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■229 / inTopicNo.1)  『黒と金と水色と』第1話@
  
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 00:31:58)
    2005/11/17(Thu) 00:34:36 編集(投稿者)

    第1話「御門兄妹と水色の姉妹」その@




    「ほら兄さん、見えてきましたよ」
    「ああ」

    艶やかな長い黒髪を持つ少女が、進行方向を指差す。
    並んで歩くのは、少女よりも10センチほど背の高い、同じく黒髪の少年が頷く。

    2人の行く先には、周囲を覆う木々の合間から、大規模な人造物が見える。
    町の城壁だ。

    魔物の襲撃から町を守るために、高い城壁で囲むのが普通である。

    「ふぅ。やっと着いたか」
    「良かった。日暮れ前に着くことが出来ましたね」

    さっぱりとしていそうな性格の少年と、非常に物腰の丁寧な少女。
    名前を、御門勇磨、環という。2人は双子の兄妹だ。

    遙か東方にある大陸の出身なのだが、とある事情があり、自由気ままな旅生活を送っている。
    今も次の街を求めて歩いていたところで、西に傾いていく太陽と戦っていたところだ。

    「今度の町はどんなところかな?」
    「何か、仕事にありつければいいのですが」
    「しなくちゃダメっぽい?」
    「ぽいも何も、そろそろ路銀が底を尽きそうです」
    「ダメか…」

    特に目的地を定めず、行き着いた町で仕事を探し、懐を暖めたらまた旅に出る。
    2人がそんな生活を送るようになってから、はや2年が経過しようとしていた。

    「しゃーない。今夜は宿を取って、明日の朝1番で、ギルドに行ってみよう」
    「はい」

    ハンターギルド。
    魔物関連の依頼が集まる場所で、ハンターは依頼を達成したときの褒賞金で生活している。

    もちろん、勇磨と環も、現役のハンターである。

    「割の良い仕事があるといいな」
    「そう上手くはいかないでしょうが、あったらいいですね」

    などと会話しつつ、2人は次なる町、ノーフルに到着した。





    「ようこそノーフルへ」
    「身分証をお願いします」
    「はい」

    城門で、衛兵に止められる。
    勇磨と環は、それぞれ懐からハンター認定証を取り出し、衛兵に渡す。

    これは2人が武器を携行しているための仕儀であり、義務なのだ。
    町側としては、武器を持った怪しい人物に入られては困るので、当たり前のこと。
    2人とも腰に刀を差しているので、衛兵に呼び止められたというわけだ。

    2人が取り出したハンター認定証は、各人の略歴とハンターランクが記載され、全国共通の身分証となってくれる。
    無論、ハンターであるという証明であり、コレがなければ、ハンター協会公認の依頼は受けられない。
    たまに認定証を持たない、モグリのハンターが存在するが、持っていたほうが良いのは当たり前だろう。

    「東方出身の御門勇磨さま、御門環さま。…確認いたしました。どうぞ」
    「ご苦労様です」

    無事、街の中へと入る。
    日の入り間近だというのに、町の活気はかなりのものがある。

    「随分にぎやかだな」
    「田舎の街だと思いましたけど、なかなか良い街じゃないですか」
    「そうだな。じゃあ早速、宿探しといこう」

    実に2週間ぶりの人里だ。
    やっとまともな寝床にありつけると、はりきって探したのだが…





    「なんで満室なのよ!?」
    「参りましたね…」

    数件の宿を回ったのだが、どこも満室だったのだ。
    かくして2人はとぼとぼと、街の中心である広場に戻り、力なくベンチに腰掛けていた。

    「マジかよ…。やっと、柔らかい布団で寝られると思ったのに」
    「運が悪かったと思って、諦めるしかありませんね。どうします?」
    「どうするかなぁ…」

    勇磨は未練たらたら。
    逆に、環のほうはすっぱりと諦めて、次にどうするかを尋ねる。

    考えていると

    「やめてくださいっ!」

    という、女性の悲鳴が聞こえてきた。

    「…ん?」
    「あちらのようですね」

    2人が目を向けると、そこでは

    「なー、いいじゃんかよー」
    「少しくらいならいいだろ」
    「よくない! 離してっ!」

    数人の柄の悪い男たちが、買いもの袋を提げた、自分たちと同年代くらいの女性を取り囲み、
    強引な態度で迫っていた。典型的な光景である。

    「やれやれ。どこにもいるもんだなぁ」
    「感心している場合ではありません」

    ため息をつく勇磨の横で、表情を険しくしてすっと立ち上がる環。
    その足はすぐさま彼らのもとに向かい、勇磨もあとを追う。

    「ちっ。下手に出ていれば付け上がりやがって」
    「身体でわからせる必要があるか?」
    「い、いや…」

    女性があくまで拒否するので、ついに痺れを切らせた男たち。
    悪い人相をさらに歪ませながら、さらに包囲網を狭めていく。

    「そこまでです」

    「…あん?」

    そこへ割って入る環。
    素早く女性の前に立ち、男たちを睨みつける。

    「なんだおまえは?」
    「彼女は明らかに嫌がっています。そこまでにしておくんですね」
    「なにぃ…?」

    生意気な物言いに、ムッとなる男たちだったが…
    よく見てみれば、このしゃしゃり出てきた正義の味方気取りの女、まだ子供だが良い女じゃないか。
    それも、見た目は細身でお嬢様風。充分、組み敷けると思ったようだ。

    足元から舐めるようにして環を見、下衆な笑みを浮かべる。
    それがわかった環はコメカミをひくつかせるが、まだ、理性があった。

    「早々に立ち去りなさい」

    厳しい口調で言う。
    だが、男たちは肩をすくめて

    「これだからかわいい子猫ちゃんは」
    「なんなら一緒に来るかい?」
    「天国を見せてやるぜぇお嬢ちゃん。ギャハハハハ!」

    「……」

    ピキッと、環の顔にさらに青筋が入る。
    いよいよ我慢の限界か。

    「いい加減にしておきな」
    「ぉ…」

    ちょうどそのとき、何者かによって、男の1人の喉下に刀が突きつけられた。
    言うまでも無く、勇磨である。

    「女性を誘うときは、もう少し上手くやるもんだ」
    「あ、ぅ…」

    刀を突きつけられているので、男は文字通り手が出ない。
    恐怖に身体が震えている。

    (大馬鹿はこれだから…)

    その光景に小さく嘆息する勇磨。
    自分より弱者には大いに強気であるくせに、立場が逆になると、途端に脆くなる。

    「そのへんを勉強しなおして、出直して来い」

    「お、覚えてろよ〜!」

    ヤツラは、お決まりのセリフを残して逃げていった。





    「まったく…」

    勇磨は刀を納めつつ、大げさにため息をついてみせる。

    「もっと気の利いたことを言えないもんかね? おもしろくもなんともない」
    「ああいう連中に期待するほうが酷というものでしょう」
    「まあ、そうだな」

    環も歩み寄って、一緒にため息。
    どこの町にも居るものだ。

    「ああところで、今夜の寝床はどうしよう?」
    「そうでしたね。宿が空いていない以上、野宿ですか?」
    「冗談じゃない。街中に居るというのに、何が悲しくて野宿せねばならんのだ」
    「宿が空いていないからですよ」

    いきなり話し合いを始める2人。
    そんな彼らに話しかける人物が居る。

    「あ、あの!」

    「…はい?」
    「ああ、さっきの」

    勇磨と環によって、助けられた女性だ。

    年の頃は2人と同じくらい。
    背は、環と同じか少し低いくらいで、背中まである水色の髪の毛が特徴的だ。
    充分、美形の範疇に入る。

    「どうしました?」
    「早く帰ったほうがいいよ。暗くなるし、またあんな連中に絡まれたらいけない」
    「その…」

    まったく気にかけていない2人に対し、彼女は少し怯んだが、
    それでも言わなきゃいけないと、口に出す。

    「ありがとうございました。助けてもらって」
    「ま、当然のことだよ」
    「貴女も災難でしたね。ああいうのは多いんですか?」
    「あ、うん…。最近、ゴロツキが増えて…」
    「それはいけませんね。当局は何をしているんです?」
    「それならなおさらだ。早く帰ったほうがいいよ」
    「あ、その…」

    勇磨などはしきりに早く帰るよう促すのだが、彼女はその場から動こうとしない。
    少しモジモジすると、こう切り出した。

    「私、エルリス=ハーネットといいます。何か、お礼でも…と、思うんだけど…」
    「お礼? いいよそんな」
    「恩賞目当てで助けたわけではありませんから」

    エルリスと名乗った彼女は、定番の提案をした。
    勇磨と環も心得たもので、こちらも定番の答えを返す。

    「でも……話を聞いてたら、あなたたち、宿の当てがないとか…」
    「そうなんだよ。どこも満室でさあ、やっと町に辿り着いたっていうのに」
    「だったらうちに来てください!」
    「へ?」

    これには、勇磨も環も目を丸くした。
    どういうことなのだろう?

    「あのね。うちは小さいけど、あなたたちを泊めるくらいのスペースはあるし。
     助けてくれたお礼に、ご馳走するから!」

    エルリスはそう言って、提げている袋を持ち上げた。
    買い物帰りだったのか、わかる範囲では野菜の類が見える。

    「ええと…」

    困った勇磨は、環に目を向ける。
    振られた環も困ったが、仕方ありませんね、と頷いた。

    「いいんですか?」
    「うん、是非!」
    「わかりました。ご厄介になります」
    「OK!」

    女性…いや、少女か。
    エルリスは満面の笑みを浮かべると、2人を引っ張っていった。

    「さあ、こっちよ!」

引用返信/返信 削除キー/
■230 / inTopicNo.2)   『黒と金と水色と』第1話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 21:16:00)
    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」A





    歩くこと数分。
    エルリスに案内されるまま、路地裏の小さな一軒家に入る。

    「ここが私のうち」
    「へえ」
    「ささ、遠慮しないで入って」
    「お邪魔します」

    中へと通され、居間だと思われる部屋で待つように言われる。
    かなり古い家のようだが、隅々まで丁寧に手入れされていて、どこか温かみを感じさせる。

    自分たちの実家もそのような感じなので、勇磨たちは好感を持った。

    「待ってて。今、お茶を淹れてくるから」
    「ああ、お構いなく」

    と、エルリスが奥へ消えようとすると

    「ゴホゴホ…」

    その奥から、なにやら咳き込む声。
    そして

    「お姉ちゃん……誰か来てるの?」

    エルリスによく似た顔立ちだか、彼女とは違う少女が、寝巻き姿で姿を見せた。
    よく見ると左右の目の色が違う。髪の毛の色合いも、微妙に違うようだ。

    咳き込んでいるように、顔色があまり良くない。

    「セリス! 寝てなきゃダメでしょ!」

    彼女の姿を見るなり、飛んで行って抱きかかえるエルリス。

    「大丈夫だってば。ごほっ…」
    「そうやってすぐに無理する! お客様の相手は私がするから、寝てなさい!」
    「は〜い…」

    そう言われ、奥へと引っ込む少女。
    それを、エルリスは苦笑しながら見送った。

    『お姉ちゃん』と呼ばれていたから、姉妹なのだろう。

    「妹さん?」
    「ええ」

    尋ねる勇磨に、エルリスは困った顔をしながら頷いた。

    「風邪でも引いてるの? 具合、だいぶ悪そうだったけど」
    「そうね…」

    エルリスはそう呟くだけで、それ以上は口に出さなかった。
    何か事情があるのだろうと、勇磨もこれ以上は踏み込まない。

    程なく、お茶の用意が成された。

    「粗茶だけど」
    「ああいや、いただくよ」
    「ありがとうございます」

    お茶を一口。
    2人が嚥下し終わるタイミングを見計らって、エルリスが頭を下げた。

    「じゃあ、改めて…。本当に助かったわ。ありがとう」
    「お礼ならもう聞いたよ」
    「感謝の気持ちはきちんと示しておかないとね」
    「そういえば、名乗ってなかったね。俺は御門勇磨」
    「私は御門環と申します」
    「ミカ……なに?」

    名乗った勇磨たちに、エルリスは眉間にしわを寄せる。
    とある理由のため、どうやら理解し切れなかったらしい。

    「…ああ、そうか。東の大陸系の名前なのね?」
    「あ、そっか。”こっち”とは違うんだっけ」
    「向こうじゃファミリーネームが先だって聞いたわ。本当にそうなのね」
    「ああ。御門が名字で、勇磨が名前」

    こっちの大陸では、名前が先。
    対して、勇磨たちの出身大陸では、名字が先。

    なので、瞬間的には理解しづらかったのだろう。

    「あれ? でも、そうすると、あなたたち同じ名字…?」
    「ああ、うん。俺たちは…」
    「仲良いみたいだし、もしかして、夫婦?」
    「ち、違うよ」
    「……」

    勇磨が説明する前に、エルリスが勘違いしてこう発言。
    慌てて否定する勇磨だが、環のほうは、無言でなぜかほのかに赤くなっていたりする。

    「双子の兄妹、俺たち」
    「なんだ、そうか。いえ、ずいぶん若いなとは思ったんだけどね」
    「ははは。いくらなんでも、夫婦はないでしょ」
    「おかしいなあ。普通なら、『兄妹』って単語がすぐに出てきそうなのに。
     なぜかそう思っちゃったのよね。あなたたちの仲が良いからかな」
    「はは、ありがとう」
    「……」

    依然、環は無言である。
    その心中はお察しあれ。

    「双子にしては、あんまり似てないわね。雰囲気は似てるんだけど」
    「よく言われる。二卵性だそうだから、外見に限れば、普通の兄妹より似てないかもね」
    「ふうん。ところで…」
    「ん?」

    もちろん、勇磨は見逃さなかった。
    エルリスの視線が、自分の腰に下がった、刀に向いたことを。

    「宿を探していたってことは、あなたたち、この街の人じゃないわよね? 見たこと無いし」
    「そう。ついさっき、この町に着いたトコ」
    「やっぱりそうなんだ。で……そんなのを持ってるってことは…」
    「うん。俺たちはハンターだよ」
    「……」

    やはりそうだった。
    わざわざ確かめたエルリスは複雑そうな表情をしている。

    (…なにかな?)

    何か、自分たちに話でもあるのだろうか。
    あるいは、ハンターそのものに何かがあるのか。

    「ランクは?」
    「ランク? 一応、俺も環もBだけど」
    「一応?」
    「あー、ずっと昇級試験受けてないから。でも、実質的にはもうちょっと上なのかな?
     Bより上のランクの仕事も請け負ったことがあるし、もちろん、やり遂げたからね」
    「そう、なんだ…」

    今度は何かを考え込むような表情のエルリス。

    ハンターランクは、見習いレベルのDから始まり、以降、C、B、Aと上がっていく。
    その上になると、世界でも数えるほどしか居ないSランク。さらにはSSランクも存在する。
    依頼の難易度を示す基準にも使われるので、個人の実力の目安にもなっている。

    「何か、ハンターに依頼するようなことでも?」
    「ぅ、ん…」

    環がストレートに尋ねてみる。
    引き続き、エルリスは言うか言うまいか、迷っているようだ。

    「あの、さ…」

    エルリスは、ついに覚悟を決めたようだ。

    「私を助けてくれた上に、出会ったばかりで、こんなことを頼むのは気が引けるんだけど…」
    「構いません。私たちでお力になれるのなら、出来る限り協力しますよ」
    「ありがとう…」

    申し訳なさそうに微笑む、エルリスであった。

引用返信/返信 削除キー/
■232 / inTopicNo.3)   『黒と金と水色と』第1話B
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/18(Fri) 23:36:43)
    2005/11/21(Mon) 15:03:58 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」B





    話は食事を取った後、ということになり、ひとまずは食事の時間。
    エルリスが作った料理は絶品で、勇磨も環も大満足だ。

    「ごちそうさま。いやぁ、美味しかったよ」
    「そう? お世辞でもうれしいな」
    「いやいや、本当に」
    「これなら、一流料理店のコックになれますね」
    「も、もう。環さん、それは言いすぎ…」

    口々に褒められて、赤くなるエルリス。
    満更でもなさそうなのは、人情である。

    「それじゃ…」

    笑っていたエルリスから表情が消え、言いづらそうな雰囲気を醸し出す。
    来たか、と勇磨と環も体裁を整える。

    「頼みたいことっていうのは他でもない。セリスの、こと」
    「妹さんでしたか、セリスさんというのは」
    「うん…。さっき見たでしょ? わたしの双子の妹、あの子のことよ…」

    2人の脳裏に、先ほどの少女の姿が再生される。
    いかにも具合が悪そうだったが、それ以上に伝わってくる、良くないもの。

    「あなたたちも双子でしたか」
    「そう。すごい偶然よね」
    「そうだね」

    エルリスは笑みを零したが、すぐに辛そうな顔に戻ってしまう。

    痩せこけた身体、今にも折れてしまいそうな細い腕。
    かすかにではあるが、時折、壁越しに聞こえてくる苦しそうに咳き込む声。

    「あの子は…」
    「ただの風邪じゃ、ないんだね?」
    「…ええ」

    そう予想するには、充分すぎた。

    「セリスは………原因不明の、死病に冒されているの」
    「「………」」

    だから、次にエルリスが言ったことも、比較的冷静に受け入れられた。
    それでも、驚きが無かったとは言えない。

    「原因不明って…」
    「医者にも診せた。治療法もわからなくて、匙を投げられちゃったんだもの。仕方ないでしょ?」
    「……」

    事態は、想像以上に深刻だった。

    「で、私たちに頼みたいことというのは一体? 生憎、医者ではないので、治療は出来ませんよ」
    「うん、わかってる。医者に見離されちゃったんだから、もう医術には頼らないわ。
     と、なると、残された道は…」
    「魔術。あるいは錬金術。もしくは、それに類する術」
    「正解」

    環の言葉に、エルリスは頷いた。
    妹を救うために、相当の努力をしたようである。

    「必死に調べた結果、町の西にある谷に、ドラゴンが生息しているらしいことがわかったわ。
     ドラゴンの血には、生命を活性化させる作用があるってことも。だから…」
    「なるほど…」
    「確かに、竜族の血液には、そのような力があると古来から伝えられていますね。
     それをセリスさんに?」
    「…うん。あの子を助けるには、もう伝説に頼るしかない。ウソでも本当でもいい。
     いえ、本当であって欲しいから、あなたたちに、取ってきてもらいたいの」

    医術では治らない怪我や病気も、魔術や錬金術を使って作られた薬などで、
    一縷ではあるが治る可能性もある。
    だが問題は、術を行使できる人間が限りなく少ないこと、その術自体が極めて難しいこと。

    さらには…

    「失礼ながら、資金はいかほど?」

    そう、お金の問題である。

    前述した2つの件を運良くクリアできても、治療にかかる費用は莫大なものを請求される。
    何もぼったくりというわけではなく、世間の相場だ。それだけ貴重な術式なのである。
    原材料となるものをとってきてもらうだけでも、かなりの高額になってしまう。

    依頼される側も命を賭ける仕事である。
    環がそう申し出たのは普通のことであり、等価交換の原則に準ずるものだ。

    「…ちょっと待って」

    エルリスは立ち上がって、奥の部屋へと消える。
    程なくして、彼女は小箱を抱えて戻ってきた。

    「…私が用意できるのは、それだけよ」
    「拝見します」

    差し出された箱を開ける。
    中には…

    「金貨が5枚……ですか」
    「…うん」

    金色に輝くコインが5枚。
    それだけであった。

    「これでは、ランクD相当の報酬クラスですね」

    なんとも言えない表情になる環。

    「竜といえば最強の部類に入る種族です。まあ倒すわけではないとしても、
     戦闘になるのは目に見えていますから、おそらくAランク。
     最低でもBランク以上には格付けされるでしょうから、話になりませんよ?」
    「わかってる。だから今まで、ギルドにも届け出なかったのよ…」

    エルリスが話し出したときから、結果は見えていた。
    お金があるのなら、とっくのとうにギルドに依頼し、腕利きのハンターが向かっていたことだろう。

    ちなみに通貨単位であるが、銅貨、銀貨、金貨の順で価値が上がることは言うまでも無い。
    それぞれ上の貨幣に両替でき、銅貨が100枚で銀貨1枚。
    銀貨は10枚一組で金貨1枚に交換できる仕組みである。

    平均的な家庭の1ヶ月の生活費が、金貨2〜3枚というくらいだから、
    ハンターに依頼するということが、どれほど高くつくかがお分かりいただけるだろう。

    「お話はわかりました。ですが…」
    「うちはもう、両親が居ないから、用意できるお金は本当にそれだけなの…。
     今までも、両親が残してくれたなけなしのお金を少しずつ削って生活してきて…。
     セリスがああだから、わたしも働いたりしたけど、それが現界で…。
     な、なんだったら、この家を売ってそれを…」
    「それでも、ランクA相当の相場には届きません」

    現実は厳しい。
    一等地の大豪邸ならばともかく、このような古ぼけた一軒家では…

    「Aランクの仕事を依頼するには、最低でも、金貨1000枚くらいの資金は必要です。
     失礼ですが、この家を売り払っても、そこまで届くとは思えません」
    「そんな…」
    「残念ですが」
    「お願い! あの子、あと数ヶ月も持たないっていわれてるのよ!
     コレが最初で最後のチャンスかもしれない…。
     もうあなたたちに頼るしかないの! お願い、お願いっ、お願いしますっ!」
    「……」

    気持ちは痛いほどにわかるが…

    自分たちも商売。ましてや命の危険がある仕事。
    それに、ここで安請け合いをしたことがバレると、
    ハンター界全体の相場を崩してしまうことになりない。

    そんなことは御免である。

    「お願いッ!!」

    「…兄さん」
    「う、う〜ん…」

    泣いて頭を下げて頼み込むエルリス。
    困惑した環は勇磨を見るが、その勇磨も困り果てていた。

    「じゃ、じゃあ、身体で払うわ! 一生、タダ働きで扱き使ってくれても構わない!
     なんでもするから!」
    「いい!?」
    「そ、そんなこと、女性が軽々しく言うんじゃありません!」

    もちろん、正当な意味を含めて否定したのだが。
    環は赤くなって否定する。”別な”意味をも勘ぐってしまったようだ。

    「兄さんには私が居れば充分です!」
    「い、いやあの〜……環? 変なこと考えてるだろ?」

    必死になっていることでも明らか。
    突っ込む勇磨のほうが恥ずかしい。

    そんなとき、変な空気を振り払う事態が起こる。

    「お姉ちゃん!」
    「せ、セリス!?」

    声のしたほうへ振り向くと、柱にもたれかかっているセリスの姿があった。
    かなりの無理をしているようで、自力で立ってはいるが足が震え、大声を出したことで肩が揺れている。

    「あなた、どうして…。ね、寝てなきゃダメよ!」
    「お話……はぁ、はぁ……聞こえた、から…」
    「セリス…」

    綺麗にしているとはいえ、古い建物だ。
    最後はエルリスが大声で頼み込んでいたこともあり、筒抜けだった。

    「お姉ちゃん……わたしのことは、もう、いいから…」
    「何を言うのよ!」
    「もう、充分だから……ゴホッゴホッ!」
    「セリスッ!」
    「そのお金……お姉ちゃん自身のために、使って…」
    「セリス…」

    「………」
    「………」

    麗しき姉妹愛、な場面を思い切り見せ付けられた勇磨と環。
    状況が状況なだけに、笑みこそ見せられないが、心中は苦笑だ。

    「これじゃあ、俺たちのほうが、悪者だよな…」
    「そうですね…。はぁ、厄介なことになりました…」

    どうしろというのか。
    こうするしかないではないか。

    「わかった、わかったよ」
    「え…?」
    「その依頼、引き受けようじゃないか。俺たちがね」
    「ウソ…」
    「ウソ言ってどうするのさ」
    「……」

    妹を抱えたセリスは、口を開けてぽか〜んとして。

    「あ、ありがとうっ!」

    もう、顔面一杯に喜色を浮かべて。
    すごい勢いで頭を下げた。

    「その代わり、俺たち宿が無いから、そっちのことは頼むよ」
    「美味しい食事と、暖かい寝床。よろしくお願いします」
    「もちろんよっ!」



    …かくして、勇磨と環は、割りの良い仕事どころか、
    赤字覚悟の仕事をすることになったのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■234 / inTopicNo.4)  『黒と金と水色と』第1話C
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/20(Sun) 12:03:23)
    2005/11/20(Sun) 21:03:47 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」C





    翌日。

    「ま、引き受けた以上は、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうかね」
    「ええ。『正確かつ迅速に』が私たちのモットーですからね」

    勇磨と環は、早速、西の谷に棲むというドラゴンのもとへと向かった。

    ノーフルの町から、その西の谷間での行程は、徒歩で片道3日ほど。
    朝早く出発し、初日の昼は、エルリスにこしらえてもらった弁当を食べ。
    その日の夕暮れまでに、すでに全行程の半分にまで到達していた。

    2人の歩くスピードは、”その気になれば”、常人に比べるとかなり早い。
    普通の人のジョギング程度の速度が、2人にとっては、その気になった歩くスピードなのだ。

    なぜ、そんなことが可能なのか?
    それは、行軍している最中の2人を見ていただければ、お分かりいただけると思う。

    「…今日はここまでかな?」
    「そうですね。夕食と寝床の準備をしなければなりませんし」
    「んじゃ……ふぅ」
    「さすがに、丸1日”この姿”でいるのは、疲れます」

    と、2人が揃って息を吐くと、同じような変化が2人に起こる。
    いや、”元の状態”に戻ったのだ。

    即ち、黄金色に輝いていた髪の毛が、元の黒髪に戻り。
    わずかながら、2人の身体から立ち上っていた黄金のオーラが消えた。

    そう。勇磨と環は『変身』する。
    2人が引いている特殊な血の影響で、さすがに容姿までは変わらないが、外見が大きく変化するのだ。

    それと共に、身体能力が飛躍的に上昇する。
    常識外なスピードで歩けるのは、こういった背景があるためである。
    『迅速に』というモットーを貫けるのも、この能力のためだ。

    「ああ、またこんな携帯食か…」

    今日の行動はコレまで。
    夕食にと、環が荷物から取り出したものを受け取って、露骨に顔を歪ませる勇磨。

    「味気ないなあ。早くもエルリスの料理が恋しいぞ…」
    「文句を言わないでください」

    夕べと、今朝、それにお昼に味わったエルリスの料理。それはもう絶品だった。
    環が褒めたように、今すぐにでも店を持てると思えるほどの。

    だから、このギャップは如何ともしがたく。
    おとといまでも、2週間続けてこのような食生活だったので、思いはひとしおだ。

    この携帯食、旅人にうってつけなだけあって、栄養は豊富なのだが…

    「…不味い」

    はっきり言って、美味しくない。

    ちなみに、環も料理は出来るのだが、材料と、何より設備がない。
    今の状況でその腕を発揮することは不可能である

    「うぅ…」
    「文句があるのなら、食べなくて結構です」
    「ああっ、食うから取り上げるな!」

    腹が膨れるだけマシ、と勇磨は仕方なく、携帯食を頬張った。

    「やっぱり美味くない…」





    翌日、午後。
    通常3日の距離を、勇磨と環は半分の時間で走破し、ドラゴンの谷に到着した。

    「さーて、ドラゴンさんは居るのかな?」
    「生息地とは言っても、そう都合よく見つかるわけは…」

    『アンギャ〜ッ!』

    「見つかったな」
    「…見つかりましたね」

    谷に入って早々、目の前に、体長20mはあろうかというドラゴンを見つけた。
    ドラゴンのほうは、見慣れぬ顔に威嚇の唸り声を上げる。

    「あー。別に戦いに来たってワケじゃないんで、ここはひとつ穏便に…」

    『グワッ!』

    勇磨の言葉など無視。
    そもそも通じるわけはなく、ドラゴンは紅蓮の炎を吐き出してくる。

    「おっと」

    もちろん、勇磨と環は軽く回避。

    「危ないな〜。だから、戦いに来たんじゃないんだってば」
    「言っても無駄ですよ」
    「ちょこ〜っと血をもらえればいいだけで」
    「彼にしてみれば、どちらにせよ身体を傷つけられることになるわけで、同じかもしれませんよ?」
    「…確かに」

    皮膚を裂かねば、血液は出てこないわけで。
    ドラゴンにしてみれば、痛い、嫌な行為であるわけで。

    『グギャ〜ッ!』

    そんな事情を熟知しているかのごとく、ドラゴンからは炎の連撃、連撃。
    直撃を喰らった周囲の岩々が、熱した飴玉のように溶けていく。

    「どうやら、話し合いに応じてくれる気配は無さそうだ」
    「最初からそうですって」
    「突っ込むな。雰囲気が台無しになる」
    「はぁ。何のことかは訊かないでおきます」
    「それでいいのだ」

    炎を避けながらそんな会話をする2人。
    ドラゴンといえば最強のモンスターであるはずなのに、勇磨と環は余裕綽々だ。

    「仲間が来ると厄介だな。手早く済ませましょ」
    「兄さんにお任せします」
    「りょーかい」

    ここで、環は後方に離脱。
    勇磨のみがドラゴンに正対する。

    強大な魔物のドラゴンに、たった1人で立ち向かおうというのか。

    「悪く思うなよ。本当に少し、ほんのちょびっともらうだけだから。
     ま、タンスの角に小指をぶつけたとでも思ってくんねぇ」
    「その例えはどうかと」
    「だから突っ込むな」

    『グルル…』

    勇磨と環はやはり余裕である。
    ドラゴンは、真正面から相対する勇磨に、理解できないとでも言うかのごとく戸惑ったが

    『ウゥゥ』

    低く唸り、再び炎を吐き出す態勢に行く。
    元来が巨体なので動きはさほど素早くないが、この立ち止まった瞬間を逃す手は無い。

    「んっ!!」

    勇磨が掛け声一閃。

    その瞬間、彼の身体からは不可視のオーラが噴き出し、周囲を薙いでいく。
    黒かった髪の毛が金色に変わり、自身のオーラによって揺らめいた。

    『………』

    突然のことに、さしものドラゴンも驚いたようだ。
    我を忘れて見入ってしまっている。

    「喝ぁぁあつッ!!」

    大音声と共に、ドラゴンに襲い掛かる猛烈な風圧、プレッシャー。

    『ガ……ァァ……』

    ドラゴンの巨体が横倒しに倒れる。
    まともに受けてしまい堪えきれずに、自分よりも強大なパワーによって、気絶させられてしまったのだ。
    それだけ、勇磨が発した気迫が凄まじかった。

    こうすれば、気絶している間に事を成すことが出来る。
    何も殺してしまう必要は無いわけで、最良の方法だ。

    「ふぅ。こんなもんでいかが?」
    「上々ですね」

    気を抑え、普通の状態に戻りながら勇磨が訊く。
    環は、歩み寄りながらそう答えた。

    「あとは、血を少々、いただくだけです」

    そう言った環は、さらにドラゴンへ歩み寄って、小刀を取り出す。
    そして

    「すいません、少しだけ頂戴しますね」

    すっと、倒れたドラゴンの皮膚に走らせる。
    ウロコを引き裂いて、つ〜っと一筋の傷が出来た。

    ドラゴンの皮膚は鋼鉄並み。
    それをたやすく、小刀程度で引き裂く環の技量、お分かりいただけると思う。

    滴り出てくる先に小瓶を差し出して、瓶が一杯になるまで血をいただいた。

    「こんなもので充分でしょう」

    瓶の蓋を閉め、大切そうに懐にしまいこむ。
    これで今回の任務は完了。

    …っと、そうだ。

    「痛かったでしょう。申し訳ありません」

    環がそう言って、傷をつけた箇所に手を添える。
    彼女の手から淡い光が漏れた。

    するとどうか。
    みるみるうちに傷が塞がっていくではないか。

    「血のご提供、感謝いたします。ありがとうございました」

    軽く一礼する環。
    彼女はヒーリング能力を有しているのだ。

    「さて兄さん。急いで帰りましょう」
    「あ、やっぱり?」
    「当然です」

    やっぱりそうなるか、と勇磨は苦笑する。

    「太古の昔より音に聞きし、ドラゴンの血の効力がそう簡単に失われるとは思えませんが、
     やはり、鮮度が良いに越したことはないでしょう」

    そういうことだ。

    なるべくなら、時間を置かずに使ったほうがいいに決まっている。
    古いからダメでした、なんてことになったら、目にも当てられない。

    「行きますよ、兄さん」
    「はいはい…」

    共に力を解放し、もと来た道を戻っていく。
    往路とは比べ物にならないスピード。

    この分なら、明日の朝には着くだろうが…

    「今夜は徹夜なのね…」

    勇磨の情けない声は、風にかき消されていった。

引用返信/返信 削除キー/
■236 / inTopicNo.5)   『黒と金と水色と』第1話D
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/22(Tue) 16:43:26)
    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」D





    翌朝。

    「とって……きたよ……」

    倒れこむようにして、勇磨たちが帰ってきた。
    エルリスにドラゴンの血が入った瓶を渡す。

    「ウソ!? 本当に取ってきて……しかも、こんなに早く!?」
    「せいかくかつじんそくに…が……おれたちのもっとーでさぁ……」
    「あ、ありがとう! やっぱり貴方たちに頼んで正解だった!」

    大喜びするエルリスであるが、目の前では、ちょっと困った状況になっていた。
    つまり、勇磨と環の状況である。

    「って、あのね? 大変だったのはわかるけど、ここではちょっと……。
     休むんなら、部屋を用意するから」

    「つ、つかれた…」
    「すいません……さすがに……現界なもので…」

    エルリスの家の玄関に、扉を開けたまま、折り重なって倒れている勇磨と環。
    さすがに、能力を解放して一晩中駆けるのは、相当に応えたようである。

    「それよりも……早く、セリスさんに…」
    「そ、そうね!」

    促され、エルリスは受け取った瓶をギュッと握り締めて、最愛の妹のもとへ駆けていく。

    「セリスッ!」
    「こほこほ……どうしたのお姉ちゃん。そんなに慌てて……こほこほ……」

    部屋に入ると、ベッドの中で苦しそうに咳き込むセリスの姿。
    妹のこんな姿を見るのは、これっきりにしたい。

    だからこそ、全財産をはたいてまで、これを入手してもらったのだ。
    瓶を握り締める手に、少しだけ力を込めて。

    「セリス。何も言わずに、コレを飲んで」
    「…え?」

    手の中にあるものを、差し出した。

    「な、なにこれ?」

    驚くのも仕方が無い。
    姉が差し出した瓶の中には、どろっとした赤黒い液体が入っているのだ。
    あまり良い気はしないだろう。

    「いいから、騙されたと思って、飲んでみなさい」
    「……」

    しばし、セリスは姉の顔を見つめる。
    真剣そのものだった。

    セリスは、姉の言葉に従うことにした。

    「わかった」
    「…いいの?」
    「お姉ちゃんが言ったんだよ」
    「でも…」
    「いいの。コホッ……わたしは、お姉ちゃんを信じる」
    「セリス…」

    微笑みかけるセリス。

    「今までも、お姉ちゃんはわたしのために色々してくれた。こほこほ…
     それこそ、自分を犠牲にしても。10年前のことだって…。
     だから、今回も…ううん。一生…ゴホッ……わたしはお姉ちゃんを信じる」
    「…あり……がと……」

    エルリスは思わず涙ぐんでしまった。
    ぐしぐしと自分の目を拭って。

    「さあ、飲んでみて」
    「うん。…っ」

    意を決し、セリスは瓶の蓋を開け、中の液体を自分の口内へ流し込む。

    ごっくん…

    セリスの喉元は、確かに飲み込んだことを示した。

    「…うぇぇ、変な味。それに、ドロドロしてて…」
    「……」

    飲み干したセリスの様子を、エルリスは慎重に窺う。

    「お姉ちゃん? 飲んだよ」
    「え、ええ…」
    「?」

    首を傾げるセリス。
    それだけ、今の姉の様子はそわそわしていて、どこかおかしかった。

    「ええと……セリス?」
    「うん」
    「何か、変わったことは、ない?」
    「変わったこと? ええと……特には」
    「……そう」

    酷く落ち込んだ様子のエルリス。

    ダメだったのか…
    伝説の、ドラゴンの血をもってしても、妹の病気は治らなかったのか…

    絶望が訪れる。

    「その、お姉ちゃん? なんだったの、今の?」
    「いいのよ。もう、終わったことだから……って、ん…? んん?」
    「お姉ちゃん?」

    ここで、エルリスは気付いた。
    不思議そうに自分を見ているセリスの、先ほどまでとは違った様子に、気付いた。

    「セリス、あなた…」
    「はい?」
    「……咳は?」
    「え?」

    問われ、本人のほうが逆に驚いた。

    「咳……出てない、わよね?」
    「そ、そういえば…。あ、あれ? なんか、胸がすっきりしたような……呼吸が楽……」
    「……」

    これまでのセリスは、いつでも苦しそうに、ひゅーひゅーと肩で息をしていた。
    咳が出ないばかりか、現在、そんな様子は微塵も見られない。

    「あれれ…? 身体も軽くなったような気がする…」
    「心なしか、顔色も、良くなって見えるわよ…」
    「ほ、本当? わあっ」

    慌てて手鏡を引っ張り出すセリス。
    自分でも、病魔に侵されていた間の顔は相当ひどいものだと自覚していたのか、
    映る自身の顔に、表情を変えたりしながら一喜一憂している。

    「っ…」

    エルリスの肩は震えていた。
    もうすでに、目元にも涙が滲んでいる。

    確信した。
    ドラゴンの血は効いたのだ。効いてくれたのだ。

    「っセリス〜〜〜〜〜ッッ!!」
    「おっ、お姉ちゃん!?」

    セリスに抱きつくエルリス。

    「よかった……よかったぁぁあ……!!」
    「な、なんなの? 結局、なんだったのぉぉおお……!!」

    兎にも角にも、セリスは一命を取り留めたのだ。





    姉妹の声は、いまだ、玄関先で死んでいる勇磨と環にも聞こえた。

    「上手くいったみたいだな」
    「ええ。何よりです」

    2人も安堵する。
    がんばった甲斐があるというものだ。

    「しかし…」
    「ええ…」

    だが、ひとつ問題が。

    「俺たち、忘れられてるのかなぁ…?」
    「言わないでください兄さん。余計むなしくなります…」

    疲労困憊で、動けない。
    最悪なのは、ドアが開いたままで、外から丸見えになっていることだ。

    つまり、こんな情けない状態を、通行人に見られてしまう。

    「ぐぐ…」
    「むむむ…」

    唸ってみるが、それで状況が好転するわけでもなく。
    自分たちが回復するのが先か、エルリスが気付いて戻ってきてくれるのが先か。

    いずれにせよ…

    「不覚…」
    「穴があったら入りたい心境です…」

    醜態をさらしている、という事態に変わりはなかった。
    もはや泣きたくなってくる。


    結局、エルリスが我に返って、改めて勇磨と環のもとに感謝を述べに来たのが30分後。
    その間に回復はせず、数人の通行人に、首を傾げながら凝視される羽目に陥ったそうな。



    第2話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■237 / inTopicNo.6)   『黒と金と水色と』第2話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/23(Wed) 21:23:47)
    2005/11/23(Wed) 21:24:25 編集(投稿者)

    第2話「水色姉妹の修行」@





    竜の血を取り、帰ってきてからちょうど1週間。
    ノーフルの町のハンターギルドに

    「今日は、良い仕事はないかな?」
    「何か入ってきていればいいんですが」

    御門兄妹の姿がある。
    1週間も経ったというのに、この町に留まっている理由は、2つ。

    「エルリスさんの依頼は達成しましたけど、赤字でしたからね」
    「ああ。その分、稼がないと」

    ひとつめ。
    ただでさえ寂しかった懐が、さらなる困窮へと陥ってしまったことだ。

    金貨5枚という達成報酬だったが、本来なら金貨1000枚以上という相場である、
    Aランクの仕事な上に、食料などの準備をするのに、それ以上の経費がかかってしまった。
    また、精神的なものも加味して欲しいところだ。

    この町に滞在中は、エルリスとセリス姉妹の家に厄介になっているからお金はかからないが、
    永続的にここに留まるわけではない。稼げるだけ稼いでおかなくてはならないのだ。
    かくして2人は、ギルドへ通い、こつこつと日銭を稼いでいる状況である。

    そして、ふたつめ。
    目下のところ、こちらのほうが、勇磨と環にとっては重大で、厄介なことになっている。

    「なるべくならば、手っ取り早く終わり、なおかつ、報酬の良いものを」
    「でも、そうそうあるわけがないよなあ」

    ギルドの壁に貼られている依頼書の内容を、1枚1枚チェックする。
    なるべく時間をかけたくない、という条件は、先のふたつめの理由のためである。

    「今日も、エルリスさんとセリスさんに、稽古をつけてあげなきゃいけませんから」
    「そうだな」

    ふたつめの理由。
    出来るだけ早く帰って、エルリスとセリスの修行を見てやらねばならないから。

    稽古? 修行?
    あの2人に、なぜ稽古をしてやらねばならないのか? 何のために修行を?

    そうなった背景については、4日前。
    西の谷から帰還して、3日目の朝にまで遡らなければならない。





    西の谷から戻って、3日目の朝の出来事。

    「あの、勇磨君、環さん」
    「うん?」
    「なんですか?」

    朝食後、エルリスが2人に話しかける。
    なにやらまた、真剣な表情なのが気になるが…

    「お願いが……あるんだけど…」
    「お願い?」
    「まあいいでしょう。なんです?」

    軽い気持ちで聞くことにしたのが、事の発端だった。

    ちなみに、格安で依頼を引き受けてもらい、セリスを救ってもらったことに対する
    謝礼として、エルリスはこの町にいる間は、と御門兄妹に寝食を提供している。

    「セリス! ちょっと来て!」
    「は〜い」

    セリスを呼ぶエルリス。
    先に席を外していた彼女はすぐにやってきて、姉の横に座った。

    「これは、私たち姉妹の総意なんだけど」
    「うん」
    「私たちに、稽古をつけてもらえないかな?」
    「………」

    時間が停止すること、およそ10秒。

    「ええと、修行、してもらえないかな?」
    「……なぜに?」

    もう1度言うエルリス。
    一方、氷結していた勇磨たち。ようやく再起動して、聞き返すことが出来た。

    「稽古って……なに? 俺たちが、君たちに?」
    「ええ」

    エルリスは、はっきりと肯定する。
    隣のセリスも、決意を秘めたオッドアイを輝かせていた。

    そのセリスだが、ドラゴンの血を飲んで以降、急速に回復。
    翌朝、つまりきのうの朝には普通に立って歩くことが出来るようになり、
    夕方には、もはや健常者と比べても遜色ないくらいにまで回復していた。

    痩せ細っていた身体も元通りになり、体力的にも問題はない。
    ドラゴンの血の効力は想像以上だったようで、信じられないが、
    僅か2日あまりで全快したと言っていいのだろう。

    突然の、しかも、なんの脈絡も無い申し出。
    衝撃に襲われている勇磨と環を尻目に、エルリスはさらにこう続けた。

    「あなたたち、腕の立つハンターなのよね。ドラゴンの血を速攻で取ってきちゃうくらいだもの。
     大いに信用できるし、無茶な依頼を引き受けてくれた、人柄も信頼できる」

    「ちょっと待ってください」

    環もようやく再起動。
    信じられないといった表情で、口を挟んだ。

    「私たちのことはいいとしましょう。ですが、あなたたちに稽古をつける理由にはなりません。
     そもそも、なぜ修行などと。あなたたちは普通の一般人ではないのですか?」
    「言ってなかったね」

    環の言葉を受け、エルリスはセリスと顔を見合わせ、頷き合い。
    姉妹揃って、懐から何かを取り出して見せた。

    「一応、私たちもハンターなの」
    「見習いの、駆け出しもいいところなんだけどね〜」

    2人が示したのは、”Dランク”と書かれた、ハンター認定証だった。

    「そ、そうだったのか…」
    「なんと…」

    勇磨と環は驚くしかない。

    「半年前に資格は取れたんだけど、直後にセリスがあんなになっちゃって、
     ロクに修行も活動も出来なかったの。
     だから、ちょうどいい機会だし、イチから鍛え直してみようと思ったのよ」
    「ちょうど、勇磨さんと環さんっていう、優秀な先生がいるしね♪」

    「はぁ…」

    セリスの無邪気な物言いに、思わずため息が出てしまう。
    彼女は元来、このような明るい性格なようで、治ってからというものの元気一杯だった。

    「エルリスはいいとしても、セリスは大丈夫なのか? 病み上がりで」
    「大丈夫! なんかね、病気になる前よりも調子いいくらいなんだな〜これが♪」
    「ああ、そう」

    ドラゴンの血は、少々効きすぎたらしい。
    笑顔満開で元気よく答えるセリスを見ていると、そう感じざるを得ない。
    病魔を吹っ飛ばしたばかりか、元の元気にも効果を及ぼしたようだ。

    「お願い! 私たちに修行をつけて!」
    「お願いしますっ!」

    姉妹で頭を下げる。
    勇磨と環は…

    「…環」
    「私に振らないでくださいよ」

    散々、悩んだ挙句…

    「まあ、頼られて悪い気はしませんが…」
    「2人がハンターだって見抜けなかったの迂闊だったし…」

    悩んで・・・

    「何か、強くなりたい理由でもあるの?」

    核心を尋ねた。

    「旅にね、出なきゃいけなくて」

    するとエルリスは、隣のセリスに視線を移しながら、そう答えた。
    セリスは真剣な表情のままだが、心なしか、姉に対してすまなそうにしている。

    「だったら、強くならなくちゃと思って、ハンター資格も取った。
     でも、この半年なにも出来なかったこともあって、まだまだ未熟もいいところだと思うのよ」
    「それは、どうしてもやらなくちゃいけないこと?」
    「うん、どうしても」
    「そうか」

    エルリスもセリスも、一点の曇りもない眼差しを返した。
    これには勇磨と環も心を打たれる。

    目的があって、旅をする。旅に出なくてはならない。
    水色の姉妹が何をしようとしているのかはわからないが、要は同じ境遇だということだ。

    「環」
    「仕方ありませんね…。こうなったら、1度でも2度でも同じです」

    1度は無茶な依頼を受けてしまったのだ。
    ここまで関わったことだし、受けてあげよう。

    「わかったよ。俺たちでいいのなら、見てあげるよ」
    「本当!?」
    「わ〜い、ありがと〜♪」
    「ただし、条件があるよ」

    「「……え」」

    交換条件を突きつけられ、固まる水色姉妹。
    いったいどんな条件を課されるのか。

    金銭的なものだと、成す術は無いのだが…

    「お二人には、私たちが今、宿無しな状況なのはご理解いただけていますよね?」
    「え、ええ」
    「そう警戒しないでください」
    「簡単なことだから」
    「……」

    戦々恐々、といった雰囲気で、条件提示を待つ姉妹。

    「修行はしてあげる。その代わり、俺たちは滞在する当てが他に無いから、
     引き続き、食事と寝床の面倒を見てもらえるかな?」
    「な、なんだ、そんなことか…」

    ホッと息をつくエルリス。
    横のセリスも、ぱ〜っと顔をほころばせていく。

    「そういうことなら、喜んで。セリスの命の恩人でもあるし、大歓迎よ」
    「わ〜い、一緒に居られるね〜♪」

    別段、現在の状況となんら変わることは無い。
    エルリスもセリスも条件を快諾。

    そんなわけで、引き続き姉妹の家に滞在しつつ、
    2人に修行をつけてあげることになったのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■239 / inTopicNo.7)  『黒と金と水色と』第2話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/26(Sat) 00:20:19)
    2005/11/26(Sat) 18:23:13 編集(投稿者)

    第2話「水色姉妹の修行」A





    早速、修行を始めることにした水色の姉妹。
    町の外に出て、適当な場所を見つけて修行開始。

    「じゃあまずは、2人のスタイルを聞いておこうかな」
    「すたいる? やだな勇磨さん。スタイルなんか聞いてどうするのさ〜。
     スリーサイズは秘密だからねっ♪」
    「いやいや違う違う違うっ! 素敵に勘違いするんじゃない!」

    「戦い方のことです」

    勇磨が言い、勘違いしたセリスが赤くなる。
    慌てて否定するが、環の視線が痛かった。

    「人間、得手不得手がありますから。自分の長所と短所を知っておくことも重要ですし。
     例えば、接近戦が得意とか、格闘戦に弱いとか、魔法を使うとか使えないとか。
     セリスさん。あなたはどういった武装を用い、どういった戦い方をするのですか?」
    「わたし? わたしはね…」

    そう言って、セリスが隠し持っていたものを取り出す。

    「じゃーん! これ!」

    「ヨーヨー?」
    「セリスさん。ふざけないでください」
    「ふざけてないよ〜」

    それは、紛れもなくヨーヨーだった。
    一見した限りでは普通のヨーヨーであり、環の視線が厳しさを増す。

    「これ、ミスリル製のヨーヨーなんだから! ちゃんと使えるんだよ!」
    「ミスリル…」
    「なるほど…」

    ふむふむと頷く環。

    ミスリルは魔法科学を使って作られた金属で、非常に軽くて丈夫。
    魔力を伝導しやすいという特徴もあって、武具にすればかなり重宝されるものだ。

    「セリスさん。少し、実際に使ってみていただけますか?」
    「いいよ〜。それ〜っ!」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    セリスが念を込め……いや、違う。魔力を通したのか。
    証拠に、彼女がヨーヨーを操りだした途端、ぼぉっとヨーヨー自体が淡く光を帯びた。
    ミスリル製だそうなので、ありえないことではない。

    まるで意志を持ったかのように、ヨーヨーは中空を舞う。

    「まだまだまだ〜♪」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    「おおっ!」
    「ほぉ・・・」

    セリスは、1個だったヨーヨーを2個に増やし、3個に増やし。
    最終的には、両手に3つずつ持って、合計6個のヨーヨーを動かして見せた。
    勇磨も環もこんな芸当を見るのは初めてで、純粋に驚く。

    「それそれそれ〜♪」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    まだ、すべてを自在に操っている、というには程遠いレベルだが、
    コレだけ出来れば、充分にすごいことだろう。

    「へぇ、すごいな」
    「自分の魔力を使ってコントロールしているんでしょう。
     魔力でコーティングされているので、目標に当てさえ出来れば、かなりの破壊力が出そうですね。
     それに、糸による切れ味も期待できますし、近接戦闘においては、威力は充分です」

    このような武器があり、こんな使い方をする人物がいようとは。
    が、環は、さらなる別な要因で驚いていたりする。

    (しかし、これは……)

    セリスが魔力を使って見せたため、彼女本人の魔力の質が垣間見える。
    感じられる魔力量はとんでもないものであり、また…

    (注意…いや、厳重警戒が必要なレベルですね)

    大きな爆弾が潜んでいる、ということもわかってしまった。

    (まあ、とりあえずは後回しにしましょう)

    現状では、立てられる対策もあまりない。
    もちろん、将来的には、必ず解決しなければならない問題である。

    だが今の時点では、それほどの危険は無いだろうし、それは後で考えるとして。

    「セリスさん、ご苦労様ですもういいですよ」
    「ふ〜う」

    環からOKをもらうと、セリスは息を吐きながらヨーヨーを手元に戻す。
    さすがに、6個を同時に扱うのはきつかったようだ。

    「これまでは4個が限界だったんだけど、病気が治って調子いいからかな?
     今日は6個まで動かせちゃった」

    こんなところにまで、ドラゴン効果か。

    「魔力を使っていましたが、ちなみに、魔法も使えたりします?」
    「う…。わたし、魔力はあるみたいだけど、苦手なんだよね…」
    「はあ。まあ、魔法は私たちでは専門外ですから、見てあげられませんけど」

    根本的な問題があったか。
    対策の必要性が増してしまった。

    「では次は、エルリスさんですね」
    「うん。私は、これね」

    そう言って、エルリスが取り出したのは、輝きの美しいひとふりの剣。

    「剣?」
    「『エレメンタルブレード』っていうらしいわ」
    「じゃ、俺の範疇かな」

    勇磨が得意なのは剣術である。
    剣を使うというのだから、剣術を教えてやるのが一番だろう。

    「あと、魔法を少し」
    「へえ便利だね。属性は?」
    「『氷』よ。それ以外は使えないんだけどね」

    てへっと、かわいく舌を出しながら言うエルリス。
    これまでの様子を見て、勇磨は特に何も感じなかったようであるが

    (妙ですね)

    環は、違和感を感じていた。

    (セリスさんの魔力といい、エルリスさんの氷のみ使えるという魔法といい…。
     それに、あのヨーヨーやエレメンタルブレードとかいう剣。
     とても、このような姉妹が手に入れられる代物では…)

