作者:193
2008/12/15(月) 16:21公開
ID:4Sv5khNiT3.
聖祥大付属小学校の生徒の間では、今ある話題が飛び交っていた。
――D.S.とアムラエルの二人は相思相愛で、そのことを巡ってアリサたちとの間に何かトラブルがあった。
――実はアムラエルは陰ながら街の平和を守る正義の魔女っ娘で、悪の魔法使いとの戦闘で怪我を負った。
そんな根も葉もない様々な噂と憶測が広まっているのには、週明けからD.S.とアムラエルが二人して休んでいることが背景にあった。
二人と仲が良かったアリサたち五人が、一様に元気がなかったことも噂を後押しする要因となっていた。
担任からの報告では「家庭の事情でしばらく二人はお休みします」とだけ伝えられていたが、良い意味でも悪い意味でも目立つ二人が一緒に休んでいるとあって、生徒たちの動揺は思いの他大きかった。
「アリサちゃん、元気ないね……」
「うん……フェイトちゃんも、あれから元気がないの」
すずか、それに続いてなのはは塞ぎ込むアリサを見て一様に同じことを口にする。
襲撃事件から五日――D.S.とアムラエルは、まだ目を覚ましていない。
リニスが時の庭園に運んだ時には、二人とも酷い魔力欠乏症に陥っていた。
アムラエルの消滅を防ぐために過度の魔力供給を行っていた為、D.S.も深い眠りについたまま目覚めないでいた。
時の庭園で治療を受け続けている二人のことが気になって、少女たちもここ最近は元気が無い。
特にアリサとフェイトの落ち込みようは大きく、学校に来ていても上の空で、なのはたちが何を言っても「……うん」と空返事ばかりを返す始末。こんなアリサを見るのは、なのはとすずかの二人でさえ、はじめてのことだった。
そしてフェイトも同様に、あれからずっと元気がなかった。
「……二人がいないと、なんだかクラスも静かだよね」
「うん……ルーシェくんとアムちゃん、早く元気になるといいね」
アムラエルの元気な声や、D.S.を叱り付けるアリサの怒鳴り声がないと、一日がはじまった気がしない。
何も出来ない歯痒さを、なのはとすずかの二人は噛み締めていた。
次元を超えし魔人 第17話『譲れない理由』(AS編)
作者 193
あれから五日――
シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四騎士は、アムラエルとの戦闘で傷ついた身体を癒しながら機会を窺っていた。
それもシャマルが危惧していた状況が、前回のアムラエルとの戦闘で証明されたことが大きい。
あの場は仮面の男の介入でなんとかなったが、次があるとは限らない。
そのことは四人とも分かっていたのか、特に最初に戦闘を仕掛けたヴィータはそのことをかなり気にしている様子だった。
「あの子を蒐集出来たお陰で、大分ページは稼げたけど……」
「やはり、まだ足りないか……思うように蒐集も進んでいなかったからな」
シャマルの苦言にシグナムは苦い表情で返す。
アムラエルと言う破格の餌を前に、闇の書の頁は確かにかなり稼ぐことが出来ていた。
しかし研究所を襲ったりと、ここ二ヶ月ほど蒐集行為を繰り返してきていたが、周囲を警戒しながらの蒐集行為というものは思うように効果が出ず実際には芳しくなかった。
自称魔導師の研究員程度の素人の魔力を蒐集したところで、質も量も限られているのは明白だ。
しかし管理局の動向や、メタ=リカーナの魔導師の実力も分からないうちから早計な行動を取ることは迂闊過ぎる。
事実――そのことを危惧視していたシャマルの助言通り、アムラエルと言う規格外の魔導師と対峙することになり、危うく全滅の危機すら経験することになったのだから、彼女たちが警戒するのも無理はない。
「管理局はともかく、出来るだけこの世界の魔導師との接触は避けるべきだと思うの。
彼女のような魔導師が出て来ないとも限らない。次も上手くいくとは考えない方がいいわ」
「でも――それじゃ、時間がっ!?」
シャマルの言っていることが正しいと言うことは他の三人にも分かっていた。
しかし彼女たちには時間がない。一刻も早く闇の書を完成させることが、彼女たちにとって主のために取れる最善の選択だった。
だからヴィータは焦り、あんな行動を取ったのだ。
シャマルの言っていることが正しいと分かっていても、我慢が出来ずヴィータは声を荒げる。
「もちろん蒐集は続けるわ。でも、しばらくはこの世界近郊の別世界を回りましょう。
