「次元世界に、管理局か……ねえ、アムもD.S.も、どう思う?」
大して興味がないのか、アリサの話を「うんうん」とゲームをしながら気のない返事でかえすアムラエルに、こっちはもっとどうでもいいのか、D.S.はテレビのバラエティ番組を見ながらゲラゲラと下品な笑い声を上げ、肉に食らいついていた――
「アンタたち……危機感ってあるの?」
「あのデバイスって機械――あれ自体は詠唱を代行したり、かなりの強度の防護服を展開したりと凄いけど、結局、使うのは人間だよ?
見たでしょ? わたしがあのフェイトって子の魔法を弾き飛ばしたの」
確かにアムラエルは、フェイトの砲撃魔法を魔力を込めた拳で殴るだけで弾き飛ばした。
天使や悪魔は人間と違い、その攻撃一つ一つが、強大な魔力を込めた奇跡と化す。故に、人間のように魔法を行使するのに必要な、儀式も、詠唱も、媒介も必要としない。
デバイスと言う媒介を使って魔法を人間が行使していようと、そもそもの地力が違いすぎるのだ。
上位の魔導師や剣士でもなければ、彼女の防御結界を越えて傷をつけることも敵わないだろう。
それは、天使の粛清により、二度、世界を滅ぼすことになったメタリオンを見れば明らかだ。
アムラエルが焦っていない理由には、そう言った背景がある。
それに、単純な地力で言えば、ここにいるD.S.の方が、こちらの魔導師よりも上だとアムラエルは確信していた。
「でも、管理局って次元を移動して管理してるような、とんでもない技術力を持った組織なんでしょ?」
「この世界の技術基準がそもそも分からない。少なくとも、多次元の存在はわたしたちの世界でも確認されてた。
天界や地獄もそう。多分、世界の法則が、こちらと向こうでは根本的に違うんだと思うよ」
アムラエルはこちらに来てから感じていた違和感の正体が、ユーノの話を聞いてようやく分かった気がした。
彼らの言う次元世界と、自分たちの世界の次元では、そもそも世界の法則自体が全く異なるのだと分かったからだ。
「……それって、どういうこと?」
「簡単だ――アイツらが認識できてるのは所詮その程度の話で、世界を往き来しているわけじゃねえっつーことだ」
「うん、D.S.の言うとおり――この世界の法則にある範囲の次元の海を、彼らは自分たちの世界と認識してるに過ぎないってこと――
そもそも、この世界のどこにも、わたしたちの次元世界は存在しないのよ」
最初はこんがらがっていたアリサだったが、状況を整理できたのか、ようやく合点が言ったと言う顔をする。
アリサにとっての世界とは、あくまでこの地球での範囲のことだ。それはアリサにとっては当たり前で、それがアリサにとっての世界の範囲になる。
管理局は、その外を見れる視線を持ってはいるが、それはあくまで、彼らの視点にたっての範囲でのことに過ぎないと言うことだ。
彼らが垣間見ることが出来ない虚数空間――そして幾つもに分岐する平行世界――
悪魔や天使などの霊的存在がいる高位次元など――
人は認識できる世界でしか、見聞きすることが出来ないと言う話だ。
「だとすると、その外から来た、あなたたちの方がずっと見ている範囲が広いってこと?」
「それはそうだけど……わたしたちにとって、この世界は存在しないはずの世界だからね。
だから、こちらのことを理解していると言うこととは、また別の話になるよ」
「……さすがのわたしも頭がこんがらがってきたわ」
頭の良いアリサだが、それでも自分の常識の範疇外の話になってくると難しい。
「難しく考えなくても大丈夫だよ。アリサはわたしが守るからっ!
管理局だろうがなんだろうが、戦って負けるつもりはないし――」
「戦うって……ユーノの話だと、相手は警察みたいなちゃんとした司法機関なんでしょ?」
アリサの言うとおりだが、ユーノの話がすべてとはアムラエルも思っていなかった。
ユーノは管理局と言うところは警察みたいなところで、法と秩序を重んじる立派なところだと言っていたが、そんな話は端からアムラエルは信じていない。
法だ、秩序だ、正義などと言う大儀を振りかざす者を彼女は信じない。それは、自分たちが神の名の下、やってきたことも、本当は快く思っていないからだ。
それが主への背信行為だと言われようと、人間たちを殺し、そしてウリエルと自分を引き裂く結果を招いた、神のすべてを信じることは出来なかった。
それは、この九年眠りについて、D.S.の記憶を垣間見ることで、更なる疑心へと膨らんでいた。
自分が生み出した子らに「死ね」と言う神(親)が、本当に神(親)なのだろうか?
