「え? ここって……アリサちゃんの家?」
なのははカイとシーンに連れて来られた屋敷を見て困惑の声を上げた。
それも無理はない。カイとシーンはメタ=リカーナの魔導師だと思っていたし、てっきりメタ=リカーナに連行されると思ってたからだ。
「おかえり〜、あっ! なのはもいらっしゃい」
困惑するなのはたち四人と、カイとシーンを出迎えたのはアムラエルだった。
親しげに自分たちの前で話を進めるカイとアムラエル。
状況が飲み込めない、なのはたちは更に混乱していく。
「じゃあ、なのはは今日はお泊りだね」
「……ふぇ?」
アムラエルがカイと何を話していたのか分からないが、あれだけ覚悟を決めてきたというのに――
急遽、アリサの家にお泊りだと言う話になって、なのはは意味が分からなかった。
「まったく、アンタは心配ばかり掛けるんだから」
「アリサちゃん……」
結局、なのはの家にはバニングス家の執事が断りの電話を入れ、なのははアリサの家にお世話になることになった。
フェイトとアルフ、それにユーノも同様で、ちゃんと客室をあてがわれ、囚人として扱われると思っていた四人は拍子抜けしていた。
「なんでだい? アンタたち、わたしたちの敵なんじゃ……」
やはり、アリサの家と言うこともあり警戒を緩めていたなのはに比べ、アルフは逆に警戒を強めていた。
ここに来るまでも彼女だけ警戒を解こうとせず、狼の姿のままカイとシーンを威嚇し続けていた。
彼女からして見れば“自分たちは不法侵入者も同然なのだから何をされても不思議じゃない”とさえ思っていたのだ。
辺境の魔導師に捕まれば拷問とまで言わないまでも、それなりの待遇(監獄など)は覚悟していた。
だが、結果は大きく違った。ここまで待遇が良過ぎると「何かあるのではないか?」と逆に疑ってしまう。
「わたしが、そこらの廊下や庭で寝られるのは嫌なの。
そんなに気になるなら、もっと快適なベッドを用意するけど?」
皮肉めいた言葉で庭に設置してある大きな犬小屋を指差すアリサ。
さすがにアルフも顔を引き攣った。待遇が良過ぎるとは確かに言ったが、それが行き成り犬小屋にランクダウンされたのでは堪らない。
自分の今の姿は確かに犬に見えなくないが、これでもアルフは「自分は狼だ」と言うプライドがある。
「うちの小屋は特注でかなり丈夫だからね。大きいしきっと寝心地もいいわよ?」
アルフを完全に犬扱いするアリサ。
そんなアリサの態度に諦めたのか、アルフは「これ以上、犬扱いされては堪らない」と人間の姿に戻り、フェイトと同じ部屋を希望した。
その時、はじめてアリサが「あ、アンタこないだの――おっぱい使い魔っ!!」とアルフの正体に気付いた。
どっちにしても変な愛称で呼ばれるのだと気付いたアルフが、フェイトに泣きつく。
アリサ・バニングス――デビットの血を受け継ぐ彼女は、やはり大物のようだ。
次元を超えし魔人 第7話『法の守護者』
作者 193
次元空間――便宜上、“海”と呼ばれる数々の次元世界を結ぶその空間の海に、時空管理局・巡航L級8番艦『アースラ』の姿があった。
別名“次元空間航行艦船”と総称されるこの船は、管理局が所有する魔法技術の粋を担うもので、管理局員を他の次元世界へ運ぶ移動手段として用いられる他、船自体が強力な武装船にもなっており、状況に応じ強力な魔導兵器を換装することもある。
管理局の“力の象徴”であると同時に、管理世界への抑止力にもなっていた。
「みんなどう? 今回の旅は順調?」
アースラ艦長リンディ・ハラオウン提督は、艦橋で乗員を気遣い声をかけた。
彼女は管理局の魔導師の中でも特に家柄もよく、優秀な魔導師として局内でも広く知られていた。
ハロオウン家のリンディと言えば、オーバーSランクの魔導師としての顔を持ち、武装局員の間でも恐れられていた程だ。
魔導師ランク――それは管理局が定める魔導師の強さを表す順位のことを指す。
おおまかにはF〜SSSランクまでの11段階で区別され、基本的にSSSに近づくにつれ、強力な魔導師と言うことになる。
保有資質や魔力量の多寡で主にランクは決まり、もちろん運用技術や経験などと言ったものも考慮されるが、高ランク魔導師と一般魔導師を分けることになるのは、ほとんどが“生まれ持っての資質や魔力”であると言ってよい。
