リンディは焦っていた。すでにD.S.はプレシアのところまで辿り着いているかも知れない。
だとしたら、プレシアの確保はすでに難しいかも知れないと考えていたからだ。
D.S.の戦い方を見ていたリンディは、その躊躇も容赦もない攻撃からプレシアが殺させる可能性も考慮していた。
最悪、殺されないまでも、素直にD.S.がプレシアの引渡しに応じるとは考え難い。
本来ならば、D.S.よりも先にプレシアを確保しなくてはいけなかったと言うのに、どうしてこんなにタイミングが悪いのかとリンディは唇を噛み締める。
突入してすぐに大広間でD.S.とアムラエルに出くわすようなことがなければ、彼らを出し抜きプレシアの確保も可能だったかも知れない。
しかし、すでに済んでしまったことを悔やんでも仕方ない。
気持ちを切り替え、リンディは最深部へと急いだ。
だが、目的地は近づいていると言うのに、リンディは何一つ考えがまとまらなかった。
切り札とも言えるディストーションシールドはすでに使い、アムラエルを抑えながらD.S.と戦うことは難しい。
かと言って、今の状況ではプレシアにも勝てるかどうかすら怪しいとリンディは思っていた。
友好な手段はやはり実力行使ではなく、対話と交渉を持って接するしかないが、状況はリンディが圧倒的に不利だとしか言いようがない。
「――っ!!」
結局、リンディは考えをまとめきれないまま最深部に到着した。
だが、そこはやはり提督と言う地位にある彼女だ。気持ちを切り替え、D.S.たちとの交渉に臨む。
そんなリンディを出迎えたのは、D.S.たちと傷を負ったプレシアだった。
周囲の状況を確認し、すべてが終わった後だとリンディは悟ると、周囲への交渉や遠回しな言い方をやめ、プレシアに向かって直接用件を伝えることにした。
D.S.に話を通したとしても話が進むとは思えない。それなら、プレシアに直接管理局に出頭することを応じさせようと考えたのだ。
D.S.たちにやられたのだとしたら、すでにプレシアも多勢に無勢だと言うことは分かっているはず。
それならば、自分の身を守るために、大人しく管理局に出頭する可能性もあるとリンディは考えた。
「時空管理局です! プレシア・テスタロッサ、あなたを時空管理法違反で逮捕します」
次元を超えし魔人 第13話『小さな幸せ』(無印/終)
作者 193
「……断るわ」
「あなた、分かっているの――」
「あの、ちょっといい?」
真っ向から拒否してきたプレシアに、少なからず動揺するリンディ。
このままじゃ結果的に彼らに殺されるかも知れない――
よくてもメタ=リカーナで処罰を受けることになる――
と言葉を紡ごうとして、リンディは言葉を飲み込んだ。
二人の間にアリサが入ってきたからだ。
「何かしら……お嬢さん?」
「彼女が何か犯罪行為をしたような言い方だけど、何をしたのか聞いてもいい?」
「それは……」
何をアリサが考えているかは分からないが、確かに罪状を読み上げない訳にはいかないとリンディは仕方なく頷く。
それに読み上げられれば、プレシアも覚悟を決めるかも知れないと言う思惑もあった。
「先日の海上での次元跳躍魔法による管理外世界での危険魔法使用の疑い、並びにロストロギアの不法所持の嫌疑がかかってるわ。
あと、もう一つ付け加えるなら、あなたたちを誘拐した拉致誘拐の現行犯と言ったところかしら?」
「ふ〜ん」
リンディは正直、目の前のアリサを見てやり難い相手だと感じていた。
今も恐らくその罪状に関して考えを巡らせているのだろうとリンディは考えた。
しかし、子供に論破されるような自分ではないと言う自信がリンディにはあった。
「危険魔法使用って言うけど、被害者であるはずのルーシェは何も被害届けなんて出してないわよ?」
「それは……いえ、そもそも管理外世界で魔法を使用することが問題であって――」
「それなら、管理局の執務官も使ってるところをわたしは見たけど? そう言えばなのはも使ってるわよね?
