作者:193
2009/01/28(水) 06:56公開
ID:4Sv5khNiT3.
時の庭園――ここはプレシア・テスタッロサにとって研究所兼、メタ=リカーナにある本宅とは別に別宅として役割も持っている。
とは言っても、親交の深いアリサたちとの付き合いや、D.S.と一緒にバニングス家にお世話になっているフェイトのこともあり、比較的会いやすい環境のここに、プレシアにアリシア、それにリニスの三人は定住していた。
これでは別宅と言うよりは、こちらが本宅のようである。
庭園と称する名前の通り、時の庭園はとにかく広大な面積を持つ。
動力炉や研究室が立ち並ぶ動力塔。正面の居住施設や食堂、それに大書庫と訓練場がある本施設。
塔と本施設を繋ぐ中央には、アリシアの好きな花々を植えた大きな庭園も完備されていた。
一人で住むには広すぎると言ってもいい場所ではあったが、およそ十数年に渡ってプレシアはここでたった一人で生活を送ってきた。
リニスを作り、フェイトやアルフが誕生してからも、絶望と悲しみに支配されたプレシアにとって、この場所は心の休まる場所ではなかったのだろう。
しかし、その寂しかった庭園も、今は五月蝿いくらい賑やかで明るい声に包まれていた。
アリシア、それにリニス。バニングス、月村重工から派遣されてきた百名余りの研究員や、食堂などで働く一般職員。
最近ではD.S.が拿捕したリーゼ姉妹も加わり、それは賑やかな日々を送っていた。
「疲れた……」
そう言いながら、服もそのままに自室のベッドに倒れるように寝転がるロッテ。
片やアリアの方は涼しい顔をして丁寧に上着を脱ぎ、一息つこうとお茶の準備をしていた。
「あたしも〜〜」
「……少しは自分でやりなさいよ」
枕に顔を沈めながら、だらけた声で手を振って自分の分も催促するロッテに呆れながらも、アリアは二人分のお茶の準備をする。
外では新組織の人材発掘や、時の庭園では掃除に洗濯と、まるでメイドのように扱き使われ、ロッテは反抗する気力もないほど肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。
そんな過酷な状況にあっても、二人が反抗の態度を見せなかったのには理由があった。
グレアムがメタ=リカーナに逮捕され、その関係者の自分達も管理局に見放されたと言うことを彼女達は知っていた。
グレアムに重い処分が下されたことは二人もショックだったが、ここでゴネたところで彼の罪が軽くなるわけでもない。
逆にグレアムの立場を悪くするような行動だけは、二人も取りたくはなかった。
本局襲撃事件やアルカンシェルの件など、本局と地球のやり取りの一部始終をリニスから聞かされていた二人は、そのような状況の中、グレアムを含め自分達が永久封印や死罪にまでならなかった背景には、シーラの恩情があったと言うことを察していた。
それに、グレアムのことが気掛かりな点を除けば、今の待遇も、それほど悪いものではない。
衣食住は完備されているし、多少ではあるが給金もでる。
もっとも被害者への賠償などに充てられる分が毎月天引きされているので微々たる額ではあったが、それでもここにいる限りは食事にも寝る場所にも困ることはないので、贅沢を言わなければ生活していく分には十分だった。
管理局にいた頃のことを比べれば、今の生活とでは天と地ほどの差があるに違いないが、文句を言える立場に自分達がないことを二人はよく自覚している。
「父さま……元気にしてるかな?」
「自由がない点を除けば、食べることや寝る場所に困るわけじゃない。
それは保証するってリニスも言ってたでしょ。今は信じましょ……」
グレアムのことを想いながら心配そうに話すロッテに、気休めではあるがアリアは優しく答えて返す。
完全に地球やメタ=リカーナの魔導師を信じているわけではないが、少なくともリニスやアリシアたちのことは、アリアも悪くは思っていなかった。少しは信じてみてもいいと思うほどには、心を開いていたと言ってもいい。
あのリンディが管理局を辞め、地球についたことには驚かされたが、最近の管理局がおかしくなっていることには二人も気付いていた。
今回の事件の処分に関しても納得いかない点がいくつもあるが、それが今まで自分達が当たり前のように見過ごしてきた管理局の腐敗なのだと、皮肉にも当事者になってからはじめて気付かされていた。
今から思えばグレアムをはじめ、管理局に長く居すぎていたせいで目が曇っていたようにアリアは思える。
それは何も言おうとしないがアリアだけでなく、ロッテも薄々感じていたのだろう。
まるで駒のように用済みになったら捨てられ、自分達が道具のように扱われたことに二人は不満を抱いていた。
だが、今更何を言っても後の祭りだ。グレアムは処罰を受け、アリアとロッテの二人はこうして籠の鳥となっている。
だからだろう。二人が最近よく考えるのは――
自分達はこれからどうすればいいのか?