こと魔導師に置いて“資質に勝る才能はない”それが管理局に置ける魔導師を表す絶対の原則であり認識だった。
そう言うこともあって、管理局内でもAAAランク以上に上げられる魔導師は、全体の5%に満たないほど少ない。
その中で、リンディのオーバーSランクと言う魔導師ランクは破格の存在と言えた。
それだけでなく、指揮能力、対外交渉に優れ、家柄や魔導師としての才能を鼻にもかけない気さくな人柄が、局員の間でも非常に人気が高く評価が高かった。
「……第97管理外世界ね」
リンディの言葉通り、アースラは今、第97管理外世界“地球”へ向け航行を続けていた。
任務内容は先日の輸送船事故の原因究明と、ロストロギア“ジュエルシード”の回収。
そして、彼女が先程のように乗員を気遣って見せ、今も自分の席で難しい顔をしているのには理由があった。
リンディがいつになく険しい表情で気にしている理由――
それは数刻前、その問題となっている次元世界“地球”で、小規模の次元震が観測されたことに起因している。
次元震、それは管理局がロストロギアと関連付け、それ以上に恐れている次元規模の災害のことを指す。
管理局が次元震を恐れる大きな理由にミッドチルダの暦で、旧暦462年に起こった次元断層があった。
ある世界で起こった大規模次元震を切っ掛けに“次元断層”が発生――
その断層に飲み込まれ、隣接する幾つもの世界が崩壊したミッド史上に残る最大の大災害がそれだ。
ロストロギアはその次元震を起こす可能性が高い危険物として、今までずっと危険視されてきたと言う背景がある。
明日は我が身と言った具合に、どこかで次元断層が起こるようなことがあれば、他の次元世界だけでなく管理局のあるミッドチルダにすら危険が及ぶ可能性がある。
それが、彼らが管理局を作り、ロストロギアを回収して回っている一番の理由だった。
そのためであれば、管理外世界であろうと強制介入をすることを厭わない。それが管理局のやり方であり方針だ。
当然、彼らには“次元世界を守る”と言う大儀名分も正義もある。それは、彼らの思想や立場からすれば当然のことと言えた。
「小規模とは言え、次元震の発生はちょっと厄介だもね」
それはリンディとて変わらない。
彼女は管理局員の中でも理知的であり、一部の正義を主張する過激派のような“管理局至上主義”と言った強硬的な思想は持ち合わせていない。
しかし、管理局の目的である次元災害の阻止と、ロストロギアの回収に関しては彼女自身も管理局のやり方に意義を唱える立場になかった。
ロストロギアの危険性は十一年前の事件で、彼女自身がよく知る被害者でもあるからだ。
リンディは十一年前のロストロギア“闇の書”が関わる事件で、夫であるクライドを失くしている。
そのことからもロストロギア事件に関しては、迅速的な行動が要求されることを彼女は知っていた。
肥大化する次元世界の管理、そしてそれに伴う管理局の魔導師の不足と次元犯罪の増加。
年中人材不足の管理局に置いて、船に乗員する局員の補充が見込めないことなど珍しい話ではない。
そんな過酷な中での任務は、時に熾烈を極めることがある。
現場の人間はいつも命を危険に晒し、死と隣り合わせの中、任務に当たっているのだ。
そんななか、次元世界との交渉に手間取れば、ロストロギアの暴走、次元災害の発生と言った大惨事を招く結果となり、任務に当たっている局員も危険に晒すことになりかねない。
指揮官としてリンディは部下にそんなことをさせられないと言う思いがあった。
そうした意味でも、管理外世界に対し多少強引な手で干渉しなくてはいけないのも、リンディは“仕方のない”ことと考えていた。
「危なくなったら急いで現場に向かってもらわないと――ね? クロノ」
「大丈夫、分かってますよ――艦長」
リンディにそう言われ、待機状態の名刺大のデバイスを指でクルリと回し、自信を持って答える少年。
クロノ・ハラオウン執務官――リンディの息子であり、若干十四歳で管理局執務官と言う立場を得た天才少年だ。
