作者:193
2008/12/13(土) 08:19公開
ID:4Sv5khNiT3.
「外部からの解除は難しい……やはり中の人間を外に出さない為の結界か」
クロノはヴィータの張った封鎖領域の外から、その様子を窺っていた。
今も外部からエイミィたち通信班が封鎖領域への干渉を試みているが、自分たちが使用しているミッド式とは違う魔法式を前に苦戦を強いられていた。
先行して内部の様子を探りに来たクロノと武装局員たちも、その半球型の封鎖領域を前にして一時動きを止めていた。
迂闊に中に飛び込んですでに交戦中だった場合、巻き込まれる可能性もある。しかも、待ち伏せされていれば尚更危険度は増す。
そのために下調べをしていたクロノだったが、結界の外郭は意外と脆いと言うことが分かった。
そのことから、この結界は中の人間を外に出さない為の捕縛結界ではないかと考えていた。
内部のことを外から探れないのは封鎖領域の副次効果なのか、もしくは通信妨害を別に行っている魔導師がいるのかは分からないが、単独犯と安直に考えない方が良さそうだとクロノは表情を引き締めた。
「まずは非戦闘員、民間人の安全を確保することが優先だ。
敵との交戦は出来るだけ避けるように――艦長の指示通り偵察とデータ収集を急いでくれ」
武装局員に指示を出すクロノの表情は険しい。
これだけの大掛かりな結界を展開していると言うことは、すでに管理局ではないメタ=リカーナの魔導師と交戦しているのではないかと考えていた。
この街にいるメタ=リカーナの魔導師と言うと、真っ先にD.S.たちの顔が浮かんでくる。
だから、不安だったのかもしれない。その巨大な半球型の結界が、クロノには不吉な展開を告げる予兆に思えてならなかった。
次元を超えし魔人 第16話『落ちた天使』(AS編)
作者 193
ヴィータとザフィーラは怒り狂うアムラエルの攻撃に圧されていた。
盾の守護獣の異名を持つザフィーラの防御結界ですら、今のアムラエルの攻撃には二度三度と耐え切れない。
これは完全に二人にとっては誤算だった。
「このままでは――」
「クソッ! 逃げ切れねえっ!!」
スピードはアムラエルの方が上、その状況で魔力が消耗しているヴィータでは逃げ切ることも難しかった。
ザフィーラもそれが分かっているのだろう、苦い表情をする。
せめてヴィータだけでも逃がしたいと言う思いはあったが、実際には難しいと考えていた。
今は二人で相手をしているから、なんとかやられないまでも拮抗している。
しかし、これが一人になった場合、短時間と言えど抑えきれる自信がザフィーラにはなかった。
『――ザフィーラ、ヴィータちゃん』
「「シャマル!?」」
念話を送ってきた相手――
シャマルの声を聞いて、先ほどまでの絶望的な表情から僅かに二人の顔に光明が差す。
『そちらにシグナムが向かってるわ。おそらく逃げ切ることは難しい。
だから、なんとかして三人で彼女の動きを抑えて――
少しでも動きを封じることが出来れば、あとはわたしの方でやってみる』
シャマルの言葉に頷くヴィータとザフィーラ。
その話だけで、彼女との付き合いが長い二人は、おおよその作戦に検討がついた。
だが、そうこうしている間にもアムラエルの追撃は迫る。
「泣いても許さないって――言ったでしょ!!」
「だれが泣くかよ――っ!!」
残り僅かなカートリッジを使い、ヴィータはグラーフアイゼンをアムラエルに振りかぶった。
ヴィータの使っているグラーフアイゼンは、『カートリッジシステム』と言う特殊な機能を搭載している。
これは前もって用意した圧縮魔力を込めたカートリッジを使用することで、一時的に爆発的な魔力を得ることが出来る強力且つ危険な機能だ。
自身の魔力以上の力を操ると言うことは身体に掛かる負担も相当に大きくなる。
それに加え、その高魔力に耐え切れるだけのデバイス、その力に振り回されない力量が魔導師には要求される。
管理局でも、このシステムを採用していない魔導師が多いのはこうした理由からだ。
そしてもう一つ、アムラエルがヴィータに感じた違和感の正体がここにあった。
ミッド式とも違う、もう一つの魔法系統――