ずっと質は落ちるし危険も大きいから、効率は随分と悪くなってしまうけど……
彼女たちとことを構えるよりは、ずっと安全だとわたしは思うわ」
気付かれないように行動するには確かにそれしかないと、シャマルの提案に渋々三人は頷く。
地球――第97管理外世界は管理局のあるミッドチルダからも遠く、管理局が把握する次元世界の中でもかなりの辺境に位置する。
そのため、この周辺の次元世界には他に知的生命体が住んでいるような場所はなく、どうしても別の場所で蒐集を行おうとした場合、魔力資質も低い原生生物を相手にしなくてはいけなくなる。
戦闘能力が高い割りに魔導師に比べて魔力の質も量も劣っているのだから、効率としては最悪としか言いようがなかった。
そうした方法を今まで取ってこなかったのも、彼女たちにもそのことが良く分かっていたからだ。
だが、文句を言っていられるほどの余裕が自分たちにはない――そのことは、そこにいる誰もが分かっていた。
「……まさか、ここでこんな話を持ってくるとはな」
デビットは管理局から突然通告された内容を見て、不機嫌そうに口にする。
管理局は“重要と判断される次元犯罪に関する事項”――
と言う主張の下、魔導師襲撃事件に関する全権を管理局が受け持ちたいと言う話を地球側に要求してきていた。
確かに次元犯罪に関わる重要事件に関しては互いの審議の上、管理局に委ねることも考慮するとしていたが、それにしても管理局の対応が早すぎるとデビットは思う。
アムラエルが襲われてから、その翌日にはこの要望書は送られてきていた。
魔導師襲撃事件発生から二ヶ月も放置していたにも関わらず、今になって何を焦っているのだとデビットは考える。
しかも、知らぬ存ぜぬで通してきていた情報を開示してまで、全権を持ちたいなどと言ってくるなど今までの管理局であるなら考えられない。
闇の書――管理局の歴史において幾度と無くその姿を見せている第一級捜索指定遺失物、ロストロギア。
主な特徴は魔力蒐集によって集められた魔力を使い完成した闇の書は、次元干渉を引き起こす大破壊を行う可能性が高いと言うこと、それは管理局から提示された闇の書事件の過去の詳細からも明らかだった。
はじまりは今から百年ほど昔、ベルカの女領主が引き起こした魔力暴走による大破壊――
その後もおよそ十年周期で闇の書は姿を見せ、必ずと言ってよいほど中規模以上の大きな被害を出していると言う事実があった。
一番新しい事件で十一年前の事件が挙げられる。
この事件では管理局で将来を有望視されていた魔導師が犠牲になっており、アースラと同じ巡航L級艦船であるエスティアが消滅すると言う事態にまで発展していた。
闇の書の厄介なところは、機能の停止も封印も不可能だと言うこと――
破壊したり消滅させたりすれば転生して新たな宿主を見つけるだけのこと、封印しようにも管制プログラムに第三者が介入した時点で防御プログラムが起動し、主そのものを食いつくし闇の書は再び転移してしまう。
これらのことから闇の書は事実上、機能の停止も破壊も不可能だとされてきていた。
管理局は同様のケースを地球側に伝え、最悪の事態を引き起こさないためにも管理局に今回の事件の全権を委ねるようにと要求してきた。
しかしそれにしても見計らったように、このタイミングでその話を持ち出してくる管理局にデビットは不信感を募らせていた。
少なくとも魔導師襲撃事件に関しては二ヶ月も前から分かっていたことだ。
それを今更になって「この犯罪には一級捜索指定遺失物が関与しているので管理局に全権を委ねるように」と要求されても素直に納得が出来るはずが無い。過去は兎も角、今一番に被害を被っているの地球なのだ。
「結局、管理局との前交渉はどうなったのですか?」
「地球、それも日本の領土内で起こっている事件でもある。全権を委ねるなど無理だよ。
合同捜査と言うことに落ち着いたが、これからも向こう側の主張は変わらないだろう」
シーンはあれから事件の詳細を調べるために、デビットの秘書官をしながら動いていた。
管理局からすれば因縁の相手と言ったところだろうか? それにしても不審な点がいくつかあるのも事実だった。
それだけ頻繁に起こっている事件だと言うのなら、なんの対策もしてこなかったとは考え難い。
魔導師襲撃事件が起こった段階でアプローチをかけてくるなら兎も角、今になって何故急に? と言う不信感があった。
