C.E暦70年3月4日。プラントの首都アプリリウスにおいて、アフリカ大陸のマスドライバー“ハビリス”を巡る最終議論が交わされた。

「今回の作戦は、マスドライバーを奪う、ないし破壊するのは当然だが‥‥‥大丈夫かね」
「それはどういう意味です?」

プラント最高評議会に顔を並べる代表者達の中で、次なる目標ビクトリア基地攻略に些かの懸念を示していた。らしくない、と急進派は穏健派を咎める。

「そのままの意味だよ。宇宙と地上では、勝手が違うぞ。それに、今回は初の降下作戦なのだ」
「何事にも初めてはある。だがそれを恐れてどうするのか。地上と宇宙とは違うだろうが、だからと言って何ほどのことがある?」
「それに地上用MSも多数が完成している。連合軍が宇宙にいようと、地上にいようと、結果は同じだ」

開戦からたった1ヶ月程度ではあるが、ザフトは地上戦力や海上戦力の増強に加えて宇宙部隊の戦力を確実に増強させていた。
その大半は開戦時において僅かに間に合わなかったザフト兵士が大半であり、以下の様な新造の機体と共に最前線に回せるようになっている。

基礎兵力であるジンを基にした機体は次の通り―――
・ジンを改良した偵察型の機体、ZGMF−LRR704B ジン長距離強行偵察複座型
・大気圏飛行タイプに改良された機体、ZGMF/TAR−X1 ジン戦術航空偵察タイプ
・砂漠等の地上戦闘を意識した改良型、TMF/S−3〈ジンオーカー〉
・基礎水中兵力として改良された、YF−3A〈ジンフェムウス〉

各分野に特化して開発された機体は次の通り―――
・大気圏内での空戦用として開発された、 AMF−101〈ディン〉
・地上戦を想定した四足歩行型MS、TMF/A−802〈バクゥ〉
・地上用で強力な火力を搭載したキャタピラ式MS、TFA−2〈ザウート〉
・広大な海での水中戦闘を考慮した、UMF−4A〈グーン〉

―――といった、様々な任務に対応可能なMSが誕生し、さらにそれらの派生機が誕生していた。
プラントの軍事企業や国防軍ザフトの用意周到による成果だった。開戦時から開発を開始していては、こうも早く実戦投入は出来なかったであろう。
  自信を持って勝利を確信する急進派に、穏健派は内心で頭を抱えていた。

「それを慢心と言うのだ。地球連合勢力でも手薄な南アフリカ統一機構とはいえ、奴らも手をこまねいている訳ではあるまい」

プラントは、連戦連勝によって国民の間でも意気揚々とした雰囲気があった。数の暴力をものともしないザフトは、無敵の軍隊であると信じ始めていたのだ。
同時にコーディネイターの台頭を信じる人々も多く、より完全な勝利を―――と録音盤のように声を上げているのである。
急進派には良い傾向だろうが、穏健派には甚だ危険な状態という認識でしかない。このままでは本当に収拾がつかなくなってしまうのではないか。
  このビクトリア基地のマスドライバー攻略作戦『オペレーション:サジタリウス』は、そんな上昇する国内士気に乗じて発動されるものだった。
当作戦は地球連合軍宇宙戦力の維持力を削ぐことを主目標としているが、同時に真の目標は地上基盤を固めることと、何よりも食糧の確保にあった。
現地調達だけでなく宇宙側からの支援物資を送る予定だ。が、輸送中に攻撃を受けるかもしれない宇宙ルートよりも現地調達の方が安上がりであり安心でもある。
何せ地上を制圧したとしても物資がなければ部隊は干上がり、戦闘継続力を瞬く間に失うのだ。これまでの歴史から見ても、それは証明されている。
  典型的な事例がナポレオン・ボナパルトのロシア遠征敗北だった。彼はフランスと同盟諸国による60万の大軍を持ってロシアへと進軍した。
最初こそ速攻戦によってロシア軍を圧倒しモスクワまで足を延ばした―――が、兵站を軽視した結果、自軍戦力は進軍する都度飢えに苦しまされて減っていく。
モスクワを占領するものの、ロシアによる徹底した焦土作戦によって現地の物資諸共焼かれてしまい、最終的には進軍を断念せざるを得なかった。
それからはずるずると退却の列を連ねていき、帰還した戦力は僅か5000人余りだったと言う。
  そんな二の舞にならないか、と穏健派は特に心配していた。

「それに地球周辺は安全だと言う保障はない。進軍途中で上陸部隊が攻撃されかねないのではないかね?」
「御尤も。しかし、だからこそ敵を油断させる要因となる。勢力圏にあるところほど、気を緩めるものだ」
「先のNジャマーもある。あれを周辺にばら撒いておけば、探知される心配はない」

  Nジャマーの効力は既に実証済みである。そこでザフトは、全艦艇にNジャマーを搭載することで、地球連合軍に対してアドバンテージを握ろうとしていたのだ。
またビクトリア基地攻略に投入されるのは降下部隊と護衛部隊を合わせ2個部隊。降下部隊はフォック級MS輸送艦にMS18機、及び設備部隊の将兵達。
これらを護衛する部隊はナスカ級1隻、ローラシア級2隻の計3隻MS18機。降下部隊の数は少ないがMSの性能を考えれば十分であろう。
  だが当然のことなが地上における援護は一切ない。降りる場所は敵地なのだから、援護は期待する方がまずもって間違っている。
アフリカ共同体はもとより太洋州連合も支援するには遠い地である。それでも降下作戦を強行すると言うのだ。
議会の出席者に連なるクライン議長は甚だ不安な気持ちにあった。ザフトが勝利を重ねる度に国防員やら国民やらを始めとした急進派が増長し、さらなる勝利を欲して戦線を拡大していく様子に危機感を募らせている。
かといって、勝利せず敗北しろ等とは、間違っても思ってはいない。
  要はバランスなのだ。プラントもといコーディネイターとナチュラルと共存していければ良いのだ。そして決して優劣の眼を持ってはならない。
能力差はあるかもしれないが全ては同じ人である。急進派のコーディネイター君臨の理論は賛成すべかざるものであり、ナチュラル過激派のコーディネイター殲滅というのも断じて賛同できるわけの無い話だ。
  そしてビクトリア基地攻略に関して議論が交わされる中、こんな意見が飛び出した。

