これは、私の心の闇。
私が原因で、私が元凶で、私が招いてしまった、私の自業自得から生まれた、すれ違い。

中学2年生の春だった。
お母さんから何気なしに勧められて受けたIS簡易適性試験。
その結果がA判定だったことがそもそもの始まりだった。

夜の10時過ぎ、その日の営業が終わってお父さんとお母さんは、
私がいるにも関わらず餃子をアテに晩酌していた。
そこで私のA判定のことが話題に上がって、お母さんが冗談交じりに言った。


『ISの適正でAが出るなんて凄いことらしいわよ。
 ねぇアンタ。鈴も来年受験なわけだし、今から本格的にISの勉強をさせても
 いいんじゃないかしら』


冗談交じりだった、その当時はそう思っていた。
でも今でこそその言葉には言い表せない情念のようなものがあったように感じる。

お父さんとの結婚は二度目、再婚だった。
お母さんは中国の貧乏な家の生まれで、母親を早くに亡くして、子供時代はとても苦労したそう。
出稼ぎの父親について日本で生活するようになってもそれは変わらなくて、
中学生の頃からアルバイトを始めて…まるで一夏みたいね。
高校を卒業してすぐ父親まで亡くなって。
中国に戻ってもまた貧乏な生活だろうし、飛行機代だって馬鹿にならないしで日本に残ったらしい。
大学に行くお金もないから、地元のお弁当屋さんに就職したんだって。
そこの店長さんに見初められて半年も経たずに結婚したんだけど……。
一回り以上歳が離れた旦那さん。既に価値観から生活スタイルまで自分流に
固まってしまった人相手に、いくらお母さんが合わせようとしても上手くいかなくて。
辛く当たられることも増えて、喧嘩も増えて。
一年も待たずに離婚することになってしまった。

お互いの性格の不一致、価値観の違い。
慰謝料を請求することもできず、元旦那さんからの僅かな解決金を手にぼろアパートに移り住んだお母さん。
この話をしてくれた時、この頃が人生で一番辛い時期だったって漏らしてた。
その後再就職した中華料理屋で見習いとして働いていたのが、当時二十歳のお父さんだった。

一目見た時からビビッとくるものがあったらしい。
仕事柄ずっと同じ職場で顔を突き合わせることになるから自然と意気投合して、
気が付いたら交際が始まってたって。
でも結婚にはなかなか踏み切れなかったみたい。
お母さんは一回目の結婚で散々痛い目を見たから慎重に臆病になってたし、
お父さんはまだ見習いでお母さんを養える収入も貯えもないからって。
でもそれから十年、二人で貯めたお金にお父さんのたった一人の家族だった母親が
亡くなって、その遺産を合わせて生活に余裕が出てきた。
それと同時にお父さんが結婚指輪を手渡して、やっとゴールイン。
それからすぐにお母さんの妊娠が発覚して、十か月くらいで私が生まれた。
それを機にお父さんは独立して、安いテナントを借りて中華料理店を開いたの。

中華料理屋を始めた当初はお客さん入らなくてメニューを試行錯誤したりして
苦労したみたいだけど、お母さんに背負われて私も店に出るようになったら
急にお客さんが入るようになったって。
お父さんは「お前は家の座敷童だ」ってよく言ってた。
それに対してお母さんが「座敷童は岩手出身でしょ?」って言って、
「バッカ今日びトイレにだって座敷童はいるんだ。全国共通だろ」って返して、
「それはトイレの花子さんでしょ? アンタは本当に馬鹿ねぇ」なんてやり取りも何回聞いただろう。

私が五歳になった時、箒のお姉さんの篠ノ之束がISを発表して、その一ヶ月後に白騎士事件が起こった。
当時のニュースでは連日その特集ばかりやってたんだって。
お母さんがISに並々ならない想いを抱くようになったのも、ちょうどその頃。
ISの出現によって世界が加速度的に女尊男卑に傾いていく中、きっとその想いはどんどん強くなっていったんだろう。
子どもの頃から貧乏で、満足な生活すら難しくて。
もしその時から世界が女尊男卑であったなら、女の自分はもっと楽に生活できていただろう。
そうであれば一度目の結婚の時、元旦那からあんなに口汚く叱責されることもなく、逆に自分が
相手を糾弾する立場になっていたはずだ。
お母さんが私と二人きりの時、よくこぼしていたドロドロとした感情。
そこから十年、そのドロドロはもう、抑えられる限界を超えていたのかもしれない。

