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次元を超えし魔人 第18話『噛み合わないもの』(AS編)
作者:193   2008/12/19(金) 11:31公開   ID:4Sv5khNiT3.



 あれから調査は進んでいたが、守護騎士たちの動きを掴めるまでには至っていなかった。
 管理局との合同捜査と言うことに一応はなっているが、管理局側との連携は実際には上手くいっていない。
 それも、調査を遅らせている一つの要因となっていた。
 実際に闇の書や守護騎士をどう対処するかなど、対策案や捜査状況など地球と管理局の間で情報の伝達が行われていなかったからだ。
 しかしこれに関しては意図的に、管理局がはぐらかしていたと見るべきだろう。
 以前に開示された最低限の資料を除き、管理局は地球側に情報の提供をするつもりはなかった。
 管理局側は一応の協力体制を取ってはいても、「全権は管理局にある」と言う主張を崩すつもりは無い。
 そのため、互いに主張を曲げるつもりもなく、お互いに足の引っ張り合いのような状況が生まれていた。

「困ったものね……なんのための協力なのか、これじゃ分からないわ」

 リンディは今の管理局のやり方に関しては不満を抱いていた。
 闇の書に関しては確かにずっと以前から管理局が追っている事件であり、捜査権を主張するのも分からなくはない。
 だからと言って、現在被害を被っているこの世界の住人のことを無視して、管理局の主張ばかりを通してよい道理がない。
 結果的にそうした強硬姿勢が、管理局への反感を強める結果に繋がるのだと危惧していたからだ。
 現地の魔導師の実力は疑うべくもないのだから、素直に協力体制を取り付け、互いの利点を生かして迅速に行動した方が事件解決も早くなると言うことは子供にでも分かる簡単な答えだ。
 しかしリンディが上から受けた指示は「現地の魔導師に絶対に出し抜かれるな。管理局だけで闇の書を処理しろ」と呆れたくなるような内容だった。

 ジュエルシード事件で管理局は面目を潰されている。
 本来であればロストロギアの捜索や所有を、管理局の許可無く行うことは出来ない。
 世界を管理し、平和と安定を守っていると言う自尊心を持ち、その責務は管理局にあるものと言う考えが前提にあるからだ。
 だが地球は管理局の揚げ足を取る形で、その法と主張を捻じ曲げるような行動を取った。
 アルカンシェルの使用許可が下りたのも、そうした背景があるからだ。
 闇の書が停止も破壊も出来ない対処不能な危険物だと言うことは、管理局が一番よく分かっている。
 だから最後には管理局に頼らなければ、どうすることも出来ないと言う確信があったのだろう。

「そんな、まさかそれじゃあ管理局は――」
「そのまさかだと思うわ……闇の書が暴走してくれるのを待ってるようにしか思えないもの」

 ユーノはリンディから「秘密裏に相談がある」と言われ、リンディの執務室を訪れていた。
 だがそこで聞かされた闇の書の捜査状況に言葉をなくし唖然とする。
 アースラとアルカンシェルを寄越したのは、念の為ではなく文字通り“使わせるため”ではないかとリンディは考えていた。
 闇の書が暴走すれば、通常兵器や人間の魔法で破壊することは難しい。地球が保有するどの質量兵器を使っても不可能だろう。
 だがアルカンシェルの威力を用いれば、それも可能となる。空間を歪曲させ、対象の反応そのものを消滅させてしまう恐ろしい兵器。
 問題は半径百十数キロに渡って消滅させてしまうと言う、物騒なおまけ付ではあるが――
 大気圏内でそれが使われるようなことがあれば、地殻にも多大な影響を及ぼし、地形が変わるほどの大災害を呼び起こす危険性すらあった。
 リンディはそんな事態にするつもりはないが、闇の書がそれほど危険だと言う事実は揺るぎようがない現実だ。

 管理局にして見れば闇の書が無事に捕獲できれば、それで自分たちの有用性を顕示出来ることになり――
 それが無理だった場合でも、最終的に対処する手段は管理局のアルカンシェルにしかないと言う自負があった。
 そうなれば闇の書の消滅と引き換えに、地球側に無理な要求を突きつけるつもりでいるのだろう。
 その上でアルカンシェルの威力を見せつけ、それを示威行為にする算段なのだとリンディは予想した。

 本来なら身内を疑うようなことをリンディもしたくはない。
 しかし、今までの管理局の行動や発言、それに左遷されたリンディたちを闇の書事件と言う重要な任務に当たらせた理由も、それならば納得が行く。
 闇の書やアルカンシェルによって想定される被害の責任を、すべて左遷した局員に押し付けるつもりなのだと考えれば――

