作者:193
2009/01/11(日) 03:11公開
ID:4Sv5khNiT3.
「だれ? このおっさん」
当たり前のように食堂で一緒に食事をしているガラを見て、覚醒したアリサが最初に発した第一声がその一言だった。
カイとシーンは突然のガラの訪問に面を食らい、緊張からかいつもよりも表情が強張っている。
シーラから応援を送ると言う話を聞いてはいたが、それがまさかガラだとは思っていなかったからだ。
ガラ――D.S.に仕えた四天王の一角であり、忍者マスターの異名を持つ、数々の忍具、忍術を操る男。
配下に二千人からなる精鋭忍者集団を抱え、鍛えられた肉体とその愛刀から繰り出される剣技は軽妙かつ豪快。
最前線で一騎当千の活躍をするだけでなく、諜報、潜入任務にも高い能力を発揮することで知られ、大魔導王D.S.を傍で支える豪傑として名を馳せていた。
中央メタリオン全土と言えど、こと剣技、接近戦に置いてこの男と肩を並べられるものは数少ない。
かの大戦の勇者、シーラの兄君に当たるラーズ・ウル・メタ=リカーナを除けば、恐らく最強の戦士であることは疑うべくもない。
あのカイでさえ、ガラからすれば赤子扱いなのが現実だった。
かつて自分たちが仕えた主君である、アーシェス・ネイと同列にして同格の力を持つ男を前に、さすがのカイとシーンも緊張の色を隠せない。
いくらシーラの送ってきた応援だとは言っても、二人ともガラを顎で使う気にはならなかった。
「このおっさん、本当にそんなに凄いの?」
ガラを「おっさん」呼ばわりするアリサに、シーンは冷や汗を流しながら部屋の隅に連れて行き、耳打ちをしてガラのことを説明して聞かせる。
しかし人様の家で遠慮もなく、D.S.と同じように下品にムシャムシャと食事を続けるガラを見て、アリサは「本当にそんなに凄い男なのだろうか?」――と疑問しか出てこなかった。
D.S.の四天王とは言っても、彼らはD.S.の配下と言うわけではない。
D.S.と行動を共にしているうちに人々から畏敬と畏怖を込めて、いつしかそう呼ばれるようになっていたと言うだけの話だ。
アーシェス・ネイがD.S.の恋人であり娘であるように、カル=スは友人であり息子のような存在だ。
アビゲイルに至ってはよく分からないところがあるが、ガラはD.S.と幾度となく殺し合いをしてきたほどの好敵手でもあった。
目的が一緒なら共闘することもあるが、基本的に一部を除き、それぞれが自由気ままな存在だ。
それは彼らを統率しているD.S.を見ても分かることだろう。
だからこそ、彼らはD.S.と言う一人の男に惹かれ、宿を共にしているに過ぎなかった。
D.S.とガラの関係とは、そうした主従の関係ではなく、友人、気の合う仲間と言った意味合いの方が強い。
この二人が似たもの同士に見えるのは、ある意味で根元が似ているからだろう。
「なるほど、この嬢ちゃんがね」
「な、なによ……」
品定めするように顎に手をあてフムフムと唸るガラを警戒して、表情を強張らせるアリサ。
そんなアリサの頭をポンポンっと撫でると、ガラは大口を開けて笑い――
「まあ、よろしく頼むわ。”嬢”ちゃん」
ニカッ! ――と笑うガラに、アリサは一気に毒気を抜かれる。
ゴリラのように大柄な体躯をしながらも、武術をやっているようには思えないほど、その動きの一つ一つは隙だらけ――
陽気で警戒心の欠片もなく、馴れ馴れしい男。でも、不思議と嫌な感じを周囲に与えない。
不思議な男だとアリサは思った。そして同時に、D.S.を視線に入れながらガラの方を見て――
「変なヤツ……」
そう、呟いていた。
次元を超えし魔人 第21話『真実を知る者』(AS編)
作者 193
「二人のデバイスはしばらく没収ね。フレームは先の戦闘でほとんど全損だし、尚且つ傷みも酷い。
ここらで一度、パーツの総交換とメンテナンスをやっちゃうわ」
「「でも――っ!!」」
リニスに自分たちのデバイスの状況を告げられ、なのはとフェイトの二人はそれが不満なのか声を張り上げる。
いつ守護騎士たちがまた動き出すか分からない状態で、あまりのんびりはしていられないと言う思いが二人にはあったからだ。
明日にでもシグナムが、ヴィータが現れるかも知れない。そう考えると居ても立っても居られない気持ちは分からないでもない。