魔導師としての腕も優秀で、この年でAAA+と言う魔導師ランクを持つ極めて高ランクの魔導師でもある。
皆から、アースラの『切り札』と称されているのも誇張ではない。
「ぼくは、そのためにいるんですから」
クロノのその言葉は、自信に溢れていた。
アリサの家に招かれたなのはとフェイト、そしてアルフとユーノの四人は、カイとシーンを交えアムラエルたちの目の前でジュエルシード集めている理由、その経緯について話をしていた。
最初は俯き黙っていたフェイトだったが、アルフのこと、そして自分を庇ってくれたなのはのの立場を考え、その重い口を開く。
プレシアのこと、なんで自分がジュエルシード集めないといけないかと言うこと、そしてアルフは何も悪くないと言うこと――
すべてはプレシアのため、自分が勝手にやったことだと主張するフェイトに、アルフは悲しげな声を上げた。
「なんで、一番辛いのはフェイトじゃないか――
あの女が、プレシアが全部悪いんじゃないか!?」
「母さんを悪く言わないで……母さんは悲しい人なんだ。そして少し不器用なだけ――
ジュエルシードを集めているのだって、きっと何か理由があるはずだから」
母親を庇うフェイトの必死さに、アルフは荒げていた声を飲み込む。
フェイトの身体に残るたくさんの傷痕、それだってプレシアがつけたものだと言うのに、フェイトは一言もプレシアを責めるようなことを口にしない。
そして、使い魔の自分にすら気遣いを見せるフェイトを、アルフは見ていられなかった。
こう発言すれば、どれだけ不利になるかと分かっているはずなのに、フェイトは止めない。「アルフは悪くない。すべては自分がやったこと」だと主張し続ける。
そんなフェイトの話を聞いていたカイとシーンも困り果てていた。
「事情は分かったわ。でも、あなたの母親の罪が消える訳じゃない。
ジュエルシードはこのままメタ=リカーナで封印。あなたたちは魔導師と言うことになるから――
メタ=リカーナと日本どちらで捌かれるかは分からないけど、街を危険に晒した事実は消えないし、罪は免れないと知りなさい」
「そんな、母さんとアルフは――」
「それはあなたの言い分に過ぎない。あなたが危険に晒したこの街の人、この世界の人を前にして同じことを言える?
D.S.が封印したから良いものの、最悪、次元震なんて物騒なものが起こって最低でもこの街は吹き飛んでたかも知れない」
アムラエルはかなりきつい言い方でバッサリとフェイトの言い分を切った。
それを横で聞いていたカイとシーンが「もう少しオブラートに包んで」と言ってしまいそうになるくらい直球な言い方だった。
しかし、それだけアムラエルは頭にきていたのだ。
プレシアに対してもそうだが、フェイトの態度に腹を立てていた。
「あなたの話を百歩譲ってすべて信じたとしても、そのことにアルフが協力した事実は変わらない。
それは、あなたの母親であるプレシアにも同じことが言えるわ。
子供にやらせて自分は後ろに隠れてる主犯なんだから、もっと性質が悪いわね」
「――――ちがうっ! 母さんはそんな人じゃない!! 母さんのこともアルフのことも――
何も分かってない癖に、知らない癖に悪く言うなっ!!!」
アムラエルに辛口な言葉で捲くし立てられ、プレシアのこと、アルフのことを悪く言われたのが我慢ならなかったのだろう。
フェイトはいつになく感情的に、その怒りをアムラエルへと向けていた。
そんなフェイトの行動に呆気に取られたのはアルフだ。いつもは物静かで、プレシアに何をされても何を言われても反抗する意思を見せなかったフェイトが、明確にアムラエルの言葉を否定していた。
「な〜んだ。ちゃんと、自分の言葉で言えるじゃない」
「……え?」
さっきまでのはなんだったのだろう? ――と思えるほど軽い態度でフェイトに笑いかけるアムラエル。
「もっと、心からちゃんとどうしたいかを話さないと、フェイトの想いは誰にも伝わらないよ」
「わたしもアムに賛成。ちょっと、なのはも他人事と思ったらダメよ!!
アンタすぐに魔法に頼るんだから、危ない魔力砲をボンボン撃って……どこの戦闘種族よ?
特にそこのメス犬に小動物――あんたたちも反省しなさいっ!?