それがヴィータたち『騎士』と呼ばれる魔導師が使う『ベルカ式』と呼ばれる魔法式だ。
これはかつて管理世界をミッド式と二分した魔法系統の一つで、ベルカ王朝と呼ばれた時代、その騎士たちが使用していた近接特化型の魔法式だった。
主な特徴は近接戦闘に特化したアームドデバイスと、それに搭載されたカートリッジシステムにある。
先述でも述べたが、このカートリッジシステムは使用が難しい。
そうした意味でも、ベルカ王朝の崩壊と共にこの魔法式は衰退を余儀なくされていた。
今ではベルカ式を好んで使う魔導師も少なく、それを使用するのもベルカ所縁の遺失物や歴史を管理している『聖王教会』――
そこに所属する『騎士』と呼ばれる魔導師たちと、近接戦闘を好む一部の風変わりな魔導師くらいになっていた。
そんなベルカ式を何故ヴィータが使用しているのかは分からない。
だが、確実に使いこなしていることだけはアムラエルにも分かった。
「くっ――!!」
ヴィータの攻撃を両腕でガードして、後ろに仰け反るアムラエル。
だが、ギガントシュラークに比べれば威力は遥かに小さい。
やはりアレがヴィータの最大攻撃だったのだろうとアムラエルは悟った。
それでも油断は出来ない。相手は未知の敵――スペックで自分の方が圧倒していることはアムラエルにも分かっていたが、それで先ほども油断をして痛いダメージを食らってしまった。
そのことに関してはアムラエルも深く反省している。
以前からカイにも、天使や悪魔はその強大な力故に戦い方が単調すぎるとアムラエルは指摘を受けていた。
それが油断に繋がるのだと――それはアムラエルも素直に納得できる。
逆を言えば、それがあったから人間はあれほどの知恵をつけ、貪欲なまでに強くあろうと力を求め、腕を磨いてきたのだろう。
魔導師が神秘を追い求め、魔法を探求するように――
剣士が剣を極め、その技術を研ぎ澄ますように――
それは天使や悪魔には決してない人間の力と言っても過言ではない。
力で劣るヴィータとザフィーラが、アムラエルとここまで戦えているのにもこうした背景があった。
勝ち目はないまでも、やられない程度に時間を稼ぐことは出来る。
それは気の遠くなるほどの時間を、騎士として戦い続けてきた二人の経験からくる人の知恵と力だった。
「紫電一閃――っ!!」
「――!?」
アムラエル目掛けて刃が振り下ろされる。
突然現れた介入者に動揺するアムラエルだったが、その攻撃を咄嗟に展開した防御結界で防ぐ。
だが、音を立てて亀裂が走る防御結界。その亀裂から漏れ出すように炎が侵食していく。
「――炎っ!?」
相手の腹に蹴りを咄嗟に放ち、後退するように後ろへと飛ぶアムラエル。
目標を失った炎は空中に飛散し、近くのビルの窓ガラスを容易くその熱で溶解していく。
それを見たアムラエルは冷や汗を流していた。アムラエルなら死にはしないだろうが、当たれば間違いなく熱い。
焼けどくらいは覚悟しないといけないだろう。
「突然、何すんのよ!? 危ないじゃない!!」
「わたしの決め技を受け止めておいて、よく言ってくれる……
本来なら三対一などと言う卑怯な真似はしたくはないが、この身の未熟を悔やむばかりだな」
「何者? そこのロリッ子と青犬の仲間?」
「烈火の将――シグナム。悪いが貴様の力、貰い受けるっ!!」
乱入してきた介入者がその名をシグナムと名乗ると、それに追従するようにヴィータとザフィーラも構えを取った。
アムラエルの明らかな挑発に「ロリッ子じゃねえ!!」と激怒していたヴィータだったが、ザフィーラは「青犬」と呼ばれても冷静に構えていた。
シグナムは彼女たち四人の騎士の中でも、最強に位置する凄腕の剣士だ。
それでもアムラエルとはこれでやっと五分、まだ分が悪いとザフィーラは冷静に判断していた。
しかし、シャマルが警戒していた理由がこれで分かった――とアムラエルと対峙している三騎士は同じことを思っていた。
ヴィータとザフィーラ、それに仲間のシグナムとシャマルは闇の書に召喚された守護騎士だ。
彼女たちの目的は“闇の書を完成させる”こと――
そのために魔法資質を持つ者から魔力を集め、闇の書の頁をすべて埋めるために奔走していた。
