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長き刻を生きる 第二十話『麒麟・応龍・白虎・強者との邂逅』
作者:大空   2009/01/28(水) 14:16公開   ID:MNczJfH1SQI

 孫尚香こと小蓮は、優秀な護衛である白虎と共に幽州の琢群にまでやって来ていた。
 幸い太史慈から貰ったお金ののおかげで路銀に困る事はなかったが、自分の方が問題だった。

「……なんで、こんなに蛮族が居るのに皆平然としてられるの」

 それは内陸出身であり教養として北方蛮族の脅威を聞き続けていた人間には理解し難い風景であろう。
 数多モノ大陸の支配者や覇者・王者達が怯え苦しんだ元凶たる者達が、平然と街に溶け込んでいる。
 市場には彼らの放牧からもたらされた料理や商品が並び、酒を飲み交わしたりして笑い合っている。

「確かに劉虞とか言う人や太公望が蛮族に対して積極的に融和政策してるとは聞いたけど」

 呉国の人間、特に文官の一部には「この両者の存在が私達を護っているのです」と大いに褒めてはいた。
 しかし北方からもっとも遠い国【呉】において彼ら騎馬の蛮族の力は理解出来ないが、海の蛮族の力は知っている。
 その力は下手な水軍よりも遥かに熟練された統率などを持ち、あっという間に沿岸の街や村を飲み込み侵略していく。
 【呉】の水軍は彼らのような蛮族との日々の死闘によって生まれた産物とも言え、孫尚香は北方蛮族も同じ野蛮で非道な者達と信じていた。

 だが現実は違う。

 脅かされる筈の人達と一緒に酒を飲み交わし、料理を食べている。
 子供達は警邏(パトロールの事)の騎兵達から太公望達の武勇伝を聞いてはしゃいでいる。
 自分の国とは違い、兵と民が親しくて近い関係であり、商人達にも笑顔や活気が満ち溢れていた。

「お嬢さん、外からの旅行者かい?」
「へっ!? うん、ちょっと噂に聞く幽州を見に来たの」
「それは良い事だよ! 今までワシ等も蛮族に怯えていたのに、話してみれば酒も話も判る」

 突然孫尚香に話しかけてきた初老の老人は、意気揚々と幽州の事を語り始めた。
 蛮族と怯えていた人達の話、太公望の卓越した武勇伝、仁義や義侠に溢れたその配下達の話と他愛ない物だ。
 だが老人の眼は輝いており、黄巾族の乱で崩壊しかけていた時の悲惨な状況も語る。

「田畑は荒され、家屋き焼かれ、家族も友人も大勢死んだが……今の子供達や若者達は笑っておる
  犠牲すら飲み込み、懸命に民の事を想い、蛮族の者達とも積極的に和解していく道を作ってくだされる
  それだけではない、お付のお医者様が医学を積極的に広めさせて幽州の医学は数年先の物になった
  この老いぼれが今もこうして娘夫婦と孫達の笑顔と生活を見ていられるのも、全てあのお方のお陰
  お嬢さんも行く当てがないならばここに住むと良い、難民の為の家屋も数多く建てられておるからの」

 孫尚香は既に太公望を疑う心を挫かれていた。
 もし太公望が最愛の姉が呪い殺した人物ならば、女性である事を利用して殺すつもりでいた。
 
 だが老人の語るような愛され全てを支えている人物を殺せるのか?
 
 今となっては彼女の良心が殺す事を拒絶している。
 元々非道になる事の出来ない心優しい子に、人殺しは難しい。
 戦などや街や領地を荒す蛮族や賊徒相手にならば良心が痛む事無く弓を引けている。

「……会ってみたいな……太公望って人に」

 それは何の躊躇いもなく自然に零れた言葉だった。
 だが相手は太守……自分も正体を明かさねば軽々しくは会えない人物であり、そして自分の正体も明かしづらい。
 何の理由があって大国【呉】の姫である自分が太公望に会いに来たと言えば良いのか判らない。

「あのお方ならば多分河原で風を子守唄に寝ておられるだろう」
「本当?」
「あのお方とは以前釣りを共にしてな…美味い酒と共に釣った魚を頂いたのだが
  気さくでワシのような老いぼれにも何の隔たりもなく、まるで友人のように話してくだされる」