二人のパートナーなら、それを止めるのだってアンタたちの役目でしょ?」
四人して「うっ!」と言う声を上げる。アムラエルの言葉もアリサの言葉も、四人の心に深く突き刺さった。
特にフェイトは先程のこともあって混乱していた。自分でも良かれと思ってしたことが否定され、彼女たちには通じないことを知る。
だけど、本当にどうしたいかなど聞かれても、フェイトはすぐに出せるような明確な答えなどすぐに出せない。
「じゃあ、今日はこの辺りにしましょう。ね、カイもそれでいいでしょ?」
「そうだな。夜も遅いし、彼女たちも疲れているだろう」
カイとシーンは答えが出せないまま混乱している少女たちを見て、一時事情聴取を止めることを決めた。
特にフェイトとアルフの混乱は酷い。一度にたくさんのことがあったのもそうだが、アムラエルに言われたことも相当に堪えていることは明らかだった。
このまま続けても実のある話し合いにならないだろうと、カイとシーンは考えた。
それはアムラエルもアリサも同じ意見だったのか、四人を解散させ各々の部屋で眠らせる。
「ふわぁ……今日は疲れたわ。わたしも寝るわね」
「おやすみ、アリサ」
学校にお稽古、その後にこの騒動で時間はすでに日付をまたいでいた。
いつも夜の十時には眠りにつくアリサにとって、この時間は辛すぎた。
ヒョロヒョロと危ない足運びで自分の部屋へと戻っていくアリサを、アムラエルは苦笑をもらしながら見送る。
別にアリサが起きている必要などなかったのだが、なのはのことを聞いて彼女は心配でずっと起きていたのだ。
アリサは別に正義感から動いている訳じゃない。
アリサが言いたいことはたった一つ「親友が困っているなら助けてあげたい。話を聞いてあげたい」ただそれだけのことだった。
普段は「この街が危険に晒されてるなら黙ってられない」と色々と理由をつけていても、アリサが結局どうしたいかは、なのはのため友達のためなのだと言うことをアムラエルは知っていた。
中途半端な正義感で世界を救いたいなどと言っても、アムラエルはアリサに手を貸さなかっただろう。
それはD.S.も同じだ。カイやシーン、父親のデビットでさえ、アリサにやめるように促したに違いない。
しかし、アリサもすずかも「友達のため」としっかりとアムラエルに明言した。
だから、アムラエルはアリサへの協力を惜しまなかった。
家族としてアリサを守りたいと言う気持ちもあるが、友人としてアリサの“友達の助けになりたい”と言う気持ちはよく分かるからだ。
「アムラエル」
アリサを見送って、自分もゲームして寝ようと思っていたアムラエルに、カイが声をかけた。
実はカイにもずっと気になっていたことがあった。だからと言ってそれをD.S.に言ったところで「ヤダ」と断られるのは目に見えているので、アムラエルに話を振るしかなかったのだ。
「D.S.が封印したジュエルシードだが……あれは、やはり譲って貰うわけにはいかないか?」
「あ……」
あの場で封印されたジュエルシードは、まだD.S.が持ったままだった。
そう言う彼は、皆には黙っていたようだが手に酷い火傷を負っていたことをアムラエルは気付いていた。
おそらくジュエルシードを封印する時に、いつもの無茶をしたのだろう――とアムラエルは思う。
怪我をしたのをアリサに気付かれるのが嫌だったのか、屋敷に戻ってからはずっと自分の部屋に閉じ篭っていた。
だが、それだけ無茶をして手にいれた物を、D.S.がおいそれと手放すとはカイだけでなくアムラエルにも思えない。
というか素直なD.S.と言うのも、それはそれで怖いものがあると二人は思っていた。
「こんなときにヨーコがいてくれたら……」
「カイ、それは絶対にD.S.の前で言ってはダメよ」
「う……すまない、軽率だった」
ティア・ノート・ヨーコ――D.S.が愛し、ただ一人、頭が上がらなかった女性。
確かに彼女がいれば、D.S.も素直にジュエルシードを差し出したかも知れないが、すでにヨーコはこの世にいない。
カイもその発言が軽率だったと自分で認めていた。
しかし、カイのアイデアを聞いて何かを思いついたのか、アムラエルが両手を「ポン!」と打ち――
「大丈夫、良い案が一つだけあるわ」
そう言い、カイに翌日まで待つように告げた。
次の日の朝――
