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次元を超えし魔人 第9話『管理外交渉』
作者:193   2008/11/29(土) 00:09公開   ID:jQ0ObGiQzSA



「しかし、よくこんな無茶が議会に通りましたね?」
「ああ、無茶でもなんでもないよ。お互いの望みに沿った形に納まったに過ぎない。
 この功績はやはりバニングスの会長と、その意図を理解して協力してくれた王女さまの尽力が大きいな」

 日本政府の議員たちの間でも今回のことは、かなり話題に上がっていた。
 この二人の議員が話題としているのも、そのことに関する話だ。

 日本とメタ=リカーナの関係――
 一見友好的に見える日本とメタ=リカーナの関係でも政治的問題は存在する。
 だが、九年もかけて難航していたその問題も、デビット・バニングスと言う一人の男を挟むことで改善へと向かっていた。
 問題になっていたのは、地球側の人々の大半は保有資質がなく、魔法適正がないと言うことにあった。
 それでなくても高位の魔導師相手では、地球側の今の科学水準では対抗出来ないことを、日本、米国を含む先進国はよく理解している。

 ――魔導師に対して、普通の人間の力では無力。

 そうなると、魔法関係の事件が発生した場合、メタ=リカーナに頼らざる得ないと言う現状があった。
 しかし、その都度、魔導師をメタ=リカーナから借り受けていたのでは、対応に遅れが出るのは必然だし、メタ=リカーナに頼りきりの状態になることは国としての面子もあったものではない。

 企業間での魔法技術と科学技術の文化交流などは、比較的早くから頻繁に行なわれてきた。
 地球側の支援、特に日本からの食料、物資などの支援がなければ、メタ=リカーナもここまで早い回復を図れなかっただろう。
 しかし、その裏に絡む外交、内政問題など政治的なしがらみは別だ。
 メタ=リカーナとしても、いくら支援をして貰っている立場とは言え、地球側に隷属するようなことは立場上出来ない。
 そのため、技術交流と言う形で魔法文明を伝えることで“このこと”は決着を見られたが、そのほとんどは地球側の人々にとっては余り実りのあるものではなかった。
 日本にも米国にも当然のことながら、科学に魔法を取り入れるような経験やノウハウは当然なく、一朝一夕に魔法を理解することなど、今まで魔法と言うものに触れたことがない人々に出来るはずがない。
 しかも、魔法を扱うには魔力が必要となり、それを使用するためには資質が要求されると言う問題点がある。
 しかし、地球側の人々の中で保有資質を有するものは稀であり、根本的な解決には至っていなかった。

 これらのことからも魔法を巡っては、両者の間で対外的な問題がいくつも生じていた。
 そこに一石を投じたのがデビットだ。

 D.S.と言うカードを偶然手に入れた彼は、メタ=リカーナとの直接交渉を考えた。
 現在、一番の問題になっている魔法問題。
 それを解決するためには地球側にも、なんらかの魔法に対する対抗手段を用意しないことには解決が図れないと考えたのだ。
 頼らざる得ないと言うならそれを利用し、地球側にメタ=リカーナの魔導師を定住させられないかと考えた。
 今すぐには難しい問題でも、彼らが定住し、子を設け、時代を紡いでいけば、いつかメタ=リカーナと地球と言う世界の対立を越えて、手を取り合えるのではないかと思ったからだ。

 そのためには日本への魔導師の駐留派遣――
 魔法に関する問題が発生したとき、日本駐留の特使の裁量に置ける権利の行使など――

 メタ=リカーナに飲んで貰わなければいけない条件は幾つかあった。
 そして、両者が納得できる形での決着を迎えるためには、窓口になる第三者の交渉役が必要であると考えた。

 王女シーラを納得させ、その後ろに控えるメタリオン評議会も納得させるためには、彼らのネックになっている問題――
 D.S.を手札として見せることで条件を満たそうとデビットは画策した。

 シーラも今の日本とメタ=リカーナの関係は余りよくないと理解している。
 しかし、彼女にも王女として、国を預かる身としての立場やしがらみがある。
 国益を常に考えなくてはいけない以上、何もなしにそれらの条件を飲むことは出来ない。
 だからこそ、デビットの話にシーラは乗ったのだ。

