C.E暦69年10月7日。ユーラシア連邦海軍はウラジオストク港から、東アジア共和国海軍は旅順港と青島港から、それぞれ同時に動き出した。
その様子は、日本の各所に設置されている超長距離レーダーが既に捉えていたが、それをユーラシア・東アジア艦隊が知る由もない。
何せ宇宙空間では半径10万qまでを索敵可能な、極めて広範囲のレーダーを開発しているのだ。地表ではあまりにも狭すぎる範囲だろう。

「たかが島国だ。我がユーラシア連邦の偉容の前に、戦う前から戦意を喪失するだろうよ!」

  このような大言を吐くユーラシア連邦兵士が多くいた。それは東アジア共和国の将兵達の間でも同じである。どうやったら、我ら大国に勝てるというのか。
両国の将兵達は勝利を確信していたのだ―――が、実を言えば、この両国は確実な連携を取っている訳ではなかった。
表面上から見れば、確かに国連加盟国の者同士が手を取り合い揃って日本を攻め入るようにも見える。
  だが、それは攻め込むことに互いで同意しあっただけであって、肝心の軍事行動に対する連携は全くもって考慮していなかったのが事実であった。
それどころかこの両国は、自分の領域及びマスドライバー施設を奪う事しか頭にない。どっちも自国の国益を優先した、自分の目標にまっしぐらなのだ。
これを察することができる者は残念ながら日本にいなかった。いなかったが、相手が合流もせずに攻め入る行動を取ったのは幸いというべきか。
  日本中枢都市、首都東京にある極東管区行政局の閣僚議会場で、巨大なスクリーンに投影された両軍の艦隊位置を示した海図がある。
このままいけば間違いなく激突するだろう。戦争への道が完全に開き、武力衝突を避けることができなかったとして、52歳の男性が謝罪を口にした。

「長官、真に面目ない次第です」
「森外務相、そう自分を責めないでください。止められなかった非は、私にもある」

自己責任であるとする彼が、外務相 森直之(もり なおゆき)である。森は外務省の人間として勤め続け、近年までは外務次官を拝命していた。
大過なく勤め上げた後に外務省へと任命されたが、さほど年も経たぬ内に別次元の地球へと飛ばされたことで、何とか各国とのチャンネルを開こうしていたのだ。
或は戦争の回避をしようと、暴風雨の如き多忙を極めていたのであるが、残念なが彼の努力は実ることは無かったのだった。
因みに極東管区中央司令部に務めている森雪の父親でもある。
  その彼を、藤堂は責めてることもなく宥めたのだ。

「こうなった以上、理不尽な連中にしつけを施してやる他ないでしょう」

  ユーモアセンスのない冗談を交えながら、閣僚の1人が励ました。戦うのは閣僚ではないが、現場の兵士達も理不尽な行いに憤慨し躾してやるという心境だろう。
その言葉で森外務相の心傷が癒されることはなく、寧ろ戦争の回避を成し得なかったという事実が、彼の気持ちを沈めていった。
  一方の軍務局では、藤堂の迎撃命令を受けた芹沢軍務局長を筆頭に、幾人もの軍司令官達と幕僚幹部が中央司令部に構えていた。宇宙軍司令長官永井宙将、陸軍司令官窪田陸将、海軍司令長官秋山海将、空軍司令長官鬼塚空将、防衛総隊司令長官土方宙将、宇宙海兵隊司令官豪腱宙将、その他数人の幕僚達の姿。
その出席者の1人である土方は、派遣した偵察機やレーダー基地からの報告をオペレーターに纏めさせている。

「敵の戦力は解析できたか?」
「はい。まず、中国方面から出撃してきた艦隊ですが、空母級3、巡洋艦級8、駆逐艦級12、大型輸送艦級10、とのことです」
「ウラジオストクから出撃してきた艦隊は、空母級4、巡洋艦級8、駆逐艦級14隻、大型輸送艦級12。総計71隻―――以上」

予想を上回る大艦隊であった。芹沢もこれには表情を渋らせてしまう。列席者であり海軍の責任者たる秋山は特に、不味いと感じずにはいられなかった。
海軍のみでは歯が立たない、と直感したのだ。ここは海軍だけでなく、宇宙海軍の手も借りるべきだろう。
  秋山はそうは思ったのだが、ここで新たな邪魔が入ったことを知る。ユーラシア連邦は宇宙空間をも完全に治める為に月面基地より1個艦隊を出撃させたのだ。
これでは宇宙と海上による上下からの挟み撃ちである。
  芹沢は内心で舌打ちをしながらも、確認を急がせた。

「大国ならではの物量戦か‥‥‥敵の宇宙艦隊は?」
「ハ。弩級艦3、戦艦6、巡洋艦8、駆逐艦14、輸送艦と思しきもの6、合計36!」
「この速度ですと‥‥‥地球衛星軌道上まで、約3時間後程かと」

輸送艦かどうかは判別はできないが、要するに降下部隊だろう。

「舐められたものだな、我々も‥‥‥」

永井は苦笑した。宇宙での守りは、沖田に任せれば問題はない。その沖田は中央司令部に居らず、自ら艦隊指揮を執る為に軍港へ向かっていたのだ。
今頃は発進準備を終える頃であろう。そして日本の空にも、侵入者達が現れる筈だ。援護をしようにも、分散による無駄な戦力消耗は避けたい。
  そう思うや否や、レーダーは更に新たな機影を探知していた。

「局長、中国方面から大規模な機影を探知。数、およそ120!」
「北方からも大規模な機影を確認。数、およそ140!?」

そらきた。航空機の大軍に対して、防衛総隊司令官たる土方は慌てるまでもなく、スクリーンを睨めつけたままだった。
艦隊で我々の海軍引きつけ、迂回ルートで長距離型の航空機部隊を送り込む算段か。この規模ともなると、防衛総隊の航空団で対処できないとは思わない。
  ただし、日本本土にある航空基地全てにスクランブルを掛け、全機による迎撃態勢を敷かなければ間に合わないだろう。
だが全部隊を出し切るのもまずい。別働隊への対処を考えておかねばならなかった。北部と西部の2個方面隊に迎撃させ、中部方面は待機させるべきか。
それに反応の中には、大型機も含まれているようだ。爆撃機か、あるいは降下部隊を積んだ輸送機か―――と考えてみたが、推測などこの際はどうでもよかった。
  土方は、まず防衛総隊の航空団に対して出撃を命じる。