それはシーンもデビットと同じ考えだったのだろう。デビットの話を聞いて何か心当たりがあるのか、眉を吊り上げる。
「そう言えば、リニスからの報告はどうだったんだ?」
「それが――」
シーンの話を聞いたデビットは、いつになく険しい表情を見せていた。
「……リニス、それは本当なの?」
「はい、アムラエルを襲った介入者ですが、使っていた魔法は確かにミッド式でした。
襲撃犯が使っていたのはベルカ式、彼女たちの様子からしても繋がっていたとは考え難いです」
プレシアはリニスからの話を聞いて表情を強張らせる。
リニスの見解では、仮面の男と騎士たちに直接の繋がりはないと考えていた。
アムラエルを拘束した捕縛魔法の強さから考えても、相手は熟練の魔導師、それもSランク相当の魔導師だと予想される。
管理世界と言えど、AAA以上の力を待つ魔導師の数は少ない。
それも管理局員ではなく、次元犯罪者ともなれば数はもっと絞られる。ある程度人物の特定も可能だろう。
だがリニスは気になって管理局のデータベースで該当する魔導師を当たってみたが、それらしい魔導師は候補に挙がってこなかった。
しかし、あの介入者は見計らっていたようにあの場に姿を見せた。そのことから以前より、この事件の推移を監視、観察していたと見る方が正しい。
「まさかとは思うけど……ありえない話じゃないか」
「わたしもこの事件は管理局が関与しているのではないかと考えています。
あの姿だけで男と判断するのも早計ですね。変身魔法だと思いますし……」
あの介入者が管理局の人間だと言うのなら、すべての辻褄は合うとリニスは考えた。
ミッド式を使う高ランクの魔導師、それに見計らったようなタイミングで現れ、しかもリンカーコアの蒐集行為に協力したと言うことは、闇の書のことも事件のことも以前から知っていたと考えるべきだ。
辺境のしかも管理外世界で起こっている事件など、一部の関係者を除けば知るはずもない事件だ。
魔導師襲撃事件から二ヶ月経った今でさえ、管理局は知らぬ存ぜぬを通してきたと言うのに、あの介入者の登場、そしてこのタイミングになって地球に情報を開示し、あのような要求をしてきたと言うからには背景に何かがあると考えて当然だった。
「管理局の今回の交渉担当、名前をなんと言ったかしら?」
「ギル・グレアムです」
「グレアム……そう、あの『歴戦の勇士』と呼ばれる男が……」
管理局でギル・グレアムを知らない者はいない。それほどにグレアムの功績は管理局の内外を問わず広く知られていた。
プレシアがミッドチルダに居た頃からも、その名は有名だった。
自身も超一流の高ランク魔導師でありながら一級の使い魔を二人も使役し、今まで解決に導いた事件、逮捕してきた次元犯罪者の数は数知れない。武と知略共に名将とまで言われた管理局きっての英雄だ。
提督になり、艦隊指揮官、執務官長までこなした男だが、今は現場から退き顧問官として隠居しているはずの男だ。
それほどの人物が態々こんな辺境の世界に自分から足を運んでいると言う事実は、プレシアに違和感を抱かせるには十分だった。
「この話、デビットにも話してあるのよね?」
「はい、報告書にしてシーンに伝えてありますから」
「なら大丈夫ね。あの男なら、すぐにグレアムの線まで辿り着くわ」
管理局を快く思っていないと言うのもあるが、D.S.とアムラエルが巻き込まれ被害を被ったことにはプレシアも憤りを見せていた。
そのことでフェイトとアリシアの元気がないと言うのもあったが、D.S.には返しきれないほどの恩義があるとプレシアは感じている。
プレシアにとってのD.S.とは、恋人であり、恩人であり、魔導師や研究者の立場からしても尊敬できる人物だった。
性格に多少の問題があったとしても、D.S.のそれは真意とは違うと言うことをプレシアは分かっている。
今回のこともアムラエルを見捨てれば、D.S.はこんな状態にならなかったはずだ。
主人と使い魔のラインは本来は公平なものではない、極端な話、隷属による一方的なものなのが通例だ。
使役した使い魔に“魔力”という代価を供給する代わりに、自身のために働いてもらう。それが本来の魔導師と使い魔の関係だった。
アムラエルに魔力の供給を止めることも、本当ならすべてD.S.の心次第と言うことになる。
にも関わらず、消耗したアムラエルを助けるために自分を犠牲にして、D.S.はアムラエルに魔力を供給した。
「D.S.は色々と素直じゃないですからね」
「まったくよ。あの男のせいで、もう三日寝てないのよ……。