「そもそも、マスドライバーを占拠ないし破壊したところで意味はあるのかね」
「何を今更。連合が宇宙に出るための重要拠点ではないか」
「忘れているのか? 情報部の話によれば、大西洋連邦は一時的にではあるが、日本と技術提携をしていたではないかね」

日本と言う国名が出た瞬間、急進派メンバーの表情はやや曇りがさす。ザラは、この技術提携に何を意味するのかを理解していた。

「大西洋連邦は、慣性制御の技術を手に入れているかもしれない、ということですな」
「そうだ。となれば、いくらマスドライバーを破壊したところで、何の意味もないだろう」

確かにマスドライバーを破壊したところで意味はなくなるだろう。だが地球連合も今すぐに慣性制御を完備した戦闘艦を持ってくるわけではない。
また早くとも5ヶ月後に導入となるだろう、という見解が情報部からもたらされていた。それにマスドライバーに固執する意味は無くなることをザラは悟っていた。
  彼らプラントも慣性制御の開発を推し進めてはいるのだが、ナチュラルより優れた人種とはいえども全てにおいて必ずしも万能ではない。
慣性制御の実用化には、最低でも3年か4年は見積もらねばならないのが実情である。それだけ難しいものであるのが伺える問題なのだ。
中には日本に対して技術援助を申し入れるべきではないか―――との声もあったほどである。
  急進派の一派から見ればプライドが許さない話だった。技術援助を受けるということはナチュラルに劣ることを証明したも同然である、と見ているからだ。
もっともクラインからしたら馬鹿らしいことこの上ない話であった。そういったものの見方は後で後悔するものだと知っていたのである。
ではどうするかと言えば、速攻による全てのマスドライバー破壊ないし占領である。宇宙への要所を早い段階で抑え付けて早期講和を目指すと言うものだった。
早期講和という狙いは穏健派による提案である。早期に戦争を終わらせてプラントの独立を確固たるものとするのだ。

「兎も角は、目の前の戦いに勝つことだ。でなければ先に進めん」

ザラはそう言うと、その日の議会を終わらせた。既に作戦は決定していることなのだ。
  彼が会議室を出た後、帰り道の途上にいた1人の女性に気が付いた。青いセミショートの髪をした37歳のうら若く見える女性だ。
彼女はレノア・ザラ、つまりザラの妻だ。農学博士の称号を持っており、かのユニウスセブンにて農業開発に関する研究を行っていた。
それが地球連合軍の一部ブルーコスモスシンパの兵士達による独断攻撃で危うく命を落としかけたのである。
  だが救助カプセルが運よく日本宇宙艦隊に発見されたことで無事に保護された。その為か、或いは元々が優しい性格の為か、彼女はナチュラルに対する偏見はない―――無論、ブルーコスモスという存在は嫌っていたが。

「貴方‥‥‥」
「レノア。何故ここにいるのだ?」

  彼女は農業用プラントの代理となる別のコロニーに身を移していた筈だった。その彼女が、わざわざ夫のいる区画まで出向いて来たのだからザラも不思議に思う。
彼は妻に理由を尋ねたが、彼女がわざわざ会いに来た理由は分かっている。地球連合、しいてはナチュラルとの戦争についてであろう。

「もう、止められないのですか」
「当たり前だ。お前や大勢の人々を、野蛮な核で命を奪おうとしたのだ。いや、既に奪ったのだ。そんな連中に、戦いを止める道理など有るまい」

プラントが確固たる独立を手にするまで戦いは終わらないのだ。ナチュラルに屈するが如き未来は到底受け入れる事の出来ない未来だった。
レノアが最も懸念しているのは地球連合そのものだけではなく、やがてはナチュラル全体を巻き込んでしまうのではないか、というものだ。
  つまり、彼女を助けた日本を含めた中立連盟さえもプラントは―――。

「お前が言いたいことは分かる。ナチュラル全てが、我等コーディネイターを憎んでいるわけではない、と言いたいのであろう」
「そうです。私は、これまでに幾度かナチュラルの方々と話してきました。そして、宇宙を彷徨っていた私を助けてくれた日本の方々とも」
「‥‥‥」
「あの人達は軍人ではありましたが、私達コーディネイターを差別はしていません。日本の司令官とも、お話しする機会を頂いた時もそうです」

  レノアは宇宙空間で彷徨ってたところを日本の軍艦〈ナガト〉に救助されて臨時病室へと搬送された。救助された彼女には特に怪我もなくほぼ無傷であった。
そのままプラントへ引き渡される間、彼女は1人の高官と会い見えたのだ。それが病室に移送されたユニウスセブンの人々を見舞いにやって来た沖田十三だ。
彼は1人づつと丁寧に声を掛けた。大丈夫ですか、御身体に大事はないですか、と彼なりにコーディネイターの人々を励ましたのである。
沖田は軍人であり博士号を持つ学者であり、そして何よりも1人の人間なのだ。戦争の巻き添えを受けた民間人に心から同情した。
  そんな折、レノアも沖田に声を掛けられたのである。そしてレノアは、勇気を振り絞って沖田にこのような質問をした。