朝食の折にジュエルシードをアリサから渡されたカイは、なんとも言えない不思議な顔をしたのは言うまでもない。
魔人といえど居候。アリサには何故か頭が上がらないD.S.だった。
次の日、すぐに事情聴取を再開すると思っていたフェイトは意表をつかれた。
アリサとなのは、そしてD.S.とアムラエルはいつも通り学校に行き――
残されたフェイトとアルフは、カイとシーンと一緒に留守番になったのだが、その二人は昨日のことに関して全く触れる気配がない。
それどころか、シーンが「買い物に行きましょう」と言い、アリサの部屋から拝借した私服に着替えたフェイトと、シーンの服を拝借したアルフを街中まで連れ出していた。
確かにデバイスはシーンに預けたままなのだから危険はないと思われてるのかも知れないが、それでもこんなに無防備にされるとどうしていいかフェイトも分からなくなる。
かく言うアルフはと言うと、昨日の件で吹っ切れたのか、シーンと二人で買い物を目一杯楽しんでいた。
そんなハイテンションな二人を、少し後ろから眺めながら並んで歩くフェイトとカイ。
カイも、シーンの買い物には付き合いきれないので、アルフやフェイトの存在は実はかなり助かっていた。
(しかし、シーンのヤツ……分かっているのか? わたしたちは借金しているのだぞ?)
こちらでの活動資金がすぐに底を尽きた二人は、バニングス家――と言うかアリサから借金をしていた。
その時ほど惨めで、子供に金を借りないと生きていけない侘しさを、カイは噛み締めたことはない。
当面、こちらで活動していけるだけの資金は借り受けることが出来たが、メタ=リカーナに戻ったら返済しないといけないと言う現実が待っている。
カイは切実に「滞在費として経費で落ちればいいのだが……」と涙していた。
「あの、どうして……どうして、わたしたちに良くしてくれるんですか?」
フェイトはそのことがずっと疑問だった。
昨日のアムラエルの言葉も今になって冷静に考えてみれば、自分のためだったと言うことが分かる。
だったら、何故、犯罪者の自分たちに、見ず知らずの赤の他人であるはずの自分たちに、ここまでしてくれるのか?
心配してくれる理由が、フェイトには分からない。
プレシアとアルフ以外、人と接する機会がほとんどなかったフェイトにとって、彼女たちの優しさは混乱を生むばかりだった。
「子供が泣いているから――それだけでは理由にならないか?」
「なりません……」
「そうか、ならフェイトはなのはの友達で、アリサはその友達だ。
わたしたちもアリサとアムラエルに恩がある。それで理由になるだろう」
「友達……わたしとなのはが?」
カイの言っている言葉の意味がフェイトにはよく分からなかった。
なのはとはジュエルシードを取り合い戦っていたが、それで友達と言われても意味が分からないと言った顔をする。
「どうでもいい相手のことをあそこまで必死になって庇ったりしない。
それに、フェイトとなのはの戦いは、まるで会話をしているようだった。
十年付き合った友人でも、あそこまで相手を想い合うことが難しいのが現実だ」
カイの言葉はフェイトに考える余裕を与えた。魔導師としてのフェイトの答えは決まっている。
昨晩、アムラエルに話したように、ジュエルシード集めること――
それがフェイトの目的であり、何度聞かれても変わることのない答えだ。
「わたしは……どうすればいいんでしょう?」
「さあな、それに相談する相手が間違ってる。わたしはフェイトよりも恐らく不器用だ。
だが、一つ助言することが出来るとすれば――
どこにでもいる一人の少女として、自分を見詰めなおしてみたらどうだ?」
「少女……」
「まだ、九歳くらいで難しく考えるな。寂しいなら寂しい、辛いなら辛い。
嬉しいなら、もっと笑え――っ!!」
カイに口を横に引っ張られ涙目になるフェイト。
だが、何故だか分からないがフェイトは嬉しかった。
カイと話をして、シーンに街を連れ回されて、温かい気持ちで心が満たされていくのをフェイトは感じていた。
「カイ、フェイトも何をやってるのよ? さっき聞いたんだけど――
この辺に翠屋って美味しいケーキをだすお店があるんだって、次はそこに行ってみよ」
「フェイトもこれ食べるかい? こんなに美味しい物がこの街にあったなんて驚きだよっ!!」