いくら若返ったといっても、これじゃ肌に悪いわ」
リニスが苦笑を漏らすようにD.S.は素直じゃない。しかしそう言うプレシアも、かなり素直とは言い難かった。
D.S.とアムラエルのために徹夜で新型魔力駆動炉の稼動準備を整え、その間もデバイスを通じて自分の魔力を二人に供給し続けていた。
連日の徹夜作業で体力もかなり消耗しているはず、しかも魔力をギリギリまで二人に送り続けいる現状を考えれば、プレシアが疲れていないはずがない。
そんなプレシアの身体を心配して少し休むようにとリニスが注意しても、「大したことない」なんて言って聞く耳を持たなかった。
「少しはわたしに任せてプレシアも休んで下さい。
そのお陰で魔力駆動炉もこうして稼動しているんですから、後はわたしだけで大丈夫です。
二人が目覚めたときにプレシアが青い顔をしてたら、今度は二人に心配されますよ?」
「う……」
有無を言わせぬ態度のリニスに、プレシアは黙ってしまう。
大したことないなどと言ってはいるが、実際には限界に近かった。自分でも自覚しているのか、渋々リニスの提案に頷く。
「少しだけ休むわ……二人の目が覚めたら起こして頂戴」
「はい」
プレシアが自室に戻ったことを確認すると、リニスはガラス越しに見える医療用ベッドに目をやった。
そのベッドの上でD.S.とアムラエルの二人は死んだように深い眠りについている。
それでも運ばれた当初のような青い顔はしておらず、今では魔力駆動炉から送られてくる魔力のお陰で大分持ち直していた。
あと数日もあれば、元通りに回復するだろう。
しかしプレシアに限らず、今回のことはリニスにも深い反省を思わせる結果となった。
アムラエルなら負けるはずがない。D.S.なら大丈夫という考えは誰にでもあったのだろう。
リニス自身、D.S.と自分、それにアムラエルがいる状況で万が一などありえないと考えていた。
だが、そんな甘い考えが今の事態を招く結果になったのだとリニスは後悔していた。
管理局本局――
グレアムは使い魔の二人から報告を受け、渋い顔をしていた。
「父さまが気にすることないよ。幸い、魔力を奪われたと言っても死ぬわけじゃないんだし」
「ロッテの言うとおりよ。報告通り、あの世界の魔導師の実力は桁違いだった……
ああしなければ、あそこで守護騎士たちは捕まって、計画が頓挫してたかも知れないわ」
リーゼ姉妹――グレアムが猫を素体に生み出した双子の使い魔だ。
リーゼアリアにリーゼロッテ、使い魔としてグレアムの補佐をする傍ら、それぞれに管理局でも高い魔導師ランクと階級を持ち、武装局員の教導まで行っている一級の魔導師だった。
ランクで言えば二人ともSランクに相当する実力者と言うことになる。
アリアが魔法戦に秀でており、遠距離砲撃から結界、捕縛魔法と言った補助までこなす魔法のエキスパートであるのに対し――
ロッテは長距離砲撃など魔力を打ち出す技術は苦手とする反面、格闘技に優れ接近戦を得意としている。
この二人がコンビを組めば管理局内でも勝てる魔導師は、ほとんどいないと言われるほどの実力者でもあった。
そんな使い魔を二人も使役しているグレアムの実力は疑うべくもない。
現在では年齢による体力の低下や魔力の減少を理由に、二人の維持に魔力を割き一線から退いてはいるが、それでもグレアムが優秀な魔導師であることに変わりはなく、過去の実績からも管理局内でも大きな求心力を持ち、尊敬されていることに違いはなかった。
グレアムが気に病んでいたのは、闇の書の守護騎士たち――シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラの四人がメタ=リカーナの魔導師と接触したと言う報告を二人から受けたからだった。
こうなることは、ジュエルシード事件の段階でグレアムも予測はしていた。
だからこそ、少しでも動きやすくなるように交渉の段階から自らが赴き、地球側と話を進めていたのだ。
しかし実際にメタ=リカーナの魔導師が襲われたという話になれば、彼らとて大人しく管理局に全権を委ねるようなことはしないだろうとグレアムは考える。
しかも蒐集されたという魔導師の少女の名を聞いて、グレアムは表情を歪めていた。
アムラエル――もっとも“要注意人物”として警戒していた魔導師のうちの一人が今回の襲撃事件の被害者となれば、ジュエルシード事件同様、彼らが関わってくることは明白だ。