 デビットはこのカードを使い、日本政府、メタ=リカーナ双方を納得させるために、様々な条件を提示した。

 ひとつ、メタ=リカーナは日本政府の要請に応じ特使の裁量で動かせる魔導師を数名、日本に駐留させること――
 ひとつ、特命全権大使には王女の騎士カイ=ハーンをつけ、地球側からの交渉役として特使を許可すること――
 ひとつ、駐留場所には海鳴市のバニングス家の屋敷と敷地を提供すること――

 バニングス家をメタ=リカーナの駐留場所とすることで、メタ=リカーナ側もD.S.とアムラエルの両名を自分たちの監視下に容易に置くことが出来ると考えた。
 それにデビットを特使とすることは、メタ=リカーナの人材よりも日本政府からしてみれば交渉役としても安心できると言う側面がある。
 魔法の問題に関しても、とりあえずは日本だけと言うことになるが、実質的にデビットが特使、交渉役としての実権を持つと言うことは、地球側で動かせる魔導師が手に入ったと言うことになる。
 これは日本政府としても、かなり実りのある成果と言えた。

 今はまだ小規模ではあるが、前例さえ作ってしまえば動きやすくなるのも事実だ。
 未だ、先行きは不透明ではあるが、新たな時代の架け橋として両者の溝に一石を投じられたと言うことは――
 この時点では最善の選択だったと――デビットは考えていた。





次元を超えし魔人 第9話『管理外交渉』
作者 193





 会談先として指定された場所――
 バニングス家の屋敷、今はメタ=リカーナの在外公館としての役目を持つその場所に、時空管理局提督リンディ・ハラオウンとその補佐として同行したエイミィ・リミエッタが厳しい表情をして赴いていた。
 同行させていた他の局員は入り口で待機を命じられ、武器となるもの特にデバイスの提示を求められたことにはリンディも驚いたが、クロノの一件がある以上、彼らがデバイスに関しても何か知っていたとしても不思議ではないと彼女は考えた。
 本来ならデバイスを預けるなど管理局の法に基づけば飲めるはずもないのだが、今はこの後の交渉のためにも心象を悪くするわけにいかないと、リンディは渋々それを了承した。

「はじめまして――メタ=リカーナ特使、デビット・バニングスです」

 応接間に通されたリンディとエイミィは、デビットの挨拶を聞いて明らかな動揺を見せた。
 一国の特使を名乗ると言うことは、すでにこの件はあの場にいた彼女たちとだけの間の問題ではなく、管理局と国と言う世界間の問題に発展していると考えたからだった。

「まあ、そう構えないで下さい。あなた方がこの世界の事情がよく分からないように――
 我々もあなたたちにどう接していいのか、正直、判断に困っているのですよ」
「失礼しました。わたしは時空管理局提督リンディ・ハラオウンです」
「同じく時空管理局局員エイミィ・リミエッタです」
「伺っていますよ。なんでも様々な“世界を管理”し、影ながら“安全”を守っていらっしゃるとか」

 含みを持たせた言い方で、リンディにそう言うデビット。
 リンディもその言葉の裏にある何かを感じ取り、僅かに眉をしかめる。

「あら? “どなた”から伺ったのかをお聞きしてもよろしいかしら?
 それともまさか、約束を“破って”うちの執務官に“尋問”でもされたのかしら?」

 お互いに微笑んではいるが、場の空気は非常に張り詰めていた。
 リンディのことを心配して同行したエイミィだったが、この場にいることを少し後悔していた。
 お互いの思惑があって、牽制しあう二人――
 魔法戦のような派手なぶつかり合いではないが、目に見えない攻防が確かにエイミィの目の前で繰り広げられていた。

「まさか、彼なら病院で今も快適な入院生活を送っているはずですよ。
 バニングス家が誇る最高の医療スタッフを用意しましたからね。
 こちらにも、あなた方が知らない様々な“情報源”があると言うだけです」
「……その“情報源”と言うのを教えていただきたいのですが?」

