番外編その1『アンタと俺の幸せ家族計画』


ある日の昼下がり。
空気は乾いて、爽やかな秋日和。
窓から吹き込んでくる少し肌寒い風を少し火照った肌で感じながら、
俺は校舎の端の端。今は物置と化しているはずの一室に辿り着く。
そこはIS学園らしからぬ埃で少し汚れていて、どことなく薄暗い感じもする。
…俺はそういったものは信じないが、いかにも何か出そうな感じだ。
場違いにも程があるが。

おかしいな、確かIS学園にはその道三十年の凄腕の清掃さんが何人も常駐していた
はずなんだけど、ここだけ時代に取り残されたというか、忘れ去られたというか……。
しかし、とにかく俺はここに用があったんだ。
ポッケの中から一枚の紙切れを取り出し、もう一度その文面を確認する。


― シン・アスカさんへ。
  私はずっと、貴方のことを見ていました。
  今日は、とっても大事なお話があって、これをしたためました。
  お昼休みになったら、第三校舎の端の部屋、『開かずの部屋』へ来て下さい。
  物置になっている部屋ですけど、そこなら誰にも見られることはありません。
  私、いつまでも待ってますから。貴方のT.Sより ―


俺の手がプルプルと震える。
顔には妙な汗がビッシリと張り付き、ゴクリと生唾を飲み込む。
こ、これって……言うまでもなく、ラブレター、だよな……?
今朝俺の机の中にこれが入っていた時は思わず叫びだしそうになるほど驚いた。
俺を心配した篠ノ之やシャルに隠し通すのに苦労したぜ。
俺の自意識過剰とかじゃ、ないよな……?
す、すげぇ、アスランがそれを貰ってるのは見たことあるけど、まさか俺が
それを貰える日がやってくるとは…。
生まれてこのかた十六年。
一回も女の子から告白されたことが無かった俺が、まさか別の地でこんな…!

もちろん俺にはルナがいたけれど……。
…ルナとはそんな甘い雰囲気でそんな関係になったわけじゃなかった。
あの時の俺たちは色々な事がありすぎて、傷つきすぎていて。
ただ傷の舐め合い、という感じで互いを求め合った。
俺はルナの事が気になっていったけど、ルナの方はどうだったか分からない。
…もちろん、そんな事思うのはルナに失礼だとは思うけど。

とにかく、貰ってしまったからにはそれに答えないといけない。
俺はアスランのような優柔不断じゃないんだ。
アスランはそれを貰ってオタオタと自問自答を繰り返した挙句、数日後に
断りを入れて相手を泣かせていたが、俺は違う。
俺は女の子とそんな関係になる資格なんかとうに失っているし、女の子と付き合う
つもりはさらさらない。
俺の遺伝子なんか、次の世代に残すことはないんだ…って、話が飛びすぎか。
相手の子には悪いけど、余計なしこりを残す前にすっぱりと断ってしまおうじゃないか。

そう息巻いて扉の前に立つ。
でも文面にはここって『開かずの部屋』って呼ばれてるんだよな?
俺はそんな話聞いたことなかったけど、もしそうならここはずっと閉鎖されている
ってことで………って、開いた!?
物凄く簡単に開いた!他の部屋と変わらずにバシュッて音がして開いたぞ!?
何だか肩透かしを食らった感じがするが、気を取り直して中に入る。

…中は真っ暗だ。どこかにスイッチは……。
でも、おかしい。ここは『開かずの部屋』、しかも物置になっているはずなのに、
全く埃っぽくない。
それどころか他の部屋よりも空気が澄み渡っている。
何だかゴウンゴウンと変な音もするし……。
俺の第六感が警鐘を鳴らしている。
このきな臭い感じ…。腹の底からこみ上げてくるこの感じは……!
すぐに回れ右して部屋を出ようとするけど……。


「……っ!?かっ……な、何で……!?からだ、が………」


ど、どういうことだ……!?
体が痺れて、動かな…………………。
訳も分からず手も足も爪の先までが痺れて動かなくなり、俺はドサリと
床に身を投げ出した。
何だ、これは………!?やはり嫌な予感の通り、罠か!?
痺れた頭で必死に考えるが、この状況には全く場違いの明るい間延びした声が降ってきて。
俺は何とか目だけをそちらに向ける。
そこにいたのは、いつか見た機械仕掛けのウサギ耳。