ずっとテナントビルの一階で店を開いてたんだけど、店の売り上げは好調で資金も溜まって、
小学五年生になったその年に念願の一軒屋を購入し、一階部分をお店にした。
私も転校して、丁度その時、一夏に初めて出逢ったんだっけ…。
っていけない、脱線しちゃった。

話を戻そうか。
お酒の席でお母さんの言葉を聞いたお父さんは、それを良しとは言わなかった。
というのもISの勉強にはそれなりのお金がかかるから。
いくら世の中が女尊男卑になったっていっても、試験の勉強にかかるお金まで
国が負担してくれるわけじゃない。
それにその頃、家はかなり火の車だった。
店の向かいに全国展開してる大きなラーメン屋さんができて、そこにお客さんをかなり取られてしまっていた。
何せチェーン展開してるにも関わらずそこらの個人経営のラーメンより豪華で美味しくて、しかも安価だって
いうんでたちまち店は閑古鳥。
売り上げも全盛期の五分の一まで減っていた。

お母さんも店の経営状況のことはよく知っていたから納得する素振りを見せていたけど、
お酒が入っていたからかな? 
少しずつ二人のテンションはヒートアップしていって、気が付いたら二人とも
声を荒げて言い争っていた。


『だから何度も言ってるだろ! そんな金、家のどこにあるっていうんだ! ええっ!?』

『だったらこの店閉めて金を工面すればいいじゃないのさ!
 どのみちこのまま続けたって赤字がふくらむ一方なんだから!
 娘の将来のために決断すべきなんじゃないの!?』

『お前ぇ……本気で言ってんのか!?』

『アンタこそいつまでこの店にしがみついていく気なの!?
 夢なんかじゃ食べていけないし幸せになんかなれっこないのよ!!
 私だってアンタの我が儘にずっと付き合うわけにもいかないし、
 そのつもりだってないのよ!!』


今も鮮明に覚えているその醜い言葉の応酬に、当時の私は体を縮こませて震えていた。
その時のお父さんとお母さんの姿は私の知っている優しいそれじゃなくて、何か
別の生き物のようにも感じられたくらいだ。
そしてお母さんが言い放った最後の一言。


『もうたくさん……! 私は結婚して幸せになりたかった!
 こんな貧乏な生活がしたかったわけじゃない!!苦労したかったわけじゃない!!
 アンタと……アンタと結婚したから……!!
 もっと私や鈴に安定した生活をさせてくれる、養ってくれる人と結婚したかった!!!』


その時のこと、私は一生忘れないだろう。
言い終わって我に返り青ざめるお母さんの顔と、トンカチで頭を殴られたような衝撃に硬直するお父さんの顔。
私はその瞬間、確かに聴いた。何かがひび割れたような、そんな音を。
その日は私が泣き出して、二人とも憑き物が落ちたみたいに言い過ぎたって謝ってた。
でも次の日から、私たち家族は、何かが少しずつズレていった。

お父さんは仕事に対する意欲を徐々に、徐々に失っていった。
お母さんは夜に飲むお酒の量が、徐々に、徐々に増えていった。
そして、喧嘩や言い争いは、目に見えて増えていった。

気が付いたら中学二年生ももう終わり。
私は学校でのお別れ会の後一夏たち親しかった人たちに挨拶を済ませ、
お母さんと共に日本を発った。
故郷である中国へ帰ると言い出した時も、私は何も言わなかった。
私は目を背けていた。見たくもない現実から。
そしてお母さんも私と同じ気持ちなのだと。だから日本に居たくないんだってことも
分かったから、何も言わなかった。
ここには楽しかった頃の記憶が、あまりにも多すぎたから。

中国に戻った私たちは郊外の安いアパートへと引っ越した。
お母さんはアパートから二十分ほど離れた食品加工の工場で働きだした。
女尊男卑の世の中、中国でも女性の求人は沢山あって仕事に困ることはなかった。
それに私たちには十分な貯金もあったから、生活苦に陥ることはなかった。
…財産分与で得た多額のお金に養育費。
お父さんが離婚する際、必死に働いてものにした自分の城を、手放してまで工面したお金。

中国での生活もそう悪いものじゃなくて、言葉はお母さんから教えてもらって、天才肌の私はすぐ覚えたし、
学校でも気の合う友達ができた。
忘れられるんじゃないかと思った。新しい生活を始められるんじゃないかと思った。
でも、やっぱり簡単に振り切れる問題じゃなくて。
夜、お母さんはいつも350mlのビールを3本は空ける。
最後にはぐすぐすむせび泣きながら、テーブルに突っ伏して寝てしまう。
そんなお母さんを布団まで連れていくのは私の仕事。
その度に私の心は罪悪感で締め付けられた。