「貴方がたは、コーディネイターをどう思っていますか」

助けてもらっておきながら大変に失礼なことを言ったと自覚していた。だが、彼女はこの機会に聞きたかったのだ。
別次元から来たという日本国の人がコーディネイターをどう思っているのかを。ナチュラル、敷いてはブルーコスモスのように虐げるような気持ちを持っているのか。
このユニウスセブン被爆事件直後から、彼女はナチュラルへの気持ちが大きく揺れ動いていたことが、こういった質問を引き出したのかもしれなかった。
  質問をぶつけられた沖田は予想していたのだろうか、神妙な表情を作って一呼吸の間を置いてから答えた。

「レノアさん。命が人の手で造られることには賛成できませんが、生まれてきた子達の命を奪うことには断固として反対します」

その言葉からは、コーディネイターを差別しているようなものは感じ取れない。1人の人間として公平に意見を述べているのだ。

「それを裏付ける、この世界を取り巻いている状況。異常としか言いようがありません。私から言わせてもらえれば、コーディネイターだの、ナチュラルだのと差別する気はありません。同じ時代を生きる者同士、争わず、共に手を差し伸べていくべきだと思います。それが‥‥‥人が人としてあるべき姿です」
「失礼ながら、戦うことが目的の、軍人の御言葉とは思えませんが‥‥‥」
「レノアさん。軍隊は無い方が良いものです。争えば人が死ぬ。その大半が若い連中です。そして若い連中を死に追いやるのは‥‥‥我々指揮官なのです」

その言葉を裏づけるような悲痛に満ちた沖田の眼と表情が、レノアの心奥底に静かだが強烈な印象を与えた瞬間であった。
矛盾を言うようだが、沖田は軍隊は無い方が良い、と心奥底では思っているのだと直感的に感じ取ったのである。

「私には1人息子がおりましてな。その息子もまた何処をどう間違ったのか、私と同じように軍人の道を歩んでいます。息子の決めた道ですから、私がとやかく立場にはありません‥‥‥。ですが、そんな息子の命を、もしかすれば私の命令で奪ってしまうやもしれぬと思うと‥‥‥恐ろしくなる。それでも軍人として、国と民間人を護る為に戦う以上、そういった私情を挟み込むことは許されない」

  軍隊が無い事が理想だ。そうなれば戦うことも無いし、息子を危険に晒すことも無かろう。だが他国が武力で進行してくる可能性がある以上、軍事力が無ければ自分の国の国民を護ることも出来ないのが現実であり、そして護る為に戦えば死者は出るのは避けられぬことだ。
防衛の為の戦闘を行う為にも命令1つで間接的に兵士達を殺していくのは指揮官なのである。命令1つで敵軍の兵士達を死に送り、味方にも犠牲者を出す。
よく、『〇〇を護る為に戦う』という決まり文句がある。沖田にとってそれは人を殺すための自己正当化であり、偽善でしかないと思っている。
何を言おうと人殺しに変わりはないからだ。分かっているのだが、戦わねば護りたいものも護れない。
  この複雑な事情を前に苦悩した事が一度や二度ではなかった。人を殺した軍人は、何処に人としての一分を求めれば良いのか?
残念ながら、沖田はその答えを未だに見つけられていない―――いや、永遠に見つからないのかもしれない。

「答えになっていないようで申し訳ない。兎も角、私は生まれてきた者は全て、対等に生きる権利があって然るべきだと‥‥‥思っていますよ」

  最後にニコリと微笑みながらレノアの質問に答えた沖田に対して、レノアは目の前の軍人にこれまでにない違った印象と感情を抱いていた。
地球にはブルーコスモスなる組織が広がり、コーディネイターを排除しようとするナチュラルが多い。
  だが、彼らのように物事を冷静に見てくれるのであれば、共に生きることが不可能ではない。かの理事国との関係ではなく対等になれるのではないか。
彼女はそう思った。勿論、コーディネイターとしての立場を弁えたりする必要性もあるだろう。彼女は礼を述べた。

「不躾な質問に答えて下さって、感謝します」
「それでは、どうかお元気で」

沖田はそう言うと、病室から退室していったのである。
  この救助された間での一連のことをレノアは夫に説明し、極力戦争を避けてほしい旨を伝えた。この説得はザラの心中は複雑化する一方だった。
憎きナチュラルに制裁を加えて、コーディネイターが人類の頂点に立つべくこの戦争を勝利しなければならない、と考えているからだ。
ところが彼の心は迷いに迷っている。ナチュラルにも見るべきところはあるだろう。だが核を平然と使用する連中もいる。それが警戒心を募らせる。
  そこで彼は、戦争の相手は地球連合という敵に的を絞らせたのだ。中立連盟を刺激せずに地球連合のみを相手する。これが最大限の配慮だった。
ザラは説得してくる妻にも説明した。そして出来うる限り戦争を早期に終結させ、プラントを独立国として認めさせる。
クラインからも、そのような妥協案を持ち込まれていた。ザラがレノアを核で失ったとしたら、このようなある程度の柔軟さは見せなかっただろう。

「幸い、日本の指導者は話の分かる人物の様だ。それにオーブ、スカンジナビア辺りも、物分かりが良い。私とて、少しは期待したい」

不安げな様子の妻を、ザラは久々に表情を柔らかくしてそう答えたのであった。





  来たるC.E暦70年3月8日。遂にビクトリア基地攻略『オペレーション:サジタリウス』が開始された。ザフトは神の矢となって一撃を加えんとする。
だが、この戦いはザフトもといプラントにとって、最初の不名誉な戦闘であったことを直ぐに思い知ることになった。
作戦に投入されたのは、ヘイマン・ジャーミルを隊長とする部隊―――ジャーミル隊だ。MSはジンやジンオーカーを中核とした18機
  そして、ジャーミル隊の護衛を務めるのがオズナ・レクニの指揮するレクニ隊だ。ナスカ級1隻、ローラシア級2隻、フォック級MS輸送艦1隻の計4隻
このフォック級は、降下カプセル(1個に付きMS×4機搭載可能)を最大11個まで運搬可能。それらを艦底部にぶら下げる形で目標地点へ運ぶことになる。
降下作戦には必要不可欠な艦艇であり、ザフトの貴重な艦艇でもある。無論、ローラシア級の格納庫も大気圏へ投下することが可能だ。