 リンディはその情報を提供した人物こそ、今回のジュエルシードの件に関わっている魔導師だと思った。
 管理局のことを知っていると言うことは自分たちと同じ次元世界の住人のはずと考え、自分たちの任務のためには、その魔導師から事情を聞く必要があると考える。

「それは出来ません」

 しかし、それをデビットはきっぱりと断った。
 だが、拒否されたからと言って、リンディも管理局を代表する立場として、すぐに退く訳にいかない。
 その理由をバニングスに求めたが、返ってきたのはリンディにとっても意外な言葉だった。

「わたしはメタ=リカーナの特使と名乗ってますが出身は地球でしてね。
 日本政府の交渉役としての立場もあります。そして、この国には少年法と言うものがありましてね。
 特に十にも満たない子供には、一定の配慮がなされるものと考えております」
「それは……情報提供者が“子供”と言うことですか?」
「ええ、ですから、この国の法律に基づき、我々は子供たちを“保護”する責任があるのです。
 もっとも、そちらはあんな“子供”を前線に出すような組織ですから――
 そんな倫理観など持ち合わせていないのかも知れませんが」

 違うと言いたかったが、完全に否定することはリンディにもエイミィにも出来なかった。
 管理局が年中人材不足なのは今に始まったことではない。
 当然、優秀な魔導師の資質があれば、それが子供であろうと前線に出ることは“当たり前”として管理局の常識になっている。
 しかし、彼女たちとて好きで子供を戦場に駆り出している訳ではない。必要に迫られてと言う背景がどうしてもあった。
 それでなくても質量兵器を禁止してる管理世界において、魔導師の存在は貴重なのだ。
 子供と言えど、遊ばせている余裕はないと言うのが、管理局の本音だ。

「ですが、お聞きになっているならお分かりでしょう? ロストロギアは危険な存在なんです。
 然るべきところで、適切に管理しなければ、大災害を招く結果になる。
 あなた方はそのことをどう考えておられるのですか?」

 ロストロギアの危険性は管理局が何十年にも渡って説き続けてきたことだ。

「それなら問題ないでしょ。こちらも世界の崩壊など望んでいません。
 それに封印と管理と言うことなら、こちらの世界でも十分に可能だと考えます。
 それとも、何かあなた方でなければ管理できない理由でもあるのですか?」
「それは――」

 リンディは言葉を詰まらせる。
 ロストロギアを回収し管理することは管理局の責務だ。
 それに完全な封印処理や、その保管は管理外世界では出来ないと言う管理局の認識があった。
 そんなリンディの前に、デビットは小さな呪符が貼られた小箱を差し出した。

「これは……」

 デビットに箱を空けるように促され、中身を見たリンディとエイミィは声を上げて驚いた。
 中に入れられていたのはジュエルシードだったのだが、それはその場にいる二人にも分かるほど、完全な封印がなされていたからだ。
 管理局でなければロストロギアを適切に保管することが出来ないと言った前提が、これでは完全に覆ることになる。

「あなた方にも立場があるでしょう。そのジュエルシードは証拠品としてお渡しします。
 それである程度、こちらの有している技術も分かって貰えるはずですし――」

 ここまで完璧に証明されれば、それ以上、リンディ個人の判断では反論することが出来なかった。
 ここでロストロギアの権利を主張し喚きたてたところで、逆に相手の心象を悪くするだけで、管理局に取っても良い結果になるとは思えなかったからだ。

「ああ、そうそう。クロノくんですが――」

 結局、クロノは退院が許可され次第、アースラに引き渡されることになった。
 病院への面会も許可されると言うことで、エイミィはクロノの安全を知り、安堵の表情を浮かべていた。
 しかし、リンディはこの後のことを考えるだけで不安を募らせていく。
 こうなってしまうと事件の関係者を確保することも難しい。ロストロギアも管理局で確保することは出来ないだろう。
 上にこのことを報告したところで、まともに取り合って貰えるとはリンディも思っていない。

