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長き刻を生きる 第十六話『たったそれだけの為に』
作者:大空   2009/01/14(水) 21:49公開   ID:2p.tHeJD/NA

 最大の難関であった虎牢関の攻略は、曹操発案の作戦によって予想以下の損害によって突破した。
 だが魏軍の夏侯惇が片目を虎牢関内で敗北してもなお、戦いを続ける最後の将官によって射抜かれてしまった。
 しかし夏侯惇は、射抜かれた眼を即座に引き抜いて、なんと喰らうと言う行動を行った。

「この眼は父と母より与えられし宝! 貴様等如きにはやれぬ!」

 高らかな啖呵と共に最後の将官を撃破した彼女は、魏軍の中でも一際輝く猛将として諸侯に知られる事となった。
 その活躍は軽々しく真似できるモノではなく、だからこそ猛将『隻眼』の夏侯惇とその名を轟かせる。

 太公望軍はその軍団と太公望の強さ。

 魏軍はその指揮能力と夏侯惇の裂帛ぶり。

 似て非なる二つの力が、数多モノ諸侯を越えた瞬間であった。


「虎牢関の制圧は完了、全軍進軍せよ……報告です」


 虎牢関を制圧して間もなく全軍が進軍を開始、敵軍は既に主戦力を失った為に反抗すら現れない。
 都への道中にも、もはや連合軍と対峙できるだけの要塞はなく、結果として連合軍の進行は速い。
 だがやはり負傷兵などの処置が必要となり、すぐに全軍が陣を張っての休憩を取る事となった。

「呂布・華雄・張遼……董卓軍の名だたる将が勢ぞろいするとは」

 太公望軍の天幕では、捕虜となった三人が勢揃いし、互いが互いの顔を見合っていると言う状況。
 尋問側は太公望・左慈と言った顔ぶれであり、中々相手の情報を吐かせれそうな状態である。
 そんな太公望が聞くのは「董卓軍の内情」……そして『黒幕』についての情報だった。
 ちなみに愛紗達には負傷兵達の治療の手伝いと、陣の警護に当たらせている為不在である。

「『道導』と『南華老仙』……爺……アンタまで向こう側に落ちたのかよ」

 左慈の落胆の言葉……南華老仙は史実において黄巾族の長、張角に呪術を授けて太平を願った人物の一人である。
 劉備の人徳に満ちた治世を信じて曹操と対峙した左慈とは似ている役目であり、だからこそ深い仲であった。
 また彼は仙人クラスの実力であり、道士である者達とは一線を越えた力の違いを見せ付ける。

「『道標』とは何者なんだ?」

「一言で言えば『始祖』であり、言うなれば『記録』、その手に求めるのは二度と届かない彼方の故郷」

 太公望の眼は遠くを見ている。
 記録すら掠れて消えてしまった彼方の記憶であり故郷の姿。
 幸せに笑い合う仲間・繁栄し続けると信じた文明・そして死に逝く命を思っていた。

「些細な事で失った故郷を取り戻す為、彼女は狂気に取り付かれ……この手で世界を護る為に殺した筈だった
  肉体の一部・魂魄の一片まで完全に消し飛ばし、この世から消滅させた筈であったにも奴は生きている」

「ならアンタは何者なんや?」

 遠くを見ていた瞳が引き戻される。
 だがその眼は何処までも深く、決して見通す事の出来ない闇としか言い表せない深い黒。
 思わず眼を合わせた側の方が息を呑んでしまう程の不気味さと、何処か悲しさを漂わせる眼。

「太公望……それ以外の何者でもない、それはそうと……ワシと共に戦う気はないかのう?」

 深く悲しい眼が一転して、とても陽気で明るさに満ちた普段の太公望へと戻る。
 その変身振りは凄まじく、纏っていた雰囲気や気配すら変えてしまい、外見以外が別人にも思えてしまう程。

「アンタの所為でこうなっとるのにまぁ図々しく言えるな!?」

「戦うのは主等の護るべき者の為でもある、ワシの仲間が既に潜入しワシ等の突入と同時に救出する手筈になっておる
  お主等は適当な理由を付けてその救出を手伝ったくれれば良い……それとも主等だけで奴を倒せると?」

