デビットは管理局から突きつけられた書類を見て、呆れにも似た苦い表情をしていた。
そこに書かれていた内容は、とてもじゃないが地球側が呑める内容ではなかったからだ。
その文書のはじめには『第97管理外世界を管理世界として認定する』と一言だけ書かれていた。
質量兵器の放棄並び、それに代わる魔法技術を管理局から提供する――
治安維持のため、管理局の地上部隊を受け入れ駐留させること――
管理法に基づき、ロストロギア、次元犯罪並び、魔導師事件に関する案件はすべて管理局に一任すること――
その他にも、駐留部隊の維持費用の負担や、管理局員の特権を認めることや、管理地区の税金の免除、そして管理局の定める管理法の内容から、管理世界が納める税に関することまで、分厚い資料がデビットの元に届けられた。
そしてそれを見たデビットは、こんなものを素直に日本政府やメタ=リカーナに見せ、果てには国連総会にかけた場合、管理局との戦争にでもなるのではないかと呆れ果てていた。
そして、本当に管理世界と言うものは、どこの世界もこんな無茶な要求を受け入れているものなのかと、疑問を感じざる得ない。
「その管理局からの要望書、どうされるつもりですか?」
「いや、どうも何も、こんなのは“要望書”ではありませんよ。
こう言うのは“宣戦布告”と言うんです」
管理局の動きがあったことを聞いたシーラは、東京にあるバニングスの日本本社ビルに来ていた。
もちろん、その資料に目を通して呆れ返ってしまったのはシーラも同じだ。
最初の行に『第97管理外世界を管理世界として認定する』と明言した要望書など二人は聞いたことも見たこともない。
質量兵器に関しても、各国はそれぞれの立場や思想があって、自衛の手段のひとつとして所持しているのがほとんどだ。
この世界では“魔法”の方が異質な存在であると言うのに、自分たちの価値観からそれを捨てろと言われても応じられるはずがない。
それに駐留部隊の件に関してもそうだ。それは管理局との間に“安保条約”を無条件で地球に結べと言ってるのと同じだった。
管理法がどうかは知らないが、ここは“地球”だ。それぞれの国の規律にそった法律がきちんと存在する。
それをすべて管理局に一任しろなど、とてもではないが素直に応じられる内容ではない。
「世界が違うだけで、ここまで意識の違いがあるものなんですかね?」
「多分、こちらの文明レベルが、あちらよりも低いと思われているからでしょう」
高い組織力と適切な力を持つ自分たちが守ってやる、導いてやると言う考え方なのだろうとシーラは思う。
それはデビットも思った。しかし、だからと言って“これ”はないとデビットは思う。
しかし、こんな挑発に乗って、二人とも管理局と戦争を起こすつもりなどない。
すべてを呑めないまでも、ちゃんと話し合いをすれば、譲り合える点もあると考えるからだ。
質量兵器のことに関しても、駐留部隊の件に関しても、逮捕権や裁判権の件に関してもだ。
次元世界のことを知ってしまった以上、確かに別世界との付き合い方も考えていかなくていけないと考える。
お互い立場がある以上、譲れないもの、主張するものが確かにあるだろうが、それは別に管理局との間でなくても常に国家間の問題として存在している。
「気が重いですが……少なくとも“彼”には見せたくありません」
「……同感です」
結局、この要望書はデビットと一部トップの間で止められ、その後の管理局との対話を持って今後のことを決めると言うことに納まった。
次元を超えし魔人 第11話『時の庭園』
作者 193
海上での事件から数日――
次元空間に待機させているアースラの管制室に、真剣な表情でモニタに見入るリンディとエイミィ、それに先日退院してきたばかりのクロノと、事情を説明するために出向いたユーノの姿があった。
「フェイト・テスタロッサ……これで、全部繋がったわね」
「はい、ファミリーネームがプレシア・テスタロッサ――彼女と同じです。
先日の次元跳躍魔法からも、彼女の犯行で間違いないかと」
