「信じられません。少なくともSS以上……オーバーSランクの魔導師です」
モニタ越しにクロノと戦闘を繰り広げるD.S.の魔力値を計測していたアースラ通信主任兼執務官補佐、エイミィ・リミエッタは驚きの声を上げた。
そして、その声の裏には、いつもアースラのムードメイカーとして振舞う彼女の明るさはない。
彼女の不安とも絶望とも取れる悲壮感が、その声からも感じ取れた。
クロノとD.S.の戦いを、戦闘と呼べるかどうかも疑わしいとエイミィは思う。
はっきり言って“あの魔導師は異常”だ――とエイミィは結論付けた。
何層にも張られた多重結界を身にまとい、クロノの魔法をものともしない頑丈さ――
更にはデバイスもなしに放たれる未知の魔法の数々――
詠唱時間と言うハンデを差し置いたとしても、まさに“圧倒的”と言う言葉しか出てこない。
この世界の情報を聞いていたエイミィは、魔法文明レベルCと言うことからも、高くてもAランクまでの魔導師しかいないものと考えていた。
それに文明レベルから考えれば、次元航行船どころか、デバイスも存在しないと考えていたのだ。
それならばクロノが遅れを取るはずがない、負けることなど有り得ないと、それはエイミィだけでなくアースラの搭乗員全員が同じ見方だった。
しかし、目の前の魔導師の力を見て、その認識が間違っていたことを彼女たちは悟った。
管理局の情報が間違っていたのか、彼だけが特殊なのか、それは彼女たちにも分からない。
しかし、ひとつだけはっきりしていることがある。
――クロノでは勝てない。
いや、オーバーSランクと言うアースラ最大の魔力を持つリンディですら、あの“暴力”の前では無力かも知れない。
それはアースラの管制をずっと行なってきたエイミィだから分かる“絶望的な予測”だった。
オーバーSランクと言えど、魔力が高いだけの相手ならなんとかなったかも知れない。
しかし、D.S.は魔力の運用技術も、クロノを圧倒して見せている戦闘技術も超一流の魔導師だった。
管理局でも、あれほどの魔導師の存在をエイミィは知らない。
「艦長――このままじゃ、クロノくんが!?」
どう考えても、あの魔法には非殺傷設定などと言うものがあるとは思えない。
だから、エイミィは声を荒げた。このままでは“クロノが殺されてしまう”と――
次元を超えし魔人 第8話『新たな絆』
作者 193
D.S.は自分の身体の違和感に不満を述べる。
――と言うのもアムラエルに魔力を供給している影響で、今のD.S.の魔力は全盛期の半分くらいまで落ち込んでしまっているからだ。
第五階位の天使を触媒もなしに世界に現界させると言うのは、それほど膨大な魔力を消費するのだ。
普通の魔導師なら何十人いても、アムラエルを現界させることなど敵わないだろう。
これはD.S.の“無限”とも言える魔力を持って、はじめて可能としていたと言える。
「……やっぱ、対策を真面目に考えねえといけねーかもな」
これだけ圧倒的な戦闘を繰り広げているにも関わらず、D.S.はそんな不満を口にしていた。
せめてアムラエルが使用している魔力の一部を、媒介を通じて他から供給出来ないかと考える。
「ん? そういや……」
D.S.は手元にあるジュエルシードを見る。その顔は何時になく邪悪に歪んでいた。
「くそっ! なんで、こんな――」
所々、破損し焼けただれたBJをまとい、クロノは必死にD.S.から距離を取る。
ここまで強力な魔導師が管理外世界にいると言うことは、クロノにも完全な誤算だった。
魔力は確実に向こうが上、運用技術も戦闘技術も及ばない。いや、絶対的に相手との経験値が違いすぎるとクロノは悟る。