しかしこの計画をはじめた当初、彼女たちの中で唯一人、シャマルだけが強引な手段や強硬策を否定したのだ。
彼女たちが闇の書を完成させるにはある理由がある。そしてその理由のために時間があまり残されていないのも事実だ。
それでもシャマルは、派手な行動を控え、潜伏して行動することを全員に忠告した。
理由はこの世界の不可解さにあった。
管理局が駐留している世界だと言う理由もあったが、一番の原因はこの世界のあり方だ。
闇の書と共に所有者が変わる度に転生を繰り返してきた彼女たちでさえ、この世界のような魔法と魔導師のような存在の話を聞いたことも見たこともない。
そのことが気になったシャマルは灰色に染まる異質な空を見て、ミッシング・ピース以降のこの世界の歴史や噂に過ぎない情報まで事細かに収集していた。
世界に横たわるように隣接するもう一つの世界『メタリオン』。
亜人、竜種など、管理世界でも珍しい様々な種族、生き物が共存する世界。
数百、数千とも呼ばれる独自の魔法が存在し、強力な魔導師は数千数万の兵士に匹敵すると言う。
そして――そんな超越した力を持つ者たちが居たにも関わらず、一度は人類滅亡の危機と言う、最悪の滅びを経験した世界。
すべての情報を信じたわけではない。だが、嘘と断言出来るだけの情報がなかった。
それにシャマルには嫌な予感があったのだろう。
(シグナムが加わって、ようやく互角……ううん、まだ分が悪いかしら?
でも、本当に規格外の子ね……悪い方で予感が当たってしまった)
三人の戦いの様子を観察しながら、シャマルはそんなことを思う。
シャマルはタイミングを計っていた。
アムラエルが動きを止め、シグナムたち三人に気を取られ油断が出来るその瞬間を狙い意識を集中する。
だがヴィータに攻撃を受けてからのアムラエルには、目立つ大きな隙がないのも事実だった。
相手を強敵と認めたからにはアムラエルに油断などない。
先ほどのシグナムの攻撃も、受けることよりも回避を優先したのはそうした理由からだ。
「長引けば……管理局の手が回る」
シャマルは焦っていた。時間をかければかけるほど自分たちが不利になることを予想していたからだ。
だが撤退しようにも、アムラエルを振り切ることは難しい。
最悪の場合、ヴィータとザフィーラを見捨てれば、シャマルたちは逃げ切れるだろうが、それでは意味がない。
ヴィータたちが仲間のことを漏らすとは思えないが、それ以上にシャマルとシグナムには仲間を見捨てることなど出来なかった。
そしてそれは今の闇の書の所有者――主の為でもある。
一人でも欠ければ、心優しい主が悲しむと言うことは彼女たちも理解していた。
本当ならこのような魔力の蒐集行為すら、彼女たちはしたくはなかったのかも知れない。
だが、彼女たちには主のことを思って尚、成し遂げなければいけない“理由”と“覚悟”があった。
「お願い……みんな、急いでっ」
悲痛な声を上げるシャマル。
それは「こんなところで終わるわけにはいかない」という彼女の焦りから出た言葉だった。
封鎖領域の内部に侵入したクロノたち管理局員は、戦闘を繰り広げるアムラエルと三騎士の様子を地上から窺っていた。
アムラエルの非常識な戦い方を見て、以前にアムラエルにやられた経験のあるアースラの武装局員たちは身を震え上がらせる。
その気持ちはクロノにもよく分かった。D.S.に敗れたときに自分が感じた恐怖と敗北感と同じものだと感じたからだ。
シグナムたち騎士も決して弱いわけではない。魔導師ランクで言えばニアSクラスの実力者だろう。
クロノでも一対一ならともかく三対一ともなれば、まず勝ち目などない。
にも関わらず、アムラエルはその三人と互角以上の戦いを繰り広げていた。
一応、援護するべきかと考えたクロノだったが、あの様子なら必要ないだろうと考える。
下手に介入して巻き込まれでもしたら、目も当てられないとすら考えていた。
「キミたち――」
「ア、アンタ、管理局の――」
アリサたちを見つけたクロノは、当初の目的通り彼女たちを保護しようとするが――
アリサはそんなクロノを見て、何かを思い出したように声を張り上げた。
