作者:193
2008/12/27(土) 18:46公開
ID:4Sv5khNiT3.
「スティンガーブレイド――エクスキューションシフト!!」
クロノが魔法を唱えると、百にも上る大量の剣が姿を現す。
魔力で編まれたその『処刑』の名を冠する剣は、クロノが持つ攻撃魔法の中で最強に位置する中規模範囲魔法だ。
対象に向かって放たれる百を越す剣が、四方から逃げ場を奪い、雨のように降り注ぐ。
その矛先は、武装局員に囲まれたヴィータとザフィーラに向けられていた。
クロノは己の杖である、愛機S2Uを二人へと向ける。それに反応して一斉に飛び散る武装局員たち。
頭上に広がる大量の剣を前に、ヴィータとザフィーラも表情を強張らせる。
「――ザフィーラ!!」
クロノが魔法を放った瞬間だった。ザフィーラがヴィータを庇うように前へと出て、防御結界を展開させる。
降り注ぐ剣を前に、ザフィーラは物怖じせず後ろにいるヴィータのために退こうともしない。
それに声を張り上げたのはヴィータだった。
ほんの数秒、巨大な衝突音と爆煙に包み込まれ、完全にヴィータとザフィーラの姿がクロノの視界からも消える。
「少しは通ったか……」
肩で息をしながらクロノは苦しそうな表情でそう口にした。
先ほどの魔法は、間違いなくクロノの切り札とも言うべき魔法の一つだ。
あれでノーダメージであるはずがないのだが、通じなければクロノには二人を倒しきる魔法がないと言うことになる。
徐々に煙が晴れ、姿を現した二人の姿を見て、クロノはを苦虫を噛みつぶすような顔をして舌を鳴らした。
「ザフィーラ……」
「気にするな。このくらいでどうにかなるほど、軟じゃない」
何本か防御結界を抜けて腕に刺さった剣の破片を、ザフィーラは気合で引き抜く。
ダメージは確かに通った。しかし『盾の守護獣』の名を持つザフィーラにとって、クロノが全力を注ぎ込んだ魔法ですら、僅かにダメージを負った程度に過ぎなかった。
クロノは攻守とも完成された一流の魔導師ではあるが、純粋な魔力量や攻撃力、防御力など特筆したもので見れば、騎士たちは愚か、なのはやフェイトにも及ばない。
だが、魔法が通らなかった時のこともクロノはしっかりと考えていた。
先ほどの派手な魔法は次の一手のための囮に過ぎない。
今頃は散開した武装局員たちが、二人を閉じ込めるための結界の強化と維持に専念しているはずだ。
『武装局員配置終了――オッケー! クロノくん』
エイミィの声が念話となってクロノに届く。
クロノの役目は、二人に勝つことでも倒すことでもない。時間を稼ぐことだ。
この場で二人を捕らえられるとはクロノも考えていない。しかし仲間が助けに来てそれで逃げようとすれば、エイミィたち通信班が張っている罠に掛かり、転送先の追尾も可能となる。
最終的な目的は闇の書と、その主の確保――敵の本拠地を探ることが今回の作戦の目的だった。
次元を超えし魔人 第19話『破壊の光』(AS編)
作者 193
「アルフ、どう?」
「やっぱり、管理局の武装局員が大勢でこの結界を維持してるみたいだ。
強度から考えても破壊は正直言って難しいと思うよ?」
「そう……守護騎士たちを閉じ込めておくのが狙いかな?」
現地に辿り着いたアルフとフェイトは、外から展開されている強壮結界の様子を探っていた。
管理局が結界の魔法式にプロテクトをかけていることから、内部への直接転送が出来なかったためだ。
第三者に介入して欲しくないと言う管理局の意志の表れなのか、どちらにしても好まれていないと言うことは一目瞭然だった。
そんな二人を他所になのははレイジングハートを振り下ろし、結界に向けて何かをしようと気合を入れていた。
「……なのは、何するつもり?」
「ん? だって、フェイトちゃん結界が邪魔なんだよね?