    環は、特殊な血筋から、魔力やその方面の知識に明るく、感覚も敏感である。
    その代わり、兄の勇磨は、魔力や魔術関連のことはまったくダメなのだが。
    双子の妹に、そちらのことはすべて持っていかれてしまったのか。

    蛇足がついてしまったが、とにかく、環には不思議でならなかった。

    ミスリル製の武具などは非常に貴重品。あの剣も、市場に出ればかなりの値になるだろう。
    そんなものが、このようなある意味”普通の”姉妹の手にあるということは、おそろしく不自然である。

    (…まあいいです。
     この水色の姉妹お二人と付き合っていけば、いずれ、知ることが出来るでしょう)

    とりあえずは、疑念を振り払っておく。

    「それで、私たちはどうすればいいの?」
    「修行って、何をするのかな〜♪」

    「特別なことはしないよ」
    「そうですね。まずは……」

    修行の第一歩。
    それは…

    「体力づくりから始めましょうか」
    「え?」





    数分後。





    「つ、疲れた…」
    「もうだめ……走れない〜……」

    どっかりと、地面に座り込む姉妹の姿。

    「ほらほらどうした! まだ5分も走ってないぞ!」
    「い、いきなりこんなハードワークなんて……聞いてないわ……」
    「うぅ〜、わたしは病み上がりなんだぞ〜! ちょっとは労わってよ〜!」

    「それだけ大声を出せれば充分です」

    冷静な環のツッコミが入る。
    5分のランニングなんて、と思うかもしれないが、全力疾走に近いスピードなので、
    バテるのも早かった。

    「だいたい、この程度の走り込みでバテるだなんて、
     あなたたちは本当にハンター認定を受けているんですか?」
    「しょうがないじゃない……。セリスがああなってからは、看病にアルバイトに……
     言ったでしょ? ロクな活動が出来なかったって……」
    「だからぁ、わたしは病み上がりなんだってば〜!」

    こうなった以上、何を言っても言い訳に過ぎない。
    少なくとも、勇磨と環にとっては、そんなことは理由にならない。
    ハンターたるもの、いつ何時だろうと、鍛錬を怠ってはならないのだ。

    「はい! あとグラウンド10周!」
    「グラウンドって…」
    「どこだよー!?」
    「野暮なことには突っ込まない。ほら、口じゃなくて足を動かす! イッチニ、イッチニ!」
    「頼んできたのはそちらですからね」

    「うぅぅ……鬼ー! 悪魔〜!」
    「アレだけ走って息ひとつ切れてない。バケモノだわ、あの2人……」


    水色姉妹にとっては、地獄の日々の始まりだった。




    第3話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■240 / inTopicNo.8)  『黒と金と水色と』第3話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/30(Wed) 00:12:49)
    黒と金と水色と 第3話「卒業試験、そして旅立ち」@





    「こらセリス! 手を抜くな!」
    「ひい〜!」

    今日も今日とて、水色の姉妹は修行三昧。
    勇磨に小突かれながら、セリスがランニングをしている。

    「はぁ…はぁ……お願い、ちょっと休憩を……」
    「まあいいでしょう」

    こちらはエルリスと環。
    どっかりと座り込んでしまったエルリスの頼みに応じ、致し方なしと環が許す。

    病気で寝たきりだったセリスに比べると、当然、体力ではエルリスのほうに分があるわけで。
    身体能力の向上も、姉のほうが一段上だった。
    だからこそこうして、やや甘めに休憩を許している状況である。

    「はぁ…はぁ…」

    大きく肩で息をしているエルリス。
    脇に立つ環を見上げ、苦しいながらも、呆れながらモノを言う。

    「コレだけ走って、息ひとつ切らせないなんて……あなた何者?」
    「鍛え方と年季が違います」
    「そう…」

    環は一言で切って捨てた。
    考えるのも馬鹿らしく、息が苦しいので、エルリスもこれ以上は追求しない。

    「ほらほら! そんな走り方じゃ、いつまでたってもスタミナなんかつかないぞ!」
    「うぅ〜! スパルタ反対ぃぃ〜っ!」

    「しごかれてるなあ」
    「そうですね」

    セリスの様子を見て、くすりと笑みを漏らすエルリス。
    なんだかんだ言いつつ、セリスはメニューをこなしているから、うれしいものである。

    特に、1度は諦めた身の上なのだ。
    それがこんなふうに、元気よく走り回れるようになるなんて。

    「セリス、がんばって」

    エルリスは目を細めつつ、小さな声で呟いた。

    「ところで、エルリスさん」
    「え? なに?」

    しばらく見つめていると、不意に環から声をかけられた。

    「ずっと聞きたいと思っていたのですが、あなたたちが旅に出たいという理由。
     セリスさんに関することではありませんか?」
    「!!」
    「やはりそうですか」

    まったく予期していなかったことだけに、動揺が顔に出てしまった。
    環にはそれだけでわかる。

    「な、なんで…」
    「なに。少しばかり、セリスさんに関して、気になることがあるものですから」
    「ち、ちなみに……どこまでわかってるの?」
    「さあ? あなたが思っていることと、私が思っていること。
     どこまで合致しているのかがわからない以上、なんとも申し上げかねますね」
    「………」

    環は立ったまま、セリスを見つめている。
    エルリスはひとつ息を吐いて、自らの敗北を認めた。

    「ウソばっかり。本当はみんなわかってるんでしょう?」
    「ふふ、少し意地悪が過ぎましたかね」

    ここで、環も笑顔を向ける。

    「やっぱり。わかってるんなら、話は早いわ」
    「その可能性を、少しでも減らしたい。あるいは、制御する方法を……という具合ですか」
    「そういうこと」

    エルリスは頷いた。

    他人には絶対に知られてはいけない、自分たち姉妹だけの秘密。
    知られたが最後。
    最悪の場合は、魔術協会に捕縛され、解剖されて、ホルマリン漬けになるのがオチだ。

    「そうね…。考えてみれば、ここまでお世話になってるんだし、話さないわけにもいかないわね」
    「解せないのは、どうして彼女に、『あれだけの魔力が宿ったのか』ということです」

    そういう雰囲気になったことを悟ったので、環はいきなり核心を突いた。

    「セリスさんには、人間としては異常なほど、強力な魔力が宿っています。
     少なくとも、これまで私が出会った人物の中では最高クラスですし、飛び抜けています。
     それに、あなたのことも…」

    「話せば長くなるんだけど…」

    エルリスはそう前置きして、静かに語りだした。
    <10年前の出来事>を。




    およそ10年前。
    その頃はまだ、水色の姉妹はここより北方の街、スノウトワイライトに住んでいた。

    平和に、平凡に暮らしていた姉妹だったが、終末は突然に訪れる。

    ある日、町の郊外へ遊びに出ていた姉妹。
    元気に駆け回っていたのだが、突然、セリスが胸を押さえ、苦しみながら倒れてしまう。
    妹の異変に、急いで駆け寄ろうとしたエルリスだったが…

    刹那、彼女が見たものは、視界一杯に広がる真っ白な世界。
    気付いたときには、元居た場所よりも、数十メートルは吹き飛ばされた場所にいた。
    痛む身体に鞭打ち、妹の姿を捜すと、先ほどと同じところに倒れこんでいる。
    自分のことなど考えず、再びセリスのもとへ駆け寄るエルリス。

    抱き上げ、声をかけるが、セリスは苦しそうにうめくだけ。
    そのうち、セリスの身体がどんどん熱くなってきて、
    再度、あの真っ白な世界が訪れてしまうような予感がした。

    いけない、と思ったエルリスが、次の瞬間に取っていた行動は、歌うことだった。

    誰かの声が聞こえ、自分の中に入っていく感触。
    自分の中に入った誰かが、この事態を打開するには、それが1番だと伝えてくる。
    だから、ただただ、妹の無事を願い、必死な思いで歌った。

    するとどうか。
    セリスの熱は見る間に引いていき、呼吸も落ち着いていったのだ。
    とりあえずはそれで事なきを得た2人。

    後になって聞かされ、気付いたことだが、『魔力の暴走』という重大事件であり、
    セリスの周りは、地面が抉れてクレーター状になっていたということだ。




    「…とまあ、こんな感じ」
    「………」

    環は無言で、ジッとエルリスの話を聞いていた。

    「私が魔法を使えるようになったのもそのときからで、使えるのは氷属性だけ」
    「なるほど…」

    ようやく環が声を発する。
    エルリスの長い独白だった。

    「信じられませんが、セリスさんの魔力は生まれ持ったもので、
     エルリスさんのそれは、そのときに偶発的な要因によって宿ったものだということですね」
    「まあ、そうなのかな。
     今でも時々、自分の中の誰かの存在を感じ、声が聞こえることがあるもの」
    「不思議なこともあるものですね」
    「ほんと。でも今でも、暴走が街中じゃなくて、郊外で起こってくれて良かったと思うわ。
     街中だったら、どんな被害が出ていたことやら…」

    考えたくもない。

    「それで、再び魔力の暴走が起こらないとも限らない。
     だから、根本的な解決法か、魔力の制御法を探そうと、旅に出ようというのですか」
    「うん。まあ、短絡的な発想だけどね」
    「いえ、当然の考え方でしょう」

    ひとたび魔力が暴走すれば、それこそ思いも寄らない被害が出ることになる。
    そんなことは絶対に避けたいし、妹の命をも危険に晒すということだ。

    防げる方法があるのなら、それを見つけ、安定・安住を確保したい。
    触れてはいないが、姉妹が故郷の町ではなく、ここノーフルにいるということとも、
    無関係ではなかった。

    稀有な力は、それすなわち”異能”。
    どんな反応をされ、どんな目に遭うのかは…

    「しかし…。あなたたちは本当に規格外ですね。
     あれほどの魔力を持っていたり、氷の精霊を体内に宿していたり」
    「いやあ……って、アレだけ走っても息を切らせないあなたもそうだと思うけど」
    「そうですか?」
    「そうよ。…ん? なんか、もうひとつ、気になることを言っていたような…」

    ついさっきの、環の言葉を思い返してみる。

    「そ、そうだ。『氷の精霊』って!?」
    「言葉通りですよ」

    環は、冷静に答えてくれた。

    「話を聞いた限りでは、ほぼ間違いなく、10年前のそのときに、
     氷の精霊があなたに宿ったのでしょう。
     そうだとするならば、セリスさんの暴走を止められたことも合点が行きます。
     当時5、6歳の幼子に、そのような真似が出来るはずありませんから」
    「そ、そうなんだ…」

    新たな事実に、エルリス本人が愕然としている。
    自分の中にいるのは氷の精霊。

    「そうなんだ…」

    何度も反芻しながら、自分の身体を見つめてみる。
    何の変哲もないが、実際に言われてみても、実感に乏しかった。

    「まあ、あまり意識せずとも大丈夫ですよ。
     どうやらその精霊は、あなたのことを気に入っているみたいですし」
    「そうなの?」
    「ええ。そうでもなければ、わざわざ宿ったりはしませんよ。ましてや、力を貸したりはね」
    「そっか…」

    魔法が使えているのは、その精霊のおかげ。
    なるほど。氷の精霊だから、氷の魔法か…

    エルリスは納得した。
    同時に

    (これからもよろしくね。氷の精霊さま)

    自分の中の存在へ、そう伝える。
    肯定する返事が聞こえたような気がした。

    「それにしても、セリスや私のこと、よくわかったわね」
    「まあ、知識はそれなりにありますし、体質上、魔力などには敏感なので」
    「ふうん。もしかして、私たちのことって、そんなにすぐわかっちゃう?」

    少し怯え気味に訊くエルリス。
    無理もない。バレるということが、即、身の危険に繋がるからだ。

    「いいえ。少なくとも、一般人や並みのハンターには無理でしょうね」
    「そう」

    環の返答に安堵した。

    「言ったでしょう? 私が少し特殊なんです」
    「少しどころじゃない気がするんだけど…」
    「何か仰いましたか? 変なことを仰ると、メニューを追加しますよ」
    「い、いえ、何も言ってません!」

    ぶんぶんと首を振り、否定するエルリス。
    そんなに嫌か。

    「さて、長話をしてしまいました。そろそろ再開しますよ」
    「はーい」

    エルリスは素直に立ち上がった。
    もう呼吸は整っていて、体力的なものも、向上してきたようである。

    「もう少し走って、今日は、剣技のほうを見ましょう」
    「本当に? よし、張り切ってやるわよ!」

    剣を見てくれるというのは、これが初めてのことである。
    エルリスは俄然やる気を出して、修行に励んだ。

引用返信/返信 削除キー/
■242 / inTopicNo.9)  『黒と金と水色と』第3話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/05(Mon) 16:49:42)
    2005/12/05(Mon) 16:53:55 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第3話「卒業試験、そして旅立ち」A





    ――チチチ…

    「…朝か」

    小鳥のさえずりと、窓から差し込んでくる朝日によって、エルリスは目を覚ました。

    最近、激しい鍛錬を行なっているせいか、夢を全然見ないほど睡眠が深いが、
    朝だけはこうしてすっきりと目が覚める。
    以前もそうだった。寝起きはもともと良いほうだが・・・

    「う〜……っん!」

    それはきっと、自分の中にいる”誰か”のおかげなのだと思う。
    そのおかげで、さらにパッチリ、目が覚めるようになった。

    身体を起こし、感謝を込めつつ、毎朝恒例のちょっとした儀式を行なう。

    「おはよ、私の君。…ううん」

    いや、違った。
    もう”誰か”などではない。

    「おはよ、私の”氷の精霊さま”。今日もがんばろうね」

    正体を知ってから、そう呼ぶことにした。
    このように呼び方を変えてから、なんだか、身体の調子が良いような気がする。

    今日も1日の始まりだ。





    勇磨たちがノーフルの町にやってきて、はや1ヶ月あまり。
    その間、エルリスとセリスに、毎日、修行をつけてきたわけであるが

    「「卒業試験!?」」

    今日も鍛錬だ、と張り切っていた姉妹は、思わず聞き返していた。

    いつもは、勇磨たちが仕事を終えてきてからだから、早くても午後からなのに、
    この日は違っていた。
    いきなり朝から呼ばれたわけで、何か違うなとは思ったが、こうなるとは。

    「そう、卒業試験」

    頷く勇磨。

    「どういうこと?」
    「そのままの意味です」

    答える環も、いつも通りの表情。

    「あなたたちにもだいぶ力量が備わってきたと思いますので、
     ひとつ、試験を課すことにしました」
    「試験…」
    「無事に合格できれば、ハンターとして、最低限のレベルはクリアしたものとみなします。
     まあさすがに、まだまだ独り立ちするというにはいささかの不安はありますが、
     姉妹2人で協力すれば、旅に出ても何とかなるでしょう」

    つまり、この試験に合格できなければ、旅立つことは許されない。
    そんな状態で旅に出ても、野垂れ死ぬか、魔物に殺されるかということなのだろう。

    「わかったわ。何をすればいいの?」
    「その〜……あんまり、学問的なことは…」

    不安そうに尋ねるセリスに対し、環は一言。

    「大丈夫ですよ」

    邪笑、ともとれる怪しげな笑みを見せて、言ってのけた。

    「実戦ですから」
    「え?」
    「へっ?」

    「では兄さん。お願いします」
    「う〜い」

    驚く姉妹をよそに、勇磨と環は試験の準備を進める。

    「取り出だしたるは、この『匂い袋』!」

    勇磨は、あらかじめ用意しておいたものを、懐から取り出して使用した。

    匂い袋。
    魔物が好む匂いを発するアイテムで、主に、魔物を誘き寄せる際に使用されるもの。

    「じゃんじゃかじゃん。風に乗って広が〜れ♪」

    封が切られ、周囲に微妙な匂いが充満していく。
    これが使われたということは…

    「…つまり?」
    「ええと?」

    「そういうことです」

    首をギギギと回す姉妹から視線を向けられた環は、さも当然の如く頷いて見せた。

    『ぐおーん!』
    『ウケケケ』
    『ギャースッ!』

    どこからともなく、現れてくる魔物の群れ。

    「さ、あとはよろしく」
    「よ、よろしくって…」
    「まさか、わたしたちだけで戦うの!?」
    「そうでなければ、試験にならないでしょう」
    「そんなっ!?」

    驚いている姉妹を尻目に、勇磨と環は、ちゃっかりと後方に移動。
    水色の姉妹だけが、魔物の中に取り残された。

    「いきなり実戦なんて、無理よ!」
    「お、お姉ちゃん…」

    「だ〜いじょうぶ〜。本当に危なくなったら、ちゃんと助けに入るから」
    「でも、そうなったら、確実に不合格ですけどね。
     あ、もちろん、戦闘放棄も不合格ですよ。敵前逃亡などもってのほかです」

    どうやら、拒否権はないらしい。

    「これくらい切り抜けられないと、旅は出来ないよ」
    「いつ何時、魔物に襲われるか、わかりませんから」

    「わかったわよ! …セリス」
    「え?」
    「やるわよ!」
    「う、うん!」

    覚悟を決めた。
    剣を抜き、ヨーヨーを構え、戦闘態勢に入る。

    「鬼の教官に、目に物見せてやるのよ!」
    「うん、お姉ちゃん!」

    目的があるのだ。大事な、目的が。
    こんな、始めの一歩を踏み出す前に、もたつくわけにはいかない。

    『ギャギャー!』

    「っ…」

    まずは、エルリスめがけ、1体が突っ込んできた。
    思わず身を硬くするエルリスだったが

    (動きが……見える?)

    魔物の動きが、ひどくゆっくりに見える。
    こんな攻撃など、簡単にかわして…

    「やあっ!」

    ――斬!

    『ウギャー!』

    「……え?」

    真っ二つ。
    自分でもわからないうちに、魔物を両断していた。

    「………」

    呆然となるエルリスだが、次第に手応えを掴んでいく。

    『ウケー!』

    「…っ! はあっ!」

    ――斬!

    一閃。
    またしても、横薙ぎに魔物を真っ二つにした。

    「身体が勝手に動く! いけるわ!」

    一見、無茶な走り込みを繰り返したことで、体力は飛躍的に向上。
    その上、達人の勇磨や環と練習とはいえ打ち合ったことで、目も慣れた。
    自身のスピードも上がった。

    「勇磨君や環さんに比べたら、遅いッ!」

    ――斬! 斬っ! 斬ッ!!

    向かってくる魔物を、根こそぎ叩き斬る。

    (私、いつのまにこんな…)

    自分でも驚くほどの上達ぶり。
    ふと視線を感じて目を向けると、勇磨が自分に向けて親指を突き出し、環も頷いているのが見えた。

    「これなら…!」

    もう、心配は要らないようだ。





    一方で、セリスの様子は。

    「うぅ…」

    最初こそ、魔物の異形な姿と、初めての実戦ということで、怖気づいていたようだが…
    いざ始まってみると

    「デビルヨーヨー!」

    ――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

    両手にヨーヨーを装備。
    必殺の精密攻撃で、周囲の魔物にダメージを与えていく。

    修行を始めた最初の頃は、合計6個のヨーヨーを動かすことで精一杯だった。
    それが今はどうだ。

    『ギャッ!』
    『ギュッ!』
    『ギョッ!』

    1体に1個ずつ、正確に命中させ。
    膨大な魔力でコーティングされた威力は、1発1発どれもが致命傷。

    ヨーヨーの軌道上で、生き残っている魔物は皆無だった。

    (こんなに上手くいくなんて…!)

    やや興奮気味に、セリスはヨーヨーを操る。

    専門外といえど、簡単な魔力の扱い方を環から習った。
    それまで鍛錬したくても出来なかった分野だから、初歩的とはいえ、劇的な効果をもたらす。
    さらには、全快してからすこぶる調子が良いことも、大いに加味しているだろう。

    「どんどんいくよ〜!」

    こちらも、心配は皆無のよう。


    ほどなくして、水色の姉妹の前から、魔物の姿は掻き消えた。






    「おめでとう」
    「合格です」

    戦闘を終えた2人にかけられたのは、1番聞きたかった言葉。

    「それだけやれれば充分」
    「どうですか? 自分の上達ぶりを実感できた心境は?」
    「自分が自分じゃないみたい…」
    「すごい……すごいよ〜!」

    エルリスとセリスは、まだ自分の力に半信半疑のようだ。
    だがしかし。環から注文が入る。

    「だからといって、あまり驕り昂ぶらないように。
     いま戦った魔物は、あくまで底辺レベルの強さの魔物であり、
     もっと強いものはたくさんいます。
     まだまだ、自分たちは未熟なのだということを、忘れないでください」
    「はい」
    「肝に銘じておくよ」

    神妙に頷く姉妹。
    この分なら大丈夫だろう。

    「さて、これで私たちからの修行は、一応ひと区切りになるわけですが。
     明日からどうなさるおつもりですか?」
    「そうね…。とりあえず、数日はゆっくりして。旅立ちの準備もあるし」
    「そんなに早く旅立たれるのですか」
    「なるべくなら、早いほうがいいしね」

    エルリスの気持ちもわかる。
    解決を見るのは、早ければ早いほどいい。

    「旅のことなんだけどね」
    「え?」

    と、勇磨がこんなことを言い出した。

    「環とも相談したんだけど、俺たち、君たちに付いていこうと思う」
    「えっ…」

    これは寝耳に水。
    そんなことを言われるとは思っていなかっただけに、衝撃は大きい。

    「旅に出るってことはさ、今のあの家も、どうにかしちゃうってことでしょ?」
    「え、ええ。旅の資金に、売っていこうと思ってたんだけど」
    「君たちも居なくなるわけだし、そうなると、俺たちもここに留まる理由が無くなるわけだ。
     お金もそれなりに貯まったし、俺たちもそろそろ、また旅に出るかと思ってたところだし。
     それに…」

    勇磨の視線が環に移り、環が後を引き継ぐ。

    「それに、セリスさんの件。心当たりが無いわけでもありませんから」
    「ほ、本当!?」
    「ええ。黙っていてすいません。
     知り合いに強力な魔術師が居ますので、紹介することくらいは出来ます。
     もっとも、彼女がその解決法について知っているかまでは、わかりませんが」

    セリスとエルリスが体験した10年前の出来事については、
    エルリス自身が改めて事情を説明し、勇磨も知るところになっている。
    それを受けての提案だ。

    「その人は、信用できる人?」
    「ええ、もちろん。腕もそうですが、きちんと話をすれば、約束は守ってくれる人です」

    セリスの秘密は重大なもの。
    確認はしておかなければならなかった。

    「………」
    「………」

    無言でお互いの顔を見つめる水色姉妹。

    「ね、願ってもない申し出なんだけど……いいの? そこまでしてもらっちゃって…」
    「わたしたち、何も、恩返しできるようなこと、ないから…」
    「まあ、乗りかかった船ですしね」

    恐縮する姉妹に、勇磨も環も、笑顔を向ける。

    「あなたたちと知り合ったのも、ここまで面倒を見たことも何かの縁。
     旅をすることは私たちにも利点はありますし、まだまだ未熟な弟子を放り出すほど、
     私たちは薄情ではありませんから。もう少し、付き合ってあげますよ」
    「酷い言い様…」
    「でも……本当にありがたいよ。勇磨さん環さん、ありがとうっ!」
    「いえいえ」
    「ま、気にしないで。俺たちが勝手に言い出したことなんだから」

    姉妹にとっては、これ以上ないという提案。
    無論、断るはずもなく。

    (”歩く爆弾”のようなものを、放置は出来ませんしね)

    御門兄妹側には、さらなる理由があったりするのだが。


    ともかく数日後には、御門兄妹と水色の姉妹は、共にノーフルの街を離れることとなった。


    第4話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■243 / inTopicNo.10)  『黒と金と水色と』第4話
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/11(Sun) 17:41:14)
    黒と金と水色と 第4話「ぶらり列車の旅」





    ひとまず修行を終え、卒業試験もクリアした水色姉妹。
    めでたく家の売却も決まり、いよいよ旅立ちの準備も整った。

    「………」
    「………」

    今日はいよいよ出発の朝だ。
    水色の姉妹は、長年住み慣れた、数々の思い出が詰まった元我が家を見上げる。

    「今まで、どうもありがとう」
    「あなたを売ったお金は、わたしたちが有効に使ってあげるからね。
     美味しいものを食べたりとか♪」
    「セリスッ!」
    「冗談ですごめんなさ〜い♪」
    「もう…」

    「感動の場面が台無しだ」
    「まあ、セリスさんですから」

    この1ヶ月で、もうすっかり、そういうキャラだという認識をされたセリス。
    はしゃいで逃げ惑う姿も、かなりの絵になっているとかいないとか。

    「…よし。それじゃあ」
    「大冒険に出発だー!」





    まずは、鉄道のノーフル駅へ。
    姉妹が環から説明を受けた限りでは、列車に乗り、王都経由で目的地を目指すそうだ。

    切符を買って、まもなく出発するという王都行きの便に乗り込む。
    席に着いて間もなく、ゆっくりと動き出し、やがては高速で駆け始めた。

    「うわ〜、速い速い速い〜!」

    窓際の席に陣取ったセリス。
    ガラスにベッタリと張り付いて、流れていく景色に声を上げている。

    「すごいな〜。うわ〜」
    「セリス…」

    妹のそんな様子に、エルリスはため息をつきつつ、恥ずかしそうに言うのだ。

    「少しは周りの目を気にして。それじゃまるっきり子供じゃないの…」
    「え〜? だって、列車に乗るなんて初めてなんだよ?
     もうすっごくて、感動しっぱなしだよ〜♪」
    「やれやれ…」

    エルリスは呆れているが、セリスの気持ちもわからないではない。

    王国内では、鉄道網が割りと発達しているとはいえ、決して安くはないお値段だ。
    ちょっと近所まで買い物に、といった雰囲気ではないことは確かである。
    もっとも、すべてが長距離列車であるので、長旅をするでもない限りは、縁が無いのだが。

    「あっ、川だ〜♪」
    「いい加減にしなさい!」
    「まあまあ」

    見ているだけで微笑ましい。



    で、1時間後。

    「zzz……」

    見事にこうなる。

    はしゃぎ疲れたのか、はたまた、列車の心地よい震動に誘われたのか。
    セリスは穏やかな寝息を立てていた。

    「まったく…。騒ぐだけ騒いで、あっという間に寝ちゃうんだから…。
     『歩く台風娘』なんて呼ばれてたの、思い出しちゃった」
    「言い得て妙ですね。幼い頃のあだ名ですか?」
    「ええ。もっとも、今でも相変わらずそうみたいだけどね。
     本当に、病気になる前よりも、さらに元気になったみたいだわ。困っちゃう」

    口ではそう言いながらも、エルリスの口元には笑みが浮かんでいる。
    なんだかんだ言いつつも、妹のことがかわいくて仕方が無いのだろう。

    「ごめんね、こんな子で」
    「まあ、お気になさらず」

    環はそう言いつつ、困った顔で自分の隣を見る。

    「うちの兄も、似たようなものですから」
    「くか〜…」

    「あらら」

    そこでは、勇磨も窓に寄りかかって寝ていた。
    セリスのことばかり気にしていたから、気付かなかったようだ。

    対面の座席である勇磨とセリスが、それぞれ同じように寝息を立てている。
    通路側で向かい合う環とエルリスは、2人を起こさないよう、静かに会話。

    「ところで、本当に良かったんですか? 家を売ってしまって」
    「うん、いいの。どのみち、旅が終わったときも、あそこには戻らないつもりだったから」
    「なぜです?」

    それは意外だった。
    他に行く当てでもあるのだろうか。

    「お二人が生まれ育った、大切な家ではないのですか?」
    「生まれ育った、ってわけじゃないんだ」

    そう言うエルリスは、少し辛そうである。
    何がそうさせているのか、この時点では、環には予想がつかなかった。

    「まあ確かに、育った家ではあるんだけど、途中からでね。生まれは違うの」
    「そうなんですか」
    「うん。生まれたのはスノウトワイライトってところでね」
    「ここより北方の雪国ですね」
    「そうそう。冬になると、一面が銀世界になったわ。今でもそうなんでしょうね」

    その光景を思い浮かべているのか、エルリスはしばし、目を瞑って物思いに耽った。

    スノウトワイライトは、地理的には、ノーフルともそんなに離れてはいないが、
    山を挟んでいるため、気候が劇的に違う。
    山脈の向こう側は涼しく、冬には、大量の雪が降るのだ。

    「では、引っ越されたと」
    「うん。…10年前にね、ノーフルに引っ越した。
     ううん。追い出された、って言ったほうが正しいかな」
    「それは…」
    「うん、そういう、ことかな」

    これには、環も瞬間的に悟った。

    苦笑を浮かべているエルリスだが…
    その心中は、察して余りあるものがある。

    「”あんなこと”があって、何も感じないほうがおかしいわよね。
     そんな危険人物を、町に置いておけるわけがない」
    「……」
    「まあ、当時の町の人たちの気持ちもわかるから、別に恨んではいないんだけど」

    エルリスの視線がセリスに向く。

    「そんなわけで、私たち一家は、半ば追い出されるようにしてスノウトワイライトを出た。
     なんとか隣町のノーフルで家を見つけて、暮らし始めたのよ」

    セリスを見守る目は、とても穏やかだった。

    「いつか、暴走を抑える方法を見つけて、危険をなくして。
     もう危なくないんだぞー、仲良く暮らしましょう〜って、
     大手を振って故郷に帰りたいな」
    「……」
    「なんてね」
    「そうでしたか…」

    そんな背景があったとは。
    今度、すまなそうになるのは環のほう。

    「申し訳ありません。立ち入りすぎてしまったようですね」
    「ああそんな、頭なんか下げないでよ」

    怒ってなどいないというのに。むしろ、打ち明けることが出来てうれしかったのに。
    素直に謝ってくれる姿勢に、エルリスは、ますます信頼を深める。

    「いいんでしょうか。私が知ってしまっても」
    「環さんだから、いいのよ。私が話したいと思ったんだから」
    「……」
    「知っておいて。私たちのこと」
    「わかりました」

    微笑み合う。

    「まあ……そんな事情があるから、どこか人付き合いが苦手…というか、
     深く関わらないようにしてた。
     同年代の知り合いもあんまりいないというか、一定以上の付き合いはしないから」
    「………」
    「あなたたちが滞在を続けてくれるって言ったとき、セリス、うれしそうだったでしょ?
     あの子にとっても、私にとっても、初めて出来た、秘密を共有できるお友達なの」
    「お友達、ですか」
    「うん」

    エルリスはうれしそうに頷き、捕捉を入れる。

    「あ、ハンターという間柄では師弟関係だけど、プライベートではそう思いたいの。
     ……ダメ、かな?」
    「私たちなどでよろしいのですか?」
    「もちろんよ」
    「ならば、そのようにしましょう。
     そういうことなら、お金の話し抜きで、喜んでお引き受けしますよ」
    「こういうときにお金のことを持ち出す?」
    「すみません。性分なものですから」

    2人ともに、くすくすと、おかしそうに笑い合う。

    「そういえば、セリスのことをお願いしたときも、真っ先にお金の話をしたよね?」
    「あれは、あくまでお仕事の話として……」

    説明しかけた環は、はたと気付いた。
    思わず眉間にしわが寄る。

    「エルリスさん。あなたもしかして、私のこと、お金にうるさい人だと思っていませんか?
     だとしたらとんでもない誤解です。私、そんなことは全然ありませんよ?」
    「さあて、どうなのかしら?」
    「エルリスさん……。もう、意地悪ですね」

    いつも冷静な環が、少し慌て気味に弁解する様子がおかしくて、エルリスはケラケラ笑った。
    当の環は憮然としながらも、冗談だということに気付いて、また笑った。

    「こういうのって、友達同士の会話だよね?
     気兼ねなく冗談を言い合えるのも、友達だからだよね?」

    笑っていたエルリスが、不意に表情を引き締めて、こんなことを確かめる。
    よほど、心中に溜まっているものがあったのだろう。

    「当たり前じゃないですか」

    だから環は、笑って見せる。

    「友達じゃなかったら、そんな失礼なことを言う人は、すぐに叩きのめしてます」
    「あはは、そっか」

    エルリスも、安心したように、再び笑顔になる。

    「ところで」

    その話はコレでお終い。
    エルリス自らが、そう言うかのごとく、話題を変える。

    「あなたたちがノーフルに来たときも、列車を使ったの?」
    「いえ、徒歩でした」
    「なんで? 列車を使ったほうが早いし、楽なのに」
    「エルリスさん」
    「な、なに?」

    突然、環の顔が凄みを増して、エルリスは戸惑った。

    「1円を笑う者は、1円に泣くんですよ」
    「はい?」
    「旅人たるもの、質素倹約が第一。あなたも覚えておいてくださいね」
    「う、うん。肝に銘じておく…」

    顔を引き攣らせながらも、一応は頷くエルリス。
    環の隠された裏の顔をを垣間見てしまった気分だ。

    話に出た言葉はよくわからなかったが、だいたいの意味は理解できた。

    (一理あるんだけど、ケチというか……やっぱりお金にはうるさいんじゃ、環さんて)

    だから、そんなことを思ったりする。

    (勇磨君も大変だ)

    寝入っている勇磨を見ながら、クスリと笑みを漏らす。

    「エルリスさん? 何か、失礼なことを考えていませんか?」
    「まま、まさか! いえ、しっかりしてるなー、って」

    思考を読まれた?
    エルリスは大慌てでフォローを入れる。

    「そうよね。旅をする以上は、やっぱり倹約しないとね!」
    「そうです。お金は有限。大事に使わないといけません。無駄遣いなどもってのほか」
    「あ、あはは…」

    エルリスは、やはり引き攣った笑みを浮かべるしかない。

    「おまえのそれは、『ケチ』というんだ」

    と、意外なところから声が。
    寝ていると思った勇磨からだ。

    「お、起きてたの?」
    「いーや。今、目が覚めた」

    そういえば、少し大きな声を出していた。
    起こしちゃったかな〜と、エルリスは申し訳なく思う。

    いや、それよりも。

    「兄さん。ケチとはなんですか、ケチとは」

    争いが勃発しそうな予感…

    「経済観念がしっかりしている、と言っていただけませんか。不本意です」
    「おまえのは締め付けすぎだ。ケチを通り越して、守銭奴だ」
    「失礼な。私のどこが守銭奴だというんですか」
    「いっぱいあるぞ。聞かせてやろうか?」
    「ええ、是非。あるというのなら聞いてみたいですね」

    「ま、まあまあまあ!」

    寸でのところでエルリスが止めに入る。
    とりあえずは、矛を収めさせることに成功したようだ。

    「旅の途中でお金が底を尽いた、なんてことになったら、目にも当てられませんよ」
    「まあそうなんだが」
    「兄さんも、お金をしっかり管理してくれる人と一緒にいるほうが、良いでしょう?」
    「確かに、おまえが金銭・経済面をしっかり考えてくれているからこそ、
     俺は何も考えずにのほほんとしていられるんだけど。
     でもたまには、ハメを外したいと思うじゃないか」
    「その『たまには』だと仰る頻度が、『時々』を通り越し、
     『よく』という範疇に入るから、困るんですよ」

    いや、まったく収められていなかった。

    「そうか?」
    「そうです」
    「そうか?」
    「そうです」
    「そうか?」
    「そうです!」

    「ああもう! いい加減にしなさい!」

    このままでは永遠に収集がつかないような気がして、エルリスが再び強制介入。
    今度こそ不毛な言い争いをやめさせる。

    「んに……むにゅむにゅ……」

    こんな騒ぎの中でも、我関せずと眠りこけるセリス。

    「おいしい……でももう食べられない……にゅふふふ……」

    幸せそうに表情を緩ませながら、満足そうに寝言を零す。
    どんな夢を見ているのかが一発でわかった。

    大物である。




    第5話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■244 / inTopicNo.11)   『黒と金と水色と』第5話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/18(Sun) 13:41:51)
    黒と金と水色と 第5話「学園都市へようこそ!」@





    王都へ出た一行は、今度は東に向かう列車へと乗り換える。
    目的地は学園都市だ。

    ここ、エインフェリア王国南東部の東側に隣接し、
    初等学校から大学院、果ては、魔法学校まで存在する一大教育府である。

    『都市』と呼ばれるだけあって、本当にひとつの街と化している。
    学園内では一種の自治が認められていて、王国も、帝国も、内部には手を出せない。

    よって、学園上層はそれなりの権力を有しており、
    それが元で国家間での軋轢が生じたことも、1度や2度ではないのだ。
    戦争の原因にすらなったことがある。

    「学園都市?」
    「ええ、そうです」

    学園都市行きの列車に揺られながら、どうやら事情を知らないらしい水色の姉妹に、
    おおまかな説明をしてやる。

    「一言で言ってしまえば、ひとつの巨大な学校、ってことかな」
    「それでは端折りすぎです兄さん。
     まあ、学校と街が一体化している巨大な都市、ということですよ」
    「ふうん」
    「それで、わたしたちはその学園都市に向かってるんだよね?」
    「ええ、そうです」

    頷いた環は、さらにこう続けた。

    「紹介しようと思っている方が、今は学園都市にいるはず……なんです」
    「今の間は、なに?」
    「いえ……どうにも、捕まえることが難しい方でしてね」

    苦笑する環。

    「居るかと思ったら、ふらっとどこかへ行ってしまうことが多くて。
     せめて伝言だけでも残しておいてくれるといいんですけどね」
    「はあ。つまり、訪ねて行っても、会えるかどうかわからないわけだ」
    「ええ。ですが、彼女は学園の卒業生でもありまして、工房が学園にありますので、
     まったく会えない、ということは無いと思いますが」

    これから会おうという人物は、よほどの鉄砲玉らしい。
    せっかく会いに行くのだ。是非とも居て欲しいものである。

    「ま、こればっかりは、運任せだな」
    「今回は兄さんの言うとおりです」
    「そう。会えるように祈っておくわ」
    「運かぁ。どんな人なんだろ。楽しみだなぁ♪」

    どんな人物かを想像しているセリスに、環から忠告。

    「ああ、セリスさん」
    「ほい?」
    「忘れないうちに言っておきますね」
    「うん、なに?」

    首を傾げるセリス。

    「学園都市の中に入りましたら、以降は、出来るだけ魔力を絞るようお願いします。
     それから、何があっても、絶対に魔力を使わないように。ヨーヨーもですよ」
    「いいけど……どうして?」
    「捕まりたくはないでしょう?」
    「……」

    さすがに、セリスの顔つきが変わった。
    隣のエルリスも険しい表情になっている。

    環は周囲を見渡し、他の客がいないことを確かめ。
    それでも、声のボリュームを下げながら、こう言った。

    「いいですか? 学園都市には魔法学校もあって、魔術協会の本部があるんです。
     当然、監視の目も厳しい」
    「そ、それじゃあ…」
    「ええ。下手な真似をすればその場で拘束。そのまま、有無を言わさず、
     実験に協力するよう強要されるでしょうね」
    「……」

    姉妹には声も無い。

    この場合の”実験”という言葉が、どういう状況を指すのか、
    察するのに余りあるからだ。

    別に、普通の魔力を解放するのなら、たいした問題にはならないだろう。
    ”セリスの”魔力だから困るのだ。
    向こうとしても、暴走の危険がある大容量魔力を、放ってはおかない。
    環が気付いたように、敏感な者ならば、すぐにわかってしまう。

    「まあ、これはただの脅しですが」
    「な、なんだ…」
    「やだなあ環さん。脅かさないでよ」

    なんだ、冗談だったのか。
    ホッと息をついた姉妹だったが、もちろん、笑わせるためのものではない。

    「コレくらいは言っておかないと。万が一の場合もありますからね。
     逆に言えば、そうなる可能性もあるわけでして、
     悪いことは言いませんから、セリスさん。くれぐれもご自重なさるように」
    「わ、わかったよ」

    セリスは少しビクビクしながら承諾する。
    この脅しは充分効果があったようだ。

    「気をつけるといえば、エルリスさん。あなたもです」
    「え?」

    自分も?
    振られるとは思っていなかったエルリスは、セリス以上に首を傾げた。

    自覚していない様子に、環はため息。

    「あなたたち。もう少し、自分たちの特異性を自覚してください」
    「えーと…?」
    「セリスさんは言うに及ばず。
     エルリスさんも、自分の中にいる存在をお忘れですか?」
    「あっ」

    声を上げるエルリス。

    「体内にそんなものを宿している人間など聞いたことがありません。
     つまり、”あちら”にしてみれば、セリスさんもエルリスさんも、同じなんですよ」
    「………」
    「気をつけてくださいね?」
    「…OK」

    ごくりと喉を鳴らし、エルリスは神妙に頷いた。

    「でも、そんな危ないところへ行くの?」

    だが、根本の疑問をエルリスが口にする。
    それほどの危険があるのなら、わざわざ危険を冒してまで行く必要は無いのではないか。

    「学園の中まで行かなくても……例えば、私たちは手前の町で待ってるから、
     その人に出向いてきてもらうことは出来ないのかな?」
    「無理」

    不安を覚え、代替案を提示してみたのだが、勇磨に速攻で否定された。

    「彼女、割りと気難しいところがあるから。機嫌を損ねると大変なんだ」
    「そ、そうなんだ」
    「よほどの対価を出さない限り、無理だと思うよ。
     魔術師の世界は、等価交換の原則が第一だからね」

    つまり、会いたいのなら、こちらから訪ねていくしかないわけだ。
    う〜んと唸るエルリス。

    自分の脅しが想像以上に効き過ぎた状況に、環がフォロー。

    「まあ、私の脅しが過ぎたのかもしれませんが、そんなに怖がることはありませんよ。
     目が厳しいとはいっても、おとなしくしていればまず大丈夫ですから。
     それに、学園都市内で魔力を行使するような事態になることは、まず考えられませんから」

    学園都市が強い権力を持っている理由。

    それは都市側が、自衛のための強力な部隊を擁しているからだ。
    主に、優秀な成績を収めた卒業生で構成されており、近衛兵団数師団分に匹敵するのでは、
    とまことしやかに囁かれている。

    近衛兵といえば、王族などを守る、その国で1番強力で信頼できる軍隊のはず。
    そんな部隊が数部隊もあるというのだ。
    これと事を構えるには、相当の覚悟と犠牲が必要なため、他国は強気に出られない。

    学園都市はそんな彼らに守られているので、外部から、不穏因子が侵入することは滅多に無い。

    「とにかく、普通に。変に意識せず、おとなしくしていてください」

    言われるまでも無く、そうしようと心に決めた水色の姉妹である。





    列車は学園都市の入口の駅へと到着。
    忘れ物をしないように列車から降りる。

    「うわ〜」

    降りて早々、目に入ってきた光景にセリスが声を上げる。
    まず、駅を出てすぐ、道の上にかかっているアーチに書かれている言葉。

    『歓迎!!』
    『学園都市へようこそ!!』

    来るもの拒まず、万人を広く受け入れるという、学園都市そのものの方針をよく表している。
    どこの領土にも属していないので、全世界から幅広く、学園都市で学を修めようというものが
    集まってくる。人種は様々だ。

    学生や教職員をはじめとし、学園都市内に居住する人の総人口は、10万とも20万とも云われている。
    もちろん、入学に際して、それなりの選抜過程は設けられているのだが。

    「うわ〜うわ〜」

    そのアーチをくぐると、学園都市のすばらしい街並みがすぐに飛び込んでくる。
    自然と建物などが見事にマッチしているというのか。

    セリスは目を奪われていた。

    「すごいな〜素敵〜♪ わたしも、こんなところでなら勉強してみたいな〜♪」
    「ちょっとセリス。あんまりキョロキョロしないで。恥ずかしい…」

    田舎者、世間知らずを丸出し。
    いつも通りとも言える妹に、姉は他人のフリをしたい気持ちである。

    「セリスさん」

    それでも止まらないセリス。
    ついに、環から窘められる。

    「あまり興奮しないでください。
     興奮しすぎると、無意識のうちに魔力が高まってしまいます」
    「ご、ごめんなさい…」

    事の重要性は認識している。
    セリスは慌てて謝った。

    「セリス、気をつけて。あなたの場合は洒落にならないんだから」
    「うん、気をつける…」
    「ま、初めて来たんだから、気持ちはわからないでもないよ」

    シュ〜ンとしてしまうセリスに、勇磨がフォローを入れる。

    「確かに、こういう環境でなら、勉強してみてもいいという気になるよな」
    「よく言いますね兄さん」

    なんというか、勉強するぞ、という意欲を自然と引き出してくれる、
    そんな環境なのだ、この学園都市というところは。

    「どの口が言いますか? 学童の頃は、正反対のことばかり仰っていたくせに」
    「あ、あの頃とは状況が全然違うさ」

    しかし、そのフォローがまずかった。
    これでは、そうでもなければ勉強しないという、
    自らの恥部をカミングアウトしているようなものである。

    誤魔化すのだが

    「あは、そうなんだ♪」
    「勇磨君は勉強苦手なのか。うん、納得ね」

    もう完全にバレバレ。
    ひょんなことから、勇磨は勉強が苦手、ということが知られてしまった。

    「ハンター試験のときも、学科試験をパスするのに、苦労したんですよ」
    「くら環ぃっ!」

    環はさらに暴露。

    「兄さんがきちんと勉強さえしてくれれば、私たちは今ごろ、もっと上…」
    「だからやめろって!」

    今さら遅い。

    「勇磨さん、仲間仲間〜♪」
    「こんなことで仲間が出来ても、うれしくない…」

    セリスもそうだったようである。
    手を差し出して強引に握手するのだが、勇磨は余計にヘコむ。

    「さて、行きますか」
    「あ、待って環さん。セリス、行くわよ」
    「は〜い」

    3人は連れ立って、さっさと行ってしまう。

    「誰か、フォローを入れてくれ…」

    1人残された勇磨はがっくりと肩を落として、仕方なく後を追うのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■248 / inTopicNo.12)  『黒と金と水色と』第5話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/25(Sun) 14:48:47)
    2005/12/25(Sun) 19:31:47 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第5話「学園都市へようこそ!」A





    学園都市の入口には、不審者を入場させないためのゲートがある。
    もちろん、学生は学生証を提示することで中に入れるし、
    部外者でも、しっかりとした身分証を見せ、入構目的を明らかにすることで入れる。

    一行もハンター証を提示し、『知人に会う』と目的を書き記し、入構を許可された。

    「こっちです」

    環に案内され、最終目的地の、”彼女”の工房へ。
    水色姉妹は何もわからないから、黙って環の後をついていくだけなのだが

    「あ、あれれ?」
    「そっちなの?」

    環が道から逸れ、一見、何も無い方向へ向かうものだから、
    首を傾げて不思議に思う。

    実際、学園の建物群とはなんら関係の無い場所なので、驚くのも当然である。

    「彼女の工房は地下にあるんですよ」
    「そうなんだ」

    だが、こういう説明を受けたので、一応、納得はする。

    歩くこと10分あまり。
    木々に覆われた、小高い丘のようになっている場所に出た。

    「ここ?」
    「はい。ええと…」
    「環さん?」

    「兄さん。どこでしたっけ?」
    「どこだったか…」

    どうやらここらしいのだが、到着するなり、環と勇磨は水色姉妹を無視して、
    何かを探すように周囲を歩き回っている。

    「なんなの?」
    「まさか、入口の場所を忘れた、とか言うんじゃ…」

    不安になる姉妹であるが、そういうことではなかったようだ。

    「お、あったぞ」
    「そこでしたか」

    発見したらしい。
    何を見つけたのかというと

    「では、ぽちっとな」

    入口を”つくる”ための、スイッチだった。

    ――ガァァァ――

    勇磨がスイッチを押すと、機械的な音を立てて、地面の一部がぱっくりと口を開けた。
    そこから地下への階段が顔を覗かせている。
    スイッチ自体は、巧妙に擬装された、とある木の幹の節目だ。

    「わ〜」
    「あー…」

    「工房なんてものは、だいたいが秘匿されてるものだからね。
     目のつく場所にあったんじゃ困るってわけ」

    目を輝かせているセリスと、まだ現実を飲み込めていない様子のエルリス。
    姉妹間での性格の違いをよく表しているようだが、一応、説明しておく。

    「俺たちも教えてもらうまでは、どこにあるのかわからなかったよ」
    「魔術師の工房は魔術師の生命そのもの。他人をそう簡単に中に入れるわけにはいきませんからね」
    「そ、そうなんだ」
    「すご〜い。さすがは学園都市。カラクリも一流なんだね!」

    どことなくセリスも的を外しているようだが、とりあえず中へと入る。
    自動的に入口が閉じたことにまた戸惑ったが、そういうものだと言われ、納得。

    「明かりをつけます」

    内部は、当たり前だが真っ暗。
    そう言って、環が火を灯した。

    右手の『指先』に。

    「え? そ、それ?」
    「環さん。火の魔法、使えたんだ〜」

    当然、姉妹はこんな反応をする。

    「いえ、似ていますが違います」
    「違うの?」
    「どう見ても、魔法よ」

    どこからどう見ても、火の魔法を使って炎を灯したようにしか見えない。
    しかし、当の環本人は否定。

    「まあ、私の故郷に伝わる、不思議な術だと思ってください」
    「ふうん」
    「魔法でないとすると、なんなんだろ? 不思議〜」

    少なくとも心当たりは無い。
    そう言うからには、そういうことなんだろう。

    「さて、エルリスにセリス」
    「はい?」
    「なぁに?」
    「工房内には入れたわけなんだが…」

    炎に照らされる勇磨の顔が、露骨に歪んでいる。

    「絶対に俺たちから離れるな。それで、迂闊に動いたり物に触れたりするな。いいね?」
    「えっ?」
    「環が言っただろ? 他人を簡単に入れるわけにはいかない、って」
    「どういうこと?」
    「……つまり?」
    「つまりは――」

    「伏せてください!」
    「!!」

    瞬間。
    勇磨を遮るようにして環が叫び、わけがわからないながらも、従う一同。

    ――ヒュンヒュンッ!!――

    不吉な風切り音を立て、一同の頭上を何かが通過していった。
    一瞬だけ見えた限りでは、それは、弓矢の矢だったような…?

    「…勇磨君?」
    「侵入者撃退用の、それはもう素敵なトラップでいっぱいってワケさ!」
    「……うそ」
    「な、な……なにそれ〜!」

    水色の姉妹は、もう驚きどころの話ではない。
    ただ会いに来ただけなのに、どうして……どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

    「聞いてないよ〜!」
    「そりゃそうだ。いま初めて言ったんだから」
    「そういうことじゃなくて〜!」

    「今度は足元!」
    「うひゃっ!?」

    再び環から警告があり、反射的に跳び上がる。

    ――ボンッ!――

    何かが着弾し、瞬間的に弾けた。
    魔法弾の一種だろうか。

    直撃を受けたら、タダでは済まない。

    「走れっ! 離れるなよ!」
    「ああもう!」





    どれくらい時間が経ったのだろう?

