作者:193
2009/01/25(日) 19:02公開
ID:4Sv5khNiT3.
クリスマスイヴに機を発した闇の書事件解決から一週間。
ようやく事態は、事件の後処理に入ろうかとしていた。
件の中心人物である少女たちも、限界近くにまで消耗した体力と精神力を回復させるため、二日間まるで死んだかのように深い眠りについていた。
管理局も本局の壊滅と言う事態は避けられたとはいえ、闇の書に襲撃されたことによる被害は決して軽いものではなかった。
負傷した一般局員、魔導師を含め二百名以上。次元航行艦十七隻が中破する事態となり、闇の書事件の真相を究明することよりも、本局の立て直しに悪戦苦闘する日々を過ごす結果となっていた。
決して人材が豊富とは言えない管理局の情勢に置いて、これだけの戦力の一時的損失は軽いものではない。
人はいなくても仕事はある。船が動かなくても事件は待ってくれない。
そうした中、動ける局員たちはそのすべてが休み返上で駆り出されると言う非常事態になっていた。
不足を補うため、臨時の職員を招集するのに二日。更に変更を余儀なくされた局員のシフト調整や、必要となる次元航行艦の修理、廃艦となる予定だった船を臨時徴収するなど、今回の責任を取って辞任を覚悟していたグレアムに取っても、ここ数年で一番忙しい時間だったと言える。
その頃、地球ではデビットもまた闇の書事件の事後処理と管理局との対外交渉の準備に追われていた。
事件のどさくさでデビットが管理局に要望したのは、闇の書事件の当事者達の処分に関する案件だ。
はやてと守護騎士たちの処遇に関して地球側にその権利を認めること、並び事件の重要参考人であるグレアムと拿捕してあるリーゼ姉妹の引き渡し要求だった。
同じく当事者であるアースラのスタッフについては、武装局員、クロノ共に質疑は済んでおり、後に管理局に引き渡されることが決まっていた。
艦長のリンディは、今回の件について管理局でも質疑応答が行われることが決定しており、恐らくそこで、なんらかの処分が下されることに関しては間違いない。
クロノたちの対応で追われ忙しくしていたシーンも、目の前に控えた管理局との対外交渉を前に、再度その要望書の内容を読み返していた。
「あのどさくさで、これだけの要望書をまとめて送ったことは賞賛しますけど……こんなの管理局が認めますか?」
シーンの言うことは、もっともだった。デビットも重々そのことは承知している。
管理局がまともな交渉など通じる組織ではないことを、今回の闇の書事件の対応、そしてジュエルシード事件など過去のことからも経験しているからだ。
そのことがデビットも分かっているのだろう。シーンのその質問に対し、首を振って答えた。
「無理だろう。これまでの管理局なら、グレアムのことは切り捨てにかかるかもしれないが――
はやてちゃんや守護騎士たちのことは管理局にとっても重要参考人だ。
しかもSランクの優秀な魔導師なのだろう? 抱き込みにくるに違いない」
「なら、何故? こんな一方的な要望書ではなく、折衷案も考えられたのでは?」
片方に不利益過ぎる内容では交渉は上手くまとまらない。それはシーンに言われずともデビットとて分かっていた。
今回のこの要望書に関しても、あくまでD.S.の計画に乗り、半ば脅しのような形で管理局に目を通させたものだ。
本当であればグレアムのことは見逃すか、はやてや守護騎士たちのことに関しても管理局に交渉の余地を残すべきではあった。
しかしデビットは先のことを考え、今回こうした強い姿勢に出ることを敢えて望んだ。
「話し合いと言うのはいつの時代も、互いが対等な立場でなければまとまるものもまとまらない。
争いが起こるのは交渉が上手く行かないからではなく、力で捻じ伏せるほうが楽だと相手に思わせてしまうことにあるのだよ」
