ついにその姿を現した、シン・アスカの新たなる剣。
しかしその剣は希望だけを少年に与えるものではない。
このときから、少年はこの世界に潜む底の無い悪意に、
ズルズルと引き込まれていくのだった。

だがそれと同時に、彼を支えようと思う少年少女が
現れだしたのも、まさにこの時。
そして彼女もまた、いち早く彼の闇に感づき始めたのだった。

そうして彼、シン・アスカの物語は、
少しずつ、ゆっくりと、ようやく動き始めたのだった。



































「シン……………」

「一夏……………」


ガシッ!
オルコットとの試合の翌日、俺が一夏にジャンケンで痛恨の敗北を
喫した、その日の夜。
俺と一夏は寮のとある一室の前で、固い握手を交わしていた。

ここは新しく割り当てられた一夏の個室。
一夏はオルコットとの同室を晴れて卒業となり、一人部屋を
あてがわれたのだ。
一夏はマンマンの満面の笑みを湛えて、俺と視線を交わす。

嬉しそうだなぁ、一夏の奴。
まあ女子と一週間とはいえ同室だったってのは、辛かったん
だろうと思う。
俺も篠ノ之には散々世話になった身だが、やはり気は休まらなかった
というか、どうしても気になってしまうものだ。
いくら一夏が大海の如く広い心を持っていたとしても、
フラストレーションが貯まるのは致し方ないだろう。

反対に、オルコットは同室を解除されて残念がるかもしれない。
でもオルコットには悪いが、俺はそれで良かったと思っている。
だってその方が、篠ノ之は喜ぶだろうからな。
一週間散々一夏のことでヤキモキしている篠ノ之を見てきたからな。
それに何だかんだで篠ノ之には世話になってるわけだし。
そっちを応援したくなるのは、しょうがないことだと思う。

俺もようやく個室になったわけだし、篠ノ之もようやく俺から
解放されたわけだ。
願わくば、篠ノ之には今度は一夏と同室になってもらいたいものだ。
一夏は渋るかもしれないが、嫌な顔はしないだろう。

そんなことを思いながら、俺も山田さんに言われた部屋に向かう。
といっても部屋番号は今までと同じ、「1025」だ。
これはつまり、篠ノ之が別の部屋に移ってくれたということ
なんだろうか。
出て行くなら俺の方だと思うんだが………。

本当に重ね重ね迷惑をかけるな………。
次篠ノ之に会ったら、何かお礼をしないとな。
たぶん篠ノ之はそっぽを向きながら、「礼などいらん!仕方なかった
のだからなっ!」とか言うんだろうな。
…なんて、そんなことを想像しながら、いつも通り鍵穴に鍵を
差し込み、中に一歩入ったところで………。
天女に遭遇した。

どうやら剣道着から部屋着に着替えている最中だったらしく、
上半身はブラジャーのみ。
下はパンツ一枚といういでたちだ。
しかもどちらも純な白色だった。
俺は下卑た黒とかよりもこういう方が……。
そしてどうやら下を履き替える途中だったらしく、それは半ばまで
下ろされていて………って!


「「何でお前がここにいるっ!!!???」」


冷静に考察している場合じゃねぇ!!!
パンツを電光のように履きなおした篠ノ之が声高に叫ぶと同時、
石火の如き早さで木刀を掴み、弾丸のように突っ込んでくる。
顔はトマトのように真っ赤で、その目にはうっすらと涙が滲んでいる。
な、何て罪悪感だ…………。
故意の覗きではないのに、すぐにでもお縄を頂戴したい気持ちに
なってくるのは何故だ。

しかし、だからといって素直に篠ノ之の折檻を受けるわけには
いかない!
見ろよ、篠ノ之の木刀を!
まるで篠ノ之の放つ闘気が宿ったかのように、その切っ先が禍々しく
揺らめいているではないか!
デスティニーの対艦刃さえ真っ青になるだろう、あの迫力!
もうあれは闘気なんて生易しいものじゃない、「剣気」
とでも言うべき代物だった。

とにかく、あんなものをおめおめと喰らうわけにはいかない!
覗き容疑で三枚におろされたんじゃ、笑えない!
しかし、ここは入り口と室内をと繋ぐ通路だ。
こんな隘路じゃ、横に転がってかわすこともできない。
しかも前方からは黄金の気を纏った篠ノ之が向かってきている。
この前みたいに篠ノ之の横を抜けて、後ろを取ることもできない。
結局、今取れる手はこれしかないのだった。


「さいならバイバイ!」


言うや否や、俺は脱兎の如く踵を返し、廊下に出て扉を閉める。
そこで、一息。
こ、これで何とか助かったか…………?
部屋の出入り口はここ一つのみ。
その扉は、今俺が全体重をかけて塞いでいる。

いくら篠ノ之が超力を招来したとしても、俺の本気の全力に
対抗できるはずがない。
よく漫画では女が圧倒的な力でもって、不良等を蹴散らす場面が
あるが、そんなものはファンタジーだ。
そいつが武器を持っていたり筋肉ムキムキのボディビルダーだと
いうならいざ知らず、剣道をやってるからって純粋な腕力で
女が男に勝てる道理などない。
それは男と女という性別からくる絶対的な違いだ。

この前の教室でのアレは………、まあ篠ノ之に変な悪魔でも
とりついたのだろう。
思い返せばあの時の篠ノ之は般若のような表情をしていた気がするし。
剣道なんてやっていると、武神だの鬼神だのに縁深くなるのかもしれない。

……近いうちに、腕の良い除霊師でも探してやったほうがいいのだろうか。
そうだ……、それが今の篠ノ之にとって一番の礼になるかもしれない。
身の内にあんな化け物を飼っていたのでは、いつまで経っても
一夏を落とせな…………。


「っ!!!!!」


瞬間、首筋にジリジリと焼けるような何かを感じ、頭を横に倒す。
と、その横を見慣れた木刀が突き抜けていく。
……って、突き抜けて?
ハッとしてその木刀を凝視する。
その木刀は、何と扉を突き破って、にょきっと生えていた。
そして見るうちにその切っ先はズズズ……と扉の奥に消えていく。

お、おいおいマジかよ!
篠ノ之の奴、扉越しに俺を狙ってきやがった!?
しかもいくらこの扉が木製だとしても、木刀でそれを突き破るって!
その木刀の破壊力に唖然呆然としていたが、またしても体に電流の如き
何かが走り、さっと右腕を上げる。
と、先ほどと同じく右腕があったそこに、木刀がズンと鎮座していた。
真剣じゃないはずなのに、その刀身はうすら寒いくらいに鈍く光っている。
まるで本物の真剣みたいだ………って、うほぉ!!?



ズガンッ!!!!!



俺は反射的に体を「く」の字に曲げる。
そこを突き抜けていく鬼神の切っ先。
冷や汗が一気に噴出してくる。
い、今は篠ノ之の恋路の行く末なんぞ考えている暇はない!
とりあえず扉越しに潜む怒れる剣鬼を落ち着かせて、我が身の安全を
確保しないと!!