「北部方面隊は、南下してくるユーラシア連邦の部隊を叩く。西部方面隊は、東進してくる東アジア共和国の部隊を叩く。なお、中部方面隊はそのまま待機、敵の変化に備える」

さらに第1軌道防衛艦隊を北海道上空へ移動させて待機させ、第3軌道防衛艦隊は西進させて九州上空で待機させる。
この部隊には、各航空団が撃ち漏らした敵機を迎撃させる任務を託していた。残る第2・第4軌道防衛艦隊には、そのまま衛星軌道上まで上昇しそこで待機。
同じく上昇してくる第1艦隊の後衛を護るように命じた。
片や地上では、各基地に配備されている地対空ミサイル部隊や、対空パルスレーザー砲塔にも、敵機侵入に際する迎撃命令を下しておいた。
  土方が防空隊の北方、南方部隊に迎撃命令を下すのと同じく、永野は沖田の指揮する第1・第2艦隊に迎撃と援護を命じていった。

「第1宇宙艦隊は敵宇宙戦力の迎撃に出撃に専念させる。第2宇宙艦隊は、本土上空にあって防衛総隊の援護に付く」

これは宇宙艦隊が大気圏内を航行できるからこそであり、艦隊の有する火力を最大限に生かすための命令でもあった。
もはや何を言っても、刃を鞘には納めぬことは、重々承知している。戦闘に駆り出された相手の兵士には気の毒だと思う反面、同情ばかりもしていられなかった。

「‥‥‥芹沢局長、海軍より報告『我、此れより戦闘に突入す』以上!」
「始まったな、秋山長官」

そう問われた秋山は、ただ頷くだけであった。後は、現場にいる指揮官の腕次第なのだ、と秋山は目で言っていた。
  2時間後、遂に海、空、宇宙、この3つの戦場で、激闘の火蓋が切って落とされた。その戦端を開いたのは、海―――すなわち海軍同士の激闘からである。
東アジア共和国艦隊は、朝鮮半島の航空基地から飛ばした、長距離哨戒機から得た情報を基にして、第一波攻撃隊を発艦させたのだ。
逆に日本艦隊側も長距離レーダーで艦影を捉えており、攻撃隊を既に発艦さえたうえで、直掩機隊を上げていた。

「‥‥‥対空レーダーに感。11時より多数接近! 数、およそ90!」
「来たか。全艦、戦闘用意。直掩機隊にも敵編隊の位置、知らせ!」
「了解! 全艦、戦闘用ー意!」

  レーダー士官からの報告に、司令官は落ち着き払った様子で戦闘用意を下令し、あらかじめに上げておいた艦載機隊にも迎撃を命じた。
対馬方面に展開していた第2、第4戦闘群からなる第2連合艦隊は、早くも東アジア共和国艦隊の、艦載機部隊をレーダーに捉えていたのである。
この第2連合艦隊の総指揮官を務めるのは、年齢が48歳の男性で、力士を思わせるややふっくらとした顔つきと体格をしているが、身長はさほど高くはなかった。
第2連合艦隊司令官/第2戦闘隊群司令 沼田浩二(ぬまた こうじ)海将補。その顔つきから、愛嬌のある“海の熊”などと愛称を付けられていた。
  彼の指揮下にある全戦力は次の通りである。日向型空母2隻、天城型イージス戦艦2隻、白根型イージス巡洋艦4隻、磯雪型イージス駆逐艦12隻。
1個戦闘群につき10隻編成のため、合計20隻の連合海上艦隊となる。

「敵の構成は、空母3らしき大型艦を含めた大艦隊ということですが‥‥‥この様子では、第二派もあり得ますか?」

そして、第2戦闘群旗艦 日向型〈出雲(イヅモ)〉艦長 大西潤一(おおにし じゅんいち)一等海佐は、東アジア共和国艦隊の出方を分析する。

「あるだろう。奴さんの艦載規模はわからんが、簡単に見積もっても我が方の1.5倍なのだ」

  この日向型2番艦の空母〈イヅモ〉と、4番艦である第4戦闘群の空母〈雲龍(ウンリュウ)〉は、ともに80機の最大艦載量を有している。
そして日向型は、日本独自の空母ではない。これはアメリカが開発した空母の設計を元に建造して、アレンジして造られたものだ。
というのも、国連は全世界共通の軍事兵器を提案したのが、そもそもの始まりである。これは共通規格とすることで、他国での修理を容易にする為とされたのだ。
  宇宙軍も防空隊も地上軍も同様だ。宇宙軍に至っては、日本の一大企業である南部重工業が、造船分野にて宇宙艦艇の正式な採用を受けた。
よって国連宇宙軍のほとんどは、一企業の南部造船で開発された宇宙艦艇で構成されている。無論、他国の造船企業との競争を勝ち抜いた末の決定でもある。
逆に海軍は、アメリカ管区の一大造船企業が開発した戦闘艦艇によって構成されていた。
  だが付け加えなければならないのは、基本設計はアメリカであること。ある程度の改良は可能で、それが各国のスタイルを生んだといっても過言ではない。
先の宇宙軍も同様で、外見は金剛型であっても、こと細かいスペックの変更(塗装もだが)などによって、他国艦隊であることを強調してもいた。

「この〈イヅモ〉と〈ヒリュウ〉を加えても80機。大層な数だが、続けてこられたら防ぎきるのは難しいぞ」
「我が方の攻撃隊は、残る80機。この第一撃で、敵空母にどれだけ打撃を与えられるかですね」