    「はぁ…はぁ…」
    「ぜぇ……ぜぇ……」

    散々危険な目に遭い、走り回らされた水色姉妹は、膝に手を付いてバテていた。

    「どれだけ広いのよ、ここは…」
    「もう……30分くらいは……走ってるよ……」
    「魔術で作り出した、一種の仮想空間ですからねここは。
     無限の空間が広がっているかと」
    「じゃあ、どうやって…」
    「ご心配なく。道順は記憶しておりますから、正しく進んでいますよ」
    「それを聞いて安心したわ…」

    道を一歩でも間違えると、無限回廊に迷い込み、永遠とこの空間を彷徨うことになる。
    そう聞かされた姉妹は、さらに肩を落としていた。

    「でも、こんな空間を創っちゃうなんて、どんな人間なの…」
    「天才であることは確かです。弱冠15歳にて、炎系すべての魔法をマスターし、
     その他の術や扱いにも非常に長けています。もちろん、魔力も半端じゃありません」
    「人間じゃないわ…」
    「お姉ちゃんに同感…」

    話を聞けば聞くほど、失礼は承知だが、どんなバケモノなんだと思ってしまう。
    自分たちもそういう範疇に入るのだが、そんなことは綺麗さっぱり忘れさせてくれる。

    「とにかく、もう少しで着きますから」
    「出発するぞー」

    自分たちは息も絶え絶えなほど疲れているのに、この兄妹はピンピンしている。

    「相変わらず、こっちの兄妹もバケモノじみてるわ…」
    「お姉ちゃん、それは言っちゃダメだよ。っしょっと!」

    思わず愚痴るエルリス。
    セリスがそう言いながら、身体を起こしたときだった。

    ――カチリ――

    「…へっ?」

    弾みで壁に手をついた。
    そうしたら、何か歯車が噛み合うような音がした。

    「………」

    言葉も出ない一同。
    全員、これまでの経緯から、この後に何が起こるのか、正確に理解していた。

    ――ガッコンッ!!――

    唐突に壁が開いて、そこに現れたのは、セットされた状態の弓矢。

    「な、俺かあっ!?」

    なぜか、すべてが勇磨に照準されていた。
    直後――

    ――ヒュンヒュンッ!!――


    「ノォォおおおおお!!!」


    数秒後。

    「………まだ、生きてる…」

    勇磨は、自己の生存を確認した。

    その代わり、矢を避けたことで、とても表現できない素敵な格好になっているのだが。
    特に、喉元を通過していった矢を避けることで仰け反って、片足立ちの右足が震えている。

    「せぇりすぅぅぅうううう…!」
    「ご、ごめんなさい…」

    「やれやれ…」
    「本当に、洒落になってないわよ…」





    そんなこんだで、迷宮を進むこと、さらに15分あまり。

    「到着です」

    1枚の重厚そうな扉の前へ。
    ようやく環が到着を告げた。

    「やっとか…」
    「うい〜疲れたよ〜」
    「酷い目に遭った…」

    疲労でグダグダな姉妹と、いまだアノ出来事を引きずっている勇磨である。
    環はそれを見て、やれやれと肩をすくめて。

    「ごめんください。いらっしゃいますか?」

    2度3度と、扉をノックした。

    「もし? いたらお返事を……っ!」

    すると、環は急にあとずさった。
    次の瞬間、扉が開いて


    ――ボンッ!!――


    コンマ数秒前まで環の居た場所が、爆炎を吹き上げた。

    「な…」
    「え…」

    目を丸くしている水色の姉妹。
    一方で、当の環や勇磨は予想していたのか、平然としている。

    「わざわざ訪ねてきたというのに、随分な真似をしてくれますね」
    「手荒い歓迎なこった」

    それどころか、友好的な雰囲気で、扉の中へ声をかけている。

    「それは、こっちのセリフ」

    中から声がした。
    数秒後、その声の主はゆっくりと姿を見せる。

    「私の仕掛けたトラップを次々と突破してくるヤツがいれば、それは警戒もするわよ」

    燃えるような、赤く長い髪。
    髪と同色の真紅の瞳。

    「お戯れを。私たちの正体など、最初からお見抜きでしょうに」

    彼女の、名は――

    「でしょう? ユナ=アレイヤさん」
    「まあね」

    ――ユナ=アレイヤ。
    弱冠15歳にして炎魔法を極め、他にも数々の魔術を操る、人呼んで『炎髪赤眼の魔術師』。

    それが、無表情ながらも、妖しい笑みを見せる、目の前の少女である。




    第6話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■250 / inTopicNo.13)   『黒と金と水色と』第6話
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/08(Sun) 00:26:35)
    黒と金と水色と 第6話「炎髪赤眼の魔術師」




    勇磨と環が紹介してくれるという彼女は、若き天才魔術師、
    『炎髪赤眼』の通り名を持つユナ=アレイヤその人だった。

    その筋では知る人ぞ知る、大魔術師。
    どういう知り合いなのか気になるが、今は勇磨たちに任せるほかは無い。

    「ま、立ち話もなんだから、入って」
    「お邪魔します」

    ユナ本人から促され、御門兄妹の後に続き、扉の中へと入る。
    室内は、なんというか、普通の部屋だった。

    (魔術師の工房、っていうから、身構えてたけど…
     なんか、想像してたのと違う…)

    セリスは例によって物珍しそうに周りを見回しており、
    今回はエルリスも、好奇心が勝って同じようにしてしまう。

    「気になる?」
    「え!? あ、その……すみません」
    「別に謝らなくてもいいけど」

    ユナから声をかけられて、思わず謝ってしまった。

    「他の人の工房に入るの、初めて?」
    「は、はい。というか、工房というもの自体、初めてで…」
    「ふうん。特殊な魔力を感じるから、工房くらい持っているのかと思ったけど」
    「……」

    やはり、一目で見破られてしまった。
    先に環から聞かされた、学園都市では云々…という話も、
    あながちウソではなかったということになる。

    エルリスは改めて、背筋が冷たくなる思いをしていた。

    「まあ座って。お茶くらい出すわ」
    「ど、どうも…」

    ユナはそう言うと、奥に3つある扉のうち、右側の扉の奥へと消えていった。
    厨房でもあるのだろうか。
    とすると、他の扉の先には何があるのだろう?

    「勇磨君、環。彼女が?」
    「うん」
    「そうです」

    好奇心を追い払い、お茶を淹れてもらっている間に、確認してみる。
    予想通り、2人は頷いた。

    「彼女こそ、私たちが紹介しようと思っていた方。ユナ=アレイヤさんです」
    「ま、あれだけの空間を作り出せる人物だ。腕のほうも実感したろ?」
    「そうね…」
    「ほんと、すごかったよ…」

    この部屋にたどり着くまでのことを思い出して、げんなりする姉妹。

    「お待たせ」

    程なく、ユナがトレイに人数分のコーヒーカップを載せ、戻ってきた。
    それぞれに配り、彼女は勇磨たちに対面に座る。

    「…で?」

    そして、優雅にカップを持ち上げて一口飲むと、目線を上げて尋ねる。

    「わざわざ訪ねてきたってことは、私に何か用かしら?」
    「ええ。実は…」
    「その前に」

    環が説明をしようとしたところ、それを遮るようにして、勇磨が言うのだ。

    「一言、言いたいことがある」
    「なに?」

    ユナも視線を向けて、応じる姿勢。
    勇磨は顔を引き攣らせながら、言った。

    「毎回毎回、ここに来るまであの空間を通らなきゃならないっていうの、なんとかならないのか?」

    よほど、応えたと見える。

    「ならない」

    だが、ユナのほうも一言で切って捨てた。

    「取りつく島も無いなオイ…」
    「だってそうでしょ? 侵入者撃退用に張ってある罠だもの。おいそれと解除するわけにはいかない」
    「そうだけど……知人には、ほら、抜け道とか。あるんだろ?」
    「何か代価は?」
    「う…」
    「なら諦めなさい。特別に入口を教えてあげてるんだから、
     それだけでも光栄に思ってもらわないと」

    魔術師の工房は絶対不可侵。
    特に、他の魔術師に見られるということは、自分の弱点を晒すようなものだ。
    これを考えると、場所を教えてもらっていること自体、奇跡なのかもしれない。

    「気はお済みですか、兄さん」
    「うい…」
    「コホン…。では、気を取り直しまして」

    話の腰を折られた環。
    わざとらしく咳払いをして、事情を話し始める。

    「今日は、ユナさんにお願いがあって、参上しました」
    「まあそうでしょうね。で? そのお願いというのは、そちらの彼女たちのこと?」
    「そういうことです」

    「あ……。エルリス=ハーネットといいます。こっちは、妹のセリスです」
    「は、はじめまして」

    視線を向けられて、水色姉妹が自己紹介する。
    ユナは、エルリス、セリスの順で目を移すと、セリスのところで若干、眉をひそめた。
    そして、こう発言する。

    「…なんとなくわかったわ」
    「ご理解が早くて助かります」

    やはり、見抜かれているのか。
    魔術師ではない環でもわかったくらいだから、彼女くらいのレベルになると、
    先ほどの自分のように、一発で見抜いてしまうものなのか。

    「そういえば、自己紹介してなかった。ユナ=アレイヤよ」
    「よ、よろしくお願いしますアレイヤさん」
    「ユナ、でいいわ。こっちも名前で呼ぶから。敬語も無しでお願い」

    表情を変えずに、呼び捨てることを許可する。

    「それで、環。彼女たちのこと、詳しく教えてもらえるんでしょうね?」
    「もちろん。あなたに相談するつもりでやって来たんですから」

    水色姉妹の事情を、かいつまんで説明する。
    ほとんど無表情で聞いていたユナだったが、真相を聞いて、さすがに少し驚きがあったようだ。

    「驚いた。人類初の精霊憑きに、常識外れの超巨大魔力保持者? しかも、暴走の恐れがある?」
    「正確に言えば、セリスさんは10年前に1度、暴走を起こしているそうです。
     その際、エルリスさんが精霊の力を借りて、暴走を鎮めたと」
    「そのときに精霊が宿ったというの? 驚きを通り越して、呆れすら覚えるわ」

    ユナをもってしても、にわかには信じられないことらしい。
    わずかながら驚いた表情を、エルリスとセリスに向ける。

    「お願いというのは他でもありません。
     エルリスさんとセリスさんに、魔力・魔法のいろはを叩き込んであげてはもらえませんか」
    「特に、こちらのオッドアイの彼女、セリスには急を要する、ってわけか」
    「そういうことです。現状では安定しているようですが、いつまた暴走するかわからない。
     いずれにせよ、私たちでは手に負えませんので」
    「それで私のところに来たと。はあ、事情はわかったわ」

    一通りの説明を受けて、ユナは困ったように天井を仰ぐ。

    「引き受けていただけませんか」
    「あのね環。こういう場合、私がなんて言うか、わかってるでしょ?」
    「『依頼に見合う、相応の対価をよこせ』と、そう仰るのでしょう?」
    「ご名答」

    ユナは生粋の魔術師である。
    魔術師・錬金術師こそが等価交換の原則を1番守り、尊ぶ人種なのだ。

    「何か、私にメリットがあるのかしら?」

    少なくとも、水色の姉妹には、そんなものは存在しない。
    つまりは、環に頼るほかは無い。

    (大丈夫なのかしら…)
    (環さん…)

    すがるような目を環に向けるが、当の本人は「想定済みです」とでも言いたげな、
    自信ありげな表情をしている。
    まあ、ユナがどういう反応をするかはわかっていたようなので、それに期待する。

    「ま、あなたのことだから、何かしら用意はしているんでしょうけど」
    「当然ですね。あなたに頼むんですから、手ぶらでは来られません」

    環はにやりと微笑んで。
    対ユナ専用の、絶対的な切り札を使う。

    「引き受けていただけるのなら、現状、あなたが1番欲しいと思われる情報を、提供しましょう」
    「っ…」

    ユナがあからさまに反応した。
    ほとんど崩れなかった表情を強張らせ、驚きに染まっている。

    「…本当に、お兄ちゃんの?」
    「確度は保証しましょう」
    「乗った!」

    確かめるなり、即決だった。

    「速っ!?」
    「そんなことでいいの?」

    水色姉妹も驚きの速さ。
    セリスなどは思わず突っ込んでいるほどだ。

    「エルリスにセリス、だったわね。引き受けたからには厳しくいくから、覚悟なさい」
    「お、お手柔らかに」
    「よ、よろしく、お願いします」

    妖しげな笑みに、姉妹は少し腰が引ける。

    「さて、依頼は引き受けたわよ。情報を提供してもらいましょうか」
    「わかりました」

    ユナが、喉から手が出るほどに欲しい、その情報とは?

    「1ヶ月ほど前のことですが、ノーフルの町において、”彼”を見かけたという話を
     小耳に挟みました。人相、背格好からして、ほぼ間違いないかと思われます」
    「ノーフル…。そんなところに……」

    ある日、「オレは旅に出る!」と言い残し、突然に家を出て行った義兄。
    どこで何をやっているのかと思ったら、そんなところに居たとは。

    (恩を売ろうと思ってキープしておいた情報。思わぬ形で役に立ちましたね)

    偶然に耳にした話なのだが、環にしてみれば、十二分に使える情報だった。
    バイトに精を出していたときのことである。

    「よし、すぐに……って、あれ?」
    「どうしました?」

    席を立とうとしたユナが、何かに引っ掛かりを覚え、環に聞き返す。

    「それ、いつの話だって言った?」
    「1ヶ月ほど前のことですが」
    「1ヶ月……って、そんな前のことを聞かされても、意味ないじゃない!」

    引っ掛かりとは、これのことだった。
    1ヶ月前の消息を聞かされても、現在のことなどまったくわからない。

    だが、ユナの激昂を受けても、環は余裕綽々だった。

    「あら。私がいつ、『最新の情報だ』だなんて言いました?」
    「!!」

    すました顔で言ってのける。
    つまり、確信犯。

    「……やられた」

    気付いたときには、もう既に遅し。
    ユナは心底、苦汁を飲まされた思いで言う。

    「見事に謀ってくれたわね、この女狐」
    「見事に引っかかるほうも引っかかるほうですけどね」
    「言ってくれるわね」
    「そちらこそ、情報を聞くだけ聞いて、すぐに飛び出していこうとされたのでしょう?」
    「ぐぐ…」

    あのとき席を立ちかけたのは、すぐさま飛んでいこうとしたからである。
    それだけ、ユナにとっての義兄は、優先すべき事項なのだ。

    彼女が鉄砲玉だと称される所以もそこにある。

    曖昧ながらも少しでも情報が入れば、義兄に会うべく、他の事はそっちのけで飛び出していく。
    そんなわけで、工房には不在なことが多いのだ。

    「その手には乗りませんよ」
    「…わかったわよ。等価交換は等価交換。
     1度引き受けた以上は、ユナ=アレイヤの名に賭けて、ちゃんとやる」
    「ありがとうございます」
    「次はこうはいかないからね」
    「その”次”が、あればいいですけどね」

    環とユナの間で、見えない何かが火花を散らしている。
    2人とも顔では笑っているのだが、心では、まったく笑っていないのか?

    「あの……勇磨君?」
    「なんだか怖いんですけど…」
    「ん、問題ない」

    そのことに気付き、得体の知れない恐怖に駆られた水色姉妹。
    勇磨に訴えてみるが、勇磨は、涼しい顔で言ってのけた。

    「あの2人、なんだかんだ言いつつも、仲が良いんだよね」
    「そ、そうなのかしら…」
    「心配は要らないさ」
    「そ、そう」

    姉妹も、無理やりに自分を納得させる。
    彼らには知る由も無いが、同じ感情を抱くもの同士、同類だということだろうか。

    かくして、ユナによる水色姉妹への修行が始まる。




    第7話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■252 / inTopicNo.14)  『黒と金と水色と』第7話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/15(Sun) 00:32:34)
    2006/01/15(Sun) 00:33:12 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」@





    「じゃあ早速、始めましょうか」
    「え?」
    「い、今から?」

    ユナは依頼を引き受けるなり、すぐさまそう言い出した。
    さすがに慌てる水色の姉妹。

    「当然」

    しかし、ユナは当たり前だと言う。

    「私は忙しいの。いつまた、お兄ちゃんの情報が入ってくるかわからないし、
     環から聞いた情報も、1ヶ月前とはいえ、確かめる価値はあるんだから」
    「は、はあ」
    「というわけで、やるんならさっさとやる。それとも、やめる?」
    「とんでもない! やる、やります!」
    「わ、わたしも!」

    ギロリと睨まれて、姉妹は再び慌てて承諾した。

    機嫌を損ねては大変、と事前に聞かされていたことが効いている。
    それに、これほどの大魔術師に師事できる機会など、もう2度と無い可能性が大である。
    勇磨と環がせっかく頼んでくれたことでもあるし、2人は何度も頷く。

    「そ。なら、こっちに来て」

    ユナは特に表情を出さずにそう言うと、先ほど入っていった扉とは逆のほう。
    つまり、左側の扉の前へ移動し、振り向いた。

    「早く」
    「あ、うん」

    促され、水色姉妹と御門兄妹も扉の前へ移動。
    それを確認して、ユナは扉を開け、中へと入っていく。

    姉妹も後に続いたのだが

    「…えっ?」
    「こ、これ…」

    飛び込んできた光景に、文字通り固まってしまった。

    「な、なんなの…?」
    「ほえ〜、真っ白…。何も無いよ…」

    一面、白い世界。

    いや、雪が降っているというわけではない。
    床も、天井も、空(?)も、何もかもが真っ白なのだ。
    どこが床で、どこまで続いているのか、わからなくなってしまうほど。
    天井だか空だか不明だが、その境界すらはっきりしない。

    ふと気を抜くと、自分が立っている場所さえ、見失ってしまうかもしれない。

    「勝手にここから見える範囲外には行かないで。
     出入り口はここにしかないから、見失うと、あなたたちじゃ二度と戻れなくなるわよ」
    「わ、わかった」
    「はい…」

    頷くしかない姉妹。
    それだけ、今のユナの言葉には説得力があった。

    「なんなの、ここは…」
    「私が普段、瞑想や修行するのに使っている場所。私が魔力で創り出した、
     完全に異空間だから、いくら魔力を放出しようと表にはバレないわ。安心して」
    「そ、そう」

    要は、工房に着くまでに通ってきた空間と同じだということか。
    ユナの魔力によって形成されている、異次元だと。

    「さて。まずは、あなたたちの実力から見ましょうか」
    「じ、実力?」
    「それがわからないと何もしようが無いし。じゃあ行くから」
    「い、行くって?」
    「実力は、実戦で測るのが1番効率がいいのよ!」
    「ええっ!?」
    「ちょ、ちょっと待っ――」

    待ってくれるわけもなく。

    「はあっ!」

    ドンッ!

    魔力を解放したユナは、いきなり魔法を放ってきた。
    人間の頭くらいの大きさの火の玉だ。

    「!! っく…」
    「わーっ!」

    姉妹は、それぞれ逆方向へと飛んで、火の玉を回避。
    勇磨たちとの修行のおかげで、これくらいの体捌きならば可能になっている。

    「無詠唱魔法!?」

    上体を起こしたエルリスが、信じられないものを見たという顔で叫んだ。
    何より驚いたことは、奇襲されたことではなく、詠唱無しで魔法を撃たれたことである。

    「何を言っているの? 見くびらないで欲しいわね」

    ドンッ!

    「くぅっ…」

    再び放たれた火球を、なんとか回避するエルリス。

    「私は仮にも、『炎髪赤眼』と称される者よ。これくらい朝飯前」
    「すごい…。きゃっ…」
    「呆けているヒマなんか無いわよ!」

    15歳にして、炎系の魔法を極めた天才魔術師。
    火の玉を飛ばす程度ならば、詠唱などせずとも、このように連発できる。

    思わず感心してしまうが、本当に、そんなことをしているヒマなど無かった。

    目前に迫ってくる火の玉。
    今から回避している余裕は無い。

    「…氷よ!

    エルリスは、瞬時に自らの魔力を活性させ、詠唱に入った。

    我を守る盾と成せ! アイス・シールド!!

    突き出した右手の先に、円形の氷で出来たシールドを形勢。
    氷を利用した初級の防御魔法。火の玉を迎え撃つ。

    ジュワッ!

    「きゃあっ!」

    だがそれでも、勢いを殺しきれずに、エルリスの身体は後方へと飛ばされる。
    氷も一瞬で蒸発して消え去ったが、火の玉も中和されて消えていた。

    「それがあなたご自慢の、氷の精霊の力ってワケね。なかなか」

    表情を変えずに、ユナは呟く。
    手加減して撃ったとはいえ、完全に打消レジストされるとは思っていなかった。

    自分は中級魔法を撃った。それを迎え撃ったのは初級の魔法。
    正反対の属性という有利不利はあるものの、これだけ実力差、魔力差がある中で、
    打ち消されてしまうとは想定外だったのだ。

    「私は炎が専門だから、氷系は真逆で苦手なのよね。羨ましいというか、欲しい」
    「む、無茶言わないで」

    立ち上がるエルリスだが、実力差はいかんともしがたい。
    いや、比べるのもおこがましい。

    それだけ、今の自分の実力は、未熟だということである。
    しかも、ユナにとっては苦手といえども、一般的に云えば超一流というレベルなのだ。

    「どんどん行くわよ」
    「くっ」

    ユナが手に炎を灯し、続けて攻撃に行こうとすると

    「お姉ちゃんばっかりいじめるなー!」

    脇からセリスが突っ込んでくる。
    それを知りつつ、ユナは不敵に構えた。

    「規格外の大容量魔力保持者。どんな魔法を使ってくれるの?」

    少し楽しみでもある。
    ところが…

    「それーっ!」
    「ヨーヨー!?」

    セリスが取り出したのはヨーヨー。
    しかも、何個も持って振り回し、攻撃してくる。

    「ちょっと、なによそれ」
    「これがわたしの攻撃法なの!」
    「なるほど、魔力で操ってるのか。でも…」

    納得はしたユナであるが、期待はずれはいがめない。

    「魔法は!?」

    向かってきたヨーヨーをかわしつつ、ユナが言う。

    「うぅ〜、魔法は苦手なんだよ!」
    「それだけの魔力を持っていながら…」

    なんというか、頭が痛い。
    これからのことを思うと、頭を抱えたくなった。

    「…わかった。わかったから、やめ。おしまい」
    「へっ?」

    魔力を絞り、ユナはやれやれと肩をすくめながら、終了を宣言する。
    勢いを削がれたセリスは、目を丸くして、ユナとエルリスを交互に見る。

    「そ、そうだ。お姉ちゃん大丈夫!?」
    「え、ええ、たいしたことはないわ」

    慌てて姉に駆け寄るセリスだが、エルリスには怪我も無かった。

    「それよりも、ユナ、どういうこと? 途中でやめるなんて」
    「そっちから仕掛けてきて、勝手にやめちゃうなんてひどいよー!」
    「途中じゃない」

    ユナは大きく息をつき、2人を見る。

    「あなたたちの実力がわかったから、やめたのよ」
    「え…」
    「言ったでしょ。あなたたちの実力を見るためだ、って」

    確かにそう言われた。
    が、勝手に始めて勝手に終えられてしまうと、しっくりこないものがある。

    「わかったことは、セリス」
    「ふえ?」
    「あなたは基礎中の基礎もなってない。
     ヨーヨーを操るのはいいとしても、本当にイチから始めないとダメだわ」
    「うぅ、仕方ないじゃないか…。教えてくれる人がいなかったんだから…」
    「やれやれ」

    人類としては最高かもしれない魔力を持ちながら、魔法ひとつ満足に扱えない。
    これは先が長くなりそうだと、ユナの嘆息も長かった。

    「エルリスは…」
    「……」

    自分はなんと言われるのだろう?
    息を飲むエルリス。

    「まあ、こんなものか」
    「え…」

    ボロクソに言われることも覚悟していたので、拍子抜け。

    「精霊の力があるとはいえ、私の魔法を防いだことは評価に値する」
    「あ、ありがとう…」
    「ただし、あらゆる点でまだまだ足りない。
     鍛えてあげるから、妹ともども、精進しなさい」
    「は、はい!」

    思わず丁寧な口調で頷いてしまう。
    ユナが自分よりも勝っていることは明らかで、そういう意味ではお師匠様なのだ。

    「それと、あなたはおもしろい剣を持っているみたいね」
    「え? これ?」
    「ちょっと見せてくれる?」
    「う、うん。どうぞ」

    エルリスはエレメンタルブレードをユナに渡す。
    ユナは、ジッと食い入るように見つめて。

    「これは、本当に面白い代物だわ」
    「あの…?」
    「あなたにはもったいないくらい。譲ってくれない?」
    「だ、ダメ! これは父様からもらった大切なものなんだから!」
    「冗談、冗談」

    すごい剣幕で拒否するエルリスに、ユナは少し気圧されて。
    そのまま持ち主へと返した。

    「でも、面白いものなのは確か。いずれ説明してあげる。
     上手く使えば、並みの剣なんか比べ物にならないくらい、役に立つ一品なんだから」
    「はあ」
    「剣術は私じゃなくて、勇磨たちに習うのね。剣もやるつもりなんでしょ?」
    「あ、うん。それはもちろん」
    「だってさ、勇磨に環」

    「わかってるよ」
    「ほんの少しではありますが、来る前にも見ましたし」

    見学していた勇磨と環。
    話を振られて、頷く。

    「じゃ、今日のところはコレでお終い。本格的なのは明日から」

    ユナはそう言って、手をヒラヒラさせながら出入り口へと向かった。
    途中、環に声をかける。

    「環〜。おなかすいた。何か作って」
    「あなたは私が来ると、いつもそれですね」
    「私より上手なんだから当然。これでも褒めてあげてるのよ」
    「そうは聞こえません」

    そんな会話を交わしつつ、連れ立って元の空間へ戻っていくユナと環。
    なんだかんだ言いつつも、勇磨の言う通り、仲が良いのだろうか?

引用返信/返信 削除キー/
■253 / inTopicNo.15)   『黒と金と水色と』第7話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/22(Sun) 00:03:36)
    2006/01/22(Sun) 00:05:45 編集(投稿者)

    1黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」A





    というわけで、ユナの修行を受けることになった水色姉妹。
    例の修行場において、エルリスとユナが対峙している。

    「あなたのほうは、精霊を宿しているだけあって、魔力の基本は出来ているみたいだから、
     いきなり応用実践編に入るわよ」
    「よ、よろしくお願いします!」

    いきなり応用だと言われても、何をやらされるのか戦々恐々だが…
    エルリスは気合を入れて、ペコっと頭を下げた。

    「そう硬くならない。やることは至極単純だから」
    「単純? 何をやればいいの?」
    「これから私が、あなたに向かって炎の魔法を撃つわ」
    「え…」

    固まるエルリス。
    何か? 攻撃されるということか? 自分が? ユナに?

    「ちょ、ちょっと待ってよ!」

    エルリスは慌てた。

    相手は超一流の魔術師である。対する自分は未熟もいいところ。
    たまったものではない。

    「そんなの受けたら、私、怪我じゃ済まないかもっ…!」
    「安心して。何も、全力で撃とうってわけじゃないから」
    「で、でも…」
    「話は最後まで聞きなさい」

    食い下がるエルリスに、ユナはひとつ息を吐いて、言葉を続ける。

    「始めは初級中の初級魔法から始める。それを、あなたが自分の魔力を使って打ち消すの。
     あなたは氷の魔法を使うんだから、私の炎の魔法を打ち消すにはちょうどいい」
    「……」
    「慣れていくに従って、段々、階級と威力を上げていくから」
    「それって、もし、失敗したら…」
    「大丈夫。人間、必死になれば、たいていのことは何とかなるものよ」
    「……」

    そうかもしれないが…
    エルリスは嫌な汗でいっぱいになる。

    「それに、現在の現界を越える特訓をしてこそ、真の実力が引き出されて成長するものよ」
    「……」
    「いいわね?」
    「…わかったわ」

    迷うものの、結局はやることにする。
    確かに、ユナの言うことももっともだ。
    スパルタ過ぎる気もするが、これから歩もうとしている道は、長く険しいのだ。

    これくらいのこと、乗り越えられないでどうする。

    「いくわよ」
    「………」

    ググッと両の拳を握り締め、エルリスはそのときを待ち構える。

    (私の氷の精霊さま。どうかお願い、力を貸して…!)

    自分の中で”スイッチ”を入れる。
    一瞬の間を置いて、全身に魔力が通っていくことを実感する。

    準備、よし。

    ファイア!

    「…!」

    来た!
    人間の頭大の炎が自分に向かって飛んでくる。

    氷よ! 彼のものを貫く槍となれ! アイシクル・ランス!

    かざした手の先から、氷の槍が伸びていく。

    炎と、氷。
    両者は、直後に交錯した。

    バシュッ!!

    接触後、異なる魔力がスパークし、光を発生させる。
    その光が収まると、もうそこには、何も存在していなかった。

    「……成功、した?」
    「とりあえずはね」
    「よ、よかった…」

    上手くいってくれてよかった。
    エルリスはこれだけで、全身から力の抜ける思い。

    ところが、ユナはまったく表情を変えずに

    「次、行くわよ」
    「ええっ!?」

    間髪入れずに、次の行動へと入っていた。

    「はい、2発目」
    「わわわっ…! アイシクル・ランス!

    大慌てで魔法を撃つエルリス。
    ホッとしていたせいで、放つことは出来たものの、タイミングは完全に遅れてしまった。

    ボンッ!

    「きゃっ…」

    だから必然的に、接触点が自分に近づいてしまい、余波をもろに被ることになる。
    尻餅をつく格好だ。

    「うぅ……いったぁ…」
    「油断は大敵よ。誰が1発だけだなんて言った?
     実戦じゃなんでもありなんだから、一瞬たりとも気を抜かないこと」
    「OK…」

    確かに、これはあくまで修行だと、軽く見ていた面があった。
    これが実戦だったのなら、自分は今ごろ、あの世に逝っている。

    良い教訓になった。
    自分でもそう思いながら、エルリスは立ち上がる。

    「次! いつでもどうぞ!」

    そして、目つきが変わった。

    「大きく出たわね」

    そのことに少しだけ満足しつつ。
    ユナは3発目の発射態勢に入った。

    「次は少し威力を上げるわよ。覚悟することね」





    修行に入って、3日目。

    ファイアストーム!

    空と大地を駆け抜けし、凍てつく暴風よ。今ここに発現し、彼のものを打ち破らん!
     ブリザードッ!!

    炎の波を、凍てつく吹雪が飲み込む。
    性質の180度異なる魔力の奔流は、接触後、一瞬にして掻き消えた。

    「お見事」
    「はぁ……はぁ……やった……」

    思わず、ユナからお褒めの言葉が出た。
    エルリスは肩で大きく息をしながらも、うれしそうに笑みを見せる。

    「正直、驚いたわ。僅か3日でここまでものにするなんてね。
     加減しているとはいえ、私の中級魔法を防いだんだから、誇っていいわよ」
    「努力したもの…」

    エルリスは順調に修行を続け。
    ユナに中級魔法まで使わせるに至り、自身も中級魔法を操るまでになった。

    成果は着実に実を結びつつあると言えよう。
    それに比べて…

    「ぶーぶー! お姉ちゃんばっかりず〜る〜い〜!」

    不満そうな声が、彼女たちの脇から飛んでくる。
    ずっと座り込まされているセリスからだ。

    「ユナさん! わたしにも修行つけてよ! わたしも魔法使えるようになりたいっ!」
    「あなたにも修行つけてるじゃない」

    ユナはセリスのほうに視線を移すと、普段と変わらない口調で言い放った。

    「基礎中の基礎、瞑想をね」
    「ただ座ってジッとしているだけじゃんか〜!」

    セリスがこう思うのも無理なかった。

    彼女は3日前、修行に入ってからずっと、こんな格好を強要されていたのだ。
    しかも、姉はユナから直接指導をされて、メキメキ実力をつけて行っているのに…

    不満が溜まるのも当然である。

    「わたしにもそれらしい修行つけてよ!」
    「だから、きちんとさせてるじゃない」
    「これのどこが修行なんだよ〜! ちっとも強くなってる気がしない〜!」
    「あのね…」

    深く、憂いを含むため息をユナがつく。
    説明はしたはずなのだが、全然わかっていない。

    「最初に言ったでしょ? 魔法は集中力がすべてだって。
     集中力を鍛えるのに、瞑想はうってつけなのよ」
    「だからって……こんなのばっかり、退屈だよ〜」
    「ダメね、全然わかってない…。いいこと? エルリスは多少なりとも魔法が使えて、
     魔力の使い方を知っていた。対して、あなたはどうなの?」
    「う…」

    セリスが言葉に詰まる。

    「魔法を撃つことすらできなかった。そんなあなたに、すでに魔法を撃てるエルリスと
     同じ修行をさせられると思う? 同列に立てると思ってるの?」
    「……思い、ません」
    「でしょう。わかったら、集中して瞑想することね。
     そんなんじゃ、いつまで経っても応用編に入れないわよ」
    「うぅ〜…。わかってはいても、出来ないんだよ〜…」

    ブツブツ言いながら、セリスは仕方なく瞑想状態に入る。
    が、持続したのは僅かに数分だけ。
    5分も経つと、大声を上げてひっくり返ったり、ゴロゴロしたりする有様だ。

    「それじゃ、ひとつ例題を挙げるわ」
    「うん、どんなどんな?」

    よほど退屈だったのだろう。
    ユナがこう言うと、セリスは目をキラキラさせて食いついてきた。

    それに呆れつつも、ユナは例を挙げる。

    「周りに誰もいないところで巨木が倒れた。さて、音はした? しなかった?」
    「したに決まってるよ」
    「どうかしら? 音を聞くべき人物がいないのだから、確かめようが無いでしょ?
     もしかしたら、音はしなかったもしれない。でも、音はするはず………いったい?
     どうなってる? なんて考えているうちに、無我の境地に達するわ」
    「倒れたんだから、音はするに決まってる!」
    「いや、だからね…」
    「誰もいなくても、音はするってば!」

    「この子はダメかも」
    「あ、あはは…」

    心から疲れたため息をつくユナに、エルリスは苦笑するしかなく。
    姉に比べて、妹の修行の進み具合は、極めて鈍行らしい。

引用返信/返信 削除キー/
■254 / inTopicNo.16)   『黒と金と水色と』第7話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/29(Sun) 00:47:53)
    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」B





    「もっと集中しなさい! そんな集中力じゃ、目も当てられない!」
    「うぅ〜、難しいぃ…」

    怒声が轟く修行場。

    セリスはようやく、直接指導してもらえる段階に入ったのだが、
    そこから先がまた難しかった。

    どうも彼女、膨大な魔力を持ってこそいるものの、それを制御する才能に欠けているようだ。
    ヨーヨーを操ることと、魔法を放つことでは、根本的に違うらしい。

    「むぅぅ〜っ!」

    ――ボボボッ…

    どうにか力を込め、セリスの右手に炎が宿った。

    「そう、その調子。その調子で炎を制御して!」
    「むぅぅ………ふぁ…ふぁっくしょん!」

    ――シュゥゥ…

    「あーっ!」
    「はぁぁ…」

    魔法行使の途上で、セリスはこともあろうにクシャミ。
    一瞬、集中力が欠けた影響がモロに出て。
    セリスの叫びと共に、せっかく灯った炎は、徐々に消えていった。

    ユナのため息がとても長い。

    「なんでー? どうして〜!?」
    「やっぱり才能、無いのかしら…」
    「今のはわたしのせいじゃない〜! くしゃみが出ちゃったんだからしょうがないよ!」
    「まったく…」

    打つ手なし、とばかりに、ユナはお手上げのポーズ。
    くしゃみ以前の問題のような気がしてきた。

    「もしくは、炎と相性が悪いとか…? そういえば、エルリスは氷の精霊に愛されて…
     そうなのかもしれない。あなたたち姉妹は、炎系とは絶望的に相性が悪いんだわ」
    「そ、そうなの?」
    「もうそうだとしか考えられない。きっとそう、絶対そう!」

    無理やり自分を納得させるユナ。
    それだけ、セリスの出来の悪さには閉口していたのだろう。
    強引ではあるが、理由が見つかって晴れ晴れしている。

    「まあとにかく、炎系の修行はやめて、次からは氷系にしましょう。
     セリス、あなたはもう少し瞑想してなさい」
    「は〜い…」

    元気印のセリスも、返事にはさすがに力が無い。
    その様子に再び嘆息しつつ、ユナはエルリスに歩み寄った。

    「どうかしら?」
    「ええ、だいぶ」

    セリスと比べて、エルリスのほうは順調に実力を伸ばしている。
    魔力の行使・制御とも、もうかなりの腕前になっていた。

    「妹とは比べるべくも無いわね」
    「あはは…」

    苦笑するしかないエルリスである。

    「じゃあ今日は、あなたの持ってる剣について、説明するから」
    「これの?」

    エルリスは、腰に下げているエレメンタルブレードを手に持ってみる。

    「説明も何も、これって、普通の剣じゃないの?
     それは確かに、高価そうな剣で、切れ味もバツグンだけど」
    「…はぁ」

    それを聞いて、ユナはまたため息をつく。
    この短時間で、いったい何回ため息をつかせれば気が済むんだろうか、この姉妹は。

    「まあ想像は出来たけど、こうも予想通りの反応を返されると、逆にヘコむ」
    「ご、ごめんなさい…。でも、これってそんなに特別なものなの?」
    「当然よ。じゃなかったら、私が譲ってくれなんて申し出るわけないでしょ」

    ユナは、魔術品コレクターとしての側面も持っている。
    1度、それを見せてもらったが、一室を丸ごと覆い尽くしていた。

    よくわからないアイテムばかりだったが、どれも一級品なんだそうである。

    「まず、材質ね。それは間違いなくミスリル鋼で出来ている」
    「うん、それはわかる」
    「切れ味が良いのはそのためね。まあ、普通の青銅や鉄剣なんかとは比べるのも失礼。
     でも、その剣の特異性はそれだけじゃない」

    肝心なのは、これから説明されることなのだろう。

    「柄の部分を見てみなさい。くぼみがあるでしょ?」
    「ええ」
    「そのくぼみはね、ただ開いているのでも、鋳造時のミスでもない。
     ”これ”をはめ込むための穴なのよ」
    「それって…」

    言いながらユナが取り出したのは、親指の先くらいの大きさの、
    綺麗な輝きを放つ宝石のようなものだ。

    「綺麗ね。なんの宝石?」
    「宝石じゃないわ。これは、『エレメンタルクリスタル』と呼ばれるもので、
     空気中のマナが凝縮して、結晶化したものなの」
    「へぇ…」

    初耳だった。
    存在自体を知らない。

    「エレメンタルクリスタルは、1個1個それぞれ、持っている魔力の性質が違う。
     例えばコレは雷属性を持ってる。まあ人それぞれ、個性があるのと同じことね」
    「ふうん。で、それをはめ込むと、どうなるの?」
    「実際、やって見せたほうが早いわね。はめてみなさい」
    「わかった」

    エルリスはユナからクリスタルを受け取って、柄のくぼみにはめ込んでみる。
    …何も変化は無い。

    「…? 何も起こらないけど…」
    「少しは頭を使いなさい。マナの結晶だって言ったでしょ? 魔力を通してみなさい」
    「ええと……こう?」

    少し、剣に魔力を通してみると…

    ――ジジジ…!!

    「わっ!」

    剣が電気を帯び、青白いスパークを発生させたのだ。

    「これでわかったでしょ? その剣の凄さが」
    「え、ええ…。こんなことが出来たんだ…」

    自分の剣に、こんな機能があったとは。
    要するに、はめこんだクリスタルの属性を、剣に纏わせることが出来るということか。

    「すごい…」

    エルリスは純粋に驚いていた。
    その様子に、ユナは改めて呆れていたりする。

    「まだよ。それですべてじゃないわ」
    「ま、まだ何かあるの?」
    「今度は、その状態で、氷系の魔力を通してみなさい。そのままでよ」
    「ええと…」

    電撃を纏わせたまま、ということだろうか?
    少し難しいが、エルリスは自分で調節して、今度は魔力に氷系の念を込めて剣に送る。

    すると…

    「…氷属性がついた」
    「そうなのよ」

    電撃は纏ったままで、さらに、氷の属性が付加された。
    ライトニングアイスソードの完成である。

    「複数の属性を持たせることも出来る……ということ?」
    「そういうことね」
    「へぇ〜…」
    「あなたなんか、氷属性に特化した魔術師なんだから、氷はいつでも纏わせることが可能よ。
     それだけ、あなたの氷属性魔法は威力が高いってことね。まあ、精霊のおかげだと思うけど。
     だから、氷属性だけに関して言えば、クリスタルをはめ込む必要は無い、ってわけ。
     纏わせて戦えば、威力は何倍にもなるわ」
    「ほぉ〜…」

    エルリスは感心しきり。
    これに、ユナはまずます脱力する。

    「難点は…」

    声に力がなくなってきているのが、その証拠だ。

    「エレメンタルクリスタルは希少物で、すごく高価だということだけど。
     まあ、氷だけでも付加して戦えば、充分でしょ」
    「わかったわ。あ、そういえば、このクリスタルは…」
    「いいわ、あげる」
    「え、いいの? もの凄く高いんじゃ…。ちなみに、いくらくらいするものなのかな?」

    ユナから渡されて、はめ込んでいる雷のクリスタル。
    そんなに高価なものを、タダでもらうのは気が引ける。

    おそるおそる尋ねてみるエルリスだが

    「そうね。クリスタルの大きさとか純度とか属性にもよるけど、
     1個でだいたい、金貨50枚から100枚くらいが相場かしらね」
    「………」

    恐ろしい数字だった。
    思わず目が回ってしまいそうになるほどの衝撃。

    「で、もうひとつの欠点。その都度、使い捨てになっちゃうから」
    「え!?」

    そう言われ、確かめてみると。
    さっきはめ込んだはずのクリスタルは、最初から無かったかのように消えていた。
    もちろん、剣に纏っていたスパークも消えている。

    「わかった? 返せって言ってもしょうがないの」
    「…よくわかったわ。すごく貴重だということよね…」

    とりあえず、今の自分の資金力では、とても手を出せないと思いつつ。
    超強力な武器だということを、今さらながらに認識したエルリスだった。





    「まずは、頭に”風”のイメージを思い描いて」
    「えっと、風…」

    その後、冷静になったユナが考え直した結果。
    エルリスと同じ魔法を使えても意味が薄い、ということになり、
    『風』属性の魔法をセリスに教えることになった。

    「浮かんだ?」
    「風って、あの風でしょ? うん、大丈夫」

    笑顔で頷くセリス。
    本当にわかっているのか、疑わしいものであるが、確かめようが無い。

    「それじゃ、それを自分の中から奮い起こすようにして、魔力に乗せてみなさい」
    「えっとー、魔力に乗せる…」
    「慎重に、少しずつよ、少しずつ。あなたはただでさえ、魔力が多いんだから」

    おそるおそる、セリスは言われた通りにやってみる。
    すると…

    ――ビュォォ

    「あっ」
    「いいわ、その調子」

    セリスの周囲に、弱々しいものであるが、空気の渦が発生した。

    「あとは、その制御だけど…」
    「すごいすごーい! わたしにも出来た! うわ〜!」
    「ちょっと、人の話を…」

    だが、成功した喜びで、ユナの言葉も聞こえない状態になってしまい。
    興奮で高まった魔力により…


    ――グォォオオオッ!!


    「うわあああああ目が回るぅぅうう!」

    大竜巻にまで発展してしまった。
    その中心にいるセリスは、自分が生み出した竜巻に巻き込まれそうになっている。

    「だから言わないこっちゃない…」

    再三再四、繰り返しつかされているため息を、またひとつ大きく吐いて。
    ユナは魔力緩衝のため、自らの魔力を撃ち込んだ。

    「た、助かったぁ…」
    「………」

    竜巻が消え、その場にへたり込んでしまうセリス。
    ユナはつかつかと歩み寄ると

    ごんっ!

    「いったぁー!」

    セリスの頭をゲンコツでひと叩き。

    「人の話を聞きなさいこの馬鹿!」
    「うぅ〜、だって…」
    「だっても何も無い! こんなんだから、過去に暴走を起こしちゃうのよ」
    「うぅぅ…」

    暴走のことを言われ、すっかり小さくなってしまうセリス。
    なんだかんだで、幼い日の暴走のことは、彼女のトラウマになっているのだ。

    「ただでさえ、あなたは魔力制御の技術が稚拙なんだから、気をつけること。
     次にこんな事態になったら、本気でぶっ飛ばすわよ」
    「はーい…」
    「…ふぅ。まあ、なんにせよ」

    目に見えて落ち込んでしまったセリスに、暴走のことを言ったのは少し悪かったかと思いつつ。
    励ましの言葉をかける。

    「これで、『風』属性はそれなりに扱えるであろうことはわかった。
     魔力は半端じゃないんだから、修行次第で、一流になることも可能よ。
     がんばりなさい」
    「そう? そっか、へへへ」

    立ち直りが早いのもセリス。
    すっかりその気になって、やる気も出てきたようである。

    まあ、とどのつまり。

    (やっぱり、この姉妹にとっては、『炎』は相性最悪なのね…)

    ということであった。

引用返信/返信 削除キー/
■255 / inTopicNo.17)   『黒と金と水色と』第7話C
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/05(Sun) 00:05:21)
    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」C





    依然、水色の姉妹は修行中。

    「むぅ〜っ」

    正面を見据えて、何やら唸っているセリス。
    その正面であるが、ユナが用意した魔物を模した標的が数体、置かれている。

    「発動できるようにはなったんだから、次はその制御。
     敵に当てられなければ意味が無いわ」

    ということで、セリスは目標へ、正確に命中させるという特訓を行なっていた。

    「空を駆け抜けし風よ……この手に集い、仇討つ刃となりたまえ!」

    詠唱と共に、セリスの両手に魔力が宿る。

    「ソニック!!」

    そして放たれる、真空の刃。
    いつもここまでは良いのだが…

    スカッ!

    見事に外れる。
    ちなみに、これで10回連続。

    「なんで? なんでなんでなんでぇ〜!? なんで当たらないの!?」

    地団駄を踏んで悔しがるセリス。

    先の数字は今日だけの回数であり、通算すると、
    すでに百発近くは無駄撃ちしているのではなかろうか。

    つまり、今までただの1度として、命中した試しがない。

    「お姉ちゃんはあんなに綺麗に当てられるのに…」

    精霊の加護が無い分、セリスにとっては厳しいのだろうか。
    それとも…

    「うぅ〜…。もう1回、今度こそ! ソニック!

    発動までは上手くいく。
    だが、どうしても…

    「ふぇぇ…」

    ことごとく、外れてしまうのだ。
    さすがのセリスも、すっかり肩を落としているのかと思いきや。

    「ソニック! ソニック! ソニック〜ッ!」

    連発、連発、連発。

    意気込みは認めるが、結果が伴わない。
    むなしく的の周囲を通過するだけだった。

    「やれやれ…」
    「あはは…」

    そんな光景を嫌というほど見せ付けられているユナとエルリス。

    「初心者のクセに、あれだけ撃って、バテないことはすごいけどね…」
    「魔力だけはあるから、あの子……あはは」
    「まったく…」

    苦笑を通り越して、もはや呆れを覚えるしかない。

    「威力だけはたいしたものだけど…。まあ確かに、魔力が多いだけのことは」
    「あはは…」
    「まあセリスのことは放っておいて。エルリス、あなたのほうは最終段階に入るわよ」
    「え? は、はい」

    いきなりそんなことを言われ、硬くなるエルリス。
    始めからかなりきつい修行だったこともあり、内心は不安でいっぱいである。

    「それで、どんなことを?」
    「やることは同じよ」
    「え…」

    ユナは簡潔に答えつつ、エルリスと距離を取った。
    エルリスに嫌な予感が走る。

    「コレまで通り、私の魔法を打消レジストしてみせなさい」
    「わかったけど……まさか?」

    「そう」

    にやりと妖しい笑みを浮かべるユナ。

    「私の全力を跳ね返して見せなさい!」
    「そんなっ!」

    なんと無茶な。
    ユナほどの魔術師、全力での一撃を、自分のような未熟者が跳ね返せるわけが…

    「無理よ!」

    「天空に満ちし大いなる炎の精よ……大地に眠りし大いなる力よ……」

    悲鳴を上げるエルリスだが、ユナは聞く耳を持たず、詠唱を始めてしまった。
    彼女の周りにすさまじい魔力の奔流が現れ、凝縮していく。

    「ユナッ!」
    「もう後戻りは効かないわ。あなたも早く準備しないと、間に合わなくなるわよ」
    「っ…」

    止まらない。止められない。
    固まっていたエルリスだったが、追い込まれ、半ばヤケクソで詠唱に入る。

    「わかったわよ! やればいいんでしょ!」

    (私の氷の精霊さま! お願い!)

    自分1人の力ではどうしようもない。
    自分の中にいる”もう1人”へ呼びかけつつ、術式を刻んだ。

    「清らかなる氷の精よ……等しく訪れる森羅万象、悠久なる氷よ……」

    「我が意と言葉に従いて……」


    両者、詠唱を進める。
    ユナの全力に抗うためには、並大抵の魔法ではいけない。

    「今ここに、汝の力、解き放たりて…」

    「我が眼前に立ちはだかりし愚か者…」

    「彼の物ことごとく、深淵たる永久(とわ)の眠りへ誘いたまえ!」

    「骨の髄まで焼き払わん!」


    エルリスの周りには冷気が、ユナの周りには炎が具現化、吹き荒れる。
    相反する、正反対の力を持つ2つの魔力が、ここに解放された。

    「アブソリュート・ゼロッ!!」

    「メガフレア!!」









    「お疲れ」

    「………はぅ」

    一声かけられて、エルリスは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
    いや、気力精力を使い果たして、自分の身体を支えきれなかった。

    「氷の精霊の助力があるとはいえ、見事なものよ。
     私の上級魔法が防がれたのは、いつ以来かしらね」
    「………」

    エルリスは放心状態。
    ほけ〜っと、虚空を見つめている。

    「合格。これでとりあえず、私が教えられることは教えたわ。あとは自分の努力次第」
    「………」
    「ま、今はゆっくり休みなさい」
    「ふぁぁい…」

    ようやく返事を返すことの出来たエルリスだったが、その身はすでに限界で。

    「zzz…」
    「おっと」

    糸が切れるように睡眠へ入り、倒れこみそうになった身体を、ユナが支える。
    本当に、自分の持てる力のすべてを、限界まで使い果たしたのだろう。

    「追い込まれると、実力以上の力を発揮するタイプね、この娘」
    「zzz…」

    ユナはエルリスのことを冷静に分析する。

    力を引き出してやる状況を作り出す、作り出されること。
    つまり、ピンチに追い込まれることは、この世界で生きていく以上は多々起こりうる。
    絶体絶命になれば、120%の力を発揮するのは道理だろう。
    エルリスの場合は、それが150%にも、200%にもなりえる底力を秘めている。

    だが、それまでをどうやって乗り切るか。
    普段の状況で、いかに限界付近まで力を引き出すか。
    どこまで安定して力を使えるか。

    ピークが高くても、常時、取り出せる値が低いのでは、実体は半分以下。
    今後の課題だ。

    「あとは…」

    困ったように、視線をセリスのほうへ。
    すると…

    ブオンッ!

    「…!」

    巨大な風の渦が発する音。
    続けて

    ズガァンッ!

    自分が設置した、標的が破壊される音。
    初級魔法のものとはとても思えない、強力な威力。

    「……やった」

    そして、セリスのうれしそうな声。

    「やった、やったぁ! 当たった、やっと当たったぁ〜!」

    思わず小躍りし始めるセリス。
    まあ、まぐれ当たりか、たまたま命中したに過ぎないのだが…

    「…ふぅ」

    ため息のユナ。
    自分の魔法の威力の凄さに、全然気づいていないことに加えて。

    「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる……」

    深い意味ではなく、見た目そのままの言葉を呟く。
    もう、セリスに限っては、そういう戦法で行くしかないのだろうか…





    翌日。

    「終了?」
    「ええ」

    聞き返した勇磨に、ユナは短く頷いた。

    「終わりということですか?」
    「そう。昨日をもって、私からの修行はお終い」

    環からの問いにも、こう答える。

    「こっちのこと、ご苦労様。もういいわよ」
    「そうか」
    「まあ、それはいいんですが」

    水色姉妹の修行中、彼女たちは”向こう側”に行っていることが多いので、
    こちら側の掃除や洗濯炊事などは、勇磨と環が担っていた。

    要するに、雑用係をやらされていたわけだ。
    特にやることも無く、自分たちの修行もあの空間でやらせてもらう見返りとして、
    自分たちから申し出たことである。

    「環の料理が食べられなくなるのは、少し惜しいんだけど」
    「ありがとうございます」
    「正式に、私専属のコックにならない? お給金は弾むわよ」
    「せっかくの申し出ですが、お断りします」
    「ま、そう言うだろうとは思ったけど」

    「…?」

    ちらりと視線を向けられた勇磨。
    意味がわからず、首を傾げるだけだ。

    「ユナ、今までありがとう。おかげでだいぶ強くなれた気がするわ」
    「わたしは微妙なんだけど…。魔法を使えるようにはなったし、お礼は言っとくね」

    水色姉妹も、これまでの礼を述べる。

    「成果、良いみたいだね?」
    「ええ、本当に。あなたたちも、良い師匠を紹介してくれて、ありがとう」
    「いやいや。君たち自身の努力の結果だよ」

    続けて、御門兄妹にも。

    「でも、根本の解決にはなりませんでしたね。申し訳ありません」
    「ああ、謝ることなんかないって」

    エルリスはこう言うが、確かに、暴走回避の対策は立てられていなかった。

    魔法を使えるようになることと、暴走を完全に抑えこむこととでは、
    その方向性が違ってくる。

    魔法を使うということは、魔力を取り出すということ。
    反対に、魔力の暴走を抑えるには、表への流れを止めてしまうことになる。

    相反する2つの事象。
    セリスはまだ、『魔法を使える』というレベルのみ、身に着けたに過ぎない。
    それもごく基本的なことばかりだ。

    魔力を統べるという意味では一歩(半歩くらい?)の前進だが、まだまだ全面解決には程遠い。

    いかにユナといえども、コレだけの問題を解決するには、時間も知識も足りなかった。
    そもそも、そのような方法があるのかさえ、不明であるのだ。

    「でも、これからは、どうしようかな…」
    「そのことなんだけどね」
    「え、なに?」

    ユナが口を挟んだ。
    なんだろうか?

