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長き刻を生きる 第九話『名を持つ者達』
作者:大空   2008/12/14(日) 21:39公開   ID:BBp5izwAPIU

 どんな時代になっても、何かを持つ者達の後継者争いは消えない。
 腐敗と弱体の一途を辿る漢王朝の帝・霊帝が死去した事を発端に、後継者争いが勃発。
 大将軍の地位に就く何進(かしん)一派と宦官一派と、二つの勢力が後継者を巡って対立。
 何進は宦官派によって謀殺(計略による殺害)されたが、武官を中心とした何進派は消えきらず、武官と折り合いの悪い宦官派は窮地に立つ。
 彼らは知恵者であり、武人の前では簡単に殺されてしまうが、彼らを主立って護る武官は存在しない。
 そんな彼らは自分達にとって都合の良い護衛を欲した矢先に、併州の牧“董卓”が名乗りを挙げた。
 史実において、董卓(とうたく)は馬騰に並ぶ西方の雄の一人であり、馬術と弓術において定評を持ち、異民族との戦歴も深い。
 史実・外史共に董卓は、宦官に操られる程度の人間ではなく、自身の都合の良い献帝(けんてい)を即位させた。
 それに自身は帝に次ぐ権力者の地位を固め、横暴と暴虐の限りを尽くし、反抗勢力を生む。

「それで袁紹(えんしょう)とやらから檄文が来るわけか」

 袁紹は名家として誉れ高い『袁』の血筋を継ぐ者であり、その名声を利用して各地の諸侯を集結させているとの事。
 しかしその魂胆(こんたん)を見抜けないほど、大軍師太公望は節穴ではない。
 
 結集しつつある諸侯も同様の魂胆だろう。

 これを気に名声を上げると同時に、献帝を保護し利用する。

 仮にも帝、その声一つで戦争に必要な大義名分は幾等でも造れる最高の道具。

(まぁワシも……同類かのぉ)

 過ぎた玩具(おもちゃ)を欲するのは、欲深い人間故なのかもしれない。

 帝さえ手に入れれば、手に入れなければ出来ない事が山ほど存在するのだから。


「……さて……どうするかのぅ?」


 太公望の執務室に集合した、太公望が抱える将であり仲間の面々。

「どうするべきか、なんて聞くまでもないでしょう!
  黄巾の乱で疲弊した人民が董卓の暴政に苦しんでいるのですよ!
  これを放ってはおけないでしょう!」

 義憤に溢れる愛紗らしい返答と参戦への意志表明。

「そうなのだ! 鈴々は連合に参加したいのだ!」

 元気良く参戦への意思表明をする鈴々。
 内心、董卓の抱える武将達との戦いを求めているかもしれなかった。
 しかし意志がないよりはマシ、と、太公望は何も言わない。

「まぁ、武人としては行きたいが……軍人としては行けないな」

 中立の意思と揺れ動いている心情を素直に話すのは、左慈。
 愛紗ほど義憤を持つ訳でも、鈴々ほど戦いたいと言う訳では無い。
 本来ならば自身がこの騒乱の元凶として立つ者であり、何処か後ろめたい気持ちがあるのだ。
 それを『軍人』と言う言葉で隠しているが、真相を知る者は胸を締め付けられる気持ちだ。

「何故だ左慈殿!?」

「……私も難しいと思います」

「朱里まで!?」

 義憤の心を持つ愛紗にとって、悪政に苦しむ民衆を救えないのは歯がゆくてショウガナイのだ。
 同時に義憤が彼女を支えている部分でもある為、下手にここで刺激しすぎるのは問題がある。

「何を言う! 私・鈴々・左慈殿の武勇! それに朱里・干吉殿・ご主人様の軍略が合わせれば、董卓の軍勢など!」

「愛紗殿……落ち着いてください、朱里殿の言う事にも一理あります」

 湯気が出そうなくらい、いきり立っている愛紗を干吉がなだめる。
 国政に関わる者として、太公望軍の智将として、朱里と左慈が参加へしたがらない理由を理解している。
 自身の言葉で説明しても良かったが、あえてこの場を朱里に任せた。
 この事件の本来の元凶の一人として……

「諸侯の連合……仮にそれを反董卓連合としますけど、その連合に参加を表明している諸侯の名を見てみます
  曹操さん・孫権さん・そして檄文の主である袁紹さんがいますが、この人達の国はみんな軍事力、経済力が飛び抜けて高いんです」