第2戦闘群司令部の作戦幕僚 草加拓真(くさか たくま)二等海佐が言う。32歳の若き士官で、沼田の信頼も厚い参謀型の軍人である。
  日向型のスペックは、おおむね次のようなものだ。全長330m、最大排水量10万5000t、速力35kn、艦載機数×80機。
防御兵器は高角速射光線(パルスレーザー)砲塔×4機、ファランクスCIWS×4機、VLS艦対空ミサイル発射管×36門と八連装発射機×2基を備える。
アメリカ製と違うのは艦橋構造ぐらいのもので、日本軍がまだ自衛隊と呼ばれた時代に就役した、いづも型ヘリ搭載護衛艦の艦橋と同じである。

「その通りだ。我が方の攻撃隊が一撃を決めてくれれば、よいのだがな。まぁ、我々も海の上に浮かんでいることが必須だが」
「まったくです。彼らの帰りを迎えてやらねばなりませんね」

38歳の男性―――航空幕僚 山口周平(やまぐち しゅうへい)二等海佐が答えた。
  その直後、レーダーが飛行編隊をキャッチする。

「‥‥‥司令、艦載機隊が敵と接触! 交戦状態に入りました」

  同じころ、東アジア共和国艦隊も友軍機の交戦を耳にした。数は同数だというが、自分らが押されることはないだろうと思い込んでいる。
東アジア共和国太平洋艦隊第1機動部隊は、堂々の輪形陣をもって進撃の途上にあった。

「敵直掩機と交戦を開始」
「よし。第二次攻撃隊の発艦準備を済んでいるだろうね」

第1機動部隊旗艦 スペングラー級〈定遠(テイエン)に乗艦し、指揮下の艦隊に指示を下している53歳の中国系男性がいた。
彼が第1機動部隊司令官 孫黒龍(ソン・コクリュウ)少将である。
  司令官の問いかけに、準備は出来ていると返答する航空参謀。このまま日本艦隊を艦載機隊で磨り潰し、止めに我が艦隊の全火力で海に叩き込むのだ。
かの旧ロシアよろしく、旧中国よろしく、物量戦による攻撃方法は、彼ら東アジア共和国軍にとってもお家芸だった。
そして、日本艦隊を上回る規模を有する第1空母艦隊の陣容が、その自信の源でもある。その内容とは、日本の中央司令部で得たものと、僅かながらの誤差はあった。
まずスペングラー級強襲揚陸艦1隻、タラワ級航空母艦2隻、デモイン級イージス巡洋艦4隻、アーカンソー級イージス巡洋艦4隻、フレーザ級イージス駆逐艦12隻、マーシャル級大型輸送艦10隻、最後にノーチラス級攻撃型潜水艦6隻、ダラス級輸送型潜水艦6隻、総計45隻の大艦隊だ。
  この潜水艦ばかりは、さすがの日本も発見することが叶わなかったのだ。

(奴らが我らに夢中になっている間に、後方へ回り込み、上陸拠点の構築に成功してくれればよいがな)

孫は不敵な笑みを浮かべた。潜水艦隊は2手に分かれ、日本艦隊への奇襲をする部隊、後方をすり抜けて拠点を作り上げる部隊に分けていた。
上手くいけば、航空機と潜水艦隊の挟撃もできるだろう。しかしながら、その笑みが崩れるのは10分と掛からなかった。
  その原因は、先に接触した日本艦載機隊との戦闘だ。

『こちら第一次攻撃隊、敵戦闘機と交戦中! 既に3割を損失、至急、第二次攻撃隊の要を認む!』
「馬鹿な、たった10分で3割損失!?」
「‥‥‥航空参謀、直ちに発艦させろ!」

驚くべき報告だ。戦闘開始から10分で3割を失うとは、孫も、周りの幕僚も思ってもみなかった。
そして、彼らにも危機が迫っていることにも気づきもしなかった。





「敵機、直掩機を突破! 数49」
「敵編隊、三手に分かれた。12時方向、10時方向、2時方向より接近!」
「少数とはいえミサイル攻撃が脅威なことに、変わりはない。全艦、迎撃ミサイル、ファランクスの照準を合わせ」

  沼田海将補は、突破してきた敵艦載機群にミサイルと機銃の照準を合わせさせる。どうやらこの航空機は、コスモゼロやコスモファルコンよりも劣るらしい。
彼が考えていた以上に、日本艦隊の直掩機隊が頑張って艦隊防空圏を守り抜き、東アジア共和国海軍の攻撃機を落としていた。
因みにC.E世界で共通して使用されているのが、VTOL戦闘機F-7D〈スピアヘッド〉と呼ばれる、垂直離陸が可能な戦闘機である。
艦載機としても申し分ない能力を持っていた―――が、相手は宇宙空間さえも運用可能な万能戦闘機こと、コスモゼロとコスモファルコンだ。
しかもステルス性を考慮した戦闘機で、レーダーに発見されにくい。加速性、運動性、そして武装ともにスピアヘッドの上をいった。
  第2連合艦隊は戦闘準備を終え、照準も固定した。射程圏に入るや否や、沼田は迎撃を命じる。

「撃ち方始め!」
「撃ちィー方、始めッ!!」

旗艦〈イズモ〉やイージス巡洋艦、イージス駆逐艦から、迎撃ミサイルが打ち上げられる。轟音と共に飛翔したそれらは、素直に目標へと飛んでいく。
第一次攻撃隊も対艦ミサイルを、これでもか、とぶちまける。あとは全速で離脱するしかない。これ以上の長居は無用である。
  しかし、そこに飛翔する迎撃ミサイル群。第一次攻撃隊パイロット達は、フレアをばら撒くなりして、回避運動するなどして、ミサイルの照準を狂わそうとする。
それでも懸命な回避行動が効果を成し得ないまま、かわしきれず瞬く間に25機が撃ち落された。中にはミサイル発射直前に撃ち落されたものも大勢含まれる。
撃墜された仲間の仇を討とうと、無機質なミサイルは高速で日本艦隊に迫った。その数は実に60発に上るものだ。命中したら一溜りもないのは明白である。

「対空防御!」

  ファランクスと、艦載用レーザー砲のパルスレーザー機銃が、射撃を開始する。さらに各艦の主砲も火を噴き、撃ち落としにかかる。
こちらもフレアや近距離用ECMを起動させ、ミサイルの照準を狂わせた。その成果により、ミサイルの大半は目標を逸れて自分から海に落下した。
残るものは対空防御の前に撃ち落され、残った6発あまりのミサイルだけは、その軌道を逸らすことに失敗した。

