狼姫<ROKI>
回答


『ククク……ククク……』
何がおかしい(アイザロサチリ)この暗君めが(ソオラユスユネザ)

どことも知れぬ闇の世界。
そこでフォーカスが何者かに向けて、苦言を申し立てていた。

何がだと(アイザガコ)決まっているではないか(シナッケリムゲバリサ)

魔界語で喋るそれは、どうやらフォーカスが忌み嫌っている”暗君”らしい。

これで二騎の魂が此方側へと来たのだぞ(ソメゲイシオカナチリザソキマザヤイシカオガド)

アサシンとランサー。
聖杯戦争で敗れたサーヴァントの魂は、通常アインツベルンの小聖杯に入っていくはず。
だが、

『まったく、貴様の貪欲ぶりには呆れ果てる。入れ物にある物をこっそり且つ強引に引っ張り込むとは』

フォーカスは露骨に溜息をつくような仕草で言った。
しかも、今度は魔界語ではなく日本語で。

そう言うな(トルリルア)これで手順が一つ為されたのだ(ソメゲケヂュユザビコクアタメカオガ)
『ならば、このオレにこんな物を盗らせた理由は何だ?』

籠手で覆われた厳つい手には、一発の弾丸があった。
それは、衛宮切嗣の懐から消失していた起源弾の内の一発だった。

いずれ解る(リヅメヤサム)

そう言い切った何処ぞの誰かは、暗く冷たく黒い世界で、獲物たちが堕ちる瞬間を待っていた。





*****

「―――衛宮切嗣……」
「言峰、綺礼…………!?」

場所は冬木市にある雑居ビルの屋上。
そこには二人の人影の姿があった。

夜中の空に馴染む黒い服装をした二人。
コートを纏い銃器を持つ男の名は衛宮切嗣。
カソックを纏っている男の名は言峰綺礼。

いかなる因果か、生来の天敵同士が、今こうして初めて会い見えた。

(待っていたぞ、この時をっ!)
(何故この時がやってきた!?)

頭の中で二人は正反対のことを叫んだ。
綺礼は答えを得るべく切嗣を求め、切嗣は勝ちを得るべく綺礼を避けた。
本来なら同極の磁石のように反発するべき二人は、異極の磁石のようにくっついてしまったのだ。

「率直に言おう、私がここへやってきた理由はただ一つ」

綺礼は知性という地殻に押しこめられたマグマが噴火しそうなのを感じ取りながら、ゆっくりと切嗣に問う。

「衛宮切嗣。お前は聖杯に何を祈る?お前の血塗れた道の末にあるものは何だ?」

それこそが求める全て。
それさえ聞くことが出来れば、自分はこの矛盾から解放される。
本当の自分が何を望んでいるかを見出せる。

「僕は……、僕が望むモノは―――穏やかな未来だ」
「……………………なに?」

だが、違った。
何もかもが、違ったのだ。

「もう一度だけ言ってみろ」

聞き違いの筈だ。
きっとそうだ。そうでなくてはいけない。
でなければ、

「世界を救う。それが僕の祈るべき願望だ」

何かが壊れる。





*****

未遠川。
数分前までは悪魔たちで埋め尽くされていたこの場所も、今となっては静けさを取り戻していた。
黄金の輝きが全てを薙ぎ払い、それを振るった一人の少女騎士は、川の水面を足場として佇んでいる。

千五百年前のグレートブリテンを守護した伝説の騎士王ことアルトリア・ペンドラゴン。
今は剣の英霊として現世に召喚された彼女はセイバーと呼称されている。
そしてその手には、恐らく所持者以上に名を馳せている星の聖剣エクスカリバーが握られている。

その佇まいは実に美しく、清く、厳かだった。
まさに聖君と呼ぶに相応しい風格を彼女は備えている。

そんなセイバーの姿を見て、川岸で言葉を交わす者がいた。

「綺麗な光。あれが星の聖剣……希望、というか、祈りが具現化した光か」
「だが、それ故に痛々しいまでに眩いな」

長い黒髪と黒い浴衣じみた魔法衣の女、聖輪廻。
古代マケドニアの鎧とマントを纏った褐色の大男、イスカンダル。

「まあ確かに、英霊・英雄・騎士としては尊敬極まるわね。でも、ヒトとしては、ねぇ……」

輪廻の視線の先にあるセイバーの姿は、紛れもなく勇ましく騎士王の称号に相応しい。
だが、それは果たして二十歳にも満たなかった少女が得るに、耐えるに足るものだったのか。
それだけが疑問だった。

