ゆっくりと思い出していく

かつての自分だった頃の思い出を

奪われたものは取り戻せない

もう自分は死んでいるのだろう

ここにいる私は記憶の残滓なのかもしれない

怒りはあるが、彼らにせめてもの謝罪をする事を優先しようか




僕たちの独立戦争  第四十九話
著 EFF


「くっ、最悪だな……ここまで作り上げるのにどれ程の時間が掛かったか。

 一基だけ無事だったから良かったが、これでは満足に活用できんぞ」

ゲオルグは生体人工知性体が損傷した事に苛立っていた。

破壊された脳の代わりはすぐには用意できない。

現状で再び襲撃しなければならない事に苛立っていた。

「ここまで来たのだ。

 最高の素材が目の前にあるのに何も出来んというのか!

 認めん、認めんぞ。

 もう少しで私の研究は完成して人類を超える新たな存在を生み出せるのだ!」

狂気だけが其処には存在していた。

新世界の創造――ゲオルグの望みはもう少しで叶えられると本人は思っていた。

「もう一度だ!

 今度こそ奴らを捕らえてみせる。

 そして私の研究は完成するのだ!」

哄笑するゲオルグだが、既に監視されている事に気付いてはいなかった。

そして冷めた目で見つめる者に気付かなかった。


―――トライデント 医務室―――


「……聞いていますか、姉さん」

「……はい」

膝詰め談判とでも言うような状況にアクアは陥っていた。

(どうして……こんな状況になったのかしら)

目を覚ましたら何故か……ルリから説教を受けていた。

子供達も一歩下がった状態で冷や汗をかいている。

隣で休むマリーは背を向けて肩を震わせている……おそらく笑っているのだろう。

クロノとジュールはルリを恐れるように扉の側にいる……何時でも逃げられるように準備しているのだろう。

グエン達も私と目を合わせず待機している……触らぬ神に祟り無しとでもいうように。

(つまり……味方はいないのね)

状況を分析したが、その行為自体が……逃避なのかもしれない。

「あ、あのね、ルリちゃん」

「なんですか?」

言い訳など聞きませんとルリちゃんの目は語っている。

「ルリちゃん、そこまでよ。

 それ以上プレッシャーを掛けて体力を失くすような状況にしないでね」

救世主とでもいうようにイネスが声を掛けてくれている。

「ですが!」

「ダメなのよ。これから私の説明を聞いてもらわないといけないの。

 お兄ちゃんとジュール君と一緒にね」

その言葉は非情なる悪魔の宣言に聞こえていた。

クロノとジュールもこの世の終わりを見たような顔になっている。

「そうなんですか?」

「ええ、とっても大事な説明なのよ。

 たっぷり聞いてもらわないといけないの」

口元に笑みを浮かべるイネスにルリはとても綺麗な笑顔で話す。

「分かりました、今回は譲りましょう。

 存分に聞かせてあげて下さい」

(ルリちゃん、お姉さんは悲しいわ。

 あの優しい妖精のような可愛いルリちゃんは何処に行ったの?)

「何か……変な事を考えていませんか?」

「……いえ(本当に鋭くなってきたわね)」

ジト目で睨まれて私は焦っているが、どこか嬉しかったのだ。

(遠慮しないという事はそれだけ家族になってきた証拠になるかしら?

 だとしたら……嬉しいかな)

