荒れ狂う業火。渦を巻く悲鳴。
しかしその中を逃げ惑う人々は、皆自分が戦火に晒されていることも一瞬忘れて
上空を仰ぎ見る。
そこにあるのはこの惨状を作りだしたISと、それと対峙する漆黒のIS。
それは突然だった。
空からの攻撃が止んだと思ったら、どこからともなくもう一機のISが飛び込んできて、
自分たちに銃口を向ける蒼い死の妖精を食い止めてくれたのだ。

それが誰かは知らなかったが、そんなこと何の関係もなかった。
ISに搭乗しているのが男だと気づいても、全く気にならなかった。
人々はその漆黒のISを駆る少年に、ただただ目を奪われていた。

自分が不利になると分かっているはずなのに街に向かうビームを弾き、時に自分の身を
盾にしてまで戦い続ける少年の姿に。
聞いている方が辛くなるような悲痛な雄叫びを上げながら、猛然と敵に立ち向かう
その姿に。
そんな少年の姿を見て、人々はただ思う。


あの少年は、まるで全ての災厄から自分たちを守ってくれる、……「英雄」のようだと。























膨大な情報の奔流がまるで雪崩のように俺の頭に、いや脳に直接送り
込まれてくる。
普通ならば脳がパンクして煙でも立ち昇っているはずだが、俺の頭は
それらをまるで高性能のコンピュータのように瞬時に処理・解析していく。

この機体の全てが理解できる。
攻撃力。防御力。機動力。エネルギーの最大量。最大出力。
この『力』の全てが情報という形で流れ込んでくる。
俺とこの『力』とが、繋がっていく。

そうしている間にも目の前に浮かび上がる画面には次々と動作確認完了の文字が
映し出されていく。


―― PIC、正常動作確認 ――

―― ハイパーセンサー、正常動作確認 ――

―― シールドバリアー、エネルギー充填完了 ――


そして各種追加装備なしの文字が表示された後一旦画面が消え、次に出てきた画面には
ただ一文、こう表示されていた。


―― 全システム、クリア。『打鉄』、起動 ――


その文字が消え、瞬間モビルスーツのメインカメラよりもはるかにクリアーな景色が
視界一杯に広がっていく。
このクリアーな感覚は視覚のみでなく、五感の全てに染み渡っていくようで。
頭の天辺からつま先に至るまで、感じたことのない力がみなぎっていく。

「これが………『打鉄』。蘭さんたちが言っていた、IS……」

打鉄と繋がった瞬間に情報として送られてきた。
このパワードスーツの正式名称がIS(インフィニット・ストラトス)だということを。
この世界ではこの超兵器は、広く世間一般に知れ渡っているらしい。
俺の世界で言うなら、モビルスーツのような位置づけなのだろう。

だけど、今はそんなことに思考を割いている時間はない。
この間にも外の爆発音と人々の悲鳴が止むことはないのだから。

俺がこの『力』を手にした理由はただ一つ。
この『力』で人々を守るためだ。
この理不尽な暴虐を止めるために、俺はこのISを装着した。
ならば、今の俺が口にするべき言葉はこれだけだ。


「シン・アスカ!『打鉄』、行きます!!」


トンッと床を蹴ってジャンプすると、背面と脚部のスラスターから青白い排気と光の粒子が
吹き出し、その勢いのままコンテナの天井を突き破って、俺の体をはるか空中へと運び去った。
そのあまりの加速にさっき食べた野菜炒めが喉までこみ上げてくるが、何とかそれを
飲み込み、機体を減速させて空中で停止する。
この鮮明になりすぎている視界でこの加速は、正直心臓に悪い。
ISの初装着でゲロるなんてとんでもないことだ。
そこで、ふと気づく。

(そういえばあれだけの加速で飛行したのに、気分が悪くなっただけ……?)

特別製のスーツを着ているわけでもないし、ましてこの機体は搭乗者本人が野ざらしの状態なのだ。
普通は強烈なGに意識を無くしたり、視界がブラックアウトしたりするはずなのに、
少し気分が悪くなっただけで済んでいる。
これも打鉄の……。ISの、力…………?
そして、たった今気づいたことがもう一つ。

「………傷が!?」

さっきまで止めどなく流れていた左足の出血が、ぴたりと止まっていた。
よく見ると微妙に傷口も塞がっている。それに、背中の切り傷も。
全身を襲う痛みまでは消えてくれないが、とりあえずこれ以上出血しないというのは
とてもありがたい。
これもISの力なのか………。

「すごい機体だってことは感じていたけど、こんな機能まであるなんて……。
 やっぱりとんでもない兵器なんだな、これって………」

正直、これだけ見ればモビルスーツよりもこのISの方が優秀だ。
機体の周り360度を目視することができるこのセンサーなんて、デスティニーのメインカメラとは
比べ物にならない。
デスティニーを製造したザフト軍の誇る工匠たちの不休の仕事ぶりも霞んでしまうほどの、
打鉄のハイスペック。
俺はこのISの圧倒的な機体性能を頼もしく感じながら、改めて周りを見回した。
上空からなら、どれだけ街が被害を受けたかがよく分かる。

……酷いものだった。
あちこちで大規模な火災が起こり、黒煙が幾本も立ち昇って空を黒く染める。
ISのハイパーセンサーによる資格補正によって地上に目を凝らすと、何人もの人が怪我をして
倒れ伏し、呻いているのがわかった。
とりあえず今見た限りでは死んでいる人は一人もいないが、この惨状だ。
どこで誰が瓦礫の下に埋もれているか分からない。
俺の怒りが頂点を通り越し、怒髪天を衝く。

……許せない。
どういう理由があるかは知らないが、少なくともあの女は戦いを楽しんでいた。
ステラのように洗脳され、無理やり戦わせられていたわけではない。
あいつは自らの意志で、あの破壊行為を楽しんでいた!
誰かの快楽のためだけに壊されていいものが、あるはずがない!!

もしただ自らの快楽を満たすためだけにこの街の人々を、五反田家の皆を、俺の大切な人たちを
傷つけるってんなら!!
俺が、止める。
この力で!
奴の全ての羽を切り落としてでも、この暴虐を止めてやる!!

俺のそんな思いに反応したのか、ISのハイパーセンサーがあの女の位置情報を
教えてくれる。


―― 戦闘行為を行っているISを感知。操縦者、不明。ISネーム『サイレント・ゼフィルス』。
 イギリスにて強奪されたものと一致。戦闘タイプ「オールレンジ対応万能型」。
 特殊装備あり。距離600m。尚も戦闘行為継続中 ――


俺はISが指し示す方向を注視する。
さっきは街の惨状を確認していたから気づかなかったが、そこには空中を飛び回りビームを
打ち続ける女と、サイレント・ゼフィルスの姿があった。
どうやら女は破壊行為に熱中しているらしく、こちらのことにまるで気づいていない。
ISのセンサーはどうなってるんだ?

俺は怒りに呑まれそうになる心を、歯を食いしばって押しとどめる。
冷静になれ!こんな時こそ冷静になるんだ!!
フリーダムと戦っていた時だって、冷静さを欠いたために煮え湯を飲まされたことが
何度もあった!
今回はそんなことになるわけにはいかないんだ!!
俺は必死に気持ちを落ち着けて、敵を見据えた。

「打鉄に搭載されている装備は………って、これだけか!?」

そう呟くと同時、目の前に現在展開可能な装備一覧が表示される。
しかしそこには『刀型近接ブレード』と表示されているだけで他には何もなかった。
何てこった!
まずはライフルでもハンドガンでもいいから、射撃武器で牽制してやろうと思ったのに!
ブレードしかないんじゃ、奴に狙い撃ちされてしまう。
奴はライフルを持っているんだから、こっちが圧倒的に不利だ。
……でも、この際贅沢は言ってられないか!!

俺は近接ブレードを呼び出し、右手に展開する。
………改めて見ると、本当に凄いな。
一体どんな仕組みになってるんだ?いや、そんなこと考えるのは後だ!!

俺は刃渡り二メートルはあろうかという大だんぴらを両手に持ち、目の前の『敵』へと向ける。
それと同時に背面のスラスターを全開まで広げ、ブレードを背負うように構え、
最大加速で目の前の『敵』に突っ込んでいく。
その時の俺の感覚はモビルスーツに乗って敵に向かっていく時と全く同じで。
やっぱり俺は戦いの中でしか生きられないんだと再認識させられたようで。
心の中で小さく、本当に小さく嘆息したのだった。















「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「……何っ!?」

俺は女の死角になっているであろう真後ろから強襲する。
本来なら寸前まで気づけないであろうその強襲を、しかし女はISの全方位目視によって
いち早く反応する。
だが、遅い!
通常通りの回避行動じゃ、この攻撃は躱せない!!
そう思ってブレードを勢いよく振り下ろすが………。

「チィィィィィ!!?」

女は背面のスラスターをとっさに前方に逆噴射することによって、僅かに後方に下がる。
女の脳天を正確に捉えていた俺の斬撃はむなしく空を切り裂く。
その直後、ISからの警告が耳障りなアラートと共に聞こえてくる。