だから、スターライトブレイカーで破壊しようと思って」
「「…………」」
なのはのそんな行動を見て、フェイトは大きく溜め息を吐き、アルフはカイとなのはの戦いを思い出して青い顔をしていた。
強壮結界自体は中から対象を出さないように捕獲するものであって、外から中に入るだけなら簡単だと言うことをフェイトは説明する。
それに納得が行かないのか、なのはは少し不満そうな顔をする。
だが後のことを考えれば、ここで結界を破壊するわけにはいかなかった。
管理局が任務のために張った結界を破壊したとなれば、仮にも協力関係にある地球の立場としては、そこからどんな因縁をつけられるか分かったものではない。
それで心労を増やすことになるのは、言うまでもなく二人の監督役であるカイとシーン、それに後ろ盾になっているデビットとシーラの二人だ。
実はここ半年の訓練で、なのはのスターライトブレイカーはジュエルシード事件の頃よりも遥かに威力を高めていた。
発射までの硬化時間が長いスターライトブレイカーの短所を補うことを考えることよりも、なのはは魔力の集束時間を長くすることで威力を高める方を選んだ。長所を限界まで引き上げることで文字通り必殺の一撃に昇華しようとしたのだ。
その思惑通り、スターライトブレイカーは大幅に威力を上げたばかりか、結界破壊と言う追加効果まで得ることになる。
だが周囲への影響や、その破壊力の高さもあって、カイは緊急時を除いての使用禁止命令までなのはに出した。
故に、なのはがジュエルシード事件以降、この魔法を放ったのは試射した時の一回と、カイの卒業試験の時だけである。
目の前で見ていたアルフは、非殺傷設定のはずなのに、大地を抉り、土砂を巻き上げるその破壊力を目にして身を震わせていた。
威力では劣るとは言っても、そのスターライトブレイカーの直撃を受けたと言う、クロノとユーノの二人に同情を感じたほどだ。
「なのは、お願いだから……アルフをこれ以上怖がらせないであげて」
青い顔をして身を震わせるアルフを見て、フェイトはそう言ってなのはを諌めた。
なのはは強い。それも驚異的と言ってよいほどの速度で一流の魔導師へと成長していた。
一般人と比べても決して高いとは言えない身体能力、むしろ運動音痴と言ってもいいだろう。
それにアリサやフェイトと比べても学業の成績が良いと言う訳でもない。むしろ理系を除けば平均よりも下と言ったところだ。
にも関わらず魔法に関しては、ずっと以前から学んできていたフェイトと変わりないくらい――
いや、その成長速度から考えればフェイトよりも上と思えるほどの才能を発揮していた。
「アルフさん、なのはが怖いの?」
なのはから寄せられた答え辛い質問に、アルフは表情を固まらせる。
なのはが考案したスターライトブレイカーは、その才能の一端を思わせるに十分な破壊力を持つ驚異的な魔法だ。
周囲の魔力素を掻き集め集束。膨大な魔力を乗せて放たれる砲撃は、まさに極大砲撃魔法と言っても過言ではない。
ディバインバスターの発展系と言うことだが、実際にあの魔法を成功させるには、その巨大な魔力を制御できるだけの制御技術と、魔力に振り回されないだけの器(キャパシティ)が必要になる。
それを思いつきだけで、あそこまで昇華させたなのはの才能と実力は疑うべくもない。
フェイトも正直な感想で言えば、なのはの才能を認めてはいるが、それだけでなく恐れてもいた。
今は二人の実力の間に大きな差はない。若干ではあるが、単独の戦闘能力ならばフェイトの方が経験などの面で勝っているだろう。
しかし、それも時間の問題ではある。数年先を見た場合、自分の力でなのはの横に胸を張って立つことが出来るのかどうかをフェイトは心配していた。
本当の天才――それは、なのはのような素質を持った人物のことを言うのだろう。
「な、なのはは可愛いと思うよ」
アルフは「怖くない」とは言えず、無難な答えで返した。
「二人とも出かけちゃったの? それにリニスとアルフまで?」
時の庭園で、二人が出撃したとプレシアから聞いたアリサは苦い表情をしていた。
と言うのも、すずかがそんなこととは知らず、はやてを屋敷に連れてきたからだ。
