作者:193
2009/01/13(火) 14:49公開
ID:4Sv5khNiT3.
「アリサたちだけズルイ!! わたしも特大クレープ食べたかった!!」
その大きな背中にべったりと張り付き、アムラエルが大声でガラに訴える。
実は先日みんなでガラの街案内をした日、アムラエルは時の庭園で身体検査と新しい魔力駆動炉の説明を受けていた為、同行することが出来なかった。
そのいない時に限って、みんなが一個二千円もする特大クレープを食べたと言う話を聞いたものだから、アムラエルは駄々をこねているのだ。
その結果、ガラはこうしてアムラエルに付き纏われている。
「はあ……わかった、わかった。買ってやるから落ち着け」
「ほんと!? じゃ、翠屋のシュークリームもよろしくっ!!」
「…………」
ガラは眉間にしわを寄せて難しい顔をする。
あれほど恐ろしい存在だったはずの天使のイメージが、頭の中でボロボロと崩れていくのを感じていた。
その大きな手を引っ張りながら「今から行こう」とせっつくアムラエルを宥め、ガラは“後日必ず”と言う約束をする。
人々に恐れられる四天王の一角とは言っても、天真爛漫な子供には勝てないと言うところだろう。
手を振って「絶対だよ」と小走りで去っていくアムラエルの後姿を見ながら、ガラは「仕様(しょう)がねーな」と言った顔で笑っていた。
「ガラさま、お疲れ様です」
「まあ、なんだかんだ言って、あの嬢ちゃんたちの相手はおもしれーからな。
それよりなんだ……何か用があんだろ?」
「やはり、侮れない方ですね。何も見てないようで、物事の本質をついてくる」
先ほどまでと打って変わり真剣な表情を向けてくるガラを前に、シーンはそう言葉を返す。
子供と遊んでいるだけに見えても、ガラがただ遊んでいるだけではないと言うことをシーンはよく見ていた。
その姿からすべてを推し量ることは出来ないが、二千人からなる忍者軍団を率いる武人だ。
すでに今回の事件の真相に関しても、かなりのところまで掴んでいるのではないかと予測する。
事実、D.S.の意図を理解して、なのはとフェイトの護衛を引き受けたことからも、それはシーンの中で予測から確証へと変わっていた。
「お気付きと思いますが、八神はやてのことです」
「嬢ちゃんの友達か。……んで?」
「D.S.はこのことに気付いてますね?」
「まあ、あのバカの考えてることまでは分かんねーが全部知ってるだろうな」
隠すこともなく答えるガラの様子から、無駄とは分かっていても「あまり無茶はしないように」と頼もうとしていたシーンは言葉を飲み込む。
D.S.にガラがついたことで、おそらく二千人からなる忍者軍団も彼の配下に加わったと言うことだ。
忍術、外法に通じ、個々が人外の力を持ちながら下手な法に縛られない分、彼らの諜報能力はこの世界のどの諜報員よりもずっと優れていると言って過言ではない。
ガラの恐ろしいところは、その戦闘力ばかりではない。
配下に連なる上忍軍団『霞の目』――その集団戦闘力と諜報能力は中央メタリオン屈指と言っても良い。
D.S.の闇の軍団を陰から支え続けてきたその力は、シーンでも推し量れないほどのものであった。
地の利はデビットたち地球側にあると言っても、彼らの侵入を許した時点でそれは覆っていると言ってもいいだろう。
むしろ彼らの優秀さを考慮すれば、シーラから報告を受ける以前から、ガラはD.S.のことを知っていたのではないかとさえ、シーンは思っていた。
会いに来なかった理由は単純に「その方がおもしろそうだったから」とでもこの男は言いそうだ。
「……前から不思議に思ってたんですが、知ってましたね?」
「……なんのことだ?」
「もう、いいです……」
ほんの僅かな沈黙。それをシーンは肯定と受け取る。
「もう何も言いません……ですが……」
これだけは言っておかなくてはいけないと、シーンはガラの目を見て話す。
あまりに真剣な表情をするシーンを前に、何食わぬ態度を取っていたガラも表情を引き締め、次の言葉を待った。
「あの子達を……よろしくお願いします」
頭を下げて切実な願いを託すシーンを見て、ガラは頭をポリポリとかく。
大体言われることは想定していたが、ここまで実直に頼みごとをされると調子が狂うと言ったところだろう。
D.S.と違ってガラは意外と義理堅い。もっともその行動理念は似たり寄ったりで、楽しめるか楽しめないかに尽きる。
