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長き刻を生きる 第十七話『覆水盆に返らず・故に違える者達』
作者:大空   2009/01/18(日) 23:19公開   ID:2p.tHeJD/NA

 洛陽へと続々と連合軍が進出し、目的地である宮廷を目指している最中、そこは別世界の如き様相である。
 銀色の髪を風になびかせ佇むこの世に二つと無い美しい肢体を、太公望とその兵士に見せ付ける女性。
 その細い腕より生える白過ぎる手には、幾度も歴史(世界)を始まりへと還して来た剣『四宝剣』を持つ。

「あぁ愛しい人……器に栄える凛々しく猛々しい御身体を持ちお姿なのですね」

 されど美しい身体と裏腹に、その眼は太公望以上の底無しの暗さを持ち、眼を合わせる者全てを引き込むような眼。
 その美しさに見惚れていた者達全員の表情が恐怖に似た何かを捕らえていき、怯えへと変貌していく。
 左慈は軽蔑するような眼をし、陳到は懸命に剣を構えることで平常心を保っていた。
 慌てて屋敷から出てきた愛紗達ですら、その女性の姿に一瞬だが見惚れてしまうと言う不覚を取ってしまう。


「あぁ愛しい御方……今は太公望と名乗っていたのですね、それが判っていれば殺すなどと言う禁は犯さぬのに
  何故! 何故貴方は私の下に来てはくださらないの!? これほど貴方を愛しているのに……
  魂魄に刻まれた決して消えないあの頃の愛を! 貴方も決して忘れては居ないはずです!
  共に素直に笑い合えていたあの日の故郷を取り戻す為に私は戦うと言うのに……あの時貴方は理解してくださらなかった!
  そして私は最大の過ちを、貴方を一度は殺してしまうと言う禁忌を犯す事は無かったのです!
  ですが貴方を今一度! 今一度私の下へと帰って来てくださった……あの時は変わらぬ姿で
  この”正しき世界”は私達の故郷を取り戻せる最後の好機、これこそ長き時を待って手にした好機!
  この世界(歴史)こそ希望であり、届かなくなってしまった故郷への最後の希望の光なのです」


 その狂ったかのような語り様に、太公望と彼女の白い眷属達を除いた全員が怯え竦む。
 かの左慈ですら竦んでしまい、彼が始めてあった際の知的で凛々しい雰囲気とは違う……彼女の本質を見た。


 ―――比類なき狂気

 ―――律する者なき本能

 ―――それに伴う強大な欲望と願望


 まさにそれは太公望が、伏義と共に中国史に『神』と『皇』の称号を与えられし者……『女禍』
 そして今は過ぎ去った過去を求めて狂う者『道標』であり、地球人の器へと魂魄を宿す存在。


「『道標』よ、覆水は……もう盆には返らぬ」


 黒く光沢を宿す髪が老人特有の白い髪になり、太極図の矛先を『道標』へと向ける。
 その敵対行動に一人の白装束の兵士が太公望に剣を構えて突撃し、太公望は消し飛ばす構えを取る。


 ―――誰が許可無く動く事を許可した?


 心の奥底まで氷河へと変えてしまう程の冷たく威圧感を持つ声と共に、最凶の剣が唸りをあげる。
 それに伴い最強の棒の力を咄嗟に使い、最凶の剣の力から自分の兵士を護る不可視の壁を作り出す。

 刹那―――太公望へと襲い掛かった人間は全てを消された。

 肉片・魂魄の一片すら残さず、消された事すら悟る事無く。

「如何に貴方とはいえ……この四宝剣を前には勝てませぬ」
「一度殺したのはこちらよ……この太極図を容易く打ち破れるとでも」

 殺気と殺気がぶつかり合う。
 覇気と覇気が鍔(つば)競り合う。
 
 これは如何なる存在の干渉も許さないたった二人の戦争。

 だがそれは世界全てを始まりへと還せる神々の闘争。

「『道標』よ……多くの存在が違っているこの世界が、我等の遠き故郷へと繋がる筈が無い」

 この世界は『三国志の人物達が”もし”女性だったら』と言うある種のIFの世界である筈なのだ。
 根本から脱却しているこの世界が、果てしなき故郷へ到着出来る筈が無く、無駄そのものなのだ。

「何を言っているのですか、これこそ本来在るべき世界の形! これこそ在るべき筈の世界なのです!」

 ―――この瞬間に太公望の仮説が完成する。

 これは太公望の”外史”だが、目の前の『道標』こと女禍にとっては”正史”そのものなのだ。
 つまりこれは二つの世界が混ざり合った存在、もはや左慈達の許容範囲を超えてしまった世界の形。

 ”もしも”が”必然”となってしまった世界。

 根本から外史の存在を肯定した・肯定された世界より生まれた女禍が、彼らの眼前に立っている。
 ならば……左慈達のような”外史”を否定して消している筈の存在達の意味は何なのだろうか?