「うむ。あの年頃の娘が、蝶よ花よと愛でられることなく、理想などという呪いにつかれた結果がアレだ。見るに堪えんものがある」

エクスカリバーの光輝はセイバーの実力を示すには十分すぎるものがある。
しかし、その光が強くなればなるほど、セイバー自身とその周囲に落とされる影も濃くなっていくように感じた。

「でも、あれが、あの子の選んだ結果なのよね。……過去は変えられないわ。だけど、未来は違う」
「今の生き方次第で如何様にでもなる、か」





*****

騎士王の聖剣が放った光。
それを目にした者がもう一人いた。

「―――あれこそがセイバーの真価、か」

黄金の英雄王ギルガメッシュ。
一足先に帰ったと思われた彼は、一度時臣を遠坂邸に戻した後、再びヴィマーナで未遠川の近辺に顔を出していた。

「―――――」

そして思い出す。
あの眩く尊く、高貴なる光を。
それによく似通った大切な思い出を。

”友よ”

かつて慢心に満ちた男が、その生涯でたった一人だけ親友と認めた存在。
彼の神に造られし神ならざる身で、度を越した領分の生き方をし、自分と共に轡を並べた者。

”これから始まる君の孤独を偲べば、僕は、泣かずにはいられない”

神より下されし罰によって死を賜わされた男は、理解者を失くす王に向けてそう言い残した。

そうして、ギルガメッシュの中で何かが固まった。
彼の―――神造兵器でもなければ、道具でもなく、ただの友達として自分と歩んだ男の生き様は、宝物庫に眠る全てと比しても尊く眩いと。

故に、人の域を越えた悲願に手を伸ばす愚か者の破滅を愛してやれるのは、天上天下に唯一人。
この英雄王ギルガメッシュをおいて他にいないと。

「儚くも眩しき者よ、我が腕に抱かれるがいい。それが(オレ)の決定だ」





*****

「……………………」
「……………………」

雑居ビルの残骸が積みあがった場所で、二人の男が無言で対峙していた。
衛宮切嗣と言峰綺礼。
同種と思われた二人はこの時、決定的な天敵へと修正された。

(そうか……そうなのか。貴様―――)

言峰の胸の内にあるのは虚無と失望と虚脱感。
精一杯の期待を乗せて聞いた質問の答えが”世界平和”という夢物語。
しかもジョークではなくマジで言っているときた。

(貴様は、愚か者だ)

そして、怒り。
世界の平穏を願うという事は、この男は人並みの感性を、美しい物を美しいと感じることが出来る筈だ。
自分にはできない感動をこの男は何度も味わったはずだ。
にも関わらず、奴は美しいと言える筈の物を踏み台にしてきた。恐らく、自分の大切なモノさえも。
その果てに何があるのかと思えば、結果はこの様だ。

壊そう。

奴の―――愚者の願望を打ち砕こう。
もしかしたら、その先にこそ、魔術師殺し―――いや、全てを失くした衛宮切嗣の絶望にこそ、

自分の求める答えの欠片があるのかもしれない。

――スっ――
――カチャ――

構えるは黒鍵。
掛けるは引き金。

元代行者と魔術師殺しの、一世一代の決戦が始まる。





*****

南の番犬所。
魔戒の聖域で、一人の神官が煙管をふかしていた。
狐の面をつけた男、名はヴァナル。
聖家に魔導輪を授けた者、輪廻の上司たる者、雷火を蘇らせた者。
聖の一族とは斬っても断ち切れない程の縁を持つ男である。

「すぅ……はぁ……」

煙を吸い、吐き出す。
何万何億と繰り返してきた行動。
たったそれだけの行動なのに、ヴァルンはそれら一つ一つの動きにゆったりとしつつも、どこか揺るぎ無いものを感じさせた。

「さて……」

ヴァルンが片手を宙に翳すと、異空間を挟んだ先にある世界での冬木市の様子がぼんやりと映し出された。
無論、場所は細かく設定されており、ついさっきになって漸くホラー達が一掃された未遠川の映像が流れている。