そうなった時に、計画通りにことを進められるかどうかをグレアムは危惧していた。
だからこそ表情に出ていたのだろう。アムラエルのことは気の毒とは思っているが、リーゼ姉妹の言うように死ぬわけではない。
多少の犠牲は自身が掲げる計画の前には仕方ないことと、グレアムも覚悟を決めていた。
だが、まさか一番危惧視していた人物と真っ先に接触をすることになるとは、これほどタイミングの悪いことはない。
「お前たちに言っておくことがある。今回のことで守護騎士たちも迂闊な行動は取れなくなるだろう。
だからお前たちも出来るだけ接触は避け、特にメタ=リカーナの魔導師には関わろうとするな」
「でも、父さま……それじゃ」
グレアムの言っていることは理解できるが、それでは十年もかけて立ててきた計画が頓挫する可能性も出てくる。
グレアムが“闇の書の永久封印”という崇高な目的のために、この十年どれほど苦悩してきたかをリーゼ姉妹は知っている。
一番それを近くで見てきたアリアは尚更だ。
持てる権限と力のすべてを使い、不可能とまで言われた闇の書の永久封印の方法を探り、この日が来るのを待ち続けていたのだ。
横から入ってきた第三者に、それを邪魔されるというのでは二人も納得が行かない。
「それでもだ。どの道、闇の書が完成さえしてしまえば、彼らには手の打ちようがない。
そうなれば、こちら側から介入できる口実はいくらでもつくだろう。
そのためにも蒐集行為だけは頓挫しないよう、監視を怠らないでくれ」
グレアムの話に黙って頷く二人。
納得が行かないまでもアムラエルの実力を実際に見ている二人からすれば、出来るだけ戦いたくないと言う思いは同じだった。
アースラのスタッフは正式に闇の書の捜索、対策班として管理局から任命された。
そして引き上げられた情報開示レベルと権限を駆使して、クロノとエイミィは闇の書に関するデータを再度洗いなおしていた。
今更な情報ばかりではあったが、それでも闇の書が危険な代物だと言うことは再度確認することができた。
封印することも破壊することも叶わず、管理局百年にも上る歴史の中で、確認されているだけでも幾度となく次元干渉を含む大破壊をもたらしてきた最悪のロストロギア。
リンカーコアの魔力を食らい、全666頁と言われる全頁を埋めた闇の書は、破滅的な力を発揮する。
その歴史において証明されているのは、例外なく無差別な破壊行為のみだ。暴走した力は主である魔導師ですら飲み込み、周囲を侵食して暴発する。
やはり管理外世界に任せておけるレベルの問題ではなくなっているとクロノは考えていた。
外交上の問題や現地の言い分もあるだろうが、ことが次元干渉に関わる大事件の場合、それは管理外世界だけの問題ではなくなる。
管理局上層部が「全権を任せるように」と地球側に要求したとの事だが、それもある意味で当然だろうとクロノは思っていた。
「クロノくん、こっちの方も大丈夫みたい。
アースラにアルカンシェルの搭載が完了次第、こちらに補充の武装局員一個中隊をつけて送ってくれるそうだよ」
「そうか……出来ればそんな物騒な物、使わないに越したことはないんだけど」
「だね……」
数ヶ月振りにアースラに再び乗れるのは嬉しいが、アルカンシェルなんて物騒な魔導兵器が一緒についてくるとあって、二人は素直に喜べないでいた。
アルカンシェル――管理局のL級型艦船などの大型船にのみ搭載することが出来る魔導砲のことだ。
その威力は絶大で、着弾地点から周囲百十数キロに渡って空間を湾曲させ、対象を消滅させる恐ろしい破壊力を持つ兵器だ。
ミッドチルダが保有する魔導兵器の中でも“最強最悪”とまで言われる兵器で、その使用には厳しい条件と審査が要求される。
それほどの兵器の使用が許可されることになるほど、今回の闇の書の事件に関して管理局も警戒していると言うことだった。
過去にも何度か、このアルカンシェルを使った闇の書の消滅を試みた経緯があり、十一年前のクロノ父親、クライドが亡くなった事件でもこのアルカンシェルが使用された。
護送中に闇の書の暴走により侵食されたクライドの母艦を、当時艦隊指揮官だったグレアムがアルカンシェルで消滅させたのだ。
当時三歳だったクロノにとっても、あの事件は痛ましい傷となり、今でも心に影を落としていた。
「艦長はなんて?」
「うん、なんだか元気がないみたいで……政府との交渉も難航してるみたいだよ」
「そう言えば、合同捜査って言ってたね」