そして、それならば神は何故、尖兵たる自分たちに心を与えたのだろうかと考える。
愛すること、憎むこと、悲しむこと、喜ぶこと、それらはすべて――
人にも、天使にも、悪魔にも、皆平等に悩み、選択する機会を与えたと言うことに他ならない。
ならば、正義を振りかざし、天使(わたしたち)のしたことはなんだと言うのだ?
――正義だから、それが大儀になるのか?
――神の勅命だから、許されるのか?
――法だから、秩序だから、守るためなら何をしてもいいのか?
アムラエルはそのことをずっと考えていた。
でも、D.S.に助けられ、アリサと出会って、ウリエルと同じくらい大切なものがたくさん出来た。
今、彼女に分かることはひとつだけ――
世界中が敵になろうと、管理局が向かってこようと、D.S.とアリサの二人を絶対に裏切らない。家族として、必ず守ってみせる。
それは、アムラエルの誓いであり、そして、このことに対する答えだったのかも知れない――
次元を超えし魔人 第5話『ライバル』
作者 193
四月下旬、世間一般的には来週からGW(ゴールデンウィーク)に入るこの時期――
喫茶店を店員に任せ、土日の連休を利用して、高町家は温泉旅行にきていた。
しかし、なのはの家が営業する喫茶『翠屋』は基本的に年中無休で営業しているため、世間一般で言う連休などは存在しない。
そう言う訳もあって、まさか、忙しくなることが予想されるGWに休みを取る訳にもいかず、一足早い家族旅行にきていた。
「それ、いただき――!!」
「あ――っ!!」
車の中、なのは、すずか、アリサ、アムラエル、D.S.の五人は仲良くトランプをしていた。
高町家に誘われたアリサとすずかはD.S.とアムラエルを連れ、恭也は忍とそのメイドさん二人(ノエルとファリン)を連れてきていた。
アリサにババ以外を持っていかれ、大声を張り上げるアムラエル。アリサの嬉々とした「あがり〜」と言う声でゲームは幕を閉じる。
十戦十敗――アムラエルの戦績は散々だった。賭けていたお菓子は底をつき、そのすべてはD.S.の手元にある。
「しかし、ルーシェ……アンタ強いわね。なんか、ズルでもしてるんじゃないの?」
アリサが疑うのも無理はない。ここまでずっと、D.S.は必ず一番で勝ち続けていた。
しかし、D.S.から言わせれば、アムラエルが素直過ぎる、弱すぎるのだ。アムラエルはすぐに喜怒哀楽が表情にでる。
アムラエルほどでないにしても、アリサもなのはも同じだった。すずかはそうでもないのだが、消極的な性格が災いしてか、思いっきりが悪すぎるため、手がいつも無難なところで終わってしまう。少女は全員、賭け事には向かない性格と言えた。
逆に、娯楽の乏しかったあの世界では、カード賭博などは日常的に庶民の間でも行なわれていた。昔からこうした賭け事、カードは得意分野だったD.S.にとって、子供との駆け引きなど勝負になろうはずがなかった。
「ククク!! このカードキングこと、D.S.さまに勝負を挑んだことを悔やむがいい――っ!!」
誰の目から見ても分かる完全な悪役だった。
アムラエルは、楽しみにしていたお菓子を根こそぎ奪われたことから、膝を抱え完全に落ち込んでしまっている。
「うぐぅ……ぐすん。わたしのお菓子……」
「う――っ!!」
膝を抱え涙目でこちらを見るアムラエルに、さすがのD.S.も罪悪感が込み上げて来る。
確かに正当な勝負で勝ち得た物だが、素人、それも子供相手(アムラエルは天使だから実年齢と見た目は一致しないのだが……)にD.S.の行動は大人気なかったと言える。
他の三人も同意見だったのか、白い目でD.S.のことを見ていた。
「アムちゃん、わたしのお菓子を少し別けてあげるね」
「あ、わたしもっ! アムちゃん、これなんてオススメなの!!