魔法って言うならルーシェはもちろん、メタリオンのみんなも当然、管理法に当てはめると違反ってことになるけど?」
「それは違うわ……クロノは執務官だし、それにあなたたちの世界の魔導師は――」
「それに嫌疑ってことは、プレシアがあの魔法を使ったと言う確証はないんでしょ?」
アリサの言葉に「そんなのは詭弁だ」そう思うリンディだったが、管理法に照らし合わせてみれば、なのはたちも保護しなくてはいけなくなる。
管理法では“一定ランク以上の高位魔導師”の管理外世界での居住を認めておらず、そんな話をすれば地球の魔導師はリンディの知りうる限り全員がその管理法違反に抵触することになる。
しかし、そんなことを彼らが認めるとはリンディにはとても思えなかった。
地球側と同じく、出来るだけ争いにならない方向に話を持って行きたいのはリンディも同じだ。
そのために地球の“管理世界指定”の進言まで上層部にしたと言うのに、そんなことで対立することになったら目も当てられないとリンディは思った。
「そうね……確かにそれは認めるわ、でもロストロギアの件は明白な事実よ」
「ロストロギアね。それなら、ほらルーシェが……」
アリサが指をさした先では、D.S.があれからずっと隠し持っていた“例の一個”のジュエルシードと合わせて、合計七個のジュエルシードを見せびらかすように宙に浮かべて遊んでいた。
カイとシーンはその楽しそうなD.S.を見て思う。「絶対にリンディをからかって楽しんでいるな」と――
D.S.たちは管理局が乗り込んでくることは予想していたので、全員がグルになって口裏を合わせていたのだ。
――ジュエルシードを所持しているのはD.S.で、プレシアはそもそもジュエルシードなど持っていない。
――海上での襲撃の件はD.S.が被害届けを出しているわけでもないので、お門違いもいいところだ。
それに地球で魔法がダメと言うなら、それこそメタリオンの魔導師全員を敵に回す気で“どうぞ”と言う思惑があった。
当然、そんな無茶を管理局がおいそれと出来ないことはアリサたちも理解している。
最初から武力介入をするつもりなら、遠回しに交渉の機会など設けてこないだろうと理解していたからだ。
リンディはそれですべてを悟った。
すでにプレシアも彼らに懐柔されており、ここは文字通り敵地で“侵入者”は自分だけなのだと――
「でも、あなたたちは彼女に攫われて――っ!!」
「え? わたしたち、友達の家に遊びにきただけなんだけど?」
「そんな屁理屈――」
「ね? みんな――そうよね?」
全員が各々にそれを肯定する。D.S.たちもバニングス家の使用人たちも、すべてが口裏を合わせてそれを肯定していた。
リンディは頭を抱え、近くのテーブルに手をつく。
正直、こんなのはすべて屁理屈もいいところだが、それらをすべて否定する要素も自分たちにないことをリンディは理解していた。
ジュエルシードに関してもD.S.が所持してる物と言われれば、リンディには手の出しようがない。
まだアレは地球との交渉の真っ最中、所有権に関して処遇が決まっていないものだ。
しかも、D.S.と全面的に争う気がないリンディにとって、それはなんとかしたくても手の出しようがない状況と言えた。
誘拐に関しても当人たちに否定されれば、それを罪としてプレシアに問うことは難しい。
「まだ、プレシアを捕まえたいと言うなら、こっちもパパに言って色々と抗議してもらうつもりだから」
「……パパ?」
ずっと気になっていたリンディだったが、そう言えば「この子は誰?」と言った顔をしていた。
リンディが目を通した捜査資料には、まったくアリサのことは上がってきていなかったからだ。
だが、管理局の捜査資料は魔法に関わる事件、魔導師関連の捜査資料がほとんどなので、魔力を持たない一般人だから捜査申告に漏れがあったのかとリンディは考えた。
しかし、アリサの言う“パパ”がリンディにはすごく気になった。
最近にも一度、同じように交渉の場でやり込められた記憶があったからだ。
そして周囲の使用人の少女への態度、プレシアが訪れた“バニングス家”と言うキーワードから、リンディは唐突に目の前の少女が何者かを理解した。
「まさか……あなた」
「はじめまして――バニングス家が嫡子、アリサ・バニングスよ」
リンディは悟った。バニングスは油断ならない相手だと――
親子二代に渡って、もっとも自分が得意とする“交渉”と言う場で“嵌められた”のだと理解したからだった。
「上手くいったわね」
「アリサちゃん、凄かったよ」
すずかに褒められ「そう?」とちょっと満更でもないアリサ。実はアリサが交渉することになったのにも理由があった。
最初はこう言うことに場慣れしたシーンがやるべきだと言う話がでたのだが、そのシーンがアリサを指名したのだ。
その理由は“バニングス”と言うファミリーネームにあった。
どれだけ上手く相手を言いくるめることが出来たとしても、それを相手が納得しなければ意味がない。
プレシアの確保に躍起になっている管理局が、言葉でやり込められたと言って素直に応じるかは怪しいとシーンは考えた。
そこで“バニングス”と言うファミリーネームを使うことにしたのだ。
現在、管理局と政府の窓口になり直接交渉を行なっているバニングス家は、アリサが自分で思っている以上に発言力が強い。
デビットの活躍で、管理局だけでなく、メタ=リカーナ、日本と、主だった国と組織がその存在を軽視出来なくなっているのだ。
それに世界的な複合企業体ってあるバニングスは、日本だけでなく米国や、その他の先進国にも多大な影響力を持つ。
少なからず“バニングス”と言う名前を出されれば、子供であろうと管理局が軽視することは出来ないだろうとシーンは考え、アリサにこの役を命じたのだった。
「でも、本当よくやったわ! 将来は楽しみね」
「ちょっと、シーンやめてよ……」
シーンに頭を撫でられて顔を赤くするアリサ。褒められるのは嬉しいのだが、アリサはシーンのことが苦手だった。
――と言うのも、先程は見事な手際だったアリサも、シーン相手ではいつも逆に丸め込まれているからだ。
D.S.を見つけると抱きしめる癖のあるシーンにそのことで抗議しても、気がついたら話が摩り替わっていることなど日常茶飯事だった。
そのことで食い下がっても「逆になんで怒っているのか?」と冷やかされる始末。
アリサが苦手意識を持つのも無理はない。
「アリサちゃん無事――ってどうなってんの!?」
「ダーシュっ!! ――母さん!?」
「うぅ……酷い目にあった」
なのはとフェイトが何かを背中に担いで空から、それに気持ち悪そうにアムラエルが徒歩で合流する。
アムラエルはあれからずっとリンディの仕掛けたバインドと格闘していた。
あまりにアムラエルの抵抗が激しかったため、今頃はアースラの駆動炉もオーバーヒート寸前のことだろう。
ある意味、痛み分けと言ったところだろうか?