クロノも何の努力もなしに十四歳と言う早い年齢で執務官になれた訳ではない。
そこに至るまでは、それこそ血の滲むような努力をしてきていた。
優れた資質があろうと、魔力量があろうとも、それを行使する判断力と運用技術は努力による経験からしか得られないからだ。
――だからこその自信だった。
クロノの自信は、自分の力で積み重ねてきた努力から来るものだ。
相手が多少、自分より強い魔力を持っていようと、クロノは絶対に負けないと言う自信があった。
しかし、その自信はD.S.との戦いでもろくも崩れ始めていた。
――怖い。
はじめて感じる明確な殺意と、場を支配する圧倒的な暴力。
クロノはD.S.のその力を恐れていた。杖を持つ手が振るえ、皮膚に張り付いたように離れない。
絶え間なく流れ出る汗が冷たく、クロノの絶望を駆り立てる。
「大いなる力の三角、六芒五芒、光と闇――」
トドメとばかりにD.S.が今までにない強力な魔法の詠唱をはじめる。
大気が振動し、風の流れが止まる。D.S.の詠唱に応じ、その背後に姿を現す三つ首の黄金竜――
クロノは声にもならない言葉を口にする。
目の前の巨大な黄金竜からすれば、如何に人が矮小な存在かを教えられている気がした。
流れ出る汗を、恐怖を抑えることができない。
クロノはその竜の威圧に精神を殺され、平常心を欠き喚きはじめていた。
――タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテッ!!
「三頭黄金竜の力、与え給え――」
D.S.の詠唱が完成した瞬間だった。
二人の間に空間モニターが開き、リンディが戦闘を止めさせようと叫ぶ――
「待って!! お願い――」
「逝ってこい!! 大霊界っ!!」
しかし、すでに遅い。
詠唱が完成し、クロノ目掛けてその咆哮が解き放たれる。
「マーノーウォ―――ッ!!!」
皇龍波(マーノーウォー)――
D.S.が持つ召喚魔術の中でも取り分け派手で威力の高い魔法だ。
人には決して届かぬ超越種の雄叫び――竜王、その咆哮が大気を震撼させる。
光り輝く黄金竜、その口から放たれた吐息は、見ているものを魅了するかのような神々しい輝きを放つ。
海を切り裂き、巨大な水飛沫が上がり――
その、巨大な魔力の放流は海に一筋の道を作り出す。
――それは、まさに圧倒的とも言える破壊力だった。
その目映いまでの光に包まれたクロノは、その場にいた全員の視界から姿を消していた。
「――――クロノくんっ!!」
モニタしていたエイミィはクロノの名前を叫び悲痛な声を上げた。
信じられないほど高圧縮された魔力砲――見たこともないような巨大な竜族のブレスをその身に受けたのだ。
エイミィでなくても、誰の目にもクロノの生存は絶望的に見えた。
「そんな……わたし……」
「クロノ……」
身体を小刻みに震わせ涙するエイミィ。艦長のリンディですら、その光景を信じられず放心状態になっていた。
執務官、いや息子の死と言う現実を前に、リンディは艦長と言う職務を忘れ、モニタに見入る。
――もっと早くに止めていれば!
そんな後悔など遅いと分かっていても、リンディはそう思わざる得なかった。
相手を管理外世界の魔導師と言うところで、どこか見下していたのだろうとリンディは今になって思う。
夫であるクライドを失い、そして今度は息子のクロノを――
リンディはその表情に悲壮感を漂せていた。
「ちっ……手元が狂っちまったぜ」
不満タラタラにそう口にするD.S.――
その瞳には、舞い上がった水飛沫で出来た霧の中に映る人影を捕らえていた。
「エイミィ、あれって……」
「クロノくん! クロノくんですっ!! 生きてます!!