「僚艦、被弾――ッ!」

  2発が駆逐艦〈(キク)〉の艦左舷中央と後部に命中。別の2発は巡洋艦〈利根(トネ)〉の中央と後部ヘリ格納庫に直撃した。
残る2発が、戦艦〈奈良(ナラ)〉の右舷中央と左舷中央と右舷後部に命中した。〈キク〉の艦隊中央部から爆炎があがる。艦は被弾の影響で一時的に右へ傾いた。
黒煙を吐くその姿に兵士達は震えた。この世界に来て初めての同胞の犠牲者が出たのだ。燃え上がる炎に巻かれ、叫び声を上げる兵士が幾人も出てくる。
懸命に消火活動を試みる兵士達も、思わず目を瞑りたくなる様な惨状だが、それで任務を果たさぬわけにはいかぬのだ。
  〈トネ〉は格納庫を貫通され、内部のヘリもろとも爆破されてしまった。格納庫から吹き上がる炎の塊。この攻撃で格納庫とヘリを失い、機関室にも被害が及んだ。
決して軽い被害とは言えなかった。〈ナラ〉は爆炎が上がりはしたが強固に耐え抜いた。数機の機銃座や、兵装を失い、艦内部にも損害は出たが、沈む気配はない。

「報告、駆逐艦〈キク〉左舷に被弾し大破。巡洋艦〈トネ〉格納庫および機関室に被弾、搭載機も爆破、中破にいたるも戦闘継続に支障なし」
「〈ナラ〉より報告。ミサイル攻撃を受けるも、戦闘および航行継続可能」
「〈キク〉〈トネ〉は直ちに反転、離脱せよ」

沼田は離脱するように命じた。〈トネ〉は中破とはいえ、速度も落ちている。このまま戦闘に突入すれば、足かせにしかならないと判断したのだ。
  それにしても―――と、沼田は思う。自分らの世界では艦船(宇宙・海上を問わず)に使用している金属は、普通の金属ではないのを知っていた。
地球上では産出されないコスモナイトと呼ばれる種類の宇宙鉱物を使用していた。これを他金属と共に生成して、最も強固な装甲を作り上げたのだ。
  結果としてC.E世界の艦船等が使用する金属とは、比べ物にならない強度を誇った。
だからこそ〈キク〉は撃沈を免れる程度の損害で済んだのだ。この世界だったら1発の被弾で撃沈してもおかしくはない。
何せ水上艦は宇宙艦と違い、装甲は薄いままなのだ。ミサイルの直撃に耐えられる訳もない。片や戦艦〈ナラ〉などはピンピンしているくらいだ。
  因みにこのイージス戦艦なる艦種が登場したのは、近年になってばかりのものである。その全長は戦艦の名にふさわしく250mを誇った。
時代遅れ感があるが、現在のイージス巡洋艦以上に打撃力を求められた結果、戦艦が再登場したものであった。
大型化した艦体には、36cm三連装主砲×3基9門、VLS×36セル、三連装単魚雷×4基12門、ファランクス×4機、パルスレーザー砲塔×4機を装備する。
さらに速力は40knを誇った。ステルス性を重視した結果、全体的にのっぺりとした印象を与えている。勿論、装甲はコスモナイトを使用している。

「‥‥‥我が攻撃隊の入電は、まだないか?」
「司令、先ほど攻撃隊より入電しました!」

燃え上がる僚艦を眺めやりながら問いかける司令官に、通信士官が駆け足で報告しにやってくる。

「『我、敵艦隊への奇襲に成功せり。空母2を含む14隻の撃沈確実』―――以上!」
「やったな、山口二佐、草加二佐」
「はい」
「山口二佐の指示が、図に当たりましたな」

こちらは2隻を失うことはなかったが、戦力としては無くなったに等しい。
だが、相手の損害も甚だしいようだ。航空隊が上手いこと、奇襲をしてくれたようだ。
  その東アジア共和国第1機動部隊は、思わぬ奇襲に足を掬われたのである。それは、彼らが第2次攻撃隊を発艦させようという、まさに直前だった。

「駆逐艦〈江衛(ジャンウェイ)〉より緊急電! 『艦隊右舷方向より敵機編隊発見。距離4000!』」
「馬鹿なッ!」

唐突であった。何故そんな至近距離になって気づいたのだ。レーダーは何をしていたのか、と怒鳴り散らす暇もなかったのである。
孫は急遽迎撃を命じたが、それよりも早く日本の攻撃隊が対艦ミサイルを発射したのである。迎撃ミサイルなど、到底間に合わないのは明白だった。
できるのは機銃やレーザー砲による迎撃と、チャフやフレアなどの電子妨害だけ。その効果を大半が受ける前に到達したのだ。

「ミサイル多数――!」

  その直後、第1空母艦隊に地獄絵図が広がった。まず空母〈遼寧(リョウネイ)〉が、甲板に艦載機を積んだまま被弾した。
対艦ミサイル2発が甲板の中央部、3発が右舷側に命中した。誘爆は簡単に起きた。積載したミサイルが連鎖的に爆発し、一瞬にして甲板が炎に覆われてしまったのだ。
艦橋にいた艦長など、助かる確率などまずなかった。艦橋も爆風に巻き込まれて吹き飛んだからだ。それで一瞬で死に追いやられたのなら、彼らは幸せだった。
  甲板にいた多くのパイロット、整備兵は生きながらに地獄を味あわされる羽目になったからだ。