    「方法、無いわけじゃないのよ」
    「え?」

    無いわけじゃない。
    暴走を封じる方法のことだろうか?

    「ただし、いま私が考えている方法は、魔法封じの応用で魔力自体を完全に封じるか、
     休眠状態にするっていうだけ。それだと一時的なものになっちゃうし、
     死ぬまで延々、定期的に同じ処置を受け続ける必要がある。
     本当に有効なのかどうかもわからないし、やっぱり根本的な解決法にはならないの」
    「………」

    やはりそうか。
    そう簡単にはいかないだろうとわかっているが、落胆も大きい。

    「その他の方法については、私のほうでも調べてみるから」
    「本当?」
    「知ってしまった以上、放置は出来ないじゃない。
     まあ、現状では極めて安定しているし、きちんと魔力の制御を教えたつもりだから、
     当面は大丈夫でしょうけどね」
    「うん…」

    現段階では、セリスが暴走する可能性は限りなく低い。
    だが、完全に0%にならない限り、姉妹の不安・苦しみは続くのだ。

    「私も出来る限りのことはする。でも、その代わり」
    「そ、その代わり?」
    「そうよ」

    交換条件?
    不意を衝かれ、エルリスは少し裏返った声になってしまった。

    「わざわざ私が労を払おうって言うんだから、見返りをもらうのは当然よ」
    「そ、そうね」
    「わかったよ。で、ユナさん。その見返りって?」

    尋ねたセリスに、ユナは…

    「あなたたち。ハンターライセンスのCランクを取ってきなさい」
    「はい?」

    突拍子も無い答えを返した。

    「聞いた話によれば、あなたたち姉妹は、まだDランクだってことよね」
    「そうだけど…」
    「一時的にせよ、私の取った弟子が、そんな最低ランクだなんてみっともない。
     一刻も早く昇級してもらわないと、私の世間体にも影響が出るじゃない」
    「……」
    「そんな、他に誰も知らないんだから、それくらい…」
    「私自身が許せないの」
    「そ、そうなんだ…」

    思わず言葉を失うエルリス。
    セリスも苦笑を見せるだけ。

    「というわけで、Cランクを取ってきなさい。今すぐ」
    「えーと…?」
    「今すぐって言われても、試験の日程は…」

    「ちょうど2週間後にありますね」

    答えたのは環だ。

    「じゃ、それ、受けてきて。もちろん落第は許さないから」
    「急に言われても……わかったわ」

    渋るエルリスだったが、ユナに睨まれて、やはり渋々に頷く。

    「うぅ〜、学科試験がぁ…」
    「セリス、最初に受かったときも苦労したしね…。かく言う私も、自信ない…」

    「私がお教えしましょうか?」
    「いいの!?」
    「ええ、私でよければ」

    願ったり叶ったりの環からの提案。
    姉妹はもちろん、喜び勇んで頼んだ。

    「そうだ、兄さん」
    「ん?」
    「せっかくですし、良い機会ですから、私たちも受けてみましょうか」
    「俺たちもって……Aランク試験をか?」
    「はい」

    ひょんなことから、御門兄妹にも話が及ぶ。

    「Bランクを取ってから、もうどれくらいになるとお思いですか?
     そろそろ上がっておかないと、稼ぎにも影響が出るんですよ」
    「し、しかし…」

    BランクとAランクでは、報酬金の額が絶対的に違う。
    一桁違うなんてこともザラであり、請けられる仕事の範囲も大幅に広がってくれる。
    もちろん、持っていたほうが良いに決まっているのだ。

    「俺は…」
    「…そうでしたね」

    乗り気でない勇磨の様子を見て、環は何かを悟り、ため息をつく。

    「わかりました。兄さんも、私がみっちり鍛えてあげます」
    「うえっ!? そ、それは遠慮したい…」
    「問答無用」
    「……はい」

    前回、試験を受けたときのことを思い出し、回避しようとした勇磨だがあえなく撃沈。
    よほどの嫌な思いをしたと見える。

    「みんなで勉強会だね〜。大勢のほうが楽しいから、わたしは歓迎〜♪」
    「環との勉強会…。なんだかとっても厳しそう…」

    笑って受け入れるセリスに対し、エルリスは戦々恐々。
    勇磨の様子から、とんでもないしごきになるのではないかと、そう思ったからだ。

    「それじゃ、そういうことでよろしく」

    そんなユナの言葉に送り出され、一行は、ハンター試験を受けるために、
    王国ハンター教会の本部がある王都へと向かうのだった。





    第8話へ続く







    <しょ〜もないあとがき>

    いかん、ストックが底を尽いてきた・・・
    時間もあんまり取れてないので、今後、更新が鈍るかもしれません・・・
引用返信/返信 削除キー/
■256 / inTopicNo.18)  『黒と金と水色と』第8話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/12(Sun) 00:12:27)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」@





    ユナから宿題を課され、一路、王都へ向かうことになった一行。
    ハンター試験の開催地が王都であるためだ。

    「え〜と……『ハンター特権を3つ挙げなさい』? う〜ん、なんだっけ?」
    「ええと……わたしも忘れちゃった。お姉ちゃん、教えて」
    「まったく…。依頼者の協力を義務付けられる権利、『協力特権』。
     協会の同意が無ければ逮捕されない権利、『不逮捕特権』。
     依頼の都合上、公共機関またはその他の機関を利用する場合は、
     特別優先、割引を受けられる権利、『割引特権』」

    まったく考えもしないで尋ねてくる勇磨とセリスに呆れながら、
    エルリスは指折り数えつつ、問われた3つを挙げてみせる。

    「…まだあると思うけど、とりあえず3つ挙げろと言われたら、こんなところかしら?」
    「エルリスさん正解です」

    王都へと向かう列車内。
    環を教師役として、その他3人は移動時間を惜しみ、勉学に励んでいる。

    「その他には、緊急時、武器防具などを優先して回してもらえる『武具特権』や、
     Aランク以上限定になりますが、租税の減免を受けられる『減税特権』などがあります」

    とはいえ、この様子を見る限り、まだエルリスはいいものの、
    勇磨とセリスは、絶望的な状況に思える。

    「やれやれ…」

    大きなため息の環。

    「これは、王国ハンター特例法のほんの触りですよ。これぐらい覚えていないでどうするんですか」
    「そんなこと言われても…」
    「ねえ?」

    「…はぁ」
    「あはは…」

    顔を見合わせ、わかったように頷き合う勇磨とセリス。
    覚えようという気が感じられず、再びため息の環と、苦笑するエルリスだ。

    「とにかく、試験日まで2週間も無いんですから、死ぬ気で勉強してもらいますよ。
     特に、セリスさんと兄さんには」
    「うぅ〜…」
    「すでに、頭がパンクしそうだ…」
    「文句を言わない。口を動かす暇があるなら、手と頭を働かせるように」
    「「はいはい…」」
    「『はい』は1回」
    「「はい」」
    「よろしい」
    「あはは…。私もやろう」

    すっかりスパルタ教師と化している環と、ダメダメ生徒の勇磨とセリス。
    やはり苦笑するしかないエルリスも、学園都市で買ったハンター試験問題集と向き直った。

    ここで、『ハンター試験』について説明しておこう。

    実施は年に3回。
    ここエインフェリア王国では、王国ハンター協会本部のある王都で開催される。

    試験内容は、ハンターとしての知識を問われる学科試験と、
    本分である腕っ節の強さを試される実技試験とに分かれる。

    実技のほうは言わずもがなだが、学科試験には、対することになる魔物の幅広い知識や、
    万が一の場合の薬草学や簡単な応急医術、金銭面でのトラブルを避けるための経済学。
    さらには、ハンターとしての心構えや規則などを定めた、ハンター法の問題が出てくる。

    これが結構な難関で、毎回、半数近くが学科試験で落第すると云われている。
    学科試験にパスできなければ、実技試験を受けることが出来ないので、高いハードルだ。

    その代わり特例もあり、1度学科試験にパスすれば、実技試験で落ちたとしても、
    向こう1年間は同じランクの試験を再び受ける場合、学科は受けなくても良いことになっている。

    もちろん、受けるランクによって難易度は変わり、高くなるほど難しい。

    「ハンター法って57条もあるよ〜。こんなにいっぱいあったっけ?
     こんなの、全部覚えるなんて無理だよ〜」
    「まったくだ…。前回、よく受かったな俺…」

    この2人にとっても、学科試験が大きな関門である。
    最初にハンター資格を取ったときに1度、暗記しているはずの分野なのだが、
    今となっては影も形も無いようだ。

    「本当にね…」

    こればかりは、エルリスも同意できるところ。
    自分もセリスも、よく資格を取れたと思う。

    実際、学校に通っていたときの成績も、『良い』とも言い切れないものだったのだ。
    セリスのほうは、ご想像にお任せする。

    「学科もそうだけど、実技のほうも、ものすごく不安なのよね…」
    「そうだよねお姉ちゃん…」

    水色姉妹の場合、実戦経験が絶対的に足りない。
    普通は、相応の仕事数をこなしてから、次のレベルに行っても大丈夫だという自信をつける。
    ところが、水色姉妹は仕事など1件もこなしていないし、そもそも活動自体がまだだ。

    それなのに、早くも次のランクを取ってこいと言われたわけで、不安は募る。

    実技試験、実戦なのである。
    とはいっても、魔科学によって作り出される、擬似モンスターとの架空戦闘になるわけだが。

    それでも、ある程度はダメージも受けるし、対戦することになる魔物も、
    不公平が出ないように種類は限られているとはいえ、そのときになってみないと、
    どのモンスターと当たるかわからないのだ。

    水色姉妹は、半年ちょっと前にハンター資格を取ったときの試験で、
    学科実技ともにギリギリでの合格だったことも、余計に不安を煽る情勢になっている。

    「大丈夫かしら、私たち…」
    「何を言っているんですか」

    肩を落とすエルリスに、環は「馬鹿な事を」という雰囲気で言ってのける。

    「あなたたちは、ユナさんや私たちから師事を受けたんですよ。
     大丈夫、そこいらの同ランクハンターよりは格段に強い。保証してあげます」
    「環さん…」
    「ですから、自信をお持ちなさい。学科試験をパスできたのなら、
     Cランク程度の実技試験など、突破するのはたやすいはずです」

    そう言われると、心が軽くなってくる。

    「そう、よね…。そういう意味では、私たち、他の人より全然恵まれてるんだもの」
    「…強くはなれた気がするけど、すごく厳しかった。鬼だよ、悪魔だよ、極悪だよ」
    「セリスさん? もっとメニューを増やしましょうか?」
    「わーわー! ユナさんも環さんもすごく優しかったよ、うん!」
    「まったく、調子いいんですから」

    やれやれと息をつく環に、へらへら愛想笑いのセリス。
    やっぱり苦笑のエルリスだが、ついさっきまでとは打って変わり、不安は消えた。

    「…でも、学科試験が高い壁であることは、変わらないのよね」

    …もとい。
    実技試験に対する不安は無くなったが、学科試験の不安はそのままだ。
    むしろ、大きくなっているかもしれない。

    「それも大丈夫です」
    「え?」

    が、環からは、再び『問題なし』サインが出る。
    どういうことなのだろうか?

    「私が責任を持って、あなたたちをCランクの合格レベルまで鍛えてあげますから」
    「……」

    環の頭の良さは、これまで接してきただけでも、よくわかっているつもりである。
    実際、過去の試験では、首席合格だったという実績を持つ。

    しかし、あまりの自信に、思わず返す言葉を失ってしまった。

    「なに、移動中はもちろんのこと、王都に着いて宿を取ってからも、1日中、
     付きっ切りで見てあげますから、2週間ほどもあれば大丈夫ですよ」
    「い、いちにちぢゅう!?」
    「ええ、もちろん」
    「えー、そんなぁ〜…。せっかく王都に行くんだから、観光とかしてみたいのに〜」
    「セリス…」

    さすがに場違いな言葉だった。
    エルリスも呆れ返るほどだが、これには、環もピシッと青筋を立てる。

    「セリスさん? あなたはいったい、何をしに王都へ行くつもりなんですか?」
    「ひいっ!?」

    顔は笑顔なのだが、まったくもって笑っていない。
    それどころか、背後に怒りのオーラが立ち上っている。

    睨まれたセリスは、思わず悲鳴を上げていた。

    「何が目的なんでしょう? 言ってみてください?」
    「ご、ごめんなさいごめんなさいもう言いませんから〜!」
    「言・い・な・さい?(にっこり)」

    「ひう〜っ!? ハンター試験を受けるためですぅ〜っ!」

    もうすっかり怯えて、環の言いなりになるしかないセリス。
    自業自得である。

    「そうですね、その通りです。観光なら、合格した後に少しくらい時間を取ってあげますから。
     無事に合格できるよう、がんばってくださいね」
    「は、はい…」

    セリスは震える手でペンを掴み、問題集を開く。

    (この子には、いい薬ね)

    他人事ではないと思いつつも、そんなことを思ってしまうエルリス。

    (私もがんばらなくちゃ。姉として、妹に負けるわけにはいかないもの)

    決意を新たにしつつ、エルリスも問題集に目を落としかけるが

    「どこへ行かれるんですか、兄さん?」
    「ギクッ!」

    「…?」

    という会話に、顔を上げる。

    「まだ、このページが終わっていないようですが」
    「い、いやその〜…」

    そこでは、いつの間にやら席を離れ、通路でこちらに背中を向けて静止している勇磨と、
    顔は向けないが彼に向けて声をかけている、環がいた。

    勇磨の背中、大量の汗が噴き出しているように見えるのは、気のせいではないはずだ。

    「そんなにコソコソして、どこへ行かれるおつもりなんですか?」
    「だ、だから……そう、トイレ! ちょっとトイレに行こうかと!」

    明らかに、苦し紛れの言い訳だった。
    環の注意が水色姉妹に向いている間に、自分だけ逃げ出そうとしたに違いない。

    「ほぉ〜? そうですか」
    「そ、そうなんだよ…。生理現象はどうしようもないだろ?」

    その証拠に…
    明確な証拠を、頭脳明晰、冷静沈着、洞察力抜群の環が、見逃すわけも無く。

    「トイレはそちらではなく、あちらですよ」
    「へっ?」
    「ですから、トイレのある車両は、兄さんが向かおうとした方向ではなく、反対側です」
    「………」

    はっきり示して見せた。

    勇磨の身体が向いている方向とは逆方向を、くいくいと指差す環。
    サ〜ッと、勇磨の顔から血の気の引いていく様子が、手に取るようにわかった。

    (うわあ、ご愁傷様…)

    エルリスはそれだけ思うと視線を外し、問題集に集中する。
    これ以上、見ていられないと本能が思ったのかもしれない。

    「もう1度問います。兄さん、どこへ行くんですか?」
    「は……はは、は……」

    聞こえてきた両者の声…

    喜々としながらも、どこかトゲトゲいっぱいな環。
    そして、絶望感でいっぱいな、勇磨だった。

引用返信/返信 削除キー/
■257 / inTopicNo.19)  『黒と金と水色と』第8話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/19(Sun) 00:10:37)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」A




    ハンター試験、当日。
    一行は王都デルトファーネルの中心部、ハンター協会本部へと出向いた。

    「あの、Cランクの試験を受けたいんですが」
    「わたしも」
    「はい、Cランク試験を受験ご希望ですね? 2階のB教室へどうぞ」

    受付嬢に所定の書類を提出し、受付を済ませる。
    水色姉妹の受けるCランク試験は、どうやら2階で行なわれるようだ。

    「エルリス=ハーネットさんは受験番号C0025、セリスさんはC0026です」
    「わかりました」

    「兄さん、私たちも」
    「うい…」

    姉妹に引き続き、こちらの兄妹も受付をする。

    勇磨の声に張りが無いのは、この2週間の猛特訓で、疲れ果てているからである。
    もちろん修行もしたのは確かであるが、むしろ、
    『勉強会』と称された猛烈なしごきによる、精神的なところが大きかった。

    「Aランクでお願いします」
    「はい、かしこまりました」

    環がそう申し出ると、周囲にいる受付を済ませた人や受付を待つ人々から、
    かすかな歓声が上がった。

    Aランクというのは、ハンターにとってひとつの壁である。
    Bランクまでは、比較的容易に上がれることが多いのだが、そこから先となると、
    ほんの一握りの人物しか取得できない、超難関なのだ。

    そのAランクに挑戦しようというのだ。
    しかも、まだ年若い、少年少女と形容できるような男女が受験する。

    驚きと共に、冷やかしの声が混じっていたことも、当然であろう。

    「Aランク試験は、4階で行なわれます。
     御門勇磨さんは受験番号A0007、環さんはA0008になります。
     受験票をどうぞ」
    「ありがとうございます。兄さん、行きますよ」
    「うい…」

    もはや生ける屍状態の勇磨。
    ふらふらと環の後をついていく。

    「あ、待ってよ」
    「一緒に行こうよ」

    水色姉妹もついていく。
    階段を上がり、2階へ。

    「じゃ、私たちはここだから」
    「ええ。がんばってください」
    「うん」
    「アレだけ勉強したんだから、受からなかったら、立ち直れないかも…」

    心底嫌そうに、セリスは顔を歪ませる。
    勇磨と同様、勉強が苦手な彼女は、それこそ神経をすり減らしていた。

    「うぅ…。もう、一生分の勉強をした感じ…」
    「同感だ…。いや、俺の場合は、人生2回分だな…」
    「あはは…」
    「情けない…。本っ当に情けない…」

    へろへろな状態で言うセリスと勇磨に、どうしても苦笑するしかないエルリスと、
    こちらも大きなため息をつくしかない環。

    この2週間、何度となく見られてきた光景である。

    「まあなんにせよ、無事に合格できるよう、最善を尽くしましょう」
    「わかってるわ、お互いがんばりましょ。それじゃ行くから。セリス」
    「は〜い。環さんも勇磨さんもがんばってね〜」

    手を振りながら、水色姉妹は所定の教室に入っていった。

    「なんだかんだ言いつつも、セリスは元気だな…」
    「ええ。どこかの誰かさんとは大違いです」
    「うぐ…」

    同じような状態に見える勇磨とセリスだったが、根本的に違う。
    勇磨は、もう本当にダメダメなのだが、セリスのほうは、まだ元気があった。

    元気印の面目躍如。

    「さて、行きましょうか」
    「へいへい…」

    4階へ上がり、勇磨と環も定められた席に着く。
    程なく、学科試験が始まった。





    試験時間は50分。
    受ける本人たちには長いような短いような、微妙な時間が過ぎて。

    何事も無く学科試験が終了。
    答えあわせと合否判定に、1時間ほどの時間を要した。

    そして、緊張の結果発表が行なわれる。





    ハンター協会、1階ロビー。
    受験者たちが集まり、試験結果が張り出されるのを待っている。

    「うぅ、受かってなかったらどうしよう…」
    「大丈夫よセリス。環と自己採点したら、一応は合格ラインだったんでしょ?」
    「それでもだよ〜」

    セリスは緊張でガチガチになっている。

    問題用紙に回答を写し、試験後に揃って自己採点したのだが、結果61点だった。
    合格点は、どのランクも共通で60点なので、ギリギリ突破していることになる。

    一応の安心は出来るものの、それが絶対というわけでもない。

    「でもでも、解答欄を間違えてるとか、ずらして書いてたりしたら〜!」
    「あーはいはい、今さら気にしてもしょうがないでしょ」

    不安になっている妹をなだめつつ、エルリス自身は割りと余裕がありそうだ。
    それもそのはずで、同様に自己採点をした結果は、87点とかなりの高得点だった。

    「………」
    「…はぁ」

    水色姉妹とは対照的に、先ほどから押し黙ったままの御門兄妹。
    いや、顔を真っ青にして黙っているのが勇磨で、環はため息ばかりついている。

    環のため息の理由は、何も、自分の成績が悪かったからではない。
    むしろ、満点に近い点を取れただろうと、絶対の自信がある。

    では、なぜこんなに憂鬱そうな顔をしているかというと…
    自己採点をしたときに、勇磨の得点が、合格ラインに達していないことがわかったからだ。

    ちなみに、残念あと一歩の58点だった。

    「………」

    勇磨が青くなっているのは、それが理由。

    あれほど勉強したというのに、落ちてしまった。
    あれだけ徹底的に教えたというのに、落ちてしまった。

    「…はぁ」

    落ちた本人以上に、教えた側としても、環はプライドを傷つけられていた。

    「ま、まあまあ」
    「落ち込んでてもしょうがないし…。勇磨さんたちは、わたしたちのついでで受けたんでしょ?
     課題とかじゃないんだから、いいじゃんいいじゃん」

    「………」
    「…はぁ」

    水色姉妹が励ますのだが、当人の耳には届かないらしい。
    そのままの状態を続けるのだった。

    「お、来たぞ」
    「待ってました!」

    と、職員が合格発表を行ないに現れ、周囲のざわめきが増す。
    合格した受験番号の書かれた紙が、正面の壁に張り出された。

    「お、お姉ちゃ〜ん。見えないよ〜」
    「落ち着きなさい。順番よ、順番」

    人だかりの後方になってしまったので、ここからではよく見えない。
    飛び跳ねたり、人ごみを掻き分けようとしているセリスを、エルリスがなだめる。

    5分ほどして、4人の前が開けた。

    「ドキドキ…」
    「え〜と」

    「………」
    「…はぁ」

    大丈夫だとはわかっていても、胸を高鳴らせながら、発表を見上げる水色姉妹。
    この期に及んでも、相変わらずの御門兄妹。

    では、Cランク学科試験の合格者一覧から見てみよう。

    上から順番に、若い番号から並んでいる。
    時折、数字が飛んでいるのは、その番号で受けた人は落第したという証。

    肝心の、エルリスとセリスの番号は…

    『C0025』
    『C0026』


    「…あっ」
    「ふー」

    綺麗に並んで、掲載されていた。
    思わず声を上げるセリスと、安堵の息を吐くエルリス。

    「やたっ、合格!」
    「とりあえずは、これで良し…」

    まだ実技試験が残っているが、学科が最大の難関だった。
    もちろん油断は出来ないものの、Cランク取得へ向けて、明るい道が開けたと言えよう。

    さて、問題のAランク。
    今回は受験者自体が少なかったようで、番号は2つしか載っていなかった。
    つまり、合格者は2人しかいない。

    その2つの番号とは…

    「………」
    「…はぁ」

    「勇磨さん? 環さん?」
    「何やってるのよ、もう…。しょうがない、代わりに見てあげるわ」

    ところが、この兄妹、一向に自分から見ようとしない。
    仕方なく受験票を借り受けて、水色姉妹が代わりに見ることにする。

    「ええと? 勇磨君が『A0007』で…」
    「環さんは『A0008』だね。
     2人しか受かってないみたいだし、それがこの2人だったらいいんだけど」

    いざ、見上げてみると

    『A0007』
    『A0008』


    「……ん?」
    「あれ?」

    なんと、自分たちのものと同様、綺麗に並んで載っているではないか!

    「受かってるわね、2人とも」
    「うん、受かってる」
    「まあ、環は当然としても…」
    「勇磨さん! 勇磨さん!」

    これは、取り急ぎ、教えてあげなければ。
    再び安堵の息をついているエルリス。大声で勇磨を呼ぶセリス。

    「勇磨さんってば!」
    「…なんだよ。今の俺は超ブルーなんだ。ほっといてくれ」
    「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ほら、見てみて!」
    「…あ?」

    セリスから受験票を戻され、嫌々、勇磨は発表を見上げた。
    すると…

    「………」

    動きが止まった。

    「…? っ!? ………」

    そして、何度も何度も、受験票と発表とを見比べて。
    一言。

    「……奇跡が起こった」




    何はともあれ、一行4人はめでたく、全員が無事に学科試験を突破した。

    ちなみに、勇磨が突破できた理由であるが、彼は、試験の最後のほうは時間が無く、
    残っていた選択問題を適当に、急いで埋めていったそうだ。
    そのとき、問題用紙に書き写した答えと、実際に選んだ答えとが数箇所、間違っていた。

    運良く、それが合っていたということでしたとさ。
    チャンチャン♪

引用返信/返信 削除キー/
■258 / inTopicNo.20)   『黒と金と水色と』第8話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/26(Sun) 00:21:25)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」B





    実技試験は午後からということで、一行は昼食を取りに外へ。
    適当な定食屋を見つけ、暖簾をくぐった。

    それなりに混んでいたが、ちょうど4人掛けの席が開いていたので、そこに座り。
    適当に注文を済ませて、出来上がってくるのを待つ。

    「しかし、本当に安心しました」
    「本当にね」
    「奇跡ってあるんだね〜」

    あからさまに安堵のため息をついているのは環。
    水色の姉妹も、自分のことのように喜んでいる。

    もちろん、勇磨が学科試験に合格できたことについてだ。

    「…セリス。
     いくら事実だといえども、そうはっきり言われると、さすがに傷つくんだが」
    「勇磨さん、自分で言ってたじゃん。良かった良かった〜♪」
    「…いや、そうなんだけどね」

    奇跡でも起きないと受からなかった、と言われているみたいで…
    セリスは笑顔で言い、悪気が無いのはわかるため、勇磨はぐったりするしかない。

    「兄さんが落ちていたら、私も辞退するつもりでしたから、本当に良かったです」
    「え? どうして?」
    「せっかく受かったのに、辞めちゃうつもりだったの?」
    「ええ」

    環の言葉に、水色姉妹は意外そうに聞き返す。
    自分は受かったのだから、付き合う必要は無いように思えるが。

    「向こう1年間、パスできるという特典もあることですし。
     私だけ受かっても意味がありませんので、次回を待つつもりでした」
    「はあ」
    「勇磨さんと一緒のランクじゃないとダメなの?」
    「ダメなんです。私の中で、それは譲れません」
    「はあ…」

    生返事を返すしかない。
    まあそのあたりの事情は、本人にしかわからないのだろう。

    『勇磨と同じ』というステータスは、環にとって、何より大切らしい。

    「でもさ。環だけでもAランクを持っていれば、仕事の幅はもっと広がるし、
     収入のほうも期待できるんじゃないかと思うんだけど?」
    「……なるほど」

    だが、エルリスからそう提案された環は、それは気付かなかったとばかりに、
    ハッとした顔をしてみせる。

    「そういう物の見方もありましたか。失念していました」
    「そ、そう」
    「旅をするに当たって、稼ぎは大切なことですし。大いに参考にさせていただきます。
     もっとも、今回は兄さんも奇跡の力で受かりましたし、先のことになりそうですが」

    「…環よ。そう、これ見よがしに強調してくれなくてもいいから」

    さらにヘコむ勇磨。
    1人でいじいじ、指を突付いていた。





    午後2時半。

    初めてハンターライセンスに挑戦する、Dランク受験者の実技試験が終わり。
    次はCランク試験の実技試験が始まる。

    エルリスとセリスの出番だ。
    受験番号が若い順に呼ばれていき、シミュレーションルームへと消えていく。

    「ま、また緊張してきた…」
    「まあ私もだけど…。大丈夫よ、セリス」

    出番が近づいてくるに連れ、セリスは元より、エルリスもさすがに緊張してくる。

    「リラックス、リラックス」
    「そうです。100%受かりますから、自信ですよ自信」
    「…そうね」
    「そう言われると、やる気が出てくるよ〜」

    なだめるのは、やはり御門兄妹の役割。
    勇磨などは、懸案の学科試験を突破したので、もうすっかり元気を取り戻していた。

    そうこうしているうちに、エルリスより1つ若い番号の人の試験が終わったようだ。

    「受験番号C0025番の方、中へどうぞ」

    「よ、よし…」
    「お姉ちゃん、ファイト〜!」
    「がんばれ」
    「がんばってください」

    皆に励まされて、エルリスは室内へと入る。

    (どんなモンスターが出てくるか…)

    歩みを進める中、そんなことを考える。

    Cランクの定義は、『中級モンスターと1対1で勝利できるレベル』と定められている。
    ということは、対戦相手として出てくるモンスターは、中級が1体、もしくは、
    下級モンスターが2〜4体ほどか、どちらかということになる。

    出てきたモンスターを殲滅できるだけのダメージを与えられたと判断されれば、
    その場で合格が決まる仕組みだ。
    自らが撃破されてしまうと、そこでゲームオーバーである。

    (中級は嫌だなあ。複数でも、下級モンスターのほうがいいかも。
     ゴブリンとかだったらいいなぁ)

    あくまで自分の希望。
    ゴブリンは下級の中でも最下層で、特殊能力も持っていないから、対するのは楽だ。

    (ユナから、エレメンタルブレードに属性を付加させるのは禁止されちゃってるし)

    Cランク程度、属性付加なしで取ってこいと言われている。
    そういう事情もあるので、出来れば、中級モンスターとの対戦は避けたかった。

    『部屋の中央で待つように』

    「はい」

    程なく場所に到着して、アナウンスされるまま、中央でそのときを待つ。

    『では、試験を始める!』


    ――ぎゅぅぅ……ん…


    宣言と共に、魔科学機械の駆動音が聞こえてきて。

    「グケケケ」

    具現化された魔物は、ゴブリンが4体。

    (やった!)

    エルリス、思わず心中でガッツポーズ。
    数こそ4体と多いが、それさえ気をつければ、まったく問題なく倒せる敵だ。

    「ケー!」

    「よしっ!」

    緩んだ気持ちを引き締めなおし、エレメンタルブレードを抜いた。
    真っ先に襲い掛かってきた1体の攻撃を、軽くいなして。

    斬!

    まずは1匹撃破。
    するりと姿が消える。

    残り3体。

    「…え?」

    いけると思ったのも束の間。
    敵も考え出したようで、連携した動きを見せるようになった。

    「ケー!」
    「くっ」

    「ギャー!」
    「っ…」

    「クォー!」
    「くぅっ…」

    それぞれがタイミングをずらし、ひっきりなしに襲い掛かってくるのだ。
    まさかこのような連携攻撃を見せられるとは思っていなかったエルリス。
    攻撃を何とか捌きながら、毒づいた。

    「たかがプログラムが、生意気なのよ!」

    斬!

    もう1匹撃破。
    が、剣を大きく振るってしまったのがまずかった。

    「ケケー!」
    「なっ…」

    ドンッ!

    「きゃっ」

    死角となった背後から、体当たり攻撃を喰らってしまい、2歩3歩とよろける。
    コレだけのダメージで済んだのは、幸いであろう。

    いや、勇磨と環、ユナとの修行に耐えてきたからこその、向上した物理的耐久力の賜物だろうか。

    「いたぁ…。このぉっ」

    よりにもよって、攻撃をしてきたやつが、こっちを向いてヘラヘラ笑っていた。
    ここまで忠実に再現しないでもいいのに。

    「氷よ!」

    たかがプログラムに、目にもの見せてくれる。
    素早く詠唱を済ませ、左手に練りこんだ魔力を解放させた。

    「アイシクル・ランスッ!」

    「ギェー!」

    生み出された氷の槍が、ゴブリンを貫く。
    こいつも姿を消し、残るは最後の1体。

    「ついでよ!」

    魔力を練ったついでに、もう1体も…

    空と大地を駆け抜けし、凍てつく暴風よ。今ここに発現し、彼のものを打ち破らん!
     ブリザードッ!!

    勢いに任せて、中級魔法を放つ。
    もちろん、残ったゴブリンは激しい吹雪に飲み込まれ、消滅した。


    ――ぎゅぅぅ……ん…


    始まったときとは逆に、収まっていくような機械音。
    ついで、終了を告げるアナウンスを聞く。

    『おめでとう、合格だ』

    「あ、ありがとうございました…」

    試験が終わったことを自覚して、エルリスは大きく息を吐き出した。

    ユナも環たちも、「Cランク程度」と言っていた。
    それは、彼らにしてみれば、Cランクなど取るに足らない程度なのかもしれないが、
    自分にとっては違う。

    いくら励まされても、そういう不安が、完全に無くなることはなかった。
    そう思っていた。

    だが、実際にこうして試験を受け、終えてみると、考えが変わった。
    彼らの言っていたことは正しかったのだ。

    (なんか、こんな短期間でここまで強くなっただなんて、やっぱり自覚は出来ないけど)

    戦闘結果だけを見れば、圧勝の部類に入るだろう。
    多少、手間取って頭に血が上ったこともあるが、そのへんは今後の改善点だ。

    (…うん。まだまだ。全然、まだまだ)

    それは、はっきりと自覚できている。
    もっと冷静に、効率よく倒すことを覚えなければ。

    自分の両手を見据えながら、自分を見つめなおして。

    『新しいライセンスの発給は1階ロビーで行なっている。忘れずに受け取っていってくれたまえ。
     本日はご苦労であった』

    「はい」

    どこにいるのかわからないが、試験官に向けてぺこっと頭を下げ。
    エルリスはシミュレーションルームを後にした。

引用返信/返信 削除キー/
■259 / inTopicNo.21)  『黒と金と水色と』第8話C
□投稿者/ 昭和 -(2006/03/05(Sun) 00:11:08)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」C





    「お姉ちゃん! どうだった?」

    出てきたエルリスを、セリスが心配げな顔で出迎える。
    もちろん、そんな心配は杞憂なのだが。

    「ちょっと苦戦したけど、大丈夫。合格したわ」
    「本当に? やったぁ、おめでとう〜!」
    「ありがと」

    それを聞くなり、セリスは姉の手を取って、ブンブン振り回す。
    さすがに恥ずかしいのか、苦笑しているエルリスだが、満更でもなさそう。

    「祝ってくれるのはいいけど、次はあなたの番なのよ」
    「そうだった」
    「お祝いは、またあとで、全員が受かってからにしましょ」
    「うん。それじゃ行ってくるね!」

    ちょうど招集がかかり、元気よくそう言い残して、室内へ入っていくセリス。
    当初の緊張していた様子などは微塵も見られず、また少し苦笑する。

    羨ましい性格だ。

    「まったくあの子は…」
    「まあ、それがセリスさんですからね」
    「いいじゃないか、個性的で」
    「あなたたちは良い風に捉えすぎ」

    環と勇磨も歩み寄って声をかけるが、エルリスはやれやれとため息。

    「小さい頃からずっと一緒にいる身にもなってよ…。
     あの子のおかげで、何回、痛い目に遭わされたことか」
    「その分、楽しいこともあったでしょう?」
    「まあ、ね…」

    だが、そこはやはり、血を分けた双子の姉妹。
    2人だからこそやってこれた部分も多々あるわけで、答えるエルリスも表情は柔らかい。

    「それはそうと、おめでとう」
    「ありがと。まあ、ちょっと危なかったんだけどね」

    そう言って舌を出して見せるエルリス。
    とりあえずは、彼女の合格は決まった。





    さて、セリスの実技試験である。

    『部屋の中央で待つように』

    「はーい」

    指示に従って、部屋の中央まで歩を進め、開始を待つ。

    「どんなモンスターが出てくるのかな? えっと、確か…」

    環に叩き込まれた、Cランク実技試験の内容を思い出す。
    戦うことになる魔物の種類は、なんだったか…

    「……あれ?」

    が、考えてみても、ぼんやりとするだけで何も思い出せなかった。
    どうやら、学科試験が終わった途端、詰め込んでおいた知識は飛んでしまったようである。

    「………」

    思わず冷や汗のセリスだが

    「お、お姉ちゃんだって受かったんだもん。わたしだって平気だよね。うん」

    持ち前の明るい性格で、強引に自分を落ち着かせる。
    楽観思考というか、ポジティブというか。

    『では、試験を始める!』

    「あ……は、はい! お願いします!」

    不意に声がかかって、ぺこっと頭を下げてしまうセリス。
    シミュレーション装置が稼動して、対戦すべき仮想のモンスターを作り出す。

    セリスは忘れてしまっているが、Cランク試験では、エルリスが戦ったように下級が数体。
    もしくは、中級に位置するモンスターが1体、出てくることになっている。

    セリスの場合は…

    『ぐおーん!』

    「……えっと」

    姿を現したのは、凶悪そうな目つきの、黒い毛皮に覆われた猛獣。

    「森のクマさん……なんて雰囲気じゃないよね?」

    そう、熊である。
    体長3メートルはありそうな、グリズリーだ。

    『ぐおー!』

    「わ、わ…」

    咆哮するグリズリーに対し、セリスは慌てている。
    グリズリーのことも習ったはずで、特徴などを必死に思い出そうとするのだが、無駄な行為だった。

    『ぐおーんっ!』

    「うわぁっ!」

    鋭い爪を剥き出しに、突っ込んでくるグリズリーを、どうにか回避。

    「お、思い出してる場合なんかじゃない〜!」

    考えている暇などありはしない。
    とにかく、倒すことだけを考えなれば。

    「とにかく、倒せばいいわけだよね?」

    幸いなのは、グリズリーは直接攻撃が主体で、特殊な攻撃法は持っていないということか。
    動きだけを注意していれば、致命傷を喰らうことはまず無い。

    「くらえー、デビルヨーヨー!」

    素早くヨーヨーを取り出して、展開。
    グリズリーめがけて放った。

    ところが…

    バシィンッ!

    「えっ」

    『ぐおーっ!』

    なんとグリズリーは、迫ってきたヨーヨーを薙ぎ払ってしまった。
    勝ち誇ったような咆哮が上がる。

    「な、なんで? 魔力が足りなかったのかな…?」

    必殺の攻撃を防がれてしまったことで、セリスは動揺した。
    通す魔力の量が少なすぎ、威力が足りなかったのだろうか。

    「よ、よくわからないけど……威力を上げて、もう1回だ!」

    今のセリスの思考を支配するのは、ただそれだけ。
    グリズリーの動きに注意を払うという、根本に欠けていた。

    「デビ――」

    『ぐおーん!』

    「――っ!!」

    だから、気付いたときにはもう、目の前で。

    ドンッ!!

    「あうっ…!」

    体当たりをもろに受けてしまい、体重の軽いセリスは吹き飛ばされた。

    鉤爪で引っかかれなかったことは不幸中の幸いだろう。
    爪でやられていたとしたら、ゲームオーバーだったかもしれない。

    「いたた…」

    顔をゆがめつつも、身体を起こすセリス。

    曲がりなりにも、勇磨や環、ユナからの修行を潜り抜けてきた彼女。
    体力も耐久力も、飛躍的に上昇していた。
    そのため、今のグリズリーの攻撃にも、耐えることが出来たのだ。

    「うぅ〜、もう怒ったぞ〜」

    立ち上がり、態勢を整える。

    「見てろ、魔法を使っちゃうんだから」

    怒った顔で、魔力を凝縮させていく。
    最初から使っていれば、なんていうツッコミは、今の彼女には届かない。

    『ぐおーんっ!』

    一方のグリズリーは、セリスを吹き飛ばしたことで自らの勝利を確信しているのか、
    その場から動かずに雄叫びを上げるだけだ。

    悲しいかな、獣タイプのモンスターには、知能が足りない。
    すかさずに追撃をかけていれば、それこそ、勝利は揺るがなかっただろうに。

    空を駆け抜けし風よ……この手に集い、仇討つ刃となりたまえ! 覚えたて、いくよっ!」

    その隙に、セリスは詠唱を終え、魔法を放つ。

    「ソニックッ!」

    『ぎゃおおおおお!!!』

    真空の渦がグリズリーを巻き込み、激しく切り刻んでいく。
    初級魔法とはいえ、魔力量が半端ではないセリスの魔法。
    本人は自覚していない可能性が大であるが、威力自体は中級を飛び越える。

    咆哮は悲鳴に変わった。

    「とどめ! 必殺!」

    そして、セリスはフィニッシュホールドへ。

    「ヨーヨーハンマー!!」

    ドガンッ!

    すごい音が、グリズリーの頭部で轟いた。
    要するに、複数のヨーヨーをひとつに纏めて、敵の頭へ振り落とすという単純な技である。

    『ぐ…ぉ…』

    倒れるグリズリー。
    同時に、装置の駆動音が止まった。

    「やった! これで終わりかな?」

    息をつくセリスに、試験官の判定が下る。

    『苦戦はしたようだが、合格だ』

    合格。
    喜びを爆発させようとするセリスへ、言葉には続きがあった。

    『だが、君はどうにも、戦いに対する真剣味が足りないように思える。
     命のかかる戦場なのだから、もう少し、考えて戦ってくれたまえ』

    「は、はい…」

    冒頭の場面のことを言っているのだろう。
    考え込んでいる隙に、襲われてしまったことを。

    だが最初から、グリズリーは耐久力が多少高いという特徴を覚えておけば、
    なんてことはない問題だったのだが。

    その後もふたつみっつ、粗い部分を厳しく指摘され、課題の多いセリスである。





    「セリス! 結果は?」

    先ほどとは逆に、今度はエルリスがセリスを出迎える。

    「あ……ええと…」

    勝ったのはいいのだが、試験官に言われたことが尾を引き、少し元気の無いセリス。
    すぐには答えられなかった。

    「え……まさか」
    「あ、違う違う! 合格はしたよ!」
    「なんだ、ビックリさせないで…」

    当然、勘違いするエルリスだが、直後に胸を撫で下ろした。

    「心臓が止まるかと思ったじゃないの」
    「ご、ごめんなさい」
    「受かったのよね? じゃあなんで、そんな浮かない顔してるのよ?」

    「苦戦しましたね?」
    「う…」

    答える前に環から言われてしまい、セリスは言葉に詰まった。
    図星だと言っているようなもの。

    「そんなの、私だって少し苦戦したんだから、気にすること無いのに」
    「うん、でも…」
    「さては、合格は合格でも、何か注意を受けましたね?」
    「………」

    まさしく図星だった。
    セリスは思わず、無言で環を睨む。

    「注意?」
    「基本的に、現れた仮想モンスターを倒すことが出来れば、合格になるわけなんだけど」

    首を傾げたエルリスに、勇磨が説明する。

    「モンスターを倒せても、途中の戦い方とか姿勢とか、何か悪い点があった場合は、
     終了後に試験官からダメ出しされる場合があるわけ。結構きついことを言われたりもするから、
     セリスはそれで落ち込んでるんじゃないかな?」
    「そう、なるほど」

    納得したエルリス。
    セリスは浮き沈みの激しい性格。落ち込んだままではこの後に支障が出る。
    ここはひとつ、励ましてやらねば。また、それは姉である自分の役目。

    まだ引きずっている様子の妹の肩に手を置いて、やさしく声をかける。

    「いいじゃない、合格できたんだから」
    「でも…」
    「課題は改善していけばいい。
     それに、私たちは実質、ハンターとしてはなんの実績も無いんだから。
     すべてはこれからなのよ。これからがんばっていけばいいの。ね?」
    「お姉ちゃん…」

    やさしく微笑んでくれる姉に、セリスの心も晴れていく。

    「うん、わかった。わたしもっとがんばる!」
    「その意気よ」

    「麗しい姉妹愛だ」
    「やる気だけは認めますけどね」

    美しい光景に、うんうん頷いている勇磨。
    その先の現実を見据えて嘆息している環。

    合格したとはいえ、水色姉妹の進むべき道は、果てしなく長く、険しい。



    ちなみに、水色姉妹の後に始まったAランク試験であるが、御門兄妹はもちろん合格。

    勇磨は、それまでの鬱憤を晴らすかのごとく、現れた上級クラスの魔物を、
    実にあっさり倒したばかりか、史上最短の開始7秒KOで。

    環も、試験官が可能ならば映像として記録し、教材として使いたいと発言するほどの
    お手本のような戦い方で、学科と合わせた合計点が史上最高を記録する、凄まじいものだった。





    第9話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■260 / inTopicNo.22)   『黒と金と水色と』第9話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/03/19(Sun) 00:14:40)
    黒と金と水色と 第9話「街角でばったり」@





    試験後。

    「はい、こちらが新しいハンター認定証になります」
    「ありがとうございます」

    1階ロビー、受付にて、新しい免許の交付を受ける。

    「Cランク! やった〜」
    「ふぅ。とりあえず、ノルマは果たしたわね」

    記載されている『ランクC』の文字に、大喜びのセリス。
    エルリスはホッとする気持ちのほうが大きいようだ。

    「Aランクか……道のりは長く、険しかった…」
    「やれやれですね」

    勇磨も、受け取った免許に載っているAランクという文字を、神々しいものを見るかのように、
    しみじみと食い入るように見つめ。
    環は隣で呆れて息を吐きつつも、やはり安堵したのか、表情は柔らかい。

    交付も受けて、ハンター協会を後にする一行。
    待っている間に、日はすっかり、西へと傾いていた。

    「Cランクは取れたけど、次はどうすればいいのかしら?」

    ちょっと行ったところで立ち止まり、エルリスがそんなことを訊く。

    ユナから指示されていたことは、Cランクを得るということだけ。
    その先の行動までは聞かされていない。

    「学園都市に戻る?」
    「そうですね。1度は、報告しに戻らなければいけませんけど」

    環はこう答える。

    「ユナさんが調べ物をしている結果を聞くためにも、戻らなくては。
     しかし、まだ2週間ばかりしか経っていませんし、それに――」

    「王都を観光していきたいよっ! 約束だったでしょ!」

    「――と、セリスさんも仰っていますので」
    「あはは…」

    話に割り込むセリス。
    確かに、試験前にそういう約束をしたにはしたが、苦笑するしかない。

    「とりあえず、今日のところは宿を取って、明日は観光することにしましょう」
    「うわーい、やったぁ〜!」
    「セリス、人様の迷惑になるし、恥ずかしいから……踊らないでよ」

    思わず小躍りし始めるセリスに、頭を抱える。
    通りの通行人が何事かと振り返り、恥ずかしいったらありゃしない。

    「ははは。まあ、良かったなセリス」
    「うん!」
    「実は俺たちも、腰を据えて王都を見て回ったことってないからな。
     わりと楽しみだったりする」
    「え、そうなの?」

    勇磨の発言に、意外そうに聞き返すセリス。
    とても旅慣れていそうなので、そうとは思えなかった。

    「あんまり、1ヶ所に長く留まるってこともないしさ」
    「それに、滞在する目的も、お金を稼ぐことが第一ですから」
    「ふうん、そうなんだ」

    つまり、観光目的でその場所を訪れる、ということが無いわけだ。
    町に着くと真っ先にギルドに行って、仕事を得て、それなりに稼ぐと町を出る。

    御門兄妹の行動理念は、ある意味、とてもシンプル。

    「観光したい、なんて声を大にして言うあなたのほうがおかしいってことよ」
    「そうかなぁ? せっかく来たんだから、見ていきたいって思うのは当然じゃないかなぁ?」
    「あのねぇ」

    まったく、妹のあっさりしたというか、単純な思考にはついていけない。
    言外にそんなことを多分に滲ませつつ、エルリスが言う。

    「だいたい、私たちにも、明確な旅の理由があるっていうのに…。
     本当なら、油を売っているヒマなんて無いくらいなのよ?」
    「でも、今はあるよね?」
    「……はぁぁ」

    「ははは」
    「お察ししますよ、エルリスさん」

    深く、長いため息をつくしかないエルリス。
    同情できることは請負だ。

    「まあとにかく、明日は王都観光ってことで。メシにしよう、ハラ減ったよ」
    「ですね。もう夕食時です」

    夕暮れの空を見上げながら、勇磨と環が言う。
    まもなく日没である。

    「あ、じゃあさ、みんな合格したんだし、パァ〜っとお祝いしようよ!」
    「そうね。ちょっと奮発して、豪勢なディナーとしゃれ込みましょうか」
    「いやっほー!」
    「だからセリス……叫ばないでってば」

    まったく進歩の無い我が妹。
    エルリスの苦悩の日々は、まだしばらく続きそうだ。

    というか、改善する日はやってくるのだろうか?