目の前でズズズッとまるで生き物のように消えていく切っ先を見つめる。
実は木刀が突き込まれる瞬間より、ゆっくり切っ先が戻っていくこの
瞬間の方が恐ろしかったりする。
心臓に悪い。もう少し素早く引き戻してほしいものである。
……って、そんなことより!!
俺は扉に消えていくその切っ先を、素早くガシッと掴み取る。


「なっ!?そ、そんな………また!?………ぐぐっ………!!」

「グギギッ………………!!」


扉の向こうから篠ノ之のくぐもった声が聞こえてくる。
扉に開いた穴越しに、俺の視線と篠ノ之の視線が交差する。
篠ノ之の表情は見えないが、その目は怒りで細められている。
俺も負けじとその目に向かって睨み返す。
木刀を掴んだ手に力を込め、木刀を引き戻されまいと抵抗する。
篠ノ之も負けじと木刀を引き戻す力を増していく。
この勝負、負けるわけにはいかない。
ここで力を緩めようものなら、次の瞬間には、俺は篠ノ之の電光の如き
突きで串刺しにされてしまう。


「だからっ………どうして、お前が………ここにいるのだ……アスカぁ……!!」

「お前こそ………何で、毎回、理由を聞く前に、打ち込んでくるんだよ……!!」

「『さいならバイバイ!』とか言って……即逃げを、決め込んだくせに……何を……!!」


………………………………。
…………まあ、それは脇に置いておいて。
篠ノ之のあの迫力を見たら、誰だって即座に逃げに転じるに決まっている。
そうだろ?皆………。

そうしてまたしてもこう着状態になってしまったわけだが、この体勢は不味い。
何が不味いって、俺が廊下に出っぱなしってのが不味い。
俺と篠ノ之が相部屋になってることは、この一週間奇跡的にバレなかった。
この学園の生徒が多数寝泊りしているこの寮でバレなかったっていうのは、
まさに奇跡だ。

しかしこの状況を見たら、皆はどう思うだろう?
篠ノ之が激昂すると木刀を振り回す悪癖を持っていることは、もはや周知の事実だ。
……教室とかで、けっこう木刀でシバかれてたしな、俺。
もしこの状況を、扉から突き出る木刀を掴んで動かない俺を、教室の女子に
見られでもしたら、翌日どんな噂が広まっていることか……!
おぉ……、考えただけでも恐ろしい!

しかし、この状況を打開する術なんて……!
肝心の篠ノ之は扉の向こうだし。
仮に言葉でのフォローができるとしても、俺のフォローに効果がないのは
実証済みだし……。
それに下手に動いて、また前回のようなハプニングが起こらないとも限らない。
と、色々と考えて歯噛みしていると、後ろから頭を何かでコツンと叩かれる。
だ、誰だ!?
まさか女子の誰かが……!?
そう思いブルブル震えながら振り向くと、そこには………。


「……何をやっているのだ、アスカ。しかも扉に穴まで開けて………。
 どうやらまた説教を喰らいたいようだな」

「……お、織斑先生ぇぇぇぇぇぇ………!」


呆れ顔の織斑先生が立っていた。
だがその呆れ顔さえも、今の俺には女神の微笑!!
見ろ、篠ノ之も扉の穴越しに織斑先生の姿を確認して、慌てて木刀を
引っ込めたじゃないか!
た、助かった……!
もう篠ノ之は無闇にこの場で木刀を突き込んではこないだろう。
篠ノ之の木刀と、織斑先生の出席簿での一撃。
どちらがより凶悪かなんて、小学生でも分かることなのだから。
よし、後は織斑先生に篠ノ之を宥めてもらえば、この場は一件落着……。


「……何を考えているのかは知らんが、アスカ。まずは部屋に入るぞ。
 私はお前と篠ノ之に話があって来たのだ。
 篠ノ之、お前も扉の前からどけ。そこにいられてはまともに
 話もできん」


……話?
織斑先生が、俺たち二人に話を?
何か嫌な予感がする。
あくまで俺の想像だが、このように織斑先生が真剣味溢れる表情を
している時は、大抵何かしら問題のある話をしている気がする。

と、廊下の曲がり角の方からキャッキャッという笑い声が聞こえてくる
お、おほぉ!!??
まさかこのタイミングで女子たちが………!?
俺の目の前では木刀を引っ込めた篠ノ之がしゅんとしながら、
ゆっくりと扉を開けている。
もし女子達が、俺が篠ノ之のいる部屋に入ろうとしているのを見たら……!
しかもそれが噂として広まって、一夏の耳にでも入ったら……!!
いかん、篠ノ之と一夏の距離が広まってしまう危険がある!!
それだけは、何としても………!


「せ、先生!早く部屋の中へ!!」

「なっ……、おいアスカ!!?」


織斑先生の手を引いて、開ききった扉へ飛び込む。
かなり勢いよく飛び込んだせいで………。


「きゃっ…………!?」


扉の前にいた篠ノ之とぶつかって、織斑先生も巻き込んで
倒れてしまう。
と、俺は反射的に足で扉を蹴って、閉めることに成功する。
かなり大きな音が出てしまったが、姿を見られるよりはマシだ。

ふぅ……、これで一安心と胸を撫で下ろしていると、ふと自分が
柔らかい何かに顔を埋めていることに気付く。
これは………?
この何とも甘酸っぱいような良い匂いのする、マシュマロのような
布っきれは……………。


「……あ…………あぁぁぁぁ………な、なん………う、ぅぅぅぅぅ………」


………………。
少し顔を上げると、顔を赤く赤く紅潮させた篠ノ之と目が合った。
その目にはさっきよりも涙が溜まり、ウルウルと潤んでいる。
……うん、分かっていたんだ、俺は。
今の俺たちの体勢がどんなものになっているか、ってことをさ。

俺は仰向けに倒れた篠ノ之に覆いかぶさるように倒れていた。
そして俺の顔は………その………篠ノ之の、胸の谷間に、その、
すっぽりとおさまっていたんだ。
どうやら篠ノ之は剣道着だけは羽織っていたようで、ブラジャーの中に
顔を埋めるという構図になることだけは避けられたが。
……だけど、薄布一枚だけというのは、何というか、生のままより
形がはっきりと分かって、逆にドギマギするというか………。
………それに、今気付いたが背中に篠ノ之に負けないくらいの、二つの
柔らかい感触を感じる。
これは、一体………………?


ズゴスッ!!!!!


「ぐはぁ………!?な、何…………!?」


突如後頭部を凄まじい衝撃が襲う。
こ、この痛みは、一体何だ!!?
篠ノ之の木刀の一撃にも似ているが、違う。
それよりもはるかに威力は高い。
この、破壊の鉄球でもぶつけられたような、圧倒的な攻撃力は……!?

