自分の派閥と直接関係ないラル大尉を抜擢して充てるつもりなんだよな。まぁ、あの人の同位体もドイツ連邦空軍総監になってるから、帳尻合わせかな?それとメルダース大佐も大変な目にあったもんだ」

F-15Jを操りながら考える。ラルが空軍総監になるのは歴史の当然の流れだった。また、ウィッチ世界との交流は未来世界にも影響があり、旧ドイツ軍系部隊である『第74戦闘航空団』にメルダースの名が復活した。これは21世紀初頭に名誉剥奪法が適用された事による決定が慣習で受け継がれたが、ドイツ領域内では英雄とされたメルダースの名誉回復を望む声が高く、また、ウィッチ世界でのヴェーラ・メルダースが高潔な人物であった事もあり、名誉回復の機運が高まった。また、バダンにいて、現在は休戦中の元エースパイロットらもメルダースを『メルダースはゲルニカ爆撃の時にはいなかった』と擁護したため、未来世界で一気に名誉回復が決定した。これにより、その流れでアドルフ・ガランド含めたコンドル軍団は一部のみとはいえ、未来世界における名誉回復を果たした。(メルダースから剥奪された勲章も元に戻された。これは、連邦の主導権を握る日本では名誉刑は無かった事、死人に鞭打つ行為が好まれていないのが関係していた。そのため、ガリアが政治的思惑で慌てて行った、名誉刑の行為には苦言を呈した。)

――この際の未来世界のニュース記事は以下の通り。『メルダース大佐の訪問は波紋を呼んだ。旧ドイツ左派は抗議し、ユダヤ系からは『大量虐殺者』とレッテル張りされ、卵が飛ぶ、鞄が飛ぶ、靴が飛ぶ事態ともなった。だが、彼女は高潔な人物であり、また、彼女の口から、『もし、自分が彼の立場なら、民間人への攻撃をやめさせただろう。彼もそうしたはずだ』という言葉が出た事で、一気に名誉回復となった』


――これは日本人の寛容さがなせる決定であったが、旧ドイツの左派やユダヤ系の政治団体からは抗議された。だが、メルダースの名誉回復は旧ドイツ国民が望んだ事でもあり、概ね抗議は自然に収まったという。

(そういえば、名誉回復で思い出した。90年代後半に、旧琉球王朝系の名家の出の連中がクーデター起こそうとしたんだったな。デューク東郷が未然にクーデターを防いだが、そいつらは閑職に追いやられてるんだったな。だから、旧軍人の私が好まれるんだよな)

そう。それは日本政府関係者、防衛庁(防衛省)関係者内で内密に処理した『沖縄シンドローム』事件の事だった。当時に空自のトップエースと謳われた伊波天臣一尉が、クーデターを起こし、それをゴルゴ13に阻止された顛末の事件であった。黒江が空自で重宝される背景は、旧軍人である故の国家への献身がその事件を経た防衛庁内で買われているからだ。


(今年―2005年―の募集、赤松さんや大林が紛れ込んだけど、大丈夫かな。士官学校出の大林はともかくも、赤松さん、兵隊やくざだし)

そう。赤松貞子少尉は実年齢は30を超えている。北郷よりも年上であったためだ。北郷の列機を務めた経験もある。豪快な素行から、『兵隊やくざ』を自他共に認めている。そのため、『士官学校はワシの性に合わんわ』と、航空学生からのコースで空自に入隊した。この時に彼女らの期の訓練を担当した教官は『初めて触ったはずの飛行機の操縦は上手いし、私が教える必要はほぼ無いように思った』と後に述懐した。そして、彼女が『日本海軍最古参で、雷電乗り』とカミングアウトしたのは最初の部隊勤務中の事で、その段階で本性を出した。2005年入隊組で最強を誇る技量、一見、清楚な大和撫子な外見とは裏腹の実年齢と豪快さから、空自内で結構人気が出るのだった。

一方の大林少佐は、黒江の後を受けての防大入りだったので、防大も態勢を整えており、防大関係者は身構えたが、黒江と違って、防大時代は優秀ながらも、普通の素行だった(黒江は教師も学生も仕切っていた)ので、関係者を安心させた。だが、当然ながら成績優秀であり、三尉任官後に『飛行244Fの隊長』である出自がカミングアウトされると、部内で注目され、出自に肖り、意図的に関東圏防空に配された。また、彼女のF-4E(後にF-35)やF-15には垂直尾翼に244Fの部隊マークがノーズアートとして描かれ、米軍からも『日本空軍にしては珍しいノーズアートだな。』と評されたとか。

(来年は誰になるのか。フジの奴も行きたがってるが、今回は抽選だしな。八木や明楽とバッティングしたし)