「わたしも昔なら上からの言葉を疑わず、その通りに動いてたかもしれないわ。
 でも、こんなデータを見せられてしまってわね……」
「これは……」

 それは今から二十六年前のプレシアが引き起こしたとされている新型魔力駆動炉の暴走事件の真相だった。
 管理局のデータベースではプレシアの責任だったとされているが、真実はそうではない。
 すべては開発に関わった企業と、管理局の隠蔽工作によりプレシアに責任が押し付けられただけの話だ。
 彼女の娘を死に追いやったのも、その後の人生を狂わせたのもすべては管理局が行ったことだと、リンディはその資料からすべてを悟り苦悩した。
 その資料はミッドチルダに居た頃のプレシアが、アリシアの仇を討とうと必死になって集めた捜査資料や、当時の状況や関係者の筆談を記した管理局の隠蔽を裏付ける証拠資料だった。今ではすでに管理局でも処分され、残されていない重要な証拠品だ。
 当時、管理局が掲げる法の下で正々堂々と裁判という形で戦ったプレシアも、これだけの証拠があったにも関わらず体制という巨大な組織の枠組みを前に何もすることが出来ず、娘だけでなく信じていたものすべてに裏切られ、居場所を追われた。

 この資料をリンディに見せたのはデビットだ。
 もちろんプレシアの許可を取ってはいたが、リンディならば揉み消したり管理局に公言したりはしないと考えたからだ。
 長く付き合っていく以上、管理局の内部にもある程度信用の出来るパイプが欲しいとデビットは考えリンディを選んだ。
 それは彼女が組織の体制に完全に染まりきっていないこと――
 その上で判断できるだけの情報が目の前にあれば、彼女ならば客観的に物事を捉え、理性的な判断を下せると考えたからに他ならない。

「これが本当なら、なんとかならないんですか!?」
「無理ね……それが可能ならプレシア女史もやってるわ。
 彼らが管理局を危惧視していた理由が、これで分かったでしょう?」
「……はい」

 正しいと思っていた管理局の裏を見せられ、何を信じていいのかユーノには正直分からなかった。
 だけど、正しいと思っていたことが否定されても、すべてが間違っていたとはユーノも、それにリンディも思っていない。
 リンディにこの資料を見せた後――「こうした負の部分があるのは、どこの組織でも国家でも同じことだ」とデビットは言った。
 大きな組織である以上、そうした腐敗や弊害は必ず生じてくる。
 人間の作るものに“絶対”などありえないのだから――

 理想を掲げ正義に酔うことは簡単だ。
 だが、その理想に溺れて上ばかりを見ていれば、こうした問題に目も向けなくなる。
 それが今の管理局の状態だった。

 しかし、それだけで管理局が守ってきた平和や、救ってきた命――
 その行動のすべてが否定されるわけではない。
 デビットが言いたかったことは唯一つ――

「間違うのも人なら、正すのもまた人――ですか。
 でも、どうしてこんな重要な話をぼくに?」
「信頼関係って、まずは相手を信じられるかどうかで決まるのよ。
 この半年のあなたの活動を見させてもらった。その上で、あなたに頼みたいことがあった。
 だから、今のわたしの考えをあなたに知って欲しかったの」

 あれから管理局の嘱託魔導師として協力していたユーノは、罪滅ぼしになればと誰もが軽んじる仕事を率先して行ってきていた。
 とてもじゃないが管理局、それも優秀な魔導師がやるような仕事だったとは言えない。
 魔法関係の道具の修理や、困っている人を見ては人助けのようなことをしていただけだ。
 だがユーノの評判は海鳴市やその近郊の街ではかなりよかった。
 その行動が支持され、この近郊だけで言えば管理局に対しての市民の感情も悪くない。
 管理局のことが政府から発表されたときには更に混乱も生じると思われていたが、実際にユーノが活動をはじめてからは、管理局への不満や反発の声も少なくなっていた。
 その成果と、彼の取り組みへの真摯な態度をリンディは評価していた。

「このまま、上の思い通りの結末にするつもりはないわ。
 だから、あなたの力を貸してくれないかしら?」

 リンディの意志が宿った真っ直ぐな目を見て、ユーノは息を呑んだ。
 リンディの言葉どおりなら、自分にも何か出来ることがあるのだとユーノは思う。
 この街を、この世界の人たちの為になるのであれば、それは望んだとおりの恩返しになる。
 だからユーノは首を縦に振った。