メタ=リカーナとの合同捜査となれば、彼らも出てくる可能性があるのかとクロノは思った。
アムラエルの件を考えれば、彼らの心情を考えれば当然だろうと思う。だが、ことが闇の書が関わってくる以上、戦力的には申し分がないと言っても、以前のように横から邪魔をされるようなことだけは勘弁願いたいと考えていた。
プレシアの時のように今回はいかない。闇の書はジュエルシードと違い、管理局がずっと追い続けている危険遺失物なのだ。
それを地球側に掠め取られるようなことになれば、管理局も黙っていないだろう。
この数ヶ月で地球側の言い分や主張も理解できるようにはなったが、それでもクロノは管理局の考えが間違っているとは思っていなかった。
地球の考えは自分たちの都合ばかりを考えている閉鎖的なものだ。次元世界全体の安全を考え、管理世界の常識に照らし合わせた場合、彼らの主張は自分たちの世界のことしか考えていない傲慢なものに思えてならない。
その結果、ロストロギアによって滅びた世界など山のようにある。質量兵器然り、古代遺物然りだ。
自分たちを守るためと言いながら力を追い求め、破滅への階段を上っていると言うことに何故彼らは気付かないのだと考えていた。
だが、それでもクロノは管理局の執務官として、その最悪の事態を防ぐためにも働かなくてはならない。
クロノが執務官を志す切っ掛けとなったのは、闇の書のような悲しい事件を引き起こさせないためだからだ。
「エイミィ知っているかい? こんな言葉を――」
エイミィはクロノの言葉に耳を傾け、首を傾げる。
「世界は変わらず、慌ただしくも危険に満ちている」
それは管理世界で、旧暦の時代から言われ続けている言葉だ。
数多く存在する次元世界――その世界間の中でも紛争や闘争、様々な思惑が交錯し、常に危険で危うい状態を保っている。
そうしたところに次元犯罪者によるロストロギア違法捜索や不法所持など、管理局の法を守ろうとしない者は数多くいた。
力を追い求める理由や気持ちは分からないでもない。だが、そうした結果、世界は常に破滅と隣り合わせの緊張状態にある。
管理局の役目は、そうした犯罪や事故を防ぎ、世界の軍事バランスを崩しかねないロストロギアなどを管理することにあると言っていい。
多くの局員はそのことを誇りに思い。世界のためにと寝る間も惜しんで任務に当たっている。
クロノの父親であるクライドも、そんな志し半ばに命を落とした優秀な局員の一人だった。
だからなのだろう。クロノは地球に対して、どうしても良い印象を持てなかったのは――
管理局の思想に反しているからと言うだけではない。この世界は科学と魔法、本来は相反するその二つが危ういバランスで世界を席巻している。しかも魔法に関しては神代に匹敵すると思われるほどの神秘を内包し、管理局ですら理解が追いつかない魔導師が数多く存在するのもまた事実だ。
かつてのベルカ王朝のように、この世界もまた破滅の引き鉄になるのではないかとクロノは危惧していた。
「でも破壊も停止することも出来ないとなると……クロノくん、どうする気なの?」
「闇の書は完成してしまうと手のつけようがない。
だから完成する前に守護騎士たちを止め、その後ろにいる主を引きずり出す」
一時しのぎにしかならなくても、闇の書が完成する前になんとかするしかないとクロノは考えていた。
それで主である魔導師を闇の書が食いつくし、転移するような事態になったとしても十年は時間が稼げる。
今は無理でも、いつかは停止させる手段が見つかるかも知れない。
それならば優先することは大きな被害を出す前に、闇の書の主を捕獲することが最善の手だと考えていた。
エイミィは沈痛な面持ちでクロノの話を聞き、その方針に同意し頷いた。
海鳴大学病院――はやては定期診断を受けるために幸恵を訪ねてきていた。
はやての診断結果を見て、幸恵は少し渋い表情をしていた。はやての病気は神経麻痺から来る下半身不随。
その原因は不明で明確な治療方針も立てられず、そのことが幸恵の表情に陰りを落としていた。
ここ半年はその進行が顕著に出てきており、幸恵にも焦りを生んでいたのだろう。
はやてのことをアムラエルに紹介したのも、そんな焦りから来た罪悪感に似た同情だったのかもしれない。
医者だと偉そうなことを言っていても、はやてに何一つしてあげられることがない。
唯一出来ることと言えば、薬で痛みを和らげてあげることくらいだ。
それが幸恵の無力感を募っていた。
「ん〜、あんまり成果が出てないかな?