「って……その二人は?」
「やっぱり、あそこにあのまま放って置けなくって……」
なのはは何とも言えない顔でアリサのその質問に答えた。
アリサは合流したなのはとフェイト、二人がそれぞれ担いできたユーノとクロノを訝しむように見る。
先程まで元気のなかったアムラエルも、目を細めて特にユーノのことを気にしていた。
大体、何があったかを察していたからだ。しかし、心根が優しいなのはとフェイトの二人のことだ。
気絶したユーノとクロノをその場に捨ててくることが出来ないことは、アムラエルも予想はしていた。
「えっ!? こいつがユーノなの!?」
アリサは大声を上げて驚く。それはなのはがユーノの正体を知ったときを同じ反応だった。
顔を赤くしプルプルと拳を震わせるアリサ。その横ですずかは顔を赤くして黙り込んでしまっている。
二人は幸い、なのはのように一緒に生活をしていた訳ではないので、着替えを見られたと言うことはなかったが、それでも女の子の立場からすれば気分のよい話ではなかった。
事実、温泉の時はアムラエルの配慮で未遂に終わっていたとは言え、一緒に入っていたらと思うと目も当てられない。
以前気絶したときは小動物になったと言うのに、どうしてこんなときに限ってユーノは人間形体だと言うのか?
この間の悪さは、もうお約束と言う意外にないだろう。
「やっぱり、見捨ててくるべきだったんじゃない?
いや、ここでトドメを刺しても遅くはないか……」
「アリサちゃん……」
なのははアリサの不遜な一言に苦笑いを浮かべる。
気持ちは分からなくないが、せっかく助けたのにここで処刑されては、なのはも後味が悪い。
とりあえずユーノのことは保留にすると言うことで、なのははアリサを説得して渋々承諾して貰った。
結局、プレシアの罪に関しては曖昧になった。
と言うのも管理局(リンディ)、地球側(デビット、シーラ)ともにD.S.と争う気がなかったからだ。
地球で裁かれなかったのには、アキューズドの洗礼をプレシアが受けていたことも大きな要因だった。
カイとシーンは以前にその魔法をD.S.が使っているところを見ていたことがあるので、そのことをデビットとシーラにも説明した。
その魔法の呪いの効果を聞いたデビットとシーラも、さすがにプレシアに同情したのか、それならば危険性はないだろうと言うことで罪の追求を止めたのだ。
もう、「十分すぎるほどD.S.に罰を受けている」と二人は締め括った。
「ふにゃあ……すごく緊張したよ……」
「でも、王女さま綺麗だった」
「わたしも……あのくらい胸が欲しいわ」
「ア、アリサちゃん、わたしたちは、まだこれからだよっ!」
なのは、フェイト、アリサ、すずかの四人の少女は、今回の件でシーラがお礼を言いたいと言い出し、メタ=リカーナに客人として招かれていた。
四人とも本物の城を見るのも入るのも初めてだったので、実はかなり緊張していた。
謁見の間でシーラと言葉を交わしていたときは「にゃのはでしゅ!」となのはが自分の自己紹介で舌を噛んだくらいだ。
シーラはそんな少女たちを見て微笑ましそうに笑っていたが――
「そう言えば、ルーシェくんとアムちゃんは?」
一緒に来たはずなのに――となのはは言う。
少女たちは誰も、城に着いてから二人を見かけていなかった。
不思議そうに首を傾げるのは、フェイトとすずかも一緒だ。
ただ、アリサだけが何か知っているのか、そんな三人の様子を見て楽しんでいた。
「大丈夫よ。王女さまと旧知の仲らしくて、話があるんだって」
「ふぇ……ルーシェくんとアムちゃんって王女さまと知り合いだったの?」
アリサの話に驚くなのは、それは他の二人も一緒だ。
大魔導王D.S.(ダーク・シュナイダー)――
四百年の時を生き、無限なる魔力と不死身の身体を持ち、かつては世界をその支配下に治めようと“魔操兵戦争”を引き起こし、全人類と敵対した最強最悪の大魔法使い。
アリサはその話を“時の庭園”から帰った後、カイとシーンからD.S.の昔話として聞いていた。
四百年生きているとか、不死身だとか、世界征服を実際にやってたとか――
だけどD.S.なら――と自然とその話をアリサは受け入れていた。
以前なら荒唐無稽な話とアリサも笑っていたかも知れない。
でも、あれから色々なことがあって、それが真実だと思えるようなこともあって、カイとシーンの二人が本当に愛しそうにD.S.のことを話しているのを見せられ、アリサは唐突に理解したのだ。
人類の敵だったと話をしている割に、恨みとか怒りとかではなく、本当に楽しそうに愛しそうに話す二人にアリサは嫉妬したからだった。
自分の知らないD.S.をこの二人はたくさん知ってるのだと――
それは、王女であるシーラも同じだろう。
シーンが一国の王女さまを例えて「シーラさまが一番D.S.にベタ惚れなの」と話していたのをアリサは思い出す。
そして、悪い魔法使いだと語り継がれているD.S.が、これだけたくさんの人に愛されている不思議さに――