 管理局の嘱託魔導師としてではない。
 ユーノ・スクライアとして、何か出来ることがあるのならと意志を固めて――





次元を超えし魔人 第18話『噛み合わないもの』(AS編)
作者 193





「カイ、もう無茶はしないでよ」
「すまん……しかしフェイトも強くなったが、なのはの方はもっと容赦ないな」

 カイはシーンに怒られながら、傷の手当てを受けていた。
 と言うのも、なのはがフェイトがカイの卒業試験に合格したと言う話を聞きつけ、自分もとカイに試験を迫ったからだ。
 そう来ることはカイも予想してたので受けて立ったのだが、なのはの戦闘スタイルはそれは容赦が無くえげつないものだった。
 誘導弾を大量に照射し、それでカイの逃げ道を塞いだところに砲撃魔法の嵐。
 距離を詰めようとカイも頑張ったが、なのはは常に飛び回って距離を取りながら、大量の魔力弾を精密な操作技術で撃ちだしてくるので、まったく近づくことも叶わなかった。
 フェイトのように小柄な身体とスピードを生かし、相手の意表をつくような戦法と違い――
 なのはは苦手な接近戦を捨ててまで得意の砲撃魔法に拘り、ありとあらゆる手で対象の逃げ道を塞ぎ、全力全開の大出力砲撃で止めを刺すと言う漢気溢れる戦法を得意としていた。
 苦手なものを潰そうとするのではなく、得意な戦法をとことん極めようとするやり方はある意味で究極と言える。
 実際に食らってみて、カイはかなり有効な戦法だと思い知らされた。

 接近しようにも、なのはの強大な魔力から生成されるあの大量の魔力弾を捌ききることは難しい。
 その上、中遠距離からの大出力砲撃で、なのは以上の威力の魔法を撃てる人間は、まずほとんどいないだろう。
 接近することも難しく、だからと言って距離を取った戦いでは、なのはの独壇場と言っていい。
 戦士に取って、なのははこれ以上ない天敵だった。
 正直な話をすれば、同じ魔導師でも今のなのはに勝てる人間は少ないだろうとカイは思う。

「……そんなに凄かったの?」
「ああ……しかも戦闘中、笑ってたんだぞ?」

 実戦さながらの本格化する戦いの中で、なのははその戦闘の高揚感から笑みを浮かべていた。
 実はカイも思わぬ強敵の出現に笑っていたのでお互いさまなのだが、見学に来ていたフェイトは表情を引き攣らせ、アルフは身体を小刻みに震わせて怯えていた。
 すずかだけは冷静に「なのはちゃん、本気で怒ると――」と親友ならではの何か意味深な発言をしていたのだが、それはアルフの恐怖心を更に煽る結果となった。

「末恐ろしい子ね……」
「将来が心配だがな……」

 シーンは冷や汗を流しながら、カイは悲壮感を漂せながら、なのはの将来を心配していた。






「お友達のお見舞いですか?」

 はやてが「友達のお見舞いに行きたい」と話を切り出したのは、シャマルといつものスーパーで買い物をしている時だった。
 午前中に図書館ですずかに偶然会うことが出来たはやては、最近アムラエルからメールの返事が返ってこないことを不思議に思い、そのことをすずかに尋ねた。
 最初はどう答えていいか困っていたすずかだったが、心配する友達に嘘をつくわけにも行かず、魔導師襲撃事件に巻き込まれたと言うことだけは明言を避け、アムラエルが怪我をして学校を休んでいると言う話だけを語って聞かせた。
 だが、はやてがそんな話を聞いて黙っているはずがない。当然、「お見舞いに行きたい」とすずかに申し出た。
 しかし二人が収容されている場所が場所なのですぐに返事が出来ず、結局リニスに確認を取って許可を貰った上でと言う話になり、夕方からバニングスの屋敷に向かう約束をしていた。

 はやても本当はシグナムたちにも言ってから出掛けようかと考えていた。
 しかし最近は全員家にいないことが多くなり、今日もシャマルと二人で食料の買出しに来ているような状態だった。
 それぞれ、やりたいことを見つけて出掛けているのであれば、はやてはそれで良いと思っている。
 主従の関係だから傍にずっといると言うのではなく、家族として遠慮をして欲しくはない。
 やりたいことを見つけ、友達が出来たのなら外に遊びにだって行って欲しい。
 そう願っていたのだから、今の状態は喜ばしいことなのだろうと、はやては思うことにした。
 それでも、やはり寂しいことには変わりないのだが――

「そうですか。お友達が怪我を……心配ですね」
「すずかちゃんが車で迎えに来てくれるらしいし、シャマルはええよ。
 夕飯の準備だけはしていくよって、みんなで温めて食べてな」
「そんなのいいですよ。そのくらいわたしが――」
「ってダメやん……シャマルひとりで台所に立たす方が心配やわ」

 はやては以前にシャマルが引き起こした惨事を目の辺りにしている為、素直に首を縦に振ることは出来なかった。
 と言うのも以前にシャマルが「代わりに食事の用意をします」と張り切って台所に立ったのはいいのだが、料理の味以前にそのあとの台所の後始末の方が大変だった。
 シグナムが顔を引き攣らせ、ヴィータが「化学実験みたいだった」と表現していたことからも予想はつきそうなものだろう。
 結果、シャマルはひとりで台所に立つことを禁止された。

