「D.S.――可愛い〜っ!!」
「おいっ! 処女(シーン)やめろ!!」
ちょっとトリップしているシーンに抱っこされ頬擦りされるD.S.――いくら女好きと言ってもこれは正直堪らないと言った顔をしていた。
屋敷に戻ったD.S.とアムラエルはメタ=リカーナからの“使者”と名乗った二人を見て驚いた。
それは使者の二人――カイとシーンも同じだった。
いつかはここも突き止めてくるとD.S.とアムラエルも予想していたが、二人の予想よりメタ=リカーナの行動は早かったと言える。
自分たちの居場所が知られている原因は“たった一人”しか思いつかなかった二人は同時にその人物の名を口にした。
「「デビット――!!」」
「人の親を呼び捨てにするな――っ!!」
何故か、D.S.だけがアリサに折檻を受ける。しかし、考えられるのはデビット・バニングス以外になかった。
デビットはアリサの父親である顔とは別に、バニングス家の現当主と言う肩書きを持つ。
メタ=リカーナとの国交は確かに存在するが、王女に直接自分たちの情報を売り、取り次ぐことが出来る立場の人間など周囲に一人しか考えられなかった。
しかも、カイとシーンの滞在場所を“わざわざ”この屋敷にしてくる辺りに作為を感じざる得ない。
そのことに気付いたアムラエルも「う〜」っと唸っていた。
「まあ、なんだ。これから、よろしく頼む」
「その手は何? わたしが天使だって言うことも気付いてるんでしょ?
あなたはわたしが憎くないの?」
握手をしようと手を差し出してきたカイに、アムラエルは警戒するかのような態度を取る。
この世界の人間たちと違い、メタリオンの人間には天使を殺したいほど憎む理由があると知っているからだ。
事実、そう言う傾向がない訳ではない。あの戦争以降、天使、悪魔に対する人々の警戒は強くなっていた。
「確かに私怨はあるが……お前は人を襲わないのだろう?」
「え……?」
「だったら、問題ない。わたしもあの男(D.S.)は信じている。
それはシーラさまも、シーンも同じだろう」
それはアムラエルにとっても意外な返事だった。
アムラエルは、D.S.の周りにはどうしてこんなに「お人好しばかり集まるのだろう?」と考える。
それがただの“バカなお人好し”ならアムラエルもそんなに気にしないが、カイとシーンはそうではない。
強さだけでなく、立場もある人間。そんな人間が、迷いなく“天使”のことをこうして言えることが驚きだった。
アムラエルの目には、D.S.の周りに集まる人物は皆、その生き方が眩しいほどに輝いて見える。
それは正邪関係なくと言ってよい。エルフも、人間も、亜人たちも、そして天使や悪魔でさえ、彼に魅了された人物は多い。
D.S.の持つ魅力――それは強さや、優しさだけではないのかも知れないとアムラエルは思う。
「よろしくね――カイ」
満面の笑顔で自分から握手を返すアムラエル。
――そんな彼と彼の仲間たちに、アムラエルはどこか救われた気がしていた。
次元を超えし魔人 第6話『ジュエルシード』
作者 193
東京――その大都市の一角、超高層ビルが立ち並ぶ中でも、一際大きく目立つビルに彼の姿があった。
バニングスグループ日本本社ビルの最上階――重厚な作りの扉の向こうに、その豪華な作りの椅子に彼は座っていた。
デビット・バニングス――その席に身を置くものならば、その名を聞けば誰もが萎縮する経済界のやり手だ。
「ええ、無事に彼と会えたようです。ご安心を、当家で責任を持ってお預かりしますので――」
電話先の女性と親しげに話すデビット。その電話越しにも、相手の女性を敬うことを決して忘れない。
その電話相手とは、言うまでもなくメタ=リカーナの王女、シーラ・トェル・メタ=リカーナだった。
以前の会談から二人は度々、連絡を取り合うようになっていた。
デビットの名誉のために言っておくが、決して邪な考えがあってと言う訳ではない。すべてはD.S.のため、如いてはアムラエルとアリサのためだった。
デビットにとってもアリサの友人であり、家族でもあるD.S.とアムラエルには出来る限りのことをしてやりたいと言う思いがある。
しかし、D.S.とアムラエルは存在が特殊であるがために、色々と難しい問題があるのも事実だった。