二人の話を聞いたアリサは驚き、そして笑っていた。
――とことん変なヤツだ。
と、そしてみんな“悪の魔法使い”に魅了され、捕まってるのだと理解した。
「ねえ、みんな――ルーシェのこと、好き?」
「ふぇ……ルーシェくんは色々と“意地悪”するけど優しいし、好きかな?」
「わたしは……ダーシュが好き。ダーシュは大切な“絆”をくれたから」
「えっと……好きだと思う。助けてもらったと言うのもあるけど、やっぱりルーシェくんは“良い人”だと思うから」
アリサの質問に照れながらも答える、なのは、フェイト、すずかの三人。
その三人の反応を見てアリサは思う。やっぱり「いつの間にかみんな捕まってる」と――
だから、なのかも知れない。
自然と恋敵(ライバル)たちに、不公平がないようにと――
「ねえ、みんな――ルーシェの昔話聞きたくない?」
そんな話を持ち掛けたのは――
少女たちの“はじめて”のパジャマパーティは、メタ=リカーナ城の豪華な客室で――
D.S.の昔話を“肴”に盛り上がっていた。
「シーラさま随分と嬉しそうですね〜?」
「あら、シーン。そう見えますか?」
D.S.たちの付き添いでメタ=リカーナに戻っていたシーンは、今のシーラを見てそう表現した。
今頃、地球に残ったカイは、シーンが不在のため絶え間なくやってくる執務に追われていることだろう。
だと言うのに、こちらの王女さまはピンク色のオーラをだして鼻歌まで歌っているのだから、シーンが皮肉を言うのも無理はない。
だが、久し振りに直接D.S.に会えたのだ。それも無理はないかとシーンも思っていた。
「それで、D.S.と何を話したんですか?」
「ダメ、相手がシーンでも内緒ですっ!
これはD.S.とわたしだけの“秘密”なのですから!!」
そう言うシーラにシーンはちょっと嫉妬した。
しかし、地球に戻ってしまえば自分はいつでもD.S.に会えるが、シーラはそうでないと言うことをシーンは知っている。
シーラには王女としての立場があるし、気軽に地球に遊びに来るなどと言うことは難しい。
それもあって、シーンもここにいる間はと我慢していた。
それでなくても、D.S.の女関係で嫉妬をしていたら身が持たないことをシーンは理解している。
――かと言って女心は複雑だ。ヤキモチは、やはり妬きたくなるのだから仕方ない。
「それと“あの子”たち、実際に会って見てD.S.が気にする理由が分かりました。
本当に良い子たちですね……」
「ええ、でも……D.S.にはネイさまと言う前科がありますしね。
おそらくあの中で何人かは……いえ、全員手遅れかも知れないです」
「フフ、でもD.S.らしいです。それに彼の“魅力”ならそれも当然かも知れませんよ?」
それにはシーンも同意だった。
王女と家臣と言う立場ではなく、D.S.に恋する乙女として、友人のように恋敵のようにD.S.の話に花を咲かせる二人。
こうしてメタ=リカーナの夜は更けていった。
翌日、フェイトは一人でメタ=リカーナにあるプレシアの家を訪ねてきていた。
あの事件の後、プレシアは身体の療養のためにと、シーラの計らいでメタ=リカーナに移り住むことになったからだ。
プレシアの身体に巣食っていた病魔は、彼女の身体を蝕み、内臓などの器官も破壊していた。
プレシアもミッドチルダの医療技術ですら助からないと、自分で思っていたのだ。
しかし、メタ=リカーナの魔導師の技術には、その施術を受けたプレシア自身も驚いた。
再生蟲と言う蟲を使い、それを体内に寄生させることで損傷した各部を治療してしまうなど、長い間、魔法の研究に携わってきたプレシアでもまったく想像もしなかった方法だった。
再生蟲は宿主が死なないように、身体に害となる悪性の腫瘍も食べつくし、そして臓器など各部をもっとも健康な状態に戻す。
この再生蟲を使った再生治療は、今のメタ=リカーナでは常識の物となっていた。
問題は一流の魔導師にしかその施術を行なうことが出来ないため、地球では受けられないと言うことだが、高い治療費を払ってでもとメタ=リカーナを頼って訪れる地球人も多い。
ウイルス性の病気などは治療することが出来ないが、内臓器官など身体の損傷からくる病気や怪我は完全に治療することが出来るとあって、その評判は良好だった。
しかし、プレシアが一番驚いたのは、治療後の自分の身体の状態だった。
プレシアの再生蟲による治療はD.S.が行なったのだが、施術前に「サービスだ」とD.S.が言っていた言葉の意味を、プレシアは治療の終わった自分の身体を見て理解した。
年の頃は二十代半ばと言ったところか? アリシアを産んだ当事くらいの年齢に若返っていたのだ。
どうやったのかと思いD.S.に聞いたプレシアだったが、返ってきた答えは「ハンサムに不可能はない」とたったそれだけのことだった。
ここまで次々と非常識な光景を見せられれば、プレシアも少々のことで驚かなくなっていた。
正直、D.S.と出会っていなかったら自分は「どんな結末を迎えることになっていたのか?」とプレシアは思う。
