高層ビルの立ち並ぶ市の中心に、曲線のラインが綺麗な黒のパンツスーツに身を包んだカイと――
そんなカイとは対象的に女の子らしいチェックのワンピースに、可愛いレースのカーティガンを着込んだシーンが並んで歩いていた。
女子高生に人気があると言う、移動式のクレープ店で買ったバナナクレープをほお張りながら、シーンはキョロキョロと近くのショーウインドウを物色して回る。
カイはと言うと、そんなシーンに注意することを諦めたのか、真剣な表情でシーラから渡された地図を見ていた。
「カイ、目的地ってまだなの?」
「…………シーン、お前はこんな地図で分かると思うのか?」
広げていた地図をシーンの目の前に突きつけるカイ。その地図を見てシーンもなんとも言えない表情をする。
シーラの描いた地図、それがとにかく酷かった。ところどころに、クマかネコか分からないイラストが書かれていて、なんだか奇抜なオブジェに、にょろにょろとした線がいくつか引かれているのが分かる。
おそらく、この線が道なのだろうと言うことはカイにも理解できたが、イラストの意味も、オブジェも、そして『ココ』と書かれた目的地の場所も、カイにはさっぱり分からなかった。
それはシーンも同じなのか? 苦い表情を浮かべる。シーラは非常に有能な王女なのだが、とにかく絵が独創的過ぎる。
こんなことなら、市販品の地図を渡してくれた方がずっとよかったと思うカイとシーンだったが、まさかシーラの好意を無碍にする訳にもいかず、今のように目的地に付く前に遭難――もとい、迷子と言う結果に陥っていた。
「今日中に、辿り着けるかな?」
「わたしに……きくなっ!!」
そんなことを聞かれてもカイにも分からない――というか、本当に辿り着くことが出来るのだろうか?
改めて地図を見た二人は、共に大きく溜息を吐く。
出だしから、二人の“お使い”は苦難の道のりとなっていた。
次元を超えし魔人 第4話『天使と黒衣の魔導師』
作者 193
「恭也さま、なのはさま――お待ちしておりました」
「今日は、お招きありがとうございます」
屋敷で待っていたメイド長のノエルに案内され、その後ろを歩くなのはと恭也の二人。
なのはは、案内に出て来たノエルにぺこりと頭を下げ挨拶をする。
丁寧に挨拶するなのはに、苦笑を漏らす恭也。
街の中心から随分と離れた、郊外の森――そこにすずかの家があった。
ここが本当に日本かと思わせる別世界が目の前に広がる。手入れの行き届いた広い庭、そして物語に出てくるような大きな洋館。
クラシックなエプロンドレスに身を包んだノエルに案内をされながら、なのはは妙に畏まっていた。
何度も遊びに来たことがある友達の家ではあるが、来るたびに庶民派のなのははこの豪華さに圧倒されてしまう。
言うまでもないがアリサもすずかも物凄い大金持ちだった。それも“ただの金持ち”とは次元が違う。
私立聖祥大学付属小学校は学校の気質上、それなりに身分がある資産家だったり、政治家だったりと、家が金持ちの子供が多い。
もちろん、高い成績と、学費さえちゃんと納められれば庶民であっても通うことが出来なくはない。
しかし、圏内でも上位に数えられる偏差値を誇るため、入学試験も厳しく、子供だけでなく両親にも、家の格、経済力、そして人柄と、厳しい審査項目が設けられていた。
それもあって、なのはのような庶民派の子供はそう多くない。
そんな中でも、バニングス家と月村家と言えば、学園の理事も担う名門中の名門――金持ちの中の金持ちと言うくらい凄い家柄だった。
バニングスは新興とは言え、日米にたくさんの関連会社を持つ世界有数のコングロマリット(複合企業体)の一つで、現会長のデビット・バニングスは、一代でバニングス家をここまで伸し上がらせたことで、経済界でも有名なやり手の経営者だ。