「貴方を狂わすのはその周りを固める醜い娘達なのですね?」


 最凶の剣の矛先が愛紗達に向けられる。
 世界の理を……確率と言う名の理をその手で自在に操れる究極の破壊兵器『四宝剣』の力が吼える。
 それにすら対抗できるこの世界では唯一無二の最強の棒の力……あらゆる宝貝での事柄を中和出来る力。
 だが発動の対価は膨大であり、この一撃を凌ぐことすらおぼつか無い……何故ならそれは担い手が”弱い”から。

 その場全員の視界を白く染め上げる閃光。

 次に眼を開けた時、そこには衝撃が生まれている。


「……一撃で………この様か」


 纏っていた衣服はボロボロ、右腕は完全に力なく垂れ下がり、周囲に大量の血を撒き散らす。
 傷だらけの身体を多くの者に晒し、立っている事すら奇跡なのではと疑いたくなる程の重傷を負う。
 古傷が裂け、無数の傷跡から吐き出される鮮血は砂がじわじわと飲み干していく。
 
 それはたった一回の消滅攻撃を防いだ太公望の無様な姿。

 何も知らず理解出来ぬ者からすればそうだとしても、これは奇跡を起こした者の姿なのだ。

「ご主人様!」
「太公望様!」

「来るな!」

 自分の前に出ようとする愛紗達を静止する恫喝。
 だがその姿は人中の呂布を下した人間とは思えないほど弱弱しく、ボロボロの姿。
 衣服の下に隠していた無数の傷跡に驚かされない兵士は無く、呂布を下した強さを鍛錬の果てと思い込む。
 その傷跡は彼らの想像すら到達し得ない激戦の傷跡であり、常人が虫けらの如く消えていく戦場の傷。

 そこに彼らの夢見ていた”最強”の姿は微塵も存在しない。

「これは……ワシと奴の戦い………殺しきれなかったワシの未熟さなのだ」

 片腕がゆっくりと振り上げられるが、その腕は小刻みに震えている。
 太公望を除くこの場の人間達全てを消し飛ばすと言う暴挙から、太公望は仲間達を守り抜いた。
 もし彼女たちが居なければ、そんな凶悪で強烈な一撃を真っ向から受け止める必要などなかった。
 
「愛しい人…そのような弱く無様な娘達を何故庇うのです」

「家族を…仲間を護ることの何がいけぬ! ワシはもう何も亡くさぬ!
  無血の勝利が夢……どうしても血を流さねばならぬならば敵の血だけにすれば良い!
  それでもまだ血が足りぬと言うならば……ワシの血を使って仲間を護り抜く…それがワシの決意!
  愛紗達は弱くも無粋でもない、人間は数億の兄弟を母の腹に宿す時にくだして人間としての生を手に入れる!
  数億の命をくだして手に入れた命が弱いわけが無い! 命は生まれながらにして強者なのだ!」

 傷が少しずつ癒え、少しずつ普段の強さを取り戻す。
 だがそれでも弱い事には変わらずとも、決して引かない決意の咆哮。

 これこそ彼の強さ……強すぎる心が全てを狂わせいくのだから。


「……ならば器だけを破壊し、未練も断ち切り、その魂魄だけを私の手に」


 再び四宝剣の矛先が向けられる。
 もう太公望にその一撃を防ぐだけの余力は無く、もし放たれればそれで彼の命は終わりを迎えてしまう。

「ご主人様を殺させはしない!」
「皆突撃なのだ!」
「世話の掛かる俺達の上司を護るぞ!」

 一斉にその身体を太公望の前に出して盾とし始める愛紗達と太公望軍の兵士達。
 だがそれを許さない白装束達もまた、眷属として『道標』の前にと立ち塞がる。

「我等が皇を護れ!」
「諸悪の根源を滅ぼせ!」
「悪に正義の鉄槌を!」

 剣が・槍が・戟が一斉にぶつかり合う。
 陣も戦術も無く、ただお互いの主への忠誠心がぶつかり合う。
 刎ねとんでいく多くの首、鮮血の花を咲かせていく血飛沫、断末魔と雄叫びが攻防を生み散らす。
 内臓を地面に撒き散らす者・腕などの五体を切り落とされる者・一刀の下に身体を両断される者。
 戦局は猛将を何人も抱える太公望軍が有利だが、四宝剣の前では全てが簡単に書き換えられてしまう。