「燃えちまう、助けてくれぇ!」

炎に纏わりつかれ、または破片で体の一部を持っていかれた者達は、懸命に助けを請うた。恰好がどうの等と言う暇などない。が、助けてくれる者などいなかった。
一気に灼熱の海に覆われた甲板は、もはや手の付けられない状況である。熱された甲板に、炎を消そうと転げまわるものは、さらに焼かれ苦痛を倍加させる。
  ブーツも、防護服も、耐熱限界点を超えて溶け出し、人体に襲い掛かる。熱湯を掛けられた以上の苦しみにもがき、助かるには海に飛び込むほかなかった。
そして右舷側を貫いたミサイルによって、〈リョウネイ〉は艦内部が爆風によって吹き荒れる。風船のごとく、〈リョウネイ〉は木端微塵に吹き飛んだのだ。
それだけではない。イージス巡洋艦3隻が、相次いで被弾を許し、薄い装甲が仇となって簡単に吹き飛び轟沈していく。駆逐艦など言うまでもない。
  第1機動部隊の損害は目を覆いたくなるほどの惨状であった。

「駆逐艦〈広州(コウシュウ)〉轟沈、巡洋艦〈武漢(ブカン)〉大破、航行不能!」
「空母〈斎遠(サイエン)〉にも被弾、艦載機が誘爆をお越し、大火災発生!」
「本艦も右舷に被弾、第2格納庫に火災発生! 消火に全力を注いでおります!」
「輸送艦にも被害甚大、9隻が撃沈しました!」

  旗艦〈テイエン〉は撃沈こそ免れてはいるものの、後部格納庫に被弾している。幸いにして航空機を出していたが故に誘爆は避けられたが、被害は軽くなかった。
空母2隻、イージス巡洋艦1隻、イージス駆逐艦2隻、輸送艦9隻、合計14隻を撃沈されてしまっていた。それに戦闘不能な艦が3隻。
戦闘可能なのは、イージス巡洋艦が6隻、イージス駆逐艦が9隻のみ。これだけで、まともに戦る筈もなかった。さらに肝心かなめの輸送艦が、全滅してしまった。
  火災で煙にまかれる旗艦にて、孫は呆然と立ち尽くしていた。その表情は、割れたガラスの破片で3ヶ所ほど掠めて血を流している。

(何故、こうなった‥‥‥こうなる計算はなかった。どうしてなのだ‥‥‥!?)

その答えは先述した、ステルス性を考慮したコスモゼロとコスモタイガーUにあった。しかも山口は、レーダーに捉えられにくい方法を熟知していた。
艦載レーダーは、海面から数mの高さまでは無効なのだ。低すぎて探知できないという欠点が、昔からあったのだ
  そして海面から1mという、超低空で飛行する神業を見せた日本艦隊攻撃隊は、自身のステルス性のおかげもあって奇襲に成功したのである。

「我が東アジア共和国が、島国に負ける、だと‥‥‥?」
「司令、我が艦隊は壊滅状態です。残念ながら、これ以上の交戦継続は‥‥‥」

参謀の1人が撤退を具申しようとするが、孫は諦め切れずにいた。兵力にしても優位に立っていた我々が、こうもあっさりと敗北などあってはならない。
それにまだ、残された戦力がある。先行していた潜水艦隊だ。潜水輸送艦は引き返さなければなるまいが、このまま遊兵にさせるわけにはいかない。

「まだだ、第2潜水艦隊がいるぞ」
「‥‥‥司令官、我が方の艦載機隊が戻ってきました!」

諦めきれぬ司令官の前に、帰還してきた第1次攻撃隊。しかし、その姿は無残である。出撃した80機の内で帰還してきたのは、たったの21機。
  空母も殆どが甲板をまともに使用できない有様。最悪の場合、着水してもらうしかない。そして、判断すべき事は3つに1つ。
1つめは撤退、救助を急いで現海域より離脱すること。2つめは撤退作業が間に合わなかった場合の対応の1つとして、徹底抗戦だ。
残存艦隊を集結させて日本艦隊に打撃を与える。あるいは降伏と言う選択肢だった。

「全艦に、救助活動急がせろ。艦載機隊はそのまま待機し、ギリギリまで防空行動に当れ」
「ハッ!」
(潜水艦隊は‥‥‥)
「潜水艦隊より入電!『我、敵の攻撃により戦闘不能、僚艦も全滅―――』ここで通信が途絶!」

この瞬間、すべての目論みと、望みは粉々に砕け散った。第2連合艦隊は、潜水艦隊の奇襲を受けはしたものの、沼田と他艦長らの迅速な判断が功を奏したのである。
  東アジア共和国の潜水艦4隻は、第2連合艦隊の真横から雷撃戦を挑んだ。が、魚雷を早期に発見した沼田は、魚雷を避ける方法としてエンジンの停止を命じた。

「エンジン噴射止め! 艦首サブスクリュー、20秒間だけ全開、速度を一気に落とせ!」

魚雷は音響式の追尾魚雷か、あるいは有線式魚雷か、磁器探知式魚雷、あるいは通常魚雷に分けられる。まずは音を立てぬよう、エンジンを止めるのは当然だった。
さらに妨害音波を発するデコイを射出し、最後にヘッジホッグを魚雷進路上にばら撒いて回避するのだ。
  殆どを瞬時に指示した沼田の非凡さと、各艦長の反応速さが危機を脱した。発見された24本の魚雷のうち、22本が音響で狂わされて迷走して自爆し、ヘッジホックの爆破に巻き込まれて誘爆した。

「魚雷2、接近!」

残る2本だけは、駆逐艦と巡洋艦に1発づつ命中を許してしまい、速度を落とした2艦は離脱を余儀なくされた。潜水艦隊は、それで攻撃を終わらせることはなかった。
32発の対艦ミサイルを、全艦で一斉に打ち上げたのである。
  だがこれは、同時に自らの位置を完全に暴露したことを意味した。第2連合艦隊は再びECMとフレアを同時に使用した。

「フレア、撃ッ!」
「ECM作動!」

対艦ミサイルは成す術もなく狂い、海に落ちる。今度は第2連合艦隊の番だった。対潜のアスロックと短魚雷を発射推定海域に向けて放ったからだ。
潜水艦隊は回避行動に移るべく、デコイを撃ちながら最深度に潜ろうとした。