だが、リニスはそんな二人の気持ちが分かってはいても、素直に応じるわけにはいかなかった。
「ダメよ。こんな状態で戦闘にでたら怪我ですまないかも知れない。
それにあなたちの体力と精神は、自覚している以上に消耗しているはずよ。
ここらで一回、ちゃんとした休養を取りなさいっ!」
気持ち的には納得が行かないながらも、リニスの言っていることが正しいと分かると渋々頷く二人。
確かにずっと学校に訓練に出動と休んでいなかったのは否定できないので、心配するリニスの心情を察すると二人はこれ以上我が儘を言う気持ちにはなれなかった。
リニスも一度認めたからには、二人が戦いに出ることまでを否定するつもりはない。
だからと言って、無茶を許したわけではなかった。
子供だからという誤魔化しをするつもりではないが、明らかに今のなのはとフェイトの生活はオーバーワークと言っていい。
そんな状況で体力も精神も消耗した中、不完全なデバイスで戦闘に出すことなど出来るはずがない。
それはリニスでなくても、他の誰かが必ず止めていただろう。
「レイジングハートにバルディッシュ、あなたたちも大変ね……」
二人を退室させた後、メンテナンス用の台に載せられた二機に目をやり、そう呟くリニス。
こんなことをデバイスに言っても仕方ないのだが、この二機のご主人様の少女たちは少し無茶が過ぎるようだとリニスは思う。
その言葉の意図が理解できたのか、二機揃って「It's so.(まったくです)」と可笑しそうに返事を返す。
デバイスである以上、その返答はどこか無機質で機械的ではあるが、そこには人と変わりない感情の色が見えるように思える。
それほど二機の人工知能は少女たちの影響を受け、彼女たちと同じように成長しているのだろう。
人工知能を持つインテリジェントデバイスとは言っても、ここまでスムーズに会話や意思疎通を行ったり、感情を面に表すほど癖のあるものでは本来ない。
デバイスは魔導師をサポートする為の機械に過ぎなく、あくまで道具であると言う考えが魔導師たちの共通の認識であるからだ。
インテリジェントデバイスと言えど、その本質が変わるわけはない。
しかしレイジングハートとバルディッシュの二機には、他のデバイスにはない明確な意思が確かに存在した。
笑いもすれば怒りもする。喜びもすれば悲しみもする。
そうした色に染め上がった理由は、やはり二人の少女がそれほどにこの二機のことを大切にしているからであろう。
ただの機械ではなく、大切な相棒として個人として認めた上で、二機に接していることがそのことからも窺えた。
「それじゃあ、あなた達のご主人様も待ちかねているようだし、さっさとパーツ交換やっちゃいましょうか?」
そう言って、カタカタと手元のキーボードを打ちながらパーツ交換の箇所や、二機の状態を再確認していくリニス。
手馴れたもので良い点、悪い点を瞬時に判断して、なのはとフェイトに合わせた調整を同時に施していく。
軽快に進んでいく作業の途中――見慣れぬ項目を目にしてリニスの手が止まった。
「これ……」
リニスの視線の先には『CVK792-A』を示すコードナンバーが記されていた。
そのコードが示す物は――ベルカ式カートリッジシステム。
通常であればミッド式のインテリジェントデバイスである二機に搭載されているはずのない部品だ。
ミッド式デバイスの中でも特に繊細なインテリジェントデバイスに搭載するような物ではない。
カートリッジシステムは強力な反面危険性も高く、それは術者だけでなくデバイスにかける負荷も相当に大きくなることを示しているからだ。
リニスは二機に目をやり、先日の戦闘のことを思い出していた。
なのはとフェイト、二人の実力はあの歳の魔導師の中ではずば抜けて完成されていると言ってもいい。管理局の武装局員や他の高ランク魔導師と比べても何れも遜色はないだろう。
操作技術、魔力運用、判断力、そしてそれらを支える戦闘技術。
何れもカイやシーン、それにリニスの師事を得ているだけあって、高水準のものであると断言できる。
しかし、戦闘の結果だけを見れば、守護騎士たちに遅れを取っていたのは事実だ。
その理由は魔導師の実力の差ばかりではない。
