作者:193
2009/01/24(土) 18:35公開
ID:4Sv5khNiT3.
「夜天の魔導書を呪われた“闇の書”と呼ばせたプログラム――闇の書の“闇”」
はやてが真剣な表情で空から見下ろす先には、その全貌を見せた闇の書の防御プログラムの姿があった。
海に浮かぶその巨躯を見て、はやては思う――
夜天の魔導書が闇の書と呼ばれるようになった元凶。数多なる命を食らい、人々に悲しみと恐怖を与え続けてきたプログラム。
その負の象徴は天使と言う最悪の力を手にし、そして自らを超える存在から感じた“はじめての恐怖”から、更なる力を貪欲なまでに欲し、抑えきれなくなった力に振り回され、せっかく手にしたはずの自我すら見失っていた。
叫びのような、唸りのような奇声を上げる防御プログラムを前に、はやては悲しそうな表情を浮かべる。
「ごめんな……」
リインフォースのように助けてあげることが出来なかった、もう一つの半身。
どれだけ狂っていようとあれは紛れもなく、はやてとリインフォース、夜天の魔導書の一部だった。
みんな一緒に――そう願っていても、どうしても助けることが出来ない、救えない命がある。
はやては手に持つ騎士杖シュベルトクロイツを、汗が滲むほど強く握り締めた。
闇により光を失った空。その空に雷光が迸る。
バルディッシュ・ザンバー、フェイトの掲げた光り輝く大剣に巨大な雷が落ちた。
カイから教わった技、D.S.から授かった力、大切な友達から貰った絆――
すべては経験となって、その一撃に込められる。
「フェイト・テスタロッサ――バルディッシュ・ザンバー! いきますっ!!」
フェイトがその大剣を一振りすると巨大なカマイタチが発生し、醜く姿を変貌させた防御プログラムへと迫った。
小島ほどもあろうかと言う巨躯に向かって放たれたその風の刃は、壁となっていた触手を次々に薙ぎ払い、防御プログラムの動きを奪う。
次の瞬間――バルディッシュの刀身が雷を放ち、目映いほどの輝きを放った。
その刀身を振り抜き、フェイトは叫ぶ。
「撃ち抜け、雷神!!」
山をも砕こうかと言う巨大な雷撃。その一撃は防御プログラムの強固な障壁に亀裂を走らせる。
天使、悪魔の呪圏を模倣した粗悪な多重結界。
その強度がいくら優れていようと、それを上回る威力、魔力をぶつければ破れぬものなどない。
フェイトの一撃に続き、回復する隙など与えるものかと――
シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマルの四人の守護騎士たちも動きを見せた。
「盾の守護獣――ザフィーラ!!」
ザフィーラが放った白刃の刃が、フェイトに反撃しようとしていた触手に突き刺さり、その動きを完全に止めた。
悲鳴を上げ、動きを鈍らせる防御プログラム。
その隙を逃すまいとシャマルが、ヴィータ、シグナムに向かって声を張り上げた。
「クラールヴィントお願い――」
湖の騎士シャマルと風のリング『クラールヴィント』――その本領は癒しと補助にある。
シャマルの願いに応え、そのか細い指に填めた愛機、クラールヴィントが輝きを放った。
シグナム、ヴィータ、二人の魔力が、湖の騎士の加護を受けて大きく跳ね上がる。
「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄(くろがね)の伯爵グラーフアイゼン!!」
「剣の騎士シグナムが魂――炎の魔剣レヴァンティン!」
ヴィータが掲げるは、あらゆる障害を破壊し粉砕する鉄の鉄槌。
シグナムが掲げるは、立ち塞がるすべての者を切り伏せ、跪かせる騎士の誇り。
両者のデバイスが持てるすべての弾丸をその身に宿し、魔を断つ最強の矛へとその姿を変貌させていく。
「刃の連結刃に続く、もうひとつの姿――」
シグナムが持つレヴァンティンが、その形状を剣から弓へと変化させる。
胸を張り構えるは、紅蓮の炎に包まれた鋼鉄の矢。その視線は対象の中心を捉えていた。
同じくヴィータもグラーフアイゼンを振りかぶり、その形状をギガントフォームへと変化させる。
ヴィータの数倍はあろうかと言う巨大な鉄槌がその姿の全貌を見せ、圧倒的な存在感を放っていた。
「轟天爆砕――ギガントシュラーク!!」
「翔けよ――隼っ!!!」
ヴィータの放った巨大な鉄槌の一撃が、競り合うように防御プログラムの障壁とぶつかり合う。
まさにそれは力と力の衝突。ヴィータの表情にも苦痛が浮かび上がり、愛機のグラーフアイゼンにも亀裂が走る。