今、D.S.と行動を共にしているのも、単に「おもしろそうだから」と言うだけなのだが、ネイやカルを探し出してD.S.に合わせてやりたいと言う思いも抱いていた。
シーンはネイを慕っていた人間の一人だ。そう言う意味では少なからず願いを聞き届けてやりたいと言う思いもある。
だが――
「素直に守られてくれる嬢ちゃんたちならそれでいいがね」
「それは……」
「んな、深刻になんな。アイツらは強えよ」
シーンの頭をアリサたちにするようにポンポンと叩くと、背中を向けて立ち去っていくガラ。
気難しい顔をしながらも、シーンはそのガラの背中をただ見送ることしかできなかった。
次元を超えし魔人 第22話『交わる運命』(AS編)
作者 193
「はやてのお見舞い、みんなで行くでしょ?」
アリサが屋敷に、なのは、すずか、フェイト、アリシア、アムラエルの五人を呼び出し、入院したはやてのお見舞いをどうするかと言う話になっていた。
はやてが入院したことはシャマルを通じて、すぐに少女たちにメールで伝わっていた。
メールでの連絡だったため、顔は知っていても名前を直接取り交わしていないシャマルは、なのは、フェイト、アムラエルの正体に気付くことがなかったためだ。当然ながら少女たちも守護騎士たちのことは知らない。
少女たちも、はやての携帯からのメールだったので、家族の誰かが送ったのだろうとくらいしか考えていなかった。
「じゃあ、家族の人にお見舞いに行っていいか尋ねてみて、それから準備をして向かおうか」
「うん、わたしが連絡しておくね」
アリサの決定に、すずかが真っ先に手を挙げて答える。
アムラエルに任せるよりは、すずかの方が確実だろうとアリサもその申し出に黙って頷いた。
アムラエルのことを信用していない訳ではないが、こうしたことで意外と抜けていることがあるのも事実だからだ。
すでにお見舞いで持っていく翠屋のケーキの話に食いついている姿を見れば、アリサの不安も分かると言うものだろう。
「アムだめよ。はやてのお見舞いなんだから」
「ええ〜〜」
心底残念そうな顔をするアムラエルを見て、アリサは渇いた笑い声しか出てこなかった。
どこかにある異邦の世界。砂漠の広がる大地を背にシグナムは佇んでいた。
その視線の先には、意識を失った大小様々な怪物が横たわっている。
それはシグナムによって打ちのめされ魔力を蒐集された、この世界の怪物たちのなれの果てだった。
「残り……六十項(ページ)……」
シグナムは闇の書を見て、これだけの成果を遂げていると言うのに満足していないのか苦い表情を見せる。
はやてが倒れてから五日。本人は至って健康そうな素振りを見せているが、担当医の診断結果とその症状から、はやての命が長くないことを彼女たちは悟っていた。
シャマルの見立てでは、もって後一ヶ月。実際にはもっと早いかも知れない。
はやてにも守護騎士たちにも、時間は余り残されていなかった。
今日はもうクリスマスイヴだ。市街は多くの家族連れ、恋人で賑わっていると言うのに、はやては病院で一人きり。
それを思うとシグナムはやるせない気持ちで一杯だった。
『――シグナム』
「シャマルか、どうした?」
『その……はやてちゃんのお友達がお見舞いに来てくれるらしいの。
せっかくだから先生に許可を貰って、病室でクリスマスを祝わせて貰おうと思って』
「そうだな……主はやても喜ばれるだろう」
はやてが最近元気がないことにはシグナムも気付いていたので、シャマルからの案に同意する。
ここ数日、家にも帰らず蒐集行為を続けていたので、はやてに寂しい思いをかけていることは察していた。
だからこそ断れなかった。時間はないと言っても、はやてのことを考えるとそろそろ戻らなくてはいけないと考えていたので、クリスマスの件をシャマルから言い出してくれてくれたことにホッと胸を撫で下ろしていた。
『ヴィータちゃんとザフィーラにも連絡してあるから、夕方までに必ず帰って来てね』
「ああ……」
シャマルとの通信を終え、夕方までもう人踏ん張りすることをシグナムはその剣に誓う。
すべては主のため、はやてのためにと――
薄暗い通信室にクロノの姿があった。
いつもエイミィが座っている席で、何やら真剣な表情をして調べ物をするクロノ。
その視線の先には、執務官レベルの権限がないと閲覧も難しい管理局の機密情報が映し出されていた。
「あれ? クロノくん、どうしたの?」
エイミィが入室してきたことに気付くと、慌てて隠すようにモニタを閉じるクロノ。