そんなバニングス家とは対象的に、月村重工は戦前から続く大財閥の一角で、政治、とくに軍事に置いてはかなりの影響力を持ち、日本を代表する重工企業として国内外に広く知られていた。
そんな、超が付くほどのお金持ちの二人だ。他の子供たちに比べ、少し浮いていると言うのは本人たちも理解している。
だから、あまり友達が出来ず、建前ではなく本音で付き合える友達――
喧嘩を切っ掛けに、アリサ、すずか、なのはの三人は、一年生の頃から仲が良くなった。
「なのは――っ!!」
先にきていたアムラエルが手を振って答える。
なのはに対して、まだ、意識しているのか、目線だけをやって何も言わないアリサ。
そんなアリサの態度に、なのはは苦笑いを浮かべるしかない。自分でも、アリサが機嫌が悪い理由に心当たりがあるからだ。
そんな、なのはに自分から席を勧めるすずか。今日はアリサとなのはのためにと、すずかはこのお茶会を開いたのだ。
すずかも二人には仲良くして欲しいしと言う想いがあったが、すずか自身も、なのはが何を隠しているのかを知りたかった。
それで、なのはが悩み、苦しんでいるのなら、少しでも何とかしてあげたい。すずかがそう思うのも自然なことだ。
「なのはさん、お茶をどうぞ」
「ファリンさん、ありがとう」
――ファリン・K・エーアリヒカイト。
メイド長のノエルの妹で、すずかの専属メイドをしている少女だ。
なのはたちよりも六歳年上で、少しドジなところはあるが、なのはたちにとって、気の優しい良いお姉さんである。
「あ、もう……お茶のお代わりがありませんね」
なのはのカップに注いだところで、お茶がなくなったことに気付いたファリンは、なのはたちを案内してきた姉のノエルと一緒に席を外す。
それまで一緒にお茶をしていた忍も立ち上がり、皆に「ごゆっくり〜」と言うと、さっさと恭也の腕をとって部屋から出て行った。
すずかの姉である月村忍は、なのはの兄である高町恭也と恋人関係にある。恭也も、なのはがすずかの家にお茶に誘われていることを知り、なのはをダシに忍に会いにきたのだ。
普段は、なのはの家でアルバイトをしている忍の方から、恭也に会いに行くことが多いため、大学以外でこうして二人きりになれる時間は実は少ない。
そんな二人だから、なのはも応援したい気持ちで一杯だった。それもあって、月村家に来るときは、いつも恭也が一緒のことが多い。
忍と恭也、メイドの二人が席を外し、四人だけになることで互いを意識し始め――
なんとも言えない重苦しい空気が、四人の間に流れる。
「にゃ――!!」
そのときだった。
机の下を何かを追い掛け回すように走り回る猫――
すずかの家は、別名“猫屋敷”と言われるほどたくさんの猫を屋敷で放し飼いにしていた。
そのうちの好奇心旺盛な一匹の子猫が、「にゃーにゃー」と鳴きながら、自分より小さな小動物を追い回す。
それを見て驚いたのは、なのはだった。
「ユーノくん――」
涙を浮かべ必死に逃げるユーノ。慌てて、なのはは子猫を取り押さえようとする。
しかし、アムラエルは、そんなユーノを冷めた目で見ていた。
(あの小動物が原因で、アリサとなのはがこんな風になってるのよね……)
ユーノがなのはを巻き込んだのが原因で、アムラエルも結果的にアリサに嘘を付いたことになる。
あれは確かに、自分の思慮のなさも原因なのだが、それでも今の二人の関係を考えると、ユーノに対して殺意にも似た感情が湧いてくる。
そんなことを考えていると、アムラエルはいつの間にか自分の足下を這うユーノを、素手で掴んでいた。
「にゃ……」
動物的勘が働き、今のアムラエルはやばいと思ったのか、身体を震わせて一目散に逃げる子猫。
アムラエルはと言うと、無言でユーノを掴んだまま、僅かにその手に力をこめる。
(ヒ――!!)