 反論出来ない理由と、甘い誘惑と確固たる理由の啓示。
 人間が持つ言葉の魔力を全開にした言霊は、協力しないと言う心を蝕み破壊していく。
 護る為の手段が少しずつ『道導』に近づきつつある事に、太公望は気付いていない。
 
 あまりにも強すぎる想いは、破滅と崩壊を招くのを知っている筈なのに。

「……条件」
「恋ッ!」
「恋ちん!?」

 最初に交渉に乗ったのは、以外にも呂布。
 だがその眼には太公望の計略云々よりも、揺らがない意志と太公望へと向けられている同類を見る眼。
 吸い込まれるような眼、おもわず太公望自身が考案していた計略達を忘れてしまうような綺麗な眼。
 戦場で見せる虎狼の威圧を持つ強烈な印象からは想像出来ないような眼。

「条件はなんだ?」
「……恋の家、壊さない」
「家族か?」

 その問い掛けに呂布は首を縦に振るう。
 彼女にとっては家には大切な家族が居る場所、たとえ計と知っていても臆せず乗り込めるモノ。
 『家族』と言う単語に太公望は僅かだが反応し、太公望として護れなかった家族の記憶を思い返してしまった。
 すぐにそんな記憶を奥にしまって、その条件を飲む、元々太公望軍の強さを示したりする事は済んでいる。
 更に馬騰との連合も画策しており、無理に洛陽での手柄を取る必要性がないからこそ。

「二つ目は?」
「……お金」
「養う為か……良い、こちらで工面しよう」
「良いのか、成功直後に払う金があるのか?」

「……ずっと」

 呂布の発言に、太公望・左慈だけではなく華雄と張遼まで驚いてしまう。

「ずっとと言うことは……それはワシの下で働く事になるのだぞ?
  ワシの所為で主や主の護るべき者が苦しんでいるのに、それに仕えるというのか?」

 呂布はそれが当然ではないかと言うかの様に、不思議だと首を傾げる。
 おそらく自分が言っている言葉の意味に気付いていないのかも知れなかった。

「良いか恋! コイツの所為で私達は今こうなっている!
  コイツがもっとしっかりしていれば私達が戦に出る事などなかったんだ!」
「椛の言う通りや! それにコイツが本当に月達を救ってくれるとも限らん!
  口先だけの甘い言葉で恋ちんが酷い目に合わされるかも知れんのやで!?」

 二人の疑いはごもっともである。
 むしろ太公望に素直に仕えると言える呂布が凄いのでろう。


「……みんなを護るのにお金が要る」


 それは揺るがない決意を宿した眼。
 ただ殺すのではない、自分の家族を護る為に他者を犠牲に出来る強さと優しさを持った眼。
 これこそが呂布の不思議な眼の正体なのかも知れない。

「どの位要る」
「……………五十匹」
「匹か……それは手の掛かる家族よのぉ」
「最悪俺達の財布が小さくなるかもな……なんせ五十もいるからな」

 左慈のニヤ付いた笑みと共に零れる茶々を入れた言葉。
 それは財政面でも良く携わっている太公望には厳しい幽州での節約生活の日々を思い出させるモノ。
 『女遊びされては困る』と言う理由で太公望の給料は、非常に少なく好物のアン饅を食べたくても食べられない日々。
 そんな状況で呂布への給料まで加えてしまうと、太公望の財布は常に冷たい風が吹き続けてしまう事になる。

「いざとなれば主らも道連れよ!」
「俺と干吉が呪術関係の道具買いで貧乏なの知っているだろう!」
「ハァハッハッハッ! ワシ等の財布など風前の灯程度よ、諦めよ!」

 左慈・干吉は呪術関係の小道具買いで実は太公望軍随一の『貧乏』であるのだ。
 おかげで左慈は干吉に借りを作らされ、その返済に日々悪戦苦闘している。
 そんな状況に拍車を掛けられたくないのは当然であるだろう。

 二人のやり取りに、華雄と張遼の二人が笑い始める。

「ならば私もそれに乗らせてもらおう、懐に潜り込んで寝首をかくのも面白いだろうしな」
「それに恋ちんだけにそんな辛いのはさせたくないし」

 予想外の展開に驚きつつも、太公望は三人を縛っていた縄を解く。

「ならばお主等は今この時より将として雇用するとしよう、だが戦う理由は家族を護る為
  周りからはたったそれだけかも知れぬ、だがおぬし等にはたったそれだけこそ全て
  何と言われても貫けばよい、それでも五月蝿いようならばワシから少々小言を言っておく」