だが、デビットはそんな二人のために戸籍の用意や、そして外を自由に歩けるような環境を作るために各方面に根回しをしていた。
D.S.が、歴史にあるように、そんなに悪い人物だとデビットは思っていない。
彼のしてきた歴史(こと)の背景には、彼が殺してきただけの――いや、それ以上に救われた人がいるのも事実だ。
単に不器用な男なのだろうと、デビットは思う。一見ふざけて見せているあの態度も、本心を見抜かれないための彼なりの防衛手段なのだとデビットは考えていた。
「それで、あの件ですが――はい、それではメタ=リカーナは全面的に協力していただけると考えてよいのですね?」
シーラとの約定を取り付け、表情を緩ませるデビット。それは今後、D.S.たちにとっても必要になるだろうと考える。
そのためのカイとシーラの派遣だった。彼女たちは、D.S.の存在を認めさせ、メタ=リカーナの評議会を納得させる役目も担っているのだが、もう一つは不足の事態に即座に対応できるようにシーラからある権限が与えられていることにあった。
デビットはその件に関して、シーラに確認を取っていたに過ぎない。
軽い挨拶を交わし、受話器を置くデビット。その表情は何かやり遂げたと言う達成感に満ちていた。
「こちらの準備は整った。あとは、その“不足の事態”が起こらないことを祈るばかりだな」
椅子を回転させ立ち上がるデビット。その眼下には日本の首都が一望できる光景が広がる。
ここからでは見ることは出来ないが、その視線のずっと先には、愛する娘が待つ我が家があった。
夕刻――海鳴市から、ほど近いところにある遠見市。その市の中心にあるマンションの一室にフェイトとアルフが住んでいた。
ここは地球での彼女たちの仮住まいで、疲れた身体を癒すための待避所として使用している。
「タカマチ、なのは……か」
なのはのことを、ベッドに横になりながらフェイトは考えていた。
今まで、同じ年頃の友達やライバルがいなかったフェイトにとって、あれほど真っ直ぐに自分に語りかけてくる相手は、はじめてだった。
最初は覚悟もなく、周りの環境に甘えているだけの“優しいだけ”の女の子だとフェイトは思っていた。
しかし、次に戦ってみて、なのはの強さをフェイトは思い知った。
なのはの強さは、その魔力でも才能でもない。彼女は“心”が強いのだとフェイトは気付かされたのだ。
そして、それは今の自分には決して持ち得ないものだと言うことにも気付いていた。
「次に戦えば……負けるかも知れない」
フェイトはふと、そんな弱音を口にする。
明かりも点けず、食事も取らず、ベッドで横になるフェイトを心配するアルフ。
以前の戦いから、フェイトがおかしいことにはアルフも気付いている。
しかし、「大丈夫だよ」と言うフェイトにそれ以上、何も言うことが出来ず、歯痒く見守ることしか出来ない自分に苛立ちを募らせていた。
「また、食べてない。ダメだよ? 食べなきゃ……」
ほとんど手付かずで残されたトレーを見て、アルフは心配そうにフェイトの傍に行く。
いつもと同じように「大丈夫だよ」と言うフェイトに、アルフは一抹の不安を感じざる得なかった。
このままジュエルシードを集め続け、いつかアムラエルのような相手と戦うことになれば、自分の力だけでフェイトを守りきれる自信がアルフにはない。
この世界は色々な意味で異常すぎると、アルフは感じていた。
まるで、この世の終わりのような灰色の空――そして、空の黒い軌跡から覗くことが出来るもう一つの世界『メタリオン』の存在。
アルフはそのことが気になって調べてみた。そこで知ったのが、九年前の『ミッシング・ピース』と言われている現象だ。
管理局で閲覧できるデータでは、科学文明レベルB、魔法文明レベルCと言う評価しか書かれておらず、本来B以下の文明レベルと言うことは他の次元に干渉できず、デバイスなどに類似する技術力を有していないレベルのことを差す。
そんな世界の魔導師に自分たちが負けるはずがないと――最初は思っていた。だが、その考えはアムラエルを見て一気に変わる。
アムラエルがこの世界の魔導師のどのくらいの位置にいるのかは分からないが、彼女の年恰好からも他にも同様に強い魔導師がこの世界にはいるとアルフは考えていた。
