ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

次元を超えし魔人 第20話『魔人の覚醒』(AS編)
作者:193   2009/01/07(水) 07:48公開   ID:4Sv5khNiT3.



「あたいは鉄槌の騎士、ヴィータ!!」
「なのは……高町なのは!!」

 紫光に淀む空の下、少女たちは名乗りを上げる。

「ヴォルケンリッターが将――烈火の将シグナム」
「フェイト・テスタロッサです」

 それは戦いを宿命付けられた者たちの、再戦の約束だった。
 迫る破壊の光――それは戦士と戦士、武人と武人の戦いに横槍を入れる無粋な干渉なのかも知れない。
 しかし、シグナムとヴィータには、それを否定できるほどの言葉はなかった。
 結果的にこうした事態を招いたのは、自分たちの力のなさが招いた結果に過ぎないと理解していたからだ。
 心躍る高揚した戦い。それは騎士と自分たちを呼称する二人にとっても、有意義な時間であったことは言うまでもない。
 だからこそ残念ではあったが、主のため、仲間のことを思えばこそ、これ以上戦いを長引かせる訳にはいかなかった。

「フェイト・テスタロッサ――この戦い、しばし預ける」
「……次こそ、絶対に負けませんから」

 シグナムとフェイトはお互いに武器を引き、その場を収める。
 フェイトに追う意思がないことを確認すると、シグナムは背を翻し、虚空の彼方へと姿を消していった。

「いいかっ!! にゃのは……タカマチなのひゃ……ああ、言いにくい!!
 とにかく、次はぜってー殺すからなっ!!」
「ぎゃ、逆キレ!? ちょっとヴィータちゃんっ!!」

 ヴィータもシグナムのように格好よく決めようとするが、舌足らずな為か、「なのは」と上手く発音することが出来ず、顔を真っ赤にして怒り出していた。
 それほど言いにくい名前ではないはずなのに、自分の名前が原因で逆キレされたのでは、なのはもたまったものではない。
 それは当然訂正してもらおうと、ズッコケながらもヴィータに向かって声を張り上げた。
 しかし、ヴィータは最後に悪役のように捨て台詞を残し、飛び去ってしまう。
 不満そうな顔をしながらも、頭上の光に目をやり、なのははフェイトと共に迫る衝撃に身構えていた。

「フェイト、なのは――っ!!」

 アルフが他の騎士たちと同じように逃げ去ったザフィーラを見過ごし、なのはとフェイトの元に駆け寄った。
 あの砲撃の威力がどれほどのものか分からないが、守護騎士たちが警戒する以上、かなりの威力があると判断できたからだ。
 そうしている間にも結界を引き裂き、シャマルの放った破壊の光が市街に襲い掛かる。

「――くっ!!」

 もう間に合わない――
 そう判断したアルフは、なのはとフェイト、二人の間に割って入るように盾になり、防御結界を展開した。
 光に包まれる三人。街を覆いつくすように白い光が広がっていった。





次元を超えし魔人 第20話『魔人の覚醒』(AS編)
作者 193





「こっちのことは気にせんでいいよ。
 それより、冷蔵庫にお鍋の用意もしてあるから、みんなで食べてな」

 はやては携帯電話でシャマルと連絡を取っていた。
 今も後ろでは、アムラエルの回帰祝いを兼ねた、ちょっと早いクリスマスパーティーが開かれている。
 ワイワイと騒ぎ立てる少女たちの声が電話越しにもシャマルの耳に届いてくる。
 その様子から、はやてが友達と楽しく過ごせていることに、シャマルは安堵していた。
 はやてから「友達のお見舞いに行く」と話を聞いていたシャマルだったが、はやてが最近家を留守にしがちな自分たちのことを気にしていたのは察していた。
 だから、今日はヴィータたちにも早く帰ってくるようにと伝えてあったのだ。
 友達のところに行くとは言っても、家に心配を残したままでは、はやてが十分に楽しめないと分かっていたからだ。
 しかし、管理局に捕まり、その予定は大きく崩れることになった。
 結局、はやてを見送ることが出来ず、逆に食事の心配をしたはやてに何もかも用意を任せてしまった始末。
 居間の机の上に残されたメモを見て、シャマルは悲しげな表情を浮かべていた。
 それは戦闘での傷を抱えたまま、逃げ帰った他の三人も同じことだ。

「家族の人から?」
「うん、みんな心配性やな。ほんまに大丈夫やのに」

 電話を終えて、すずかの質問に、はやては苦笑で返す。
 だが、それだけはやてが愛されているのだと、すずかはその話を聞いて感じていた。
 あの翠屋で「今は寂しくない」と言った、はやての言葉も嘘ではないのだろう。
 その証拠に、家族のことを話すはやての表情はいきいきとしていた。