「それって……」
「今回の件でD.S.が悪役を買ってでてくれたお陰で、管理局は嫌でも彼と彼のいるこの世界を軽視出来なくなった。
戦争をしても楽に勝てる相手ではない。痛みを伴うと言うことを相手に示せただけでも僥倖と見るべきだろう」
管理局のこれまでの態度は管理外世界だからと地球のことを見下していたことに由来する。
当然ながらそんな状況下でまともな交渉など出来るはずがない。デビットはそのことを苦々しく思っていた。
しかし、力を見せると言うことは示威行為に他ならない。
残念ながら次元世界全体に根を張るほどの巨大な組織を相手に戦争できるほどの国力を、日本はもちろん、国連をはじめとする地球全体でも保有していないだろう。
だからこそ、管理局との直接的な衝突は避けることこそ重要だった。
だが舐められたままの状態では、今後の管理局との付き合いの中で必ずいつか武力衝突は避けられない現実として訪れる。
その時、管理局に屈し管理世界の一部に加わるか、文明を廃退させるかは、この世界の住人次第と言うことになる。
ジュエルシード事件、闇の書事件、これらは問題の一部に過ぎない。
今後のことを考えれば、デビットは管理局に明確な立場を示すにはこのタイミングしかないと考えていた。
闇の書の防御プログラムの暴走、そして本局の襲撃。
D.S.に救われ、その圧倒的な力を見た多くの者は、今回の事件を深く心に刻みつけたことだろう。
今回のことを発端に、D.S.の存在を危険と判断される可能性は十分にある。
しかし、戦争とは必ず勝てると思ってやるものだ。負ける、痛みを伴うと知っていれば、その決断は限りなく重くなる。
今回、管理局の魔導師が総勢で当たり、どうすることも出来なかった相手に、D.S.は一人で挑み勝利した。
この事実は管理局にとっても、重い現実として圧し掛かるだろう。
「そう言うことですか……でも、そこまで先を読んでD.S.の行動を利用するなんて、やはりさすがです」
「利用か……」
「……どうしたんです?」
「いや、利用されたのはどちらかな? ――と思ってね」
あれほどの力を持っていた闇の書――
だが、被害はそのことを考えれば軽微と言っても差し支えないほど少ないものだった。
人的被害の結果だけを見れば、怪我をした者はいれど、死者など一人も出ていない。
防御プログラムが暴走していたと言うにも関わらず、少女たちが戦っていた時もほとんど反撃らしい反撃を見せず、本局襲撃の時ですら攻撃をものともせず進撃をしてはいたが、明確な攻撃の意思を見せようとしなかった。
防御プログラムに本気で戦う意思があったのなら、これだけの被害で済んでいたはずがない。デビットはそう読んでいた。
この考えが確かなら、自分達はたった一人の魔導師の手の平の上で、踊らされていたと言うことに他ならない。
この真実に気付いているいるものが果たしてどれほどいることか――デビットはそれを思って笑みを浮かべる。
「ククッ……D.S.か、本当におもしろい男だ」
突然笑い出すデビットを見て、シーンは怪訝な表情を浮かべる。
しかしデビットは、ここ最近で一番気分がよかった。
D.S.と言うおもしろい男と出会えたことに、運命の女神と言うのが本当にいるなら感謝してもいい。
そう、思うほどに――
次元を超えし魔人 第27話『新たなる門出』(AS編)
作者 193
はやてと守護騎士たちは家に戻らず、バニングスの屋敷にお世話になっていた。
世間的にここはもう、メタ=リカーナの在外公館と言う扱いになっている。
敷地を一歩入ればそこは日本ではなく、メタ=リカーナの領土だと言うことだ。
故に事件の中心人物である彼女達の身柄を保護すると言う名目で、事後処理が済むまではやてたちに屋敷に住むようにデビットは促した。