管理局に捨てられ、最愛の生みの親でもあるグレアムとも引き離され、毎日言われたことをやるだけの日々。
そんななか、どれほどのことが出来るのか分からない。しかし、このままでは終わりたくない。
そんな思いが二人の中に芽生え始めていた。
次元を超えし魔人 第29話『大人たちの事情』(AS-STS/始)
作者 193
四月――新しい生活がはじまる季節でもある。
桜舞い散る通学路、敷き詰められた桜色の絨毯(じゅうたん)が春の訪れを意識させる。
少女たちの通う私立聖祥大学付属小学校も、新しい学年、新しい友達との出会いと、心躍る新生活がはじまっていた。
本年度から一緒に通うことになったはやてと一緒に、いつもの仲良しメンバーである、なのは、フェイト、アリシア、アリサ、すずか、それにアムラエルの六人は仲良く一緒に登校をしていた。
新学期がはじまって早一週間。桜も来週の暮れにはほとんど散ってしまい見ることが出来なくなるだろう。
はやても随分と学校に慣れてきたのか友達も増え、以前よりも随分と良い笑顔で笑うようになっていた。
そんななか、今少女たちが集まって話をしているのは、明日の休みに控えた翠屋主催の花見イベントのことについてだった。
毎年翠屋では、店員やなのはの友達、お世話になっている人達を迎えて花見大会を催している。
その恒例行事に今年は、はやてたち八神家と、カイやシーンを含むメタ=リカーナの魔導師たちも御呼ばれしている。
もちろんはじめての花見イベントに、アムラエルも今か今かと心待ちにしていた。
主に楽しみにしているのは桃子の手料理や、大好きな翠屋のケーキと言ったところだろう。
花より団子なところは、新しい学年になっても相変わらずだった。
「楽しみだね。花見っ!」
「アムの場合、花より団子って感じだけどね」
「ははは……まあ、アムちゃんやしな」
アリサとはやてに言われ、みんなに笑われて少し拗ねた仕草をするアムラエル。
しかし、否定できる要素は彼女の中にもなかった。
花見のことを考えて真っ先に浮かんで来たのは、美味しいご馳走のイメージだったからだ。
「そう言えばルーシェくん、本当によかったのかな?」
「まあ、ルーシェの場合はあれでも四百歳の大人だしね」
「四百歳って……大人って話じゃ、すまへん気がするけど……」
すずかが心配そうにD.S.のことを話すが、アリサはそれも仕方ないと思っていた。
はやては今更ながら非常識なD.S.の実年齢を聞いて、驚きの声しか出て来ない。
D.S.は新学年に上がる前から学校に来なくなった。表向きは休学という扱いになっているが、実際にはプレシアと研究に打ち込むようになってから学校に行く暇がなくなったからだった。
ようやく糸口が掴みかけた元の身体に戻る方法。それを完全な物とするために、D.S.は一日のほとんどを自分の研究に費やしていた。
そんなD.S.を手伝おうと足繁(しげ)く時の庭園に通うリインフォースから、はやても大凡(おおよそ)の事情は聞き及んでいる。
闇の書とのあの戦いの中で見せたD.S.の非常識な力。そして防御プログラムを解析し、改変してしまうほど魔力と知識。
メタ=リカーナの歴史、そして爆炎の魔術師、大魔導王の二つ名をリインフォースから聞かされたはやては、D.S.の凄さを知ると共に非常識さを目の当たりしていた。
話だけなら兎も角、実際にそう信じるに値するだけの結果を見せられていたのだから、はやても苦笑いしか出て来ない。