「潜水艦は、姿を見せたらお終いなのだ」

  とある昔の、アメリカ海軍軍人が言っていたことらしいが、それは確かだった。獲物を見つけた魚雷20本余りはデコイに多少釣られはしたが、大半が本物に食らいついた。
水中で轟音と膨大な気泡を作り上げる。それが海上に達して、命中したことを教えた。1隻だけが轟沈を免れたが、それだけのこと。
潜水艦は水上艦と違い、1発でも命中すれば撃沈は確実である。水圧が損傷個所を容赦なく遅い、艦体を破壊するのだ。
辛うじて生き残った、その潜水艦は通信ブイを打ち上げて報告しようとしたが、水圧に耐えきれず撃沈したのであった。






「敵潜水艦、反応消失」
「水中では助かるまい」

  沼田は戦死した敵国の潜水艦乗りに、心から冥福を祈った。そしてこの10分後、第2連合艦隊の先方部隊は、レーダーに第1空母艦隊の本隊を捉えた。

「黒煙が、前方に見えるな」
「はい。航空隊により被弾した艦でしょう。如何なさいます? 救助中とあらば、手を出すのは控えるべきかと」

草加は、ここでの攻撃は控える方が良いと意見を述べる。人道的と言うのは今更ではあるが、戦闘中ならいざ知らず救助中に攻撃を加えるのは流石に気が引ける。
  そこで沼田は、降伏か撤退かの二択を与える方を選んだ。

「まずは降伏勧告を促してみてもよかろう。嫌なら撤退しても良し、と送ってやれ」
「相手を逃すのですか、司令」

艦長の大西が怪訝な表情をするが、沼田は済ました表情で応える。

「我々の任務は、祖国を守る事だ。殲滅は望まんし、この世界に飛び込んでいきなり殺戮者の汚名を着るのも、いい話じゃないさ」
「‥‥‥そうですな。ただ、相手が降伏か、撤退かを選んでくれれば、の話ですが」

拒否をしたとなれば、それは徹底抗戦を意味するも同然である。相手がそのような司令官ではないことを祈るばかりだ。
  数秒後、結果は凶と出た。

「敵艦隊、一部を除き前進してきます!」
「内容は!」

レーダー手に確認する草加。東アジア共和国残存艦隊は、戦闘不能な艦と健全な駆逐艦3隻を残し、残る巡洋艦4隻、駆逐艦6隻を差し向けてきたのである。
旗艦の盾となる気か、と沼田は呟いた。部下が進んで盾となったか、司令官の自己保身や自己満足で殿を務めさせられたかはわからない。
  それでも、牙を剥けてくるなら容赦はしない。沼田は、第2連合艦隊の空母2隻と護衛の駆逐艦2隻を下げ、残る12隻を前線に出した。
前線に出された兵力は、戦艦2隻、巡洋艦2、駆逐艦8隻。どれも高度なイージスシステムを有する艦艇だ。
その攻撃戦隊旗艦 天城型〈三笠(ミカサ)艦橋の艦長席に腰を下ろす、52歳の壮年の男性―――艦長 織田真紀夫(おだ まきお)一等海佐は、身震いした。
  敵ながら全力で挑もうとする、その姿。まことに感服するものだが、それは無謀ともいえるだろう。もっとも、兵力数は概ね同じだが。

「敵艦隊、楔形陣形で接近!」
「ミサイル発射反応、確認! 数、およそ60!」

飽和攻撃か! これだけ一斉に放つとは、まさに、死と引き換えに我々を殺そうというのだろう。織田は興奮を抑えつつ迎撃を命じる。

「全艦、スパローT発射、続けてスパローUを発射! 落とし残した奴は、ファランクスとパルスレーザーで迎撃!」
「目標補足!」
「撃ちー方、始めッ!」

最初に放たれたのは、ごく普通の迎撃ミサイルだ。その次に、時間差を置いて発射されたのは、弾頭にレーダー阻害チャフを詰め込んだ特殊型迎撃ミサイルである。
  飛び上がるミサイル群を眺める暇もなく、織田は艦隊を2列縦から分散させ、残存艦隊を左右から挟み打つように指示した。
〈ミカサ〉率いる戦隊は右へ転舵し、半数の〈ナラ〉率いる戦隊は左へ転舵する。重々しい巨体を、波を艦首で切り裂きながら猛進する戦闘艦隊。
同時に、砲雷長からの砲撃準備完了の報告が上がった。

「艦長、砲撃準備完了」

本艦および僚艦〈ナラ〉の36cm砲。旧来よりも威力と射程を延ばしている実体弾で、現在でも有効な兵器としてされていた。
砲身がレーダーと連動し、目標を捉えている。相手はまだ砲撃してこないが、いずれは射程に入るだろう。その前にケリを付けたいものだ。
  先に発射したスパローと対艦ミサイル群が接触した。空中で大爆発を引き起こしその空間を圧倒する。
真っ赤に染まる空に気をやりそうになるが、織田は抑えて砲撃を命じた。

「主砲、撃ち方始めッ!」
「撃ッ!」

第1砲塔からズドン、という轟音が3回鳴り響き、続いて第2砲塔も同様の轟音を3回も響かせる。過去の遺物と揶揄された砲撃音が辺り一面を再び震撼させたのだ。
その直後、今度はチャフ入りミサイルが爆発。相手のミサイル誘導装置を阻害する。それでも撃ち残したものは、最後の手段としてECMを浴びせる。
  一方の東アジア共和国残存艦隊は、自分らのミサイルが迎撃されたことに構わず、第2撃を実施せんとした。道連れにしてやるのだ、と引く気配はない。

「敵艦、発砲!」
「この距離でか?」

先方を走るイージス巡洋艦〈平壌(ピョンヤン)〉が、発砲炎を確認したのだ。が、ミサイルとは違うそれは、明らかに大砲によるものだった。
彼らが装備してる砲塔はと言えば、艦首の25cm単装型速射砲塔を1門のみである。中には、レーザー砲に換装したタイプもあるが、これはあくまで対空用だ。
  25cmを上回る砲弾が、空気を切り裂きながら着弾した。飛んできた砲弾は全部で12発。その内で10発が尽く、峡叉を叩き出したのである。
そして残る2発が、先頭を走っていた〈ピョンヤン〉と〈哈爾濱(ハルピン)〉に直撃。〈ピョンヤン〉は艦首のVLSに命中、残ったミサイルが誘爆して真っ二つに轟沈。
〈ハルピン〉は艦尾に被弾したが、装甲が薄いためにそのまま貫通してしまった。乗組員は一瞬だけホッとし、穴の修復作業を始めようとした刹那―――