ユーノは恐怖した。理由は分からないが、アムラエルに殺されると本能的に悟ったのだ。
しかし、あまりの迫力に声がでない。締め付けられるような殺意と、抜け出せない恐怖――
「アム――!!」
「…………」
アリサに名前を呼ばれ、トリップしかけていた意識を取り戻すアムラエル。
しかし、アムラエルはそのこともあってか、どうにもユーノのことは好きになれそうにない。
アムラエルはこう言うところが、はっきりとしていた。好きなものは好きと素直に表現するが、一度、自分が嫌いと思ったものには、とことん容赦がなくなる。
しかし、ユーノをここで、スプラッター番組さながらに握りつぶせば、なのはが悲しむのは言うまでもない。
そんなことをしてしまえば、アリサにだって嫌われるだろう。それはアムラエルにとっても望むところではない。
「あんまりお痛しちゃ、ダメだよ?」
顔は笑っているが、心が笑っていなかった。それはもう、警告と言うより脅迫に近いだろう。
ユーノは泣きながら、黙って首を縦に振るしかなかった。
人気の少ない海岸線を、森に向けて飛行する一つの影があった。
漆黒のマントを身にまとい、二束に結えた金色の髪を靡かせながら少女は空を舞う。
それはさながら、御伽噺に出てくる魔女のようであり、その美しさはエルフとも妖精とも言える凛々しい輝きを持っていた。
「もう少し――反応が近い」
何かを探るように魔方陣を展開しながら、少女は周囲を警戒する。
広域探査魔法――それは、特定の物や人、探し物をするときに使用する魔法だった。
しかし、少女が使っている探査範囲、使用頻度は常軌を逸している。
探査魔法はその効果範囲が広がれば広がるほど、魔力も体力も多く消費する。
通常であれば、一度使えば少し休憩を取る必要があるところを、その少女は休むことなく魔法を使い続ける。
何が、少女にそこまでさせるのか? それは分からないが、少女の探すその何かが、彼女にとって大切なものだと言うことはその行動からも窺がえた。
「母さん……」
最愛の人の名を口にしながら、少女は郊外へと抜け、森の方へ飛んでいく。
冷静を装いながら能面な顔を僅かに歪ませ、焦りがあることを必死に隠そうとしながら――
子猫の騒動から、場所を庭のオープンテラスに移した四人は、猫たちに囲まれながらお茶会の続きをしていた。
元々、すずかの家は身寄りのなくなった子猫などを引き取り、里親が見つかるまで保護すると言う名目で、たくさんの猫を飼っている。
その猫たちが、この庭でもたくさん日向ぼっこをしていた。
「そう言えば、アムちゃん、ルーシェくんは一緒じゃなかったの?」
「あ〜、それがね……」
「知らないわよ。あんなヤツ」
朝のことを思い出し、アムラエルは溜息を、アリサは不機嫌そうに口にする。
今朝――いつものようにD.S.を起こしにいったアリサだったが、タイミングがまずかった。
学校で最近話題に上がっていた人気RPGゲームをアリサから借りたアムラエルは、熱中のあまり二夜連続で徹夜していた。
そして、三日目の夜、ようやくゲームをクリアしたアムラエルはすべてをやり終えたと言わんばかりの笑顔で眠りについた。
だが、それが行けなかった。深夜、その場でうっかりと寝てしまったことに気付いたアムラエルは、寝ぼけ頭のまま、部屋の自分のベッドへと戻っていった。
そしてスヤスヤと眠ること五時間――
アリサの怒鳴り声が聞こえ、目を覚ましたアムラエルが目にしたものは、隣で血塗れになって倒れるD.S.の変死体だった。
さすがのアムラエルも、こんなスプラッターを朝から鑑賞したくない。
D.S.は不死身だから、そのくらいで死にはしないだろうが、気分のよいものではない。
しかし、そこでアムラエルは気付いた。気付くのが遅すぎたと言うべきか。
その部屋と言うのが自分の部屋ではなく、D.S.の部屋だったことに気付いたのはすべてが終わり、D.S.がアリサから“教育”を受けた後だった。
