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長き刻を生きる 第十九話『幽州連合と不協和音』
作者:大空   2009/01/25(日) 16:09公開   ID:IHba4wVfSAY

 董卓軍が滅び、連合軍解散より早や数ヶ月の日々が経っている。
 太公望軍には今まで以上の志願兵が集まり、その戦力は総合して既に三万を越えているほど。
 だが前回の戦いでは名声しか得ることが出来ず、戦死者達の遺族の手当てなどで資金面は非常に心許無い。
 その為、近頃の太公望の生活は勤勉と言うべきか、サボる事の出来ない状況故に真面目で多忙な日々を送っていた。

「陳到、将軍の仕事にはもう慣れたか?」

 董卓軍との戦いでの功績と周囲からの推挙によって、鷹の眼の陳到は将軍へと昇格していた。
 特に太公望直属の騎馬隊からの将軍職への昇格の声が多く、その指揮能力や武術の評価も高い。

「はい、太公望様…これが兵士達からの嘆願書です」
「もっと男の雇用者を増やすべきかのぅ」

 陳到の働きは将軍職に就いてから更に眼を見張るものになっている。
 やはり人間で太公望軍では唯一の男性将軍と言うのが大きく、相談に来る兵士が多いのだ。
 男性ならば左慈や干吉が他にいるが、二人は道士であり重役である為、おいそれ不満を言える人物ではない。
 兵士からの嘆願書の内容の多くは【関羽将軍の訓練が凄すぎて厳しい】と言う新兵達の物である。

「やはり愛紗のか……」
「古参の人達は慣れれば平気と言ってますけど、前回の董卓軍との一件以来更に厳しくなってます」
「根性のない奴は戦場でも足引っ張るだけだ、逃げるなり斡旋所から畑仕事でも貰えば良い」

 執務室で現在書簡と格闘しているのは太公望・陳到・左慈の三名。
 左慈の大分書簡の処理が出来る様になり、時にはバッサリと嘆願書などを斬り捨てる冷酷さを持つ。
 だが逐一端から端まで嘆願書を太公望に通しているのでは、幾等優秀でも他の書簡に取り掛かれない。
 そうなれば農作物についてや匈奴(ふんぬ)を始めとしてた北方民族からの報告や嘆願書に手が付けられない。
 これは彼らとの同盟などによって戦力を維持している太公望軍には死活問題となりかねない。

「これも訓練に対しての奴だな…陳到、こいつも捨る」
「判りました……えっとこれは公孫賛様・馬騰様・劉虞(りゅうぐ)様からの書簡ですね」

 此処で今さらだが太公望達が居る幽州にはまだ数名の英傑が国を持っている。
 
 まず西幽州を治めるのが太公望。
 スバ抜けた軍略・政治・武術・人望を持ち、異民族との積極的な融和政策を自らの血を武器に行っている。
 その為、太公望軍の後ろには強力な草原の民がおり、今や万里の長城は彼らとの交易点なっている。
 だがいざとなれば草原に後退して戦力を整えると言った戦術や、彼らが居るという事実が多くの牽制を生む。

『望へ、こちらも少しずつだが戦力が整い始めてるし、少し癪だが劉虞との同盟も行っている
  お陰とはいえ烏丸(からすまる)からの侵攻がなくなったし、望達との同盟もあって蛮族の侵攻もない
  でも私の力不足か、まだ部下の一部や民には融和政策に対する不満が出てるんだ
  近いうちで良いから、こっちに来て少しでも、本当に少しでも良いから直接指導してくれないか?
  望の盟友・公孫賛こと白蓮より』

「流石に私達みたいに簡単にはいってないみたいですね」

 東幽州を治める公孫賛
 指導力・統率力・臣下からの信頼が厚く、白馬で構成された精鋭部隊と共に先陣を駆ける英傑。
 だが本人も自覚しているが、自身の才覚不足に困っており、やはり諸侯より少し秀でている程度。
 更に公孫賛自身は異民族征伐などで身分の低い妾(側室)の子供から、当主の座に上り詰めたやり手である。
 それがいきなり盟友からの願いとは言え、異民族との融和政策を進めるのには無理があるのだ。

「近いうちワシが赴き政治の指南が必要のようだ……やはり現地を見なければ話にならぬな」
「しかしそうなると書類が滞ってしまいます、出立するおつもりならばぜひとも片付けてからにしてください」