ちゃんと、生きてます――」
BJをボロボロにしながらも生きて姿を見せたクロノに、リンディとエイミィは喜びの声を上げた。
あの瞬間、D.S.は攻撃の手を緩め、魔法をクロノにギリギリ当てないように外側にそらしていた。
それでもクロノはその威力の余波にやられ、BJを限界まで傷付けられて、体力も魔力も相当に削られていた。
「はあ……はあ……」
すでに戦意はないのだろう。戦う力も意志もすべて、先程のD.S.の魔法でクロノは奪われていた。
ここまで圧倒的に力の差を見せ付けられ、恐怖を植えつけた敵と戦いたいとはさすがのクロノでも思わない。
力尽きた今も尚、こうしてデバイスを握っていられるのは、離さないのではなく離せないからだった。
それほど身体が硬直してしまうほどの緊張と恐怖を、D.S.から与えられたのだとクロノは敗北を認め――
「ぼくの……負けだ……」
そして――そのまま意識を失い、海へと落ちていった。
戦闘のあと、クロノを回収したD.S.たちに会談を申し込んだのはリンディだ。
クロノことはもちろん気になるが、それだけでは管理局提督は務まらない。
ジュエルシードを回収すると言う目的も当然だが、小規模とはいえ次元震が起こった後だ。
そうなってしまった経緯など、聞きたいことは山ほどあった。
しかし、リンディは話をどう持っていくべきか判断に困っていた。
クロノを倒した魔導師の実力を考えれば、管理外世界だからと言って強硬手段に出ることは難しい。
だからと言って本局に補充を要求したところで「現状の戦力でなんとかしろ」と言われることは目に見えている。
それに、クロノが威圧的な態度を取ったのは事実で、先に武器を向けたのもクロノだ。
彼らの心象はすでにかなり悪いだろうとリンディは考えていた。
怪我を負ったのは一方的にクロノの方だが、それすらも自分たちの立場をよくする材料にはならない。
だからと言って、彼女の立場からすればここで黙って退くわけにはいかない。
それに、クロノが向こうの捕虜となっている今、親としても息子を見捨てられないという想いがあった。
「会談と言うからには対等な交渉だと考えていいのよね?」
アムラエルは、空間モニターに映し出されているリンディに挑発とも取れる物言いで返す。
ユーノから管理局の話を聞いていたときから、どこか胡散臭い組織だと彼女は思っていた。
そして、それは最悪の結果でアムラエルの予想通りとなった。
まさか、乱入のどさくさを利用して、掠め取るようにジュエルシードを奪い――
あまつさえ、それを取り戻したD.S.に逆切れして、武器を向けるとまではさすがのアムラエルも思わなかった。
最後のは、クロノの自業自得としかアムラエルには思えない。
あそこでD.S.が気まぐれを起こさなければ、確実にクロノは死んでいたはずだ。
命があっただけ、感謝して欲しいくらいだとアムラエルは思っていた。
「ええ……そう考えていただいて結構です」
「なら、場所と時間はこちらで指定させて貰うね」
「そんな――っ!!」
先に声を上げたのはエイミィだ。
エイミィにして見れば、家族のように接していたクロノが、あそこまで酷くやられるのを見ていることしか出来なかったのだ。
そんな相手と、こうして話をしているだけでも彼女の心境からすれば気が気ではなかった。
彼女にして見れば、理解出来ない異世界の魔法、それも敵か味方かも分からない凶悪な魔導師のいるところに、艦長自らを行かせるなんてことは出来ればしたくない。
本来ならアースラにアムラエルたちを招き、自分たちの陣地で交渉に望みたいと言うのが本音だ。
「わかりました」
しかし、それに意外にも素直に応じたのはリンディだった。
クロノが捕虜になっていると言うこともあるが、自分たちが今、圧倒的に不利な立場にあることを彼女は理解している。
アムラエルたちに会談に応じる義務はない。
一方的に介入を図り、攻撃を仕掛けた事実を考えても、敵と判断されても文句を言えない。
しかし、それでも応じてくれたと言うことは、まだ話をする余地があるのだとリンディは思った。
そのことからリンディは、先に誠意を見せないことには、彼らを交渉のテーブルに着けることは出来ないと考えた。
そのリンディの誠意が伝わったのか、アムラエルはクロノの安全を保障し、その場の交渉を終えた。
アムラエルに時間と場所を告げられ、あらためて話し合いの場を設ける機会を得たリンディは一先ず息をつく。
「艦長……クロノくんは……」
「大丈夫よ。約束を反故にするような人たちじゃないと思うわ。