その現地の魔導師が自分たちに牙を向いてきた場合――正直、管理局が出てくるよりもずっと恐ろしいとアルフは思う。
管理局ならば、同じ世界の魔法と言うことで、まだ対処のしようもある。
だが、相手は自分たち以上とも言える力をもった、まったく異なる系統の魔法を使う魔導師なのだ。
その上、ここは敵の庭だ。魔導師の戦いに置いて、それが意味する結果をアルフは知らない訳ではない。
「そろそろ行こうか……次のジュエルシードの大まかな位置特定は済んでるし――
母さんを余り待たせたくない」
度々、フェイトが口にする母の名前。だが、アルフはそのフェイトの母親に良い感情を抱いていなかった。
その名をフェイトが口にするたびに、フェイトの身体の至るところに残る生々しい傷が目につく。
アルフには、そんなフェイトが見てられなかった。そして、その傷をつけた張本人――
フェイトの母親――プレシア・テスタロッサに憎しみすら抱いていた。
フェイトのジュエルシードを集める理由――そこに母親に対する執着があった。
子供の頃に、ほんの気まぐれで見せたプレシアの優しさ――
その唯一とも言える母親の温もりを求めて、フェイトは彼女の喜ぶこと、望むこと、すべてを叶えようと努力してきた。
そのプレシアが、ジュエルシードを欲していると知ったのは今から数週間前――
ある研究のため、自分の願いを叶えるために必要だと、プレシアはフェイトに教えた。
それは、愛情を、絆を求めていたフェイトにとって甘美な誘惑だった。
――ジュエルシードを集めれば、母さんが喜んでくれる。昔のように、優しい母さんに戻ってくれるかも知れない。
そんな幻想とも取れる想いが、フェイトの頭を駆け巡った。
だが、アルフはそんなフェイトをずっと見てきたから知っている。
そんなのは夢、幻だと――フェイトがいくらプレシアのために頑張っても、彼女は答えてくれない。
それは希望でも、妄想でもなく、厳然たる事実だった。
だからこそ、アルフはこのジュエルシード集めにも当初、乗り気ではなかった。
しかし、主であるフェイトが必死なのだ。自分がそれを無視する訳にもいかない。
それに何より――フェイトが悲しむ顔を見たくなかったのだ。
「フェイト……わたしは心配なんだよ。
あの、なのはって子はともかくとしても、アムって呼ばれてたあのもう一人は尋常じゃない。
この世界の魔導師には、まだあんなヤツが一杯いるかも知れないんだ……」
――プレシアなんて忘れて、一緒にどこかに逃げよう。
本当にそう言えたら、どれほど楽だろうとアルフは思う。しかし、それは叶わない。
アルフも、そんなことをすれば、フェイトが悲しむことは分かっていたし、それにプレシアが逃げ出した自分たちを許すとは思えなかった。
どこにも行けない、逃げ出せないやるせなさ。そんな焦燥感がアルフの不安を駆り立てる。
「ごめん、アルフ……だから、ここからはわたしだけでいいよ。
アルフまで痛い思いをしなくていいから……それにわたしは強いし――」
「フェイト――っ!!」
いつもより饒舌に話すフェイトに、アルフは悲しそうな表情で声を荒げた。
絶対に自分を置いて行くようなそんな言葉を、フェイトから聞きたくなかった。
それが自分を心配してだと言うことが分かっていても、アルフにはそのフェイトの言葉は辛すぎる。
「お願いだから……そんなことを冗談でも言わないでおくれ。
わたしはフェイトにどこまでだってついて行く……
フェイトの傍を離れないって、自分で決めたんだから」
涙を流し、とても悲しそうな顔でそう言うアルフに、フェイトは自分の言ってしまった失言を悔いた。
「うん、ごめん……アルフ。もう、二度と言わないから」
しかし、それでもフェイトは止まらないだろう。きっと、周りから、妄想だ、幻想だ、と罵られようとフェイトは立ち止らない。
アムラエルが言った言葉「彼女には命を賭けるほどの理由と、覚悟がある」――それは間違いではなかった。
フェイトにとって母親とは――
プレシアの存在はそれほどに大きいのだから――
「――たくっ! なんでオレまでこんなところに来ねえといけねえんだ?