「光と闇――その狭間に如何なるモノを見出す?魔戒騎士たちよ」

そう呟いた神官の声は、彼ひとり以外誰もいないこの空間で、何の意味もないかのように掻き消えていった。





*****

現場は勿論の事、周辺一帯からも邪気が消え去り、未遠川が何時もの静かな時間を取り戻した。
後はサーヴァントやマスターたちが早急に立ち去りさえすれば、あとの隠蔽工作は聖堂教会と魔術協会が行うはずだ。
しかし、

「ねえ、セイバー」

一人の女騎士が、少女騎士にこう言った。

「はい、何でしょう?」

歩いて川の水面から岸にまで戻ってきたセイバーは突然話しかけてきた女魔戒騎士の言葉に耳を傾け、

「私さ、聖杯をぶっ潰そうと思う」
「―――――ッ!?」

そして、絶句した。





*****

戦略的予測―――対象、言峰綺礼。
対象と衛宮切嗣による戦闘は此度が初回。
そして、今現在、衛宮切嗣単体での戦闘も此度が初回。
よって、敵は此方の戦闘に関する知識を不所持と断定。

――ズガガガガガガガガガガッ!!――

すかさず、懐に忍ばせてあったキャレコ短機関銃を抜き、弾丸の嵐を放った。
9oの弾はとめどもない勢いと速度で綺礼に襲い掛かる。

「―――ッ!」

しかし、それを綺礼は両腕を顔の前で交差させ、受け切った。
実は綺礼のカソックにはケブラー繊維と防護呪符による防弾加工と呪的防護処理が仕込まれている。
したがって9o軍用弾あたりの威力で貫通、制圧の効果をなすことはなかった。

言峰綺礼は衛宮切嗣の手の内を資料でしか知らない。
対する衛宮切嗣も言峰綺礼の手の内を資料でしか知らない。
精々、近代兵器を用いてくること、代行者としての腕前がある事、程度しか知らない。
ならば、この戦いの中で直に情報をもぎ取っていくしかない。

このようなやり方、堅実的で確実な方法で標的を仕留めることを旨とする切嗣にとっては愚策だが、今はそんな贅沢も言っていられない。

――ズガガガガガガガガガガガッ!!――

今はキャレコの連射で牽制し、黒鍵などの使用を誘い出す。
その時こそ、魔術師殺しの真骨頂が発揮される。

――キンッ――

カソックの袖から飛び出し、指の間に挟まれた三つと三つ、都合六つの赤い柄。
それが聖堂教会御用達の投擲剣こと黒鍵であることを即座に見抜いた切嗣は、すぐさまキャレコをフルオートにし、空いた右手を懐に差し込んである物を取り出す。
それは魔術師殺したる切嗣にとって必殺ともいえる武器、魔術礼装といえる特殊な銃。
金さえあればいくらでも替えの利く物とは全く違う、この世でただ一艇、衛宮切嗣だけが使いこなせる逸品。

その銃はトンプソン・コンテンダー。
銃身の長い中折れ式の競技・狩猟用の銃である。
装弾数はたったの一発で、薬室に直接専用弾を込める仕様だ。

現在、予想だにしなかった戦闘ゆえに薬室は空。
これからその専用弾を込めなくてはならない。しかし、それには両手を使う必要がある。
それは即ち―――装填に2秒近くかかる―――大きな隙をつくるということだ。

だからこそ、今ここで切嗣は発動する。

Time(固有時) alter(制御)――double(二倍) accel()!」

詠唱されたのは二小節。
それによって発揮されるのは、体内時間の加速。
元々衛宮の一族は時間操作を元手に根源を追い求めてきた。
本来なら大がかりな手順を踏んで行う其れを、即席的に、そして戦闘用にアレンジすべく切嗣が考案した答えがこれだ。

体内のみに固有結界を展開し、時間を加速・遅滞させる。
それによって短時間でこの「固有時制御」の魔術を発動することが出来るのだ。
尤も、体内時間を操作するという都合上、肉体には相当な負荷をかけ、動くたびに全身の血管と筋肉が悲鳴をあげることになる。

しかし、それを押し通して作業を完遂させられるのは、数年に渡って自らを戦闘機械として扱ってきた一種の鉄の精神あってのことだろう。
キャレコを放棄して一秒足らずで装填を終えた切嗣は、そのまま銃口を綺礼に向けた。

厳密には、彼の黒鍵―――魔力で巨大に半実体化した刃に向けて。

――ズギュンッ!――

30.06oの弾丸が、戦車の装甲でも使わねば防ぎきれない圧倒的威力のソレが、音速をも越えて黒鍵に命中した。
だが、

――パリンッ!――

黒鍵の刃は見事に砕け散った。
しかし、綺礼は構わず突っ込んできた。

(なに―――!?)

