作者:193
2009/01/14(水) 22:15公開
ID:4Sv5khNiT3.
「なのは、フェイト――」
なのはとフェイトはアムラエルに呼び止められ、疑問符を浮かべて首を捻る。
不思議そうな顔をする二人に、アムラエルはリニスから預かった待機状態のデバイスを手渡した。
それを受け取った二人は、手元に戻った愛機を見て歓喜の声を上げる。
「なんか随分と機能が追加されてるらしいから、それはデバイスに聞いて」
二人は顔を合わせて「機能追加?」と首を傾げた。それに答えるように二機は「Yes.」と返事をする。
新しくなって帰ってきた二機のデバイスと話をする二人に対し、アムラエルはいつになく真剣な表情で声をかけた。
アムラエルの様子から他にも大事な話があるのだと察した二人は、愛機との会話を止めてアムラエルの方を見る。
場の空気が張り詰め、その話の重要性を雰囲気から二人も感じ取っていた。
「今日、何が起きても……“決して自分を見失わない”って約束して」
アムラエルの頼みの理由がすぐに分からない二人は、その意味を考えて黙り込む。
しかし、それがアムラエルにとって切実な願いだと言うことは二人にも伝わっていた。
どう返事をしていいか迷いをしたものの、二人はそのまま黙ってアムラエルの言葉に頷いて返す。
「間違わなければ、二人は絶対に負けない」
それだけを言うとアムラエルはいつもの陽気さに戻り――
アリサとアリシア、それにすずかの名前を呼びながら、その背中を駆け足で追いかけて行った。
その時の二人には、そのアムラエルの言葉の意味がちゃんと理解出来なかった。
「今更、後には退けん……すべては主のために」
「はやてはあたしたちが助けるんだ! 邪魔をすんな!!」
だが、はやてと守護騎士たちと皮肉な運命の再会をし、守護騎士たちの目的とその行動の意味を知った二人は、アムラエルの言葉の意味を理解する。
――決して譲ることが出来ない意志と思い。
守護騎士たちが大切にする物、守りたい物を知ったとき、それを否定することが二人には出来なかった。
それは自分達の“戦う理由”と何一つ変わらなかったからだ。
――大切な人を守りたい。
――今の生活を大切にしたい。
平穏な日常を求めることは悪いことではない。
「でも――守りたいものがあるのは、あなたたちだけじゃない」
「シグナムさんや、ヴィータちゃんの気持ちは分かる。
でも、わたしにも大切なものがある。譲れないものはある――」
だけど、それが何をしてもいい“理由”にはならない。
そのことをフェイトは教えられた。
それを教えてくれたのは、声を張り上げてくれた親友。思い出すのは手を取って一緒に笑って泣いてくれた友達の顔。
そのことをなのはは知ることが出来た。
怒り、泣き、そして喜び、笑い――そんな当たり前の会話を無くしてしまえば、そこですべてが途切れてしまうのだと。
「わたしたちの声が届かない。意志を曲げられないと言うのなら――」
「わたしたちの思いが上か、あなたたちの意志が上か――」
なのはとフェイトのデバイスが音を立て薬莢を吐き出す。
生まれ変わった新たなデバイスに搭載されたのは、危険だと止められたカートリッジシステム。
しかしそれは、二機の意志でもあった。
主と共に戦うと決めた、レイジングハート、バルディッシュ、二機の強い意志。
「バルディッシュ・アサルト――フェイト・テスタロッサ!!」
「レイジングハート・エクセリオン――高町なのは!!」
あの時の再戦の約束を果たそう。
妄信し、主義を曲げられないと言うのなら、意志を折ってでも聞かせてみせる。
なのはとフェイトの二人は矛先を目の前で身構える二人の騎士に向ける。
大切なものを持ち、その痛みを知る者どおし、それは避けられない“必然”だったのかも知れない。
互いに譲れぬものを賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。
次元を超えし魔人 第23話『守りたいもの、譲れないもの』(AS編)
作者 193
