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長き刻を生きる 第十話『大きな出会い』
作者:大空   2008/12/22(月) 15:12公開   ID:iBHcDzriEJI

 太公望達が幽州を出発して数日後に、連合軍合流地点に到達し、今だ合流を果たさない者達を待つ。
 それは数日におよんだが、結果として合流できたのは少数の軍勢を率いる無名や弱小勢力だった。
 合流した各軍大将を袁紹軍の本陣に招いての会議が開かれる事となり、大将たる太公望と軍師の朱里と干吉を連れて参加する事にした。
 愛紗・鈴々・左慈は兵士達の世話と留守番を任せて、三人は護衛も引き連れず会議の場へと向う。
 
「はうぅ……きっ緊張します」

 朱里は各地の大将との会議に向けて既に緊張全開であり、この姿を見たら多くの者が「本当に軍師か?」 と尋ねるだろう。
 しかしその朱里の緊張している様子を、太公望は微笑みながら眺め、そのリボンを風に揺らす頭を撫でる。

「……普段のお主らしいな、だがそれで良い…ワシはお主を軍師として強要し過ぎていた
  そんな風に緊張したり、焦ったりしている方が少女としてのお主……どうか無くさぬようにな」

 見上げた朱里に、太公望の微笑みは

(……泣いているみたいです)

 そんな風に見て取れた。
 どんな戦いでも涙を流す事無く、ひたすらに重荷と共に駆け抜けた人間だった太公望。
 だからこそ―――その笑顔は涙を流していなくとも泣いているように見えるのかもしれない。

「肩の力も程良く抜けたようだのう?」

「あっ! はっはい! がんばりましゅッ!?」

 舌を噛んだ様子に、また太公望が笑う。
 今度は干吉も微かに笑っていた。
 顔を恥ずかしさから赤くしながら、朱里は二人の先を歩く。

(―――ワシは、あんな小さな子供に軍師としての強さを求めているのか)

 自らの身勝手さに、笑顔に影を落す。
 あまりにも―――身勝手な願いで、子供達を、人間を私兵に変える。
 彼らは真に太平の為と信じ戦っているのに、自分はたった一人の人間を倒す事のみ。
 名前を使って、また多くの命を利用している自分に対して、軽蔑の感情は存在しない。
 頭でも心でも、『これが正しい事』だと理解させているから。

(『道標』を倒す事こそ……私達の『大義』なのです)

 大義・正義―――こんな言葉の為に多くの命が死んでいく。

 言葉の身勝手さは、いつの時代にも存在する。

 影を隠し、軍師としての自身に仮面を被りなおす太公望。
 そんな姿に干吉は、ある種の尊敬を抱く―――その果てが妄執だとしても。

 そうしている間に、袁紹軍本陣の天幕に辿り着き、中へと入る。


「…………」
「…………」
「…………」


 中に入った太公望に、三人の少女の視線が突き刺さる。
 だがそんなモノを気にする事無く、自身の一番身近だった席に腰かける。
 その左後ろに干吉が凛とした姿勢で、右後ろに朱里がたどたどしながら立つ。

 上座の中央の席に腰かける金髪のロール髪(この時代にどうやっているのかは不明)に金色(ゴージャス)な鎧を纏う少女。
 彼女こそ、今回の檄文の発端者にして、名家の『袁』に鎮座する袁紹本人である。
 だが名家の主と言うほどの存在感も、何処からともなく見えたり臭わせる英傑の雰囲気はない。

 その左手の席に腰かける同じく金髪のロール髪に、ドクロの髪留めをしている少し悪趣味な少女。
 彼女はかの『魏』を統べる曹操、その才気・実力・抱える部下は全て本物であり、ずば抜けた力の持ち主。
 その座る姿勢から既に、英傑として持つ雰囲気や存在感を持ち、袁紹と比べることすらオコガマシイ。

 袁紹から右手の席に凛と座る桃色の長い髪に、貴族が着るかのような少し美しさを持つ衣服を纏う少し日焼けした少女。
 彼女は孫権、かの南の大国『呉』を率いる長であり、亡き先王孫策よりその全てを受け継いでいる。
 これも英傑としてのモノを持つが、何処かその姿には影が落ちているようにも見えてしまう。