 老人は河原のどの辺りで出会ったのかを教え、何処かへ歩いていってしまう。
 孫尚香はお礼を言ったのち、隠れていた優秀な護衛である白い虎と合流して太公望が居るであろう河原へと向った。


「さて……これがどう転ぶか………見物だな」


 振り返った老人は微笑みながら一陣の風と共に姿を消す。
 もし左慈や干吉が居たならば間違いなく襲い掛かっていた存在。

 その名を南華老仙と言う。


===============================================


 爽やかな風が吹く河原に釣り糸を垂らす一人の男…名前を太公望と言う。
 幽州連合の盟主を務め、琢群に滞在する卓越した才覚を有す天よりの来訪者。
 今現在は政務から解き放たれ、久々の休暇を満喫し、ただ流れる風と獲物の掛からない釣り糸を眺めている。


「―――獲物は釣れましたかな?」


 孫尚香が丁度姿を見つけた時である。
 一人の女性、白く美しい着物に蝶の絵があしらわれた物を着て、手には一本の長い槍を持つ。
 太公望は振り返ることもせず、ただ風を身体に受けている。


「―――星と言う女子が釣れた」

「……これは一本獲られましたな、主殿」


 太公望が釣り糸を引き上げるが、その針は真っ直ぐ伸びていて獲物はどう頑張っても掛からない物。
 彼は魚を釣るのではなく、人間と言う大物を釣り上げていたのだ。
 ただ風を友として一日をゆっくりゆったりと過ごす無意味にも思える静かな時間を、過ごしていた。

「随分と遠くに行ってしまいましたな……今や無双とも謳われるお方になってしまった」
「風はまだ吹いておる、鳳は振り返らずとも数多モノ鳥達を導く風を知っておる
  ワシは鳳ではない……ワシは風…数多モノ者達の隣に居て導いていく一陣の風よ
  そこに居る者も、二人ではちと寂しい故に隣に座って他愛のない話をする気はないかの?」

 そう言って再び獲物の掛からない釣り糸を河に投げ飛ばす。
 星はその隣に腰掛けたが、内心ではとても不機嫌で少しムスッとしている。
 その不安の気配に気圧されて孫尚香は出ようかどうか迷った。

「そこのお前、せっかく主殿が誘ってくださったのだ…臆す事はない」

「……そう言うお姉さんが一番怖いから」

 虎と共にゆっくりと太公望の隣まで歩き、その左手に座り込む。
 太公望は右手に星・左手に孫尚香という二人の美女美少女を侍らせて釣りに興じる。
 何処かの愛の名の付く人物が見たら怒りのあまり、霊獣に昇華しかねない状況である事は明白。
 ましてやそれが”サボり”と言う彼なりの休暇ならば尚更の事である。

「人と言う太陽は、偉大であれば偉大であるほど…朽ちた時に大きな影となって残された者達を覆い隠してしまう
  お主はもっと明るく輝いていると思うが、どうやらお主にとって偉大であった人物は影となってしまったらしいの」

 白虎の身体を背もたれにして、太公望は体勢を楽にしていく。
 動物は人間以上にその正体に気付きやすいのか、太公望や星が身体を預ける事になんの行動も起こさない。
 だが孫尚香はそれ以上に自分が影を抱え込んでいると言われた事に驚いた。

「私はシャオって言うんですけど……凄くカッコ良くて皆からも頼られて誇りだった姉が死んでしまったんです
  それ以来、仲の良かった人達の仲が悪くなって、私も義兄ももう一人の姉もどんどん仲が……仲が……」

 シャオの眼から自然と涙が零れ始めた。
 幾等戦場で活躍し孫家の人間と言っても、彼女はまだまだ大人ではない。
 最愛の姉達が居て、皆の仲が良くて、いがみ合う事があっても御ふざけや笑い事程度の日々。
 楽しかった時間程、無くしてしまった時の反動は大きい。

 泣いているシャオの頭に、傷だらけの手の平が置かれる。

「泣ける事は良い事よ……ワシは妹を人狩りで亡くした時ですら泣けなかった、泣くのは弱いからだと
  だから泣く力を復讐につぎ込み、あらゆる死に対して泣く事ではなく立ち上がる事を選び抜いた
  だが泣く事は弱いからではない、その素直な気持ちを涙と一緒に伝えればきっと新しい日々が始まる
  姉の影を背負うのではなく、影を皆で手を取り合って、乗り越えてゆけば良いとワシは思う」