実力が伯仲しているからこそ、彼女たちの相棒(デバイス)の差が妙実に出る結果となったからだった。
決してミッド式のインテリジェントデバイスが劣っていると言う訳ではないが、ベルカ式のアームドデバイスは個人戦、特に対魔導師戦闘に置いて圧倒的な力を発揮する。
ようは用途の問題の差だ。ミッド式のデバイスは使い易さや臨機応変に対応できる柔軟性を求めて設計されているため、魔導師としての戦闘スタイルから大きく外れるような用途での運用を想定していない。所謂オールラウンダー型と呼ばれるもの。
一方ベルカ式は近接系の個人戦闘に特化しており、その一番の特徴があのカートリッジシステムだと言うことだ。
ミッド式と違い扱いが非常に難しく、魔導師、デバイスともに心身ともに多大な負荷をかける為、使用できる魔導師も限られてくる。
しかし魔導師同士の個人戦に置いて『ベルカの騎士に負けはない』と言う矜持は誇張でもなんでもなく、そうした裏付けと確証があってのものだった。
だからこそ、リニスは二機を見て観念したかのように溜め息を吐く。
二機ともに守護騎士たちに負けた原因を分析し、この結果を導き出したのだろうと判断したからだ。
いくら特徴に差があるから仕方ないことだと言ったところで、自分たちの主人が負けた原因がデバイスの差にあるとあっては、どちらも納得が行かないのだろう。
より強く、より速く、主人をサポートする為に存在すると言うのに、それに応え切れていないとさえ思っているのかも知れない。
通常、デバイスが自分から設計に関して提言してくることはない。
それに、これは提言と言うより二機の我が儘に近かった。
エラーコードを放ち、「搭載してくれないのであればメンテナンスも受けない」と言う意思さえ伝えてくる。
「……本気なの?」
リニスはその意志を確かめるように二機に問い掛ける。
レイジングハートとバルディッシュのことを考えれば、正直お勧めしない選択だったからだ。
普通の技術者であれば、こんな無茶は出来ればしたくはない。
最初からそうした設計をしているのならともかく、後からミッド式のインテリジェントデバイスにカートリッジシステムを搭載するなど、無茶をすれば壊れてもおかしくない負荷が掛かることが想像に難くないからだ。
この二機の主人の性格を考えれば、その“無茶をしない”と言う選択肢はまずないだろう。
それが分かっている上で、レイジングハート、バルディッシュの二機はリニスに無理を頼んでいた。
「はあ……前言撤回。あなた達、やっぱりあの子達のデバイスだわ」
主人が主人なら、デバイスもデバイスと言うことだろう。
リニスは二機に「やるからには最高のデバイスに仕上げてあげる」と宣言する。
中途半端にカートリッジシステムだけを搭載するようなことをして、なのはとフェイトの二人まで危険に晒しては意味がないと考えたからだ。
そうしたリニスの考えも考慮した上で頼んでいるのだとしたら、この二機は意外と食えない相手かもしれない。
リニスはそう思いながら苦笑を漏らすのだった。
「そうか、街の方には被害がなかったか」
「ええ、リニスが咄嗟の判断で封時結界の範囲を広げて被害を食い止めてくれたようです。
闇の書から放たれた砲撃魔法は、管理局の魔導師が使うように“非殺傷設定”など考慮されていないようですね。
直撃をもし一般人が受ければ、甚大な被害がでたことは想像に難くないかと……」
シーンから先日の市街上空での戦闘の報告を聞いて、デビットは眉間にしわを寄せて溜め息を吐く。
闇の書の放った砲撃魔法の効果範囲は、管理局の張った強壮結界を上回る規模のものだった。
その結果、一般人にまで被害が及ぶことを恐れたリニスは、なのはとフェイト、それにアルフの三人を守りながら市街全域に結界の範囲を広げたのだ。
火傷もそうだが、治癒能力が低下するほどリニスの魔力が極端に消耗していた背景には、そうした理由があった。
しかし傷を負ったリニスには悪いが、このくらいの損害で済んで幸いだったとデビットは感謝する。
リニスの判断力がなければ、こうして座って報告など聞いてはいられなかっただろうとデビットは思う。
一般人に犠牲者が出てからでは全てが遅すぎるからだ。
「リニスの傷は大したことないらしいですから安心して下さい。