 軍事力の一言に、愛紗も何が言いたいのか理解出来た。
 たとえ無敗を誇っていても、決して押し返せない力量。

「董卓軍と連合軍、どちらが勝利しようと、もう漢王朝と言う組織には求心力も統率力は残らんだろう
  そうなれば各々が各々の力で生き残りを賭けて争う群雄割拠の時代が到来してしまう
  そんな中、軍事力に乏しいワシ等が生き残れる確証はなく、目先の大国『袁』に飲まれるやも知れぬ」

 現在の太公望軍の総戦力は三万前後に対する袁紹軍の総戦力は少なく見積もっても五・六万前後。
 この圧倒的な戦力差は容易に埋められる物でも、覆せる物でもないのは、明確にして明白。

「……だから国力の充実を優先したいんです」

「軍人としては却下ですが……私は『人』として参戦を所望します」

 智将としての結論は出せても『少女』と『人間』としての結論を捨てきれない部分があるのだ。
 干吉の『人として』の発言に驚く左慈だが、同時に何処か納得している表情をアラワニしている。

 残るのは大将にして多くの命を預かる太公望の意志。

「ここで不参加と言えば、ワシは主等を率いる大義名分『天下泰平』の目的をはたせなくなるだろう
  それに袁紹とやらが敵になる訳では無い、もし可能ならこれを機に接触を図り同盟を結ぶのも得策
  公孫賛……伯符のように分かり合える諸侯が居るやも知れぬこの好機を、軍師として逃すのはいかん」

 太公望の脳裏に、あの殷(いん)の姿が思い浮かべられる。
 もしあのような地獄が再び世に現れていると言うならば、それを無くしたい。

 そして左慈・干吉から事の真相を教えられた。

 利用されている少女の姿とそれを護る者達の姿。

 『道標』に利用されている者達を救いたいと言う意志。


「民一人救えずして何が『天下泰平』よ……笑わせる!
  過酷な戦になる……されど主等は決して死なせぬ!
  故に主等もワシを死なせるな! 共に太平の世を見るまで!」


 沈んでいた各々の顔に精気の色が灯される。
 そして太公望が頭を下げて一言……


 ―――主等の命をワシに預けて欲しい


 この場で『NO』・『却下』と言った言葉を出すものは居ない。
 むしろ太公望への信頼・忠誠・恋心などを更に高める事となる。
 そしてこれを出陣前に今一度話すと、兵士達から称える声が挙がったと言うのは。
 幽州を後にする時の別の話である。

「なら連合軍参加なんですけど……皆で行かないと行けないと思います」

「そうなると防衛はどうする気だ? 武人なら周倉(しゅうそう)と裴元紹(はいげんしょう)が居るけどよ」

 左慈の挙げた二名は、目立った活躍はなくとも凡百の者達よりは優秀である。
 しかしこの二人は武人であり、政治や軍略に関しては決して有能ではない。
 そうなると参謀であり、代官を立てる必要があるのだが……

 太公望の頭の上に、見えない電球が点灯した。

「糜竺(びじく)と糜芳(びぼう)……姉妹で仲も良く、それなりの軍略も立てられる
  何よりも言った事をしっかりと行う実行力と誠実さもある、適任だろうのぉ」

 愛紗を除く全員が「あぁ」と納得する。
 この二人は太公望が幽州の大半を収めて、太守様と言われ始めた頃に仲間になった姉妹。
 既に太公望へ惚れ込んでおり、彼の指示とあらば満開の笑顔で色々な仕事を片付けてくれる。
 『恋補正』なる力で、政治・軍略にもそれなりに精通して居る為、留守を任せるくらいなら出来る。

「あの二人か……」

「何でも笑顔で実行してくれるあの二人が不服かの?」

 愛紗が不服と不満な理由を、他の面々は理解している。
 無論太公望もだが、彼自身の事を考えれば良い返事は答えれない感情だ。

「……確かにそうです。ですが、それが露骨過ぎて気に入らない……」

 とりあえず太公望は、策を打って置く。

「なるほどのぉ……安心せよ、あの二人にこれと言った感情はない」

「わっ判りました! ご主人様の決定とならば不服はございません!」

 自身の不安を本人から解消された事に、愛紗の機嫌はうんと良くなる。
 逆にその様に鈴々が少し不機嫌になるが、その身体を、すっ、と太公望が持ち上げる。
 そしてその小さな身体を抱きしめてる、幼子をアヤス親のように優しく。
 抱きしめられた鈴々は太公望の匂いを少し嗅ぎ、亡き父親を思い浮かべて縋りつく。