「何かおかしいですか?」

「ううん、嬉しいだけよ。

 ルリが私に遠慮せずに言ってくれるから」

嬉しくて微笑むとルリは顔を真っ赤にして、

「と、とにかく心配させるような事はしないで下さい!」

子供達を連れて医務室から出て行った。

「ちゃんと心配してくれる優しい子なんだから無理して心配させちゃダメよ、アクア」

イネスが苦笑して話してくる。

「そうね、悪い事をしたわね」

私も苦笑して答える。

「さて本題に入りましょうか」

「では私は眠る事にしますね」

「我々は席を外します、アクア様」

マリーは背を向けて横になり、聞かない振りをして、グエン達SSメンバーは気を遣って席を外していく。

医務室は静かになると、私は姿勢を正してクロノとジュールと一緒に聞く事にする。

イネスはウィンドウを提示してクオーツの状態を話していく。

「まずクオーツくんの検査結果だけど……私の推測が当たったみたいよ。

 未分化だったナノマシンはお兄ちゃんと同型の物に調製されているみたいね。

 結果的にクオーツくんはS級ジャンパーの分類に所属する事になったわ」

「ではあの時のジャンプもどきが原因か?」

「そういう事になるわね。

 多分……危機的状態になったクオーツくんがお兄ちゃんの事を思ったのが原因ね。

 遺跡がクオーツくんのナノマシンを経由してお兄ちゃんの情報を複製してクオーツくんに与えたのよ」

イネスの説明に私は顔を青くしていく。

それはつまり……。

「クオーツは俺と同じように遺跡への適合者の可能性があるんだな」

そう……かつて遺跡と融合したミスマル・ユリカのようになる可能性があるのだ。

「お兄ちゃんが一番でアクアが次の順番の可能性だったけど、

 クオーツくんが二番目になるわ。

 今は眠っているけど身体の中のナノマシンはクオーツくんの身体を変化させているわ。

 アクアのようにね」

「そうか……だがする事は何も変わらんさ。

 あの子が自分を守れる強さを得るまでは守り抜く心算だからな。

 今まで以上に心と身体を鍛えていくだけだ」

クロノはまるで覚悟していたようにイネスの説明を受け入れていく。

(本当に強いのね、クロノは)

「まあ、大事な弟だから守るのは兄貴の務めだから構いませんよ。

 少し負担が増えただけの事です」

ジュールも同じように答えている。

「そうね、今更逃げる事など出来ない事は分かっていました。

 ならば突き進み、状況を好転させるだけです」

そう分かっていた事だった。

今回の事は運が良かったのだ。

「未分化のナノマシンが良性ナノマシンに変わった事を喜びましょう。

 クオーツの身体が無事だった事を良しと思います」

「そう言ってくれると助かるわ。

 正直なところ、どうにも出来ない状況だから。

 あとは体力をつけさせてね。

 運動能力が上昇するけど体力がないから普通に運動するのは良いけど、

 ナノマシンを活性化させた状態で動き回るとすぐにお腹を空かせて動けなくなるわよ」

「つまり燃費が更に悪くなったんですか?」

ジュールが尋ねるとイネスは頷いていた。

「しょ、食費が……増えるのね」

私は更に家計が圧迫される事にショックを受けていた。

火星で生活するようになってから私はクロノと自分の給料だけで生活するようにしていた。

私の個人資産を使うのは避けていたのだ。

(子供達に普通の生活を教える為にしていたかったのですが……無理ですか)