だがそこにシグナムの放った炎の矢がヴィータの攻撃を後押しするかのように突き刺さった。
まるで地を這う蛇のように迸る炎に焼かれ、紅蓮の炎に包まれる障壁。
フェイト、ヴィータ、シグナムと、一級の魔導師、騎士の放った絶え間なく襲い掛かる最大攻撃に、呪圏の強固な堅壁も悲鳴を上げ砕けはじめていた。
「ぶち抜け――っ!!」
手に血を滲ませながらも、ヴィータは持てる最後の力を振り絞って、その巨大な鉄槌を振り抜いた。
甲高い音を上げ、砕け散るグラーフアイゼン。しかし、防御プログラムの障壁もまた、すべてを込めたそのヴィータの一撃により音を立て砕け散った。
「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け――」
はやてもまた守護騎士たちのことを信じ、その瞬間を待っていた。
書を片手に詠唱を紡ぐはやて。その頭上には魔方陣を中心に七つの光が交錯する。
シュベルトクロイツを空に掲げ、はやては目標を定めた。
その視線の先には障壁を破られ、悲痛な叫び声を上げる防御プログラムの姿があった。
「――ミストルティン!!」
はやての呪文に呼応し放たれる七つの光。
防御プログラムに突き刺さると共に、瞬く間にその光は身体全体へと広がり、外郭を石化させていく。
一瞬にして巨大な石像へと姿を変えた防御プログラム。
重みから砕け散る触手や頭部を見下ろしながら、なのはは震えるその手にグッと力を込めた。
「なのは――」
「なのはちゃん――」
フェイトとはやては上空に待機していたなのはへと目を向ける。
だが次の瞬間――なのはの掲げるレイジングハートの先にある巨大な魔力の塊を見て、かける言葉も忘れて息を呑んだ。
直径三十メートルはあろうかと言う巨大な魔力弾。周囲の魔力素を吸収しながら、まだ大きくなっていた。
それは例えるなら小さな太陽のようであった。
D.S.の使用した魔法の残滓、防御プログラムが海鳴市全域から集束させた魔力素や、フェイトやはやてたちが戦闘で放出した魔力。
それらをすべて、なのははその“大きな魔力弾”を作るためだけに掻き集めていた。
「それじゃ、次はアムの――」
「アムちゃん、逃げて――!!」
「え――?」
次は自分の番だと張り切っていたところ、余りに必死に叫ぶはやての声に驚き、アムラエルは振り返った。
振り返った先――その視界には、なのはが作った巨大な魔力弾が映っていた。
暗く沈んだ空に浮かぶ、小さな太陽。
それを目にしたアムラエルは「ちょ――っ」っと驚きから素っ頓狂な声を上げる。
「全力全開――」
なのはの掛け声を聞いて、逃げるように散開する一同。
アムラエルも巻き込まれないようにと、慌てて射線軸上から逃げ出した。
その巨大な魔力に耐え切れず、レイジングハートがカタカタと軋みを上げる。なのはの表情も苦痛に歪んでいた。
およそ、人が扱えるであろう魔力値の限界を超えた極大魔法。
様々な条件が重なった上での極大魔法とは言え、それを放つであろう術者の負担も相当なものだと言うことが窺える。
だが、なのはは痛みに耐えながら、防御プログラムに向けレイジングハートを振り下ろした。
「スターライト……」
ゆっくりとなのはの手を離れ、防御プログラムに向かって動き始める巨大な魔力弾。
反射した光が海を照らし出し、あらゆる物をその魔力光の色で包み込んでいく。
「ブレイカ――ッ!!!」
瞬間、その巨大な魔力弾は弾けるように動きを変え、かつてないほどの規模の巨大な魔力の放流へと姿を変えた。
なのはを中心に嵐のように吹き荒れる魔力風。なのはの最大奥義にして、無慈悲なる極大砲撃魔法スターライトブレイカー。
その光は小さな星の輝きから彗星へと昇華され、すべてを光の下へと包み込んだ。
次元を超えし魔人 第26話『極限の力』(AS編)
作者 193
光の晴れた世界。最初に目に入ったのは巨大な滝壺と化した海の様子だった。
スターライトブレイカーの影響により蒸発した海が、直径数百メートルに及ぶ巨大な裂け目を作り、様子を変貌させていた。
アムラエルも海を蒸発させるほどの威力を見せたなのはの魔法を目にし、顔を引き攣って呆れ返る。
才能があるとは思っていたが、あらゆる条件が味方したとは言え、あれほどの砲撃魔法を行使して見せるとは夢にも思っていなかったからだ。
瞬間的な威力なら、D.S.の極大魔法にも決して引けをとっていないのではないかとアムラエルは思う。
D.S.がジューダスペインを媒介に魔力を掻き集め魔法を強化していたように、なのはは大気中にある魔力素を掻き集めそれに自分の魔力を上乗せすることで単なる集束魔法をあそこまで進化させた。