「やぁやぁあっくん。久しぶり〜!
 ちょっと見ない間に随分痩せこけちゃったみたいだけど、
 男前は変わらないねぇ、感服っ!
 あ、ちなみに私も以前と変わらず眉目秀麗だけど、今はこんなカッコで
 失礼するよ〜」


そこには絵本から抜け出てきたような服装のガスマスクをつけた女性が立っていた。
声はコフォーコフォーとくぐもっていて聞き取りづらいけど、聞いたことがある声だ。
何よりそのあまりにぶっ飛んだナリと爆乳。
見間違うはずもなかった。


「篠、ノ之……束!!アンタ、何故ここに……!!それに、この痺れ!
 何を、しやがった………!?」

「いやいや、いくら調子が悪いからって、あっくんが素直に私の言うことを
 聞いてくれるとは思えなかったので、ちょっと空調に細工を。
 だ〜いじょうぶっ!一時間もあれば痺れはとれるし、命に別状もないから!」


それでかっ!それでアンタはご大層なガスマスクをつけてるのか!
くそっ、油断した!ISでの危険にばかり慣れて、実地のそれが鈍るなんで、ザマァない!
しかし、何で彼女がこんな事を……!?
というか、何で彼女がここにいる!?ここには俺にラブレターをくれた女の子が
待っているはずなのに………………………………。


「………………おい」

「何かな、あっくん?この私に質問かなぁ?
 前にも言ったけど、質問は一回につき一つまでしか…」

「アンタ、もしかしてもないんだが…。俺の机にラブレターとか、入れてないよな?
 そうでなかったら、ここに女の子が………」

「あっはっは!何だそんなこと。もちろん私が入れたに決まってるじゃないか。
 私が都合よくこんな部屋にいるとでも思ったのかい?
 あっくんをこの部屋におびき寄せるための一芝居だよ。
 どうだった、私がしたためた恋文は?
 大変だったんだよ?生まれてから恋文なんて書いたことなかったから。
 研究や開発の方がウン万倍楽だったね。
 でも信じてくれたのなら、やっぱり私はあらゆる分野において天才だと
 証明されたわけだねぇ。流石私っ!やったね私っ!」


う………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!
やはり……やはりかっ!!
やはりアンタの仕組んだ事だったのかぁ!!!
この、この……ふざけるなっ!!
男の純情を……何だと……!!


「あ、あらら……物凄い形相。そんなに怒っちゃった?
 それはごめんねぇ、謝るよ。
 でも、怒るのは後にしてくれるかな。
 今日はあっくんのためにわざわざお膳立てをしたんだから」


彼女がそう言うと同時、部屋の電気がつけられる。
眩いばかりの光に目を細めるが、徐々に慣れていくと部屋の真ん中に
奇妙な装置があることに気付く。
…何だ?中央の台にはまるで電気椅子を彷彿とさせる厳かなそれが。
その真上には頭にかぶせるメットのようなものが宙吊りになっていて、それに
無数のコードが連結されている。
そして目の前には一台の大型モニター。
まるで数十年前にタイムスリップしてしまったかのような装置が俺の前に
鎮座していた。
ガスマスクの彼女はそれを満足げに見ながら、鼻息を一つ。


「ふっふっふ〜。これがあっくんのために開発した束ちゃんお手製のマシン!
 その名も『幸せ妄想マシン・ヌプッと君一号』なのだ!」

「…………ネーミングセンスが分からねぇ。
 それに名前からその性能を予測できねぇ。
 一体それが、何で俺のためになるんだ?」


至極当然のことを聞いたつもりだったのだが、何故か篠ノ之束は俺をニヤニヤと
いやらしく見つめている……気がする。
何だ、妙に気味が悪いんだが……。
彼女はコホンとこもった咳払いをすると、改めて俺に向き直り、ベラベラと喋りだす。


「要はこのマシンはだね。装着した人間に幸せな夢を見せる機械なのさ。
 まず対象となる人間を中央の台に座らせて、そのヘルメットを被せる。
 そしてそっちにある機械に座った人間とは異性の人間のデータを入力する。
 すると装着者は強制的に夢の中。
 そしてその者が見る夢は、なんと!!なんと!!!
 その異性とのラブラブな結婚生活なのさヒャフゥーーーーーー!!!
 