有り得ない、と切嗣は思った。
さっき放った大型の弾丸はただの弾丸じゃない。
かつて育ての親の手によって切除された一本の肋骨―――それを粉状に擂り潰して芯とした弾たち。
被弾者に衛宮切嗣の起源を具現化させる魔術師の天敵―――その名も”起源弾”。

衛宮切嗣の起源とは、切って嗣ぐ。
破壊と再生とは異なり、いわば大雑把な修理のようなものだ。
切れた糸をそのまま繋ぐと、長さと太さが変わってくるように、彼は精密な事が苦手としている。
解りやすく言うと、武骨な銃火器の整備は十全に行えるが、配線の一本一本に神経を集中する精密機械が相手では、直すどころか余計に壊してしまう。

これを魔術師に当てはめると、魔力を練り出す魔術回路という名の電子回路に、起源弾という名の水滴を垂らすことで、回路をショートさせて使い物にできなくする。
大量に魔力を練り出していればいるほど、回路が多くて優れているほど、ショートの規模は大きくなっていき、魔術師としても人間としてもリタイアすることになる。

切嗣は今までこの必殺武器を一発たりとも無駄遣いせず、使った弾と同じ数の魔術師を葬った。
だが、それがここにきて初めて無駄弾を撃たされた。

「く―――ッ」

思わず漏れた声。
だが、その声を出した瞬間、苦し紛れに綺礼の姿を見て気づいた。

右手の甲の痣を。
本来は三つあったであろうソレが、たった一つになっている。

(成程……奴は自らの令呪を使って、黒鍵を強化したのか)

それならば説明がいく。
令呪は平凡な魔術回路より遥かに上の神秘を実現させる。
そして、魔術回路とはまったく別系統の魔力源だ。それなら、例え起源弾の効果が発揮しようにも、大本である令呪は発動と共に消滅している。
サーヴァントを失ったはぐれマスター故にこそ為せる業だ。

ならば、もう一度令呪を使わせて、カードを全て出し切らせる。

だが、その前に―――

「フン……!」

目前に迫る拳から逃れなくてはならない。
綺礼が放とうとしているのは八極拳―――しかも、代行者としての経験が大いに生かされた活人拳ならぬ殺人拳だ。
まともに喰らえば、骨の一本二本では済まないことになる。

いや、既に遅かった。

――ズンッ――

「が……ぁっ」

一発の拳は鋭い突きとなって、切嗣の腹部に直撃した。
ただの一発の拳が、大人一人の躰を吹っ飛ばした。しかも、ビルの外壁にぶつかり凹凸をつくらせる程に。

当然、切嗣のダメージは心底大きい。
即死こそは避けられたが、内臓の損傷は激しく、肋骨の一本か二本も逝ってしまっている。
ここで倒れたら、しばらくの間は自力で立つことは到底不可能なまでに、深手だ。

しかし、

Time(固有時) alter(制御)――double(二倍) accel()

それでも切嗣は寸でのところで魔術を発動させた。
もはや、これ以上のダメージは避けるべきなのに、彼はやった。
自らを傷つける、この秘儀を。

――スッ、サッ、カチャ――

わずか1秒。
切嗣はコンテンダーの薬室から空の薬莢を抜き捨て、新たな起源弾を装填した。
そして、残りわずかな力を振り絞って照準を合わせ、

――ズギュン!!――

最後の頼みの綱となる、己が分身と言える鉛弾を敵に向けて撃ち放った。





*****

未遠川、河口付近の川岸。

「なッ―――貴女は、自分が何を言っているのか、解っているのですか!?」

蒼銀の鎧を纏った少女騎士セイバーが猛り狂うように吼えた。

「モチのロンよ。私は聖杯がヤバい代物だと知った。だから叩き潰す、徹底的に」
「何故だ……?何を知れば、そのような判断を下せる!?」

冬木の聖杯は本物ではない。
成人の血を受けた物にあらず、されど魔力で満ち溢れた願望機。
成りたちはどうあれ、神秘を知る者なら手に入れたいと思うのが自然。
それを事もあろうに”壊す”と言ってきたのだ。