それだけの魔力を受け入れても壊れないキャパシティと、その膨大な魔力を暴走させないだけの運用技術。
それをセンスと勘だけで行っているのだから、なのはの才能はここにいる少女たちの中でもずば抜けているのかも知れない――
とアムラエルは考えていた。
「アム、ダ……ダーシュが!?」
「落ち着いてフェイト――」
「で、でも――っ!!」
呪圏を破って一発入れるだけでよかったところを、なのはの予想外の魔法で消滅してしまった防御プログラムを目にして、フェイトは完全に取り乱していた。
あの防御プログラムの中には、D.S.がまだいるはずだった。
それがD.S.ごと消滅してしまったのだとしたらと思うと、フェイトは気が気ではなかった。
「なのはちゃん……やり過ぎや」
「あはは……アムちゃんが全力全開なんて言うから張り切っちゃって……ごめんなさい」
はやてに白い目で見られ、さらには取り乱すフェイトを見て、なのはは後ろめたい気持ちで一杯だった。
本当なら「倒せてよかった」と皆で喜ぶべき場面のはずが、すでにそんな雰囲気ではなくなってしまっている。
さすがのシグナムも腕を組んで難しい顔をしており、ヴィータは「二度となのはとは戦わねえ……」と青い顔をして身を震わせていた。
シャマルとザフィーラに至っては、なのはと対立していたことの危うさを今更ながらに噛み締め、今後はやての友達として付き合っていく上での対応を真剣に考えさせられていた。
「うぅ……ダーシュ……」
未だ余波で滝壺と化したままの海を見て、フェイトは涙目を浮かべていた。
しかしアムラエルは特別D.S.のことを心配していなかった。
それもそのはず、アムラエルがこうして現界していると言うことは、D.S.が生きていると言う証拠に他ならなかったからだ。
フェイトもようやくそのことに気付き、涙を拭いて笑顔を浮かべる。
しかしそうなるとD.S.はどこにいるのかと言う話になってくる。
そのことに気付き、フェイトと少女たちが周囲を探ってみても、防御プログラムの気配はどこにもなかった。
はやても、そのことを不審に思う。
「リイン、防御プログラムがどこにいるか分からへんか?」
『やってみているのですが……すでに防御プログラムとのリンクは途切れています。
それにあの爆発です。完全に消滅したと見る方が自然かと思いますが……』
はやてがユニゾンしているリインフォースに聞いてみても、その結果は同じだった。
切り離したとは言っても、元は夜天の魔導書の一部。
その存在をまったくリインフォースが感じられないと言うことは、完全に消滅したとしか考えようがない。
しかし、冷静になって振り返ってみると、これまでのことは何もかもが不可解だった。
巨大な魔力に振り回され、鈍重極まりない相手だったとは言え、アムラエルをも圧倒する魔力を持っていた怪物だ。
全員の総攻撃が最初にあったとは言え、なのはのスターライトブレイカーが幾ら桁外れの破壊力を持っていたとは言っても、一撃で防御プログラムを消滅させることが出来たとは考え難い。
強固な防御障壁ばかりか、単純な再生能力と違い、復元能力と言っても差し支えない自己修復能力をも持つ相手だ。
そのことを考えれば、あまりに“あっさりと終わりすぎている”ように思えてならなかった。
「艦長――投降する準備整いました。でも、本当にいいんですか?」
「あら、エイミィはクロノを見捨てる気?」
「いえ、そう言うわけじゃ……」
エイミィはリンディに意見したのには理由がある。
確かにあの場面では降伏と言う選択も仕方のないことのように思えるが、アースラにはアルカンシェルと言う切り札が搭載されている。
クロノと武装局員が捕らわれているからと言って、管理局からして見れば投降するほど不利な条件ではなかったからだ。
クロノたちを切り捨てると言う選択肢を入れた場合、このまま任務を継続することも出来たはずだった。
もちろんエイミィにはその気はない。リンディがクロノを助けるために降伏した時は、胸をほっと撫で下ろしたくらいだ。
しかし、管理局上層部はそうは思わないだろう。アルカンシェルを使う機会を失い、地球にまんまと捕縛されたと知れば、リンディは管理局での信用を失い、最悪の場合、今回の責任を負わされて処罰される可能性だって出てくる。
組織とはそう言うものだと言うことを、エイミィもよく熟知していた。
だからクロノのためとは言え、リンディの決断は本当にこれでよかったのだろうか?