「目標宙域に到達」
「速やかに降下作戦へ移行する。ジャーミル隊に通達せよ」

  レクニ隊旗艦 ナスカ級〈ガイニッツ〉の艦橋にて、指揮官席に座り様子を見守るオズナ・レクニ司令。年齢は38歳。
いつになくして、彼は指揮官席に座りながらも落ち着きがなく、どこかピリピリとしていたのが目に見えて分かった。
地球連合の勢力圏内にいることが原因だろうがそれ以外にもあった。今回の作戦はどうもに性急的すぎると感じるところがあったのだ。
  ザフト高官の中には、速さを持って進撃して地球連合に反撃の時間を与えないのが大事である―――と公言する者も多い。確かにそれも一理ある。
生産力と回復力に劣るプラントが優勢に立ち続けるには、電撃戦で勝ち続けねばならない。一度立ち直る機会を与えてしまえば、如何にザフトと言えど苦戦は必須。
  しかし、今回の目標であるマスドライバーは地球軍の重要拠点だ。護りは固いに違いないし、援護もなしに成功させられるのか疑問に思う。
宇宙と大気圏内は勝手が違う上に、何しろ重力下の戦闘だ。コロニーの重力システムとはまた感じ方も異なるであろう。
それでもザフト将兵の多くは連戦連勝に士気を上げ続けており、今回の戦闘もザフトの勝利に終わることを信じて疑わなかった。
彼の同僚にも地球連合に勝利できると確信する者が多い。勝ち続けている間は良いが負け始めると後が怖いものだ。
過去の歴史においても、精強を誇った国家が幾つか誕生しては、他国を侵略して領土を広げていた筈である。しかも、精強を誇った国はいずれも滅びの道を歩んだ。
  プラントもその一例に漏れないのではないだろうか。この懸念は、プラントのみならず地球連合にも言いあてはめられることであるが。

(しかし、中立連盟はどうだろうか)

  そう、この時代で行先が不明確な存在は中立連盟である。特に異次元に巻き込まれて来たとかいう、アジアの島国こと日本の存在が不気味に思えた。
この島国は大国を返り討ちにし、中立国らと良好な関係を構築していった上に、貿易関係も手を伸ばしている。
それだけではない。聞けば公共機関DSSDや、火星開発関係にも投資や援助を惜しみなく行っているらしく、関係者は日本に深く感謝しているというのだ。
何せ技術立国であるオーブ連合首長国を抜き、さらには我等プラントの技術力をも凌駕しているのではないか、との分析が出ている。
  ここまで来ると日本と言う存在が如何に強大なものとなったかが分かるものだ。レクニは小さな日本に大きな懸念と興味を持ち始めていた。
彼らとは戦争をするべきではない。ナチュラルと見下した態度を取るよりも、共存していく方が遥かに有益であると感じている。
とはいえ、これは個人的な考えでしかない。それに日本と言う存在を、まだまだ知り尽くしてはいないのである。

「〈アイバーソン〉より、順次投下開始」
「Nジャマーを絶やすな。切ったらミサイルの的になる」

  オペレーターの声に遮られたレクニは思考を改めた。彼が注意を促す傍らで輸送艦〈アイバーソン〉の艦底部から、随時降下カプセルが切り離されていく。
それらが大気圏内に突入すると次第に赤みを帯び始める。最初に落としたのはジャーミル隊主力のMS部隊だ。彼らがマスドライバーの周辺に配置されているであろう地球連合軍の守備隊を壊滅させる前座を行い、その後に設備隊を降下させる手筈になっている。
地上での脅威はリニアガンを搭載した戦車および航空機ぐらいなものだが、侮れば足を掬われるだろう。

(どうにも嫌な予感がする)

  そして作戦を開始して数分後、不安は現実のものとなった。
ビクトリア基地には南アフリカ統一機構の1個師団と、ユーラシア連邦の3個師団が待ち受けていたのだ。
双方合わせて、およそ5万5000人に上る兵力を集結させていた。また、主力戦闘車輌260輌対空戦闘車32輌対空火器1000門以上を配備しており、空には戦闘機300機戦闘ヘリ120機を配備して侵入を阻まんとしていた。

「Nジャマーの濃度、さらに上昇!」
「全軍に対空戦闘、並びに対MS戦闘用意。電波機器は役に立たん、光学測定で距離を測れ」

  ビクトリア基地司令室で指揮を執るのはユーラシア連邦所属の軍人―――バロネス・モーリツ中将。年齢は55歳で南アフリカ派遣軍の総司令官である。
元々、南アフリカはユーラシア連邦の息が掛かっている地域で、大西洋連邦の援助を受けることなく自前の戦力で対応しようと出たという。
地球連合という組織に加盟しているとはいえ、ユーラシア連邦にも大国としての意地とプライドがある。大西洋連邦に付け入るスキを見せたくないのだ。
  モーリツ中将は、そんなユーラシア連邦首脳部の事情を察しているが、自分には関係のないことであると割り切っていた。
このところの敗北続きに対して、大軍を有する連合軍といえども流石に歯止め掛けなければならないのだ。その歯止め役に今回は彼自身が宛がわれている。
正直に言えば誰かに任せたい。MS等と言う珍兵器によって押されていく自軍らを見ていると、この場にある3個師団あまりの戦力でも足りないように思えるのだ。
もっとも、今回ばかりは負ける要素は少ない。ザフトは重要拠点を速攻で落とすために、わざわざ重厚な防御態勢の中に突っ込んでくる。
  さらにNジャマーの優位性を信じきっているのか、地上の援護もなしに降下してくる。如何な電波兵器重視の世の中とはいえ光学システムも捨てたものではない。
聞けばあの日本海軍も光学システムによる砲撃戦で東アジア共和国の艦隊を攻撃し、ユーラシア連邦海軍もまた同じ目に遭ったと言う。
時代が逆戻りしたような気分だ。そんなことを考えていると、幕僚幹部の1人が高揚した口調で口を開いた。