それに殺すつもりなら、彼はあの時、クロノを殺せたはずだものね」
心配するエイミィに気丈に振舞って見せるリンディ。
しかし、その頭の中は、これからのことを考えるだけで不安で一杯だった。
どれだけの無茶を要求されるのだろうかと考えるだけで、リンディは胃が痛くなるの感じる。
管理外世界の文化に関わってはならないと言う原則が管理局にはあるが、今の状況を考えるにそんなことを言っていられる状況じゃないとリンディは思っていた。
そして、管理局のデータベースに書かれていた“魔法文明レベルC”と言う間違った位置付けに、正直怒りすら感じていた。
言い訳にしかならないかも知れないが、以前から管理局がもっとちゃんと現地調査を行なっていれば、こんな不足の事態にはならなかったかも知れないと考えていたからだ。
そして、管理局の法律には“優秀な実力を持つ高ランク魔導師は管理外世界に在住してはいけない”と言う法律もある。
Sランクはもちろんのこと、これはAA以上の魔導師にも適用される。
管理外世界での次元犯罪を抑止すると同時に、その世界の文明レベルを超えた技術を持ち込ませないよう“文化の保護”と言う名目でもこの法律は遵守されていたからだ。
だから、管理外世界に高ランク認定を受ける魔導師が存在すると言う事実こそがすでに問題だった。
あれだけの魔導師が複数いるという話になった場合、地球を管理外世界と位置付けて置くには危険すぎるとリンディは考える。
だからこそ、地球のことを知るためにも、彼らとの会談は必要不可欠だと考えていた。
「やはり一度、本局にも連絡を取らないとダメでしょうね……」
提督と言えど、自分だけの裁量で決定できる範囲と言うのは限られている。
リンディはそのことを踏まえ、地球との会談に向けて考えを巡らせていくのだった。
「これから、わたしたちどうなるんだろうね……」
少し不安そうにそう口にするフェイト。
あれから二日――
最初の夜に事情聴取をやったきり、カイとシーンも特に動きを見せることもなく、時間は緩やかに経過していた。
しかし、アルフは今の生活も満更悪くないと思い始めていた。
フェイトも以前に比べればよく笑うようになったし、ご飯も上手いし待遇も良い。
そして、先日のカイの実力や、D.S.とクロノの戦いを見て、メタ=リカーナの魔導師と一緒ならプレシアから逃げられるかも知れないと考えていた。
それに、このまま放逐されたとしても、ロストロギアを集めて回る自分たちは管理局から見れば次元犯罪者だ。
プレシアの計画が上手くいくいかないに関わらず、管理局に追われる身なのは変わりないと考え、ここに永住することも視野にアルフは先のことを真面目に考えていた。
幸い、カイとシーンは良い人物だとアルフは思う。
それにアリサにしてもアムラエルにしても、口ほどに悪い人物ではないと言うことは分かっていた。
「フェイトはここの生活、嫌かい?」
「ううん……カイもシーンも、みんな良い人たちだし、わたしには勿体無いくらいだって思ってる」
「だったら――」
アルフは「ここでずっと一緒に暮らそう」――そうフェイトに言おうとして言葉を詰まらせた。
今の生活が楽しいと言いながら、フェイトが寂しそうな顔をしていることに気付いたからだ。
理由は分かっている。まだ、プレシアのことが忘れられないからだと――
ずっと、そのことを気にしているのだろう。
あれからもフェイトは「母さん一人で寂しくないかな?」とか、「母さん、ちゃんとご飯を食べるかな?」とプレシアの心配ばかりをしていた。
「――フェイトとアルフいる?」
そんな時、アムラエルがいつもの調子でフェイトとアルフの部屋を訪れた。
今更、アムラエルが突然現れても二人は驚かない。
アムラエルはゲームの相手が欲しいからと、よく戸惑うフェイトやアルフを居間に連れ出していた。
そういう意味では、シーンと同じように大人しすぎるフェイトのことを気にしていたと言うことだろう。
だが、アムラエルの場合、単に遊び相手が欲しかっただけと言う線がどうしても残る。
「ちょっと来てくれる? 二人に会いたいって人がいるの」
会いたい人と言われ、フェイトとアルフの二人は首をかしげた。
そう言われても二人には、この世界に彼女たち以外に友人もいなければ知人もいない。
「まあ、とりあえずついて来て」
相手が誰なのか説明がないままアムラエルに連れられ、応接間に通されるフェイトとアルフ。
そんな二人を待っていたのは、アリサの父――デビットだった。
「おお、写真の通り可愛いお嬢さんだっ!!