私のせいなんだ。
あの日、私が考えなしにIS簡易適性試験なんか受けたりしたから。
そのためにお父さんもお母さんも、言わなくてもいい不平不満を吐き出してしまった。
不必要に、亀裂を生じさせてしまった。
私が原因なんだ。誰が何と言おうと、それだけは変えることができない。
許されない、私の罪。

中学三年生になったその日から、私はISについての猛勉強を始めた。
お母さんは初めこそ驚いていたけど、何も言わずに勉強に専念させてくれた。
私の家族はバラバラになっちゃった。お父さんは、もういない。
お父さんの夢だった中華料理屋。私は、それを奪ってしまった。
もうそれは取り返しがつかない。
その夢を奪って得たお金で、私たちは安定した暮らしを送っていける。

過ぎた過去を後悔し続けるなんて、私の性に合わない。というか心が耐えられない。
だから私は、せめてお母さんの夢を叶えるために勉強することにした。
あの日お母さんが願った、私の幸せ。
ISの勉強をして偉くなってほしい。将来お金や立場で苦労してほしくない。
それを叶える、それが私の贖罪だった。
だってそうでもしなければ、何のために私の家族が崩壊したか、分からないじゃない。

部活も友達付き合いもそっちのけで、勉強した。
寝ても覚めてもISのことしか考えなかった。
中華料理屋をたたんで、そのお金で私にISの勉強をさせる、それが今になって現実になった。
それでも私は勉強し続けた。歯を食いしばりながら、寝る間も惜しんで勉強した。

その甲斐あってか中国軍が募集したISの代表候補性選抜試験に見事合格して
私は中国代表候補性の地位を獲得した。
そのことを通知された夜、お母さんにそのことを報告した。
お母さんは初めてお酒を飲む手を止め、私の手を握って泣いた。
いつものむせび泣きとは違う、声を詰まらせながら涙を流す。
その涙が嬉しさから流れたのか、それとも別の理由なのかは分からない。
でもお母さんのその涙につられて、私も声を上げて泣いた。

これが、私が代表候補生に至った経緯。
信念なんて大層なものはない、きっと私は言い訳が欲しかったんだ。
あまりにも大きな、かけがえのないものを壊してしまった。
そのことに実は意味があったんだって。
だから後悔することないんだぞって。
無理やりにでも自分を納得させて、認めたくない現実から、逃げたんだ。

ずっと心が重かった。
たった二人だけの家に少しずつ笑顔が戻っても、心からしこりが消えることはなかった。
代表候補生になって慌ただしい日々が一段落した頃、私はお母さんに内緒で
お父さんの行方を探し始める。
でも離婚してからのお父さんの足取りはてんで掴めなかった。
しょうがないとは思う。だってお父さんは離婚後に引っ越した小さなアパートを既に
出ていて、管理人さんもお隣さんも転居先は聞いていなかった。
料理屋を開いていた頃はどんなに強面のお客さんとでもすぐに打ち解けて馬鹿笑いしてた
お父さんが、近所の誰とも接することなく暮らしてたなんて最初は信じられなかった。

やっぱり中国にいる限り、お父さんの消息は掴めない。
本当は今さらお父さんの行方を追っても意味がないって分かってる。
分かってても、自分の身の周りが充足していくにつれて、気持ちを抑えられなくなっていた。
お父さんにもう一度会いたい。
会って、話がしたい。面と向かって謝りたい。
家族に戻れなくてもいい。せめて、もう一度だけ……。

渡りに船だと思った。
軍部が日本のIS学園へ入学してくれないかと打診してきた。
中国代表候補生の実力を世に知らしめる広告塔として、そしてISのより実践的なデータ収集の為だとか。
最初は悩んだ末に断ったの。
お父さんのことは私が個人的に探してるだけだし、軍部からは留学という形だから
家族は連れていけないと言われたから。
一夏がISを動かしてIS学園に入学したってニュースを見ても、踏み切れずにいた。
でも一夏のことを知ったお母さんは私にIS学園へ行くよう強く勧めてきた。
曰く、