「アラスカ司令部の情報が見事に当たりましたな」
「そうだな。御かげで肩透かしを食らわずに済んだよ」

どこか皮肉染みた返答だったが、幕僚は気づいていない。今回の防衛線はアラスカにある連合軍統合司令部の諜報機関からの物だと言う。

(いつも、このくらい正確な情報を掴んでくれれば有難いものだ)

  情報部に愚痴を溢すと同時に監視班から報告が入った。

「衛星軌道上にザフトの艦影を確認。ナスカ級1、ローラシア級2、輸送艦と思しきものが1!」
「小型のカプセルを投下している模様」
「恐らくはMSを搭載したものでしょう。閣下、これはチャンスです」

言われないでもわかる。MSと言えど簡単に空中は飛翔できるとは思えない。カプセルが地表に到達するまでに破壊してしまえば恐れることはない。
まずは対空ミサイルの掃射で迎撃し、次に戦闘機隊が撃ち漏らした敵を迎撃、潜り抜けた者には基地の防空網で対応する。
最後、地表に到達してきたMSには落下ポイントで待ち伏せる戦車部隊と戦闘ヘリ部隊、対MS歩兵部隊が攻撃を仕掛けて撃破していく。
流れは全軍に染み込ませている。後は戦闘をしてみなければわからない。
  モーリツは緊張感を持ちながら有線回線を開き戦闘配備中の全軍に明確な指示を下した。

「対空戦闘、始めッ!」


号令と共に基地に配備されている対空ミサイル、及び戦闘車両の対空誘導弾が煙を巻き上げて発射された。電波兵器が無効化されている故に役に立つ可能性は低い。
だが、中には熱探知誘導弾等も混ざっており全くの無効化とは思えない。打ち上げられたミサイルの群れは、兎に角上昇を続けて降下カプセルを目指す。
誘導装置が作動しないが、それを見越しての自爆機能もある。
  一方の降下を続けるザフトのジャーミル隊は、外の様子も分からないままじっとしていた。下手をすればカプセルごと撃破されることも十分にあり得る。
戦う前に戦死するのは避けたいものだ。隊長であるジャーミルはコクピット内部で1人ごちる。

「全く無茶なことをさせる。どう見たって、地球連合は1個師団以上の規模だ。強行すべきじゃなかったんじゃないのか」

降下直前に望遠カメラで確認した基地の全貌。カモフラージュで隠されているのもあるのだろうが、間違いなく1個師団以上の部隊がいた。
その中に飛び込めと言うのは自殺志願者でしかないのではないか。以下にMSとはいえ、完全無的とは言い難いのは彼自身も承知している。
  ガタガタと揺れるMSコクピットで呟いていたが、突然、大気圏突入時とは違う揺れが生じた。

「そらきた」

地球連合が攻撃を開始したのだ。効果カプセルにも小型ながらNジャマー装置が据付けられており、迎撃ミサイルと行った誘導兵器を阻害してくれる。
当たる確率はゼロに近い筈だ。後は地表へ到着するまでに着弾しないことを祈るしかない。運悪くカプセルに命中したとしてもカプセル自体が壁となるかもしれないが。
とはいえ、あくまでこれは可能性だ。ミサイルとて外壁を貫通して内部を破壊できる物もある。1発で4機のMSが損失するということでもあるのだ。
  対空砲火の波に呑まれて数秒、いや、数分とも感じられる時間。耐える側には答える待ち時間だ。彼の乗るカプセルは今のところ無事だった。
通信回線はNジャマーの影響で出来ない。後は着陸してから確認するしかなかった。

「予定高度に到達‥‥‥カプセル解除。諸君、気を引き締めろ!」
「「了解!!」」

カプセルの高度計がグリーンを差した。ジャーミルは他の3機に警戒を促しながら、遂にカプセルを解除したのだ。
目の前は戦場の真っただ中、急ぎ僚機のために援護をせねばならない。MSという優位な兵器に乗りながらも余裕より焦りが彼を覆っていた。
  そしてハッチが解放され彼の機体ジンオーカーが地面へと足を付けた―――その時である。
先ほどよりも凄まじい衝撃が彼を揺さぶり叩き付ける。

「なっ、頭部センサーが―――ッ!?」

コクピットパネルに、頭部センサーへの回路が経たれたという表示が出る。つまり、先ほどの衝撃は頭部が破損したことを意味する。
そして眼を失ったに等しい彼の機体は、その存在を許されないかの如く猛撃を受けた。機体が一度、二度と、激しく大きく揺さぶられる。

