番外編その5『恋愛ゲームで好きしてっ!:篠原 法子の場合 PART1』


― character select ―

篠原 法子       

セシリー・アプリコット

李 春蘭

シャロン・ディノバ

ライラ・ボークウッド

織谷 千尋

山本 真綾







篠原 法子 ←






窓も閉めきられ吹けば飛びそうな木製の壁も鋼鉄の板で覆われ
一切の光が遮られた小屋の中。
多数の朽ちた物品のせいで人一人満足にくつろぎもできないそこに
我が物顔で垂れ下がる大型モニターからの光のみを頼りに、
画面のカーソルを「篠原 法子」の位置まで持ってくる。


< おぉ、やっぱりあっくんは分かってるねぇ! 
  最初に正統派ヒロインから攻略する!
  セレクトの一番上、変に奇をてらわず自分の好みを優先させることもない!
  まあこういったゲームの場合、メインヒロインは他のヒロインを攻略して
  フラグを立てておかないとノーマルエンドにしか行けないんだけとね! >

「…スピーカー切ってたんじゃないのかよ。
 というかノーマルエンド以上であればいいわけなんだから問題ないだろう」

< そんないけずな事言わないでよあっくぅん! 
  それ作るのにこの天才束さんがどれだけ灰色の脳味噌を捻ったと思うの!?
  もう固く絞った雑巾くらいにカチカチに絞り出した文章、展開なんだよ!?
  その真骨頂はハッピーエンドにこそ詰め込まれてるんだからもう少し
  志を高く持ってさぁ… >

「俺にはそんな事情なんて関係ない。
 さっさと終わらせて帰らないと、明日も授業があるんだから」


ボロボロの天井に取り付けられた束印のスピーカーから聞こえてくるキンキン声に
顔を顰めながら、俺は溜息混じりに決定ボタンを叩いた。
ふと束が用意したと思しきデジタル時計に目をやる。
現在の時刻はちょうど十七時を回ったところだ。
本当ならばこの時間、篠ノ之たちと今日の授業について復習したり楽しくダベったり
しながら過ごしてるってのに…。
何故こんな人気のない掘っ立て小屋で18禁ゲームに興じているのかというと、
理由はシンプルでどこかのロリ兎に一杯喰わされたからだ。
詳細は省く、あまりに下らないので説明する気も起こらない。

ともかく一刻も早くこんなカビ臭い小屋からおさらばしたいが、束曰くこのゲームの
ヒロインを一人でもノーマルエンド以上でクリアーしないと出してくれないらしい。
あまりに理不尽な話だ、ここを無事に抜け出したらたっぷり嬌声上げるほどにお仕置きしてやる。

ともあれ誰でもいいから一人クリアーしさえすればいいのだから、
ここは割り切ってゲームを進めようと心に誓う。
篠原を始めに選んだのは、別に他意はない。
単にこの学園で最初に仲良くなった同年代の異性が篠ノ之だったから、どうせなら最初は
彼女に似ている方がいいと勝手に思っただけで…。
そんな事をグルグル考えていると、画面が暗転。
画面下にテキストボックスが現れ、流れるように文字が表示されていく。



『― 僕は信じていた。
   いつも通りの毎日がずっと続くって。
   愛する許嫁といつまでも幸せな日々を送れるって信じていたんだ。
   でも僕は嫌でも知ることになる。
   僕が信じていた幸せが、どれほど脆くて儚いものなのかを。
   その温かい毎日がいとも簡単に崩れるものなのだと。
   気付いた時にはもう、全てが終わっていたんだ ― 』



何とも不吉なプロローグ…いやモノローグ?が物悲しいBGMとともに綴られていく。
もうこの時点でゲーム機を破壊して制作した束をあの世に送り届けたいという衝動に駆られる。
嫌な始まり方をするゲームだ、束の性格の悪さを如実に反映している。
テキストボックスから文章が消える。
黒一色だった背景に、鮮やかな「世界」が彩られていく。

「そこ」はどうやら学校の教室のよう。
でも安物の長テーブルやパイプ椅子が規則正しく並べられ、椅子の前には
「委員長」から始まる役職と思しき文字が書かれた紙製の小さなポストが
置かれている。
どこかの部室? …いやまてよ。
今回のヒロイン篠原法子は生徒会副委員長であるからして、ここは生徒会室ではないかと推察する。
BGMも一転してテンポの良く明るいものに変わり、そこに眉をわずかにつり上げた美少女が現れる。

まるでモデルの如きスラリとした長身、艶やかな黒髪は腰まで届こうかというポニーテールに。
整った端正な顔立ち、少し細めの中の透き通った黒い瞳。
ぷっくり瑞々しい唇、服の上からでも過剰に自己主張する豊満な胸。
束謹製の冊子に載っていた篠原法子に間違いなかった。
彼女は呆れたように画面を隔てた俺を……いや、相対する男を見やり、口を開いた。


『…起きろ、信夫。いつまで寝てるつもりだ?』

『…う、うぅん……あれ? あ、おはよう法子ちゃん…』

『何がおはようだこの寝坊助め。
 待ち合わせ時間に遅れた私も悪いが、生徒会室で爆睡するなど言語道断。
全く…また夜更かししたな?』

『あ…うん。とても面白い推理小説を見つけてさ。
 切りの良いところまで読んでたら陽が昇っちゃってたよ…あはは。
 法子ちゃんこそ剣道部の方はいいの?』

『ああ、剣道部の催し物は例年通りフランクフルトとタコせんべいの屋台。
 文化祭までの段取りは今日完璧にまとめておいたし、後は三年の部員に
 任せておけば問題ないだろう。
 …ああ、涎など垂らしてだらしのない。
 もう少しシャキッとしろ。ほらハンカチ…これで拭いて。
 全く、お前は本当に私がいないと駄目なんだから……』