 書簡の整理時には干吉から『視力を落さない呪い』が掛かった眼鏡を愛用しており、頻繁に眼鏡に手を掛ける。
 はたから見れば彼は完全な文官派であるが、彼も自分の武術一つで将軍に上り詰めた男である。
 そんな彼の存在は古参や野心の大きい兵達にとって出世の期待であり、自分達も出来るかもしれない希望の星。
 その為、少しずつたが彼の重用は兵士間で『能力重視』と思われる傾向が増えつつある。
 だがそこに『仁義』と言った心の能力が問われる事に気付けない兵士が多く、時折イザコザを起こしてしまう始末。
 これらの騒動の鎮圧にも労力が必要であり、兵士達の統率力や団結の強化策が練られている現状があるのだ。


「こら太公望! 今日は劉虞が同盟の為に来るって知ってるだろ!」

「詠ちゃんご主人様に失礼だよ」


 華雄の義妹として太公望軍の下にいる月と詠。
 月は侍従として館で仕事を持っており、彼女の作るお茶の旨さは天下一品と侍従間では有名。
 また元々小柄で何処か危なっかしい彼女に世話を焼く人間は多く、いつのまにか護られる立場に。
 本人はそのお礼にとお茶を入れたり、懸命に仕事を覚えてこれをしっかりとこなしていく為、周囲からの信頼も大きい。
 人柄などもあっていつのまにか太公望軍の人気者の一人であり、少しずつだが感情も取り戻しつつあった。

「華賈(かか)ちゃん、華夜(かよ)ちゃんの言う通りだ」

 華賈は詠の偽名・華夜は月の偽名であり、董卓だと知るのは極々僅かの者だけである。

「軽々しく”ちゃん”づけするな!」
「前”さん”で呼んだ時は『余所余所しすぎる』って怒ったのは何処の誰かな?」
「くっ……この似非眼鏡!」

 ドスッと陳到の心に言葉の大剣が突き刺さる。
 彼自身は眼鏡を掛ける事を気に入っており、掛けている自分を見た際に『知的な俺も良いかな?』と自賛していた。
 そんな理由からか眼鏡に関する一撃は彼に取って急所であり、口喧嘩でそれを出されてすぐに負けてしまう始末である。

「おぉそうであったな、劉虞との同盟が完成すれば事実上の幽州連合が完成する」

 劉虞は”劉”の名が示すとおり、王朝の血筋の一人であり、幽州北東を統治している英傑。
 烏丸と言う異民族との積極的な融和政策で人望を掴んでおり、文武両道の名君として君臨している。
 その強さは彼に対して反乱軍が結成された際に、彼が出陣したと言う情報だけで反乱軍が崩壊してしまった程。
 公孫賛とは異民族に対する方針等で敵対関係にあるが、今回の太公望の口添えで同盟が完成した。
 太公望軍同様に異民族との連合軍を作っており、その強さは白馬隊に匹敵する程までとも謳われる。

「……幾等”袁”の当主が無能でも、配下までは無能とは限らない、更に侵攻の支度もしてる
  少なく見積もっても八万の大軍勢に対抗するには幽州が一丸となって戦うしかない
  でも幽州が一丸となっても恐らく兵力は七万前後までしか集まらない、この一万をどう埋めるかに掛かってる」

「流石は新たな眼鏡チビ軍師、勉強してるみたいだな」

 詠は当初は侍従の仕事に就いていたが、持ち前の不幸ぶりで一週間で犠牲になった備品の数は計り知れず。
 だが侍従達の仕事を誰にどう割り振るか、と言った計画関係に関しては誰もが感嘆の声を挙げるほどの巧妙ぶり。
 そこで太公望の下で数週間勉強し(実際はやっていない)、その才能を開花させ(開花した事になっている)今では軍師補佐と言う役職に就いている。
 何よりもその計画性の高さでその日の訓練や盗賊退治の兵の編成に携わる新たな軍師として鎮座している。

「……胸は朱里よりはあるわ」
「詠ちゃん……それは私にも言ってるの?」
「ちっ違うよ! 確かに僕の胸は大きいほうだけど月だって大きいって!」

 月の一言に大慌てで訂正をし始める詠。
 詠は月には勝てないと言う図式はもはや公認であり、二人のやりとりに癒される者は数知れず。

「ハハハッ! 劉虞が来るまでに馬騰からの書簡を読んでおくか……」

『我が親愛なる娘婿殿へ
  貴殿の干吉とやらの伝令通り、涼州より民や配下を連れ現在は匈奴の地を通ってそちらに向っておる
  もし貴殿の情報がなければワシ等は今頃曹操の奇襲の餌食となっておるのは間違いない
  馬一族と配下や民を代表して、次に会う時に礼を言わせて欲しい
  ところで貴殿は何時まで妻を持たぬつもりなのだ?
  もし当てがないのならばワシから愛娘を差し出そう
  本人には悪いが政略結婚と言った型式になるが、貴殿ならば必ず幸せに……
  (文章がつぶれてしまっている)
  ともかく、太公望殿の盟友・馬騰より』