アムラエルの見舞いと言うことで来ているのだから、なのはとフェイトの二人がいなくても問題ないと言えばそれまでなのだが「よりによってなんでこんな日に」とアリサが思うのは無理もない。
アムラエルは学園を問わず病院でも街でも有名人ではあるし、隠していても何れ魔法のことはバレる。
そのため、はやてにはメタ=リカーナの関係者だと言うことで、アムラエル、なのは、フェイトの三人が魔法を使えると言うことは伝えてはいた。だが余計な心配をかけたくないために、街の治安を守る危険な任務についていることなどは伝えてはいない。
当然、今回のアムラエルの怪我も、魔法の訓練中の事故と言うことで通してある。
それが示し合わせたように、なのはとフェイトの二人がいなくなって、しかもリニスやアルフの二人まで出掛けているとなれば、何かありましたと言っているようなものだ。
はやてが察しの良い、頭の良い子だと言うのはアリサも分かっていただけに、二人のことを聞かれたらどう答えようかと頭を悩ませていた。
「アリシアちゃん、今日はお招きありがとな。
ここがアリシアちゃんのお家か……なんか、凄いとこやね」
「そうかな? まあ、普通の人から見たらおかしなところなのかも……」
時の庭園の作りは、さながら中世の城のようでもある。その上、外の風景は地球ではまず見ることが出来ない、深みのある色合いの宇宙のような空間が広がっているのだから、はやてが驚くのも無理はなかった。
時の庭園は、二十六年前の事件の時に受け取った賠償金と、それまでの研究で得た収入でプレシアが買い取った移動庭園だ。
元々、遺跡級の年代物だったものを買い取った背景には、誰も信じることが出来なくなったプレシアが、管理世界の法律に縛られることなく静かに研究に没頭できる環境が欲しかったと言うのがある。
今も当時と変わらず、時の庭園は次元の海を静かに放浪していた。
座標などは転送ポートなどを設置することで常に把握しているので移動には問題ない。それにここならば誰にも迷惑をかけることも文句を言われることもなく研究に没頭できるとあって、プレシアも今となっては愛着もあり気に入っていた。
実際にメタ=リカーナに用意されている家よりも、ここで過ごす時間の方がずっと長い。
それはアリシアも同じだった。アリシアの場合はフェイトと一緒に過ごすことが多い分、バニングスの屋敷にいる時間の方が実際には長かったりするのだが、ほとんど時の庭園を中心として、メタ=リカーナ、それに地球と繋がっているので、生活としてはまったくと言って良いほど当事者たちは不自由を感じていなかった。
「そう言えば、今日はフェイトちゃんは? それになのはちゃんも来てへんの?」
「ああ……えっと、二人とも……そうそう!
はやてが来るって言ってたからね。翠屋に二人でケーキを取りに言ってるのよ」
口から出任せだが、アリサは必死だった。
まさか本当のことを告げる訳にもいかず、必死になって言い訳を考える。
明らかに視線を逸らすアリシアと、渇いた笑い声を上げるすずか、それにアリサの挙動不審な様子にはやては首を傾げるが、それ以上は何も聞こうとしなかった。
それよりもアムラエルの見舞いに来たはずなのに、パーティーさながらに彩られた部屋を見て驚いていたからだ。
プレシアが用意した料理がところ狭しと並んでいて、一足早いクリスマスツリーなども準備されている。
「はやてが来るって話したら、うちの母さんがね……」
「あはは……でも、優しいお母さんなんやね。
ちょっと……羨ましいわ」
「はやて……」
アリシアは少し不謹慎な発言だったと後悔した。はやてには両親がいない。
だから、こんな母親の手料理などを二度と口にすることはないことを知っていたからだ。
しかし、はやては「気にせんといて。うちは今、すごく幸せやから」と切り替えした。
確かに親はいないかも知れないが、友人だけではなく、家族と呼べる人たちがはやての周りには沢山いる。
寂しくないと言えば嘘になるだろうが、今が幸せだと感じているのは嘘ではなかった。
「それじゃ、ちょっと早いけど、クリスマスパーティーしましょうか?