シグナムはフェイトの力をまざまざと見せ付けられ、その完成された技術と度胸の良さに素直に感心していた。
シグナムを剛の剣とするなら、フェイトの動きはまるで隼だ。
攻撃を受けるのではなく回避し、いなす。言葉で語るだけなら簡単だが、決して易々と真似の出来ることではない。
いくらカートリッジシステムでデバイスを強化しているとは言え、条件は相手も同じ。
単純な破壊力だけなら、シグナムの一撃はフェイトを上回っていた。
剣の技量に置いてもそうだ。いくらフェイトが接近戦を得意としていると言っても、それは魔導師として見ればと言うに過ぎない。
それはカイとの訓練からも明らかだった。単純に剣と剣の勝負であれば、長い年月をかけて技量を磨き続けてきた本職の剣士に敵うはずがない。
しかも発展途上とも言えるフェイトの小さな身体では、単純な力だけでも大人と大きな差が生じることは当然の結果だった。
魔力はほぼ互角。だが、経験も、体格も、力も、すべてが足りない。
そんななかでフェイトが唯一シグナムに勝てる武器、それがスピードだった。
受け切ることが無理ならば、当たらなければいい。一撃で無理なら、倒れるまでより多くの攻撃を当てればいい。
しかしそれは単純なようで非常に難しい。
特にシグナムのような古参のベルカの騎士を相手では、文字通り命懸けの戦法と言ってもよかった。
限界まで速度を上げるために、フェイトはギリギリまで防御に割く魔力を加速に回していた。
防御を薄くすることで露出の多くなった肌の部分には、シグナムの剣風によって裂かれたと見える小さな傷が至るところについているのが見て取れる。
目で追うことも難しいほどの加速で相手に迫ると言うことは、同時に相手の攻撃の威力を高めると言うことにもなる。
薄くなった防御の上から、そんな一撃を食らえば致命傷になることは明らかだった。
「やるな……よもや、ここまで追い詰められるとは思ってもいなかった。
余程、よい師に恵まれたと見える」
「凄く厳しい人でした。でも、だからこそ――わたしは今も立っていられる」
シグナムはフェイトの才能を惜しく感じていた。
こうして敵同士で巡り会うことがなければ、友として語り合うことが出来たのだろうかと思いを馳せる。
しかしそれは仮定でしかなかった。こうして剣を交えているのは、お互いに譲れぬものがあるからだ。
それを嘆いたところで、今更向けた矛先を翻すことなど出来るはずがない。
「……レヴァンティン」
シグナムは持てる弾丸をすべて愛剣レヴァンティンに込め、非殺傷設定など意味がないと思わせるほどの魔力を剣に込める。
紅蓮の炎を刀身とその身にまとい、腰を僅かに落とし構えを取るシグナム。
風が止み、ピリピリと張り詰めた空気が周囲を覆っていくのが分かる。
フェイトもその空気を肌で感じ緊張を募らせていく。
次にシグナムが放つ一撃が、文字通り彼女の切り札にして最強――
最後の一撃になることをフェイトは察していた。
「……バルディッシュ」
フェイトの意思に応えるようにバルディッシュは弾丸を連続で吐き出し、その形状を変化させていく。
三日月の魔力刃を形成した鎌状のハーケンモードから、フェイトの身の丈近くもある巨大な大剣へと姿を変える。
ザンバーフォーム――バルディッシュ・アサルトのフルドライブフォーム。
その名が示す通り、新たなバルディッシュの切り札でもある。
シグナムの一撃に応えるためにも、持てるすべての力を出し切ることをフェイトは心に決めた。
「……それがお前の奥の手か? だがそんな鈍重な武器では、わたしの攻撃を避けられんぞ」
「避けるつもりはありませんから……あなたの意志も強さも、すべてこの刃で叩き斬って見せます」
腰を低くしてバルディッシュを構えるフェイト。その光り輝く剣から雷が迸る。
同じくシグナムのレヴァンティンからも炎が生き物のように唸りを上げ渦巻いていた。
黄金の雷光と、紅蓮の炎――その衝突が迫る。
「紫電一閃――ッ!!」
先に動いたのはシグナムだった。溜め込んだ魔力を解放し、一足でフェイトまでの距離を詰める。
