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長き刻を生きる 第三話『大軍師の妙策』
作者:大空   2008/11/15(土) 01:40公開   ID:1HRkDV09Q2E

 あれからすぐに、関羽こと愛紗(あいしゃ)、張飛こと鈴々(りんりん)、左慈(さじ)、干吉(うきつ)を集めた集会が開かれた。
 無論、話し合う事は迎撃策による攻め手の策に出るか、防衛策による受け手の策に廻るかを初めとした部隊編成。

「愛紗殿と鈴々殿が村人による歩兵部隊を率いて頂きます
  私と左慈は死兵(キョンシー)による部隊を率います
  師叔様には最低限の護衛部隊を残し、私達の指揮をして頂きます
  これについては……満場一致ですね」

 この部隊編成には満場一致だった。
 キョンシーは道士からの力を受けると同時に、干吉の命令が最優先で動く為、愛紗と鈴々では率いれない理由故。
 逆に生きた人間の部隊を”人間の枠内”にいる二人が率いて、その武力を誇示する事で信頼を獲得できる。
 混声部隊を作り上げないのは、混成部隊は相当な信頼や熟練を要する為、急場では付け焼刃以下である。
 下手な戦略で被害を大きくするよりは、より確実な方法を取る事こそ軍師であり上に立つ者の太公望の決定。

「問題は街を戦火に飲まれない為に、一網打尽を狙い打って出るか……
  街が飲まれるギリギリの所まで敵を寄せて隊列を乱し叩くか……」

 これについて愛紗と干吉の間で亀裂が起きていた。

「街を護ると言う大義の下、村人達はついて来ている!
  その大義を揺るがしては決起した意味が失われてしまいます!」

「関羽殿……相手は四千、こちらは数こそ三千ですが実質は千にも満ちません
  それに相手方に打って出たとして、下手な突撃は要らぬ被害を生みます
  突撃でもっとも必要な騎馬の数はスズメの涙もないのですよ?」

 干吉の言う事も間違ってはいない。
 奇襲は迅速にして的確に、敵の要所を叩く戦術が要求される。
 下手に時間をかければ弱いこちらが叩かれるのは必定。
 ましてや騎馬がたった十数騎しかないのでは、迅速としても数が無さ過ぎる。

「敵は賊徒! つい今しがた街を襲った油断と我等の事を知らぬ故にコチラを甘く見ている慢心がある!
  その隙を私に鈴々、左慈殿の体術と武術を持ってして敵を一騎怒涛に薙ぎ払えば敵は四散する!
  気を逃しては皆の士気にも影響する……ここは無茶としても打って出るべきだ!」

 慢心と油断は、強者である虎が若き鹿に敗れるのと同じ。
 どれほど強くとも、その隙を突けば強者は一気に弱者へと変貌する。
 なによりも皆の士気は今が最高潮とも言えるのに、それを逃すのは痛手と言っても良い。
 士気による意志の強さはそれこそ数の条理を”多少”なら改善でき、敵の戦意を挫く役割も果たす。

「たとえ勝利したとして、貴方は人が一人もいない廃墟を造るつもりですか?
  太平の世への一歩は、まず足場を固める事が肝心なのです!
  自ら目的への足場を挫いては! 太平への橋を架けるなど夢に等しい!」

 民あってこその王であり、民あってこその街である。
 その民が兵の役割も果たしている以上、下手な被害は崩壊を招く。
 本来の干吉なら切り捨てるであろうが、『道導』に勝つには今は貪欲にならざるをえない。
 少しでも力を蓄え、反抗するに必要な戦力を得なければ、周辺の諸侯に足場を飲まれてしまう。
 一度死せば、次の役目が来たとしても、自身の力だけで勝てる見込みは少ないからこそ。