「やはり無謀だったか‥‥‥あぁっ!!」

その直後、ジンオーカーはコクピットに居たジャーミルを巻き込んで爆発した。彼の身体は業火に焼かれ活躍せぬうちに生涯を閉じたのである。
  降りてきたジャーミルらMS部隊を襲撃したのは、地球連合軍の主力戦車ことリニアガン・タンク〈レオパルド〉を主力とした戦車部隊だ。
そして、低空飛行で来襲したのは対地戦闘ヘリことAH−12B〈アパッチ〉だった。
彼ら地球連合軍将兵は、ザフトのカプセル降下ポイントに素早く展開し終えると、待っていたと言わんばかりに、その砲火の全てを容赦なくMSに叩き込んだ。
ジャーミル隊のMS各機は、そんな怒りと恨みを込められた怒涛の集中砲火を、機体と心中へ叩き込まれ虚しく四散していった。
この時点でジャーミル隊は、全部隊の7割が空中で撃墜されるか、或いは地上で待ち伏せを受けて、完全破壊されていったのだ。
  地球連合のモーリツ中将らが、綿密に立てた作戦が功を奏しジャーミル隊を尽く駆逐していく。空では降下中のカプセルに対空ミサイルが襲い掛かった。
撃ち漏らしたカプセルを、VTOL戦闘機スピアヘッドが機関砲とミサイルを撃ち込んで破壊していく。絵に描いたような流れが展開されたのだ。

「ナチュラル共め!」

  そう言って勇敢にも砲火を突っ切ってくるザフト兵もいたが、冷静さを欠いた彼らには砲弾の洗礼が降り注ぎ、瞬く間に粉々になった。
MSを順次倒していく地球連合軍の地上軍は、宇宙軍の惜敗を巻き返すが如く戦う。最初の戦闘ということもあり不安もあったが、ここまで優位に進めるたことに皆が驚いた。
  戦車レオパルドの主砲リニアガンが、ジンの胴体部に穴を穿つ。さらに歩兵部隊が手持ちのランチャーを脚部を狙って攻撃する。
油断したジンオーカーの脚部のカバーが破壊され、蹴躓いて無様に大地へと抱き合う様にして転んだ。そこを容赦なく追撃する連合軍兵士達。
砲弾の雨に撃たれて反撃する機会もないままに、そのMSは黒煙を上げて動かなかくなった。

「俺達が戦車だからって舐めるなよ!」

別の戦車の戦車兵が叫び砲撃する。戦闘不能に陥ったジンに追加して砲弾が撃ち込まれ、中に乗っていたパイロットはその砲弾で身体を潰され即死した。
また連合軍兵士の多くは、化け物め、青き清浄なる世界のために、等とブルーコスモスの謳い文句を並べ立てた。
  ビクトリア基地司令部には、この防空戦闘における戦果が舞い込んでいる。予想通りの展開に幕僚達は歓びの声すらあげていた。

「敵軍8割を撃破。我が方の損害僅かです」
「当然だ。援護もなしに降りようとする間抜けどもに、我々が負ける筈が無い!」

ブルーコスモス派の幹部が偉そうに叫んだ。モーリツは黙って見ただけで何も言わなかった。作戦はまだ終わっていないのだ。

「そろそろ、宇宙でも決着が着いても良いと思うが‥‥‥」





  地表で無残な敗北を迎えているのと同じく、宇宙空間においてもザフトは追い込まれていた。それは降下作戦が始まった直後のことである。

「隊長、偵察隊より入電『ワレ、地球連合ノ艦隊ヲ発見ス。方位、艦隊ヨリ、8時方向。警戒セラレタシ』―――以上!」
「やっぱり来たか。降下部隊の状況は?」
「ハッ。戦闘部隊の投下は完了、残りは設備隊のみ」

タイミングの悪さが際立つ。レクニは艦隊に第一級戦闘態勢を言い渡し迫る地球連合軍の艦隊に備えるべく配置を組み替えさせる。
このまま撤収する選択肢も無きにしも非ずだが、それでは地上部隊を孤立させることになりかねない。まして、戦況がまだ不明確なのだ。
  とはいえ一度降下させてしまったら戻れない。撤退するにはあまりにも遅すぎたのである。

「全部隊を集結、敵艦隊を迎撃する」
「司令、このままでは〈アイバーソン〉が危険です」
「ぅむ‥‥‥」

  レニクは判断に迷った。設備隊を載せた〈アイバーソン〉の戦闘能力はたかが知れている。攻撃されたらひとたまりもない。Nジャマー散布宙域に紛れて〈アイバーソン〉だけでも離脱させるか、あるいは留まって全力で迎撃するか。
どちらが良いとは確実には言えないが、レニクは少しでも友軍の生存を優先させようと前者を選ぶことにした。

「〈アイバーソン〉は一時離脱せよ。我々は全力で敵を叩く。MS各小隊は集結出来次第、敵艦隊へ迎え!」

ザフト艦隊は戦闘艦が3隻のみ。MSは偵察用ジンを除いて17機。数は少なく思えるが、これでも地球連合軍の1個艦隊と辛うじて渡り合える。
  一方の地球連合軍艦隊は、Nジャマーの中を頼りにならないレーダーと光学測定機器で、手探りをしながらもザフト艦隊を捉えていた。
出向いて来たのは、東アジア共和国軍第11艦隊である。戦力規模は、空母1隻、戦艦8隻、巡洋艦8隻、護衛艦14隻の合計31隻MA147機
当艦隊指揮官は何長慶(カ・チョウケイ)少将、46歳。ユーラシア連邦と合わせて、ザフトの後背を襲撃すべく出撃を命ぜられてきたのである。
  旗艦 アガメムノン級〈玉庭(ギョクテイ)に将旗を掲げる何少将は、今こそ雪辱を晴らさんとして進撃を命じた。