そのうち、なのはとフェイトも帰ってくるだろうし、騒いでたらアムも起きてくるわよ。
きっと『アムのご馳走は〜?』ってね」
アリサは、そんなはやてとアリシアの間に入り、場を盛り上げようと明るく話題を盛り返した。
ご馳走が並べられた部屋は、アムラエルとD.S.が寝ている医療室とガラス越しに一枚隔てたところにある部屋だ。
二人を仲間はずれに決してしないと言うプレシアの心遣いだったのかも知れない。
それにプレシアは「ご馳走の匂いに釣られて、あの二人なら起きてくるわよ」とアリサと同じようなことを言っていた。
「うん、そやね」
「それじゃあ、食べようか。
はやて、母さんの焼いたチキン、凄く美味しいんだよ……って、あれ?」
後ろのテーブルにあるチキンを手で取ろうとして、その手が宙を切ったことにアリシアは疑問符を上げる。
「やっぱ、プレシアの料理は美味しいね。
あ、ごめんごめん。これ、アリシアの分ね」
「うん、ありがとう。アム……」
アムラエルから手渡しでチキンを受け取って、少しの沈黙のあと「ああ――っ!!」と大声を張り上げるアリシア。
その声を聞いて、アリサ、すずか、はやての三人も一斉にアムラエルの方を振り返る。
「ちょっと、アム……」
「アムちゃん……」
「アム……心臓に悪いからそれだけはやめて」
「よかった……ほんまによかった」
アリサ、すずか、アリシア、それにはやての四人は一様にアムラエルの方を見て涙を滲ませていた。
心配している当事者たちの気も知らず、腹が減っているのか黙々と食事に手をかけるアムラエル。
しかし、四人が四人とも涙を滲ませていることに気付き、バツが悪いことに気付いたのか。
チキンを片手に、冷や汗混じりにこう言った。
「みんなも……食べる?」
「なんなんだよ――テメエは!!」
「なのはだよっ! どうして、こんなことをしてるかお話を聞かせて貰うからね!!」
ヴィータを追いかけながら、なのはは誘導弾と砲撃魔法のコンビネーションで逃げ場を封じていく。
その戦い振りには、カイとの訓練が着実に生きていた。だが、ヴィータも負けてはいない。
距離を思うように詰められず苦戦をしてはいたが、彼女にはなのはにはない武器があったからだ。
「くそっ! アイゼン――カートリッジロード!!」
アムラエルにぶつけたようにグラーフアイゼンに魔力を補強して、その一時的に引き上げた魔力でなのはへの距離を詰める。
なのはの魔力弾を強化した防御結界で弾きながら一直線に迫るヴィータに、なのはの表情も驚きに揺れた。
防御力、速度、それに――
「――嘘っ!!」
破壊力、そのどれもが先ほどとは雲泥の差だった。
なのはは逃げ切れないと判断して咄嗟に防御結界を展開するが、先ほどまでとは違い強化されたグラーフアイゼンを前に、なす術もなくその先端が結界をすり抜けていく。
「貫け――っ!!」
力任せにその鈍重なグラーフアイゼンを振り抜くヴィータ。
爆音と煙――そして完全に防御結界を破壊され、ビルへと吹き飛んでいくなのは。
二人の間に実力の差はほとんどない。むしろデバイスの差を抜けば、僅かになのはの方が勝っていたかも知れない。
しかし、それが今の二人の明確な差だった。
なのははBJを破損し、瓦礫から誇りまみれになりながらも立ち上がる。
その手に握られているレイジングハートは、先ほどのヴィータの一撃でひび割れ、満身創痍の姿を見せていた。
その頃、フェイト、それにアルフの二人も守護騎士たちと戦いを繰り広げていた。
ヴィータとザフィーラを救出するために現れたシグナムとザフィーラの二人を、フェイト、アルフの二人が迎え撃つ。
いつもの獣の姿とは違い、人の姿で拳を打ち合うアルフとザフィーラ。