はやてたちも自分たちの立場を理解しているので、大きな抵抗はなく大人しくデビットの言葉に従っていた。
事件が終わった後、はやては守護騎士たちを連れ、真っ先にみんなの目の前で頭を下げた。
友達になってくれたアムラエル、なのは、フェイト、アリサ、すずか――
友達の少女たちだけでなく、お世話になった多くの人たちに迷惑をかける結果になってしまった。
守護騎士たちが勝手にやったことだと言えばそれまでだろう。
しかし、はやてにとって彼女達は、主に仕える騎士である以上に大切な家族でもあった。
家族の犯した罪は、家長である自分にも責任がある。
ましてや、守護騎士たちの行動の原因が自分にあったのであれば、それは自分にも大きな責任があると、はやてはみんなに謝罪した。
もちろん、謝罪した程度で許されるとは彼女も思っていない。
しかし、信じてくれた友達、心配してくれた人たちを騙していた気がして、はやては自分が許せなかったのだ。
だからけじめとして、そうした人たちにまずは自分の口で謝っておきたかったのだろう。
「バカね。わたしたち友達でしょ?」
アリサの言葉に頷く少女たち。守護騎士たちのやったことは確かに許されることではないのかも知れない。
だが、友達が泣いて謝っているのに、それを許さないなんて意固地になる者はこの中にいない。
怒りもすれば、喜びもする。悲しいこともあれば、嬉しいこともある。
それを分け合い、助け合うのが友達なんだと――
子供達は子供達なりに考え、仲直りをした。
「で……あれは、何をしてるの?」
「なのはとフェイトの訓練に、シグナムが付き合うって言ってアレだよ。
まったく戦闘バカどもが……」
アリサの疑問に、呆れた様子でヴィータが答える。
いつの間にか、なのはを交えた訓練は、フェイトとシグナムの一騎打ちに変わっていた。
屋敷の広大な敷地にある森を切り開いて作られた訓練場に、二人の戦闘を見ようと、アリサ、ヴィータ、はやて、すずか、それにハイキングシートを敷きお茶の用意をするシャマルと、燃費が良いとアルフに薦められた子犬の姿で横になるザフィーラ、同じく子犬モードですずかの膝の上に座るアルフの姿があった。
そんな少女たちから少し離れた訓練場のすぐ傍で、なのはは不満そうに二人の戦いを指を銜えて見ていた。
「ヴィータちゃん、なのはたちも――」
「やらねえ!! ぜってぇやらねーからな!!」
「……何も、そんなに嫌がらなくても」
なのはのスターライトブレイカーを間近で見てトラウマとなっていたヴィータは、なのはとの模擬戦を頑なに拒否していた。
海を蒸発させるほどの威力を見せた極大砲撃魔法。確かにあれを間近で見ればトラウマになるのも頷ける。
もっとも、あれはあの条件下であったが故に、あれほどの威力を見せることが出来たのだが、例えそう言う理由があったとしても、無慈悲な一撃を悪魔の如く振るうなのはを相手に、ヴィータは戦う気力などすでに失っていた。
しつこく食い下がるなのはと逃げるヴィータを見て、はやてはシャマルから受け取ったお茶を片手に苦笑を漏らす。
本当に平和だった。あれほどの事件があった後とは思えないほど穏やかな日常。
まだ監視下にあるとは言え、はやてと守護騎士たちの望んだ「家族一緒に平穏な日常を送る」と言う夢は、現実のものとして確かにここにあった。
「そう言えば……リインは?」
「今朝からずっとルーシェくんのところに行ってますよ?」
「そっか……彼にも世話になりっぱなしやな」
「ええ……」
誰から聞いたわけではない。
しかし、こうして自分が生きていられるのは、みんなが笑っていられるのは、D.S.のお陰だと言う確信がはやてにはあった。
D.S.はそのことを自分から話そうとしない。だが、リインフォースの状態を知れば知るほど、はやての中でそれは確証へと変わっていた。
守護騎士プログラムで動いてるシャマルたちと違い、リインフォースは夜天の魔導書の管制人格だ。