「愛紗、ここは奴等を寄せて叩く」


 太公望が二人の言い争いを仲裁するように発言する。

「何故です師叔様!? 今の士気と相手の情勢なら叩けます!」

「ワシの策を使う、すまぬがワシを信じてはくれぬか?」

「師叔様の策……ですか?」

 言い争いをしていた二人も、かつての大軍師の策と聞いて熱が下がる。
 なんとも腹黒そうな笑みを漏らし、干吉を片手で呼び寄せて指示を下す。

「――――――本気ですか?」

「キョンシーならば疲労を知らぬからのぉ」

 干吉は一足先に会議に使っている酒屋を後にし、キョンシーに指示を与える。

「愛紗・鈴々・左慈は民衆に簡単な武術を叩き込んでおいてくれ」

「師叔兄ちゃんの頼みなら喜んでするのだ!」
「張り切りすぎて怪我人増やすんじゃねぇぞ」
「左慈兄ちゃんみたいに難しくないから大丈夫!」

 面倒の掛かる妹の面倒を見る兄のように、左慈は鈴々の後を追う。
 出る際にポツリと「――――――お兄ちゃんか」
 などと言っていた、どうやら何かに目覚めたらしい。

「師叔様……私は間違っているのでしょうか」
「間違ってはおらぬ、ただ今回はワシの我が侭に付き合って貰いたい」

 酒屋に二人残され、意気消沈している愛紗。
 決して間違ってはいなかった策を採用されなかった悔しさからだろう。

「ワシもかつては無血の勝利を夢見た青臭い時期が存在してのう
  殷の王を狂わしている妖怪に戦いを挑み、流す血を少なくしたかった
  しかしアッサリと破れ……見せしめに故郷の姜族を惨殺されてしまった
  その時、ワシは誓った、流れる血を少なく、誰もが誰もを想える国を作ると」

 愛紗は何も言わないが、内心ではとても驚いていた。
 かの大軍師に、そのような過去が存在している事に。

「間者によれば敵は明朝にやってくる、その時こそ主には先陣を駆けて欲しい
  太公望軍の先陣の誉れと責務を主に託したい……愚策と想ったなら……」

「―――今回は師叔様の我が侭に振り回されるとしましょう
  必ずや、師叔様のご期待に沿えて先陣の誉れを御覧みせましょう」

 月夜は時間と共に動く。
 一人の男としての姿を晒した軍師と武人としての姿を保つ女性。
 簡単な訓練をして誰よりも先に眠ってしまった妹を介抱する兄。
 軍師の策を実現しているもう一人の軍師の孤独な姿。


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 明朝、キョンシー合わせて三千の集団が街より少し離れた場所で陣を張っていた。
 陣と言ってもそれは素人の真似事に等しく、あくまで其処に陣取っているに過ぎないようなもの。


「来ました!!」


 その言葉と共に、地平線に砂煙を巻き上げながら敵は来る。
 数は四千……対する太公望軍はまともな戦力は千と、約四倍。
 ”正攻法”なら間違いなく破れるであろう状況であるのは、火を見るよりも明らか。


「皆! 話した策の通りに動け! この太公望の策、賊徒程度に覆せぬものよ!!」


 村人達の雄叫びがあがり、全身を冷たくも熱い血が駆け抜けていく。
 刻々と近づいてくる影に怒りのあまり歯軋りする者、震えながらも怯えと戦う者。



『またあの村を襲い、様々な物を奪うが……やはり女だぜ!』



 既に村を目視している黄巾族四千を率いる男は、そんな考えを持っていた。
 あの時は物を奪うのに夢中になりすぎて、一番大切な女子供を奪うのを忘れていた。
 女は自身の欲の捌け口、子供は売り飛ばして金へと換える。
 なんとも惨いかも知れないが、当たり前にも思える考え。

 そんな賊徒の群れにも、まともな者が居た。

「周倉(しゅうそう)ちゃん……アタシ達は王朝と戦う為に此処にいるのよね」

 周倉と呼ばれた少女は、歳はおそらく十五・六と思われ体格に恵まれているのか女性にしては背が高い。
 砂色の短い髪を持ち、黒い瞳は先頭で自分達を束ねているつもりでいる男に向けられていた。