魔力のぶつかり合いで発生する暴風と、拳が交錯する派手な衝撃音が夜空に響く。
二人の実力は伯仲と言ったところだった。
リニスほど優れた使い魔ではないとは言え、アルフもフェイトが想いを込めて作った最高の使い魔だ。
ミッドチルダの山奥で群れから外れた狼を、フェイトが拾ったのが出会いのはじまりだった。
フェイトとの契約は「ずっと一緒にいること」――それをアルフは守り続けた。
愛情を見失い、寂しさを知るフェイト。
群れからはぐれ、一人でいる孤独を知っているアルフ。
互いに、どんな時も一緒にいる。
主と使い魔と言うだけでなく、パートナーとして互いを支え続けると言うのが二人の契約であり、約束だった。
それからずっとフェイトの使い魔として、その約束を守るためにアルフは力をつけてきたのだ。
魔導師ランク換算で言えばAランク以上、実戦の実力で言えばAAクラスの実力をアルフは持っていた。
だが、守護騎士の中でも『盾の守護獣』の二つ名を持つザフィーラも負けてはいない。
シグナムやヴィータのような“ベルカの騎士”に比べれば実力で劣るのは確かだが、ザフィーラにはその肉体を武器にした障壁破壊と、守護獣の名に相応しく結界を張る技術に優れている。
戦闘スタイルは限りなくアルフに近いものがあるが、その真の実力はユーノのような結界魔導師のような性質の方が強いと言えるだろう。
攻撃的なアルフに対し、守備的なザフィーラ。
主人の敵を滅ぼす“赤い牙”と、主人を外敵から守る“青い盾”の戦いは、一進一退の攻防を繰り広げていた。
一方、その主人であるフェイトと、守護騎士たちの筆頭である『烈火の将』の二つ名を持つシグナムの戦いも、周囲の想像を絶する激戦へと変わっていた。
剣士としての純粋な戦闘技術と経験、それに力で勝るシグナムに、フェイトは速度とフェイントを織り交ぜた多彩な魔法を用いることで対抗していく。
「……強いな」
「あなたこそ……」
シグナムはフェイトの戦闘力を高く評価していた。
どんな相手であろうとシグナムは負けるつもりなどない。また、負けるなどとも思っていない。
しかし、これほど胸が躍る戦いをしたのは随分と久しぶりのことだった。
少しでも気を抜けば、致命的な一撃が入るであろう“刹那の瞬間”を何合と打ち合う戦い。
実力が白熱し、互いに接近戦を主とする同士の戦いとなれば、根っからの武人であるシグナムが心踊らないはずがない。
「こんな風に出会わなければ、よい好敵手(とも)になれただろう」
「どうしても……理由を話して貰えませんか?」
「何を言っても言い訳になるだけだ。
許して貰おうとも、理解して貰おうとも思ってはいない」
シグナムは好敵手と呼びながらも、フェイトの言葉に耳を貸そうとしない。
これが答えだと言わんばかりに愛剣レヴァンティンを胸に引き寄せ、正段に構えた。
主の命令に背き、蒐集行為を続けている自分たちの行動を、シグナムは善行だと思っていはいない。
だが悪行であっても、例え卑劣と罵られようが、成し遂げなければならないと言う強い想いと意志があった。
フェイトはシグナムのその目と、態度を見て確信した。
何を言ったところで、言葉では今のシグナムに何も通じないと言うことを――
「分かりました……なら、わたしの“やり方”で話を聞かせて貰います」
フェイトはバルディッシュを魔力刃を出したサイズフォームで構え、シグナムの動きを見据える。
次に動いた瞬間――その時が互いの全力を出した文字通り必殺の一撃になると言う予感があった。
緊張した空気が二人の間に張り詰める。
「レヴァンティン! カートリッジロード!!」
シグナムの声が合図となり、二人が動いた。
弾薬で増幅させた魔力で、レヴァンティンに強い炎を宿すシグナム。