「奴らを大気圏に追い落としてやるのだ。全艦、対艦ミサイル及び魚雷一斉発射!」

主砲射程圏内の直前に、彼はミサイルと魚雷による先制攻撃を仕掛ける。当たりはしなくても適当な位置で自爆してくれるだけでも大分違う筈だ。
同時に対MS兵器V1の発射準備を整えさせた。先日の『世界樹海戦』で実績を上げた兵器であり、これがあればMSを恐れる必要はないと考える者は多かった。
  だが、それを過去形で語らねばならない理由がある。V1は弾頭の近接信管システムが物体を感知すると内部の小型爆弾をばら撒き、そして一斉に爆発するもの。
これも所詮は電波を利用した兵器であったということだ。つまりは、Nジャマーが投入されてしまったことで、V1の近接信管は正常に作動してくれないのである。
Nジャマーがなければ、V1は今も有効な対MS兵器だったろう。それが実戦投入に効力を発揮できたかと思えば、Nジャマーの登場で効果を下げられてしまった。
そこで連合軍は各企業と同時にV1の改良型である“V2”を開発させている。こちらは熱源探知式システムによるらしく、実戦配備にはまだ時間を要する。
  方やレクニは、迎撃ミサイルを発射せて対応する。Nジャマー散布下では効果を期待できないのはどちらも同じことではある。
撃ち漏らした物の中でさらに直撃コースを辿る物だけを狙い撃ち、できる限り被弾を避けようとした。

「外れるものは放っておけ。当たる奴だけを狙えばよい!」

宇宙に花火が上がるような光景が広がった。左程に撃墜できたわけでもない。追尾装置は誤作動を起こし命中せずに迷走するものが多かった。
その撃ち漏らした物を各艦艇の機銃やレールガンが火を噴いて撃墜しようと躍起になる。

「司令、第2小隊、第4小隊が攻撃をかけます!」
「第1、第3小隊も1分後に接触!」

  〈ガイニッツ〉艦橋に入る報告に、レクニは頷くものの安堵する様子はない。早々に地球連合軍へダメージを与えねば、本隊である自分らが危うくなる。
MSが生き残っても母艦が消滅しては、パイロット達に生き残る術は無いからだ。ひたすらMSで攻撃し、地球連合軍の戦力を擦り減らせるのを期待するしかない。
勿論彼らの艦隊も傍観するつもりはない。それに彼は、少数なら少数なりの戦い方があることを考慮していたのだ。
その少ない部隊の利点―――即ち機動性である。艦隊のみならず戦車、戦闘機、MS全てに共通しているものであろう機動性。数が多ければ火力は高くなる反面、全体としての機動性が落ちてしまうのだ。
  そこを付け狙うしかないだろう、レクニはそう判断したのだ。勿論、全滅させるのは難しいのは承知で、撤退させるだけの損害を与えるのが精々だろう。

「全艦、第二戦速へ移行しつつ、タンデム隊形に移行する。〈ゼルスベルグ〉は本艦の後方へ、〈アクセルロッド〉は最後尾に付け」

高速戦闘艦〈ガイニッツ〉を先頭にして、〈ゼルスベルグ〉と〈アクセルロッド〉が続き、縦列を作って前進を開始した。

「MS隊、攻撃を開始しました!」

光学望遠カメラからも攻撃の記しとなる発光が幾つも確認できた。どうやら、あのクラスター兵器は使用しなかったようだとレクニは思った。
Nジャマー散布下では、自分らのミサイルも役に立たないのだ。それで相手のミサイル兵器が正常に動く筈が無い。
彼は冷静だが、ある意味でNジャマーの効力に過信していた節があった。これが彼らへの命取りとなるのは直ぐに証明される。
  第11艦隊の両舷方向から来襲してきたMSに対して、何少将は全てのMAを叩き突けた。MS16機に対してMAは147機を数えている。
本来であればV1を発射してやりたいところだったが、Nジャマーの影響で近接信管が誤作動を引き起こす故に、下手に使えないのだ。
時限信管は使用可能だが、近接信管ほどに撃墜効果はないだろう。
  だからこそ彼は、趣向を変えてMSに使うことを止めた。

「提督、我が方のMA損害数は10機目になります!」
「数を揃えても、やはりMAでは役不足ですな」
「分かっておるわ、そんなことは。兎に角は艦隊に近づけさせなければ良い」

幕僚の指摘に対して苛立たしげに言う何少将は、問題のレクニ隊を注視した。
  レクニ隊は第11艦隊の左舷方向へ回り込もうとしている。無駄な足掻きだ、と言わんばかりに彼は迎撃を命じる。

「目標、左舷前方のザフト艦隊。全艦、砲撃開始!」

第11艦隊は針路を左に転じつつも、主砲塔を左舷旋回させて砲撃を開始した。数十という緑色の光線が宇宙空間を駆け抜けていく。
レーダー照準ではない、光学照準というアナログに戻った攻撃方法である。やはりというべきか、初弾で命中弾を出せるわけもなく至近弾さえない。
それでも構わない何少将は砲撃させつつも、まだ使用していないV1をここで発射するよう命じた。

「時間設定は大まかで良い、奴らの進行方向に撃ち尽くせ!」

  方やレクニ隊は宇宙空間という性質と高速を生かした戦法で第11艦隊に反撃する。それは進行方向をそのままに艦首を一斉に左舷回頭させるというもの。
つまり、レクニ隊は第11艦隊の左舷に艦首を向けた状態で、横滑りするような形で宇宙空間を進んでいくのである。この状態であれば主砲は全て使用できる。
そしてナスカ級で2門、ローラシア級2隻で12門の砲火力が、第11艦隊の左舷を捉えた。

「MS隊、射線軸上より退避!」
「よし、撃てぇ!」

こちらも光学測定による砲撃が開始される。距離が大分詰まっていたのか、連合艦の至近距離を通過するビームが3割を占め、第2射目に至っては1隻に命中した。
  火を噴いたのは最小クラスである護衛艦だったが、その一撃がザフト兵士の士気を高めた―――それも一瞬の間だけ。