どうだい? オジさんの養女(幼女)にならな――」
「アリサ・バーニングキ―――ック!!」
「ぐはあぁぁっ!!!」
一瞬にしてフェイトまでの距離を詰めたデビットの幼女に対する反応もさすがだが、アリサのツッコミにも磨きがかかっていた。
デビットが言葉を言い切る前に、アリサのドロップキックがデビットの頭を直撃する。
普段からD.S.の折檻をしているアリサは、ツッコミスキルが飛躍的に向上していた。
今ではその種類も多彩で、定番のハリセンやスリッパから、身体を張ったものまで全部で48もの技を持つ。
「HAHAHA! アリサ、腕をあげた――な(パタン)」
壁に弾き飛ばされ頭から血を噴出しながらも、お決まりの最後の台詞を言って満足そうに倒れるデビット。
こう言うところは、やはりアリサの父親だった。
「いやはや、恥ずかしいところを見せちゃったね」
「いえ……」
目の前で身体を張った親子漫才を見せられたフェイトは、完全に置いてけぼりを食らっていた。
しかし、アルフだけはツボにはまったのか、腹を抱えて笑い転げていた。
「あの……それでわたしに話って」
「いや、何、大した事じゃない。キミらの処分がとりあえず決まったので伝えておこうと思ってね」
「「――え!?」」
カイとシーンからは何も聞いていなかったので驚く二人。
しかし、隣にいるアリサの態度からも、それが嘘でないことはすぐに分かった。
二人はある程度の罪は覚悟していたので、神妙な面持ちでデビットの言葉を待つ。
「それではキミたちの処遇だが――」
デビットの話に息を飲む二人。
「ここで暮らしてもらうことになったんで、そう言うことでよろしくっ!
ああ、わたしの養女(幼女)の件はちゃんと考え――」
――バキドカボキッ!!
結局、最後まで言い切ることなく、アリサに折檻されるデビット。
この後、妻に「アリサが非行に走った!!……家庭内暴力を振るうように」と涙ながらに訴えるのだが――
先に手を回していたアリサのせいで、フェイトやアムラエルに手を出していたと言う事実が妻に知られることになり――
アリサから受けた以上の“修正”を受けることになる。
また、それは別の話だ。
デビットの話を聞いていたフェイトとアルフは耳を疑った。
それは自分たちが予想していた答えとは、まったく違っていたからだ。
しかも、本当にそんなことで言いのだろうか? ――と考えてしまう。
アムラエルの言うとおり、自分たちのして来たことは彼らからすれば許されない犯罪行為だ。
それを「ここで暮らせ」とはどう言うことなのか、さっぱり意味が分からない。
「パパは口を聞ける状態じゃないみたいだから、わたしが続きを説明するわね」
アリサが“口も聞けない状態”にしたのだが、何食わぬ顔で二人に説明をはじめる。
アリサの話を聞いた二人は声を揃えて「はあ?」と間抜けな声を上げていた。
バニングス家の屋敷――
ここはメタ=リカーナと日本政府の取り決めで、メタ=リカーナの活動拠点として在外公館に指定されたと言うものだった。
――言うなれば“大使館”だ。
特命全権大使にはメタ=リカーナ国騎士カイ・ハーンと、その秘書官としてシーン・ハリを任命すると言う女王付きの印まである。
デビットはこの家と土地を、両国の友好のために提供したに過ぎない。
「わたしたちは今まで通り、“王女”さまの計らいでここで暮らせることになったけどね」
かなり裏技と言えば裏技だろう。
デビットは今回の件で、日本政府との関係改善に尽力し、滞在場所の確保など国益になる様々なことに貢献したとして、メタ=リカーナ国王女シーラ・トェル・メタ=リカーナよりシュヴァリエを授かっていた。