それを迎え撃つように、フェイトもバルディッシュに込める魔力を強め、魔力刃の出力と強度を上げて挑む。
速さと力――それを競い合うように、互いの武器が相手へと振り下ろされた。
「やはりデバイスの差が効いてるみたいね。状況はまずいか……」
「闇の書はぼくが探しますから、あなたは彼女たちを助けに行った方がいいんじゃないですか?」
「大丈夫よ。勝てないかも知れないけど、簡単に負けるような鍛え方はされてないわ。
それよりも管理局に任せる方が“色々”と不安ですもの」
「どう言う意味ですか?」
「あら、言葉通りの意味だったんだけど、若いのに耳が悪いのかしら?」
リニスは三人に戦闘を任せ、周囲に潜伏していると思われるもう一人の仲間と、主の探索を続行していた。
しかし、それはクロノも同じだった。なのはたちの介入があると見るや、その状況を利用して、守護騎士たちの相手をなのはたちに押し付け、リニスと同じように闇の書の探索へと切り替えたのだ。
クロノがリニスが一緒に闇の書の探索をしていることが気に食わなかったように、リニスも管理局の執務官であるクロノのことを快く思っていなかった。
まさにこちらも一触即発と言った空気で周囲の探索を続ける二人。
しかし、互いの立場と状況を人一倍冷静に判断している二人は、その判断力の高さから気に食わないからと言って、すぐに武器を向けるほどに子供ではなかった。
それでも、仲良く協力してと言う雰囲気にはなれない。まさに犬猿の仲と言ったところか。
「主はともかくとして仲間がもう一人、どこかに潜伏してるはずね」
リニスは探査魔法を使って強壮結界の周りを探索していく。
クロノも負けじと、探査魔法を使いながら周囲の探索を続けていた。
どちらも相手よりも先にと言う思いがあったのだろう。
まるでレースを競うように、二人の表情は険しいものへと変わっていった。
「……終りだ。武器がその状態では、もう満足に戦えまい」
「…………」
シグナムは、破損したフェイトのバルディッシュを見て、そう宣告した。
純粋な魔導師としての実力ならば、二人の間に大きな差はなかった。しかし、デバイスの差がその二人の戦いに決着を着ける形となった。
実力に差がない分、カートリッジシステムによって増幅された魔力の差が大きく勝敗を分けたからだ。
それは破損したデバイスで懸命に戦闘を続行させているなのはも同様だった。
守護騎士たちの実力も、カートリッジシステムを搭載したベルカ式アームドデバイスの存在も――
なのはとフェイトが思っていた以上に、二人の予想値を大きく超えるものだったと言える。
その背景にはアムラエルとの戦闘で、守護騎士たちの間で“油断”と“慢心”が消えていたからと言う理由もあった。
逆を言えば、あの戦闘で騎士たちを強くしてしまったのはアムラエルとも取れる。
追い詰められた獅子のように、まさに彼女たちには後がない。それ故の思いが、普段以上の力を騎士たちに与えていた。
「まずいな……」
アルフと同じように対峙しながら、シグナム、それにヴィータの戦闘を見てザフィーラはそう口にした。
状況的にはなのはとフェイトが追い込まれているように見えるが、周りには管理局もまだ展開している。
しかも、二人の少女の眼は、まだ死んでいなかった。
自分たちがそうであるように、追い込まれた獲物が何をするか分からないことを、ザフィーラはよく理解している。
このまま戦闘を継続させ時間を掛けることは、得策ではないと判断していた。
「何――よそ見してんだい!?」
「ぬ――っ!」
アルフの蹴りを両腕でガードし、後ろに後退するザフィーラ。
なんとかしたいと言う気持ちはあったが、自身もアルフの相手だけで精一杯の状態だったのだから、どうしようもない。