「不幸な事故だったのよ……」
悲しそうに言うアムラエルだが、もとを正せば彼女のせいだったりする。
そのことは、聞いていたすずかにも伝わったのか、なんとも言えない表情をしていた。
「じゃあ、ルーシェくんは……」
「屋敷で死んでる……」
すずかの目は「アリサちゃんやり過ぎだよ」と訴えていた。
さすがにアリサも勘違いからやり過ぎたかな? と反省している。
しかし、アムラエルがD.S.に抱きついて寝ているのを見て、なんだかよく分からない怒りが込み上げてきたのだ。
「もう、その話はいいでしょ……わたしはそんな話をしに、ここにきたんじゃないんだから――」
そう言って、なのはの方を見るアリサ。その視線を感じ、なのはも身体を硬直させ、緊張する。
「なのは、アンタ、わたしたちに言えないようなことを何か隠してるでしょう?」
「…………」
「わたしはそんなに頼りない!? すずかも、わたしもみんな――
アンタのことを心配してる。助けになるのなら、なんとかしてあげたいと思ってる」
「アリサちゃん、そんなに一度に責めたら、なのはちゃんだって困っちゃうよ」
アリサのストレート過ぎる物言いに、すずかが待ったをかける。
でも、アリサにはこう言う言い方しか出来なかった。なのはが強情なのは知っている。
だから、気持ちを素直に伝えることでしか、彼女にアリサは自分の気持ちを伝えることが出来ないと考える。
三人が仲良くなれたのも、そうした痛みを伴い、本音を言い合ったからに他ならない。
「ダメよ……すずか。それじゃ、きっとダメ」
「……アリサちゃん?」
俯いたままのなのはに、アリサは言葉を投げつける。
「わたし、なのはのことは親友だと思ってる。それは、すずかも同じ――」
昔のアリサはお世辞にも良い子とは言えなかった。
頭も良く、運動も出来る。お稽古ごともたくさんして、いつか両親のように会社の上に立ってみんなを引っ張っていかなくてはいけない。
子供ながらに、そんな両親を見て、そう思っていたのかも知れない。だから、アリサにとって周りはみんなライバルだった。
だから、誰にも負けられない、負けてはいけない。心が折れてしまったら、そこで自分は立てなくなるから――
そんなことを、アリサはずっと考えていた。
しかし、それが間違っていると気付かせてくれたのは、この二人――すずかとなのは。
今になって思えば、心が弱かったんだな――とアリサは思う。
負けたくなかったんじゃない。負けるのが、自分が弱いと認めることが、怖かったのだと気付かされた。
「なのは、どうしても隠してること、何をしているかを、わたしたちにも話せない?」
「ごめん……アリサちゃん」
それは、親友からの否定の言葉。
今のなのはに、アリサが納得がいかなかったのは、あの時の自分を重ね合わせたからだ。
今のなのはは迷っている。それは、彼女の表情を見れば明らかだった。
友達に、親に、家族に隠さなくてはいけない後ろめたさ、そして誰にも迷惑をかけたくないと言う想い。
そんな色々な感情が頭の中を巡り、なのはの心を暗く閉ざしていた。
「いいわ、わたしもこれ以上は聞かない。だから、最後にひとつだけ――
この間の災害、あれで怪我をした人は341名。幸い、死んだ人は一人もいなかったそうよ。
倒壊した建物や、道路は酷いところもあったらしいけど――
怪我をした人たちも、病院の人や、救助に参加した人、それにアムが頑張ってくれたお陰で大事に至らなかったわ」
「……え?」
何故、急にアリサがそんなことを言うのか、なのはには理解できなかった。
アリサが“あのこと”を知っているはずがないのだ。
なのに、ここにきて、何故、そんなことを言うのか分からないと言った顔で、なのはは困惑する。
「――!!」
そのときだった。ジュエルシードの反応に、なのはとユーノが気付く。
(なのは――!!)