新製品のキャラメル――抹茶昆布味!!」
「なのは……それ、抹茶なの? 昆布なの?
まあ、いいわ。わたしも別けてあげるから泣かないの」
すずか、なのは、アリサの三人にお菓子を別けてもらい、機嫌を取り戻すアムラエル。
しかし、なのはから貰ったお菓子を見たアムラエルは、少し微妙な顔をしていた。
「三人とも、ありがとう」
よい友達を持った。この時ほど、友達のありがたさを痛感したことはないとアムラエルは思う。
貰ったお菓子をガサゴソとバッグに詰めようとするアムラエルだったが、バッグの中に何か入っていることに気付く。
(これ……お菓子?)
それは先程、D.S.に奪われたアムラエルのお菓子だった。
確かにD.S.は自分の荷物にそれを入れたはずなのだが、それが何故かアムラエルのカバンに入っている。
「…………」
D.S.の方を見るアムラエル。しかし、D.S.は何食わぬ顔で自分の持ってきていたポテチを食べていた。
悪かったと思うのなら素直に返せば良いものを、こういう返し方しか出来ないD.S.に、アムラエルは苦笑をもらす。
でも、嬉しかった。D.S.はどこかで、彼の仲間を殺した天使である自分を、嫌っているのではないかと思っていたからだ。
やっぱり、口では色々と言っていてもD.S.は優しい。アムラエルは嬉しさのあまり、D.S.に抱きついていた。
すぐ傍で、ヤキモチを焼いたアリサが色々と言っているようだったが、アムラエルは気にしない。
アリサの気持ちには気付いているが、それでもこの気持ちは止められそうにないから――
「D.S.――だ〜い好き!!」
そう思う、車の中での一幕だった。
『フェイト……本当に一人で大丈夫かい?』
「うん。この辺りにあることは分かってるし、アルフはゆっくりしてていいよ」
念話でアルフと呼んだ自分の使い魔と話をし、いつも通り、探査魔法で周囲を探るフェイト。
前回のこともあり、アムラエルと対峙する危険性を考えたフェイトは、先に集めやすい市外の探索に乗り出していた。
しかし、フェイトの誤算は、危険を回避したつもりが、まさかここにアムラエルが来ていたとは思っていなかったことにある。
アルフからの報告で、アムラエルとなのはが来ていることを知ったフェイトは、アルフに二人の監視を任せ、一人でジュエルシードの探索をしていた。
出来れば、アムラエルとも、なのはとも戦いたくないと言う思いがフェイトにはあった。
どちらも自分と同じくらいの年頃の女の子。それにアムラエルの実力はフェイトにとっても完全な未知数――
前と同じように戦わずにすむとは、フェイトも思っていない。
「ここでもない――早くジュエルシードを見つけて帰らないと」
でも、退く訳にいかなかった。彼女にはそれだけの理由がある。
ジュエルシードを欲しているだけの理由が――
ユーノは風呂桶に張られたお湯に浸かりながら、目の前で温泉に浸かり寛いでいるD.S.を酷く警戒していた。
前回、アムラエルの拷問とも言える尋問に我慢できず、自分のこと、次元世界のこと、ジュエルシードのこと、管理局のことまで、知っていることをすべて話してしまったことに少し後悔していたからだ。
あの尋問により、ユーノは、アムラエルにトラウマとも言える恐怖を覚えた。今でも彼女が近くにいると身体が拒否反応を起こし、硬直してしまう。
そして、その彼女を使役しているというD.S.に、ユーノは更なる不安を募らせていた。
あれだけの力を見せ付けたアムラエルが、この世界の魔導師の使い魔だと言う事実には驚いたが、その彼女を使役するような魔導師が、なのはと同じくらいの少年だと言う事実はユーノを更に驚かせた。
しかも、別段、D.S.とアムラエルの二人には、そのことを隠そうと言う気配もなかった。あれだけ脅しておいて、彼らからして見れば敵であるかも知れない自分に、情報を貰ったからと言う理由だけで自分たちのことまで話してくれる律儀さは、ユーノには理解できない。
優しいのか、怖いのか? 敵なのか、味方なのか?