「はやて、ちゃんと食べてる?」
「うん、いただいてるよ。でも、本当にアリシアちゃんとフェイトちゃんのお母さんって料理上手いんやね。
 わたしも料理に自信あったけど、これは驚きや……」

 両手一杯に料理を抱えたアムラエルが、はやてにチキンを差し出しながら言うと、その料理を見て真剣な表情ではやては答えた。
 はやては手に持つチキンを見ながら、素直にその料理の出来栄えに感心する。
 最初はやらざる得なかったと言うこともあり、家事全般をこなせるようになったはやてだったが、料理はそんな中でもはやてが自信をもって特技と言えるほど得意な分野の一つだった。
 はやて自身、美味しいものを食べるのが好きなので、自分でも色々と料理の研究をしたりすることがある。
 だが、プレシアの料理は、そんな素人の家庭料理とは明らかにレベルが違っていた。
 プレシアの料理への原動力は娘への愛情だ。それ故に、彼女は中途半端なことを許さなかった。
 研究にかける情熱のように料理に心血を注ぎ込み、その手料理はいつしかプロの料理に勝るとも劣らないレベルに達していた。
 アリサも、プレシアの料理をはじめて口にした時、「うちの料理人より美味しいなんて……」と脱帽したほどだ。

「ん〜、母さんって凝り性と言うか、中途半端が嫌いな人だからね」

 アリシアの一言に「それだけでここまで極める人と言うのも如何なものか?」と、はやてとすずかはプレシアに畏敬を覚える。
 そんな二人とは裏腹に、アムラエルは美味しいものが食べれるならどっちでもいいと言わんばかりに、次々に料理を平らげていた。

「そう言えば、もう一人の……ルーシェくんは目覚めてへんねやろ?
 それやのに、わたしらだけこんなに楽しんでて、ええのかな?」

 アムラエルは目覚めたというのにD.S.はまだ眠ったままだった。
 それに、なのはとフェイトの二人はまだ帰って来ていない。一緒に出掛けたアルフやリニスも同様だ。
 はやてはそのことを気にしていたのだが、アムラエルは笑って「大丈夫」、すずかまで「大丈夫だと思うよ」と答えを返していた。

「ルーシェくんのことは心配するだけ馬鹿を見るって、よくカイさんが言ってたし」
「そう言うこと、それになのはとフェイトなら――ほら、噂をすれば」

 あの人一倍気遣いの利くすずかがそう言うのだから、本当に心配するだけ無駄なのだろうと、はやては自己完結することにした。
 そしてアムラエルが手を振って合図を送る先には、遅れてきたなのはと、子犬へと姿を変えたアルフを胸に抱えたフェイトが立っていた。
 車椅子を半回転させ二人の方に向けると、はやては笑顔でそんな二人を出迎える。

「お呼ばれしてます。フェイトちゃん、それになのはちゃんも」
「遅くなってごめんね。はやて――」
「ごめんね。はやてちゃん……って、アムちゃん!?」

 はやてが挨拶をすると、続いてフェイト、なのはの順に挨拶を交わす。
 そして今更ながら、はやての後ろで黙々と食事を続けているアムラエルに二人は気付く。

「二人とも、おはよう!!」
「「おはよう……」」

 いつも通りのアムラエルを見て、安堵の溜め息を漏らすなのはとフェイト。
 今までの心配が嘘のように、本人はいつも通り元気を周囲に振りまいていた。
 それからしばらく、合流した二人と一匹を交えて、談笑を交わしながら食事を取る少女たち。
 その様子を、リニスは優しげな表情で部屋の陰から見守っていた。

「リニス、中に入らないの?」
「アリサ……あなた、どうしてここに?」

 そう言えば、アリサがあの中にいない違和感に今更ながらに気付くリニス。
 そのアリサはと言うと、何やら手荷物を抱え、リニスの背後に立っていた。

「ルーシェが目覚めないでしょ? それでアムラエルから面白いこと聞いちゃってね」
「ええっと……ああ、そう言うことですか」

 そのサイズの鞄からは似つかわしくない、禍々しいトゲ付き鉄球ハンマーを取り出すアリサ。
 その“なんでも入る鞄”もそうだが、その鉄球はアリサが通信販売で購入した怪しいグッズの一つだった。
 実は忍から試作品として貰っている通称『忍グッズ』の他に、最近アリサが注目している魔法アイテムがある。
 それが『A(アビゲイル)アイテム』と呼ばれる怪しげなアイテムの数々だった。
 販売されているホームページもアドレスがコロコロと変わり、本当に欲しているものにしか買うことが出来ないと言われている。
 まさに一部のマニアには都市伝説として囁かれているほどの伝説的魔法アイテム。その一つがこの鉄球ハンマーの正体だった。
 いつも寝起きの悪いD.S.を起こしやすいアイテムはないものかと探していた時、偶然アリサが見つけた物だ。
 使い方はごく簡単『これで頭を殴れば、どんな深い眠りも一発で覚めます』とのこと――