「ぶっ!!!!!なん……そんな馬鹿なことが……!
 つかアンタISの開発者だろ!?何でそんなもん造れるんだよ!!」

「私はIS開発の天才じゃないからさ、ワトソン君。
 いわば私は全ての創造の母!万物の創製の天才なのさ!
 なのでこんなマシンも作れる。何の問題も違和感もなし。OK?」


全然説明になってねぇよ!!
つか、何だそれは!何でそんな装置が俺のためになるんだよ!?
俺はそんな夢は見たくない!!
そんな甘い夢は俺には必要ないものだし、過ぎたものなんだ!!
このロリ巨乳は、そこんとこ分かってるのかよ!
分かってないからこんな馬鹿げた装置を開発したんだろうけど!!


「うーん、あっくんはイマイチこの装置の有難味が分かってないようだねぇ。
 毎晩毎晩地獄のような悪夢を見続けているらしいあっくん。
 日を追うごとにやせ細っていく君に一服の清涼剤を上げようとしてるんだよ。
 ここらで息を抜いてあげないと、君本当に死んじゃうからね。
 それは私としても困るんだよ。…本当に困るんだよ」


一瞬彼女の声が曇ったように感じたが、多分ガスマスクのせいだろう。
というか、さっきから換気が全開になってるんだから、そろそろそれをはずせよ。
なんて軽口を言う暇もなく、俺は瞬く間に椅子に座らされ、ヘルメットを
被せられる。
心の準備をする間もなく、喚き散らす暇もなかった。


「やめろーーーーーーーーーーー!!」

「ここまできたらもう覚悟決めちゃいなよあっくん。
 君も見たいだろう?自身が子の親になった姿を。
 隣に愛する女性を配して、ゆっくりと時間を過ごす姿を。
 戦いから離れて、愛するものたちと過ごす姿を」

「そんな資格は俺にはない!例え夢の中でもだ!
 というか当人が嫌がってるんだ!いい加減にしろーーー!!」

「もういいよ、聞き飽きた。
 まずは、そうだね。我が愛すべき妹。箒ちゃんから始めるね。
 いっくよぉ〜!」

「し、篠ノ之だと!?余計駄目だ!!
 篠ノ之とそんな……うわぁぁぁ………………」


言い返す暇もなく、頭に電流が走ったかと思うと、俺の意識は瞬く間に闇の中に
消えていった。
そして俺は、甘美なめくるめく世界へと、身を投じる。













〜 結婚生活、篠ノ之箒の場合 〜




ふと、目が覚める。どうやら少し寝てしまっていたらしい。
まず瞼を開けると目の前には松の木や庭石が見栄えよく配された日本庭園が。
それを一望できる縁側で春の陽気に包まれながら、ついウトウトとしてしまっていたらしい。
身につけた和服が少し乱れてしまっているな。
その長い袖で目をこすりながら、ふと気付く。
頭に感じる柔らかな感触。
分かる、俺は今膝枕をされている。何度も体験しているからな。
…結婚してからは、特に。
俺は少し体勢を変えて上を仰ぐ。
そこには柔らかく微笑んだ愛する妻の顔があった。


「……目が覚めたか、あなた。
 随分気持ち良さそうに眠っていたな。
 無理もない、こんな気持ちの良い日差しだものな」

「いや…こんなに心地良く眠れていたのは、お前が膝枕してくれてたからだよ、箒」

「うっ……馬鹿……。またそんな台詞を…。
 結婚してからもう二年も経つのに、相変わらずだな、あなたは」


そっぽを向いて恥ずかしがる彼女に、思わず笑みがこぼれる。
俺は彼女のそういう素直じゃないところが堪らなく好きだ。
実は心の中では跳ね上がるほど喜んでいることも分かっている。
IS学園にいたころは全く分からなかったけどな。
でも戦いから離れてもう数年、俺がこんな穏やかな時を過ごすことができるなんて
思ってもみなかった。
それができたのは、目の前にいる彼女のお蔭。
彼女が俺を支えてくれたお蔭で、俺は今ここにいることができる。
と、奥の部屋から何やら泣き声が聞こえてくる。
アイツめ、またおっぱいか?