その仕草には珍しく動揺と焦りが見える。それに気付いてか、エイミィは不審に思いながらクロノに尋ねた。
「なんでもないよ。ちょっと調べ物」
「言ってくれれば、わたしがやったのに」
「いや、個人的な調べ物だから……」
歯切れの悪いクロノの答えに疑問を抱きながらも、エイミィはそれで納得することにした。
クロノが自分に言いたくないのであれば、何か理由があるのだろうと考えたからだ。
「あ、闇の書のことなんだが……艦長はあれから何も言ってなかったか?」
「……? ううん、先日の会議のこと以上は何も……本当にどうしたの?」
「……いや、それならいいんだ」
クロノの質問に訝しむような表情を見せるエイミィ。今日のクロノは本当に“らしく”なかった。
と言うのも、先日のリンディの質問の意図にようやくクロノは気付き始めていたからだ。
いや、すでにあの時には確証はなかったが、気付いていたのかも知れない。しかし、それを認めることが出来なかった。
クロノが調べていた件――
それは、十一年前に起こった闇の書事件の事後処理や、ある人物の勤務履歴や渡航などに関する調査資料だった。
その結果、出来れば考えたくなかった疑惑が確証へと変わり、パズルのように混迷していた情報がクロノの頭の中で音を立てて組みあがっていった。
「エイミィ……キミは自分のしていることが、すべて正しいと言い切れるか?」
クロノは退室しようとしていた足を止め、背を向けて後ろにいるエイミィに質問する。
扉にかけている手が僅かに震えていた。そんなクロノを見て、エイミィは優しい笑みを浮かべながらこう言った。
「正しいと思うことなんて、人それぞれじゃないかな?
立場も主張も違えば、考え方も違う。だから、上手くいかないんでしょ?」
「そうか……」
エイミィは前回の失敗から、こちらの世界との関係が悪化することをクロノが危惧していると考え、そんな返事を返した。
だが、クロノの考えは別の方向に向いていた。
闇の書事件の真の黒幕――管理局の内部にいたと思われる裏切り者の証拠を見つけ、その判断と処遇に迷っていたからだ。
しかしエイミィの言葉を聞いて、吹っ切れたようにクロノは礼を言ってその場を立ち去る。
リンディの問いの答えは未だに明確にだせない。それでも「自分の信じる正義のため、前を向いて歩こう」――
クロノはそう胸に刻みつけていた。
「――ユーノくん!?」
突然、尋ねてきたユーノに、なのはは真っ先に驚く。
ユーノとこうして会うのは、なのはも数ヶ月振りのことだったからだ。
なのはたちもずっと訓練に学校と忙しかったと言うのもあるが、ユーノ自身が街の哨戒任務などで忙しかったと言うこともあり、なかなか会う機会を作れなかったと言うのも影響していた。
それにユーノも、なのはたちに会いにくかったと言うのが心のどこかにあった。そのため、自然と避けるような行動を取っていたことは否定できない。
しかし、ユーノの評判はなのはたちの耳にも届いていた。
管理局から派遣されてきた少年で、人の嫌がることにも率先して取り組み、人々のため、街のために貢献している若者がいる。
そんな噂が広まるようになった背景には、ユーノがそうした地道な努力を行ってきた成果だからだ。
そのお陰で管理局の評判もよく、街の人々には好意的に受け止められていた。
デビットなどは皮肉めいた口調で「やり難いことをしてくれる」と言っていたが、それはどこか嬉しそうでもあった。
本来なら、いがみ合うような関係であって欲しくないと言う思いは、誰もが同じだったからだろう。
現実はそう簡単なものではないと分かっていても、ユーノの行動を見て、どこか期待したくなるのも分からなくはない。
「ユーノくん、頑張ってるんだよね。噂、聞いてるよ」
「……まだ、全然だけどね。でも、この街の人と触れ合って見て、なのはが何を言いたかったのか、なんであんなに必死になって怒っていたのか、それに少しでも気付けた気がするんだ」
「……そっか」
ユーノの返答を聞いて、なのはは本当に自分のことのように嬉しそうな顔をする。
なのはは思う。レイジングハートを託してくれて、魔法との出会いをくれたのはユーノだった。
それは良いことばかりではなく、今思えば確かに軽率で、無責任な行動だと問われても仕方ない。
ユーノの裏切りも凄く悲しかったし、心が張り裂ける想いだった。
でも、たくさんの大切な出会いと、一歩踏み出せる勇気と力を、その切っ掛けを与えてくれたのはユーノだった。
