一言に魔法と言っても様々な系統がある。
精霊魔術、暗黒魔術、召喚魔術、古代語魔術、神聖魔術、死霊魔術、呪術、大儀式魔術、ルーン魔術、自然魔術、神霊術――
今、挙げた物だけでも十以上もの系統が存在し、その中で更に火、水、雷と言った具合に属性も多岐に渡る。
アムラエルが小動物の怪我を治した魔法も、神霊術と呼ばれる天使のみが起こせる奇跡を体現したものだった。
しかし、この広い次元世界のどこかには、そんなアムラエルも知らない未知の魔法体系が存在する。
それが小動物が使用していた魔法であり、次元世界を航海する者達が使用する科学魔術の結晶――
「ミッド式とも、ベルカ式とも違う……異端の魔法か」
時空管理局提督、ギル・グレアムは、第97管理外世界――現地名『地球』から送られてきた報告書に目を通し、苦い表情を浮かべていた。
時空管理局――それは、次元世界を管理し、質量兵器の根絶と、今の技術力では再現が不可能とされる“滅亡した世界”の遺失物――ロストロギアの規制を働きかけてきた司法機関である。
歴史の裏側で管理局は約百五十年もの間、次元世界の安寧と平和のために活動を続けてきた。
その活動範囲は、地球をはじめとする数百、数千とも数えられる次元世界に渡り、今もその勢力は拡大を続けている。
「九年前に起こったとされる、第97管理外世界の異世界との邂逅――
管理局にも確認されていない次元世界からの次元干渉」
通常、管理外世界とは次元航行能力を持たない世界がほとんどであり、管理局もそう言う未発達な後進世界は推移を監察し、見守ると言う姿勢を取っていた。
だが、地球のように、魔法技術がなく、科学技術のみが高度に成長した世界は、管理局の掲げる質量兵器根絶の方針と反する。
しかし、そうした世界に無理に接触を図り、質量兵器根絶を訴えたところで、その世界の人々が素直に応じるはずもない。
科学技術しか発展を遂げていないと言うことは、その技術なくして、進化も発展もないと言うことだからだ。
魔法とは――科学と違い、特異な才能だ。
誰でも扱える科学と違い、魔法は魔力資質と言う生まれもっての才能に依存するところが大きい。
そのため、代わりに魔法技術を提供すると管理局が呼びかけたところで、才能と言う不確定な要素で、使えるものが限定される力など、一部の人間には受け入れられても、魔法に馴染みがなく、科学の恩恵を受けている大部分の人々には受け入れられるはずもない。
その問題は地球に限らず、科学を推進する次元世界と、管理局の掲げる思想の擦れ違いによる摩擦は、大きな問題として常に存在していた。
――これは管理局全体に蔓延する、主義と対話、秩序と法と言った、最大の問題と矛盾を孕む課題となっていた。
故に、地球は、次元世界に干渉できる技術を要していないと言うことから、現状では危険とまで判断出来ないとされ、監視対象世界と言うことで管理局の意思は決定していた。
しかし、管理局にとっても予想のつかなかった問題が発生する。
それこそが地球で九年前に起こった――『ミッシング・ピース』と呼ばれる異世界との邂逅だった。
突如、飛来した魔法文明との遭遇。その魔法文明が次元航行能力を有していた場合、それは管理局にとっても危険な世界になる可能性があった。
しかし、現地に潜入していた局員より、もたらされた情報から、管理局もそれが杞憂に終わったことを知り、安堵の表情を浮かべる。
それは地球と隣接したその世界はすでに滅亡寸前だったと言うことと、残された文明もミッドチルダとは比べるまでもなく、デバイスも使用せず、次元航行能力も有さない遅れた魔法技術だと報告されたからだった。