「ああ、(あらた)が泣き始めてしまった。
 あなた、少しはずすぞ。すぐ戻ってくるから…」


慌ててパタパタと小走りしていくその姿、やはり良いな。
どんどん愛おしさが溢れてくる。
数分後あれだけけたたましかった泣き声が止み、箒が息をつきながら戻ってくる。
俺は傍に座った彼女の肩を抱いて、顔を寄せる。
彼女はそれだけでうっとりとした表情になり、俺に擦り寄ってくる。

…学生時代に最も俺を支えてくれた女性。
いつからだろう、それが恋愛感情に発展していったのは。
俺が告白した時、彼女は泣きながらそれをOKしてくれた。
そしてそれからも、彼女は俺を支え続けてくれている。

今では俺も一児の父。
現在は私立高校で体育教師をしながら、篠ノ之の実家の剣道道場の師範代も務めている。
目の回る忙しさの中でも、何とかやっていけてるのは、彼女のお蔭。
剣道の師範代を俺に譲り、ずっと家で俺の帰りを待ってくれている彼女のお蔭。
そしてこのたまの休日、俺は彼女のことを欲して止まない。
それは俺の醜い独占欲であり、征服欲。
俺を支えてくれている彼女を、さらに俺色に染め上げたいという、醜い欲求。
そしてそれを、彼女は望んでくれている。
こんな嬉しいことはなかった。


「おかえり。新は眠ったみたいだな」

「ああ、少しお腹が減ってしまったらしいな。一杯吸ってお腹も膨れたようだし、
 もうしばらくは起きないだろう………あっ!?」

「それは重畳だな。…俺もお前の姿を見ていたらその気になっちまった…。
 なあ、箒。そろそろ二人目、欲しくないか?」

「なっ、そんないきなり……。少しは雰囲気を考えて……あうっ!?
 くっ、いけずだな、あなたは…。分かってるくせに、そんな言い方ばかり……。
 私だってそれは、あなたとの子なら、何人だって………。
 い、言わせないでくれ、恥ずかしい………」

「箒………箒ぃ!!」

「あぁぁ……あなた……シン、シン…………!
 私をもっと、あなたで満たしてくれ……。
 私をもっと、あなたのものに、あなたの色に、染め上げて……。
 シン………シン……………!」





「ぎゃああああああああああああ!!!!!?????」







〜結婚生活、篠ノ之箒、終了 〜









「うはっ!!??」


一気に目が醒める。
まるで何時間も息を止めていたかのように苦しい。
ぜいぜいと息を整えるが……未だ俺の脳は混乱の極致にいた。
い、今のが俺と篠ノ之の新婚生活!?
リアリティがありすぎて区別がつかなかったぞ…!?
ていうか!!


「こんなの俺のキャラじゃねぇ!!そして篠ノ之もこんなキャラじゃない!!
 何だ最後のあれは!?俺はあんな盛った猿じゃないぞ!?
 変なモノローグまでつけやがって、どういう了見だよ!!??」

「いやぁ、このマシンにはあっくんの基本的な性格を入力してあるから、
 決して的外れなシミュレーションじゃないはずだよ。
 箒ちゃんの態度だってあれは普通だし。てか私はあっくんについても普通に納得したし」

「そんな馬鹿なことがあるかよ!?
 俺は篠ノ之をそんな目で見たことは―――――」

「でも私が思うにあっくんって一度タガが外れて好きな女の子ができたら
 その娘が身も心も屈服するまで徹底的にヤルと思うんだよね〜。
 それこそ相手が泣き叫ぼうが容赦なく犯し続けて、完全に堕ちるまで
 ヤリ続ける、みたいな」


なん、だと…………。
篠ノ之束がそんな下品なことを口走ったことにも驚愕だが、そんなイメージが
あったのか、俺に………?
俺はむしろフェミニストだぞ!?
女性にそんな暴挙を働くはずが………!!


「あ〜ウジウジ悩むのもいいけど、尺もないしさっさと進むよ。
 次は、あんまり興味ないけど、このパツキンのブロンド女で」

「まだやるのか!?尺ってなんだ!?って、次はセシリア!?
 やめろーーーーーーーーーーーーーー!!!」


そう叫ぶと同時にまたしても電流。そして混濁。
俺の意識はまたしても夢の世界へと旅立っていった。





〜結婚生活、セシリア・オルコットの場合 〜




荘厳な木製造りの大扉を開けて、一息つく。
堅苦しいスーツも脱ぎ捨て、息苦しいネクタイもはずして、
柔らかいシルクのレースが掛かった天蓋付きベッドに腰を下ろす。
…ふう、疲れた。
やはり俺にはこんなお堅い貴族連中との会食なんて無理なんじゃないか。
そんなことを思いながら肩を落としていると、扉がゆっくりと開かれ、
一人の女性が入ってきた。
艶かしいピンクのネグリジェを身につけた見目麗しい彼女は、俺の愛する妻だった。