防御プログラムと表裏一体と言ってもいいリインフォースは、存在している限り再び防御プログラムを再構築してしまい、同じ結果をいつか引き起こす。
そうなってしまえば、再びはやての麻痺が進行するのも時間の問題ではあった。
当然ながら、リインフォースはその事態を危惧し、はやてを守るために自ら消滅することを望んだ。
だが、いつまで経っても、防御プログラムが再構築される前兆は現れなかった。
こんなことは今までなかった。主が生きている状態で防御プログラムが破壊されたこと事態、はじめてのことだったので絶対とは言えないが、光がないところに闇が生まれないように逆もまた然りだ。
管制人格と防御プログラムとは、夜天の魔導書に置いてそうした関係を維持している。
いつまでも前兆が現れないことを不思議に思ったリンフォースとはやては、同じ推測に達した。
あの戦いの最中、存在を感じることが出来なかった防御プログラムの気配。
管理局本局に転移していたと言っても、これは距離の問題ではない。
夜天の魔導書の管制人格であるリインフォースが、防御プログラムの存在を感じることが出来なかったこと事態が異常なことだった。
考えられることはただ一つ、誰にも出来なかった闇の書のプログラムの改変。
それを防御プログラムに取り込まれている僅かな間に、D.S.が行ったと見る方が自然だった。
「でもなんも言ってくれへんから……そこがルーシェくんのええとこなんやろけど」
「……はやてちゃん、まさか」
D.S.のことを話しながら嬉しそうに笑うはやてを見て、シャマルはあることに気付く。
それはフェイトやアリサがD.S.に向けているような、そんな淡い感情のように思えてならなかった。
はやての年齢を考えて、「まだ早い!」とシャマルは思いながらも、「でも、最近は進んでるって言うし……」と不安そうな声を上げて一人あたふたと動揺を見せる。
「みんなが好きになるのも分かるわ。でも……ライバル多いな」
はやてはそんなことを口にしながら――
目の前でそこら中に小さなクレータを作り、激戦を繰り広げるフェイトとシグナム。
それにまだ追い掛けっこをしている、なのはとヴィータ。
ザフィーラとアルフを抱きかかえて、談笑しながらブラシをかけるアリサとすずか。
彼女達を見て溜め息を吐く。
他にもアリシアやリニス、それにプレシア、カイやシーンと――
はやての知る限りでも、ほとんどの女性がD.S.に好感を持っていると言うことが分かっていた。
リインフォースはよく分からないが、最近はリニスの手伝いをしながらD.S.のところによく出入りしていると聞く。
恐らく防御プログラムの礼や、罪滅ぼしも兼ねているのだろうが、少なからずD.S.に惹かれているのは間違いないだろう。
そう考えれば、ヴィータ、シグナム、シャマルの三人も時間の問題ではないか――
と、はやては深く考えさせられていた。
「選り取りみどりやな。羨ましい……いやいや、まあさすがと言うか」
「はやてちゃん……?」
ブツブツと何やら不遜なことを口にするはやてを心配して、シャマルは冷や汗を流す。
別に女好きでそっちの趣味があると言うわけではないが、はやては大きな胸が大好きだった。
シグナムの胸や、リインフォースの胸は特にお気に入りで――最近では健康的なカイや、形のよいシーンの大きな胸も揉んでみたいと考えている。
その状況を考えれば、いつでも胸を揉み放題に思えるD.S.のポジションは、はやてにとって理想的な位置だった。
少し本音を漏らしながらも、自分もD.S.に惹かれていると言うことを、はやては自覚していた。
だが、これだけライバルが多いと、競争率も高そうだと現実的なことを考える。
「うん、でも……」
シートに大の字で寝そべって、はやてはいつものように広がる灰色の空を見た。