    「早く行こうよ〜!」
    「待ちなさい! あなたたちは、何か希望はある?」

    急かすセリスをなだめて、エルリスは御門兄妹にリクエストを聞く。
    こちらに来てからは質素な食事ばかりだったから、何にしようかと心が躍る。

    しかし。

    「「………」」

    2人から返ってきたのは、無言の返事だった。

    「勇磨君? 環?」

    当然、怪訝そうにエルリスは聞き返す。
    考える時間が欲しいのはわかるが、一言くらい、返してくれても。

    だが、そのとき。
    事態は水色姉妹が思いも寄らなかった、急展開を見せていた。

    「…非常に楽しみになさっているところを、申し訳ないのですが」
    「はい?」

    ようやく返ってきたのは、環の低い声。
    彼女はエルリスのほうには振り向かず、兄ともども、厳しい目つきで向こうを見つめている。

    「楽しい祝宴、とはいかなくなったようです」
    「え? 何を言って………あ」

    そして、エルリスも気付く。
    御門兄妹が見つめている先に、ある人影があることに。

    その人物は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきて、声をかけてきた。

    「お取り込み中のところ、失礼いたします」

    「…誰?」

    エルリスも即座に警戒し、態勢を整える。
    というのも、この人物というのが、これ見よがしに怪しい格好をしていたからである。

    全身を覆い隠す、やや薄汚れてボロになりかけたコート。
    頭部もフードを被っていて、性別すら判別できない。

    が、声は女性のもののようだった。
    体格も、見る限りでは華奢であり、背もそれほどではない。
    自分よりは低いだろう。

    思わず魔力を練りかけるが…

    「お待ちください。あなたたちに危害を加えようというのではありません」

    正体不明の人物は、こう言って敵意の無いことを伝える。
    が、どうにも、信用していいものなのかどうか。

    信用した途端に、背後からグッサリ、ではたまらない。

    「わたしの話を聞いていただけませんか?」
    「………」

    判断がつかず、エルリスは勇磨と環を見る。
    2人は…

    「…まあ、話を聞くくらいなら」
    「本当に害をなすつもりは無いようですし」
    「ありがとうございます」

    「……2人がそう言うなら」

    許容した。

    エルリスは、勇磨と環がいいのなら、と了承する。
    2人の判断ならば間違いは無い、と信頼している。

    「お食事の話をされていたようですね。どうぞこちらへ。良い店を知っております」

    「……」

    かくして、一行は、この人物に案内されるまま、大通りから外れていった。

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■261 / inTopicNo.23)  『黒と金と水色と』第9話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/03/26(Sun) 00:45:28)
    黒と金と水色と 第9話「街角でばったり」A





    謎の人物――おそらく女性だと思われる――についていく一行。
    彼女は大通りを外れ、角を何回か曲がって、細い路地へと入っていく。

    「本当に大丈夫なのかしら…」

    徐々に人通りも無くなっていくので、さすがに不安になるエルリス。
    自分たちには軽々しく言えない秘密があるだけに、なおさらだった。

    「大丈夫じゃない? 悪い人には見えないよ」

    が、隣を行く妹殿は、その当事者だというのに、あまりに警戒心が無い。
    またため息をつかされて。

    「その超楽観思考は、どこから出てくるのよ…」
    「大丈夫だってば。勇磨さんと環さんがいいって言ったんだから」
    「…ふぅ。まあ、そうよね」

    水色姉妹の前を行く御門兄妹。

    例の人物が本当に自分たちの敵ならば、彼らがOKを出すはずなどが無い。
    とりあえず危険は無いはずなのである。
    理性はそう告げているのだが、しかし、どこか信用しきれないものがあった。

    5分ほど歩いて。

    「ここです」

    相変わらず表情は見えないが、こちらを振り返りながら、そう言った。
    どうやら、1軒の店屋の軒先らしい。

    ここがこの人物の言う『良い店』なのだろうか。
    そう告げるなり、扉を開けて中へと入っていく。

    「…どうだ?」
    「一応、悪い気配は感じません。行ってみましょう」
    「よし」

    「…あ、待って」

    御門兄妹に続き、水色姉妹も内部へ。
    すると

    「にゃ〜」
    「にゃ〜」
    「にゃ〜」

    「わー、かわいい〜!」
    「…ネコ?」

    彼らを出迎えたのは、扉のすぐ近くの床にいた、3匹のネコだった。
    セリスは抱きつかんばかりの勢いでかがんで声を上げ、エルリスも腰を落とす。

    猫たちは「いらっしゃいませ」と言わんばかりに、自分たちを見上げて鳴いている。

    「……」
    「あ」

    そして、誰かが近寄ってきた気配に顔を上げると、13、4歳くらいの、
    おかっぱ頭の少女が立っていた。

    彼女は彼らに向けて

    『いらっしゃいませ、なの』

    と書かれたスケッチブックのページを差し出す。
    思わず顔を見合わせる水色姉妹。

    わざわざ紙に書かずとも、声に出せばいいのに。

    「彼女は声が出せないの」
    「…あ」
    「そうなんだ。ごめんね」

    『構わないの』

    すると、空気を察したのか、フードの人物が説明する。
    そういう事情があったのかと、姉妹はすぐに謝った。

    彼女のほうも、こういう事態には慣れているようで、スケッチブックをめくってメッセージを出す。
    あらかじめ用意されているあたり、やはりこういう応答になることが多いのだろう。

    よくよく見てみると、彼女、頭の上にリスを乗っけている。
    セリスが気付いた。

    「それ、リスだよね? 飼ってるの?」

    『YES』

    「わー、いいなー、かわいいなー」

    『動物、好き』

    「うんうん、わたしも好きだよ〜♪」

    セリスと少女、なにやら盛り上がっている。
    『YES』『NO』など、用意されていたページだ。
    声を出せないと使う場面も多かろう。

    「そろそろいいかしら?」
    「あ、ごめんなさい」

    放っておくといつまでもやっていそうなので、フードの人物が声をかける。
    動物と戯れにやってきたわけではない。

    『こちらへどうぞ、なの』

    少女の案内で、8人掛けの大きなテーブルに着く。

    『ご注文をどうぞ、なの』

    「どうしますか?」

    少女とフードの人物に訊かれるが、ここが何の店かもわからない。
    一同は顔を見合わせて

    「よくわからないから、お任せするよ」

    と、無難な返答。

    「じゃあ、わたしに任せてもらいますね。チェチリアさん、お勧めメニューをコースで5人分」

    『承知しました、なの』

    注文を受け取ると、少女、チェチリアは一礼して奥へと下がっていく。
    フードの人物、ここは馴染みの店のようである。

    「美味しいですから、心配しなくても大丈夫ですよ」
    「そう」
    「楽しみ〜♪」

    空腹でセリスは期待感いっぱいの笑顔だが、他の3人は、もちろんそうではない。
    フードの人物の腹の内を探るような、そんな目つきだ。

    「…しかし」

    張り詰めた空気が嫌になったのか。
    勇磨が頭を掻きながら、おどけたように言う。

    「飲食店に動物っていいのか?」
    「良くはないでしょう」

    即座に環が乗った。

    「衛生面で問題になりますよ。まあ、幸か不幸か、客足はそれほどでもないようですが」

    店内を見回すと、明らかに閑古鳥が鳴いている。
    夕食時だというのに、客は自分たちだけだ。

    「聞こえてるよ。悪かったな」

    そう言いながら登場したのは、大柄で筋肉質な男性。
    彼は側まで来ると、トレーに載せてきた水入りのコップを各人に配る。

    店の人のようだ。

    「これは申し訳ありません。無礼なことを申しました」
    「まあいいさ。今に始まったことじゃねえからな」
    「でも、こんな様子で儲かってるの?」
    「こらセリス! す、すいません」
    「ははは。いいっていいって」

    怒って摘み出されても文句は言えないのだが、彼は豪快に笑い飛ばす。

    「確かに、儲かってはいねぇなあ」
    「ご冗談を」

    この様子を見れば容易に想像できそうだ。
    が、フードの人物が突っ込む。

    「”裏”でいろいろやっているでしょうに」
    「おっと、そいつは秘密…って、誰かと思えば嬢ちゃんじゃないか」
    「お邪魔してるわ、マスター」

    かなりの顔なじみな様子。
    親しげに言葉を交わしている。

    「…ウラ?」
    「実は彼もハンターで」

    訊くと、秘密というわりには、簡単に教えてくれた。

    「直接の活動はしていないのだけれど、情報の提供や、物資の商いなんかをしているの」
    「あんたらも、身なりからしてハンターだよな? 何か物入りだったら言ってくれ。
     出来る限りは力になるぜ。まあ、それなりの金はもらうがな」
    「まあ、そのときはよろしく」

    要するに”情報屋”というやつだろうか。
    この口ぶりからして、かなり有力な人物だと見える。

    「それはそうと、嬢ちゃんよ。店に入ったらフードは取ってくれ」
    「あら、失礼」

    マスターから言われ、フードを取る。
    謎だった素顔が明らかになったのだが…

    「…お」
    「まぁ…」
    「わぁ」
    「綺麗…」

    思わず、各人が声を漏らす。

    「…そんなに見つめないでください」

    視線を集中され、恥ずかしそうに言う彼女は。
    そう、”彼女”。女性であることには違いないのだが…

    美女だった。それも、『絶世の』という形容詞がつきそうである。

    整った目鼻立ち。雪のような、きめ細かい白い素肌。
    左右、ひと房ずつを三つ編みにした、背中まである水色の長い髪。

    「……美人だ――イッテぇ!」
    「兄さん…」
    「なんだよ、ちょっと素直な感想を漏らしただけ――イデデデッ!!」

    「何してるのよ…」
    「環さん、嫉妬かな?」

    兄妹のどうしようもないやり取りに、こちらの姉妹も呆れがちだったが。
    余計なことを言ったセリスには、凍るような視線が突き刺さったとだけ言っておこう。

    「…コホン。そんなに綺麗な顔をしているのなら、わざわざ隠すことないと思うけど」
    「そ、そうだよ。同じ女でも憧れちゃうくらいなんだから」

    「それは…」

    水色姉妹は、素直に感じたことを述べる。
    素顔を表した彼女のほうは、少し照れ気味に視線を逸らしたが、その顔はすぐに真剣味を帯び。

    「この…」

    そう言って、自分の側頭部の髪をかきあげた。
    艶やかな水色の髪が流れる中で、髪で隠れていた部分が露になる。

    そここそが、問題の箇所だった。

    「わたしの耳をご覧になれば、おわかりいただけると思います」

    「…耳? あ」

    表れた、彼女の耳。

    「先が…」
    「とんがってる?」

    「はい」

    頷く彼女。

    確かに、彼女の耳の先端は、鋭くとんがっていた。
    人間ではないという証である。

引用返信/返信 削除キー/
■262 / inTopicNo.24)  『黒と金と水色と』第9話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/02(Sun) 00:08:45)
    黒と金と水色と 第9話「街角でばったり」B






    鋭い先端の耳。
    コレが意味すること。

    「じゃあ、あなたは…」
    「ええ」

    呆然と呟くエルリスに、彼女はひとつ、大きく頷いて。

    「わたしはエルフ。俗に妖精といわれる種族のものです。
     申し遅れました、名前はメディアといいます」

    「エルフ…」
    「妖精さんだったんだ。初めて見たよ〜」

    エルリスは再び、呆然と呟いて。
    姉とは対照的に、セリスは幼い少女のように目を輝かせる。

    「……」
    「……」

    そして、御門兄妹の反応。
    メディアの正体を聞いても、言葉は発せず。

    ただ、ぴくっと、眉毛が僅かな動きを見せただけである。

    「正体を明かしてしまって、いいのですか?」
    「異種族には冷たい世の中だ。大丈夫なのか? こんなところで」

    数秒後。
    ようやく口を開いて、こんなことを尋ねる。

    世界には人間のみではなく、様々な種族が存在している。
    メディアなどのエルフ族、獣人族、ドラゴンや魔族。ハーフなども居るだろう。
    お互いに、種族間では忌み嫌い合っているのが基本だ。

    エルリスやセリスのように、同族でも、少しでも定義に外れると危険な世の中。
    それを、このような衆人環境…といっても、他に客はいないのだが、
    こんな場所であっさりとばらしてしまっていいものなのかどうか。

    「なーに。オレはそんなこと気にしないぜ」

    店のマスターが、笑いながら言う。

    「種族の違いなんざ些細なものでしかねぇ。気にするほうがおかしいってことよ」
    「この通りの方ですので、わたしとしても、ここでは安心できます」

    メディアも少し微笑んで、マスターと視線を交わしながら、言った。

    「マスターは商いもしていると言いましたが、主な相手が、わたしたちのような異種族なのです。
     相手が誰であろうと、品物を卸してくれますので、わたしたちは大変助かっているのです」
    「ま、そういうこった。贔屓にしてもらってるぜ」

    ”裏”と言っていた意味は、こういうことだったのか。
    要するに、他種族相手の交易を行なっている。

    前述したとおり、種族が違うだけで雲泥の差があるので、普通に売り買いは出来ないのだ。

    それにしても、この店、というかこのマスター。
    エルフと取引があるとは、ものすごい大物なのではなかろうか。

    「なるほど…」
    「そういうことか」

    それはさて置き、御門兄妹も納得。
    本題に移る。

    「で、俺たちに話っていうのは?」

    勇磨がそう訊いたところで

    『おまちどうさま、なの』

    チェチリアが、トレイに注文の品を載せて運んできた。
    マスターが品物を受け取ってテーブルに置き、チェチリアはお決まりの文句をスケッチブックで示す。

    「お料理も来たことですし、まずは、いただくことにしませんか?」
    「了解」

    メディアの提案に従い、とりあえずは、腹を満たすことにする。





    30分後。
    運ばれてきた料理をたいらげる。

    「美味しかった〜♪」
    「ほんとに。ちょっと変わった料理だったけど、最高だったわ」

    『ありがとうございます、なの♪』

    水色姉妹も、もちろん全員が大満足。
    初めて目にする形の料理だったが、なかなかどうして、味は抜群だった。

    チェチリアは、ご丁寧に音符マーク入りの紙を提示して、皿を片付ける。

    「マスターが作ってるのかしら?」
    「いいえ。料理はすべて、彼女の担当なんですよ」
    「え、そうなんだ」

    メディアから説明を受け、エルリスはカウンターの中にいるチェチリアを見る。
    相変わらずリスを頭に乗せたまま、楽しそうに皿を洗っていた。

    「…そろそろいいでしょう?」
    「そうですね」

    食後のコーヒーを優雅にすすっていた環が、視線はカップの中の、水面に映った
    自分の顔に落としながらそう告げて。
    メディアも応じ、周囲の空気が良い意味で緊張する。

    「まず、あなたが私たちに声をかけてきた理由、目的から話していただきましょうか」
    「単純なことです。あなた方のお力をお貸し願えないものかと思いました」
    「お戯れを」

    望んでいた答えとは違っていた。
    だから環は、ふっと一笑に付しながらカップを置き、メディアを見据える。

    「それは理由ではありません。なぜ、”私たちを選んだ”のか。
     決定的な情報が欠如しています」

    そう。彼女がなぜ、自分たちに声をかけたのか、説明になっていなかった。
    ハンターならば、ほかにもごまんといる中で、どうして自分たちか?

    「ハンターへの依頼ならば、ギルドを介して行えばいいだけのこと。
     ”エルフ”であるあなたが、わざわざ危険を冒してまで、直接接触してきたのはなぜです?」

    本来ならば、人間の住む領域まで出向いてくること自体、非常に危険な行為のはずだ。
    まあ、この店とは付き合いが長いようだから、今回も取引の一環だったのかもしれないが、
    それでも、自分たちに接触してきた理由にはならない。

    「ギルドへ依頼するにしても、こちらの正体がバレる可能性はあります」
    「ならば、誰か代理人を……ここのマスターが適任ですね。
     彼に頼んで、代わりに話を持ちかけることは出来るでしょう?
     むしろ、そちらのほうが自然な流れではないですか?」
    「仰られるとおりです」

    メディアは、こう返されることがわかっていたようで。
    ふっと微笑を浮かべると、こう告げた。

    「あなた方を選んだ理由は、別に、はっきりとしたものがあります」
    「協力を願うのなら、正直に明かしてくれることを望みますよ」
    「わかりました、お話します」

    環はそう言って、カップを手に取り、再び口へと運ぶ。
    全面降伏だと言わんばかりに、メディアは頷いた。

    「勇磨さーん。よくわからないよ?」
    「シーッ。こういう交渉事は、環に任せておけば間違いないから」
    「確かにね…。環は上手そうだわ」

    高尚なやり取りに付いていけないのか、環以外の3人は、話を聞きつつも聞き流している。
    小声でコソコソ、こんなことを言い合いながら、進展を見守った。

    「で?」

    カップを口元に残したまま、目を向けて尋ねる環。

    「はい」

    応じるメディア。

    火花が散る、と言うほどではなかったが、2人の間では静かな戦いがあった。
    勝者は環。敗者メディアは、本当のことを言わなければならない。

    「あなた方4人からは、わたしたちに近いものを感じました」
    「……」

    環の目がすうっと細くなる。
    勇磨にも同様の変化が訪れ、水色姉妹は、なぜわかったのかと驚愕。

    (勇磨君や環、”も”…?)

    いや、自分たち姉妹はともかく、勇磨や環も”近い”とは、どういうことだろう?
    セリスはそこまで感じていないようだが、少なくともエルリスは、違和感を持った。

    「直接の理由はそれです。お話しても、わたしの正体を明かしても大丈夫だろうと。
     それに、貴女とそちらの彼は、Aランクに難なく合格するほどの腕前をお持ちなようですし」
    「参りましたね。ずっと見ていたんですか?」
    「ええ。失礼ながら、少し観察させていただきました」
    「……」

    環は表情こそ変えないものの、苦虫を噛み潰した思いで勇磨を見る。
    彼も思いは同じ。

    ――『気付かなかった』

    さすがに、高い能力を持つといわれる、エルフなだけのことはあった。
    魔力・気配遮断のスキルには優れている。

    「理由に関しては納得しました。それで、私たちに協力して欲しいこととは?」

    いよいよ核心に触れる。
    話を持ちかけられた理由にも驚かされたが、こちらでも驚かされることになるとは…

    「他でもありません。わたしたちの里を、守っていただけませんか?」
    「エルフの里を?」
    「はい」

    はっきりと肯定するメディア。

    もう、驚くという言葉では収まりきらない。
    本来は相互不可侵が掟の種族間だ。

    メディアがこうして、人間社会の中にいるということだけでも充分な驚きなのに。
    エルフのほうから、ましてや自分たちの里に、足を踏み入れさせるようなことを言うとは。

    「…どういう状況なんです?」

    まったく掴めない。
    環も少し混乱しながら、問い返した。

    「他言無用でお願いします」

    そう前置きし、話すメディア。

    依頼を受けないにしても、守秘義務はハンター法で定められているので、大丈夫である。
    当然だと頷く4人。

    「わたしたちエルフは、ラザローン近くの深い森の中で、安住を得てきました」
    「ラザローン? 先の戦争で滅んだという?」
    「ええ。8年前、エルフとの交易を望んだビフロスト連邦と、
     それを突っぱねた王国との間で行なわれた戦争。
     その際の、連邦側の禁呪攻撃により壊滅、滅亡した街ですね」
    「…それは初耳です」
    「あの戦争の原因は、そんなことだったんだ…」

    エインフェリア王国とビフロスト連邦。
    戦争があったことは周知の事実であるが、原因がそんなところにあったとは。

    「まあ、わたしたちにとっては、傍迷惑至極なことであったわけですけど。
     …こほん、話を戻しますね」

    脱線してしまった。
    わざとらしく咳払いをし、メディアは元の流れに戻す。

    「森の中にあるわたしたちの里なんですが、ここ数週間、
     近くに変な輩が居ついてしまって、ほとほと迷惑しているんです」
    「何者です?」
    「おそらくは野盗、山賊の類だと思います」

    嫌そうに言うメディア。
    確かに、里のすぐ近くをそんなヤツラに占領されては、良い気はしないだろう。

    「それだけならまだいいのですが、彼ら、どこで知ったのか、森の中を探索しているんです」
    「エルフの里を探していると?」
    「たぶん。他に思いつきません。まさか、適当に宝探しをしているわけではないでしょう」

    もっともである。
    他に何も無い森だそうだから、明確な目的があると見るのが妥当だ。

    「すでに、エルフのテリトリーに侵入されることが数回。
     幸い発見が早く、記憶を消して送り返しているのですが、このままでは…」
    「時間の問題ですね」
    「はい。我らエルフとしましては、あまり人間と接触を持つわけにもいかず。
     そこで、あくまで人間側の問題として、人間に解決してもらうことにしました」
    「つまり、その賊どもを退治してくれと」
    「その通りです」

    賊退治。
    依頼としては、そんなに珍しいものではない。

    「依頼を受けてくれる、誠実そうな方を捜していたところ、あなた方に出会ったというわけです。
     もちろん、それなりのお礼を用意しています。お願いできませんか?」
    「だそうですが、どうしますか?」
    「う〜ん」

    環から尋ねられて、勇磨は困ったように水色姉妹を見る。
    別に、自分たちはやぶさかではないのだが…

    「な、なに?」
    「ふへ?」

    こちらの水色姉妹には、大問題になるであろう、決定的な事柄。

    「エルリス、セリス。君たちはここに残れ」
    「え? な、なんで?」
    「そうだよ! 妖精さんが困ってるんだから、助けてあげなきゃ!」

    水色姉妹は憤る。
    当然だ。

    自惚れるわけではないが、半ばチームとしての一体感を持っている。
    置いてきぼりにされるのは御免である。

    だが…

    「今度の相手は魔物やシミュレーションじゃない。人間なんだぞ?」
    「……」

    勇磨から言われたことに、ハッとする。

    「人間を相手に、立ち回れるか? ヤツラが説得に応じてくれるのならいいが、
     ほぼ間違いなく戦闘になる。俺たちに殺意が無くても、ヤツラはそうじゃない。
     殺らなきゃ殺られる、本当の殺し合いだ」
    「……」
    「それが君たちに出来るか?」
    「……」

    姉妹はすっかり勢いを失い、俯いてしまった。
    魔物を相手にするのと、人間を相手にするのとでは、まるでワケが違う。

    「それも、ハンターが持つ一面です」

    環が後を受ける。

    「人間を相手にするときもある。時には殺すことだってある」
    「環…。あなたは、人を斬ったことが……殺したことは、あるの?」
    「あります。兄さんもです」
    「………」

    絶句。
    無いと言って欲しかった。

    「もちろん、そうせざるを得ない、やむにやまれぬ事情があったわけですけどね。
     人間だから戦わない、人間だから殺さない、なんて綺麗事は通じません。
     ひとたび実戦になれば、そこは本物の戦場。命のやり取りをする場所なんですから」
    「……」
    「そういう覚悟を持てないのなら、ハンターなどやるべきではない。
     自分勝手やエゴだと思われても結構。私はそう思います」
    「……」

    水色姉妹は、何も言えない。
    甘く見ていた面があることは事実だからだ。

    「ですが、あなたたちはまだまだ駆け出しのハンター。
     そういった判断をするには早すぎる。ですから残りなさい」
    「それが君たちのためだ。俺たちだけで行ってくるから、待ってて」

    「……」
    「……」

    引き続き、水色姉妹が言えることは無い。
    酷なようだが、今回ばかりは、留守番を…

    「じゃあ、そういうことで――」

    「わたしも行くよっ!」
    「…セリス?」

    声を上げたのはセリス。
    エルリスが驚くほどの真剣な顔で、こう宣言した。

    「要は、殺さずに倒せばいいってことだよね? がんばるからっ!」
    「そう簡単に行けば、苦労は無いのですよ?」
    「辛い思いをするのは自分だぞ? それでもいいのか?」
    「いい!」

    断言するセリス。
    これにも、エルリスは驚いていた。

    「置いていかれるほうが辛いよ!」
    「そう………そうよね…。殺さなければいい……その通りだわ!」

    「エルリスまで」
    「まったく…」

    エルリスも勢い良く立ち上がった。
    妹の一言に感化されたか。

    「「一緒に連れてって!!」」

    「…と、いうわけです」
    「ありがとうございます」

    引き受けてもらい、メディアは笑顔で礼を言い。

    そんなわけで、賊退治となった。





    第10話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■263 / inTopicNo.25)  『黒と金と水色と』第10話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/09(Sun) 00:07:14)
    2006/04/09(Sun) 20:58:11 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第10話「不思議の森の賊退治」@






    滅びの街ラザローン。

    前述した戦争が起きる前までは、国境の町として、それなりの賑わいを見せていた。
    が、戦争で周囲の状況は一変。
    痺れを切らした連邦側の無差別禁呪攻撃により、町は丸ごと壊滅。

    以後、街が再建されることも訪れる人も無く、廃墟となって現在まで至っている。

    「ここが……ラザローン」
    「滅びの街…」

    今、一行はラザローンの入口に立っていた。
    水色姉妹が呆然と呟く。

    当時の悲惨な名残をそのまま残す、朽ち果てる寸前な建物の数々。
    形が残っているだけマシかもしれない。
    禁呪の爆発的な攻撃力で、一瞬にして消え去ってしまったものがほとんどだろうから。

    所々に見える、爆発で開いたような大穴が、禁呪のすさまじい威力を物語っているのだ。

    「禁呪攻撃による犠牲者は、王国兵とラザローン市民を合わせ、およそ2万5千人と云われています」
    「展開していた王国兵が1万ほど。当時の街の人口はおよそ1万5千ほどですから、
     ラザローンは文字通り、全滅という結果になったわけですね」
    「くわばらくわばら」

    環とメディアが揃って解説。
    大げさに肩をすくめて見せる勇磨だ。

    「戦争は嫌だね」
    「もちろんそうです。2度と起こって欲しくは無いものですが」

    「………」
    「………」

    話している傍らで、水色姉妹は廃墟の様子を眺めているだけ。

    ここは2万5千人もの犠牲者が出た現場。
    禁呪という禁忌だっただけに、少し刺激が強すぎたようだ。

    「さて、こんなところにいてもしょうがない」
    「メディアさん。エルフの森に案内してください」
    「はい。こちらです」

    メディアの案内で廃墟を離れ、前に見える森へと近づいていく。
    視界一面を覆う、広大な森林地帯だ。

    「いま見えている森が、わたしたちエルフが住んでいる森です」
    「ラザローンの大森林…。話には聞いたことがありますが、実際に目にしてみますと、
     またすごいものですね」
    「戦争前はもっと大きかったんですけどね。戦災の余波で、かなりの森が燃えてしまいました」

    今以上に広かったというのか。
    ちょっと想像のつかない範囲である。

    さらに歩いて、周囲の草原地帯と森とを分ける、境目までやってきた。

    「みなさん」

    ここで、先頭を行っていたメディアが立ち止まり、振り返りながら言う。

    「ここから先がエルフの森になるわけですが、くれぐれも、わたしから離れないでください」
    「え、どうして?」
    「森が深いということもありますが」

    尋ねるエルリスに、メディアが表情を険しくしながら説明した。

    「うっかりわたしたちのテリトリーに踏み込みますと、無限空間に迷い込み、2度と出てこられません」
    「え…」
    「わたしたちの防衛トラップだと思ってください。
     それに、いつ、賊が現れるかわかりません」
    「わかったわ」

    どうやら、考える以上に、この森は危険なようだ。
    賊たちはそのことを理解しているのだろうか?

    「では、行きますよ」

    再びメディアを先頭にして、森の中へと入る。

    道なき道を行く。
    高さ数十メートルはありそうな大木が林立し、昼間だというのに薄暗い森の中。
    日光が届かないのでひんやりとした空気。

    なんと表現したものか、妖しい雰囲気に包まれた森。

    「なるほど、『不思議の森』…か」
    「よく言ったものですね」

    ラザローンの大森林は、昔から、遭難者が後を絶たない樹海として知られている。
    一歩、道を外れてしまうと、たちまちのうちに濃い霧に包まれ、2度と外へは出られないというのだ。
    遭難しなくても、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりと幻想的な体験をする者が多く現れたことから、
    いつしか付いた名が『不思議の森』だったりする。

    今にして思うに、その”濃い霧”というのは、エルフたちの自己防衛なのだろう。
    また、奇跡的に生還した者が話したという『誰かに導かれた云々』という話も、
    人間に里へと踏み込まれるのを恐れた、エルフの助け舟だったのかもしれない。

    「なんだか凄いところだね〜」
    「その一言で済ますあなたのほうが、よっぽど凄いと思う…」

    陽気なセリスの言葉に、はあっ、と息を吐くエルリス。
    ハイキング気分なのは勘弁して欲しいものである。

    どれぐらい歩いただろうか。

    「………」

    「…メディア?」

    唐突に、メディアが歩みを止めた。
    後ろの一行は首を傾げつつ、彼女を窺う。

    「…尾けられているようです」
    「え?」
    「そんなはずは…」

    ぽつっとメディアが漏らした言葉。
    御門兄妹は驚愕して、後ろを振り返った。

    例えどのような状況だろうと、周囲の警戒を怠ったりはしない。
    少なくとも、悪意を持った人物が近くにいるのなら、すぐにわかるのだが…

    「わからないのも当然かもしれません」

    少し慌てた様子の御門兄妹へ、メディアがこんなことを言う。

    「程度の差はあるにせよ、この森は全域が、わたしたちエルフのテリトリーに含まれます。
     いわば自然に、エルフの施した知覚遮断の呪法がかかっている状態なのです」

    「……つまり」
    「エルフ以外の、私たちの感覚はまるで通用しないと、そういうことですか」
    「はい」

    勇磨と環は顔を見合わせ、お互い、微妙な表情を見せる。
    使い慣れた感覚が当てに出来ないとなると、妙に心細くなるものだ。

    「とにかく、このまま付いてこられてはたまりません。お願いします」
    「ん、了解した」

    なんにせよ、賊は排除しなければならない。
    メディアを残し、他の4人はすぐに後方へと向き直って、態勢を整える。

    「バレちゃあしょうがねえっ!」
    「おおっ!」

    すると、感づかれたと見たのか。
    周囲の木々の合間から、複数の男たちが現れた。

    手に斧、頭には覆面。みすぼらしい格好。
    いかにもな”賊”の登場である。

    「貴様らも、この森にエルフが住んでるって聞きつけてきたんだな?
     お宝を横取りしようったってそうはいかねえぞ! 野郎ども!」
    「おうっ!」

    「なんか、勘違いされてるな」
    「どうでもいいしょう。私たちは私たちの役目をこなすだけです」
    「そうだな」

    エルフがいる=宝物がある、と賊たちは見ているようだ。
    実際はどうなのかわからないが、自分たちは、依頼を遂行するのみ。

    「エルリス、セリス。大丈夫か?」
    「ええ、なんとか」
    「殺さずに済む方法、わたしなりにちゃんと考えたから」
    「ほお?」

    どんな方法だろう?
    セリスが考えたということもあって、非常に興味を惹かれた。

    「じゃ、お手並み拝見といきますか」
    「任せて!」

    自信たっぷりに頷くセリス。

    「やっちめ〜!」

    ちょうど突撃してくる賊たち。
    さて、セリスはどんな手を取るのだろう。

    「ユナさんに教わったのは、何も攻撃魔法だけじゃないよ!」

    セリスは、バッと一歩を踏み出して。

    「精神と魂を司りしものよ……際限なき混沌の海よ……」

    「あ、これ…」

    詠唱を始めるセリス。
    何かに気付いたのか、エルリスが呟く。

    「ご存知なのですか?」
    「ええ、私も一緒に習ったから」

    環に訊かれ、答えるエルリスは、なぜだか苦笑している。

    「私は全然できなかったんだけどね。やっぱり私、氷以外の魔法は使えないみたい」
    「どんな魔法なんだい?」
    「見ていればわかるわ」

    勇磨にも尋ねられるが、これについてははぐらかした。
    今度は微妙な表情である。

    「失敗しなければ、の話だけどね。あの子も、風魔法以外の成功率、低いから…」
    「おいおい」
    「一応、いつでも助けに行ける準備はしておきます」

    御門兄妹も苦笑した。

    どんなに有効な魔法であれ、成功しなければ意味は無く、一転して窮地に陥ってしまう。
    セリスの修行中の模様を知っているだけに、一同は心配顔だ。

    「今こそ汝の力を解き放ち、彼の者、深遠なる暗闇へといざないたまえ!」

    詠唱完了。
    迫ってくる賊たちを睨みつけ、セリスは魔法を発動させた。

    「スリープ!!」

    「…? うわっ、なんだ、こ…りゃ……」
    「……急に……眠く……」
    「むにゃ……」

    すると、賊たちを白いガス状の物質が包み込んで。
    賊たちは、その場にバタバタと倒れこんでいった。

    「zzz…」
    「んが〜」

    寝ているようである。

    「やった成功した!」

    その模様を見て、喜びを爆発させるセリス。

    「どうどう? 眠らせちゃえば、制圧するのは簡単だよね!?」

    「なるほど」
    「お見事です」

    ぽんっ、と手を打つ勇磨。
    今度は素直に感心している環。

    確かに、どんな剛の者でも、眠っている間は無防備だ。

    「さあ、今のうちだよ!」
    「了解〜っと」

    眠っているうちに捕獲だ。
    用意しておいたロープで拘束しておく。

    (それにしても、上手くいってくれてよかったわ)

    作業をしつつ、エルリスはそんなことを思う。

    (セリスはこれを1人で考えたのか。私も負けてられないわね)

    対抗意識に燃える。
    自分は補助系の魔法は一切使えないから、何か別な方法を考えなければ。

    賊たちを縛る作業を終える。
    大きな木にくくりつけるようにして、それぞれの自由を奪った。

    「さてセリス。もういいわよ。起こして」

    このままにもしておけない。
    説得するか、脅すかして、この森から退去させねばならないのだ。

    「へ? 起こす?」

    だが、姉からそう言われたセリスは、なんのこと、とばかりに首を傾げる。

    「そのうち起きるんじゃない? 起こす方法なんて知らないよ?」
    「そういえば、ユナもそんなことは言ってなかったっけ…」

    睡眠魔法は、いったんかかると、覚醒までの時間はまちまちである。
    一瞬で目覚めることもあるし、何時間と寝ていることもあるのだ。

    「でも、そんなに待ってられないわ」
    「じゃあ、叩いたりすれば起きるんじゃないかな?」
    「叩くのね? よーし」

    バッシーンッ!!

    「…うわ」
    「お姉ちゃん、容赦ない…」

    思わず目を背ける勇磨。
    セリスでさえ苦笑するほどの、見事なビンタだった。

    「こんな連中相手に、情けなんてかけてられないわよ」
    「あなたも過激になってきましたね…」

    環でさえ、顔を少し引き攣らせるほどだ。
    誰の影響でしょうか、と小声で呟く。

    しかし。

    「…セリス。起きないんだけど」
    「おかしいな〜」

    殴られた男、一向に起きる気配が無い。

    「何か刺激が加われば起きると思ったんだけど。
     ユナさんも、何かの拍子に目覚めることもあるから気をつけろ、って言ってたし」
    「刺激が足りないのかしら? ふんっ!」
    「わ〜…」

    ビンタ、ビンタ、ビンタ。
    思わず賊に同情してしまうセリスである。

    だがしかし。

    「……起きないわね」

    この男は、両頬を真っ赤に腫らしながらも、平気で寝息を立て続けていた。
    エルリスの息のほうが上がっている。

    「セリス、どうなってるのよ?」
    「う〜ん……力の加減を間違えたかなぁ?」
    「それって…」
    「あ、あは、あはははは」

    魔力を制御する技術は、ユナ曰く『初等学生並み』というセリスである。
    力加減を間違えたということは、充分にありえた。

    …即ち。

    「いつ起きるの、この人たち…」
    「あはははは……いつだろうね?」

    魔力の込めすぎ。
    セリスの乾いた笑い声が痛かった。

    「おいおい」
    「先ほどの言葉、取り消します…」
    「やれやれ」

    苦笑の勇磨。
    ため息の環とメディア。

    有効だと思われた方法だが、効果がありすぎたようだ。

引用返信/返信 削除キー/
■264 / inTopicNo.26)   『黒と金と水色と』第10話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/16(Sun) 00:21:11)
    黒と金と水色と 第10話「不思議の森の賊退治」A







    その後も、賊退治は順調に進んだ。

    「セリス! また起きないわよ!」
    「え、えーと…」

    順調……に進んだ。

    「きゃー心臓が止まってる!」
    「え…」

    順調…

    「し、心臓マッサージ!」
    「こっちは呼吸が!」
    「………」

    ………。(汗)
    とにかく、人数だけは確保していっているのである。

    捕らえたうちの数人には

    「即座にこの森から出て行き、2度と近づかないと誓え」
    「ふん、誰が」
    「あっそう。じゃあ、一生このままだなあ」
    「なっ」

    「誓いを立てるか、今すぐこの場で果てるか、選びなさい?」
    「ひいっ!?」

    勇磨と環が脅しを効かせる。
    特に環の場合、死と交換条件で、凄みがあるものだから、成功率は高かった。

    また、セリスが魔法を失敗して、戦闘になったとしても

    「よっ」
    「はい、どうぞ」

    前衛に立った勇磨と環が、突っ込んできた賊の勢いを殺し、
    ついでにバランスを崩して後ろへ逸らす。

    基本的に技量が違うので、この程度の芸当、朝飯前だ。

    「OK! せいっ!」

    「ぎゃっ!」
    「ほげっ!」

    そして、後ろで待ち構えていたエルリスがとどめを刺す。
    無論、命を奪うということではなく、気絶させる程度のダメージを負わせるのだ。

    「結構、力加減が難しいのよね…」

    あまり力を入れすぎると、重傷を負わせてしまうので、エルリスも楽な仕事ではない。
    が、それが勇磨や環の狙いでもある。

    自発的に戦闘の力加減を考えさせ、効率的な戦い方を覚えてもらうためだ。
    実戦経験に乏しいエルリスにとっては、得がたい体験になるだろう。

    「お、覚えてろよ〜!」

    今もまた、1人を脅して解放した。

    「ねえ勇磨君、環。逃がしちゃって本当にいいの?」
    「いいのいいの」

    ふぅ、と息を吐いたエルリス。
    疑問に思ったことを訊いてみるが、返事は肯定するものだった。

    「でも、逃がしたヤツが、親玉を連れて戻ってくるんじゃ?」
    「それが狙いだよ」
    「え?」

    自分が危惧していることが狙いだとは、どういうことか?
    エルリスは驚いた。

    「こういう組織はね、頭を潰さない限り、何度でも蘇るから。
     逆に、頭さえ抑えてしまえば、あとはどうにもなるってこと」
    「頭を抑えて更生させれば、その組織全体が生まれ変わることにもなりますからね」
    「へえ、そうなんだ」

    要は、親玉を呼び出すためにやっている、ということなのか。
    言われてみればその通り。エルリスは非常に感心した。

    「ちゃんと考えてやってるんだ」
    「エルリス…」
    「あなた、私たちをなんだと思ってます?」
    「あはは、冗談よ冗談」

    けらけら笑うエルリスに、御門兄妹はため息だ。
    原点では、姉妹での違いはほとんど無いらしい。

    「とか言っている間に、お出ましのようですよ」
    「む」

    脇に控えていたメディアがそう告げる。

    「お、親分! あいつらですぜ!」
    「そうか。やいやいやい!」

    逃がした連中が、親玉を連れて戻ってきた。
    数人の取り巻きを従えて、中年くらいの髭面の男が、高圧的に叫ぶ。

    「俺様の部下どもをかわいがってくれたようだな。その礼、たっぷりとさせてもらうぜ。覚悟しな!」

    親分はそう言うと、持ってきた大鉞を掲げた。

    「一応、言っておくけど。素直に森から出て行く気は?」
    「ふざけるな。俺様たちが先にツバをつけたんだぞ!」
    「あっそう。交渉は決裂か」

    予想通り、聞き入れてはもらえなかった。
    やれやれと肩をすくめ、仕方ないと刀に手をかけたところ

    「勇磨君」
    「え?」

    エルリスが声をかけてきた。

    「私にやらせて」
    「…わかった」

    その目が、あまりに真剣で。
    勇磨は頷いた。

    「お姉ちゃん!」
    「大丈夫。殺しはしないし、もちろん死ぬ気も無いわ」

    驚いたセリスは引き止めるものの、エルリスは聞かず。
    ずんずんと親玉に向かって歩を進める。

    「なんだあ女? おい、女は引っ込んでろ!」
    「女だからって舐めないで。これでもハンターなのよ」
    「後悔するなよ。てめえらは手を出すな!」

    親分は、周りにいる部下たちにそう命じ。
    エルリスをジ〜ッと見ると、にやりと笑みを浮かべる。

    「よくよく見るといい女じゃねえか。くっく、こいつは後が楽しみだな」
    「………」

    下衆な笑みで、何を考えているか、一発でわかってしまうが。
    エルリスは真剣な表情のまま親分を睨みつけ、集中を切らさない。

    かなりの決意があるようだ。

    「その目…」

    そんな様子が癪に障ったのか。

    「気に入らねえんだよおっ!」

    叫んで鉞を振りかぶり、エルリスへと突進。

    「だりゃあっ!」
    「…!」

    初撃を回避。
    大振りに振り回すだけの一撃だったので、容易だった。

    「くっ、このっ! 逃げ足だけは速いようだな…」
    「……」

    息を切らし始める親分。
    一方で、エルリスの集中は途絶えない。

    (一瞬が勝負……一瞬が……)

    集中力を最大限に保ったまま、そのときを待つ。

    「いい加減にくたばりやがれ!」
    「!! 今っ!」

    そして、チャンス到来。
    エルリスは、親分が鉞を掲げた隙を見逃さず、ずいっと懐へ飛び込んだ。

    「なにっ!?」
    「ふっ!」
    「ぐわっ! ごふっ…」

    当身を喰らわせ、みぞおちへ拳を見舞った。
    思わず、二歩三歩とあとずさる親分。

    女の細腕といえども、勇磨らとの修行で、筋力は飛躍的に上昇している。
    カウンターパンチには充分だった。

    「たあっ!」
    「っ! げはぁっ!」

    さらに追撃。
    踏み出す瞬間のタイミングを狙って足を払い、見事に背中をつかせることに成功した。

    「このやろ――」
    「勝負あり、ね?」
    「ぐ…」

    ここで抜刀。
    切っ先を親分の鼻先に突きつけ、決着を宣言する。

    「ほ〜」

    見ていた勇磨たち。
    感嘆の声を上げていた。

    「エルリスのヤツ、いつのまにあんな体術を」
    「私が軽く教えはしましたが、当時よりも洗練され、だいぶ形になっています。
     ユナさんにでもさらに習いましたかね。無論、本人の努力があったからこそでしょうが」
    「なるほど。ユナは格闘も一流だからな」
    「お姉ちゃん、すごい…」

    魔術師の弱点は、魔法”しか”扱えない点に尽きる。
    魔法を撃てない状況に追い込まれると、戦闘力は一気に落ちてしまう。

    この点を考慮して、ユナは格闘術でも抜きん出た実力を持っている。
    エルリスは剣を扱えるが、一念発起して、環からかじった程度だった体術を磨いたのだろう。
    一緒に修行していたセリスでさえ、気付かなかったことである。

    さて、視点をエルリスに戻そう。

    「さあ、どうするの? 負けを認めて、この森から去る?」
    「ぐぬぬ…」
    「認めないんだったら…」
    「わ、わかった! わかったから、剣をしまってくれ!」
    「よろしい」

    環並みにすごんで見せたエルリス。
    親分も、剣を突きつけられては何も出来ず、降参せざるを得なかった。

    (ふぅ……なんとか上手くいったわ)

    志願しての戦闘。
    どう転ぶかと思ったが、どうにか成功した。

    安堵のため息をつき、剣を収めるエルリス。

    「馬鹿め!」
    「えっ?」
    「勝負ってのは、最後の最後までわからねえんだよっ!」
    「あ…」

    だが、一瞬でも気を緩めたのは失敗だった。
    降参したはずの親分が起き上がり、隠し持っていたナイフを抜いて、突進してきたのだ。

    咄嗟のことで、エルリスは動けない。
    もうダメか、そう思われた瞬間

    ガキーンッ!

    鋭い金属音がして、親分の手からナイフが飛んでいった。

    「危ないところだったね、エルリス」
    「ゆ、勇磨君…」

    勇磨が駆けつけて、抜刀一閃。
    親分の持っていたナイフを正確に捉え、弾き飛ばしたのである。

    「油断大敵。よくわかったろ? 最後まで気を抜いちゃダメ」
    「ええ……ごめんなさい…」
    「次からは気をつけるように。それまでは良かったよ」
    「ありがとう。でも、まだまだね私」

    認めてもらい、強張っていたエルリスの顔も、少し緩んだ。

    「……さて」
    「うっ」

    エルリスには笑顔を向けた勇磨。
    しかし、その顔つきが一瞬にして変わり、殺気を剥き出しにして親分を睨みつけた。
    ビクッと反応する親分。

    「随分な真似をしてくれるじゃないか、え?」
    「う……うぅ……」

    ガタガタ震えだす親分。
    殺気は周りの部下たちにも向けられ、彼らも冷や汗を流していることだろう。

    「次にこんな真似をしてみろ」
    「……」

    最大限に膨れ上がる殺気。
    親分は、生きている心地がしなかったろう。

    「殺すぞ?」

    「……は……はいぃぃぃ……」

    情けなくも、親分はその場で腰を抜かし、失禁。
    先ほどの誓いを遵守させられた上で、盗賊稼業からも足を洗うことを約束させられた。

    部下に両脇を抱えられながら、親分は森を後にしていく。
    縛っていた部下も解放。
    これだけしてやれば、再起は叶うまい。

    「……ふー」

    去っていくのを見届けて、放出し続けていた殺気を抑える勇磨。

    「お疲れ様でした、兄さん」
    「ん? ああ」

    「……」
    「……」

    環はすぐに歩み寄って声をかけるものの、水色姉妹はそうもいかなかった。
    彼女たちも足がすくんでしまい、動けなかったのだ。

    直接、殺気を向けられたわけではないが、彼女たちにとっては、それほどの衝撃だった。

    「勇磨君………あんな顔もするのね…」
    「こ、怖かったよ…。震えちゃって……まだ震えてる……」

    初めて見た、勇磨の冷酷な一面。
    人を殺したこともあると言っていた、裏の一面。

    冷や汗を拭う水色姉妹。

    「あれが、彼らの内面」

    「「え…」」

    いつのまに隣に立っていたのか。
    気付くとメディアがいて、そんな声が聞こえたと思ったら、彼女は勇磨たちのもとへ歩いていった。

    「内面…?」
    「どういう、こと…?」

    言われた意味がわからず、戸惑う水色姉妹。

    何か?
    あんな冷酷な顔が、勇磨たちの本性だとでもいうのか?

    「……違うわ」
    「……違うよ」

    ……ありえない。
    同時に同じことを考えた姉妹は、同時に首を振っていた。

    「ありがとうございました。おかげで助かりました」
    「いや、なんのなんの」
    「お仕事ですしね。普通にこなしただけに過ぎませんよ」

    「…そうよね、セリス」
    「…うん。今の顔が、本当の顔だよ」

    メディアから労われ、微笑んでいる勇磨と環。
    そんな様子を見ながら、水色姉妹は、一瞬でも湧き上がってしまった変な考えを払拭するのだった。




    第11話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■266 / inTopicNo.27)  『黒と金と水色と』第11話
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/23(Sun) 00:06:29)
    黒と金と水色と 第11話「再会、昔馴染み」






    エルフからの依頼を完了した一行は、再び王都へと戻ってきた。

    「さて、これからどうする?」
    「選択肢はいくつかありますね」

    まず、御門兄妹がこう発言。

    「学園都市に戻るか、このまま王都に滞在するか、私たち独自で行動するか」
    「はい、はいっ。王都滞在希望っ!」
    「セリス…」

    勢いよく手を上げ、大きな声で主張するセリス。
    どのような魂胆かは明らかなので、エルリスは大きな息を吐いていた。

    「今度こそ、王都を観光するんだよ!」
    「…だそうですが、いかがですか?」
    「私に振らないで…」

    ため息をつきつつ、やれやれとエルリスはお手上げだ。

    「兄さんは?」
    「ははは。いいんじゃないかな?」
    「ふぅ、まあいいでしょう。1度は決まっていたことですしね」

    「やった〜!」

    お許しが出た。
    セリスは飛び跳ねて喜びを表現する。

    「でも、何があるのかよくわからないんだよね〜。ガイドブックとか買ったほうがいいかなあ?
     あるのかな、ガイドブック? お姉ちゃんはどう思う?」
    「…あなたの好きにしなさいな」
    「う〜ん、迷っちゃうよね〜♪」

    そして、早くも観光気分を爆発させている。
    深い憂慮のため息をついているエルリス。苦笑する御門兄妹。

    「観光はいいですけど、その先の予定も立てておかなければ」
    「そうだな」

    とりあえず、暴走して1人で突っ走っているセリスはさて置き。
    今後のことを話し合っておく。

    「結局のところ、どうしますかね?」
    「一応、ユナのところに戻っておいたほうがいいんじゃない?
     私たちが出てきてから、そろそろ3週間になるわ」
    「う〜ん。でも、それでまだだったりすると、それこそ身動き取れなくなるからなあ。
     王都にいたほうが利便性はいい」

    1度、ユナのところへ戻らなくてはいけないのは確かだが。
    学園都市まで行って、まだ何も見つかっていないようだと、まったくの無駄足になるし。
    何か別の目的が出来た場合、王都にいたほうが、交通・情報事情が明るい。

    「それに、ユナはアレだけの魔術師だ。
     何か発見があれば、使い魔か何かで、すぐに知らせてくると思うぞ」
    「確かにそうですね。まだ何も言ってきていませんから…」
    「まだ、発見は出来ていない。探索中、解析中、ってことかしら?」
    「たぶんね」

    彼女の性格上、ほったらかしというのはありえない。
    何かがあれば、勇磨が言ったように、すぐに知らせてくるだろう。

    「ではしばらくは、ここ王都に留まるということで、構いませんね?」
    「私は、2人がいいならそれで」
    「じゃあ、そういうことにしよう」

    方針決定。
    王都に留まりつつ、ユナからの報せを待つことにする。

    「となると、空き時間が出来ることになりますね」

    ふむ、と何かを考え始める環。

    「エルリスさん」
    「なに?」

    顔を上げ、エルリスにこう言った。

    「お仕事しましょう」
    「はい?」

    咄嗟には、言われたことが理解できなくて。
    エルリスは思わず聞き返していた。

    「仕事って?」
    「私たちのお仕事といえば、ひとつしかないでしょう?」
    「えっと、ハンターの?」
    「ええ、もちろんです」

    オウム返しのエルリスに、環は微笑んで頷く。

    「あなたたちもCランクのハンターになったことですし、依頼を受けてみてもいいかと思うのですよ」
    「それって、私とセリスだけで…ってこと?」
    「無論です。経験を積まなければどうにもなりませんし、お金も貯まって一石二鳥でしょう」
    「でも、う〜ん……」

    エルリスは考え込んでしまった。
    自分たちだけで、仕事が務まるのかどうか。

    「大丈夫。もし何かあった場合は、俺たちがフォローに回るからさ」
    「勇磨君…」

    助け舟を出す勇磨。

    「二、三、小さい仕事を請けてみたら?」
    「そう、ね………わかったわ」

    随分と悩んでいたようだが、エルリスは決断した。

    確かに、ハンターは経験がモノを言う仕事。
    自分たちに絶対的に足らないものが『経験値』なので、補うにはちょうど良い機会だろう。

    「どんな仕事がいいかしら?」
    「まあまずは、ランクC以下の簡単なものからね。
     薬草採りとか、弱いグレードのモンスター退治とかかな?」
    「ギルドに行ってみなければ、わかりませんけどね」
    「そっか」

    曲がりなりにも、ここは王都。
    王国一の都であるわけで、ギルドの規模も当然、王国一である。

    人や仕事の出入りも激しく、そう苦労せずとも、仕事はみつかる。

    「じゃ、今日はこれから、観光に回るとして…」

    エルリスは駅前に建っている時計塔を見上げつつ、言う。

    現在時刻、11時を回ったところである。
    今日1日、まだまだ時間はありそうだ。

    「明日あたり、ギルドに行ってみましょう」
    「ええ」
    「そうだな」

    結論が出たところで。

    「セリス、セリス」
    「どうせだから美味しいものも食べたいし〜♪ …え? なにお姉ちゃん?」

    セリスを呼ぶ。
    トリップは続いていたようだ。

    「何かリクエスト?」
    「違うわよ」

    盛大に呆れつつ。
    たったいま決まったことを、妹に説明してやる。

    「と、いうことになったから」
    「お仕事か〜。うん、わたしがんばる!」
    「その意気よ」

    ポーズをつけて、セリスはやる気を示した。
    すると…

    「………あれ?」

    そのセリスが、何かを見つけたような反応をする。

    「あれは…」
    「セリス?」

    セリスは、エルリスから見て、右手のほうを向いて固まっている。
    エルリスもその方向を見やってみたが、普通の人通りがあるだけだった。

    「良さそうなお店でも見つけたの?」
    「違うよっ!」

    それまでの話の流れから、そんなことを尋ねてみたが。
    強く否定されるだけだった。
    セリスも、引き続き人ごみを見つめている。

    「あれは……絶対そうだよ……」
    「セリス? 何を見つけたのよ。セリス?」

    ブツブツ呟いて、こちらから声をかけても反応しなくなった。
    と思ったら

    「待ってーーーー!!」

    「セリス! ちょっ、ええっ!?」

    いきなり大声を上げ、見やっていた方向へ向けて駆け出していってしまった。
    止める間もなかった。仰天しているエルリス。

    「あの子はもう…」
    「えっと、何があったのかな?」
    「わからないわ、あの子のことだから…」
    「ははは」
    「とはいえ、放っておくわけにもいきません」

    苦笑している御門兄妹に尋ねられ。
    もういやとばかりに、エルリスは肩を落としている。

    「迷子にでもなったら大変です。追いかけましょう」
    「まったく…。セリス! 待ちなさい!」

    3人は、急いでセリスの後を追った。





    「えっと、確かこっちのほうに…」

    真っ先に人込みの中に入ったセリス。
    きょろきょろと周りを見回して、目的の人物の姿を捜す。

    「絶対そうだよ…」

    何が”絶対”なのだろうか?
    セリスが見たのは、はたして何者なのだろう?

    「………あっ!」

    チラリと後ろ姿が見えた。

    無造作に背中に垂らしている、腰まで届く長い尻尾。
    ”彼女”の、1番の外見上の特徴だ。

    今でも変わっていない。
    だからこそわかった。見つけられた。

    「やっぱり間違いない!」

    セリスは、より確信を深め。
    向こうの人込みの中に消えた彼女を、必死に追う。

    「はあ、はあ……待って、待ってよー!」

    人々の間を縫い、走って。

    「”命”さーん! 待ってー!」

    「…!」

    再び背中が見えたところで、セリスはそう叫んでいた。
    目的の人物が立ち止まり、振り返るのがわかる。

    その表情は、驚きに染まっていた。

    それはそうだろう。
    人込みの中で、いきなり”自分の名前”を呼ばれれば、驚きもする。

    「なんで私の名前を……誰? いま呼んだのは」
    「わたしだよー! はあ、はあ…」

    ようやく追いついたセリス。
    彼女の前で、肩を揺らして息を整える。

    「…? あなたは…」
    「わからない? ほら! ノーフルの町でお隣さんだった!」
    「ノーフルで…? あ、まさか…」

    セリスの言葉に、彼女も思い当たる節があったようだ。
    むぅ、と考え込んで、やがて、ぽんっと手を打った。

    「セリス! あなたセリスね?」
    「よかった覚えててくれたー!」

    覚えていてくれたことがうれしくて。
    セリスは彼女の手を取り、ブンブンと振り回した。

    ノーフル時代の、数少ない友人の1人。

    「すっごい久しぶりだね命さん!」
    「そうね。私が出て行って以来だから……3年ぶりくらい?」
    「うん!」

    長い黒髪を後ろで縛り、セリスのことを思い出して、柔らかな笑みを浮かべる彼女。
    彼女の言葉通り、実に3年ぶりとなる再会だった。


引用返信/返信 削除キー/
■267 / inTopicNo.28)   『黒と金と水色と』第12話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/30(Sun) 00:56:26)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」@






    王都デルトファーネル、大通り。

    (さて、どうしようかな…)

    彼女、”宮瀬命”は、なにやら考え込みながら人込みの中を歩いていた。
    容易には判断がつかない、容易に判断してはいけない事項を抱えていたからだ。

    (本来なら、私1人で解決すべき問題ではあるんだけど…)

    ここまで、必死に追いかけてきた存在を、ようやく掴むことが出来た。
    場所もわかった。
    あとは乗り込んで、目的のものを取り戻すだけ。

    グッと、命は腰に下げた刀の柄を掴んで力を込めた。
    本当なら、もう一振りあるはずの、共打ち刀のことを思う。

    (聞いた話では、かなり大規模な組織だというのよね)

    やっと尻尾を捕まえたものが、構成員数百を数える、大集団ということも判明している。

    もちろん、目的のものを取り戻すには、その集団のアジトへと行かねばならない。
    話し合いで解決するわけも無く、当然、戦いになることを覚悟するべきだ。

    さあ、ここで問題。

    味方は自分1人のみ。
    ここまで自分だけで追いかけてきたのだから、当たり前である。

    単身で乗り込むべきか?
    それとも、誰か用心棒でも雇っていくべきか?