「はやてちゃん……酷いです」

 不服そうに見るシャマルだったが、ここで甘い顔など出来るはずが無い。
 はやてはキッパリとそんなシャマルの訴えを却下した。
 みんなの食と安全、台所を預かる身としてあんな暴挙を許せるはずがない。
 これだけは譲るわけにいかないと、はやてはシャマルに釘を刺すのだった。






 守護騎士の動きが一向に掴めないことからクロノは焦っていた。
 近隣の世界で蒐集行為を行っていることは掴んでいたが、用心深いのか管理局の網にまったく掛からない。
 ジリジリと時間だけが過ぎて行き、捜査開始から一週間が経とうとしていた。

「やはり、前の事件で向こうも警戒を強めているってことか……」

 アムラエルとの戦闘でメタ=リカーナの魔導師を警戒しているのだとクロノは考える。
 しかしそうは言っても、まずは守護騎士の動きを掴まないことにはクロノたちも動きの取りようがなかった。
 優先する任務は闇の書とその主の確保。そのためには、まず守護騎士をどうにかしないといけない。
 それはクロノにもよく分かっていた。だから焦っていたのだろう。
 闇の書が完成してしまえば、自分たちの力では手の打ちようがなくなる。
 最悪の場合、アルカンシェルを持ち出さなくてはいけないほどに――

 だが、クロノも出来ればアルカンシェルだけは使用したくはなかった。
 出来れば自分の手で決着したいと言う思いがあったのだろう。

「でも絞込みの範囲も随分と狭まってきてるよ。これなら時間の問題だと思う」
「頼むよ、エイミィ。上からも『管理局で確保するように』って言われてるんだ。
 ぼくも出来れば現地の魔導師に介入して欲しくはない」

 闇の書のような一級捜索指定のロストロギアは、それこそ過ぎた力どころの問題じゃない。
 適切な処理をしなければ、世界は破滅へ向かう以外に道はないとクロノは思っていた。
 ジュエルシード事件は確かにどうにかなったのかも知れないが、今回は状況も危険度も大きく違う。
 前回のようなことがあれば、地球だけでなく次元世界全体の問題になりかねないと考えていたのだから当然だろう。

「でもクロノくん、本当にひとりで大丈夫なの?
 メタ=リカーナの魔導師が無理でも、せめてユーノくんや、なのはちゃんたちに協力して貰うとか」

 エイミィはそのことが心配だった。守護騎士たちは最低AAAクラスの実力を持つ高ランク魔導師だ。
 そんな相手にいくら武装局員の中隊を借りられたとは言え、クロノひとりで相手が出来るとは思えない。

「ぼくだって無策で言ってるんじゃない。大丈夫さ、相手が二人程度ならぼくだけでも抑えられる。
 それに何も戦いに勝つことばかりがすべてじゃない。ようは闇の書と主を確保できればいいんだ。
 それが出来れば守護騎士たちも手が出せなくなるはずさ」

 組織戦ならば自分たちの方が圧倒的に有利だとクロノは考える。
 すでにベルカ式への術式対応もほとんど済ませている。前のようにエイミィたち通信班取り逃がすこともないだろう。
 いくら優秀な魔導師とは言っても、数の暴力に叶うわけでもない。
 執務官一人と武装局員一個中隊では確かに総合力で劣るかもしれないが、網を張るのであればそれで十分だとクロノは考えていた。

「――!? クロノくんっ!!」

 警報音が鳴り響く。
 モニタには守護騎士の二人――ヴィータとザフィーラが映し出されていた。
 場所は遠見市上空――
 おそらく蒐集行為を終えてこの世界に戻ってきたところを、管理局の張っていた探知魔法に引っ掛かったのだろう。
 駆けつけた武装局員に取り囲まれ、武装局員たちが作り出した強装結界に閉じ込められてた。
 力で劣る魔導師たちが力を合わせることで強固な結界を作り出し、目標を一定範囲の空間内に閉じ込める力を持つ。
 この結界の破壊にはかなり強力な魔法を必要とするため、通常であれば脱出は難しい。
 それにクロノたちが本局から借りてきた武装局員たちは、何れもAランク以上の優秀な魔導師だ。
 その魔導師が十数人単位で作り出した結界となれば、いくらAAA以上の力を持つ高ランク魔導師と言っても中々抜け出せるものではない。