しかし、アリサたちがあれほどD.S.のことを信じることが出来る理由も、そのことで分かった気がした。
はやて自身、リインフォースのことや防御プログラムのこともあり、少なからずD.S.に惹かれていることに気付いている。
知らず知らずのうちに彼に関わった女性は皆、あの優しく大きな腕に捕らえられているのだと、はやては結論付けた。
「フェイトちゃん? ……どうかしたの?」
「あ、うん……なんでもないよ」
話に入ってこず、D.S.の話を聞くなり浮かない表情を浮かべるフェイトを心配して、なのはは声を掛けた。
実は最近、D.S.が研究室に篭り切りになっているため、フェイトはD.S.と一緒に過ごす時間が減っていた。
リインフォースのようにD.S.の手伝いをしたいと言う思いはあるが、D.S.やプレシアのやっている研究内容は難しすぎて専門の技術者や研究者でもなければ理解できそうにない。
リニスはデバイスマスターとしても技術者としてもプレシアの助手を出来るほど優秀だし、リインフォースも“蒐集行使”と言うレアスキルのお陰で並の魔導師では歯が立たないほどの広い知識を持っている。
しかも、今二人が研究しているのはベルカ式のユニゾンデバイスと言うこともあり、現役で稼動しているユニゾンデバイスのリインフォースの協力は不可欠とも言えた。
そうしたこともあって、何も手伝えることがないフェイトはガッカリすると共に寂しかったのだ。
D.S.ばかりかプレシアも忙しそうにしているし、リニスも最近はリーゼ姉妹と一緒に新組織のために忙しく飛び回っている。
大切なことだとフェイトも分かっているが、それでも寂しいものは寂しい。
だからと言って、当人たちに向かって「寂しいから構って欲しい」などと素直に言えるフェイトでもなかった。
D.S.にとっても大切な研究だと分かっているから、邪魔をしたくないと言う思いもあったのだろう。
しかし、周囲に心配されるほど、フェイトの心は確かに沈んでいた。
「なのは……それに、みんなもちょっと」
「……アリシアちゃん?」
フェイトの事情に薄々気付いていたアリシアは、周囲の行動にも気付かずひとり溜め息を吐くフェイトを他所に、なのはたちを手招きして集める。
そこでアリシアからフェイトが元気のない理由を聞かされた少女たちは、みんなして「フェイト(ちゃん)不器用だしね」と同じことを口にした。
甘え下手と言うか、自分が寂しいくせに相手のことを気遣い過ぎるのがフェイトの悪いところだ。
もう少し楽に構えればいいと思うのだが、一年経っても変わらないのはそれがフェイトの地なのか、不器用なところは相変わらずだった。
しかし、このままにしておくのは周囲の精神衛生上もよろしくない。
D.S.の名前を口にする度に落ち込むフェイトの様子は、見ている方も辛いものがあった。
「ちょっと、アリシア」
「うん? アリサ、何か用?」
フェイトのために「どうしようか?」と、話を進めるなのはたちを他所にアリシアを呼びつけるアリサ。
そして何やらゴソゴソと内緒話をはじめていた。そんな二人をすずかは不安そうに、なのはの話を聞きながら見守っている。
とても嫌な予感がしたからだ。アリサは時に、よかれと思いながらとんでもないことをすることがある。
それを親友であるすずかは、誰よりも一番よく理解していた。
そして純心無垢。悪く言えば、おもしろいこと大好きな小悪魔とも言える一面を持つアリシアと内緒の話をしているのだ。
明日は楽しみにしていた花見イベント。そこで何かよからぬことが起こるのではないか?