まったく判断がつかない相手を前に、ユーノは警戒を解く訳にもいかず、困惑していた。
「……アリサのヤツ、最近更に過激になってきてんじゃねぇか?」
ほんの少し前に遡るが、桃子に温泉に誘われたD.S.は嬉々として女風呂に入ろうとした。
肉体年齢は間違いなく九歳――たしかに、女風呂に入っても、まだ大丈夫な年齢だろう。
忍は「じゃ、お姉さんが洗ってあげようか?」とからかって見せたり、アムラエルは「わたしもD.S.を洗ってあげるー」と張り合って見せていたが、すずかは顔を真っ赤にして俯き、なのはは「あうぅ」と顔を赤くして混乱していた。
当然、そんな美味しいシチュエーションをアリサが許すはずもない。結果として、アリサの“教育”に負けたD.S.は、男風呂に放り込まれることとなった。
アムラエルに快く思われてないユーノも同様で、当たり前のように女風呂に連れて行こうとしたなのはの手から引き離されたユーノは、アムラエルの手で男風呂に投げ込まれていた。
「だが、あの乳!! あのけしからん乳の真相を暴くためにも――」
ここ最近の禁欲生活もあって、D.S.は飢えていた。
忍のセクシーボディに、桃子の人妻フェロモンに魅了されたD.S.には、もはや桃源郷(乳)しか見えていない。
ガラ――っと、男湯の窓を開け、外から回り込んで女風呂目指すD.S.――
だが、甘かった。そんなD.S.の行動が予想できないアリサではない。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」
女風呂にも聞こえるほど、大きな悲鳴が旅館中を駆け巡った。
「なに!? あの声――」
「あれじゃない? 山の中なんだから、きっとクマでも出たのよ」
なのはの疑問に何食わぬ顔で答えるアリサ。
その頃、D.S.はと言うと、アリサの指示でアムラエルが設置した天界式の“対軍用地雷結界”に嵌って、文字通り消し炭になっていた。
「そう言えば、アムラエル……さっきから弄ってるそれ、なんなの?」
「ん? ああ、忍からもらった試作品だよ」
「そうなのよ――これが、結構、出来がいいと思うのよね」
いつの間に意気投合したのだ、この二人は?
――とアリサは、そんなアムラエルと忍を訝しむ。
カチャカチャと、その怪しい手の平サイズの機械を弄るアムラエル。全員、嫌な予感がしつつも、そんな忍とアムラエルに逆らうことも出来ず、推移を見守る。
そんな時だった。アムラエルの手をすっぽ抜け、後の窓に飛び出す機械。
「あ――っ」
偶然はここまで重なるものかと思わせる軌道で木に当たり、トタンを転がり男風呂に飛んでいく。
先程、D.S.が開け放って外にでた窓から、カラカラカラと回転して入ってきた謎の機械に驚くユーノ。
それは偶然に偶然が重なった不運だった。男風呂の壁に激突したショックで起動を始める機械。
何かやばい――そう思って逃げようとしたユーノだったが、すでに時は遅かった。
「――△◇×○――!!」
声にならない悲鳴を上げ、失神するユーノ。
それは、忍が製作した疲労回復グッズ――どこでも電機風呂発生機『電風呂くん』と言う。
先日、屋敷に遊びにきたアムラエルから“少し”聞きかじった魔法技術と、忍の科学技術の集大成。
通常であれば、周囲から取り込んだ魔力素を使って、肩こりが取れるほどの微量な電気を流す代物だが、叩きつけられたショックで電量を調整する魔力弁が壊れ、蓄えられた電気が一気に放出されたのだ。
近くにいたユーノは言うまでもない。お湯を伝って流れ出した電気に感電し、完全に意識を失っていた。
「あ、えっと……結果オーライ?」
「まあ、男湯でよかったわよね」
何食わぬ顔でなかった顔にしようとするアムラエルと忍の二人を、白い目で見る女性陣――
しかし、自分たちが被害を被らなかったことに、悲鳴の主に密かに感謝していた。
「でも、お姉ちゃんといつの間にあんなに仲良くなったんですか?」
温泉から上がった、アリサ、なのは、すずか、アムラエルの四人は浴衣に着替え、中庭の見える縁側で涼んでいた。
姉の忍とアムラエルが凄く仲が良さそうに思えたすずかは、その疑問をアムラエルに向けてみる。
「ほら、前にすずかの家に遊びに行ったでしょ? あの時に、忍に魔法のことを色々と聞かれてね」
その話を聞いて、最近、忍が地下の研究室に篭ることが多くなったことにすずかは合点がいく。
いつもはすずかにとっても良い姉の忍だったが、その実は――かなりマッドな人だった。