 せめて、輸送船事故の発端となった原因の解明と、次元震発生の原因となった理由の究明――
 それに被疑者の確保が出来れば最良ではあるが、交渉でそれは難しいと言うことがリンディには分かった。
 管理局の法律は管理世界には適用されるが、不干渉と言う立場を取っている管理外世界には適用されない。
 自分たちは彼らにしてみれば余所者であり、下手な行動を取れば内政干渉と取られても仕方ない考えるからだ。

 だが、まだ切り込むべき口はあるとリンディは考える。
 管理外世界だからダメだと言うのなら、管理世界に認定されれば話は変わってくると考えた。
 SSクラスの魔導師の存在、ロストロギアを完全封印することが出来る魔法技術。
 すでにそれだけでも管理外世界とするにはこの世界は危険すぎるのだ。
 それらを証拠として提出し進言すれば、次元干渉が出来る出来ないに関わらず、管理世界として地球を加えるために管理局の方でも動きがあるに違いなかった。

「問題は時間との勝負ね……」

 すでに事態はリンディの予想を大きく離れ、かなりの速さで推移している。
 地球に事件の証拠すべてを握られてしまえば、それからでは管理世界にしたところで揉み消されてしまう可能性が高いと考えていた。
 管理世界と言えど、管理局とすべての世界が友好的な関係を築けている訳ではない。
 政治的なしがらみは当然存在するし、常に監視し合い、互いを牽制していると言う側面もあった。
 しかし、管理局ほどの組織力を持つ組織は“他には次元世界に存在しない”と言うのもまた事実だった。
 ミッドチルダの技術力、組織力は、他の次元世界に比べ一歩も二歩も先んじている。
 使い方の分からず危険物にしかならないロストロギアは、管理局でなければ解析することも難しく、手に余ると言う現実があるのだから当然だろう。

 それらのことからも、事件を解決するには地球を管理世界に加えることと平行して、独自に事件を追いかける必要があるとリンディは考えていた。
 結果的にそれが地球と管理局の関係を危ぶむ結果になるとしても、ロストロギア、次元災害に関わることを管理局が放棄する訳にはいかない。
 それは、管理局の存在に関わる重要な意味を持つことなのだから――






「なのは――捕らえたっ!!」
「うん――ジュエルシード封印!!」

 なのはたちはメタ=リカーナの要請で、ジュエルシードを封印して回っていた。
 すでに集めたジュエルシードは、D.S.が持つ物、なのはとフェイトがそれぞれ集めた物で合計十五個になり、残りは僅か六個になっていた。
 なのははあれからバニングス家でお世話になり、早朝と夜にカイやアムラエルから訓練を受け、放課後はジュエルシード集めと順風満帆な生活を送っていた。
 フェイトと仲良くなれたことも、なのはの心に余裕を生んでいたのだろう。
 今はジュエルシードを集めることで、自分の街を守りたいと言うしっかりとした目的を持って行動していた。

 しかし、ユーノは少し不安だった。
 本来、管理局が出て来たのなら、ロストロギアのことは彼らに委ねるべきだと思っていたからだ。
 実際にこの世界の魔導師の実力を肌で感じ、ジュエルシードを完璧に封印できることはユーノも分かっている。
 だが、ユーノは管理世界の住人だ。
 彼は物心がついた時から、管理局が次元世界を守り、ロストロギアを管理することが当然のことだと思っていた。
 それを管理外世界の魔導師が封印出来るからと言って「はい、そうですか」と素直に納得することが出来ない。

 管理局の執務官に、あれほど酷い怪我を負わせたのもそうだ。
 何故、あそこまでする必要性があったのかとユーノは疑問に思う。
 次元世界に進出している訳でもなく、デバイスや非殺傷設定など、管理世界では常識の技術すら彼らは知らない。
 ――にも関わらず、魔導師単体で管理局の執務官すら圧倒してみせる実力を持っている。
 管理世界で生きてきたユーノにとって、この世界は異質で危険性の高いものに見えてならなかった。

(なのはには感謝してる。でも、ぼくは……)