まるで火柱のように立ち昇った紅蓮の炎が、フェイトの頭上へと迫る。
バルディッシュを大剣へと姿を変えた分その動きが鈍重になったためか、フェイトの反応は遅れていた。
――これで決まる。
そう思わせるほどの見事な一撃。
回避も受け止めることも不可能だと思われる一撃が、フェイトに向かって容赦なく振り下ろされた。
「――っ!?」
決まった。そうシグナムも確信した。
事実、フェイトはシグナムが行動を起こすその瞬間まで、身動き一つ取ることが出来ないでいた。
しかし、レヴァンティンが振り下ろされるはずだった場所には厚い空気の層が壁を作り、その進行を僅かに鈍らせていた。
その僅かな時間をつき、小さくか細い声で詠唱を唱えるフェイトの声が、シグナムの耳にも届く。
「……古の契約を行使せよ」
詠唱が完成するとバルディッシュの刀身が目映い光を放ち、巨大な雷撃をその身に落とした。
フェイトが「ライオット」と唱えた瞬間、雷が意思を持つかのように荒れ狂いシグナムを襲った。
血管が沸騰するかのような衝撃をその身に受け、悲痛な叫びを上げるシグナム。
そのままフェイトはバルディッシュを抜き放ち、レヴァンティンの刀身へとその一撃を放った。
「――撃ち抜け、雷神!!」
その一撃はレヴァンティンの炎を掻き消し、その刀身を分断する。
シグナムの騎士甲冑にも、斜めに剣閃の後が残されていた。
非殺傷設定で放たれたとは言っても、フェイトのすべてを賭けた最強の一撃だ。
シグナムは口から血を吐き、倒れこむようにその場に膝を突いた。
「強いな……まさか、あんな隠し玉をまだ持っていようとは」
「……風の精霊を制御して、前方に不可視の空気の層を張って置いたんです。
詠唱が完成するまでの僅かな時間を稼げれば十分でしたから」
シグナムはフェイトの言葉から先程の攻撃の正体を悟ると、口元を僅かに緩め笑みをこぼした。
そのデバイスや戦闘スタイルから、フェイトのことをミッド式の魔導師だとばかり思い込んでいたが為に計算が狂った。
油断しているつもりはなくても、アムラエルと対峙し、この世界の魔導師のことを知っていたにも関わらず、それを考慮することが出来なかった自分の未熟さを痛感する。
だが、満足いく戦いでもあった。フェイトの強さをその身で感じ、負けたとしても誇れる良い勝負だったとシグナムは思う。
「だが……これで終わるわけにはいかない」
「――シグナム!?」
本来ならばここで潔く負けを認め、退くのが筋なのだろう。しかし、シグナムは負けを認めるわけにはいかなかった。
それは主のため、はやてのためでもある。自分達がここで負けてしまえば闇の書は完成せず、はやての病気は治らない。
ただ、それだけの思いがシグナムを突き動かしていた。
「その傷じゃ……シグナム、勝負は――」
「ついてなどいないっ!! わたしは負けを認めるわけにはいかん。
主のため――我が誇りに賭けて」
鬼気迫るシグナムの様子に、フェイトは息を呑む。
愛剣は折れ、その身も半死半生の身――シグナムがこれ以上戦えないことは結果を見るまでもなく明らかだ。
立っているのだってやっとのはずなのに、シグナムは退く気配を見せない。
それほどの強靭な意志がシグナムを突き動かしていた。
フェイトは戸惑う。勝つと決めて、全力を出し切った。
しかしこのまま戦闘を続ければ、シグナムを殺してしまう恐れがある。
そうならなければ止まらないのではないか? ――と思えるほどの強い意志をシグナムからフェイトは感じ取っていた。
「――っ!?」
そんな時だった。今一度シグナムを説得しようと前に出たフェイトの身体を捕縛魔法が拘束する。
見ればシグナムも同じように捕縛魔法に動きを囚われ、身動きが取れない状態になっていた。
それはミッド式の魔導師が好んで使う拘束力の強い捕縛魔法――フープバインド。
フェイトは咄嗟に仮面の男を思い出す。
「まさか――!?」
「自分たちで潰し合ってくれて助かった」
フェイトの予測通り二人の目の前に姿を現した仮面の男は、そのままシグナムの胸に手を当てリンカーコアを抜き出した。