 ―――だから無理はするな


 優しく説得力のある言葉だった。
 声を押し殺しながらシャオは太公望の胸に顔を埋めて、泣いた。
 太公望は何も言わずにシャオを受け止め、頭を優しく撫でる。

 自分が妹に与えてあげられなかった兄としての優しさを……

「ずるいですな主殿」
「少し寒くなってきた…すまぬが寄せるぞ」

 そう言って少し強引に星を抱き寄せる。
 本人は突然で大胆な行動に驚きつつも、太公望の引き締まった肩に身体を預ける。
 シャオを撫でている傷だらけの手については何も言わず、ただ眼を閉じて身体を預ける。

「さて―――次は誰が釣れるかのう」

 誰にも聞えないほど微かな声でそう言う。
 彼に取ってこれは釣りである―――人と言う獲物を釣り上げる大勝負。
 現在二人。


===============================================


 シャオは泣き疲れて、星は至福の表情で寝息をたてていた。
 背もたれとされている白虎も自分の主が起きてしまわないように小さな寝息をたてている。

「ゴボッゴホッゴホッゴホッ!」

 太公望が咳き込む、口を塞ぐ手の平にベットリと付着する鉄の味をさせる赤色の液体。
 先の董卓軍との戦いで負った傷が原因か、悪化もしない変わりに完治もしない吐血症状。
 時折異様に痛むあの赤黒い刀身を持つ剣に貫かれた肩の傷は、今のところ隠し通せていた。

「南華老仙と言ったな……手強い奴だが……どちらも味方でもないか」

 幸い熟睡している二人は起きていない、素早く手の平の血を懐から取り出した布で拭き取る。
 症状を知っているのは左慈・干吉・貂蝉と専属医である雪の四名だけであり、喋るなと念を押してはいる。
 だがもし戦場でこんな症状を見せれば間違いなく味方に大きな影響を与え、士気を大きく減退させてしまう。
 強い人間はどんな些細な負傷や病状だけで味方を心配させてしまうモノなのだから。


「……よぉ太公望、サボった割には随分と悠長にしてるなぁ?」


 釣り糸を垂らしている太公望を後ろから殺気や嫉妬に満ちた眼で見ているのは、馬超。
 つい先日無事に太公望軍と合流した馬騰軍大将である馬騰の愛娘であり、錦馬超と恐れられる猛将。
 相変わらず馬騰は馬超を太公望に嫁がせたいらしく、合流してそうそうに


『同盟関係としてワシの愛娘との政略結婚をッ!?』
『何言ってんだよ! いやでも……太公望は男前だし』
『なら公孫賛軍からは私が同盟関係として望に嫁ぐ? そんな私じゃ……でも』

『もし彼女達を全員抱いているならば間違いなく好色君主として名を売るだろな』
『それよりもあそこで喧嘩している者達はどうすれば止められると思うかのぉ』


 と、政略結婚ウンヌンの騒動を起こしてくれた。
 その日は”ついに太公望様にも妻が!?”と随分と大騒ぎになってしまい、後始末に困らされたのだ。
 次々と妻として名乗りを挙げるは、お怒りの愛紗が愛紗ゴンなる霊獣になって大騒ぎになるはと……災難続き。

「だから騒ぎの元凶たる馬騰には今日の書簡処理を任せた訳よ」
「そんな理由じゃ関羽は絶対納得しないと思うぜ……もう逆鱗状態だしな」

 それを聞いて太公望の身体が震える。
 何故かいつも怒りの矛先は自分であり、何度愛紗の地獄のシゴキ相手をさせられた事か。
 だがそれが相手をして欲しいと言う想いの現われと見れば、太公望も耐える事が出来た。
 近頃連合の兵力調整や戦に向けての書簡処理で忙しく、以前ほど相手をしてやる事が出来なくなっていた。

「でもさ、もしお前が良ければアタシは妻になっても……」

「仙人の寿命は長く、子供も出来にくい…だから妻など娶らぬ」

 ―――ただ一人愛した人を除けば

 もう道を違えてしまって、その手で殺してしまった人。
 そして今は全く別の世界から自分の前に立ち塞がっている最大の敵。
 殺す事への躊躇いはない、だが殺す為の力量は圧倒的に不足している。