「ルーシェとなのはにボコボコにやられた……えっとクロ助だっけ?」
「クロノだっ!!」
「アリサちゃん……可哀想だよ」
アリサのボケとすずかに同情され、クロノはつくづく思う。
二度も入院することになった経緯や、地球に左遷されたことといい、この世界の住人と関わって碌な目にあった事がないと――
だが、半分以上は自業自得なのだが、クロノからして見ればそれでも納得できる話ではなかった。
そもそも左遷されてからと言うもの、ずっと雑用のような仕事を押し付けられてばかり――
犯罪と言ってもまだ魔法文化に馴染みの薄いこの世界では、大きな魔法事件や魔導師犯罪など起きようはずもない。
今まで管理局の最前線で任務に当たって来たクロノからすれば、かなり物足りない任務の毎日だったと言える。
それでもユーノなどは、嘱託魔導師として働き出してからは海鳴市近郊のご近所トラブル解決と言った、管理局から見たら取るに足らない地元の公共機関がやるような仕事ばかりを率先して取り組んでいた。
それを近くで見ていたクロノも正直納得が行かなかったが、文句を言える立場ではない。渋々ではあったがユーノに協力して任務をこなす毎日を送っていた。
リンディは小さなことからコツコツと「平和だからこそ準備を怠らず予防策を講じることが大事だ」と常々言っていたが、そんな正論だけで納得出来るほどクロノは大人ではなかった。
だからこそ、今回の魔導師襲撃事件に関してクロノはかなり力を入れていた。
どこかで手柄を立てれば、まだ本局に戻れるかも知れないと思う甘い考えもあったのだろう。
今まで探っていたにも関わらず、まったく尻尾を見せなかった相手がこうして姿を現してくれたのだ。
出来れば、クロノも犯人を捕まえたいと言う気持ちはある。しかしリンディの考えが分からないほどクロノも無能ではない。
高ランク魔導師が三人、しかもまだ仲間がいる可能性も考慮すれば、今の戦力では身に余る相手だ。
しかも、アムラエルたちが介入している時点で、自分たちの出番はないと考えていた。
相手には悪いが、犯罪者如きがアムラエルに勝てるとは思えなかったからだ。
戦闘が終わってからでも、外側から交渉すればいいと今は考えることにする。
しかし魔導師でもない民間人の少女にまで、自分はどんなイメージを持たれてるんだと、クロノは少し落ち込んでいた。
それでもクロノの立場からすれば、アリサたちに避難してもらわないことには困る。
そのことを必死に説明するクロノだったが、アリサは上で戦闘を繰り広げているアムラエルを見上げて――
「言ってる意味は分かるんだけど……避難する意味があると思う?」
むしろアムラエルと戦っている相手の方が被害者ではないだろうかと、D.S.とアムラエルを知る者たちは同情していた。
戦ってみると分かるが、あまりに理不尽な存在なのだ。カイやシーンもかなりの実力者だが、それでも人間の範疇でのことだ。
しかし、D.S.とアムラエルの二人はまったく別次元の存在だった。
竜種や巨人族、そんな幻想種を例えに出すことすら生温く感じる、まさに人外の存在。
今頃はあそこで戦っている敵対者も、その理不尽さを目の当たりにしているだろうと、アリサと同様にクロノは考えていた。
「まあ、あの程度の魔導師にアムラエルが負けるはずないですよね」
「オイッ、リニス!! いい加減に離しやがれ!!」
「「――!?」」
「……ルーシェくん?」
一斉にその声に反応して振り向くアリサとクロノ。
すずかが不思議な物を見るように、リニスに抱えられたD.S.の姿を見つめていた。
D.S.の身体がいつもよりも縮んでいたからだ。
年齢で言えば5歳児程度だろう、それを見たアリサなどは「可愛いっ! リニス……わたしも抱っこしていい?」と潤んだ瞳で手を差し出していた。
「こらっ! 離しやがれ!! アリサ――」
「いいな……アリサちゃん」
「なんで……キミは縮んでるんだ?」
嫌がるD.S.を無理矢理抱きしめて頬擦りするアリサを、すずかは羨ましそうに見る。
そんなD.S.の姿を見てクロノは悪いものでも見たかのように頭を抱えていた。