「……その前に普通の人ならこんなので殴られれば死ぬと思うんですが」
「大丈夫よ。ルーシェなんだから」

 D.S.の寝ているベッドの前で当人を無視して怖い発言を取り交わす二人。
 不遜な空気を感じてか、“寝ているはず”のD.S.の眉がピクリと動く。

「ちなみにお聞きしますけど……もし、狸寝入りだった場合はどうなるんですか?」
「えっと、何々……」

 考え込むようにして手元の説明書に目をやるアリサ。
 そこには『注意書き』と目を凝らさなくて読めないほどの小さな文字で、『周囲に人がいないか十分に注意してご使用下さい。なお、狸寝入りの場合は……“死あるのみ”です(はぁと)』と書かれていた。
 それを読み上げられたリニスは渇いた笑い声を漏らし、D.S.は汗をだらだらと流し始める。

「“ま・さ・か”、わたしたちがこんなに心配してるのに狸寝入りだなんて、さすがのルーシェでもないだろうしねっ!」

 ――ギクギク!!
 D.S.の汗の量が明らかに増え、怯えているようにも見える。

「えっと、でも……アリサ、もう少し自然に目が覚めるまで待ってみても」
「そう? そうね……リニスが目覚めのキスでもすれば、目が覚めるか」
「…………」

 そのアリサの予想外の提案に、D.S.は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
 リニスはその反応に溜め息を漏らし、アリサがわざとD.S.の反応を確かめるために仕組んだのだと気付く。
 アムラエルがアリサに言ったのは、「わたしが目覚めてるのに、D.S.が回復してないはずないでしょ?」とたったそれだけの言葉だった。
 だが、それだけでアリサには十分だった。

「やっぱり、それが狙いか――っ!!」

 アリサは「今すぐ死ね」と言わんばかりに、本気でD.S.の頭目掛けて鉄球を振り下ろす。
 咄嗟の判断で、D.S.はベッドから転げ落ちるように逃げ出した。
 先ほどまでD.S.の寝ていたベッドは粉々に砕け散り、鉄球は硬い地面へとめり込むように沈んでいる。
 その衝突音で事態に気付いた少女たちは、ガラス越しに見えるD.S.とアリサの様子に目を丸くして驚いていた。

「アリサ!! 殺す気だったろ!?」
「それが? ずっと寝ていたいんでしょ? だから望みどおりにしてあげるわよ」

 ゆらりと身体を揺らし近づいてくるアリサを見て、D.S.は声にならない悲鳴を上げる。
 リニスは自業自得と思った。アムラエルは「いつものこと」とそんな二人を無視して美味しい料理を堪能していた。
 そして目の前で血まみれになり潰れていくD.S.を見せられた少女たちの心には、消えることのない深い傷が残ったと言う。






 結局、あれだけの人員を割いて、なのはとフェイトの二人を囮にまでつかったと言うのに、管理局は目ぼしい成果を上げることが出来なかった。
 エイミィたち通信班が仕掛けた探査魔法も、結局効果を発揮することはなかった。
 それと言うのも、管理局のシステムがいつの間にかクラッキングされ、システムごとダウンさせられていたからだ。
 その隙に、騎士たちには悠々と逃げられたことになる。
 更には仮面の男を事前に察知することも、追跡することも出来なかったのだから、惨敗と言ってもいい。

「こんなこと有り得ない……」

 エイミィは悔しさからそんな言葉を口から零す。それも無理はない。
 管理局のシステムはそう簡単に敗れるほど優しいものではない。何重にも張られた侵入者対策の障壁、それに迎撃システムも当然のように張り巡らされている。
 更には、エイミィたち通信班に気付かれることもなく、システムすべてをダウンさせることなど、どう考えても不可能だとしか思えない神技だった。
 外部からクラッキングされたのなら、その痕跡が残っていて不思議ではない。
 しかし、文字通り管理局のシステム障壁は素通りされ、全く機能を有しなかった。
 エイミィがそのことを不審に思うのも無理はない。