最初のモノローグなど吹き飛ばすほどのほのぼのとした会話に、
身構えていた体から力が抜け、緊張が解きほぐされていく。
へぇ…篠原法子の章は許嫁の信夫の視点から進んでいくのか。
しかし山田流剣術継承者とかいうお堅い肩書きからは想像できなかったけど、
こんな子供っぽい性格なんだな、山田信夫って男は。
「読書をこよなく愛する少し内気な」少年か…。
内気なんて目じゃないくらいになよなよしている。
少し読み進めるとこのゲームの舞台である学園についての説明が入る。

その場所の名は『聖インフィニティ学園』。
外国人留学生の受け入れ・派遣に力を入れ、各主要国の高校との交換留学制度も構築している
都内じゃ有名な国際交流の盛んな高校だ。
毎年5〜10名の短期留学生を受け入れている、他の外人ヒロインたちもそれらしい。
進学校としても有名でそこに入学するには相当の学力が必要らしい。
そんな学校で山田信夫という男は常に学年上位の成績を維持しているらしいから、
おつむの出来はよほどいいのだろう。

で、なんでも今は十月半ば、学園は朱雀祭という文化祭の準備期間に入り、
生徒会副委員長である篠原は文化祭実行委員会の陣頭指揮を執り、毎日遅くまで
動く回っている。
しかも剣道部の主将でもあるので、その催し物にも口を出さないといけない。
そのせいもあってか許嫁であり帰宅部でもある信夫にも助けを求め、一緒に
備品の買い物に出かけるところだったらしい。

カチカチと読み進めていく。
二人は連れ立って学園を出て、場面は変わり街中へ。
おしゃれなブティックやこじゃれたレストランなどが立ち並ぶ表通り…は通り過ぎ、
喧騒から少し離れた大型ホームセンターへと消えていく二人。
目立った会話もないまま背景の画像も次々に移り変わり、結局最初の街中へと戻ってきた。
既に辺りは薄ら暗くなり、赤・黄・オレンジと色彩豊かな街路樹が風に乗せて
色とりどりの雨を降らせている。
…背景も結構ぬるぬる動くもんだな。


『最後は細々した備品と…黒幕だな。ここからだと…LOFTEが近いな。
 さあ信夫、もうひと踏ん張りだ。きりきり歩く!』

『せーっ……、せーーっ……。
 も、もうひと踏ん張りって法子ちゃん……かれこれもう三軒目だよ。
 そもそも何で生徒会が各クラスや部の備品を調達してるのさぁ…?
 僕ら高校生だよ? そういうのって各々で費用を支給されて用意するか
 学園側が用意するものじゃないのぉ?』

『もちろん出し物に使用する衣装代や残って作業する際の夜食代などは
 実行委員会の方で試算した上で渡しているし、
 看板や屋台を作る木材や機材、屋台で使う食材費などは学園側が
 用意、一括購入したものを支給する。 
 だが絵具やペンキなどの画材や画用紙、糊や画鋲やテープなど細々したものは
 実行委員会で購入しておくんだ。それと壊れて使い物にならなくなった
 工具とかもな。いちいちそれだけを注文する方が高くつくし、
 それらは翌年に使い回すこともできるからな』

『で、この大量に買った画材や画用紙もそれだっていうの?
 コーニャンで買った金槌やらのこぎりやらが重いぃ〜。
 次の演劇部の黒幕なんて学園側で用意すればいいじゃないかぁ〜』

『仕方ないだろう? 黒幕が破れたのは一部分。黒い布で繕えば修繕可能だと
 費用が下りなかったんだから。 
 金槌にしてものこぎりにしても、壊れたそれ一本だけ注文すると
 郵送代の方が馬鹿にならないし、コーニャンの方がネットよりも安かったんだから。
 それにさっきから文句ばかり言ってるが…最近忙しくて二人でショッピングにも
 来れなかったんだから…少しくらい我慢しろ、馬鹿っ』

『…法子ちゃん…』


ふむふむ、いい感じじゃないか、ほっこりする。
こういう感じにずっと進むのなら恋愛ゲームも悪くはないのかもしれないな。。
俺は良い雰囲気の信夫と法子に心の中でエールを送りながらボタンを押す。



< あ、あっくん。まるで孫を見るおじいちゃんのような
  顔してるけど、何でそんなに老け込んでるの? >


さあ? 老け込んだというのなら老け込んだのかもしれないな。
ごほっごほっ……気のせいか呼吸がしづらくなったような。
気にせずあまり力が入らない指でボタンを押していく。
すると不意に法子の立ち絵が消え、BGMも消える。
ザワザワという人々の喧騒だけが響く中、画面にどこかで見たような目つきの悪い男が
映し出される。


『………………………………………』


その男は一言も言葉を発することなく、雑踏へ溶け込むように消えていった。


『……今の男は』

『確か飛鳥真、だよね……同じクラスの。
 数えるほどしか見たことないけど、すぐに彼だって分かったよ。
 やっぱり怖かったね…学園でも有名な不良だし……』


良い雰囲気は雲散霧消し、信夫は少々おっかなびっくりと、法子は険悪な表情で
真が歩いていった大通りを睨んでいる。
以下、信夫による飛鳥真についての説明だ。
もちろん口には出してないモノローグなので悪しからず。