リンディとエイミィは、まとめられた捜査資料に目を通しながらそう結論付けた。
ユーノからこれまでの経緯の説明を受けたリンディは、フェイトの名前を聞いてすぐにプレシアまで辿り着いていた。
先日の海上の件からも、彼女が管理外世界で危険な魔法を使いジュエルシードを奪ったことは明らか――
その他にも管理外世界保護法違反、ロストロギアの不法所持など罪状は幾らでもある。
おそらく、ジュエルシードを護送中の輸送船が事故にあったのも 彼女の仕業ではないかとリンディは考えていた。
これらの罪状があれば、すぐにプレシアを逮捕することも可能だが、肝心の居場所を特定することが出来ない。
「また、何か仕掛けてくれれば、今度こそ逆探知出来るんですけど……」
エイミィは悔しそうに、そう口にする。
先日の海上の事件のこともあり、アースラは海鳴市全域に広域探知魔法を仕掛けていた。
プレシアの目的は不明だが、ユーノの話を聞いている限り、彼女がジュエルシードにかなりの執着を抱いているのは事実――
それならば、近いうちにD.S.たちが所持しているジュエルシードを狙って、何かしらの行動を起こすと考えていた。
「あと、問題はこの子ね」
モニタに映し出されたフェイトを見るリンディ。
しかし、フェイトがメタ=リカーナの保護下にあるために手が出せないでいた。
プレシアに協力していたとなれば、フェイトは同じく重要参考人と言うことになる。
すぐにでもアースラに招き事情が聞きたいが、先日の件もある以上、事情を聞くことは愚か接触も出来ないことにリンディは頭を悩ませていた。
「それで、あなたはいいの? あちらに戻らなくて」
「はい。ぼくも、今のこの世界のやり方は危険だと感じますので……」
リンディに問われ、ユーノは少し不安の混じった声で答える。
ユーノはその後、管理局に民間協力魔導師として協力すると言う形で、アースラに残ることを決めた。
やはりジュエルシードは管理局で保管してもらうのが一番だと考えたからだ。
それに、この世界の魔導師にユーノは危機感を抱いていた。
デバイスも用いず強力な魔法を行使する技術と高い魔力、それは管理世界の常識を覆すものだ。
それに海上でD.S.の力を見てからユーノの中で、その危機感は更に強くなっていた。
「なんにしても……せめてプレシア女史を確保しないことには、こちらもこれ以上動きようがないわね」
フェイトだけでなく、ほとんどのジュエルシードをメタ=リカーナに押さえられている以上、今回の事件を立証し、証拠を固めるためにもプレシアと残りのジュエルシードは管理局で抑える必要があるとリンディは考える。
しかし、管理局でも行方をくらましてからのプレシアの足取りは追えていなく、捜査は難航していた。
「そう言えばクロノ、入院生活はどうだったの?」
「ええ……まあ……」
クロノはエイミィの様子を伺うように見て、なんとも言えない表情でそう答える。
本局との打ち合わせや、ロストロギアの対策会議など、リンディはやることが山積みだったためにアースラを離れることが出来ず、エイミィだけがクロノの安全を確認するために病院に訪れていた。
もっともエイミィは、デビットの言う通り快適な入院生活を送っていたクロノを見て、かなり不服そうな顔をしていた。
最上階の個室、しかもテレビに冷蔵庫、トイレにバスまで完備しているホテル顔負けのVIPルームを見て、エイミィは「代わって欲しい」と不謹慎なことを思ったくらいだ。
デビットの考えでは、あまりクロノを人目に触れさせたくないと言うのがあった。
メタ=リカーナですら、九年経つ今でさえ数々の問題が残っているのだ。
それをまた別世界の、今度は司法機関と接触したなどと人々に知れれば、混乱を招くのは明らかだ。
知らせるにしても、出来るだけ混乱を少なくするために時期を見図りたいと言う思惑があった。
「クロノくんなら、かなり“快適”な生活を送ってましたよっ!!」
エイミィは今までの心労はなんだったのだろうと、クロノの待遇を見たときに思った。