「……コホン、貴方みたいな若い人が、かの偉人『太公望』の名を語る天の御遣いですの?」


 随分と遠回りに嘲りを含んだ言い方を袁紹は言う。
 それの返答に、太公望は懐にしまっていた打神鞭を取り出す。
 その杖を見た多くの諸侯は、内心で太公望を嘲笑う。


 ――――――疾


 小さく太公望が呪詛を紡いだ事で、その見下しは消える。

 見えない大気の大剣が、袁紹の左後ろの天幕の布を切り裂く。

 細切れに切り裂き、諸侯の眼を仰天へと変貌させる。


「……いかにも、ワシこそ千年もの長き時を生きる仙人、太公望」


 打神鞭を懐にしまう、そうする事で力の供給を失った空気の刃は消滅して消える。
 その力の証明たる天幕の一部の布は、細切れになり吹いた一陣の風によって飛んでいった。
 もう諸侯に太公望を見下す心意気は存在しない。

 ―――もしその気なら殺されていたのだから

 ―――ましてや噂としか信じていなかった力を証明されたのだから

 そんな諸侯の中、今だ凛としているの者がいた。

「……どういった仕組みなのかしらね」

「…………もっと早く現れてくれれば」

 そして凛としている訳ではない者が一人。


「よぉ太公望……元気だったか?」


 先の二万五千の賊徒を連合して蹴散らした良い人太守こと、公孫賛。
 「久しぶり」 ではないのは、両者は公孫賛側の重鎮の提案で文通をしていた。
 他愛のない話から、政策や戦術の指南と言った事も書かれており、両者の仲は中々良好だった。
 無論、この当時高価でしかたなかった紙ではなく、木簡による文通で、その量は決して少なくなかった。
 特に太公望は届く度に顔を真っ青にしながら滞在する使者の顔を、正直申し訳なく思いながら見ていた。
 何せ距離もあり、しかも太公望側には恋の宿敵もおり、彼女等の殺気に当てられて使者が何人潰れたか。

「仙人は簡単には潰れん、お主も元気でなによりよ」

 他愛もない言葉に、公孫賛は頬を染める。
 惚れた男からの気遣い一つで、彼女は何処か太守としての雰囲気が崩れ始めている。
 その様に嫉妬している朱里が、ちょっと意地悪の為に割り込むよりも速く、袁紹が割り込む。

「伯珪さん、こんな人と随分と仲がよろしいのですね?」
「一緒に戦った仲だからな」

 袁紹の質問に対して、公孫賛は即座に返答した。
 恋する乙女が久方に出会えた男との会話を邪魔されたくないのだ。
 スパッと言葉に斬り捨てられた袁紹が哀れにも見えてしまう。

「…そっそうですの、まぁ仕えた王に捨てられた人と仲良くする事ですわ、おーーっほっほっほっ!」

 史実で太公望は、武王と雇用に関する主義を巡って大喧嘩している。
 その後、本国より離されてしまう一軒や、妻との事件が起きているのだ。
 遠回しだか『没落者』と蔑んでいる事に公孫賛が気付く。

「……もう慣れてはいるが、相変わらず名家意識を鼻に掛ける奴だ」

 二人の領地は隣接している為、外交で何かと揉めている。
 本当に彼女は苦労人と良い人のサガを持ち合わせているのに、太公望は同情した。

「鼻になんて掛けてませんわ、袁家は本当に名家なんですもの」

 ―――ここまで血筋を自慢出来るのは、もはや彼女くらいであろう。
 内心で誰もが、公孫賛の苦労と袁紹の馬鹿らしさに失望していた。

「はいはい、さっさと軍議に移るとしようぜ」

「私の台詞を取らないでくださいます?」

 もう我が侭な子供を世話する保母さんである。
 色々揉め事が起きてやっと、本題が始まるのだが……


「さて皆さん、私の下にこうして集まって頂いたのは他でもありませんわ
  董卓さんの事です、董卓さんという田舎者は、田舎者の分際で皇帝の威光を私的に利用し、暴虐の限りを尽くしておりますの
  それついてはここにお集まりの皆さんもご存じでしょう
  そんな董卓さんを懲らしめてやるために、皆さんの力をこのわたくし……そう!
  三国一の名家、袁家の当主であるこのわたくしに、皆さんの力を貸してくださるかしら?」


 周りの意見を聞かずにここまで我を通せるものだ。
 一諸侯の発言よりも早く次の言葉が漏れ出てきて、とてもじゃないが意見など出来ない。
 しかも内容は直球に、つい先程、太公望に対しての遠回りな発言が神掛かって見える程の直球。
 あまりの直球さに呆れて誰もがその直球を空振りしてしまう始末だから性質の悪い。
 更に相手は名家であり、土地も戦力もある……反論やらが許されないからなおの事悪い。