 その報告を受けて、クロノは俯き考えるような仕草を見せ、その不審な点にリンディもまた口元に手をやり渋い表情を見せる。
 有り得ないと思いながらも、クロノとリンディは、内部犯の可能性を考えていた。
 文字通りある程度の権限を持つ管理局の人間の犯行と考えれば、システムを簡単に掌握できたことも、管理局の動きを予測しているかのような行動を取れることにも、すべて辻褄が合う。
 だが、クロノは内部にそんな裏切り者がいると言うことを信じたくはないのか、いつにも増して固い表情を見せていた。

「クロノ……今回の件、あなたはどう思う?」

 試すようにクロノにそう質問するリンディ。
 実はリンディはこのことを密かに予見していた。メタ=リカーナでもない、守護騎士でもないとなれば、その第三者の介入者は管理局の人間である可能性が高いと考えていたからだ。
 現地の監査役として本部が送り込んだ人間か、それとも別の派閥が動いているのかは分からない。
 だが、相手の魔導師のランクや、その不可解な行動を想像するに、次元犯罪者と考えるよりは管理局の魔導師であると考える方が現実的であった。
 クロノはリンディの質問にその意図を測りかね、考え込むような仕草を見せると――

「今は……まだ分かりません。ですが、これだけのことをやってのける魔導師だ。
 絞込みは時間の問題と思います」
「そう……じゃあ、それはクロノ、それにエイミィにお願いするわ」

 そう言って二人を退室させると、リンディは会議室の椅子に寄りかかるように背中を預け、大きく溜め息を吐く。
 クロノが優秀な魔導師であると言うことは、誰に言われるまでもなくリンディが一番良く知っている。
 自分が真実に気付き始めているように、クロノがこのことに気付いていないはずがないとさえ考えていた。
 それだけの判断が出来るだけの経験と力を、十分にクロノは持っている。
 ――にも関わらず、クロノの回答は曖昧なものだった。そのことからも、クロノが迷っていることが窺える。

「やっぱり、わたしの育て方がまずかったのかしら……クライド、あなたはどう思う?」

 この世にはもういない、最愛の夫に語りかけるリンディ。
 優秀な魔導師の血筋だからだと、ハラオウン家の嫡子だからと――
 周りの期待を一身に受け、クロノは育てられてきた。
 優秀な魔法資質を持つゆえの特別な教育、管理局でも将来有望視される素養と資質を持ち、クロノは周囲の期待に応えるべく努力を怠らなかった。
 その結果、まだ“少年”と言う若さでありながら、AAA+ランクの一級魔導師の資格を手に入れ、その若さで執務官と言う地位まで手にした。
 文字通りハラオウン家の跡取りとして、周囲に認められる結果を残したと言える。

 だが、それが本当に正しいことだったのかと言われれば、今のリンディは素直に首を縦に振ることが出来ない。
 普通の子供ならば、友達と遊び、勉強を共にし、母親にもまだ甘えたい盛りだったはずだ。
 そんな当たり前の少年期を送ることが出来なかったクロノが、本当に幸せだったかと言われれば今のリンディには分からなかった。
 成長したと言っても、それでもクロノは十四歳。それが大人の世界で前線に立ち、苦い悩みを抱えていることが当たり前の現状こそが、管理局の歪みなのかも知れない。
 その考えと迷いは、リンディがそのことを認め始めている証拠でもあった。

『リンディ提督――』
「提督なんて堅苦しい肩書きはいいわよ。あなたはあくまで協力者なんだし」
『では、リンディさん。闇の書のことですが――
 無限書庫で調べて今判明している情報だけでも、そちらに送っておきましたので』

 ユーノから通信を受けて、管理局の提督としての顔ではない、リンディ・ハラオウン個人としての顔を見せる。
 リンディは自分の権限を使い、ユーノにはスクライアの情報収集能力を使って、無限書庫での調査を依頼していた。
 ユーノの出身であるスクライア一族は遺跡の発掘と歴史の解析、収集を生業としている流浪の一族だ。
 その歴史への深い探究心と知性と、情報収集能力には管理局も一目置いており、ロストロギアの発掘や調査を彼らに依頼することも少なくはない。
 そうしたことからもスクライア一族に闇の書の調査を依頼することは、特に不思議なことでもなかった。

