最悪の事態は回避した

だが問題は何も解決してはいない

両者の間には深い溝があり

世界は未だ混沌の中にある

だが諦めない

誰よりも幸せになって欲しい者達がいるから




僕たちの独立戦争  第四十八話
著 EFF


手術室の前で俺達はアクアさんの無事を祈っていた。

周囲には包帯を巻いている人達で一杯だった。

「ぐすん、ママァ……」

「大丈夫だよ、カーネリアン。

 アクアはすぐに元気になってくるさ」

「モルガも?」

「ああ、そうだ」

ヘリオくんがクロノさんに聞いてくるとクロノさんは頭を撫でて話している。

子供達はクロノさんのマントや服を掴んでじっと待っていた。

(みんなにとってアクアさんはお母さんだからな。

 失う事がどれほど辛い事か……俺には理解出来るよ)

形こそ違うが俺も家族を失っていたので、子供達の悲しみは少し理解していた。

「そういえば、ルリちゃんは何処ですか?」

ルナが辺りを見回して聞いてくる。

「ジュールの所だよ。

 相当危険な手段を使ったみたいでな……検査の結果では大丈夫みたいだけど倒れたままなんだよ」

「そう……なんですか」

「ああ、普段は慎重なくせに此処一番ではアクアもジュールも無鉄砲な事を平気でするんだよ。

 やっぱり姉弟だな……似ているよ」

苦笑しながら話すクロノさんに子供達も頷いていた。

「ルリ姉ちゃんもそんなところがあるよ」

「普段は冷たい感じだけど、すっごく熱いとこあるよね」

ラピスちゃんとセレスちゃんがルリちゃんの事を話す。

「そうだな……怒ると怖いな」

「「……うん」」

「でも……優しいよ、ルリお姉ちゃん」

サファイアちゃんがそう言った時、手術室の扉が開いてイネスさんが出てきた。

「アクアは大丈夫なのか?」

全員を代表してクロノさんが尋ねる。

「ええ、大丈夫よと言うか、体内のナノマシンのせいで無傷に近かったわよ。

 私がしたのは弾丸を摘出して傷を縫合しただけよ。

 多分、傷跡さえ完全に消えると思うわ」

その説明に全員が安堵してるが、次の言葉を聞いて声を失っていた。

「問題はクオーツくんよ。

 検査報告待ちだけど、最悪はリンクシステムも考えといてね。

 大丈夫だと思うけど、昔のお兄ちゃんのようになった可能性もあるから」

「悪性ナノマシンによるナノマシンスタンピードか?」

「ええ、状況的には大丈夫だと思いたいけど」

「何かあったのか?」

歯切れの悪い言い方をするイネスさんにクロノさんは聞く。

「ええ、お兄ちゃんが言った不明なジャンプ感覚に関連して火星で分析中の演算ユニットの報告があったのよ」

「……そうか、やっぱりジャンプだったんだな」

「もし……私の推測が正解だったらクオーツくんは無事よ、お兄ちゃん」

「だが別の問題が発生したんだな」

「そうよ……この件はアクアさんが目を覚ましてから三人で考えましょう」

「クオーツは大丈夫なんですか、イネスお姉さん」

ラピスちゃんが不安そうに聞いてくる。

「ええ、お姉さんがキッチリ治して見せるから安心していいわよ」

イネスさんは笑って話すと子供達は安心していた。

クロノさんは真剣な表情で考え込んでいた。

(多分、父親としてこの先の事を考えているんだろうな)