『法子ちゃんはまるで犯罪者でも見るかのような冷たい視線を向けていた。
 それも当然だろう。法子ちゃんは昔から人一倍正義感が強い。
 曲がったこと大嫌い、自分が悪者と判断すれば更生させようと駆けずり回り、
 その可能性なしと判断すれば自慢の剣道で悪! 即! 斬!
 そんな法子ちゃんが目の敵にするのは彼が聖インフィニティ学園最恐最悪の
 不良で、他でもないクラスメートで、過去一回更生させるのに失敗してるからだ。
 飛鳥真。ボサボサの黒髪にだらしなく着崩した制服。
 頬にはどこのケンカでつけたのか十字の傷があり、目の下にはいつも濃い隈が
 浮かんでいる。何よりまるで猛獣のような爛々と輝く紅い瞳。
 絵に描いたような犯罪者然とした出で立ち、殺人したことがあると言われたら
 そのまま信じてしまいそうなほど淀んだ瞳に思わず戦慄する。
 一年の頃からまちまちにしか登校してなかったようだが、現在では
 学園にも数えるほどしか顔を出さない。
 素行も悪いし、そのせいだろうか?
 やれ複数の女生徒を強姦したとか暴力団の事務所に出入りしてるだとか
 麻薬の販売に手を出し、実際自分も常用してるだとか黒い噂がまことしやかに
 囁かれるようになった。
 今では彼の風体と相まって公然たる事実として認識されている。
 何故学園が彼のような問題児を休学もしくは退学にしないのか、学園の七不思議の一つだ』


……予想はしてたけど随分な嫌われ者みたいだな飛鳥真。
俺をモチーフにしたキャラクターなのは明らかなので何とも複雑な気分だ。
まあ、現実にこんな男が同じ学校にいれば、俺だって同じ意見を持つかもしれないが。


『あの男……あれだけ説得したのに今日も学園に顔を出さなかった。
 あんなやさぐれた格好で繁華街をぶらついて……!
 由緒ある聖インフィニティ学園の恥さらしめ…。
 やはりもう一度学園へ来るよう注意しに行くべきなのだろうか…』

『だ、駄目だよ法子ちゃん! 相手は学園一の不良だよ!?
 この前は何もなかったけどまた彼の家まで行くなんて…危険すぎるよ!
 そもそもこの前のだって僕は反対だったのに……!』


さっきも言っていたな、一度更生させようとして失敗したって。
なるほど、直接自宅の前まで行って直談判したわけか。
流石生徒会副委員長、俺たちにできないことを容易にやってのけるとは、
責任感が強くて感心する。
ちなみに俺も、一人で向かうのは止めたほうがいいと思う。
ゲームの内容が内容だけに、嫌な予感しかしないから。

結局その日はそれ以上真が話題に上がることはなく、二人は和気藹藹と
買い物を楽しんで解散となった。
俺は一旦そこで体を伸ばし、眉間を揉み解しながら時計を見る。
…もう一時間近く経ってたのか。ゲームに夢中で全く気付かなかったな。
碌でもないゲームのはずだけどテキストはまあ、読める程度のものだし
先の展開も気になるから手が止まらなかった…ちょっと悔しい。


< ふっふっふ〜。あっくんも口では面倒臭がっていてもやっぱり
  気になってたんじゃないか。あっくんのむっつりさんっ☆ >


黙れ。
束の癪に障る煽りを受けて再びコントローラーを握りしめる。
こんな奴の作ったゲームにウキウキするなんて俺はどれだけ腑抜けていたんだ。
初心を思い出せ。さっさとクリアーして帰ると、そう誓ったじゃないか俺は。
明日も授業があるし、篠ノ之たちもきっと心配してる。
ボタンをガガガッと連打する。
日もとっぷりと暮れ、場面は信夫の家へとシフトする。
さすが実家が剣道場なだけあって、物凄く広い敷地内に年季の入った木造家屋がでんと
そびえ立っている。
そこから入り家族に挨拶をしてから長い廊下を歩き、母屋と廊下で繋がった離れへ向かう。
さらにそこからギシギシ軋む階段を上って二階へ。一番奥の信夫の部屋へ到着。
モノローグによると静かに読書するためプラスもうすぐ受験生なので喧騒の少ない
部屋を自室にした、とのこと。まあ主に前者の理由からだそうだが。
飯や何か用がある時は階段下から呼んでくれるらしい。至れり尽くせりというわけだ。


『はぁ…今日も疲れたな。早くお風呂入ってご飯食べて…。 
 小説の続きを読もう。
 今日こそは読破しちゃわないと、まだまだ積んでるのが大量にあるし……』


古ぼけた木製の扉をガタガタ言わしながら入る。
へえ、中は畳敷きなのか。いかにも日本家屋って感じだな。
そこに聞こえてくる間の抜けた女性の声。
意表を突かれ、変な声がでる。


『うふふふ……お帰りノブ君。今日はやけに遅かったわね。
 先生何かあったのかって、心配しちゃった』

『えっ……ええっ!? ま、舞衣先生っ!?
 どうして!? 今日は授業はお休みのはずなのに……!?』


画面の中で慌てふためく信夫ほどではないけど、俺も首を捻りながら
登場人物が載っていた冊子のページをめくる。
信夫から先生と呼ばれた彼女の名は加賀峯舞衣。
長く艶やかな青色の髪、ゆったりした服の上からでも分かる豊満な肢体。
眠たげに垂れた目と厚みのある唇を舌なめずりで湿らせ。
立ち絵から既ににじみ出ている大人の色香。
しかしこんな濃いキャラクターのくせに冊子に載ってないぞ、どういうことだ。


< いやあの……あっくん。登場人物が全員説明書に載ってるわけじゃないよ?
  どこの同人ゲームなのさそれ。ペラッペラじゃん >

「え、そうなのか?」

< ふぅ〜、本当にゲームあまりしたことないんだねあっくん。
  さぞかしお外で木枯らしピューピュー吹く中元気に遊んでたんだろうね。
  私には、とてもできないよあっはっは! >


馬鹿にしてやがる。あのウサギ俺を馬鹿にしてやがる。
しょうがないだろ、ゲームなんて厳格な父さんがさせてくれるわけなかったし、
そもそも俺はそういうのに興味なかったんだし!
やはりあのウサギ、何が何でもお仕置きしてやる。もう決めた。


『ご両親にはノブ君からのお願いでって説明しておいたわ。
 ふふ……ご両親たら「それは素晴らしいことだけど、もう少し剣の修行にも
 精を出してくれたらな」なんてぼやいてたわよ?』

『ぼ、僕は本読んだり勉強したりするほうが好きだからっ。
 それより困るよ、舞衣さん! 昨日だってそうやって部屋で待っててさ!
 いい加減父さんたちにも怪しまれて……あっ!?』


…信夫? どうしたんだよそんな素っ頓狂な声上げて?