 しかし、本来なら無限書庫の調べ者である以上、管理局からも手伝いの人間を派遣すべきところを、リンディはユーノとスクライアの人間だけで行ってくれないかと依頼した。
 無限書庫とは文字通り『世界の記憶を収めた場所』と称されるほど膨大な知識が眠る場所でもある。
 それそのものが巨大な収集型ロストロギアのような役割を持っており、この次元世界で起こったあらゆる出来事、事象、技術に至るまで、ありとあらゆる物が集積され集まってくる膨大な広さを持つ書庫だ。
 しかしあまりに巨大であるが故の弊害もあり、整理されていない本棚の中から目的の資料を見つけるには、途方もない労力を余儀なくされると言う欠点もあった。
 本来であれば数ヶ月から数年単位のチーム編成で捜索を要するものを、リンディは短い期間で管理局の職員を動員せずにと言う無茶をユーノに頼んでいた。
 その理由としては、内部犯がいる可能性が高い以上、身内には頼めないという事情が背景にあったからだ。
 更に言うなら、管理局上層部の思惑を考えれば、こうした余計な行動はして欲しくないだろうと考えていた。
 今回のケースだけで言えば、闇の書は対処する手段のない危険物であってくれた方が良いと言う上層部の考えが見え隠れする。
 そうであれば、アルカンシェルと言う切り札を出す名目になり、次元世界を守るためと言う大義名分が立つものと考えるからだ。
 しかし、リンディはそうした事態を招くつもりはなかった。

 だが、結果として、それしか自分たちには講じる手段がないと言うのもまた事実。
 そうでなければ十一年前、クライドが死ぬような事態にはならなかったと言うことを、リンディはその身をもって知っている。
 だからこそ、藁(わら)にもすがる思いから、その手の捜索に長けているユーノたちスクライア一族に依頼したのだ。
 時間は余りない。大した情報を得ることは出来ないかも知れないが、僅かでもいい。
 何か、闇の書に対して有益な情報が手に入らないかと考えていた。

『闇の書――いえ、夜天の魔道書と呼ばれるこの魔道書は、どうやら各地の偉大な魔導師の技術を集積し、研究するために作られた収集蓄積型の巨大ストレージデバイスだったみたいです』
「それが、どうして闇の書なんて呼ばれることに……?」
『歴代の持ち主がプログラムを改変したんだと思います。
 その結果、破壊の力を振るうように暴走していったのではないかと――
 無限再生や転生機能などは、旅をする機能と復元機能が変異したものだと考えられます』

 闇の書――夜天の魔道書の生い立ちを聞かされ、苦い表情を浮かべるリンディ。
 確かに最初から制御も出来ないような物を意図して作ったとは考え難い。
 だとしたら制御する手段もないものかと考えたのだが、それが暴走しているとなれば、今の技術力ではロストロギアのプログラムを再度改変することなど不可能だろう。
 それはユーノも同様の意見だったのか、黙って頷いていた。
 それに無理に外部からアクセスしようとすれば、主を飲み込んで転生してしまうと言う厄介な性質を闇の書は持つ。
 闇の書が停止も破壊も不可能と言われているのには、それなりの理由があった。

 ユーノから提示された情報は、そのほとんどは管理局のデータベースからでも分かるものばかりとは言え、短期間で集めた物とは思えないほど密なものだった。
 闇の書の成り立ちから、判明している歴代の所有者の名前、暴走の原因に至るまで事細かに記載されている。
 しかしその結果、破壊することも、停止することも不可能だと、管理局と同じ見解が綴られていた。

「やっぱり手の打ちようがないか……」
『手はないこともないですけど、でもそれは……』
「転生されないよう完成を待って、魔導師ごと凍結魔法で永久封印してしまうってところかしら?」

 リンディの答えに同じことを考えていたユーノは黙ってしまう。
 考えられる手段としては破壊も停止も不可能となれば、厳重な監視の下、封じ込めてしまうしか手はない物と考えられる。
 しかし手段としては有効だとしても、闇の書が完成した時点ではまだその魔導師は永久凍結刑を受けるほどの犯罪者でもない。
 管理局の法からすれば明らかな違法行為であろう。そのくらいのことはリンディにも分かっていた。

『プランとしては可能かも知れませんが……でも、個人的にはそれも甘い予測に過ぎないと考えます。
 誰も試したことがないと言うだけで、それが確実に成功すると考えるのは早計かと』
「……あなたは失敗すると思ってるの?」
『はい……それに闇の書は蒐集した魔導師の技術や力を自分の物にする能力があります。
 そのことからも、今回の闇の書は以前と同じだと考えない方がいいですよ』
「それって……まさかっ!?」

 アムラエルの魔力の蒐集――それがリンディの頭を過ぎった。
 闇の書単体なら対処は可能だったかも知れない存在でも、アムラエルの力を知っているリンディからしてみれば、それは絶望的な脅威へと変貌している可能性も考えなくてはいけない。
 少なくともアムラエルの力に、今の戦力で対抗できるとはリンディには思えなかった。
 闇の書にその力が加わったと考えれば、それは今までの闇の書事件と同様であると考えるには、ユーノの言うとおり危険かも知れないと気付く。