―― 敵IS、射撃体勢に移行。トリガー確……… ――


情報伝達が遅い!そんなことは……分かっている!!
俺はISの警告が全文表示される前に、突進の勢いのままに機体を回転させて、こちらに
向けられようとしていた銃口を蹴り飛ばす。
ライフルを手放させるには至らなかったが、女は大きくバランスを崩し、動揺に一瞬
動きを止める。
俺はその隙を見逃さず、さらに機体を高速回転させ、今度は女自身を蹴り飛ばした。
さすがにその蹴りは不可視のバリアー、「シールドバリアー」に阻まれるが、女は
きりもみを打つ機体の体勢を何とか整えて、俺と対峙する。
そして女は俺の姿を確認したとたん、驚愕に声を震わせた。

「バカな………。男が、ISに搭乗しているだと!?男でISを動かせるのは、あいつだけのはず……!」

女はよほど驚いているらしく、構えていたライフルを下げて俺を凝視してくる。
しかし俺は奴の視線や態度は大して気にもならなかった。
さっきは何とか押し込めた怒りが、俺の中で再びメラメラと燃え盛る。
今思えば俺は本当に子どもだなと思うが、この時の俺はそんなこと微塵も考えられなかった。
目の前の敵に対して、怒りと憎しみしか湧かなかった。

だけど、だけど俺は最後の理性を振り絞るようにして、何とか口を開く。
何故奴がこんなことをしたのか、その理由がどうしても知りたかったからだ。


「何で、こんなことをした…………?」

「何……………?」

「何でこんなことをしたかって、聞いてんだ!街を滅茶苦茶にして!そこに住む人々を蹂躙して!!
 アンタにだって聞こえていただろ!?人々の泣き叫ぶ声が!人々の営みが崩れていく音が!!
 何の理由があってこんなことを……!こんなことしたんだぁ!!!」

「………理由、だと?」


俺のそんな喚き声を聞いて、女はさもつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「なんだ、そんなことか」と、女の態度は雄弁に語っていた。
そして俺を嘲るような視線を向けて、口をにやりと歪めて答える。

「私の目的は、今お前の装着している『打鉄』だ」

「……………………………え?」

……何だって?

「私はIS学園に運ばれる途中の『打鉄』を頂くためにここに来た。この街を破壊したのは、
 そのついでだ」

……ついで?
この女、本当にそんな理由で、こんなことを……?
そんなこと到底信じられないが、女の態度が、その言葉に含まれる侮蔑の感情が、それが
本当なのだと語っている。
俺は唇を震わせて、尋ねる。

「……アンタは。アンタはそんなことのために、街を……。人々を、傷つけたっていうのか?」

「そうだ。別に騒ぐほどのことではないだろう?こんな無意味に日々を生きているだけの人間を
 掃除することなど。それに周りを見てみろ。一人も殺していない。むしろ感謝してほしい
 くらいだ」

そう言って、見下すようにバイザー越しの視線を俺に向ける。
怒りに肩を震わせる俺を、嘲るかのように。
俺を侮辱するかのような声色で、言葉を投げかけてくる。

「まさか獲物のISに男が搭乗して現れるなぞ想定外にも程があるが……まあいい。
 お遊びはここまでだ。時間も押していることだし、貴様が装着している打鉄を、
 頂くとしよう!」

そう言うと大口径の銃口を俺に向ける。
街の人にしたようにはせず、直接その銃口を向けてくる。
ライフルに装填されるエネルギーはさっきまでのそれとは全然違っていて。
大出力の極太ビームが、俺めがけて撃ち出された。
その閃光が俺のISの視界を白亜に染めるが、そんなことは気にもならなかった。

……ついで?
騒ぐほどのことではない?
一人も、殺していない、だと…………?
この女は本当に、本当にそんな理由で。そんな下らない思いを抱いて。こんな地獄に
何人もの人を叩き込んだっていうのか!?

俺の全身が熱く、熱く煮えたぎる。
最後の理性は跡形もなく消し飛び、残ったのは純粋な闘志と殺意。
俺はさっきまで両手で持っていたブレードを右手のみで構え、ブンッと横に一薙ぎした。
その薙ぎ払いによって弾け飛んだビームの残滓が、キラキラと輝いて潔く消える。

「………何?」

俺がビームを防いだことがあまりに意外だったのか、女はしばしポカンと呆けていた。
俺はそんな女にブレードの切っ先を向け、ありったけの憎しみを込めて睨みつける。
かつてブルーコスモスの盟主、ロード・ジブリールを目の前にした時のように。
エンジェルダウン作戦でフリーダムと対峙した時のように。
俺の全てを怒りに、力に変えて目の前の敵を射抜く。
女はそんな俺の視線を受けて一瞬硬直し、息を飲んだ。
だが、今の俺にそんな女の態度は気にならない。

奴は今、一瞬硬直した。
そう、硬直したんだ。
俺の戦士としての本能が一斉に雄叫びを上げる。
敵は硬直している。怯んでいるんだ!
殺るなら、倒すなら今だ!!!

「でぇあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「っ!!!??」

女はハッとして我に返り、ライフルの先端に取り付けられていた刃で、俺のブレードを
何とか受け止める。
チッ!!このライフル、銃剣としても使えるのか!!
すると打鉄から遅れてそのライフルについての情報が入ってくる。


―― 検索、イギリス製特殊レーザーライフル『星を砕くもの(スターブレイカー)』と一致 ――


どうやらあのライフル、『スターブレイカー』はビームと実弾の両方を撃ち出すことができ、
銃剣として近接戦闘も行える万能型の武器、ということらしい。
流石はIS。
武器も俺が知っているものより一歩先に進んでいるらしい。
だが、武器の性能がこちらより勝っているからって!!
俺は鍔迫り合ったままスラスターを全開にして、女をISごと押し込んでいく。

「クゥゥゥゥゥゥゥゥ!!?」

俺は女に向かって加速しながら、女は俺と距離を置くように後退しながらブレードと銃剣を
激しく打ち合わせる。
突き込み、払い、打ち込んで、女の動きの遅い箇所に攻撃を叩き込む。
女はそれを銃剣で、何とか防いでいた。

戦っていて改めて実感するがこの女、強い。
さっき俺の不意の一撃を避けた反応速度といい、俺の斬撃を何度も受け止める技量といい。
ザフトなら即赤服として活躍できるだろう。
だが、まだ甘い!
俺が今まで戦ってきたフリーダムやアスラン。そして幾度も戦場で共に戦ったレイに比べれば、
この女ははるかに見劣りする!!

俺はブレードを下から上に振り上げ、女の銃剣を跳ね上げる。
それに女は目を見開き、一瞬動きを止める。

(―ここだ!!)

俺は振り上げたブレードを返す刃で振り下ろし、ライフルの銃剣部分に渾身の一撃を叩き込む。
いくら武器としての性能がこちらより上でも、耐久力までもがこちらよりはるかに上ということは
有り得ない。
ゲームか何かで出てくるような伝説の金属で作られていないのであれば、その刃がこちらのブレード
よりはるかに固い強度を持っていることはないのだ。
そんな俺の予想通り、ライフルに取り付けられていた銃剣の刃は、ブレードの一撃を受けて
粉々に砕け散った。

「バカなっ!!?」

その光景を目の当たりにして、女の余裕の消えた表情に徐々に焦燥の色が見え始める。
ハッ!そんなこと言っている余裕があるのか!?
俺の攻撃は、まだ終わってないぞ!!

即座に体勢を変え、女目がけて刃を突き込む。
が、女は間一髪その突きを躱して、スラスターを全開にして瞬く間にはるか上空に駆け上がっていく。
その凄まじい加速にたちまち大きく距離を開けられてしまった。

くっ!
さっきから薄々気がついてはいたけど、俺が装着している『打鉄』と奴のIS『サイレント・ゼフィルス』
とでは、その機体性能に結構な差があるらしく、特に機動力ではサイレント・ゼフィルスに
完全に負けていた。
そしてここまでの距離を開けられるというのは、ある意味最悪のパターンだ。
何故なら奴には、高性能な射撃武器があるからだ。

「はぁぁぁぁ!!」

女が叫びと共に、銃口からビームを撃ち出す。
その威力はさっきまでの比ではなく、出力を最大にまで上げているようだ。
だが、こっちの体勢も崩してないのに真正面からの攻撃とはお粗末だったな!

一瞬で射線を見抜き、体をひねって躱す。
そして再び奴に向かおうとした時、後ろから轟音が鳴り響いた。

「…………しまった!!?」

慌てて振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、俺が避けたビームを浴びて崩壊するビルの姿。
見る限りその崩落に巻き込まれた人はいないようだが、それは結果論でしかない。

俺は一瞬で自分の馬鹿さ加減を痛感する。
一体、何をしてるんだ俺は!?
全てを守るって誓ったばかりなのに、目の前の敵を追うことだけに集中して。
後ろにいる人たちのことを忘れるなんて!
これじゃあ、今までと同じじゃないか!!
ただ目の前の敵と戦って倒すだけで!
それで俺は、何も守れなかったっていうのに!!

俺の全身を包んでいた怒りが、急速に冷めていく。
意識が目の前の女でなく、後ろで今も必死に生き延びようとしている人たちに向く。
そんな俺の様子に気がついたのか、女は怪訝そうに顔を歪める。

「何を余所見している……?」

そう言うや否や、再びライフルが火を噴く。
しかし今度はビームではない。
撃ち出された時のこの独特の轟音は………実弾!!

「くっ!!」

その射線は読めていた。躱すこともできた。
しかし、今回はその場から動けなかった。
これを避けたら、また街が……!