そして、艦長も自分も不眠不休で事件の解決に向けて頑張っていると言うのに、クロノがあまりに快適な生活を送っていたために不当な怒りを向けていた。
クロノが悪い訳ではないのは分かるが、それにしたってこの差はなんだろうとエイミィは思う。
リンディはそんなエイミィの態度を見て、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「――――!?」
その時だった。アースラの仕掛けていた探知魔法に反応がある。
海鳴市上空に転移してきた魔力反応は、真っ直ぐにバニングスへ向かっていた。
それを見ていたリンディとクロノ、それにユーノにも緊張が走る。
「――ビンゴッ!! この反応はプレシア・テスタロッサですっ!!」
エイミィの嬉々とした声が管制室に響いた。
その頃、アリサの屋敷はかつてない緊張に包まれていた。
いつも冷静なカイとシーンですら、この状況を予想していなかったのか重い表情をしている。
アルフは怒りのこもった苦い表情をし、フェイトは困惑と恐れからかD.S.の服を掴み離そうとしない。
他の面々も同じで、応接間に通された一人の女性を警戒し、顔を強張らせていた。
そう――プレシア・テスタロッサがD.S.を尋ねてやってきたのだ。
「随分と物々しい歓迎ね……まあ、別にいいけど」
興味なさそうに周りの少女を見渡すプレシア。
その瞳がD.S.のすぐ隣で身体を震わせるフェイトへと向けられる。
「久し振りね――フェイト」
「よくも、ぬけぬけとっ! フェイトを殺そうとした癖にっ!!」
アルフはプレシアに今にも襲い掛かりそうな剣幕で声を荒げる。
アルフが言っているのは、先日の海上でのプレシアの魔法攻撃のことだ。
D.S.が庇ったお陰でフェイトは無傷で済んだとはいえ、あれがもしフェイトに当たっていたらとアルフは思う。
そして意図も簡単に、娘を殺しかねない魔法を放ったプレシアに怒りを顕にしていた。
「それは誤解よ。わたしが欲しかったのはあくまでジュエルシードだけ――
フェイトを狙った訳ではないわ」
「アンタ――ッ!!」
殴りかかろうとするアルフを、アムラエルがその腕で制止する。
先日の魔法の威力からも、プレシアがクロノとは比較にならない一流の魔導師だとアムラエルは気付いていた。
弱体化していると言っても、D.S.の障壁を破り、夢幻の心臓に魔力を打ち込むだけの魔導師とここで戦うことになれば、この屋敷だけでなく周囲も巻き込んで大惨事になりかねないと考えたからだ。
「ここは抑えて、アルフ」
「……くっ!!」
アムラエルに制止され、アルフはやり場のない怒りを血が滲むほど拳を握り締めることで我慢する。
自分でも分かっているのだ。プレシアに挑んだところで、力が及ばないことを――
しかし、フェイトのことを思うと、アルフはその怒りを抑えられなかった。
「あなたは使い魔の作り方が下手ね。余計な感情が多すぎるわ」
「そう? わたしも使い魔なんだけど、きっとあなたより“優秀”だと思うよ?」
プレシアの下したアルフの評価に、皮肉で返すアムラエル。
別にプレシアのことをどうこう言う気はアムラエルにはなかったが、アルフを馬鹿にされるのだけは我慢がならなかった。
アムラエルは僅かに力をもらし、プレシアを威圧して見せる。
普通の魔導師であれば、その威圧感だけですくみあがってしまうだろうが、プレシアは平常を装っていた。
確かに単純な地力では、戦えばアムラエルの方が勝っているだろう。
しかし、プレシアには大魔導師と言われたほどの知識と魔法、そして経験がある。
二人の間に不穏な空気を感じ取ったカイとシーンも、アリサたちを庇い、身構えていた。
「いいかげんにしやがれっ!!」
「あ――痛い、痛いっ!! 痛いってば!!」
――グリグリグリ。
と両拳をこめかみに挟んでグリグリとするD.Sに、アムラエルは涙目で痛みを訴える。
突然のD.S.の奇行に、先程まで緊張を募らせていたカイとシーン、それにアルフも呆気に取られる。
それは他の少女たちも同じだった。
「オレを差し置いて、勝手に話を進めてんじゃねーよ!!