そう言う葛藤がエイミィの中にあった。
「アースラチームも、これでおしまいね。
管理局に勤めて随分長かったようで、終わりは呆気ないものね……
でも思い残すことは、もう何もないわ」
「艦長……」
長年共に歩んできたアースラ艦長の椅子。そしてその机を、思い出を振り返るようにリンディはそっと撫でる。
その様子からエイミィは、リンディの覚悟があらかじめ決めていたことなのだと悟った。
今回の事件――いや地球に来ることが決まってから、いつかこう言う日が来ることをリンディは覚悟していたのだろう。
そのリンディの覚悟を察して、自分よりも悲痛な表情を浮かべるエイミィを見て、リンディは苦笑を漏らした。
リンディは思い返す。考えてみればエイミィとの付き合いはかなり長い。
クロノの執務官補佐としてアースラに搭乗する前から、家族絡みの付き合いをしてきていたのだから、エイミィもまたリンディにとって娘も同然の存在だった。
それはエイミィに限らず、このアースラに搭乗する局員全員に言えることなのかもしれない。
アースラはリンディにとって職場であると同時に、家族が集う大切な場所でもあった。
「エイミィ、クロノのことお願いね」
「……はい」
リンディの覚悟を知ってしまった以上、エイミィの意志も固まっていた。
ここで泣き叫んだところでリンディの意志は変わらない。
それならば、リンディの思いに応えたいとエイミィは考えていた。
同じ女性仕官として、リンディ・ハラオウンと言う女性を尊敬するエイミィの出した一つの結論だった。
「――警報!?」
「――本局からです」
突如鳴り響く非常警報。予期せぬ事態にリンディ、それにエイミィは驚きの声を上げる。
地上での様子はモニタしていたが、なのはのスターライトブレイカーにより闇の書の反応が消えたことは彼女達も確認していた。
すべてが終わったのを確認し、ようやく後ろの憂いもなくなったと思っていたのだ。
それがここに来て、本局からの非常通信。リンディが表情を重くするのも無理はない。
だがその通信内容を見て、エイミィは顔を蒼白にした。
「艦長……本局に闇の書が……」
「――――!?」
エイミィの報告を聞いてリンディは「そんなこと――」と声を張り上げる。
地球からミッドチルダのある管理局本局まで、中継ポイントを挟んだとしてもかなりの距離がある。
先程まで闇の書の防御プログラムが地球にいたことは、リンディたちもその目で確認している。
だからこそ、この一瞬で転送ポートも使わずにそれだけの距離を移動したと言う話は、とても信じられるものではなかった。
だが――それは現実として起こっていた。
管理局本局から僅か数キロの地点にまで、防御プログラムは迫っていたのだから――
「本局の防衛部隊は――アルカンシェルは――」
「ダメですっ! 間に合いません!!」
アルカンシェルの効果範囲を考えれば、すでに防御プログラムは絶対ラインを超えていると言っていい。
管理局創設から約百五十年。新暦に入り、まさか本局が強襲されるなどといった事件は誰もが経験したことがなく、そして予想もしなかった事態だった。
それ故の危機意識の緩みと、あるはずがないと思っていた管理局の体質の怠慢。
それが浮き彫りになった形での今回の強襲――闇の書の力を目の前で見てきたリンディだからこそ、この状況が絶望的であると言うことを理解していた。
管理局本局と言えど、常駐している魔導師のほとんどはAランク以下の魔導師が大半だ。
なのはたちのようなAAAランク以上の魔導師となれば数えるほどしかいないだろう。
しかもアルカンシェルが使えないとなれば、闇の書の力を考えても最低Sランク以上の火力を持つ魔導師が欲しいところだが、優秀な魔導師はほとんどが難しい任務に借り出され、日夜忙しい日々を送っている。
現在本局に配備されている戦力だけで、あの“化け物”を相手することは不可能だとリンディは唇を噛み締めた。
「エイミィ、先程までモニタリングしてた闇の書のデータを本局に送って――
そしてグレアム提督に連絡を……」
「は、はい――」