クロノの記憶を見た事で一般常識との隔たりを感じていたのだ。

出来る限り日常の生活を子供達に教えたかった。

与えられたお小遣いをきちんと計画して使うような事をさせたかった。

金銭感覚を正常なものにしておかないと不味いと判断していた。

「そう…儚い……夢だったのね」

どこにでもある慎ましく生きる家族の情景が崩れて行く事がショックだった。

「安心しろ、普通に生活する分には大丈夫だ。

 俺の給料だけでも十分やっていけるぞ」

「この先の学費とか残して置きたかったです」

「それも大丈夫だ。

 ユーチャリスシリーズのレンタル料もあるし、ストライカーシリーズのパテントもある。

 子供達には苦労はさせんぞ」

クロノの意見に私は話す。

そうユーチャリスT、Uはクロノ個人の所有する戦艦として扱われている。

未来から持ち込んだのもだから仕方ないと議会も承認していた。

もっともクロノはブラックボックスは火星の資産として譲る事にしている。

皆で分け合って公共の物にするのが一番良いと考えたのだ。

欲が無いと皆は言っていたが、クロノは独占する事の危険性を誰よりも知っている。

そしてこの考えは火星では感謝されている。

「いえ、そうじゃなくて慎ましくもささやかな幸せのある家庭にしたかったんです」

少し横道に考えが外れたが、私は自分の思いを話す。

「そうなのか?」

「はい、どうも私の金銭感覚がおかしい事に気付いたので子供達には一般常識を教えたかったのです」

「それなら簡単だろう。

 お小遣いを必要以上与えずに一般家庭と同じようにすれば大丈夫だぞ。

 外食なんかさせずに俺達の手で美味い物を食わせてやればいいだけさ。

 みんなで一緒に食べる事が重要なんだよ……家族の団欒とはそういうものだろ。

 俺もアクアも家族というものに縁が無かったから、これから作り上げていけばいいさ。

 俺達なりのやり方でな」

優しく諭すようにクロノは話してくれる。

「そうですね、無理に形にせずに私達なりの生き方をすれば良かったんですね」

「そういう事だ」

クロノはそう言うとイネスのほうを向いて聞く。

「アイちゃんはどうする?」

「少し考えさせて……ママにも相談して決めるわ」

「出来てもきちんと面倒みますわよ」

「ママもみてくれるから、その点は心配してないわ」

(いいのか、これで?

 いや深くは問わないでおこう……どんな答えが出ても怖いから)

「ジュール、どうかしましたか?」

「……いえ、少し疲れただけです」

顔色は悪くはないが、ジュールは何故か汗をかいていた。

「そう……ではジュールも休みなさい。

 今は体調を戻す事を優先するようにしなさい」

「そうするよ、姉さん」

ジュールはそう話すと部屋を出て行った。

私達はその後も色々相談していく。

三人とも家族というものに縁がないから、家族の在り方を話すのは楽しかった。

私はこんなふうに時間が進むのも悪くはないと感じていた。


「さてジュールには言えないけど、二人には話しておくわね」

ジュールが部屋を出た事を確認すると私は二人に告げる。

「クオーツくんだけど、心に傷を負った可能性があるわ。

 自分が人を殺したと思ったみたいね」

残酷な言い方になるが、二人にはきちんと話しておかなければならなかった。

「……そうですか」

「……やはりそうなったか、だがクオーツの心は守ってみせる。

 傷ついても立ち上がれる強さを身につけさせるよ」

「私も守ります」

二人が真剣な顔で話すと私は安心して話しておく。

「一応、催眠暗示でお兄ちゃんが助けたように記憶させたけど、何かのきっかけで思い出す時が来るかもしれないの。

 その時こそ二人の力が必要だから」

勝手にした事だが、今のクオーツくんにはこの方法が最適だと私は判断する。

「すまない、アイちゃんには世話になりっ放しだな」

「ありがとう、イネス。

 迷惑をかけるわね」

二人も私の取った手段に文句は言わずにいてくれたので安堵する。

「思い出した時が本当の治療の始まりだから」

私はいずれ記憶が戻ると思っていたので、二人に告げておく。

「力は貸すから何時でも相談して」

二人が頷くのを見ながら私はその時が来ない事を願っていた。

悲しむ二人を見たくはないのだ。

私にとってお兄ちゃんは大事な人で、アクアも得難い友人だったから。

 
―――アクエリアコロニー 行政府―――


「一応無事だったけど、会いに行ってきなさい。

 ロバートさんも現地に向かったそうだよ。

 この際だ、きちんと向き合って自分のこれからの事を相談するといいよ」

行政府の一室でエドワードとシャロンの上司でもあるコウセイが話し合っている。

「でも仕事が……」

エドワードがシャロンに状況を教えて、行くべきだと告げている。

シャロンは迷うようにして、行く事を拒んでいた。

(もしかしたら火星に戻れなくなるかもしれない……折角火星での生活が楽しくなってきたのに)