このことにより、デビットはメタ=リカーナの貴族と言う地位を得て、その家族はメタ=リカーナの国籍を持ったと言うことになる。
そして今後も両国の橋渡しをすると言う名目で、ちゃっかりメタ=リカーナの外交特使の地位まで得ていた。
この時点で屋敷の領主は実質的にカイと言うことになるが、対外的に実権を持っているのは日本政府とシーラとの直接交渉能力を持つデビットと言うことになる。
日本政府にしても、しっかりとした窓口を設けることでメタ=リカーナとも良い関係を築けるのなら、これ以上良い話はない。
誰の腹も痛まないなら、国益のために多少の無茶でも飲もうと言う考えだ。
「じゃあ、わたしたちは……」
「あなたたちのメタ=リカーナでの国籍は用意されてるわ。ここに住むのはそうね。
この屋敷の警備はもちろんだけど、この街で魔法絡みの事件が起こった場合――
それを解決するための駐留部隊ってところね」
ようは街の警備員をしろと言うことだった。
海鳴市の人に迷惑をかけたのなら、その人たちの安全を守ることで罪を償えと言っているのと同じだ。
フェイトはその処遇に呆れ、アルフはそんな無茶を通すバニングス親子に、ただ驚くしかない。
「これ、シーンから預かってたから返すわね」
それはフェイトのデバイス“バルディッシュ”だ。
まさか返してもらえるとは思ってなかっただけに、フェイトは驚く。
「それがないと、警備できないでしょ?」
それはそうなのだが、フェイトは分からなかった。
ここでデバイスを奪えば、そんな約束など無視して逃げることだって出来る。
なのに何故、いとも簡単に敵だった自分を信じられるのか理解が出来ない。
「……どうして?」
「あなた、なのはの友達でしょ? だったらわたしの友達も一緒じゃない」
「わたしとアリサが……友達?」
「なに? わたしじゃ不満だとでも言う気?」
「違う……わたしはそんな……だって……」
明らかな混乱を見せるフェイト。もう、感情がついていかなかった。
なんと答えていいのか、フェイトは分からない。
友達との付き合い方など、フェイトは知らなかったのだから――
「はあ……みんな、そんなドアの向こうで聞き耳立ててないで出て来なさいよ」
「あはは……バレた?」
「ごめん……アリサちゃん」
「アリサはこう言う時、鋭いからね……」
アリサに言い当てられ、なのは、すずか、アムラエルの三人が覚悟して姿を見せる。
アムラエルはこう言う結果になることを知っていたが、そのことを知らない他の二人はフェイトのことが心配でならなかった。
特になのはには罰としてフェイトの処遇に関しては完全に伏せられていたため、フェイトのことを心配して夜も眠れない生活を送っていた。
あれから“フェイトの結果が出るまでは帰らない”とアリサの家に居座っていたなのはも頑固だが――
すずかも、実はかなり強情だった。アリサがいくら心配はいらないと説明しても、なのはとフェイトを心配して毎日のように、こうしてアリサの家に立ち寄っていたのだから――
だから、彼女たちがフェイトのことを気にして聞き耳を立てていたのも、最初からアリサにはお見通しだった。
「わたしはアリサ! アリサ・バニングスよっ!!」
「月村すずかです」
「アムラエル、アムって呼んでね♪」
揃って自己紹介をはじめる少女たち、なのはは戸惑うフェイトの前に立ち、笑顔でこう言った。
「なのは、高町なのはだよ。フェイトちゃん」
どう答えていいか分からないフェイトは、なのはたちに正直に自分の戸惑いを打ち明けた。
「どうしていいか分からない……だから教えて欲しいんだ。
……どうしたら友達になれるのか」
嬉しいと言う気持ちは確かにフェイトのなかにあった。
しかし、ずっと他と隔絶された生活を送ってきたフェイトにとって、友達との接し方が分からなかったのだ。