元は青空だったと言うが、はやては一度も本物の空を見たことがない。
だけど、空の色が変わったからと言って、そこにいる人々の暮らしや、考えまで変わるものではない。
そのことを、はやてはよく知っていた。例え見ているものが違っても、住んでいる場所が違っても――
人は皆、大切な何かを抱え、幸せを望んでいる。
ここには、はやてにとって望んでいた幸せのすべてがあった。
「シャマル、ありがとな」
「……はやてちゃん。はい」
はやての言葉に、優しく微笑むシャマル。
――ずっと続けばいい。そう思える日常がここにあった。
リーゼアリア、リーゼロッテ。
二人まとめてリーゼ姉妹と呼ばれる双子の猫の使い魔は、あれから時の庭園で扱き使われる毎日を送っていた。
処分が決まるまで預かってくれとデビットに頼まれたリニスは、「同族として、しっかり“再教育”してあげます」と笑顔でその提案を受け取った。
D.S.に怪しげな術式を施され、魔力の使用を著しく制限されている二人では逃げることも叶わず。
しかも眠っている間に解決したと言う、闇の書事件の内容を聞いて、二人は顔面蒼白となって膝をついた。
その話を聞いて、ここで自分たちが逃げ出せば更にグレアムの立場を悪くすると悟ってか、大人しくリニスの言うことも聞いていた。
もっともリニスの再教育とは半端ではない。それを聞いたフェイトは「うぅ……が、がんばってね」と、リーゼ姉妹によくない感情を持っていたにも関わらず、少し退いた様子で同情するような言葉を送ったくらいだ。
事実、それは地獄と言っても過言ではないほど辛いものだった。
言葉で表すことは難しいと思えるほどの徹底した更生教育。
ロッテばかりでなく、あのアリアも顔を青くして「もうしません……」と泣いて謝っていたほどだ。
「二人とも、それが終わったら食堂の掃除をお願いね」
「ええ――っ!? あそこを二人で全部!?」
時の庭園の食堂は、バニングス、月村重工から出向している研究員も利用するので広く作られている。
軽く二百人は同時に食事を取れる大食堂を「二人で掃除しろ」と言われたのだから、ロッテが悲鳴を上げるのも無理はない。
それでなくても今さっき、だだっ広い東廊下の掃除を終わらせて来たばかりなのだ。
管理局でもそこそこの地位にいた二人からすれば、こうした雑用を永遠と言いつけられる方が精神的にも堪えるものがあった。
「いや……なの?」
「イエ、ヤラセテイタダキマス」
「ロッテ……いい加減、諦めなさい」
リニスに睨まれ、顔を青くして片言の返事をするロッテ。そんなロッテを見て、モップを片手にアリアは溜め息を吐いた。
リニスのお仕置きがそれほど恐ろしかったのだろうか?
先程まで文句を言っていたにも関わらず一変して、ロッテは機敏な動きを見せる。
目尻に涙を溜めながら、懸命にモップ掛けをするロッテを見て、リニスは「やれやれ」と手を広げて見せた。
「リニス、D.S.はどこにいますか?」
「リイン? D.S.ならプレシアやアリシアと一緒にラボにいるはずよ」
「ありがとうございます」
リニスは後ろから声を掛けられ、無表情で淡々と話すリインフォースに苦笑を漏らす。
あれからリインフォースは、率先してD.S.の手伝いをするようになっていた。
リニスの仕事やプレシアの研究なども手伝ってくれるので助かっているが、それでも感情を余り面に出そうとしないリインフォースを見て、リニスはどうしたものかと少し心配していた。
他の守護騎士たちと違い、リインフォースの場合は他人と接触する機会にほとんど恵まれなかったため、感情に乏しいことが原因と考えられた。
感情がないと言う訳ではなく、表現することが不器用なのだ。
機械的に物事をこなすことは得意でも、感情の機微と言ったものに疎い。
それでも、ここ一週間で随分とよくなった方だとリニスは思う。