 そしてその矛先は今だ太公望へと向けられている。


「痛み無く肉体だけを消しましょう」


 ―――詰みだった

 愛紗達の武器は、白装束達の肉体の壁に阻まれてしまい届かない。
 彼らは二人で一人を打つ戦術を……仲間が斬られた際に生まれる隙を突く捨石戦術を敢行しているからだ。
 愛紗達のように全ての兵士が万能でも強力でも無い、斬れば・突けば自然と隙が生まれてそこを突かれる。
 壁となる太公望軍の兵士が一人、また一人と討ち取られ、敵の突破を許していく。


「……護る」

 太公望へと迫る武具を一閃の下に全て弾き飛ばし、その強靭な力を見せ付ける恋ですら防げない。
 大振りによる一撃必殺を主流とする恋の隙は、敵を弾き飛ばしたり殺す事で消しているのだ。
 だが斬り捨てる死体が視界を塞ぎ、そこから次々と敵の刃が現れて恋自身に襲い掛かるのだ。

「嫌な戦術やな!」
「見ていて反吐が出る!」

 恋に迫る攻撃を懸命に防ぐ張遼と華雄、この二人の実力を持ってしても押されてしまう。
 張遼には恋の様に一撃で敵の武器を砕く力は無く、華雄には恋ほどの咄嗟の反応が出来る訳では無い。
 三人が三人でお互いの隙を埋め合うとしても、少しずつ愛紗達の壁をすり抜ける敵の数が増えてくる。
 そうなれば必然的に襲い掛かる・防がねばならない敵の攻撃が多くなり、疲労が溜まっていく。

「―――終わりです」

 『道標』が四宝剣を振りかざす。
 太公望の心の中で、死の幻想が生まれるが……



「ブルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」



 この世の生物かと疑いたくなるような奇声の雄叫びによって、強制的に現実へと引き戻される。
 何かが落下してくる際の風きり音に気付いて『道標』が四宝剣の矛先を変えて時には、巨大な岩が眼前に迫っていた。

「おのれッ!」

 四宝剣の力を使って岩を消し飛ばすが、その岩の陰に既に二発目の大岩が現れており、彼女に襲い掛かるが咄嗟に避ける。
 だが今の太公望にはそれだけで救いであり、またその大岩が白装束の大半を押し潰し鮮血を地面に撒き散らせる。

「太公望様! 左慈! こちらの仕事は完遂しましたよ!」

「干吉! なんでお前までいるんだ貂蝉ッ!」

 左慈が驚いたのも当然であろう。
 干吉の操る馬車に並列して”走る”巨漢の姿は、ヒモパン一丁と言う変体ぶりなのだから。
 しかも体つきは筋肉ムキムキのマッチョであり、小麦よりも更に焼けている身体は日光に反射している。

「『道標』様! 空間移動による援軍を断たれました!」
「ここでこれ以上我等の姿を晒すして貴方様の本懐が!」

 ここで貂蝉と干吉の呪術が『道標』の兵士達を折った。
 何処からとも無く大岩を取り出して投げてくる一撃で、確実に自分達が討たれていく。
 しかもその大岩が壁となって彼らの突撃そのものを防がれ、乱戦の最中でも正確に放たれる矢が脅威となり始めていた。
 更に『道標』自身が軽いが負傷した……最初の大岩の一部に霊符が仕込まれていたのか、微かに彼女の頬を岩が切っていた。

「愛しい人、今日の所は引きましょう……しかし私は諦めませぬ!」

 空間がひび割れ、そこに穴が作られる。
 そしてそこへと一斉に撤退を始める『道標』と白装束を追撃するも、穴はすぐに消えてしまう。
 辺りには無数の死体が転がり、太公望は静かに戦死者達に黙祷を捧げたのち、すぐに干吉と話す。

「これはわざと助けられましたね、出なければあの宝貝の力でけされていたでしょう」
「じゃが無事でなにより……この馬車に?」
「そうよん! 私達が苦労して助けたんだから!」

 『道標』とは違った意味で全員が引いてしまう。
 失礼かも知れないがオカマ語であり、しかも鍛え上げられた身体を気色悪くもクネクネさせている。
 何人かの兵士は武器を構え、ある者は気絶しかけると言ったもはや行動が兵器とも思える威力だ。