「ああ、セシリア。悪いな、声もかけずに寝室(ここ)に直行しちまって。
 お前は?こんな時間にどこ行ってたんだ?」

「シンクを寝かしつけていたんだすわ。あの子、ちょっと目を離すとすぐに
 私やあなたを恋しがるから」

「まあまだ三歳になったばかりだ。今日だって本当は一緒に寝てやりたいんだがな」

「あなたは本当に優しいですわね……。でも、今日はあの子にも少し我慢してもらいましょう。
 このところあなたはずっと働き詰めで休む暇もありませんでしたし、明日は久しぶりの
 オフなのですから、今日くらいはお一人でゆっくりお休みにならないと…」


そう、セシリアと結婚してオルコット家の当主となった俺は、セシリアが守ってきた
両親の財産やその事業を一手に引き継いだ。
俺に外交や交渉事なんて無理だと思ってたけど、案外どうにかなっていた。
それを俺にさせるだけの力が、愛する妻と子どもにはあった。
…今までなかった、別の意味での『守る』という想い。
それが俺を突き動かす原動力になっていた。


「大丈夫だよ。まあ今日はそれに甘えさせてもらうけどさ。
 …俺今、幸せなんだよ。
 戦う以外でこうやって誰かのために…お前とシンクのために働けてさ。
 昔じゃ考えられなかったことだ。俺にもこんな人間らしい心があったんだなって。
 明日は久しぶりに三人でピクニックにでも出かけようぜ。
 俺もお前の手料理、久しぶりに腹いっぱい喰いたいからさ」

「あなた……ええ、ええ!もちろんですとも!
 学生時代よりもはるかに上達した私の料理、存分に味わっていただきましょう!
 何がよろしいですの!?ご希望のものを作りますけど………きゃっ!?」


息巻いて詰め寄ってくる彼女の手を引いて、俺は彼女をベッドに押し倒す。
最初は目を白黒させていたセシリアも次第に頬を上気させる。
俺も徐々に彼女に顔を近づける。
顔にかかる吐息が俺の理性を崩壊させる。
これも、休日にはもはや日課になってしまったこと。
俺は彼女を求め、彼女もまた、俺を求めてくれる。
いつまで経ってもする時のいじらしさは変わらない。
それもまた、俺にとっては嬉しかった。

…俺、こんな幸せでいいのかな。
でも、俺が望んだ幸せなんだ。堪能したって、罰は当たらない。
俺はこれからも、彼女とシンクと一緒に生きていく。
学生時代からずっと俺を支え続けてくれていた、彼女と共に。
老いて朽ちるまで、永遠に………。


「あ、あなた…。今日はお疲れでしょうに…。また、今度休みがとれたときにでも…ぃん!?」

「そんなの待ってられないよ。明日の飯は何でも良い。お前が作る料理は何でも最高だからな。
 でも俺は指し当たって……セシリア、お前を味わいつくしたい。
 もっと俺の大切なものを増やしたいし…何よりずっと禁欲してきたからな。
 実はもう限界なんだ」

「あ、あの……それは私も嬉しいですが、その…こ、心の準備を……。
 入浴してからもう数時間は経ちますし……おぅ!!?」

「セシリア……俺とするの……嫌いか?」

「う……ウゥゥゥ………。そんなはず、あるはずがないじゃありませんか…。
 私だって、ずっとあなたが忙しくて、寂しかったんですもの……おほぉ!!?」

「セシリア……セシリアっ!!!」

「シン……シン……!私の身体を…どうかドロドロにしてくださいまし……!
 ああ、あなたぁ……あなたぁぁぁ………!」




「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!??????」




〜結婚生活、セシリア・オルコット、終了〜






もはや精神が擦り減りすぎて、息も絶え絶えになっていた。
あ、有り得ない……。
あのセシリアが、俺とそんなことするなんて…。
さらに進化するモノローグにもついていけないし……。
つかまた最後そういう感じになってしまっに……。
俺の人物像が、エラい感じに滅茶苦茶にされているような……。


「あ、終わった?じゃあ次いこっか」

「おイッ!!何で余所見してるんだよ諸悪の根源が!
 しかも滅茶苦茶やる気ないじゃねぇか!!
 俺を無理やり巻き込んでおいて、何だそれは!?」

「だってあまり興味ない奴だったんだもん。
 私興味ない人間のことは本当にどうでもいいから。
 これでも昔よりはかなりマシになったんだけどな〜。
 てことで次いくよ。まあ、尺の関係でこれで最後にするけど。
 他の娘は希望があったらってことで」