「エイミィ、ぼくは現地に行く! 艦長にも連絡をっ!!」
「――うん! クロノくんも気をつけて」

 これが勝負の分け目になるかも知れない。
 クロノは身を引き締め、守護騎士たちが待つ戦場へと向かっていった。






「はやてが?」
「すずかが口を滑らしちゃったらしくてね。でも、リニスもいいって言うから」

 アリシアは、はやてが見舞いに来ると聞いて少し驚いたような表情でアリサに返した。
 今二人が収容されているのは時の庭園だ。バニングス家の屋敷と転送ポートで繋がっているとは言っても、ただの一般人を連れ込んでいいのかと思ったのだが――

「時の庭園ってアリシアとフェイトの家でもあるでしょ?
 プレシアが『二人の友達なら問題ない』って断言したらしいわよ」
「母さん……」

 実際にはアムラエルのお見舞いなのだが、アリシアとフェイトの友達が遊びに来ると言うだけでプレシアは嬉しかったのだろう。
 今も時の庭園では、プレシアがみんなのためにと手料理を作っていた。
 勘違いしている人も多いかもしれないが、プレシアは実は料理が上手い。
 アリシアが生きていた頃は、それはアリシアのためにと忙しい研究の合間をぬって毎日料理を作っていたのだ。
 その実力は疑うべくもないだろう。当然、その実力は使い魔であるリニスにも継承されている。
 あまりに意外なスキルだった為、以前にプレシアの手料理をご馳走になったアリサは驚きを隠せなかった。

「アリシアは当然来るとして、そう言えばフェイトとなのはは?」
「二人とも最近はずっと時の庭園に張り付いてるよ。
 リニスが守護騎士たちの動きを探ってるらしくて、緊急時にすぐに出撃できるようにって」
「そうなんだ……」
「そう言うアリサはお仕事の方どうなの?」

 アムラエルが襲撃されてから数日――
 アリサもショックを隠し切れない様子だったが、今は落ち着きを取り戻し「自分も何かしたい」とカイとシーンに申し出て二人を困らせたりしていた。
 だが、なのはやフェイトのように魔導師でもなく戦う力を持たないアリサでは戦闘に出ることは無理だ。
 アリサの気持ちも分からなくはないが、素人に危険なことをさせるわけにいかず、カイとシーンの二人は悩んだ。
 しかしシーンは以前に、見事にリンディと交渉をやって見せたアリサの実力を見込んで、一つの仕事をアリサに与えることにした。
 それがシーンの副官だ。大した仕事を振っているわけではないが、これからのことを考えればアリサの勉強にもなるだろうと考え、それを許可した。
 デビットもアリサに会う機会が増えると喜んでいたが、経済、政治の世界に顔を出すと言うことは少なからず人の邪な側面を見ることになる。そのことは危惧視していたが、シーンは逆にそれがアリサのためだと進言した。
 バニングスという家名は嫌でもアリサを縛り付ける。これから経済界だけでなく、政治や様々な分野でその名はアリサの価値を高めるだろう。
 そうした時、人を見る目と判断力は身につけさせておくべきだとシーンは主張した。
 お人形に成り下がるのではなく、アリサならデビットに負けない才覚を必ず発揮すると見込んでのことだ。

「わたしの方は順調よ。でも、シーンがあんなに厳しいと思わなかったわ……
 秘書官として凄く優秀だって聞いてたけど、本当なのよね」

 自分の何十倍と言う量の仕事を平然とこなし、いつも余裕の態度を崩さないシーンにアリサは尊敬の畏怖を送っていた。
 今まで知ることはなかったが、シーンに言わせて見ればデビットは更に凄いと言うのだからアリサも驚かずにいられない。
 普段のデビットを見ていればそれほど優秀な人物にはとても見えないのだから仕方ないのだが、実際にほんの触りとはいえ仕事を手伝ってみて、アリサはその大変さを肌で感じていた。
 だが、遣り甲斐はあるし嬉しくもあった。リンディとの交渉の時、ほとんど下準備はシーンがやってくれたとは言え、自分でもD.S.の友達のために出来ることがあったんだとアリサは嬉しかった。
 魔力の量も質も悪く、魔法の才能がないと知ったときにはショックだったが、前に出て戦うばかりが戦いではないとあのことで自覚することになった。
 実際にこの仕事を手伝ってみて、裏でデビットやシーン、それにシーラなどの多くの人たちが自分たちを支えてくれていたのだと、アリサは気付かされた。

 フェイトはカイのように魔導師としての力を生かせる仕事に将来はつくのだろうと思う。
 なのははまだ分からないが、おそらくはフェイトと行く道はそう変わらないだろう。
 すずかも最近は忍の研究を手伝ったりして、アリサは友人としては複雑な思いではあるが、将来は研究者になるか会社をひきつぐつもりなのだとわかる。
 そしてアリシアは――