シーンに引っ張られ、アルフにクレープを差し出され――
フェイトはそんな二人を見て我慢出来ず、自分でも気付かないうちに笑っていた。
――楽しい。
こんな気持ちになったのは何年振りか、フェイトにも分からない。
だけど、この時間はフェイトにとって、魔導師としてではなく年相応の子供らしく笑うことが出来る――
掛け替えのない時間へと変わっていた。
世界はいつも上手く行かないことばかりだ。――彼女はそう思う。
次元空間に漂う庭園――いや遺跡と言った方がしっくりと来るだろう。
その海の何処かに“時の庭園”と呼ばれるプレシア・テスタロッサの本拠地があった。
プレシアは苛立っていた。予定では今日、定時連絡で戻ってくるはずだったフェイトが一向に姿を見せなかったからだ。
「第97管理外世界ね……たしか、あそこはごく最近魔法文明が根付いた世界だったわね」
現地の魔導師にでもやられたか捕らえられたか、管理局が介入してきたか、いずれにしてもフェイトの身に何かあったと言うことはプレシアにもすぐに分かった。
フェイトの心に植えつけた母親への執着、愛情と言う名の首輪が、そう簡単に外れることがないことはプレシアがよく知っている。
「結局、偽者は偽者と言うことね……役に立たない子だわ」
吐き捨てるようにフェイトのことをそう例えるプレシア。そこには愛情の欠片もなかった。
フェイトに対する侮蔑の言葉――その言葉からは怒りすら感じられる。
「このままではアルハザードに届かない……」
様々なパイプが伸びる先、機械に繋がれたカプセルの中にフェイトと同じ容姿をした少女が裸で眠っていた。
いや、その様子から生きているのか、死んでいるのかすら分からない。
ただ、プレシアはその少女前に立ち、愛しそうにその名を口にした。
「アリシア……必ずお母さんが助けてあげるから、だからもう少し待っていてね」
とても優しげに微笑むプレシアの表情。
そこには、先程までフェイトに向けていたような憎悪は感じられない。
アリシア――アリシア・テスタロッサ。そのカプセルの中に、プレシアのすべてが詰まっていた。
――夕刻。
アリサたちも学校が終わり、下校している時間の出来事だった。
海辺の公園から一筋の光が上がった。それは誰が言うまでもなく、ジュエルシードの反応だった。
その反応に気がついたなのは、そしてフェイトたちはデバイスを持っていないことも忘れ、急ぎ公園へと向かう。
「封時結界――展開っ!!」
素早くその場に辿り着いたユーノが、周囲への影響を考え封時結界を張る。
同じように駆けつけたのが下校中だったなのはと、アリサとすずか、それにアムラエルにD.S.――
そしてフェイトとアルフ、カイとシーンの九人だ。
なのはとフェイトは、ジュエルシードが取り付いた樹木を見て驚きの声を上げた。
今までのジュエルシードの反応とは明らかに違う、大きな魔力がその木のバケモノから放たれていることが分かる。
素体との適合率がよかったのか? それともジュエルシードの力が増しているのか?
それは分からないが、目の前のバケモノが今まで以上に強力だと言うことは、なのはとフェイトにもすぐに分かった。
しかし、フェイトはBJを展開しようとしてすぐに気付く。今、自分の手にバルディッシュがないと言うことに――
「――シーンさん!!」
彼女の持っているバルディッシュを返して貰おうと口にして、それが出来るはずもないことにフェイトは気付く。
先程までの和やかな雰囲気で忘れそうになっていたが、自分たちがシーンたちに保護されていると言う事実に変わりはない。
だが、このままジュエルシードを放っておけば、また次元震が発生する可能性もある。
フェイトは「デバイスがなくてもやるしかない」と前に出ようとするが、それを止めたのはカイだった。
「……カイさん?」
「以前はシーンにだけ美味しいところを持っていかれたからな。
ここはわたしにやらせて貰おう――」
そう言って胸に下げていた十字架のペンダントを取り出すカイ。
すると、そのペンダントがカイの意思に反応し、無骨な剣へと姿を変える。
「デバイス――!?」
それに声を上げたのはアルフだった。確かにデバイスは待機状態の時は、携帯しやすいように装飾品へと姿を変えることが多い。