気に入っていたのだ……クリムゾンにはない本当の自分を見てくれる場所で生活する事を。

ここはリチャード・クリムゾンの娘というフィルターはない。

シャロン・ウィドーリンとして見てくれる場所だった。

「怖いのかね……過去と向き合う事が」

コウセイが言葉を掛けるとシャロンは身体を震わせていた。

「まあ、これは年寄りが見てきた経験談じゃが」

コウセイに誰に言うわけでもなく話していく。

「一度逃げたのなら最後まで全力で逃げ続けなさい」

「よろしいのですか?」

思わずシャロンは訊く。

「仕方ないだろう……嫌なものは嫌なんじゃから」

「それは……そうですが」

「但し一度逃げたのなら絶対に戻る事は許されないと考えないと。

 逃げると選択した以上は最後の最期まで逃げ続ける事になるだろう。

 戻るくらいなら最初から逃げなければいいだけじゃからな」

極端な意見に愕然とするシャロンにコウセイは告げる。

「まあ、そこまでしなくてもといいと思うが、その位の覚悟があるほうが気は楽になるぞ。

 後ろめたさがずっと残るからな。

 あの時逃げるのではなかった……なんて考えて後悔するからな。

 その後悔が自分を惨めにして、そしてそんな思いが自分を縛り付けて動きを止めてしまう。

 結局のところ、どんな人間も自分の歩いてきた道から逃れる事は出来んよ」

「立ち向かえというのですか?」

「逃げるか、踏み止まるかを選択するのは自分自身じゃ。

 誰かに選択させる事は出来んよ」

穏やかに孫娘に語りかけるようにコウセイは微笑んでいる。

「わしには責任があってな」

「責任ですか?」

「そうじゃ、死んでしまったユートピアコロニーの住民の為にも生きて未来を見ておく義務があるのだ。

 彼らの死が無意味なものでは無かったと確認しなければこの世に未練が残るからな。

 生き残った我々は彼らの分まで幸せにならんと思うのじゃ。

 だからわしは此処で踏み留まって生きている」

「それはコウセイさんの責任ではありませんよ」

エドワードが傷ましい顔でコウセイに話す。

シャロンもそう思ったのか、悲しそうに見つめる。

「そうかもしれんが、わしは責任をお前さんに押し付けた」

「それも違います。

 私が自分自身の考えで決断したんです。

 押し付けられたなんて思っていませんよ」

「そうだな、お前さんはそう言うだろうな」

「当然ですよ、逃げずに立ち向かう事が私の生き方です」

文句でもあるかとエドワードは笑って話している。

「もう一例を教えておこうか」

唐突にコウセイはシャロンに語る。

「クロノが逆行者という事は知っているな?」

コウセイの確認にシャロンは頷く。

「逆行とはどんなものか、考えた事があるかな?」

「いえ、特に深く考えた事はありません」

「わしは逆行がひどく悲しい出来事だと思っている。

 何故だか分かるか?」

コウセイはエドワードとシャロンを見つめて話す。

二人はその意味を考えるが、考えが上手く纏まらなかった。

「誰も気付いてはいないが、究極の孤独だとわしは考えている。

 相手がどんな人物か……知っているが向こうは自分の事は知らないからな。

 自分は知っているが相手は何も知らない……逆行者とは独り世界に取り残された者ではないかと思うのだ。

 元に戻る事はないだろう……自分自身も変わっているからな。

 昔のような関係になる事は絶対にないだろう。

 特にクロノの場合は外見も大きく変わってきている。

 おそらくナデシコのクルーは殆ど気付いていないだろう。

 故郷に戻っても一人取り残された異邦人のようなものになっていたんだろうな」

コウセイの考えに二人は愕然とする。