「‥‥‥南無さん」

  織田が呟いたその瞬間、〈ハルピン〉艦尾辺りの海面から巨大な水柱が上がった。突然の爆発に艦尾が持ち上がり、艦首が海中へ突っ込む。
36cm砲弾は、貫通して終わる代物ではなかったのだ。弾頭がコンマの時間差を置いて、爆発したのである。その爆発の圧力は、上に行くほど大きくなる。
巡洋艦〈ハルピン〉は、海中からの爆発によって派手に持ち上げられたのだ。190mの巡洋艦とはいえ纏うのは薄い装甲しかない。
薄っぺらい装甲が災いし、艦尾が分断されてしまったのだ。派手な撃沈を前に、さしもの残存艦艇乗組員たちも決心した気持ちが揺らいでしまった。
 
「敵巡洋艦2、轟沈!」
「‥‥‥艦長、敵がジャミングを開始した模様!」
「こちらの妨害を打ち消そうと躍起だな。こちらと、機械に頼りっぱなしな訓練はしとらんさ。継続して砲撃、日頃に鍛えた腕を見せてやれ!」

  技術が発展し、その大部分が電子戦に頼るのが実情である。通常兵器としての手段であるミサイルも、レーダーも、全ては電子技術がなければ開発も運用もできないだろう。
しかし技術の進歩は日進月歩とも言う。優れた性能に対して、優れた妨害術で無にしてしまおう、というものだ。どれだけ発達しても、つまるところ、相互に妨害術を取得すれば、戦闘は必然的にデジタルからアナログに戻らざるを得ないのである。
  それを見越してなのか、日本支部の国連軍は距離測定からの、直接砲撃訓練といったアナログな訓練も行っていた。宇宙艦艇にしても、レーダー連動射撃だけでなくアナログな光学測定からの直接砲撃、という本当に旧日本海軍が実施してきたような昔ながらの訓練をこなしてきたものだ。
その証拠に、この射撃精度は国連軍で右に出る者はいない、とされるほど高い評価を受けていた。それはある意味で、古来からの伝統なのかもしれない。
旧日本海軍は、レーダー射撃を取得できなかったものの、晴天下の命中精度はレーダー射撃と同等とさえ言われたほどなのである。





  ともあれ、〈ミカサ〉〈ナラ〉は光学測定からの射撃に切り替え、砲撃を続行した。同時に巡洋艦、駆逐艦は魚雷を放つ。

「敵艦、ミサイルの発射確認!」
「自棄になったな。水中も気を付けろ、魚雷が来るかもしらんぞ」

撃ち上がったミサイルはあらぬ方向へ飛んでいき、期待に副うこともなく海に没した。その間、日本艦隊は前進してひたすら主砲を発射する。
残存艦隊の至近に弾着する弾頭、それに高く舞い上がる水柱。2射目で狭叉を叩きだし、3射目で駆逐艦1隻を轟沈に追い込む。
  その次に、18本もの対艦魚雷が残存艦隊の左右前方から襲い掛かった。快速の駆逐艦は舵を切り、デコイを撃ち放った。
回避に躍起になっているところへ日本艦隊の斉射が降り注ぐ。無論、東アジア共和国の残存艦も25cm砲やレーザーを撃ち、日本艦隊に反撃する。
速射される弾頭が雨あられと降り注ぐが、レーダー射撃に頼りっぱなしな彼らの腕では、アナログ射撃で命中を出せるわけもない。
  またビーム兵器に至っては、日本軍―――もとい国連軍が開発に成功した電磁防壁の前に弾かれるに終わった。

「ビームを弾かれただと!」

彼らが驚くのも無理はない。
  だがこの電磁防壁は、決して無敵防御兵器ではなかった。あくまで簡易的な代物で、ビーム兵器に限定され、最大連続稼働時間はたったの20分。
これでは使い物にならないのでは、と危惧をされはした。そこで電磁防壁は、敵の攻撃を察知した時だけに展開するような使用法を構築したのである。
 
「敵駆逐艦3、魚雷命中!」
「味方艦〈(スギ)〉に被弾、なれど損害軽微!」

味方艦にも、徐々に敵弾が命中しつつある。特に〈ナラ〉〈ミカサ〉は集中的に撃たれはしたが、コスモナイトの前には大した損傷もなかった。

「残るは駆逐艦2隻‥‥‥! 敵艦、転舵。離脱するもよう」
「‥‥‥降伏はしないのか」

もはやこちらから、降伏勧告はしない。戦闘を中止したいのならば、向こうから示すべきだろう。織田は沈黙を保ったまま、停止命令も出さずに攻撃を続行した。
結果として、東アジア共和国第1機動部隊は、旗艦〈テイエン〉他、駆逐艦2隻、輸送艦数隻を残し全滅。大敗北を喫したのであった。
一方の日本第2連合艦隊は、撃沈艦なし。損傷艦が半数を超えはしたが、致命的な艦は4隻程度で済まされていた。宇宙金属コスモナイト様々である。
  また、北方海域―――日本海中央側でも、第1連合艦隊は決着をつけていた。その結果を、沼田は艦橋の中で受け取った。