 そうして三人の雇用が決まり、負傷兵達の治療を済ませて再び各軍が動き始める。
 新たに参列する三人の猛将、どう言った話をしたのか問いただされた際に太公望が

「仲間に入れる為に色々と話した結果」

 としか話さなかった。
 下手に話すとそれこそ愛紗達から嫉妬の連撃を(何故か)太公望自身が喰らう羽目になってしまうからだ。
 左慈に問い詰めても

「とりあえずアチラさんの要求を呑めば仲間になってくれるそうだ」

 財布を握られている側の左慈が、うっかり金などの話をしてしまえばそれこそ財布の中身が遠ざかっていく。
 微かな冷汗をかきながら懸命に愛紗と朱里の政務組みの問いただしを回避してやれやれの矢先に

「私達を将として雇用するには自分達の財布を空にするしかない故、懸命に逃げているだけだ」
「まぁそん位ウチ等を雇用したいって表れやけどな」

 新参者の華雄と張遼の二人の発言に、太公望軍全軍が納得してしまう。
 貧乏なのは誰も同じであり、決して裕福な訳では無い。
 だが女特有のオーラを吐き出している愛紗と朱里の笑顔は周囲の兵士が一斉に離れてしまう程冷たく怖い。

「二人とも……帰ったら減給しますね?」
「素直に話してくれれば……」

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」

 悲痛な叫びだった。
 素直に話せば嫉妬の連撃・話さなければ減俸。
 どっちも世知辛い現実しかない逃げ道の無い分かれ道であった。

 そして近づきつつある洛陽を前にしても、太公望軍の兵士は笑っていた。


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 都の洛陽は不気味な程静かであった。
 静寂を越えて無音としか言えない街を囲む大軍勢の間でも、不気味さに対して声が挙がり始める。

「街の人間が逃げ出したのか?」
「爺さんの事だ、街の連中は無関係とか言って逃がしたんだろうな
  けど俺と同じ気配……道士や操ってる奴等の気配がないのは妙だな」
「……気配がない」
「それは洛陽に残っていた者達のもか?」

 その問い掛けに呂布は頭を縦に振る。
 守衛隊全てが本隊の敗走を聞いたからと言って逃げ出すのは考えにくく、だからと言って反抗しても無駄なのは明白。
 更に董卓を捕らえて利用している筈の『道標』の手勢の気配がしないのは妙であったが……

「居ないならば良し、呂布との約束を果たす為にもワシ等は前に出るぞ」

 既に兵士達には理由がバレてしまっていた。
 だからこそ太公望は堂々と先鋒として洛陽へと入る事を袁紹へと伝令し、許可が下りてすぐに出陣する。
 すぐに許可が下りたのは行幸であり、城門をこじ開ける必要はなく、すぐに干吉の暗部隊が城門を開けたのだ。

「ご苦労」
「では……」

 暗部の者に伝令を持たせて、この街の何処かで待機している干吉との作戦が始める。
 作戦内容は董卓を連れて宮中より脱出、呂布の館を目指して逃亡を開始し、太公望は館に先回り。
 その後合流を果たし、董卓の偽者の死体を作り出して董卓本人の救出を完了させるというモノ。
 これは太公望・左慈・干吉しか知りえない計画。

 左慈と干吉が幾度も繰り返してきた中でもっとも董卓を”救出”されてしまったパターンを自分達で行う。

 皮肉な経験法則からもたらされた救出作戦である。

「ワシ等はこれより呂布・華雄・張遼を仲間にする為の戦いを始める、全員呂布に続け!」

 与えられた馬を巧みに操り、呂布を先頭に一斉に走り出す軍勢。
 それは『道標』に自分達の存在をあえて見せ付ける行為であり、少しでもその眼を逸らす為の行動。
 敵は出てこず、呂布が家と呼んでいる少し大きめの館に一行が辿り着く。