趣味は『機械弄り』と自分で言うほどの発明オタクで、一度研究に没頭してしまうと周りが見えないことが度々あった。
月村重工のCEO(最高経営責任者)を努める傍ら、技術開発部主任と言う肩書きまで持つその頭脳は馬鹿に出来たものではない。
忍が「いつか、変形する巨大ロボを作ってみたいの!」と嬉々として夢を語っていたことを思い出し、すずかも忍ならやりそうだと考えていた。
その忍とアムラエルのコンビ、これは世界的危機じゃないだろうかと、ここにいる誰もが思う。
「お願いだから、忍さんをあまり刺激しないでよね?」
忍を知るアリサも、すずかと同意権だった。アムラエルを諭しながら、世界の危機を回避しようとする。
二人とも、まったく悪気があってやっている訳ではないから、性質が悪いのだ。
いつか、笑いながら世界制服をやってしまいそうで気が気ではない。
「D.S.じゃあるまいし、そんなことしないよー」
アムラエルは「失礼だよ?」と拗ねた顔で文句を言っているが、アリサはまったく信用できなかった。
アムラエルの話どおりなら、その“D.S.”が彼女の主人なのだから当然だ。
「そう言えば――なのはちゃんとアリサちゃん、あれから仲直りしたんだね」
アリサとなのはは表情を固まらせる。「しまったっ!!」と言う同じ言葉が二人の頭を掠めた。
すずかにして見れば、突然、自分の知らないところで親友の二人が仲直りしていたのだ。
しかも、あれだけ大騒ぎ起こし、喧嘩をしておいて――
「えっとね、すずか。これには色々とあって――」
ニコニコと笑顔で「わたしは気にしてないよ」と言いながら、すずかの後ろに黒いオーラを漂っているのを二人は感じる。
その目が「なんで? わたしだけ仲間はずれなの?」と訴えてるようでならなかった。
本当はアリサも、すずかにも話しておこうと思っていたのだ。だが、ここまでの経緯で完全にタイミングを見失っていた。
それはなのはも同じで、元々、皆には隠しておくつもりだったが、アリサには知られ、アムラエルやD.S.まで知っている今、すずかにだけ隠し続けることは難しいことを理解していた。
だけど、あれから色々とあって、フェイトのことやユーノのこと、D.S.やアムラエルの話を聞いて考えることが色々とあり、今までそのことを失念していたのだ。
すずかの迫力に気圧され、二人の背中に嫌な汗が流れる。
このまま、放置しておけば間違いなく自分たちの精神衛生上良くないと――二人は覚悟を決め、すべてを白状した。
「そうだったんだ……でも、二人が仲直りできて本当によかった」
すずかは自分のことのように、二人が仲直りできたことを喜んでいた。
なのはとアリサが危険なことをしていた事実はかなりショックだったが、それでも喧嘩しているよりはずっと良いと思う。
「魔法とか、次元世界とか色々と聞いといて――
もっと驚くとか、なんで黙ってたの――っとかないの?」
アリサもはじめて聞いたときはあれほど驚き、醜態を見せたと言うのに、すずかの落ち着きようは納得がいかなかった。
もっと貶されても怒っても不思議じゃないと考えてただけに、アリサは腑に落ちない顔をする。
「アムちゃんとルーシェくんが凄いのは学校でも知ってたし、なのはちゃんまで魔法が使えたことには驚いたけど――
二人とも、わたしのことを思って黙っててくれたんでしょ? だったら怒れないよ」
アリサは心底呆れていた。そして「こう言う子だった」とすずかを評価する。
大人しくて気が弱く、いつも一歩引いた姿勢でいる癖に、芯は誰よりも強く、正しいと思うことを当たり前のように口にし、実行できる少女――それがすずかだった。
本人は当たり前のようにしていることでも、アリサやなのはにとっては違う。
すずかのお陰で随分と助けられていたのだ。今回、二人が仲直り出来たのも、結果的に見ればすずかの協力があったからだと思う。
「えっと……ごめんね。すずか」
「わたしもごめん……すずかちゃん」
照れくさそうに仲直りの握手をあらためて三人でする。
そんな三人を見て、アムラエルは一歩退いたところで、優しげな表情で見守っていた。
「アイツがフェイトの言ってた魔導師かい……」
フェイトから「絶対に近づくな」と命じられていたアルフだったが、フェイトがそこまで警戒する相手に興味をそそられ、アムラエルとなのはを見に来ていた。
気配を殺し監察していたのだが、不意にこちらを向いて笑ったアムラエルを見て寒気を感じる。
――バレた!? そんな、こんなに距離を取ってたってのに!!