しかも今回は実弾だ。
ビームならばブレードをタイミングに合わせて振り回せば弾くことができるが、
実弾だとそうはいかない。
ただの弾ならいいが、もし着弾と同時に爆発する炸裂弾だったら、ブレードが破壊
されてしまうかもしれない。
もしそうなったら、他に武装のない打鉄はただの役立たずだ。
目の前にいるあの女を止める術がなくなってしまう。
結局俺が今とれる行動は、これしかなかった。




ズガァァァァァァァァァァン!!!




「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」

―― バリアー貫通、ダメージ69。シールドエネルギー残量、374.実体ダメージ、レベル低 ――

ISからダメージに関する情報が送られてくる。
とりあえず機体はまだまだ大丈夫だが、シールドエネルギーは結構削られた。
これが尽きたら、流石にヤバい。

俺はすぐに機体を立て直し、女を睨みつける。
しかし、内心はかなりハラハラしていた。
俺はもう迂闊に奴の攻撃を避けることができない。
もし奴がそのことに気付いて炸裂弾ばかり撃ってきたら、こっちは手の打ちようがない。
すぐにやられてしまう。
そう思って女の動向を注意深く見ていたが、俺はすぐに女の異変に気づいた。
いや、異変っていうのもおかしいけど。
女のさっきまでの怪訝な表情が、どこか確信的なそれに変わっていたのだ。

「貴様、まさか………」

何だ?あいつのあの表情、一体何に気づいたっていうんだ?
と、またしても後ろから大音響が鳴り響き、大爆発が起こり黒煙が立ち上る。
すぐに振り向いて確認する。
どうやら爆発したのはガソリンスタンドのようだ。
ガソリンに炎が引火したらしい。
だけど、俺の記憶が確かなら……。
確かあの辺りには、五反田食堂があったはずだ!

俺の全身からサッと血の気が引く。
ら……蘭さんは!?
弾さんたちは、大丈夫なのか!?
思わずそっちに向かおうとした俺の背を、凄まじい熱射が襲う。
スターブレイカーから放たれたビームが、シールドエネルギーをごっそりと
奪っていく。
すぐに振り返ると、女は一目で分かるくらいの怒りのオーラを纏い、俺を射殺さん
ばかりに睨みつけていた。

「貴様、さっきから妙に集中力を欠いていると思ったら、そういうことだったのか?
 街に私の放ったビームが向かうことを気にして、動きが鈍くなっていたのか?
 さっきの私の攻撃を避けずに受けたのも、街に被害を出さないためか?
 今私に背を向けたのも、街の方で爆発が起こったからか………?」

ヤバい!全部バレてる!?
もしそれならばとこっちが避けることも弾くこともできない炸裂弾での攻撃に
切り替えてきたらヤバすぎる!!
最悪、二分ともたないぞ!!
俺は冷や汗を流しながらブレードを握りしめ、女の視線を受け止める。
しかし、女の次の行動は、俺の最悪の予想をはるかに上回るものだった。

「やはり、そうなんだな………。………く、クククククククク。
 随分と余裕じゃないか。私も舐められたものだな。
 多少私を押していたからと、調子に乗ったか?」

女の額に青筋が浮かんでいく。
髪がザワザワと逆立っていくような錯覚を受ける。
女が放つプレッシャーが、いっそう重みを増していく。

「私は格下に舐められるのが、大嫌いでな。
 ………いいだろう。こうなったらもう遠慮はしない。
 スコールには最悪、ボロボロに砕けたコアで我慢してもらうとしようか」

そう言って女が凄絶な笑みを浮かべると同時、サイレント・ゼフィルスの背面から
バシュバシュっと何かが射出された。
それを確認した俺は、流石に驚愕して息を飲んだ。
それは俺もよく知っている、自立機動兵器だったからだ。

「……ドラグーン!?そんな武装まで……!?」

数は1、2、3………全部で6機!
しかも宇宙空間でなく大気圏内で使えるだと!?
数こそフリーダムやレジェンドには及ばないけど、そんなの反則だろ!!?

「いい加減目障りだ。……お前はもう死ね」

極寒の殺意をその言葉に乗せて俺に浴びせかけると同時、空中をふよふよと漂っていた
ドラグーンが、一斉に俺に向かって迫ってくる。
そして次々に放たれる数条のビーム。

「くっそぉぉぉぉぉぉ…………!!」

俺は全神経を研ぎ澄まして、ビームの軌跡を躱していく。
一機目、俺に向かっての直撃コース。ブレードで弾く。
二機目、俺の左上の上空にいるが、その後ろにピタリと貼りつくように三機目が
身を隠している。二機目はデコイ、三機目が本命だ。
その読み通り二機目が少し浮いて、現れた三機目がビームを吐き出す。ブレードで防御。
と、四機目が俺の真下に滑り込んでビームを放つ。
このビームは街に向いていない、躱せる!
右腕を狙っていたそのビームを、右腕を少しずらすことで回避する。
その直後俺の真後ろに五機目が、女のすぐ横に六機目が移動し、スターブレイカーと共に
一斉にビームを撃ち出す。
……五機目は躱せる!スターブレイカーと六機目のビームは弾くしかない!
俺は五機目のビームを少し体をずらして回避。
その動きのまま、二本のビームをブレードで弾き飛ばす。
そうして計6本+1本のビームを何とか捌ききった。

などと簡単に言ってるけど、実際はこれを一瞬で判断してやらなくちゃならないんだから
たまらない。
まるでフリーダムと戦っているような緊迫感。
ビームを躱すだけならまだマシだが、街に向かうビームを防ぎながらとなると、とたんに
その難易度が跳ね上がる。
しかもこの女、六機のドラグーンを完璧に使いこなしてスターブレイカーも織り交ぜた
精密射撃をしてくるのだ。
近接武器しかなく機体性能も劣っているこっちは圧倒的に不利だった。
と、


「っ!!!!!!!!」


背後から突如凄まじい殺気を感じ、体が爆発的に反応した。
振り向きざまにブレードを振ると、その斬撃に俺に向かっていた二本の何かが弾かれて
キラキラと消える。
この残滓は………ビーム!?
馬鹿な!?
さっきの攻防で放たれたビームは全て捌いたはずなのに!
その後も奴とドラグーンの動きは注視していた。
見落とすはずはないのに!
まさか、他にも何か兵器を展開していたっていうのか!?
あの攻防のなかで!?
それとも、それよりも前か!!?

俺は背すじに不気味なものを感じつつ、女を睨みつけた。
だが女の方は、何故かは知らないが俺よりも驚いているようで。
さっきまでの殺気に満ちた残忍な表情は、驚愕と焦燥に変わっていた。
ギリッと歯を噛み締めて、目を見開いて俺を凝視している。どうしたんだ一体……?

「初見で、今のを躱しただと……?くっ、バカな!?」

そう言うと、女は手を振りかざし再びドラグーンをけしかけてくる。
また女自身も高速移動で俺の周りを飛び回る。もちろんスターブレイカーの銃口は
俺に向けられたままだ。
かく乱しながら攻撃するつもりか、くそっ!!

またも浴びせかけられるビームの驟雨を躱し、防ぎ、目まぐるしく機体を動かし
続ける。

(チッ!こんな、射撃武器もないのに街を守りながらじゃ……!
 まだあのビームを発射している兵器も見ていないってのに!!)

一機目、二機目とビームを弾き、三機目のビームを躱す。
四、五、六機のビームを防ぎ切り、直後放たれたスターブレイカーの一射を避ける。
くっ!やはり射撃してくるのは女とドラグーンだけで、他の兵器なんてどこにも……!

だいたい奴の息つく間もない攻撃の中で他の兵器があるか確認するってのが、
そもそも難しすぎるんだ。
さっきだって奴のビームを弾いて、避けて、そしてどこからともなくビームが
降り注いできて……!
と、そこであることに気づく。

(……まてよ?さっきの背後からのビームは二本だった。そしてさっきの攻防で
 俺が避けたビームも、二本だったな……)

そこでまたも体が、電流が走ったように反応して反射的にブレードで空を薙ぐ。
するとまたしても二本のビームが俺の目の前で弾けとび、消える。

……どういうことだ!?
他に俺の確認していない兵器があるわけじゃないらしい、確認してたからな。
なのに、ある程度攻撃を躱したら、どこからかビームが飛来する。
そしてその時も、女とドラグーンは不審な動きを見せなかった。
じゃあ奴に仲間がいて、そいつがどこからか狙撃しているのか?
……いや、だとしたら打鉄のハイパーセンサーが反応して何かしらの情報を
教えてくれるはずだ。
ってことは増援じゃないってことになる。

だったら、今現在考えられる可能性は一つしかない。
つまり奴の放つビーム自体に何かカラクリがあるってことだよな?
かなり突拍子もない想像だが、もう他に考えられない。

「また躱しただと……!?貴様、一体………!!?」

女はその端正な顔にさらに焦燥と困惑の色を深めて、またライフルを構えて
周りを高速で飛び回る。
ドラグーンもさらに飛行速度を上げて飛び込んでくる。
群れたがるドラグーンが俺を包み込むようにビームを吐き出してくるが、俺は
そのビームを何とか防ぎ続ける。
今回は避けることを最小限に留めて、何発かビームを食らう覚悟で放たれた
ビームを注視する。

(落ち着け!奴らの動きと、ビームの軌道に注意するんだ!あのビームのカラクリを
 見抜かないと、俺に勝ち目はない!!)