誰がなんと言おうと、その事実だけは変わらない。なのはもその時の思いだけは、嘘ではなかったと信じたかった。
喧嘩をしようと、例え間違っていようと、なのはにとってユーノは大切な友達だ。
だからこそ、なのはは嬉しかった。
ユーノが、なのはが生まれ育ったこの街を、大切にしてくれていると言うことが分かって――
「今日はどうしてここに? 遊びにきてくれたの?」
なのはの質問に、ユーノは笑顔で「そうだったら、よかったんだけどね」と言うと首を振って否定する。
何事かと集まってきたアリサたちと、それにカイをたち大人を見渡すとユーノは礼儀正しく頭を下げ、「今日は大切なお話があって来ました」と、そうみんなに告げた。
ユーノの真剣な表情と様子に只ならぬものを感じ、緊張を募らせる一同。
「この街……いえ、この世界を守るために力を貸してください」
それは管理世界に生きるものとしてではなく、同じ世界を大切に思うユーノ・スクライア個人としての切実な願いでもあった。
「アルカンシェル……そんなものが……」
「まさか本当に、管理外世界にそんなものを持ち出してくるなんてね」
「リニス、知ってるのか?」
ユーノの話を聞いたカイはいつになく苦い表情を見せる。
リニスはその話を聞いて、ある程度は予想していたのか大きな驚きは見せなかったが、まさか本当にアルカンシェルを地上で撃つつもりなのかと正気を疑いたい気持ちで一杯だった。
「物騒な兵器よ。起爆点から半径百数十キロに渡って空間消滅させる大量破壊兵器。
こんなところで撃たれたら海鳴市がなくなるどころか、日本そのものがなくなる危険性もあるわ。
それで済むなら、まだ被害は少ない方ってところかしら?」
リニスは付け加えて、世界規模の大災害が起こることを示唆すると、カイだけでなくそこにいる全員が青い顔をしていた。
「――管理局は何を考えているっ!!」
カイの怒りはもっともだ。
それだけの兵器を持ち出しておきながら地球になんの報告もないところを見ると、黙ってそれを使用するつもりだったとしか思えない。
今回の件に乗じて、思い通りにならない邪魔者を処分しようとしているではないかと取られても仕方のない行動だった。
ユーノが知らせに来てくれなければ、カイたちはそのことを知らないまま最悪の事態を迎えていた可能性もあっただけに、誰もが管理局に対して怒りを抑えられそうにない。
「まあ、カイの考えてること半分――もう半分は管理局の力を示すための示威行為と、優位性を示すためにってとこね」
「ぼくとリンディさんも同じ見解です。管理局にとって取り込めない、利用できない力ほど危険なものはないですから……」
管理局はどうしても自分達の方が上だと示したいのだろう。それは分かっていたつもりだったが、ここまで無茶をする組織だとはカイも思いもしなかった。自分の考えがそれだけ甘かったのだろうかとカイは悔やむ。
しかし、管理局員ではないユーノは除くとしても、リンディのような相手がいると言うことは、まだ組織として改善の余地があるのかと期待を抱かされもする。
だが今回の件は、それすらも幻想ではないかと思わせられる内容であるに違いなかった。
「でも、それほどに闇の書はどうすることも出来ないほどの力を秘めているってことね。
管理局がアルカンシェルしか対抗策がないと断言できるほどに……」
「……はい。残念ながら、それに関しては同意します。でも、リンディさんはアルカンシェルを撃つ意思はないようです。
最悪、闇の書を衛星軌道上に転送してアルカンシェルで蒸発させることも考えたのですが……」
リニスは冷静に闇の書の力を分析するが、ユーノの代案には正直眉を潜める。
宇宙空間でアルカンシェルを撃ったところで、軌道上を飛び交う衛星などに被害がないとは言い辛い。
それに衛星軌道上のこととは言え、立派な侵犯行為には違いないからだ。
それほどの破壊力がある兵器を軌道上で撃てば、必ず国連、ひいては米国などの注目を浴びることになる。
あとから想定される批難や、保障などの問題も考えれば、迂闊にそれを許可できないと言うのはリニスだけでなく、デビットたちも同じ意見だろう。
単なる関係悪化と言う事態で済めばいいが、最悪の場合それが戦争の引き金となりかねないだけに、あまり承諾したくはない案ではあった。
「ダメね。それでも立派な侵犯行為よ。それに、軌道上にはたくさんの衛星が飛び交ってるのよ?