デバイスもなしにフェイトの魔法を弾き飛ばした魔導師――その話を聞いたときはアルフも半信半疑だった。
しかし、実物を見て、アルフの動物的勘が告げる。あの相手とは何があっても戦ってはいけないと――
その姿はただの少女だと言うのに、まるで自分よりも遥かに強大な、別の種と対峙しているかのような恐怖に支配される。
ピリピリと毛が立つ感覚に襲われ、アルフはその場から動くことも、言葉を発することも出来なかった。
「あれは、フェイトが恐れるわけだ……中身はとんでもないバケモノだよ」
視界からアムラエルが消え、流れ出す汗を拭いながら、アルフはそうアムラエルのことを評価する。
出来れば、アムラエルとは戦いたくない。それは、フェイトと同じ考えだった。
その日の深夜――それは現実となった。
ジュエルシードの反応を感じ取った、なのはとユーノ、そしてフェイトとアルフは現場に急行した。
そこでかち合う両者――だが、これはフェイトにとって、なのはにとっても、予定調和に過ぎない。
ジュエルシードを巡る戦い、それは彼女との戦いからも厳しくなることは予想できることだった。
「わたしは……わたしは高町なのは!!」
名前を名乗ること――それはこれから一つの物を賭けて、奪い合うものに対する礼儀――
なのははあの後、自分をもう一度見詰めなおす機会を得た。
最初、ユーノの手伝いをすることがユーノのためになり、ジュエルシードは危ない物だから、それで集めないといけないと思っていた。
でも、メタ=リカーナの人も、怪我をした日本の人たちも、みんなそれぞれに言い分があることが分かった。
それはどれもが納得が出来る答えだったし、みんなが納得できる答えなんてないのかも知れないと思った。
それでも自分は最後までジュエルシード集めをやろうと決めたのだ。
誰のためでもない。自分が納得するために、中途半端で終わらせないためにジュエルシードを集めたい。
自分が生まれ育ったこの街を――思い出がたくさんあるこの街を――
アリサやすずか、友達のいるこの街を守りたい。それが、なのはの戦う理由。
「話してもらうよ。あなたの戦う理由――」
だから、なのはは彼女の“理由”も知りたかった。知らなければ、話し合うことも、分かりあうことも出来ない。
「――!!」
「はああぁぁ――っ!!!」
だが、フェイトは強い。一度戦ったからといって、その差を急に埋められるほど現実は甘くはなかった。
砲撃魔法の威力では僅かになのはの方が魔力で勝っているが、接近戦となるとそうはいかない。
バルディッシュを鎌に変え、襲い掛かるフェイトから距離を取りつつ、なのはは得意の砲撃魔法と手数で勝負する。
アムラエルは、こうなる前になのはに忠告していた。
「彼女のあの目……フェイトの目的はきっとあの子にとって、どんなことよりも優先する大事なことなんだと思う。
それこそ、自分の命を賭けてもやり遂げようとするほどに――なのは、あなたにその“覚悟”がある?」
――と、なのははすぐには答えられなかった。
だけど、こうしてフェイトとちゃんと対峙して見て、なのはは彼女のことが、はじめて一つ分かった気がする。
だからこそ、余計に知りたいと思ったのだ。どうして、そんなに泣きそうな目をして戦うのかと――
「大丈夫なの? なのは……」
「なのは、ぼくがすぐに――」
「はいはい、アンタはここね」
「むぎゅ――っ!!」
離れたところから二人の戦いを見守っていたアリサとすずかは、不安そうな声を上げる。
素人目に見ても、なのはの方が追い込まれているのは見るからに明らかだったからだ。
そんな、なのはを助太刀しようと暴れるユーノを締め上げ、気絶させるアムラエル。そこに一切の躊躇もない。
「今のなのはの実力じゃ難しいと思うよ。でも、これはなのはの戦いだし、邪魔しちゃダメ」