    (う〜ん…)

    命は悩んだ。

    何も、自分の実力に不安があるわけではない。
    これでも正規のライセンスを持つハンターである。
    下手なSランクハンターよりも強いという自負もある。

    誰かを雇うにしても、金銭的な面も、これまでハンターとして荒稼ぎしたそれなりの貯えがある。
    ひとりふたり程度なら、Bランクくらいの護衛は雇えるだろう。

    (どうしたものか…)

    ならば、何も悩むことは無いはずなのだが。
    どうにも決断できずにいた。

    そんなときである。

    「命さーん! 待ってよ〜!」

    「…!」

    背後から呼び止められたのは。





    「セリス! あなたセリスね?」
    「よかった覚えててくれたー!」

    自分を呼んだのは、水色の長い髪をした少女だった。
    不意に記憶が蘇り、名前を呼ぶと、セリスは手を掴んできて振り回された。

    「それにしても凄い偶然。なに、王都に出てきてたの?」
    「うん。お姉ちゃんも一緒だよ」
    「そう。エルリスは元気?」
    「もう元気いっぱいだよ!」

    しばし、懐かしい顔との再会に声を弾ませる。

    「そのエルリスはどこ?」
    「え?」

    そう尋ねられたセリス。
    ハッとして周りを見るものの、無論、そこに姉の姿は無い。

    「え、えっとー」
    「はぐれたのね? いえ、あなたの性格からして、私を見かけたから後先考えず、
     とりあえず私を追いかけてエルリスは置いてきた、というのが正解かしら?」
    「う…」
    「やっぱり図星か」

    急にオロオロし始めたセリスの様子に、命はひとつ息を吐いて。
    ズバリ言い当てた。

    「はぁ、変わってないわね。猪突猛進なのは相変わらずか」
    「う〜…」

    セリスが唸っていると

    「セリス!」
    「やっと見つけました」

    「あ、お姉ちゃんたち!」

    後を追いかけてきたエルリスたちが追いついてきた。

    「1人で勝手に歩き回らないでよ! 本当にはぐれたらどうする気?」
    「ごめんなさい…」

    当然の如く、怒られて。
    シュンとなってしまうセリスである。

    「でもでも、見つけた人には会えたんだよ!」
    「見つけたって…。そういえば、何を、誰を見つけたのよ?」

    「私よ」
    「…え?」

    姉妹の会話に割って入る命。
    エルリスは目をパチクリ。

    「……もしかして………命?」
    「そうよ、当たり」
    「わ〜!」

    正体を確かめると、妹と同様、目を輝かせる。
    そして、命の手を取った。

    「久しぶり! こんなところで会うとは思わなかったわ」
    「私も同じよ。まさか、ここで再会するとはね」
    「ホントそうよね〜。うわー、本当に久しぶり〜」

    取った手を振り回す。
    セリスと同じ反応に、命は苦笑していた。

    「う〜ん、どゆこと?」
    「どうやら、古いご友人に再会されたみたいですね」

    御門兄妹は、完全に置いてきぼり。
    状況から判断するしかない。

    「エルリスさん、セリスさん。紹介していただけると非常に助かるんですが」
    「あ、ごめんなさい」

    「…? そちらは?」

    環がそう声をかけ、命のほうも、初めて見る顔に首を傾げる。

    「お互いにはじめましてよね。えっと、こっちは、私たちの昔の友達、宮瀬命」
    「宮瀬命です」

    エルリスはそう紹介。
    命も軽く頭を下げた。

    一方で、御門兄妹は内心、顔をしかめていた。

    (”宮瀬”……か)
    (おそらくは……そうでしょうね)

    兄妹で目を合わせ、そんなことを確認し合う。
    名前から、同じく東方の出身だということがわかったからだ。

    本名を名乗ると、自分たちの名字から、素性がバレてしまうかもしれない。
    彼らの家は、地元のその道では高名なのだ。

    出来れば、隠しておきたいところなのだが。

    「で、こちらは、私たちの新しいお友達で、師匠でもある…」
    「師匠?」
    「あ、ハンターの師匠よ。私たち、ハンターの資格を取ったの」
    「えへへ、そういうこと〜♪ これが証拠だよ」
    「ふうん…」

    御門兄妹の懸念を知る由もなく、エルリスは紹介を続ける。

    途中で突っ込んだ命に対し、そう説明して。
    セリスは免許証を取り出して見せまでしたので、命は感心したように呟いた。

    「勇磨さんと環さん、すっごく強くて、Aランクにも余裕で合格しちゃったんだ〜」
    「Aランク…」

    さらにセリスから捕捉をされ、命は勇磨たちを見る。

    「御門勇磨です」
    「御門環と申します」

    兄妹は観念したのか、素直に本名を名乗った。
    水色姉妹には明かしているわけだし、今さら隠しても、隠し通せないとの判断だ。

    「ミカド…?」

    案の定、命は、思い当たる節があるという顔をする。
    やはり知っているのかもしれない。

    「あら命。勇磨君たちのこと知ってるの?」
    「いえ、会うのは初めてよ」
    「じゃあ、なんで反応したの?」
    「ええと、ほら。彼らも、私と同じような名前の構成だからさ」
    「ああ」

    エルリスは、名前を聞いて知っているような素振りを命が見せたことから、
    知り合いなのかと思ったようだが、そう言われると、納得したようだった。

    「そういえば、命も、東方の大陸出身なんだっけ」
    「そういうことよ」

    命も頷く。
    が…

    (やっぱり、知っているようだな)
    (ですね。まあ、これほどの腕前ならば、知らないほうがおかしいかもしれません)

    御門兄妹は、アイコンタクトにて、意志を疎通させていた。
    一目でわかるほどの剣の実力者。知らないほうがおかしいかもしれない。

    また、命も

    (ミカドって、あの”御門”よね。なんでこっちの大陸に?)

    2人について、語った以上の知識を持っているようである。

    「お姉ちゃん。せっかくまた会えたんだし、どこかでお話でもしようよ〜」
    「そうね。特に何かがあるわけでもないし」

    観光はどうした、と突っ込みたいところであるが。
    当のセリス自身の発案なので、気にしないことにする。

    「立ち話もなんだから、どこかお店にでも入る?」
    「うん、賛成! 命さんもいいよね?」
    「構わないけど、そちらの2人は?」
    「俺も構わないよ」
    「行きましょうか」

    命も、御門兄妹にも、異存は無いようだ。
    さて、どの店に入ろうか?

    「じゃあ、あのお店に行きましょう」
    「あの?」
    「あそこですよ」

    と、環の提案で、ある店へと向かった。





    中に入ると

    「にゃー」
    「にゃー」
    「にゃー」

    ネコが。

    『いらっしゃいませ、なの』

    喋れない少女が出迎えてくれる店。
    そう。少し前に、エルフのメディアに連れられて訪れた、あの店だ。

    「らっしゃい。お、なんだ。この前の一行じゃないか」
    「こんにちは。お邪魔させていただきますよ」
    「おう。お客様に文句はねえな。さ、座ってくれ」

    マスターにも迎えられて、適当に座る。
    今日もまた、店内はガラガラだった。

    「うちの味の虜になっちまったかい?」
    「そうかもしれませんね」
    「うれしいねぇ。常連客が増えるのは万々歳だぜ」

    人数分の水を差し出して、マスターは豪快に笑う。

    「ちょうどお昼前でもありますし、適当にランチを5人分、お願いします」
    「あいよ。チェチリアー! ランチ5人前!」

    『了解、なの』

    注文を済ませて。

    「命は、元気だった?」
    「まあね」

    水色姉妹と命の話が始まる。
    数年ぶりという再会のようだから、積もる話もあるのだろう。

    「あなたたちこそどうなのよ? ノーフルから出てきてるなんて、何かあったの?」
    「うん、まあね。色々あったわ」

    命からそう尋ねられると、エルリスは苦笑してみせる。
    それだけで命は理解したようだ。

    「…そう。まあ、元気そうで良かった」
    「うん、命も」

    微笑み合う。

    「エルリスさん」

    邪魔をするのもなんだが、このままでは時間がかかる。
    そう判断した環は、思い切って声をかけた。

    「宮瀬さんのこと、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
    「俺たちも会話に参加したいぞ〜」
    「あ、ごめんなさい」

    勇磨も便乗し、エルリスはハッと我に返る。

    「”命”でいいわよ、お二人さん」

    命もこう発言。

    「じゃあ、俺たちのことも名前で」
    「ええ、そうさせてもらうわ」

    お互い、あの水色姉妹が気を許した相手だということで、
    初見ながらも、信用できる人間だと判断した。実にあっさりと決まる。

    「あ、命はね。昔、短い間だったけど、隣に住んでいたことがあって」

    笑顔で説明を始めるエルリス。

    「私たちが気を許していた、数少ない、ううん。当時は唯一のお友達で。
     命はそのときから強かったから、将来のこととか、少し相談に乗ってもらったの。
     剣の稽古をつけてもらったこともあるわ」
    「そういうことか」

    わりと深い交友関係だったようだ。

    「次は、勇磨君と環の紹介ね」

    続いて、エルリスは御門兄妹の紹介を行なう。

    「まだ私たちが旅立つ前、ひょんなことから出会ってね。
     無理やり頼み込んで、セリスともども弟子にしてもらったというわけ」
    「2人ともすごくて、いい人だよ〜」

    セリスも笑顔で言う。

    「2人がいなかったら、今のわたしたちはないよ」
    「ふうん。まあ確かに、勇磨君も環さんも、かなりの腕前みたいね。私でも敵うかどうか」

    命も凄腕の剣士。
    剣を交えずとも、相手の力量はそれなりにわかる。

    「いやいや、そこまで言われると照れるな」

    たはは、と頭を掻く勇磨。
    水色姉妹から笑みを向けられて、環も少し恥ずかしそうにしている。

    「ところでエルリス。あなたたちは、どうして王都に?」
    「ハンター試験を受けにね。そのあとは仕事に行ってきて、ちょうど帰ってきたところだったのよ」
    「へえ」
    「命さんは?」
    「私は…」

    セリスから尋ねられた命。
    思わず言葉に詰まった。

    これは自分1人の問題であり、気軽に話せるものではないことに加えて。
    恥部を晒すようなものだから、話したくないという気持ちもあった。

    「何か、あったの?」

    顔に出てしまったか。
    心配そうに尋ねるエルリス。

    「何か困りごと?」
    「困ってるなら相談してよ。昔、わたしたちの相談に乗ってもらったんだから、
     今度はわたしたちが命さんの相談に乗る番だよ」

    姉妹はそう申し出た。
    その人の良さに呆れつつ。

    「そう、ね…。困ってるといえば、困ってる」

    命は心中を打ち明ける。
    この人たちなら、話しても大丈夫だと、根拠も無しにそう思った。

    「ちょうどいいから、あなたたちに手伝ってもらおうかな」
    「ええ、是非」
    「わたしたちでよければ力になるよ。ねえ、勇磨さん環さん」

    急に振られた勇磨と環は、ここで振られるかと少し戸惑ったが

    「まあ、力になれるのなら」
    「微力ですが、お手伝いしましょう」

    乗りかかった船だ、と了承する。
    こんな展開が多いような気もするが、とりあえず無視である。

    「で、肝心の困ってることって、いったい?」
    「実は…」

    命の独白。

    彼女が持っている刀は『天狼』といい、宮瀬家の家宝なのだという。
    本当はもう1本、『海燕』という共打ち刀があって、それも所持していたそうなのだが。

    ふとした隙を衝かれて、盗まれてしまったんだそうである。

    もちろん、必死の必死に行方を探し回った。
    その結果。

    つい最近であるが、大掛かりな盗賊集団の仕業だということがわかり、
    その盗賊のアジトも突き止めて、取り返しに行こうとしていたところだそうだ。

    かなり大規模な盗賊団だということで、1人で行こうかどうか迷っていたところで、
    水色姉妹と再会。現在に至っているということである。

    「…情けない話なんだけどね」
    「許せないわ、その盗賊団」
    「そうだよ! ひとのものを盗むなんて、言語道断だよ!」

    話を聞いた水色姉妹は憤る。

    「わかった。ぜひお手伝いさせて」
    「いいの? 数が多いし、死ぬかもしれないわよ? それに、報酬だって」
    「ストップ。それ以上は言わないで」
    「うんうん。お友達を助けるのは当然で、お金の問題じゃないよ」
    「エルリス、セリス…」

    それなりの貯えはあるが、依頼の規模に見合っているかといえば、そうも言いがたい。
    あまり多くは用意できないと言おうとしたのだが、先に言われてしまった。

    ジ〜ンと来る。

    「勇磨さんと環さんも、いいよね?」
    「ここでそれを訊くか」
    「そうもいきません、と言いたいのが本心なんですけどね」

    苦笑の御門兄妹だ。
    ここで断っては、見返りを要求しては、完全な悪者。

    「ここのお勘定を持っていただければ、協力しましょう」
    「わかった。お願いするわ」

    随分と安い報酬になってしまったものだ。
    まあ、仕方ないか。

    「Aランクのあなたたちなら安心…って、そうだ。
     エルリスとセリスは、何ランクなの? 試験を受けたって言ってたけど」

    今さらながら、重要なことに気付く命。
    あまり低くては、助っ人どころか、早い話が足手まといだ。

    「勇磨君や環と比べられちゃうと、正直、手も足も出ないんだけど…」
    「それはわかるわよ。師匠なんでしょ?」

    聞きたいのはそういうことではない。
    実際のランクが聞きたかった。

    「あなたたちが持っているランクは?」
    「私もセリスも、その、Cランク」
    「ついこの前、合格したんだよ。ね、お姉ちゃん」

    「Cランク……。しかも上がりたて」

    命は、なんとも言えない表情になって。

    「……大丈夫?」

    と、心配そうに尋ねた。

    「相手は、曲がりなりにも有名な盗賊団よ? 生半可な技じゃ通用しないわ」
    「だ、大丈夫。済ませてきたお仕事も、森に入った野盗団の退治だったの。
     無事にこなしてきたから」

    「無事に……ね」
    「環! 話をややこしくしないで!」
    「はいはい」

    思わず苦虫を噛み潰す環に、エルリスは鋭い突っ込み。
    まあ、セリスの過度な魔法で、永遠の眠りに陥りかけてしまった者が続出したことが、
    『無事』だというのなら、無事は無事なのだが。

    「ははは。まあ、力はあるよ。師匠たる俺たちが保証してあげる」
    「本当に?」
    「まあね」

    笑いながら言われても、説得力は無い。
    命は疑いの眼差しだ。

    「”力”はね。圧倒的に実戦経験が不足していることも、間違いないんだけど」
    「確かに、そこいらの同ランクハンターよりは、遙かに強いでしょう。
     でも、まだどうにも、不安定なところがありましてねえ」

    「勇磨君! 環!」
    「わたしたちのこと認めてるのか、貶してるのか、どっちだよー!」

    「………」

    こんなやり取りを目にした命。

    「…早まったかな」

    と、半ば本気で思ったとか。


引用返信/返信 削除キー/
■268 / inTopicNo.29)  『黒と金と水色と』第12話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/05/07(Sun) 00:06:18)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」A






    王都の南にある町リディスタ。
    一行はそこからさらに南下し、うっそうと茂る森林地帯の中へ。

    「う〜、なんかジメジメしてるところだね」
    「湿地帯みたいな感じなのかしら?」

    しかも、至る所に小川が流れ込んでいて、水色姉妹は億劫そうに言う。
    地面もなんだか水気を含んでいるような感じであり、
    『ジャングル』という表現がピッタリ来るのではなかろうか。

    「シーッ。静かに」

    そんな姉妹に対し、先頭を行く命が、口に手を当てながら、
    小声ながらも怒気を含んで言ってくる。

    「もうヤツラのアジトの程近くなんだから、注意して」
    「ご、ごめん」

    そうだ。
    ここはもう、盗賊団の領域なのだった。

    水色姉妹はハッとして我に返り、謝る。

    「まったく」

    道なき道を行く。
    行く手を阻む背の高い草を掻き分けると…

    「…! 隠れて!」

    命がそう指示。
    草の間からそ〜っと様子を覗き込むと…

    「見張りがいるわ。その向こうに、大きな建物がある」

    王城、とまではいかないが、かなり大きな建物が存在していた。

    こんなところにこのような大きな建物。
    人も寄り付かない森の奥だということで、これまで秘匿されてきたのだろう。
    命も、情報を掴むことが出来たのは僥倖であり、まったくの偶然だった。

    建物の周りを、高さ3メートルほどの塀が取り囲んでいる上に、背後は高い崖という天然の要害。
    唯一の出入り口であろう門にも、武装した見張りが2名、きちっと立っている。

    「ほ〜。これほどとは、なかなか」
    「感心してる場合じゃないでしょ勇磨君」

    独自に動いて、近くの木陰に身を隠しながら確かめた勇磨が、
    感心したようにこう漏らしたので、エルリスは苦言を呈する。

    「命さん。ひとついいですか?」
    「なに?」

    同じく様子を見ながら、環は命に質問。

    「まだ、その盗賊団のことを詳しく聞いていなかったと思いまして」

    ここまでは、すべてが命主導。
    盗まれた刀を取り返しに、ようやく情報を掴んだから乗り込むと、そう聞いただけ。
    アジトの場所も彼女が知っているのみだったので、黙って付いてきただけだった。

    組織の名前とか、概要とか、聞きそびれていたことを思い出す。
    攻め込む前に、大まかにでも知っておいたほうがいい。

    「見た感じ、ただの盗賊団ではないような気がしますが。なんという組織なんですか?」

    森の中に、これだけのものを造れるだけの組織力だ。
    そんじょそこらの盗賊団ではあるまい。

    「……」

    命は、少しだけ、言うか言うまいか迷ってから。

    「『カンダタ団』よ」

    吐き捨てるように、その単語を口にした。

    「カンダタ団…。なるほど」

    確かに”彼ら”ならば、これだけのものも造れるかもしれない。
    環は納得した。

    「知ってるのか?」
    「知っているも何も…」

    相変わらず無知な兄に呆れつつ。
    一応、説明してやる。

    「王国どころか、大陸全体にその名を轟かす、一大盗賊団ですよ。
     窃盗事件の8割以上に関与していると云われ、良くない噂がいっぱいです。
     どうやらここが、彼らの本拠地のようですね」
    「へえ、そうなのか」
    「って、そんな大物が相手だったの!?」
    「エルリス、声…!」
    「あ…」

    驚きのあまり、つい声を荒げてしまったエルリス。
    注意されて慌てて口を塞ぐものの

    「…ん?」
    「今、何か聞こえたか?」

    門を守っている見張りにも聞かれてしまった。

    「人の声だったような…」
    「気になるな。調べてみるか」

    気付かれたか?
    見張りの1人が、こちらに向かって歩いてくる。

    「どっ、どど、どうしようっ!?」
    「落ち着け!」

    水色姉妹はパニックだ。
    なだめるにも一苦労。

    「…やむなし」
    「命さん?」
    「まさか?」

    と、命がこんな発言。
    ひとつ大きく息を吐いて、決意に満ちた表情になった。

    環と勇磨が驚いたように、まさか、切り込むつもりか?

    「………」

    命が取った行動は…

    「にゃ〜ご」

    ネコの鳴き真似。
    けっこう上手だった。

    「…なんだ、ネコか」

    事実、見張りもネコだと思ったようで、早々に引き上げていく。

    「ふぅ。どうなることかと思ったわ」
    「…おつかれ」
    「…意外な特技をお持ちのようで、何よりです」

    冷や汗を拭う命。
    苦笑の御門兄妹。

    まさかこんな手を使うとは思わず。
    しかも、通用してしまうとは思わなかった。

    「ご、ごめんなさい…」

    そして、ひたすら平謝りのエルリス。
    いつもとは逆に、セリスからフォローを入れられる始末だった。

    とりあえず、その騒ぎが収まったところで、作戦会議だ。

    「どうします?」
    「どこかに、忍び込めそうな場所でもあればいいんだけど、あの分じゃ無理そうね」
    「となると、正面突破しかないか」

    自然に、御門兄妹と命の独壇場となる。
    水色姉妹は、さすがに先ほどの失敗で懲りたのか、口に堅くチャックを施しているようで、
    どんなことがあっても声を出さないぞとばかり、手で口を抑えて、目と耳だけで参加だ。

    「そうですね。良い機会ですから、徹底的に叩いてしまいましょうか。どうです兄さん?」
    「そうだな」
    「ちょ、ちょっと。あんまり事を荒立てられても困るわ」
    「大丈夫。兄さんと私とで当たりますから、命さんは刀を取り返すことだけをお考えください」
    「雑魚は俺たちで引き付けるよ。がんばってくれ」
    「わ、わかったわ」

    環の大胆な意見に、命は肝を冷やした。

    刀を取り返せればそれでいいのに、そこまでやる気など無いのに。
    環ばかりか、勇磨もその気らしい。

    命は大丈夫なのかと思いつつも、同意するしかなかった。

    「カンダタ団が潰れれば、世の中はもっと良くなります」
    「そこんところはよくわからんが、まあ、悪いことやってるヤツラを、みすみす逃すわけにはいかん」
    「……」

    つくづく、豪気な兄妹だと思う。
    まだ出会って間もなく、彼らの実力のほども正確にはわからない。
    が、命も剣士、ハンターの端くれ。

    他人の実力も、ある程度はわかるつもりだ。
    強気な言葉と、静かな表情の裏に秘められた、確かな自信を感じ取る。

    「確かに、カンダタ団が消えるに越したことは無いわね。お願いするわ」
    「ええ。コレはほとんどタダ働きですからね。その腹いせに暴れてやりますよ」
    「そ、そう」

    気を取り直し、改めて頼んでみるが。
    八つ当たりで潰されてしまうカンダタ団に、少し同情したくなった。

    「エルリスとセリスは、私と一緒に来て。援護を頼むわ」
    「「(コクコク)」」

    無言で頷く水色姉妹。
    そこまで徹底しなくても。

    「じゃ、行こうか」
    「まず私たちが正面に出て、彼らを引き付けます。命さんたちはその隙に、中へ入り込んでください」
    「わかった」

    「では、3、2、1…」
    「ゴー!」

    茂みから飛び出る御門兄妹。
    その間に、命ら3人は、左手のほうへと移動を始める。

    「うおっ!?」
    「なっ、何者――げはぁっ!」

    しかし、移動することも無かったようだ。

    「なんだ、てんで弱いでやんの」
    「準備運動にもなりませんでしたね」

    見張りの2人を、勇磨と環が一瞬でノしてしまったからだ。
    応援を呼ぶ時間すら与えなかった。

    「参ったわね、これほどとは」

    命はいい意味で驚きつつ、水色姉妹を引き連れて、彼らのもとへと向かう。

    不意を衝いたとはいえども、まったく無駄の無い、すばらしい飛び出し、動きだった。
    しかも、彼らの真価は、まだまだこんなものではあるまい。

    恐ろしさすら覚えつつ、歩み寄る。

    「ご苦労様」
    「いや。それよりも、気付かれる前にさっさと行こう」
    「そうね」

    慎重に様子を窺いつつ、門をくぐって敷地の中へ。
    広い庭が見渡せるが、見える範囲に盗賊の姿は無かった。

    「なんだか拍子抜けね」

    そんなことを口に出来る余裕すらある。
    苦労も何も無く、建物の入口へと辿り着いた。

    「ここで大声を出して、ヤツラを引き付けることも出来るが、どうする?」
    「やめておきましょう」

    建物内へ入る前に、勇磨がこんな提案をするが、首を振る環。

    「わざわざ誘き寄せずとも、そのうち寄ってきますよ。
     それに、最優先は、命さんが刀を取り戻すことですから」
    「そうか、そうだな」

    自分たちは、カンダタ団を潰すと宣言したが、闇雲にやってもしょうがない。
    命には大目標があるわけで、とりあえずは、余計なアクションは起こさないでおこう。

    「よし。じゃあ突入」
    「あ、兄さん。慎重に――」

    第一歩を踏み出した勇磨。
    環が忠告をするものの、勇磨は既に、一歩目を建物内に踏み入れていた。

    刹那。

    ガッコンッ!

    「――え?」

    大きな音を立てて、一歩目を着地させるはずの床が、ぱっくりと大穴を開けたのだ。
    当然、そんなことが起きるとは思っていないわけで。

    「おわあっ!?」

    目標物を失った足は、重力に従い、下へと落ちていく。
    脚部に連れて、身体も前のめりに倒れていき、穴へと飲み込まれていく。

    「くっ――!」

    急いで何かに掴まらなければ!
    咄嗟にそう思った勇磨。身体を捻り、後ろにいた誰かの手を掴む。

    「…え?」
    「あ」

    だがしかし。

    掴んだ手は、思いのほか、華奢な手で。
    彼女の表情は、驚きに染まっていて。

    環か、少なくとも命だったのなら、最悪の事態は回避できただろうか。

    とにかく、現実に勇磨が手を掴んだ相手には、無理なことで。

    「きゃぁぁああああ〜〜〜〜!!!」
    「いきなり落とし穴とはぁぁあ〜〜〜!!!」

    2人揃って、闇の中へと消えていった。


引用返信/返信 削除キー/
■270 / inTopicNo.30)   『黒と金と水色と』第12話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/05/14(Sun) 00:18:11)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」B






    勇磨とエルリスが落ちていった穴は、そのまま開いている。
    残される結果になった3人、しばし、呆然として。

    「たっ、大変――もがっ!」
    「落ち着きなさい」

    真っ先に声を上げたのがセリス。
    だが、すぐに環によって口を塞がれた。

    「分断される結果になった以上、下手に騒ぎ立てて、賊に集まってこられるのは下策です」
    「確かに」

    命も頷く。
    こうなった以上は、極秘裏に行動したほうがよい。

    「な、なんで2人ともそんなに冷静なの?」

    とりあえず、一時の興奮状態は抜け出したセリス。
    口を離してもらうと、オロオロしながら言う。

    「お姉ちゃんと勇磨さん、落っこちちゃったんだよ?」
    「まあ、大丈夫でしょう」
    「へっ?」

    環からの返答に、セリスはマヌケ面を晒した。
    はぐれてしまったというのに、何が大丈夫だというのだろう?

    「これが、エルリスさん1人だった場合や、あなたがた姉妹2人だけ、とかだったら、
     私も慌てたでしょうけどね。兄さんが一緒ですし、問題は無いです」
    「え、えと…」
    「ああ、問題が無いわけじゃないですね。あれほど慎重にと言ったのに、兄さんは…。
     いきなりトラップに引っかかるとは、なんと情けない」
    「そ、そういう問題でもないと思うんだけど…」

    たらり、と冷や汗を流すセリス。
    論点がずれていると思うのは自分だけなんだろうか?

    「大丈夫よ」
    「命さん…」

    続けて、命からもこんなことを言われる。

    「エルリスの、ましてや勇磨君の実力は、私よりもあなたのほうがよくわかってるでしょ?
     私たちからはぐれたからって、たかが盗賊相手に、破滅的な状況になると思う?」
    「それは……勇磨さんと一緒なら、大丈夫だとは思うけど…」
    「なら、信頼しなさい。彼らは彼らで、出来ることをするでしょうし。
     私たちも、私たちに出来ることを全力で遂行するのみよ」
    「……わかったよ」

    ようやく、セリスも納得して頷いた。

    「さて、これからどうするか、ですが」
    「この穴を飛び越えるのは、ちょっと無理そうね」

    開いたままの穴を見る。

    向こう側までは、少なく見積もって5メートルくらいはありそうだ。
    不可能な距離でもないが、一か八かのギャンブルに出るには、少し危険すぎる。

    「仕方ないわ。ここから侵入するのは諦めて、別の入口を探しましょ」
    「そうだね、それしかないか」

    命とセリスは話し合ってそう決め、踵を返す。
    が、環はそのまま動こうとしない。

    「環?」
    「環さん?」

    声をかけられた環は…

    「お二人は、別の入口を探してください」
    「え?」

    そう言い残すと

    「はっ!」

    軽く助走をつけ、止める間もなくジャンプ。
    ものの見事に穴を飛び越え、着地も綺麗に決める。

    「……うそ」
    「す、すごい…」

    茫然自失の命とセリス。
    まさか、飛び越えてしまうとは。

    「ものすごい跳躍力…」
    「環さんって、実は走り幅跳びの選手だとか?」
    「そんなことはありませんが」

    驚いている2人を尻目に、当の環は、当たり前だとでも言わんばかりの冷静な表情で、
    乱れてしまった髪の毛を直している。

    「私はこのまま進み、可能ならば兄さんたちとの合流を目指します。
     あなたたちは、別の入口から侵入して、目的を達してください」
    「え、ちょ…」
    「ではそういうことで」

    再び止める間もなかった。
    環はそう言い残すと、小走りに奥のほうへ駆けていってしまう。

    「ふぅ、まったくもう」
    「環さん、1人で大丈夫かな…」
    「彼女の力は知ってるんでしょ? 心配するだけ無駄よ」

    命は、環を心配しているセリスに、呆れながら言葉をかけつつ。
    他人の心配をしている余裕など無いと思う。

    (絶対、取り戻すんだから…)

    危険を冒してまで、盗賊のアジトに乗り込んだ目的。
    それを達成しなければ、まったくの無意味なのだ。

    「行くわよセリス。別の場所を探さなきゃ」
    「あ、うん。お姉ちゃん、勇磨さんも環さんも、無事でいてね」

    2人もその場を後にし、内部へ侵入できる別の入口を探しに向かった。





    ぴちょっ

    「冷てっ」

    顔に落ちてきた冷たい感触に、勇磨は意識を取り戻す。

    「ここは…」

    目を開けてみても、閉じている状態と変わらなかった。
    つまり、まったくの暗闇。明かりひとつ見えない。

    (どうやら、かなりの地下みたいだな)

    上を見上げてみるが、落ちてきた穴が確認できない。
    相当の距離を落とされたか、穴がカーブ状だったのか、あるいは、すでに塞がってしまったのか。

    (そういえば、誰かを巻き込んじゃったような…)

    落ちる直前、誰かの手を掴んだ覚えがある。
    自分がここにいるとなると、不幸なことに、一緒に落ちてしまったと考えるのが妥当だろう。

    (確か、水色の髪だったから……エルリスかセリスになるな)

    ちらっと見えたのは、水色の髪の毛だった。
    姉妹のどちらだったかは、一瞬だったので判別できない。

    周りを見るが、もちろん真っ暗なので、姿は見えない。

    「エルリス! セリス! いたら返事をしてくれ!」

    「……こ、こっち」

    「その声はエルリスか!」

    大声で叫ぶと、反応があった。
    勇磨から見て右前方から。この声質はエルリスのもの。

    「無事か? 怪我は?」
    「今のところは平気みたい…」

    慎重に歩み寄りながら声をかける。

    「そうか良かった。すまん、巻き込んでしまった」
    「本当よ…」
    「申し訳ない」

    エルリスを巻き込んでしまったのは、完全に勇磨の責任である。
    平謝りだ。

    エルリスは拗ねたような、怒ったような声である。

    「えっと、このへんにいる?」

    とりあえず離れているのはまずいと思い、ゆっくり近づいてきたのだが。
    とにかく暗黒の世界なので、勘と声、気配から位置を探るしかない。

    「エルリス?」
    「あ、だいぶ近いわ。もう少しだと思う」
    「こっち?」

    手を伸ばす勇磨。
    すると…

    ふにっ

    「……ふに?」
    「きゃあっ!」

    柔らかい感触を感じるのと同時に、悲鳴が上がった。

    「ど、どこを触ってるの!」
    「うわわっ、ご、ごめん申し訳ない!」
    「エッチ!」
    「そんなつもりじゃないってば! 何も見えないから……と、とにかくごめん!」

    ちょっとした混乱。
    だが、お互いに相手の位置を知ることは出来た。

    「……ここはどこかしら?」
    「わからない」

    落ち着くと、エルリスが不安そうに漏らす。

    「アジトの地下だ、ということは間違いないけど」
    「なんにせよ、早く脱出しなきゃ。命たちのことも心配だわ」
    「ああ」

    取るべき行動はひとつ。
    ひとつ、なのだが…

    「でも、こう暗くちゃね」
    「ええ…」

    この真っ暗闇では、迂闊な行動は許されない。
    どこに何があるのかわからないし、再びトラップに引っかかると致命的だ。

    「そうだ。明かりを灯す魔法ってのがあるんだろ? 出来ない?」
    「…ごめんなさい」
    「そっか。いや、謝らなくてもいいからさ」

    名案を思いついた、思い出したと思ったのだが、実行不可能だった。
    エルリスが本当にすまなそうに謝るので、思わずフォローを入れてしまう。

    彼女が、「氷魔法以外はダメ」と言っていたことを思い出し、軽く後悔する。

    「う〜ん、どうしたものか」

    脱出するにも、構造を把握できなければどうしようもない。
    まず第一に、この暗闇を打破するための作戦を練らなければ。

    (手が無いわけじゃないんだけど…)

    チラリと、エルリスを窺う勇磨。
    いや、見えないのだが、エルリスがいるであろう方向に視線を送る。

    (”アレ”を見られるのは、ちょっとな…)

    その策を実行すると、エルリスに、自身の重大な秘密を知られてしまうことになる。
    まだ誰にも告げていない、家族以外は誰も知らない、自分たちの秘密。

    しかし…

    (どうしたものか…)

    自分1人だけならば、まだどうにでもなる範囲ではあるのだが。
    今はエルリスが一緒なのだ。脱出も、エルリスと一緒でなくてはならない。

    となると、考えられる手立ては、”それ”しかなかった。

    「…勇磨君?」
    「え?」
    「急に黙っちゃって、どうしたの?」
    「ああ、いや、なんでもないよ。どうしたら助かるか、考えてただけ」
    「そう」

    不意にエルリスから声。

    「ごめんなさい。私は、力になれそうもないわ」

    悲しそうに、悔しそうに。
    エルリスは謝るのだ。

    「ごめんなさい…」
    「エルリス…」

    これに、心を打たれた勇磨は。

    (背に腹は代えられない)

    決意を固めた。

    もともと、エルリスを巻き込んでしまったのは自分のせいなのに。
    彼女が謝る必要など、微塵も無いというのに。

    助けるのは自分の責務。
    何があっても助けなくてはならない。

    手段を選んでいる場合ではなかったのだ。

    「エルリス、立てる?」
    「え? え、ええ。立てると思うけど……どうして?」
    「少し、俺から離れていてくれ。ちょっと衝撃があるから」
    「ど、どういうこと? 何をするつもりなの?」
    「もちろん、脱出するための手段だよ」

    慌てるエルリスに、そう言い切って。
    見えないだろうが、笑顔を向けた。

    「…わかったわ」
    「信じてくれる?」
    「当然でしょ? あなたは私たちのお師匠様で、お友達なんだから」
    「ありがとう」

    頷くエルリス。

    問われるまでもない。
    むしろ、訊かれるほうが心外なのだ。

    立ち上がろうとしたのだが

    「…痛ッ!」
    「エルリス?」

    右足に体重をかけた途端、鋭い痛みに襲われる。
    思わずうずくまってしまうほどの激痛だった。

    「まさか怪我を? 足か?」
    「ええ、足首…。残念だけど、ちょっと立つのは無理みたい…」
    「重ね重ね、ごめん、俺のせいで」
    「もういいわ。それより、どうするの?」

    落ちた拍子に捻ったか、骨にまで達した怪我なのか。
    今の今まで気付かなかったが、かなりの重傷であることは間違いない。

    気付いた途端、ズキズキと痛みが襲ってきた。
    耐えられないというほどでもないが、辛いものは辛い。
    思わず顔をしかめる。

    いずれにせよ、立ち上がるのは無理。
    言われたとおりに、勇磨から離れるのも不可能だ。

    「…しょうがない。失礼するよ」
    「え? あっ…」

    と、急に身体を持ち上げられる感覚。

    「怪我をしていることもあるし、下手に距離を取るよりも、密着してたほうが安全だから。
     緊急事態ってことで許して。ね?」
    「え、ええ…」

    エルリスは返事こそ返したものの、脳内はパニック状態だ。

    (こ、これ……これって……)

    おそらくは勇磨の手の感触だろう。
    それが、背中と、膝の裏に感じられる。

    (抱っこされてるの、私…)

    いわゆる、”お姫様抱っこ”の格好だ。
    少なからず憧れはあるものの、実際にやられてみると、死ぬほど恥ずかしかった。

    「じゃあ、やるよ。最初は目を閉じてもらったほうがいいかもしれない」
    「…え? な、なんで?」
    「近いし、ちょっと刺激が強いかもしれないからさ」
    「………」

    疑問に思わないことも無かったが、エルリスは素直に目を閉じた。

    「では……。はぁぁ…っ!」
    「……」

    見えなくても、感じることは出来る。
    だからわかる。

    (勇磨君、力を入れ始めてる…)

    集中し、力を込めている。
    なんのために力を必要とするのか、まったくわからないが、不思議と恐怖心は無かった。

    (私は、勇磨君を信じるしかないもの…)

    むしろ、全幅の信頼感でいっぱいで。
    安心して目を閉じていられた。

    「……はあっ!!」

    「…!」

    瞬間、全身が、熱い何かに貫かれるような感じがして。
    それは、すぐに優しい温かさに変わって。

    (これは……なに? すごくやさしい、あたたかい……。
     これが勇磨君の力? 勇磨君の心?)

    なまじ密着しているだけに、よくわかった。
    今、自分を包み込んでいるものこそ、勇磨の力の根源なのだと。

    「もういいよ」
    「……」

    夢心地でいると、勇磨から声が降ってきた。
    エルリスはゆっくりと目を開いていく。

    キラッ

    「……え? まぶし…」

    真っ先に飛び込んできたのは、黄金色に輝く眩いばかりの光。
    暗闇に馴染んだ目には眩しすぎて、いったん目を閉じ、もう1度、ゆっくりと開く。

    「……金色だ」

    見間違いではなかった。
    周囲を、黄金の光が取り囲んでいる。

    段々と目が慣れていくに連れて、他のものも見えるようになってきた。

    「大丈夫?」
    「ええ。……え?」

    勇磨の顔も見える。
    だが、エルリスは、今度ばかりは自分の目を疑った。

    なぜなら…

    「勇磨……君?」
    「うん」
    「あなた……髪の色………目、も……」
    「うん」

    髪の毛も、瞳の色も、漆黒だったはずの勇磨が。

    「きん、いろ…」
    「うん」

    周囲の光と同じ、黄金に輝いていたのだから。


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■277 / inTopicNo.31)   『黒と金と水色と』第12話C
□投稿者/ 昭和 -(2006/05/28(Sun) 00:18:32)
    2006/05/28(Sun) 00:20:01 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」C






    命たちと別れた環。
    周囲に気を配りながら、あるものを探していく。

    「地階への階段は、どこに…」

    落とし穴があるということは、地下構造があるということ。
    勇磨たちと合流するには、まず、下り階段を見つけねばならない。

    「無いはずは無いと思うのですが」

    小声でブツブツと呟きつつ、調べて回る。
    大陸にその名を轟かす盗賊団にしては、静けさが漂っている内部。

    勇磨たちの安否に関しては、まったく心配していない。
    命たちへ語ったとおり、兄への信頼は決して揺るがない。

    それは多少は、呆気なくトラップに引っかかってしまったことに対して、
    そういう意味では、何があっても揺ぎ無いはずの信頼感が、
    多少なりとも、ぐらっと来てしまったことは確かなのだが。

    まあ、過ぎたることを気にしてもしょうがない。
    気を取り直し、歩を進める。

    「…!」

    瞬間、環は何かに気付いて、反射的に角へと身を隠した。

    (……人の話し声)

    かすかにではあるが、どこからか、人が話している声が聞こえてくる。
    注意深く聞き耳を立ててみると

    (…こちらからですか)

    どうやら、向かって右の壁の向こう側が音源らしい。
    ふと見てみると、少し先に、部屋の入口らしき扉があった。

    (さて…)

    どうするか。
    無視してこのまま探索を続けるか、もしくは、割って入って賊を捕え、口を割らせるのがいいか。

    いずれにせよ、この建物内部の構造はまったくわからないわけで。
    組織ごと潰す、と宣言してしまった手前、放置するのも気が引けた。

    (突入して、ひっ捕える)

    決定。
    あわよくば、脅迫して、案内役に立てるといったことも出来るかもしれない。

    環は、気配を殺しながら、ゆっくりと扉の横まで移動する。

    (ひい、ふう、みい………5人いますね。なんてことはない)

    内部の様子を探って、正確に、中にいる人数を把握。
    タイミングを見計らい…

    ガチャ…

    ドアを開け、突入。

    「…ん?」
    「誰だ?」

    当然、中にいた連中はドアが開いたことに気付くが、視線が向けられたときには、
    すでに環の姿は、ドア近辺には無かった。

    「なんだ、誰もいないぞ」
    「ひとりでに開いた?」
    「風の仕業か?」
    「今日、そんなに風強かったっけ?」

    のんきに話している盗賊たち。
    もちろん、その間にも、環は行動中である。

    音も無く、ある男の後ろに姿を現すと

    「――っ」

    首筋に手刀を一閃。
    声すら出せず、瞬く間に崩れ落ちる男。まずは1人。

    「が」
    「ぐっ」
    「うっ」

    続けて3人を料理。
    残った1人にまったく気付かれない早業、そして見事な手際である。

    「…あ? なに倒れてるんだおまえら?」

    ようやく、最後に残った男が気付く。
    手遅れなのは明白だった。

    「何が――」
    「静かに」
    「………」

    男の声は、途中で不自然に止まった。
    背後から喉元へ、冷たい、光る何かが添えられているからだ。

    「こちらの要求に従っていただければ、殺しはしません」
    「…っ…っ」

    大げさなくらいに、コクコクと頷いて見せる男。

    「いくつか質問をします。正直に、訊かれたことだけに答えなさい。
     余計な発言をしたり、誠意が見られないと判断した場合は、死んでいただきます」
    「っ…っ…」

    再び、男は何度も首肯した。
    まずはひとつめの質問。

    「この建物には、地下のフロアがありますね?」
    「(ぶんぶん)」

    男は首を振る。

    「そんなはずはないでしょう。落とし穴がありました。
     地下には、何かしらの構造があるんでしょう?」
    「(ぶんぶん!)」

    引き続き、首を振る男。
    環は、眉間にしわを寄せた。

    「…いいでしょう。発言を許可します。説明しなさい」
    「ほっ、本当に知らねえんだよ!」
    「死にたいようですね? 『静かに』と、そう申し渡したはずですが」
    「………」

    真っ青になって震え上がる男。
    背後から漂ってきた殺気が、ウソではないと本能的に悟ったからだ。

    「知らない? どういうことですか?」
    「だから、知らないんだよ…」

    すっかり怯えてしまった男は、蚊の鳴くような声で答えた。

    「落とし穴があるのは知ってるが、どこに繋がってるとか、そういうのは一切…。
     だいたい、そういうのはアジトの最高機密だ。オレらのような下っ端が、知ってるわけが」
    「そうですか」

    表情にこそ出さないが、人選を誤った、と悔やむ環。

    「では、地下への階段などがある場所も、知らないというわけですか?」
    「上り階段ならあるが、下りは知らねえ…。少なくとも、オレは見たことも無いし、
     使ったことも無い。そんな地下構造自体、無いんじゃないか…」
    「あなたが許された発言は、イエスかノーか、ただそれだけです。余計な考察はいりません」
    「ひぃぃ…」

    男は、腰が砕ける寸前だ。
    プルプルと震え、立っているだけで精一杯。

    「地下への階段、あるんですか、無いんですか?」
    「な……無い……」

    この状況で、ウソをつききれるだけの度胸を、この男が持っているとは思えず。

    (困りましたね…)

    勇磨たちを追う手がかり、失われてしまった。
    ひとつ息を吐き、最後の質問をする。

    「では、これで最後です。首領のカンダタは、現在、ここにいますか?」
    「い、いえす…。最上階の自分の部屋に居るはずだ…」
    「そうですか。ご苦労様でした」
    「へぐっ…」

    聞くだけ聞いて、他の連中と同じように、手刀で意識を失わせる。
    他の4人ともども、ちょうど置いてあったロープで拘束し、助けを呼べないよう、
    あらかじめ用意してきたタオルで口を塞ぐ。

    「あまり収穫はありませんでしたね」

    彼らを残し、部屋を後にする環。

    「まあ、カンダタの存在を確認できただけでも良しとしますか。
     兄さんたちの件は、どうしましょうかね…」

    やれやれと息を吐き、今度は、先ほど別れた彼女たちとの合流を目指して、
    行動を再開するのだった。





    地下、某所。

    ブゥゥウン…

    「……金色の髪、金色の瞳」

    黄金の輝きに包まれながら。
    エルリスは呆然と呟いていた。

    「そして………金色の光」
    「うん」

    呆然となっている理由の相手。
    輝きの根源たる勇磨は、ただやさしげな表情で頷くのみ。

    「いったい……? あなた、勇磨君は、黒い髪で、黒い目で……」

    突然の変化に、まだ、思考が追いついていかない。

    「勇磨君……なのよね?」
    「うん」

    続けて、勇磨は頷く。
    別人だということではないようだ。

    確かに、髪と瞳の色が変化しただけで、勇磨本人に間違いは無い。

    「へえ、こんなふうになってたのか」

    その勇磨。
    不意にエルリスから視線を外すと、周りを見回しながらそう言った。

    「洞窟みたいだね」
    「え、ええ……そうね」

    人工的な空間ではない。
    自然に形成された洞窟。

    「参ったな。天然の地形を利用した落とし穴だったのか。
     となると、上へ戻るのはほぼ不可能か。うへえ」
    「……」

    勇磨に抱き上げられたままのエルリス。

    変わっていない。容姿が変化する前と、勇磨はまったく変わってない。
    どことなく能天気な感じのする声もそのままだ。

    しかし。
    この急な変化の訪れは何なのか、どうしても知りたかった。

    「勇磨君…」
    「ああ、ごめん。そうだね」

    促すような声と、視線を送ってみる。
    それを受けた勇磨は、エルリスの求めに応じた。

    「見られた以上は、きちんと説明するべきだね」
    「……」

    ここで、エルリスは”あること”を思い出す。

    「この前、メディアさんがこんなことを言ってたわ。
     私たちに声をかけてきた理由は、自分たちに”近かった”からだって」
    「言ってたね」
    「私とセリスだけじゃなくて、”4人とも”そうだったからだって。
     勇磨君と環にも、近いものを感じたって」
    「………」

    なんとなく、勇磨もエルリスの言いたいことを察した。

    「私とセリスは、異質な魔力を持ってるから、その通りだと思ったけど…。
     あなたと環さんもそうなの? この変化は、それに起因するものなの?
     あなたたちは、純粋な、普通の人間じゃ……ないの?」

    「早い話がそういうこと」
    「……え?」

    あまりにあっさりな返答だった。
    理解するのに時間がかかってしまうくらい、ストレートな答えだった。

    「妖狐、って知ってる?」
    「ヨウコ…?」

    逆に尋ねられ、戸惑う頭で考えてみるが、心当たりは無い。
    察した勇磨が続けてくれた。

    「俺たちの生まれたところでは、妖怪っていう、まあ、魔物と同じようなものかな?
     そういう存在がいてね。妖狐っていうのは、狐の妖怪、狐のバケモノのこと」
    「きつねの……バケモノ…」
    「俺たちの母親が、その妖狐なんだ」
    「え……」

    衝撃を受けるのは何度目だろう。
    もう何回目かの驚きで、エルリスは支配されていた。

    「だから、俺も環も、こんな力を使える。”あやかしの力”をね。
     だから、俺も環も、半分は人間じゃないんだ。半分は妖狐の血が流れてる」
    「……」
    「メディアはきっと、そのことを見抜いてたんだろうね。
     君たちと同じ理由で、ずっと隠してきたんだけど。ごめん、隠してて」
    「……そう」

    エルリスはかろうじて、絞り出すようにして声を出した。
    衝撃を受けすぎて、声を出すどころか、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

    「まあ、そういうことで」
    「……」
    「恐くなったかな、俺たちのことが?」
    「え?」

    だが、改めて尋ねられたことには、すぐに対応できた。

    「こんな力があるし、魔物と同類だと知っちゃったら、コレまでと同じというわけにもいかないだろう?
     まあ、無理もないとは思うけど…」

    なにやら勇磨は勘違いしている。
    自分の反応を誤解している。

    全然そんなことは無いと、伝えてあげなければ。

    (…そうよ。そういう意味では私たちも同じだし、何より……)

    迷い、戸惑いは、ウソのように飛んでいった。

    「…ごめん。この仕事が終わったら、君たちの前からすぐに――うぷっ!?」
    「なに言ってるのよ」

    手を伸ばし、勇磨の口を塞ぐエルリス。
    表情は、笑顔だった。

    「エ、エルリス?」
    「そんなこと言ったら、私たちはどうなるのよ。セリスなんて、とても人前になんか出られないわ」
    「そ、そうだけど」
    「それに、”勇磨君”は”勇磨君”でしょ? 流れてる血なんか関係ない」
    「………」

    今度は、勇磨が呆然とする番。
    目を丸くしてエルリスの言葉を聞く。

    「もちろん、環も環。私たちのお師匠様で、最高のお友達。異論はある?」
    「ありません」
    「よろしい。ダメな姉妹だけど、引き続き、よろしくお願いするわね」
    「…ありがとう」

    心の底から驚いたような、ホッとするような顔で、礼を述べた勇磨。

    彼ら兄妹が、どのような生い立ちを持っているのか、過去に何があったのか。
    どういった経緯で故郷を離れ、この大陸にやってきたのか、エルリスにはわからないが…

    (そう。勇磨君は勇磨君、環は環。それでいいじゃない♪)

    それだけは、確かだ。


引用返信/返信 削除キー/
■283 / inTopicNo.32)   『黒と金と水色と』第12話D
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/10(Sat) 19:24:41)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」D






    命とセリスは、どうしていたか。

    「う〜ん」
    「見つからないね」

    他の出入り口を探して、建物周りを巡っているのだが。
    2人の呟きからわかるように、成果は芳しくなかった。

    考えてみれば、このようなアジトで、侵入路をいくつも用意しておくのは愚の骨頂だ。
    抜け穴的な通路はあるかもしれないが、表立った場所に、2つも3つも入口は無いか。

    「参ったわね…」
    「あっ、命さん」

    命がため息をついたとき、セリスが声を上げる。

    「何か見つけた?」
    「うん。ほら、あそこ」
    「あれは…」

    セリスが指し示した先を見上げる命。

    4メートルほどの高さに、人が通れるくらいの窓があった。
    しかも、上手い具合に開いている。

    「…あそこからなら入れるか」
    「でも、ちょっと届かないね」
    「足場になるようなものも無し…か」

    だがもちろん、2人の身長では手は届かないし。
    足場に出来るような場所も無し。
    登るにしても、何も無い垂直な壁を登るのは、現状では困難である。

    「どうしよう命さん?」
    「う〜ん…。ここをこのまま捨てるのは惜しいわね。他に見つかりそうも無いし…」

    ざっと見てきた感じでは、他の正規の入口というのはありそうもなかった。
    侵入してから時間が経っていることもあるし、これを逃すと、内部へ侵入できるチャンスをも
    逸してしまうことになりかねない。

    「よし。じゃあこうしましょ」
    「ほえ?」





    同時刻。
    アジトの入口の門。

    「は〜、かったるかった」
    「まあそう言うな。これで交替だからよ」

    見回りに出ていたのだろうか。
    2人の盗賊が、アジトへと戻ってきた。

    が、異変に気付く。

    「…ん? 見張りがいねえぞ」
    「何やってんだよもう。1人は必ず立ってろって言われてるじゃねえか。
     あーあー、また親分に怒られる」
    「ったく、勘弁しろよ」

    門を守っていなければならない見張りが、どこを見ても見当たらない。
    2人は愚痴を零しながら中へと入り、すぐ脇にある下っ端用の宿舎へと入っていった。

    そして、驚くことになる。

    「「んーっんーっ!!」」

    「「…!」」

    そこには、縄で拘束され、口を布で塞がれた仲間がいたのだから。
    無論、最初に御門兄妹に倒され、気を失っている間に縛られ、運ばれた結果である。

    「な、なんだ、どうした!?」
    「くっ、侵入者か!」

    侵入、気付かれる。





    場面は戻って、開いた窓の下の命とセリス。

    「よし。いつでもいいわよ」

    壁を背に立っている命。
    離れた位置にいるセリスへ、準備完了だと告げる。

    「…本当に大丈夫? 潰れたりしない?」
    「疑り深いわね。大丈夫よ、来なさい」
    「う、うん」

    当のセリスは、なにやら不安がっている模様。
    それでも、頷いて。

    「じゃあ、いくよ!」

    命に向かって突進を始めた。
    2人は何をするつもりなのだろうか。

    「…!」

    命は、グッと腰を落とし、全身に力を入れて。
    腹の前で両手を組み、セリスが来るのを待ち受ける。

    セリスは、瞬く間に命に迫る。

    「それっ!」

    目前まで迫ったとき、セリスは力いっぱい踏み切ってジャンプ!
    本当に、命へ突進する気なのか?