それを全部、管理局が保障してくれるって言うの?」
「……しないでしょうね」
リニスもユーノの返答どおり、管理局がそうした保障などをするはずがないと思っていた。
それだけにこの件の責任を被るのは、嫌でもメタ=リカーナと管理局が駐留している日本と言うことになりかねない。
魔法技術の件を巡っても米国との関係はよくないことが多い。ここぞとばかりに追求してくることは目に見えていた。
「カイ、このことを――」
「ああ、シーンやシーラさまには伝えておく。デビットの耳にも入れておいた方がいいだろう」
撃たせないと言うことが前提条件だが、少なくともリンディが味方に加わってくれることは地球側にとっても悪い話ではなかった。
しかし、カイたちは当然のことながらリンディの身のことを心配する。
それがユーノにも伝わったのか、彼は厳しい表情をしながらも――
「リンディさんは……あの人はすべてを覚悟していると思います」
唇を噛み締めながらユーノはそう語る。
それはリンディの覚悟を目の当たりにしたユーノだから分かる答えだった。
ユーノはリンディの決意と覚悟を知りながらも、どうすることも出来ない自分が悔しくて情けなかった。
管理局の負の部分から受けるショックよりも、頑張っている人間が報われない現状に苦しんでいたのかも知れない。
地球との関係だけを見れば、管理局に非があることは誰の目から見ても明らかだ。
しかしリンディはそうした中でも、管理局と地球との緩衝剤の役目を果たし、出来る限りその関係をよい物に変えようと努力してきたことをユーノは知っている。
だが、その努力を見ていないかのように今度のアルカンシェルの件、闇の書事件の不適当とも呼べる決定や、管理局職員による非合法な干渉行為、ここまで積み上げてきたすべての物が管理局の尊厳と理念の名の下に理不尽にも砕かれようとしていた。
そしてその結果被る責任を、管理局の計略の成功、不成功を問わず、何故リンディが負わねばならないのかと、ユーノはその不公平さを嘆いていた。
そのユーノの気持ちはカイにも分かる。
だが、管理局に名を連ねるものとして、上に立つものの責任をリンディは全うするつもりなのだとカイは思う。
ことがここまで大きくなってしまえば、リンディの首の問題だけでは済まないだろう。
しかし現場責任者として、彼女の責任の言及は避けられない。
当然、管理局に対する追及の手を止めるつもりはないが、それが提督と言う立場にあり、上に立つものとしての責任でもあるからだ。
理屈では分かっていても、ユーノは納得が行かないのだろう。そのことが表情からも窺える。
「リンディ・ハラオウンか……想像以上の人物のようだな」
「管理局にはもったない人材かも知れませんね」
カイに同調するようにリニスも笑って返す。
リンディの件はこのまま保留にするにしても、まずは闇の書のこと、そしてアルカンシェルを撃たせないためにもどうすればいいかと言う問題が先だった。
リンディがいくら撃つ気がないと明言したところで、闇の書への対抗策がなければそれを抑えきることも難しくなるだろう。
それ以前に闇の書の暴走を放って置けば、地球全体の危機でもある。
だからこそ、自分達だけでは名案が浮かばなかった為に、ユーノが助けを求めてきたことは自明の理だった。
「でも、まあ闇の書のことは、なんとかなるんじゃないかしら」
「そうだな。そこは放って置いても問題ないと思う。おそらくシーラさまたちも同じ考えだろう」
「え、え? 何か、対策があるんですか!?」