『あんな良い男これからの人生の中で何人出てくるか分からないわよ!
 アンタは幼馴染っていうアドバンテージがあるんだから絶対留学すべきよ!
 というかアンタ、あの子にベタ惚れだったでしょ?
 私のことは大丈夫だから、アンタはアンタの幸せのために行動しなさい。
 それが私の、母親失格の母親からの心からの願いだから』


お母さんのその力強い後押しに勇気づけられて、私は他の候補生にお鉢が回りそうだった
IS学園入学の話を、無理やり認めさせた。
一夏がいたらきっとすごく怒られたかもしれないけど、私はこのタイミングでのIS学園入学に対して、
何か運命じみたものを感じていた。

それから私はすぐに日本へ経った。
この国には一夏と、海外旅行が大嫌いな堅物のお父さんがいる、はず。
実際一夏にはすぐに逢えた。あんまり男らしくなってたからドキドキも三倍増し。
前途は洋々だと思ったんだけど、依然お父さんの消息は掴めなかった。
流石に中国代表候補生ともあろう者が私立探偵に依頼してお父さんを探してもらうなんてできなかった。
マスコミにでもバレたら大スキャンダルだからね。
だからずっと手をこまねいていた。IS学園にいる間に足取りは掴めないかもって、諦めかけてた。

でも、これも運命だったのかもしれない。そう感じざるをえないほどに。
狂おしいほどに追い求めた後ろ姿が、そこにあった。
よれよれのTシャツ、頭にタオル。清潔ではないけれど、私にはとても懐かしくて。
お父さん……やっと、見つけた。































「お、おい凰………一体どうしたんだよ。
 いきなり立ち上がったら迷惑じゃないかよ……」


シンが服の裾を引っ張りながら小声で窘めてくるが、それも気にならないほど
私の意識は目の前で体を丸め、顔だけを向ける男の人に注がれている。
こんな……こんな所にいたなんて。
IS学園からそう遠くないこの場所で、依然と変わらない姿で料理屋で働いて。
日本に来て、IS学園に入学して中華街には何度も来てたのに。
でも無理ないかも…。いつもだったらこんな入り組んだ道から帰ろうなんて思わないもの。
今日は何気なく足が向いたから…そう思うとラッキーだった。


「ねえ……何か答えてよお父さん。
 私、ずっと言いたいことがあって…ずっと探してて……」

「お、おい大助……。お父さんって…お前娘がいたのかよ。
 何か答えてやれよ。久々に会ったんだろ……?」


大助……お父さんの名前。やっぱり…やっぱりなんだ。
急に現実感が湧いてくる。お父さんが目の前にいると、実感できる。
言いたいことが一杯ありすぎて、何から話せばいいか分からなくて。
とにかくまずはちゃんとお父さんの姿が見たい。
振り返ったままじゃなくて面と向かい合って話がしたい。
そう、思ってたんだけど。


「…………………………」プイッ


そのまま顔を背けて、何事もなかったかのようにチャーシューを切りはじめる。
私も、店主のおじさんも、シンも何かのアクションがあると思ってたから呆けてしまう。


「え……………………」

「おいおい大助、てめぇせっかく娘さんが話しかけてんのに
 無視するのはねぇだろう」

「…………別に。俺には娘なんていませんし。
 その子が勝手に勘違いしてるだけでしょ」


あまりの衝撃に絶句する。頭の中が真っ白になる。
と、横にいたシンが少し慌てた様子で声を上げる。


「大丈夫かよ凰。……なあアンタ、俺は凰とアンタの関係について
 何も知らないけどさ。せめて話くらいは聞いてやってもいいんじゃないか?」

「関係も何も、その子の勘違いだって言ってるでしょう。
 それにさっきからちと大声出しすぎですよ。もう夜なんだから近所迷惑になっちまう。
 おやっさんも、やけに焦げ臭い臭いがするんですがね……」

「へ……うぉあっ!! 餃子焦げちまったよ!」


慌てて作業に戻る店主のおじさんを横目で見ながらお父さんも作業に戻る。
シンが私の背中をポンポンと叩いてくれて、少しずつ落ち着いてくる。
あの人はお父さんだ、それは間違いない。
でも、やっぱり怒っているのだろうか。私を娘だとも認めようとしない。
話を聞くことすら煩わしいということなのだろうか。

しばらくすると注文した料理が完成する。
目の前に置かれた豚骨ラーメンを一口啜ってみる。
懐かしさのあまり涙が出そうになる。
店の名前は違うし店主も違うおじさんだけど、味は私の知っているままのものだった。
間違えるはずがない、やっぱりお父さんだ。お父さんの味だ。