    もちろん違う。

    「はああああっ!!」

    命は踏み切って飛び上がってきたセリスの足を、組んだ両手で受け止め。
    全身全霊の力を込めて、上へと跳ね上げる。

    「セリスッ!」
    「任せて! とりゃあっ!」

    セリスも、再度、命の手を踏み台にしてジャンプ。
    手を伸ばし、窓へと…

    「ふぎぎぎぎっ…!」

    しがみつき、踏ん張って、なんとか身体を持ち上げて。
    窓を突破することに成功した。

    「命さーん。上手くいったよ〜♪」
    「ふぅ」

    上半身だけを外に出して、セリスは満面の笑みで手を振って見せる。
    安堵の息を吐く命。

    「次は私の番ね。セリス。しっかり掴まえてよ」
    「おっけ♪」

    彼女たちの作戦はこうだ。

    まずは命が土台となって、セリスを窓へと跳ね上げる。
    残った命は、最大限のジャンプをして、壁に足を着くのと同時にもう1回、壁を蹴る。
    高さが限界にまで達したところで、伸ばした手をセリスが掴み、引き上げる。

    「よし…」

    命が助走に入ろうとした瞬間。

    「…! いたぞ!」
    「侵入者だ!」

    「!」

    向こうから叫び声。
    見れば、盗賊たちがわんさと湧いて出てくるところだった。

    「まずい、見つかった」
    「命さん、早くっ!」
    「わかってるわよ!」

    こっちへ来られる前に、窓へと滑り込まなくては。
    猛然と走り出す命。

    「せえっ!」

    壁に向かってジャンプ。
    ついた右足で、今度は、自身の身体を垂直に跳ね上げる。

    「命さん!」
    「セリス!」

    両者、可能な限り手を伸ばす。

    「「…あ」」

    しかし、命が伸ばした手を、セリスの右手が空振り。
    思わず固まりかける2人。

    「なんの!」
    「…!」

    ところが、間一髪。
    セリスの左手は、命の手をキャッチしていた。

    「よいしょーっ!!」

    そして全力で命を引き上げる。
    無事に、命も窓からの侵入に成功した。

    「くっ、逃げられた!」
    「回り込め! あっちだ!」
    「親分にも報告しろ!」

    一方で、取り逃がすことになった盗賊たち。
    わめき散らしながら、どこぞへと走っていく。

    「はあ、はあ…」
    「はふ〜」

    建物の中へと入った命とセリスは。
    とりあえずの危機脱出に、壁を背にしてへたり込んでいた。

    「は〜、スリルあったねー。どうなることかと思ったよ〜」
    「それ、私のセリフ…」

    あっけらかんと言ってのけるセリスに、命は脱力するしかない。
    空振られたときは、本当にどうなることかと思ったのだ。

    「…って、こんなことをしている場合じゃないわ」

    気を取り直し、命はすっくと立ち上がった。

    「見つかっちゃったし、手早く仕事しないと」
    「うん」

    セリスも立ち上がる。
    2人とも、表情は真剣そのものだ。

    「いちいち探している余裕なんて無くなったから、一気に頭を狙うわよ。
     カンダタを捜し出して倒して、『海燕』の在り処を吐き出させてやる!」
    「うん!」

    2人は、カンダタの居場所を求めて、駆け出していった。





    同時刻。
    地下洞窟内。

    「さて、エルリス」
    「ええ」

    落とし穴に引っかかった勇磨とエルリス。
    これから脱出開始だ。

    「右手と左手、出口はどっちだと思う?」
    「う〜ん…」

    洞窟なのだから、どちらかに行けば、表に出られると思う。
    まさか、土中の閉塞した空間だということはありえまい。

    「なんとも判断がつかないわね…」

    勇磨に抱き上げられたまま、エルリスはう〜むと唸っている。

    秘密を打ち明けてもらったことで、なにやら吹っ切れてしまった彼女。
    黄金化している勇磨にもすっかり慣れて、抱かれている状況も気にならないご様子。

    むしろ、心地よいと感じ始めていたりする。
    歩けない怪我をしているのは事実だし、それならば、と堪能することにしたのだろうか。

    「風の流れとか、何か理由付けしてくれるものがあればいいんだけどなあ」
    「まったくの無風……というか、あなたのそれで、よくわからなくなってるわ」
    「はは、ごめん。こういうものなもので」

    勇磨が黄金化したことで、周囲に不可視のオーラが噴き出ている。
    自然の風を感じ取るのは不可能だった。

    「仕方ない。こうなったら、勘に頼るしかないな」
    「じゃあ……こっち!」

    まさしく当てずっぽうで、エルリスが示したのは右手。

    「姫の御心のままに」
    「ふふっ、なによそれ」

    エルリスの意向を受けた勇磨は、わざと恭しくそう言って。
    おかしそうに笑うエルリス。

    今の状況にかこつけたのだろうか。
    まあ、自分のことを”お姫様”だと言われて、うれしくないわけはない。

    「じゃ、もっと雰囲気を出しましょうか」
    「え? お…」

    調子に乗ったエルリス。
    自らの手を、勇磨の首に回した。

    「どう?」
    「か、からかうなよ」
    「あー、赤くなった」

    けらけら笑うエルリス。
    なぜだか、面白おかしくてたまらなかった。

    「なんだか意外。勇磨君も、しっかり”男の子”なのね」
    「な、なに言ってるんだ」
    「だってさ。いつも環と一緒だから、女の子に興味ないのかと思って」

    エルリスは笑いながら言うのだ。
    冗談なのか、本気なのか。

    「環は妹じゃないか。一緒にいるのは当然だし…」

    勇磨にはそれがわからなくて。
    だから、少し焦り気味に言う。

    「その………まあ、俺も男であって……」
    「そうよね」
    「なんていうか……かわいい女の子とくっついてれば、そりゃ照れるわけであってね…」
    「え…」
    「と、とにかく! 至極正常な反応であるわけだ、うん!」
    「そ、そう」

    無理やりそう結論付ける勇磨。
    エルリスのほうも、ドキッとさせられていたりする。

    (”かわいい女の子”って……え? ええっ?)

    何気なく言われた、不意を衝かれる一言。
    そのものズバリの状況を、そのものズバリで切り返された。

    現在、勇磨とくっついているのは、自分であるわけで。
    他には女の子どころか、1人もいないわけで。

    (わ、私のこと?)

    面と向かって、”かわいい”だなどと言われたのは初めてだった。

    「………」
    「………」

    お互い、気まずくなってしまったのだろう。
    その後しばらくは、2人の間に会話は生まれなかった。


引用返信/返信 削除キー/
■291 / inTopicNo.33)  『黒と金と水色と』第12話E
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/17(Sat) 15:31:54)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」E






    ドタドタドタッ…!

    「急げっ!」
    「こっちだ!」

    盗賊の集団が、廊下を駆け抜けていく。
    環はそれを、物陰に隠れてやり過ごした。

    (騒がしくなってきましたね)

    忍び込んで以来、ずっと静かだったのだが。
    ここにきて、急に盗賊たちが慌ただしく動き始めた。
    身を隠す必要に迫られたのは、これで3回目である。

    (さては、誰かさんがヘマでもやらかしましたかね?)

    見つかってしまった、と考えるのが自然だろう。
    あえて「誰が」とは言わないが、自分以外となると、自ずと見えてくる。

    (…仕方ありません)

    今の今まで、これからどうするか、迷っていたのだが

    (兄さんたちは後回しにして、盗賊団の壊滅を優先させるとしますか)

    決断した。

    相変わらず、兄たちの手がかりは何も無いので。
    とりあえず、目先の厄介事を片付けてしまうことにする。

    「行きますか」

    環は、命たちと合流すべく、物陰から出た。





    ドタドタドタッ…!

    「…ふー」
    「危なかったわね」

    セリスと命。
    彼女たち2人も、危うく難を逃れたところだった。

    「こんなんじゃ、身体はもちろん、気力が持たないよー」
    「我慢しなさい。こんな程度で音を上げてちゃ、ハンターなんて務まらないわよ」
    「う〜」

    早くもぐったりしているセリス。
    初めての経験だろうから無理もないが、先が思いやられる。

    「って、のんきに話してる余裕なんて無い」

    ため息をついた命だが、すぐに気を取り直す。

    「いちいち雑魚を相手にしてたんじゃ、セリスの言うとおり身が持たない。
     さっき言ったとおり、一気にカンダタを目指すわよ」
    「うん。でも命さん、カンダタがどこにいるのか、わかるの?」
    「そういうのはね、相場が決まってるものなのよ」
    「相場?」

    不思議そうに聞き返したセリスへ、命は自信満々に言ってのける。

    「そう。ボスっていうのはね、1番上か、1番下にいるものなのよ」
    「そうなの?」
    「ええ。見た感じ、カンダタは最上階にいると見て間違いないわ」
    「ふうん」

    根拠はまったく無いことなのであるが。
    命がそう言うのなら、と納得してしまうセリス。

    「というわけで、階段を探すわよ」
    「うん」

    周囲に人の気配が無いことを確かめ、陰から出る。
    あたりを警戒しながら、慎重に歩を進め、首尾よく上り階段を発見した。

    見える範囲には、敵の姿は無い。

    「行こう、命さん」
    「待った」
    「ほえ?」

    さっそく昇っていこうとするセリスを呼び止める。
    何もわかっていない様子なので、命は頭を抱えた。

    「あのね…。階段は危ない場所だって、わかってる?」
    「へ? どうして?」

    やっぱりわかっていない。
    軽く頭痛を覚えた。

    「逃げ場が無い上に、狭い一本道でしょ。敵に防備を固められたら通るのは至難の技だし、
     だからこそ封鎖されている可能性が高いわけ。わかる?」
    「言われてみれば…」
    「やれやれ」

    ようやく気付いたのか。
    ため息をつかされるのは何度目か、数えるのも馬鹿らしい。

    「でも、私たちが目指すのは最上階。何があろうと、辿り着かなきゃいけない」
    「うん」
    「敵がいようといまいと、一気に突っ切るわよ。まあ、ほぼ間違いなくいるでしょうけど。
     覚悟を、今のうちに決めておきなさい」
    「………」

    そう言われたセリスは、しばし、無言で佇んでから。

    「…うん、いいよ」

    やる気に溢れる顔で頷いた。
    気迫に満ちているようで、とりあえず安心する。

    「いいわね? 行くわよ。3、2、1、ゴー!」

    命の合図で、猛然と階段を昇っていく。
    2階の様子が見えてくる。

    道は左右に伸びていっているようだ。
    敵の姿は無い。

    「命さん! どっち!?」
    「右よ!」

    正しい道などわからない。
    まったくの山勘だが、2人は階段を昇りきると、そのままの勢いで右に折れた。

    少し先に、左側に折れている道がある。
    そこに階段があってくれることを願い、左折する2人。

    「階段!」
    「やったラッキー!」

    上り階段があった。
    歓喜する2人。

    「命さん冴えてるね!」
    「それほどでも!」

    ここまでは非常に順調。
    道も合っていたし、敵にも出会っていない。

    だが、これから先はどうか。
    気を引き締めなおし、階段を昇る。

    3階…

    「…! うおっ!?」
    「と、止まれっ!」

    登りきったところに、数人の盗賊。

    「チッ! 突破するわよ!」
    「うん!」

    構うものか。
    走るスピードはそのままに、命は愛刀の柄に手をかける。

    「ここは任せて!」
    「え?」

    が、抜くよりも前に、セリスがこう発言。
    次の瞬間には、彼女は行動に出ていた。

    「ウインドストーム!」

    「…う……うおおおおおおお!!」
    「飛ばされ……うわああああああ!!」

    魔法の発動と共に、荒れ狂う暴風が巻き起こる。
    盗賊たちはとても堪えきれず、吹き飛ばされて壁に激突し、気を失ったようだった。

    のびている彼らの横を通り過ぎる。

    「無詠唱魔法? やるじゃないセリス」
    「へへへ」

    にっこり笑顔のセリス。
    してやったり、という顔で言うのだ。

    「実は、さっきから魔力を練ってたの。使えるかな、って思って」
    「へえ、よくやったわ。少し見直した」
    「えへへ♪」

    本当に見直した。

    突っ込み一辺倒で、何も考えていないかと思いきや。
    先を見越して、事前に魔力を練り、詠唱を済ませていたとは。

    「でも、かなり激しく壁にぶつかってたわよ、あいつら」
    「あ、あはは。不可抗力ってことで」

    打撲程度では済んでいないかもしれない。

    南無…
    命は、心の中で手を合わせた。

    さて、道中である。

    廊下を駆け抜けると、再びT字路に遭遇。
    どちらに行くか、非常に迷うところだ。

    時間のロスは出来るだけ避けたい。
    一発で正しい道を選びたい。

    「命さん!」
    「……」

    さしもの命も、即座の解答は無理だった。
    が…

    左の道から姿を見せた人物に、選ぶ必要は無くなる。

    「…おや? 命さんにセリスさん。奇遇ですね」

    「たっ、環!?」
    「環さん!?」

    環だった。

    2人は思わず急ブレーキ。
    彼女の前に停止する。

    「あなた、もうこんなところまで踏み込んでいたの!?」
    「ええ、まあ」

    自分たちよりも前に、この階層にいたことは間違いない。
    敵の抵抗もあったろうに、涼しい顔で言ってのける環に、改めて震撼した。

    「敵は?」
    「あれを」
    「…? うわ」

    訊かれた環。
    ちょいちょいと、彼女が出てきた方向を示すので、覗いてみたら。

    環が叩きのめしたと思われる、盗賊の山が出来ていた。

    「弱っちいくせに、見境なく挑みかかってくるんですから、たまったものではありませんよ」
    「そ、そう」
    「こちとら、なるべくなら殺さないよう、手加減しなければならないというのに。
     危うく2、3人、本当に殺ってしまうところでした」
    「……」

    ふぁさっと髪をかき上げながら、無表情で言う環。
    物騒な発言に冷や汗の命。

    無表情なことが逆に恐ろしく、よほど腹に据えかねたのだろう。

    「手加減するのも疲れるんですよ」
    「そ、それより環さん! お姉ちゃんと勇磨さんは…」

    一方で、セリスは、姉と勇磨の安否が心配だ。
    捜しに行っていたはずだが、どうなったのだろうか。

    「すいませんセリスさん。その件に関しましては保留です」
    「え?」

    申し訳なさそうに、環は謝った。

    「どうやら、ここから直接、地下のフロアに行くための道は無いようなので。
     とりあえず賊どもを潰してから、改めて捜しに行きます」
    「そう…」

    大丈夫だとわかっていても。
    引き続き、不安を拭えないセリスである。

    「あ、そうそう。私が得ました情報では、カンダタは最上階にいるそうです」
    「ほらみなさいセリス。私が言ったとおりでしょ?」
    「そうだね。すごいなー命さん」
    「ま、まあね」

    あまりにそのまま、セリスが受け入れるから。
    あまりに純粋に、セリスは感心し、褒めてくれるから。

    (…軽いジョークのつもりだったんだけど)

    少し罪悪感の命だ。

    (絶対、なんでもない詐欺でも引っかかるタイプね、このコ…)

    セリスの将来が少し心配。
    と、そんなことを考えている場合ではなかった。

    「この先に4階への階段があります。4階が最上階だそうです」
    「そう。もう少しね」

    環から情報を得て、俄然、意気が上がる。

    「いたぞ!」
    「待てー!」

    「…む」
    「うわ、いっぱい来たよ!」

    命たちが来た方向から、追っ手の盗賊団が出現。
    集団でこちらに迫ってくる。

    「やれやれ…」
    「環?」
    「あれだけ倒したというのに、まだこんなにいますか…」

    真っ先に動いたのは環である。
    2歩3歩と前に出て、向こうを見つめたまま、命たちへ言う。

    「ここは私が引き受けました。あなたたちは、最上階へお行きなさい」
    「わかった。任せたわ」
    「お願い環さん!」

    命とセリスは、環の言葉に従い、駆け出していく。
    残った環は…

    「あーっ! もう、わんさかわんさか!」

    ブチ切れていた。
    命たちの姿が消えたのをいいことに、溜まりに溜まっていたものを解き放つ。

    「雑魚が! 雑魚は雑魚らしく、地にひれ伏しなさいッ!」


    ドンッ!!!


    キレた勢いで黄金化。
    廊下は、環から噴き出たオーラが吹き荒れた。

    「どわーっ!」
    「ぐえーっ!」
    「な、なんなんだ…」

    次々と巻き込まれていく盗賊たち。
    もはや息も絶え絶えだが

    「フフフ…」

    「…なっ!?」
    「ば、バケモノ…!」

    環は容赦しなかった。
    動けない盗賊たちに向かって…

    「もう少し、憂さ晴らしに付き合っていただきましょうか。
     私を怒らせた罪は、万死に値しますよ。フフフ…」

    直後、盗賊たちの絶叫が響き渡るのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■293 / inTopicNo.34)  『黒と金と水色と』第12話F
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/24(Sat) 17:56:50)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」F






    階段を駆け上がる命とセリス。
    この上が最上階。カンダタがいるはずだ。

    「気を引き締めなおしなさい!」
    「うんっ!」

    階段を昇りきる。
    4階、最上階のフロア。

    今、足を踏み入れる。

    「てめえらか、侵入者ってのは」

    「…っ!」

    その瞬間に声をかけられた。
    思わず身を硬くする。

    「オレ様のかわいい部下たちを、たくさん倒してくれたみたいだな。え?」
    「………」

    カンダタ…なのだろうか。
    命もセリスも、一目でそう感じたのはいいが…

    (この男………変態?)
    (うわ〜うわ〜。恥ずかしくないのかな?)

    言葉も出ず、セリスに至っては、顔を背けている始末だ。

    それもそのはず。彼の格好が、顔には覆面、背中にはマント。
    本来は服に覆われているはずの場所を惜しげもなく露出し、パンツ一丁なのだから。

    自分たちが男で、こんな格好をしているのが妙齢の美女であったのなら、喜びもするんだろうが。
    あいにくと自分たちは女。しかも、そんな趣味など無い。

    「何者だ?」
    「……」
    「何とか言え、コラ」
    「…あ」

    ようやく我に返る命。
    ヤツの格好が、あまりに衝撃的過ぎた。

    「王国の手のモンか?」
    「そんなんじゃないわ。個人的な用事で来たのよ」
    「ほお? わざわざカンダタ団のアジトに忍び込んでくるたぁ、見上げたねえちゃんだ」

    実は、目を合わせたくもないのだが。
    そうもいかないので、仕方なく話に応じている命である。
    訊かなければならないこともあるのだ。

    「で、目的は? オレの首か?」
    「あんたの首なんかどうでもいい。私の目的はただひとつ…」

    ここだけは、力が入った。

    「『海燕』を返しなさい!」
    「カイエン? なんだそりゃ?」
    「しらばっくれるな! 裏は取れてるのよ。私の刀を返しなさい。
     あんたみたいな露出狂が、人間のクズが持っていていいような代物じゃないの」
    「だっ、誰が露出狂だっ!」

    心外な言葉に、激昂するカンダタだったが

    「命さん。気付いてないのかな?」
    「そうね。余計にタチが悪いわ」

    「違ぁあああうっ!!」

    さらに言われてしまい、猛り狂う。

    「これがオレの正装なんだよ!」
    「まあ、あんたの格好なんかどうでもいいわ。早く返して。
     無事に返してくれさえすれば、逃がしてあげてもいいのよ」
    「フン、舐められたもんだな」

    鼻で笑うカンダタ。
    相手が小娘2人だから、恐れるに足らないと判断したのか。

    「思い出したぞ。あの、片方にしか刃がついてない、しかも曲がっている使えない剣のことだな?」
    「…そうよ」

    ”使えない”発言に、思わずカチンと来た命だったが。
    努めて冷静に頷いてみせる。

    (あの刀、形状の凄さを知りもしないで、よく言うわよ)

    同じ材質ならば、両刃の直剣なんかには負けない。
    例え質で劣っていようとも、多少のことでは折れたりしない。

    鍛冶であるわけではないが、出身地域の技術に、誇りを持っていた。

    「使えないと思うなら尚のこと。返して」
    「はん、嫌だね」

    カンダタは再び鼻で笑い、不敵に笑う。

    「例えガラクタでも、カンダタ団は、1度盗んだものは返さねえのさ!」
    「そう…。じゃあ、力ずくで返してもらう」
    「やれるもんならやってみやがれっ!」

    大鉞を取り出し、掲げるカンダタ。
    命も刀に手をかけ、戦闘態勢へと入る。

    「セリス。援護よろしく」
    「うん!」

    「うらああああっ!!」

    先に仕掛けたのはカンダタだった。
    鉞を振り上げながら、突進してくる。

    「部下たちの痛み、思い知れっ!」
    「あんたこそ、大切なものを盗まれた人たちの痛み、味わいなさいっ!」

    だが、そのスピードは、巨体のせいもあってか極端に遅い。
    振り下ろされた初撃を、余裕でかわす命。

    だが…

    ヒュンッ!

    「…! つッ…!」

    風きり音。
    いや、鉞が空を切った音ではない。

    それが聞こえた瞬間、左腕に鋭い痛みが走る。
    見れば、上腕部の服が裂け、何かで裂かれたような傷が出来ていた。

    (なぜ? 余裕に余裕を重ねて、完全に避けたはずなのに…)

    直撃は愚か、かすりすらもされていないのに。
    傷を受けるようなことは無かったはずなのに、どうして?

    「ガハハハッ! 驚いたようだな」
    「…何か、手品の種でも仕込んだわね」

    高笑いのカンダタ。
    腹が立つのと同時に、ある可能性を思いついた。

    「…! その斧、マジックアイテムね! さしずめ、風の魔力を秘めている、ってことかしら」
    「大正解だ! こいつは魔力を帯びていてな。
     振るうのと同時に、周囲に風の刃を発生させるのよ」
    「ちっ、厄介なものを」

    マジックアイテム。
    元から魔力を帯びている道具のことで、その効果は様々。
    攻撃魔法だったり、持ち主を補助するものだったり。

    この場合は、前者だということだろう。

    「さてどうする? 普通に避けてたんじゃ、切り身になっちまうぜ〜?」
    「……」

    懐に飛び込めさえすれば、勝機なのだが。
    現状では、飛び込もうとすると、風の刃をもろに受けることになってしまう。

    「手詰まりかな、お嬢ちゃん?」
    「く…」

    勝ち誇った笑みのカンダタ。

    「そこの変態!」
    「だから変態じゃないと――ぐおっ!?」

    一瞬の出来事である。
    かけられた声を否定しようとしたカンダタが、突然の突風に呑まれて横転した。

    「わたしもいることを忘れないでね♪」

    いたずらっぽい笑みを浮かべる、セリスの仕業だった。

    「セリスも言うようになったわね」
    「それほどでも。命さん、チャンスチャンス!」
    「そうね!」

    絶好のチャンスだ。
    命は瞬く間に、起き上がろうともがいているカンダタへ詰め寄って

    「王手よ!」
    「ぐっ…」

    起き上がられる前に、その鼻先に『天狼』を突きつけた。

    「妙な真似をすると、即刻、首を落とすからそのつもりで」
    「わ、わかった……降参だ」

    カンダタはたまらずに降伏。

    「さあ、『海燕』を返しなさい」
    「あー……非常に言いにくいんだがな、嬢ちゃんよ」
    「なに?」
    「その剣、売っちまった」
    「………」

    数秒間、沈黙が時を支配して。

    「な、なんですってー!!」

    命の絶叫が上がった。

    「売った!?」
    「ああ。とてもじゃないが、使えそうなモンじゃなかったんでね。
     だがその割には装飾が見事だったんで、とっくのとうに金に換えちまったよ。
     喜べ、すんごく高く売れたぞ」
    「そ、そんな…」

    ようやく、取り戻せると思ったのに。
    この手に再び、握ることが出来ると思ったのに。

    高く売れたと言われても、うれしくもなんともない。

    「だから、ワリぃな。今この場には無いんだわ」
    「………」
    「み、命さん? しっかり…」

    命には、ショックがありありと見て取れる。
    フォローに入るセリスだったが、聞こえているかどうか。

    「ふっ……ふふふふ……」
    「命さん? こ、怖い…」

    そして、突如として笑い始める命。
    俯いているので表情はわからないが、それがかえって恐ろしい。

    「カンダタ…」
    「なんだい?」

    カンダタに声をかける命。
    上がった顔は、実にさわやかな笑顔で。

    「死ね♪」

    実にあっさり、言ってのけた。


    ごめすっ!!


    直後、鈍い音。
    ぐったりノびているカンダタ。

    命が、刀の柄を使って、カンダタの脳天に叩きつけた結果だった。

    「わーっ、命さん!」
    「…え?」
    「気絶しちゃったよ! どこに売ったとか、訊かなくてよかったの?」
    「………あ」

    冷静な命であるが。
    彼女でも、怒りで我を忘れることがあるらしい。

    「ダメだねコレ…。完全に気を失ってる。しばらくは目を覚まさないんじゃない?」
    「…あはは」

    乾いた笑みを浮かべるしかない、命だった。








    アジト、地下。
    洞窟からの脱出を目指している、勇磨とエルリスだが…

    「……」
    「……」

    相変わらず、会話は無く。
    気まずい空気が継続していた。

    (うーん、まずいこと言っちゃったかな。本当のことなんだけど…)

    (そ、そういう目で見られてることは素直にうれしいけど…)

    両者、ほのかに顔が赤い。
    光が届かない洞窟の先が暗黒なように、見通しが立たなかった。

    「あ、足は、痛くない?」
    「え、ええ」

    このままではいけないと。
    名前の通りに勇気を出して、勇磨は話しかけてみた。

    不意だったので、ビックリして頷くエルリス。

    「やさしく……ゆっくり歩いてくれてるから、大丈夫よ」
    「そうか。痛くなったり、何かあったら、すぐに言ってくれ」
    「うん、ありがとう」

    目が合った。

    「……」
    「……」

    途端に真っ赤になって、目を逸らす2人。
    どうにもならないようだ。

    「と、とにかく、早くここから出よう!」
    「そ、そうね!」

    震動で怪我した箇所に痛みが及ばないよう、ゆっくり進む。
    と、暗闇一辺倒だった前方に、変化が訪れた。

    見えたのは、左右と同じ岩の壁。
    見回してみるが、どう見ても、ここで閉塞している。

    「えっと……行き止まり?」
    「行き止まり……みたいね」

    2人は、お互いに声を出して確認して。

    「「はぁぁ…」」

    ため息。

    脱出への道のりは、まだまだ長い。




    第13話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■310 / inTopicNo.35)  『黒と金と水色と』第13話
□投稿者/ 昭和 -(2006/07/15(Sat) 19:45:19)
    2006/07/15(Sat) 19:46:18 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第13話「秘密の共有」






    暗い洞窟内をさまようこと、どれくらいだろうか。

    「…あ」
    「明るい……出口よ!」

    ようやくにして、前方に明るい光を発見。

    「はー、やっと出られる」
    「長かったわ…」

    ホッと息をつく勇磨とエルリス。

    これで一安心。
    土中に閉じ込められたのではないかという懸念も、一気に吹き飛んだ。

    「早く出ましょ」
    「そうだな」

    エルリスの足に配慮しつつ、小走りに出口へ。

    「まぶし…」

    待ち望んだ外の世界へと復帰。
    降り注ぐ強烈な陽光に、思わず手をかざした。

    「ふー。じゃ、光っている必要は無いということで」
    「え? あ…」
    「ふぅ〜っ」

    勇磨がそう言うと、彼を覆っていた黄金の輝きは失われ。
    髪と瞳の色も、元の黒色へと戻った。

    「はぁ〜。凄く疲れるんだよね、これ」
    「そ、そうなんだ」

    少し憔悴して大きな息を漏らす勇磨。
    それほどの消耗を要するものなのだろうか。

    「さて。それじゃ、みんなと合流しますか」
    「ええ。だけど、方向はわかるの?」
    「………」
    「わからないのね?」
    「スイマセン」

    途端に言葉に詰まり、ついには頭を下げる勇磨。
    今度はエルリスがため息をついた。

    勇磨は旅をしている間、金銭だけではなく、方向や行き先なども環に頼りきっていた。
    地図など見ないし、自分が今どこへ向かっているのか、どの方角へ進んでいるかなど、
    気に留めすらしなかった。

    なので、方向感覚などまるでゼロ。

    「あのさ、私、思うんだけど」
    「ああ! 何かわかるんなら言ってくれ!」
    「そ、そんなすがられるように見られても…」

    だから、勇磨は必死であり。
    エルリスは少し引いた。

    「落とし穴に落ちてあの洞窟に出たわけだから、あの要塞は、上のほうにあるんじゃないの?」
    「そうか、なるほどっ。エルリス頭いいなっ」
    「そ、それほどでも」

    戸惑うエルリス。
    これくらい、すぐに思いつくものではなかろうか。

    「上…」

    さっそく振り返って、視線を上へとずらしていく。

    「……わお」
    「……」

    思わず漏れる勇磨の声。
    エルリスは無言。

    それもそのはずだった。

    「……山?」
    「岩山…よね」

    自分たちが出てきた、洞窟の穴がぽっかりと開く岩肌。
    それが延々と、おそらく数百メートルはありそうな、断崖絶壁。

    直接、上へと向かうのは、不可能である。

    「回り道をするしかないか」
    「そうね。落とされた分、登らないといけないし…」

    続けて周囲を確かめてみると、ここは窪地のようで。
    どうにか登っていけそうな地形ではあったが、非常に骨が折れそうだった。

    おまけに、エルリスは怪我をして歩けない。

    「その、がんばってね勇磨君」
    「あいよ。俺のせいで怪我させちゃったんだし、責任を持ってお運びしないとね」
    「ええ、よろしく」
    「はいはい」
    「ふふふ」





    首領・カンダタを倒した命たち。

    そのことを子分たちに大々的に伝えると、子分たちは観念したようで。
    潔く全員が降伏した。

    全員を拘束して、あとは、王都のハンター協会へ連絡しなければ。
    となると、問題はその連絡役。

    「誰が行く?」

    ということである。

    当然、あらかじめの連絡などしていない。
    そもそも最初は、カンダタ団そのものを潰す予定など無かったのだ。

    「わたしは、お姉ちゃんが心配だし…」
    「そうですね、兄さんのこともありますから、ここはやはり」
    「私ね? わかったわ」

    適任は命だろう。
    ここまでの道案内をしたのも彼女だ。もっとも早く往復できるだろう。

    「じゃあ行ってくるから、数日、我慢して」
    「はい」
    「なるべく早く帰ってきてね〜」

    捕獲したカンダタ団の面倒と、勇磨とエルリスの捜索を頼んで。
    命は王都へと引き返していった。

    往復には、早くても数日。
    1週間くらいは見たほうがいいだろうか。

    幸い、カンダタ団が築いた城塞の中で、水と食糧、寝床には事欠かない。

    「カンダタ団は壊滅しました。残る問題は…」
    「うん…。お姉ちゃんと勇磨さんだよね」

    カンダタ団を監視しつつ、残った2人はそう呟く。

    「大丈夫かな……怪我してないかな?」
    「まったく……いつも余計な心配をかけさせるんですから、兄さんは」
    「わたし、捜しに行ってくる!」
    「まあお待ちなさい」

    飛び出していこうとするセリスを、環は押し留めた。
    何か良案があるらしい。

    「闇雲に捜しても、単に労力を使うだけですよ」
    「そうかもしれないけど、行かなきゃ!」
    「話は最後までお聞きなさい。実を言いますとね。私には、探知能力があります」
    「へ? たんち、のうりょく?」
    「はい。本来は、魔物などの捜索探査に使うのですが、ちょっとした人捜しなどにも応用できます。
     もちろん、よく知っている人物の気配しかわかりませんが、その点、兄さんなら問題はありません」

    環が持つ”探知能力”。

    本来は彼女が言ったとおり、魔物の気配なら明らかなため、魔物の探索に使われる。
    それを応用することによって、よく知る人物の居場所もわかるのだ。

    「じゃ、じゃあ、早くそれを使って…!」
    「とっくにやってますよ。ですが…」
    「え?」
    「引っかからないんですよね、なぜか」
    「そ、それって?」

    そんな力があるのなら、早く使ってくれとセリスは頼むが。
    環は既に探索のレーダーを広げていたらしい。

    しかし、そのレーダー網でも、兄の気配が見つからないという。

    「確たることは言えませんが、落とし穴に落ちたので、地下にいることは確実です。
     おそらくは地下深くにいるので、分厚い地殻に阻まれて探知できない、ということかと」
    「そっか…」

    がっくりとセリスは落胆した。
    今すぐにでも、姉たちの居場所がわかるかと思ったのだが。

    「まあしかし、悲観することはありません。要は、兄さんたちが地下から出てくればいいわけです」
    「へ?」
    「兄さんのことですから、いくら奥深い地下であっても、すぐに脱出してきますよ。
     地下から出さえすれば、私の探知網に引っかかります」
    「えっと?」
    「ですから、少し様子を見ましょう」
    「う、うん」

    セリスは完全に理解できたわけではなさそうだったが、とりあえず頷いた。
    捕らえたカンダタ団の面々が逃げ出さないよう監視しつつ、そのときを待つことにする。

    (環さんは、やっぱりすごいなあ)

    今さらながら、セリスはそんなことを思った。

    セリスが見つめる環は、前方5メートル。
    城塞中庭の中央にある小岩に腰掛け、深く瞑想状態に入っている。

    地下から出てきたときにはすぐにでも感知できるよう、集中しているのだと思われる。

    (お兄さんと離れ離れになっちゃったのに、すごく落ち着いてる…。
     それだけ、勇磨さんのことを信じて、疑わないってことかぁ)

    環は最初から、兄たちのことは大丈夫、と断言していた。
    勇磨への揺ぎ無い信頼感の成せる技だろう。

    一方、自分はどうだろうか?

    (わたしはダメだな…。あたふたしちゃって、お姉ちゃんがどうなってるかわからないってだけで、
     胸が張り裂けそうで、苦しいよ……ダメだよ……)

    同じ双子なのに、どうしてこうも違うのか。

    やさしく、時には厳しい、自慢の姉。
    闘っているときは忘れていたが、改めて思い返してみると、不安に押し潰されそうになる。

    (や、やっぱり、直接捜しに行ったほうが早いんじゃ…)

    徐々に我慢が出来なくなってくるセリス。
    そんな風に考えるようになって。

    「環さんっ!」

    やはり捜しに行こうと、立ち上がったときだった。

    「…捉えた」
    「えっ?」

    セリスとほぼ同時に環も立ち上がり、そんなことを呟いた。
    そして、彼女の鋭い視線がセリスを貫く。

    「迎えに行ってきます。セリスさんはここから動かないように。いいですね!」
    「……あ、うん、わかった…」

    驚いたセリスが、そのように返答できたときには。
    すでに、環の姿は掻き消えていた。





    道なき道を行く勇磨。
    彼に抱き上げられているエルリスは、申し訳なさそうにしつつも、ラクチンだと思っていた。

    「こ、こっちでいのか?」
    「うん、たぶん…」

    進んでいる方向は、エルリスの推測による。
    勇磨はまったく当てにならないので、それならば、と自分がやるしかない。

    が、見当が付いていないわけではない。

    (することなかったし、進んでいる方向くらいは…)

    洞窟内をさまよっている間も、エルリスは脳内でマッピングをしていた。
    少しでも役に立ちたいと、そう願った結果だ。

    それに基づいて、洞窟を出た今も、正しいと思われる方向へと勇磨を導く。

    「ああっもう、草が邪魔だな」

    周囲に生い茂る、人の背丈ほどもある草。
    勇磨はうっとおしげに呟きながら、刀を使い、邪魔な草を刈っていく。

    これでいくぶんかは、見通しが良くなった。

    「はーひー。それにしても、暑いなこのへんは…」
    「そうね…」

    王都よりも南にある分、温暖な気候のようで。
    いや、温暖を通り越し、湿気もあるので非常に蒸し暑い。

    「ジッとしているだけでも汗が出るわ。それに、勇磨君とくっついてる…か……ら?」
    「あ?」

    唐突に思い出した事実。
    思わず視線の合う両者。

    「……」
    「……」

    お互い真っ赤になって、顔を背ける。
    歩みも停止。

    ドキドキ…!
    2人とも、自分の心臓の高鳴りが聞こえてくるような。

    いや、これは、相手のものなのか…?

    「………」
    「………」

    そのまま、立ち止まっていることしばし。

    「なーにをしていらっしゃるんですかねぇお二人とも」

    「「ッ!!?」」

    かけられた声に、2人は、それはもう驚いた。

    「説明を求めます」

    「た、環…」

    いつのまにやら、環がそこに立っていた。
    表情は穏やかなのだが、よく見ると、コメカミがピクピク動いている。

    いや、さらによくよく見てみると、環からはうっすらと、瘴気のようなものが…?

    「いや、な? これは、その、あのっ……エルリスが足に怪我しちゃって、動けないから…!」
    「そ、そう、そういうこと! え、や、ええと……た、他意は無いから!」

    「…ふーん?」

    あたふたしながら説明する2人を、環は冷たい笑みで見届けて。

    「とにかく、城に戻りましょう。お互い詳しいことは、のちほど」
    「…はいー」
    「あ、エルリスさんの怪我はいま治しますから、道中はご自分の足で歩かれてくださいねっ!(怒)」
    「う、うん…」





    2人は、城塞へと戻ってきた。

    「お姉ちゃーん!」

    真っ先にセリスが出迎える。
    姉へと飛びついた。

    「うわーん心配したよー!」
    「ごめんね。でも、大丈夫よ」
    「無事で良かったー!」
    「よしよし。大丈夫だから、泣かないの」

    号泣するセリスをやさしく抱きとめて、赤子をあやすかのようになだめる。
    姉妹の麗しい光景。

    「さて兄さん」
    「…ぅ」

    めでたしめでたし、ではない。
    再び、環の鋭い視線が、勇磨に突き刺さる。

    「こちらで起こったことも説明しますから、そちらのことも、詳しく教えていただきますよ」
    「…はい」

    そんなに強調せんでも、と思いながら、勇磨はこれまでの経緯を話して聞かせる。
    もちろん、”あのこと”も含めて。

    「…え」

    それを聞いた環は、表情を強張らせた。

    「エルリスさんに…?」
    「ああ。どうしようもない状況で、そうするしかなくて、さ」
    「そうですか…」

    チラリと様子を窺う。
    まだ、セリスがエルリスに抱きついたまま。

    「となると、このまま有耶無耶にも出来ませんね」
    「ああ。もう1度、セリスを含めて、説明するほかは無いな。あはは」
    「やれやれ…」

    ほぉ、とため息の環。
    一旦は伏せた視線を上げ、キッと勇磨を睨みつける。

    「笑い事ですか(怒)」
    「すいません」

    とにかく、秘密が秘密でなくなったことは確かなので。
    こうなった以上は、セリスにも話す必要があるだろう。





    「お話があります」

    セリスが落ち着いたところで、そう声をかけた環。

    他の、カンダタ団の者たちに聞こえないよう、移動する。
    城門を少し出たところで、御門兄妹の歩みは止まった。

    必然的に、あとについてきた水色姉妹も静止する。

    (”あの話”だ…)

    無論、セリスは首を傾げていたが、エルリスは直感した。
    おそらくは同じことを言われるのだろうが、まだ何か秘密があるのだろうかと、ドキドキしている。

    「さてエルリスさん」
    「は、はい」

    思わず敬語になってしまった。

    「兄さんから……聞きましたね?」
    「うん……聞いたわ」

    おそるおそると。
    だが、しっかりと頷いた。

    「あなたたちのこと……。あなたたちの、秘密」
    「そうですか」

    「え? え? なに? 秘密って何?」

    騒ぎ始めるセリス。

    「わたしだけ除け者? ずるいずるい〜っ!」
    「セ、セリス…」

    「今、あなたにもお話します」
    「君が言ったとおり、エルリスだけに話しておくのも、不公平だからね」

    それならいいやと、けろっと笑みを浮かべるセリス。
    現金な妹に苦笑しつつ、エルリスは表情を引き締めた。

    「話というのは…」
    「こういうこと、だよっ!」


    ドンッ!!


    「…!」
    「うわっ」

    前置きも何も無かった。
    勇磨と環は、いきなり”その姿”になって見せたのだ。

    そのことに驚きはしたが、わかっていたため、すぐに落ち着くエルリス。
    反対に、まったく事情のわからないセリスは、目を丸くしていた。

    「な、なに…? どうなっちゃったの…?」

    「驚かせてすみません」

    黄金のオーラを纏いつつ。
    長い髪も、瞳も、同様の金色へと変貌させた環が、軽く頭を下げる。

    「これが、私たちの正体、です」
    「結果的に隠していたことになる。それは謝るよ」

    「な、なんなの……どういうことなの…?」

    同じように黄金化した勇磨も、ぺこっと頭を下げ。
    セリスは現実を理解できていないのか、目をしばたたかせるだけだった。

    「セリス。目を背けないで、きちんと理解しなさい」
    「お姉ちゃん…?」

    そんな状態のセリスへ、エルリスが落ち着いた声をかける。

    「今、勇磨君と環が言ったでしょ? これが、2人の”真の姿”なのよ」
    「真の姿って…」

    「ご説明申し上げます」

    勇磨がエルリスに話したことと、ほぼ同じ内容が、環の口から再び語られた。
    妖狐のこと。そして、2人がその妖狐の血を引いていること。

    「そ、そうなんだ」
    「黙ってきたことについては謝りますが、理由に付いては、お察しいただけると助かります」
    「あ……そ、そうだよね」

    これに関しては、セリスもすぐに理解したようだ。
    自分たち姉妹と同じなのだから。

    「どうですか?」
    「どうって……あ」

    訊いたところで、環の髪と瞳が元に戻った。
    勇磨も同じ。

    「真実を聞いて、どうお思いになりましたか?」
    「いわば、魔物たちの同類だ。俺たちのこと、怖くなった?」

    「………」

    そう問われたセリス。
    放心状態なのか、しばらくボケ〜ッとしていたが

    「そ、そそ、そんなことない、そんなことないよっ!」

    やがて、首をブンブン振りながら、否定する。

    「そんなこと言ったら、わたしたちのほうこそ、恐ろしい存在だよ…。
     勇磨さんと環さんは理由があるけど、わたしたちは、理由も無いのに…
     純粋な人間なのに、こんな力があるんだもん…」

    「セリス…」
    「セリスさん」

    言いながら、セリスは俯いてしまった。
    彼女の心情も察して余りある。

    「うん、そうよね」
    「お姉ちゃん…」

    エルリスは、セリスの肩をそっと抱いて、笑顔を向けた。
    それでこそ我が妹、とでも言いたげに。

    「何があろうと、勇磨君は勇磨君。環は環。そうよね?」
    「そうだよ! 何も変わらないよ!」
    「それに、あなたたちが私たちの恩人であることにも変わりが無い。気にしないで」
    「うん!」

    「ありがとう」
    「……」

    再度、頭を下げる御門兄妹。
    先ほどと違うのは、下げられた角度が、より深くなったということだ。

    「勇磨君、環。私たちからもお礼を言うわ。
     勇気を出して、秘密を打ち明けてくれてありがとう」
    「なに。俺たちも君たちの秘密を聞いているからね」
    「言わば、お互い様。私たちのほうは、少し遅れてしまいましたけどね」
    「あ、そうよね」
    「秘密を共有する仲! なんだかすごくいい響きだよ〜!」

    お互いに、お互いの秘密を打ち明け、知り得る仲。
    セリスが言ったとおり、お互いにとって、心地の良い言葉の響きとなった。

    「至らない姉妹だけど、これからも、よろしく」
    「こちらこそ」

    改めて握手を交わして。
    お互いの顔は、すごく晴れ晴れとしていた。





    第14話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■323 / inTopicNo.36)   『黒と金と水色と』第14話
□投稿者/ 昭和 -(2006/07/29(Sat) 00:16:30)
    2006/07/29(Sat) 23:48:28 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第14話「一報」






    命が戻ってきたのは、あれから5日後。

    カンダタ団を壊滅させた、との報せを聞いたハンター協会が、どれほど大慌てしたか。
    命に同行してきた検分役、団員の連行役の人数が、数十人規模だったことでよくわかる。

    お縄になった首領のカンダタと、大勢の子分たちを文字通り”引き連れ”て、
    彼らは王都へと戻った。

    事の詳しい経緯など、協会での取調べに付き合わされること3日。

    もともとお尋ね者となっていたことで、悪名高きカンダタ団を壊滅させたことに対して、
    ハンター協会は相応の態度を取ってくれた。

    金貨2千枚。
    それが、今回のことに対する褒賞である。

    もちろん、王国ハンター協会史上、最高額だ。

    「なんかわたしたち、一気に大金持ちになっちゃったね」
    「すごすぎて、実感なんか湧いてこないけどね…」

    興奮気味のセリスと、夢なら覚めて欲しくないと願うエルリス。
    今まで、1度にそんな大金を得ることになるなど、考えすらしなかったことなのだ。

    しかも。
    協会の対応は、さらに上を行っていた。

    「いやぁ、勲章とは参ったね」
    「ええ。畏れ多きことです」

    この御門兄妹の言動である。

    カンダタ団の壊滅は王国上層にもすぐさま伝えられ、国王もいたく感心なされたとかで。
    その功績によって、勲章の授与が決まったそうなのだ。

    「その上、Sランクへの昇格ってか」
    「名誉なことですね」

    加えて、その強さが認められて、5人全員を無条件で1ランク上げてくれるという。
    御門兄妹はAからS、水色姉妹はCからBへ、命もBからAランクへとそれぞれ昇格。
    すでにライセンスは更新されていた。

    特に勇磨と環、Sランクへの昇格は非常に大きい。

    Sランク以上への昇格には試験が無い代わりに、協会が『Sランク以上に該当すると思われる』と
    認めた場合にのみ発給され、とても険しく狭い門となっているのだ。

    現在、Sランク以上のハンターライセンスを持つ者は、全世界でも、両手の指の数にも満たない。
    御門兄妹もその一員となった。

    「でも、元々は命の考えたことだから、このお金は、命のものだと思うわ」
    「いや、そんなことはないわよ」

    エルリスがそう言うと、命はとんでもないと首を振る。
    確かに、話を持ちかけたのは命だが、これは全員による成果だと。

    「むしろ、助けてもらった面は大いにあるわけで。
     半分…ううん。全額をあげてもいいくらいなのよ」
    「そ、それこそとんでもないわよ。私たちはおこぼれで、ランクが上がったし、
     勲章までもらえて、それだけで充分満足だわ」
    「そうだよ! 命さんがもらうべきだよ!」
    「だから…」

    「はいはい。こんなことでケンカしない」

    騒ぎ出す面々に、御門兄妹が仲裁に入って。
    報奨金の分配は、このようになった。

    「元は命の発案で、カンダタを仕留めたのも命なわけだから、一番手柄は命。
     だから、取り分は半分の千枚。これでいいね?」
    「あなたたたちがそれでいいならいいけど……なんだか申し訳ないわね」

    御門兄妹にも、水色姉妹にも、この決定に異存は無い。
    すんなりと決まった。

    「残りの半分を、俺たちとエルリスセリスで分けるわけだが」
    「こちらも、半々にするのが妥当ではないでしょうか?」
    「うん、そうね。と言っても、私と勇磨君は落とし穴に落ちただけだから、
     本来なら、こんなことに口を挟める立場じゃないけど」
    「う…。そ、それを言うなエルリス」
    「ふふふ」

    その代わり、環とセリスが活躍したわけだ。
    やはり、半分こにするのが自然だろう。

    「というわけで、500枚ずつです」
    「ええ、了解」
    「500枚でも、見たことも無い大金だよ〜」

    世間一般では、金貨を1枚でも持っていれば、それは”大金”と呼ばれる金額である。
    セリスが浮かれるのも当然だった。






    翌日。
    勲章の授与式が行われ、なんと国王自らが出席し、直々に付けてくれた。

    水色姉妹などは驚いた上に、緊張によりガチガチで。
    直後に催されたパーティーでは、それはもう豪勢なご馳走が振舞われたが、
    あのセリスでさえも、食べたものやその味を覚えていないほどだったとか。






    後日のこと。
    カンダタ団討滅の功による、式典だのパーティーなどが落ち着いた頃。

    「それじゃ、私はこれで失礼させてもらうわね」

    命がこう切り出した。

    「え?」
    「命さん、どこか行っちゃうの?」
    「ええ」

    意外そうに聞き返す水色姉妹だが。
    命にしてみれば、これは当然だった。

    「ひと仕事終わったわけだし。もともと、カンダタ団を倒す間だけって約束だったでしょ?」
    「そうだけど…」
    「それに、目的の『海燕』は見つからなかった。
     カンダタから売ったルートは聞いたけど、まだ見つかったわけじゃない。
     『海燕』を追わなきゃいけない」

    命が旅している理由は、あくまで『海燕』を取り戻すことである。
    その過程でカンダタ団を倒しただけであって、そのために、一時的に組んだに過ぎないのだ。

    「寂しくなるわね…」
    「うん……せっかく再会できたのに……」

    水色姉妹の落ち込みようは激しかった。
    彼女たちにとっては数少ない、気兼ねなく話せる友人だけに、別れは悲しい。

    「そんな顔しないでよ」

    命のほうも困惑顔だ。

    「何も、今生の別れってワケじゃないでしょ? またどこかで会えるわよ」
    「うん……元気でね命さん」
    「また何かあったら遠慮なく言って。出来る限りお手伝いするから」
    「ええ、ありがと」

    命は笑顔で頷いて。

    「あなたたちにも世話になったわね。それじゃ」
    「ああ」
    「お元気で」

    御門兄妹にも別れの言葉をかけ、大通りの雑踏に消えていった。

    彼女のほうも、長く険しい旅を続けるのだろう。
    幸運を願うばかりである。





    「…さて」
    「私たちは、どうしましょうか?」

    しばし、余韻に浸ったあと。
    勇磨と環はこう尋ねる。

    「え? あ、そうね……どうする?」
    「どうすればいいかなあ?」

    水色姉妹は、特に何も考えていなかったようだ。
    むしろ虚を衝かれたようであって。
    相変わらずの様子に、環はひとつ息を吐いた。

    「自分たちのことなんですから、いい加減、少しは自覚してくださいよ…」
    「あ、あはは…」
    「ごめんなさい…」

    明確な旅の理由は、この2人にもあるはずなのだが。
    さて、どうするか。

    「えっと……ユナからの連絡は、まだ無いわよね?」
    「だったら……今度の今度こそ、王都観光だよ!」
    「え?」

    セリス、みたび咆哮。
    エルリスは思わず固まった。

    「セリス……。あなた、まだそんなこと言ってるの?」
    「だぁって、決まったはずなのに、なぜかそのたびに邪魔が入るんだもん!
     観光したいよ!」
    「最初はそうだったけど、2回目は、あなた自身が潰したんじゃない…」

    1回目は、エルフのメディアが来訪したことによる中止だったが。
    2回目は、セリスが命を見つけ、自分から命を捜しに行ったことによる中止である。

    はぁ、とため息をつくエルリスであった。

    「2度あることは3度ある、か」
    「3度目の正直…とも言いますね。はあ…」

    勇磨は苦笑。
    環もため息をつくばかり。

    「王都観光っ!」
    「だまらっしゃい」

    引き続き吠えるセリスに対して、環はぴしゃっと言い放った。

    「仕事です。お仕事しますよ」
    「えー!」
    「あなたもBランクに上がったんですよ? 一昔前の、私と兄さんのランクに並んだんですよ?
     Bランクといえば、もう一人前のハンターです。少しは自覚をお持ちなさい」
    「あ…」
    「…そうだったわ」

