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長き刻を生きる 第十四話『我は己が身一つ』
作者:大空   2009/01/05(月) 23:17公開   ID:2p.tHeJD/NA

 太公望が自陣に戻るまでの経路で、彼を見る人間達の眼は完全に変化していた。
 それは『降臨した怪物』と見る眼であり、ほとんどの将兵が眼を合わせようとしない。

 そしてそれは太公望自身の軍でも例外ではなかった。

 疑心暗鬼を初めとする人間が持つ疑いの意志。
 だが太公望はそれを咎めたりはしない……もう幾度も経験した事だから。
 力を解き放てば、誰もが自分から離れていって、孤独になってしまう。

 これは強者の因果なのかも知れない。

「……ご主人様」

「今は何も言うな……倒れた皆の手当てに全力を注げ」

 そう言って太公望は自身の天幕に入り込み、翌日まで出てこなかった。
 とにかく何とか健全な者達で失神者達の治療で、愛紗達も助かっていた。
 きっと今の自分達ではどうしようも出来ない事を理解しているから。

「もし? 太公望軍の方々か?」
「そうだが、貴公は?」

 それは太公望軍の者ではなく、公孫賛軍の者と名乗る。

 そして彼は太公望軍の人間を一人残らずを集めた。


「実は…………」


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「おい太公望! 外に出ろ!」

 それは左慈が乱暴に太公望を負傷者などが寝る簡易のタンカから引きずり落されてしまう。
 反論や愚痴を言うよりも早く、太公望は天幕の外へと引っ張り出される。

 そこで太公望は天幕の外で驚くべきモノを見る。

 太公望軍全員が、敬服の姿勢を取っているのだ。

 中には膝が少し赤くなっている者もおり、そこにどれだけ居たのかを物語る。

「……どういった了見よ?」

「私は……貴方という人を一瞬でも愚かしくも疑ってしまいました!」

「ごめんなさいなのだ!」

 語られる昨夜の出来事。
 公孫賛軍の使者と遅れてやって来た馬騰軍の使者、両者より語られたあの殺気の正体の事。
 袁紹が太公望軍に無理難題を吹っ掛けた事、それに反論に対して”殲滅”を宣言した事。
 それに対して太公望は『自分は間違っている』かも知れないと言う事を飲み込んでなお行った怒りの行動。
 臣下全てを”宝”と言って殺気と覇気を持って一種のハッタリを行い、自分の軍を護り抜いた事。

 それら全てを公孫賛と馬騰の両者が、使者と言う形で伝えたのだ。

「私達は自分の命を持って、配下でしかない私達を救ってくださった貴方様を疑ってしまいました!」
「俺達はもう太守様の配下じゃねぇのは判ってます! 一度でもこんな偉大な御方を疑った俺達は配下にはなれねぇ!」
「少しでも化物と疑り、貴方様のお心に深い傷を付けてしまった事は重々承知しています!」
「千年もの年月を持って会得されたモノを侮辱し! 否定してしまった私達をもしまだお救いくださるなら!」

「この肉体と魂魄の全てが砕け散るその時まで! どうかお傍で戦わせてくださる事をッ!!」

 これは公孫賛と馬騰しか知らぬ事だが、この事を計画したのも曹操である。
 太公望軍は先日の戦で敵将を捕らえ、確実に敵を釣るには彼らである必要があるから。
 その為には餌が自壊するのを防ぐ必要があると、曹操は多少湾曲させた話を伝えるように両軍に指示した。
 魏軍は愛紗達に多少の恨みを買ってしまっている為、彼女らの言葉では説得力があっても聞かれるかが判らない。
 だがこの両軍は太公望軍と仲が良く、この両軍の使者と言う形ならば愛紗達も聞くだろうと踏んでの事だった。

「……だそうだ?」

 ここで太公望が彼女達を見捨てても、誰も文句は言えない。
 自分達下っ端を護る為に化物と見られてでも救おうとする上官がどれだけいるだろうか?
 きっと巡り合える事はないだろう……武術・軍略・政治などの全てで自分達を支えてくれる上官など。
 ましてや自分の面に泥を被り、不自由な生活すら恐れず行える上官に巡り合えることなど、もうない。
 彼らは千載一遇を超える機会によって巡り会えた人物を、自らの手で捨てるような行為を行ったのだから。