2005年の募集を終えた頃になると、防衛庁は『極秘・FH留学リスト』を作成しており、扶桑から留学候補生となる将校がリストアップされていた。その中には武子を始めとした64Fの幹部の名もあった。また、時の防衛庁長官に源田が会いに行き、対談した事もあり、2008年度からは留学生枠にする事が取り決められた。その際には源田が恰幅が良くなっていたため、残されている写真と印象が違う事、空自幕僚長在任時より若々しい(当時、40代前半)事もあり、長官に紹介され、『源田実』と名乗り、海軍式敬礼をしてみせた際、時の航空幕僚長は『俺は今、幽霊と話しておるのか?』とめまいを起こしたという。

その際の様子は以下の通り。

「長官、私は夢を見ているのでしょうか?」

時の防衛庁長官に問いかける航空幕僚長。目を白黒させて自らの正気を疑う。

「夢ではないよ、幕僚長。こちらは正真正銘の源田実元・航空幕僚長だ。厳密に言えば、我々の知る彼とは別人だ。源田幕僚長が80年代に亡くなっているのは、君も知っているだろう?」

「は、はい」

「ご紹介ありがとうございます、長官」

源田が言う。彼はどう見ても40代前半の壮年にしか見えない。80年代終わりに亡くなっているので、生きていれば100歳に達しているはずだ。

「別人とは?」

「君のところに、黒江綾香三佐がいるだろう?今、ここにいる源田実氏は彼女と同じ世界の人間だ。従って、幽霊ではなく、『生者』だ」

「な、なるほど。合点が行きました」

ここでようやく平静を取り戻す幕僚長。

「君を呼んだのは他でもない。実は、黒江三佐の異常な昇進速度を訝しむ声が野党から出ていてね。2年で佐官なのはおかしいと。政治家の縁故とかの憶測を週刊誌に書かれると不味い。先手を打って、彼女の出自を明かす必要が出てきたのだ。今年の式典に合わせて、それを公表する。彼女には向こう側で得た勲章の佩用を認めてある。金鵄勲章やこちらで言うところの旭日章が佩用されるので、驚きの声は出るだろうな」

「金鵄勲章は危ないのでは?野党の攻撃の材料に……」

「旧軍の勲章は1986年に名誉回復されているし、佩用も解禁されているので、法的に何ら問題はない。そんな事でガタガタいうのは極左政党とか、最大野党の無知な者達だけだ。それに厳密に言えば、彼女は別の道を辿った我が国の軍人だ。文句のつけようがどこにあるのかね?」

「た、確かに」

「そう。黒江は厳密に言えば、私の部下だ。私が空軍を設立する際の根回しを手伝ってもらった。君らへの工作員のような真似をさせたのはすまないと思っている。君も知っての通り、陸海軍の対立は航空分野であっても例外ではない。それ故、先進的な防空軍である、君ら航空自衛隊の知識が必要だったのだ。後世に『航空自衛隊育ての親』と言われておるのは驚いたがね」

「なるほど。それで印象が違って見えたのですね」

「さよう。我が国は大日本帝国とは『近くて遠い』国家だが、そちらと違って、資源大国なのでな。私が国会答弁に出てもいいと打診したが、既に死人である私が出ると不味いと返事が来てね。黒江に答弁させることにした。あいつは口が回る。与党の批判で飯を食ってる者どもには遅れはとらん」

源田は黒江のハッタリを聞かせた口ぶりをアテにしていた。それはそれから数ヶ月後の式典で明らかとなった。それは航空観閲式での事。

――観閲式に、黒江は自衛隊の制服に扶桑皇国軍人としての勲章を佩用して出席した。そのため、並み居る航空自衛官の中でも一際目立った。勲一等昇月章という、扶桑海事変と大戦初期の武功で得た最高クラスの勲章と功四級金鵄勲章を佩用した上、旧軍と同じ意匠の飾緒をつけていたので、とびっきり目立った。特別儀仗隊や駐在官などがつけるデザインのそれではなく、旧軍将校がつけていたデザインの飾緒である。極めつけは襷掛けの旭日大綬章のようなものを佩用していることだった。

