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長き刻を生きる 第五話『小さな智将』
作者:大空   2008/11/24(月) 23:15公開   ID:1HRkDV09Q2E

 太公望、彼もかつては一部族の長の実子であり、人間である。
 その部族こそ『姜』であり、現在は西方の雄『馬騰』の下に従っていた。
 馬騰は勇猛にして知識も持ち、個人主義・部族単位で動く者達を束ねれるカリスマを持つ英傑。
 片足を負傷にしながらも馬を脚として勇猛果敢に戦い、錦馬超の二つ名を持つ馬超を娘に持つ。

 そもそも、遊牧民族は、漢王朝とは無縁な者が多い。

 馬騰のような『親漢派』のような者達は、協力の対価として北部よりも暖かく、物流に富んだ土地の定住権を持つ。
 逆に武力などによって土地を求める者達は『蛮族』の汚名を着せられ、王朝から敵として認知される。
 誇り高き遊牧にして騎馬民族たる彼らから見れば、中で腑抜けている宦官達に言われる筋合いは一切ない。

 更に、古来から現在モンゴル・チベット方面の騎馬民族は王朝にとって最大の脅威として認められている。

 人馬一体の強さは、それこそ百の騎馬が、万の兵に匹敵すると言っても過言ではない。
 特に平原が多い場所において、彼らの進撃を阻むのは至難、虎を負傷した猫が止めるようなモノ。
 だからこそ万里の長城という長く堅固な城砦を、莫大な費用と人件費を消費してまで造ったのだ。


「協力は感謝しますが……馬騰殿の下から抜けても良いのですか?」


 愛紗の言葉に多くの者が首を縦に振るう。

「太公望様はかつて周の軍師として活躍し、我等の祖先をこの地へと導いてくださいました
  地の恩をいまこそ返すべく、我等はこの幽州の地へと馳せ参じた次第です」

「我等『姜』の民、五百は太公望様の下に忠誠を誓います!」

 騎馬から降り、一斉に平伏する姜の民。
 太公望は彼らの前に現れ、その先頭の男に手を差し伸べる。

「このワシの下に来てくれた事に感謝するぞ」

 男が差し伸べられた手を取る。
 それによって歓声が沸き、新たな仲間を手にする。


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 姜族合流から数日。
 太公望は部隊の再編成、千年もの時間による字の差の勉強、内政、外交と大忙しだった。
 内政に関しては、さの太公望の名に恥じず、兵農一体策を推進し、出来る限りの兵糧の補充と田畑の開墾。
 市場の敷居に掛かる税金を少なくする事で、外部からの商人が来易いようにする事で街そのものを潤わせ。
 行商人は各地の情報をその情報網を駆使して持っており、密かにこれを干吉が買い取り、各地の情勢を知る。
 
「天の御遣いは、異民族にも寛大にして軍略の天才、優秀な将を抱える弱小勢力と言われているようですね
  あまり喜ばしい情勢でないのに、これほど良い噂を廻されるのはマズイですね……」

「ご主人様を称えてくれるのは嬉しい限りなのですが……」

 干吉と愛紗の懸念。
 良い噂を立てられ過ぎると、それを快く思わない勢力の標的にされてしまう。
 もし今、兵力・兵糧の充実した勢力に攻められたら、ひとたまりもないのだ。

「……皆を受け入れたワシの未熟さか」

 姜族の騎馬五百は、歩兵なら数千の兵力に匹敵する精鋭部隊。
 しかし”騎馬”は多くの牧草を必要とし、飼い慣らすのには労力を必要とする。
 今現在の太公望の財政では、これ以上の騎馬戦力の補充は難しく、更に”強力”と言う事に問題がある。