「奴らの針路方向に向けて、V1を全て撃て!」
「針路方向に設定良し、発射!」

  何少将は被弾する僚艦を気に留めもせず設定が完了されたV1を放った。これに気づいたザフト兵だったが、これがV1だとまでは流石に察知しえなかった。
指定されたコースを直進していくV1とミサイルの群れは、レクニ隊に襲い掛かる。レクニは先ほどと同じように、直撃コースのミサイルのみを落とそうとした。
  その瞬間にミサイルの大半がいきなり分散した。小さな物体が一斉に広がる光景を目の当たりにした時、レクニは己の甘さを呪った。

「右舷急速回頭、最大戦速で離脱!」

この命令は遅きに失した。回頭を始めた頃には、それら小型爆弾が広範囲を埋め尽くしていたのだ。そして遅かれ早かれ小型爆弾は一斉に自爆した。
小型爆弾とはいえ凄まじいものである。数百という爆弾が辺り一面を埋め尽くし、レクニ隊は問答無用に爆炎に取り込まれてしまったのだ。

「左舷装甲に被弾! 右舷後部甲板にも多数着弾!」
「1番レールガン大破、2番機関室被弾し出力低下!」
「格納庫ハッチ被弾、開閉不能!」

  艦内は衝撃波によって滅茶苦茶にかき回されながらも、オペレーターは勇敢に報告を続けた。だが激しい揺れに頭や身体を打ち付け呻き声を上げる者が続出した。
中には報告しようとして揺れに掻き回され、不幸にも己の舌を噛み出血する者もいる。阿鼻叫喚の艦橋内び有様を前に、火花を散らす艦橋内でレクニは敗北を察した。
〈ガイニッツ〉は中破しており、航行は可能だが戦闘能力は半分以下に落ち込んだ。〈ゼルスベルグ〉は大破して戦闘力は無きに等しい。
〈アクセルロッド〉は中破であるものの、戦闘能力は半分以上が健在。
  だがレクニ隊の艦艇は撃沈してはいないが、これは敗北と言っても大差なかった。

「‥‥‥作戦を中止する。全艦、戦闘宙域より離脱だ」
「ですが、それでは味方は!」
「気付かんかね、ジャーミル隊は合図を撃ちあげていない。敗北したと見るしかあるまい。それにこのままでは、我が隊が―――っ!」

一瞬で敗北の色を強めたレクニ隊は、隊形を崩したまま離脱を図ろうとしたが、そこに第11艦隊の容赦のない追撃が始まった。
  狂喜した何少将の命令で、撤退を始めたレクニ隊の後方を襲う第11艦隊。全体の1割程度の損害しかない為、その火力は衰えてはいない。
MSは撤退を援護しようと攻撃を仕掛けるが、MAが損害を出しつつも意地を見せて近づけさせなかった。

「〈ゼルスベルグ〉が‥‥‥!」

  砲火の嵐に呑みこまれたレクニ隊で、後方にいた〈ゼルスベルグ〉に命中弾が出たのだ。被弾してコントロールを失った本艦だが、悪運はこれで終わらない。
〈ゼルスベルグ〉の後方にいた〈アクセルロッド〉が、惜しくも悪運の手に捕まり不運を見舞われたからだ。
コントロールを失って減速した〈ゼルスベルグ〉が、何と〈アクセルロッド〉の針路前方を塞いでしまったことで、嫌がおうにも針路を変更せざるを得なかった。

「左舷へ回避!」

  〈アクセルロッド〉艦長は、目前の味方艦が突然減速して来た為に慌てて命じるも敵わず。海上の船舶と同様、巨体故に動きが鈍い艦艇に急な進路変更は無理だ。
右舷の姿勢制御スラスターを目一杯に吹かすものの、右舷側が〈ゼルスベルグ〉の艦尾左舷側へと接触してしまう。車で言う玉突き事故のようなものだった。
そして、度重なる不運に2隻の命運は尽きる。第11艦隊は動きの鈍った2艦隻に火線を集中し、数分もしない内に轟沈させてしまったのだ。

「〈ゼルスベルグ〉〈アクセルロッド〉‥‥‥撃沈」
「‥‥‥全速で離脱する。MS隊にも伝え。離脱後、〈アイバーソン〉と予定宙域で合流する」

完全に沈み切った声でレクニは部隊の撤退を指示した。懸念していた通り、あるいは予想通りザフトは完敗したのだ。
  この日、地球連合軍は開戦後初の勝利を収めた。ブルーコスモス派の将兵は歓喜しており、連合軍の反撃の始まりであると騒ぎ立てた。
ザフトは降下させたジャーミル隊はMS全機損失。レクニ部隊も2隻損失、MS部隊は2機損失したのだ。
一方の連合軍は、地上兵力の1割も失っておらず、宇宙軍第11艦隊は巡洋艦1隻と護衛艦3隻の計4隻損失、MA部隊は39機損失した。
このようして、ビクトリア基地における戦闘は連合軍の勝利を飾ったのである。




〜〜〜あとがき〜〜〜
更新が遅くなりました。お待ちいただいていた方にはご迷惑をおかけします。
今回は連合軍が勝利したというビクトリア攻防戦となりました。詳しい内容は分からなかったので、色々と自分の妄想が入っています。
なんだか中編作品では絶対に終わらなくなった気がするこの頃‥‥‥。

そういえば、ガンダムSEEDとヤマト2199のキャスティングで、思わぬ共通点がありました‥‥‥桑島 法子さんと、関 俊彦さんです。
ガンダムではフレイ&クルーゼ、ヤマトではユリーシャ(雪も)&伊東。しかしも桑島さん、どっちの作品でも1人2役でしたし‥‥‥。



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