「あと少しで計画が果せると言うのに……
何故、これほどイレギュラーな出来事が付きまとうのだ」
グレアムは管理局でも『歴戦の勇士』と称えられるほど、局内でかなりの影響力を持つ人物だ。
すでに現場から退いているとは言っても、彼自身の影響力がそれで失われた訳ではない。
それだけの権威と力を持った彼が、自身の進退を賭けてまで推し進めている計画――それに地球が関係していた。
グレアムはその計画をなすために、ここ数年、様々な手を打ってきた。
信頼のおける部下を地球の監視員として配備し、障害となりそうなものはすべて遠ざけ、身内の管理局にも悟られないように慎重に計画を進めてきたはずだった。
そのためにも現地からの報告は最低限のものに留め、本局の介入を避けるために、地球に不利な情報は出来るだけ流さないように努めた。
グレアムも、文明レベルの低い、現地の魔導師の魔法など大したことがないだろうと言う思いもあったからだ。
しかし、先日、ロストロギアを乗せていた輸送船が消息をたった事故があり、行方が分からなくなっていたロストロギア『ジュエルシード』が、地球に飛び散っていると言う報告が、潜り込ませていた現地の監視員から、グレアムの下に寄せられていた。
それにはグレアムも眉を顰める。現地の魔導師がジュエルシードを発見した場合、それを悪用される可能性もあり、そんなことになれば、ここまで秘密裏にことを進めて来た計画が、本局の介入により修正、最悪、瓦解する可能性が出て来る。
それは、グレアムにとっても、とても見過ごせる話ではなかった。
「わたしだ――グレアムだ。輸送船事故の現地調査には、どの部隊がついている?」
『はっ、本局勤務のリンディ・ハラオウン提督と、アースラがその任務に当たっているはずですが』
「そうか……分かった」
通信越しにアースラの名を聞き、僅かに表情を緩ませるグレアム。
「これも因縁か……」
クライド・ハラオウン――その名を知る者は、管理局でも少なくない。若干二十五歳と言う、若き提督であり、リンディの夫だった男。
かつて部下だった彼を、グレアムは“ある事件”で失っている。
そのため、リンディに対しても、大きな負い目があった。それゆえか、残されたリンディと、その子供を気にかけていた。
グレアムは、そんな彼らが、自分の計画に深く関わる地球に訪れることに、運命を感じざる得ない。
「だが、今更、計画を止めることも、退く訳にはいかない。十一年も待ち続けたのだ。
そう、クライドくんのためにも――不幸の連鎖を、ここで断ち切るためにも――」
次元を超えし魔人 第3話『本当に大切なこと』
作者 193
急成長した木々に、突如覆われた街並み――
その街の一角、高層ビルの屋上に、私立聖祥大学付属小学校の制服に良く似た、白いBJ(バリアジャケット)に身を包んだ、なのはの姿があった。
その手に持った身長ほどもある大きな杖を、街の中央にそびえる巨大な大樹へと向ける。
なのはから「レイジングハート」と呼ばれたその杖は、主の声に答え、その形体を変えていく。
デバイス――
一般に“杖”、“魔法杖”と呼ばれるこの武器は、魔導師が魔法を使う際の詠唱の補助を行なう。
呪文をプログラムとして保存しておくことで、術者の魔法行使を助ける役割を担っており、通常では難しいマルチタスクなどの高等技術も、デバイスにその一部を負担させることで可能としている。
さらには、起動時にはBJと呼ばれる防護服を展開し、物理、魔法耐性を飛躍的に高め、術者の身を守る。
魔法科学――その集大成と言えるのが、このデバイスと呼ばれる魔導師の杖だった。