「母さん……」
「フェイト……」
フェイトはプレシアにどうしても伝えたいことがあった。
あれから色々とあり、思うように言葉を伝える機会がなかったフェイトだったが、メタ=リカーナに行く機会があると言うことで勇気を振り絞ってプレシアに会うことにしたのだ。
たとえ否定されたとしても、これだけはプレシアに聞いて欲しいと言う思いが、フェイトの中にはあった。
「わたしが母さんの本当の娘じゃないとしても……
やっぱり、母さんがわたしを創ってくれたことに変わりはない」
生まれて来なければよかったなどフェイトには思えなかった。
でなければ、なのはとも、アリサとも、すずかとも、アムラエルとも友達になれなかった。
そして、D.S.と家族になることは出来なかったとフェイトは思う。
だから――
「だから、一言言わせて下さい」
だから、自分をこの世界に生んでくれた、たったひとりの「母さん」に伝えたかったのだろう。
「わたしを生んでくれて――ありがとう」
プレシアはそのフェイトの告白を聞いて、しばらくは無言だった。
そんなフェイトを見て、プレシアは思う。
――アリシアの偽者だ。
――人形だ。
と思っていた少女がいつの間にか自分でその呪縛を解き、堂々とした出で立ちで目の前に立っている。
そして、罵詈雑言くらいは覚悟していたと言うのに、その口から出た言葉は感謝の言葉だった。
――あれほど嫌っていたと言うのに、現金なものだ。
とプレシアは思う。
「母さん、誰か来てるの?」
そう言って、扉を開け二人のいる居間へと入ってくる少女。
その少女は、不思議そうにフェイトを見る。
それも無理もないだろう。自分と瓜二つの女の子が目の前に立っているのだから――
だが、次の瞬間、その少女の表情が明るく花開いた。
「フェイト――っ!!」
「……アリシア?」
フェイトに抱きつくアリシア。本当に愛しそうにフェイトを抱きしめる。
少しフェイトよりも小柄なその身体で、フェイトの匂いを温もりを確かめるように、アリシアは抱きしめるその手にギュッと力を込めた。
「ダメだよ? アリシアじゃないよ。わたしはフェイトの“お姉さん”なんだから」
「……姉さん?」
「うん……フェイト、ごめんね。ダメなお姉さんでごめんね……」
アリシアはすべてを知っていた。だからフェイトのために涙を流し謝罪する。
見ていることしか出来なかった自分に、母を狂気に追いやった自分の過去に――
何一つ、大切な妹にしてあげることが出来なかった自分の無力さに――
「フェイト、ここで一緒に暮らそう? みんな、家族一緒に――
わたしっ、フェイトと――」
「……ありがとう、姉さん」
アリシアのその一言が、フェイトは嬉しかった。
自分のことを妹だと言ってくれるアリシアの言葉で、今のフェイトには十分だったのだろう。
何も言葉を返してくれないプレシアを見て、少し悲しかったフェイトだったが、今はそれだけで満足できた。
「でも、わたしを待ってくれてる人がいるんだ。
だから、その人たちのところに帰りたいと思う」
「フェイト……」
「ありがとう、姉さん。――母さんと幸せに」
そう言ってアリシアに別れを告げ、立ち去ろうとフェイトは扉に手をかけた。
プレシアは何も言ってくれなかったが、それでも今はそれでいいのだとフェイトは思った。
プレシアが幸せで、アリシアが無事なら、それが一番なのだとそう自分に言い聞かせて――
「――フェイト」
だが、そんなフェイトを呼び止めたのはプレシアの一言だった。
「いつでも、遊びに来なさい。ここは、あなたの家でもあるのだから――」
それがプレシアが今、フェイトにかけてやれる精一杯の言葉だった。
フェイトは思う。
ずっと、優しいと思っていた母さん――
たしかに、あの優しさは自分に向けられたものじゃない。あの記憶はアリシアからの借り物なのかも知れない。
だけど、今プレシアがかけてくれた言葉は、アリシアからの借り物でもなんでもない。
たった一つ、フェイトのためだけに贈られた言葉。
フェイトにとってプレシアは、それでも“優しい母親”だったのだろう。
「はい、また来ます」
フェイトは笑顔でそう答える。
すぐには無理でも、いつか夢で見た花畑のように――
きっと三人で笑い会える。
その日が来ることを願って――
「D.S.そろそろ帰るよ?」
「…………」
「まだ、気にしてたの?」
アムラエルに「帰る」と言われても、D.S.は「ああ……」と無気力に返事をする。
そのD.S.の手には輝きを失ったジュエルシードが七つ握られていた。
それは、ほぼ“黙認”と言うことで今回の報酬としてD.S.が所有することを認められたジュエルシードだ。
どの道、D.S.からジュエルシードを取り上げることは難しいので、その七つの所有権に関しての責任を、シーラはD.S.に丸投げしたのだ。
「まあ……いいじゃない? それでアリシアも助かって、フェイトも喜んでるんだし」