いいか? すべては超絶美形(ハンサム)の主人公を中心に回ってやがると言うことを忘れんなっ!!
愚民どもに出来ることはD.S.さまを敬い、尊敬し、称えることだけだっ!!」
――こいつ自己中心的(ジコチュー)だ。
はじめてプレシアと彼女たちの意見が噛み合った瞬間だった。
単純に、アルフとアムラエルが目立っていることが、D.S.は気に食わなかっただけだった。
「フフフ……やっぱりおもしろいわ、あなた」
プレシアは本当におもしろいものを見たと言う表情で笑う。
先日のことがあってからD.S.の周囲を監視し、そして今までのことも色々と調べていたプレシアだったが、管理局の執務官を一切の遠慮も、躊躇も、容赦もなく打ちのめしたと言う事実に目を丸くして驚いていた。
管理局のことを快く思っていないプレシアにとって、D.S.はとてもおもしろい素材だった。
人間とは思えない絶大な魔力をその身に秘め、何者にも屈指ず、そしてそれが許されるほどの力と強さを兼ね備えている。
「わたしと――取り引きをしましょう」
だから、プレシアはD.S.に直接会って見たくなったのだ。
――彼女には時間がない。
だからと言って、強硬手段を用いても圧倒的な魔力を持つD.S.に通用するとは、プレシアも思ってはいない。
管理局となら、幾ら相手が絶大な力を持っていようとも、プレシアは交渉や対話をしようと思わなかっただろう。
それは、メタ=リカーナや日本も同様だ。彼女は国家や組織と言うものに嫌悪を抱いていた。
しかし、D.S.は違う。どこの国にも組織にも所属している訳ではない。
いや、どんな国家だろうと、組織だろうと、D.S.を飼いならすことなど不可能だからだ。
まさに自由――我が侭、傍若無人。そんな言葉が、ここまで似合う男もいない。
だからこそ、管理局に発見される可能性があると言う危険性を侵してまで、彼女はD.S.との直接交渉を望んだ。
「――取り引きだ?」
「フェイトをあなたにあげるわ。それに必要ならば――」
そう言って、ジュエルシードを取り出すプレシア。
彼女の周囲を浮かぶ六個のジュエルシードに、そこにいる誰もが目を見張る。
「これをすべて、あなたに差し出す」
「母さん……」
フェイトはプレシアの言葉が飲み込み切れず動揺していた。
あれほど、欲しがってたジュエルシードを手放し、しかも娘の自分をD.S.に渡すと言う母の言葉が理解できない。
――自分は母に捨てられたのか?
そんな考えが、フェイトの頭を過ぎる。
「その代わり、わたしとアリシアを、あなたの力でアルハザードに導いて――」
プレシアはすべてを語り始める。
二十六年前の事故、そしてジュエルシードを集めていた理由を――
アルハザード――そこにあると言う秘術があれば、アリシアを生き返らせることが出来るかも知れない。
それはプレシアの悲願だった。
幻想とも取れる理想郷を追い求めなければ、もう彼女の願いは叶わないところまで来ていたのだ。
アリシアを生き返らせるために、人造生命の研究にまでプレシアは手を染めた。
しかし、それでもその研究が身を結ぶことはなかった。
「それが……わたし……」
フェイトはプレシアの話が余程ショックだったのか、声を震わせD.S.の服を持つ手に力を込める。
プロジェクト『F.A.T.E』その名前をとって、彼女は『フェイト』と名付けられた。
本来ならアリシアとして、アリシアの記憶をダウンロードされ生まれるはずだった少女。
しかし、それはプレシアの望む結果にはならなかった。
アリシアではなく、フェイトと言う別の人間を作ることに成功しただけ――
生命を生み出すと言う“人造生命”の研究としてみれば成功だったのかも知れない。
しかし、プレシアの望みはアリシアを生き返らせることだった。
そこで彼女は絶望した。
今ある技術では、アリシアを生き返らせることは出来ないのだと理解したからだ。