「あたしを目の前にして、随分と暢気に喋ってくれるじゃないか!?」
アルフは、目の前のアムラエルに睨まれているせいで動けなかった。しかし、アルフもフェイトが負けるとは思っていない。
しかし、この目の前の相手だけは絶対にフェイトと戦わせる訳にいかない。アルフはそう考えていた。
こうして対峙しているだけでも、圧倒的な威圧感で気を失いそうになるのだ。
そんな相手と、大事な主人を戦わすことなんて出来ないと考える。
「そこから動かなければ、何もする気はないよ。
フェイトにも言ったけど、わたしに敵対の意思はないからね」
「だったら……なんで、アンタはここにいるんだい?」
「それを言わないで……うちの家族と友達が無茶ばかりするから心配で、わたしも仕方なく」
アリサの無茶がなければ、自分だってこんなことに首を突っ込まないと言うアムラエル。
なんだか、思ったよりも人間臭いアムラエルの理由に、アルフは拍子抜けしていた。
だが、それを差し置いても、アムラエルが非常識な存在であることに変わりはない。だから、アルフも警戒を解く訳にいかない。
「強いね。あのフェイトって子」
「当たり前だ。わたしのご主人さまなんだからね」
「でも、D.S.の方がずっと強いけどね♪」
そう言いながら、隣にいたD.S.に抱きつくアムラエル。それに抗議するアリサ。
アルフは心底分からないと言った表情をする。「何故、自分はこんなヤツに怯えているのだろう?」と思わざる得なかった。
戦いは佳境を迎える。交錯する光と光――
フェイトも、ここまで戦いが長引くとは思っていなかった。以前のなのはの実力を考えれば、自分が圧勝すると思っていたからだ。
だが、結果は違った。確かに実力ではフェイトの方が押しているが、なのはは勘がとにかくいい。
直感と言うべきか、傷つきながらもギリギリのところでフェイトの攻撃をかわし続け、フェイト自身も冷やりとする攻撃をいくつも返されていた。
事実、距離をとったなのはの攻撃は、フェイトでも無傷でかわし切ることは難しくなって来ていた。
(この子……戦いの中で成長してる)
なのはの才能を肌で感じ、フェイトは戦慄を覚えざる得ない。
最初は雛だと思っていた相手が、今では爪を磨ぎ、自分を落とそうとまでしている。それは、長い年月をかけて魔導師として成熟してきたフェイトにとっても驚愕に値するものだった。
「でも――まだ、甘い」
ここまで食らいついたなのははさすがだが、それでも長い年月をかけ成熟した、魔導師としての経験まで覆る訳ではない。
フェイトはダメージを覚悟でなのはの砲撃魔法に特攻をかける。
そのフェイトの行動には、なのはも驚いた。だが、フェイトとて無策で突っ込んだ訳ではない。
以前にアムラエルが自分の砲撃魔法を弾いたのを見て、自分でも同じことが出来るのではないかとずっと考えていたのだ。
魔力を両腕に込め、前方の防御魔法を腕の部分だけに集束し強化を図る。
なのはの魔法が直撃する瞬間、その防御魔法を押し当て、身体全体を使って回転を加えることで軌道を反らすフェイト。
それを見たなのはの表情は驚愕に揺れる。アムラエルの戦いを見ていたことから、確かにそうしたことが可能だと言うのはなのはにも分かっていたが、それを実践して見せるフェイトの実力の高さに驚かされるばかりだった。
砲撃魔法は性質上、どうしてもその前後に隙が生まれる。なのはは、完全にその隙を突かれた格好となった。
刹那――なのはの首筋に、バルディッシュから放出された魔力刃が当てられる。
両腕のみに魔力を集中し砲撃魔法を受け流すなどと言う無茶をやったため、フェイトのBJも所々破れ、欠損している。
しかし、勝負は完全にフェイトの勝ちだった。
――Put out.