 「ふん……己の名を天下に売るために董卓を利用しようとしてるだけのクセに、良く言うわね」

 誰もが呆れる中、曹操が呟くが、袁紹の地獄耳に聞える。
  
「あらそこのおチビさん? 今、何か言いまして? 身長と同じように声まで小さくて、何を仰ったか聞こえませんでしたわ?」

 皮肉全開の発言を袁紹は曹操に言い返すが、曹操は挑発に対して平然としている。
 
「老けた見た目同様、耳が悪いようね、おばさん」
「くっ……口の減らないチビですわね!」
「あなたこそ口の減らないおばさんだこと」
「……っ! あーーーーっ! もうこのチビはむかつきますわ!」

 皮肉と遠回しの罵倒の殴り合いが起きてしまう。
 両者共に頭に青筋を浮かべており、怒り心頭にナントヤラだ。
 
「チビチビ煩いわね……あんた、今すぐ死ぬ?」

 曹操が手に己が武器である鎌を手に取る。
 こんな状況で激突してしまえば、大惨事ではすまされない結果となってしまう。

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」

 袁紹も腰に掛けている剣の柄を手に取る。
 多くの将兵も模倣たる大将同士の仲がこれでは、連携など取れない。
 例え取れたとしても、恐らくギコチなさ残り、大きな支障となるだろう。

(最悪……ワシ一人での突入も考えるべきか)

 大軍師の頭脳には、既にこの連合の崩壊を見越しての行動の図式が描かれている。
 そして最悪の結末の予想も、不本意ながらも書き出しつつあった。
 
 そんな二人を仲裁する者が居た。


「あーっ! もう! 袁紹も曹操も落ち着けよ! 今はそんなことでいがみ合ってる場合じゃないだろうが!」


 声にもならない声を上げる袁紹、冷静さを取り戻しはじめる曹操。
 だが納まりきっている訳ではなく、二人と並ぶ風格を持つ孫権に援護を求めるが

「関係ない」

 一言で援護を拒絶されてしまう。
 公孫賛は最後の頼みとして太公望に視線を向ける。

(―――仲裁するべきかのう?)
(共倒れてしくれるなら喜べますが)
(ここで大喧嘩になったりしたら大変ですよご主人様!)

 もう睨み合っているだけでは済みそうにない二人に、太公望は仲裁の風を吹かせた。
 天幕内を荒れ狂う一陣の突風に睨み合いは消え、唖然した様子で諸侯が太公望を見つめる中、公孫賛が発言する。

「大義はどう作るのか、難攻不落として知られる水関や虎牢関をどうやって抜くのか?
  それ以前にこの連合をどう編成し、どう率いていくのかを決めないといけないだろう?」

 こう真面目な発言をされては、喧嘩を続け訳にもいかない。
 
「……そうですわね、伯珪さんの言う通りですわ、ふふっ私とした事が、可愛げのないおチビさんの所為で軍議の本質を忘れる所でした」
「忘れる所じゃなくて、忘れてたんだろうが……」

 大きな溜め息を漏らしたのち、太公望の右隣の席に腰かける。
 その疲れて死に掛けている公孫賛の背中を、太公望は優しく撫でてやる。
 それによって顔の疲労の色は一気に吹き飛び、また先程みたいな騒動になっても鎮圧出来そうな顔色に戻る。
 涙ぐましい努力の末合って、やっと軍議が始まるが―――そうは問屋が卸してはくれない。

 どうにか軍議に意識を戻した袁紹は、高らかに言い放つ。

「この連合に一つだけ足りないモノがありますわ」

 突然の意味深な言葉に、諸侯達は袁紹に注目してしまう。

「この軍は袁家の軍勢を筆頭に精鋭が揃い、武器糧食も太公望軍を除いて充実し、士気も充分に備わっていますけれど、たった一つだけ足りないモノがあるのですわ」

 太公望と軍師二人は、自分達の貧乏ぶりに嘆く。
 なにせ諸侯に比べれば急造の戦力と、税金を少なくしてしまっている為に、税収が少ないのだから。
 しかも太公望軍の主力は、もっとも経費の必要となる騎馬であり、財政を圧迫していた。
 
 しかし”それ”と”これ”は別物。
 ましてや袁紹が今から太公望に尋ねる物なら尚更。

「太公望さん……お判りますか?」

「遠征軍である以上の欠点である補給の確保・民族がバラバラであるのを統率できる人望と統率力
  各地の諸侯を納得させれるだけの実力を持ち、なおかつ前述の理由を持つだけの優秀の統率者
  言うなれば、この問題だらけの連合軍の頂点である統率者として君臨する者の事じゃろう?」

 伊達に大軍師の称号を持ち、仙人の中でも秀でた才を持つ彼には、児戯にも劣る質問である。
 あまりにも完璧な質問には、そこに含まれている『この場に統率者はいない』と言う皮肉があった。
 さんざん人の事を馬鹿にしてくれた礼に、かなりの皮肉を込めて言ったつもりであったが。