『基地周辺のテロ事件も終息してきました、マスター。

 警戒レベルを一段階下げてクルーの皆さんの休息を考えたいのですが』

「レイの意見はどうだ?」

『構いません、申し訳ありませんがクロノはブリッジで待機してください。

 再び侵入する事はないと思いますが、アクアが復帰するまでオペレーターを任せます』

「分かったよ、ルリちゃんとジュールは休ませてやってくれ」

『はい、私は基地内で今後の事を相談します。

 クロム少佐が現在基地内を掌握して、先程本部より臨時の方が着任されましたので挨拶を兼ねて行ってきます』

二人は意見交換をすると動き出していた。

子供達は医務室のアクアさんの側から離れずに居るので、何処かしらに包帯を巻いたグエンさん達が護衛している。

マリーさんは怪我しているので、隣のベッドで休んでいた。

ジュールも眠っており、医務室には負傷者が大勢いた。

幸いにも重傷者は多数いたが、襲撃者の能力を事前に知っていた為に死者だけは出てなかった。

「死人が出なかっただけ、マシなのかしら?」

野戦病院みたいな部屋を見て、ルナは呟く。

「今回はクロノさんがいたけど、次はどうなるか」

「だ、大丈夫よ、シン」

「辛いよな、家族が傷つくのは」

「……そうね」

「力がないと誰も守れない……か」

戦う力、情報を正確に分析する力、判断力があったからこそ被害は最少になったんだと俺は思う。

多分、どれかが足りなかったら被害は大きくなっていただろう。

「悲しいね……そんな生き方をするなんてね」

平穏な生活にそれほどいるような力を付ける必要があの子達はあった。

力が無ければ失われるのだ……全てを奪われ、残されるのは絶望だけだった。

「俺が甘かったのかな……ただ怒りにまかせて行動しようとするのは危険だと考えなかった事は間違いかな」

「多分、戦争は感情だけでしてはいけない事なのよ」

「でも許せないんだよ。

 どうしてこんな事になるんだろうな」

心配そうにアクアさん達を見つめる子供達を見ながら考える。

(ただ幸せを求めているだけなのに……理不尽だよ)

子供達は望んでマシンチャイルドになった訳じゃない。

自分達の都合だけで彼らを生み出した奴らに俺は怒りを感じていた。

「ふざけるな……命を弄ぶなよ」

俺の呟きを聞いたルナは腕に抱きついてくる。

「落ち着きなさい、シン」

「……そうだな」

ささくれだった心にルナの声が響く。

ルナもこの現実に憤りを感じている。

「みんなが幸せになれるといいね」

ルナの言葉に俺は頷き、眠っているアクアさんが目を覚ますのを待つ事にする。


―――基地内―――


「この度は誠に申し訳ない」

臨時で来られた士官の方は私に会うと頭を下げて謝ってきた。

「いえ、気になさらないで下さい。

 こうなる事はクリムゾンの報告で分かっていましたから」

そう分かっていた事だった……火星の住民の命など地球の人間にはどうでも良い事だと私は感じていたのだ。

「いい身分ですね……命の重さを理解しない人を重用するとは」

私は本心から告げていく。

「無責任な事ばかりしている地球など手助けするべきではなかった。

 市民は自分達が選んだ人間が火星の住民を殺そうとした事を理解せずに責任追及もしない。

 軍人は自分達の利権漁りで大忙し。

 恵まれた世界で現実を知らない方ばかりですね」

感情的になっている事は理解している。

だがどうしても一言告げたかった。

地球人でありながらこの戦争を終わらせようと頑張っているアクアが傷ついた事が腹立たしかった。

民間人であった彼女が傷つき、軍人である彼らが傷ついていない事が私を苛付かせるのだ。

「今回の事は火星としても我慢の限度を越えるかもしれませんので覚悟しておいて下さい」

言い過ぎたと思うがそれでも言わずにはいられなかった。

アクアが傷つき、不安で泣いている子供達の姿を見てしまったからだと思う。

「申し訳ありませんが、今日はこれで失礼します。

 少し感情的になっていますので」

「分かりました。

 では後日改めまして謝罪を」

「はい」

私は二人に頭を下げると部屋を出て行った。


「……配慮が足りなかったな。

 もう少し時間を置いてからにするべきだったな」

ホーウッド准将が急ぎすぎた事に後悔していた。

「確かにそうですね。

 あそこまで感情的に話すところは初めて見ました」

「そうなのか?」

「ええ、普段はクールな方ですよ」

いつもとは違う様子のレイさんに私は驚いていた。

「やはりクルーに怪我人が出た事が悔しかったのではないかと」

状況を聞けばアクアさんが負傷した事が私には驚きだった。

普段は何処ぞのお嬢様みたいな雰囲気の人だが、かなりの使い手だと私は思っていた。

ムードメーカーといえる人で艦内では頼りにされている人物だからレイさんも感情的になったんだと思う。

(優しい人で子供達に慕われていたから、みんな泣いていないといいんだが)