『うふふ…言葉では拒否してるけど、こっちのノブ君は元気よ?
 ほら……どんどん大きく膨らんで……』

『ま、舞衣さん本当にこんな事やめようよ…こんなのいけない事だよ…。
 うぅ…!? そんな…強く、うぁぁ…』

『いけない事ってなぁに? 一つの部屋に男と女が一人ずつ。
 ヤることなんて、一つしかないわよねぇ…?
 うふふ…ご両親は知らないわよね? ノブ君がこんな凄い真剣を持ってるなんて…。
 私もこれで散々切られちゃったもんね? それじゃあ……はぁむっ』

『あぅはっ!!? くぁぁぁ……すごいうねって……熱くっ……てぇ…!
 ああっ、そんなに吸わないd』

「はーーーいはいはい!! このゲームはこれで終わりだ!!
 はいさい! やめやめ!!」


俺はコントローラーを投げ出すと手を叩きながら狭い小屋内をグルグル徘徊する。
今の心情を一言で言うと、恥ずかしいに尽きる。
生まれてこの方ここまでむず痒く気恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。
ルナとキスしたときだってここまで恥ずかしくはなかった。
しかも俺がこれをプレイしている様は束がリアルタイムでモニタリングしてるんだろ?
公開処刑もいいところじゃないか。


< ちょっ、あっくん何でそんな奇行に走っちゃってるのさ!?
  そんな事したって外に出られるわけじゃないんだよ!?
  ほらさっさと席について! ゲーム再開して!
  束さんあっくんがプレイするところ見ないから!
  後で録画したのを鑑賞するから! >


それで説得しているつもりなのだろうか、余計やる気が削がれてしまう。
もう無理だ、こんな俺の世間体まで殺しに来るようなゲームはプレイできない。
手段は選んではいられない。多少問題になるのを覚悟でヴェスティージで
この壁をぶち抜くしか!


< ふーんなるほど? 結局あっくんもそうなんだね?
  自分のキャパシティを超える問題を前にしたら考えることを放棄し、
  力で解決しようとする。
  そこらの愚劣な人間と同じだってことだね? >

「……何? おい束、お前今何て言った?
 俺をそんな下劣と一緒にするのか?」

< そんな凄んだって駄目だよ。何を言おうとあっくんはそうなんだよ!
  どうしようもない問題を直面すると解決することはせず
  壊してしまおうとするんだ!
  口では御大層なこと言っててもやはりあっくんは暴力に囚われているんだ!
  その程度の格なんだよ君は!! >


違う! そんな事はない!
俺はもう昔みたいに考えなしに剣を取ったりしない!
そんな短絡的なことはしないんだ!!


< その顔を見るに不満があるようだね。
  そう思うのなら! 今すぐ席につきコントローラーを取るんだ!
  目の前の困難から目を背けないというのなら!
  その強靭な精神力で見事このゲームをクリアーしてみなよ! >


ああやってやるさ!
これしきの恥辱など今の俺にとっては屁も同義!
やってやる…恥も外聞も捨てた俺の想いを今、ここでぇ!! 証明してやるんだ!!
俺は再び席につき、今度は迷うことなくテキストを読み進めていく。
どこから引っ張ってきたのか喘ぎ声までフルボイスだがそんなもの、もう俺の心に
さざ波一つ立てることはできない!
Hシーンも一枚ごとに差分が多くて目まぐるしく切り替わるが、揺らぎはしない! しないぞ!!
繰り広げられる信夫と舞衣の情事から目を反らさず、一心不乱にゲームを進めていった。


< チョロ……じゃない。いいぞあっくんその調子!
  今あっくん最高に輝いてるよ! 今なら掘られてもいいくらい!
  でもできるならもうちょっとじっくりテキスト読んでほしいけど。
  それ考えるの大変だったんだよ? もう束さんの職域から三千里以上離れた仕事だったからね! >


知るかよそんなこと。それにそんな苦労するくらいなら初めから作るなよと思う。
無視して速読の域で読み飛ばし、Hシーンが終了した時点でペースを元に戻した。


『はぁ……あはぁ……良かったわよノブ君…。
 やっぱり私たち、体の相性は最高ね。
 ノブ君だけよ、こんなに私をイカせることができるのは……。
 初めてシタ時はあんなにオドオドしてたのに、今では私をまるでモノみたいに乱暴にして…。
 ノブ君実はSっ気強かったりするのかしら?』

『そ、そんな事! 僕はいつも無理やり迫られて、舞衣さんが強引で……。
 もう、やめようよ舞衣さん…。僕には法子ちゃんがいるんだ。
 僕は法子ちゃんを裏切ることなんてできないよ…』

『あら…またその娘の話なのね……。 言っておくけど全て私が強引に事を運んでるわけじゃないのよ?
 今日だってノブ君が本気で嫌なら私を押しのけて逃げることができたはず。
 最初だって強烈にモーションかけたのは私からだったけど、終わった後私を解任することだって
 できたはずよ。理由だっていくらでも作れるし。
 なのに未だに関係を続けてる。今日だって始めた当初こそ私がリードしてたけど、
 すぐにノブ君が主導権握ったわよね? 私はただノブ君にされるがままにされて、
 子猫みたいに泣いてただけよ?』