一機目、二機目と直撃コース、ブレードで弾く。
スターブレイカーと三機目が俺の斜め上と斜め下からの同時射撃。
スターブレイカーの一射をブレードで何とか受ける。
三機めの射撃はわずかに俺の横を通り過ぎ、はるか彼方に消えていく。
と、凄まじい速度で割り込んできた四機目と五機目が、俺の後ろに飛び込んでくる。
くっ、ビームの動きに気を取られて反応が遅れた!!
二機のビームをまともに食らい、大きく吹っ飛ばされる。
だが視界が目まぐるしく回転する中でも、ドラグーンの動きだけは見失わない。
俺の下方から狙いを定めていた六機目が、その熱射を撃ち込んでくる。
何とかブレードを構えるが、そのビームは僅かに俺の横を「通り過ぎた」。

……やはり!
俺のさっきまでの違和感は、一つの確信に変わっていく。
奴はドラグーンで攻撃するとき、必ず一、二発ビームを外す。
いや、正確に言うとその一、二発だけ狙いを甘くしている。
俺が避けやすいように、さりげなくその標準をずらしているんだ。
だけど、何でそんなことを………?

俺はすぐにハイパーセンサーの望遠を最大にして、飛び去っていったビームを捕捉する。
そして、見た。
ビームがいきなり予測できない方向から飛んでくるカラクリを。
しかしそれは俺の予測をはるかに超えていて………。

「なぁ!!!!???」

ぐにゃりと。
直線的に空中を疾走していた光の軌跡は、突如その動きを変える。
まるで生き物のように軌道を変えたそれは、俺めがけて一直線に向かってくる。

「くおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

ブレードの斬撃が二本のビームを直前で切り裂く。
しかし俺の驚愕は止まらない。止まるわけがない。
一度放たれたビームが、いきなり空中で軌道を変えるだと!?
地球連合軍の「エネルギー偏向装甲(ゲシュマイディッヒパンツァー)」も
オーブの「ビーム反射装甲・ヤタノカガミ」もなしにか!?
一体どうなっている!?
そんなふざけたビームなんて、聞いたこともないぞ!
いくらISが凄まじい力を持った兵器だからって、これはないだろう!?

「あ、アンタ!空中でビームを曲げるなんて、一体……!?」

だが女は何も答えない。
ただ数秒沈黙して、そして焦燥に染まっていた表情を、何もない虚無に変える。
そして、静かに俺を見据えながら口を開いた。
その動きに、一分の隙もなかった。

「……まさか、もう偏光制御射撃(フレキシブル)を見抜くとはな。正直、貴様を
 見くびっていたようだ……。だが、これで終わりだ!!
 さっさと打鉄をよこせぇぇぇぇ!!!!!」

最大加速で飛び回る女は六機のドラグーンと共に一斉にビームを撃ち出してくる。
だが、それらは直接俺に向かってくることはなく、四方に放たれたそれはいきなり空中で
弧を描いて、俺に向かってくる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

一発、二発と何とか躱していくが、避けたそれはまたもぐにゃりと曲がり、再度俺に
向かってくる。

くっそぉぉぉぉぉぉ!!!
俺は打鉄を、ブレードを振り回し。
ビームを弾き、防ぎながら奴に向かって加速する。
このままじゃやられる!!
せめてドラグーンだけでも数を減らさないと……!
しかし俺の接近に気がつくと、女とドラグーンは蜘蛛の子を散らすように四散して
距離を開けて、また射撃。
この後も、とにかくずっとこの繰り返しだった。

駄目だ!
ライフルもなしじゃ、あのドラグーンを潰せない!
あの女、ドラグーンを俺のすぐ傍に動かすとか一瞬ドラグーンの動きを止めるとか、
そういうミスを全然しないから全くドラグーンに近づくことができない。
それじゃあドラグーンを一機たりとも破壊することができない。
そうしているうちに一本のビームがシールドにぶつかる。
エネルギーが徐々に減っていき、それが俺の焦りを加速させる。
それに絶え間なく撃ち込まれるビームが街の方に行ってしまわないか注意しながら
機体を捌かないといけないことも、集中力を大きく消費させていた。
正直、手詰まりだった。

(ちっくしょ……お先真っ暗だ!!)

どれだけ攻撃を躱しても防いでも、まったく光明が見えてこない。
目の前の女一人倒せず、放たれるビームが街に向かうのを阻止するのが精一杯。
しかもジワジワとシールドエネルギーが削られていく。
完全な消耗戦。
もうそんなに長くは耐えられないと悟って、俺の脳がフル回転を始める。

(どうする!どうすればいい!?このままじゃやられる!
 いっそのこと奴の目的であるこの打鉄を渡して、撤退してもらうか!?
 ……いや、危険すぎる!打鉄を渡したからといって、奴が破壊行動を止めるなんて
 保障はどこにもない!!打鉄を失ったら、もう俺に対抗する術はない!
 かといって、今奴を倒す策があるわけでもない!)

知らず、歯を食いしばる。
『力』を手にしてもなお無力な自分に苛立ち、それでもこの街の人々を助けたくて。
心の底から助けたくて。
俺の口からは、無意識の内に言葉が漏れ出していた。

「一体……。一体、どうしたら………!!」

なおもハイエナのように追い縋ってくるビームを前にして、絶望に呑まれそうになったその時。
光が、差し込んだ。
まるで俺の前に埋め尽くされた絶望という名の雲の隙間から光が差し込んで、地上を照らすように。
それは、その声は。
俺の耳に確かに届いたんだ。


「シィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!」


この、声は。
この少し緊張感が足りなくて、けれども力を感じさせるこの声は………。

「……弾さん、無事だったんですか………!」

上空でサイレント・ゼフィルスと交戦する俺に向かって全力で呼びかけてくれたのは、怪我を
した人を肩に担いで歩く、弾さんだった。
彼の目はこんな絶望の中でも光輝いていて、俺はその視線に力づけられるようだった。
弾さんはこんな状況にも関わらず、笑顔で。
まるで俺を励ますように声を張り上げる。

「シン、すまねぇ!お前にだけそんな役を任せちまってたみたいで、不甲斐ないばかりだけど…!
 俺もじーちゃんも母さんも蘭も、全員無事だ!今手分けして怪我人を運んでる
 最中なんだ!大丈夫、今確認している限りでは、死人は出てない!!」

俺はビームの雨を防ぎながら、その声に耳を傾ける。
力が、湧いてくるようだった。
俺の心にくすぶっていた不安が、一つ一つ消えていく。
五反田家の皆は無事。
死人も、まだ出ていない。

「俺は、俺たちにはこんなことしかできないけど!
 お前は安心して戦ってくれ!!
 俺たちは絶対に、お前の足手まといにはならないから!!」

目頭が熱くなっていくのが分かる。
打鉄を装着している俺よりも、生身の弾さんの方が危ないってのに。
それなのに彼は、俺に安心して戦えと言ってくれる。
自分たちは足手まといにならないとまで、言ってくれる。

と、またしてもどこからか声が聞こえてくる。
それはついさっき知り合った……と言えるのかは分からないが。
あの力強い後姿が脳裏に鮮明に蘇る。

「少年、無事かっ!!?」

「アンタは………!」

それはさきほど銃を投げ捨てて炎の中に走っていった、あの警官だった。
その手は若い女性の手を握り、離さない。
そしてその背中には女性の子供らしい男の子を背負っている。
その姿は『力』の強さなんて関係ない。
自分の全てをかけて人々を助けようとする、まさしく正義を、人々を守る
警察官の姿がそこにあった。
その姿は決して無能でもなく、藁人形でもなかった。
その警官は俺を仰ぎ見て、声の限りに叫ぶ。

「さっき本部から連絡があった!要請を受けたIS学園から援軍が出撃したらしい!
 あと三分ほどで、こちらへ到着するそうだ!!」

……援軍?今援軍と言ったか?援軍が、来るのか……?
俺が機体を振り回しながらその言葉を聞いて一瞬呆けていると、警官が
鋭い警告を発してくる。

「少年、後ろだ!!」

「っ!!」

慌ててブレードで目前まで迫っていたビームを弾く。
しまった……戦闘の最中に、ほんの少しでも気を散らすなんて……!
だけど、そんなことは気にしていられない。だってさ……。


「少年!我々は我々で戦う!君が何故ISを使えるかは知らないが、頼む!!
 援軍が来るまで、その時まで………」


あんなに必死な表情で、力強く見つめられて………。


「その『力』で我々を……俺たちを、守ってくれ!!」


……なんて言われたら、ウジウジ悩んでいるわけにはいかないだろ?
ブレードを握りしめる。
大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして、反芻する。今の警官の言葉を。
IS学園っていうのがどんな所かは知らないが、分かったことがある。
援軍が来る。
しかももう出撃していて、あと三分もしないうちにここに到着するらしい。
その事実に、知らず笑みがこぼれる。
だけど、それは安堵したからじゃない。
この笑みは、自分に対する自虐の笑みだった。

(ったく。とことん情けない男だよな、俺ってやつは………)

だってそうだろう?
さっきまでの俺ときたら、この打鉄を使って目の前の女を倒すことだけしか
考えていなかった。
それで誰も守れなかったのに。
俺はそれを、誰よりも知っていたはずなのに。

何で気づかなかった?
ここは俺がいた世界じゃない。
目の前の敵を倒さなくても、殺さなくても。
俺にできることは、あるんじゃないか?