 ロストロギア発掘の責任者として管理局とも、ちゃんと話をして見るべきかも知れないとユーノは考える。
 やはり、ユーノは管理世界の住人だった。
 なのはにとって大切なのは友達や家族のいる自分の世界。
 だが、ユーノにとってこの世界は数ある次元世界のひとつの世界に過ぎない。
 この意識の違いは、二人の関係に大きな溝を広げていた。






「――暗き闇の雷よ」

 フェイトが詠唱を唱える。その手を庭の大きな岩に向け「バルヴォルド」と唱えると雷撃が放たれた。
 岩を砕き真っ二つに粉砕する雷撃呪文。それはメタリオンの魔導師が使う精霊魔術だ。
 雷撃系の魔法の中では低位の存在だが、それでも雷撃系の魔法は扱いが難しく魔力消費量も他に比べ大きい。
 魔導師の中でも熟練した高位の魔導師にしか使えない高度な魔法だった。

「――できたっ! できました!!」

 嬉しそうにD.S.に手を振るフェイト。
 いつも通り書斎でお茶をしながら、メタ=リカーナから先日届いた魔導書を読んでいたD.S.だったが、それに興味を持ったのがフェイトだった。
 D.S.は、ほんの気まぐれで彼女に魔導書の読み方を教え、魔法式の構築の仕方を口添えしただけなのだが、フェイトの才能はD.S.の予想を大きく上回るものだった。
 元々、雷撃系魔法との相性は相当に良いと予想していたが、まさかほんの数日で“バルヴォルド”をマスターするとはD.S.も思っていなかった。
 こんな才能を見せられたのは、ネイ以来だと考えさせられる。

「デバイスなしでも、ちゃんと式を構築すればこんな魔法が本当に撃てるんですね」

 普通であれば、その魔法式を構築するのも難しいはずなのだが、フェイトはそんな素振りをまったく見せない。
 D.S.はそんなフェイトの才能を見て、面白いものを見たと言うような顔をしていた。
 過去、氷の至高王と恐れられたカル=スや、雷帝と異名をとったアーシェス・ネイを育てたD.S.だ。
 フェイトも本格的に学ぶ場を与えてやれば、自分の娘(ネイ)に届くほどの実力を身につけるかも知れないと考えたからだ。

「D.S.さん、ありがとうございました」

 魔法を教えてくれたD.S.に丁寧に頭を下げて礼を言うフェイト。少し仰々しくはあるが、フェイトはこういう子だ。
 特に礼儀作法に関しては昔、プレシアの使い魔だったリニスにかなり仕込まれていた。
 フェイトに魔法や戦い方を教えたのもリニスだったが、彼女は相当に厳しかった。
 普段は母のように姉のように優しい彼女だったが、こと訓練の時は徹底して厳しくなる。
 口の聞き方から歩き方、教えを乞う態度に至るまで徹底してフェイトに教え込んでいた。
 そんなリニスはすでにいないが、フェイトは彼女のことをよく覚えている。
 もう一人の母親のように、本当に慕っていたのだから――

「ああっ! んな、仰々しいのはいらねーよ。
 たくっ――テメエはバカか? 誰にでもそんな畏まった態度とってんじゃねーだろうな?」
「え……でも……」

 そんなことを言われても、どうして改善していいのかフェイトは分からない。
 今更やめろと言われても、これが自分の性格だと理解しているからだ。
 それに仮にも師匠に当たる人に、それも自分よりも高位の魔導師にタメ口など聞けるはずがないとフェイトは難しい顔をする。

「禁止だ。今度、そんな呼び方してみろ――
 オレさま好みの巨乳に成長するよう、そのまったいらな胸を揉み解すぞ?」
「えええ――!!」

 顔を真っ赤にして慌てるフェイト。正直、そんなことをされたら困る。
 恥ずかしいし、そんなに揉めるほど胸がないのだ。正直、それを言われると悲して立ち上がれないかも知れない。
 揉まれるのはいいのか? ――と思える見当違いな考えを巡らせるフェイト。
 しかし、さすがに嫌なのか、必死にどうD.S.のことを呼んだらいいか考えていた。