「翠(すい)も太平の世になって見つければ良い、政略結婚などワシには合わぬ」


 ―――沈黙。
 
 流石にそんな言葉に対して気軽に返事を出来る訳がない。
 気まずい沈黙を切り裂いたのは眠っていたシャオと星であった。

「もう夕刻だが、おはようと言っておくべきかの?」

「そうですな……おはようございます主殿」

「……おはよう」

 二人が目覚めた所為か、白虎も目覚めて巨体を起こす。
 釣り糸を手繰り寄せ、肩に乗せて帰宅の支度を進めていく、これ以上サボっては愛紗の説教だけではすまなくなってしまう。

「ところで彼女は?」
「アタシは馬超さ、よろしく」

 ぶっきら棒な返事。
 もう嫉妬などで固められているのが丸判りの言葉である。

「馬超って……でも馬騰軍は魏に討ち取られたって聞いたけど?」
「太公望の暗部の連中が事前に侵攻を察知してくれてな、一族郎党で大脱出って訳さ」

 それは旅で馬騰は魏軍に敗れて討ち取られたと言うのが広まったのが当たり前な現実を砕く真実。
 だがそれは同時に魏程の国が何故強引にも、馬騰を討ち取ったなどと言ったのかが判らない。
 影武者ならば涼州陥落の方だけでも充分なのに……曹操が目先の名声にこだわった訳とは?

「こちらは趙雲、以前は公孫賛の下で客将をしていた武人よ」

「今は主殿の槍だがな」

 星の雇用に関しては愛紗達の古参が実力を知っているから押し通せる。
 何よりも太公望自身が星が各地を回って身につけた実力を知りたい。
 次の決戦には一人でも”使える”将官が必要と自覚しているからこそ、星を欲した。

「ふーーーん、で…こっちの子は?」

「私はシャオ! 太公望のお嫁さんだよ!」

 ―――ビキッ!と音が入る。

 それは星と翠の青筋の浮ぶ音であり、その場に戦慄の走る音。
 太公望に至ってはもう両手で顔を覆いつくしている。
 悩みが尽きないからだ。


「……だってシャオの名前は孫尚香・真名は小蓮っていうんだもん
  私をここに置いておくのは決して無駄じゃないと思うけど?」


 シャオが切り札をキル。
 大国【呉】の姫君が目の前にいる。
 国許に置いておくだけで呉との有力なパイプとなってくれる。

「ほう、まさかかの姫君とは驚きだな」
「呉のお姫様がなんで此処にいるんだよ?」

「呉は望に対して意見が真っ二つに分かれてるの、私がここに居れば呉は攻めてこれないよ
  それどころか私をダシにしてお姉ちゃん……孫権とも直接話す事が出来るし
  大軍師と謳われる望ならきっと私をここに置いてくれる筈だよ」

 それは確かに美味しい限りである。
 【袁】を攻略した直後に呉や魏に攻められるのは、一撃で全滅させられるようなもの。
 だが呉と同盟を結び、大国へとのし上り魏を共同して討つなり、監視しし合えば良い。
 今目の前の少女は言わば幽州連合のもう一つの救世主。

 軍師として取る道は決まっている。


「嫁の件は置いとくとしても、孫尚香を此処に置いておくのは理にかなう
  特に袁紹を叩き潰した後すぐに同盟を結び魏の侵攻を遅らせる手が使えるのは行幸
  それに呉は保守的な孫権が収めておる、天下を二分して太平へと導くのも悪くはない」


 軍師としての冷静で冷酷な一面を覗かせる。
 凛としていて、何処か近寄りがたい雰囲気を宿し、普段の態度からは想像出来ないほど冷たい。
 されどその二つの違いが、多くの女性の心を射止め、連合盟主として君臨させている。
 既に孫尚香の眼は輝いていた。

「姫君と紹介すれば愛紗達も納得するだろう、だが近いうちに袁との決戦がある
  最悪の事態に備えて逃げる支度くらいはしておけ……責任は取れぬぞ」

「何を仰るか! 主殿ほどのお方が袁紹に遅れをとるなどありえませぬ!」

「まったくだ、父上も太公望が、アタシ達が勝つに決まってるって言ってたぞ」

 少なくとも太公望軍に属する者達は信じている。
 自分達には天の大軍師の加護と優秀な将官が揃い、勝ち戦となる事を。


「なら決まりだね! 私も望って呼ぶから、望はシャオって呼んでね!」


 そう言って満開の笑顔で太公望の片腕を取るシャオ。
 彼女の優秀な護衛たる白虎も、その巨体を太公望の身体に擦り付ける。

 ―――これが呉との始まり
 ―――踊らされたとも知らずに
 ―――少女は大切な人となる人物との出会いに微笑む


(これすら計画の……歴史の定めなのか)