「まあ、クロノはその辺の事は覚悟しているから大丈夫だろう。

 戻る事はないと知っているから前向きに生きているし、

 アクア嬢ちゃんも無意識みたいの様だが、何となく気付いて関係を改善しているのだろうな」

二人の現状をコウセイはそう分析していた。

「辛い生き方になりますね」

「私はそんな状況には耐えられないと思います」

「だが生きなくてはならない……その世界でな。

 逃げる事は出来ない……何処にも帰る場所もないからな」

非情ともいえる宣告をコウセイは二人に話す。

「少しきつい一例だが、シャロン嬢ちゃんはまだマシじゃよ。

 逃げる事も出来るからな」

「……そうですね」

「聞けば無理に継ぐ必要もないから帰ってこれるさ。

 ジャンパー処理をしたのならクロノかアクア嬢ちゃんに誘拐されたらいいじゃろう」

何も問題なしとコウセイは笑って話している。

(確かに現状を考えると私が継ぐ必要もないわね。

 なんか不安に思ったのが、馬鹿みたい)

笑うコウセイを見てシャロンは深刻になる必要はないと思っていた。

「一度……会ってきます。

 そして話し合ってきます……これからも火星で仕事をしたいと話してきます」

「うむ、いい顔になったな」

シャロンの顔を見てコウセイは微笑んでいる。

エドワードは悩む孫娘と孫を諭すような祖父のような二人を見て笑っていた。

こうして地球でクリムゾンの後継候補が集結して未来を話し合う事になる。


―――ネルガル会長室―――


「困ってきたね、エリナ君。

 欧州はクリムゾンにシェアを独占されそうだよ」

アカツキは報告書を読んで顔を顰めている。

欧州のシェアはクリムゾンとネルガルだけで見れば5:5の比率で対等だったが現在は3:7に変化している。

しかも状況はまだ変化している……最終的には2:8くらいになると考えられる。

他の企業も同じような比率に変わっているが、ホームグランドの違いからそれほど混乱していなかった。

これは《マーズ・ファング》を支援するクリムゾンに欧州の住民が支持している事が原因だと考えていた。

「……極東はネルガルとアスカで分け合っているわ。

 アフリカ、北米と南米はウチとマーベリック社とクリムゾンとアスカでシェアの喰い合い。

 オセアニアはクリムゾンの独占状態。

 そこにアスカとクリムゾンが業務提携する噂があるけど、どうしますか?」

「妨害したいけど……やめとくよ。

 こっちと提携するように話を持っていけるかい?」

アカツキはエリナに尋ねるとエリナは難しそうな顔をしていた。

「……やっぱり無理なのかい?」

「難しいわね……あそこの会長は何故かネルガルを警戒しているのよ。

 十年くらい前から距離を取りながら民生品主体で活動しているけど、理由は不明よ」

「何かしたかな?

 警戒させるような事をした憶えはないんだけどね」

理由がわからないとアカツキは話し、エリナも知らなかった。

ネルガルとアスカの関係は敵対こそしてはいないが、良好な関係でもなく冷戦状態に近いのだ。

「プロス君も不思議に思っていたけど、親父が何かしたのかな」

「やめてよね。アスカまで敵に回したら大変な事になるわよ」

うんざりするようにエリナは話すが、アカツキは真剣な様子で指示を出す。

「悪いけど調査してくれないかな。

 ここ十五年を目処にしてアスカと仕事でトラブルが起きていないか?

 親父が何かしたのか?

 この二点を詳しく調べて欲しい」

「調べておくわ。

 私としてもアスカと問題を起こす気はないから」

アカツキの指示を聞いてエリナは部屋を退室していく。

「親父殿は何をしたんだ?