そんな不安が、すずかの中で渦巻いていた。
デビットは東京にあるバニングスの本社ビルで「うんうん」と唸りながら手を動かしていた。
メタ=リカーナの外交特使としての顔を持ち、管理局との交渉や各国との協議の調整など外交的なことばかりやっているように思えるが、こう見えて世界的に有名な複合企業体“バニングスグループ”の会長と言う顔が本来の表向きの顔だ。
最近は魔導師犯罪対策機関の発足で、管理局との協議や新組織のための根回しに準備と、どうしても外交特使としての仕事の方が忙しくなってしまい、会社の方は部下や共同経営者の妻に頼り切りになっている状態が続いていた。
それもあって、デビットの下には滞っている仕事が山ほど溜まっていた。
だからと言って、余り周囲に負担ばかり掛けていては、二束の草鞋を履いている示しがつかない。
しかし、どちらも今のデビットにとっては大切な仕事であると同時に生き甲斐でもあった。
最初はアリサの悲しむ顔が見たくないと思い、フェイトやアムラエルのためにとはじめた外交特使の仕事だったが、今では子供たちのために今よりもずっと住みやすい明るい未来を手渡してやりたいと言う願いがデビットの中にあった。
優しい世界など存在しない。世の中は理不尽なことばかりだと分かってはいても、今の大人たちの事情を子供たちの時代にまで残したくないと言う本音がデビットにはあった。
だからこそ、こんな無茶を通しても頑張らなければいけない理由がある。
そんな思いもあって、こうして外交特使の仕事が空いた時は、素直にカイやシーンに甘え、会社の方を優先してせっせと溜まっている仕事を片付けていた。
「お疲れ様です」
秘書から手渡されたお茶を飲みながら、手を休めて一息を入れるデビット。
その視線はカレンダーへと伸びていた。明日はアリサにも言われていた花見の当日。
しかし、目の前に溜まっている仕事の量を考えればとても行けそうにないと思い、小さく溜め息を吐く。
それを見ていた秘書は、デビットの様子がおかしいことに気付き声を掛けた。
「そうですか……娘さんとお花見ですか」
「まあ自業自得とは言え、この状態じゃ行けそうにないがね」
別に今回に限ったことではない。
どこかに遊びに行くと言っても、アリサとの約束を余り守れたことがないデビットにとって、これは日常的なことだった。
娘の誕生日でも顔を出してやることが出来ないことなど、責任のある仕事についていれば十分に有り得ることだ。
寂しい思いをさせてしまっていると分かりながらも、デビット自身、それをどうにもすることが出来ない。
アリサもそのことが分かっているのか、何も言おうとしなかった。
だが、それが返ってデビットには見ていて辛かった。
それで、今回も約束を守れそうにないことを思い、そのことが表情にでていたのだろう。
部下に気を遣わせるようなことをしてしまい、「恥ずかしいところを見せてしまった」と言ったようにデビットは苦笑を漏らす。
「いえ、会長はよく頑張られていると思います。
娘さんもきっと、そんな会長の思いを分かってくれますよ」
気休めかも知れないが秘書の言葉を聞いて、「そうだったらいいな」とデビットは笑った。
確かに寂しい思いをさせてしまっているかも知れない。
だが、昔に比べてアムラエルやD.S.が屋敷に住むようになってくれてから、アリサが随分と良い笑顔を見せるようになったことにデビットは気付いていた。
そのことに感謝していたからこそ、会社経営に外交特使などと言う二束の草鞋をやっていても、あの子達のために頑張ろうと言う思いが湧いてきていたのだろう。
「もう少し頑張るかっ!」
そう言って気合を入れなおし、仕事に打ち込むデビット。
その姿からは、娘のために子供たちのためにと、やる気に満ちた彼の姿勢が伝わってくるようだった。
今日もD.S.は屋敷には戻らず研究室に篭っていた。
外が昼か夜なのかも分からないほどの時間を研究室で過ごし、頑丈なことが取り柄のD.S.もさすがに辛いのか大きな欠伸をする。
そんなD.S.を見て、リインフォースは一息入れようと準備した紅茶を差し出した。
「少し休まれたらどうですか?」
リインフォースが見ている限り、D.S.が休んでいるところをほとんど見たことがない。
なんでもないように装っているが、無理をしているのではないかとリインフォースは心配していた。
D.S.はユニゾンデバイスの研究は「自分のためだ」と言っているが、リインフォースはそれだけではないと思っている。