アクアさんに甘える子供達を思うと今回の一件には怒りを覚えていた。

「仕方がない、まずは基地内の掌握と逃げたテロリストの捜索に全力を注いでおくか」

「カスパーの尋問から始めていきますか?」

「ああ、裏切り者から順に基地内に手引きした人間の割り出しをしよう。

 いい加減な事はせずにキッチリ取調べておくぞ。

 この際だ、膿は全部吸い出して綺麗にしておかないとな」

ホーウッド准将も今回の一件には腹を据えかねているようだった。

「彼女の言う通り市民の意識改革もしないと不味いですか?」

「……不味いだろうな。

 未だに火星の事を属国などという輩がいるからな」

私の質問にホーウッド准将も苦笑して答える。

地球の問題は未だ解決はせずにいるのだ。

問題を先送りする政治家達に火星が怒らない事を私達は祈るしかなかった。


―――クリムゾン会長室―――


「そうか、アクアは無事なんだな」

私はミハイルの報告を聞いて安堵していた。

大事な孫娘を失いたくはなかったのだ。

『基地内も収拾がつき、テロリストの7割が拘束、残りは我々が現在追跡中です。

 問題はゲオルグ・ラングの所在です』

「未だに不明か?」

『欧州にあるのは確認していますが、正確な位置がまだ判明しておりません』

ミハイルが現状を報告していた時に割り込んできた者がいた。

『所在が判明しました。

 先程のクラッキングの逆探知に成功しましたので、こちらの準備が完了次第マスターが向かうそうです』

「誰かな?」

この回線に割り込むほどの実力者に尋ねる。

『初めてお目にかかります、ロバート会長。

 私は人工知性体オモイカネ・ダッシュと申します』

「君がダッシュか……アクアからは聞いていたが正直驚いたよ」

まるで人間のように話すダッシュに私は驚いていた。

『準備はどのくらい掛かりますか?

 私達も協力したいのですが』

ミハイルも驚いていたが、仕事を優先するようだった。

『二日後を目処に考えています。

 現在は監視衛星による周辺の監視を実行中です』

『分かりました、ではこちらからも人員を回しますので』

『ではマスターに報告しておきます。

 それからロバート会長』

「何かな」

『ジュールは優しい青年ですが口が悪い所がありますので気をつけて下さい。

 普段は冷静な皮肉屋ですが、クリムゾンに関しては感情的になる傾向があります。

 会う時は注意して下さい』

「気を遣ってくれているのかな、ダッシュ」

『いえ、私自身の利己的な願いから教えている事なので気にしないで下さい』

「それはどういう意味かね」

私は知りたかった……AIが望む事は何なのか?