と、顔全体を包み込んでいたマシュマロの感触と、甘い匂いが消える。
頭を押さえながら顔を上げると、烈火の如き怒りの炎を身に纏い、
木刀を振り上げて体を震わせる篠ノ之の姿が。
冷や汗まみれに体を震わせる俺を見下ろし、今にもその木刀を
振り下ろさんとしていた。


「こ、この……この……。また、また………一夏以外にぃぃぃ………」


こ、これは不味い。
篠ノ之の奴、今にも本格的に泣きそうだ。
事故とはいえ、これは完全に俺が悪い、この間とは違う。
とにかく、一刻も早く謝ろうと口を開いた、のだが…………。


「……あ、あの。………し」

「何で!お前とばっかり!!関わりを、持ってしまう!!!
 いや別に!!!!お前を軽蔑しているとかでは!!!!!
 ないんだが!!!!!!
 ああもう!何かグチャグチャだ!!とにかく!!!
 馬鹿アスカ!!!!一夏より先に私の肌を見た報い!!!!!
 ここで、悔い改めろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


バシーンビシーンベシーン。
一言一言に篠ノ之の激情が込められているのが分かる。
その言葉と思いに、本気で悪いとは思いつつも。
篠ノ之の肌を見たのが一夏より先だったという事実に。
「え?マジで?」と本気で驚いている俺がいた。
やはり一夏相手になると、篠ノ之は一歩引いてしまうらしい。
と、なると俺が篠ノ之にできる礼って…………。
篠ノ之に後頭部を打ち据えられながら、俺はたった今思いついた
篠ノ之へのお礼について考え、頬をにんまりと緩めたのだった。































「………いくら胸に顔を埋められたからといって、ちょっと
 やり過ぎではないのか?これ以上アスカの一生傷を増やして
 やるのは、ちょっと感心せんぞ?」

「織斑先生もその出席簿でアスカの後頭部を殴打していたでは
 ないですか。それに打ち据えたのは頭部、しかもつむじです。
 傷がついたとしても、見えませんよ」


見えなければいいというものではない。
頭だぞ。死ぬ可能性もあるんだぞ。
そこらへん考えたのか、あの二人。
そう思って、俺はへばりついていた床から、ゆっくりと顔を上げた。
しかし俺と目が合った織斑先生は、そんな俺の心中を察したようで……。


「私をなめるなよ、アスカ。お前の頭が割れないように
 力加減はしておいた。篠ノ之も無意識の内に力を加減して
 いたから、死ぬとかについては考えなくていい。
 というか、お前はそれをされるくらいの重罪を犯している
 のだから、ブーたれるな」


ぐぅの音も出ない一言に、思わず黙り込む。
確かに、今のはどう考えても俺が悪い。
それはいい。それはいいのだが…………。
この体勢はあんまりではないだろうか。

床に這いつくばる俺を、織斑先生が仁王立ちで見下ろしている。
そして篠ノ之は俺の背を足で踏んづけている。
くっ、何て屈辱的な体勢なんだ……!
それに篠ノ之の折檻は、まあいいとして。
何で織斑先生からも折檻を受けなくてはならない?
確かに俺が部屋に無理やり連れ込んだ時に体勢を崩して、
織斑先生はその豊満な胸を俺の背にむぎゅうと押し付けることに
なってしまったが。
別に埋めてもいないし、揉んでもいないではないか。
そういう問題ではないと怒られそうだが、その報復があの
出席簿なのだ。
正直、木刀よりも威力のあるあの一撃を、何度も何度も喰らうのは
辛い。耐えられない。
そういった意味で、織斑先生の折檻については、釈然としない
思いをくすぶらせている俺だった。

と、はぁ……と息を吐いて、織斑先生が俺と篠ノ之に視線を向けなおす。
その目は俺をブッ叩いてる時とは違う、背筋が寒くなるほどの
真剣味を含んでいた。


「とりあえず、この話は脇に置いておくとしよう。
 篠ノ之もこれだけやれば、気は晴れただろう。
 今はお前と、特にアスカに重要な話があるのでな」

「ちょっと待ってください。それより俺の質問に先に答えてくださいよ。
 何で期限の一週間を過ぎたのに、まだ篠ノ之と一緒の部屋
 なんですか?これじゃあ………痛い!?
 な、何だよ篠ノ之!何で足に力を込める!!?」


無言で俺の背をグリグリとし始めた篠ノ之に、思わず抗議する。
しかし篠ノ之は俺の言葉などどこ吹く風。
構わず足をグリグリと動かし続ける。
くっ、何だよ篠ノ之の奴め………。
まあいい、とにかく部屋のことだ。
これでは篠ノ之はまだ俺から解放されないじゃないか。
それじゃあいくらなんでも、篠ノ之が不憫だ。
そういう思いを込めて、織斑先生を見つめるが……。

……何だよ、織斑先生のこの視線は?
まるで「こうなったのは、お前の責任だ」とでも言わんばかりの視線は?


「……確かにお前の個室は決まっていたのだがな。
 急遽それは白紙になった。
 ………原因は、お前が持っていた、正体不明のISのせいだ」

「っ!」

「正体不明のISって、昨日のクラス代表決定戦でアスカが纏った、
 あの傷だらけのISのことですか?」


織斑先生は篠ノ之の言葉に無言で頷くと、厳しい光を宿した目で
俺を見つめてくる。
昨日のあの試合の後、俺は待機形態に戻ったあのIS、
「ヴェスティージ」を織斑先生に預けた。
ヴェスティージの待機形態は、ステラのあのネックレス。
俺としてはそれを他人に渡すのには抵抗を感じたが、あれは俺も
出所を知らない謎のISだったのだ。
正体不明のISについて調べるから渡せと言われたら、それは
渡すのが正しい選択だ。

それにあのISを渡すにあたって、俺は一つだけ条件を出した。
あれが正体不明のISだとしても、あれはステラの形見の形をしている。
見ず知らずの研究員だとかには触らせたくなかった。
なのであのISを調べるにあたっては、織斑先生と山田さんの二人だけで
行ってほしいと申し出た。
あの二人なら信頼できる。
あの二人ならネックレスに触ってもいいと思ったからだ。
我ながら幼稚で我侭な願いだとは思ったが、織斑先生はそれを
承知してくれた。
そして今日、その調査が終わったから、俺に報告に来たのだろう。


「結論から言おう。あのISには未登録のコアが使用されていた。
 各国が保有しているコアも全て確認したが、それらとは一致
 しなかった。つまりあのISのコアは、我々が把握していない、
 新規のコアを使用されているということになる」

「し、新規のコア!?それって………」


織斑先生の言葉に篠ノ之はやけにおおげさに反応している。
どういうわけかは知らないが、でも今は織斑先生の言葉のが
重要だ。
ヴェスティージには未登録のコアが使用されていた。
授業でも習ったが、この世界におけるISのコアの数は、全部で467。
それはコアを開発できる何とかいう開発者が、ある時期を境に
製造をやめてしまったかららしい。
つまりIS一機につき一つのコアが使用されるから、この世界のISの
絶対数は467機なのだ。
もし新しいISを製造する場合は、既存のISを解体して、コアを
初期化?しなければならないらしい。