どこからか持ち出した闇の書にシグナムの魔力を吸わせる仮面の男。
悲痛なを声を上げて消えていくシグナムを見て、フェイトは悲鳴に近い声を上げる。
「次は貴様だ」
シグナムが消滅したことを確認すると、仮面の男はフェイトの方を向き、そう宣告した。
魔力を根こそぎ吸収され姿を消したシグナムを見て、フェイトは怒りを込めた瞳で男を睨みつけた。
しかし仮面の男はそんなフェイトの目を見ても何の感慨も受けないのか、鼻で笑うような仕草を見せその胸に手を伸ばす。
先程の戦闘で消耗しきっていたフェイトでは、すぐにこの強固な捕縛魔法を解除することは不可能だった。
男の手がBJの防御障壁を破り、直接リンカーコアを引きずり出そうとしているのがフェイトにも分かる。
一瞬D.S.のことが頭を巡り、フェイトは目を瞑り覚悟を決めた。
だが、その時だった。
「オレの娘(モン)に手をだしてんじゃねーよ!!」
「何――っ!?」
タイミングを見計らったかのように現れたD.S.の蹴りに弾き飛ばされ、仮面の男は土誇りを巻き上げ転がるように倒れこんだ。
それを侮蔑するかのように上から見下ろすD.S.を見て、フェイトは突然のことに驚き放心する。
D.S.は方向を転換しフェイトの眼前まで来ると、そんなフェイトの額を軽く小突いた。
「痛――っ!」
「何、ぼーっとしてやがる。ポケポケしてるから、こんな低俗な罠にかかんだぞ」
そう言って、D.S.はフェイトの身体を拘束していた捕縛魔法を指先一つで解除する。
赤くなった額を押さえながら、フェイトはD.S.に助けてもらった嬉しさから目尻に涙を浮かべていた。
そんなフェイトの頭を撫で、スキンシップを図ろうとするD.S.の背後に、それを隙と判断した仮面の男の攻撃が迫る。
「貴様――っ!!」
「バーカ! ――ドラシュ・ガン!!」
その程度でこの男にとって隙などになろうはずがない。
その行動を予想していたのか、仮面の男の方を向いてバカにするようにD.S.は舌を出す。
D.S.の呪文に呼応し地面から突き出した幾数もの岩石が、仮面の男へと襲い掛かった。
仮面の男は突然のことに身を翻し回避するも、鋭利な岩にその身を切り裂かれ転がるように地面へと倒れこむ。
「おい、“女”! オレ様は女には心優しく、寛大で紳士だ。
今のも随分と手加減してやったんだぜ。感謝しろよ」
フェイトがD.S.の話を聞いて「女?」と仮面の男の方を見て驚く。
すると、先程の攻撃で亀裂の入った面が割れて変身が解けた仮面の男は、猫耳に尻尾のある女性の姿へと変貌していた。
その女性はグレアムの二匹の使い魔のうちの一匹、リーゼロッテだった。
「くそっ! なんで……わかったんだ!?」
「んなの決まってんだろ! オレ様が超絶美形(ハンサム)だからよ」
警戒をしながらも、完璧と思われていた変身魔法を見破られ、ロッテは落ち着きもなく声を荒げる。
そんなロッテに対し、いつも通り根拠も何もない持論を述べるD.S.に、さすがのフェイトも笑いを堪えきれない。
でも、先程まで感じていた不安や緊張、張り詰めた空気がそれだけでかき消えていくのをフェイトは感じていた。
「テメエには二つ選択肢がある。一つ、オレ様に泣いて許しを乞いヤラれるか。
無駄な抵抗を続けて無理矢理ヤラれるかだっ!!」
「な――っ!?」
飛び切り邪悪な笑みで、結局“ヤラれる”と言う理不尽な選択肢しか寄越さないD.S.に、ロッテは顔を真っ赤にして声を張り上げる。
しかしロッテもバカではない。先程の攻防で、D.S.と戦っても勝ち目がないことは悟っていた。
だからと言って、逃げようにも素直に逃がしてくれる相手とも思えない。
計画のためにも捕まるわけには行かないと思いながらも、内心ではD.S.に捕まった後のことを考えていた。
グレアムの使い魔として生み出されて数十年。未だ処女のロッテにとって、まさに今こそ貞操の危機と言っても過言ではない。
D.S.の弄るような視線に晒され、背筋に言い知れぬ悪寒が走るのを感じていた。