「俺達の馬術じゃ、足手纏いになりかねないからな……クソッ!」

「大丈夫! 努力すれば追いつけるのだ!」

 鈴々は気軽に言うが、彼らの人馬一体の領域は高等な次元である。
 断崖絶壁を駆け下り、自らの脚の如く操り、手綱に頼らずとも戦える。
 騎馬の機動力に正確無比な弓、更にはその突破力は一夕では作れない。
 そんな彼らを納得させるだけの馬術を持ち、なおかつ武術を兼ね備えた武人はいない。
 元々、当面は騎馬には頼れないと予測していた太公望にとって、嬉しくも厳しい誤算である。

「ましてやつい先日まで仕えていたのが、あの馬騰となれば……」

 馬騰の勇名は大きく、確かである。
 一方太公望は、本物かどうかを”完全”に信じさせれる証拠がない。
 彼らが今は名を信じているが、下手な失策や弱味は彼らを失う結果になりかねない。

「……そろそろ警邏の時間なので私はこれで」
「俺も当番だったな、面倒な事は勘弁だがな」
「左慈殿はもう少し真面目にはなれないのですか?」

 太公望の執務室から去っていく二人。
 今のところ、異民族と現地民の衝突、将間での衝突は起きていない。
 
 だが、下手な衝突による亀裂は後に響く。

 太公望の不安は完全に消える日は遠い。

「鈴々は馬術を教えて貰って来るのだ」
「張り切りすぎて怪我をしてはいけませんよ?」
「干吉のお兄ちゃんは心配性なのだ!」

「貴方はご主人様の支えなのです、下手に怪我などされては困りますから」

 元気な返事と共に、鈴々も執務室から出て行く。
 今、執務室にいるのは干吉と太公望の二人のみ。
 静かな部屋で二人は書簡と向き合う。

 弱輩の勢力故に、今だ黄巾族に狙われる現状。

 受け入れる事による苦しい財政と兵糧状況。

 部隊編成の壁、将の数不足による兵力不足。

 静かな執務室の小さな影に、一人の兵が現れる。

「……干吉様」

 全身を黒装束に身を包み、見えるのは死んだ瞳のみ。
 微かな腐敗臭が、その正体を意味していた。
 
「こちらの県境に多くの民が流れ来ています……現在は公孫賛軍が進撃を止めていますが
  約五千の黄巾族が流れ込み、流れて来ている民の襲撃を目論んでいる模様にて、ご報告に……」

 もう一つの懸念。

 優秀な人間にスガル民衆であり、それを狙う賊徒。

 見捨ててしまえば、積み上げた信頼を失う所では済まない。

 しかし出陣は兵糧と人材を消費する、下手な消耗は死に直結する状況でだ。

「ご苦労、可能な限りの足止めを行え……正体が露見した場合は自決せよ」

 キョンシーの暗部は「承知」の一言を残して消える。
 太公望も書簡を書くのを止め、筆を休め、太極図を手に携える。


「衛兵!」


 太公望の声に、屋敷の警護を行っている兵が集まる。


「すぐに関羽・張飛・左慈を呼び戻し、戦支度を皆に伝えよ!」


 衛兵は「判りました!」と声を上げた後、走っていく。
 そして叫び始め、一斉に屋敷の空気は平穏なモノから、戦の緊張へと変化してしまう。
 訓練していた兵、畑を耕していた兵、警邏に当たっていた兵が続々と街の正面の門へと集結していく。
 無論、警邏や訓練に当たっていた三人も集まっている。


「ワシ等はこれより、ワシの下へと来ようとしている民衆を救う!」


 隊列を作り、装備を纏った兵がキリッとしている。
 自分達のように、苦しみから逃れようとしている人々を救う意志が、静かにだが士気を高めていた。

「太公望様に続け! 黄巾族の連中を叩きのめせ!」

 今度こそ……幾度も彼らと小競り合いをしている者達の意気が固まる。
 
「天の加護は我等にあり!」
「姜族の馬術を御覧見せましょう!」
「俺達の様な人達を助けるんだ!」

 兵の意志が個々に一つとなり、あとは出陣の一言を待つのみ。
 戦への恐怖はなく、戦いへ赴く決意と確固たる意志を一人一人が宿していた。


「出陣!!!」


 掛け声と共に兵が、将が、先陣を切る太公望に続く。


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 数日で戦の疲れが取れる訳では無い。
 だが兵の足取りは速く、決して遅くなかった、だからこそ間に合った。
 干吉の工作の甲斐もあってか、民衆はまだ黄巾族に襲われていなかった。