「ディバイーンバスタ―――ッ!!」
先日まで魔法を知らない一般人だったなのはが、こうして魔法を使えることは、こうしたデバイスの力によるところが大きい。
術者に要求されるのは、魔法を行使するタイミングと、運用のセンス――
そして、それを支えるのに必要な強大な魔力さえあれば、例え素人であろうと、デバイスの補助さえあれば、魔法を行使することは理論的に不可能ではない。
だが、それも理論的に可能と言うだけであって、誰でも可能と言う話ではなかった。
なのはの使っている魔法のレベルは、確実に管理局員の中でも上から数えた方が早いレベルだ。
この異常とも言える成長速度、そして教わってもいない魔法をアイデアと閃きだけで実行するセンス。
彼女が魔法を覚えて数日しか経ってないとは、誰も思えないだろう。それだけ、なのはの非凡才さが窺がえる。
それは、なのはにレイジングハートを譲った人物、ユーノ・スクライアも同一の見解だった。
(本当に凄い……彼女は間違いなく天才だ)
レイジングハートから放たれた魔力砲が、街をこんな風に変えた元凶、ジュエルシードに直撃する。
ジュエルシードを包み込む魔力光――その青い宝石には、薄っすらと光る『シリアル]』の文字が刻まれていた。
「凄いよ、なのは!! やっぱり、キミは――」
「…………」
砲撃による長距離封印と言う、高ランク魔導師にしか成せない荒業でジュエルシードを封印したなのはを見て、ユーノは舞い上がっていた。
自分では決して届かない高見へと昇ることが出来る彼女の才能に、ユーノは憧れにも似た、淡い想いを馳せていたのかも知れない。
しかし、なのはは被害にあった街並みを見て、表情を曇らせていた。
倒壊した家屋、折れ曲がった電柱、そこら中でサイレンが鳴り響き、辺りは騒然としていた。
海鳴市のおよそ三分の一を巻き込むことになったジュエルシードの暴走――
それは、この街で生まれ育った、なのはにとっても痛ましい事件だったと言える。
なのはも、当初、助けた小動物が言葉を話し、ユーノ・スクライアと言う名前を名乗ったことには驚いた。
それでも、ユーノの事情を聞いて行くうちに、彼を助けたいと言う気持ちが湧いて来た。
あれだけの怪我を負ったにも関わらず、ジュエルシードを発掘した者として責任を果すため、この世界に散らばったジュエルシードを集めようとするユーノの必死さに動かされ、なのははユーノのジュエルシード集めを手伝うことを決めた。
元々、潜在的に巨大な魔力を持っていたなのはは、持ち主のユーノよりも、レイジングハートを上手く使って見せた。
常識では成しえない奇跡、“魔法”と言う力を手にし、武器と翼を手にいれたなのはは、自分でも舞い上がっていたのはないかと考える。
こうなる前に、止めることが出来たはずだった。気付くチャンスはあった。
それなのに、慣れない魔力行使による疲れから「それは気のせいだ」と決めつけ、ジュエルシードの反応を見過ごしていた。
――それが、この結果を招いた。
それは、なのはの心に重く圧し掛かっていた。
「……大丈夫? もうすぐ、家だから」
「……ああ、ごめん」
少女に肩を借り、傷ついた足を引き摺りながら歩く少年。
なのはの父親、高町士郎が監督を務める少年サッカーチーム、翠屋FCのGK(ゴールキーパー)の少年だった。
付き添っているのは、マネージャーの少女。
二人が仲が良いことも、互いを想いあっていることも、なのはは知っていた。
彼が“願いを叶える宝石”、ジュエルシードを持っていたことも、なのはは気付いているはずだった。
ジュエルシード――それは、巨大な魔力を秘めたロストロギア。