あの石っころが目的なら、テメエらだけで行けばいいだろっ!?」
「ほら、D.S.怒らないで――ムギュ!」
「むぐぐぅ」
そう言いながら、自分の胸にD.S.を引き寄せるシーン。
頭を引き寄せられ、胸に顔を埋めるD.S.の姿など、この場にアリサがいたら抹殺確定だろう。
当初、今のD.S.の姿を見て、ショックを受けるかと思われていたシーンだったが、意外とそうでもなかった。
今はシーラの下に身を寄せてはいるが、シーンは熱狂的なD.S.信者だ。
過去にD.S.の命を狙ったことなどもあったが、その時に逆に返り討ちに合い、その身も心もD.S.に奪われて(結局、未遂だったのだが)からと言うもの、自分のすべてをD.S.に捧げてもよいと思うまでに彼女は心を決めていた。
そんなシーンだから、D.S.の変化にはショックを受けるように思われたが、最初にD.S.を見た彼女の一言が「D.S.萌え」だった。
母性本能でもくすぐられたのか、今まで以上に熱愛(過保護)ぷりを見せるシーンに、カイは目尻を押さえ、呆れ返る。
自分を自制し、乗ってしまっては負けだと言い聞かせ、自分だけでもちゃんと任務をこなそうと、カイは考えていた。
海鳴市に来た目的は幾つかあるが、その一つは重要人物の監視――
それは“D.S.”だと言うことは分かったのだが、シーラも人が悪いとカイは思う。
恐らく、こうなることを見越していたのだろう。カイには王宮で微笑む、シーラの邪悪な顔が見えるようだった。
次に問題となった植物暴走の原因を探ること、これもすぐにアムラエルからの情報で判明したが――
肝心の原因となった“ジュエルシード”の確保も任務に含まれている。
そのため、今はD.S.を同行させて、なのはたちの後を追跡しているところだった。
「やんなら、テメエらで勝手にやれよ?」
言われなくとも、そのつもりだったカイだが、改めてD.S.に言われると少しむかつく。
だが、今更ながらD.S.はこう言う奴だったと懐かしむ。自由奔放、傍若無人、これほどこの男に似合う言葉はないとカイは思う。
しかし、その態度や言葉とは裏腹に、仲間を、大切な物を守ると決めた時のD.S.の強さにはカイも一目置いていた。
そう言うカイ自身も、そんなD.S.に助けられた口なのだ。シーンほどでないにしても、D.S.には恩義を感じているし、憧れにも似た思慕も抱いている。
「カイ、あれ」
その時だった。シーンの指差す方向に雷が轟き、その周辺に結界が張られる。
アムラエルの情報通り、それは間違いなく次元世界の魔導師が使う“封時結界”だった。
おそらく、ユーノ辺りが展開したのだろうと三人は考える。
「どうするの? すぐに仕掛ける?」
「いや、しばらく様子を見る――それに」
アムラエルとの約束があったことをカイは思い出していた。
情報を提供してもらう代わりにいくつか要求されたことがある。その一つに――
「“なのはとフェイトの戦いには、絶対に手を出してはならない”
これがアムラエルとの約束だ。こちらはすでに対価を貰っている。
それに――友との誓いを破るわけにもいくまい」
それは、カイなりの誠意だった。アムラエルとの約束を違える気は端から彼女にはなかった。
向こうがこちらを信用して情報をくれたと言うのに、それをこちらから違えることは出来ないとカイは答える。
そんなことは武人として許される行為ではない――とカイは考えていた。そして、その意見にはシーンも同意だった。
使者のカイが約束を違えると言うことは、シーラの顔にも泥を塗ることになる。
相手がいくら天使とは言えど、そんなことをあの聡明なシーラが許すはずもないとシーンは思っていた。
「でも、それだと――今回はあのジュエルシード、確保出来ないかも知れないわね」
「その場合は仕方あるまい。ジュエルシードの持つ魔力の気配は分かった。
少なくとも、今度からはこちらも捜索に加われる」
今回がなくとも、次からは先手を取ることも可能だと示唆するカイ。それに応じたのかシーンも首を縦に振る。
D.S.はシーンの胸に抱かれながらも、すぐ近くで今にも始まろうとしている、なのはとフェイトの戦いを静かに見守る。
こんな時――普段なら、真っ先にアムラエルも飛んできたい気持ちだろう。しかし、今日はアリサ、すずかともに習い事のある日だった。
アリサとすずかがジュエルシードに関わると決めてから、アムラエルは“塾”に“稽古”と、同じようにアリサたちに付き添い、その護衛と監視を行なっていた。