「……ワシは太公望の名を語っている怪物かも知れぬ」
「それでも!」

「ワシは結局おぬし等を前線に出してしまう……死地に送り出すのだ」
「覚悟は出来ております!」

 泣きたくても涙の出ない太公望、長い年月の間に枯れ果ててしまったから。
 だから泣いている様な笑顔で、彼らを少しでも鼓舞する。


「…………絶対に死ぬな! ワシから次の決戦に向けて言える事はこれだけよ」


 一斉に俯いていた者達が顔を、面を上げていく。


「これより主等の全てを預かる! 我が采配を持って! 生還を約束しようではないか!」


 太公望軍全兵士が挙げる雄叫び。
 それは自分達の下に留まってくれ、更には疑ってしまった自分達の為にまた采配を振るうと言ってくれたのだ。
 普段よりも素早い戦への支度と極限にまで高まった太公望軍の士気は、既に勝利を見出し始めていた。

「ご主人様」
「望兄ちゃん」

「どうした? 将がその様では我が采配が腐る、普段の主等に戻ってくれぬかの?」

 将に対するお咎めは一切なし。
 普段の元気を取り戻す彼女等に苦笑いを漏らす左慈と太公望。 
 また干吉が内部潜入に消えた穴を左慈に任せ、彼から罵倒を太公望は浴びる羽目となってしまう。
 だがそれは何処かとても楽しそうであったと言う。


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 難攻不落・都の最終防衛戦である虎牢関と対峙する連合軍。
 雪がシンシンと降り積もり、吐き出す息は白く視界に映る。

 されど震える兵士は居ない。


「太公望軍! 出陣する!」


 太公望を先頭にした騎馬隊と戦車隊、それに続く歩兵隊と弓兵が大将の指示の元に進軍を開始する。
 それに対して虎牢関の堅牢な門が内側より開かれ、そこから董卓軍の兵士が一斉に先陣の太公望軍に殺到する。

 ―――今、董卓軍との最終決戦が始まる。

 先鋒太公望軍の戦力は一万五千、対する打って出てきた董卓軍は三万前後。
 兵力の有利不利を全て蹴散らす兵士のズバ抜けた士気、その兵士に采配を奮う小さな軍師。

「皆さん! ご主人様が下さった命を使う時です!」

「軍師様の言うとおりだ! この命は既に死した物と思え!」

 刃と刃が交わり小さな火花を散らす。
 槍と槍のぶつかり合いに間合いを制しあう。
 乱戦の最中でも飛来しあう矢と風きり音。
 地獄を駆け抜ける兵士達の姿は個々が修羅、死する事を恐れぬ尖兵。

 一騎当千の猛将三人による怒涛苛烈の攻撃に、なす術も無く蹴散らされていく雑兵達。

「この関羽! 今一度、忠義の刃を持って汝等を討ち果たす!」

「望兄ちゃんが笑ってくれる為に鈴々は……張飛は戦う!」

 背中を預け合う猛将姉妹の阿吽の呼吸、それからもたらされる死の剛撃。
 互いの見えない視界を補い合う、僅かなお互いの呼吸、空気の微弱な変化を互いが悟りあう。
 一歩間違えば同士討ちしかねない連携を、武神と戦神の姉妹は踊り続ける。
 血と死が支配する戦場を舞台に、その舞踊は更に勢いを増し、次々と敵兵を薙ぎ払っていく。

 屈強な騎馬隊を目立つ訳では無いが率い、的確に敵を一人一人打ち倒していく鷹の眼の将と神脚の道士。

「流石です左慈様!」

「今は干吉が不在だからな! その眼……信頼するぜ」

 舞踊に見惚れている敵の身体を粉砕する、白い道士服に映える銀色の手甲と脚甲を纏う左慈。
 連合軍参戦前に太公望から「生脚では負荷が大きい」と指摘されて装備しているこの装甲。
 
「ふんッ! 中々上質みたいだな」

 それは神脚を守り抜く鋼鉄の鎧、そしてそれすらも破壊力へと即座に変換する左慈のずば抜けた体術。
 両腕で敵の攻撃を弾き・捌き・大きな隙を作り出してから必殺の蹴りを敵の急所に放つ。
 単純明快・だからこそ突破が困難なその強さが、また一人と敵を蹴り砕く。