なのははヴィータと対峙していた。
しかし、フェイトとシグナムの一進一退の攻防に比べ、こちらは一方的な展開で進んでいた。
接近戦を得意とするヴィータに対し、なのはは中距離、遠距離からの魔力弾と砲撃魔法で追い詰めるように戦っていく。
カートリッジシステムによって強化された魔力は、有に今までの三倍にも上る魔力弾を形成し、なのはは驚くことにその大量の魔力弾すべてをコントロールし切っていた。
四方八方から迫る魔力弾の嵐にヴィータはただ逃げることしか出来ない。
僅かな隙を見つけ、そこに逃げ込んだかと思えば、どんな距離からでも強力な砲撃魔法が襲ってくる。
まさに八方塞だった。
なのはの戦い方は単純明快だ。遠距離から魔力弾で追い込み、動きの鈍った獲物を砲撃魔法で止めを刺す。
逆を言えば、芸がないと言うことなのだが、それが実はかなり厄介な戦法だった。
遠距離では勝ち目がなくても、接近すれば方法はいくらでもあると分かってはいても、その近づくことがまず出来ない。
なのはの機動力はそれほど早いものではない。フェイトに比べれば鈍重と言ってもいいだろう。
しかし、なのはの真価はスピードではなく、その火力と防御力にあった。
膨大な魔力量から形成される大量の魔力弾。そしてそれをすべてコントロールして見せる操作技術。
更には例え近づけたとしても、幾層にも張り巡らされた強固な防御結界がなのはの身を守っている。
高い魔力から形成される“堅牢”と言ってよいその防御結界は、さながら戦車の装甲のような強固さを誇っていた。
同じく一撃必殺を信条とするヴィータでは動きが鈍く、なのはの魔法をすべて回避することは難しい。
しかも距離を取られていては近づいて一撃を浴びせる前に、なのはの砲撃魔法を食らうのが目に見えていた。
「汚ねーぞ! 正々堂々と戦え!!」
「これがわたしの戦い方だもん! ヴィータちゃん、騎士なのに負け惜しみは見苦しいよ」
「畜生っ! こうなったら、アイゼン――ッ!!」
ジリジリと追い詰められる戦いに嫌気がさしたヴィータはなのはに文句を言うが、それを一蹴され悪態を吐く。
しかし、これが真剣勝負である以上、なのはの言っていることは正論ではあった。
相手の戦い方にわざわざ合わせてやる必要などない。
自分がもっとも力を発揮できる状況を作り、最大限の成果を上げることも戦いに置いては重要なことだ。
その勝てる状況を作る過程も、戦いに置いては重要な役割を占めているからだ。
なのはの戦い方はそうした意味では理に適っていた。
ヴィータは本領を発揮できず、追い込まれるだけになっている現状がそれを証明している。
だが、これで終われるかとばかりにヴィータはグラーフアイゼンに持てる弾丸をすべて使い、その形状をギガントフォームへと変える。
ヴィータの持っている手札の中では、文字通り最強の破壊力を持つ切り札だ。
「うあああぁぁ――っ!!」
ヴィータはダメージを覚悟の上で特攻をかける。元々ヴィータはフェイントや搦め手など、回りくどい手段が得意ではない。
このままジリ貧になっていては、何れ敗れることは明らかだった。
確かに厄介ではあるが魔力弾一つ一つの威力は、砲撃魔法に比べずっと小さい。
何発か貰ったところで、すぐに戦闘不能になるようなものではないことを、ここまでの戦闘でヴィータは悟っていた。
それでも接近しようとすれば、なのはも持てる最強の砲撃魔法で迎撃をしてくるであろう。
だが逆を言えば、それを弾き返せば接近戦に持ち込めると言うことだ。
だからこそ、ヴィータはその一か八かの勝負に出た。
しかし、なのははそんなヴィータの命懸けの特攻を前に笑っていた。
全力全開、一撃必殺の勝負はなのはも得意とするところだ。単純明快で分かりやすい戦い方は嫌いではない。
だからこそ、魔力弾での攻撃を止め、レイジングハートをヴィータに向けて構えた。
迫るヴィータに向けて、弾丸を一発ロードするとなのはは爆発的に魔力を高める。
「レイジングハート、行くよ! エクセリオンモード起動!!