『あまり気が進まないかも知れませんが、ひとつだけ手がない訳じゃありません。
 ぼくたちの持っている技術や知識だけじゃ、恐らくこの問題の解決は難しいと思います。
 でも、彼らの力を借りれば……』

 メタ=リカーナの助力を受ける。ユーノはリンディにそう示唆する。
 それはリンディも考えていたことだが、上の指示通りに考えれば、それは難しいと思っていた。
 そんなことが可能ならば、こうして秘密裏に行動したりはしない。
 リンディの部下の中にも、クロノをはじめ、現地の魔導師によくないイメージを抱いているものも少なくないからだ。
 彼らのせいで左遷されたと思っている者たちも少なくない。
 それに管理局の思想に染まっている者ほど、彼らを受け入れがたいと言うのが現実だろう。

「人を使えない……表立っては無理ね。恐らく、わたしも監視されているか」
『……はあ、分かりました。久しぶりに“友達”に会いに行ってきます』
「よろしくね、ユーノくん。それとスクライアへの調査費の支払いなんだけど……」

 表立って行動できない以上、管理局の経費は使えない。今回の調査もリンディの実費になる。
 スクライアの人員を割いての調査費となると、それなりの額になる。提督と言う立場にあってもリンディの懐には正直きついと言うのが本音だった。

『普段は管理局の目が厳しくて利用が難しい無限書庫で、こうして堂々と調べ物ができましたし――
 ぼくたちも有益な情報をいくつか一緒に仕入れられましたからね。
 そこは安くしてもらえるよう、長老に上手く掛け合っておきますよ』

 ユーノの返事を聞いて、胸を撫で下ろすリンディ。
 リンディの提督権限で無限書庫の閲覧が堂々と出来たことは、スクライア一族にとっても有益な取引きだったと言えた。
 本来、無限書庫は管理局が管理しており、部外者による私的閲覧は固く禁止されている。
 だが今回はリンディが提督権限を使い、ロストロギア捜査の特例措置と言う形で許可を取り付けたのだ。
 そのことから安く見積もってもらえることは予想していたが、しばらくは質素な生活も覚悟しなくてはいけないとリンディも覚悟をしていた。

「これからが正念場ね」
『あの、リンディさん……』
「ん? 何かしら?」
『余計なお世話かも知れませんが、無茶はしないで下さい』

 今のユーノだから気付いたのかも知れない。
 優しげな笑顔の向こうに秘めたリンディの覚悟と決意に――
 だからこそ心配だった。こうしてスクライアの人間を無限書庫に入れたことも後になれば分かることだ。
 そのくらいならリンディも上手くかわすだろうが、これからすることは明らかに管理局の意図に逆らう行動になってくるに違いない。
 その結果、アルカンシェルを使う使わないに関わらず、リンディに責任が及ぶことはユーノにも簡単に予想できた。

「大丈夫よ。あなたにも、それに“子供たち”にも絶対に害は及ばせないから」

 笑顔でそう答えるリンディを、ユーノはモニタ越しに見ていることしか出来なかった。






「みんな、眠ったようです。傷の方は大丈夫ですか?」
「このくらい、てぇしたことねーよ。
 ああ見えて、アリサのヤツも一応遠慮はしてるみてぇだしな」

 アリサに鉄球で打ちのめされたD.S.だったが、出血に対して外傷はそれほどでもなかった。
 アリサが手加減をしたのか、D.S.が頑丈だったのか今となっては分からないが――
 本気で殺すつもりなどアリサにないことを、二人とも分かっている。
 あれはアリサの照れ隠しのようなものだと分かってはいた。

「それよりも、テメエこそ怪我してんじゃねえか」
「え――」

 D.S.は嫌がるリニスを引き寄せ、その衣服を肌蹴させて、手と胸下に出来た火傷のような傷に舌を這わす。
 甘い艶やかな声を出すリニスの反応を確かめながら、その傷口に優しく魔力を送っていく。
 そのまま放っておいても自然と治るだろうが、使い魔のリニスに有効なのは戦闘で不足している魔力を早く回復させてやることだ。
 直接傷口に舌をあて、その体内に魔力を循環させていく。
 魔力を相手に送る手段としては、性行為や唾液交換、血液を使うことは効果は確かに高い。
 だが、治療だと分かっていても、リニスは声を上げずにはいられなかった。
 D.S.も、そんなリニスの反応を楽しみながら治療を続ける。