アリサたちが無茶をしないように見張ることも当然だが、巻き込まれても彼女たちを傍で守れるようにと言う思惑があった。
過保護とも取れるアムラエルの行動だが、それでも足りないくらいジュエルシードや、それに群がってくると予想される“善意”と“悪意”は危険だと言うことだ。
そのことは、アリサとすずかにも良く分かっていた。
しかし、それでも親友が関わっていると知って、今更見てみぬフリなど出来そうにない。
自分の知らないところで、なのはが傷付き、街が危険に晒されているなど二人には耐えられなかった。
そんな二人の気持ちが分かっていたからこそ、アムラエルは条件付で二人が関わることを認めたのだ。
当然、その負担はアムラエルにかかってくる。それが分かっていて尚、決断したの他の誰でもない、アリサとすずかの二人だった。
「「――ジュエルシード封印!!」」
なのは、フェイト――両者同時に放たれる封印魔法。
暴走しかけていたジュエルシード。正確な位置を発見するため、アルフの魔法により強制発動されたジュエルシードが、二人分の封印魔法を受けて安定を取り戻す。
だが、ここからが勝負だった。
互いの間にあるジュエルシードを巡り、二人の魔導師の少女が、力と、技と、そして想いをぶつけ合う――
交錯する二つの光――戦いの幕は切って落とされた。
封時結界で覆われた街中を、ビルの間を縫うように飛び交う二つの光――
なのはとフェイトは、ほとんど互角と言える戦いを繰り広げていた。
スピードで勝るフェイトがフェイント織り交ぜ、接近する機会を窺がう。
なのはは、そんなフェイトを接近させまいと、手数と精密無比な砲撃魔法でジリジリとフェイトの逃げ場を奪っていく。
それは、まさに技と技、力と力の応酬――先日まで、フェイトとあれほど開きがあったとは思えない動きを、なのはは見せていた。
その一撃一撃に、なのはの「勝ちたい」と言う強い想いがこもっている。だが、それはフェイトも同じだ。
フェイトは「負けたくない」ではなく、「負けられない」と言う想いが強かった。
その目的が例え歪んでいようと、彼女にはそんなことは関係ない。それはフェイトにとって、とても大切な意味を持つ行動だから――
お互いに“負けられない”と言う想いをぶつけ合う。退くことを知らない戦い方――
それな二人の戦いを見ていたカイも、正直驚いていた。
「――これが、本当に子供の戦いなのか?」
技術の高さや、魔力の強さを言っているのではなかった。カイが二人に驚いたのは、その戦いに向ける姿勢と気迫だった。
ビルのすれすれを飛び交う彼女たちは、そのまま壁に激突すれば、地面に落ちればただでは済まないだろう。
魔法とて、いくら非殺傷設定と言うものがあったとしても、空中で食らい意識を失えば死ぬことだって有り得る。
――なのに、二人の攻撃には一切の迷いも躊躇いもなかった。
戦士として彼女たちをみるなら、間違いなく一流と言えるだろう。
だが、同時に――あの年頃で、ここまで達してしまっている不幸をカイは呪った。
アムラエルが「なのはは危うい」と評していた意味が、カイには分かる気がする。
それはフェイトも同様だと考える。彼女たちの戦い方、生き方、そのどちらを取っても年相応とはとても思えない。
これは早熟と言うのではない、一言で言うなら歪んでいるのだと、カイは二人を見て思った。
それは、シーンも同じ考えだった。
「…………」
二人の戦いを見て、寂しげな表情を浮かべるシーン。その腕に力をこめ、ギュッとD.S.を抱きしめる。
「気にいらねえ……」
そんなカイとシーンとは対象的に――
D.S.は不機嫌そうに、その二人の少女の戦いを見ていた。
「そこ――っ!!」
「――!?」
なのはの砲撃魔法がはじめてフェイトを捕らえた。爆煙が舞い、その攻撃が直撃したことを知らせる。
だが、なのはは警戒を緩めない。
刹那――煙が渦を巻き、その中から、バルディッシュを構えたフェイトがなのはに迫る。
なのはまでの僅かな距離、ほんの数百メートルの距離を一瞬で埋めるためにフェイトは駆け抜けた――
爆発的に生み出された疾走に大気が渦を巻き、なのはまでの風の道を生み出す。
「「――!!」」
まさに一瞬の攻防だった。
フェイトも同じことをもう一度しろと言われても、おそらく不可能だと思う最速の一撃をなのはに放った。
当然、なのはのBJを貫けるほどの威力を持った一撃だ。
しかし、その攻撃はレイジングハートの柄と、なのはの腕をかすめ、空をきっていた。
――どうやって!?