――フルドライブッ!!」
大声を張り上げ迫るヴィータに向け、なのははレイジングハートの先端を向けた。
まるで羽のように、拡散した余剰魔力がレイジングハートを中心に広がっていく。
咄嗟の判断でなのはは、スターライトブレイカーのように集束に時間の掛かる魔法は間に合わないと判断し、カートリッジによる威力増強、そして直前までのギリギリ溜めを行うことで砲撃魔法の威力を極限まで高めることを考えた。
追加で計四発の弾丸をロードすると、一気に膨れ上がった魔力は一点に向け集束し始める。
その巨大な魔力の放流に影響され、周囲の大気が一点へと向かい唸りを上げて渦巻く。
「――全力全開っ!!」
「――轟天爆砕っ!!」
放たれるヴィータの奥義ギガントシュラークと、なのはの決め技エクセリオンバスター。
轟音を響かせ、二人の間に巨大な爆煙が立ち上がった。
「――なのは!?」
ロッテと対峙しながらも突然の爆音に驚き、音がした方に振り返るフェイト。
フェイトにはすぐにそれが、なのはの放った砲撃魔法の余波だと分かった。
爆煙の中になのはの姿を探すフェイト。なのはが負けるはずがないと信頼しても心配なことには変わりなかった。
だが煙の向こう、ところどころ埃まみれではあるが無事な姿のなのはを見つけると、フェイトは安心から表情を緩ませる。
片やヴィータの方は意識を失い、砕けたグラーフアイゼンを握り締めた状態で、近くのビルの屋上へと落下していた。
「あっちも終わったみてぇだな。つーか、テメエも決めたか?」
「……ああ、決めたよ」
なのはが勝ったことを横目に確認すると、D.S.はロッテに最後通告を放つ。
だが、それに反してロッテは追い詰められていると言うのに口元を緩め笑っていた。
自暴自棄にでもなったかと思ったD.S.だったが、ロッテの視線が自分ではなく、なのはを捕らえていることに気付く。
「まさか――」
「アリア――ッ!!」
D.S.がその意図に気付き、ロッテがその名を呼んだ瞬間――
D.S.にではなく、大出力砲撃を撃ったばかりで消耗しているなのは目掛けて、別方向から砲撃魔法が放たれた。
「――え?」
予期しなかった方角から放たれた砲撃魔法に対処が遅れたなのはは、無防備なままその攻撃が当たる瞬間を待つ。
だが素早く反応し、飛び出したのはD.S.だった。
なのはの正面に回り込むと防御結界を張ろうと腕を伸ばす。
「ゲッ、間にあわ――」
なのはだけを押し飛ばし、D.S.は砲撃魔法の直撃を受ける。
爆煙を撒き散らせながら弾き飛ばされるD.S.――その姿を見て、なのは、フェイトの二人は叫び声を上げた。
だが、それで終りではなかった。
「――うああぁぁっ!!」
先程なのはに敗れ、ビルの屋上に落下していたヴィータが、リンカーコアを抜かれ闇の書に魔力を蒐集されていた。
なのはにあのタイミングで攻撃を仕掛けたのも、D.S.が必ず助けに入ると見越した上で、すべてこの機会を得るタイミングを図ってのことだった。
ヴィータは魔力を蒐集され苦しみの声を上げ、やがて虚ろな目へと変わっていく。
それを見て、なのはは声を張り上げた。
「ヴィータちゃん!!」
なのはは慌ててヴィータの元に駆け寄るが、すでに遅かった。
身体は薄くなり、なのはの手が届く前にヴィータは光の粒子を放ち消えていく。
最後に残されたのは、ヴィータが居たことを示す僅かな魔力の残滓と衣服だけだった。
「そんな……なんで、なんでこんなことっ!!」
残されたヴィータの衣服を見て、なのははヴィータの命を奪った人物へと目を向ける。
そこには仮面を外し、冷めた瞳でなのはのことを見下ろすアリアの姿があった。
「アリア、準備は?」
「出来てるわ――!?」
バルディッシュを上段に構え、アリアと合流したロッテに向かってその刃を振り下ろすフェイト。