こちらに出入りするようになってから、アリシアがリインフォースのことを気に掛け、面倒を見るようになっていたのも大きな要因だとリニスは考えていた。
アリシアにしてみれば姉が出来たと言うより、もう一人、手のかかる妹が出来たと言うような感覚なのだろう。
「――リイン!!」
プレシアの研究室に着いたリインフォースを出迎えたのは、逸早く部屋に入ってきたリインフォースに気付いたアリシアだった。
アリシアは無邪気にリインフォースに駆け寄ると、「こっち」と手を引きD.S.とプレシアのいる奥までリインフォースを案内する。
案内された場所は足の踏み場がない状態で、無造作にたくさんの書物が積まれていた。
そのたくさんの本に囲まれ、D.S.とプレシアの二人が難しい顔をしながら何かを話し合っているのが見て分かる。
今やっている研究に関することだと言うのは分かったが、リインフォースでも詳しい内容までは分からなかった。
「ずっとこれなのよ……デバイス作成のことで、分からないところを聞こうと思ってたのに」
アリシアはそう言いながら、大きく溜め息を吐く。
リニスは最近ずっとリーゼ姉妹に係りきりになっているので、思うように質問する機会がなく――
かと言って、D.S.とプレシアもこうして自分の世界に入ってしまえば、周囲のことが見えなくなる。
技術者として“デバイスマスター”を目指すアリシアからすれば、少し困った現状だった。
環境的には凄く恵まれているというのは自分で分かっているが、その見本とすべき人たちがあまり見本になっていない。
よい技術者や魔導師が、よい講師とは限らない。この二人はその典型的なものと言ってもいいだろう。
リニスはそうでもないが、最近忙しそうにしているので、アリシアも余り無理をかけたくはなかった。
「わたしに分かる範囲でしたら、お教えしますよ」
「――本当!?」
リインフォースの思わぬ助け船に、目を輝かせて喜ぶアリシア。
二人ほど専門的ではないと言っても、リインフォースもかなり幅広い知識を持っていた。
リンカーコアを蒐集した者の魔力や能力を吸収し、自分のものとするレアスキル。
その管制人格であるリインフォースは当然ながら、夜天の魔導書が保有する知識、力を使うことが出来る。
はやても、こうした反則技のようなスキルがあるからこそ、ぶっつけ本番であれほどの魔法制御を行って見せたのだ。
もっとも、今のはやてではリインフォースの補助なく大きな魔法を使うことは難しい。
魔法を行使するために必要な魔力の運用技術や制御技術など、基本が何もないはやてはリインフォースに頼り切りになっているからだ。
「それじゃ、ここなんだけど――」
本を片手に身を乗り出して指をさすアリシア。
リインフォースはその本に目をやり、真剣に取り組むアリシアの質問に真面目に答えた。
アリシアが手にしてる本はデバイスの勉強としては中級に位置するものだが、この歳の少女が覚えようとするにはかなり難しいもののように思えた。
しかし、リインフォースの話を聞いて理解しているのか、次々に的確な答えを返し、疑問に思ったことを率直に尋ねてくる。
そこには、アリシアの頑張ろうと言う強い意志が現れていた。
「アリシア、分かりましたか?」
「うん! リイン、教え方が凄く上手だから助かっちゃった。
先生とか向いてるのかも知れないね」
「教師ですか。しかし、わたしは魔導書の管制プログラムですから……」
そう言おうとしたリインフォースを叱るように、アリシアは「めっ!」とその口元に指を押し当て言葉を遮った。
「リインはリインだよ。誰でもない。リインだけのやりたいことを見つけていいんだよ。
きっと、はやてだってそのことを望んでるはずだから」
「やりたいこと……」
「リインはなんでD.S.を手伝いたいと思ったの?