そうだ、ここは俺の世界じゃないんだ。
誰一人、こんなことで死んでいい人間なんて、いるはずがないんだ。
だったらこの『力』で。打鉄でできることは……。
俺がこの打鉄でしなくちゃいけないことは、ただ一つだよな。


「守るんだ……」


あと三分で援軍が来る。
だったら俺はその三分間、全力でこいつを食い止める。
そう、時間稼ぎ。
その三分間、奴の攻撃から全てを守る。
どんなことをしても!
どんなことをしてもだ!!

もう、迷いなんてない。
やるべき事は決まったんだ。
後は、俺がその役目を全うするだけなんだ。

俺はさっきまでの自分が、この上なく恥ずかしい。
何を思い上がったことを言ってるんだシン・アスカ。
今まで何一つ守れなかったお前が、いきなり『全て』を守るだと?
馬鹿も休み休み言え。
お前が全てを守るなんて、そんな簡単にできるはずがないだろう?
守ることの難しさを、お前は誰よりも知っているだろう!?
けど、それでも本当に全てを守りたいのなら。
心から、そう願うのなら。
だったらせめて、この時だけは……。
せめて援軍が来るまでの、この三分間だけは……。


「この三分間だけは、全てを。人も、願いも、世界も、全てを守ってみせる」


言葉に出して決意を固めて、俺はサイレント・ゼフィルスに躍りかかった。
ここからが、本当の戦いだ!!
壊すための戦いじゃない!
全てを、守るために!!





















「はぁ…………はぁ…………!」

私は背負ったおばあさんをやっとの思いで物陰に運び込んで、一息つく。
おばあさんを下して、安心させるように笑顔で微笑みかける。

「ここにいれば、もう安全だから。もう大丈夫だから。
 だから絶対にここから動かないでね、おばあさん!」

私はおばあさんにそう言うと、その返事を待たずに駆け出した。
止まっちゃ駄目よ!
まだここには、傷ついた人がたくさんいるんだから!

シンさんが外に飛び出していって、それを追って外に出たら。
……街が、私の街が滅茶苦茶にされていて。
最初は錯乱しちゃったけど、おじいちゃんたちに言われて怪我人の
手当てをして、安全そうな場所まで運んで。
まあ、この瓦礫の山の中に安全な場所があるのかって言われたら、それは
疑問なんだけど………そんなこと言ってられない!

何でこんなことになっちゃってるのかは分からないけど。
何であの蒼色のISがこんなことをしたのかは分からないけど。
だけど、今は怒るより一人でも多くの人を助ける方が先!
もしここに一夏さんがいたら、あの人なら絶対そう言うはずだから。
そう思って瓦礫と化した街を疾走していると、横の路地から見知った二人の影が
飛び出してきた。

「おじいちゃん!お母さん!大丈夫だった!?」

「おぅ、蘭!お前ぇも大事ないみてぇだな、良かった!」

「蘭!大丈夫だった!?怪我はない!?」

心配そうにお母さんが私に寄り添ってくれる。
食堂の前で皆と別れて救助作業してたのだけど。
良かった、おじいちゃんもお母さんも服が汚れているだけで、怪我はしてないみたい。
ホッとしたけど、だけどまだ一人鬱陶しい顔が足りないことに気づいて……。

「……お兄は?お兄はどこ!?一緒じゃないの!?」

「いや、俺たちも見てねぇんだ。あのバカ、どこまで行っちまったんだ?」

そう聞いた瞬間、ほんの一瞬だけど嫌な予感が頭をよぎる。
まさか、まさかね。
殺しても死ななさそうなお兄が。
おじいちゃんの爆裂拳を食らっても生き延びたお兄が、まさかそんなわけ……。

少しフラフラするけど、これはさっきからずっと肉体を酷使していたから。
喉がカラカラに乾くのは、この状況なら当然でしょう?
手が、ブルブル震えるのは………。

すると隣にいたお母さんが、震える私の手をそっと自分の両手で包んでくれる。
ハッと顔を上げると、お母さんは私を安心させるようにうっすらと微笑んでいた。

「落ち着きなさい、蘭。そうやって勝手に悪い方悪い方に考えたって仕方ないわ。
 あのバカ息子が、そう簡単に死ぬもんですか」

「当たり前ぇよ。何せアイツも俺様の血を引いてるんだぜ?ゴキブリ並みにしぶてぇよ、
 アイツは………」

おじいちゃんもそう言って笑い飛ばしてくれる。
二人とも、私と同じくらい不安なはずなのに…………うんっ!
パンッと両頬をきつめに叩いて、気を引き締める。
そうよ、お兄がそう簡単に死ぬわけないじゃない!
むしろ心配なのは…………。

「じゃあ、シンさんは?二人とも見てないの?」

「ええ、私たちも探してはいたんだけど………」

「ったく、アイツめ。こんな状況でいきなり出ていきやがって……!
 しかも、あんな怪我でどうしようってんだよ………!」

おじいちゃんはそう言って、顔をしかめる。
ほんの少しトーンを落とした声色が、シンさんのことを心配しているんだと
教えてくれる。
だけど、今の言葉にどうしても気になる部分があった。
おじいちゃんは今、何て言ったの?

「ちょっと待って、おじいちゃん。あの怪我って、どういうこと?
 シンさんが、怪我を………?」

「……気がついてなかったのか?アイツが店を飛び出す時にチラッと見えたんだが……。
 アイツ、背中を切ってやがったんだ。しかも見た限り、相当深く切ってやがった。
 早く、見つけてやんねぇと…………!」

「えっ…………?」

何で?何でシンさんが背中に怪我を?
そんなの、私全然気がつかなかった。
隣を見ると、お母さんもとても驚いている。
お兄がそのことに気づいていたわけはないだろうから、気がついていたのはおじいちゃん
だけだったらしい。
でも、いつ?
いつ、シンさんは怪我を?
そこでおじいちゃんは僅かに私から目を逸らして、重い口を開く。

「多分、お前ぇと弾を庇って覆いかぶさった時に受けたんだろう。その時以外
 には考えられねぇ」

「…………え……………」

心臓が跳ね上がり、ドクンドクンと早鐘を打ちはじめる。
え?何それ……?
だって、だってシンさんはあの時笑顔で「怪我なんてしてない、大丈夫だ」って……。
じゃあ、あれは。
あの時の言葉は、嘘?
………うそ。うそ。うそ!そんなの嘘よ!!

「シ……シンさんを!早くシンさんを捜さないと!!シンさんの所に行かないと、
 シンさんが!!?」

「落ち着かねぇか、蘭!俺たちも散々捜し回ったんだ!んな簡単には………!」

「シンさんを!シンさんを早く見つけないと!?シンさんを――!?」

「ちょ、蘭!どこに行くつもりなの!?待ちなさい、蘭!!」

そんなこと言ってられないよ!
だって街はこんな状態なんだよ!?
火の手だってあちこちに上がっているし、もしおじいちゃんの言うように深い傷を
負っていて、街の中で倒れちゃったりしてたら………!!
そうしたら、シンさんは………。シンさんは!!?

もう他に何も考えられなくなって、気がついたら駆け出そうとしていて、お母さんに
腕を掴まれて。
だけどその手さえ振りほどいて走り出そうとしたその時。
突如お母さんの後ろから伸びてきた手に、またしても腕を掴まれる。
今度のはいくら振りほどこうとしても、すごい力がそれを許さなかった。

「離して、離してよ!こうしている間にも、シンさんが!シンさんが!!」

「……落ち着け、蘭。シンなら無事だ」

「シンさんがっ!!シンさん……が………?」

え?今、何て?
それにこの声って……。この、どこか間の抜けた声って……?
驚いて振り返ると、そこには見慣れたあの間抜け顔があった。

「おぅ、弾!お前ぇも無事だったか、良かったぜ!」

「弾、怪我とかしてないわよね!?……良かった。良かったわ、本当に……!」

おじいちゃんもお母さんも、怪我らしい怪我をしていないお兄を見てホッと
胸をなで下ろす。
私も思わず安堵で倒れそうになるけど、すぐにハッとする。
今お兄は何て言った?
シンさんが無事って、そう言ったの!?

「お兄……お兄!本当なの!?シンさんが無事って!?」

「おぅ、そうだった!弾、お前ぇシンを見つけたのか!?どこだ!今どこにいる!?」

私たちは一斉にお兄に詰め寄る。
早く、早くシンさんに会って怪我の手当てをしてあげないと!
だけどお兄は歯切れが悪そうに口ごもり、そして真剣な眼差しで、口を開く。

「シンは今………戦っている」

その言葉に私たちは一様に頭にクエスチョンマークを浮かべる。
え?何よそれ?
どういうことなの?