 書いている所を見つかったのか、一部の文章が字が乱れたり潰されてしまっている。
 しかし馬騰の言うとおり、太公望は一切妻を迎えていないが、本来ならば結婚していてもおかしくわない。
 特に同盟関係を結ぶ際には相手と自分の子供を人質として交換したり、妻を迎えたりして血縁を持つものだ。
 だが太公望はそれらを一切拒否しており、代わりに兵・食料・土地を対価に盟約を結んでいる。
 これは異端と言うか妙としか言えない政治手腕である。

「太公望様はご結婚はなさらぬので?」
「仙人の寿命は長く、子供で非常に出来にくい……相手を不幸にするだけの結婚など性分にあわぬ」

 吐き捨てるように理由を述べて劉虞が待つ部屋へと向う。
 その際の作り笑いは見るだけで痛々しいモノがあった。


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 館に急造して作らせた謁見室。
 流石にいつまでも会議の場が執務室ではいけないとの指摘によって作られた部屋であり、他の部屋よりも豪勢である。
 家具に関しても出来る限り豪勢なモノで構成されており、いざと言う時の突入に関しても配慮された造り。
 その部屋に置かれている円卓で向き合うように座っている二人の男が居る。
 外にはお互いの護衛の兵士が待機し、双方とも即座に割り込めるように臨戦態勢である。

「お初目にかかる、太公望軍大将であり西幽州太守の太公望だ」
「こちらこそ、劉虞軍大将・北東幽州太守の劉虞だ」

 太公望は劉虞の姿に驚きを隠せなかった。
 劉虞の姿はまさしく殷の王として君臨していた男……紂王そのものなのだから。
 背格好・顔立ちも整っており・黒く短く切られている髪にすら思わず見惚れてしまう程の美しさがある。
 
 紂王……殷の国王であり並ぶものなき軍師聞仲と武成王黄飛虎の二名を筆頭とした配下を持つ者。
 妖魔によって狂わされる前は二人を始めとした優れた将官達の補佐と共に賢君として国を支えた王。
 しかし狂わされた後の諸行はまさに悪行の限りを尽くしに尽くし、太公望と武王達の手によって滅ぼされた王。
 太公望にとっては因縁深い相手であり、おもわず紂王と呼びそうになったのを押し止めた。

 うっかり紂王と呼んでしまえば、場がどう転ぶかが判らないからだ。

「端的に言わせて貰うが、袁はワシ等を攻め滅ぼす心積りよ、ワシ等の戦力だけでは恐らく対抗するにはもう一押したりぬ
  お主が”劉”の名を持っていようとワシはお主を醜い政治の場に引きずり挙げようなどとは考えておらぬ
  ただ幽州を護り生き抜く為に共に手を携えてゆきたいと考えておる」

「……私も袁紹からの同盟の願いを断りたいと考えていた
  烏丸の民や我国の民も良い噂を聞かぬ袁紹よりも貴方に付くと言う意見が大多数だ
  だが敵の兵力はおそらく十万の大軍勢、対するこちらは連合しても八万前後が限界
  正直な所だが兵力差を前に縮こまっている臣下がいない訳では無い……勝てるのか
  十万を超える袁の大軍勢に……私達幽州連合が?」

 既に両者は同盟を了承した。
 だが問題はやはり圧倒的な兵力差、こればかりは・これこそが袁の最大の武器と言えるモノだ。
 兵法の大前提は『まず相手よりも多くの兵力』であり、それが既に負けてしまっているのだ。
 文や軍に通ずる者ならば正直に言えば袁紹軍に降伏するのが得策と言うのが当たり前である。

 ここで太公望は切り札をキル。


「安心せよ、既に馬騰軍がこちらへと向っておる」


 それは周辺諸国には馬騰死亡説が濃厚とされる現状での切り返しに他ならない。
 既に諸侯には魏軍が馬騰軍の占領地、涼州を攻め落としたと言う報告が飛び交っている。
 屈強な、かの馬騰を破ったと魏軍は更に名声を高めていたが、これは魏の謀略に他ならない。