(……うん、ユーノくん)
他の三人に気付かれないように念話で合図を送るユーノとなのは。
なのははジッとアリサを見る。先程のアリサの言葉は気になる。
しかし、あの事件があってから決めたのだ。
あんな過ちを犯さないためにも、ユーノのためだけじゃない、自分のためにジュエルシード集めをやろうと――
なのはは、そう心に決めた。
「ごめん、アリサちゃん……少し頭を冷やしてくるね」
「なのはちゃん――!!」
ユーノを抱えたまま森の中に走っていく、なのは。
そんな、なのはを呼び止めようと、すずかは大声を張り上げる。
「アリサちゃん、いいの? なのはちゃんを追わなくて?」
「……二人は、追わない方がいいと思う。
今のはなのはは、きっと二人と顔を会わすのが辛いと思うから、わたしがいくわ」
「アムちゃん……うん、なのはちゃんをお願い」
「アリサ、行ってくるね」
何も答えないアリサを心配しながら、なのはを追って、アムラエルも森の中へと消えていった。
森に入ったなのはとユーノが目にしたものは、でかい子猫だった。
「……大きい」
「きっと、あの猫の大きくなりたいと言う願いが、正しく叶えられたんじゃないかな?」
ジュエルシードの力で大きくなった子猫。たしかにユーノの見立ては正しい。
その願いが単純且つ、純心であればあるほど、ジュエルシードの願いはより本人の望みに近いカタチで叶えられる。
今回はそういう意味では、子猫の願いは正しく叶えられたと言える。
しかし、問題はその大きさだった。
木々から頭がはみ出すほどの大きさだ。この大きさの猫が外にでも出れば、大騒ぎになる。
最悪、射殺される可能性も出てくるだけに、このまま放置する訳にもいかない。
誰にも見られないように、ユーノは封時結界を張る。
空間魔法の一種で、一定のエリアの空間を切り取り、時間信号をズラすことで、術者が許可した者と、結界を視認出来る魔導師以外には立ち入る事が出来ないようにする人払いの結界魔法だ。
通常、一般人を巻き込まないためにも、そして魔法を見られないために、こうした結界は用いられる。
しかし、前回は災害規模が大きかったことと、この結界が間に合わなかったため、人のまだいる街中であれだけの被害を出すことになった。
今回は近くにアリサとすずか、それにアムラエルがいることからも、ユーノは結界をいの一番に張る。
彼女たちに知られることを、なのはが迷っていたと言うのもあったが、管理世界に生きるものとして、ユーノもこれ以上管理外世界の現地人に自分たちのことを知られたくないと言う思いがあった。
「早く、封印を――」
ユーノがなのはに向かって声を発した時だった。子猫に向かって飛来する幾筋もの光――
それが魔法による攻撃だと言うことは、すぐになのはとユーノにも分かった。
「魔法――どこから!?」
なのははすぐに魔法が飛んできた方を探す。そこにはこちらを見据えるように一人の魔導師が立っていた。
漆黒のデバイスを構え、その少女が「フォトンランサー」と呟くと幾つもの雷の矢が現れ、それが子猫に向かって飛んでいく。
「ダメ――!!」
――Wide Area Protection――
子猫の前に割って入ったなのはが、子猫を守るため広域防御魔法を発動する。
自分の身体の何倍もある子猫の身体を、防御に徹することで守ろうとするなのは――
しかし、相手の魔導師の方が一枚も二枚も上手だった。なのはの横槍が入ったことを確認すると、すぐに攻撃目標を切り替え、子猫の足下を狙い対象を転倒させる。
「きゃ――っ!!」
倒れこむ子猫に釣られ、バランスを崩すなのは。刹那――その僅かな間で、なのはは相手の魔導師を見失っていた。
(ど、どこに!?)