「う、美味っ! ひぃ美味っ! 止まらないっ! 美味っ美味っ!!」


横目で窺うとシンも一心にラーメンを啜り、炒飯と餃子を貪っている。
今日一番の食べっぷり、シンも美味しいと思ってるんだよね。
私は意を決してもう一度呼びかける。


「やっぱりお父さんでしょ!?
 この味、昔と全然変わってない! 忘れるわけないでしょっ!
 ねぇ、何とか言ってよ!」

「飯の最中にごちゃごちゃ言うんじゃねぇ! せっかくの味が分からなくなるだろうがっ!」


一喝され、二の句を継げなくなる。
でもそれでも懐かしさは加速する。お父さんがご飯時によく怒鳴ってた決まり文句だ。
お父さんは変わってない、それを嬉しく思う一方で、何だろう……。
何というか、こうも話を遮られてると、門前払いをされると……。
チラッと横目でシンを窺う。


「おっちゃん! ライスちょうだいライス!」


豚骨ラーメンの汁にライスを入れてラーメン雑炊を頬張っていた。





           ・




           ・




           ・




           ・




           ・





結局シンは焼売と水餃子を追加オーダーし、デザートの杏仁豆腐までも平らげ
私もそれ以上お父さんに追及はせず店を出た。
そんな私に怪訝な表情のシンが聞いてくる。


「……なあ、凰」

「…………何よ?」

「良かったのか?」


簡潔だけど全ての疑問が集約されたその言葉。
それに対しての私の答えはもちろん…。


「いいわけ………ないじゃない」


話を聞いてもらえないのはしょうがない。
恨まれててもしょうがない。
もう娘と思われてなくてもしょうかない。
しょうがない、しょうがない…でも、理屈では分かっていても……。


「……納得できない」


自分勝手なのは分かってる。
お父さんにはもうお父さんの生活があるってことも分かってる。
私の今感じている憤りが道理に適ってないことも理解している。
だからって、だからってこのままのこのこ帰っていいの!?
ずっと探したんだ! ずっと謝りたかったんだ!
ずっと、話し合いたかったんだ! 
今の私はただ流され続けていた私とは違う!
自分の意志で考えて、ようやくたどり着いたんだ! 
できない、このまま何事もなかったかのようにIS学園に帰って
日常に戻るなんて、私にはできない!


「……ねえ、シン。悪いんだけど、アンタ先に帰ってくれる?」

「…俺を一人先に帰らせて、お前はどうするんだ?」

「…今さら隠しても意味ないわね。さっきの店員さん、私のお父さんなの。
 随分探したんだけど、ようやく見つけた。でも、全然取り合ってくれなかった。
 それはしょうがないことなんだけど、私はそこで納得したくないの。
 だから、この店の閉店時間まで近くで張って、勤務終えたところを捕まえる。
 私の立場から考えたらかなりの問題になるかもだけど。
 それ以上に私にとっては『家族』の方が大切な問題だから」


少し離れた所から龍鈴軒を見つめる。
私が話している間、シンは何も言わなかった。


「私は覚悟してるけど、アンタまで怒られる必要はないでしょ?
 だからアンタは……」

「………俺さ、昔から結構怒られるんだよ」


……? いきなり何を言い出すのかしら?
私が首を捻る間も、シンは言葉を止めない。


「お前なら分かるんじゃないかと思うけど俺、昔からかなりやんちゃでさ。
 士官時代もよく教官に噛みついてた。
 正式に配属されてからも度々独断行動することもあってさ。
 一時勾留されたこともあるし、皆の前で上官に殴りつけられてさ。
 取っ組み合いになりかけたところを親友に止められたりしたよ」


どこか遠い目をしながら話すシンを見つめる。
内容に関してはやんちゃなのは分かるし、昔から色々勝手な事してたって
言われても違和感ない。だってシンならやりそうだし。
士官時代とか配属とか上官とか、シンもラウラみたいに軍に所属してたってこと?
でもそれなら何でIS学園がシンのことを調べられないのかな?
軍に所属してたらすぐに調べがつきそうだけど……。
と、シンが私に向き直る。
その真っ直ぐな目に思わず胸が高鳴った。


「でもさ、それで色々問題になったけど、周りから非難もされたけど。
 俺はその時にできる最善の行動を取ったつもりだ。
 その時動かなければ俺は一生後悔していた。
 当然それが全て正しかったわけじゃない。
 事実俺のした事は結果的に悲劇しか生まなかった。
 今だって後悔しっぱなしだ。その罪から逃げるつもりはない。けどさ……」