 アリサたちのように「ルーシェ」と呼ぶ――これは確かに無難だろうと考える。
 しかし、D.S.と言う名前の方が、フェイトは好きだった。
 だからと言って、そのまま名前を呼び捨てにするには恥ずかしすぎる。
 しかし、「D.S.くん」なんて呼ぶのは更に恥ずかしいし、D.S.が納得するともフェイトには思えない。

「じゃ、じゃあ……ダーシュ……って呼んじゃダメですか?」
「――!?」

 フェイトは先日、アリサたちが仲良しをアピールするために愛称をつけようと言っていたのを思い出した。
 アムラエルの「アム」も名前を縮めただけだが、愛称のようなものだ。
 結局、「フェイっち、フェイたん、フェイりん」など碌なものが出て来なかったので、フェイトはアリサにご遠慮願った。
 しかし、アムラエルをアムと呼ぶにはフェイトも抵抗がなかった。それが彼女によく似合っていたからだろう。
 だから、D.S.を愛称で呼ぶことにしたのだ。名前を少し縮めて「ダーシュ」と――

「しゃーねーな……そん代わり他人行儀な言い方やめろ。
 それと『ですか?』じゃねえだろ」
「あ……はい……じゃない、うん」

 そんなフェイトの頭をガシガシと撫でるD.S.に、フェイトは顔を赤くして答える。
 嬉しかったのだ。そして、見た目には少しD.S.の方が背が高いくらいで、同い年くらいの少年のはずなのに――
 D.S.のその手の温もりに、見たこともない父親のような面影を感じていた。

「フェイト、テメエは今日からオレの“娘”だ」

 だから、そのD.S.の言葉にも素直に応じることが出来たのかも知れないとフェイトは思う。
 そのD.S.の言葉に答えるように、フェイトは黙って首を縦に振っていた。






 残りのジュエルシードの探索は難航を極めていた。
 街中を手分けしてして探索していたが、どこにもその気配がなかったからだ。

「街の中にないとすると……海か」

 フェイトは一人、そんなことを口にする。

 なのはは悔やんでいた。もっと早くに自分が気付くべきだったかも知れないと――
 それに気付いたのはフェイトが行動を起こした後のことだったからだ。

 海の底に残りのジュエルシードが沈んでいると考えたフェイトは、以前のように強制発動して残りの六個のジュエルシードを封印しようと考えた。
 だが、ジュエルシードの強制発動は危険性もそれだけ高い。
 しかも海にあるジュエルシード強制発動させた場合、六個同時に発動する可能性が高く、その危険性は今までの比にならない。
 だから、なのはに相談せず、自分だけでやろうとフェイトは考えたのだ。
 はじめて「必要だ」と言ってくれた友達を危険に晒したくない。
 フェイトはそんなことを考えるほどに、なのはたちのことを信じ、関係を気付いていた。

 しかし、今回はそんなフェイトの優しい心が仇となった。

「フェイト、ダメだっ! やっぱり、なのはたちに――」
「もう少し――もう少しだからっ!!」

 アルフの悲痛な叫びが、雷轟く海の上に響く。
 六個同時に発動をはじめたジュエルシードが強大な魔力を放ち、海の水を舞い上がらせ、巨大な竜巻を作り上げた。
 その魔力の放流は、すでに個人で抑えられるレベルではなかった。
 フェイトがいくら優秀な魔導師であろうと、一人で出来ることには限界がある。

「フェイトちゃん――っ!!」

 魔力もかなり消費し、肩で息をするフェイト。このままじゃまずい――そう思った、その時だった。
 海上の異常を感じ取ったなのはが、フェイトを助けようと現場に急行する。

「――なのはっ!?」

 なのはを危険に巻き込みたくないと思い先行したフェイトだったが、そんなフェイトを怒り、なのはは涙を浮かべていた。

「どうして、自分一人でなんでもやろうとするの!?
 わたしたち友達でしょ? 辛いことも楽しいことも分け合う!!
 そうじゃないと――本当の友達だなんて言えないよっ!!」
「なのは……」