見た目からは、綺麗な青い宝石にしか見えないが、その内包する魔力は、世界を消滅させる可能性がある次元震を引き起こすほどの、巨大な力を秘めている。
その使い道や、役割は一切分かっていない。
しかし、それが動物や人間、心を持つものの強い願いや、祈りを汲み取り、無理矢理叶えようとする特性があると言うことは分かっていた。
お互いを想い合う少年少女、その強い想いに、ジュエルシードが答えないはずがない。
だから、なのはは後悔していたのだ。手が赤くなるほど強く拳を握り締め、その惨状を目に焼き付ける。
自分の甘さが招いた結果、傷ついた自分の街を――
「もう、ちょっとはD.S.も手伝ってよ!!」
倒壊した家屋の下敷きや、肥大化した木々に挟まれ怪我をした人、海鳴大学病院にもたくさんの怪我人が運び込まれていた。
ベッドも、治療スペースも足りていない現状を見たアムラエルは、回復魔法で怪我をしている人たちを治して回る。
「酷い……」
アリサは街の様子、そしてこの病院の有様を見て、こんなことに自分の親友が関わっていたと言う事実に目を背けたくなる。
だが、目の間に広がる光景がすべて――
これが、現実だった。
「どうしてよ! なのはは――あの子は大丈夫だって――
危険はないって言ったじゃない……」
D.S.に詰め寄るアリサを、治療を続けながらアムラエルは遠巻きに見ていた。
アムラエル自身が、アリサに大丈夫だと言った手前、今回のことはバツが悪すぎる。
正直、アムラエルにとっても、なのはがこんな短期間で魔法を覚え、こちらの世界に足を踏み込んでくるとは思ってもいなかった。
自分でも目算が相当に甘かったと言うことを、アムラエルは悔いていた。
今更ではあるが、こんなことになるのなら、もっと早く、ユーノをなのはから引き離しておくべきだったと後悔する。
「ああ、もう――ちょっと来い」
「え? ちょっと、離しなさいよ!! バカ、ルーシェ!!」
D.S.に軽々と肩に抱えられ、そのまま連れて行かれるアリサ。
推移を見守っていたアムラエルも、そのD.S.の突飛な行動には目をきょとんとして驚く。
「ええ!? ちょっと、D.S.どこにいくのよ――っ」
待っている怪我人はまだ、たくさんいた。
そんな状況でD.S.とアリサを追いかけるわけに行かず、その後も黙々と治療魔法をかけ続けるアムラエルだった。
「痛っ!! もう、下ろすなら、もっと丁寧にやりなさいよ!!」
「――見ろ」
D.S.が連れてきたのは病院の屋上だった。眼下に広がる傷ついた街を、D.S.はアリサに見るように命令する。
「ここに来るまでに散々見てきたわよ……」
「いいから――見やがれっ!!」
目を背けようとするアリサの顔を無理矢理、街の方に向けさせるD.S.――
「テメエがいくら目を背けようが、これが現実だ」
「…………」
病院の前には、中に入りきらなかった怪我人が、簡易で設けられたシートの上で、たくさん野ざらしにされていた。
ここからでも、街の方から上がる粉塵が見える。サイレンが鳴り止むことなく響き、それが被害の深刻さを肌に伝えてくるようだ。
だが、そんなことはアリサにも分かっている。だから、悲しかったのだ。
誰よりも、人に迷惑をかけることを嫌うなのはが、このことに関わっていたと言うこと――
そして、そのことを親友の自分にすら打ち明けてくれなかったと言うことが――
「そんなこと――アンタに言われなくたって分かってる!
でも、なのははわたしに何も相談してくれないし――
わたしはアムやルーシェみたいな、凄い力なんて持ってない!!
そんなわたしに、どうしろって言うのよっ!!!」
――!!