「お兄、シンさんが戦ってるってどういうこと?」

「抽象的すぎて意味が分からねぇよ。一体シンが、何と戦ってるっていうんだ?」

「それは…………」

お兄はグッと拳を握りしめて、唇を噛み締める。
そしてゆっくりと口を開こうとした、その時だった。


「ハァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


突然この街全体に響かんばかりの雄叫びが聞こえたかと思うと、私たちからそう遠くない
上空を数機のビットを従えたISが駆け抜けていく。
あいつは、私の街を滅茶苦茶にしたIS!!
そのISは地上の私たちに気がついた様子もなく、ビットと共に一斉にビームを撃ち出す。
って危ない!
こんな街からスレスレの上空でビームを撃ち出すなんて!
私たちは慌ててその場から離れようとするが、目の前でビームがビュンビュン飛んでいると、
迂闊に動けないし、動きたくない。

と、その時ふと気づく。
あのISはビームを街には向けずにある一方にのみ向けて放っている。
さっきまではその銃口を街に向けていたのに、何故………?
と、少し遠くの方でバシンッ!と何かがぶつかるような音が聞こえてくる。
この音、もしかしてビームが何かにぶつかる音……?
でも、それにしては爆発音がしない。
おかしいなと思っていると、凄まじい勢いで私たちの真上を何かが飛び抜けていく。
あれは、見たことがある。
学校の授業で、そしてIS学園のパンフレットで………。

「IS!?確かあれは………『打鉄』!!」

「おぃ!何だ何だ!援軍が来てたのかよ!どうりで爆撃が止まったはずだぜ!!」

「これであのISを追い払えるの?助かるの、私たち!?」

私たちはあのISの攻撃を防ぎ続けてくれている打鉄の姿を見て、歓喜の声を上げた。
良かった………!
どうやら援軍はあの打鉄一機だけみたいだけど、打鉄があのISを食い止めてくれていれば、
私たちも避難できるし他のISも応援に駆け付けてくれるはず!
この暗闇の中に少しだけ差し込んだ希望という名の光に、私は目が眩むような錯覚を受けた。
だけどその中でお兄だけが、辛そうに顔をしかめて打鉄を見つめている。

「お兄、何でそんな顔してるのよ?援軍が来てくれたのよ!私たちも、この街も
 助かるんだよ!?何でそれなのにそんな顔を……」

だけどお兄は私の言葉に弱弱しく首を振り、口を開く。

「蘭、あれは………。あのISに乗っているのは………」

と、そこまで言いかけたところで、あの打鉄の搭乗者のものらしい雄叫びが聞こえてくる。
だけどその雄叫びを聞いて、私たちは手を取り合って喜ぶのを止めて、一斉に打鉄を
注視してしまう。
仕方ないじゃない。だって………。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

「……………え?」


え?今の声って……あれ?
聞き間違いじゃない。
今日初めて出会ったばかりだけど、聞き間違えるわけない。
あの声は………。あの、とても力強い私の心に深く残っている、あの声は……。

「おぃ………。今の声、まさか………」

おじいちゃんもお母さんも呆然としている。
多分、私もだと思う。
だけど思考停止していた私たちは、一気に現実に引き戻される。
打鉄が体勢を変えた時に搭乗者の顔が見えたからだ。
その顔はやはりというか、私の想像した通りで。
この漆黒の中で、彼の瞳だけがまるで初対面の時のように。
夜空に浮かぶ星のように、爛々と輝いていた。

「シン………さん?」

「まさか………だけど、あれは確かに………!」

「シンじゃねぇか!どうなってんだよ!?何でアイツが、ISに乗って戦ってやがんだ!!?」

私たちは口々に驚きの声を上げる。
全然状況が分からない。
何でシンさんがISに?
一体どこで打鉄を手に入れたの?
何で男であるシンさんが、ISに乗ることができるの?
男でISに乗れるのはこの世でただ一人、一夏さんだけのはずなのに?

だけど、そんなことはどうでもいいの。
それより、何でシンさんがあのISと戦っているの!?
しかも背中に怪我を負っているのに!?
いくらISに搭乗者の保護機能があるからって、いくらなんでも無茶よ!!?

私は気がついたらシンさんに向かって叫んでいた。
シンさんにちゃんと届くように。
お腹の底から、力一杯吐き出すように。


「シンさんっ!シンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「っ!!!」


届いた。
私の声に反応して、シンさんがこっちに振り向く。
私たちを見つめるシンさんの顔は、とても安心したように緩んでいて。
今にも、泣き出しそうで。
早く傍に行ってあげたいという衝動に駆られる。

だけどその時、私の視界の端にあるものが映る。
それはシンさんの後ろに浮いていたISに搭乗している女の顔。
しばし私たちとシンさんを見つめていた女は、瞬間氷のような微笑を浮かべて
その銃口をシンさんに向けた。

「シンさん!後ろっ!!」

私が叫ぶと同時に女の持っていたライフルからビームが撃ち出された。
シンさんは即座に反応して、持っていたブレードを構える。
だけどそのビームはシンさんの前方でぐにゃっと曲がって、シンさんの横を
すり抜けていく。
な、何今の!?
ビームが空中で曲がったけど、ISってあんな攻撃もできるの!?
だけど私はビームが曲がったということに気を取られて、曲がったビームがどこに
向かったかってことを失念してしまっていた。
そのビームは私たちがいるすぐ後ろのビルに当たって、爆ぜる。
そして砕かれたビルの外壁が土砂降りの雨と化して、私やおじいちゃんたちに
降り注いだ。

「あ……………………………」

私はただ口を開けて、その場から動くことすらできなかった。
私の中の非常警報がけたたましく鳴り続けるが、体がどうしても動かない。
反応ができない。
そしてその場から誰も動こうとしない。いや、動けない。
それはあと数秒もすれば、一家仲良く瓦礫に潰されて終わりだということを
物語っていた。

まるで現実感がない。
私、死ぬの?こんな所で?
こんなにあっけなく?

………やだな。嫌だよ…………。
まだ私、やりたいこと一杯あるのに。
一夏さんに、まだ私の気持ち伝えてないのに。
シンさんとも、出会えたのに。
まだシンさんのこと、全然知らないのに。
シンさんと、全然お話してないのにな…………。

目前に迫ってくるその瓦礫を見つめながら、私はそんなことしか
考えられなかった。
だけどその時、彼の声が聞こえたの。
とても、とても悲痛な声が。


「アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!?????」


その聞いているだけで胸が締め付けられそうな叫び声は、どんどん私たちの方に
近づいてきて。
いよいよその瓦礫が私たちを押しつぶそうとする寸前で目を閉じた私の耳に、
ゴンッ!ガンッ!という何かが何かにぶつかる音が聞こえてくる。

(………あれ?)

おかしいな。
いつまで経っても、瓦礫が私の体を押しつぶすことはない。
いつまで待っても、体を襲うはずの痛みを感じることはなかった。
私は不思議に思って、恐る恐る目を開けてみる。
そこにいたのは………。

「シン……さん…………」

私の目の前にいたのは、ついさっきまで上空で女と戦っていたはずの漆黒のIS。
両手を広げて私たちの盾になるように、彼はそこにいた。
彼のその、安堵しきった表情。
ぐちゃぐちゃに崩れかけた微笑みが、私の心に突き刺さる。
私は知らず、彼に手を伸ばしていた。
シールドバリアーがあるから触れるかは分からなかったけど。
せめて、彼に触れてあげて、その悲しそうな顔をなんとかしてあげたかった。
そしてそっと私の手が彼の顔に触れようとしたその時、彼の表情がいきなり
苦悶のそれに変わった。


「ぐぁ………、ィガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!???」

「シ、シンさんっ!?シンさぁぁぁぁぁぁん!!?」


突如降り注いだ数条のビームが、シンさんの背後から襲いかかった。
そしてその内の一本がシールドバリアーを突破し、シンさんの右腕を
貫いたのだ。
シールドバリアーのお蔭でその威力はかなり軽減しているけど、それでも
人間の腕を焼くことなんて造作もない。
命に別状もないから、絶対防御も発動しなかった。
だけどタパタパと絶え間なく噴き出す血。
耐えがたい苦痛を物語るような呻き声が、私の耳に響いてくる。

「ぐっ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ………………………!」

「シンくんっ!大丈夫!?シンくん!?」

「ちっくしょう!あの野郎、俺たちを囮にしてシンを狙い撃ちにしやがったのか!?」

私はすぐさまシンさんに駆け寄ろうとしたけど、シンさんの「大丈夫……」という
言葉に思わず足を止めてしまう。
さっきの攻撃で一瞬生気を失っていたシンさんのその瞳に、ユラユラと揺れるその瞳に
再び炎が宿ったように、その真紅がどんどん濃くなっていって。
私たちはその瞳に、気圧されてしまっていた。
そして、彼は口を開く。
右腕の痛みのせいで唇も震えているのに。
それでもなお力強い口調で、力強い目をして、言葉を紡ぐ。


「俺は大丈夫だから………。俺のことはどうでもいいから………。あと少しで、援軍が来る
 から…………。それまで、俺が皆を守るから………!傷一つ、付けさせはしないから!!
 だからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


そう雄叫びを上げると、スラスターを全開にして空中に佇むISに向かっていく。
ただ私たちを守るために。
血で濡れた右手に、ボロボロのブレードを握りしめて。

私たちは、ただそれを見ていることしかできなかった。
そのシンさんの姿が、とても、とても痛々しくて。
見ているだけで、心が苦しくて。
私はただ、泣きながら彼の名前を叫ぶことしかできなかった。





















何だ。何だ!何だ!?
何者なんだ、こいつは!?
予想外。まったくの予測外の連続だった。

ただの強奪任務だった。
輸送中の打鉄を奪うという、とても簡単な任務。
私を遮る者さえ時間が経たなければ現れない。
敵らしい敵もいない、ただ私が好きに暴れて打鉄を頂いて離脱すればいいだけの、
簡単な任務だった。そのはず、だったのに。

突如奴は現れた。
私の獲物である打鉄に乗って。
しかも、奴は驚くべきことに男だったのだ。男で、ISを扱っていたのだ。
有り得ない。有り得ないにも程がある、とんだイレギュラーだ。
だが私はその時まだ奴のことを舐めてしまっていた。
奴のシンの恐ろしさは、剣を交えてすぐに分かった。

(こいつ、強い………!)