しかしそれに逸早く気付いたアリアが防御結界でその攻撃を弾き、その隙をついてアリアがフェイトの腹部に蹴りを放った。
「フェイトちゃんっ!!」
直撃を受け弾き飛ばされたフェイトを見て、なのははそちらへと視線を移す。
「あの男が復活する前にカタを――」
「テメエら! よくもやってくれたな!!」
不意打ちを食らったとはいえ、あの程度の砲撃でどうにかなるD.S.ではない。
アリアとロッテ目掛けて、D.S.が怒りを顕にして迫っていた。
逃げ切れないと判断したロッテは、アリアの前にでてD.S.に立ち塞がった。
「行ってアリア!! 父さまの願いを叶えるためにも――」
「――っ!!」
ロッテの行動に驚きはしたが、アリアはその行動を無駄にしないためにも唇を噛み締め、踵を翻しその場を離脱しようとする。
だが、そう易々とは上手くいかなかった。
シャマルとザフィーラと戦っていたはずのガラが、愛刀を片手にアリアの進行方向にあるビルの屋上に立っていたからだ。
「おっと、ここは通行止めだ」
「――!?」
ビルからアリア目掛けて飛び上がるガラ。
その手には愛刀のムラサメ・ブレードが鞘から抜かれ握られていた。
「――真・魔神人(マジン)剣!!」
神速とも言える太刀筋から放たれる剣圧が衝撃波を生み出しアリアへと迫る。
瞬時の判断で防御結界を展開するアリアだったが、ガラの放つ奥義の前にはその程度の障壁は紙も同然だった。
他愛もなく結界をすり抜ける衝撃波に飲み込まれ、アリアはそのまま後方のビルへと弾き飛ばされる。
魔法に対し強固な防御力を持つ障壁であろうと、純粋に力と闘気のみで放たれる技には弱い。
しかもガラの放った真・魔神人剣は超音速を超える衝撃派を発生させる――
文字通り避けることも、防ぐことも不可能な必殺奥義だ。
殺さぬ程度に加減をしているとは言え、並みの魔導師の防御結界程度では防ぎようがない。
「アリア――!!」
「他人の心配してる余裕なんてねーぞ!!」
「――しまっ!!」
「くたばれ――セバルチュラ!!」
アリアの身を心配して吹き飛ばされたビルの方を振り返るロッテだったが、D.S.がそんな隙を許すはずがない。
先程の不意打ちでかなり頭に来ていたのか、その手から無数の火の玉を弾き出す。
逃げ場などないと思えるほどの火球を前に、声を上げることもなく爆炎に飲み込まれるロッテ。
包み込まれる炎の中、最後に見たのは視界を覆う紅蓮の炎。
ロッテはその熱と衝撃で意識を失っていた。
「ちっ! 手間取らせやがって!!」
気を失ったアリアとロッテの二人を回収したD.S.は不機嫌そうに悪態を吐く。
フェイトも幸い大きな怪我はなかったが、なのは共々、シグナムとヴィータのことがショックだったのか気落ちしていた。
それを察してか、D.S.はガラの方を見ると、アムラエルたちはどうしたのかと質問する。
「嬢ちゃんたちなら病院の方へ行ったぜ」
「つーか、なんでお前はこんなとこにいんだよ?」
なのはとフェイトが戦っていたのは本人たちの意思だから良いにしても、アムラエルにアリサたちのことを押し付けて一人高見の見物を洒落込んでいたのかとD.S.はガラに迫った。
しかしガラはそれをやる気なさそうに否定する。邪魔が入らないように残りの守護騎士の相手をしていたとガラは語る。
「まあ、あの二人なら当分目を覚まさねぇだろ」
シャマルとザフィーラは健闘するも、やはり力及ばずガラに敗れていた。
かなり痛めつけておいたので当分は目を覚まさないだろうと思い、ガラは無残にも二人をその場に放置した。
実際にはなのはとフェイトの戦いが気になったと言うのもあるのだが、勝敗云々がどちらであろうとガラ自身はこの戦いに手を貸すつもりはなかった。
あんな野暮な介入をするアリア、ロッテのことがなければだが――
「そう言うテメエだって、なんだかんだ言って嬢ちゃんたちのことが心配なんじゃねーか」
「うっせえっ! んなんじゃねーよ。