もう魔力も回復して、傷もほとんど完治しているらしいですから……」
「……? それじゃ、リニスさんには今度ちゃんとお礼を言っておかないとな」
リニスの傷が完治したと言っているのに、何故か不機嫌なシーンを訝しみながらもデビットは話を続ける。
今回の件に関して、管理局は「不測の事態だった」の一点張りで自分たちに責任はないと明確に態度を示してきていた。
街に被害がなかったと言っても、そうした事態を招く原因となった一端には管理局にも責任はある。
だからこそ、デビットも抗議せざる得なかったのだが、その返答は悪い意味で予想通りとしか言いようがない。
おそらくは抗議の内容すらリンディの耳に伝わっていないだろう。所謂、“門前払い”と言うヤツだ。
「まあ、いつものことですね」
「結構きつい言い方だな。身も蓋もない……」
「もう、慣れましたから」
管理局との対話、交渉でこうしたことは常日頃のことなのでシーンも驚きは特になかった。
逆を言えば、向こうがそうした態度を示してくれるのであれば、こちらも“遠慮はいらない”と考えていたからだ。
今回の件で、おそらく放っておいてもD.S.は動くはず。それはガラが味方に加わったことを考えれば、もはや時間の問題と言ってもいい。
正直、D.S.とガラの二人の行動を制止することなど、シーンには出来る気がしなかった。
であれば、管理局のことを心配して、無駄な心労を煩う必要もないだろうと考えていた。
「あまり、関係が悪化するのは好ましくないんだがね……」
「悪化させてるのは向こうです」
「…………」
今日のシーンは特に機嫌が悪いなとデビットは思う。
こう言うときは“触らぬ神に祟りなし”と言わんばかりに話題を切り替えた。
「ところで……その八神はやてと言う子なんだが」
「ええ、良い子ですよ。昨日もアムラエルのお見舞いにきて、礼儀正しいですし……って、ダメですよ?
また別の女の子に興味を示すようなことをして、アリサに言いつけますよ?」
「……そう言う意図じゃなかったんだが、どういう目で見られてるか分かった気がするよ」
自業自得と言えばそれまでだが、シーンが抱くデビットのイメージは近しい者たち共通の物だろう。
しかしデビットがいつになく真剣な表情をしていることから、そうしたお茶らけた話ではなく、真面目な話なのだとシーンも悟った。
「……彼女がどうかしたんですか?」
「…………」
無言で机の上に積まれていたファイルの中から一つを選び抜き、それをシーンに差し出すデビット。
それは、ギル・グレアムの調査報告書だった。その生い立ちから、管理局での今までの実績に至るまで事細かに調べ上げられていることが分かる。
その資料を見て、グレアムが地球出身の魔導師だと言うことにはシーンも少なからず驚きを隠せなかったが、それよりもむしろ、その後に載せられていたはやての写真の方に目が行き思わず息を呑んだ。
そこにはグレアムが、“はやてに生活費などを含む多額の援助を行っている”などの詳細が書かれていたからだ。
「――これは、どういうことですか!?」
「そのままだよ。グレアムはその少女の小父を名乗り、彼女に生活費の援助を行っている。
名目上は亡くなった両親の財産管理を、“父親の友人”である彼が行っているとでも伝えられているようだが、実際には少女とグレアムの間に繋がりなど一切ない。
彼女の両親の財産に関しても、その額に釣り合うほどの物は残されていなかった。父親の友人だと言うのも嘘だ」
「何故、そんなことを……」
いつも冷静なシーンが動揺するのも珍しい。
だがそれ程に彼女の頭の中では、このことをアリサたちが知ったら“どう思うだろう”と言う考えで一杯だった。
今もデビットに「何故?」と質問しながらも、様々な可能性を頭の中で導き出しているに違いない。
だからこそ、グレアムのその行動が単なる善意からではないことをシーンは悟っていた。
「自称“正義の味方”の化けの皮も剥がれてきたようだ」
「では……」
「あまり気乗りはしないが、利用しない手はない。グレアムには精々踊ってもらうとしよう」
はやてのことを気遣って見せてはいても、デビットには管理局との顔役としてメタ=リカーナ引いては地球との交渉を担う責務がある。