「なんだあれは!」

「日本軍の時代はいざ知らず、今の自衛官が旭日大綬章を叙勲できるわけがない!どういう事だ!?」

と、出席者の内、政治関連者などから驚きの声が上がる。そう。黒江は20代であり、年齢的にも、立場的にも叙勲を受けられないはずの旭日大綬章に見えるものを佩用していたのだ。これにざわめきが起こる。更によく見てみると、更に金鵄勲章がぶら下がっているが、これは誰も気づかない。式典はつつがなく終了したが、ここから本番だ。当時にはインターネットが普及していたので、黒江の佩用していた勲章が話題になったのだ。TVニュースにもバッチリ写っており、ちょっとした話題になった。野党は旭日大綬章とちょっと違うそれを『偽造』と判断、更に廃止された金鵄勲章らしきものが確認されたため、攻撃材料とする事を決定し、次の日の国会で追求しようとしたが、与党と防衛庁は事前の手筈通りに行動。野党の先手を打ち、異世界との国交樹立宣言の会見を開いた。これは、80年代に宇宙刑事ギャバンらの存在により、噂があった銀河連邦の議席を得ていた事実を公認するものでもあり、後に連邦政府の主導を取る伏線でもあった。黒江も会見で『自分は平行世界の日本の軍人で、空軍中佐である』と公的に発表。何故、旧軍相当の将校でありながら、自衛隊の所定の手続きに従って入隊し、幹部自衛官となったかが大手新聞社から質問が出される。黎明期の空自では、前歴が旧軍の将校であれば、それと同じ立場の幹部自衛官に任じられた過去があるからだ。黒江は『自分の世界では、軍隊同士の衝突の記録は普仏戦争が最後であったので、日露戦争以後の近現代の戦術はとても勉強になった』、『実際に体験することで、現在軍隊の教育法を学ぶため』と解答し、マスコミのどよめきを産んだ。また、そのため、実年齢も公表した。

『ですので、自分はこの場にいる誰よりも年上です。今年の時点では、80歳を有に超えている事になります』と。

『それでは、お生まれになった年は……』

『大正10年、西暦で言えば1921年になります』

ここでマスコミはあっけらかんとし、一瞬の静寂が生まれた。大正年間の生まれという事は、太平洋戦争では青年将校であった年代の人間だからだ。

『それでは、戦前の教育を受けられた世代だと?』

『そうなります。私の世界では、尋常小学校を出た後に軍に志願して、高等教育を受けられる機会が設けられているので、そこから陸軍航空士官学校に入校し、任官したのです』

自分の経歴を大まかに説明する。尋常小学校という単語に、周りは世代が古いと実感する。国民学校ですらない、原初の日本近代学制の名だからだ。

『あなたの世界では、女性でも軍人になれるのですか?』

『そもそも、織田信長が存命して幕府を開いた世界なので、近世の前提条件が違うんです。彼の天下統一に女性が大きな役割を果たしたので。安土がこちらでは京都都市圏に含まれます』

そう。近世以後の日本で見られる男尊女卑の風潮はウィッチ世界では薄れている。怪異との戦闘でウィッチは必要不可欠だったためだ。それと、秀吉が史実のように天下人ではなく、一家老として生涯を終えたため、大阪は史実より発展が遅れるものの、大坂の陣がなく、関ヶ原もないので、羽柴宗家は存続している事になる。

『それでは、安土城が大阪城の代わりになったと?』

『あるにはあるんですが、政治の中心にならなかったんで、大阪が本格的に栄えたのは明治以降です。わかりやすく言うと、安土が政治の中心、江戸が港湾整備で発展したからです。江戸が東京になって首都になったのは同様ですが、大阪は堺のほうがむしろ栄えまして』

と、色々と質問され、事実上は黒江が異世界人である事の証明となった。野党は攻撃材料を潰された格好となり、国会での追求は宙に浮いた。金鵄勲章の事も、未だ生存している旧軍人の反発が指摘されたため、野党党首が防衛庁長官に嫌味を言うだけに留まった。

「公式発表前に誤解を招くような事はどうかと……」

「記者会見どころか三日前の官報に扶桑皇国との友好条約の事は載せていましたが、確認していませんか?」

と、外務大臣に止めを刺され、野党はいいところ無しだった。この数年後、与党の腐敗を叩き、どうにか政権の座についた最大野党であったが、大地震と、学園都市がロシアと戦争を行った事を止められなかったのを契機に、数年で下野し、元の黙阿弥となってしまう。彼らの政権下では、パフォーマンスとして、大日本帝国を想起させる(と、彼らは思っている)扶桑皇国との軍事交流の縮小案が出されるが、現場の反対で敢え無く却下されるのだった。


「――なんて事あったっけか。こいつが量産できるようになるのは、どんなに急いでも、ナムの後期になるだろうから、サンプルでもらえる機体を大事にしないとな」

出来事を思い出しながら、F-15Jを操る。ファントム無頼するのもいいが、自衛官としての本質は年代的に、ファントムライダーではなく、イーグルドライバーであり、その矜持があるからかもしれない。黒江はそう言いながら、F-15Jを急上昇させた――。



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