『私の願いはマスターが幸せになってくださる事です。

 その為にはアクア様が必要ですから。

 貴方とジュールが憎みあえばアクア様が悲しみます。

 それは私としては不本意な事ですので協力しているだけです』

唖然とする……ここまで人間くさいAIだとは思わなかった。

『ではミハイルさんの方にも監視記録を送信しておきます。

 それでは失礼します』

呆然とする私とミハイルに告げるとダッシュは通信を切ってしまった。

「くくくっ、アクアも大変な存在に見込まれたものだな」

久しぶりに愉快な気分になっていた。

『よろしいのですか、秘匿回線に割り込んでくるAIなんてどう対処しますか?』

ミハイルも呆れるように尋ねてくる。

「気にしなくてもいいぞ。

 彼の目的は理解したからな」

私はダッシュを一人の人間として扱うように決めていた。

『彼ですか?』

「ああ、あそこまで人間くさいとは思わなかったぞ」

そう……まるで優秀な執事のような存在に思えてきたのだ。

『確かに人間みたいな言い方でした』

「経験を積んだAIだからだろうな。

 私の事も気遣ってくれるみたいだから感謝せねばな」

『そうですね』

利己的だと言うがその行為は友人を気遣うものと変わらなかった。

『ではこちらも準備を開始しておきます』

「うむ、頼んだぞ」

私は通信を切ると仕事を再開する。

久しぶりに笑う事で気分転換が出来たみたいだった。


―――トライデント 医務室―――


「……医務室だよね?」

僕は目を覚ますと起き上がろうとするが何故か身体中が痛かった。

「いっ、痛い…よ」

「目を覚ましたわね、クオーツくん」

痛くて泣きそうになった僕にイネスお姉さんが声を掛けてくる。

「い、痛いよ、お姉さん」

年齢が判り難い女性にはお姉さんと呼ぶようにとお父さんが言うので僕はイネスお姉さんと呼んでいる。

お母さんではないが優しいお姉さんで、検査をする時はいつも側にいてくれた。

「……筋肉痛ね、残念だけどあと二日は我慢してね」

「え、えっと…はい」

「熱はないし、身体の筋肉痛さえなくなれば大丈夫よ」

「みんなは無事ですか?、モルガは?」

僕はイネスお姉さんに聞く。

「大丈夫よ。安心したかしら」

「良かった」

「何処まで覚えてるかしら?、クロノさんが助けに来た事を覚えている?」

「お父さんが」

「そう、お兄ちゃんが助けに来た時の事」

「知らないです」

「じゃあ、何を憶えているかな?」

イネスお姉さんの声を聞いて僕は赤い色を思い出して怖くなってきた。

「お、落ち着いて、落ち着いてね」

震える僕をイネスお姉さんは抱きしめて優しく話す。

「……力が」

「えっ」

「……力が欲しかったんです。モルガとマリーおばあちゃんを助けたくて」

「……そう」

「目の前が真っ白になって」

「それから」

「赤い色が広がって…………僕、人を殺したの?」

「ううん、大丈夫よ。殺してはいないわよ。

 お兄ちゃんが助けてくれたから」

「ホント?」

「ええ、安心しなさい」

イネスお姉さんが優しく話してくれると安心して眠たくなってきた。

「大丈夫だから眠りなさい」

「……うん」

イネスお姉さんお声を聞いて僕は目をつむって眠った。


―――アクエリアコロニー独立政府会議室―――


「こうなる事は分かっていましたが、実際に起きると腹が立ちますな」

議員の一人が言うと地球の対応の不味さに様々な意見が飛び交っていた。

「火星に戻すべきではないですか?

 今回は死者が出ませんでしたが、次は分かりませんぞ」

「その通りです。

 やはり地球とは袂を分かった方が良いのではありませんか?

 彼らは自分達が安全な場所にいる事に慣れてしまったので傲慢になっています」

この意見には私も賛成だったが、現状でそれを行う事の危険性も理解していた。

「今は無理でしょう。

 火星は人口も少なく長期の戦争に耐えられるほどの余裕がありません。

 せめて人口が一億を超えるほどの状況だったらその意見も選択できましたが」

そう絶対的な数が足りないと私は考えていた。

「ボソンジャンプのおかげで戦線が維持できますが、木連と地球の二つを相手にするのは無理です」

木連はプラントのおかげで無人兵器を大量生産するという行為が出来る。

地球は人口の差で生産量が我々より遥かにあるのだ。

火星は未来からの技術のおかげで優秀な兵器があるだけなのだ。

「数の暴力には対抗できないのが現実です」

私の意見に全員が理解していたが、悔しい事には変わらなかった。

「結局そこに行き着く訳じゃな」

コウセイさんが全員を代表して言う。

「はい」

現状を理解する我々は冷静に対応しなければならなかった。

「それに中途半端に投げ出す真似はしたくはありません。

 我々は地球人ではありませんから」

私の言葉に議員達も俯いていた顔を上げて笑っていた。

火星の住民は地球人である事を捨てようとしている。

その為に環境を整備して住みやすい星に変える事で火星を我々の故郷だと思う者が増えてきていた。

若い世代は自分達が火星人である事を誇りに思う者も増えてきている。

私は苦しい現実に立ち向かい生きていこうとする人々を守りたいと思っている。

「そう火星人は無責任な地球人とは違うのです。

 我々はどんな苦難にも打ち勝って生きていく……次の世代の為に」

「そういう事だな……では作戦は継続しておくか?」

「悔しいですが今は耐える時です。

 ボソンジャンプが実用化された戦後こそが我々の勝利の時です。

 大航海時代になればジャンパーを有する火星と協力者のクリムゾンがキャスティングボードを握る。

 今は時間を稼ぎ、人口を増やしていく事が我々の重要課題です」

私の考えに議員達も次の時代を考えていく。

「我々は無計画に戦争を始めた地球連合政府とは違う。

 確実な手段を選択して生き残り、戦後を迎えた時に彼らに気付かせる。

 浅はかな選択した報いを」

「先の長い話になりそうじゃな」

「良いではありませんか。

 明るい未来図を描いて、次の世代の子供達に渡すのは大人である私達の仕事ですよ」

呆れるように話すコウセイさんに笑顔で話す私を見る者も笑っていた。

苦しい現状だからこそ笑っていたいのだ。

政治家エドワード・ヒューズの信念は今も昔も変わらない。

複数の選択肢を作り、そこからベターな選択を選ぶ。

ベストでは停滞する可能性があるが、ベターなら改善しながらより良い方向に発展する可能性があるからだ。

現状に満足しない人類だからこそ幾多の生存競争に生き残ってきたのだと考える。

私は今日も選択肢を作り出し考えていく。

人類滅亡などいう現実を否定して、次の世代に希望を遺す為に。


―――???―――


(私は誰なんだろうか?)