リインフォースの半身であり、夜天の魔導書の防御プログラムは、今はD.S.のデバイス“ルシファー”の管制人格となっているが、それもD.S.の言うとおり応急的な処置でしかない。
防御プログラムをリインフォースのように自由に動ける存在に解放するためには、器となる素体が必要となる。
しかし、プログラムで構成されている彼女たちは人間と違い霊魂と言った概念がなく、ただ肉体を用意すれば済むと言う話ではなかった。
そのため、リインフォースと同じ素体を作るべく、D.S.はベルカ式魔法の研究、そしてユニゾンデバイスの研究を続けていた。
プレシアも手伝っているとは言っても、彼女は彼女で魔力駆動炉の改良や研究がまだ残っているので、こちらに付きっ切りと言うわけにはいかない。
それもあってD.S.は寝る間も惜しんで、たった一人で研究に勤しんでいた。
リインフォースも手伝っているとは言っても、技術的なことや直接研究に関係するような意見をすることは出来ない。
精々、ベルカ式魔法について助言したり、ユニゾンデバイスに関しての情報提供をすることが出来る程度だ。
それでも随分と助かっていることに違いはないが、まだまだ先は長いと言うのが今の見通しだった。
「お願いですから……」
「う……まあ、そこまで言うなら……」
D.S.の気持ちは嬉しかったが、そのことでD.S.が辛い思いをすることだけはリインフォースも嫌だった。
リインフォースに今にも泣きそうな顔で嘆願され、D.S.は渋々休むことを承諾する。
追い立てられるように備え付けのベッドに寝かされ、「添い寝しましょうか?」と言うリインフォースに対して、「いや、いい」とD.S.は珍しくも拒否する。
先程のリインフォースの顔を思い出すと、そんな気分になれなかったからだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
そう言って部屋の電気を消して立ち去るリインフォース。
疲れが溜まっていたのか、その後、D.S.はすぐに眠りについた。
どのくらいの時間が経っただろうか? 死んだように眠るD.S.の枕元に怪しい人影が立つ。
薄暗い部屋で何をしているのか分からないが、袋のような物を片手に何やらゴソゴソと動きを見せていた。
「よく眠ってるね」
「じゃ、これで……」
どこかで聞いたような少女の声が二人。一人はアリシアに、もう一人の声はどこかアリサに似ていた。
バッ――と寝ているD.S.に袋を被せると、二人はそのまま包み込むようにD.S.をその袋に押し込める。
突然の襲撃に驚き、「何しやが――アリ――」とD.S.は何かを言おうとするが、その言葉も空しく二人の少女によって袋に閉じ込められてしまう。
その袋、実はただの袋ではなかった。
これも忍の発明した怪しいグッズの一つで、中にタンスでも冷蔵庫でもなんでも詰め込んでおける四●元ポケットだった。
どっかで聞いたことのあるようなネーミングのアイテムだが、どうせまた何かのアニメにでも影響されたのだろう。
ポケットと言う割には大きく、少女が背負うとサンタクロースもとい泥棒のような格好になるが、それでも何を入れても重さは感じないので便利ではあった。
「それって、人を入れても大丈夫なものなの?」
「ん? まあ、ルーシェだし大丈夫なんじゃない?」
アリシアぽい声の少女は、どう考えても人を入れて運ぶように作られてない袋に、「D.S.を入れて大丈夫なのか?」と心配するが、アリサぽい声の少女は悪びれた様子もなく「大丈夫でしょ」と結論付けた。
そして何事もなかったかのように、D.S.を入れた袋を抱えたまま部屋から出て行く二人。
そのまま夜は更けていった。
翌朝――待ちに待った花見当日になり、アムラエルは待ちきれないのか早く行こうとアリサを駆り立てる。
寝起きでスッキリとしない頭をポリポリと掻きながら、アリサはそんなアムラエルを見て呆れていた。
いつもは起こしに行っても、一向に起きようとしないで使用人を困らせていると言うのに、今日に限っては一番早起きだった。
時計を見てみれば、まだ針は朝の六時を指している。
すでに着替えて準備万端のところを見ると、アムラエルは五時には目を覚ましていたのだろう。
片やアリサは、昨晩は色々とやることがあったので眠くてしかたなかった。
同じくアムラエルに叩き起こされたアリシアが、パジャマ姿のままフェイトの部屋から出てくる。