アリサはいつしか顔を赤くし、溜まっていたものを吐き出すかのようにD.S.に当たっていた。
その手がD.S.の頬に当たり、そのことでアリサは正気を取り戻す。
「わたし……」
アリサも殴るつもりなどなかった。D.S.もアムラエルも悪くないのは分かっていた。
でも、どうしようもなかったのだ。分かってはいても、気持ちが、未熟な心がついていかない。
「……バカヤロウ」
「え……」
そんなアリサをD.S.は自分の胸に引き寄せる。
「ガキが強がって、なんでも抱え込もうとするんじゃねーよ」
「…………」
「別にアイツが力を手にしたのも、アイツの責任だ。アリサのせいじゃねえ。
それに、この惨状を引き起こしたのは、お前たちじゃない。
アイツらが回収していった、あの宝石が原因だろうが」
「…………」
「ガキが、グダグダ悩んでるんじゃねーよ」
「あんただって……子供じゃない……バカ」
アリサは、ずっと思っていたことがある。そして、それが自分の勘違いでないことを今日知ることが出来た。
いつか、アムラエルが言っていたこと――「D.S.は本当は凄く優しい」と――
いつもはだらしないD.S.を叱りつけ、口を聞けば口論ばかりしていたアリサだったが、この時ばかりはアムラエルの言葉を思い返していた。
D.S.は確かに優しい――でも、同時にアムラエルはこうも言った。
「D.S.はね。本当はとても寂しがり屋さんなの。
彼の心はいつも、暗くて、冷たくて、寂しくて――助けを求めている。
誰よりも孤独の中で彼は生きているの」
それを聞いたとき、アリサは信じられなかった。無神経で、女癖が悪く、口が悪い。
あのD.S.が寂しがり屋で、助けを求めているなど言われても信じられるはずがない。
「わたしはD.S.とずっと同じ夢を見てきた――だから、アリサにだけはD.S.の“本当”を知っていて欲しい。
二人は、わたしにとってウリエルと同じくらい大切な家族だから――
これはわたしの我がまま――もう、D.S.の孤独を救ってあげられる女性(ヒト)は、この世界のどこにもいないからね」
その時のアムラエルの顔をアリサは忘れることが出来ない。
愛しい人を想う、悲しげな表情――何がアムラエルをそこまで想わせるのかアリサには分からなかった。
でも――
「今なら、アムの百分の一、千分の一でも理解できるかな……」
アムラエルにとって、そこまでするほど大切なものがD.S.なら――
アリサにとって、この二人以外にそこまで大切と言える存在は、なのはとすずかの二人だ。
なのはと向き合って、ちゃんと話をしなくてはいけない。アリサは、そう心に固く誓うのだった。
「――以上が海鳴市で起こった被害の全容です」
メタ=リカーナ城の謁見の間で、報告に上がった兵士から海鳴市のことを聞いたシーラは、いつになく険しい表情をしていた。
「日本政府も、このことに関して魔法が関与しているのではないかと我々を疑っているようです。
まあ、無理もないと思われますが如何致しましょう?」
魔法に関する事件であることは明らかだ。
そして、この世界で魔法に関する事故、事件が起きた場合、メタリオンの住人が一番に怪しまれるのは当然と言えた。
「シーン、このことについて何か思い当たることはありませんか?」
「さあ? さすがにそこまでは……
でも、街中の植物を肥大化させる魔法なんて、少なくとも私は聞いたことがないですし――
王宮の魔導師でも、それが実現が可能かどうかと言えば、難しいと思います」
シーンと呼ばれた女性、絶妙なプロポーションを持ちながら、その表情にはどこか少女の持つあどけなさも残っている。
柔らかいその物腰、控えている位置からも、彼女がシーラにとって重要な側近であることは明白だった。
一人、海鳴市の事情を知る人物がシーラの頭を過ぎるのだが、少なくとも彼が関与しているとは思えなかった。
彼の手口、性格を理解しているシーラからして見れば、そんな回りくどい手を取るとは思えない。
だが、自分の庭先で起こったことだ、原因くらいはすでに掴んでいるのではないかと考えていた。
「シーン・ハリ、カイ・ハーン両名に使いを頼みたいのです」