(俺は俺だと思うがな)

(では貴方が私なのですか?)

(そんな事知らんな)

三つの意識が混じり合うように会話している。

(とりあえず理解しているのは私には身体がない事です)

(一つあっただろう。確か……リチャードとかいった身体が)

(それは本来の身体ではないでしょう。

 私達は既に身体を失っているのですから)

(では私達は死人という事になるのかな)

(ふざけるなよ、俺は生きているぞ)

一つの意識に対して、文句を告げている意識がある。

(だが身体がない事は事実だろう)

(そうですよ。もう失っているのです)

(わかってるよ!

 それでも生きていると思いたいんだ)

諦めたくないと意識が告げると、

(ではお前が使って生きて行くか?)

(それも一つの選択ですが、あの男に従い続けるのですか?)

(冗談じゃねえ、なんで従う必要がある!

 俺達の身体を奪った奴に従う意味などないぞ)

(いずれ気付かれるぞ……我々が意識を取り戻した事に)

(そうなれば、また従い続ける日々が続きます。

 仮にあの男を殺したとしても、その後はどうします。

 私達の体を維持するには奴が必要でしょう)

(ちっ、結局死人と変わらんという事なのか?)

舌打ちするように意識が苛立っている。

(そうだ。私達は死人と同じ様なものだ)

(悔しいですね。ですが報いをくれてやる事は出来そうです)

(それしかないのか?)

(このまま生きていても同じ思いの人が増えるばかりです)

(そうだな、これ以上は増やしたくはないな)

(俺がやる!

 他の誰にもやらせない……俺の手で行うぞ)

(いいだろう。君に任せるよ)

(貴方に全てを託します)

三つの意識は考えをまとめると実行に移そうとする。

負の連鎖を断ち切るために。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「はあ、何考えているのよ」

ため息を吐いてムネタケ提督は報告書を読んでいた。

「どうかしましたか、提督?」

「はい、読んでご覧なさい、カザマ少尉」

私はムネタケ提督から受け取った報告書を読んで頭が痛くなっていく。

「な、何考えているんですか!?」

私は思わず叫んでしまいクルーの注目を集めてしまった。

「何かあったの?」

焦る状況でミナトさんが尋ねてくると、私はムネタケ提督に話していいのか確認した。

「よろしいですか?」

「いいわよ、それは軍の報告書じゃないから。

 アタシ宛のメールだから」

ムネタケ提督の許可を頂いて私は話した。

「欧州で活躍中の《マーズ・ファング》に火星の独立反対を叫ぶテロリストが攻撃しました。

 しかも現地の連合軍士官が協力したそうです」

「え、ええぇ――――!!」

クルーの皆さんは私の説明を聞いて驚いている。

「それって……火星にとって戦争の口実になりませんか?」

アオイ副長が顔を青くして状況を話す。

「そうよ、不味い事をしてくれたわね。

 だけどこれで欧州は火星の独立に賛成するわよ。

 恩を仇で返したなどと陰口が出るのに耐えられるかしら」

「確かに軍人には耐えられないかも知れませんね。

 卑怯者、裏切り者と言われることは屈辱ですから」

「人間は罵られる事には耐えられないからね。

 おそらくキートン中将は本気で粛清を始めるわよ。

 現状を認識できない者は次々と弾かれていく事になるわね」

「そこまでなさいますか?」

アオイ副長が尋ねてくる。

「間違いなくやるわね、あの爺さんは」

ムネタケ提督の断言にアオイ副長は声が出なかった。

「これで欧州は本来の軍の姿に戻るわ。

 市民を守る為に戦う軍にね」

楽しそうにムネタケ提督は話している。

軍の腐敗には下士官や兵士達は憤りを感じていたからだ。

「オセアニアには意気のいい男が中心に上から変わっていったわ。

 あと一つ改革が始まれば軍主導で火星の独立の機運が高まる事になりそうね」

オセアニアはアルベルト・ヴァイス提督が軍の改革を提唱して実行している。

欧州も改革が始まるのだろう。

「極東はどうするのでしょうか?」

私はムネタケ提督の意見を聞きたかった。

提督は生き残るという事に対して非常に優秀な力を発揮していた。

(第一次火星会戦しかり、ナデシコの火星偵察航海といい、危険な任務を生き残ってきた方ですから)