「豊麗(ほうれい)、陽春(ひしゅん)の二人はここに兵二百と残り民衆の誘導を!」

 豊麗は周倉の真名。
 彼女の足はそこらの駿馬ほど早く、歩兵最速の脚力を持ち、愛紗の補佐官としてその脇を支えていた。
 勇猛さもあり、軍馬の群れの真っ只中も恐れず共に走れるという肝の据わっている人物である。

「判りました! 皆さん、私達が来たからには安心してください!」

 陽春は裴元紹の真名。
 馬を選ぶ眼は姜族のお墨付きであり、現在太公望などの将が乗っている馬は彼女が選んだ駿馬。
 馬を売りに来る商人泣かせの彗眼で、良い馬だけを値切り落として買っていく中々の曲者。
 太公望直属の騎馬隊の一人であり、ゆくゆくは彼の隣を狙っている事に気付いている者はいない。

「幽州までもう少し! 頑張って!」

 兵二百の護衛の下、民衆は足並みを整えて移動を始める。
 これで安心かと望んだのは……いけない事だった。


「――――――逃げ遅れた人がいます! 後方に少しですが追撃部隊を確認しました!」


 以前の戦の際に、その冷静さと鷹の目の才を買われた青年が叫ぶ。
 この状況下で逃げ遅れた者を見つけ、なおかつ敵部隊まで把握する能力。
 故にこの人物も太公望の直属の騎馬隊に属しているが、仕事は見つける事。


「駿馬を持つ者! 四人ほどワシに続け! 鈴々もよ!」


 太公望を先頭に、鈴々と直属の四人が続く。


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「御婆さんしっかり!」
「お嬢さんや……ワシを置いて逃げなさい」

「ダメです! せっかく生きてるのに、生きるのを捨てるなんてダメです!」

 背丈の低い少女は様々な道具が入った袋を抱えながらも、老婆の肩を懸命に支えていた。
 しかし老婆も脚が限界なのか、足取りは遅く、少女の非力なのもあって、足は一向に早くならない。

(もっと私に力があれば……)

 少女は己の非力を呪っていた。
 音に聞く女傑のような力があれば老婆を抱えて逃げる事も出来ただろう。

「……限界まで頑張ろうかのぅ、若い子にはまだまだ負けたくないしの」

「そうです! だから頑張りましょう!」

 老婆に触れている手は震えていた。
 近づいてくる足音、蹄の音、それが自分の命を取りに来る音だと理解している。

「―――前からも」

 前からの蹄の音を確認した時、影は既に二人の横を通り過ぎていた。
 そして驚いて後ろを振り向いた時、後ろの蹄の音は消え、悲鳴が聞えた。

 追って来ていた黄巾族は死んでいる。

 代わりに見た事もない服を纏っている青年。

 自身の身の丈の倍はある蛇棒を担ぐ少女が居た。


「はわわ…」

「驚かせてすまぬ、ワシの名は太公望、幽州の県令をしておる」

「天の御遣い様!?」


 少女の目の前には、自分達が頼りにしようとしていた者がいる。
 青年の姿をして、最前線に自ら立ち、指揮を執る……噂に違えない姿だった。

「太公望様」

「本隊と合流し、敵を叩く、時間がない」

 脇を固めていた騎兵が、少女と老婆を馬に乗せて走り出す。
 太公望と鈴々が殿を取る形となりながらも後退していく。


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 すぐさま本隊と合流した太公望は戦術を練り始める。

「敵戦力は一万……先の情報より五千も増えています」
「正攻法では勝てぬ、しかし罠を仕掛ける時間もない」

 太公望軍五千に対して黄巾族一万。
 追撃でこれだけなのだ、公孫賛が相手している本隊はもっと数が多い。
 下手に時間を掛けて公孫賛軍が突破されれば、こちらが危うい。