「こちらの諜報員が既に魏の侵攻を知り、即座に馬騰達にこの事を伝え草原経由でこちらに向わせておる
  恐らく討たれたと言うのは影武者の類だろうが、かの涼州を攻め落としたと言う事実を使わぬ手はない
  故に馬騰の死体が影武者と承知済みで流言を流し、魏は目先の名声に飛びついたのだ
  袁紹との戦いで馬騰が帰って来たと知った時の諸侯の顔が眼に浮ぶわ」

 それに劉虞は恐れと呆れを抱く。
 幽州から涼州までの距離は相当なモノであり、そんな位置にまで諜報員を飛ばしなおかつ統率が取られている。
 そしてそれが結果として袁紹への切り札となり、ひいては幽州連合の最大の援軍と化すであろう事。
 これはどの諸侯よりも諜報員の優れた太公望軍だからこその所業であり、袁紹の敗北が見え始める。

「……盟友太公望殿、貴方は私の思っていた以上のやり手のようですね」

 劉虞曰く―――天の御遣いの名は太公望
      ―――軍略は天を征し
      ―――知略は地を覆い
      ―――人望は英傑を骨抜きに
      ―――武術は真の無双

 ここまで褒められると逆に気分が悪くなるだろう。
 されどこれ程まで称えられる人物が太守であり盟主を務める幽州連合。
 ここに更に馬騰軍一万前後が加われば兵力でも対等になれ、将官の質ではこちらが圧勝。

 勝機が見えてきたのだ。

「ならば劉虞よ……共に戦ってくれるかの?」

「無論だ、あの名ばかりの名家に思い知らせるとしよう」

 二人は小刀を取り出し、自身の右手の親指の腹を少しだけ切る。
 滲み始めた血を腹全体に伸ばし、円卓に置かれていた同盟の書類にその親指を押す。
 血による盟約がここに作られ、合言葉は。


「「我等幽州の民の為に」」


 幽州を束ねる三つの英傑が今ここに手を結ぶ。
 盟主は太公望・それに公孫賛と劉虞が続く形である。

「国に帰ったら良い酒が飲めそうだ」
「ワシは財布が寂しくとてもそのような物は飲めぬよ」
「どうやら貴方の臣下達は随分とお強いようですな」

 二人の太守の微かな笑い声がした。
 それは幽州の明日を護る明るい声だったと言う。


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 それは太公望達が同盟結成会議をしていた頃の呉国であった。

(お姉ちゃんも周喩も……どうしていつもあんなにギスギスしてるの!)

 呉国の三姉妹の末っ子である孫尚香は、次姉と長女であった姉の腹心とも言える周喩の不仲に痺れを切らした。
 呉国のこの両者の不仲は有名であり、今にも崩れてもおかしくない現状を懸命に支えている人間達の尽力。
 彼らのお陰で呉国は今だ大国として君臨しているが、崩壊してしまえばどうなるかなど判らない。


「小蓮(しゃおれん)……何処に行くつもりだい?」


 突然自身の後ろから声を掛けられ驚く孫尚香こと小蓮。
 全身をビクつかせるのには、その声の主故である。

「……太史慈…なんで一番見つかったらいけない人に見つかるのよ」

「ほぅ? それは聞き捨てならない一言だなシャオ?」

 太史慈、亡き先王孫策のもう一人の腹心であり彼女の”男”であった程の重鎮の一人。
 まだ孫策が無名であった頃に一騎打ちで死闘を繰り広げ、その武術を認められ彼女の配下となった男。
 弓の扱いは呉最強とも名高く、目の前の孫尚香に弓のイロハを叩き込んだのも彼である。
 長身美麗の背格好に蒼く長く伸びた髪、されど引き締まった身体に纏う鎧もまた彼の美麗を際立たせている。

「ちょっちょっと出かけてくるだけだよ」
「……ちょっとのお出かけにそんなに荷物はいらないと思うのは俺だけか?」

 シャオが整えている荷物の量は明らかに遠出の心積りである事は明白。
 それなのに義兄になるかも知れなかった人物に対してまで嘘をつくと言うのは、少し妙であろう。
 そこに弓将と言う武で培われた勘の鋭さが光る。

「……太公望の所に行くつもりなんだな」

 シャオがまた一度身体を震わせる。
 図星…完全に読みあてられていたのだ。

「周喩の話ではもはや人外と呼ぶのが当たり前だと言っていた
  幾等良い噂があるとは言え、全てが真実とは限らない
  ましてや道士を二人も抱え込んでいるんだ……危険すぎる」