「フェイト、あなたはアリシアの偽者なの」
冷たくそんなフェイトに追い討ちをかけるような言葉を放つプレシア。
そのプレシアの言葉でフェイトは唐突に理解してしまう。
自分は母親に捨てられたのだと――
「どうして――フェイトちゃんはただ、お母さんに笑って欲しいって――
お母さんに喜んで欲しいって、そう思ってただけなのにっ!!」
「フェイトはわたしのアリシアじゃない……娘じゃないわ。
この子は――ただの人形なの。寂しいわたしの心を紛らわすための人形」
「そんな――!!」
なのははフェイトの代わりに声を荒げるが、しかしそれに反してプレシアの反応は冷たかった。
そのプレシアの目を見て、なのはは口に出そうとした言葉を飲み込んでしまう。
プレシアの瞳がとても暗く、怖いほどに感情がなこもっていなかったからだ。
そんなプレシアの話を聞き、俯き表情を固めるフェイト。
どうしていいのか自分でも分からなかった。なんと答えていいのかも分からない。
悲しいはずなのに涙も出てこず、フェイトはなんとも言えない焦燥感に駆られていく。
しかし、そんなフェイトの頭にD.S.の手が被さった。
「くだんねーな! こいつは“オレの娘(もん)”だ。
もう、テメエのもんなんかじゃねーよ」
「……ダーシュ?」
フェイトは不思議だった。
プレシアの言葉で奈落に落とされたと思ったら、D.S.の一言でフッと光が差し込んだ。
ただ、はっきりと“自分のもの”と主張するD.S.のその一言で、フェイトは嘘のように安心できる自分がいることに気付く。
誰にでもない。D.S.に必要とされていることが分かったのが嬉しかったのだ。
真実を知って怒ってくれたなのは、そしてD.S.の言葉がフェイトの心を現実に繋ぎとめていた。
「交渉……決裂と言うことかしら?」
なのはたちは明らかに身構え、プレシアへの敵意を顕にする。
プレシアの境遇には確かに同情する点はあるだろう。彼女たちもプレシアの過去、アリシアの話を聞いたときは重い表情をしていた。
しかし、フェイトを傷つけられるのは話が別だ。
なのはにとっても、ここにいる誰にとってもフェイトは大切な仲間――友達だった。
「プレシア、あなたには確かに同情する点がある。でも、フェイトのことを悪く言わないで――
彼女は――ここにいる全員の“友達”よ」
アムラエルの言葉は、彼女たち全員の言葉でもあった。
「……そう、そうなの」
プレシアは低い声で呟くように言う。
目の前のフェイトに向けて確かな怒りを向けて、彼女は取り出した杖を向けていた。
「想ってくれる友達、愛してくれる家族、フェイト……今のあなたは、さぞ幸せでしょうね?」
「母さん……」
「フェイト、もうあなたはいらないわ。わたしにはアリシアさえいてくれればいい」
プレシアの杖が光を放った瞬間だった。屋敷を中心に、巨大な魔方陣が展開される。
これにはアムラエルも驚いた。プレシアが現れてからも、ずっと警戒を解いていなかったからだ。
何かを仕掛けるタイミングなどなかったはずなのに、これだけ巨大な儀式魔法を一瞬で発動させてくるなんて、ここにいる誰もが想像もしなかったことだ。
「そんな、一体どうやって!?」
「簡単よ。ここに来るのは、これがはじめてじゃないの」
アムラエルの疑問に淡々と答えるプレシア。
D.S.のことを調べながらも、交渉が決裂したときのことを考え、彼女は屋敷の周囲に仕掛けを準備していた。
アムラエルやD.S.が気付かなかったのも無理はない。
この魔法は次元跳躍などの空間制御を得意とする彼女の魔法の中でも、特に隠密製に優れた魔法だった。
その上、自分たちに馴染みのないミッドチルダ式の魔法だ。
「うげ――っ!!」
D.S.が意表を突かれたことに動揺し、珍しく間抜けな声を上げた。
その瞬間、魔方陣が目映い光を放ち、周囲の空間が歪んでいく。