「それがデバイス?」
「うん、入門用みたいなもんかな? リニスに宿題って渡されちゃって」

 先ほどから設計図みたいなのを書きなぐっているアリシアを見て、アリサは難しそうな顔をする。
 素人目には何が書いてるのかさっぱりわからない数式などが書かれていて、アリシアがかなり難しいことに取り組んでいると言うのだけはわかった。
 アリシアはアムラエルの事件があった後、フェイトとは違う道を選ぶことを考えていた。
 リニスのようにデバイスの開発と設計を行う“デバイスマスター”と呼ばれる資格を今は目指しているようだが、将来的にはプレシアのようになりたいとアリシアは言った。

 アリシアはフェイトと違い、プレシアの魔法資質を濃く受け継ぐことがなかった。
 魔法を使えないわけではないが、保有資質、そして量ともに魔導師として大成できるほど才覚に恵まれているわけではない。
 フェイトはアリシアの完全なクローンであると言うよりも、プロジェクト『F.A.T.E』から生み出された人造魔導師としての性質の方が大きい。
 遺伝子情報としてはアリシアをベースにはしてはいるが、魔力の源となっている精神、不可視の領域である霊質の基礎構造がアリシアとは大きく違っていた。
 それ故に双子よりも近い遺伝子構造を持ちながら、アリシアとフェイトの二人は魔導師としての才能には生まれながらにして大きな差が生じていた。
 しかしアリシアはそのことを特に気にしてはいなかった。
 フェイトのように魔導師を目指せないのは残念ではあるが、アリシアには別の目的があった。

 D.S.とアムラエルの身体のことは知っていたが、アリシアもここまで危うい状態だとは事件が起こるまで気付かなかった。
 通常の使い魔と違い、天使の力を顕現しようとした場合、燃費の悪いアムラエルはすぐに魔力不足に陥り、自身の生成魔力を大きく超えた力を発揮してしまう。
 そうなった場合、その反動は主であるD.S.にやってくる。
 今回はそれが原因となって、D.S.の身体は縮み、魔力を吸い取られたアムラエルは消滅という二重の危険性があった為、D.S.は命の危険性まである過剰なまでの魔力供給をアムラエルにすることになった。

 そうしたことからも、魔導師としての道よりも研究者としての道の方が、よりD.S.とアムラエルの役に立てると考えたからだった。

 アリシアはフェイトのことがなくても、今ならはっきりと分かる。

 D.S.のことが好きなのだと――

 プレシアやフェイトだけでなく、自分も救ってもらったと言うのもあるが、D.S.のあり方はアリシアにとって、とても心地よいものだった。
 普段の言動や行動がD.S.の本質ではないと言うことを、アリシアはよく見ている。
 力のあるものは素直に認め、仲間のため、家族のためであれば傷つくことも厭わない。
 そしてそれを成し遂げるだけの力と、強い意志をその身に秘めている。
 だからなのだろう。アリシアはプレシアのようにD.S.の役に立ちたいと考えていた。

「……デバイスマスターか」
「将来的にはデバイスだけじゃなく、母さんみたいに魔力駆動炉の開発とかもやってみたいんだけどね。
 でも……まだまだ先は長いと痛感してます」

 設計図と睨めっこしながらウンウンと唸るアリシアを、アリサは微笑ましそうに見ていた。
 だからからなのだろう。周りは少しずつ確実に自分の夢を見つけて歩き出している。
 なら、自分にはどんなことが出来るのだろう? とアリサは考え始めていた。
 急がなくて良いと言うのはアリサにも分かる。だが、漠然とだが自分の将来が見えてきていたのかも知れない。






 なのはとフェイトの二人は時の庭園の中に設けられた、大きな職員用の食堂で話をしながら寛いでいた。
 実はこの食堂――バニングス社や月村重工の研究生を受け入れてから急遽作られたもので、他にも時の庭園の広い敷地面積を利用して、住み込みで働けるように寮から簡単な日常品やお菓子などを買える売店まで設置されていた。
 そのための費用を出したのも、またバニングスと月村だったので、プレシアは「買い物に行く手間が省けた」と、より一層の引き篭もり研究生活をエンジョイしていた。
 ずっと研究所に引き篭もっているプレシアの身体を心配したフェイトとアリシアの二人が、街への買い物などに連れ出してはいるが、ほとんどの時間は研究室に篭っていることが大半だ。
 D.S.とアムラエルのためと言うのもあるだろうが、元々研究好きなところなどは忍と変わりないのかも知れない。

「ルーシェくんとアムちゃん、目を覚まさないね」
「うん……とっくに魔力は元通りに回復してるし、目が覚めてもいい頃だってリニスも心配してたんだけど」

 なかなか目覚めない二人をなのはとフェイトは心配していた。
 実際には理由はよく分かっていないのだが、おそらく魔力の枯渇状態が続いたことが要因だろうとリニスは話した。
 身体の方にも予想以上に負荷が掛かっていた為、魔力の回復だけでなく余計に時間が掛かっているのだと考えたからだ。