それに世界全体で考えれば、理想や感情論だけで動くことが出来ないのが現実だった。
シーンにもそのことが良く分かっているのか、何も言わずデビットの言葉に頷くだけに留まる。
「あとは“彼”の動き次第か……」
「そればかりは予想がつきませんね……」
D.S.の行動を予想など出来るはずがない。
だが少なくとも、仲間に害が及ぶようなことをD.S.がするはずもないだろうとシーンは思う。
最悪の場合でも、口では色々と言いながらも必ずアリサたちのことを守るはずだ。
デビットにもそれが伝わっているのか、「なるようにしかならんか」と苦笑いを浮かべていた。
それから、クリスマスまで残り数日と迫った頃――
守護騎士たちはシャマルを除き、ほぼ不眠不休での蒐集行為を続けていた。
元来、戦闘向きではないシャマルは、カートリッジの補充と情報伝達などの後方支援に徹していた。
それに仮面の男の正体と目的が判明しない以上、はやてだけを残して全員で出掛けると言う選択肢を取る訳にはいかないと言う現実があった。
あの男の目的が闇の書の完成にあるならば、はやてが安全であるとは断言し辛い。
外からの干渉による闇の書の悪用が不可能だとは言っても、留守のところを狙われ、はやてに直接手を出されたのでは守護騎士たちには手の出しようがないからだ。
そのため、家の周囲には探知魔法を仕掛け、はやての安全だけでも確実に確保出来るようにと、シャマルが常に目を光らせていた。
そんななか、シグナムとヴィータは、肉体も精神も回復しないまま万全とは言い難い状態で不眠不休で蒐集行為を続けている。
ザフィーラはその二人のサポートが主と言ったところだが、二人に付き合って出ずっぱりになっている以上、彼の疲労も相当なものに達していた。
管理局やメタ=リカーナの魔導師を警戒しながらの行動であるが故に、使ってしまった頁の分を取り戻すためにも、文字通り身を削る思いをする必要がある。
しかし、はやての為にと必死に辛いのを我慢し、痛みと疲労に耐え、近郊世界で原生生物を相手に魔力の蒐集行為を続けていた。
「大丈夫か? ヴィータ」
「このくれえ……なんともねーよ」
今日、八体目に上る怪物を昏倒させ、ヴィータは肩で息をする。
腕から血を流しながらも、同行するザフィーラに向かって強がって見せた。
大丈夫なはずはない。本来であれば、しばらく休養が必要なくらい消耗しているはずだった。
しかし、ヴィータはそんなザフィーラの言葉に甘えようとせず、再び鉄槌をその手に握り次の獲物を求めて歩き始める。
それは一途なまでに主のことを、はやてのことを思うが故の行動だった。
闇の書の付属品、道具として自分達を扱うのではなく、家族として迎え入れてくれたはやてに少しでも報いたい。
それはヴィータだけでなく、守護騎士たち全員の共通の思いだったのだろう。
望むことは世界制服でも、闇の書の絶大な力でもない。――たった一つの小さな幸せ。
はやてと穏やかな時間を過ごしたい。その思いだけが、ヴィータをここまで強く突き動かしていた。
「あたしは倒れねえ!! 家ではやてが待ってるんだ!!」
雄叫びを上げながら、砂塵を撒き散らせ現れた怪物に向かって、声を張り上げるヴィータ。
そこには退くことも譲ることも出来ない、彼女の強い意志があった。
なのはとフェイトはデバイスをリニスに取り上げられ、それでも自主訓練をしようとしていたところをカイに咎められ、その後こってりと絞られていた。
罰として、ガラの世話役を任された二人だったが、街の案内をしながら目の前の光景に目を丸くしていた。
こんな短期間でいつの間にか仲良くなっているアリサとガラの様子に驚きを隠せなかったからだ。
他人から見たらアリサがガラに食って掛かってるようにしか見えないのだろうが、彼女がここまで感情的になれる相手は友人の自分達を置いてD.S.やアムラエルなど、極親しい間柄の相手しか思いつかない。
基本的にアリサは外面がいい。と言うのもバニングス家の嫡子だけあって、礼儀や作法など厳しく躾けられているからでもある。
どうでもよいと思っている相手には、笑顔で受け流すくらいのことはやってのけるくらいには大人だった。
ガラは仮にもメタ=リカーナからの使者として来ているのであれば“客人”だ。