シンは淡々と言葉を紡ぎ続ける。
でも何でだろう。シンの言葉はやけに私の心に響く。
私の中に、すんなり入ってくる。


「やらなくて後悔するよりは、全力で行動して後悔する方がいいんだよ、きっと。
 俺が今まで出会った人たちは皆そうして、精一杯『今』を生きてた。
 俺にそれを言う資格はないけれど、きっとそうした方がいいんだ。
 そして今回のお前の親父さんのことだって、そうした方が良いと思ってる。
 別に誰かが死ぬわけじゃないんだ、今日を逃したらもう会えないかもしれないなら、
 今日、行動するべきだ。
 それに凰は、うじうじしながら悩むタイプじゃないだろ?」

「…それは、私はそうだけど。
 だけど、怖くないわけじゃないのよ。
 もし行動して最悪の結果になったら……」

「だから、俺も一緒に残ってやる」


ハッとシンに振り向く。
さっきまでドキドキするくらいの真剣な表情を、今は少し生意気そうな
笑みで崩している。
気恥ずかしくなって顔を背けながら、言う。


「ば、馬鹿じゃないの? アンタがいたところでどうにかなる問題じゃないし、
 第一私に付き合って怒られるなんて何の得にも…」

「ここでお前を一人残して帰ったら、俺は後悔する。だから付き合う。
 それに言ったろ? 俺は独断行動で怒られるのには慣れてるんだ。
 …いいから付き合わせてくれよ。友達だろ? 俺たち」


何の気負いもなく、使命感でもなく。
自分がそうしたいから一緒に居させてくれと言ってくれるシン。
申し訳ないと思う気持ち以上に、今はそれがとても頼もしくて、嬉しく思える。
実際お父さんを捕まえたって、まともに話をできるか分からないかったし。
体中から勇気が沸き起こるのを感じる。
その熱に体を震わせながら、右手に握り拳を作って、シンの前に出した。
シンもその意味を理解して、拳を作って出してくる。


「……言っとくけど、後から文句言っても受け付けないからね。
 今日はお父さん捕まえるまで学園に帰らないんだから覚悟しなさいよ」

「望むところ。好きなだけやれよ、俺はそれについて行くだけだ」


カツンと拳を合わせる。
面と向かい合って笑顔のまま頷き合った。
……よし。
そうと決まれば、まずするべきことがある。
私は一旦龍鈴軒から離れ、早歩きで歩き出す。シンもそれに続く。


「で、具体的にはどうするんだ?
 店の近くで待つんじゃないのか?」

「例え閉店後に捕まえられても、また知らぬ存ぜぬで逃げられたら
 意味ないでしょ? さっきのお父さんの態度からすると、
 何か言い逃れのできない決定的なものがない限り、はぐらかすのを
 止めないと思うの。そこで……」

「そこで……何だよ?」


振り向きながら顔をニヤッと歪める。
きっと今の私の顔、悪い顔してるんだろうな。


「昔からお父さんって、妙に鋭いところがあってさぁ。
 今日私が来たから何となく警戒してると思うの。
 だから簡単にボロ出しそうにないでしょ?
 狙うとしたらやっぱり、『不意打ち』だけよ」
































「じゃあ、お疲れ様でした。また明日、おやっさん」

「おう、気ぃつけて帰れ。それから…事情は聞かねぇがあんまり溜め込むなよ。
 お前は昔からうじうじ悩むタイプだからな」

「何ですそりゃ……。俺はこの通り明朗快活な男ですよ」

「どの口が言うんだか……じゃあ、またな」


今日のお勤めもこれで終わりだな。
全く……いつもは一日過ぎるのがあんなに短く感じるのに、今日は
体感十倍くらいは長く感じたぜ。
それもこれもあいつの……鈴のせいだ。
あいつの姿を見て、声を聞いて、頭の中はくるくるパーになっちまった。

……おかしいなぁ。
あいつがIS学園に入学してるってテレビの特集で知ってから、偶然でも
会えるかもしれないとこんな所で働いてたが、いざ現実になってみると
あんな事言って邪見にしちまった。