「敵軍の援軍確認! 撤退の鏑矢放て!」

 乱戦の真っ只中を駆け抜け敵陣に穴を開ける騎馬隊から、撤退の号令が掛かる。

 それによって一斉に後退を始める太公望軍、その姿が不気味に映らない訳がない。


「引け! これは幾等なんでもおかしい!」


 その指示はもう遅すぎた。

「呉の勇士達よ! その武を遺憾なく示せ!」

「魏の精兵達よ! 今こそ己が力を示す時!」

 何も”負ける事”が敵を釣る必須条件ではない。
 兵士達の微細な布陣の変化や、敵の血気を利用した無意識の進軍も、立派な敵の釣りである。
 少しずつからめとるかのように、少しずつ、少しずつ敵を引き寄せる事を可能とさせる天賦の軍才。
 人間の闘争本能を巧く突き、少しずつ布陣を変化させて、騎馬と戦車の二つを利用した退路の切り離し。
 全てが一人の知識によってもたらされているならば、これは良く出来た劇場であるとしか言えない。

「白馬隊! 今こそ、その神速を奴等に刻み込んでやるぞ!」

「誇り高き騎馬の民よ! その血と肉体に刻みし技術の全てを振るえ!」

「全軍反転! これより敵陣を突破し! 虎牢関を落す!」


「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」


 先陣は釣られ、左右から強力無比な挟撃、更に三つの軍の騎馬が織り成す大突撃。
  混乱を産み散らし、死を撒き散らし、死体を築きあげていく先日の無策が嘘にも思える連携。
 この戦いは既に連合軍の勝利と終わる。
 それでも生き抜く為に戦う者達もまた存在する。


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「張遼将軍! 既に先陣は壊滅状態! このままでは我々も!」

 先鋒が少しずつ敵陣に釣られている事に気付いた彼女指揮の下、虎牢関から援軍に出たのが失策だった。
 乱戦の真っ只中から自分達の軍旗を見極め、なおかつ出てきた事から前に出る事を看破されるとは考えていなかった。
 更にもう一つは水関の戦いの敗走兵達から聞いた連合軍の無策ぶりを信じての出陣。

「連合軍の何処が無策や! 無茶苦茶連携とれとるやん!」

 だが結果は、あの化物がもたらした連合軍の優れた策の下の連携からもたらされる敗走の伝令。
 華雄の言う事は間違っていなかっただろう、脆い内の連合軍ならば呂布が出陣して暴れるだけで良かった。
 連携の取れない連合はお互いを救わず、結果として”個”最強の武を持つ呂布が蹴散らせる筈だっただろう。

「呂布将軍が敵先鋒太公望軍と激突しました!」
「魏・呉・袁の三軍の別働隊に取り付かれました、陥落は時間の問題かと!」

 進退窮まる。
 城砦に戻っても、大兵力の前に突破を許す。
 このまま野戦を仕掛けても連携を持つ連合には勝てない。

 何よりもあの風の主が居るのだから―――敗者の結末は変わらない。

 ならばせめて、彼女が取る決断は一つ。

「ウチが時間稼ぐから、皆逃げな」

「将軍! 我が軍はまだ」
「もう負けとる! 捕まって殺される前に逃げな!」

 彼女は今だ敵を引き裂いていない槍は、戦場で獲物を求めている。
 この敗北の結末を定められた戦場と言う舞台で、自分達に絡みつく糸の正体を知る者として。
 その槍が求める血の主はただ一人……そして恐らくは怪物の正体であろう者。

「幸い時間は稼げる、呂布ちんと一緒に少しでも一騎打ちで長引かせるから」

 懸命な作り笑いで副官達を送り出す。
 本来ならば残りたいであろう彼らも、彼女の願いを汲み取って一斉に後退を開始する。
 その敗走の波紋は一気に全軍に伝わり、もう太公望軍と接触している呂布隊からも逃げ出す者が居る。

 ―――ごめん月、詠

 ―――ウチ……死ぬわ

 涙は流さない、将としての彼女が最後の一線を保たせているから。
 槍を左に・手綱を右に携えて、彼女は馬を走らせていく。
 せめてもの反抗と希望に望みを賭けて。


「おい露出女、悪いが俺の上司がお前の身柄を欲しがってる」

「白い道士服……『道導』と『南華老仙』の奴の仲間か」

「ふん、あんな化物と裏切り者を俺達を一緒にするな」


 それは彼女が出会った白服達とは明らかに雰囲気の違う男。
 何処か人間染みた匂いを持つ童顔の男、そして同じ白服を裏切り者と誹る。
 だが彼女の怒りは別の所に向けられてしまった。