そして織斑先生は各国が保有しているISに関する情報を確認して
既存するISが解体された記録はないかなどを徹底的に調べてもらった
らしい。
ISはアラスカ条約によってその運用を厳格に定められているから、
よほどのことがない限り、各企業がコアの横流し等をするとは
考えにくい。
各企業には定期的にISをきちんと運用しているかの調査が入るらしいし、
コアの横流しや裏取引などがばれたら、それこそ国家問題に発展する。
だから今回はそれについてはあまり考えなくてもいいのかもしれない。

でも、結局はどういうことになるんだ?
あのISには未登録のコアが使用されていた。
そしてそのコアは既存のコアを初期化して用意されたものではない。
それはつまり………。


「………つまりあのコアは、新しく製造されたもの、ということになる。
 そしてそのコアを作れるのは、この世でただ一人。
 それを最初に開発した者だけだ。
 そう、それを開発したのは……………」

「……篠ノ之、束……」


織斑先生の言葉に、篠ノ之がポツリと呟く。
何故か、少し俯いて。何かを考えるように。
そういえば、確かISの開発者の名前って、そんな名前だったよな。
篠ノ之、束。
………篠ノ之?


「……おい、篠ノ之。その篠ノ之束って人って、
 もしかして…………」

「……ああ。お前が想像している通りだ。篠ノ之束は私の家族。
 …私の、姉だ」


姉ぇ!!!???
し、篠ノ之の姉が、ISの開発者だと!?
思わぬ事実に目の玉が飛び出る過剰な演出に興じる俺。
しかし、それを見ても篠ノ之の表情は晴れない。
そして篠ノ之は顔を伏せたまま、苦々しそうに口を開いた。


「……なるほど、だから私にも話があるなんて言ったんですね。
 ですが、私は姉の居場所など知りません。
 あの人は本当に気ままな人なのですから」

「………だろうな。私もそれは分かっていたのだが、上の方が
 確認しろと五月蝿くてな。形だけでもしておかないと
 いけなかったのだ。…すまなかったな。
 むしろ聞かなくてはいけないのはアスカの方だ。
 アスカ、お前は篠ノ之束に会ったことはあるか?
 それともう一度確認するが、このISはどこで手に入れた?」


探るような視線を、俺に向けてくる。
確かに、普通に考えればこれを持っていた俺は、どこかで
篠ノ之束に会っているか、もしくは誰かにこれを貰っていないと
おかしいんだけど………。


「本当に、分からないんですよ。俺は五反田家の近くで
 気を失っていて。そのときにはもう、これは俺の手の中に
 あったらしいんです。
 もちろんそれ以前にこれを誰かから貰ったなんてことはありません。
 それに篠ノ之束って人にだって、会ったことは………」


そこまで考えて、ふとあることを思い出す。
束………………たばね?


― 私は、束さんだよ ―


昨日のクラス代表決定戦。
その出撃直前に出会った、不思議な女性のことを思い出した。
確か彼女も、束と名乗っていた。
それに自分がIS関係者だとも。
そのことが気になって、織斑先生に尋ねてみる。


「あの、織斑先生。その束さんって、何かヘンテコな格好を
 してませんか?何かメルヘンチックな服を着て、
 頭にはウサ耳みたいな変なカチューシャをつけて………」

「!お前、束に会ったことがあるのか!?」

「あ、やっぱりあの人が篠ノ之束だったんですか?
 昨日、クラス代表決定戦の出撃前に会ったんです。
 ちょうど織斑先生たちが出て行ったあとでした」


俺は驚愕の表情を浮かべる織斑先生と篠ノ之に、その時の
ことを話した。
いきなりヘンテコな女性が打鉄の後ろから飛び出してきたこと。
彼女と交わした、よく分からない会話も。
それを聞いた二人は、顔をより険しいものに変えて、黙り込む。


「………その女、篠ノ之束は『自分の用事はもう終わった』、
 『ここのリアルタイムモニターがおかしくなった理由、
 ちーちゃんならすぐに感づくかも』と、そう言ったのだな?」

「ええ、そうです。ちーちゃんってのが誰なのかは知りませんが。
 ……そういえば、俺が纏った打鉄の調子がおかしいことに
 気付いたのは、そのすぐ後だったっけ。
 その束さんって人が、何か関係あるんでしょうか?」


俺の質問に、織斑先生は答えない。
ただその表情をより険しくして、唇を噛む。
その態度だけで、あの打鉄の調子が急におかしくなった
原因について、察することができた。
代わりに篠ノ之が俺の側に寄ってきて、頭を下げた。


「……すまなかった」

「…何で篠ノ之が謝るんだよ。その束さんって人が打鉄に
 何か細工をしたらしいことは分かったよ。
 でも、それはその束さんのせいであって、お前のせいじゃ
 ないよ。お前が謝る必要なんてないさ」

「だがっ!それのせいでお前は危うく死ぬところだったのだし!
 ……本当に、すまなかった。家族の不手際は、私の不手際だ」


そう言ってまた頭を下げる篠ノ之に、苦笑してしまう。
気にするなと口で言ってもあまり伝わらなさそうなので、
黙って篠ノ之の頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。
驚いて顔を上げる篠ノ之に少しだけ笑いかけ、織斑先生に向き直る。


「……で、結局どうなるんですか?結局このISについては
 何か分かったんですか?昨日調べてくれたみたいですし」

「それについては、ほとんど分からなかった。
 このISに使用されているコアが未登録のものであると
 いうことと、このISの名前が『傷痕(ヴェスティージ)』である
 ということ以外はな。
 たぶん、これは搭乗者として登録されているお前にしか
 扱えないのだろう。実質、専用機ということだな」

「じゃあ、このISは専門の調査機関とかに持っていくんですか?
 そして俺の個室が解除されたところを見ると、俺も
 どこかに連れて行かれて尋問とか、そういうことでしょうか?」


当然、そういうことになると思う。
そもそもISというのは国家間で厳密な条約が取り決められているほどの
強力な兵器である。
それを身元不明で何故かISを扱える男が持っていたのだ。
しかも、未登録のコアだった。
そうなると、そのISは専門機関で徹底的に調査され、俺はISの
不法所持で連行。そしてキツイ尋問を受けることになるのは
目に見えている。
何でこんなことになったとは思うけど、ここまできてしまえば
仕方ない。
覚悟を決めるしかないだろう。
………元の世界に戻るのは、当分先になりそうだな。


「……確かに、当初はそういう流れだったのだがな。
 事情が変わったのだ。この、一枚の紙切れがFAXで
 届いてからな」

「一枚の、紙切れ………?」


織斑先生は仏頂面で一枚の紙を渡してくる。
何なんだ、この紙は………?
不思議に思いながら、その紙を受け取り、見る。
噴いた。



『やっほ〜〜〜。各国の皆ぁ、元気〜〜?
 私は、篠ノ之束さんだよ。
 今皆はあっくん、ああシン・アスカの処遇のことで
 色々言ってると思うけど。
 先に宣言しちゃいます!
 あの正体不明のIS「傷痕」のコアを作ったのは、
 間違いなくこの、篠ノ之束さんです!
 あっくんには、このISの戦闘データの収集に
 協力してもらうつもりなの!私の独断で!
 なのであっくんに酷い処罰を与えたりしたら、
 ゆるさないからねっ!
 具体的にはもう新規のコアを作っても、提供しないからねっ!
 というわけで、皆、まったねぇ〜〜〜〜』