「裴元紹(はいげんしょう)……私達の夢見た義憤の乱はもう何処にもないんだね」

 裴元紹と呼ばれた少女もまた歳は十五・六と思われるが、小柄な体つきだが女性としての豊満な物を持つ。
 灰色の長い髪に、髪と同じ色をした眼を持ち、周倉と並列して馬を走らせていた。

 この二人は元は、この乱が腐敗した王朝への反旗と信じて参加していた。
 しかしいつのまにか、性質の悪い賊徒へと成り下がっている仲間に幻滅していた。
 そしてそれに参加している自分達にも……

「この戦いを最後にして、私は国に帰るわ」
「奇遇ねアタシもよ」

 二人がそんな語りをしていた直後、もっとも血の気の多い者が務めていた先陣が

 ”消える”

「散開っ!!!」

 咄嗟の命令に驚きつつも、周倉の判断によって後続の賊徒は太公望の策を回避した。
 もし判断があと一瞬でも遅ければ、彼女の運命は大きく変わっていただろう。


「我が名は関雲長! 義の青龍偃月刀の味を冥土で語れ!」


「皆! 一気に叩くのだ!」


「お前等! あの二人に負けんじゃねぇぞ!」


 左翼に愛紗・右翼に鈴々・遊撃援護に左慈。
 率いていた男を失い、戸惑いと混乱が蔓延するのには時間は掛からない。

「落とし穴!?」

「皆落ち着いて!!」

 懸命に指示を取る二人だが、よもや千人が余裕で落ちれる”落とし穴”があるなど考えてもいなかった。
 すり鉢状に作られたその干吉特製落とし穴の威力は絶大、もっとも血の気が多く、強さを持った者は皆穴の底。
 次々と人間が落ちてくる為に押しつぶされ、一番下の人間は、もう人間の形をしていない。

 押し潰された勢いで内臓は飛び出し、脳漿(のうしょう)を撒き散らし、白い骨を風に晒す。

 落とし穴はあっという間に血と内臓によって満たされ、生き残った者が出ようとしても、すり鉢状故に逃げられない。


「敵の先陣は崩れた! 押せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 愛紗が舞う。

 黒く長い髪を振り乱し、返り血も、飛び散る内臓も恐れる事無く。
 一度その手に持つ武具が振るえば、十人の賊徒の命が狩られる。
 どれほど数で押しても、突き・薙ぎのたった二手で攻撃を返され、死傷者を生む。
 敵を薙ぎ払う度に、賞賛の声が沸きあがり、味方を鼓舞し、敵を恐怖の底へと誘う。


「どけどけどけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 鈴々が戯れる。

 小さな子供と舐めてかかる者は、その姿を勇姿と理解する事無く薙ぎ払われる。
 愛紗ほど優雅ではない、それはある種の子供染みた感情が撒き散らす事の恐ろしさの体現。
 数で押しても、たった一度の薙ぎ払いで全てを無に帰すような暴れっぷりは、味方の背を押す。
 その幼き瞳には、死に対する恐怖の色はなく、純粋な感情が宿っている子供の瞳。
 奥底の恐怖も、あるべき罪悪感も、時代が消してしまったようなものである。


「破っ!!」


 左慈が演舞する。

 二人ほどの派手さはなくとも、そこには的確さと堅実さを宿した一撃が放たれていく。
 腕は鉈(なた)・脚は棍(こん)・手は刀と比喩ではないものが、身体一つこそ武を示す。
 一人、また一人と的確に命を絶たれ、同時に襲えばその同時を利用して同士討ちをさせられてしまう。
 乱戦と雄叫びが支配する戦場の最中でも、首をへし折り、骨を砕く音が耳を貫く。