「露出女? 童顔男、アンタにウチの美貌は理解出来んね」

 お互いの頭に浮ぶ青筋一つ。

「……あぁ? 露出狂とでも呼ぶべきか」

 とても冷静に訂正する左慈の姿に、更に青筋一つ。

「これは失礼したなぁ? ガキんちょ!」

 ……左慈の実年齢は張遼の数百倍はある。
 彼から言わせれば彼女の方が小娘である……また青筋が一つ。

「――――――ぶっ潰す!」
「――――――捻り潰す!」

 愛馬から飛び降り、空中から左慈を貫かんと槍を振るう。
 だが左慈自身、曹操に死の宣告を下す際に幾度も彼女でない彼女と殺しあっているのだ。
 魂魄がその太刀筋を記憶しており、あとは魂魄の記憶に身体が反応するだけの話だ。

 銀色の矛先が頬を掠めるが、代わりに張遼の腹に膝蹴りが入る。

 苦悶に顔を歪めながらも、左ストレートが左慈の顔面に突き刺さる。

 僅かにたじろぐ左慈を蹴飛ばし、その反動で張遼は一気に間合いを取る。

「丈夫やなぁ」
「ふん、昔喰らったあの野朗の太刀筋に比べれば甘いな」

 お互いが距離を取って構えを取る。
 通常ならば、長い間合いを持つ張遼の方が有利であるが……相手が悪い。
 左慈は零距離戦の専門家であるのだ、自分より間合いが長い敵など当たり前なのだ。

 左慈の後ろで始まる一人の鬼神と武・戦神の姉妹が打ち合いを始めたのだ。
 そして鬼神より放たれる獣の覇気が、彼女の領域とも呼べる勝利の方程式を作り出す。
 それを鼻で笑い飛ばすのは左慈る

「ふん、太公望の殺気に比べたら可愛く見えるな」
「昨日のあれの主は太公望かぁ……戦ってみたいなぁ」
「なら俺と一緒に来る事だな、アイツの所に直通だからな」

「……でもソイツの所為でウチ等はこんな目や! 借りは返すのがウチの流儀や!」

 一気に間合いを詰めてからの左慈の脚の連撃。
 回し蹴り・サマーソルト・踵落とし・ソバット・正面への小細工抜きの蹴り。
 様々な連撃をバランスの取れた連撃が防ぎ、一進一退の攻防を生み出していく。

 董卓軍でもバランスの取れた彼女の攻撃もまた、力の配分を主体にバランスが取れているのだ。
 必要な時に必要なだけの力を込めて、その攻撃に必要な関節を動かして身体を一つの武器にする。
 この二人は似ている、それは己が武は己が肉体が生み出すと言う点において。

「流石と言うべきだな……だけどな!」

 脚の攻撃に意識を集中しすぎて、突然の腕を使った攻撃が額を直撃したのだ。
 普通ならばこの程度の攻撃で止まる彼女ではないが、その人間と言う枠内からは逃げられない。

 揺らぐ視界、崩れ落ちる身体、手から滑り落ちてしまう得物たる槍。


「人間の思考を司る部分を強く揺らした……しばらくは立つのもままならないだろう」


 そして左慈は立ち上がれない張遼の首筋に、脅し専用に下げている剣の刀身を添える。

 ―――詰まれた

「……恋……ちん」

「後は向こう次第だな」

 左慈の部隊の兵士が張遼の両手を縛って捕縛する。


「太公望軍の神脚が左慈! 敵将張遼を捕らえたッ!!」


 吼えあがる咆哮。
 だがその咆哮は木霊と化して消えてしまう。

 ―――残るのは呂布

 ―――そして陥落へと向う城砦・虎牢関

 再び、神は戦場へと舞い降りる。

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■作者からのメッセージ
ソウシ様
ご感想ありがとうございます
現在が弱小だからこそ潰す
なんて考えが浮ばない訳ではございません
ヴィーナスさん、そんな台詞言ってましたっけ

ボンド様
初めましてですね
ご感想ありがとうございます
スルーしてくださってありがとうごさいます
もし言った方が良い! と思ったらジャンジャン言ってください
いえいえ、感想が書けない事は恥ずべき事では有りません
何故なら私も書けませんから!
少し惜しいですね、それならこの歴史を許容しませんから
あくまで彼女の目的は『故郷再生』で、その為の歴史ですから
自分達が神と崇めている存在ですから、生き物として勝てません
呂布はまだ人間ですよ、あくまで精神力が強いだけですから

兎月様
ご感想ありがとうございます
下手に殺すと歯止めが利かなくなってしまいますから
いや、下手に組まれると負けます
あくまで太公望は自分の力を誇示したがりません
最後の結末を見越しての行動が多いですから

大分遅れてしまいましたが
明けましておめでとうございます

この一年も宜しくおねがいします
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