昨晩は時の庭園ではなく、フェイトの部屋に泊まったのだろう。
それはよくあることなので今更ではあるが、アリシアまでアリサと同じように眠そうな表情を浮かべていた。
「アム……お花見はお昼からでしょ……」
「うん……料理は逃げないから……もう少し寝かせて……」
そう言いながらアリサとアリシアの二人は、パジャマ姿のまま居間のソファーに倒れるように眠る。
そんないつもと違う二人の様子に驚きながらも、寝かせるものかとアムラエルは二人の周りで騒ぎ立てた。
しかし、あまりに深い眠りについた二人が目覚めることはなかった。
「……アム? それにアリサとアリシアも何してるの?」
「フェイト? 何が……」
いつもの早朝訓練を終え、戻ってきたフェイトとアルフがその光景を目にしたのは、それから一時間も経ってからのことだった。
お花見も今日を逃せば最後と言うこともあって、花見会場となっている海鳴臨海公園は盛況な賑わいを見せていた。
先に場所取りに来ていた恭也と士郎の二人が、後からやって来た桃子たち女性陣や少女たちに手を振って返す。
いつもの翠屋のメンバー。高町家一同に、忍やノエル、それにファリンを銜えた月村家女性陣。
そしてカイやシーン、それにいつの間にかちゃっかりと輪に加わり、士郎と酒を交わすガラたちメタ=リカーナのメンバー。
そこにいつもの仲良し少女たちとフェイトに抱きかかえられたアルフ。守護騎士たちを含める八神家一同が勢揃いしていた。
当然、ユーノやリンディも誘ったのだが、二人とも外せない仕事があるとかで不参加となっていた。
それはプレシアやリニスも同じだ。新組織のことや何かと忙しい時期だけに、全員が揃うと言うのには確かに無理があった。
「……アリサちゃん?」
「……ん? なんでもない。さあ、今日はジャンジャン騒ぐわよ!」
少し元気がない様子のアリサを見て、すずかは心配して声を掛ける。
一転して友達に心配させまいとなんでもない素振りを見せるアリサを見て、すずかは長年の付き合いから事情を察してそれ以上は何も聞こうとしなかった。
こうなることが分かってはいても、デビットが来れなかったことをアリサは寂しく感じていたのだ。
海外にいる母親にも随分と長いこと会えていない。
最後に会えたのは正月も終わった頃に帰ってきた両親と、少し顔を会わせたくらいだ。
寂しくないと言えば嘘になるが、二人が忙しい理由も事情も知っていたのでアリサは何も言おうとしなかった。
すずかもそんなアリサの気持ちや事情を知っている。だから、何も言おうとしなかった。
同情されることを何より嫌うアリサにとって、下手な慰めは逆効果だと知っていたからだ。
「アムちゃん、そんなに急いで食べなくても、まだまだあるから……」
「ふわぁい!! ふぇも、すふぉぐおいしいふぁら!!」
両手に料理を持って、口いっぱいに食べ物を頬張るアムラエルを見て、桃子は冷や汗を流しながら注意をする。
喜んで食べてくれるのは嬉しいが、喉(のど)を詰まらせはしないだろうかと桃子は心配でならなかった。
口に物を含みながらも、桃子に言い含められると素直に応じるアムラエル。
大人たちとの付き合いの中でも、特にアムラエルは桃子と仲が良かった。
この場合、餌付けされていると言うのかも知れないが、桃子の手料理には確かにそれだけの価値がある。
特に翠屋のパティシエを務める桃子の作るケーキは絶品で、あのD.S.ですら「美味い……」と、素直に賛辞したほどだった。
毎週欠かさず三度は翠屋に立ち寄るアムラエルは、実はかなり上得意のお客さまだ。
一人で食べる量も然ることながら、「一度はどれも食べたことがある」と断言するアムラエルの翠屋通振りは大したものだった。
それもあってか、新作ケーキの試食などを通じ、アムラエルと桃子の仲は密かに急接近していた。
まあ、結局のところ――
理由を幾ら並べたところで、結果的には餌付けされてると言うことなのだろうが、餌付けされている天使と言うのもシュールな光景だ。
「……フェイトちゃん」
「……なのは? それにアリサたちもどうしたの?」
そんななか、あまり楽しめないのか一人寂しそうに気落ちするフェイトを心配して、なのはが声を掛けた。
先程から手元の料理にもあまり手をつけていないのが見て分かる。
知らず知らずのうちに何度か吐く溜め息は、フェイトが重症なことを証明していた。
なのはがそんなフェイトに声を掛けると、そのタイミングを待っていたと言わんばかりに、アリサとアリシアが大きな袋を抱えて二人の間に割って入った。