「でも姉様の死に方はもう呪術による呪い以外のなんでもないって言ったのは……史慈なんだよ?
  姉様が死んだ時に一番泣きたかったのは史慈なのに、史慈は全然泣かなかったけど
  本当は史慈だって……史慈兄様だって太公望の所に行きたいのに、皆がそうさせてくれないから!
  だからシャオが代わりに! …代わりに……代わりに」

 太史慈は視線を伏せてしまう。


『史慈……私はもうダメね』
『何言ってるんだ! すぐに病気も治る! 孫呉の天下を…君の天下を!』
『だからね史慈、蓮華(れんふぁ)と小蓮……冥琳(めいりん)をお願い』
『…判った……判ったから…早く元気なってくれ、天下を取ったら俺は君に』
『お互い…………こう言う事には勇気が無かったわね』


 それは太史慈が最愛の孫策と交わした約束。
 その約束があるから彼は孫権と周喩の両者の仲が壊れてしまわないように、粉骨砕身の献身をしている。
 他にも陸遜と言った協力者のおかげもあるが、重鎮たる太史慈の尽力は今の呉を支える柱そのもの。
 彼が迂闊に外に出ようモノならば旧孫策派が一体何をするか判らない。
 だから彼は呉を出る事も出来ず、不仲の二人をとにかく取り持つ為に居るしかなかった。

「情け無い義兄だな…気をつけて行ってくるんだよ?」

 伏せていた視線を元に戻し、シャオに懐に入っていた全ての金銭……少なくとも幽州までの遠出は不安なく行ける値を渡す。
 それは本当は自身が太公望に逢いに行く為にコツコツと貯蓄していた金銭であり、惜しむ事無く渡す。


「行ってきます!」


 涙を流していた眼を擦り、いつもの元気良い笑顔をしながらはシャオは優秀な護衛と共に呉を後にする。

 そして当の太史慈はこれが後の呉を救う起源となる事を知る由もない。

「良いんでか〜〜行かせちゃって?」
「陸遜か、いつからそこに居た」

 巨大な果実を二つ胸元に下げている呉の軍師の一人、陸遜。
 唯でさえ大きな果実を下げているのに、それに更に胸元を前回にしている服装は男には必殺の色気を持つ。
 だが既に太史慈は義妹に見せていた優しい目ではなく、戦場で見せる鋭く全てを射抜く弓将の眼で陸遜を見る。
 同じ中立の立場でも、陸遜は周喩の弟子であり、孫権とも絶妙な距離を取り続けている人物だ。
 呉を支える軍師二人が敵に廻れば、恐らく新孫権派は政治面の方向から追い詰められてしまう。

「小蓮様が泣きじゃくっていた頃ですね」
「どうする? 姫様を敵下に送り出した戦犯として叩き出すか?」

 これを口実に太史慈を追い出す事は可能である。
 特に太公望は連合軍に見せたあの殺気によって、あの戦列に参戦していた人間達の評価は最悪である。
 更に道士二人を抱え込んでいるのも追い討ちであり、旧孫策派の人間には太公望を犯人と決め付けている者まで居る始末。
 
 しかしこれらの声を沈静化させるのも太史慈を長とした中立派の仕事である。

 新孫権派には、太公望が仙人と言う事に眼を付けて、同盟関係を求める声が多く大きい。
 やはり良すぎる噂とそれを裏付けるだけの連合軍での活躍を眼にした者達には、戦いたくないと言う声が多いのだ。
 
 これこそが両派の最大の対立要因。


 ―――旧孫策派は積極的な侵略


 ―――新孫権派は専守防衛


 もし孫策が存命ならば、孫策が外を攻め・留守の中を孫権が護り抜くと言う黄金図が完成していただろう。
 されどそれを天命は許しはしなかった。

「何言ってるんですか、太史慈様がいないと呉が壊れてしまいますよ」

「もっと中立に抱き込む必要がある……護り抜くさ呉も、皆もな」

 そう言って太史慈は笑顔で宮廷の一角へと消えていった。

 ―――自身が呉の未来を変えた事を知らずに

 ―――それがいつか呉の全てを救う事になると知らずに

 一人の弓将は上機嫌のまま宮廷を歩くのだった。


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■作者からのメッセージ
ボンド様
ご感想ありがとうざいます
小説は最後まで書ききる事が大切ですよね
おそらく南華老仙は敵最大のやり手です
なぜならば記憶改竄から一時的な時間停止まで出来てしまいますから
もうモロバレしょうね、言わないだけで
卑弥呼は出てきません
これはあくまで無印の世界で、真の世界ではございません
出したくても出せない、と言うか出すと自分の負荷が凄まじいので
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