手の繋ぎ方も、一緒に笑うことも、喜びを分け合うことも、何も知らないフェイトになのはは答えを示す。
「――簡単だよ」
「……え?」
「キミとかあなたとか、そう言うのじゃなくて――
ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの」
それはフェイトに向けられた言葉。
ずっと友達のいなかったフェイトに、はじめて友達になりたいと言ってくれた女の子。
「よろしくね、フェイト」
「フェイトちゃん、よろしくお願いします」
「フェイト、よろしく♪」
アリサ、すずか、アムラエルの三人に続いてなのはも笑顔でフェイトの名前を呼ぶ。
「名前を呼んで――フェイトちゃん」
それは本当に“幸せな時間”――プレシアやアルフとの関係とも違う、フェイトだけの新しい絆。
「アリサ、すずか、アム、それに――なのは」
はじめてフェイトが手にすることが出来た――“友達”と言う名の絆だった。
「みんな、ありがとう」
庭先のテラスでは、アルフがフェイトのことを喜び、涙を浮かべていた。
「よかったね、フェイト……ほんとによかった」
気を利かせてその場を離れたと言うのもあったが、実際にはあの雰囲気に流され、涙が出てくるのを我慢出来なかったからだ。
アルフとフェイトは僅かではあるが精神が繋がっている。
だから、フェイトが本当に心の底から幸せを感じていると言うことがアルフに分かった。
それもあって、自分のことのように嬉しくて仕方ない。
悲しい涙ではなく、嬉しさからこんなに涙がでたのはアルフもはじめてのことだった。
「おまえはあの輪に入ってやらないのか?」
いつの間にか隣に立っていたカイに驚き、涙を慌てて拭くアルフ。
恥ずかしいところを見られたと思ったのか、頬を染め明らかに動揺していた。
「あ、あたしはフェイトが幸せなら、それでいいんだよっ!!」
「……そうか。だったら、これからもしっかり見守ってやれ。彼女の幸せを――
それが出来る立場にいるという幸福を忘れなければいい」
「あんた……」
そのまま何も言わず、アルフに背を見せるカイ。
歩きながら彼女はこれからのことを考えていた。
メタ=リカーナと日本の関係――
まだ、正体を見せないプレシア・テスタロッサの動き――
そして、そのなかに管理局が加わることで情勢は常に変わっていく。
だが、あそこで笑いあう少女たちを見て、ふと――こんなことを考えていた。
――守るべきものが、また一つ増えた。
それはカイの“戦う理由”に繋がる。
彼女が償いたいのは己の過去。
彼女が守りたいのは大切な人であり、国でもある。
そんななかに、特別守りたいと思う“何人かの少女たち”が加わっただけの話だ。
未来――
まだ、人類に明日を夢見ることが許されると言うのなら――
自分は、その未来のためにこの剣を振るおう。
カイは剣を掲げ、今日のことを心に焼き付ける。
軍神ング・ヴェイ――固く、その神名に誓いを立てるのだった。
フェイトが警備の仕事をすると聞いたなのはは、自分もフェイトと同じように償いがしたいと言いだした。
ジュエルシードによる被害、とくに大きな被害を出した植物暴走の件は、なのはの心に罪の意識として強く残っていたからだ。
正直な話、カイはなのはにレイジングハートを返すかどうかを決めかねていた。
以前にアムラエルが「なのはは危うい」と言っていたことが、ずっと頭の片隅に残っていたからだ。
それに、確かになのはの戦い方は九歳の子供にしては普通ではない。
だから、このまま魔法に関わらせるべきかどうか、カイは判断に苦しんでいた。
「じゃあ、ちゃんと家の人に正直に話して、許可を貰ってきなさい。