レイジングハートも待機状態では小さな赤い玉に、バルディッシュも三角の金属製のブローチのような物に姿を変える。
しかし、カイのそれは違う。
魔剣ギブソンソード――術者の魔力を受け、炎や雷を発することが出来る特殊な魔法剣ではあるが、特別強力な武器と言う訳ではない。
「この国では銃刀法違反と言うものがあるからな。まさか背負って歩く訳にもいくまい。
魔法をかけて、カモフラージュして携帯しているだけだ。
デバイスなどではなく、ただの……“オレ”の愛剣だ」
一人称を“オレ”と改めるカイ。
この時ばかりはシーラの使者としてではなく、戦士の姿となったカイがそこに立っていた。
カイを見ていた、なのはとフェイトも息を飲む。カイを取り巻く空気が一気に変わったことに気付いたからだ。
肌をさす緊張感――この殺気をカイが生み出しているのだ。
「ギギギ…………」
先程までの威勢のよさはどこに行ったのか、バケモノはカイを見て動きを止め、怯えていた。
圧倒的な殺意を向けられ、動くに動けなくなっていた。
「ほう……バケモノでも怯えるのか?」
そう言い、剣を持っていない左手を低く構え魔力を溜めるカイ。
次の瞬間――カイの手から一直線に高熱の光が発せられた。
「――ディオ!!」
真っ直ぐにバケモノへと向かっていく一条の光、その力で焼き尽くそうとバカモノに迫る。
しかし、直撃すると思われた直後、バケモノの前に張られた障壁でディオの威力が殺され弾かれた。
「――バリア!?」
ジュエルシードを取り込んだ木が障壁を張ったことに驚くアルフ。
それも無理はない。先程のディオは魔法としての威力はそれほど高くないと言っても、鋼鉄の戦車ですら撃ち抜く破壊力を持っている。
並みの魔導師の障壁なら一撃で破壊されるほどの威力を秘めた魔法を、何食わぬ顔で弾き返したのだ。
管理局のランクで見れば、少なくともAランク以上のバケモノと言うことになる。
「やるな……ならば、これならどうだ――っ!!」
そう言って宙を舞うカイ。そのカイ目掛けてバケモノの枝が触手のように伸びていく。
だが、その触手がカイの元に届くことはなかった。
――タラス。
対象を石化させる、カイが得意とする古代語魔術だ。
その光に触れた木々は瞬く間に石へと姿を変え、地面へと落下していく。
「――妖撃百裂斬!!」
バケモノの懐に飛び込んだカイが繰り出した目にも止まらない幾筋もの剣閃――
斬り、突き、思いつく限りのあらゆる斬撃を瞬く間に繰り出す破裏拳流剣法の一つだ。
しかも、カイの持っている魔剣の効力もあり、その傷口からは火を放ち燃え上がっていく。
元のカタチも分からぬほど粉々に切り刻まれ、燃え尽きるバケモノ。
そのなかから、ジュエルシードが姿を見せた。
「凄い……」
一瞬でバケモノを葬り去ったカイの強さと、その手際の良さにフェイトは感嘆の声を上げる。
それはなのはたち、他の少女たちも同じだった。唯一驚いていないのはD.S.やアムラエル、シーンと言ったメタリオン側の者くらいだ。
だが、カイがこれほど簡単にジュエルシードのバケモノを倒すことが出来たのには理由がある。
カイの実力は勿論、標準の魔法剣士と比べても比較にならないほど高い。
しかし、それでも単純な魔力で言えば、なのはやフェイトと比べることも出来ないほど低い。
彼女が強かった理由――それは単純に卓越された剣技によるところと、常人離れした高い身体能力、それに彼女たちにはない死線を幾度となく生き抜いてきた経験によるところが大きかった。
一瞬で倒したように見えるカイの動きも、それらの経験と言う蓄積があってはじめて可能としたものだ。
だが、バケモノ相手にいくら力を発揮しようとも、魔法戦でなのはとフェイトと戦っても勝ち目はないだろうとカイは以前の二人の戦闘から確信していた。
手段を選ばなければ勝つ方法も幾つかあるだろうが、距離を取られればあの砲撃魔法に対抗する手段はカイにはない。
それは本来、戦闘向きではないシーンも同じことだろう。
純粋な地力で、彼女たち以上に戦える者と言えば、この中ではD.S.とアムラエルしかいないとカイは思う。
「D.S.――悪いが封印を頼めるか? その手の魔法は苦手なので頼む」
「クックックッ……まあ、いーか! しゃーねー、やってやってもいい」