面子や主義などに拘っている場合ではない。
最悪、メタ=リカーナの魔導師に協力を仰いでも止めなくてはいけない。
リンディはその覚悟を決めて連絡を取った。
管理局顧問官ギル・グレアムと、メタ=リカーナ外交特使デビット・バニングスに――
時の庭園から一部始終を観察していたプレシアは管理局の慌てる様を想像して愉悦な笑みを浮かべていた。
「プレシア、下品ですよ」
「だって、おもしろいじゃない。管理局の慌てふためく様を見られるなんて――
ほんと、D.S.には感謝しないとね」
二人分の紅茶を煎れてやって来たリニスが、悪魔のように笑うプレシアを見てそう表現する。
しかし、気持ちが分からないでもなかった。プレシア自身、管理局に人生を狂わされた被害者でもあったからだ。
そのことが分かっているからか、リニスはそれ以上何も言おうとしなかった。
「でも驚きました……可能だとは言いましたが、本当に天才ですね。いえ、規格外と言うか……」
「規格外れの魔力に、不慣れなはずのミッド式魔法でさえ、ほんの半年でわたしに迫ろうかという読解力。
まあ、あれほどの神秘を起こす秘術、魔術を使えるんですもの。
このくらいは当たり前と言えば、それまでだけど――」
D.S.の力を純粋に評価し、リニスとプレシアは素直に感心していた。
D.S.の凄さは何もその魔力の高さや、強力な魔法の数々だけではない。
あらゆる難解な魔導書を紐解くだけの知恵と、四百年に渡って蓄積されてきた経験と知識。
禁呪とも言われる古代語魔術や暗黒魔法の上位魔法を独学で復活させたことからも、その研究者としての実力も桁外れのものだった。
無論その才能は、この世界に置いても変わっていない。
暇が一日、本を読み漁っていたのも、見たこともない珍しい知識や魔法式などを熟読するためだった。
プレシアはスターライトブレイカーが防御プログラムに直撃し、その光に飲み込まれる中――
ミッド式の転移魔法が展開されていたのを見逃していなかった。
しかも、通常の規模の転移魔法ではない。
D.S.の魔力によって形成された転移魔法は大質量の物質――この場合、肥大化した防御プログラムを、次元世界の辺境にある第97管理外世界から、管理世界の中枢ミッドチルダ近くに構える本局にまで強制転移させた。
リニスから少し教わっただけだと言うのに、実戦でこれだけの魔法を意図も容易く行使してしまうD.S.の実力に、プレシアは驚きの反面、自分のことのように喜び表情を緩ませていた。
それはリニスも同じだ。D.S.を知らないものからすれば危険な存在でも、彼をよく知るものたちからすれば、これ以上ないくらい心強い男だった。
それにプレシアほどではないが、リニスも管理局によくない思いがあった。
二人とも何気ないその空気から、D.S.が行動を起こすことは予想していたので、今回のことでもそれほど大きく驚いてはいない。
管理局もこれで少しは賢くなればいいが――とプレシアは思うが、リニスは「無理ですね」ときっぱり否定した。
それに関しては、プレシアも同感だった。
「それで、デビットは?」
「すでに動いてますよ。やはりこうした事態を予想していたようです」
「さすがね」
D.S.の場合は単純な嫌がらせでやっているのであろうが、デビットは今回の件を上手く利用して、交渉を有利にするために立ち回るつもりなのだとプレシアは理解した。
そうなる前に管理局が壊滅しなければいいが、D.S.ならやりかねないだけに、そこまでは確信が持てない。
しかしリニスはそんなプレシアの考えを補足するように言った。
「大丈夫ですよ。本気で潰すつもりなら、一撃で終わらせてると思います。
あれは単に……楽しんでるんでしょうね」
リニスの話を聞いて溜め息を漏らすプレシア。そうしてる間にも防御プログラムの進撃は進んでいく。
管理局滅亡? のカウントダウンは容赦なく刻まれ続けていた。
その頃、管理局本局は大混乱となっていた。突如現れた闇の書の防御プログラム。
しかし防衛策が間に合わず、ジリジリをその距離を詰められているのが現状だった。