 こんなに悲しそうに、怒りを顕にするなのはを見るのはフェイトもはじめてだった。
 そして、自分がどれほど軽率な行動を取っていたかを、なのはに言われて気付く。
 自分がなのはのことを心配するように、なのはも自分のことが心配なのだと、それが友達なのだとフェイトはあらためて気付かされた。

「二人できっちり半分個。だから、一緒に頑張ろう――フェイトちゃん!」
「――うんっ!!」

 魔力をフェイトに分け与え、ジュエルシードに立ち向かうなのは――
 二人の前には強大な、一人ではどうすることも叶わないような大きな竜巻が渦巻いていた。
 しかし、なのはもフェイトも思う。自分たちは決して一人じゃないと――

「なのは、フェイト――ぼくとアルフが抑える!! その隙に――」

 ユーノとアルフが魔力で結んだ鎖を作り、竜巻を捕縛し動きを止めた。
 竜巻も魔力で出来たもの――ならば、同じように魔力で出来た鎖で動きを止められると考えたからだ。
 竜巻が動きを止め、先程よりも緩やかになった海の上でなのはとフェイトは手を取り合い、それぞれの相棒をジュエルシードへと向ける。

 ――レイジングハート。
 ――バルディッシュ。

 二機のデバイスが二人の魔力に呼応し、目映い輝きを放った。

「ディバインバスタ――ッ!!」
「サンダーレイジッ!!!」

 二人の放った最大出力の魔法がジュエルシード目掛けて放たれた。
 集束し巨大な魔力の爆発をその場に生み出す。
 その爆発で竜巻は吹き飛び、海に巨大な穴が空き、衝撃波は海岸にまで届き、砂や枯れ木を舞い上がらせた。

 打ち上げられた海の水が雨に混じり、塩辛い雨を降らせる。
 そんななか、なのはとフェイトは互いに肩で息をしながらも、封印が成功して浮き上がってくるジュエルシードを見て、笑顔をこぼしていた。

「やったねっ!! フェイトちゃ――」

 なのはが封印されたジュエルシードを見て、フェイトに声を掛けようと振り向いたその時だった。
 今までに感じたことがないほどの巨大な魔力が空を覆い、雲を切り裂いた。

「まさか――母さんっ!?」

 フェイトは空に突然現れた次元の穴を見て、プレシアの名を呼ぶ。
 次元を跳躍し、突如現れた雷光――その目映い光がフェイトに迫った。
 咄嗟の判断でなのはをその場から弾き飛ばし、頭上に迫る雷を見上げるフェイト。

 フェイトはその光を目にし、そっと瞳を閉じた。それが自分への裁きの雷に見えたからだ。
 プレシアを裏切り、こんなところで温かい友人に囲まれ、人並みの幸せを望んだ自分への天罰だと思った。
 だから、かわそうとも逃げようとも思わない。
 それでプレシアの心が少しでも救われるのなら受け入れよう――
 そうフェイトは思い、雷が自分の身体を貫く瞬間を待った。

 だが、次の瞬間、彼女に訪れたのは雷に撃ちつけられた痛みではなく――
 自分を弾き飛ばしたD.S.の手の衝撃だった。

「え――」

 弾き飛ばされ海へと落下しながら見える、目の前の光景に頭がついていかない。
 D.S.が雷撃に身を焦がされ、その痛みから声にならない叫びを上げた。
 あそこで雷に撃たれるのは自分のはずだった――と思考を巡らせる。
 フェイトは何故、自分ではなく、D.S.がプレシアの魔法を食らっているのだと――
 なんで、自分はここにいるのだと――嘆き叫んだ。

「ダーシュ―――ッ!!!」






 ……TO BE CONTINUED





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■作者からのメッセージ
 
 今回はちょっと短い話です。キリが良いのでココできりました。
 本当は土曜の夜に更新するつもりだったのですが、明日は仕事の都合で遅くなることも予想されるので投稿しておきます。

 まあ、D.S.は不死身ですからね。あえて何も言いません。
 無印の残りは3〜4話かな? A's編は反響次第で続けるかも知れません。
 一応、お話としてはプロットを考えているので――

 では、次回に――
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