リニス、それにカイもその言葉に同意するように「問題ない」と闇の書の件を心配していなかった。
闇の書をどうにかする手段があるのであればアルカンシェルを撃たれない。
それならば、自分達が心配するほどのことでもないだろうと――
ユーノはあれほど考えても出なかった答えをあっさりと二人が見つけてしまったことに驚き、どんな対策があるのかと聞き返す。
しかし二人は顔を合わせて、そんなユーノの質問を笑い――
「まあ……確かに心配するほどのことじゃなさそうね」
話に割って入ったアリサに同調するように、周りの少女たちも首を縦に振って頷いていた。
ユーノはますます混乱していく。その根拠はどこから来るのかと不思議でならなかったからだ。
しかしカイは笑ってユーノの方を見ると、一言こう言った。
「この世界には、常識では量れない男がいるからな。あの男で不可能なことなら、何をしても無駄だろう」
「それって……」
不本意ながら、ユーノの頭にも一人の男の姿が浮かんだ。
常識で考えれば一人の魔導師の力が、この絶望的な状況を打破できるとは考え難い。
しかし、そう期待を抱かせるほどに力を持った魔導師のことを、そこにいる誰もが知っている。
「これだけは断言できる。ルーシェは――相手が何であれ、絶対に負けないわ」
きっぱりとその名を口にし断言するアリサの言葉に、ユーノは不思議と反論する気持ちが湧かなかった。
本当であれば、根拠も何もない滑稽な話と笑うところなのだろうが、それほどにみんなが信頼を寄せるD.S.の力を、ユーノも信じてみたいと思ったからかもしれない。
最強の名を欲しいままにする大魔導王の真価を――
夕刻――リンディとの連絡をつけるため帰宅したユーノを見送ったアリサたちは、はやてのお見舞いに行く準備を進めていた。
なのははフェイトと一緒に付き添いのガラを引き連れ、一足早く翠屋にお見舞いに持って行くケーキを取りに出掛けた。
そしてアリサたちは、以前のアムラエルの回帰祝いに取ってつけたような“気の早いクリスマス会”ではなく――
本当のクリスマスをはやてにプレゼントしようと、そのために用意したプレゼントに添えるメッセージカードを作っていた。
「アムラエル、ちょっといい?」
「ん? 何か用?」
アリサたちが作業に集中しているのを見計らって、リニスがアムラエルを呼び出す。
首を傾げながらも廊下に出ると、そこでリニスから待機状態のレイジングハートとバルディッシュを手渡された。
「これ、デバイス? こんなの帰ってから二人に渡してあげればいいじゃない」
「本当は出掛ける前に渡したかったんだけどね。ギリギリまで調整に手間取っちゃって――
余り時間もないし、詳しい機能説明は二機に直接聞いてくれるように二人に伝えて」
「え? どういうこと?」
手元のデバイスを見ながら疑問符を浮かべるアムラエル。
それは無理もない。何故、自分で二人に手渡してやらないのか、何をそんなに焦っているのかと思ったからに他ならない。
二人の身を案じているのなら、ガラが一緒にいるのだから無駄な心配と言うものだ。
それにアムラエルだって合流するのだから、その心配はむしろ余計なものと言うことだろう。
守護騎士たちだってバカじゃない。この状況で襲ってくる可能性など、余程の状況を除いて有り得ない。
アムラエルはそう思っていたので、リニスの行動が不可解でならなかった。
「その余程の状況なのよ。アムラエル……なのはとフェイトのことはいいわ。
あなたはアリシアや、アリサたちのことを守ってあげて」
「なんか色々と納得が行かないんだけど……その様子だとガラも知ってるのよね?