………………………………………。
……………………………………………………………。


「……何ですのん、これ………?」

「………私が聞きたいくらいだ。昨日、緊急会議中に
 突如この紙が各国にFAXされてきたのだ。
 誰かのいたずらかとも思ったが、この手書きの筆跡、
 間違いなく篠ノ之束本人だと判明してな。
 そこで、もうお前の処遇については何も言えなく
 なってしまった。
 どこの国も、新規のコアを提供しないと脅されたら、
 どうしようもない。しかも開発者直々だ」


……どういうこと、だ?
こんな馬鹿げたFAXを送ってきてまで、あのISを俺に
あてがおう、なんて………。
篠ノ之束……、一体何を考えている!?
訳の分からない展開に呆然としていると、俺の手から
FAXを奪った篠ノ之も、唖然としていた。


「ね、姉さん………。相変わらず、だな………」

「……確かにな。とりあえず、そういうわけだ。
 各国は篠ノ之束の脅迫に屈し、引き続きお前のIS学園での
 生活を黙認した。
 ただし、しばらくの間はお前の監視を怠らないようには
 したいので、誰かと相部屋のままにしようということに
 なったのだ。
 本当なら教師である私や山田君の方がいいんかもしれんが、
 それが他の生徒にばれると示しがつかんのでな。
 今までどおり、篠ノ之との相部屋になったというわけだ」


な、なんてこった………。
結局、俺が原因でまた話がややこしく………。
しかも、篠ノ之にまで迷惑をかけて………。
何をやってるんだよ、俺は………!
それにその篠ノ之束って奴、一体何を考えて………!?

俺は篠ノ之束と会ったのは、昨日が初めてだ。
それ以前に会った記憶は、俺にはない。
でも、気にはなってたんだ。
どうして元の世界で月面にいた俺が、次に目が覚めた時には
五反田家の世話になってたのか。
もし、この世界に来たのが、五反田家で厄介になる「前」
だとしたら……?
俺が目覚める前に、この世界のどこかで篠ノ之束と会っていたら?
俺があのネックレスを持っていたことにも説明がつく。
と、考え込む俺に、織斑先生が何かを差し出してくる。
それは………。


「……『ヴェスティージ』……」

「それは、お前に返すことになった。私たちではそのISの
 解析はできないし、篠ノ之束が作ったということは
 はっきりした。
 次に篠ノ之束がどこかの国に現れる時まで、そのISは
 お前に持っていてもらって、戦闘データの収集をしようと
 いうことになったのだ」


返された貝殻のネックレスを、見つめる。
その虹色の輝きは、どことなく俺の心を落ち着かせる。
それに、あの時。
クラス代表決定戦での、あの体験。
ステラと言葉を交わした、あの時のことを思い出し、
知らず笑みがこぼれた。


「そのISの戦闘データ収集のため、近く模擬戦闘を行う。
 アスカはそれまでにそのISについて、把握しておけ。
 自分のISの武器も知らないのであれば、話にならないからな」

「……分かりました。それはいいですけど………。
 相手は?また山田さんですか?それとも実力で考えて
 オルコットとか………?」

「いや、お前の実力を考えたら、もう国家代表候補生でも
 見劣りするだろう。それでは十分な戦闘データを収集できん
 だろうから、特別の対戦相手を考えてある」


……特別の対戦相手?
何か言葉に特別な含みがあるような気がする。
織斑先生も、意地悪そうな笑みを作っているし。
そうして、織斑先生は「話は以上だ」と言って出て行く。
その際、織斑先生は俺に、あんまり無理をするなって
言って出て行った。
……無理をしている?俺が?
何のことか分からないが、とりあえずありがとうと
言っておいた。
後に残ったのは、やはり俺と篠ノ之。

……やはり、沈黙が重い。
まあ、あんな話の後だから仕方がないが。
しかも、俺には変わらず変態行為の罪状がある。
警察に突き出されないだけマシと思わないと。
と、篠ノ之がゆっくり息を吐いて、俺を見つめる。


「……結局、またしても同室になってしまったな。
 しかも、またしても断れない、どうしようもない理由で。
 一応言っておくが、変なことをしたら、殺すからな?」

「……分かってるよ。もう木刀の餌食にはなりたくない
 からさ。………それと、さっきはごめんな篠ノ之。
 あんな体勢になるなんて、思ってもみなかったんだ。
 でも、本当に悪かった。追加で殴りたいなら、殴ってくれ」

「べ、別にさっき散々ボコボコにしたからいい!
 故意ではなかったというのは、流石に分かっているしな!
 ……しかし、厄介なことになったな、アスカ」


本当だ。
何か、俺の知らないところでどす黒い思惑が蠢いているようだ。
『ヴェスティージ』、篠ノ之束。
一体、俺の身に何が起こっているっていうんだ?
考えるほどに背筋が寒くなるが、考えても仕方ない。
とりあえずは織斑先生の言うとおりにしないといけない。
明日にでもヴェスティージの性能について確認しておくとしよう。

とりあえず、疲れた。
今日はもう飯はいいや。
寝たい。どっと疲れた。寝て、色んなことを忘れたい。
まあ、寝ても悪夢ですぐ目が覚めると思うが。
俺は生活用品の中から大き目の布を取り出し、ベッドへと向かう。


「……?おい、何だその布は?」

「え?ベッドの間を布で隔てるんだよ。お前だって、その方が
 いいだろ?今までの取り決め通りだしさ」

「あ、ああ。そのことか。そのことなんだがな……。
 ……ごにょごにょ……」


………?
いきなりまごまごし始めた篠ノ之に疑問を覚えつつも、
とりあえず布を設置してしまおうと踵を返して……。
バシーン!!木刀ではたかれた。


「い、痛ったぁ…………!な、なにするんだよ篠ノ之!!
 俺は今、何も失敗はしてないはずだぞ!?」

「う、うるさい!私の話の途中で踵を返すからだ!!
 ええいっ、私は今、別にベッドの間を布で隔てなくていい
 と言おうとしたんだ!!」


……………ほぇ?
何故?なぜなにナデシコ?
今までは厳密に布で隔てて、互いのスペースには入らないように
してたじゃないか。
何で今になって、隔てなくていいだなんて………?
すると顔を真っ赤にした篠ノ之が、何故か怒りながら
叫んでくる。


「も、もう一週間も経ったのだし、いい加減そこまでの
 制限はいいかなと思っただけだ!
 お前がそういう不埒なことをしてこない男だということは
 流石に分かっているし!
 それに布でベッドを隔てていては、夜お前がうなされた時に
 迅速に対処してやれないだろ!!
 だからだっ!それ以外に、他意などないからなっ!?」