『う、ううっ………』


家庭教師からからかい混じりにそう言われ、信夫は図星とばかりに呻くだけ。
おいこら、図星なのかよ。
今はほぼ合意の上で行為に及んでいると、そういうわけかよ。
流されてるというか、肉欲に負けてるだけじゃないか。
どちらにしろ許嫁である法子に対してこれ以上の裏切り行為はないよな。
結局信夫は家庭教師と二回戦目に突入し、場面は翌日。信夫の教室へ。
目の前には見目麗しい法子の姿が。


『おはよう信夫……? 
 どうしたのだ、やけに疲れているように見えるが……』

『えっ? あ、ああうん。また夜更かししちゃって……あはは』


実際は二十六歳の家庭教師女とくんずほつれずしていたからなのだが
そんな事言えるはずもなく。
二人が今日の文化祭準備について話していると、不意に爽やかなBGMと周りの喧騒が
ピタリと止まる。
次いでガラッと扉の開く音が。
どうかしたのかとボタンを押す親指を加速させる。


『……………………………………………』


現れたのは学園一の悪と名高い飛鳥真。
またしても一言も口を開かずに窓際の一番後ろの席へと腰掛ける。
信夫含むギャラリーも触らぬ神に祟りなしとばかりに遠巻きに見つめるのみ。
だがそんな中、勇敢にも彼に声をかける一人の勇者…もとい女傑がいた。


『おはよう飛鳥真君。この間の私の話を、少しは汲んでくれたみたいだな』

『あんたは……ああ。俺ん家の前に居座って小うるさい説教延々続けてた 
 生徒会副委員長さんか。
 別に、あんたに言われたからじゃねぇ。時間が少し空いたから顔を出しただけだ。
 今日どんな授業があるかも確かめずに来たからな』

『なっ……!? で、では貴様は授業を受けるつもりもなく、本当に気まぐれで来ただけ
 だというのか!? 貴様は一体学園のことをどう考えているのだ!?
 皆自分の将来を考えて必死に勉強しているというのに! 
 貴様の態度は! そういった努力をしている者を嘲笑うかの如き所業だ!!』

『チッ………。うっせー奴だな……!』


あっという間に一触即発の雰囲気。
売り言葉に買い言葉、社交辞令的な感情を押し隠して切り込んだ法子の弁に対し、
どこかスカしたような小馬鹿にしたような口調で応じた飛鳥真。
結局互いが憎しみのこもった目でにらみ合う事態となった。

信夫は剣呑な雰囲気を漂わせる二人に近づくことなくただただ慌てふためくだけ。
いつしか取り巻きも俺も心拍数は最高潮。
二人とも取っ組み合いのケンカでも始めそうな感じだったがどこからともなく
中学二年生症候群をこじらせたような音楽が流れてきて張りつめた緊張感が
一気に白けていく。


『っ! これは……どうして?』


飛鳥は前を塞ぐ法子を強引に押しのけるとポッケからシルバーのシンプルな携帯を
取り出し教室を出ていく。
法子は傍若無人な飛鳥の態度に激昂、後を追って出ていこうとするが、ようやく復帰した
信夫に止められる。
信夫を見る法子の目がテレビで放送できないほどに吊り上がっていって別の意味で
緊張感が高まる中、騒ぎの原因である飛鳥がまるで走るかのような勢いで戻ってくる。
見ると立ち絵にも若干の変化が。顔面が蒼白になっている。


『っおいどこへ行く!? まだ話は…授業もっ!』

『うるせぇよ、どけっ!!』

『あっ!?』


今までの威嚇するようなそれではなく殺気すら孕んだその迫力に法子でさえ
微かにたじろぐ。
そして法子の肩に手をやり押しのけ、瞬く間に出て行ってしまった。
嵐が去る。
教室にも少しずつ活気が戻ってくる。
信夫はすぐさま法子の元へ駆け寄る。


『大丈夫だった法子ちゃん!? くそっ…何なんだよあいつ!
 いきなり教室に来て法子ちゃんに乱暴までして!
 挙句の果てに何の謝罪もなく出ていくなんて!
 噂、やっぱり本当だったんだね。正真正銘の不良だよあいつは!』


いつもの温和な態度はなりを潜め、凄まじい剣幕で烈火の如く怒る信夫。
だけどそれに同調すべき立場の法子はというと…。


『あ、ああ……そうだな』


曖昧に言葉を濁しながら扉を見つめていた。
飛鳥に掴まれた肩に手を添える専用の立ち絵とともに。
一体飛鳥はどうしたんだろうか? さっきの表情、余程のことがあったに違いないけど。

とにかくその場はそこでお開きになり、一気に放課後へ。
夕日の差し込む生徒会室に信夫と法子が二人きり。
信夫は文化祭準備にかこつけて法子とイチャコラできるとルンルン気分だけど、
対する法子の表情は暗い。
と、法子は意を決したように口を開く。


『信夫、今日の準備は他の実行委員に任せることにした。
 彼らに今日の作業については全部指示してあるから、信夫もよかったら
 それを手伝ってやってくれないか?
 私は…飛鳥真の家にもう一度行って説得してこようと思う』


ぶっ!? な、何っ? 何言っちゃってるんだよあんたは!?
今日あんな怖い思いして、散々威嚇されまくったくせにどうしてそんなことが
起きるんだ!?
その思いは信夫も一緒だったようで、慌てふためきながら法子に迫る。