「周囲の警護を怠るな、何かあればすぐに報告せよ」
「承知しました!」

 呂布・華雄・張遼・太公望・愛紗・鈴々・朱里の順に館へと入る一行。
 左慈・陳到は外の警護の指揮を取る為に残り、周囲の警戒を厳に行っている。


「アン! アンアン!!」


 元気良く呂布に走りよる一匹の犬。
 呂布もその犬を抱き寄せて、緩やかな笑顔を漏らす。

「………セキト……みんなは?」

 セキトと呼ばれた犬の一声で、隠れていた動物達が一斉に呂布に群がっていく。
 その動物達に取っても呂布は家族であり、家族の長の帰りを皆で一斉に祝っている感じてあった。

「……良かった」

 それは優しい笑顔、きっと彼女の孤独を癒せるのは彼らだけだったのだろう。
 そんな家族の無事を知って、呂布自身も非常に嬉しそうであり、また動物達も嬉しそうであった。 
 
 セキトが呂布の腕から抜け出して、太公望の脚に自身の身体を擦りつけ始める。

 太公望はセキトを抱き上げてやると、セキトはその舌で太公望の顔を舐め挙げる。

「……ワシと呂布が似ておるのか?」

 肯定するかのようにセキトが一声挙げて、太公望の胸にその身体をこすり付ける。
 まるで自分は家族になれる、あるいはもう家族として甘えているような仕草であり、太公望もセキトの身体を優しく撫でていく。
 それから少しずつ動物達が太公望に集まり始め、セキトのように身体をこすり付けたりしていく。

「……恋と一緒」
「ふふ、呂布……主のに比べればまだワシは良い方よ、仙人の仲間が居たからのぉ」
「……恋でいい」
「良いのか?」

 呂布こと恋はただ一回、頭を縦に振るう。

「ならば恋……約束一つは護ったぞ」

 片手でセキトを抱え、空いている片手で恋の頭を撫でる太公望。
 恋は気持ちが良いのか、目を瞑ってその手を享受している。

「……羨ましいのだ」
「……やっぱり減俸です」
「……羨ましくなんかありませんよ、決して」

「あとでお主等にもするから、減俸だけは何とかならぬか?」

 配下たる女性に振り回される大将。
 だが不思議と微笑ましくもなるその様子は、不意にも傍観していた華雄と張遼にも笑顔を与えていた。
 それは羨望にも等しい感情を、二人の心に産みつつあった。


「敵襲! 敵襲―――!!」


 その言葉にセキトを地面に置き、外へと神速の如く出る太公望。

 その視界の先には


 ―――久しいですね……『愛しい人』


 もう一人の神が白い眷属を引きつれ悠然と立っていた。

 今―――『人の神』と『理の神』が対峙する。

 それは何人も入る事の許されない世界を賭した戦いの領域。


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■作者からのメッセージ
蒼穹様
ご感想ありがとうございます
チートと言ってもあくまで人間に対してですし、本人の力は結構他力です
最強すぎると読者の反感を飼う事が多いのですが、好きと言われて何よりです

春都様
ご感想ありがとうございます
そう言って下さって何よりです
あんまり原作からかけ離れすぎてしまうと反感を買ってしまうので
まさしくゴットファーザーです
そもそも人種が地球人と蓬莱人ですから……根元の力の差が酷いです

兎月様
ご感想ありがとうごさいます
最強の武もあくまで人間の範疇です
それに彼女の武器は何の加護もされて無い為、肉体は殺せても魂までは出来ません
四宝剣一発で洛陽が消し飛んでしまいますよ
乱れ撃ちなんてされたら世界崩壊します

ボンド様
ご感想ありがとうございます
若かりし頃の黄飛虎ですね、まさしくお父ちゃんです
ただ外見は太公望似で、仙人骨のパワーだけ頂いてます
変態は死なない、蝶カッコイイお方ですね!
流石にそれは言わせれませんが……やっぱりブルァァァァァァですね
ついに出会う二柱の神は、何を理解しあうのか

ソウシ様
ご感想ありがとうございます
飛刀は人物なので、宝貝みたいに部分変化してます
もっともあくまでほんの少しの幻想と破壊力しか能がないですけど
呂布の天然ぶりが再現できてないのはマズイですね……
ギャグ路線なら大有りの展開ですね
でもまだ周倉達に比べると出番がありますから
「ガンダム顔でも、ボク(ジム)より出番が無い人がいるじゃないですか!」
とあるギャグマンガの脇役の台詞を今頃琢県で痛感してる筈ですよ

皆様
ご感想ありがとうございました
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