    事実に気付いて、水色姉妹は愕然となる。

    御門兄妹に出会った頃は、2人はまだBランクだった。
    それに並んだわけで、知った途端に、ものすごい重圧に襲われる。

    「ランクこそBに上がったものの、お二人には、まだまだ技術と知識が不足しています。
     これからもハンターとして食べていこうというのなら、この経験不足は命取りになりますよ。
     だったら、今のうちに経験を積んで、早く一人前になろうとはお考えになりませんか?」

    「うん……ごめんなさい……」
    「私たち、まだ甘く見てたみたいね…」

    反省の水色姉妹。

    いわば性急過ぎるランクアップであって、実力と心構えが付いていっていないのだ。
    無理もないところであるが、自覚してもらわねば、これからが困ってしまう。

    「というわけで、ギルドに行きますよ」
    「ええ」

    環を先頭にして歩き出す4人。
    肩を落とし気味の姉妹に対し、勇磨がこっそりとフォローを入れる。

    「ごめんね。環のヤツ、あれほど強く言わなくてもいいだろうに」
    「ううん、いいの。間違ってたのは私たちのほうだし」
    「勇磨さんが謝ること無いよ。環さんの言うとおりだもん。
     わたしたちのことを思って言ってくれてるんだってわかるし、もっとがんばらなきゃ。
     ね、お姉ちゃん?」
    「ええ。がんばらないとね」
    「その意気だよ。がんばれ」

    軽く励ましを入れて。
    エルリスもセリスも、力強く頷いてくれた。

    「…!」
    「? どうしたの?」
    「い、いやなんでも」

    セリスもそうだったが、頷いたときのエルリスの笑顔が、すごく眩しく感じて。
    勇磨は思わず固まってしまった。

    「なんでもないよ。あはは」
    「そう? なんでもないならいいんだけど」
    「変な勇磨さん」
    「あはは」

    苦笑の勇磨。
    あの一瞬に感じた、あの感覚は、いったいなんだったのだろうか。

    「何をしているんですか」

    そんな折、彼らに向かって振り返った環。
    遅れ気味の3人へ、鋭い視線を向ける。

    「日が暮れてしまいます。早くしなさい」

    「「はいっ師匠っ!」」

    「………」

    あまりに威勢の良い返事だったものだから。
    面食らった環は、一瞬だけ目をパチクリさせて。

    「…行きますよ」

    「「はいっ!」」

    くるっと向きを戻し、ぶっきらぼうに言った。
    水色姉妹は再び元気よく頷いて、環のあとを付いていく。

    「やれやれ」

    こちらも、再び苦笑の勇磨。
    意気込んでいるのは良いことだが、極端すぎるのでは、と思わないでもない。

    彼も気を取り直して、あとを追おうとすると

    バサバサッ

    「…ん?」

    近くから羽音が。
    どこからかと思って探してみると、それは上空にいた。

    「赤い鳥? 真っ赤だ」

    勇磨が漏らしたとおり、音の主は、胴も背も尾も、頭も翼も全身が燃えるような赤い色の鳥。
    真紅の奇妙な鳥は、勇磨の周りを取り巻くようにして飛び。

    「おやま」

    勇磨がくいっと腕を差し出すと、その上に止まった。

    「なんだおまえ。何か用か?」
    「クルック〜」

    返事をするように鳴く赤い鳥。
    随分と人懐こい鳥だなと思っていると。

    「兄さん! 置いていきますよ」

    環からお呼びがかかる。

    「あ、ああ、いま行くけど、この鳥がな」
    「鳥?」

    環も、この真っ赤な鳥に気付いた。

    「これはまた珍しい色の……って兄さん。その鳥は」
    「え?」

    外見や、その行為に驚いただけではなく。
    その内面を見抜いてのもの。

    「その鳥は魔力を帯びていますよ。この波動は、ユナさんのものです」
    「ユナの?」
    「おそらくは彼女の使い魔でしょう。それがここに来たということは…
     兄さん、足に何か付いてます」
    「あ、ほんとだ。なになに…」

    よく見てみると、使い魔だという鳥の足に、何かが巻かれていた。
    紙のようで、広げてみる。

    手紙だろうか?
    案の定、一言だけではあったが、言伝が書かれていたのだ。

    「『スグカエレ』…」
    「……」

    「なに? どうしたの?」
    「うわー、なにその鳥。真っ赤っか!」

    この場では、水色姉妹の普通の反応が、少し微笑ましかった。





    第15話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■335 / inTopicNo.37)   『黒と金と水色と』第15話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/08/19(Sat) 14:53:59)
    2006/09/10(Sun) 22:59:39 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第15話「調査結果」@






    ユナの使い魔が知らせた、戻ってこいとの報せ。
    無論、4人はすぐさま、学園都市行きの列車へと飛び乗った。

    「うぅ、またしても、お流れだよ…」

    その車内。

    2度ならず、3度までも王都観光を中止にされたセリス。
    指をつついていじけている。

    「うぅ、ユナさんのバカ。何も、このタイミングで言ってこなくてもいいのに〜」
    「あのねセリス。ユナはあなたのために調べてくれてるのよ?
     その言い草はあんまりだと思うわよ」

    やれやれとため息をついて、エルリスは言っても無駄だと思いつつ、
    妹をなだめていた。

    「それに、私たちに帰ってこいということは、何か発見があったってことよ。
     上手い解決策が見つかったのかもしれない。それなら、早いほうがいいでしょ?」
    「うぅ、それはわかってるけどぉ〜」
    「王都観光なんて、またいつでも出来るんだから」
    「うぅ、今したい〜」
    「まったく…」

    駄々っ子である。
    こうなってしまうと、手に負えない。

    「まさしく、2度あることは3度ある、の状況ですね」
    「まあ、運が悪いというか、良いというか」

    苦笑の御門兄妹。

    本当に解決策が見つかったのなら、運が良かったということになるんだろうが。
    いかんせん、ユナに会ってみないことにはわからない。

    「まあ、あれだ。エルリスにセリス」
    「え?」
    「なに?」
    「どういうことになるのかわからないけど、覚悟をしておいたほうがいい」
    「…うん」
    「…わかったよ」

    勇磨の言いたいことは大体わかった。
    こくりと頷く水色姉妹。

    問題を解決するためなら。
    暴走の可能性をゼロに出来るのなら、どんなことでもする。

    例え火の中、水の中。






    列車は学園都市へと到着。
    下車した一行は、すぐさまユナの工房へと向かう。

    「また、あの恐ろしい迷宮を抜けねばならんのか…」

    構内を歩いている途中。
    げんなりと勇磨が言った。

    「酷い目に遭ったからな、前回は…」

    蘇る、恐ろしい、忌々しい記憶。
    出来れば今すぐ、記憶から消去したい。

    「あ、あはは…」
    「げ、元気出して勇磨さん」
    「ありがとよ…」
    「あはは…」

    水色姉妹は勇磨を励ますものの、皮肉たっぷりに返されて、苦しげに笑うしかない。
    特にセリスは、勇磨が災難に遭った直接の原因を作ってしまったので、笑みも引き攣る。

    「はいはい。ほら、着きますよ」

    環もため息をひとつついて、ユナの工房前へと到着。
    すると

    「待ってたわ」

    なんと、ご本人様じきじきの出迎えである。
    彼女は、長い炎髪を風に揺らしながら、工房の入口前に立っていた。

    「あ、わたしたちが来たってこと、よくわかったね?」
    「まあね」

    どうやらユナは、もちろん、連絡をしてからずっと外で待っていたというわけではなく。
    彼らの到着に合わせて、外に出てきたという風情である。

    セリスがこう尋ねると、当然とばかりに頷き。

    「逆算して、そろそろかなと思ってね」
    「わー、さすが」
    「あなたに褒められてもね」

    そう言いつつも、少し得意げなユナ。

    勇磨らと接触した、ユナの使い魔であるあの真っ赤な鳥は、手紙を渡すと一声鳴いて、
    そのまま飛び去っていった。
    往復分の時間も計算に入れ、今日のこの時間にあたりに戻ってくると、そう予想したのだろう。

    「そ、それよりユナ! 何かわかったの!?」

    待ちきれない。早く聞きたい。
    そんな様子で、エルリスは声を張り上げる。

    「暴走の回避策――!」
    「待った」
    「………」

    あなたこそが暴走している。
    そう言いたげな目で、ユナはエルリスを制した。

    「こんな場所で、そんな話はまずいわ。
     奥まった場所だけど、誰も来ないとは限らないのよ」
    「あ…」

    慌てて口を塞ぐエルリス。
    周囲も見渡してみたが、幸い、自分たち以外の気配は無かった。

    「こっちにいらっしゃい。話は中でするから」
    「う、うん」

    ユナの後に付いて、工房へと入る。
    と…

    「あ、あれ?」
    「いきなりお部屋の前だよー」

    水色姉妹は驚きの声を上げた。

    そこは、前回に通ったような迷宮ではなく、迷宮を抜けたところにあった部屋の扉が、
    目の前に、ごく自然に存在していたのだ。

    「何を驚いてるのか想像はつくけど、この工房は私のテリトリー。
     あれはあくまで侵入者撃退用のトラップなんだから、私の意志で自由自在よ」
    「へえ…」
    「ふわ〜、やっぱりすごいなあユナさん」
    「…入って」

    セリスの純粋な物言いに、さしものユナも照れたのか。
    ぶっきらぼうにそう言って、扉を開けて中へと入っていってしまった。

    修行の最中も、何度もため息をつかされていたことからわかるように。
    ユナにとって、セリスは、天敵なのかもしれない。

    「環。お茶」
    「招き入れて早々、開口一番がそれですか…」

    先に部屋に入ったユナは、どっかとソファーに腰を下ろし。
    後から入ってきた環に向かってそう言った。

    「呼びつけたのはそちらのくせに」
    「誰の頼みで、エルリスとセリスに修行をつけて、面倒くさい調べものまでしたと思ってる?」
    「はいはい、わかりましたよ。紅茶でいいですね?」
    「よろしく」

    頼みごとをした手前、強く出られない環。
    やはりため息をついて頷くと、勝手知るったるキッチンへと入っていった。






    人数分のお茶を淹れて、面々に配り、自らも席について。

    「ではユナさん。お話を」

    環はそう切り出した。

    「わかった。でもその前に、課題をやってきたのかどうか、聞きたいわね」

    ユナは環が淹れたお茶を一口飲んでから、こう返答。
    視線を水色姉妹に向ける。

    「で、どう?」
    「もちろん」
    「やってきたよー!」

    答える側の水色姉妹は、自信たっぷりに、笑顔でライセンス証を机上に差し出した。
    それを手にとって、確認するユナ。

    ランクB、との記載に、ピクッと眉が動く。

    「Bランク?」
    「ええ。本当はね、約束通りCランクのはずだったんだけど」

    事のあらましを話して聞かせる。
    本当に、ひょんなことで思わぬ昇級をしてしまったものだ。

    「なるほど」

    ユナは頷いた。

    「下がるのはアレだけど、上になる分にはいいわよね?」
    「まあね。正直予想外だけど、あのカンダタ団を潰したくらいなんだから、腕前のほうは言うこと無しか。
     でも随分と太っ腹じゃないハンター協会。
     私のときは、SランクのときもSSランク認定のときも、散々大揉めしたくせに」

    悔しそうに言う彼女。
    どうやら過去に、ハンター協会との間で何かがあったらしい。

    「それは、貴女の武勇伝が知れ渡っていたからじゃないですかね」

    そっぽを向いて、口笛でも吹きそうな勢いで言う環。

    「ここに在籍していたときや、フリーで活動していたときの、逸話の数々が」
    「…何が言いたいの、環」
    「いいえー。思えば貴女も、随分とご出世されたものだなあ、と」
    「……まあいいわ」

    ここでこんな話をしても、百害あって一利なし。
    ユナはそう判断して、この話題を切り上げる。

    ちなみに、環が言ったユナの武勇伝の数々は、
    ルーンさん作『赤と白の前奏曲』をご参考にされたし。(核爆!)

    気を取り直して、本題へと入ろう。

    「さて、エルリスにセリス。魔力の暴走を防ぐ手立てだけど」
    「う、うん」
    「……」

    ごくりと息を飲む。
    が…

    「結論から先に言うと、無いわ」

    「「…へっ?」」

    あまりの言葉に、それはもう驚いた。

    「無い…?」
    「ええ。暴走を完全に防ぐ方法なんてあるわけない。
     一応、調べてはみたけど、調べた限りでは、サッパリ」
    「……」

    固まる水色姉妹。
    それだけの衝撃だった。

    「もっとも、私が前に言った方法でいいというんなら、面倒見てあげないこともないけど?」
    「………」

    まだ、直前に言われたことのショックが抜け切れていないが。
    納得できない、との意志をみなぎらせた目を、ユナに向けた。

    「…そうね」

    すると、ユナは何を思ったか、ひとつふたつと頷いて。

    「調べたとはいっても、あくまで、私が持ってる資料を漁ってみただけに過ぎない。
     時間も短かったし、資料の数も絶対的に少ないわ。
     学園の図書館に行ってもみたけど、どれもどんぐりの背比べ状態だったわね」
    「……」

    話には続きがあった、という解釈でいいのだろうか。
    水色姉妹は表情を引き締めたまま、ユナの話を聞いた。

    「でも………他に、方法を記している資料があったとしたら……どう?」
    「あるのっ!?」
    「さあ、なんとも言えないわ」
    「ユナ!」
    「ユナさん!」
    「別に、ふざけているわけじゃないわよ」

    ついに絞れを切らし、エルリスセリスは食って掛かるが。
    ユナも、そのままの態度を続けた。

    「そんなものがあるかどうかなんて、誰にもわからないだけ。
     少なくとも私は、見たことも聞いたことも無いわ」
    「……」

    「…だけど、そんなことを言うってことは、可能性、無いわけじゃないんだろ?」
    「何かお考えがあるようにお見受けしますが」

    水色姉妹には言葉も無いが。
    一方の御門兄妹からは、こんな発言が飛び出した。

    「まあね」

    にやりと微笑むユナ。
    彼女の話を、最後まで聞いてみようではないか。

    「調べられる範囲では調べた。でも、まだ、調べられる場所は存在しているわ。
     可能性も、決して高いわけじゃないけど、望みはある」
    「どこです?」
    「”封印図書館”よ」

    「封印図書館…?」

    首を傾げ聞き返す水色姉妹。
    封印された図書館とは、なにやら物騒ではないか。

    「この学園の図書館の、地下4階からさらに下。通常、強力な結界が施されていて、
     一般の学生や職員は愚か、私や学園長でさえ絶対に立ち入れない場所。
     それが通称、”封印図書館”と呼ばれている領域よ」

    結界とは、穏やかでない。
    そうまでして、人を立ち入らせられない理由があるというのか。

    「一説によると、封印図書館には、この世に出すことの出来ない強力な禁呪や魔法具、
     言葉にすることすら恐ろしい魔術の数々が記された禁書の類が、ごまんと眠っているそうよ。
     もっとも、”封印”されているから、今では誰も、その全容を知るものはいないというけど」

    つまり、”噂”でしかないわけだ。
    本当に禁書などがあるのかどうか、知る者は誰もいない。

    「その封じられた書物の中に、魔力暴走に関して、なんらかの情報があるかもしれない」
    「……」

    恐ろしく、可能性の小さな話ではあるが。
    このままでも何も解決しないのだ。

    ゼロとコンマの後に、さらにゼロが何個も続くような、ごく小さな可能性でも、
    今の水色姉妹にとってみれば、賭けてみる価値はある。

    「…あるいは」
    「!」

    ユナは、さらに続けて言った。

    「”賢者の石”を利用してみる、という手もアリかもね」
    「賢者の石…」

    魔術に疎いものでも、その名くらいは聞いたことがあるのではなかろうか。
    膨大な量のエネルギーを持ち、なんでも望みが叶う、などとも囁かれる伝説の秘宝。

    「賢者の石の力に願えば、セリスの膨大な魔力も、完全に制御が可能になるかもしれない」
    「……」
    「とはいえ、賢者の石自体、その存在が疑われているし、もちろん、在り処や作り方は誰も知らない。
     でも、封印図書館のどこかに、情報が眠っている可能性があることも確かね」
    「……」

    水色姉妹が震撼している、その傍らで。

    (……環)
    (はい…)

    御門兄妹が、とある単語に反応していたことに、気付いた者はいなかった。

引用返信/返信 削除キー/
■342 / inTopicNo.38)  『黒と金と水色と』第15話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/09/09(Sat) 16:41:21)
    黒と金と水色と 第15話「調査結果」A






    「封印図書館……賢者の石……」

    呆然と、出てきた単語を反芻するエルリス。

    「そこへ行けば、暴走を止める方法が見つかるかもしれないのね?」
    「可能性はあるわ。限りなく低いけど、決してゼロじゃない」

    素っ気なく答えるユナ。
    カップを口に運んでひとくち飲んでから、再び口を開く。

    「少なくとも、このまま座して待っているよりは、よっぽどいいんじゃない?」
    「………」
    「どうする?」
    「行くわっ!」

    訊かれたエルリスは、即座に頷いていた。
    そして、セリスの手を取る。

    「お姉ちゃん…?」
    「もうすぐ、私たちの願いが叶うから。がんばりましょ!」
    「うん!」

    「…盛り上がっているところを悪いんだけどね」

    何回か見せられた、麗しい姉妹愛な光景。
    やってらんねーとでも言いたげに、ユナはふぅっとため息をつき。

    「お手軽に行き来できる場所じゃないのよ」
    「へ?」
    「言ったでしょ? 封印図書館の入口には強力な結界が施してあって、
     私だろうと学園長だろうと、突破することは不可能だって」
    「ユナでも…?」
    「無理。何度か試したけど、ビクともしなかったわ」

    「試したこと、あるんだ…」
    「よく、捕まったりしませんでしたね…」

    なんと、体験に基づく話だった。
    御門兄妹が呆れている。

    「昔の話よ」

    意に介さず、一言で片付けるユナ。
    これも、彼女の”武勇伝”のひとつなのだろうか。

    「じゃ、じゃあ、どうやって中に…」
    「何か方法は無いの? ユナさん教えて!」

    「無いことも無いわ」
    「本当っ!?」

    封印図書館とやらに潜入する方法。
    聞いている限りでは絶望的とも思えたが、ユナの返答は意外なものだった。

    飛びつく水色姉妹。

    「私が調べた限りでは、結界を破れるかどうかは、エルフが鍵を握っている」
    「エルフが?」
    「ど、どういうこと?」

    エルフといえば、あのエルフのことだと思う。
    結界を破ることと、どう関連するのだろう。

    「古い文献に、こんな記述があったの。信憑性には乏しいけれど、
     『エルフが持ちし幻の秘宝、光の壁をたやすく打ち破らん』ってね」
    「それって…」
    「おそらく。この光の壁っていうのは、結界の類じゃないかと私は思った。
     となると、エルフが持っているらしい、このなんらかの道具なり魔法なりを使えば、
     封印図書館を守る結界も、打ち破れるんじゃないかってことよ」

    なるほど。
    詳しいことはわからないが、エルフの協力を仰げれば、可能性はあるわけだ。

    「問題は、この記述が正しいのかということ。
     そして、正しかったとしても、そんな物騒な代物を貸してくれるか、ということよ。
     そもそも、エルフ自体と接触するのが、知っての通り難しいわ」

    本当に、文献の記述通りに、結界を簡単に破れるものだとしたら。
    …世界は大混乱だろう。

    どんなに強力な結界も意味を成さないはずだし、もし悪いものを封印している結界を
    無闇に破壊されでもしたら、それこそ大問題になる。

    それ以前に、エルフと接触したくても、当のエルフが人里に現れることは滅多に無いのだ。

    「その点なら、大丈夫!」

    しかし幸いなことに、重要なエルフとの接点が、彼女たちにはあった。
    自信たっぷりに言ってのけるエルリス。

    「心当たりがあるわ。最低でも、話くらいは出来ると思う」
    「どんな心当たりなのか、大いに気になるところだけど、まあいいわ。
     第一の問題は解決できたとして、第二の問題ね」
    「ま、まだあったの?」
    「ある意味、こっちのほうが重大かもしれないわね」

    ユナはそう言って、ニヤリと微笑を浮かべた。

    「封印図書館には立ち入りが禁止されている。
     結界があるから有名無実化しているようなものだけど、これが何を意味するか、わかるわね?」
    「あ…」
    「捕まるかも……しれない?」
    「イエス、よ。
     何があるかわかったものじゃないし、もちろん多大な危険も予想されるけれども。
     もっとも恐ろしいのは、潜入したことが学園側にバレて、捕縛令が出されることでしょうね」
    「……」

    そのことが恐ろしいのは、水色姉妹が1番よくわかっているに違いない。
    何をされるかわからないのだ。

    封印図書館に潜って、魔力の暴走を止める方法がわかったとしても、
    そのあとで捕まってしまっては、せっかくの努力が水泡と帰してしまう。

    水色姉妹の望みは、何の心配も無い、のどかで平穏な暮らしなのだから。

    「あわよくば逃げられたとしても、一生、逃亡生活を強いられる羽目になるかもよ」
    「……」
    「その覚悟が、あなたたちにはある? それでも、行く?」
    「……」

    ユナから問われた水色姉妹は、しばし沈黙して。
    顔を合わせて数十秒。

    「覚悟ならあるわ。もちろん行く」
    「うん」

    2人揃って、肯定の返事を返した。

    「どのみち、暴走の危険を無くさなければ、私たちに平穏は訪れないんだもの。
     今でもある意味では、逃亡生活を送っているようなものだしね」
    「みんなを巻き込んじゃうのがイヤだけど……
     わたしたちだけで行ってくれば、ユナさんや勇磨さんたちに危害が及ぶことは無いよね?
     …いたあっ!?」

    エルリスに続いて、セリスがそう言った直後。
    そのセリスから悲鳴が上がった。

    「なにするんだよ〜!?」

    叩かれた頭を抑えながら、叩いた本人へ、恨めしそうな目を向ける。

    「何を言っているんですか」
    「そうだそうだ」

    セリスを叩いた犯人は、御門兄妹である。

    「この期に及んで、俺たちに待ってろとでも言うつもりか?」
    「だ、だって、危ないし、捕まっちゃうかもしれないんだよ!?」
    「そこまで迷惑はかけられないわ」
    「そこのバカ弟子1号2号」
    「な、バカ…?」

    気を遣って言ったのに。彼らのためを思って言ったのに。
    返ってきたのはゲンコツと、ありがたーいお言葉。

    当然、憤る。

    「どういう意味よ!」
    「そのまんまだ、そのまんま。ここで頷いたら、俺たちが君たちを見捨てた、みたいに思われるじゃないか」
    「そんなつもりじゃ…」
    「あなたがどう思おうと、残される身にしてみれば、同じことですよ」

    勇磨に続いて、環も、ジト目を向けながら言う。

    「ここまで行動を共にしてきた私たちに、そんなことを言うおつりですか?」
    「公に出来ない秘密すら共有した仲だ。あんまりじゃないか?」
    「………」

    水色姉妹には言葉も無い。
    驚きももちろんだが、その上を行く感情。

    「それに、曲がりなりにも、あなたたちは兄さんと私が取った弟子。
     まだまだ未熟な弟子を放っておけますか」
    「環…」
    「環さん…」

    環は、途中でふっと表情を緩めた。
    真意に気がついて、水色姉妹も心を打たれる。

    「ま、そういうことで、一緒に行ってあげるよ。何より興味があるしな、何があるのか」
    「私たちも修行中の身ですから、何か発見があるかもしれませんし。
     なに、安心なさい。もし手配でもされたら、別の場所にでも行きますよ。
     捕まってやる気なんか無いですし、なんなら故郷に帰ってもいいですしね」

    「勇磨君……環……」
    「ありがと……ありがとーっ……!」

    感極まって、思わず涙ぐむエルリスとセリス。
    本気で言ってくれているであろうことがわかって、余計にうれしかった。

    …そう。
    間違いなく、御門兄妹にしてみても、本気の言葉・・・・・だった。

    「決まったみたいね」
    「あ、うん…」

    ユナがそう言うと、水色姉妹は目元を拭って。

    「ユナもありがとう。修行をつけてもらった上に、貴重な情報まで教えてくれて」
    「まあ、等価交換だから。それで? エルフとの話はどれぐらいで纏まりそう?」
    「え? 1度、王都に戻らないといけないから、それなりにかかるとは思うけど…?」

    調べて教えてくれたことに対し、礼を述べたのだが。
    なんだか雰囲気が怪しいことに気付く。

    「そう。じゃ、急いで行って、なるべく早く話をつけて戻ってきて。
     私も準備があるから、そういう意味では助かるけど」
    「え…。ちょ、ちょっと待って…」

    何が原因だったのか、今のユナの言動で察しがついた。
    わからないほうがおかしい。

    「も、もしかしてユナさん。ユナさんも一緒に来るの…?」
    「当たり前でしょ」
    「………」

    尋ねたセリスのほうが固まってしまうくらいの、呆気ない一言。

    「封印図書館よ。おもしろそうじゃない」
    「そ、そう…」
    「それに、私に失敗の文字は似合わないじゃない?
     今度こそ、封印図書館内部に入ってやるわ」

    そんな単純な理由で。
    水色姉妹は呆れるが、客観的に見て、ユナがいてくれるということは、とてつもないメリットがある。

    戦力的に見てもそうであるし、何より、魔術的な知識が自分たちには欠けている。
    ユナがいてくれれば、たいていのことはなんとかなるだろう。

    「そういう意味では、あなたたちに感謝しなくちゃね。
     封印図書館に入るチャンスを与えてくれた、って意味では」
    「あはは…」
    「それじゃ早速、準備に取り掛かるわよ。
     潜入のための準備をしないと。探索に何日かかるかわからないから、水や食糧も私が整えておくわ。
     その代わり、エルフとの交渉は任せたわよ」

    「う、うん…」

    俄然、やる気のユナ。
    彼女がこれほど活動的なところを見せるのは、彼女の義兄に関わること以外では、初めてかもしれない。

    昔、結界を破れずに中へと入れなかったことが、そんなに悔しいのだろうか?

    兎にも角にも、明確な道筋が見えた。
    その道の先に待っているのは、はたして、光か、闇か――





    第16話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■445 / inTopicNo.39)   『黒と金と水色と』第16話
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/21(Sat) 00:19:05)
    2006/10/21(Sat) 10:58:42 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第16話「おねがいエルフさまっ」






    封印図書館への潜入準備をユナに任せ、水色姉妹と御門兄妹は列車に乗り、
    王都へとトンボ帰り。超特急で目的の場所へと向かった。

    その場所とは?

    『いらっしゃいませ、なの』

    と、少女がスケッチブックで出迎えてくれる、
    ちょっと、いやかなり客足の遠い喫茶店である。

    案の定、他の客はいなかった。

    「こんにちは、チェチリア」
    「チェチリアちゃん久しぶり〜! リスさんも元気?」

    『元気なの』

    相変わらず、チェチリアの頭の上にはリスがいる。
    言葉とスケッチブックでコミュニケーションをとり、特にセリスとはすっかり仲良しさんだ。

    「おう、あんたらか」

    奥からマスターも顔を出す。
    どうも、と軽く会釈を返す御門兄妹。

    この1ヶ月あまりに間に、これが3度目の訪問。
    常連客と化して来ているのかもしれない。

    『ご注文は?』

    「今日はなんにするんだい?」

    時刻がちょうど昼過ぎだったため、今日も食事を取りに来たと思ったのだろう。
    店の2人はそんな風に訊いてきた。

    「あ、えと、ごはんもそうなんだけど、今日は…」
    「うん?」
    「マスターに訊きたいことがあって、来たの」

    もちろん、時間が時間だから、ついでに食事でもと思っていたことは事実だが。
    メインはあくまで他のこと。

    「まあなんだ。とりあえず席につけ」

    エルリスの表情から、何かを感じ取ったのか。
    マスターはひとつ頷いて、誰も座っていないテーブルを示した。

    「いつものことだが、他に客はいねえ。聞いてやるから、まずは腹を満たしな」
    「そうね、そうするわ」

    マスターの提案に従って、4人はとりあえず食事を取る。
    前回と同じランチセット。味も、同様に美味しかった。

    『お下げします、なの』

    そう書かれたスケッチブックを差し出して、チェチリアが皿を片付けていったのがつい先ほど。

    「〜♪」

    彼女が楽しそうに洗いものをしている中。

    「で? オレに訊きたいことってのは?」

    一行も食後のコーヒーで一服していると。
    カウンター席から、マスターがそう尋ねてきた。

    「お、そうだ。聞いたぜ」
    「なにを?」

    が、本題に入る前に雑談タイム。

    「勲章を受けたんだってな? カンダタ団をぶっ潰してよ。お手柄じゃねえか」
    「まあね。でも、私は本当に、何もしてないし…」
    「謙遜することはあるめえ」

    少し恥ずかしそうに応じるエルリス。
    現実に、ほとんど何もしていないのだから、恐縮する限りである。

    「…で?」
    「ええ」

    ひとしきり笑ったあと、表情を引き締め、再びマスターが尋ねてきた。
    エルリスも真剣な顔で応じる。

    「メディアさんのことを訊きたいの」
    「嬢ちゃんのことか…」

    マスターの眉間にしわが寄った。
    彼が自分で用意したコーヒーを飲み終えて、取り出したタバコに火をつけながら、
    続けてこう述べる。

    「わかっているとは思うが、人間とエルフは微妙な間柄だ。
     詳しいことは教えられない…というか、あんたらのほうが詳しいんじゃないのか?」
    「違うわ、そういうことじゃなくて。
     彼女が、次にいつ、このお店に来るのか、教えてくれないかしら?」

    何も、彼女の素性や、エルフの実態を聞きたいわけではない。
    彼女が次に来店する日時がわかれば、それでいいのだ。

    「彼女に相談したいことがあるのよ」
    「なるほど、そうかい。だがなあ…」

    マスターは納得したが。
    1度タバコを咥えて息を吸い、ほおっと白い煙を吐き出してから、唸った。

    「何か問題が?」
    「いや。まあ、問題っちゃあ問題なんだろうがな。オレもわかんないんだよ」

    わからない。
    それが答えだろうか。

    「来るときは来るし、来ないときは来ない。事前に連絡があるわけでもないからな。
     だから、次にいつ来るかなんて、誰にもわからんよ」
    「そう…」

    「ちなみに、どれぐらいの頻度でやってきているんです?」

    口を挟んだのは環。

    「さあなぁ…」

    この質問にも、マスターは首を捻った。

    「正確に数えてたわけじゃねえし。記憶もおぼろげだが、それでもいいか?」
    「構いません」
    「そうだな……。多いときは、月に2、3回、顔を見せたこともあったか。
     逆に間隔が長くなると、数ヶ月は平気でやってこねえぜ」
    「そうですか」

    月に2、3回。
    これを多いと見るべきか、少ないと見るべきか。

    今月は既に1回、彼女と初めて会ったときに訪れている。
    それが切れ目で、訪れない周期の中に入ってしまったとすると、
    メディアと接触するのは極めて難しい事態ということになる。

    「その、月に2、3回っていうのの中に、今月が入っていればいいんだけどなあ…」

    セリスの呟き。
    居合わせた全員の総意であったろう。

    そのとき…

    カランカラン

    ドアに付いているベルが鳴った。
    もちろん、ドアの開閉する音も響いた。

    普段は客がまったく来ない店に、いったい誰が。
    考えられる可能性はひとつだけ。むしろ、それ以外というほうが不自然であろう。

    期待に満ちた視線が、今まさに店内へ入ってきたであろう人物に集中する。

    「マスター、お邪魔するわ」

    ”彼女”は、以前に会ったときと同じような、薄汚れたローブ姿だった。

    一同に喜色が浮かぶ。
    彼女のほうも、彼らの姿に気付く。

    「って、あら? あなたたちは…」

    今月は、”当たり”だったようである。





    「そう…」

    話を聞き終えたメディアは、短くそれだけの声を発した。
    そのまま瞑想状態に入ってしまう。

    彼女の返事を待つ一同。

    数十秒なのか、はたまた数分が経っていたのか。
    どちらとも言えないような、微妙な時間が過ぎ去っていく。

    「結論から言いましょう」

    メディアの目が開かれ、その端正な顔が上がった。
    1人1人の顔を順番に見据え、答えを述べる。

    「確かに、私たちエルフは、究極の結界破りとも言えるものを持っています」

    やはり、あった。
    望みが繋がる。

    「ですが…」
    「……」

    メディアの表情が険しくなった。

    「むやみやたらと使用していいようなものではありません。
     ですので、”それ”は現在、我がエルフの里奥地にて、厳重に封印されています。
     持ち出すことなどもってのほか」

    「そ、そこをなんとか!」
    「お願いメディアさん! 1回だけでいいから、貸してくださいっ!」

    「………」

    水色姉妹は土下座をする勢いで、深く頭を下げた。
    メディアは姿勢はそのままに、再び目を閉じる。

    その後しばらく、水色姉妹の懇願する声が響いた。
    するとどうだろう。

    「…わかりました」

    メディアが静かに頷いたではないか。

    「いいのっ!?」
    「ありがとうメディアさんっ!」

    「勘違いなさらないように」

    喜びを爆発させるエルリスとセリスだが。
    釘を刺すように、メディアの目が開いた。

    「何も、この私が、それを使用する権限を持っているわけではありません」
    「……」
    「我らが女王に諮り、”フィールドブレイカー”を使ってもいいかどうか、
     判断していただきましょう。私が出来るのはそこまでです。いかが?」
    「じゅ、充分よ!」
    「ありがとうメディアさんっ!」

    すでに、貸してもらえると決まったような、水色姉妹の喜び様。

    「まああなたたちには、里を救っていただいた恩もありますし」

    とはメディアの弁だ。
    一応、それなりの謝礼は受け取ったのだが、エルフというのは義理堅いらしい。





    再度、ラザローンの大森林を訪れた。
    メディアの先導で、奥深くへと入っていく。

    「目を瞑って、私がいいと言うまで、絶対に開けないでください」

    とある地点まで来たとき。
    振り返ったメディアがそう言うので、一同は素直に従った。

    おそらく、ここから先が、エルフの里との境界なのだろう。
    周りは霧だらけで真っ白なので、何も見えず、どうなっているのかはわからないが、
    見られると困ることがあると思われる。

    頼んでいるのはこちらだ。
    従わなければなるまい。

    「いいですよ」

    メディアから合図があった。
    時間にして、わずか数秒後のことである。

    「…うわあっ!」

    目を開いた一行は、思わず声を上げた。

    「すごいすごいすごい〜〜〜〜っ!!」
    「綺麗…」

    飛び上がって驚くセリス。
    それ以外、言葉も出ないエルリス。

    「ほぅ…」
    「ここが、エルフの里ですか…」

    御門兄妹も同じだった。
    なにせ、この世のものとは思えない、それほどの美しい光景なのだから。

    水は澄み、草花は咲き乱れ、楽しそうに蝶が舞い、上空には抜けるような青空。
    まさに異次元。楽園が広がっている。

    この前、依頼を受けたときは、里の内部までは入っていないので、初めて見る景色だった。

    「こちらへ」

    そんな中を、メディアに従って歩いていく。

    途中、彼女と同じような容姿をした者とすれ違った。
    彼らは総じて驚いた顔を見せ、すぐさま遠くへと去っていく。

    無理もあるまい。
    異種族、人間がうろついているのだ。

    それでも敵意を見せないのは、メディアが一緒だからだろうか。

    彼女の話によると、人間界に出入りしているエルフは、自分1人だけだということだった。
    いわば、エルフを代表して、人間側と交渉していることになる。

    それなりの地位なんだろう。
    だから、彼女が先導して歩いているさまを見て、とりあえずは様子を窺っているのではなかろうか。

    やがて大きな建物が見え、その中へと入った。
    案内された場所は、目の前に玉座がある部屋。

    「しばしお待ちを。女王を呼んでまいります」

    予想通り、こう言ってメディアが消える。
    緊張しながら待つこと数分。

    「おなりになります」

    戻ってきたメディアが言った。
    一同が膝を折れたあと。

    腰まで伸びた、メディアと同じ、薄紫色の髪。頭の上には立派なティアラ。
    豪華な衣装を着て、手には黄金の杖を持った、1人の人物が玉座へと腰を下ろした。

    彼女が、エルフの女王。

    「陛下。この者たちがそうです」
    「うむ」

    メディアがそう言うと、女王が頷いた。
    女性特有の高い声ではあるものの、なぜか、気品と威厳を感じる。

    「フィールドブレイカーを使いたいそうだな?」
    「はい」

    視線を投げかけられたエルリス。
    一瞬だけ怯むが、ここで負けては始まらない。

    名称が『フィールドブレイカー』だということまでは知らなかったが、
    文脈からそれ以外には無いと判断。はっきりと頷き返した。

    「なにゆえか?」
    「私の妹を救うためです。強いて言えば、私たち姉妹が、幸せになるために」
    「つまり、私欲のためだな?」
    「その通りです」
    「肯定するか。これは愉快」

    女王はおかしそうに笑った。
    ここまできっぱり肯定されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

    「妹のためなら、修羅にでもなって見せます」
    「世界を敵に回しても、か?」
    「何があろうとも、セリスは私が守る。守って見せます」

    「お姉ちゃん…」

    エルリスの言葉に、感動して言葉を漏らすセリス。

    「わかっているとは思うが…」

    女王が、声を低くした。

    「フィールドブレイカーは我らエルフの秘宝。おいそれと使わせてやるわけにはいかぬ」
    「無理は承知です。ですが、そこをなんとか…
     1度……1回だけで結構です。決して悪事には使いませんので、
     どうか、お願いいたしますっ!」

    土下座するエルリス。
    隣にいるセリスも、慌てて姉に習った。

    「どうしたものかの」
    「お願いしますっ!」

    ふむぅ、と考える仕草を見せる女王。

    本来ならば門前払いもいいところなのだろうが、
    話を聞いてくれているのは、例の一件があるためか。

    あの依頼を受けておいて、本当に良かったところである。

    「どうしたものかのう」
    「お願いしますっ!」

    こういう問答を繰り返すこと、数度。

    「……ぷっ」

    突如として、場に似つかわしくない笑い声が轟いた。
    もちろんエルリスではない。セリスでも、成り行きを見守っていた御門兄妹でも、
    ましてや女王のものでもない。

    「あははははっ」

    笑い声を上げているのはメディアだった。
    こらえきれないといった感じで、腹を押さえて笑い転げている。

    気でも触れてしまったのか。

    「お、おなかが痛い…」
    「ちょっと姉さんっ!」

    女王陛下の眼前で、なんたる無礼な振る舞いなのか。
    それみたことか、女王からお叱りの声が…

    …?
    何かがおかしい。

    「あははははっ!」
    「いい加減にしてよっ! 姉さん? こらぁっ! 姉さんから言い出したことでしょ!」

    「…?」
    「???」

    ”姉さん”…? 女王が、メディアに向かって姉と…
    それに、言葉遣いが怪しいが…

    「も〜、これじゃ台無しじゃない」
    「ご、ごめんなさい……あはははは」

    メディアはまだ笑っている。
    どうにか笑いを収め、漏れ出た涙を拭きながら、当のメディアはこんなことを。

    「ふふふ、ごめんなさい。妹の様子があまりに不釣合いなものだから」
    「どーせあたしは、王族らしくないですよーっだ!」

    「……」

    何がどうなっているのだろうか。
    まったく状況が掴めない。

    「いえね。妹はご覧の通り、いつもはこんな様子だから、
     無理して偉ぶっている様子がおかしくておかしくて……ふふふっ」
    「いい加減にしてよ! だからあたしはイヤだったのー!」
    「ふふふふ」

    「あ、あのー…?」

    つまり、こういうことだろうか?
    今までのことは、すべて……

    「お芝居?」
    「ええ」
    「………」

    衝撃的なメディアの頷き。
    がっくりと力が抜けていく感覚を味わうのは、水色姉妹。

    「な、なんでこんなことを…」
    「ちょっとした悪戯、かしら。タダで貸してあげるのもおもしろくないし、ね♪」
    「……。本当の女王様はどこに?」

    もうツッコミを入れるのも億劫で、肝心なことを尋ねてみるが。
    メディアはにっこりと微笑むだけ。

    「どこにいるのっ!?」

    ついにエルリスがキレる。

    「あなたの目の前に」
    「……へっ?」

    衝撃の第二幕。
    ここに開演。

    「え、えと……あなたが?」
    「ええ」
    「メディアが女王様?」
    「ええ」

    相変わらず、にっこり笑顔で頷くメディア。
    茫然自失のエルリス。

    「そういえば、さっきそちらの偽女王様が、王族だって…」
    「姉妹なようですから、つまり…?」

    核心を突く勇磨と環。

    「私が、エルフの女王、メディアでした♪」

    舌を出し、茶目っ気たっぷりちに言ってのける真の女王様。
    衝撃ここに極まれり。

    直後、絶叫が轟くのだった。





    場が落ち着いてから。
    メディアは、質問のひとつひとつに答えていった。

    なぜあんなことをしたんですか?

    「さっきも言ったとおり、タダで貸すのもなんだかあれだし、おもしろくなかったから」

    あなたの正体は?

    「全エルフを統べる者。女王メディア」

    あちらの偽女王様の正体は?

    「私の妹」

    事の経緯を詳しく

    「女王を呼んでくるからって引っ込んだ後、急遽、妹を呼んで。
     私の代わりに女王になってもらうことにしたの。理由? 言った通りよ。
     妹は”快く”引き受けてくれたし」

    「よく言うわ。半ば脅して無理やりだったくせに…」

    結局、フィールドブレイカーとやらを貸してくれるのか否や?

    「おもしろい反応を見られたから、いいわよ」

    エトセトラ、エトセトラ…

    「あなたは、女王という立場にありながら、危険を冒して人間界に出向いていたと?」
    「危険だからこそ、よ」

    女王メディアはかく答える。

    「エルフのみんなをそんな危険に晒すわけにはいかない。
     だったら、女王たる私が率先して出向いていくべきでしょう?」

    「そもそも、どうして人間界へ?」
    「このご時世、私たちも何かと物入りでしてね。交易は不可欠なのよ」

    「はぁぁぁ…」

    大きなため息が漏れる。
    無論、メディア以外の人物から。

    結局のところ、メディアは最初から、フィールドブレイカーを貸しても良いと思っていたらしい。
    理由を訊いたら

    「あなたたちの人となりは良くわかっていますしね。
     1度くらいならいいかと。それに、先ほどのエルリスの真剣な眼差し。
     充分、信用に値します」

    とのことである。

    なんにせよ、借りられることになったので喜ばしい限りであるが。
    その代わり、ものすごい精神的ダメージを負うことに。

    「ついでに申せば、封印図書館には、大昔にエルフから流出した宝物があるかもしれないの。
     せっかくの機会ですから、それを確かめるためと回収するため、という理由もあったりしますが。
     ま、私の気まぐれですから、運が良かったとでも思ってください」

    メディアは、笑顔で話してくれた。

    女王様の気まぐれによる、今回の被害者。

    女王の妹君1名。
    それと、エルリスにセリス。合計3名ナリ。






    第17話へ続く

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■458 / inTopicNo.40)   『黒と金と水色と』第17話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/28(Sat) 10:41:22)
    黒と金と水色と 第17話「潜入! 封印図書館@」






    「その人が?」

    帰ってきた一行を迎えたユナは、初めて目にする、
    くたびれたフード、コートを身に着けた人物に首を傾げた。

    「ええ。この人がそうよ」
    「ふーん?」

    「……」

    エルリスがそう答えると、ユナは意味深な横目を向ける。
    一方、メディアのほうは無言だった。
    フードを深く被っているため、表情を窺い知ることも出来ない。

    「あの、メディアさん?」
    「約束が違います」
    「へっ?」

    険悪な雰囲気になりかけ、察したセリスが声をかけるものの、
    返ってきたのは、厳しい口調だった。

    「私がフィールドブレイカーを貸すとお約束したのは、あくまであなたたちだけです。
     こちらのお方のことは、何も伺っていません」
    「え? や、その…」
    「この人は私たちの仲間で、ユナっていって…」
    「私はあなた方のお人柄を信じて、フィールドブレイカーを貸しても良いと、そう判断した。
     たとえフィールドブレイカーの神秘を目にしても、絶対に口外しないと、
     そう信じられたからです。が、私は、この方のことは何も知りません」

    突然のことに焦る水色姉妹。
    確かにユナのことを知らせていなかったが、こんなに拒絶反応を示すとは。

    エルフ自体の存在が隠されていて、その上、その秘宝を使うというのだから、
    もっと配慮していて然るべきだったかもしれない。
    こちらの都合しか考えていなかったことも、少なからず事実だ。

    御門兄妹を含めて、4人は後悔した。

    「…つまり、私のことは信じられないと?」
    「ありていに申せば、そういうことです」
    「……」
    「……」

    一触即発の雰囲気で睨み合うユナとメディア。
    お互いに一歩も引かない。

    「まあ私に言わせれば、貴女のほうがよほど信用できないけどね?」
    「どういう意味ですか?」

    ユナの反撃。
    はんっ、とばかりに一瞥して、挑発的な言葉を投げかける。

    「そんな、相手に顔も見せないような輩を、信じる気にはなれないということよ」
    「それは失礼。道すがら、正体がバレる危険がありましたもので。
     ここではもうその必要は無いようですね」

    ここはユナの工房の内部。
    他人が入ってくる心配は無いし、正体を隠す必要も無い。

    メディアは、サッとフードを上げた。
    端正な顔立ちと、美しい紫の髪が光に晒される。

    彼女はついでに髪をかき上げて、髪に隠れていた耳を示して見せた。
    人間ではありえない特徴、トンガリ耳。

    「どうです?」
    「…なるほど」

    ユナは目を凝らしてよく確かめてみるが、作り物のような感じは見受けられない。
    エルフだ、ということは納得した。

    「私の負けみたいね」
    「いいえ」
    「……」

    珍しくユナのほうから負けを認めたが、応じないメディア。
    ユナの目がスッと細くなって、周囲の気温が下がる。

    「私はまだ、あなたのことを信用していませんよ」
    「……」

    さらに不機嫌になって行くのが、手に取るようにわかるようだ。
    いつ爆発して、炎を発現させるかわからない。

    「ま、まあまあ」
    「メディアさん。この人はこれでも――」

    「ふふふっ」

    「――…?」

    見かねた勇磨と環がフォローに入ろうと、声をかけた途中で。
    2人の声を遮るような笑みが漏れた。

    「ごめんなさい」
    「メディア…?」

    笑ったのは、メディアである。

    「存じ上げてますよ。ね、『炎髪灼眼の魔術師』、ユナ=アレイヤさん?」
    「…! 私のこと、知ってたのね」
    「ええ。ご高名はかねがね」
    「………」

    なんと人が悪い。
    知っていたのなら、最初から――

    「しかし、知っているのは名前だけです。趣向・性格までは知りません」
    「…なるほど」

    確かに、ユナの名前は、その道では有名だ。
    二つ名が付いていることからも、それはわかるだろう。

    しかし、どれほど有名であっても、本人の人柄まではわからない。

    「そ、それは、私たちが保証するわ!」
    「そうだよ! ユナさんは少し、わがままなところがあるけど、基本は良い人だよ!」

    「…セリス。あなたいい度胸してるわね」
    「ひう!? こ、言葉のあやだよ〜!?」

    急いで水色姉妹がこんなことを言うが、セリスの言葉に反応するユナ。
    顔は笑っているが、口調は正反対で、今度はセリスが青ざめることになる。

    「俺たちも保証するからさ」
    「ええ。ユナさん、普段はこんな人ですけれど、こと仕事となれば信用できますし、
     誰よりも頼りになるお人ですよ」

    ここぞとばかり、御門兄妹も言う。
    メディアに承知してもらわなければ、封印図書館に入ることは叶わないのだ。

    それ即ち、水色姉妹の悲願も叶わない。
    また、自分たち兄妹・・・・・・の目的も…

    「そうですか」
    「…環。あなたの言いようも大概だわね」

    とりあえず頷いたメディア。
    ユナは、セリスばかりでなく、環からも同じようなことを言われたことが不満らしい。
    ふう、と息を吐いて脱力した。

    「わかりました」
    「メディア!?」
    「あなたたちがそこまで仰るのなら、私も信用しましょう。
     なにより、炎髪灼眼を信用せずして、誰を信用するというのです」
    「よかった、ありがとー!」
    「ふふふ。少しおイタが過ぎましたかね」

    笑っているメディア。

    どうやら、本気で言っていたというわけではなく、試していたらしい。
    慎重にならざるを得ない立場なのはわかるが、もう少し…と思わないでもない。

    「はあ、やれやれ。心臓に悪い」
    「メディアさんというお人は…」

    大喜びの水色姉妹。
    御門兄妹もホッと一息である。

    前回のこともあるし、メディアというお人、いやエルフは、こういう人なのかもしれない。

    「ところでユナ。準備のほうは?」
    「用意しておいたわよ」

    質問に頷いたユナは、部屋の一角に置いてあるものを指差した。
    なにやら、カバンのようなものがいくつか置いてある。

    「あれはなに?」
    「”アーカイバ”よ」
    「おお、あれが」

    アーカイバとは、魔法道具の一つ。
    見た目は普通のカバンのようだが、その容量は驚くほど多く、大量に、大きなものでも詰め込めるとか。
    噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

    「有名な”四次元ポ○ット”、この目で見ることが出来るとは!」
    「勇磨あなた、なに言ってるわけ?」
    「いやあ。一種の憧れというかね?」
    「???」

    「気にしないでください。私たちの故郷に、そういったものがあるのですよ。
     あくまで架空のものですけれど、似たような感じでしてね…」

    大はしゃぎする勇磨に、周りの一同は首を傾げ。
    環は恥ずかしげに、視線を逸らすのだった。

    「一応、1ヶ月分の水と携帯食糧。あと、各種の回復アイテムを用意しておいたわ」
    「完璧だね」
    「でも、1ヶ月分って……そんなに?」
    「何があるかわからないのよ。これでも足りないくらい。
     容量の関係でこれが限界だけど、もっと用意したかったくらいなんだから」
    「そ、そうなんだ…」

    改めてビビるエルリスである。
    自分たちがこれから挑もうとしているのは、それほどの大迷宮であると。

    「私たちの分は人数分、用意したけど、あなたの分は無いわよ。大丈夫?」
    「ご心配なく」

    メディアがやってくるとは知らなかったので、彼女の分のアーカイバは無い。
    ユナが尋ねるが、メディアは意に介さない。

    「私はエルフですから、多少は人間よりも身体が持ちます。
     まあ、たまにお分けいただくくらいになると思いますから、
     そのときはお願いすることになりますけれど」
    「わかった」

    たまに、という頻度が、どの程度のものかは不明だが。
    自分でこう言うくらいなのだから、かなり少なくて済むのだろう。

    「私の分をあげるわ、メディアさん。私は小食だから、一緒に食べましょ」
    「ありがとうエルリスさん」
    「わたしのもあげるよっ!」
    「あらセリス。大食らいのあなたが、それで我慢できるのかしら?」
    「うっ…。お、お姉ちゃんの意地悪〜!」
    「ふふふ」

    ユナとメディアが対立していた、あの頃の嫌悪感はどこにやら。
    和やかな空気が満ちた。

    「それで、えーと、準備にかかったお金とかは…」

    しかし、ここで訊かねばならないことがある。

    準備をしたのはユナだから、当然、費用も彼女持ちだったはず。
    アーカイバや食糧、水やアイテムの代金。
    自分たちは負担せずともいいのだろうか。

    「ああ、それだったら、後払いにしてあげる」

    ユナはさして気にもしてない様子で、あっさり答えた。

    「後払い?」
    「あの封印図書館に入れるのよ? それほど面白いことは無いじゃない。
     つまり、私が満足すればするほど、あなたたちに払ってもらう金額は
     少なくなっていくってわけ」
    「そ、そう」

    準備にかかったお金の分だけユナが面白いと思えば、差し引きするということか。
    カンダタ団を潰して得た報奨金で、当初ほど貧乏だというわけではないにせよ、
    ユナが大満足してくれることを願わずにはいられない。

    「それで、決行日はいつにする?」
    「明日」
    「い、いきなり明日か」
    「善は急げ、っていうでしょ」

    決して『善い』ことではないと思うが…
    早いほうがいいのかもしれない。

    「そういうわけだから、今日は各自、調子を整えておくこと。
     具合が悪くなったからって延期はしないわよ。そのつもりでいて」

    ユナの言葉に頷く一同。

    さあ、いよいよ、謎に満ちた封印図書館へ潜入だ。
    気分は自然と昂揚し、決意に満ちてくるのだった。


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