でも副作用も出てないし、もうしばらくこの治療を続けましょうか?」
「はい、えっと……お任せします」
はやての返事になんとも言えない顔をする幸恵。はやては「先生を信じてますから」と付け加えて返すが、度重なる治療でよくならないことを知っている分、どこか達観しているというか諦めている節があった。
それでも最近は友達も出来、新しい家族が出来たと言うことで随分と元気を取り戻してきていた。
「はやてちゃん、日常生活はどうです?」
はやてが先に退室したことを確認すると、幸恵は思い切って気になっていたいたことを、付き添いで来ていた女性に尋ねた。
その女性とは――烈火の将、シグナムだった。
はやてが家族として受け入れた四人――それは満九歳を迎えた誕生日の日に、闇の書から現れた四人の騎士だった。
はやては行き場のない彼女たちに、暖かい寝床とご飯を用意した。
本来なら突然現れた騎士たちや、自分が“闇の書の主”であると言う話を受け入れることは出来なかっただろう。
だが、不思議とはやてはその話を聞き取り、素直に受け入れていた。
どこか不思議だと思っていた本――だけど大切だと思い、物心がついたときからずっと一緒だった魔導書。
大きな家に唯一人、家族のいないはやてにとって、闇の書から出来てた彼女たちはある意味で家族も同然の存在だったのだろう。
自然と騎士たちを受け入れ、はやては家族として接してくれることを騎士たちに望んだ。
魔法も、過ぎた願いも必要ない。ましてや強大な力なんていらない。
はやてが望んだことは、ただひとつ――
「シグナム約束してな。現マスター八神はやては闇の書になんも望みない。
みんなのお仕事はうちで一緒に仲良く暮らすこと――それだけや」
リンカーコアの魔力を蒐集して闇の書を完成させれば、大いなる力が手に入り、はやての足が治るかも知れないと言うことをシグナムは伝えた。しかし、はやてはそれを首を横に振ることで否定した。
そのためにたくさんの人が犠牲になること、迷惑をかけるようなことはしたくない。
はやては、それで足が例え良くなったとしても、嬉しくないということをシグナムに伝えた。
シグナムも他の騎士たちも、その主の望むまま静かな時を過ごしていた。
あの事件が起こるまでは――
「足の麻痺以外は、健康そのものです」
「そうなんですよね……お辛いと思いますが、わたしたちも全力を尽くしています。
今はなるべく、麻痺の進行を緩和する方向で進めていますが――
これから段々、入院を含めた辛い治療になってくるかも知れません」
幸恵の質問にシグナムは淡々と答えた。
幸恵も出来ればこんな話をしたくはない。しかしそれほどに、はやての麻痺は進行していた。
段々と足下から上がってくる麻痺の進行、このまま行けば内臓障害にまで発展して、最悪の場合、死に至る可能性も出てくる。
はやての歳を考えると、幸恵はそのことが不憫でならなかった。どうすることも出来ない自分の無力さも痛感せざる得ない。
実はシグナムたちが、はやての命令に逆らい闇の書の魔力を蒐集しているのにはこうした背景があった。
今からおよそ二ヶ月前――突然苦しみだしたはやてが病院に運ばれる事件があった。
そのときに下された診断結果は、謎の神経麻痺が少しずつ足から上へと進行していると言う、幸恵の苦言だった。
――物心がついたときからずっと一緒だったと言う闇の書。
――はやての足の麻痺と、進行する謎の病気。
そのことをよく考えた騎士たちは、一つの結論に達した。
闇の書がはやてのリンカーコアを蝕み、身体にまで影響を与えているという可能性に気付いてしまったのだ。
ここ最近で病気が進行したのは、少なからず自分たちを維持するための魔力を、はやてが消費しているためだと騎士たちは悟った。
だが気が付いたときにはすでに麻痺はかなりのところまで進行しており、はやては命の危険性すら問われる状況に達していた。
だからこそ決めたのだ。それぞれが自分たちの意思で、はやてを助けたいと願って“蒐集”をする決意を固めた。
闇の書が完成すれば、主には大いなる力が手に入る。
その力をはやてが手にすることが出来れば、足も良くなり、はやての病状もすぐに回復すると考えての行動だった。
命令されたからではない。今までの主と違い自分たちを物扱いしない、はやての温かい心に触れ、「家族」と呼んでくれた少女の想いに報いるために騎士たちは剣を取った。
主の命に背き、それが不義理と言われようと、何もせずにはやての死を受け入れることは出来ない。
「……本人と相談してみます」
シグナムは少し思い詰めた様子で、幸恵にそう返事をする。
その心のうちは、はやてへの想いで激しく揺れていた。
フェイトはいつもの訓練場に使っている屋敷の敷地で、ひとり空を見上げながら立ち尽くしていた。