 舞う度に血の噴水が吹き上がり、死の音が奏でられ、断末魔がそれを更に彩る。

 戦場はまるで楽譜にも思える情操を作り出していた。


「全員撤退! 全員撤退よ!!」


 元紹の撤退命令は虚しくも届かない。

 なぜならば既に賊徒は戦意を失い、立つ事すら出来なくなっていた。

 立てる者は我先にと、逃亡し太公望軍の者達も追い立てはしなかった。

 この場で立っていたのはたった二人、周倉と元紹の二人だけだった。

「そんな……」

 その場に崩れ落ちてしまう元紹に寄り添うように周倉も崩れ落ちる。
 自分達のした事を考えれば、これから行われるのは陵辱の限りか、極刑しかない。

 もっと早く抜け出していれば……

 そもそもこんな事に関わらなければ……

 後悔ばかりが駆け巡る間に、二人は縄によって捕らわれた。


「―――さて、邑(むら)の衆にはこれから選んでもらう」


 落とし穴に落ち、反撃する事も抵抗する事も出来ない生き残りと、指揮官クラスの二人の処罰。
 太公望が村を邑と言うのは、千百年前はそう書くからである。
 報復の大義は存在する、彼らが立ち上がったのは、元々襲われた事への報復なのだから。

 落とし穴の底は、懸命に助命を祈願する声で溢れている。

 力の優越は逆転し、賊徒は完全に殺される側に立たされているのだから。


「報復して主等の気が晴れるならそれでワシは、良いと思っている……
  だが報復、復讐は虚しいモノよ……そう思う者が居るなら捨て置け
  全ては主等の裁量に託すとしよう」


 師叔は全てを託した。

 彼らが下した決断は……


「こんな奴等を殺しても……娘は喜びません」


 一人の男の発言から、処刑は回避された。
 あまりの無様さに、呆れ帰り、殺す気が失せてしまったのだ。
 賊徒は皆、落とし穴より引き上げられ、蜘蛛の子を散らすように四散していった。
 もう襲ってくる気力も存在しないであろう事は確かである。
 そして残された二人については、一人の初老の男性が弁護した。

「この娘はとても縁が深い者なのです! どうか助命を!
  この子はとても脚が速い子で、それこそ! 馬にも劣りませぬ!
  こちらの方はとても馬を見る眼がございます!
  こちらの方もどうか助命の程を!!」

 殺す気の失せた人々はアッサリと縄を解いて、二人を解放した。
 
「……伯父さん」
「……オヤッサン」
「この馬鹿娘どもめ! どうして仕送りを盗賊で稼いだんじゃ……ワシは、ワシは」

 初老の男性は泣き崩れた。
 彼の生活費は、二人の盗賊生活によって養われていたらしい。
 本当はそんな事をしたくはなかった、だが時代が時代、稼ぐ手段は選べなかった。


 そして民衆が太公望に平伏して願う。


「「「「「「「「どうかこの街の県令になってください!!」」」」」」」」


 県令とは、市長の様な者で、地区長のように私兵を持つ事も許可されていた。
 以前の県令はこの騒動で逃げ出してしまったらしく、また民衆も太公望以外を受け入れる気が無いとの事。

「ワシで良いのかのぉ?」

「師叔様なら大丈夫です」

「お兄ちゃんなら大丈夫!」

「太平への一歩だぜ」

「目的の為には必要な事です」

 太公望に戸惑いは無かった。
 全ては『道導』と戦うのに必要なこと。
 
 なによりも願いを無碍(むげ)にしたくはなかった。


「この太公望師叔、これより県令に就きそなた等の協力を頼みたい……ワシでよいのじゃな?」


 湧き上がる歓声が、戦いの終わりと共にあげられる勝鬨(かちどき)に合わせてあげられる。
 『太公望万歳』と高らかに声があげられる。

「周倉ちゃん」
「……面白そうな人だね」

「男前だしね」

 ここに新たに女として太公望を狙うものが生まれた事に、誰も気付かない。

 今はただ、勝利と新たな県令の就任を祝うばかりであった。


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■作者からのメッセージ
初めての戦闘描写、難しいです。
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