『な、何言ってるんだよ法子ちゃん!?
 今日あった事忘れちゃったの!?
 あいつは法子ちゃんが気にかけてくれたにも関わらず、恩を仇で返すような
 ことしたんだよ!?
 あいつに何言っても無駄だよ!
 もしかしたら今度こそ法子ちゃんが危ない目に遭うかもしれない!
 絶対だめだ! 反対だよ!』


信夫の意見に俺も賛成だ。
飛鳥真が悪い奴でないことはプレイヤーの視点からだと明らかだけど、こと当事者は
それを知る術がない。
俺もプレイヤーでありながら飛鳥のこと、やーさんにか見れなかったし。


『心配してくれるのはとても嬉しい。
 だが私にはあの男が分からなくなったんだ。
 今日あの男が私の肩に手を置いたとき、とても震えていた。
 表情も泣きそうな感じで、とても不良がするような顔には見えなかった。
 もし何かしらの問題を抱えているのなら、私は生徒会副委員長として
 それを解決してやらねばならない』


正義感もここまでいくと病気と思えるほどの優等生発言。
もちろん法子のことを心配+自分の許嫁が他の男の心配することに嫉妬している
信夫としては容認できることではない。
その決意を前に尻込みしながらも食い下がるが。
ここで法子がある意味最強の殺し文句で斬りかかってくる。


『信夫、私を信じて……行かせてくれないか……?』


間を置かず現れる二つの選択肢。


・ 法子を行かせる

・ 法子を引きとめる


これは……何とも嫌な予感が……。


< あっはっはついにこのゲーム最初の選択肢まできたねあっくん!
  遅すぎだよ束さん既に夕食まで済ませちゃったよ!
  とにかく前情報の通りたったの二択しかないよ、ややこしくなくて良かったね!
  しかしだからこそそれが天国と地獄の分かれ目!
  選ぶ前にしっかりセーブしといた方がいいよ、あっくん今まで一回もセーブ
  してないでしょ。
  とにかくパパっと選んで次にいってちょーだいなっ! >


忘れた頃に喋るの止めてほしい。
しかしセーブか、リアルに忘れてたな危ない危ない。
俺はセーブを終えると、改めて表示された選択肢を見る。
普通に考えて、法子を行かせて良いことがあるとは思えない。
最初に見たオープニングムービーを思い出す。
行かせたら駄目だ。絶対犯されてぐちょぐちょにされてしまう。
俺はわずかに逡巡し、「法子を引きとめる」を選択した。


『法子ちゃんの気持ちは分かったけど、やっぱり駄目だ。
 僕は君のこと信じてるけど…あいつはそんな優しい人間じゃないよ。
 きっと人としての当たり前の理性的な行動ができないんだ。
 説得とか、そういうの意味ないんだよきっと。
 だから法子ちゃん。お願いだからここは僕の言うことを聞いてほしい。
 僕のことを、信じてほしいんだ…』

『信夫……………うん、わかった。
 信夫がこんなに必死に私に何かをお願いするなんて初めてだしな。
 ごめんなさい、そしてありがとう。
 私のことをこんなに心配してくれて…。今の信夫、ちょっと格好良かったぞ?』

『え……そう? あはは……』

『ふふふ………』


うんうん、良い雰囲気じゃないか。
やはり自分の恋人を不良の元へ行かせるなんて間違いだったんだ。
二人が仲睦まじく歓談するのをほのぼのしながら見ていると、不意に画面が暗転。
テキストボックスだけが表示される。
以下、信夫のモノローグ。


『結局法子ちゃんはあいつの元には行かず、これ以降関わり合いになることもなく
 無事高校を卒業した。そして僕と法子ちゃんは揃って同じ大学に進学した。
 最近舞衣さんが執拗に認知しろって言ってくる。
 法子ちゃんとも別れろなんて言ってくるけど、僕は屈したりはしない。
 きっと大丈夫…僕と法子ちゃんが一緒に居れば、どんな困難にも立ち向かっていける。
 僕はそう、信じてるんだ………』





〜 HAPPE END? 〜











「………………………あれ?」


おい、どうなってるんだ、終わっちまったぞ?
何が何だか分からないままにボタンを押していくと、スタッフロールも流れないままに
タイトル画面に戻されてしまった。
……これってつまり……。


< あっはっは期待を裏切らないねぇあっくんは!
  言うまでもなく今のが実質バッドエンドだよ!
  そもそも彼女を寝取るのが目的のゲームで現彼氏とイチャコラさせて
  話が進むと思う!? もう少し頭使おうよあっくん!
  あ、今のはバッドエンドなんでクリアーとは見なさないからよろしく! >

「そ、そんな……でもそれじゃ信夫が! それにそっちの選択肢は、選ぶと嫌な気持ちになるというか!」

< …よく分からないけど、あっくん信夫に感情移入し過ぎてやしないかい?
  分かってるけど信夫って生みの親である私が認めるほどに屑男だよ?
  どうもあっくんはゲーム歴が皆無に等しいせいで感情移入する相手を定めれてないみたいだね。
  普通の人間なら信夫にキャラクターとしての魅力を感じることができなくてイライラするはずなんだけど。
  信夫って個性もないし流されるままっていうのを免罪符に好き勝手言うし。
  「ただのモヤシ君」なんだよ信夫って。そこら辺理解しないとね >

「う、うぐぐ………」

< あっくんはもうこのゲームのジャンルを忘れたみたいだね?
  『超・純愛寝取りADV』だよこのゲームは。
  巷で流行りの『寝取られ』じゃない。
  愛する女性を別の男に取られるというカタルシスを味わうのが目的じゃないんだよ。
  あの冊子見たでしょ? 山田信夫は屑なんだよ。
  このゲームの主人公であり感情移入の対象は飛鳥真なんだよ。
  まあ今は飛鳥真のパートじゃないから分からないかもしれないけど、覚えておいて。
  これは屑男から女の子を奪う爽快感と達成感を味わう為のゲームなんだってことをさ >