「何の話だっ!!?つかまだ、まだやるのか!?
 おい、その画面に表示されてる顔写真、シャルだろ!?
 もういい加減にしてくれよ!俺の中のシャルのイメージを壊さないでくれよ!
 ちょっ、マシンを起動させないでくれよ!
 やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


俺の叫びも空しくまたしてもマシンが起動される。
もう、どうにでもしてくれよ……。
俺の中では諦念が渦巻き、ただ目を閉じて夢の世界に旅立った。




〜結婚生活、シャルル・デュノアの場合〜





季節は春。場所は極東の地、日本。首都東京の郊外にある住宅街。
斜面沿いに建てられた住宅の行き着く先、その一番高いところに建てられた白い壁の一軒屋。
それなりに広い庭、緑の芝生の絨毯で敷き詰められたそこに、一本の大きな木と、
ゴールデンレトリバーのシャルトレーゼの家が。
そしてシャルトレーゼと戯れる俺とシャルの愛の結晶、(まこと)
俺は愛する妻・シャルの肩を抱きながら、その様子を眺めていた。
シャルも俺の手にそっと自分の手を添えて、優しげにそれを見つめている。


「…久しぶりだね、こうやってお日様の光が溢れるここで、家族水入らずで過ごすのって」

「悪いな、俺の仕事が立て込んでて、十分な時間が作れなくてさ。
 でも、ようやっと抱えていたプロジェクトが成功してまとまった休みがとれたんだから、
 久しぶりにたっぷり家族サービスするさ」

「ありがとうね、パパ。でも、パパもゆっくり休んでいいんだよ。
 僕も真も、パパが僕たちのために仕事してるの、分かってるんだから。
 それに課長さんだもんね。最近入った新人が使えないって、文句も言ってたし。
 大変だったんじゃない?」

「いや、そりゃ入った当初こそ使えなかったけど、アイツ飲み込みが早いからさ。
 これから徹底的にしごいて、早く一人前にしてやろうと思ってるんだよ……って、
 今日から都合三日間、仕事の話は一切なしって約束だったよな」


戦いから離れてもう七年になるのか………。
IS学園を卒業した俺は大手商社に入社して、ごく普通のサラリーマンになっている。
シャルもデュノア社社長の娘ではなく、一人の女性として日本に籍を置き、
俺と結婚してからは専業主婦をやっている。
ごくごく普通の一般家庭。
特別裕福ではないが、貧乏ってわけでもない。
俺が夢にまで見た、戦いのない、暖かな世界。
俺はそれを、ようやっと、手に入れた。
…シャルと共に。


(こころ)も一緒に遊べれば良かったのにな。今日は友達の家に
 行ってるんだって?出かける時、凄くはしゃいでたからな」

「うん、小学校に入って、初めてできたお友達に初めてお家に誘われたんだから、
 よほど嬉しかったらしいよ。それにパパとは夜に一杯遊んでもらうって
 張り切ってたし、今日はルンルンで帰ってくるんじゃないかな」

「…そか。だったら嬉しいな。友達ができることは、いいことだからな」


ちなみに俺の子どもは現在二人だ。
真と心。どちらも女の子だ。
真は俺に似たのか金髪の中に黒が混じった髪の毛で、やんちゃな性格だ。
女の子なんだからおしとやかにした方がいいのだろうが、俺は子どものしたいようにさせている。
親が何でもかんでも束縛していいものじゃないし。
心はシャルに似て金髪一色、優しくておとなしい子だ。
目上にもちゃんと挨拶が出来るし……ちょっと社交辞令的な感じだけど。
それに最近自分のことを「僕」と言うようになった。
恐らく母親の影響だろうが、できれば「私」と言ってほしい。束縛はしないけど。
ちなみに真は自分のことを「俺」と呼ぶ。
これもできれば「私」と言ってほしい。束縛はしないけど。

そしてそれから一時間くらい経って、遊びつかれた真は寝てしまって、俺は真を
寝室の布団に寝かせ、静かに扉を閉めた。
リビングではシャルが紅茶を淹れて待っていてくれた。
…とてもフルーティな香りだ。とても落ち着く。