「義姉妹(しまい)仲良くな」

「……うん!」

 優しく頭を撫でる。
 本当の親子のように思えるその姿は、愛紗や朱里に嫉妬させてしまう。
 おかげで余計不機嫌になってしまうが。

「ならば一人ずつしてやろうかの……」

 朱里も、鈴々のように抱きかかえる。
 本当の父親のような優しさ、仕事と鍛錬で鍛えられている身体の感触。
 抱きかかえていた不安と不信感の一片を朱里は無くして、その胸に身体を預けた。

 愛紗は流石に大きくて出来なかったが、代わりに抱きしめて、二人同様に頭を優しく撫でる。
 その鍛えられた身体の感触は、武人でもある彼女を惚れ込ませるのには充分に等しかった。
 とても満足そうな顔をしながら、太公望の手を受け入れて、頭を撫でる行為を許す。


 ―――伏義


 中国神話における全ての人類の父親であり、あらゆる知識の師。
 太公望の真の姿の名である存在のその抱擁を受けられるなど、まさに奇跡に等しい。

「……見せ付けてくれるな」

「貴方もしてあげましょうか?」

「お前にされるとろくな事にならんから遠慮しておく」

 抱擁がすんだ後、太公望達も連合軍参加へと動き始める。
 残る兵と連合へと連れて行く兵の割り当てと武具の調整。
 国庫の確認から兵糧の確認とかなり忙しいうえに、厳しいモノだった。
 全ては貧乏がいけないと結論付けるに越したことは無い。



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 太公望達が幽州を出立した頃の洛陽。


「大陸に割拠する諸侯が連合を組んだようよ」

 緑の髪を三つ編みにし、小さいながらも掛けている眼鏡を薬指で調整する少女は知的な雰囲気を出している。
 朱里のように帽子も被っている少女だが、発している声はとても冷たく、その奥には決意と覚悟が見える。
 その少女の名は賈駆(かく)文和(ぶんわ)、董卓にその智謀ありと謳われる智将である。

「ウチらと戦うために? ほんま……暇な奴らもおったもんやなぁ……」

 紫色の髪を束ね、少し露出が過ぎているような袴(はかま)に豊満な大きさの胸はサラシで覆うのみ。
 服は肩に掛けているだけで、履いているモノは(何故か)下駄と言う不思議ぶりと自身を見せ付けている少女。
 楽観的に言っているような言葉も、賈駆のような冷たさよりも、何処か嘆きや哀れみが込められていた。
 その少女の名を張遼(ちょうりょう)文遠(ぶんえん)、董卓軍に身を置く勇将の一人である。

「そうだけど曹操や孫権が連合に加わっているから……かなりの強敵になる」

 曹操・孫権共に、この大陸で覇を唱えられるだけの才覚・器・地力を持つ者である。
 無論、この二名以外にもこの大陸で覇を唱える事の出来る人物はいるが、無欲であったり幕僚(ばくりょう)に恵まれていない。
 この二名以外で警戒せねばならないのは……

「……太公望……アイツがいるからッ!」

 賈駆の眼と声は怒りに燃えていた。
 この戦いの元凶である存在は太公望、彼女等は犠牲者に過ぎない。

「本物と言われる智勇に風の使役、配下には一騎当千の武将に道士、兵には異民族の屈強な騎馬隊
  こりゃあ曹操だとか孫権よりも厄介、だけどだから燃えるって部分があのは悔しいなぁ」

 既に太公望の武勇は各地に届いていた。
 卓越した戦術と呪術を持ち、常に最前線を駆け抜ける大将。
 そんな彼の脇を固める女傑と道士、彼の知識を受け継ぐ軍師の存在。
 土地を除けば曹操と孫権にも並ぶ恵まれぶりであり、実力である。

 そんな噂を聞く張遼は、武人として手合わせを願う心がある。
 しかし現状はそれを許さない。

「それに曹操には猛将夏侯惇、夏侯淵の姉妹がおるし、孫権には甘寧や周瑜がおるから手を組まれると強敵っちゅーか難敵っちゅうーかぁ」

「ふん、何を恐れる必要があるのだ!? 奴等は只の寄せ集めの軍隊に過ぎん、そんな者達が幾等集まろうと、所詮は烏合の衆!」

 空元気とも取れる発言をする女性は銀色の髪を肩まで伸ばし、張遼のように露出の過ぎる格好をしている。
 その名は董卓軍でも武勇に優れる事で名高い女傑、華雄(かゆう)は言い切る。
 自身の主が人質に捕らえられている以上、その烏合の衆である事を突くしかない。
 武人としての彼女はそう理解しており、自身の主の身を思ってこその強気の発言だった。