母さんの研究を手伝ったり、今だってわたしの勉強を見てくれたり、どうして?」
アリシアの話を聞いてリインフォースは考え込む。そんなことを考えたことがなかったからだ。
D.S.のことを手伝いたいと思ったのは、防御プログラムのことをまず聞きたいと言う思いがあったからだ。
しかし、D.S.は笑うだけで何も答えてくれなかった。プレシアは何かを知っているようだったが、それでも何も教えてくれない。
リインフォースは考えた。何も答えてくれないと言うことは、何かをしたと言うことなのだろうと結論付け、それがなんであれ、はやてを救ってくれたことに感謝した。
だから恩返しのつもりで、何かの役に立ちたいと考えて時の庭園に足を踏み入れた。
「なんだ。ちゃんと自分で考えて決めれてるじゃない。
それが今――リインがやりたいことなんだよね?」
アリシアの言葉はいつも心に届く。リインフォースはそんなことを思いながら、アリシアの話に耳を傾けた。
何かを手伝うといっても、リインフォースには明確に何をすればと言うのがなかった。
しかし、アリシアやリニスと接し、D.S.やプレシアの手伝いをしているうちに自分の中で、もっと役に立ちたいと言う思いが大きく膨らんでいたことは確かだ。
それはやはり――
はやてを大切に思うように、アリシアとリニスのこと、そしてD.S.やプレシアのことが好きなのだろう。
そんな風に考えるようになってきていた。
「――はい」
そうアリシアに返事をするリインフォースの表情は、いつになく素敵で優しい笑顔だった。
ただのプログラムではない。魔導書と言うただの道具でもない。
リインフォースを一人の人間として見てくれる優しい友人と、温かい家族に恵まれたことによる環境の変化が、彼女の心に大きな変化を与えたということは明らかだった。
無邪気に微笑むアリシアの手を取り、リインフォースは思う。
――多くのものを与えてくれたこの温かい手に、いつか自分は報いることが出来るのだろうか?
その願いはいつ叶うとも知れず、リインフォースは自分に向けられる温かい笑顔に、優しく微笑み返していた。
それから数日――
地球と管理局との交渉の下、解放されたアースラのスタッフは、一時管理局への出頭を命じられ――
リンディも本局での質疑応答に駆り出せれていた。
本題となっているのは言うまでもなく闇の書事件の詳細報告と、問題となっているアースラ捕縛の件、地球側から寄せられている侵犯行為や危険行為などのクレームに関する討議だ。
当然、リンディはそのことについて明確な態度を示し、アルカンシェルに置いても本局からの指示であったことを告げるが、討議の本題は最初からリンディやグレアムの処分をどうするかと言った話に絞られていた。
グレアムは現場上がりの魔導師であるため、執務官長から顧問官となってからも、管理局の黎明期を盛り上げた功績が称えられ、かの三提督に次ぐほど、その雄姿は多くの羨望を集めている。
そうしたことで局員から絶大な支持を集めている反面、管理局の中でも煙たがっている人物も多く、敵も多かった。
ここぞとばかりにグレアムの失脚を狙い、動きを見せる輩が現れることは想定されることだった。
そしてグレアムの子飼いと思われているリンディも例外ではない。
今回の闇の書事件に関する責任は、この二人に取らせると言うことで概ねの筋書きは完成していた。
「……リンディ」
「……レティ」
質疑を終えたリンディは、その足で身辺の整理をするためにアースラにある自分の執務室へと向かった。
その途中、廊下ですれ違った同僚、レティ・ロウランに出会い、困ったような笑顔を見せる。
レティは管理局の中でも数少ない、リンディが心の許せる同僚だった。
休みなどがあえば、お茶や買い物に一緒に出掛けることもある良き友達だ。
休憩室に立ち寄った二人は、飲み物を片手に何も言わず席へと腰をかける。
レティは管理局で人事を担当していることもあって、管理局の内部事情にも詳しかった。
当然、今回の闇の書事件に関することも聞き及んでいる。
本局が襲撃されたなどの事実は緘口令が敷かれているが、それでもあれだけの人間が現場に居合わせていたのだ。
情報規制するにしても、限度と言うものがあった。
一口、飲み物を口にすると、リンディは覚悟したかのように口を開いた。
「……何も聞かないの?」
「聞かれたくないでしょ? そう言う顔をしてるもの」