いや、ただ操縦に長けているというだけじゃない。
一瞬でこちらの攻撃を見切る洞察力、反応速度。
ブレードの扱いも超一流。
そして何より、周りにあるもの全てを焦がしてしまうんじゃないかと思うほどの気迫。
私はいつの間にか、奴のその気迫に呑まれてしまっていた。
だが、たとえその気迫に呑まれていなかったとしても、関係なかったのかもしれない。
奴の能力は、確実に私よりも上だったからだ。

ライフルに取り付けられていた銃剣は瞬く間に砕かれ、六機のビットによるフレキシブル
もたった数回で見破られた。
有り得ない!本当に有り得ないぞ!!
打鉄の機体性能は、専用機であるサイレント・ゼフィルスには及ばない!
それは確かなはずなのに!
この動き………、本当に打鉄でできる動きなのか!?

それでも私はビットを一斉に動かし、ビームを浴びせかけ続ける。
いくら奴が強くても、これを全て躱せるか!?
その私の読み通り、奴は徐々に動きに精細さを欠いていき、ビームが奴にぶち当たる。
くははっ!どうだ!!
街など、人などに気を使っているから戦いに集中できない!
目の前にいる私を見ることもせず、私を倒そうなど笑止にも程がある!!
私を侮ったことを、地獄で後悔しろ!!

と、その時どこからか耳障りな声が耳に入ってくる。
チッ……。
またどこかの犬が私にキャンキャンと吠えているのか……?
鬱陶しく思いながらも、私はその声がする方へ目を向ける。
そこには警官らしき男が一人。
子供を背負い女の手を引くその男は、打鉄の搭乗者になにやら叫んでいた。
それ自体には別に興味はない。
ゴミ共が馴れ合いをしているだけだし、バウバウと吠えているだけなのだから。
だけど私はその内容を聞いて、一瞬息が詰まってしまった。
何故ならその内容が…………。

「さっき本部から連絡があった!要請を受けたIS学園から援軍が出撃したらしい!
 あと三分ほどでこちらへ到着するそうだ!」

……だったのだから。
流石の私もこれには焦ってしまう。
チッ!奴との戦闘に時間をかけすぎたか!!
あと三分で援軍が到着してしまう。
もちろん私はそんなことはどうでもいい。
援軍ごとき、私の力があれば返り討ちにできる。

だが、それとは別の問題がある。
それは上司との無線での会話だ。
スコールは私にこう言った。
「援軍が出てきても、無茶はするな」と。
そんな命令を聞く気は私には全くないが、それを聞かなかった場合に
私の体に巣食うナノマシンがどう働くかが分からない。
私にはまだやらなければならないことがある。
そのためには、ここで死ぬわけにはいかない。

だから援軍が来たら、すぐに撤退することになるだろう。
……しかし。
それでも私は、目の前にいるあの男を見据えて銃口を向けた。

後三分で援軍がやってくるが、そんなものは倒す価値すらないのだ。
私の獲物はただ一人。目の前の打鉄、いやそれを使いこなすあの男なのだ。
何より、私は奴に散々煮え湯を飲まされた。
敵に執着するなど戦闘のプロフェッショナルのすることではないが、
どうにも腹の虫が治まらない。

だから、戦闘を続行した。
打鉄を奪い取り、奴を叩きのめすために。
それから私は奴と交戦を続ける。
ビームによる精密射撃に加えてフレキシブルをふんだんに使い、
オールレンジ攻撃をひたすら続ける。
街なんてどうでもいい。
どれだけ被害が出たっていい。
今更奴が打鉄を差し出そうとしても許さない!
私は、私の力全てを使い、奴を倒す!
どれだけ周りが焼け野原になったっていい!
それで奴を倒せるのなら!!
私に屈辱を与えてくれたあの男を、倒すことができるのなら!!

でも、奴は倒れなかった。
私の攻撃を、奴は全て凌いでいた。
そう、全てだ。
フレキシブルを使っての攻撃も、全て。
街に向けて放った攻撃も全て、全て捌かれた。

そしてその間、あの男は私に向かってずっと叫び続けていた。

「アンタ!今の聞いただろ!あと少しで援軍が来るんだ!今は引けよ!!
 これ以上戦ったって、仕方ないだろ!!?」

などとふざけたことをな。
しかも奴の目、あの目は本気だった。
本気で、私に引けなどと言っていたんだ。
……腹が立った。ああ腹が立ったさ。
私を舐めているのか?
援軍が来る程度で、私に引けだと!?

怒りで、目の前がぐちゃぐちゃになりそうだった。
どうにかして、奴にこの鬱憤を晴らしてやりたかった。
だから奴が知り合いらしいゴミ共に気を取られている時はチャンスだと思った。

(今だ……………)

フレキシブルでビルを砕き、瓦礫の雨を奴らに降らせた。
案の定奴は悲鳴を上げながら、そいつらを庇いに行って瓦礫の盾となる。
その隙に私は全力の射撃を、奴の背に浴びせた。


「ぐぁ………、ィガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!???」


その中の一本が奴の右腕を貫いた時には気分がスッとした。
奴の悲鳴が、心地よくこの耳に響いたものさ。

(クハハハッ!その声だ!その声が聞きたかったんだ!もっと悲鳴を上げろ!
 もっと泣き叫べ!!私に苦汁を舐めさせたことを後悔しろ!!)

私はてっきり、奴がこの攻撃に怖気づいて打鉄を差し出してくるものだとばかり
思っていた。
奴が何故男の身でISを扱えるかは知らないが、普通の人間ならば自分の腕を
貫かれて、恐れ戦かないわけがないからだ。
だから、普通の人間ならばもう正義感や義務感などで戦う気など起きないはずなのだ。
そう、普通の人間ならば。

だが、奴はそれにも関わらずに雄叫びを上げてこちらへ向かってくる。
しかも奴の目を見れば、錯乱しているわけでもないのはすぐに分かった。

……何だ?何なんだ、奴は?
私はそこで、奴に何か言い知れぬものを感じた。
奴の気迫に、奴の眼差しに、奴自身に。

すぐにでも奴を私の視界から消してしまいたかった。
そういう衝動に駆られた。
何でかは分からない。
だが、私は怖かったのかもしれない。
この時点で既に、奴に恐怖してしまっていたのかもしれない。

「こ、このぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

私は残った近接武器であるナイフを展開し、奴に襲い掛かる。
すると奴もブレードを背負うように構え、スラスターを全開にして向かってくる。
またさっきのような接近戦か!
しかし、今度はさっきのようにはいかんぞ!!

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

私たちは二筋の閃光と化して、黒煙の埋め尽くす空を舞った。
何度もすれ違い、剣をぶつけ合う。
だが、徐々に私の方が押されていき、ナイフもミシミシと軋みはじめた。
奴の鋭い斬撃を何度も受けて、ボロボロになってしまっていた。

馬鹿な……。馬鹿な、馬鹿な!!
こんなはずはない!
戦闘のプロフェッショナルである私が、こんな得体のしれない男に!!

焦りに一瞬、私は不用意に奴に飛び込んでナイフを振るう。
確実に入った!
そう確信した一振りだったが、次の瞬間信じられないものを見た。
奴が、消えた。
一瞬、私の視界から、奴は「消えた」のだ。

(えっ……………?)

一瞬、私の頭が真っ白になる。
その次の瞬間だった。
下から入ったブレードの斬撃が、私の手にあったナイフを根元から粉々に
砕いてしまったのだ。

「馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」

こんな、こんな馬鹿な!!
私が、この織斑マドカが!!
こんな、男如きに!!?

私はこの時、プロフェッショナルとして有るまじきことだが、混乱してしまっていた。
目の前の男に。私より強い、その脅威に。
クッ、だったらさっきのようにまたそこらのビルを砕き、ゴミ共を囮にして
攻撃を食らわせてやる!!
そう思ってビームを撃ち出し、奴の前でフレキシブルを行う。
しかし、今度はさきほどのようにはいかなかった。
それを読んでいたのか奴はブレードを目いっぱい伸ばし、曲がったビームを
食い止めた。
だが、それでも良かった。
何故なら無茶な体勢でビームを防いだせいで、奴のブレードは破壊されてしまったのだから。

「ハハハッ!これで貴様の武器はなくなったぞ!!これで私の攻撃を防ぐことは
 できない!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

実際はISの絶対防御があるから死なないだろうが、それでも相当な苦痛を受けるはず!
私は愉悦に頬が緩むのを感じながら、スターブレイカーにありったけのエネルギーを
装填する。
これで終わりだ!!これを避ければこのビームは街に向かう!
だから奴はその身を盾にしてこれを防がなければならない!
そして奴のシールドエネルギーは、もうそんなに残ってはいまい!!
これで、終わりだ!!!

渾身の想いを込めて、スターブレイカーの引き金を引いた、その時だった。
私に向かって、何かが投げつけられた。
それはやはりというかあの男の仕業で、投げつけられたそれというのは、
先ほど破壊したブレードの柄の部分。
それを全力で私に放り投げてきたのだ。
それが私のスターブレイカーの真近くに届くのと、スターブレイカーから
ビームが発射されたのと、ほぼ同時だった。


「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!???」


放たれたビームはその柄に命中し、私のすぐ側で大爆発が起こる。
私は咄嗟にスターブレイカーを庇って体を捻った。
スターブレイカーは何とか無事だったが、その爆発をもろに受けた私は
大きく後方に吹っ飛ばされる。
もちろんシールドエネルギーも、大幅に奪われてしまった。

こ、この男!
私の一撃が受けられないと悟って、咄嗟にこんな手を!?
まさに起死回生。
限られた選択の中で最良の結果を得る、まさに臨機応変な対応だった。

馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!
くそっ、くそっ、くそっ!
どうしてこうなる!?戦況は私の方が圧倒的に有利なのに!
何故目の前の男一人、簡単に片づけられない!!?