「確かに烏合の衆やけど……相手は仙人ちゅうっことで?」

「何を弱気になっているのだ! 夏侯惇だろうが、甘寧だろうが、私と呂布ならば一撃で叩き伏せられる強さがある!
  あの薄気味の悪い女よりも! 太公望と言う男が武勇に優れているとは限らない!
  敵の結束が連合ゆえの脆さを突いて太公望を討ち取らなければ! 董卓は……月(ゆえ)は救えない!」

 董卓……その真名を月と言う少女。
 たまたまその名前を持っていたから、両親を人質に取られ挙兵せざるを得なくなってしまった。
 本人はそんな事は望まず、むしろ平和を重んずる優しい心を持ち、彼女等を仲間としている。

「……ありがとう、椛(もみじ)…ボク等は月の為に戦うんだよね」

「せやね、あんな女の為やない! 兵の皆には悪いけど、月の為に戦う!」

 覇気を取り戻す二人を見て、椛を真名とする華雄は笑みを漏らす。
 少し年上なりの配慮だであり、年上にしか出来ない配慮だった。
 世話の掛かる妹達の世話を愚痴を零しながらも嬉しそうにする姉のように。

「少しはいつもらしくなったな詠(えい)・霞(しあ)、恋(れん)は居ないが伝えておいてくれ
  まったく……愚妹(ぐまい)を持つ姉とはいつでも苦労するものだな?」

「愚妹? 頭の悪い椛に言われたくないなぁ?」

 賈駆、真名を詠と言う少女は自身の頭を人差し指で小突きながら言う。
 その反論に椛は言葉を詰まらせてしまう……知恵では彼女が圧勝なのだ。
 それを言われると反撃の手を無くしてしまう。

「ウチかて、椛ちんと武勇なら五十勝・四十八敗で勝ってるし、騎馬関係の模擬戦なら無敗で?」

「あの二勝は偶然だ! 歩兵関係なら私の方が勝っている!」

 奔放な妹に振り回される姉と言った構図だろう。
 言われると反論しにくい事を盾に、次第に不利になっていくのだから堪らない。



「―――随分と楽しいそうだのう?」



 会話を楽しんでいた一室が、一気に冷たくなる。
 殺気と覇気が、周囲の生き物の感覚を鈍らせて『冷たい』と感じさせるのだ。

 何も無い場所から現れたのは『道標』

 しかしその肉体は傾国の美女『妲己(だっき)』そのものだった。
 あまりにも美しく、女性としての魅力の全てを兼ね備えた肢体。
 その手には似つかわしくない剣『四宝剣(しほうけん)』と言う宝貝を持つ。


 その力は『確率変動』のみ。


 物事の確率を変動させる事で、無敵の力を持てるのだ。
 その力は子猫が獰猛な虎を殺せるようにしてしまう事も容易い。
 何故ならこの剣は、幾度も歴史を吹き飛ばして始まりへと還して来た存在。

「……何用?」

「随分と楽しそうな声が聞えたからのう……覗きに来ただけよ」

 『道標』の正体は女禍、神の殺気にすら立ち向かう。
 それは大切な者を背負っているからこその力。
 それが目の前の存在の所為だとしてもだ。

「なら失せな、太公望の頸はキッチリ届けてやるからな」

「それは安心した……無駄な事は考えぬ事よ」

 そうして彼女は甲高い笑い声を残しながら去っていった。
 周囲を支配してい圧倒的な存在が消えた事で、周囲の空気は元の暖かさを取り戻す。
 しかし詠らは、冷汗を大量にかいており、先程の威勢がハリボテにも劣る虚勢である事を示していた。

「ハァッハァッハァッ……椛は水関で連合軍を迎え撃って、でも出来るだけ討って出ないで」

「……守りに………回れと?」

「遠征してくる連合軍の弱点は補給ただ一点、水関に籠もって兵糧が尽きるのを待つの
  兵糧が無くなれば連合軍は退却をしはじめる、最悪一度連合軍を退けてから太公望軍に奇襲をしかける」