オレ様のモンに手をだしたコイツらが気に食わなかっただけだ」
いつもの調子でいがみ合う二人を横目に、アリアとロッテの持ち物を漁りはじめるフェイト。
シグナムとヴィータは確かに消滅したが、二人が持っていた闇の書があれば蘇生も可能ではないかと考えていた。
見た目は人間らしくはあるが、守護騎士たちは闇の書が生み出した人格プログラムだ。
それならば自分は無理でも、D.S.なら解析が可能ではないかと考えたのだが――
「ない……ダーシュ!!」
「ん……なんだ?」
「ないの! 闇の書がっ!!」
取り乱し声を荒げるフェイトの様子に驚き、D.S.はアリアとロッテの方に視線を移す。
先程までアリアが持っていたはずの“闇の書”が忽然と姿を消していた。
「なんで、いないのよ……」
アリサは何が起こっているのか分からないと行った様子で、困惑の声を上げる。
病室についたアリサたちを待っていたのは、そこに寝ているはずの主を失った冷たいベッドだけだった。
「そうだ! 結界の中なんでしょ!? だったら、はやては結界の外に――」
「アリサ、それはないわ。はやてが闇の書の主なら、同じ闇の書のプログラムによって生み出された結界から弾き出されているなんて考えられない」
「なら、はやてはどこに!?」
取り乱すアリサを他所に、アムラエルはこの病院に張り詰めた空気の異常さに警戒を強めていた。
チクチクと肌をさすような感覚。この病院に入ってからずっと感じていた違和感の正体が、はやてがいないことと関係しているとしかアムラエルには思えない。
何かよくないことが起ころうとしている。それだけはアムラエルにも分かる。
だが、それがなんなのかまでは分からなかった。
「アリサ、ここをでよう。なんか、まずい気がする」
「そうね……なんか、わたしも息苦しく――ってアリシアは!?」
「――すずかもいない!?」
先程まで一緒にいたはずの二人の姿がないことにアリサとアムラエルは驚き、その姿を探す。
だが、部屋にも廊下にもその姿はなかった。
「何が……起こってるの?」
「アリサしっかりして! 二人を探すよ!!」
「……う、うん」
次々に起こる出来事に友人が巻き込まれ呆然とするアリサに、アムラエルは肩を揺すって意識を取り戻させる。
だがアムラエルも焦っていた。決して油断などしているつもりなどなかった。
しかし最初からいなかったかのように忽然と姿を消した二人に驚きを隠せない。
そしてはやてのことも、あれほどはやてを巻き込むことを拒絶していた守護騎士たちが連れ出したとは考え難い。
だとすれば誰が? ――と言う疑問がアムラエルの中で渦巻いていた。
病院の屋上――
そこに座り込み呆然とするはやてと、まるで意思などないかのように虚ろな目をしたアリシアとすずかが立っていた。
三人の目の前では、闇の書が異様な雰囲気を放ちながら漂っている。
「捌キヲ」
「破壊ヲ」
まるで機械のように決められた言葉を、はやてに向かって語って聞かせるアリシアとすずか。
はやての視線の先には主を失ったシャマル、シグナム、それにヴィータの衣服だけが風になびき転がっていた。
闇の書は少女たちの口を遣い語る。
守護騎士たちを殺した者に罰を――
大切な家族を奪った者達に捌きを――
それは守護騎士たちを失い、そして真実を知ったショックから空っぽになったはやての心を侵食していく。
「捌きを……破壊を……」
はやての口が開き言葉を紡いだ瞬間――巨大な魔力がはやてを中心に暴風のように吹き荒れた。
その瞬間、用済みとでも言わんばかりに、アリシア、すずかの拘束を解く闇の書の意思。
意識を失いその場に倒れ込む二人。
そうしている間にも、はやては吹き荒れる黒い風の中へ身を閉ざしていく。
闇へと吸い込まれるように消えていくはやて――そこに少女の意思はすでになかった。
……TO BE CONTINUED