カイの要求に、待っていたとばかりにD.S.は邪悪な笑みを浮かべた。
「……まて、おまえ何を?」
「だが、しかし――」
D.S.が言い切る前に行動したのはアリサだった。
先程のカイの踏み込みよりも早いのではないか? と思える神速でD.S.までの距離を詰める。
そして例のごとく放たれる“教育”と言う名の折檻。
「わーったよ! やるよっ!! ――やりますよ」
それを見ていてカイは思った。魔人と恐れられた男を手懐けるアリサと一体何者なのだろうか? と――
カイもアリサがバニングス家の嫡子だと言うことは聞いている。
しかし、それだけでD.S.があそこまで言うことを聞くとは思えなかった。
「――ダメよ、カイ? ルーシェはドスケベで変態で、女の子をちょっと“つまみ食い”するくらいにしか思ってないんだからっ!!」
「アリサちゃん、それは言いすぎだよ……」
すずかは「それじゃ、ルーシェが可哀想だ」と言うがアリサは間違ったことを言っているつもりはない。
実際にD.S.の毒牙にかかっている実例が、自分の家のメイドからも出ているのだ。
もちろん発覚後すぐにアリサによる折檻がD.S.に加えられたが、それでも一向に懲りる気配がないD.S.にアリサは半分諦めていた。
そして、D.S.がとことんそう言う態度を取るなら、自分が歯止めになってやると逆に息をまいていた。
そんなアリサとすずかのやり取りを見て、カイは昔のことを思い出す。
――ダメだよ!! 気をつけなきゃっ!!
――あんな男に許したら、ほんっともう、女は最後だよ!!
そう言えば、そんな風にヨーコに自分も怒られたことがあったな――とカイは思い出す。
「なるほどな……D.S.が素直に応じるわけだ」
アリサが誰に似ているかなど、今更問うつもりはカイにはなかった。
だが、D.S.が彼女を大切に思っていることだけは、カイにもそのことで分かった。
そしてアリサがいれば、D.S.が世界征服をすることも“魔人”として敵として立ち塞がることもないだろうと考える。
「ほらよっ、お望み通り封印は終わったぜ」
封印処理を終えたD.S.が、ジュエルシードをカイに向かって投げる。
その時だった。カイとD.S.の間に魔方陣が展開されたのは――二人の間に割って入るように現れる第三者。
黒いBJを身にまとい、黒色の長杖を手にした魔導師の少年が、先程のジュエルシードを握り締め立っていた。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ!!」
時空管理局執務官クロノ・ハラオウン――周囲を警戒し、威圧するようにその場に立ち塞がる。
アルフとフェイトは「管理局!?」とその名を口にし、明らかな動揺を見せていた。
「――事情を聞かせてもらおうか?」
少年とは思えない堂々とした態度と“管理局”の名前を聞き、なのはたちの間にも一様に動揺が走る。
そんななか、D.S.とアムラエルは態度を崩さず、逆に訝しむような表情でクロノを見て不機嫌そうな顔をする。
カイとシーンも動揺はしていなかった。ある程度、管理局の存在を知ってから彼女たちもその介入を予想はしていたからだ。
しかし、現れたのが”また子供”だったと言うところに二人はなんとも言えない微妙な顔をしていた。
「――おいっ!!」
刹那――本当に瞬きをするような一瞬の出来事だった。
D.S.が素早くクロノへと距離を詰め、その手に持っていたジュエルシードを掠め取った。
大人しくD.S.が封印してカイに渡そうとしたのも、アリサのお願い(?)があったからと言うのもあるが、これを持つ権利があるとするなら、ジュエルシードが寄生したバケモノを倒したカイにあると考えていたからだ。
それを後から現れた第三者に奪われれば、さすがにD.S.でなくても頭にくる。
D.S.にして見れば、自分の持ち物を取り戻しただけに過ぎないのだが、クロノの考えはそうではなかった。
「な――っ!? それを返せっ!!」
油断はしていないはずだった。
しかし、一瞬でジュエルシードを奪われたことでクロノは明らかな動揺を見せる。
任務に忠実なクロノは“ロストロギアの回収”と言う管理局の職務をこなそうと牙をむく。
だから、彼は声を荒げた。その杖をD.S.へと向けて――
……TO BE CONTINUED?