「左慈様……知り合いなのですか?」
「あれでも一応俺達と同じ道士ッ!?」

 正体をバラそうとした左慈の額に小さな小石が飛来し、左慈の言葉を遮る。

「失礼ね! 確かに貴方の仲間だけど、アタシはただのしがない踊り子よん」
「お前みたいな踊り子を雇う奴の面を見てみたいくらいだ!」

 その言葉に、双方が戦闘体勢に入るが太公望の一言がそれを制する。

「……では」

 干吉が馬車から二人の少女を降ろす。
 その姿に驚く董卓軍の面々。

「月ッ! 詠ッ!」
「月ちゃん! 詠ちん!」
「………月、詠」

 それは太公望軍の兵士達にも知らされた彼女達の目的。
 どうしても救出しなければならない義妹が居るという事であり、太公望からも説得の末に了承された事。
 更に彼らは『道標』の存在を目の当たりにし、それこそが本当の敵と少しずつ認知し始めていた。
 たとえそれが認めたくない程の強さを持ち、自分達の信じた最強を一瞬でボロボロにした存在だしても。

「良かった? もう遅いわよ! 月の両親は……もう」

 ”殺された”
 それは彼女の口からは語られず、干吉が語り始めた。
 救出中に敵に見つかり、月と言う少女の両親は彼女の事を頼み……自ら囮になってしまった事。
 娘の為に自分の命を捨石にした両親、それを目の当たりにした彼女の眼は虚ろで悲しい。

「月は…月にはもう僕の声も届かない」

 あまりの衝撃によって、心が壊れてしまったと嘆く。
 いかに董卓の名前を持っているからと言ってもこの世界では、か弱い少女でしかないのだ。
 ましてやそんな少女が目の前で両親が自分の為に命を捨てて逝き、死ぬ様を見てしまったのだ。
 唯でさえ自分の所為で今回の戦が起こされたと思っている心に……その一撃は止めに等しい。

「そんな……それじゃあウチ等の努力は?」

「スマヌ……主等の怒りを買うぞ」

 落胆している面々を脇目に、太公望は左手で思いっきり月の頬を叩く。
 乾いた音が静かな場所に響き、少しだが外部からの衝撃に月が反応を示した。

「自分の所為で戦が起きたと思うならば…それはお主の筋違いよ、本当に悪いのはワシなのだ
  ワシの所為でこうなってしまっている、多くの死者を作り出してしまった……主に辛い目をさせてしまった
  怨むならばワシを怨め、だがワシは詫びぬ、償いで死した者達が返ってくることは無い」

 太公望の眼が、月の眼を見る。
 それは自分と同じ後悔や自責を抱えてしまい、壊れかけた眼。

「ワシがお主の分まで罪とやらを背負おう、償いが出来ぬならばワシは全てを背負って行こう
  お主には全ての責務をワシに押し付け、名を捨てて何処かで恋達と生きる事が出来る
  お主には罪は無い……全ての罪はワシにある……逃げよ、逃げて平穏に暮らせば良い」

 それは涙の出ない言葉だった。
 誰も責めず、誰も何も言わない……静かだった。

 そんな中……ただ一人


「……ご主人様―――貴方は何者なんですか、それとその子は今回の諸悪の根源なんですよ?」


 咄嗟に月を突き飛ばして遠ざけ、既に目前にまで迫った銀色の刀身を自分の脇腹で遮る。
 小さな音共に太公望の身体に激痛が走り、その刃の犯人を目視する。


「―――――― 朱里……?」


 緑色の帽子にリボンがトレードマークの彼女。
 その手には護身用にと渡していた小刀で自分を刺し、血か滴りながらも握り締めている姿が見えた。
 
 そして彼方より飛来する赤黒き剣が、太公望の身体を射抜いた。

 誰かが介入するよりも早く……それは介入した。


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■作者からのメッセージ
ボンド様
ご感想ありがとうございます
登場しました巨漢にして咆哮の主
あの時変化した女性と一応同じです
しかし奥さんの名前は馬秀英って言うのですね
教えて頂くまで『馬氏』の名前で通すところでした
しかし結局はこの世界に見え隠れする者として通してしまいました

春都様
ご感想ありがとうございます
でも後半でも王直属の軍師なので相当な給金を貰っていた筈です
公式サイトでも武吉の母の欄に高給と書かれているので
結果は外史が正史であった場合の存在
つまり根元から違う存在だったと言う訳です

兎月様
ご感想ありがとうございます
薪占い一つで小金持ち……でも自国の民からなので足し引きゼロです
答えは全く根元から異なる存在であり、太公望が知るのとは全くの別人
故に彼の勝利もまったくの別物と言うわけです

皆様
ご感想ありがとうございました
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