 ―――ただ男は拭い去れない不安に怯えて
 ―――沈み逝く黄昏に想いを走らせる


「ご主人様……趙雲については判りますが……」


 フルフルと怒りに震える愛紗とその他一同の方々。
 ある者は女性関係に対して、ある者はサボった事に、ある者は書簡についてと。

「ご主人様! 何処行ってたんですか!?」
「アンタがいないと全然書類が片付かないのよ! 今日は寝させないわよ!」
「盟主としての自覚をもう少し持てないのか!」

 白蓮・朱里・詠達の軍師や文官と言った書簡と格闘していた人物達からは非難轟々。
 やはり太公望の処理能力は彼女達とは一画をなす差があると同時に、盟主たる彼が居なければ出来ない処理がある。
 忙しいその状況下で丸一日をサボったのだから当然の非難といえば当然であろう。

「それと顔合わせの為にこちらから二人の将を連れてきた、皇甫嵩(こほすう)・朱俊(しゅしゅん)だ」

 非難轟々の太公望に救いの手を差し伸べたのは劉虞。
 彼の両脇に従事している二人の武将の姿を見た時、太公望は咄嗟に太極図に手を伸ばしてしまう。
 だがそこに居るのはかつて一度は太公望を殺した人間と、国を賭けて死闘を繰り広げた者達ではない。
 あくまで似ているだけの人間である事を心に言い聞かせて、太極図から手を放す。
 その一連の動作と咄嗟に放った殺気にその場が静寂に包まれる。

「……どうした?」
「………昔世話になった者に似ておっての、身体が反応してしもうた」

 懸命に取り繕う太公望を、劉虞は心配そうに見る。
 咄嗟に攻撃などの姿勢を取ると言うことは、昔の世話とは恐らく殺し合い。
 そうでなければ温厚柔和にしか見えない太公望が咄嗟に戦士としての一面を覗かせる訳がない。
 劉虞の思考は恐らくこの場の誰よりも即座に現状を理解していた。


「紹介に預かる、皇甫嵩だ、元漢王朝軍左将軍に着任していた
  王朝の崩壊によって放浪していたのを劉虞様に拾われ将官として此処に居る」


 皇甫嵩、腐敗した官軍の中でも飛び抜けた武勇と有し、黄巾族本隊と戦いその三兄弟を討ち取った英雄。
 史実では董卓が朝廷を掌握した際に、周囲からの帝の擁護などを拒否して政治戦争を回避した人物である。
 それ故に『小事にこだわり過ぎて大事をし損ねる』と馬鹿にされ、禍根などをとにかく回避する事に専念した人物。
 だがその名と力は本物であり、かの董卓ですらその礼儀正しさを前に彼を殺すのを惜しんだと謳われた。
 無欲で礼儀正しく、腐敗してゆく王朝最後の希望の星とまで謳われていた男の姿は、かの聞仲そのひと。

 威厳と貫禄を宿す傷を宿した顔には、その傷を隠すかのように半分を仮面で覆い隠している。
 栗色の髪の間から覗かれる眼には威圧を放つ強き意志の光りを宿している。
 腰に下げている剣に太公望が攻勢に入った瞬間に手を掛けていた程の武術と反応力を持つ。


「同じく、朱俊、元漢王朝軍右将軍に着任していた
  義勇軍の頃から貴方のご活躍を耳にしていたが、思っていた以上に血気盛んですな
  皇甫と同じく王朝崩壊後に放浪していたのを劉虞様に救われ今は劉虞軍の将軍の一人さ」


 朱俊(俊は当て字)、皇甫嵩と共に腐敗した官軍の中でも武人として活躍した英雄。
 皇甫嵩の親友の一人として数多の戦場を共に駆け抜け、王朝からも重用され、数多モノ反乱を正攻法で黙らせた人物でもある。
 『若くして父を亡くし、母と共に絹を売りながら勉学を重ね、無欲で義理堅く、仁忠に溢れた人物』とまで謳われた人間。
 一説では自身と出自の似ている劉備と仲が良く、劉備の功績の一部は彼の物とも疑われた事もある。
 輝かしき義勇伝を持つその姿はかつて太公望を一度は殺した趙公明そのひと。