リンディの質問の答えにこんな言葉を返したのは、おそらくレティなりの気遣いだったのだろう。
親友がこうしたことになっていても、今の自分ではなんの力にもなれないことをレティは分かっていた。
それにリンディに会って見て、思ったよりも落ち込んでいないことに安心もしていたのだ。
どこか覚悟を決めたかのようなリンディを見て、レティは彼女の考えのほとんどを理解していたとも言える。
「後悔は……してないのよね?」
「ええ……レティ、地球もいいところよ。よかったら遊びに来てくれると嬉しいわ」
「そうね。考えておくわ」
グレアムは今回の件を受けて辞職。
身内から、しかも英雄視されている男が、犯罪に加担していたと言う事実は管理局からしてもよろしくない。
だから自主退職と言う処分に止められた。
リンディも今回の責任を取らされ解雇処分。その上で地球に引き渡されることが概ね決定している。
グレアムも事実上、ミッドチルダからの追放処分に違いないので、故郷である地球に帰ることは概ね予想されていた。
管理局にして見ても、辞めた人間のことまでは知らないと言ったことだろう。
あとは地球側で、どうとでもしてくれればいいと言う考えだったに違いない。
そのことをレティは知りながら、リンディにこんな質問をした。彼女の反応を知りたかったからだ。
アースラのメンバーは減俸処分などで済まされ、大きな罰則は取られていない。
今回の本局の襲撃に関しては表向きはなかったこととなっているのだから、それも無理はないだろう。
地球での違法行為に関しても、リンディが責任を取り解雇となることで、事実上の決着はついたことになっている。
結果だけを見れば、リンディだけが憂き目を食らったことになるが――
いくらリンディがSランクオーバーの優秀な魔導師であるとは言っても、彼女一人で今回の事件が片付くのであれば、管理局にとっても悪い話ではなかったからだ。
それを知っていても尚、笑って返事を返すリンディを見て、レティはそれ以上何も言おうとしなかった。
「リンディ、長い間……お疲れさま」
レティの最後の言葉に何も言わず、リンディは微笑むだけでその場を後にした。
それから管理局との交渉は、概ねデビットの予想通りのものと進んだ。
今まで頑な姿勢を取ってきた態度を一変。管理局は地球との交渉チームを編成し、対等な交渉関係で挑んできた。
その交渉役の代表として現れた管理局の重鎮。
時空管理局黎明期、管理局を盛り上げ今のシステムを作り上げるに至った功労者。
伝説の三提督の一人、ミゼット・クローベルだった。
それほどの人物が出てくるとは思っていなかっただけにデビットも驚かされたが、それだけ管理局が地球との関係を重視していると言うことが窺って取れた。
闇の書事件に関することは管理局の落ち度を認め、はやてたちに関しても事件の被害者であるとミゼットは明言して、今回の件で地球への不干渉を約束した。
しかし、こればかりでは管理局にばかりデメリットが目立つ。
そこはメタ=リカーナを主軸とした各国の連携により、管理局と協力した魔導師犯罪対策機関を地球に設立。
地球の治安維持や魔導師育成などに対し管理局に協力を要請する反面、管理局側が必要と認め、地球側が適当と認めたケースでは地球側の魔導師を派遣することなどが盛り込まれた。
今回の件で質量兵器やロストロギアを巡る討議は避けられたが、以前のような自分の主義ばかりを押し通すような悪質な関係にはならないだろうとデビットは結論付けた。
「油断ならない方でしたね」
「まったくだ。シーラさまも歳を食うとあんな感じになるのかね?」
「……言いつけますよ?」
「勘弁してくれ……」
シーンの言うとおり、ミゼットは油断ならない相手だとデビットも思った。
しかし油断ならないと言うことは、しっかりとした交渉をすれば話に応じる構えがあると言うことだ。
そうした意味でも、今回の件は大きな進歩だとデビットは思う。
そのことに関してはシーンも同意だった。
管理局との関係はようやくスタート地点に立ち、動き出したと言える。
この先、まったく諍いが起きないなどと言ったことを期待しているわけではないが――
管理世界、管理外世界だと壁を置かず、分け隔てなく接している子供達を見ると、未来に希望を抱きたくもなる。
デビットはそんな思いを抱きながら、愛する娘と少女たちの写真を胸に今日も頑張っていた。
……TO BE CONTINUED