一瞬の隙をついて、一気に距離を縮める魔導師の少女。だが、不意打ちをしてくる訳でもない。
まるで、隠れる必要がないと言わんばかりに、なのはの前に降り立つ。
「同系の魔導師……ロストロギアの探索者か」
「……え」
「バルディッシュと同じインテリジェントデバイス……」
「……バルディッシュ」
淡々と状況を確認するように口にする魔導師の少女。
それは、これから行なう仕事の前の予備確認。一連の動作に組み込まれているかのように、淡々とこなして行く。
持っていたデバイス――バルディッシュと呼んだその愛機を掲げ、「ロストロギア、ジュエルシード」と口にする魔導師の少女。
その手には接近戦用に変形したデバイス――
まるで死神の鎌のように変化を遂げた“バルディッシュ”が握られていた。
「申し訳ないけど……いただいて行きます」
「予想通り、結界が張ってあった」
なのはを追ってきたアムラエルは、ユーノの張った封時結界の前に立っていた。
あの時、ジュエルシードの反応を感じ取ったのはなのはやユーノばかりではない。アムラエルもそのことに気付き、二人に待つように言って自分がきたのだ。
しかし、どうしたものかと思う。アリサやすずかを危険に晒したくないので、あんなことを言ったが、アムラエルは自分からこのことに首を突っ込む気にはなれなかった。
なのはがどんな経緯で魔法を使えるようになったにしろ、それは彼女が自分で決めたことだ。
原因であるユーノには言いたいこともあったが、それもアリサに嫌われてまでするほどのことでもない。
そんなことを考えながらアムラエルが悩んでいると、後ろから誰かがやってくる気配がする。
「こんなことだと思ったわ」
「……やっぱり、アリサは騙せなかったね」
なんとなくアリサなら気付いていそうな気は、アムラエルもしていた。
すずかのことがあるから、追ってくるかどうかまではアムラエルも分からなかったが、でも、ここに来たからには、すずかをどうにかしたのだろう。
アリサがすずかを危険な場所に態々連れてくるとは思えなかったからだ。
「この先になのはがいるんでしょ? ほら、いきましょう」
アムラエルは複雑そうな顔をする。
出来ればあまり危険な場所にアリサに行って欲しくないのだが、そんなことを言っても素直に応じてくれると思えなかったからだ。
「なのはは結局、何も答えてくれなかった。それって、自分の好きにやるってことでしょ?
だから、わたしも好きにやらせてもらうの――
あの子が何をしていて、そしてこの街で何が起こってるのか、ちゃんと自分の眼で見極める」
こうなったらアリサが自分の意見になど耳を貸さないのはアムラエルにも分かっていた。
だから、妥協案を提供する――
「もう、止めない……でも、行くときは必ずわたしと一緒のこと――
何があっても先走らないこと――これは守れる?」
「う……分かったわ」
アリサの性格を見抜いた上でのアムラエルの妥協案だった。
どうせ、危ないことに首を突っ込むのなら、自分が守ると覚悟を決めた上で、ある程度、アリサの行動を制限した方が危険も少ない。
アムラエルの意図や気持ちも理解は出来るので、それ以上、何も言わないアリサだった。
「あと、これを持っててね。絶対に失くさないよう、肌身離さず持ってて」
それは淡く光る、綺麗な一枚の羽だった。アムラエルが普段は隠している、自分の翼から一枚用意した物。
「わたしの羽だから、多少の加護や、力があるわ。
それを持ってれば、こうした魔力で出来た結界を視認することも出来るし、魔法に対しての耐性も上がる。
いざと言うとき、必ず役に立つから絶対に肌身離さず見に付けておいて!!」
いつもと違うアムラエルの迫力に、首を縦に振るアリサ。
だが、アムラエルの気遣いが嬉しくもあった。それだけ、心配してくれているのだと言うことが分かるからだ。
だから、感謝して、その羽を大切そうに胸にしまう。
そして二人は、なのはの待つ――森の奥へと足を踏み入れて行くのだった。
――なのはは苦戦していた。
ここまで、その魔力の高さと、才能を武器に魔法を磨いてきたなのはだったが、今回の相手は悪すぎた。