どうして回避できたのか? 疑問に思ったフェイトだったが、それはすぐに分かった。
アムラエルがやったこと、そして前の戦いでフェイトがやったこと、それをあの一瞬で、なのはも実践したのだ。
防御を打ち抜かれることを想定した上で、その一箇所に壁を張り、僅かに失速した瞬間を狙って攻撃を受け流した。
言うだけなら簡単だが、刹那とも言える一瞬のタイミングでそれを行なうのは至難の技だ。
だが、なのはをそれをやって見せた。
「本当に……強くなった」
それはフェイトの本心だった。
先程のなのはの砲撃でダメージを受けている上に、渾身の攻撃もかわされたフェイトは、体力も魔力もかなり消費し、確実に追い込まれていた。
ここで距離を取れば、次こそ沈められるかも知れない――と、フェイトの脳裏にはじめて敗北のイメージが湧き上がる。
「フェイト――っ!! 」
そんな時だった。
ユーノの追跡を振り切って姿を見せたアルフの声が、二人の間に割って入ったのは――
本来の狼の姿へと変身したアルフの口から、巨大な魔力弾が放たれ、なのはへと迫る。
「く――っ!!」
寸前のところで防御魔法を張り攻撃を弾くなのは――
だが、その一瞬の隙をついてフェイトがジュエルシードに向け駆け出していた。
(わたしの目的はあくまでジュエルシード――っ!!)
一時的になのはとの決着を断念し、ジュエルシードの確保に飛び出すフェイト。
「フェイトちゃんっ!!」
なのはも、そんなフェイトの意図を読み取り、ジュエルシードへと向かう。
「邪魔、させないよっ!!」
「なのはの邪魔はさせない――っ!!」
なのはを追撃しようと前にでたアルフに立ち塞がるユーノ。アルフとユーノの間にも緊張が走る。
互いにジュエルシードに迫る、なのはとフェイト。
その目的はお互いにひとつ――
ほとんど同時だった。ジュエルシードに向かって向けられる互いのデバイス。
その魔力がジュエルシードへと注がれる。
――ドクンッ!
心臓が脈打ち、世界が震えた気がした。
二人分の魔導師の強力な魔力を受けたジュエルシードが、強大な魔力を放出しならが眩い光を放つ。
その瞬間――なのはとフェイトのデバイスにヒビが入った。
なのはとフェイト、互いに目の前に広がる光に飲まれ、その恐怖から身体がすくみあがる。
お互いに「ダメだ」と、そう思った瞬間だった。
三つの影がジュエルシードの前に降り立ち、その中の二つがフェイトとなのはの二人を抱え、逃げるように飛び出した。
「――ええっ!?」
「しゃべるなっ! 舌を噛むぞ!!」
なのははカイに抱えられ、フェイトはシーンに抱えられて、風を切るような速さでその場から離れていく。
だが、二人は後方に見えるジュエルシードの暴走の光を目にし、それどころではなかった。
ジュエルシードの暴走――“次元干渉型”と呼ばれるロストロギアに属するジュエルシードが暴走すれば、その先にあるのは次元震だ。
次元震が起これば、世界中のどこに逃げても一緒だと言うことを、なのはとフェイトの二人はカイとシーンに説明しようとするが――
「大丈夫よ――D.S.がきっとなんとかしてくれるから――」
「ダーク……シュナイダー?」
フェイトは目を丸くして、その名を復唱していた。
カイとシーンに頭をなでられ、顔を赤くする二人――
その瞬間、世界が振るえ――光に包まれた。
結果――僅かに初期振動を起こしただけで、次元震は起こらなかった。
「次元震も、何も起こってない……こんなことって」
「ふぇ……どういうこと!?」
「わたしにも分からない……でも、もう一人いたあの人……
きっとD.S.って人がなんとかしてくれたんだと思う」
二人して先程まで争っていたことも忘れ、ジュエルシードのあった方角を見ながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「フェイト――」
「なのは――」