アルフを威嚇しながら、ザフィーラはもう一人の仲間へと念話で連絡を取る。
それは、この戦いをどこかから観察していると思われるシャマルに宛てたものだった。
ザフィーラから連絡を受け取ったシャマルは、管理局の張った強壮結界の外から苦い表情をしてその状況を見守っていた。
なんとか仲間を助けたいと言う思いはシャマルにもある。しかし、それを許してくれそうにないのは管理局の張っている強壮結界の存在だった。
シャマルはシグナムやヴィータのように前線で活躍する騎士とは違い、強い攻撃手段など持ち合わせていない。
ましてや、仲間を助けるために結界を破壊するほどの魔法など、シャマルの魔力で使えるはずがなかった。
「使うしかないの……?」
脇に抱える闇の書に目をやるシャマル。そこには約五百頁に及ぶ今まで蒐集した魔力が蓄積されていた。
確かに闇の書の魔力を使えば、あの結界くらいすぐに吹き飛ばせるかもしれない。
しかし、ここで魔力を使用してしまえば、更に蒐集が遅れると言う苦い思いがあった。
それでなくても自分たちには時間が残されていないと言う思いがあるのだから、その決断が鈍るのも無理はない。
――カチャ。
シャマルは背後からした音に「え?」と思わず声を上げる。
背後を振り向くことなく、背後から発せられた言葉に、すぐに自分に武器が突きつけられているのだとシャマルは気が付く。
「捜索指定ロストロギアの所持、使用の疑いであなたを逮捕します」
シャマルの背後に杖を突きつけたのはクロノだった。
リニスよりも僅かに早く、伏せていた管理局員を使って人海戦術でシャマルの居場所を突き止めたクロノは、彼女に気付かれることなく背後に近付き武器を突きつけたのだ。
完全に意表を突かれる格好となり、唇を噛み締めるシャマル。闇の書を持つ手も小刻みに震える。
油断をしているつもりはなかったが、メタ=リカーナの魔導師のことや、強壮結界の方にばかり気が行き、注意力が疎かになっていたのだと表情を曇らせた。
「抵抗しなければあなたには弁護の機会がある。同意するなら武装の解除を――」
クロノがシャマルに最後の通告をしていた瞬間だった。
二人の耳に風を切るような音が聞こえる。
それに反応したシャマルは声を上げて音がした方を振り返り、クロノもまたその方向に向き直った。
だが、それでもクロノの反応は遅かった。
突然現れた介入者の蹴りの直撃を腹部に受けて、隣のビルの屋上のフェンスに叩きつけられるクロノ。
「ガハ――ッ!!」
口から血を滲ませ、その場に蹲(うずくま)るクロノに――
その介入者、仮面の男は淡々とした佇まいで、見下すように言い放った。
「今は動くな。何れ、それが正しいことだと分かる」
「何を……」
痛みから身体が麻痺して動けないクロノは、悲痛な表情で仮面の男を睨みつける。
一方シャマルは、突然の展開に思考がついていかず、困惑の表情を浮かべていた。
それも無理はないだろう。以前のアムラエルとの戦闘のように、自分たちが危なくなったら現れる謎の介入者。
その存在をシャマルは訝しんでいたからだ。
一つだけはっきりとしているのは、仮面の男が闇の書の完成を望んでいると言うこと――
それだけで味方と考えることは、シャマルには出来ない。
完成した闇の書は、管理者権限を持つ主以外には使用することなど出来ない。仮面の男が何を考えていようと、闇の書の力が手に入れられる訳がないのだ。
他に考えられることは、洗脳や薬などを使って思うように闇の書の主を操ることだが、闇の書はそれほど容易い品物ではないし、自分たちがそんなことをさせないと言う自負もあった。
「使え。闇の書の力を使って、結界を破壊しろ」