魔力量もそれほど変わりはない、デバイスも同性能、体格も同じくらい。
なのはに足りないのは、知識と経験だった。
ほんの数週間前まで、魔法を知らないただの少女だったなのはは、誰かを師事した訳でも、ちゃんとした訓練を受けた訳でもない。
偶然、魔法という力を手にしただけの少女――それが、なのはだ。
「なんで、なんで急にこんな――」
「答えても……多分、意味がない」
黒服の魔導師の少女と決定的に違うのは、その戦い方、経験値の差だった。
彼女の戦い方は、誰かに師事し、魔法を学んだことを思わせるほど洗練されている。それに比べ、なのはの動きは持ち前の魔力の高さとデバイスに頼り切った戦い方で無駄が多い。
その差は――明白だった。今のなのはでは、彼女に勝てないことをユーノも悟る。
「なのは――逃げてっ!!」
しかし、もう遅い。はじまってしまった二人の戦いを、そんな言葉だけで止めることは敵わない。
猫を守るように背を向け、レイジングハートを構えるなのは。以前に放った得意の長距離砲撃、それで対抗しようとする。
――Thunder Smasher――
「――――!!」
後ろの猫に気を取られ、僅かにタイミングを遅らせるなのは。
だが、それが致命的だった。先に放たれるフェイトの砲撃魔法、その光がなのはに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
目を瞑るなのは――直撃する。それは、二人の戦いを見守っていたユーノも同じ見方だった。
――ボンッ!!
鈍い音と共になのはに直撃する直前、何かに弾かれるように軌道を変える光――
「――!?」
それは、砲撃魔法を放った少女にとっても驚くべき光景だった。
視認出来ないほどの速度で割り込んできたアムラエルが、ただ殴っただけで魔法を弾き飛ばしたのだ。
魔法を行使した気配も、デバイスを持っている様子もない。それがどれほど異常なことか、魔導師である彼女には分かる。
「アム……ちゃん」
「あんまり、心配かけさせないでよね」
そう言うアムラエルは、ちょっとお使いに来たと言わんばかりの軽さで、なのはに答える。
そして、直感的に魔導師の少女は悟った。アムラエルが自分が今まで対峙したことがないほどの強敵であると言うことを――
「わたし、別にあなたに何か恨みがある訳じゃないし……
本当はこのまま何もしないで退いてくれると助かるんだけど」
「それは出来ない。わたしはジュエルシードを回収しないといけないから――」
そこまでして、この危険な石を欲しがる理由がアムラエルには分からない。
だが、その少女の必死さは伝わってきた。彼女の目――それは何かを覚悟し、目的のためになら、なんでもすると言う目だ。
ここまで必死になるからには、彼女にとってジュエルシードが、それほど重要な意味を持っているのだろうとアムラエルは考えた。
「だったら、この石はあげる。でも、これ以上、ここで戦うのはダメ」
「そんな、アムちゃん――」
「ダメです! ジュエルシードは危険なんです!! だから――」
とっとと持って帰ってくれと言うアムラエルに、講義する、なのはとユーノの二人。
だが、呆れた様子で溜息を吐くと、ユーノに一喝し、なのはの方を向く。
「さっき、わたしが助けなかったら、なのはは負けてた。
わたしはあくまでイレギュラーな存在だから、この石はあの子のよ」
「う……はい」
そう言われると、なのはも退かざる得ない。今、こうして立っていられるのもアムラエルのお陰だったからだ。
どんな理由にしろ、彼女に負けたことは認めなくてはいけない。なのはは、自分の力が及ばなかったことを悔やむ。
「ロストロギア――シリアル]W封印」
アムラエルの行動を訝しみながらも、魔導師の少女はジュエルシードを封印する。
そして、その場を立ち去ろうとした時だった。先程まで、大して興味を示さなかったアムラエルが少女を引き止めた。
「名前――まだ、聞いてなかったからっ」
「…………」
少女は、先程まで敵対していたと言うのに、笑顔で自分に接するアムラエルに困惑する。