しぶとさでは一流の人材だとプロスさんが話しているのを聞いた事があったのだ。

「ネルガル次第ね、ネルガルのおかげで戦局を優位に進めているから火星に勝てると過信している連中がいるからね。

 火星の実力を知らない連中に口で言っても無駄なのよ。

 だから極東は何時も通りの玉虫色の返事しかしないわよ」

「それって自殺行為ではありませんか?」

結論を先送りにする事は危険な事だと私は提督から聞いている。

極東は二つの派閥に分裂しているそうだ。

ミスマル提督派とウエムラ提督率いる強硬派である。

ウエムラ提督は黒い噂もある人物で過激な意見が多く、火星の独立など認めんと公言していた。

「北米の連合軍総司令は火星と決戦する事を考えるでしょうね。

 あいつは火星が生き残られると不味いからね。

 戦後の責任追及なんて自分の首を絞める事になるから」

提督の考えは正しいだろうと思う。

戦後は火星が独立する、しないでも責任の追及は間違いなくするだろう。

彼らは被害者なのだ。

この戦争の経緯を間違いなく問うてくるだろう。

市民はまだ理解していないが、火星は地球の行動を憎んでいる事は間違いないと思う。

きっかけさえあれば火星は木連側に付くだろう。

ムネタケ提督が教えてくれた火星の戦力が無限の生産力を持つ木連に加われば地球は苦戦では済まないと考える。

「頭の痛い事になりそうですね」

「火星との戦いにはナデシコは出撃しないように動かすわ。

 アタシは死ぬ気もないし、この艦は民間の協力で動いている戦艦だから」

「いいんですか?」

「いいわよ。民間人に死ねなんてアタシは言う気はないから」

ムネタケ提督の考えに反感を覚えるが、よくよく考えると正しい事ではないかと思う。

(民間人に人殺しをさせる訳にはいきませんね)

ブリッジで火星の人達を心配するクルーを見て私はそう考える事にした。


―――トライデント 医務室―――


「……う、…うう……」

「ジュールさん!」

ゆっくりと意識が浮上させながら俺は目を開けるとルリちゃんの顔が目の前にあった。

「ル、ルリちゃん!」

俺は慌ててルリちゃんを引き離すと起き上がり、室内を見る。

其処にはルリちゃんを筆頭に全員が俺を見つめていた。

(えっと、確か……システムを強制的に遮断させて……)

状況を思い出すと俺は慌ててルリちゃんに尋ねる。

「ル、ルリちゃん。状況はどう<パチンッ>…えっ……」

いきなりルリちゃんに平手打ちを喰らい俺は吃驚していた。

よく見るとルリちゃんは泣いていた。

「……座りなさい」

「えっ、ええと」

「いいから座りなさい!」

「は、はいっ」

俺は何故か正座しなければならないと感じていた。

ルリちゃんは俺と向き合うように正座すると、

「何故、あんな危険な事をしたんですか?」

静かな怒りを見せながら問いかけてくる。

「そんなに私は頼りになりませんか?」

怒りと悲しみが混ざった泣き顔で俺に話してくる。

「そ、それは違うぞ。

 姉さんの状態が危険と判断したから短時間で終わらす為にした事なんだ。

 ルリちゃんを信用していたから、後を任せたんだ」

どうやら俺のした行為にルリちゃんは傷ついているようだった。

「でも一言くらいは説明して下さい。

 心配したんですよ。

 姉さんも貴方も無茶ばかりして……そんなに私は頼りないですか?」

「それは違うよ……ルリちゃんが大事だから俺も姉さんも無理をしただけなんだ。

 勝算があったからした事なんだよ」

落ち着かせるようにゆっくりと話す。

「みんなで火星に帰る約束をしたんです。

 誰一人欠ける事なく火星で生きていくんです……心配させる事はしないで下さい」

ルリちゃんはそう話すと俺に抱きついて震えていた。

(不安だったんだろうな……俺が倒れていた所為で、自分が最年長になるから泣けなかったんだろうな)