「そう言えば、すずかちゃんから連絡あって、はやてちゃんがお見舞いに来るらしいね」
「うん、リニスから聞いた。それで母さんが張り切って料理の準備してるって」
「ははは……」

 フェイトの話を聞いて、なのはもプレシアの変わりように乾いた笑いで返す。
 アリシアが生き返ってから、プレシアは憑き物が落ちたかのように様子を変えた。
 アリシアやリニス曰く「あれがプレシアの素です」と言うのだから、変わったのはアリシアが死んでからと言うことになるのだろう。
 それにしても今のプレシアは誰の目から見ても、“親バカ”と言っていいほどの溺愛ぶりを、人目も憚(はばか)らず見せている。
 はやてが来ると聞いて料理に取り組んでいるのも、フェイトとアリシアの友達が遊びに来ると言うのが嬉しいからだろう。
 なのはも以前にお呼ばれした時は、食べきれないほどの料理を出されたことがあり、満面の笑顔のプレシアを前に困ったことがあった。

『二人とも談笑中申し訳ないですが、守護騎士たちが出ました』
「「――!?」」

 二人がそんな風になんでもない平和な会話でほのぼのと談笑している時だった。
 二人の間に空間モニタが出現し、リニスの通信と共にそこに映し出された映像を目にして二人の表情が強張っていく。

「――管理局!? 取り囲まれてる!!」

 フェイトが声を張り上げる。
 武装局員十数名に取り囲まれたヴィータとザフィーラの姿が映し出されていたからだ。

『わたしもすぐに現地に向かいますが、二人はどうしますか?』

 管理局が介入してくると言うことは、リニスも二人には伝えていた。
 そして、管理局との間に思うような協力体制は築けないと言うことを、なのはとフェイトの二人もリニスの話と以前のジュエルシード事件のことから悲しいが理解している。
 その上、今回の事件は以前よりも遥かに危険度が高い。騎士と呼ばれる熟練の高ランク魔導師、それも管理局の介入があることを考えれば最悪の場合、守護騎士たちを相手にしながら管理局にも気を配らなくてはいけなくなる。
 そしてもう一つ不安要素があった。
 アムラエルを襲った第三の介入者――仮面の男だ。
 Sランク相当と思われるあの魔導師の介入があれば、今のなのはとフェイトの二人では守護騎士たちを相手にしながらでは身に余る相手かも知れない。

「行きます。そのためにここにいるんですから――」
「わたしも――あの子たちとちゃんとお話したいから」
『……わかったわ』

 ファイトが頷くと、それに追従するようになのはも返事を返す。
 リニスも現地に行くつもりではいたが、仮面の男や管理局の件もある以上、二人の戦力を当てにしないわけに行かないだろうと考えていた。
 メタ=リカーナからも応援が来るとのことだが、まだその補充戦力は到着していない。
 それを考えれば、カイとシーンがバックアップについている以上、現地に出れる戦力はかなり限られていると言っていい。
 本当ならば、なのはやフェイトのような子供に、こんな危ない事件を任せたくないと言うのがリニスや大人たちの素直な気持ちだ。
 しかし二人の意志が固かったと言うのもある。それにこのまま管理局の思い通りにことを進めさせれば、地球にとっても危険なことになると言うことは想像に難くない。

「フェイトちゃん」
「……なのは?」

 転送ポートに向かう途中――
 身も表情も硬くするフェイトに、なのはは笑顔でその手を差し出した。

「帰って来たら、みんなでルーシェくんとアムちゃんの回帰祝いしよ。
 もうすぐ二人だって目が覚めるよ。――絶対っ!!」

 フェイトが何を気にしているかは、すぐになのはにも分かった。
 まだ目が覚めないD.S.とアムラエル、それに守護騎士たちのことを考えていたのだろう。
 復讐ではないと言っていたが、フェイトがそのことを気にしているのは誰の目から見ても明らかだった。
 だけど、迷っていて勝てる相手ではない。それはフェイトにも分かっている。

「……うん」

 フェイトはなのはの手を握り返す。
 大切な人の笑顔、そして平和な日常を取り戻すため、二人は力を手にする。

「レイジングハート」
「バルディッシュ」

 愛機の放った光を身体にまとい、BJに身を包むなのはとフェイトの二人。
 その目には、強い意志が宿っていた。





 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
(08/12/19 21:43)
 小説版の方に確かにアリシアは魔法資質を強く受け継いでないとありました;
 よって文章の一部を改訂してあります。
 ご報告ありがとうございました。 