ずっと何言おうとか考えてたんだけどなぁ。
あいつの顔みたら全部吹っ飛んじまった。
ったく、ますますアイツに似てきちまいやがって……。


「泣いちまったかな、鈴のやつ……」


俺に言いたいことがあったって言ってたな。
…ずっと探してたって言ってたな。
今さら合わせる顔なんてねぇのにな。
不甲斐ない父親だ……いや、今さら父親面なんぞできやしねぇ。
それほど酷いことを、俺とアイツは鈴にしちまった。
ずっと後悔している、それはアイツもそうだろう。
おやっさんは俺にうじうじ悩むタイプだと言ったが、それは
アイツにこそ言える言葉だ。
それを分かってやれなかった俺は、夫としても、父親としても失格だ。

そんな俺を探していたと鈴は言った。
俺を見つめる顔、泣きそうになってやがった。
そんな鈴に対して、俺は…………。


「……つくづく最低な父親だぜ俺は。
 娘に対してあんな物言いしかできねぇとはな…」


……そういや鈴と一緒に居たガキは誰だったんだ?
ゆうに五人前は平らげてておやっさんも腰が引けてやがったな。
それに鈴のやつ、あのガキとやけに親しそうだったな。
…俺にイラついたり嫉妬する資格なんぞねぇのは分かってる。
……だがなぁ……。


「あのボサボサ頭のガキ…、俺の娘に……鈴に変な事してやがったら
 ぶっ殺してやる」 ボソッ


流石にもう夜十時を回っている。
意識的に声を潜めないと、今のセリフは雄叫びになってしまう。
鈴にも言ったがご近所に迷惑をかけちゃあ駄目だ。
人として守るべき最低限のマナーだ。
さてと、今日は余った食材で作った炒飯と野菜炒めを土産に持たしてもらったから
こいつを夕食にするか。
さっさと喰わないと悪くなるからな。
そう思いながら細い路地を歩き出した、その時だった。


「悪いけどこのまま帰らせるわけにはいかないわよ!!」

「…なっ…!!??」


草陰から飛び出してきた影は俺に指を突き付けながら高々と叫んだ。
バッカお前、ご近所迷惑になるって何度も……。
…いや、現実逃避はやめねぇと。鈴の奴、こんな時間に何でここに……。
嫌な予感はしてたけど、まさか張ってるとは思わなかった。
そんなに俺と話したいのか……?


「……お前ぇはさっきのお客さんじゃねぇか。
 こんな時間に何やってんだ。年頃の娘がこんな時間まで 
 うろついてるもんじゃないぜ」


…まただ。内心俺を待ってたことに感動してるのに、口から出るのはこんな
捻くれた台詞だけだ。
だから嫌になる、自分のことが。


「そんな御託はどうでもいいのよ。
 それより、他に言うことはないの? 『お父さん』?」

「…さっきから言ってるだろ。俺はアンタの父親じゃねぇ。
 人違いだと何度言ったら………」

「やっぱり、認めてくれないのね……。
 だったら、無理やりにでも認めさせてやるわ。
 これを聞きなさい!」


そう言うと鈴は変な機械を見せつけてきた。
何だありゃ? そんなもんが何だって………。


『泣いちまったかな、鈴のやつ……』

『……つくづく最低な父親だぜ俺は。
 娘に対してあんな物言いしかできねぇとはな…』

『あのボサボサ頭のガキ…、俺の娘に……鈴に変な事してやがったら
 ぶっ殺してやる』


っ!!!!!!!??????
な、な、な……………………。
何だっこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???
い、今のはさっきの、俺の独り言!?
ってことはあの機械は……!!


「そう、ボイスレコーダー。近くのエディ○ンで一番高いのを
 買ってきたのよ!
 ここは表通りからも逸れてるし、なおかつ人通りのないこの時間!
 こうもクリアに録音できるとは思わなかったわ!!
 さあ、まだ何か言う事はある!? ……お父さん!!」


ぐっぐっ、ぐぅぅぅ………!
まさか、ここまでするとは…我が娘ながら呆れた行動力だ!
どうする、認めるか!?
そりゃそうだよな、あんな自白テープまで取られてるんじゃ今さら
言い逃れする意味などないし、鈴だって俺との話し合いを望んでたんだし……。


「うぅ………ぅおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「なっ!? ……って、ここまで来て逃すわけがないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


お、俺は何してっ!!?
何で俺は娘から逃げてるんだっ!?
気が付いたら走り出してた! だってそうだろう!?
今さらどんなこと話せって言うんだ!?
何言ったって言い訳になるじゃねぇか!これ以上鈴に親の情けない姿見せるのか!?
それだけは、それだけは絶対!!