「この傷、ガキどもを庇ったせいだろ? なんで黙ってた?」
「ハアハア……あの子達に心配をかけたくなかったからです……
 わたしが怪我を負ったことを知れば、あの子達は自分を責めますから」

 リニスの傷口は先ほどまでと違い、薄い皮膚がすでに再生を始めていた。
 リニスのそんな答えを予想していたのか、D.S.は「フン」と鼻を鳴らす。

「あの……このことを子供たちには……」
「言わねーよ。それより腹減った。メシ、肉を持って来い」
「は……はい!!」

 D.S.の返事に安堵して笑顔を向けると、リニスはD.S.の指示通り食事を取りに食堂へと向かう。
 そんなリニスの後姿を見送りながら、D.S.は不愉快そうに後ろへと声をかけた。

「いつまで隠れてやがるつもりだ。ぶち殺すぞ?」
「お楽しみのとこを邪魔されて、いつも怒り出すのはテメエの方だろ。
 なあ、D.S.――」

 二メートルを越す巨大な体躯に、背にかけた刀身六尺一寸の大きな日本刀が強い存在感を放つ。
 リニスやプレシアにその気配を悟られることなく時の庭園に身を潜めていたことからも、男が只者ではないことは明らかだった。
 一触即発とも言える空気が、二人の間に張り詰める。

「クククッ――! やっぱ生きてやがったな!! しぶてえ野郎だっ!!」
「テメエこそ、相変わらずそのブサイクな顔(ツラ)変わってねえな、ガラ――ッ!!」

 即戦闘と思いきや、笑いながら互いの胸に拳を当てる二人。

「情報源は、さし当たってシーラってとこか」
「おう、あの姫さん、随分と食えなくなったもんだぜ。
 D.S.の情報をやる代わりに協力しろって、取引きを持ちかけてきやがった」

 ガラはシーラから、D.S.の力になって欲しいと依頼を受けていた。
 メタ=リカーナの魔導師ではなく、D.S.の友人として手助けをして欲しいと――
 そのため、ガラに提示された報酬はD.S.の情報と、メタ=リカーナが管理する転送ポートの使用許可もとい黙認と言うものだった。
 この九年余りの間、ガラは中央メタリオン全土を駆け巡り、D.S.やネイ、カル――それに散らばった仲間の捜索を続けていた。
 分断された大陸とは言っても、メタリオンだけでもかなりの広さがある。
 それに地球とは違い、竜種や亜人などの危険な存在もまだ多々いる世界だ。その世界での捜索は困難を極めた。
 ガラから言わせれば、自伝として売り出せば、それなりの冒険劇になるだろうと自分で褒めたほどだ。

「しかし、色々と面倒なことになってやがるみてえだな。
 ネイやカルとも連絡つかねーし、大陸の果ては見たこともない空間が広がってるとくる。
 そんで、やっと見つけたD.S.は縮んでるは……で、ぷっ!」
「笑うなテメエ……殺すぞ?」

 D.S.は眉間に青筋を立て、ガラを威嚇する。
 ネイやカルはともかく、ガラやアビゲイルに会えば、今の状態を冷やかされることは簡単に想像出来ることだった。
 ガラが必死に笑いを堪えているのが、D.S.にも伝わってくる。
 それが癇に障るのか、D.S.は魔力を高め、ガラを威圧するような態度を取った。

「やろうってのか? そういや、テメエとの決着はまだ着いてなかったな」
「何言ってやがる? このオレ様が一度だって、テメエみてえなブサイクに手こずったことがあるわけねーだろ。
 よーく、その詰まってねえ脳みそ使って思い出しやがれ」

 先ほどまでの男同士の良い雰囲気はどこにいったのか、一瞬にして一触即発の状況になる二人。
 ガラの巨大な闘気が、D.S.の巨大な魔力が部屋を軋ませ、周囲に影響を与え始める。
 それに逸早く気付いたのは、料理を運んできたリニスだった。

「D.S.――!? あなたは誰です!!」
「……ん?」

 リニスの存在に気付き、振り向くガラ。その隙を見逃すD.S.ではなかった。
 隙ありと言わんばかりに、ガラの急所目掛けて容赦ない蹴りを放つ。

「――!?」

 声にならない悲鳴を上げて、その場に蹲るガラ。
 あまりの急展開にリニスは思考がついていかず、ただその場に呆然と立ち尽くしていた。





 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 新年あけましておめでとうございます。
 休み中は、ずっと家でまったりしてましたw
 仕事も五日からはじまったのですが、年末のような状態でもないので更新を再開したいと思います。
 ペース的には前のようにちょっと駆け足で行くと思います(それでも三、四日に一回くらいと思いますが)。
 少なくともA's編終了までは頑張りたいかと。
 それでは、本年もよろしくお願いします。