その上だったら、わたしは何も言わないわよ? 自己責任だしね」
「アムラエル――っ!!」
そんなカイの考えに割って入ったのはアムラエルだった。
カイはその目で「何を考えている?」とアムラエルの行動を訝しむ。
自分でなのはは危険だと言っておいて許可を出すなど、カイには信じられない行動だった。
しかし、アムラエルにも考えがあった。
「カイ――なのはが凄い魔力を持ってるのは揺るぎもない事実よ。
だったら、力を持たせないようにするのではなく、いざと言う時のために――
ちゃんとした力の使い方を、今から教えといた方がいいと思わない?」
「む――!?」
なのはの魔力は、もはや一般人でまかり通る枠に収まってなどいない。
一流どころか、超一流の魔導師になれるほどの資質を持っているのだ。
そんな彼女に制御する術を教えないと言うことは、いつ暴発するかも知れない爆弾を街中に放置しているのと同じだと、アムラエルは言う。
「わたし……ばくだん……」
アムラエルの説明になんとも言えない顔をするなのはだったが、それはある意味事実と言えた。
それに、本人が望む望まないに関わらず、力を持つものを周りが放っておくはずがないとアムラエルは付け加える。
「わたしは、なのはが自分の意思で魔法を覚えることには賛成だよ。
だけど、その先を決めていくのは誰でもない――」
アムラエルはなのはに自分のことは自分で決め、自分で選択しろと言った。
力を持つものには大きな責任と義務が生じる。その重圧にこの先、なのはが耐えられるかはアムラエルにも分からない。
だけど、不安定だからこそ、なのはを信じてみようとアムラエルは思った。
九歳と言う年齢で、自分の将来を決められる方がおかしいのだ。
だから、好きなだけ、迷って、考えて、苦しめばいいとアムラエルは思う。
結局、自分のことを決められるのも、責任を取れるのも自分しかいないからだ。
そして、なのはが例の植物暴走事件を悔やんでいて、罪を償いたいと言うならアムラエルはそれでもいいと考えていた。
「ふう……わかった。なのは、事情を説明するのに、責任者不在では話にならないだろう。
シーンを一緒に家へ連れて行け、彼女はこうした事情を説明するのは得意だ。
それに、しばらくはここで暮らすことになるのだから、保護者への挨拶もしておかないといけないしな」
「……ふえ?」
ここで暮らすと言う意味が、なのはにはよく分からなかった。
もう実は、帰る準備を進めていたからだ。
フェイトの手伝いをすると言っても、今後の仕事はこの街の安全を守るため危険物の排除――
残されたジュエルシードの捜索くらいだと聞いていたから、てっきり魔法専門の街の警備員のような仕事だと思っていた。
それなら家からも通って出来ると、そんな甘いことを考えていたのだが、それを許すカイではなかった。
「魔法の使い方、ちゃんとした戦い方を学ぶのだろう?
心配するな。ここにはアムラエルも、わたしもシーンもいる。
D.S.が手伝ってくれるかは分からないが、よい刺激になるだろう」
カイが笑っていた。それは楽しそうに――
なのはは少し後悔した。思い起こしてみれば、先程のアムラエルの言葉は“魔法を覚えることに賛成”とちゃんと明言していた。
じゃあ、魔法での戦い方を誰が教えると言うのか?
答えは一つしかなかった。
「よ、よろしくお願いします……」
震えた声で、カイにお願いするなのは。
正直、カイの戦い方、D.S.の“暴力”とも取れる圧倒的な戦闘を見ていたなのはは少し腰が引けていた。
しかし、今更出した言葉を引っ込めることなど出来るはずがない。
こうして、なのはのバニングス家への居候が決定した。
……TO BE CONTINUED