混乱が頂点に達した私は、そこである甘美な作戦を思いつく。
といっても甘美な思いをするのはその作戦が成功したときで、作戦自体は
何でもないものなんだけど。

スターブレイカーと六機のビットによる最大出力による同時射撃。
エネルギーを大幅に喰うのであまり使わないのだが、こうなれば
話は別だ。
それを街に向かって撃ち出す。
もう奴は正真正銘何も持っていない。
もうこの攻撃を防ぐ術は自らを盾にするより他はない。

しかもこの攻撃を食らえば間違いなく大爆発を起こす。
その爆炎は地上にまで及ぶだろう。
もちろん地上にいるゴミ共もそれに巻き込まれることは容易に想像できる。
しかもあの男は絶対防御の機能により死なないし、爆炎で殺すことは
直接私が手を下したわけでないから、ナノマシンが反応することもない。
まさに、完璧だ。
奴を仕留めて、ゴミ掃除もできる。
まさに一石二鳥だった。

私はニヤリと笑みを浮かべ、散らばっていたビットを呼び寄せる。
そしてじっくりとエネルギーを装填していき、それが臨界点を突破した
ところで、高らかに叫んでやった。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

そう叫んだ、その時だった。
また奴が突拍子もない行動に出た。
この状況では有り得ない行動、それは………。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


何と奴は、丸腰のまま私に向かって突っ込んできたのだ。
回避行動を取る様子もない。
ただ両手を大きく広げて、最大加速でこちらに向かってくる。

どういうつもりだ!?
まさか至近距離でこの攻撃を受けるつもりなのか!?
でも考えている時間などない。
私の指はもう引き金を引いていたのだから。
轟音と共に全ての銃口が一斉に火を噴く。
そして奴はその全てを、私のすぐ近く、超至近距離で受け止めたのだ。

耳をつんざくほどの大音響。
爆炎が空を赤く染め、大気を焦がす。
その爆発を受けたせいか、奴の纏っていた打鉄のパーツがあちこちに飛び散る。
腕部、脚部、胴体、それらのパーツがバラバラになって四散する。
そして奴の本体が地上に向かって落ちていき、寸前で体勢を立て直した。
それを見て、私は思わず息を飲む。

……ボロボロだった。
もう既に打鉄は打鉄としての様相を保っておらず、僅かに背面のスラスターと
脚部のスラスターが生きているだけだった。
シールドエネルギーももはや切れたようで、機体はその輝きを全く失っていた。
だが私が驚いたのはそんなことじゃない。
もはや鉄屑と化した打鉄の真ん中で、未だ両腕を広げ私を睨みつける男だった。

「な、何だその傷は………!!??」

有り得ない。
ISには絶対防御の機能があるはずだ。
それなのに、奴のあの傷は………………!?
全身が傷だらけで、特に胴体などズタズタだった。
生きているのが不思議なくらいの傷。
それでも、奴は生きている。
目の輝きは失わず、真っ直ぐ私を睨みつけている。

そして、そこでもう一つの違和感に気づく。
それは、奴が両腕を広げて盾になっている後ろにいるゴミ共の姿。

(爆炎が………地上に届いていない!?)

そんな馬鹿な!
あれほどの大火力で攻撃したんだぞ!!
いくら奴がこちらに向かってきたからって、爆炎が地上に全く行かないなんて……!

そこで、気づく。
奴の体があそこまでボロボロな訳を。
それを確信した時、私の全身からサッと血の気が引いた。

(まさかあいつ、ISのエネルギーをほぼ全て使ってシールドを広げたっていうのか!?
 絶対防御を無意識に切ってまで、そのエネルギーを使ってまで、地上に被害を
 出すまいと………………!!?)

だが、そうでなければ奴のあの傷の説明がつかない。
絶対防御が発動していないのが、何よりの証拠だった。
それにスラスターがまだ若干でも生きているってことは、そのエネルギーだけは
残していたってこと。
その理由は………空中で体勢を整えるため。
そのまま落下して、地上に被害を出さないため。それ以外には考えられなかった。

何だ。何だ?何なんだ!?
何で奴らのためにここまでできる!?
自分の身をそこまで費やして、何故そこまで他人のために戦える!!?

それに、何故そんな目ができる?
瀕死の傷を負っているのに。
耐えがたい激痛が、今も体を襲っているはずなのに。
何故、そんな顔ができる?
何故そんな目で、私のことを睨むことができるんだ!?

奴のその目は雄弁に語っていた。
そこには私への憎悪など一切ない。
ただ、語っていた。
もう誰も、傷つけさせはしないと。
全てを守って見せると。
たとえ、そのためなら自分がどれほどの苦痛を受けても構わないと。


「……………何だ」


怖かった。その瞳が。
死さえ恐れぬ、その瞳が。


「……………何なんだ!?」


信じられなかった、奴の行動が。
自分の全てを犠牲にしてまで他人を守るという、その行動が。


「何者なんだお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」


奴のその心が。
そんな不可解なことを平気で考え実行してしまう。
奴の心が、堪らなく怖くて、何より今の私には理解できなかったのだ。

私はなおも地上にいるゴミ共の盾になるように両手を広げて動かない男に
再びスターブレイカーを向ける。
消えろ!不可解な男!!
私に貴様のその瞳を!その力強い瞳を見せつけるな!!
私にその心を!!その強すぎる心を、感じさせるな!!!!!
そう思い、引き金を引くが、突如降り注いだ一条のビームが、私の
スターブレイカーを撃ちぬき、爆発四散する。

(認識外からの狙撃!?一体、どこから…………!?)

慌ててハイパーセンサーで確認すると、はるか後方に二機のISの姿が見える。
恐らくはこいつらがIS学園からの援軍か!
一機は緑髪のメガネの女が搭乗する、ラファール・リヴァイブ。
御大層なライフルを構えているから、狙撃したのはおそらくこいつだろう。
そしてもう一機、新しい打鉄に搭乗しブレードを構えるその女を確認した時、私の全身が
逆立った。

(あいつは…………あの女は!!)

そいつは私にとって特別な意味を持つ女。
私がこの「亡国企業」に入って専用機を手に入れてまで、執着する相手。
頭に血が上り、奴に向かって飛びかかろうとするが、そこでチャンネルが開いた。
それはいつものようにお構いなしに、私の行動を邪魔してくれる。

『エム、全部見ていたわよ。全く、つまらない意地を張って任務を台無しにしちゃって。
 とにかく、戻りなさいね。あの打鉄との戦いで消耗した今のあなたじゃ、あの二機は
 相手にできないわ。追いつかれると面倒だから、さっさと離脱しちゃいなさいね』

それだけ言うと、チャンネルを一方的に閉じてしまう。
全く、いつもいつもいい所で………。
だが、仕方がない。
スコールの言葉でようやく冷静さを取り戻した私は、くるりと踵を返す。

スコールの言うとおり、このまま奴と戦っても私の負けは目に見えている。
あの男との戦いで手持ちの近接武器は全て破壊され、シールドエネルギーも
大幅に消費した。
そしてたった今、主力武器であるスターブレイカーを破壊されたのだ。
それらの事実が物語る結果は、一つしかない。
任務は、失敗したのだ。
だったらすぐに撤退するしかない
せっかくの私の愛機、サイレント・ゼフィルスをここで失うわけにはいかないからだ。。

私はスラスターを全開にして後方に離脱する。
その時、少しだけ振り返って奴の姿を確認する。
私の撤退を確認して、ゆっくりと地面に沈んでいく男の姿を。
幾人ものゴミ共に介抱されながら、安堵の表情を浮かべる、あの男を。

私はその男の姿を脳裏に焼き付ける。
私よりも強い男。
私には不可解で理解不能な心を、燃え盛る紅蓮の瞳を持つ男。
次に会った時は、その時は……。
この時の決着を、必ずつけてやる!!!
私は、自分の心を支配する奴へのグチャグチャな感情を抱えたまま、その場を後にしたのだった。





















黒煙がもうもうと立ち昇る漆黒の空に、その二機はいた。
色々無駄な手続きや連絡を終えて、やっとの思いで街に駆け付けた二人のIS学園の教師は、
街の人々に介抱される少年の姿を凝視している。
IS学園に輸送中の打鉄を使い、正体不明のISを食い止めてくれた少年。
今にも死にそうなズタボロになりながらも、この街を守り切ってくれた少年。

だけど、教師たちはそのことばかりを気にすることもできない。
何故なら、男がISに搭乗していた。
その事実の重さは、この教師たちが認識するまでもなく、とんでもないものだからだ。
緑髪の女性は、困惑したように隣にいる黒髪の女性に話しかけた。


「織斑先生、これって一体どういうことでしょうか……!?」

「……私にも分かりません。だが、これは大問題ですね……」

「ですよね!しかも、あの怪我………!放っておいたら彼、死んじゃいますよ!」

「……この街の病院は今、破壊されて機能していないだろうし、……ちょうどいいな」


黒髪の女性はISのチャンネルを開き、どこかに連絡を入れる。
その間もISを扱って戦った少年から。
自分の弟と同じ、男の身でISを扱える少年から二人が目を離すことはなかった。



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