だから、余りに馴染んでいるアリサの様子に二人は驚きを隠せなかったのだろう。
「ああ……バカなのよ」
不思議に思い、アリサに質問した二人だったが、返ってきた答えは意外なものだった。
首を傾げる少女たちの目には、その巨躯に肩車をされて“はしゃいでいる”アリシアが映っていた。
二メートルを越す身長から眺める風景はいつもと違って見えるのか、アリシアは目を輝かせて周囲を見渡している。
すれ違う人々も、その“大柄な男”と“金髪の少女”と言う不思議な組み合わせに驚きはするが、アリシアの笑顔を見て微笑ましそうに様子を窺っていた。
「ガラ、ほんとにおっきいね!! どうやったら、そんなに大きくなれるの?」
「ん? まあ、なんでも好き嫌いしねーで、よく食って寝てりゃ大きくなるんじゃねーか」
「う……わたし、ピーマンは嫌い」
ガラに「好き嫌いするな」と言われている気がして、アリシアは如何にも嫌そうな顔をする。
こう見えて、ガラは意外と面倒見がいいので子供受けがよかった。子供もよく見ていると言ったところだろう。
ぶっきら棒であっても自分達のことを良く見てくれていると分かっているのか、アリサだけでなくアリシアもガラによく懐いていた。
そんなアリサが、ガラのことを「バカ」と言ったのは親しみを込めてのことだ。
良い意味でも悪い意味でも、D.S.と同じ種類の人間なのだとアリサはガラのことを認めたからに他ならない。
「ほら、なのはとフェイトも、そんな後ろを歩いてないで久しぶりにみんなで遊ぼ!!」
「真面目なのはいいけど、時と場所は考えなさいよ」
アリシアとアリサに呼ばれ、少し気まずそうな顔をするなのはとフェイトの二人。
言っていることは当然、アリシアとアリサの方が正しいので、返す言葉がなかった。
「なのはちゃん、フェイトちゃん」
名前を呼んで、すずかは二人の前に手を差し出す。
リニス、カイ、それに友達にここまで言われては、いくらなのはとフェイトの二人でも素直に頷くしかなかった。
真面目なのはいいが、加減を知らないのはこの二人の悪い欠点でもある。
それを二人の親友である少女たちは良く見ていた。
「じゃ、ガラの奢りね」
「ちょっと待て、嬢ちゃん!! なんだ、その容赦ない頼み方はっ!?」
一番高い特大クレープを人数分きっかり五人分注文しているアリサを見て、ガラは思わず声を張り上げる。
「美少女が五人も案内してあげてるんだから、このくらいは正当な報酬よ。
それとも、“大の男”が“女の子”に、しかも“子供”に払わせる気?」
「むう……」
渋々財布を取り出し店員に支払いをするガラを見て、「上手く手綱を取ってるな」と他の少女たちは一様に同じことを思っていた。
ガラはD.S.が頭が上がらない存在がいるとシーラに聞かされていたが、アリサに会って見てその理由が分かった気がする。
あのカイやシーンでさえ、D.S.には少なからず畏怖と畏敬を抱き、愛情を抱きながらも心のどこかに壁を隔てている節がある。
それは中央メタリオン出身の者であれば、誰であろうと少なからず抱いていることだ。
それほどにD.S.とその四天王が見せた力と、もたらされた恐怖と言う名の圧制は大きかったと言うことだろう。
力ある者、強い者を恐れ、恐怖することは人であれば当然の反応だからだ。
しかし、この世界で彼らの存在を知るものは極僅かだ。それでも実際にその力を目にすれば、それは敵となり、恐怖を抱くだろう。
だが、アリサやその周囲の人間たちは、そうした“普通”とは違うのだとガラは感じ取っていた。
これほど主義も立場も違う人間が、D.S.と言う一人の男を中心に揃っていながら、諍いが起きていないと言うのも不思議な話だが、それもD.S.の魅力の一つであると言うのと同時に、この少女たちの影響も大きいのだろう。
出会った瞬間――どこかアリサが”あの少女”に似ていると感じ、ガラは自然とその名を親しみを込めて「嬢ちゃん」と呼んでいた。
「ガラさまの案内をあの子たちが?」
「もっとも発案はD.S.だがな……まったく素直じゃないのはヤツらしいが」
デビットとの打ち合わせを終え、帰宅したシーンを出迎えたのはカイのそんな話だった。
実はなのはとフェイトの二人の罰の内容を考えたのはD.S.だ。