 >部下Sさん
 D.S.が目覚めない理由はもっとしょうもないことでしたw
 でも、ある意味で彼らしい理由と思いますがね。
 StS編は考えてはいますけど、かなり原作からかけ離れていきそうですね。
 それにすぐには突入しないと思います。間に話を挟まないと、ぶっとぶ段階で分からなくなりそうですし。



 >ルファイトさん
 アムが起きました。D.S.が目覚めました。そしてガラが加わりました。
 この段階でD.S.陣営の戦力は、管理局、闇の書陣営を比べるべくもないレベルに達していると思われますw
 現在、はやてもお泊り中。次回から、物語は急展開を迎えそうです。
 クロノの好感度下落はある意味、予定通りですw



 >封竜さん
 バスタード陣営の出番は後半戦にたっぷりとありますのでお楽しみにw
 ちなみにD.S.の魔力はどれだけ溜めても、アムラエルがいる限り限度あるんですけどね。
 A's編の完結は、ここから駆け足で行くと思います。
 StSまでは少し間を空けると思いますが、必ず完結させますのでまったりとお付き合い下さい。



 >吹風さん
 クロノの咄嗟の判断は現場としてはそれほど悪いものではないのですが、今回は状況が状況ですしね。
 D.S.前面に出すと、現在A's編の7話に当たりますが、すでに完結してますw
 主人公がこれほどシナリオブレイカーなのも珍しいですからね。なのはにもある意味で、D.S.の影響が早く出てるようです。
 管理局のまずさはまさに仰る通りだと思います。
 トップがもう少しまともなら組織も変わるのでしょうけど、今の状態がアレですしね……



 >闇のカリスマさん
 D.S.が本気で戦ってしまうと、色々と後の展開がまずいことしか思い浮かびませんw
 このSSでのD.S.の立ち位置ってご指摘があるように、かなり難しいんですよね。
 でも、あまりギャグばかりを濃くしてしまうと連載初期の頃のD.S.に逆戻りですし。
 デバイスの件は実はすでに考えてます。話に出てこなくても、プレシアさんなど研究を続けているのが現状ですからね。
 ガラ、今回最後に出番がありましたが、ある意味でD.S.と同じバランスブレイカーなので使いどころが少し難しい存在でもありますね。



 >T.Cさん
 まさにその通りw<キス
 これは眠らせた当初から考えていたことなので、あえてこれ以上は何も言いませんが。
 この際、クロノの好感度低下は仕方ないですね。お話上、今の彼の立ち位置は重要ですので。
 ちなみになのはとフェイトの二人は、確かに切り札を隠し持ってます。
 無印で使っていた、フェイトのバルヴォルドなどを見てれば予想はつきそうなものですけどねw
 あれから半年、少女たちの成長にも今後の展開でご期待下さい。
 グレアムの作戦の見解についてはまったく仰るとおりで、普通に考えて上手くいくはずがありません。
 どれもあくまで可能性の範囲での話で、グレアムや猫姉妹の頭の中で完結している机上の空論に過ぎないとわたしも思います。
 それをあそこまで自信たっぷりに出来るからには、何か根拠でもあったのかな?と思いますが、そんな描写なかったですしね;



 >ボンドさん
 お陰さまで年末年始と、たっぷりと休養と栄養を補給させていただきましたw
 更新ラッシュ。また頑張ってみようと思います。
 なのはの位置づけはある意味で、第二のD.S.人生。着実に世界制覇?(冥王への一歩)を歩んで欲しいと言う愛心です。
 でも、リナとも確かに言えるかもw 一撃必殺もとい全力全開はなのはの特権でしょうね。
 なのはとフェイトの新デバイスの話は次回に繰り越しですが、着実に物語りは終焉へと向かっています。
 ガラも加わって、急展開を迎えそうな感じですね。
 アビゲイルの陰もチラホラとw アリサが何やら怪しげなアイテムを持っているようです。
 シャマルの砲撃。あれって非殺傷設定とかどうなってるんですかね?w
 闇の書の攻撃が破壊を目的にしたものなら、そうしたものはない気もしますし。
 ザフィーラも「直撃すれば危険だ」と言っていたことからも、相当危険な魔法には違いないですしね。
 その辺りのことに関しては次回に。最終局面に向けて、政治面からも少しずつ動かして行きたいと思います。
テキストサイズ:24k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.