………不埒なことをしてこないって。
さっき事故とはいえ、お前の胸に顔を埋めたじゃないか、等とは
口が裂けても言えなかった。
そんなことを言ったが最後、口ではなく頭をかち割られてしまう
だろうから。

だけど、篠ノ之は真剣な目でそう言ってくれた。
どういう心境の変化かは知らないが、とにかくある一定には、
俺を信用してくれる、そう言っているのだ。
それがとても嬉しくて………。
俺は無意識に、手を差し出していた。


「……え?」

「改めて、自己紹介するよ。俺は、シン・アスカ。
 どこにでもいる、普通の男だ。
 ………お前は?」

「っ……お前のどこが、普通の男だ!……ふふっ、まあいい。
 私は、篠ノ之箒。篠ノ之神社、篠ノ之道場の当主
 篠ノ之 柳韻の娘だ。改めてよろしく頼む、アスカ」


俺が差し出した手を、少し躊躇いながらも握り返してくれた篠ノ之。
その手の暖かさを感じながら、少しの間篠ノ之と見つめ合った。
初めて会った時の悪印象からくる、重い壁はそこにはなく。
やっと、本当の意味で篠ノ之と友達になれた。
そんな気がした。
そして同時に、俺は篠ノ之の恋を本気で叶えてやりたいと、
密かにそう思うようになっていった。































翌日、俺はあるアリーナの使用許可を貰い、ISを展開させた。
首に下げたネックレスをギュッと握り締め、目を瞑る。


(……行こう、ステラ)


そう思うと同時、眩いばかりの光が一瞬だけ辺りを照らしたかと思うと、
次の瞬間には全身傷だらけのアーマーが、自分を包んでいた。
……ヴェスティージ、俺のIS。
未だ自分の専用機という実感はないが、このIS、異常なほど我が身に馴染む。
まるで、最初から俺に纏われるために存在したかのように。
それに、何でか体が温かく感じる。
まるで、誰かに抱きすくめられているかのように。
俺はその温もりを感じながら笑みを浮かべ、現在展開可能な装備一覧を開く。
目の前に表示されたそれには、五つの武器が表示されていた。




・高エネルギービームライフル改良型:『オルトロス・改』

・高出力対装甲ビームナイフ投擲用:『THE EDGE(ジ・エッジ)

・高エネルギー長距離四連装ビーム砲:『Desire(ディザイア)

・近接特化型多目的手甲:『ignited(イグナイテッド)

・近接特化型ブレード:『蒼い絆(ブルー・ボンズ)




とりあえず、この五つの武器が、今の俺の駒というわけだ。
一つ一つ、展開して確認していく。
まずはこのビームライフル『オルトロス・改』。
ただの高出力ビームライフルかと思いきや、備え付けのスコープが
半端ない精度を持っているようだ。
これならかなり長距離に射撃できそうだ。
狙撃も行えるかもしれない。
でも、ビーム砲より出力は低いので、致命傷は与えられないだろうけど。

次に対装甲ビームナイフ『ジ・エッジ』。
これは基本投擲用で、相手に投げてぶつけるが本来の使い方のようだ。
刃先はビームを帯びているので、存外破壊力は高い。
それにビームの威力を調節すれば、近接戦闘も行えるようだ。
デスティニーのビームブーメランに似た仕様だが、こちらは一回投げたら
手元には戻ってこない。
ジ・エッジは計四本あるので、最大でも四回しか投擲できない。
その後は、投げたやつを自分で取りに行かなくてはならない。
不便なことだ。

次は四連装ビーム砲『ディザイア』。
これはオルトロス・改とは比べ物にならないくらいの出力を誇っている。
長距離の敵や、大型の戦艦等を屠るときにはとても有効だろう。
IS相手なら、このビームを直撃させれば、かなりシールドエネルギーを
消費させることができる。
ただし、このビーム砲。
砲が肩に二つ、そして腰だめに二つという位置なので、真正面から
突っ込んできた敵にはまず当らない。
砲の間隔も開いているので、よほど狙わないと、空中を飛び回る
ISには当らないだろうなぁ。

四つ目は多目的手甲『イグナイテッド』。
これは最初よく分からなかったが、ちょっと使ってみて分かった。
どうやら右手についたこの手甲、これを発動させるとISを包む
シールドバリアーをエネルギーに変換し、一箇所に集めることが
可能のようだ。
しかもその状態で敵に突っ込み拳打を突きこめば、大ダメージを与える
ことができる。
さながらディストーションパンチのような必殺技だが、またしても
大きな問題が。
これを使ってシールドバリアーを一箇所に集めると、他の部分、
体だとかがかなり手薄になってしまう。
もしその場所に攻撃を入れられでもしたら、最悪一撃リングアウトも
あり得る。
しかもこの手甲、右手にしかないので、仮に右手を怪我したら
使えない。
やっぱり不便だ。
これを使うのは極力やめておこうと心に誓う。

そして最後の武器、「蒼い絆」。
これはオルコットとの戦いでも使った。
打鉄の近接ブレードによく似た、でも全く違う大剣だ。
その刀身はどこまでも澄み切った蒼。
まるで、あの湖の水面のように、静かな蒼をたたえていた。
これが俺の近接戦闘でのメインウェポンになると思うが、
少し気になることが。
この大剣、破壊力がいまいち芳しくない。
振るってみて分かるが、正直打鉄のブレードの方が、若干なりとも
破壊力が上のように感じる。
これではよほど連続で浴びせないと、致命傷にはならない。

全部の武器を確認し終えて、嘆息。
どいつもこいつも一長一短すぎて、使いこなすのに時間がかかりそうだ。
デスティニーの武器はごちゃごちゃしているようで、実際に使ってみると
バランスがよく取れていたが、こっちもそうなのだろうか?
とりあえずその模擬戦とやらがあるまでに、少しでもこいつを
使いこなせるようにしておかないといけない。

ふぅと一息ついて、展開を解除する。
また一瞬辺りを光が包んだかと思うと、次の瞬間には俺の首に
見慣れたネックレスが下がっていた。
それを見ていると、やっぱり心が温かくなってくる。
篠ノ之束にも、これだけは感謝しないとな。
ISの待機形態をこのネックレスにしてくれたのは、まさに俺に合ってると
いうか…………………………。


「っ!!!!!!?????」


そこで、気付く。
異様な違和感に。

ちょっと待て。
俺用にあつらえたISの待機形態が、俺にとって特別な、ステラの
形見のネックレスだと?