「ほう、梅津司令も上手いこと切り抜けられたか」
「そのようです」

その片方の戦場を指揮したのは、第1連合艦隊司令官/第1戦闘隊群司令 梅津義紀(うめづ よしのり)海将補である。年齢は51歳。
温厚そうな人柄は、そのまま性格を表している人物で軍内部でも評判は良い。ただ、ぼーっとしているようにも見えるので、昼行灯とも呼ばれていた。
  その彼が率いる第1連合艦隊は、ユーラシア連邦第2太平洋艦隊と対峙した。戦況は沼田らと概ね同様であったが、やはり戦力はユーラシア連邦の方が上だった。
艦載機にしても、一気に沈めるつもりで襲い掛かったのだろうが、コスモゼロ、コスモタイガーUを全て当てたことで、半数を壊滅させた。
残る半数はミサイルで撃ち落とされ、第1連合艦隊はミサイル攻撃で3隻が被弾するに留まった。艦載機が失敗したことに、ユーラシア連邦艦隊は愕然とした。
  それだけではない。彼らは海中からの奇襲に失敗したのだが。これは日本司令部が、ユーラシア連邦の主要基地がウラジオストクであろうことを予測していた為だ。
東アジア共和国は、旧中国や朝鮮半島の名残があると考えれば、幾つもの海軍基地が存在していることは想像するのに難しくはない。
逆にユーラシア連邦が旧ロシアの名残だとすれば、太平洋側にある海軍基地は、ウラジオストクしか考え付かなかったのである。
これから推定して、日本海軍は潜水艦を展開、対潜哨戒を厳重に警戒した。その結果が、吉と出たのだ。

「日本海側の潜水艦隊は、確か海江田と深町か‥‥‥」
「はい。あの御2人に敵う潜水艦乗り(サブマリナー)は、中々いないと思います」

  沼田が浅い笑みを浮かべながらも、口にした2人の軍人の名。まずは海江田一郎(かいえだ いちろう)一等海佐、年齢は38歳と若い海軍軍人である。
潜水艦〈敷浪(シキナミ)〉の艦長と、第1潜水戦隊司令を務めている。冷静沈着で、先を読むことや相手の心理状況などを推察することに長けている。
もう1人は深町昭夫(ふかまち あきお)一等海佐、年齢は39歳とこれまた若い軍人である。潜水艦〈タツナミ〉の艦長と、第2潜水隊司令を務めている。
性格は海江田とは正反対の直情型。直ぐに熱くなるが、瞬時の判断は的確で、部下たちの信頼も厚い。熱くはなるが、決して粗暴ではない。
  このコンビの前に、ユーラシア連邦艦隊は指揮下の潜水艦隊を壊滅させられた挙句、洋上艦隊までもが6隻も餌食なると言う有様だった。

「あいつらに食いつかれちゃあ、誰だって逃げられんさ。潜水艦の能力を極限まで知りつくし、海域の特性も把握しているんだ。私だって勝てるとは思えんさ」

決して謙遜ではなかった。日本海軍内部でも、彼らに敵う人物はいない。必ず後ろを取られるなり、気づかぬうちに策略に嵌って自滅する。
海の悪魔とさえ揶揄されたほどだった。その後は第1連合艦隊と真正面から衝突、激戦の末、ユーラシア連邦は敗退を余儀なくされた。
  全体としてユーラシア連邦は、戦闘艦艇26隻中:撃沈11隻大破5隻中破・小破8隻。輸送船団は輸送艦9隻を失った。
さらに潜水艦部隊は 攻撃部隊と輸送部隊を合わせて12隻を撃沈された。実に全体の約4割を損失したのである。
対する第1連合艦隊は20隻中:駆逐艦2隻沈没大破4隻中破4隻小破5隻といった状況だった。

「ユーラシア連邦は主力の4割を失って撤退か‥‥‥」
「我が方も、初めての戦没艦がでましたが、ユーラシアの兵力数からみれば、寧ろこの程度の損害で済んだことが奇跡でしょう」

報告書から目線を、海原へと向ける沼田に、草加が言った。彼の言う通り、第1連合艦隊はこちらよりも兵力に勝るユーラシア連邦を相手にしたのだ。
それで沈没したのが駆逐艦2隻というのは、素直に喜ぶべきところだろう。潜水艦や航空機の活躍もあってこそだが、梅津司令の手腕もただなるものだ。

「東アジアの連中も、直ぐに撤退してくれれば良かったのだがなぁ」
「言っても仕方がありますまい。それよりも、司令。土方宙将の指揮する防空隊及び、第1、第3軌道防衛艦隊の戦況が、いましがた届きました」
「ほう、聞こうか」

  日本の北側、西側より、多数の艦載機が迫っていた筈だ。土方は防空隊の総司令として、第1・第3軌道防衛艦隊を動員して、迎撃を指示していたのだ。
報告の内容では、侵入を謀ったユーラシア連邦の航空機編隊は、日本北方防空部隊との激戦の果て、防ぐことに成功したという。
ユーラシア連邦200機あまりは、防衛総隊の航空隊及び軌道防衛艦隊等の攻撃を受け、132機の損害を出したことで攻撃隊は侵入を断念した。
東アジア共和国の艦載機隊160機も、102機の損害を出して撤退を決意。成すことも成せずに、引き上げたのである。
コスモファルコンは、このC.E世界において、圧倒的な強さを見せつけたのだ。
  特に若年のパイロット、加藤三郎(かとう さぶろう)二等宙尉の率いる部隊は凄まじかった。彼は戦闘機を8機撃墜し、輸送機を3機撃墜した。
同時に彼の所属している部隊の戦果は、合計して45機もの戦果を挙げたのであった。
海上、海中、上空、3ヶ所において勝利を収めた日本だったが、また1つ、別の場所で時間差を置いた決着が着こうとしていた。宇宙空間の戦いである。




〜〜あとがき〜〜
  第3惑星人です。ここに登場した人物名にピンときた人は多いのではないでしょうか。『沈黙の艦隊』『ジパング』から拝借した人物がおります。
それと日本海軍の艦艇について。戦艦は、いまどきありえないかもしれませんが、宇宙軍に戦艦があるのですから、海軍にあってもおかしくないと思いました。
主砲につきましても、ヤマトで48センチ(実弾含め)を作る技量があったということは、海軍の艦艇にも最低で36センチクラスはあってもいいかな、と想像しました。
電磁防壁と装甲に関してですが、電磁防壁は波動防壁の代わりになります。ガミラスによって疲弊していた2199年に波動防壁を装備できたのですから、何事もなかった国力のある時代であれば、電磁防壁くらいは開発できるだろう、と予測した次第です。
コスモナイトの装甲使用は、主に旧作から引っ張っています。普通の装甲では、大気圏に突入すると耐えきれなさそうなので‥‥‥。



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