でも、話してくれる気はないんでしょ?」
「あなたはすぐに顔に出るからね。でも、信頼はしてるわ」
「なんか大人な発言……」
何か隠していると分かっていても、信頼してると言われればアムラエルも応えない訳にはいかない。
リニスの言葉の裏にあるものを考えて不満を漏らしながらも、アリサたちを守ることに関しては言われるまでもなかった。
それはアムラエルにとって、もっとも優先すべきことでもあるからだ。
なのはとフェイトのことは助けなくていいと言ったのには、二人に決着を着けさせてやりたいと言うリニスの思いがあったのだろう。
それだけはアムラエルも察していた。
「……D.S.は?」
「さあ? 自分のデバイスを受け取ったら、さっさと出て行ったからどこにいるやら」
「その割りに随分と落ち着いてるし、楽しそうね」
ユーノの話があったにしても、大人たちの雰囲気が違うことをアムラエルは察していた。
リニスがあまりに楽しそうにしていることからも、ある意味でよからぬことを企んでいるのではないかと勘ぐったのだ。
リニスが関わっているのであれば、プレシアかD.S.に関することの可能性が一番高い。
そして先程までの話から推測すれば、D.S.が関係していると見てアタリをつけたのだが、それは図星のようだった。
「リニス、あなたは知らないだろうけど……D.S.の本気は闇の書がどうのって次元じゃないよ。
まあ、本気を出すようなことにはならないと思うけど……」
D.S.の本気を見てみたいと言う気持ちは、同じ魔導師としてリニスにもあるのだろう。
しかし、アムラエルはそれがそもそも間違いだと指摘する。
「“本物の闇”に喧嘩を売って勝てるヤツなんて、この世界のどこにもいないわ。
ましてや、D.S.は闇の私生児(バスタード)なんだから――」
いつもと違い、真剣な表情でそう語るアムラエルの言葉にリニスは思わず息を呑む。
闇の書の名を顕す闇の力――そしてアムラエルの言う本物の闇――
この時のリニスには、その違いが理解出来なかった。
――どうして、こんなことになったのだろう。
少女たちはその出会いと運命を呪い、血が滲むほどにその唇を噛み締めた。
家族と、友達と――楽しく過ごすはずだったクリスマスイブ。
しかしその雪の舞い散る夜空に響くのは、鐘の音でも祝福の祈りでもない。
けたたましいほどの金属音と、激しい戦いの衝撃。
二人の魔導師の少女と、修羅へとその身を投じた二人の騎士が、己の信念と思いをかけて戦っていた。
はやての病室を訪れた少女たちが邂逅したのは、戦場で出会った四人の騎士。
何も知らない少女。そして少女に笑顔を見せる守護騎士たちを見て、なのはとフェイトはすべてを悟った。
彼女達がどうしても守りたかったものが何なのかを――
「リニスの懸念の正体はこう言うことだったのね……」
「ちょっとアム!! 一体どう言うことなのよ!?」
「どうも何も、はやてが闇の書の主だったんでしょ?
だから、なのはとフェイトが戦ってる……」
「そんなのって……」
声を荒げるアリサの質問にアムラエルは冷静に答える。
その答えを聞いて、すずかは悲しげな表情を浮かべていた。
「アム! 戦いを止めて!! こんなのって――こんなのってないわよっ!!」
「無理よ。この戦いは止められない」
「――なんでっ!?」
涙を浮かべて訴えるアリサを、アムラエルは出来ないと拒絶する。
アリサは親友が泣きながら戦っているのを見過ごすことが出来なかった。
だが、アムラエルはこの戦いは例え何があっても止めるべきではないと心に決めていた。
それはリニスに言われたからではない。はやてといるシグナムとヴィータ、それに他の守護騎士たちを見て、そう思ったからだ。
彼女達の取って来た行動は確かに誇れることじゃない。しかし、その意志の強さと思いの尊さだけはアムラエルにも理解できた。
大切なものは誰にでもある。譲れないものは誰にでも存在する。
守護騎士たちにとってそれは――はやてといる温かな平穏の時間だったのだろう。
アムラエルとて、アリサの身に危険が及ぶようなことがあれば、世界中を敵に回したって戦う意志がある。
おそらく守護騎士たちも、それほどの覚悟を背負って戦っているのだとアムラエルは思う。
だからこそ、この戦いに横槍を入れて止めることが出来ない。
彼女達を止めたければ一対一の戦いで勝ち、二度と立ち上がることが出来ないよう、その意志を叩き折る以外に術はない。
でなければ、どんな結果になろうとお互いに大きな蟠(わだかま)りを心に残すことになるだろう。
そして、それが出来る位置に立っているのは、なのはとフェイトの二人だけだった。