もってあと十数分。それだけの時間があれば、防御プログラムは本局へと到達してしまい、本局は最悪の結果を辿って壊滅することになるだろう。
その予感は現実となり、局員達の間でも大きく動揺を誘っていた。
「これも報いか……」
グレアムは悲壮な表情で迫る災厄を見ていた。
秩序と法を訴えながらそれを自から犯し、次元世界全体のためと大儀を掲げながらも、一人の少女を謀(はかりごと)の犠牲にし、自分が生まれ育った世界をも危険に晒そうとしていた。
そのことの罰が下ったのかも知れない――とグレエムは思っていた。
だが、どういった事情があるにせよ。管理局を落とさせるわけに行かない――とグレアムは思う。
管理局の崩壊は次元世界全体を、また混迷の時代へと戻らせることになる。
古代ベルカ王朝のように、みすみすと世界を危険に晒すわけにはいかないと言う思いがあった。
しかし、どうすればいいのかグレアムは思い悩んでいた。
すでに管理局の戦力は導入できるだけしてあるが、本局に常駐していた戦力だけでは防御プログラムの進行を止めることは出来そうもない。それが分かっているからこそ、この本局の混乱だ。
迫る恐怖に抗えない一般局員から脆くも心が折れ、迫る災厄に絶望していた。
「提督――通信が、リンディ・ハラオウン提督です」
「……繋いでくれ」
リンディの名前を出され一瞬動揺を見せたグレアムだったが、部下に気取られないように気丈に振舞って見せた。
本局がこうなっていることは、リンディにも知らせが言っているはずだ。
だったら、何か重要な話があるのだろうとグレアムは察していた。
『提督、ご無沙汰してます』
「いや、こちらこそ済まない……キミたちには過酷な任務を言い付けてしまったようだ」
『本局のことは伺っています。それと闇の書に関するデータは――』
「見させてもらったよ。俄(にわ)かには信じがたいデータだが、実際に現物が目の前にいると信じざる得ないだろう」
アースラから送られてきた闇の書のデータを見たグレアムは、その能力に驚きを隠せなかった。
自分が知る闇の書のどのデータからも、ここまで姿を変貌させた闇の書と言うのは記憶になかったからだ。
純粋な力という点に置いては、今までと比較にすらなりそうにない。
これがアムラエルを蒐集した結果だとすれば、あの世界の魔導師の実力は自分が想定していたものなどより遥かに高いものだったと認めるしかないだろうとグレアムは頭を下げた。
これならば以前に地球に潜ませていた部下から報告のあった“D.S.の魔力値の報告”も、何かの間違いではなく信憑性のある情報だったのかも知れないとグレアムは考える。
しかし、それも今となっては遅い。
それにそれを予想できていたからと言って、事態がよい方向に傾いていたとはグレアムには思えなかった。
誤算があったとすれば、管理外世界だからと、彼らのことを甘く見すぎていたことかとグレアムは後悔する。
『メタ=リカーナ特使デビット・バニングスから要望書が届いています』
「……それは彼らに頭を下げて頼れと言うことか?」
『率直に言ってその通りです。このまま本局を潰されるおつもりですか?』
このタイミングで交渉を図って来たと言うことは、こうなることすら彼らにとって折込済みだったのだろうとグレアムは悲痛な表情を浮かべる。
しかしリンディの言うことも、もっともだった。
管理局のことを考えれば自分に選択権などないと悟ってか、グレアムはリンディの言葉に無言で頷き、その案を渋々呑むことを承諾した。
『このことを上層部には?』
「伝えてあるさ……だが、上も混乱している様子だ。こちらでなんとかしろと、そう言って来た」
現場で戦っている局員を残して、すでに上層部の幹部たちは避難をはじめていることをグレアムは知っていた。
そしてそうした事態になっているであろうと言うことをリンディも予測していた。
だが、だからと言ってそのことを追求し意見できる立場にないことを、リンディも、そこにいるグレアムも熟知している。
どちらにせよ、今回の件を追及され責任を取らされることになるだろうとグレアムは覚悟を決めていた。