「あー、ここじゃ説明するのに分不相応なのよね。日を改めて、ということじゃダメ?」
「ダメもなにもありません!今すぐここで言葉にして貰わねば!」

セイバーは当然にして至極もっともなことを言う。

「いや、此処で言うとそれはそれで面倒なのよ。スケールのデカい話だから」
「……心の準備、というわけですか?」

だが、そこは腐っても流石は騎士王。
すぐさま冷静さを取り戻し、輪廻の言葉に耳を傾けた。

「理解が早くて助かるわ」
「…………いいでしょう。些か以上に納得のいかない部分もありますが、貴女は気高い騎士だ。その言葉に二言は無いと信じます」
「ありがとう、騎士王」

輪廻は軽く頭を下げ、彼女の思慮深さに感謝した。

「マスター。そろそろ行こう。これ以上、あそこを留守にするわけにはいかない」

と、そこへキャスターが現れ、己が主人にそう進言した。

「ええ、わかってる。だから、説明するのは明日の昼下がりにするわ」
「解りました。互いに有意義な時間になることを願っています」

その話の内容次第で、セイバーは大きく出方を変える。
それだけのインパクトが、キャスター陣営の握る情報には秘められている。
輪廻はそれを弁えた上で、セイバーにこうして会談の席を予約した。

彼女の理解を得る為に。彼女の協力を得る為に。





*****

――ズギュン!!――

銃口より発砲された一発の弾丸。
今一度放たれた死神からの贈り物―――起源弾。

これが決定打になる、と切嗣は思った。
例え先程と同じ要領で防いだとしても、それは令呪あってこそ。
最後の一画となったそれを使い切れば、もう綺礼に後は残らない。

それ故にここが勝負の分かれ目と言えた。

そして、コンテンダーが吐き出した30.06スプリングフィールド弾型の魔弾は、一切のブレなく綺礼に飛びかかった。
彼奴はどう対処するのか?
令呪の魔力で黒鍵を強化し防御か、それとも身体能力を強化して避けるか。
どちらにしても言峰綺礼はここで全ての令呪を喪失する。その時こそ、魔術師殺しの勝鬨だ。

だが、

――ビュン!――
――ギィンッ!!――

それらの思考は全て、金属が金属にぶつかる音でかき乱された。
互いに威力と速度をなくしてそのまま地面へと落ちた二つの物体。
片方は切嗣の放った起源弾、そして―――

もう片方は、同じ起源弾だった。

「バカな!?」

無論、切嗣は狼狽した。
此の世に66発(その内38発は消費済み)の一つが、自分を邪魔する形で現れたのだから。

「……誰が……?」

綺礼は思わず足を止め、周囲を見渡していた。
一体、何者がこの闘いに茶々を入れたのか気になって仕方なかったのだ。

今お前らに共倒れされては困る(リナロナレマイコノガロメタメケバソナム)

突如として聞こえてきた魔界語。
それを耳にした瞬間、切嗣と綺礼の意識が一気に切り替わった。
この場にホラーが現れたのだ。

しかし、それはそれで疑問が大いに残る。
先程あれだけの騒動を起こしたホラーが今一度、しかもこんな小競り合いに介入する理由が見当たらない。
一体何をしに来たのか?なぜ戦いを中断させるようなことをしたのか?そもそも何故ホラーが聖杯戦争に関わるのか?