 193です。
 今回は遅くなりました。断言しておくと次回も少し遅くなります。
 仕事がまったく休みがなく、忘年会や付き合いやらもあって時間がまったく取れないのが原因です;
 29日まで休みなしの仕事漬け……とりあえずやれるだけやりますが、更新がちょっと止まっても気長にお待ち下さい。
 休みに入ればなんとかなると思うので。
 感想の返信もですが、要点だけまとめて返信とさせて頂きます。事情が事情ですのでご勘弁を。



 >ルファイトさん
 管理局ですが基本的にアルカンシェルなんてものを管理外世界に持ち出してくる時点で十分問題ですからね。
 現実で言うと、核ミサイルを搭載した船で領海侵犯してるようなものです。
 原作でも、なのはたちの協力がなかったら地上でアルカンシェルを撃っていたと言うことになりますし、そうなれば多くの死傷者がでたことでしょう。その辺りをどう考えていたのかを聞いてみたいです;



 >ボンドさん
 誤字報告ありがとうございます。
 シーンとシーラ、一文字違いだからよくやるミスですが、これは致命的なミスなんですよね;
 大分事態も動き出して(D.S.のハーレム計画も)きましたが、管理局の考え方は全体や上ばかりを見た考えだからこうなるんですよね。ちなみにクロノくんはD.S.の異常な力に気付いてません。知ってるのはリンディさんや管理局の一部の人間だけです。
 それに実際に目の前で見た人間以外は、あんなの誰も信じませんってw
 世界の命運はD.S.が握っていると言っても過言ではないんですがね……



 >闇のカリスマさん
 D.S.は最強のツンデレですからw メロメロの女性陣はみんな彼の本質に気付いてますよ。
 だから好きなのだと思います。ある意味で本当に格好いい男(ハンサム)ってのは彼みたいなのを言うのでしょう。
 ちなみにD.S.は面白おかしい外道は男でも好きですが、心からムッとくる相手には容赦ないと思いますw



 >rinさん
 天使の完全な解読は闇の書でも難しいとは思いますが、純粋な魔力と特性くらいはコピーしたでしょうね。
 ページ数の言及は避けますが、遅れを取り戻す程度に蒐集は出来てると考えてください。
 アムラエルのリンカーコアを手にしたシャマルが痛みを感じたほどの膨大な魔力ですのでw



 >吹風さん
 どちらも考えは間違ってないのでしょうが、正しいと言うわけでもないですね。
 冷酷と思われる判断も指導者には確かに必要な時があります。でもそれは、ありとあらゆる手を打ち、出来る限りの努力を行った後であるべきだと考えますので、最初からそれを前提に行っている管理局のやり方には賛同できないってことですよね。
 次回、お楽しみのヴォルケンズ対なのは&フェイト+リニスが登場ですw
 グレアムさん、ある意味で計画に酔って本質が見えてないんでしょうね。原作の計画も今から考えると穴だらけですしw



 >あびさん
 カイとフェイトの戦いは想像にお任せしますw
 デビットさんは今回登場してませんが、その裏でしっかりとお仕事なさっていますので安心を。
 リンディさんも独自に暗躍し始めましたしね。
 この辺りがどう物語に関係してくるかが、今後の焦点になってくると思います。



 >T.Cさん
 アルカンシェルを管理外世界に持ってくる時点で大きく問題ですし、グレアムの計画そのものがそもそも穴だらけですしね。
 それほどに闇の書がどうしようもない危険物だと言うことなんでしょうが、これでなんの説明もなしってのはどうかと思います;
 フェイトは良い子です!(オイ
 ちなみに管理世界との交渉ですが、A's編で仰るガス抜きに近いことを考えてますw
 正確には脅迫とも取れますが、お楽しみに――



 >うるるさん
 D.S.と関わったのが間違いですね。てか、地球を見なかったことにして無視すればいいのにと思ってますw
 蒐集能力に関してですが、魔法式としてアムラエルの力を行使するのは難しいでしょうね。
 しかし魔力の蒐集と、天使の特性は劣化コピーしているものと考えてもらっていいかと――
 色々と波乱の最後を考えていますが、その時に自分の目でお確かめ下さいw



 >謎の食通さん
 正義を成すことってのは絶対的に悪でもあるんですよ。それを自覚できてるかどうかってのが問題なんですが、大きく理想を掲げる組織の弊害ですね。管理局はそれが上と下で噛み合ってない。
 魔法を戦力と捕らえ、魔導師至上主義の社会がそもそもこうした問題の要因にもなってるのだと思いますよ。
 仰るとおり、色々と他にも突っ込みどころだらけなんですがw わたしも某国が真っ先に管理局見て思い浮かびましたから。
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