理不尽な存在だと思ってはいたが、「普通の人間は縮んだりしないだろう」と常識を疑う。
「アムラエルが魔力を使い過ぎてるみたいでね……
それでD.S.が縮んじゃって、慌てて様子を見に来たのよ」
「ガァーッ!! あのバカ天使、バカスカと人の魔力使いまくりやがって!!」
「まあ、D.S.も落ち着いて、アムラエルだって悪気はないんだから」
今にもアムラエルの戦闘に乱入しようとするD.S.を、リニスは宥めるように諌める。
実は試作型の魔力駆動炉とデバイスは、メンテナンス作業に入っている為に現在使用出来ない状態にあった。
こんな事態になるとは予想していなかったのだから仕方ないが、魔力不足で身体が更に縮んだD.S.の怒りは収まらない。
正直言って縮んでも相手はD.S.だ。Sランク以下まで魔力が低下していると言っても、何をするか分からない以上、リニスも出来れば戦場に送り出したくはなかった。
プレシアからも、絶対にD.S.を戦わせないようにとお目付け役を言われてきたのだ。
正直、後味が悪くなるような被害は出して欲しくない。
「リニス――心配しなくてもルーシェなら、わたしが見てるから」
「あはは……たしかにお任せしても良さそうですね」
喚いてはいてもアリサが怖いのか、リニスに捕まれていた時よりも大人しい。
本当にアリサが苦手なんだとリニスはそれを見て思った。
プレシアが面白そうにアリサのことを話していたが、それもこれを見れば納得がいく。
以前にフルボッコされて鎖で繋がれたD.S.を見たときは同情もしたが、これはこれでアリサが上手くD.S.の手綱を取ってくれているのだとリニスは理解した。
「えっと――管理局の方ですよね?」
「はい……あなたは?」
「わたしはリニスと言います。今はプレシアの助手兼使い魔と――
フェイトやアリシアの面倒を見るためにメイドなんかもやってますけど」
「プレシア!? メイド――!?」
クロノは声を上げて驚く。それも無理はない。
プレシアのことは管理局と地球との間でも解決した問題とは言っても、自分たちが左遷される原因になった張本人だ。
しかも、デバイスや魔力駆動炉の情報がいつの間にか地球に漏れていたと言う話は、クロノの耳にも届いている。
誰も口には出そうとしないが、それがプレシアの仕業だということは関係者の誰もが分かっている暗黙の事実だった。
「警戒しなくても、管理局と“今”は敵対するつもりはないですよ?」
「今は……ってのは気になるけど、とりあえず彼女たちを保護する必要性はないみたいだね」
「ご理解いただけて何よりです」
D.S.とリニスに目をやり、自分の出番はないとクロノは悟った。
「そう言えば、なのはとフェイトは?」
「あの二人なら屋敷に待機させています。アルフや、カイとシーンも一緒です。
アムラエルもいるようでしたし、D.S.とわたしがいれば戦力的には多分過ぎると判断したので――
相手の出方が分からない以上、あちらの防衛も固めておかないと」
なのはとフェイトなら、真っ先に首を突っ込んできそうなものだと考えていたアリサは、そのことを疑問に思いリニスに尋ねた。
しかしリニスの判断は間違っていない。アムラエルが戦闘状態に入ったと言うことから、魔導師襲撃事件のことがすぐにリニスの脳裏に浮かんでいたからだ。それはカイとシーンも同じだった。
なのはとフェイトの二人に訓練を受けさせてはいるが、都合のよい戦力として数えるためではない。
魔法がどれだけ大きな力であり、危険かと言うのを自覚させた上で、本人たちの希望通りに身を守れる術を教えているに過ぎない。
それはカイとシーンだけでなく、あそこで戦っているアムラエルも同じ思いだろう。
今回の魔導師襲撃事件は日本国内、下手をすれば地球、メタ=リカーナ、管理局を巻き込む大きな事件だ。
そんな危うい事件に率先して、子供たちを巻き込む気は大人たちにはなかった。
「リニスさん……アムちゃんをっ!」
「ええ、D.S.――こちらをお任せしていいですか?」
「チッ! これ以上、好き勝手にやらせるわけにもいかねーしな」
アムラエルのことを心配し、すずかはリニスに頭を下げて助けに言ってくれるように頼む。