…言われてみると筋は通っている。理解もできる、でも…。
だがそれならば何故ゲームを始めてからこっち、信夫の視点から動かないのか?
主人公が飛鳥真ならば、彼の視点から物語が綴られるべきではないのか?
ああ…混乱してきた。やはり自分にはゲームというのが性に合ってないと実感する。

体から一気に力が抜け、萎びた雑草のようにへたり込んだ体を気力で動かす。
セーブデータから選択肢へと戻り、少し躊躇ったあと震える指を何とか動かして、
「法子を行かせる」を選択する。


『う、うん…分かったよ。僕、法子ちゃんを信じる。
 でも絶対危ないことしちゃ駄目だよ!?
 変な事されそうになったらすぐに逃げてよ!? お願いだからね!?』

『…うん、ありがとう大丈夫さ。
 言われなくともお前の許嫁はそんな無謀ではないさ。
 それにそこらの不良に好き放題されるほど弱くもないしな。
 じゃあ、私は今から奴の自宅に向かう。また明日な、信夫。
 それと、信じてくれて、本当にありがとう……』


そうして法子が部屋から出ていき、信夫は結局文化祭の準備は手伝わずに帰路についた。
法子……大丈夫だろうな?
飛鳥真、頼むから法子に酷いことしないでくれよ?
俺の分身なんだからそれくらい分かるよな? な?
法子がどうなったか気になって仕方がなく通常の倍のペースで読み進めていくと…。


『うふふ…今晩はノブ君。今日も来ちゃった。
 …どうしたの? 今日はやけにしょんぼりしてるわね。
 私で良ければ、悩みを聞いてあげるわよ…?』

『……煩いな。僕は今、機嫌悪いんだよ。
 さっさと帰ってよ。今僕、誰とも話したくないんだ』

『の、ノブ君何そんなに怒ってるの……?
 ノブ君が私のこと迷惑に思ってるのは分かってたけど……そんなに酷いことした?
 ご、ごめんなさいノブ君。私、謝るから……だから許して、ノブく……』

『ああもう煩いな! 話したくないって言ってるのに!
 どうせ舞衣さんはそんな事言いながら僕とHしたいだけなんでしょ!?
 誰にでも股を開く淫売のくせにそんな純情ぶって、気持ち悪いんだよ!
 …そんなにシたいなら、してあげるよ。
 二度と口が聞けないほどに、滅茶苦茶にしてやる!!』

『の、ノブ君っ……あ、あうっ!?
 そんな乱暴に…ああぁ〜〜〜〜〜!!?』


……………………………あれ?
おかしいな、信夫が急にキレだしたぞ?
こいつこんなに裏表の激しい性格だったっけ?
実は怒ると怖かったり、将来は亭主関白になったりするんだろうか。
さっきまで法子のこと心配してたじゃないか。何で別の女とまぐわいだすんだよ。
ああ、もう勃ってるし………ってああ、もう挿れやがった。
準備が不十分だったから家庭教師女、痛がってるじゃないか。
女性にはもう少し優しくしてやれよ……。

とにかく二人の香ばしい情事はすっ飛ばして、翌日。
昨日以上に精も根も…主に精の尽き果てた信夫が教室で法子を待っていた。


『おかしいなぁ…遅いなぁ法子ちゃん。
 もう始業のベル鳴っちゃうよ…。
 やっぱり何かあったのかなぁ……』


信夫がウジウジしながら扉をチラチラ窺う。
…昨日とはまるで別人のようだ。
そうだ、実は昨日家庭教師女とまぐわっていたのは別の人間だったのかもしれない。
もしくはより高い可能性として二重人格とか。きっとそうだ、うんうん。
と、ガラガラ扉を開ける音と共に息を切らした法子が入ってくる。


『はぁ……はぁ……。良かった、間に合った………』


安堵した表情を浮かべる法子はとても前日犯されたとは思えない清純な顔をしている。
おや……? これはもしや………。
信夫も普段と変わらぬ法子の様子にホッと息をつく。
どうやら信夫も何もなかったと察したらしい。
少し進み場面は授業の合間の休み時間。俺たちの予想は的中した。


『夜の九時くらいまでは粘っていたのだがな…。
 一向に帰ってこないから仕方なく諦めたんだ。
 それから家に帰って諸々の用事をこなしていたら十二時過ぎていて…。
 不覚にも寝過ごしてしまった』

『ま、まあとにかく大事なくて良かったよ。
 僕も法子ちゃんのこと心配しながら文化祭の準備してたんだよ。
 今日こそ二人で続きしようよ! 
 あんな奴のこと忘れてさ!
 実行委員の人たちも法子ちゃんがいなくて思うように作業進まなかったみたいだし!』


おい、サラッと嘘をつくな嘘を。
お前は昨日準備もせずにサッサと帰っただろうが。


『何? 全く…生徒会役員ともあろう者が指示された作業すら満足にできないのか?
 …しかしそれでも今日だけは同じようにしてもらわなくてはならない。
 私は飛鳥の説得に行かねばならないし』

『えっ!? の、法子ちゃん今日もあいつの家に行く気なの!?』


信夫の心配ももっともである。
もうほっといてやったらどうだろう。
昨夜そこまで辛抱強く待っていたのだし、義理は既に果たしているだろう。
しかし法子はそう思ってはいないようで、頑として譲らない。


『今日で最後にするつもりだ。でもせめて、もう一度だけ奴に話を聞いてみたいんだ。
 昨日奴のアパートの大家さんや近所の人たちにも話を聞いたんだが…。
 その評判が……。
 とにかく、気になるんだ。もちろん実行委員会を取り仕切っている者としての
 職責も理解している。
 これを最後の我が儘にするから、どうか私を信じて行かせてほしい!』