レイジングハートが、なのはのジュエルシードを一つ、フェイトに差し出す。
なのははレイジングハートのその行動に驚いたが、そのことで自分が負けたのだと気付かされる。
あれだけ覚悟を決めて挑んだと言うのに負けたことで、肩を落とすなのは。
そんな彼女に、はじめてフェイトの方から声をかけた。
「わたしは――フェイト、フェイト・テスタロッサ」
「……フェイトちゃん?」
「ちゃんと、あなたには名乗ってなかったから」
なのはは勝負には確かに負けた。しかし、なのはの想いは確かにフェイトに伝わっていた。
フェイト自身、自分がここまで傷付くとは夢にも思っていなかった。それほど、絶対的な差が最初のフェイトとなのはにはあったのだ。
しかし、それをなのはは覆して見せた。そのことが、フェイトの心に訴えかけたのだ。
「フェイトちゃん――!!」
立ち去ろうとするフェイトに、声をかけるなのは。
「次は負けないからっ! そして勝って聞かせてもらうよ!!
フェイトちゃんの理由――」
フェイトの口元が僅かに緩む。
それはフェイトにとって、この世界にきてから見せた――はじめての微笑だった。
「本当によかったの? あのまま、逃がして」
「うん――今はまだ、フェイトちゃんは何も話してくれないと思うから」
フェイトに認められるくらい強くなりたい。そう、なのはは思っていた。
そして、いつか彼女の理由をちゃんと聞いて、その上で友達になりたい――なのははそう考える。
「ほんと、あの子も厄介な子に目を付けられたものよね」
「ちょっと、酷いよ。アリサちゃんっ!!」
「う〜ん、でも……ちょっとアリサちゃんの言ってること、わたしも分かるかも」
「すずかちゃんまで――っ!!」
「これが、“自業自得”ってヤツだよね?」
「オレに聞くな……」
少女たちの笑い声が森に木霊す。この環の中にいつか、フェイトも入ることが出来ればどんなに楽しいだろう。
なのははそんなことを思いながら、その夢(未来)に向かって、想いを馳せるのだった。
「――なんで、誰もいないのっ!?」
「申し訳ありません。旦那さまは海外出張に――
お嬢さまはご学友と一泊二日の温泉旅行に出掛けてまして、お帰りは明日の夕方になります」
およそ一週間の放浪の末、ようやく目的のバニングス家に辿り着いたカイとシーンだったが、アリサたちは温泉旅行。
デビットは海外出張に出ていたため、家主が不在のため、待ちぼうけを食っていた。
カイはもう泣きたい気持ちで一杯だった。こんな仕打ちは、ネイに使えていた時から今まで、味わったことがない。
方や、シーンは慣れたものなのか、一週間迷い、さらに一晩待たされると言うのに、全く普段と変わらずのんびりしている。
「別に野宿って訳じゃないんだし、よかったじゃない――うわっ、ふかふかだぁ」
シーンは三日ぶりのベッドの暖かさに満足そうな表情を浮かべる。
と言うのも「お客さまを外でお待たせするわけに行きません」と、バニングス家の執事が客室を一部屋用意してくれたお陰だった。
手持ちのお金は四日で底を尽きた。ビジネスホテルにではなく、市内でも一流のホテルに泊まり、シーンがあれよこれよと買い物をしたのが原因だったのだが、まさかカイも目的地に辿り着くのに一週間もかかるとは思っていなかったのだ。
「もう、寝よう……何も考えたくない」
後にシーンは語る。ここまでやつれたカイを見たのは、これがはじめてだったと。
……TO BE CONTINUED