そんなすずかを見てリニスは笑顔で答えた。
アムラエルなら、このままでも大丈夫だとは考えるが、それでも魔力を使い過ぎればその影響はD.S.に出る。
そうなってからD.S.を宥めるのは、正直そちらの方が大変だと考えていた。
D.S.に念の為に確認を取り、アムラエルの救援に向かおうと身を構える。
――とその時だった。
突然、D.S.が苦しみだしたのは――
「うがあぁぁ――っ!!」
「――ルーシェ!?」
「ルーシェくん!?」
胸を押さえ膝を突くD.S.を見て、アリサとすずかが心配そうに声を上げた。
それを見てリニスの表情も強張っていく。
原因はD.S.ではない――アムラエルの方に変化があったことに逸早く気付いたからだ。
「ア……アンタたち何者……」
それは以前にリンディにやられた捕縛魔法“フープバインド”だった。
アムラエルの身体の自由を押さえ込むように、その強固な拘束輪が動きを止める。
シグナム、それにヴィータとザフィーラの三騎士に注意を向けていたアムラエルの僅かな隙をついて、シャマルでもない完全な第三者が介入していた。
突然の介入者、そして動きを封じられたアムラエルを見て、先ほどまで戦っていた騎士たちも動揺を見せる。
「今だっ! はやく蒐集しろ!!」
離れた場所から様子を窺っていたシャマルに向かって、大声を張り上げる仮面の男――
その介入者は抵抗するアムラエルの力に驚きながらも、必死に押さえ込もうとバインドに力を込める。
突然命令されて驚くも、シャマルはその機会をチャンスと捉えた。
即座に準備していた転送魔法を発動し、アムラエルの魔力の源――リンカーコアをその手で掴み取る。
それはシャマルが得意とする魔法『旅の鏡』と呼ばれるベルカ式の転移魔法だった。
従来の転移魔法が対象や魔法をどこかに飛ばすのに比べ、この魔法の特徴は指定対象を術者の前に展開した空間を繋ぐ“鏡”から“取り寄せる”ことにあった。
シャマルが狙っていたのはアムラエルに戦闘で勝つことではない。
アムラエルの動きを止め、この魔法を使ってアムラエルの魔力を直接蒐集することにあったのだ。
この魔法の欠点は動く対象には座標の特定が難しいために行使することが難しいと言うこと、更に言うならBJや防御結界などを展開されていると攻撃魔法ではないので、それを貫いてと言うわけにはいかない。
だからシャマルは、シグナムたちにアムラエルを引き付けさせ、アムラエルの障壁に穴が出来る反撃の瞬間を狙おうと考えていた。
魔力を外側に打ち出すときには、アムラエルの障壁にも必ず穴が生まれるからだ。
しかし、アムラエルの動きは予想以上に早く、そのタイミングを取るのに苦戦していたシャマルにとって――
介入者の助けは絶好の機会だった。
「――捕まえたっ!!」
フープバインドを脱出しようと魔力を外側に向けていたアムラエルは、完全に意表をつかれシャマルにコアを掴まれていた。
アムラエルの胸から伸び出るシャマルの手――その手がアムラエルのリンカーコアを掴んでいる。
「くっ――蒐集!!」
「うああぁぁ――っ!!」
シャマルの手を焼くような熱さが伝わる。
燃えるように熱い巨大な魔力の塊、それはまるで小さな太陽のようでもあった。
だが必死に我慢し、アムラエルの魔力を闇の書に食わせるシャマル。
長いようで一瞬の出来事――ほんの数秒のことだったかも知れない。
「何者です!? アムラエルを離しなさいっ!!」
仮面の男に魔力を込めた蹴りを放つリニス。
その攻撃に仮面の男は吹き飛ばされ、ビルの外壁に叩きつけられる寸前で体勢を立て直すと、リニスを睨みつけた。
「貴様――っ!?」
「ここからは――わたしが相手です」
リニスは魔力を解放し、仮面の男を威圧する。
リニス自身、使い魔とは言ってもSランクオーバーと言う破格の高ランク魔導師だ。
その実力は疑うべくもない。地力ではアムラエルに及ばないまでも、戦闘技術で劣っているわけではない。
魔力の運用技術、操作技術、判断力ともにアムラエル以上とも言えた。
純粋な戦闘力で言えば、アムラエル以上とは言わないまでも同程度の高ランク魔導師相手でも遅れを取ることはない。