フェイトとなのはは、突然大きな袋を抱えて現れた二人に驚きながら、その袋の中身は一体なんなのかと愚考する。
組み合わせが組み合わせの二人だけに、なのはとフェイトの二人は嫌な予感がしてならなかった。
「アリサ、アリシア……その袋の中身って」
「よくぞ、聞いてくれました!」
「聞いてくれましたっ!!」
不安そうに尋ねるフェイトに、アリサとアリシアは胸を張って答える。
次の瞬間――二人して「ジャジャーン!!」と大きな声で効果音を口にしながら、その袋をフェイトの前に広げて見せた。
ゴロっと転がり、現れたのは人の手。それを見たなのはは顔を引き攣る。
すぐに二人に向かって「アリサちゃん!? アリシアちゃん!?」と声を張り上げていた。
恐る恐るその手を握り、袋から引き出そうとするフェイト。
ズルズルと引き摺られて出てきた袋の中の人物を見て、フェイトは顔を青くして悲鳴を上げた。
「ダ、ダーシュ!!」
それは昨晩“謎の少女”二人に拉致されたD.S.だった。
白目を向き、まったく動かないD.S.を見て、フェイトはショックから大きく動揺を見せる。
今にも泣き出しそうな声を張り上げ、D.S.の名前を呼び続けるフェイトを見て、二人は何故か満足そうな表情をしていた。
「うん、フェイト元気になったみたい」
「ショック療法ってヤツよね」
「二人とも……ちょっと頭、冷やそうか?」
満足そうに話すアリシアとアリサを見て、なのははレイジングハートを取り出し顔を引き攣らせながら笑顔でそう言った。
突然降臨した黒いなのはを見て、「ええ? なんで!?」と涙目のアリシアに、「なのは、話せば分かるから……」と今更ながら悪ふざけが過ぎたことを後悔するアリサ。
そのまま二人は、黒いなのはに引き摺られたまま会場を後にした。
残されたのは突然のことに呆然とするすずかと、気にも留めていないのか桃子の料理に舌鼓を打つアムラエル。
そして身体を何故かブルブルと震わせるヴィータに、呆れた様子のはやてとシグナムたち守護騎士。
それにバカ騒ぎで気付かない大人たちに、D.S.の身体を揺さぶって名前を呼び続けるフェイトの姿が――
おかしくも空しく映っていた。
「ダーシュ、大丈夫?」
「酷い目にあった……」
どうやって作ったのかは分からないが、あの袋はあとで没収だなとD.S.は思った。
四次元どころか、中の世界は闇の広がる閉じた虚数空間。神の神秘のみが作り出せるという封印空間と同じような構造になっていた。
どんな偶然が重なれば、あんな危ない空間に繋がった入り口を作れるのか分からないが、二度もあのような空間に閉じ込められるとはさすがのD.S.も思いも寄らなかった。
――月村忍。少し頭が良い程度の“ただの技術者”と思って侮っていたが、侮れない相手かも知れないとD.S.は考えていた。
「たくっ……テメエも寂しいなら寂しいって素直に言いやがれっ!」
「でも……」
事情をすずかに聞いたD.S.は、何故アリサとアリシアがあんな行動を取ったのかを察した。
拉致するなどやり過ぎではあったが、確かに普段のD.S.の素行を知っていれば事情を話しても素直についてくるとは思えない。
二人が強硬策に出た考えも分からないではないが、さすがに不可抗力とは言え封印空間に閉じ込めるなど行き過ぎだった。
しかし、二人が黒いなのはに連れて行かれたと言う話を聞いて、D.S.は説教と袋の没収だけでお仕置きは勘弁してやるかと考える。
闇の書事件の際、スターライトブレイカーの威力を知っていたD.S.は、なのはの中にある狂気染みた力にも勘付いていた。
そのことから、しばらくは二人もそれで大人しくなるだろうと考える。
「でももヘチマもねぇ。たく、そんなとこばかり気を遣うんじゃねーよ」
困惑するフェイトの頭をガシガシと、D.S.はいつものようにその手で乱暴に撫でる。
だが、フェイトは嬉しかった。久しぶりに触れ合えたD.S.の手の温もりを感じ、そして心配してくれる友達や、同じように気に掛けてくれるD.S.の優しさに触れ、涙が出てくるほど嬉しくてたまらなかった。
ポロポロと泣き出すフェイトを見て、D.S.は小さく息を吐くと――
「バカが……そう言うときは泣くんじゃねぇ。嬉しかったら笑え」
D.S.にそう言われ涙を両手で拭いながら、フェイトはその笑顔をD.S.に向けた。
「――うん」
そう言って笑うフェイトの表情は、いつになく輝きに満ちていた。
……TO BE CONTINUED