「流石は大軍師殿ですわ、そう! この軍に必要な統率者!」

 この場の誰もが、この後の展開を読んだ。
 

「おほほ、そこで皆さんに質問ですわ!
  この軍を統率するに相応しい、強くて、美しくて、高貴で、門地の高い三国一の名家出身の人物は、だぁれ?」


 言わせたい事が理解出来すぎて、誰も発言しない。
 今の彼女にはそれがある種の皮肉なのだから。

「……バカバカしい、付き合ってられないわ」

 そう言って吐き捨てるのは曹操。

「アホくさ」

 思っていた通りの事を言った袁紹に呆れる公孫賛。

「……下らん」

 またもや一言で斬り捨てる孫権。

「己が愚に気付けん者も哀れよのぅ」

 一番皮肉と侮蔑を込めた発言をする太公望。

 諸侯も、もう袁紹の立ち振る舞いに疲労して何も言わない。


「意見はありませんみたいですし、満場一致としてこの私……そう! 三国一の名家の出である、この袁本初が連合の指揮を執りますわ!」


 その発言にもう諸侯は「好きにしろ」とばかりに天幕を出払っていく。
 天幕内はあっという間に袁紹だけとなり、誰も彼女の発言を聞いていない。


「朱里、干吉」


 天幕を出てすぐに、太公望は軍師としての指令を下す。
 
「上が”あれ”ではどう努力しようとも、各軍が各個で動き各個撃破を狙われる
  ワシ等も最悪の場合は連合の指示よりもワシの指示を優先させるじゃろう
  勝利の為に……あのような愚者の為にワシの兵を……お主等を死なせはせぬ」

 太公望の中で既に袁紹と言う少女を『敵』と認知し始めている。
 彼は女性には優しく、敵として完全に認めていたのはたったの二人だった。

 ―――神にその命を狙われる三人目が決定しつつある

 ―――己が家族を、宝を護る為に神は私情に駆られてしまう

「ご主人様……私……怖いです、この先の戦いがどうなっていのか」

 ―――たとえワシが化け物と囁かれようと、お主等は護ってみせる

「安心せよ朱里、ワシ等の手腕と愛紗達の武術があれば全てを薙ぎ倒せる
  最悪の場合は……ワシが本気となり嵐を従え全てを薙ぎ払ってくれる」

 小さく震えていた朱里の頭を撫でる。
 だがその手も、本当はほんの少し震えていた。
 本当に護りきれるのか……自信がないから。

(ワシは―――無力だ)

 風しか使役できない『太公望』の力は、あまりにも非力で無力。
 『太公望』と言う名前の弱さを噛み締めながら、太公望は己が陣に戻る。


「お帰りなさいませ」

 平和な世界で暮らして欲しい愛紗。

「おかえりなのだ!」

 平和な世界で子供らしい笑顔を見たい鈴々。

「遅かったな?」

 輪廻の輪から解き放ってやりたい左慈。

「顔色が悪いですよ」

 似ていて恐ろしくとも、元気でいて欲しい雪。

「ただいま戻りました〜」

 慌てていて、何処かもどかしい姿であって欲しい朱里。

「いやはや、遅くなってしまいました」

 悪知恵仲間としていて欲しいが、左慈のように解き放ってやりたい干吉。


 ―――ワシは護ってみせる
 
 ―――今度こそ……大切な者らを!


 脳裏に過ぎる多くの仲間の戦死していく姿。
 自分の非力さを証明する為に死んでしまった仲間達。

 神は全てを護る為に、狂う決意を固めていく。

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■作者からのメッセージ
ソウシ様
またご感想、ありがとうございます
いえいえ……椛さんは自分が勝手につけた華雄につけた名前です
そしてそっくりさん登場、これからもバシバシ出しますよ
無論、登場する理由もしっかりと存在します、公開はあと四・五話先ですね
女禍についても二人の再会の話で解き明かしますのでご安心を
しかし心情ですか……作家でありながら抜かっていました!
ご指摘ありがとうございます
これからも応援よろしくおねがいします


兎月様
皆さんのリアクションは、今は隠しておきます
実はあの女禍は太公望の知る女禍では……とりあえず二人の再会で
所詮は人間、自分達が神と謳う異星人には勝てません
『人間』が書けているとは、最高の褒め言葉です!
自分はやっぱり色んな意志を持つ人間を書きたいですから
これからの応援よろしくお願いします


イービルさんの本家が始まったら、参照数が落ちそうでとても怖いです
やっぱり本家からのご感想もありませんし……認められていない証拠かもしれません
それでも皆様、執筆頑張っていくのでよろしくおねがいします!
テキストサイズ:12k

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