本当は家に帰らせて休ませようと考えていたカイに反し、D.S.はガラがこっちにいる間の世話をあの二人にさせるように提案した。
カイは思わぬD.S.の提案に「それでいいのか?」とガラの方を見たが、ガラはいつもの調子で「まあ、いいんじゃねーか?」とお気楽に返事をしていた。
その様子から二人の意図が別にあることをカイは自ずと知り、それ以上深く追求することはなかった。
なのはとフェイトがデバイスを持っていない状態で守護騎士たちに襲われないよう、護衛を兼ねてガラを付けたことに気付いていたからだ。
「それよりも、シーンどうした? 顔色が悪いようだが、向こうで何かあったのか?」
「あ、うん……」
シーンはデビットとの話をカイにも教えるべきか悩んだが、シーラへ報告が行く以上、遅からずカイの耳に入ることも察していた。
だから言い淀みながらも、はやてのことグレアムのことを語っていく。
その内容にカイは表情を強張らせていくのが分かる。不快感を滲ませ、怒りすら顕にしているようであった。
「……まさか、D.S.はこのことを」
「え? そんなはずないわよ。わたしもデビットに聞くまで知らなかったんだし」
「いや、それほど驚くこともないだろう。先日、はやてに直に会っているのだ。
何か感じるところがあったのかも知れない」
カイは先日、D.S.にはやてのことをしつこく聞かれたことを思い出していた。
その時は、他人のことに余り興味を示さないD.S.にしては珍しいと思っていたが、はやてが美少女であることもあり、悪い癖が出たのかとその時は特に気にしていなかった。
だがシーンの話を聞いて、D.S.の不審な行動の意図に気付く。
「このことを管理局には?」
「報告してません。当然、デビットもその気はないようです」
「あの人のことだ。シーラさまと一緒になって、また悪巧みでもしてるのだろう」
「……でしょうね」
実際にこの話をした後のデビットが不気味に笑っていたことをシーンは見て知っている。
あの笑いはデビットが不快感を感じていることを示していた。
そうした時は決まってよからぬことを考えていると言うことを、シーンはここ半年で嫌と言うほど見せられている。
ロストロギア、魔導技術を巡って、国連、管理局、諸外国の思惑が交錯する中、それを逆手に取って交渉を行う手腕。
シーラの下でメタ=リカーナの外交の要として腕を振るってきたシーンでも、それは声を上げて感嘆するほどの成果だったと言える。
だが同時に、敵には回したくないと思わざる得ない相手でもあった。
「で? どうする気だ?」
「子供たちにはしばらくは黙っておこうと……でも、D.S.には話しておいた方がいいでしょうね。
それにリニスやプレシアにも……」
「そうか……いつも嫌なことばかりを押し付けてしまうな」
「まあ、適材適所かな? あなただって、このまま黙って見ているつもりはないんでしょ?」
そう言うカイに、シーンは口調を改め、苦笑を漏らしながら答える。
カイも胸元の十字架を握り締め、覚悟を決めていた。
「そうだな。やられっ放しと言うのは性に合わん」
それはカイだけではない。真実を知った大人たち全員が同じ思いだった。
――大きな音がした。
車椅子が転倒する音が「ガシャン」と、今後のことを一階で話し合っていた守護騎士たちの耳に届く。
慌ててはやての居る二階へと駆けつける四人。そこで目にしたものは、冷たい床の上で胸を押さえ苦しむはやての姿だった。
それは闇の書の肥大化した魔力に耐えかねて、はやての身体への侵食が急激に進んでいることを示唆していていた。
「はやて! はやてっ!! ――病院、救急車!!」
ヴィータの悲痛な叫びが部屋に響く。
それを聞いて、慌てて救急車を呼ぶために電話をかけるシャマル。
いつかは訪れると思っていた瞬間――
しかし覚悟をしていたと言っても、それを実際に目の前にして、四人ともショックを隠しきれない様子が窺える。
動揺するヴィータの肩を抑え、「あまり動かすな」と忠告するザフィーラの表情にも悲痛な色が見え隠れしていた。
それは“闇の書”完成までの秒読みを示す天の啓示だったのだろう。
苦しむはやての姿を見て、シグナムは唇を噛み締めた。「もう、あまり時間は残されていない」と――
……TO BE CONTINUED