代われるものなら代わってやりたいと言う思いはアムラエルにもある。
しかし、それは自分の役目ではないとアムラエルは傍観することに徹する。
ガラもそれが分かっているのか、シャマルとザフィーラの二人に睨みを利かせたまま動く気配を見せなかった。
「アリサ、二人を信じてあげよ。フェイトは……わたしの妹は絶対に負けない」
「うん……わたしも、なのはちゃんが勝つって信じてる」
「アリシア、すずか……」
アリシア、すずかの話を聞き、アリサは悲痛な表情を浮かべながらも落ち着きを取り戻す。
心配であることには変わりない。なのはとフェイトが大切だからこそ、そしてはやてのことも友達だと思っているからこそ、アリサは黙ってなどいられなかった。
それはアリシアも、すずかも同じ気持ちだ。
ただ、アムラエルの言っていることの意味は、なんとなくではあるが彼女たちにも伝わっていた。
「――アリサ、どこに!?」
「……みんながどう思ってるかは知らないけど、わたしはやっぱり黙って見てられない。
戦いが止められないと言うのなら、一番見届けるべき人間がここにいないのには納得が行かないわ」
病院に向かって走り出そうとするアリサを引き止めるアムラエル。
しかしアリサの返答に、アムラエルだけでなく、アリシア、それにすずかも思わず言葉を飲み込んだ。
アリサが、はやてを連れて来ようとしていることが分かったからだ。
正直、病人を引っ張ってくると言うのは、アムラエルも承服しかねる内容ではあったが、アリサの言い分も理解できる。
当事者が何も知らないままで本当に幸せかと言われれば、今回の件に限って言えばそうとも言い切れない。
このまま行けば、遅かれ早かれ守護騎士たちは捕まり、はやてと引き離されることになるだろう。
はやてにも何らかの処罰が下される可能性は否定出来ない。知らなかったから許されると言う話では、すでになくなっているからだ。
例え日本の法が許したとしても、管理局が黙ってはいないだろう。それほどの執着を彼らは今回の事件に見せている。
「……アリサちゃん、わたしも行く」
「はあ……わたしも行くわ」
結局、すずかとアリシアにも行くと言われては、アムラエルはアリサについて行くしかない。
しかしアムラエルは、これはある意味で必然なのだろうと考えていた。
すべては偶然と不幸な巡り会わせからはじまったのかもしれない。
しかし――自分達は関わってしまった。だったら見過ごせないと言うアリサの気持ちも分かる。
「はやてちゃんのところには行かせない! ザフィーラ!!」
「――おうっ!!」
病院に向かって走り出したアリサたちを止めようとザフィーラが前にでる。
しかし、その前に一人の男が立ちふさがった。先程まで二人に睨みを利かせていたガラだ。
その猛獣のような眼光はザフィーラの動きを縛りつけ、シャマルの動きを制止した。
「おっと、大人しくしててもらおうか。どうしても通るって言うのなら相手になるぜ」
「――ぐっ!」
ザフィーラはガラと正面から対峙し、その気配に飲まれそうになるのを必死に我慢する。
圧倒的に格が違うことをそれだけで悟っていた。
その隙にアリサたちはガラの後ろを通り抜け、病院へと走っていく。
いくらガラが強敵と言えど、その行動を見過ごすことが出来ないザフィーラは意を決して少女たちを止めようと前へ出た。
「ぐあ――っ!!!」
「――ザフィーラ!!」
しかしガラの横をすり抜けようとした一瞬。
その巨躯から放たれた腕に弾き飛ばされ、ザフィーラは土煙を巻き上げながら後方へと転がって行く。
それを見たシャマルはザフィーラの身を心配して声を張り上げた。
「やろうってんのならやめとけ――オレはガン●ムより強えぜ」
二カッと笑いながらそう言うガラに、ザフィーラは身体を土埃で汚しながら片膝を突き畏怖を感じていた。
シャマルも指先が震えるのを抑えられないことに気付く。
こうして対峙しているだけでも、体力と精神を削られていくのを二人は感じる。
そんな圧倒的な格上の存在と戦うことは、二人ともはじめての経験だった。いや、そもそも戦いになどなってはいない。
アムラエルと対峙した時に感じたような、強敵に遭遇したと言うレベルの話ではなかったからだ。
捕食する者と捕食される者。その立場が明確に分かるほどの絶対的な差が両者の間にはあった。
ザフィーラは汗を滲ませ、声を震わせながら口にする。「次元が違い過ぎる」と――
闇の書完成まで――残り僅か四十頁。
災厄の鐘を告げる運命の瞬間は、刻一刻と迫っていた。
……TO BE CONTINUED