リニスから逃げ切れないと判断したのか、仮面の男は先ほどまでの余裕の態度を崩し構えを取る。
だが、リニスが仮面の男と呆然とする騎士たちに攻撃を仕掛けることはなかった。
フープバインドの効力が切れると共に、虚ろな目をして倒れこむように地面へと落下していくアムラエルの姿をその目に捉えたからだ。
「アムラエル――っ!?」
リニスは慌てて落下していくアムラエルを追いかける。
それを見届けた仮面の男は、その場から逃げ出すように姿を掻き消していた。
突然のことに呆然としていた騎士たちも、リニスの声で目が覚める。
アムラエルの無力化、仮面の男の逃走――
その機会をチャンスと判断したシャマルは、仲間に向かって声を張り上げた。
『みんな、今の内に散って逃げて――いつもの場所に後で集合っ!!』
シャマルからの念話を受けて、シグナムたちも散り尻に四方へと飛び去っていく。
アムラエルを抱きかかえながら、リニスは悔しそうに唇を噛み締めて、その後姿を見送っていた。
これはリニスにとっても完全な誤算だった。
まさか、こんな方法を使ってアムラエルの魔力を奪われ、無力化されるなど思いもしていなかったからだ。
だが、アムラエルの魔力も枯渇しかかっていて危ない状況――
その上、D.S.もアムラエルの生命を維持する為に、アリサの胸の中で深い眠りにつくほどの酷い消耗を余儀なくされている。
この状況で犯人を追うことは、今のリニスには不可能だった。
それから現地での後処理と情報収集を終えたクロノと武装局員たちは、リンディとエイミィの待つ駐屯所で戻ってきていた。
騎士たちと仮面の男が結界を出た後、エイミィはすぐに映像を拾い、足取りを追う為に追跡魔法による追尾を行った。
しかし結局は空振りに終わり、犯人の足取りはまったく掴むことは出来なかった。
だがクロノも、すぐに犯人の足取りを追えるなどと甘い期待はしていなかったので、エイミィを責める気にはなれない。
自分たちもあの場にいながら、どうすることも出来なかったのだから――と爪を噛む。
「あれは――っ!?」
エイミィが捉えた犯人の映像を見ていたクロノは驚きの声を上げた。
それは逃げるように散っていく四つの光――その中の一つ、シャマルを映した映像だった。
シャマルが脇に抱えている本、その本を見たクロノ表情が強張っていくのをエイミィは見逃さなかった。
「クロノくん、何か心当たりあるの?」
「第一級捜索指定遺失物……闇の書……」
それはクロノが執務官を志してからも、忘れることなく追い続けていた因縁の象徴。
リンディの夫、そしてクロノの父親の命を奪い、多くの人を悲劇に貶めた最悪のロストロギア。
闇の書――
それを見つめるクロノの身体は、こみ上げてくる悲しみと怒りで打ち震えていた。
屋敷に戻ったリニスは、倒れたD.S.とアムラエルを心配して真っ先に駆け寄って来たフェイト、それになのはとアリシアを静め――
すぐにD.S.とアムラエルを抱えたまま、時の庭園へと転移していった。
後を追ってリニスを追いかけようとした少女たちを、シーンはリニスとプレシアに任せるようにと諌めた。
今、全員で押しかけたところで、D.S.とアムラエルが回復するわけではない。
逆に治療の邪魔になってしまうことは予想に難くない。今は少女たちの方にも休息が必要だとシーンは考えていた。
「どうだった?」
「みんな……ショックだったみたい」
「当然だろうな……アムラエルがやられたなど、わたしも信じられん」
シーンは少女たちの様子をカイに知らせる。
カイも、D.S.とアムラエルの二人が倒れたと言う話を聞いたときは、信じられなかったのだから無理はない。
どこかであの二人ならやられるはずがないと言う慢心が、自分の中にもあったのだとその時に気付かされた。
だが、今更そのことを後悔しても遅い。
次の被害者を出さない為にも、カイたちに取れる行動は出来るだけ早く犯人の情報を揃え、対策を練ること。
出来ることなら犯人を捕まえて、事件を解決することだ。
「犯人の目星はついてないのか?」
「リニスが何か心当たりがあるみたいだったけど……まずは二人の回復が先よね」
「仕方ない……管理局も動いているのだろう?