「使い? 日本政府ですか?」
腰に帯剣をまとった黒髪の女性、カイがシーンに代わって答える。
彼女もまた、シーンと同じ王女付きの側近の一人だった。
その権限から、シーラに代わり幾度か日本との交渉の場にも赴いたことがある彼女は、今回もそう言った頼みかと思い至ったのだが――
「いえ、海鳴市に行って下さい」
「それは――わたしたちに現地調査をして来いと言うことですか?」
シーラが無駄な命令をするとはカイも思ってはいない。
今更、現地調査など、他のものでも出来ることを自分たち二人に命じるとはカイには思えなかった。
「“概ね”――そんなところです。現地の滞在場所にも心当たりがあります。
後から地図を手配しますので、まずは“そちら”に向かって下さい」
「分かりました――」
礼をして立ち去る二人。シーラの言うとおりなら、その滞在場所にこそ、何かあるのだとカイは考える。
それはシーラも同じだった。だが、二人はまだ知らない。
そこに、“ダレ”がいるのかと言うことを――
「ねえ、アムちゃん……
アリサちゃんと、なのはちゃん何かあったの?」
すずかは朝からずっと、二人の様子がおかしいことに気付いていた。
そのことで、アリサと一緒に暮らしているアムラエルなら、何か知っているのではないかと考えたのだが――
「アリサもなのはも、どっちも意地っ張りなだけだから心配ないと思うよ。
こう言うのなんて言うんだっけ? あ、ツンデレ!!」
「アムちゃん……それは何か間違ってる気がする」
アムラエルの現代知識はかなり偏っていた。基本的に勉強よりも、楽しいことが大好きなアムラエルだ。
アニメ、ゲーム、漫画、そう言ったものが何よりも大好きだった。
そうしたところから得た知識と言うものは、どうしても偏りがでてしまうのは仕方ない。
以前に何かの漫画に影響を受け、「メイド喫茶に行ってみたい!」と嬉々とした表情でアリサに迫り、彼女を困らせたことは記憶に新しい。
「まあ、二人とも子供の癖に、あれこれと背負い込み過ぎなんだよね。
若いときから苦労を背負い込み過ぎると、大人になってから禿げるって言うのに――」
「禿げるって……でも、アムちゃんて同い年に見えないくらい、時々、凄く大人びて見えるよね?」
「ふふ〜ん、わたしって大人だし」
そう言うところが「ガキ臭い」とD.S.に言われているアムラエルだったが、そんなことは気にしない。
だが、そんなアムラエルを見ていると、某水属性の熾天使もそうだが、基本的に天使はマイペースな人物が多いのだろうかと思わせられる。
しかし、そう言うすずかが、対アムラエルに対しては、一番の策士なのかも知れない。
すずか自身は、本当に感心しているだけなのかも知れないが、アムラエルの話に生真面目に答え、それで気を良くしたアムラエルは「うんうん」と余計なことまで話していく。
実は、こうしてD.S.の私生活における裏情報も、女生徒たちの貴重な情報源となっていた。
ただでさえ目立つ、銀髪に美形の少年――アリサは知らないが、D.S.は実はかなりモテる。
その上、学業成績も優秀で常に満点。アリサを抜かしてトップを取るほどの秀才に加え、メタリオン出身と言うことで、D.S.とアムラエルが魔法を使えることは学校でも周知の事実となっていた。
しかも、先日の植物の暴走事件の折り、魔法で彼らが、救助活動の手伝いをしたり――
怪我をした人々を治療して周ったこと(やったのは全部、アムラエルなのだが……)が学校でも誰も知る事実となり、そのことで市から表彰されたにも関わらず、それを辞退した(D.S.もアムラエルも興味がなくていかなかっただけ)と言う謙虚さも知れ渡っていた。
アリサの眼が届かないと、よく授業をサボるD.S.だったが、それも真面目すぎず、悪ぽくて可愛いと言うのだから世の女性とは分からないものである。
どんな誤解で、そうなったのかは知らないが、アムラエルはそのマスコット的な可愛さもあって男性女性問わず人気が高く、D.S.も女性からの人気が非常に高かった。
今では学内に留まらず、学外にも彼らのファンはかなり多い。
知らぬは本人と身内ばかりとは、良く言ったものだ。