一度疑えば、疑問の数は増えに増えていくばかり。

『ククク……今は何も知らぬままでいい(リナバアイノチマウナナグリリ)

その言葉を最後に、気配は消えた。
いや、正確に言うと邪気が去って行った。
それと同時に切嗣と綺礼にかかっていた奇妙なプレッシャーが霧散していく。

「「…………」」

無言となり、互いを睨み合う両者。
だが、内心ではわかっている。この状況での続行は無謀であると。
綺礼にはこれ以上の手札がない、あっても破られる。切嗣には切り札はあれど、異形の魔物に介入される可能性もある。
故に手が出せない。ただただ不毛な視線の送受信に幾分にも及ぶ時が流れた。


―――と、思われた時、


「「―――なッ!?」」


唐突に、二人の躰に謎の圧力がかかった。
動きを封じられ、真っ直ぐに立っていられずに中腰の状態を強制させられている二人に、さらに圧力がかかっていく。
すると今度は、


――スッ――


衛宮切嗣と言峰綺礼の姿は、その場から消え去った。
まるで煙でも散らしたかのように。





*****

一方その頃。

「これが、俺が手に入れた、俺の力……?」

間桐雁夜は、先程の戦闘でボロボロになった身体のことを忘れ去ったかと思われるほど、手の中にある一対の拳銃に魅入っていた。
それは上級ホラーのレライハの本体たる回転式拳銃。射手の意思のままに跳ね回る魔弾の発射口だ。
そのフォルムは拳銃の一般市場で最強レベルの逸品、S&W M500と酷似しており、長い銃身を穿つ50口径の銃口がその力強さを物語っている。
そして、いかなる塗料や金属を以てしても決して出すことのできない、艶のある純色の黒が、この銃の魔性的な魅力を引き上げていた。

「…………」

それをすぐ近くで見ていた遠坂時臣。
彼もまたレライハとの戦いでボロボロになっていたが、どうにか立ち上がった姿勢を維持し、雁夜の姿をじっと眺めている。
今まで魔導の尊さを理解しようとしない凡愚と思い続けていた。身の程を弁えず聖杯戦争に参加する愚者と思っていた。
しかし、違った。

間桐雁夜には、紛れもない、そして確固たる覚悟と決意があった。
あの悪魔が認め、力を授ける程の。
ならば、その度胸だけは此方も認めなくてはならない。
高貴なる者、実力ある者には敬意を表する。それが魔術師・遠坂時臣の流儀だ。

「…………かり―――」

時臣が戸惑いつつも、雁夜に声をかけようとしたとき、

――バサッ――

翼を羽ばたかせる音が聞こえた。
しかも普通の鳥のような音ではなく、もっと巨大な翼による音だ。
時臣はとっさに音源の方向へと首を向けた。

「雁夜さん。ご苦労様でした」

そこには、暗黒騎士ギロがいた。
いや、ただ突発的に現れたのではない。
彼女は空中にいた。背中から生やした大きな蝙蝠の翼によって。

「あぁ」

一方で雁夜は己が主を一瞥し、短い返事を寄越した。

「その銃―――やはり私の目に狂いはありませんでしたね」
『全くだ。このデスメン、やる時にゃーやるってことだな』

バジルも雁夜が挙げて見せた成果に称賛の言葉を送った。
すると、ギロはその金色の眼光を時臣にも向ける。

「そちらの協力にも感謝いたします」

と、礼の言葉を述べるギロ。
空中にいながらも、その有り様はまさに騎士の鑑とも言えるほど、礼を尽くした感謝であった。

「いえ、礼を言われるほどのことはしていません。全ての功績は、間桐雁夜にあります」

それに応えて、時臣も最大限の礼儀を尽くした態度を示す。

「時臣……」
「雁夜。今回は君のやせ我慢と根性に助けられたようだ。その礼として先程の侮辱は撤回しておく」

時臣は今更、雁夜と友好的な付き合いをするつもりはなかった。
だが、

「それから……君の言っていたことは、一考しておく。それでは、私はこれにて失礼させてもらう」

それだけ言い残し、時臣はビルから降りるべく階段のある部屋のドアを開け、そこから帰路についていった。
余計な言葉や行動はいらない。彼はやるべきことを行動で示す男だ。
雁夜はそう信じ、時臣が一人の父親として何をすべきかに気付いてくれたことを祈った。

「さて、では私たちも帰りましょう、雁夜さん」
「あぁ。桜ちゃんの待ってる、あの家にな」




次回予告

ヴァルン
『人は生まれ、成長し、老いていき、そして死ぬ。
 だが、それら全てを受け容れ楽しめるられるか?
 次回”大河”―――若さとは実に良いものだな、うん』



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