とりあえずシーラさまとデビットに、この事を報告しておく」
「ええ……」
シーンは当初から感じていた嫌な予感が、こんな形で的中するとは思ってもいなかった。
それだけに今回のことを人一倍気にしていたのだろう。
表情を曇らせるシーンを心配して、カイが声をかける。
「心配するな。アムラエルも魔力が回復すれば元気になる。
それにD.S.のことはお前もよく知っての通りだろ?」
「……そうよね。D.S.は“不死身”なんだから」
それは彼を知る者たちの“口癖”だった。
そしてD.S.はそれを誇張ではなく真実として、いつも周囲に実践して見せていた。
しかし今回のことで傷を負ったのは、D.S.とアムラエルばかりではない。
二人のことを心配する全員が心に傷を負っていた。
二人と特に仲が良かったアリサやフェイトなどは、眠れない夜を過ごしていることだろう。
「カイ……必ず犯人を捕まえるわよ」
「ああ、当然だ」
シーラとカイは、その意志を固めていた。
それは誰のためでもない。二人にとっても、D.S.とアムラエルは大切な人であり、仲間であり、家族だったからだ。
その思いは少女たちと同じだった。
「フェイト……」
薄暗い部屋に篭り、ベットに横たわったまま一言も話そうとしないフェイトを、アルフは心配していた。
しかし、フェイトがD.S.とアムラエルに向けている感情を知っているアルフは、そんなフェイトに掛ける言葉見つからない。
正直、二人が倒れたと言う話を聞いたときはアルフでさえ「嘘だろ!?」と、アムラエルが負けたという事実を受け入れられなかったほどだった。
あの二人を一番信頼し、心の拠り所にしていたフェイトならば、そのショックは誰よりも大きかっただろう。
それを感じ取ったのか、アリシアもフェイトから距離を取り、一人で塞ぎ込んでいた。
「頼むよ……アンタだけが頼りなんだからさ」
そんなことをここにいないD.S.に言っても仕方ないのだが、こんなフェイトとアリシアを見ているのはアルフも辛い。
だが、それほどにD.S.とアムラエルは二人に影響を与えていたのだとアルフは思った。
それは同じように塞ぎ込んでいるアリサや、なのはとすずか、それに皆の前で表情には出さないがカイとシーンも一緒だろう。
あのいつもマイペースで冷静だと思っていたリニスでさえ、血相を変えて屋敷に飛び込んできたときにはアルフも驚いた。
最初はD.S.とアムラエルのことを、気に食わないやつだと、怖いとさえ思っていたアルフだったが、今では皆と同じように二人のことを信じ、頼りにしていたことに気付く。
そして、ここまで静かな屋敷の様子は、アルフが来てからはじめてのことだった。
今でも目を瞑れば、アムラエルの笑い声や、D.S.の高笑い、アリサの怒鳴り声が聞こえてくる――
そんな日常が思い出される。
「……くそっ!!」
アルフはひとり悪態をつく。
どうすることも出来ない自分の力の無さを、彼女は悔やんでいた。
……TO BE CONTINUED