しかしそうであっても、本局を今失うわけにはいかない。その思いがグレアムと言う男を最後まで突き動かしていた。
次元の海を漂う、破壊を運ぶ災厄の姿。
進化を遂げた闇の書の防御プログラムを前に、管理局の魔導師では太刀打ちできるはずもなかった。
呪圏に阻まれ通らない攻撃。戦艦の主砲も、魔導師たちの砲撃も、いずれも効果をなさない。
様子を窺っているのか幸い攻撃の手は緩く、戦死者はまだ出ていないが、このまま進行を許してしまえば甚大な被害が出ることは想像に難くなかった。
それが分かっているのか、圧倒的な存在を前に恐怖に心を支配されようと、震える身体を前にだし懸命に戦う局員たちの姿があった。
管理局は確かに妄執に捕らわれ、かつて抱いていた理想すら忘れ過去の物として、腐敗してきているのかも知れない。
しかしそこで働く者の多くは管理世界に家を持ち、愛する人を、家族を持つ者たちばかりだ。
ここで本局が落ちれば、後ろに控える首都ミッドチルダが、それだけでなく管理世界に住む自分たちの大切な人が危険に晒されるかも知れない。そう言う思いが彼らの中にもあった。
それは管理世界だから、管理外世界だからと言うことではない。誰しも大切なものがあり、守りたいものがある。
人であれば当然のことであり、当たり前の感情だった。
「行かせるな――なんとしてもここを死守するんだ!!」
部隊長と思しき男性が、デバイスを片手に陣頭指揮を執る。
その表情は後がないことを察してか、覚悟を決めているかのようでもあった。
しかし、逃げ出すようなことが出来るはずがない。それは指揮官だからと言うことではなく、前線で戦う者、全員の思いでもあった。
敵わないことは恐らく全員が察している。こうしてこの場に立っているだけでも、震える手足を抑えきれないでいるのだ。
それを感じながらも、家族のため、愛する者のため、“後には退けない”という強い信念が彼らを突き動かしていた。
「――隊長、あれを!?」
これまでか、誰もがそう思った矢先――疲弊した身体を支えながら局員たちは見た。
防御プログラムの前に立ち塞がる一人の男の姿を――
大胆なまでに不敵に笑い、D.S.は防御プログラムの前に悠然と立っていた。
身体はそのままに僅かに後ろを振り向き、局の魔導師たちを見てニヤリと笑う。
D.S.と目があった局員はその存在感に気圧され、自分たちの腰が引けていることに気付かされた。
「――――!?」
「……怖えか。化け物の癖に」
先程まで何者にも阻まれることなく、真っ直ぐに本局に向かって進んでいた防御プログラムの進行が止まっていた。
そればかりか、D.S.を意識して僅かに後ろへと後ずさりをはじめているのが見て分かる。
――怯えていたのだ。
はじめて“恐怖”を植えつけられた相手を前にし、その滲み出る力を感じ取り、怯えていた。
刹那、膨れ上がる魔力――ジューダスペインの平行励起により滲み出る闇。
そして、その闇より出でる無限の魔力。D.S.の魔力が爆発的に上昇した。
力のある者、力のない者、その何れもがD.S.の圧倒的な魔力を感じ取り、その威圧感だけで動きを奪われていた。
濃度の高い魔力に中てられ息苦しさを感じるものもいれば、恐怖から震える身体を抑えきれないものまでいる。
彼らの溢れ出る汗の一滴一滴が、D.S.という最強の魔導師の存在を誇示しているかのようでもあった。
誰もが息を呑んだ次の瞬間、D.S.の背に悪魔のような翼が現れ、手足をまるで甲殻生物のような外皮が覆った。
そして悲痛な叫び声と、悲しげな声――まるで悪魔のような唸りを上げその身に現れる三つの顔。
両肩、腹に現れた三つの顔は両目を儀式的な糸と紋様で封じられ、ただ呪文を口にするだけの道具と化していた。
それは嘗て、D.S.が勝利し封印した三匹の魔神、鬼神の頭部だった。
ユー・ディー・オー、三匹の魔神はD.S.の切り札にして、ある“極大呪文”を同時に使用する為の条件として用いられる秘術。
勝負はまさに一瞬だった。
飛び出したD.S.の手から、ジューダスペインの影響により無詠唱で放たれる極大魔法。