 息子としては後始末に困っているんですけど」

死んだ父親にアカツキはぼやいている。

マシンチャイルド、ボソンジャンプの問題がネルガルの重荷になり始めている。

犠牲者を出し続けてまで独占しようとした先に何があるのか、アカツキは分からなくなってきている。

(もし独占できない技術だと知った時、あんたはどうする気だったんだ。

 妄執だと言われたが、まさにその通りだよ。

 ネルガルを大きくしようとした事は分かるけど潰れるような状況にしては本末転倒ですよ)

何度したかわからないため息を吐いてアカツキは仕事をしていく。


―――ゲオルグの潜伏先―――


「さっさと終わらせて後顧の憂いを失くしておくかな」

暗闇の森の中で隣に立つクロノ・ユーリ氏を私は本心から心強く思っていた。

戦闘力では遥かに上の存在である彼の協力を得られた事は被害を最少に抑えられるからだ。

グエン前リーダーの紹介で一度手合わせしたが……動けなかった。

放たれる殺気がトレーニングルーム全体を凍らせるように固めていった。

動けば死ぬと身体が理解していた。

手合わせした全員が理解する……敵に回してはいけないと。

(The Prince of Darkness――闇の王子と呼ばれていたと聞かされた時は思わず頷きました。

 巨大な闇が周囲を包み込むように死を振りまいていく。

 怖さだけではなく、何故か深い闇の懐に入り込んで安らかに死んでいく安心感もありますからね)

深い闇など……誰も知らないだろう。

幾つもの絶望と狂気の果てに得られる力を持っているのだ。

敵に回す事は死を意味する、だが味方にする事は確実な生を得られる可能性がある。

「では行きましょうか?」

「ああ、こういう後味の悪い仕事はさっさと終わらせて、帰って子供達に朝食の準備をしてやらんとな」

私は呆れるようにクロノさんを見ていた。

私の視線に気付いた彼は、

「このくらい気楽に言ったほうが緊張感もなくなるだろ。

 力みは動きを悪くする。

 例え大事な任務でも肩の力を抜いて自然体で行う事が生き残る秘訣だと俺は経験上知っている」

真剣な顔で話している。

周囲の部下達も真面目に聞いている。

自分より遥かに実力のある人物の経験談など生き残る秘訣としてはとても重要なのだ。

「むっ! 誰か出てきたようだ?」

聞いていた私達にクロノさんが顔を目標の擬装された民家に向けている。

「誰か分かりますか?」

暗闇の森の中で暗視装置でも判別しにくい距離でも彼は気配だけで気付くのだ。

(おそらくこういう戦場では彼が最強でしょうね。

 気配だけで位置を特定して音も無く一人ずつ仕留めていく。

 闇の中では誰も彼には勝てない)

「おかしいな?

 敵意がない……囮にしては周囲に誰もいないが」

クロノさんが不審気に伝える。

「一人で来る可能性は?」

「それこそ無駄だ。

 奴は個にして全という存在だ。

 同時に展開する事で効果的に戦う事が出来るんだ。

 一人では不完全なんだ……タイムラグのない集団戦こそ奴の能力を活かせる戦術だ」

私の質問にクロノさんは奴らの特性を話す。

(そうだった……敵は本体は動かず分身とも言えるサイボーグを複数を同時に操る事で戦う人形遣いなのだ)

「ではどういう事でしょうか?」

敵の意図が読めない。

「まさか……自爆でしょうか?」

部下の一人の意見に全員が戦慄する。

「爆弾を抱えて一人ずつ自爆して倒すのか。

 効果的な戦術には思えんが、人形の数は十分に用意できているのか?」

クロノさんが人形の数を考慮して尋ねる。

「既に二十体を破壊してましたね」

先の襲撃でクロノさん達が破壊した数を確認する。

「ああ、生きた人間か、死んだ直後の人間を改造するのか判らんが、

 個人でそこまでの余裕があるかな」

クロノさんの意見は間違っていない。

個人で維持できる数などたかが知れている。

「おそらく植物状態にした人間の脳髄にチップを植え込んで遠隔操作すると技術者は話していました。

 当然維持するにはそれなりの配慮が必要でしょうね」

植物人間でも体を維持するには食事などの栄養を摂取しなければならない。

二十体でも驚異的な数字なのだ。

「こうしていても埒が明かないな」

そう言うとクロノさんは音も無く消えていく。

気配を絶ち斬って動かれたので我々にも確認できない。

やがて待ち構える私達の元に人形が視認できる距離まで来ると、

「そこまでだ……目的を聞いておこうか?」

人形の背後の暗闇の中から姿を見せて訊ねていく。

(ぜ、全然……分かりませんでしたよ)

目の前にいるのかと問いたくなるほど気配が希薄で服装とあいまって、今にでも闇に溶け込むように感じられていた。

「そこにいたのか?