 椛は「判った」と一言言って部屋を後にする。
 本来彼女は守りには長けていないが、確実に太公望を討つ方法を選択する。
 
 たとえそれが通じるか判らない策でも。

「霞は呂布に……恋に出陣の事を伝えて、二人には虎牢関を守ってもらうわ」

「あいよ・・・どっちが大将?」

「恋、霞は補佐してあげて」

 その言葉に霞は頭を抱える。

「そりゃまた難儀やなぁ、けど了解、せめてばら撒かれる情報のようにすれば対抗出来るんやけど」

「……ボクだってそうするのが一番っていうのは分かってるけど……月が許さないのよ」

 その言葉には確かな信頼が込められていた。
 たとえ世界が月を偽の情報のように信じても、真実を知る彼女達はそれを許さない。
 真実を知るからこそ、それを守ろうと戦う、それの最後まで仲間であろうとする。
 偶然名前を持ったからではなく、感情も心ある命だから、何かを決められた訳では無いから。

「あの女の為に死ぬなんて馬鹿らしいやろ? 月ちゃん連れて逃げる支度しといてや」

 詠の顔が暗くなる。
 対して霞の顔は笑顔になって、元気づけようとする。

「そん位の時間ならうち等で稼げる、まぁそん時は自力で救ってもらわんといかんけど」

 詠は何も言い返さない。
 もう霞も判っている……この戦は負け戦だと。

「ウチも準備あるし、恋ちんも探さんとあかんしな」

 そう言って霞も部屋を後にする。
 もう部屋には詠一人が残っているばかり。


「月は、月だけはボクが守ってみせるんだから」


 力強く握り締められた拳、口の中にも血の味が広がる。
 彼女がもっとも無力さを痛感した瞬間だった。



=========================================



「さーーーて、一度見つからんかったら……って居った」

 敷居内の庭の木に背中を預けて、蒼い空を眺めている赤い髪の少女。
 椛と霞に比べれば露出は少ない方であるが、眼を引くのはその手元に置かれている大きな戟矛。
 それは彼女の勇を示す武具であり、それこそ彼女の武勇の象徴にも等しい武器。
 あどけなさの残る顔つきに健康そうな色の肌、そんな少女こそ、かの呂布(りょふ)奉先(ほうせん)である。

「出陣の準備やで、早くしろって」

 空を眺めていた呂布の視線は霞に向けられる。
 不思議な眼と合わせる人はこぞって言う。

「……アイツが来てた」

「もう帰った、ウチ等にしっかり働けだとさ」

 地面に置いていた武器を手にするが、その言葉に放ち始めていた殺気を鎮める。
 武人として、突如現れて好き勝手する『道標』が許せないのかも知れない。

「ウチ等の仕事は虎牢関の守備や、大将は呂布ちんで、ウチは補佐」

 その言葉に無言で首を横に振るう。
 捨てられた子犬のような目で霞を見つめる。
 さの武人、張遼こと霞もこの目には敵わない。

「せやけどなぁ」

「……………霞」

 潤んだ眼にほのかな名呼びと言う強力な連撃が、霞を折らせる。
 捨て犬強しである。

「分かった分かった! 雑務なんかはウチが片付けるから、呂布ちんは大将って座に座ってくれればいい」

「………………………わかった」

「……えらく長い間やなぁ、まぁ準備はしといてな?」

 そう言い残して霞は去っていく。
 また一人庭に残った呂布こと真名・恋は蒼い空を眺めなおす。
 遠くで群れを成して飛ぶ鳥と近くでヒラヒラと舞う蝶が一匹。


「……また………戦…」


 感情の込められていない言葉。
 
 ただそれだけ。

 恐怖も高揚感もなく、漏れでる言葉。

 彼女等と太公望の出会いは、まだもう少し先の話。

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■作者からのメッセージ
TINコッド様
またご感想ありがとうございます
伏線を敷くのは楽しいですし、その結末までの工程が楽しみです
確かに太公望の運命の人が何処かの『ブルァァァァァ!!』並みのマッチョですからね
そう考えると太公望の現状はハーレムそのものですね……まだまだ増えますけど
これからも応援よろしくお願いします

蒼穹様
初めましてですね、ご感想ありがとうございます
ご期待に答えられよう精進します
これからも応援よろしくお願いします

兎月様
愛紗は想像しやすいですし、忠節がありすぎるので却下なのです
やっぱり『まさか!?』 と驚かせれる話が書きたいです
これは太公望が太公望でないが故の事故ですから……
どういった事になるのかは、まだ明かせませんが……
他のソックリさんも出しますよ、味方とはかぎりませんけど
これからも応援よろしくお願いします
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