D.S.はそのジュエルシードを七つ使い、それを媒介として自身の持つ七つのジューダスペインに取り込み魔力を補う。
その結果、元の姿に戻ろうと考えたのだ。
だが結果は――今の状況が物語っていた。
「“輸魂の秘法”か……本当に死者を蘇らせるなんて、やっぱりD.S.は凄いね」
輸魂の秘法――対象に術者の魂の一部を分け与え、命を蘇らせる死者蘇生の秘術。
だが、それも万能ではない。死者の魂は時間が経てば、現界から死後の世界へと旅立ち、そうなってしまえば復活が難しくなる。
霊魂をその世界からチャンネルを開き呼び寄せると言うことは、天国や地獄との道を作ると言うことと同義だからだ。
いくらD.S.でも、たった一人でたいした媒介もなしに天国と地獄を繋げるようなことは出来ない。
以前にメタリオンが天国と繋がったのも、復活した破壊神を含む邪神群の受肉と、大量に死んでいった人々の霊魂と言う生贄があったからこそ、世界が繋がったのだ。
一時的にとは言え、世界のチャンネルを開くことは今のD.S.では無理だ。
それ故に、二十六年も経っている今、アリシアを生き返らせることは難しいと思われた。
しかし、D.S.はフェイトと以前にキスをしたときにあることに気付いていた。
フェイトの魂に惹かれ、別の魂の欠片がフェイトの魂に混ざっていることに――
本当にすぐにでも消えそうな魂の力ではあったが、アリシアのことを知ったD.S.はすぐに気がついた。
アリシアの魂はまだ、死後の世界に旅立っていないと――
D.S.の予測どおり、フェイトの魂に惹かれた魂の欠片はアリシアのものだった。
アリシアの身体を見たD.S.は、その魂がまだアリシアの身体の周りを飛び交っていることに気付き、それを一時的に自身に取り込むことでアリシアに輸魂の秘法を用いたのだ。
だが、以前に輸魂の秘法を用いたときは、二年もの“ヨミの眠り”をD.S.は経験したと言う経緯がある。
それほど膨大な魔力を、その秘術は使用するのだ。
――エナジードレインの逆転、それを用いた術者は大きくその能力を低下することになる。
結果は言うまでもないだろう。
ジュエルシードにより魔力を一時的に取り戻したD.S.は確かに元の姿を取り戻した。
しかし、輸魂の秘法を用いた結果――
その補充した魔力をほとんど使い切ることになり、術の後遺症で元の九歳児の姿に戻ってしまったのだ。
同じことをしようにも、すでにD.S.の手元にあるジュエルシードは輝きを失い、魔力も何も持たないただの石。
身体を取り戻したら、更なる“ピー”なことや“ピピー”なことをしようと考えていたD.S.の“邪な野望”はそれでもろくも崩れ去った。
「ちっ、くそ! こうなりゃ、シーラが持ってる残りのジュエルシードを――っ!!」
「それしたら、多分……アリサに殺されるよ? それでもいいなら止めないけど」
結局、D.S.の“野望”は夢と消えた。
「まあ、今のところ、それが妥当なところでしょう」
「どうなることかと思ったが、あのギル・グレアムと言う提督は意外と話の通じる男で助かりましたよ」
シーラに無事に交渉が終わったことを報告するデビット。
管理局の交渉役としてデビットの前に姿を見せたのはグレアムだった。
グレアムは先日の要望書のことを頭を下げてデビットに謝罪し、その真摯な態度にデビットも以前のことは水に流し交渉をすることを約束した。
その結果、暫定とは言え、管理局と取り交わされた内容は――
管理局と正式な雇用契約を結び、地球側の対魔法事件対策の一環として、滞在権を認めること――
他次元世界へ干渉する重要事件を除き、預かりは第97管理外世界の管轄内とすること――
重要事件に関わる次元犯罪者の引渡しに関しては両者協議の上、その罪状から認否を決め、管理局への引渡しも検討すること――
管理局を“組織”として捕らえ、契約と言う形で地球での活動の一部を認めることにしたのだ。
そうすれば、契約と雇用と言う形で、管理局の部隊の維持費にも当てられる。
その代わり、一時的に預かりは管理局ではなく、雇用主である日本政府及び国際連合と言うことになる。
メタ=リカーナに依頼しているとは言え、地球は魔導師犯罪や魔法事件に当たる魔導師が不足しているのは明確な事実。
それならば、管理局と雇用契約を結ぶことで、治安維持に当てさせようと考えたのだ。
もちろん、管理法で重大と見なされるものに関しては管理局との協議の上、管理局預かりとすることも有り得るが、基本的には現地の法律で捌かれ、管理局ではその犯罪に関し書類のみの簡易預かりとなる。
実は次元犯罪者の増加により、管理局の収容所もすでに収容人数を大幅に超えているという現状があった。
そのため、重要な犯罪事件以外は出来れば管理局で引き取りたくないと言う思いもあったのだろう。
管理局内部では「次元世界の“管理者”として、もっと明確な立場を示すべきだ」と言う強い意見を出すものも少なくなかったが、犯罪者を収容するための場所、それに掛かる人材と金、これらの問題はそんな理想や想いだけではどうすることも出来ない現実がある。