 金色の髪を風になびかせ、傷が目立つも整った顔つきでニコニコとしている。
 威圧感にどを伴わない感じを伴いながらも、手にしている斧の矛先を咄嗟に太公望に向けようとした程速い。
 だがそんな彼も数多モノ外史においては劉備と言う英傑を引き立てる為に犠牲とさせてしまった人物。 

「私の頼れる腹心だ、次の戦いでも必ず黄巾族を滅ぼした実力を示してくれる筈だ」

 腐敗していた官軍の中でもまともな二人であり、左右将軍に任命されたとあって、実力は本物。
 二人は当初劉虞こそ盟主にと率先していたが、当の劉虞が連合への参戦条件にそう言った事に関係させない事を名義。
 幾等二人でも肝心の君主がそう言うのではそれ以上言う事は出来ない、だからただ劉虞に付き従っている。

「劉虞様が盟主と謳うかの太公望の実力……直に見れるとは光栄だな」
「俺は義勇軍としての活躍を知ってるから、頼りにさせて貰うぜ」

 太公望は皮肉さのあまり微笑むが、それは彼が二人を信頼をしているからだと誰もが信じる。
 だが太公望は目の前の景色に皮肉さを感じていた。

 紂王の下に再び聞仲と黄飛虎が集い、戦場を駆け抜けていくのだ。

 姿はまったく同じだが、魂も名もまったく違う筈の者達が再び集うその景色。 
 太公望は何とも言えない気分を笑う事で、何とかしている。
 そしてきっと武王や文王と同じ姿の者達がいる事を信じて……儚い夢を見る。

 文王の下に自分を含めて多くの仲間達が居て、国を大きくしていく。

 平和な世を作り出し、何気ない一日を悠々と過ごしていく…そんな日々。

 もう叶う事のない遠くて遠くて―――儚い夢とも笑えない夢を。

「ご主人様……ところでこちらの子供は何ですか?」

「―――シャオは望のお嫁さんだよ」

 一切の説明をするよりも早く爆弾発言を炸裂させるシャオに、その場の空気が一気に冷え込む。

「ご主人様ッ!!」

「待て! これには深い訳が―――」

「こんな小さな子供を手篭めるなんて……望チンの人でなし!」

「霞! 面白半分で炊きつけるな! まて愛紗! 話せば判る!!」
 
 再び戦場と化す館に、太公望の鮮烈な悲鳴が木霊したのは言うまでもない。
 そしてその騒動をを眺める者達に笑顔が零れているのも言うまでもない。
 
 そして幽州連合は、袁との決戦へと挑む。

 それは天下泰平への足がかりの一戦。

 負ける事が許されない一戦へと世界は動く。

 操る者達の存在も知らずに……


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
向日葵様
初めまして、ご感想ありがとうございます
確かに、た・るで終わる文が多いのは確かです
気をつけないといけませんね…あと全開についても
太史慈は本当に有名なのに何故か出番が貰えない
知名度なら間違いなく他の将官より高い筈なのに

ソウシ様
ご感想ありがとうございます
あくまで彼は劉虞であり、外見が似ていると言うだけです
それに下手に暴走されると太公望とかがキレて何してかすか……
まぁ実際は美女を見て暴走する役柄の人は他に廻しているからなんですけど
それも何と袁紹軍の人物! 当時無名であった人物です
太史慈はかの天才君ですよ、髪の色なんかは完成版の表紙などを参考にしてます
鞭のお方は劉虞軍の将官の一人として登場しました

ボンド様
ご感想ありがとうございます
カラスマルではなくウガンですか……
彼女の世界は猛将達が女性であった世界であり、根本から違います
だから前倒しの計画もOKなのです、他にも理由はありますが
盟主の力量の見せ所以前にサボってしまいましたけどね
でもこの二人は異民族の方針で本当に殺し合った関係ですからね
馬と黄一族大脱走! モロに被らせていますよ
そして無事馬騰軍の合流・これで兵力に関しては互角となりました
シャオとの出会いすら南華老仙の計画の一つ……まだまだ戦力差は大きいです
あの掛け合いは爆笑のあまり腹筋が筋肉痛になってしまいました
妻を娶った瞬間に嫉妬の余り即座に四宝剣が唸りますね
まさに恐怖のヤンデレ、恋とはかくも恐ろしいものですね
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