 ゲオルグは始末しておいたぞ……後始末を任せてもいいか?」

手には武器も持たず、淡々と人形は話していく。

「お前さん達のおかげでマインドコントロールから解放された。

 これで借りは返した……悪いが本体も始末してくれないか。

 自分の手で始末したかったが、そこまでの行動は無理みたいなんでな」

「完全に洗脳から抜け出した訳ではないと」

「それもあるが……脳みそだけになった自分の姿を見るのが辛いんでな」

人形ではなく意識を取り戻した人間だと私は思っていた。

「名前を聞いておこうか?」

クロノさんが遺言を聞くように尋ねていく。

「悪いがもう思い出せねえんだよ。

 記憶が抜け落ちていってな……自分が誰だったのか分からんようになっちまった」

「……そうか」

「ああ、さっさと破壊してくれ。

 死人が何時までも生者の世界に残るのは不味いだろう」

淡々と話す男にクロノさんは聞く。

「その身体でやり直す気はないか?」

「無理だな……自己を確立できない以上いずれ精神が破綻して壊れていくよ。

 せめて意識のあるうちにもう一度……人として死なせてくれ。

 この身体の本来の持ち主もそれを望んでいるはずだ」

男は仮初の身体の持ち主が死んだ事を告げていた。

「……分かった」

クロノさんは告げると闇に溶け込むように姿を隠して消えていく。

「最期に話した男があいつで良かったよ。

 ……随分、お人好しの優しい死神だったな」

銃声が響くと男は崩れ落ちていく。

それからしばらくして民家は炎上していく。

「すまんが完全に消去させてもらうぞ」

クロノさんが炎上する民家を背景に宣言する。

「……構いません」

私は疲れたような顔のクロノさんに尋ねる。

「ひどい光景でしたか?」

「ああ、以前見た光景と同じものを見たよ」

クロノさんからナノマシンの発光現象とナノマシンが活性化した事で響く音が聞こえてきた。

殺気こそ出ていないが、怒気が今にも溢れ出す状態だと感じていた。

「完全に破壊できましたなら撤収しましょう。

 リチャード様の遺体が確保できた事が幸いでした」

殊更機械的に告げる事で一刻も早く撤収したかった。

非合法な人体実験など係わりたくはないのだ。

係わる事は……目の前の人物を敵に回す行為になるのだ。

部下達も作業を急いでいく……後味の悪い仕事はさっさと終わらせたいのだろう。

「そうだな、何時まで経っても人間は愚か者が多いな。

 どれだけ犠牲を出しても反省しないのは……何故なのかな」

悲しみに彩られた声に私達の心も沈んでいく。

「いつか……なくなる日が来るといいですね」

「そういう世界にしたいな」

「……はい」

私達は撤収していく……人間の愚かさを再確認して。

いつの日か……愚かさを反省してなくなる事を祈って。

炎上する家屋が男の送り火となっていく。

名前さえ失った男の墓標のかわりとなって。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

もう少し《マーズ・ファング》の活動は続きますが、次は木連編にメインしたいと思います。
月を巡る攻防戦を書いて見たいと思います。
優人部隊が戦場に出てきます。
連合軍兵士と優人部隊は人を殺すという事を経験します。
連合軍兵士は火星の言葉が真実だったと知り、士気が下がっていく。
存在すら否定された木連は生き残るため、そして存在を認めさせる為に戦う。

では次回でお会いしましょう。




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