「それじゃ、喧嘩したわけじゃないんだね……
そう言えば、最近、なのはちゃんの様子もおかしかったし」
アムラエルは、なのはが魔法を使っていたことを上手く隠しながら、本当のことを混ぜて上手くすずかに伝えていた。
D.S.に関しても、本人の許可なくまずいと思われることは出来る限り話してはいない。
そのぐらいの配慮が出来なければ、天使の最高位である熾天使――そのウリエルの副官として、いくら妹だからと言って、彼女が着任できたと言う過去があろうはずがない。
見た目にはおバカをよそおっていても、アムラエルは本当にバカではない。
ウリエルとD.S.と言う二人の深い悲しみと、絶望を知っている彼女は他者の心の機敏にも意外と鋭い。
その相手にとって、気軽に踏み込んではいけない一線のさじ加減くらいは心得ている。
「すずかは、どうしたいの?」
「わたしは、二人に仲良くして欲しい……
アリサちゃんも、なのはちゃんも、わたしにとって大切な友人だから」
「だったら、すずかも、すずかの好きにやればいいと思うよ。
誰かに気をつかってばかりじゃ、すずかが疲れちゃうでしょ?」
「あ……」
天使の笑顔でそうアドバイスするアムラエルの言葉に、すずかは少し救われた気がした。
すずかは、はじめて――なのはとアリサが喧嘩をしたときのことを思い出す。
そのときは、今よりずっと気が弱く、「嫌だ」と言うことが出来なかった自分が原因で二人が喧嘩なった。
アリサに取られた大切なヘアバンドを「返して」と強く言えず――
結局、それを見ていたなのはがアリサの頬を打ち、取り返してくれたのだ。
その時、なのはは――
「痛い? ――でも、大事な物を取られた人の心は、もっと、もっと痛いんだよ」
そう言って、叩いた手を震わせながら、涙を滲ませていた。
結局、最後は掴み合いの喧嘩をはじめた二人を、すずかが泣いて止め――三人はそれが原因で友達になった。
だけど、すずかは思う。自分では、あれから随分と物怖じしなくなったと思っていたが「本当に自分は強くなったのだろうか?」と――
いつも、自分を引っ張ってくれるアリサ。そして、困っているときに手を差し伸べてくれるなのは。
二人の背中に隠れているだけの自分は、また、二人に頼り切ってしまっている。
それでは、本当の友達とも、ましてや親友とは呼べないのではないかと、すずかは考える。
「アムちゃん――ありがとう」
だから、すずかも決意した。
アムラエルのように自分に素直になることは難しくても、二人のためなら、もっと積極的になれるかも知れない。
それは、なのはとアリサに対する親友としての立場から、すずかなりに覚悟を決めた――答えだった。
「アリサちゃん、なのはちゃん」
教室で、珍しくすずかの方から呼び出された二人は、おもしろいように目をキョトンとして驚く。
いつも、何かに誘うのは自分たちからだった。それに、雰囲気から、今のアリサとなのはが気まずい雰囲気にあることは察しているはず――
だから、自分たちに気をつかって、すずかなら声をかけられないと思っていた。
「二人とも、今度の休み――わたしのお家に遊びにきませんか?」
「……え?」
「……ふにゃ?」
「きませんか?」
「「……はい」」
いつもと違うすずかの迫力に押され、思わず一緒に頷く二人。
後ろからアムラエルが遠慮もせず、「わたしも行っていい?」と手を上げているのが見て取れる。
なのはとアリサは何がなんだか分からないといった様子で、終始笑顔のすずかとアムラエルの二人を見ていた。
「そう言えば、ルーシェは?」
「あ……サボリ……かな?」
「もーっ! また、あいつは!!」
D.S.がいないことに気が付き、教室を飛び出していくアリサ。
だが、D.S.を探し廊下を走るアリサの表情は先程までとは違い、少しほころんでいた。
「あの子が、あんなことを言うなんてね」
友達の成長は嬉しい。そして、自分も覚悟を決めたのなら、なのはとちゃんと向き合わなくてはいけないと反省する。
すずかが自分たちのために頑張ってくれた機会を、必ず無駄にはしない。
アリサはそう胸に決め、約束の日を待つのだった。
……TO BE CONTINUED?