何で、篠ノ之束は俺のISの待機形態をこの形にした?
だってこれは、俺とステラに関連深いものだ。
これが俺にとって特別な意味を持つことは、俺とステラ以外には
知らないはず。
いや、元の世界の地球連合軍の奴らなら、ステラを強化人間に
した奴らなら、ステラがあの貝殻を大切にしていたのを見ている
かもしれない。
ネオ・ロアノークとか。

でも、少なくともこの世界の人間。
篠ノ之の姉である、篠ノ之束は、そのことを知りえないはずだ。
なのに、何で待機形態をこの形に?
しかもピンポイントにネックレスという形にして?
じゃあ、どういうことだ?
篠ノ之束は、俺とステラの関係について知っている?
それとも………………。

突如浮かんだ得体の知れない不気味な不安に、俺はしばらく
その場から動けなかった。
そしてたまたま同じ場所に訓練に来たオルコットに見つかり、
悄然としたまま昼食に向かったのだった。

そういえば、アリーナを出るとき、織斑先生の姿を
見た気がする。
だけど、織斑先生があそこにいるわけがない。
たぶん、俺の見間違いだろう。






























「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。
 グラウンドに穴を開けてどうする」

「……すみません」


俺は姿勢制御してめり込んだ機体をようよう
起き上がらせて、一息。
四月も下旬に差し掛かり、ようよう春風もだんだんと
暖かくなってきたころ。
俺はISの飛行操縦の訓練の授業に出ていた。
まあ結果は………今の俺を見てくれれば分かる。
まだISの操縦に慣れていない俺は、千冬姉に言われた
急降下と完全停止で、ものの見事に失敗してしまった。
周りから聞こえてくる笑い声がキツイ。
主に心がキツイ。


「大丈夫か、一夏?最近お前に教えてやれていないから、
 相当苦戦しているようだな。やはりあの女が指導
 していては、上達するのも遅いのか………」

「ちょ、篠ノ之さん!?言うに事欠いてそういうこと
 言いますの!?あなたが教えたら、一夏さんが
 一人前に操縦できるようになるまで、一億光年
 かかってしまいますわ!!」

「黙れ猫かぶり!!それに一億光年は時間じゃない!
 距離だ!!!」


何故か箒とセシリアが言い争いを始めてしまう。
この二人は何故か事あるごとに言い争いを始める。何故だ。
と、千冬姉が二人の頭を出席簿ではたく。
おう、やっぱりいい音だ。
澄み渡る空にどこまでも響き渡る、軽快音。
まあ、その後に残るのは頭を押さえて悶絶する、生ける屍のみだが。


「おい、馬鹿者共。邪魔だ。端っこでやっていろ。
 さて、本当ならこの後織斑に武装の展開を実践して
 もらうのだが、今日はちょっと別のことをやろうと
 思う。……アスカ、前に出ろ。
 以前言っていた模擬戦闘を、今行う」

「はぁ!?ちょっ、織斑先生!模擬戦闘を授業中に
 やるつもりですか!?」


箒とセシリアのやりとりを苦笑しながら眺めていたシンが、
突如素っ頓狂な声を上げる。
……模擬戦闘?何だそれ?
俺はそんなものがあるなんて、全く聞いてないぞ。
周りを見回してみると、他の皆も俺と同じような反応だった。
どうやらその模擬戦闘とやらを行うのは、シンだけみたいだ。
ただ、箒だけは驚かずにシンを見つめていたのが
気になったけど。


「前に言っただろう。近く模擬戦闘を行う、と。
 お前の戦闘を見せるのは、他の者にもいい刺激になるし、
 まさしく一石二鳥だ。データ収集の方は既に山田君が
 スタンバイしてくれている。
 さっさと始めるぞ」

「え?でも、まだ対戦相手が………」

「いるだろう。………目の前に」


そう言うや否や、千冬姉が光に包まれて。
次の瞬間には、その身に打鉄が装着されていた。
は、はぁ!?千冬姉が、シンの模擬戦闘の相手!?
周りもザワザワとどよめいている。
皆一様に信じられないといった感じだ。
俺も何かいきなりの急展開でついていけてない。
と、千冬姉がそんな俺たちに気付いたのか、顔を向ける。


「お前たち、よく見ておけ。今からアスカのISの戦闘データ
 収集のための模擬戦闘を行う。
 私とアスカのどちらかが『目に見えるダメージ』を
 受けた時点で終了だ。
 ……では、アスカ。先に行くぞ。
 ISを展開して、すぐに来い」


そう言うと凄まじい加速で、空中に駆け上がっていく千冬姉。
……やっぱり、かっこいい。
俺の、憧れの人だな。
そう思っているのは俺だけではないらしく、他の奴らも
うっとりした眼差しで千冬姉を見ていた。
それを見ていると、やっぱり弟としては誇らしく感じる。
と、それまで呆然としていたシンがため息一つ吐いて、
一歩前に進み出る。


「今模擬戦闘をやるなんてびっくりしたけど。
 ……まあ、いつやっても同じだよな。
 皆、離れててくれ。ちょっと、危ないかも知れないから」


そう言うとシンは首に下がっているネックレスを握り締めて、
スッと目を閉じた。
と、一瞬光が発したかと思うと、シンのその身には、ボロボロの
異形のISが装着されていた。

す、すごい姿だな。
モニター越しにその姿は見ていたけど、すぐ近くで見ると、
その迫力に圧倒される。
その放たれる力強さに、その痛ましさに。

箒も、セシリアも、他の皆も思わず息を飲む。
何かシンの周りだけ空気が歪んでいるような錯覚を受ける。
俺たちは無意識のうちに数歩後ろに後ずさっていた。
シンはそれを確認すると、スラスターを噴かせながら、
ふわりと浮かびあがる。
そして声高に叫んだ。


「シン・アスカ!『ヴェスティージ』、行きます!!」


それと同時にスラスターを全開にして、シンも空中に
飛び出していった。
……あのIS、ヴェスティージっていうのか。
と、空中で急停止したシンは、少しの間千冬姉と何か
話していたようだったが。
次の瞬間には、もう戦闘が始まっていた。
































「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」


はるか上空で、二機のISが激しくブレードを打ち合わせている。
二機が全速力で交差するごとに、刃と刃が打ち合わさる
音が聞こえる。

戦いが始まって、もう二分は経とうとしているか。
その間、二人はずっとああして刃を交えていた。
それも、ただ打ち合わせるだけじゃない。
千冬姉はブレードだけだが、シンはビームライフルも交えて
攻撃をしている。
その射撃は恐ろしいほどの精度で、確実に千冬姉を追い込んでいく。

だけど、千冬姉も凄い。いや、凄すぎる。
それらを確実にかわしながら、一瞬で距離を詰めて接近戦に持ち込む。
シンも即座にそれに対処して、ブレードで迎え撃つ。
そして、二人のISの動き。
これがもう、今の俺には目で追うのもやっとだ。
たぶん実際の戦闘では目で追うこともできないだろう。
それほど、二人の戦いはハイレベルだった。