「ぐっ!! はぁはぁはっ……!! 四十過ぎてなんでそんなに足早いのよ!!
 いい加減止まりなさいよお父さんっ!!!」

「駆け足だけは誰にも、負けなかっただろうがぁ!!
 お前こそいい加減諦めろよ『お客様ぁ』!!!」

「っ!!! い、いい加減にしろバカ親父ぃ!!!
 いつまで実の娘のことを認めないつもりよぉ!!!」

「ば、バカ親父ぃ!!? さっきまで『お父さん』って健気に呼んでたくせにっ…!!
 そっちこそいつまでも駄目な父親のことなんか追い回してんじゃねぇバカ娘がぁ!!」

「なんですってぇぇぇぇぇぇ!!!???」


ぐぉおおおおおおおっ!!!
絶対ぇ……絶対ぇ捕まらねぇぞおおおおおおおお!!!
これはもはや理屈の入り込む余地のない、意地の問題だ!!
バカ親父なんて言われてまで、止まってやんないもんねぇぇぇぇぇ!!!
そらっ、右に曲がって左に曲がると見せかけて直進っ!!
悪いがこの辺の地理に関しちゃ俺の方が一枚上手だったようだな鈴!
このまま撒かせてもら…………。


「悪いけど、アンタの相手は一人じゃないぜ?」


なっ!!!???
突如上空から言葉が降ってきて、目の前に人影が出現する。
こいつは……鈴と一緒にいたガキ!?
どうしてこいつが、こんなタイミング良く俺の前に……ハッ!!
俺は八方を見回す。ここは路地裏だ。
今は直進してきた一本道、周りは住宅を隔てる石壁が続いている。
まさかこのガキ、ここに上って駆け回る俺と鈴を見張ってやがったのか!?
そして逃げてきた俺の進行方向を塞いだ……!


「チームプレーの勝利ね、バカ親父」


っ!!!
鈴……いつの間に後ろに!! 
ヤバい、前門のガキ、後門のバカ娘! 囲まれた! 進退ここに極まれり!!!


「…何て言うわけねぇだろ!! この程度で浮かれやがってバカ娘ぇ!!!」


俺は右の石壁にジャンプし、足がついたと同時に壁を蹴ってまたジャンプする。
今度は左の壁まで飛んで、さらにタイミングよく蹴って飛ぶ。
その跳躍は凄まじい、ガキの頭をあっという間に飛び越えてしまった。


「なっ……!?」

「残念だったなヒヨっこぉ!! これぞ秘技、八艘飛び………」

「悪いけどそれさえもお見通しなのよぉ!!」


ば、馬鹿な!? いつの間に後ろに!?
俺が最初にジャンプした瞬間に駆け出してたってのか!? くそぉ!!
着地すると同時に背中にタックルされた。
勢い余って倒れるが運が悪い、道から外れたその藪は緩やかだが斜面になっていた。


「凰っ!!!」

「鈴っ!! ……うぉぉぉぉぉぉ!!!」


俺は鈴の頭と体をしっかり抱きしめながら斜面を転がり続ける。
体中が痛いが鈴を抱きしめる手の力は決して弱まることはなかった。
と、斜面が終わり、俺たちの体が宙に投げ出される。
ぐっ……ここは公園か……。そりゃあんな上から転げ落ちたら
最後はこうなるよな……。
だがよ、鈴。お前ぇだけは傷一つつけさせねぇ。
親が子を守るのは……当然だからな。
襲いくるだろう衝撃に備えて体を丸めるが………あれ?
いつまで経っても衝撃が来ない? それに何だ、この浮遊感は……。
疑問符を浮かべながらゆっくり目を開けると……。


「ったく、心配させないでよ。バ……お父さん。
 でも、守ってくれて、有難う」


さっきまでの服はどこかに消え、紫っぽいというか赤っぽいISに乗り、
服装も露出の高いピチピチのスーツに早着替えした鈴の姿がそこにあった。
俺は鈴の腕に抱えられる形になっていた。
ああ…そういや中国の代表候補生、だったっけな。
これがお前ぇのISなのか、鈴。


「お、おう……お前ぇも怪我なくて、何よりだ……」

「ちゃんと、話、聞いてくれるよね? お父さん…」

「へっ……ここまで来たら聞かないわけにはいかねぇだろ?
 だがよぉ鈴。一つだけ条件がある」

「条件? …何よ?」


これだけは、何が何でも飲んでもらわなくちゃな。


「服を着替えろ」


そのボディコンみたいな布は露出が過ぎる。
変な男が寄ってきたらどうするんだ、ったく……。



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