屋敷をを中心に展開された魔方陣は、その場にいたD.S.たちを強制的に転移させた。
そうプレシアの本拠地“時の庭園”へと――
「追跡成功――座標来ますっ!!」
その頃、アースラではエイミィがプレシアの動きを今か今かと待ちかねていた。
バニングス家で発生したプレシアの転送魔法を確認すると、すぐにその足取りを追い、時の庭園の場所を突き止める。
リンディもこの瞬間を待っていた。プレシアの捕縛、そしてジュエルシードの確保。
地球では行動が制限されてしまっていたが、場所が彼らの権限の届かない時の庭園ならば、全力を持って当たれると考えていた。
リンディはプレシア確保に向け、すぐに待機していたクロノと武装局員に指示を出す。
「ぼくも、行かせて下さいっ!!」
そんなリンディの前に出て、志願したのはユーノだった。
アースラに乗り込んだのは事態を黙って見届けることではなく、発掘の責任者としてジュエルシードの確保に協力するためだとユーノは主張する。
ユーノの主張に「現場では自分の命令を必ず聞くこと」と忠告し、リンディは渋々承諾した。
「任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保及び、ジュエルシードの確保――」
リンディが号令をかける。それに応じ敬礼をする局員たち。
転送ポートに広がる銀色の魔方陣――
その光が、待機しているクロノと武装局員、それにリンディたちを包み込む。
プレシアの待つ時の庭園へ向けて、転送魔法が起動した。
バニングス家の屋敷は使用人、D.S.たち全員を含め、完全にもぬけの空となっていた。
この緊急事態に、デビットが気付いた時にはすでに遅かった。
シーラからの報告を受け、屋敷に急ぎ戻ったデビットはもぬけの空となった屋敷を見て、なんとも言えない溜息をもらす。
「こいつはまいったな……
まあ、彼とアムちゃんが一緒なら問題はないと思うが……」
D.S.とアムラエル、あの二人がいれば、アリサたちに身の危険はないとデビットは思う。
それにカイとシーンも一緒なのだから、使用人たちも含め、たいした心配はいらないだろうとデビットは考えていた。
「犯人はやはり、前にフェイトちゃんが言っていたプレシア・テスタロッサか」
デビットは出来ればフェイトのことを考え、プレシアの問題もどうにかしてやりたいと考えていたが、こう早急なことをされるとどうしたものかと頭を捻らせる。
管理局がロストロギアに強い執着心を持っているのはデビットにも分かっていたので、おそらくプレシアの確保に乗り出すだろうと考えた。
プレシアが逮捕されれば、そこからフェイトにも管理局の捜査の手が及ぶかも知れないとデビットは考え、そうなる前にプレシアのことをどうにかしたいと思っていたのだ。
しかし、現実はそう上手くいかないものだとデビットは思う。
願うべくはプレシアが管理局に確保される前に、D.S.たちがプレシアを連れて逃げてきてくれることだが、その鍵を握ってるのがD.S.だと言うだけにデビットは苦笑いを禁じえなかった。
「まあ、とりあえず準備だけは進めておくか」
背筋を伸ばし「これから、また忙しくなるな」と愚痴をこぼしながら、デビットは来た道を戻る。
デビットにはこの後、管理局との交渉が待っていた。
それに加え、バニングスの会長としての仕事もこなしているのだから超人的な男である。
しかし、娘のため、少女(幼女)たちのためにと、デビットは身を削る思いで自分の“戦場”へと帰っていった。
時の庭園――
目を覚ましたアリサとすずかは、屋敷の使用人たちと一緒に鉄製の檻の中に閉じ込められていた。
一緒に転移したはずのカイとシーン、なのはにフェイト、それにアムラエルやD.Sの姿は見当たらない。
「ちょっと、ここから出しなさいよっ!!」
「アリサちゃん、お願いだから抑えて」