もはや何を言っても無駄なんだろう。
その言葉の響きにはとても強い意志が感じられる。
実際信夫もタジタジのヘロヘロだ。
そこでこのゲーム二回目の選択肢が表示される。


・ 法子を行かせる

・ 法子を引きとめる


「………また?」


最初と全く同じ選択肢だ。
さっきの『〜 HAPPE END? 〜』のおどろおどろしい文字が脳裏に甦る。
…引きとめるを選んでみようか。
もしかしたら最初のと違って別ルートに入れるかも…。
まあ、一応選ぶ前にセーブして……と。
一縷の望みをかけて「法子を引きとめる」を選ぶ。
するとどこかで見たような会話のやり取りの後、暗転。
嫌な予感がする。


『結局法子ちゃんはあいつの元には行かず………(以下同文)』








〜 HAPPE END? 〜













「くっそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜」


頬杖をつきながら指をトントンせわしなくコントローラーに打ち付ける。
予想はしていたけどやはりこうなるか。
運命は、変えられないのか。


< 無駄な抵抗は止めた方がいいよあっくん。
  どうせ結果は変わらないんだから。
  というかあっくんまだ信夫に感情移入できるなんて凄いね。
  束さんある意味感心しちゃった >


だって飛鳥真視点では未だプレイしてないもの。
しかし、まさしくこれまでの展開は束の手の平の上。
分岐とか、そういうのないのかよ。


< あることはあるけど、寝取られ男の視点では一切ないね。
  だから安心して進めてくれていいよ >


盛大なネタバレを食らってしまった。
見えている地雷に自ら突っ込んでいくようで不快なことこの上ないが、もはや
諦めの境地だ。
セーブデータをロードして、おとなしく「法子を行かせる」を選ぶ。


『本当にすまない、信夫。我が儘ばかり言って。
 今日何も進展がなかったら、飛鳥のことはすっぱり諦める。
 だから私のことは心配しないで……ね?』

『う、うん約束だよ法子ちゃん!
 これが終わったら金輪際あいつには近づかないでよね!
 今日だけは僕も我慢する! 法子ちゃんのこと信じるから!
 だから法子ちゃんのしたいようにしてきなよ!』

『あ、ありがとう信夫。そう言ってもらえて嬉しいよ…。
 もうすぐ文化祭の準備も大詰めに入るから、明日は二人で
 遅くまで一緒に作業しよう。
 先生には居残る許可もらってるから、二人で、ね……?』

『(ゴクリ)う、うんっ!』


生唾を飲み込みやがった。何て分かりやすい奴だ。
しかし、何故だろう。俺には今のやり取りは最終警告のような、フラグにしか思えない。
しかもとびきり不吉な……ああ、もう出ていきやがった法子のやつ。
…なあ信夫、いっそのこと今日は法子をつけていったほうがいいんじゃないか?
……ああ、直帰しやがった。しかも早足で。
もういいや、さっさと読み進めて翌日n。


『ま、待ってノブ君! これ以上されたら私……ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!
 おぅ、おぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!』

『はぁはぁ!! 法子ちゃんはちっとも分かってないんだ!
 自分がどれだけ魅力的な体なのかってことを!
 いつも飢えた狼が狙ってるってことにどうして気付かないんだ!
 どうしてあんな不良のことなんて気にかけるんだ!!
 ほっとけばいいのに、僕といることの方が大切じゃないのか!!
 いつもそうだ、自分の正義感ばかり先走って勝手に突っ走って!
 僕がどれだけやきもきしてると思ってるんだ!
 …おい、雌豚!! 締め付けが弱いぞ! ほんとに使えないな!!』

『ひっ、ひぃぃ!! ごめんなさいノブ君っ!
 使えなくてごめんなさいぃぃぃぃぃ!!』
 
『返事は「ブヒ」だろ雌豚ぁ!!!』

『ご、ごめんなさいブヒィィィィィィィィィ!!!』


………先生、知らない人がいます。
何でだ、あんなに真面目でおとなしかった信夫が一転してヤリチンに成り下がって
しまって…。あれが信夫の本性だとでもいうのか…?

周りからいつも怖いとかなんとか言われてる俺としては、信夫のような奴が
うらやましい。いつも冷静で知性的で、俺とは正反対で。
そんな奴が幸せになるのを見ると、俺も幸せになれる気がした。
俺のような馬鹿よりも、他の人が幸せな方が万倍嬉しい。
だからいつしか俺は山田信夫に感情移入し、、容姿がまんま篠ノ之な法子と一緒に
幸せに学園生活を送っているのを見て癒されていたのに…。
こいつは何だ、自分の欲望と下半身に忠実なだけじゃないか。
法子の行動にも問題はあるけど、こいつはこいつでうっぷん晴らしに下種なことしてるし。
何だか俺の理想の信夫が消滅したような気がして、少し幻滅した。

通常の三倍速く読み進めていき、やっとのことで翌日に。
今回のHシーンはやけに長かったな。
オモチャとかはあんまり好きじゃないから、なお苦痛だった。
昨日と同じ教室で、昨日よりも気持ち頬のこけた信夫が心配そうに法子を待っているが、
またしても始業直前になっても法子は来ない。


『法子ちゃん今日も寝坊かな? 遅いなぁ……』


そんな暢気な事言ってる場合じゃないと思うけど。
そうぼやくと同時、控えめにガラガラ開かれる扉。
入ってきたのは……。


『………………………』


頬を上気させ、明らかに挙動不審な篠原法子の姿だった。
対して何も疑問に思わずはしゃぎながら法子の元に駆け寄る信夫。
「ああ………」と思わず嘆息が漏れ出した。



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