管理外世界は、ロストロギアや次元犯罪に対して有効な手段を持っていないと思われているので、こうした側面も管理局の対応としてはある意味正しいのであろう。
だが、先日の地球の魔導師による“ジュエルシードの封印”や、管理外世界とは思えない現地の“高ランク魔導師”の存在を管理局は確認している。
それらのこともあり、特例と言う形で、これらの条件はグレアムの進言もあって成立した。
結果的に地球を管理世界としてではなく、管理外世界特例区と言う形で管理局内部では一時決着を見ることになった。
管理局としてもメタ=リカーナの保有する魔法に興味を示したことと、この世界の資質が高い魔導師の管理局への勧誘など、友好的に付き合うことで、あわよくば自分たちに取り込みたいと言う思惑もあったのだろう。
このことにより地球は――
これらの条件を約定し、管理局の地球での一定の活動を認める代わりに、ジュエルシード事件に関する事実上の黙認を管理局に認めさせたことになる。
「まあ、なんにしてもこれからですよ――我々と管理局との関係も」
一時的に決着を見たとは言え、デビットは安心はしていなかった。
また、今回のようなケースが起こった時にこそ、地球と管理局のちゃんとした関係が見えてくると考えていたからだ。
以前の要望書のような、一食触発の事態にならないことをデビットは祈るばかりだった。
それから数週間後――
アリサたちは明らかに戸惑いを見せていた。
引越しの挨拶と言うことでバニングスの屋敷に訪れた面々を見て、その表情が驚きへと変わる。
「このたび、地球に引っ越してきました――リンディ・ハラオウンです」
「エイミィ・リミエッタですっ!」
「……クロノ・ハラオウンです」
「……ユーノ・スクライアです」
あれからクロノとユーノは簡単な治療を済ませ、管理局に引き渡された。
本人たちは、なのはとフェイトにやられたことが相当にこたえたらしく、別れ際にユーノが思い詰めた顔で「ごめん……」とだけ言っていたのを、なのはは思い出していた。
「テストケースとして、この世界に馴染みの深い“わたしたち”アースラのスタッフが派遣されました。
これから、よろしくお願いしますね」
実はこれ、事実上の左遷だった。
先日の時の庭園への突入に関しても、何一つ明確な証拠を挙げられなかったばかりか、逆に不法侵入、民間人への魔法攻撃などの危険行為などを問われたのだ。
プレシアの罪は事実上無効、そうなるとフェイトの罪状も管理局は問うことが出来ない。
クロノとユーノが、なのはとフェイトに攻撃を仕掛けた“大義名分”がなくなるのだ。
しかも、ただ“友達”としてプレシアのところに”遊び”にきてたアムラエルに武装局員全員で攻撃しましたなど、こんなことが浮き彫りになれば管理局の権威の失墜になりかねない。
誤認でしたでは済まない過ちとして、本来なら降格処分、管理法違反で捌かれるはずだったのを、今回は当事者が管理局を訴えないと言う姿勢を取ったこともあり、恩情と言う形で地球への“無期限派遣”と言う処分に済まされた。
リンディはこの決定に意義を唱えることが出来なかった。自分たちが不利だと悟ったからだ。
クロノも執務官として「アースラに同乗しながら、そうした事態を招いた」と言うことで、地球勤務を命じられていた。
「ユーノくんは……なんで?」
なのはの疑問はもっともだ。ユーノはアースラに協力していたとは言え民間人だ。
ここにいる理由にはならない。
「ぼくも……あれから色々と考えて、なのはに言われたことも考えて……
だから、少しでも自分の過ちを“償おう”と、そう思ってここにきたんだ」
なんであんなに、なのはが怒っていたのかを、ユーノはあれからずっと考えていた。
管理世界のために管理局に協力することが、結果的に地球のためにも、なのはたちのためにもなるとユーノは思っていた。
だけど、なのはは怒った。そのときになのはに言われた言葉をユーノは思い出し、よく考えて一つの結論に辿り着いた。
「ぼくは……みんなのためだと言いながら、結局全部自分のためで……
ジュエルシードのこともそうだ。それで、なのはを巻き込んで」
発掘の責任者としてジュエルシードを集めたいと言いながら、自分がどれだけたくさんの人に頼っていたかをユーノは今更ながらに悟った。
そして、その人たちがどれだけ自分に優しくしてくれていたかと言うことを――
彼女たちの優しさに甘え、どれだけ助けられていたかと言うことを――
「ぼくは最低だっ! 結局、最後はみんなの気持ちを裏切って――
フェイトを――仲間を売るような真似をしてっ!!」
声を荒げるユーノ。涙をぼろぼろとこぼしながら、みんなに気持ちをぶちまける。
絶対に許されないとユーノは思っていた。だから、責めて欲しかったのかも知れない。
罪の意識に耐え切れなかったから――
そんなユーノに、なのはは近づき真っ直ぐに向き合うと――
――パンッ!!