術者から絶え間なく送り出される魔力は魔神たちの力を、封印される前の“過去の物”へと押し上げていく。
唱える者共――そう呼ばれる魔神たちは、D.S.の魔力を食らい、最大三つの極大魔法を“同時に”行使する鍵として使われる。
従来であれば、ここは人間界。しかも宿主のD.S.が人間であることもあり、詠唱なくして呪文の完成はない。
だが、今のD.S.は一時的にとは言え、七つのペインを平行励起させ魔力を増幅していた。
全力ではないとは言っても、その深淵からもたらされる魔力は果てしなく無限に近く、上位魔神をも屈服させるほど力を持つ。
その宿主の影響を強く受けた三匹の魔神たちは、地獄で名を馳せた全盛期の頃のように、四百年前の戦いで天使に破れ、失った力を取り戻していく。
その口が紡ぐは極限の破壊。三匹がD.S.の魔力に応え、最大の秘儀を口に出す。
「――テスタメント!!」
氷系魔法最強奥義――それは絶対零度の領域まで急激に下げられた永久凍土の世界。
その身も凍る空間の中で、防御プログラムは冷たき女神の裁きを受ける。
完全にその身を凍らせ動きを止めた防御プログラムに、D.S.は容赦なく次の一撃を放った。
――迸る雷撃。雲などあるはずがない次元の海に、神の雷が降り注ぐ。
「テスラ――ッ!!」
雷系魔法最強奥義――容赦なく降り注がれる神の雷。
断罪の光が防御プログラムの体組織を焼き尽くす。
神経が焼き切れるかのような激痛に襲われ、肉と血を沸騰させ、崩壊させていく防御プログラムを、D.S.はその頭上から冷たく見下ろしていた。
そしてその手には、新たな魔法が展開されていた。
「ブラインド・ガーディアン!!」
失われた王国を、その荊の森に封じ込めたと言われる最強の呪術。
太い荊の群れが群をなし襲い掛かる。防御プログラムはそのまま荊の牢獄に捕らわれ、その身を呪いと苦痛で支配されていった。
声にならない悲痛な叫びを上げる防御プログラム。
だが、その視線が捉える先には、最後の極大魔法を放つ準備をするD.S.が映っていた。
「怖いか? だが、テメエが奪ってきた命、与えてきた絶望はこんなもんじゃねーだろっ!!」
D.S.の両腕に集束していく魔力。
その桁外れの魔力の大きさに影響され、次元が僅かに歪みを見せる。
一歩間違えば次元震を起こすかも知れないほどの力が、そこに集約されていた。
――死にたくない。
そう思いながらも、ただ呆然と見ていることしか出来ない。
夜天の魔導書が、呪われた闇の書と呼ばれる原因となった災厄。
気の遠くなるような年月続いてきた負の連鎖が、ここで終わりを迎えようとしていた。
「――ジオダ=スプリード!!」
D.S.の両腕から放たれた巨大な砲撃。
原子分解を引き起こすほどの破壊力を秘めたその一撃は、対象を半径数百メールの湾曲した空間に閉じ込め、チリ一つ残さないようにその身体を崩壊させていく。
消えていく中、防御プログラムが最後に目にしたのは温かな光。
闇の書――その名と共に、忌まわしき呪いをその身に宿したまま、防御プログラムは消えていった。
小規模の次元震を引き起こしながら、振動する次元の海。
D.S.の魔法の余波で、後方に控えていた魔導師たちと次元航行艦は押し流され、本局の建物も衝撃に大きく揺らされ音を立てて軋み、悲鳴を上げた。
「な、なんと言うバカ魔力だ……」
グレアムは揺れる室内で倒されないよう壁に手を掛け、その驚愕的な光景を目の前に、驚きから自身の目を疑うばかりだった。
巨大な力の衝突により結晶化した魔力が、雪のように次元の海に降り注ぐ。
まるで予言に告げられた“世界の最後”を彷彿とさせる美しくも異常な光景に、そこにいる誰もが目を放せずにいた。
光立つ柱の中、D.S.は消えていった闇の書を思い、立ち尽くす。
「……くだらねえ」
その言葉は誰に向けられたものか。D.S.はつまらなそうに、そんな言葉を漏らす。
しかしそれは、闇の書を中心に起こり続きてきた、すべての悲劇と災厄に終止符が告げられたことを示していた。
……TO BE CONTINUED