しかも、ジュエルシードのことはどうでもいいのに、名前は聞きたいと言う彼女の考えが分からなかった。
「フェイト……フェイト・テスタロッサ」
しかし、いつしか自分から名前を名乗っていた。結果的に誰も傷つけずにジュエルシードを回収できた。
このくらいの礼は返してもいいだろうと、フェイトは思う。
そのまま、名前だけを告げ、撤退するフェイト――だが、不思議な気分だった。
アムラエルを敵と判断していいのかも分からない。でも、フェイトの中で、確かにアムラエルと言う少女は強く心に刻まれていた。
「アムちゃん……それにアリサちゃん」
突然、自分を助けに現れたアムラエル。
彼女がメタ=リカーナ出身の魔法使いだと言うことはなのはも知っていたが、ここまで凄いとは思ってもいなかった。
そして考えてみれば、アムラエルが自分のことに気付いていたのなら、アリサも知っていた理由には十分だと気付かされる。
今更ながら、なのはは先程のアリサの言葉を思い返していた。そして、アリサが何を心配していたのかも、すべて気付いてしまう。
「アリサちゃん、わたし――」
「ねえ、なのは――聞いてもいい?」
「え……」
「たくさんの人が巻き込まれて、怪我をして、友達に心配をかけて――
それでも、なのはにとって、ジュエルシードを集めることは大切なことなの?」
「ごめんなさい――でも、なのははぼくの頼みを聞いてくれただけで」
「ユーノ、悪いけど、あなたには聞いてないわ。これは、なのはの問題なの」
アリサに言われ、ユーノは押し黙る。アリサの言っていることは正論だ。
どんなに奇麗ごとを述べようと、ユーノがなのはを巻き込み、そして危険に晒した事実は変わりない。
そのことはユーノも良く理解していた。
しかし彼も、なのはの魔法の才能に魅せられ舞い上がっていたために、彼女がまだ子供だと言うこと、そしてついこないだまで、戦いも知らない一般人だったと言うことを失念していた。
「でも、ユーノくんのためだけじゃない。わたしが自分でジュエルシードを集めたい。
なんとかしたいって思ったの。だから、こればっかりは、アリサちゃんのお願いでも聞けない」
真っ直ぐにアリサの方を見て、そう断言するなのはの返事を聞いて、アリサは苦笑をもらす。
なのはの“頑固”は知っていた。そして、おそらく止めたところでジュエルシード集めを止めないだろうと言うことも分かっていた。
しかし、どうしても彼女の口から確認したかったのだ。
フェイトと言う少女のこともそうだが、これからなのはには、もっと大変なことが起こるに違いない。
アリサはそんな、なのはを見て顔を引き締めた。
このことを想定し、D.S.が言っていたことを伝えるために――
「日本政府も、多分、メタ=リカーナも動くわ」
「え――」
それはD.S.もアムラエルも、そしてアリサも同意見だった。
あれだけの被害を出した事件をなかったことになど出来ない。すでに現地調査は動いていると見るべきだろう。
そうなれば、メタ=リカーナの魔法使いが出て来ると、アリサは考えていた。
あの原因となったジュエルシードは当然、ユーノの手にではなく、メタ=リカーナや日本政府のどちらかが証拠品として押収することになるだろう。
そのことも、アリサは二人に話してやる。
「そんな、アレはロストロギアなんですよ!? 然るべきところ、管理局できちんと保管され――」
興奮して思わず口を滑らしたことに気付いたユーノだったが、すでに遅かった。
アリサが睨みつけ、いつの間にか背後に回りこんだアムラエルに身体を掴まれている。
「そう言えば、ユーノには色々と拷問――いや、聞きたいことがあったんだった」
「ちょっとっ! なんですか、最初の拷問って!?」
「知ってること、全部吐いてもらうわよ?」
アムラエルに脅迫され、脂汗をタラタラと流すユーノ。しかし、それもある意味、自業自得だろう。
さすがのなのはも、二次災害を恐れてユーノを助けようとしなかった。
アムラエルの堕天の時は、意外と近いのかもしれない……。
……TO BE CONTINUED