「す、すげぇな……。千冬姉がすごいのも驚きだけど、
 シンのやつも………。何か、凄すぎてついていけねぇ」

「た、確かに……。あの織斑先生と互角だなんて………。
 シンさん、あの時は本気ではなかったっていうの?」

「……アスカ……」


と、戦闘に動きがあった。
ブレードを打ち合わせ、鍔迫り合っていた二人が飛びのいたと
思うと、シンが左手に呼び出したナイフを勢いよく千冬姉に
投げつけた。
かろうじてそれを弾いた千冬姉だが、さっきまでシンが
いた場所には、もう誰もいない。
下だ。
あのたった一瞬の攻防で、シンは千冬姉の下に潜り込んでいた。
と、シンが一瞬光ったかと思うと、ISには巨大な砲台が
四つも突き出していた。


「千冬姉っ………!」


思わず声を上げてしまう。
四つの砲から吐き出された極太のビームは、一直線に
千冬姉に向かっている。
だが、またしても驚愕してしまう。
何と千冬姉は、そのビームを見ることなく機体を捌き、
その全てをかわしてしまった。
な、何だ今の動き………。
い、いくらなんでもめちゃくちゃだ。

だけどシンも負けてない。
すぐさま砲を『収納』して、またブレードで襲い掛かる。
千冬姉も負けじとブレードで応戦。
凄まじい応酬だった。

と、ほんの一瞬の隙をついて千冬姉がシンの懐に飛び込んだ。
回避する暇なんてない。
千冬姉は目にも止まらない一閃をシンに浴びせようとして、
止まった。
いや、千冬姉が斬撃を止めたんじゃない。
千冬姉の斬撃が、止まったんだ。

シンの右手。
そこには煌く光の膜が広がっていた。
それが千冬姉のブレードを包み込み、止めていた。
完全に勢いを殺し、その一撃を無効化していた。

流石の千冬姉もこれには驚いている。
それを見逃さず、シンは千冬姉のブレードを掴み、
千冬姉ごとISのパワーに任せて放り投げる。
そして間髪入れずにまたナイフを呼び出し、投げつける。
千冬姉は即座に体勢を立て直してナイフを迎撃しようとする。
と、千冬姉に届く直前、そのナイフが突如爆発を起こす。
シンがそのナイフをビームで破壊したのだ。
その爆風のせいで一瞬シンを見失う千冬姉。
と、シンはブレードを構えて、千冬姉に突撃していた。

やばい、千冬姉!!
そう思うが、千冬姉の姿を見た途端、俺は一切の焦り等を忘れていた。
千冬姉の構え。
それは間違いなく俺の見慣れた、千冬姉の居合いの構え。
襲い掛かる敵を待ち構えて、一閃。
あらゆる敵を、文字通り「断つ」。
まさに必殺の一撃だった。

千冬姉の一閃と、シンのブレードの無造作な斬撃が、一瞬だけ
交差する。
勝負は一瞬。
だけど、それで勝負は決した。
シンのブレードは半ばから断ち切られ、その切っ先がアリーナの
地面にグサリと突き刺さる。

と、千冬姉とシンが動きを止める。
二言三言言葉を交わしたと思ったら、凄まじい加速で急降下してきた。
そして、完全停止。
小さく息を吐いた千冬姉とシンが、こっちを振り向く。
俺たちは二人に駆け寄った。
俺はもちろん、シンには悪いが、千冬姉に賞賛を送りたかった。
やっぱり俺の姉だ。
やっぱり、すごいや。


「おつかれ、千冬姉!凄かったよ!シンも凄かったけどさ。
 結局この勝負は………」

「ああ、この勝負は………」


汗を拭いながらシンが呟いたのを、千冬姉が引き継いだ。
でも、その言葉は、驚きの一言だった。


「引き分けだ」

「え?引き分けって……………」


と、どこからともなくピシピシという何かがひび割れていく
音が聞こえてくる。
それが千冬姉の持っているブレードがら聞こえてくることに
遅れて気付く。
そして俺を含む皆が千冬姉のブレードを注視したとたん、
それは粉々に砕け散った。


「なっ!?まさか、あの時の………!?」

「ああ、あの最後の一撃のときに、私のブレードも砕かれて
 いたのだ。……全く、凄まじいものだな」


ち、千冬姉の一閃が、砕かれた……!?
信じられない気持ちでいっぱいだったが、目の前でブレードは
砕け散ったのだから、認めざる終えない。
まさか、千冬姉が引き分けだなんて………。
シンのやつ、どれだけ凄いんだよ……。
と、シンが息を整えながら、千冬姉に声をかける。


「いえ、織斑先生も、本当に凄まじかったですよ。
 まさかブレードだけで、あそこまでやれるなんて。
 信じられないくらいの強さです。
 何かフリーダムと戦ってるような錯覚さえ受けましたよ」


そう言って、千冬姉を手放しに賞賛するシン。
そう言ってもらえると、弟として鼻が高い。
自然と頬が緩むのを感じる。
でも、賞賛された千冬姉は何故か厳しい目つきをしていて、
シンを見つめている。
な、何だ?
千冬姉、何であんな目でシンを見つめてるんだ?
シンも、おおいに慌てている。
「な、何で?俺は今、何も失言なんて……」と小さくボソボソと
呟いているくらいだ。


「アスカ。お前は今、『フリーダムと戦っているような錯覚さえ受けた』
 と、そう言ったな?……フリーダムとは、何だ?
 お前の言葉を聞く限り、誰か人間か、あるいはそれに相当する
 敵について語っているように感じたのだが」


……フリーダム?自由?
確かに今、シンはそう言ったよな。
でも、何で千冬姉は、そんなことに食いつくんだ?
他の皆も、千冬姉の態度の急変に、おろおろするばかり。
でもシンだけは、千冬姉の言葉に、硬直している。
その顔には大きく、「しまった」と書かれているようだった。
そして、ほんの少しだけ視線を彷徨わせた後、まっすぐ
千冬姉を見つめた。


「……別に、何でもないですよ。…ゲームですよ、ゲーム!
 前にやったゲームに『フリーダム』っていう敵がいて、
 凄く強い死の天使なんですよ!その圧倒的な強さを
 思い出して、口に出しちゃっただけで………」


……嘘が下手だな、シンのやつ。
流石にバレバレだぞ。
周りの皆も、微妙な目つきでシンを見ている。
だけど、何でシンのやつ、あんなに必死なんだ?
そんなに隠しておきたい秘密なのか?
千冬姉はそれをじっと見つめていて、少しだけ目を細める。
そして、嘆息。


「……まあ、今はそういうことにしておく。
 言いたくなければ、それでいい。
 だが……あんまり抱え込むなよ。少し、見てられんぞ。最近のお前」


そう静かに言った千冬姉。
……抱え込む?俺は全然気付かなかったけど、
シンのやつ、何か悩みでもあるのか?
そう思って、シンの顔を見る。
そして、俺を含む全ての皆が、シンのその表情に目を奪われていた。

千冬姉からそう指摘されたシンは、その笑い顔を苦しそうに
歪め、泣き笑いのような表情をしていた。
いや、何故か、半分泣いてるような感覚さえ受ける。
その表情のまま固まるシンを見て、千冬姉は少しだけ、
哀れむように、悲しそうに目を細めたのだった。



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