ようやく追いついてきたアルフとユーノの二人が合流し、お互いになのは、フェイトに声をかける。
その時だった。後ろで様子を見守っていたカイとシーンが、軽い口調で四人へと話しかけたのは――
「さてと、いがみ合うのはその辺にして、四人ともちょっと付き合ってくれるかな?」
シーンの態度にすぐに警戒を見せたのはアルフだった。
アルフは「この世界の魔導師――!?」と大声で警戒し、フェイトを連れてその場から離れようとする。
だが、むざむざ逃がすシーンとカイではない。
飛んで逃げようとしたアルフだったが、飛行魔法が発動しないことに驚きの声をあげた。
「な――っ!! 結界っ!?」
四人は、自分たちの周囲にびっしりと張られた呪符に気付く。
「この周囲一帯にAMFが張られてる……
でも、こんな呪符を使った魔法式があるなんて、ぼくは知らない。
あなたたちは一体……」
AMF――“Anti Magilink Field”と呼ばれる魔力結合、魔力効果発生を無効にするフィールド魔法を彼ら魔導師はそう呼んでいた。
しかし、シーンの行なった魔法は“呪符魔術”と呼ばれる古代語魔法の一つで、彼らの言う魔法の原理とは根本的にことなる。
だから、ユーノが理解できないのは当然なのだ。他の三人も同じような困惑の表情を見せる。
「く――っ! せめて、フェイトだけでも」
最悪の予想が現実になったとアルフは考えていた。
現地の魔導師に出会った場合、どんな手でくるか分からないため、アルフは出来るだけ神経を尖らせ警戒していた。
しかし、そんな彼女も、こんなに簡単に魔法を封じられるとは思ってもいなかった。
だが、そんなことも言ってられない。なんとか隙をついて、フェイトだけでも逃がせないかとアルフは考える。
最悪、肉弾戦で勝てないまでも、命を張ってフェイトを守ろうと前に出た。
「もういい……アルフ、ありがとう。
でも、わたしはアルフに、これ以上、傷付いて欲しくない」
「フェイト……」
だが、そんなアルフを止めたのはフェイトだった。
フェイトも逃げられないと言うことを覚悟したのか。バルディッシュをシーンに自ら預け、抵抗の意志がないことを示した。
それを見ていたなのはも同様で、カイにレイジングハート預ける。
「お願いです……あの、フェイトちゃんに酷いことをしないで下さい。
わたしでお話出来ることなら、なんでも話します――だから」
アルフがフェイトを庇うさまを見て、なのはもなんとかしてフェイトを助けたいと言う思いだった。
それに、アムラエルの話を聞いていたことから、なのはも目の前の二人がメタ=リカーナの魔導師だと気付いていた。
このまま連行されることになれば、フェイトがどんな“拷問”を受けるか分からないと、子供ながらそんなことを考え、涙を浮かべて心配をする。
――と言うのも、それだけアムラエルが危険性を訴えるために、メタ=リカーナのことを誇張して説明していたためだ。
それに、アムラエルには、ユーノに“尋問”とは名ばかりの“拷問”を実行した経緯がある。
もちろん、子供にきつい“尋問”や“拷問”など、日本政府もメタ=リカーナもするはずがない。
しかし、メタ=リカーナの内情を良く知らないことと、素直な性格も災いして、なのははアムラエルの話を完全に信じきっていた。
「えっと……もしかしてわたしたち悪者?」
「……みたいだな。一体、どんな説明を受けていたのやら」
シーンとカイは――
今にも警戒して噛み付いてきそうなアルフ。
死にそうなくらい意気消沈しているユーノ。
それにオロオロとそんななのはとアルフを心配して落ち着きがないフェイト。
そして両目一杯に涙を浮かべて陳情を訴えるなのは。
――を前に、なんとも言えない罪悪感が込み上げて来る。
「……テメエら、こんなとこで何やってやがる?」
ジュエルシードを封印し、追いついてきたD.S.が――
痛いものを見るような目で、そんな六人を見ていた。
……TO BE CONTINUED