まだ子供なんだと小さな震える肩を抱きしめて俺は思っていた。

「ごめんな……心配させて」

泣かしてしまった事に俺は後悔していた。

無鉄砲な自分を反省しなければと俺は思っていた。


「やっぱりジュールって「ロ○」なのかしら?」

「いや違うだろう……心配させる事ばかりしているから態度で示しただけだろう」

俺はルナの呟きに答えていた。

「いつも私が不安に思うように」

「その点は反省してます」

「だったら少しは考えて行動してね。

 いつも不安なのよ……いつかシンが遠くに行くんじゃないかと思うの」

ルナは俺を見て気持ちを伝える。

「大丈夫、どんなに遠くに行っても帰る場所はルナの隣だから」

俺は告げる事で自分の思いを確認する。

(そうさ、俺にはまだ帰る場所があるんだ。

 だから復讐者にはなれない……力は欲しい、だけど復讐の為じゃなく大事なものを守る為に欲しいんだ)

「……信じていいの?」

「信じて欲しいな」

不安な様子で聞くルナに俺は微笑んで話す。

強くなりたいと思う。

理不尽なこの状況でも生き残って守り続ける力が欲しいと願う。

「貴方達はもう少し場所を考えてからイチャつきなさいね」

「イ、イネスさん」

背後から声を掛けられて俺達は吃驚していた。

イネスさんは俺達を押しのけるように進むと、

「どう気分は?」

ジュールの状態を確認している。

「特におかしなところはないですよ」

ジュールは軽く頭を振り答えていた。

「運はいいみたいね。

 今回の事だけど一歩間違うと神経が焼ききれて廃人になる可能性もあったわよ。

 ダッシュに感謝しなさい。

 タイミングをちゃんと計ってくれたから無事だったからね」

その言葉を聞いて俺達は絶句していた。

(ジュール……お前も俺の事を馬鹿に出来んぞ。

 なんつーやばい事するんだよ)

ジュールも冷や汗をかいていた。

「そ、そうですか」

「そうよ、心配かけるのはやめときなさい。

 貴方は一人じゃないのよ、心配する人がいるから自分の事もちゃんと考えなさい」

悲しませるなとイネスさんは言う。

ジュールも今回の事は反省しているのだろう。

「……はい」

「じゃあルリちゃんを休ませてあげなさい。

 この子が一番心配していたのよ。

 アクアが無事だったら良かったんだけど、負傷して休んでいるからみんなのフォローとか全部していたわ。

 お兄ちゃんより体力がないから疲れているはずよ」

そう言うとイネスさんはルリちゃんを見たが既に眠っているようだった。

ジュールは優しく抱き上げると代わりにベッドに寝かせた。

「姉さんは無事なんですか?」

状況を尋ねるジュールにイネスさんは答える。

「ええ、今は眠っているけど大丈夫よ。

 モルガくんとクオーツくんが怪我したけど全員一応は無事よ」

「つまりクオーツに問題が発生したんですね」

「結果オーライの可能性も出てきたわ。

 今は分析待ちの状況かしら」

「その件は姉さんと一緒に聞かせてもらいます」

「そうね……後は検査を受けてもらうわよ。

 それから一週間はIFSの使用は禁止よ。

 検査結果が出てから少しずつ行ってもらうわ」

「分かりました」

医師としての注意をジュールに告げるとイネスさんは部屋を出て行く。

他の患者とクオーツくんの検査もしなければならないのだろう。

「さて部屋に戻って休むか。

 ヘリオ……一緒に寝るか?」

「ここに残るよ、兄ちゃん」

「そうか……じゃあ姉さんが目を覚ましたら呼んでくれるか?」

「うん」

ヘリオくんの頭を撫でると空いている簡易ベッドに眠そうにしていた子供達を抱き上げてベッドに寝かせていく。

「いいお兄さんみたいね」

「みたいだな」

俺達はジュールがみんなと仲良くやっていけると感じていた。

こいつならクロノさんと同じように守っていけるだろう。

「さて戻るか……ああ、二人とも子供達の前で変な事はするなよ。

 情操教育に悪いからな」

俺たちに笑いながら話すジュールに俺達は、

「「しないぞ(わよ)!!」」

同時に叫んでいた。

ジュールは俺達を見て肩を竦めると部屋を出て行く。

(皮肉屋なところは直らんみたいだな)

一番改善して欲しい所は変わらない事を知って俺とルナはため息を吐いていた。

夜は更けていく。

今日よりも明るい未来になるように陽は照らしていく。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

すいません、収拾できませんでした。
次回に持越しです。

では次回でお会いしましょう。



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