「でも……あれはっ!」
「使用して減ったページはまた増やせばいい。仲間がやられてからでは遅かろう」
突然口を開いたかと思えば正論を説く仮面の男に、シャマルは考え込むようにして言葉を呑んだ。
確かに男の言うように、ここで捕まってしまえば闇の書を完成させるどころの話ではない。
管理局に捕まれば闇の書は確実に処分され、二度と自分たちは主に会えないことになり、最悪その主も管理局の法で裁かれるばかりか、病気のことを考えれば命を失う危険性も考えられた。
そうした有り得る未来を想定して、シャマルは苦汁の選択を迫られる。
『みんな、今から結界破壊の砲撃を撃つわ。上手く回避して撤退よ!!』
守護騎士たち全員にそのことを念話で告げると、シャマルは闇の書を手に詠唱を唱え始める。
破壊の雷――それは闇の書の魔力を使って行使される結界破壊の効力を持つ純粋魔力砲撃。
着弾点から半径数キロの攻撃対象を飲み込む。文字通りシャマルたちの“切り札”と言える広域攻撃魔法だ。
しかし、この魔法を使用するには闇の書の頁を多く消費する必要があり、再び失った頁は蒐集しなおす必要があった。
シャマルたちにとっては、出来るだけ取りたくない最終手段と言ってもいい。
「前に言いましたよね。あなたの相手はわたしだと――」
「――!?」
突然飛来したリニスの飛び蹴りを食らって、今度はクロノのように自分が吹き飛ぶ仮面の男。
仮面越しに表情は分からないが、痛みから苦痛に歪んでいることは想像がつく。
「また、貴様か……」
「それはこっちのセリフです。今度こそ、逃がしませんよ?」
リニスの実力はその魔力の高さや隙のなさからも、強敵だと言うことは仮面の男にも伝わっていた。
クロノに取っていた余裕の態度はそこにはなく、本気で対峙するかのように構えを取る。
油断をして勝てる相手ではないと言うことが、男にも伝わっていたのだろう。
「いいのか? あそこには仲間がいるのだろう?
あの砲撃を食らえば、いくらあの少女たちと言えど、ただでは済まんぞ?」
「……え?」
リニスのその目が、今にも魔法を放とうとしているシャマルへと向けられる。
闇の書が放つ目映いまでの輝き。そして、その魔力の大きさが危険なものだと言うことは、すぐにリニスにも分かった。
咄嗟の判断で仮面の男を無視して、シャマルを止めようと飛び出すリニス。
「やらせないっ!!」
「それは、こちらもだ!!」
「――っ!?」
先ほど、仮面の男に攻撃をしたリニスは、かなりの距離を吹き飛ばしたはずだった。
シャマルまでの距離を考えても、男との距離はこれほど早く詰められるほど近くはない。
それが突然、自分とシャマルの間に割って入るように現れたことに驚きを隠せない。
「転移魔法!? ちがう、これは――」
言い切る前に仮面の男の砲撃魔法の直撃を受けて、爆煙を身にまといながら後方に吹き飛ぶリニス。
そうしている間にもシャマルの詠唱は完成し、闇の書から結界に向けて破壊の雷が放たれた。
「あれは――」
「くっ!!」
クロノは複数の魔導師によって強化された結界が瞬く間に打ち破られていく姿を見て、表情を驚愕に揺らす。
そしてリニスは間に合わなかったことを悟り、唇を噛み締めた。
結界を中心に広がっていく破壊の光。その光に紛れ、仮面の男とシャマルも撤退をはじめる。
「予想以上に効果範囲も規模も大きい――」
リニスはシャマルと仮面の男を追うことよりも、光の中心――
なのはとフェイト、それにアルフがいる着弾点へと飛び出していた。
――白く染まる世界。
そこにいる管理局員、守護騎士たち、そしてリニスたち地球の魔導師を飲み込み、その光は市街を覆いつくした。
……TO BE CONTINUED