「姜族の騎馬はワシが指揮する」
「そうなると連携を指揮できる人が居ません」

「あの……」

 簡単な地図を広げて話していた所に、あの少女が現れる。

「何様だ、ここを太公望軍の陣と知っての事か?」

「はわわ!? 姓は諸葛! 名は亮! 字は孔明ですしゅ!」

 派手に舌を噛みながら少女は名乗った。

「諸葛亮? あの水鏡氏が有才の弟子の……」

 干吉のワザとらしい問い掛けに、諸葛亮は返事をした。

「水鏡とは?」

「かなりの有才で教鞭を執り、かの人の下で勉学を取った者は皆優秀と聞きます」

 あえて過大評価する干吉の評価に愛紗が関心する。
 自らが主、太公望と共に執政を取り、情報に長けている人物が言うのだ、信頼はおける。

「して……お主は何様でここに来たのだ?」

「私、かの関羽さんや張飛さんの様に力はありません……でも! だから一生懸命勉強して!
  学んだ知識を活かしたいんです! 天の御遣いである太公望様から見れば実戦を知らない子供です……でも!」

 諸葛亮を少しだけ眺め、沈黙するその耳に干吉が情報を流す。
 幾度も繰り返される外史での、彼女の軍略の才を知っていると言う事を。

「ならば孔明……主ならこの状況をどう捌く?」

 太公望は彼女を試す。

「はわわ……えっと敵はただ直進して来ているだけです
  こちらは陣をしていて待ち構え、一度部隊を当て敵を引き込み、両翼からの伏兵で叩くのが良いと思います
  出来るだけ長く縦に陣形を組ませて、両翼から一斉に叩けば、敵は烏合の衆と化します」

 諸葛亮の策に、全員が感心した。
 小さいながらも、すぐに状況を理解し、的確な策をひねり出す。
 まさに逸材、智の逸材はそう簡単に見つけられないからこそ重宝出来る。

「しかし孔明よ、それはしっかりとした軍でなければ難しい
  それに主がそのように緊張しやすく、慌て易いならば兵に不安が移る
  将たる者は、いかなる時も堂々とし、兵を安心させねばならぬ
  主には、まだまだ実戦が足りぬな」

 軍略の穴と自身の足りぬ所を指摘され、感心する。
 こんな短い言葉の間に、足りぬ所を見抜き、的確に発言する能力。
 まさしく大軍師と謳われるモノを兼ね備えてた。

「なら……精鋭部隊を後方に廻し、四方から叩きましょう
  こちらの戦歴なら、徹底抗戦よりも降伏を選ぶ筈です」

「見事、この場でも完璧な策を言い当てるとは……良しワシと共に来い」

 全員が「えっ!?」と驚きの声をあげた。
 いきなり自分と来いなどと発言するのだから名をさらである。

「しかし!」

「しかし……何だ?」

 反論の糸口を掴めない。
 反論しようとした愛紗自身、太公望の目的は理解で来ていた。

「主等は敵を正面から迎え受けてくれ、ただし被害を少なくなる事を優先するように…良いな?」

「―――判りました」

「愛紗はヤキモチ焼いているのだ!」

「誰がヤキモチなど!」

「誰がどう見てもヤキモチだぞ、愛しの」


「その以上……語るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 溜め息を漏らす太公望に、ポンッと干吉が手を置く。
 そうしてすぐに自身も部隊の指揮へと戻り、作戦を開始する。
 愛紗達も遊びを止めて、兵の指揮へと戻る。


「皆のもの! 奴等に眼にモノを見せてやるぞ!!」


 兵の雄叫びが上がる。
 身体が震え、心が震える雄叫び。
 戦が……始まるのだ。


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■作者からのメッセージ
ソウシ様
感想ありがとうございました。
太公望らしいと言ったキャラが再現できている事が判って何よりです。
これからも応援よろしくお願いします
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