アリサが檻をガタガタと揺らし、怒鳴るようにプレシアに叫ぶ。
そんなアリサの行動に戸惑いながらも、さすがに自分たちが捕虜になっていると言う現状をまずいと思ったのか、すずかはそんなアリサを止めに入る。
アリサたちのすぐ目の前に、プレシアは誰かを待ちわびるかのように椅子に腰掛けていた。
その後ろには細長い水槽があり、中には衣服を身にまとっていない裸のアリシアが漂うように浮かんでいる。
アリシアの姿を見た時は驚いたアリサだったが、それがフェイトではないと言うのはすぐに分かった。
フェイトより見た目が僅かに幼いと言うこともあるが、アリシアから生気のようなものが感じられなかったからだ。
「静かにしてなさい……あなたたちは大切な餌なの。
出来れば、傷つけたくないわ」
「……餌?」
餌と言われ、訝しむような表情で疑惑の目を向けるアリサ。
「そうよ。D.S.と言う大きな獲物を釣るための餌。
そして、わたしとアリシアをアルハザードに導いてもらうための交換材料」
「――――!?」
それを聞いて顔を赤くするアリサだったが、今にも出そうな言葉を飲み込んだ。
すずかがアリサの服を、力を込めて引っ張っていたからだ。
ここでアリサが声を荒げればアリサだけでなく、すずかや使用人たちにも危害が及ぶかも知れない。
だから、アリサは我慢するしかなかった。
「……ひとつだけ言っておくわ。ルーシェを甘くみないことね」
アリサは敵意を持ってプレシアを睨みつける。それはせめてもの抵抗だった。
餌だ、交換材料だと言われ、すずかやみんなを巻き込んで、そして何も出来ないことがアリサは悔しかった。
D.S.が人質などと言う姑息な手段に下るとはアリサも思っていない。
しかし、こんな時に真っ先に浮かんだのがD.S.の顔だと言うのが恥ずかしく――
――D.S.ならなんとかしてくれる。
――みんなを助けてくれる。
と頼り切っている自分が情けなく、そしていつもD.S.に守られているのだとアリサは理解した。
「早く……助けにきなさいよ」
涙を堪え、D.S.が来るのを待つ。
今はまだ、どれだけ悔しくても、どれだけ情けなくても――
D.S.に頼る以外に自分に出来ることはない。そう、アリサは思う。
でも、いつか――
「くだらないわ……アリシア、もうすぐよ。
もうすぐだから……そこで、もう少し待っていて」
アリシアに向かって手を広げ、愛しそうにその名を呼ぶプレシア。
最後の瞬間が刻一刻と迫っていた。
時の庭園の入り口、D.S.の魔力で焼けただれ廃墟と化したその場所に、複数の影が転移してくる。
武装局員十数名を引き連れたリンディとクロノ、そしてユーノだ。
「全武装局員、配置完了しました」
「これより時の庭園に突入します。プレシアの確保を優先順位とし、クロノとユーノくんは駆動炉の確保を――
わたしと武装局員はプレシアの確保に向かいます」
病み上がりのクロノと、民間協力者のユーノを強力な魔導師でもあるプレシアに当たらせる訳にはいかないと考え、リンディは時の庭園の動きを止めるため駆動炉に向かうことを二人に指示した。
プレシアが抵抗を見せたとしても、オーバーSランクの魔導師である自分と武装局員全員でことに当たれば、敗北はないと考えたからだ。
クロノにも依存はなかった。ユーノもあらかじめリンディと約束を取り交わしていたために、文句を言わず黙って頷く。
プレシアが逮捕され、ジュエルシードが管理局に確保されるなら結果的には同じだと考えたからだった。
今は出来るだけのことを協力して、早く事件を解決しようとユーノは思う。
「――突入っ!!」
リンディの号令で一斉に時の庭園に突入を開始する局員たち。
D.S.たちとプレシア、それに管理局を含める三つの勢力が“時の庭園”と言う舞台に一同に介す。
各々の目的、思惑を孕み、物語は終幕へ向けて動きはじめた。
……TO BE CONTINUED