「真、寝た?」

「ああ、ぐっすりだ。ああなったら当分は起きないだろうな」

「ふふっ、パパに似てるからね。寝つきの良さもそっくりだ」


そんな他愛ない話をしながら、静かに時を過ごす。
これが俺の望んだ幸せ。
それを噛み締めながら紅茶を飲んでいると、不意に目頭が熱くなる。
…もちろん俺の目には、未だ涙は戻っていない。
泣くことはできないけれども、やはり心は荒れていた。
もしこれが夢だったら、目が覚めたら、これが全てなかったことになってるんじゃないかって。
と、俺の頭が柔らかい何かに包まれる。
気が付いたら俺の顔はシャルの胸の中にすっぽりと収まっていた。
訳も分からず目だけを向けると、シャルの慈しむ顔が大写しになる。


「パパ……シン。今は真も寝ているし、心もいない。
 君が泣くことができないのはもう知っている。
 けど、それでも僕の傍に居る時は無理しないでいいんだよ…?
 僕は君のことが好きになって、ずっと君を傍で支え続けたかったから、結婚したんだ。
 だから、僕にだけは……全てを晒してくれていいんだよ?
 …傷ついたりする前に、約束。ずっと前に、したんだからさ……」


そう言って頭を撫でてくれるシャルのされるままに、俺は身を預けた。
そうだ、俺はもう一人じゃない。
今までたくさんのものを失ってきたけれど、結局俺はこうして幸せになれた。
俺の傍に愛おしい女性が居てくれて、可愛い子どもにも恵まれて。
…いいよな、この幸福に、一時でも甘えてさ。

……甘いといえば、さっきからシャルの身体から良い匂いがプンプンしてくる。
俺はその体勢のまま、シャルの乳房に吸い付いた。


「きゃうっ!?あ、あぁ……し、シン。確かに僕に甘えていいって言ったけど…きゃっ!?
 あ……こういうことじゃ、なくて………ひぅ!!」

「いいじゃないかよ、ここのところずっと忙しかったし、お前とするのだって楽しみにしてたんだ…。
 問題はいつするかってことだったけど、まさか初日からチャンスがやってくるとは
 思ってなかったよ。…シャルだって随分熱くなってるじゃないか。
 ……カーテンを閉め切れば近所にもばれないよ。ベッドに行かなくてもここでやればいい。
 ……いいよな、シャル………?」

「あ、アアアアァァァァ………。馬鹿……分かってるくせに…。
 そういう意地悪なところは変わってないよね、シンは……おほぉ!?
 あぅ……シン……シン……………!」

「シャル………シャルぅ!!!」

「シン……シン………!今は、今だけは、僕のことだけを考えて……!
 僕を、放さないで………シン………シン…………!」




「だからもぉ止めろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!」





〜結婚生活、シャルル・デュノア、終了〜







その後も凰、ボーデヴィッヒ。果ては織斑先生や山田さん、蘭さん、布仏姉妹との
結婚生活を見せられた俺は、今まで感じたことのない疲労感をこさえながら、
『開かずの部屋』を出た。

恐ろしいことに次の日そこに行ってみると、そこは完全に物置と化していて、
昨日まで設置してあったマシンは跡形もなく消えていた。
…あれは本当に夢だったのか?俺にはもうわからない。

篠ノ之束は俺の心を癒すためだと言っていたが、とんでもない。
むしろ余計な心労が増えてしまっただけだった。
俺が皆とあんなことになるなんて……絶対に有り得ないんだから。
俺は自分の決意したことをひっくり返したりしない。
誰とも付き合ったり結婚したりしないと決めたんだから、俺は。
まあ、俺なんかに相手が出てくるとは思えないけどさ。

俺はこの記憶を、永遠に封印することを誓った。
確かに甘甘な夢だったが、こんな甘美な夢を、俺は見てはいけないのだから。
明日からはまた、あの悪夢に戻るとしよう。
そこが、俺の居場所なのだから。

そういえば、今日は皆の様子がおかしかった。
皆変にモジモジしているし、俺を見ると真っ赤になりやがるし、なんだってんだ、一体?
でも皆といるとやけにピンク色の空間ができるので、俺はとりあえず、
知らない振りをすることにした。
そうしないといけないという超直感が、俺にはしていたからだ。




そして俺の夢の内容が別室にてモニタリングされていたと知ったのは、
それから三日後のことだった。
あのっ……ロリ巨乳野郎!!
今度会ったらただじゃ置かないからな、覚悟しておけよ!!!!!



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