「――!!」
なのはの放った平手がユーノの頬を打った。
そんな二人のやり取りを、アリサもすずかも、アムラエルたちもみんな黙って見守る。
ここでユーノが何を言われようが、例え殺されても仕方ないと思っていたからだ。
ユーノを連れて来たアースラの面々は、冷や冷やとしながら状況を見守っていたが――
だが、なのはは次の瞬間、先程までとは一転し、そんなユーノに明るい笑顔を向けた。
「これで、おしまい。わたしも前にユーノくんにやり過ぎちゃったしね」
突然のことに驚き呆けているユーノに、なのはは手を差し出す。
「だから、仲直りしよ。みんな、きっと許してくれるよ」
「――――!?」
なのはの手を取り、膝をついてユーノは泣いていた。「ごめん、ごめんなさい」と言いながら大きな涙を流して――
そんなユーノを見て、毒気を抜かれたのか「なのはが許すって言うなら仕方ないわね」とアリサも溜息をもらす。
そのアリサを見て「素直じゃないね」とすずかは微笑む。
フェイトは「気にしてないから元気を出して」と泣いているユーノを励まし、アルフは「フェイトが許すってなら」と呆れの混じった苦笑をもらす。
後ろで様子を伺っていたアムラエルや、そんな光景を微笑ましそうに見ていたカイとシーンも――
さっきまでユーノと一緒に落ち込んでいたクロノも――
そして、胸を押さえ「ほっ」と息をするリンディとエイミィも――
「フェイト――っ! 遊びにきたよっ!!」
「姉さん――それに母さんもっ」
フェイトが突然やってきたアリシアとプレシアに驚きながらも、笑顔で二人を迎える。
「ん? 今日は賑やかだな? おおっ!! わたしの少女(幼女)たちがいっぱい!!」
「アリサ・バーニングキ――ック!!」
帰ってきて早々、バカな発言をしてアリサに折檻を食らうデビットも――
「あ……ちょっとダメ……そこは、ああんっ!!」
「クックックッ! 結構いいもん持ってんじゃねーか」
「オマエもかぁぁぁ――っ!!!」
ドサクサに紛れてリンディの胸を揉み解していたD.S.も、アリサにお馴染みの“教育”を受ける。
でも、みんな――
本当に“嬉しそう”に“楽しそう”に笑っていた。
こんな楽しい日々がずっと続けばいい――そう思わせる“日常”。
「――フェイトちゃん」
「なに? なのは?」
「フェイトちゃんの“幸せ”見つかったかな?」
そう言うなのはに答える言葉は、ファイトには“ひとつ”しかなかった。
「うん、見つかったよ。それは――」
中央メタリオン北東部、メタ=リカーナから更に北へと進んだ場所――
旧ア=イアン=メイデ王国があった場所の遥か上空に、雲に身を隠すように巨大な一隻の船が浮かんでいた。
KCG――キング・クリムゾン・グローリー。
かつて、邪神群、そして天使の襲撃により落とされたその船は、以前よりも僅かに姿を変えメタリオンの空を徘徊していた。
「テスト飛行良好じゃわい」
「うむ、まだ全体の27%と言ったところだが、思いのほか早く完成したの」
そのKCGまたは“箱舟”と呼ばれる船の中、老人たちが嬉々とした声を上げていた。
かつてエウロペアの十賢者と呼ばれ、『法の調停者』として世界を裏から操ってきたとされる老人たち――
旧世界の時代からずっと生き続け、もっとも神に近い人と畏怖された存在の彼らも、新しい世界との邂逅や、次元断層の発生、それに伴う大陸の分断などの事体は予測していなかったと言える。
だが、それでもさすがは賢者とまで言われ、恐るべき科学力と知性を持つ老人たちだ。
あの状況でもしぶとく生き残り、こうして着実と自分たちの権威と力の回復を裏で画策していた。
「そういや、“ヤツ”もしぶとく生きてたようじゃの」
「まあ、このメタリオンを覆う結界が存在していることがヤツが生きている証拠じゃて――
生きてても不思議ではあるまい」
「そういや、ジイさん、メタリオンの外周を覆う結界の準備はできとるのか?」
「だれが、ジイさんじゃ! オマエこそジジイだろうが!!」
もう、誰が誰かなど分からない好き勝手な言い合いを続ける老人たち。
「構わん。今はヤツの好きにやらせておくがいい。
我々は時が来る“その日”まで、力を蓄えねばならん――」
老人たちのリーダー格と思しき老人が声を発すると、周囲の老人たちも騒ぐのを止め押し黙る。
平和な日常――
その裏で、様々な思惑と想いが交錯する。
地球の色を塗り替えた“ミッシング・ピース”。
その灰色の空は、彼らのそんな心と、先の見えない明日への不安を――
映しだしていたのかも知れない。
……TO BE CONTINUED