すでに涙が枯れるほど泣いた。D.S.とアムラエルのことを思い、どうすることが正しいのかを必至に考えて悩み抜いた。
でも、結局思うような答えは何一つ思い浮かばなかった。
「フェイト……」
フェイトを心配したアルフが、そんなフェイトを見守るように後ろに控えていた。
あれからアルフも色々と考えていたが、明確な答えは出てこなかった。
アムラエルの仇と騎士たちを追ったとしても、おそらくカイとシーンが止めるだろう。
目を覚ましたアムラエルが良い顔をするとも思えない。余計な心配をかけるだけかも知れないとアルフは思う。
それはフェイトも同じだった。復讐心がまったく芽生えなかったかと言えば、それは嘘になる。
でも、フェイトもD.S.とアムラエル、それにプレシアやリニス、心配してくれる友達たちを悲しませるようなことだけはしたくなかった。
油断していたとはいえ、アムラエルが出し抜かれた相手に自分ひとりで勝てるともフェイトも思ってはいない。
だからこそ、どうすればいいのか悩んでいたのだろう。
「……バルディッシュ」
フェイトの身体を中心に風が吹き荒れ、木の葉を舞い上がらせ、迸る雷がその身を包み込む。
次の瞬間にはBJを身にまとい黒いマントをなびかせたフェイトが、愛機であるバルディッシュを握り締めてその場に立っていた。
先ほどまで落ちんこんでいた少女の面影はなく、その瞳には覚悟を決めた強い意志が篭っている。
「悩みは晴れたのか?」
「……カイさん」
いつの間にか、その様子を窺っていたカイがフェイトの傍に立っていた。
カイはフェイトに尋ねる。「それは復讐のためか?」と――だが、フェイトはすぐに首を横に振って答えを返した。
「違います。知りたいんです」
「……知りたい?」
「なのはがしてくれように、ダーシュが言ってくれたように――
何故アムを襲ったのか、あんなことをしているのかを彼女たちに聞きたい」
リニスが言っていた言葉をフェイトは思い出していた。
守護騎士たちには、何がなんでも成し遂げようとする強い意志を感じたとリニスは言っていた。
だからフェイトは気になった。自分もプレシアを信じ、周りの声を聞かず、盲目的に目的に取り組んだことがある。
そうした時は周りの声など本当に聞こえなくなってしまう。正しいと信じきってしまっていると、そのことしか見えなくなって、本当に大切なことを見失ってしまうことは良くあることだ。
それほどまでに彼女たちを駆り立てる理由がなんなのかを、フェイトは知りたいと思った。
なのはがしてくれたように、自分にも出来るのかは分からない。
だが、何か理由があるのならそれを聞いてみたい。
そしてアムラエルや迷惑をかけた人たちに、ちゃんと謝って欲しいと考えていた。
「お願いです。わたしを――彼女たちの捜索に加えてください」
腰を曲げ、頭を下げてカイに頼みこむフェイト。
そんなフェイトの行動に追従するように、アルフも地面に頭をつけてカイに頼みこむ。
「あたしからも頼むよっ! フェイトにも協力させてやっておくれ!!」
フェイトがどれほど悩んでこの答えを出したのかを、アルフはずっと傍で見続けていた。
だから、その願いを叶えてやりたいと言う思いがあったのだろう。
いつになく真剣に、しかも汚れることも厭わず頭を地面につけるアルフを見て、カイは笑みをこぼす。
「もう、決めてしまったのだろう? なら、何を言っても無駄だろう。
言うことを聞いてくれないのは、D.S.やアムラエルで慣れているからな」
「……カイ?」
「フェイト、お前のいる場所はかつては“ある人”だけに許される場所だった。
そこにお前がいると言うことは、覚悟だけではない、それを証明するだけの力が必要だ」
カイは胸の十字架を掲げ、姿を変えた愛剣をその手に握った。
D.S.の娘――大魔導王D.S.の四天王の一角を担い、雷帝とまで異名を取った女傑。
カイがもっとも尊敬し、その無事を信じ続けている、人間とダークエルフの混血児“ダーク・ハーフ・エルフ”――アーシェス・ネイ。
その位置に今のフェイトはいる。アムラエルのため、D.S.のために戦うと言うならば、フェイトはその力を持って証明しなくてはいけない。
D.S.の娘として、雷帝の名に恥じぬ資格と力を持っているかどうかを――
「卒業試験だ。“オレ”に半年の訓練の成果を見せてみろ――フェイト・テスタロッサ」
「――!?」
オレと一人称を言い換えたカイが本気だと言うことをフェイトは悟った。
その剣は訓練などではない。本気で殺すために向かってきていると――
ファイトはバルディッシュを構える。
半年の間に学んできたもの、そのすべてを出し切るために覚悟をこめて、その刃をカイに向かって振り被った。
その日――爆音が響き、巨大な雷撃がバニングス家の敷地に落ちた。
……TO BE CONTINUED