作者:193
2009/01/31(土) 22:16公開
ID:4Sv5khNiT3.
ミッドチルダ――時空管理局に多大な影響力を持つ管理世界最大の魔法都市があるこの世界は通称『ミッド』と呼ばれ、数ある管理世界の中核として機能している。
時空管理局地上本部、管理局内部で『陸(おか)』や『地上』と呼ばれる彼らは、ミッドチルダをはじめとする管理世界全体の地上の秩序と安全を守るために日々奮闘していた。
本局が『海(うみ)』と称させる背景には、ロストロギアや次元犯罪者などの関わる重要犯罪の捜査のため、次元航行艦を有し次元世界を渡り歩く“広域捜査”を主な任務の主軸としていることが挙げられる。
そのため、死と隣り合わせの危険な任務が常に付きまとう彼らの活動には、地上にはない破格の考慮がされているのも事実であり、優秀な魔導師、最新の設備などは優先して本局に配置されているのが現実だった。
そうしたこともあり、地上の魔導師の質は本局に比べ全体的に低く、その機材や設備にも雲泥の差がある。
そのため、人々の生活のために本来は重視して守るべき地上の治安は、激化する次元犯罪者の横行により悪化の一途を辿っており、そこで働く管理局員も十分とは言い難い環境の中で苦しい現実を突きつけられていた。
どうしても次元世界全体に関わる大きな事件と違い、軽視されがちな地上の情勢。
その結果、陸と海の関係は最悪なものとなり、そのことが管理局の内部に大きな軋轢を生んでいた。
そしてここミッドチルダ首都クラナガン――
次元世界最大の魔法都市と呼ばれるここには先述の管理局地上本部がある。
その権力を誇示するかのように高く聳(そび)え立つ超高層タワー。
その最上階にこの地上でもっとも権力を有する男、事実上の地上本部最高権力者であるレジアス・ゲイズ中将の執務室があった。
苛立ちを抑えきれないのか、カツカツと指を机に打ちつけ、不機嫌そうな顔をして目の前の資料に見入るレジアス。
資料に載っていたのは、ジュエルシード事件から闇の書事件までの地球と本局のやり取りを記した詳細な報告書だった。
この資料はレジアスが自身の権力を使い、独自のルートで入手した機密文書だった。
本局はこれらの事件、特に闇の書事件に関しては地上に知られまいと徹底した隠蔽工作を行っていた。
もちろんいつまでも隠し通せるものではないが、本局襲撃などといった不備を地上に知られることだけは、エリート意識の強い彼らには耐えられなかったのだろう。
現に最初にこの資料を目にしたレジアスは表情を引き攣らせていた。
結局ロストロギアを確保できず、しかも犯罪者をみすみす見過ごすようなことをしたばかりか、その原因が本局を襲撃され、そこを現地の魔導師、それもたった一人の魔導師に助けられたことに由来するなど、失笑されてもおかしくない事件だ。
こんな馬鹿げた話、普通なら誰が信じるものか。本局がひた隠しにしたかった理由も分からなくはないとレジアスは思う。
何か本局を揺すれるネタがないかとこの事件のことを調べていたレジアスだったが、こんな馬鹿げた話を公に出来るはずもなかった。
そんなことをすれば本局だけの問題ではなく、管理局全体の権威を失墜させることになりかねない。
「レジアス、緊急の要件とはなんだ?」
「来てくれたか……何も言わずこの資料を見てくれ」
「これは……?」
レジアスの手元にある資料を手渡され、それに目を通す大男、ゼスト・グランガイツ。
首都防衛隊に所属するSランクオーバーの魔導師であり、数少ない古代ベルカ式魔法を継承する騎士でもある彼は、レジアスの部下であると同時に最も信頼の置ける親友だった。
海よりもずっと深刻な魔導師不足で悩む陸に置いて、ゼストのような人材は非常に貴重な戦力だ。
それ故に彼に期待を寄せる局員も少なくなかった。
古くからの親友であると言う以上に、そうした意味でレジアスはゼストのことを高く評価していた。
レジアスは地上本部を束ねる中将などと言う立場にあるが、魔法資質を持たないただの人間だ。
それ故に彼は権力に固執し、その采配と知恵、野心だけでここまで伸し上がって来た。その背景には、この劣悪な地上の環境を少しでもよくしたいと言う彼なりの思いがあったからだ。
地上の秩序と治安を守るため、今の腐敗しきった管理局の耐性を覆し平和を気付くためには、自分たちの思い描く未来を描くためにまずは権力がいる。何をするにも力は必要だ。
そのことを語り合ったレジアス、ゼストの二人は、互いにそれぞれの道を進む決意を表明し、今に至る。
互いに生まれも才能も、力の在り方も違えど、その志は同じ。それが二人の結束をより強いものとしていた要因だった。
「こんなことが……これは事実なのか?」
「ああ……現に聖王教会の小娘も、彼らに接触を図ったようだ」
あまりに現実離れした内容に驚きの声を上げるゼストに、レジアスはそれが現実に起こったことだと言うことを突きつける。
本来なら地上の治安を預かるのは地上部隊の仕事だ。地球に派遣される部隊に関しても、従来であれば地上の人間が派遣されるのが筋だった。
しかし、本局は地球は管理世界ではないと言うことを主張し、本局からの武装局員の派遣に止めると地上に通告してきていた。
そこには本局の思惑があったのだろう。本局は今回地球に設立される部隊を足掛かりに、メタ=リカーナの魔導師を戦力として管理局へ取り込もうと画策していた。
協力関係を築くことで、対処の難しい重要事件が発生した場合、協力を要請することも出来ると考えたからだ。
だからこそ、地上にこの件に介入されることを何より嫌っていた。
同じ管理局とは言っても、陸と海では思想や主義に大きな隔たりがある。
互いに協力し合うという考えが出来ない背景には、やはり慢性的な人手不足が原因となっているのだろう。
質量兵器の撤廃を訴え、魔法至上主義を掲げる管理局に置いて、魔導師の存在は非常に貴重な戦力だ。
しかし現実はそう簡単ではない。ここミッドチルダでも、魔導師として大成できるほどの資質を持つものは多くなかった。
ほとんどの人間は大した魔法資質を持たない一般人と言うのが現実だ。
そんな才能頼りの不確定な力に頼っていれば、当然ながらこうした問題が生じることは必然とも言えた。
だからこそ、管理局内部でも優秀な魔導師を巡って諍いが起こる。そうした現状をレジアスは嫌というほど見てきた。
今回の件も、そうした本局の思惑が先行した結果なのは間違いない。
「そこでだ。ゼスト、お前にはしばらく部隊を引き連れ地球に行って欲しい」
「正気か? そんなことをすれば海とて黙っていまい」
「何も言わせんさ。奴らには大きな失態がある。それに地上の秩序を守るのは我々の仕事だ。
奴らの好きなようにされてたまるかっ!」
「レジアス……」
首都防衛隊のストライカー。レジアスの片腕と称され、数少ないSランクオーバーの魔導師であるゼストを派遣するとなれば、地上本部の地球に対する姿勢も大きく示せることになる。
本局よりも明確な姿勢を示し、協力を約束することで、自分たちの有利に進めようというレジアスの思惑があった。
少なくともこのことにより、本局は地球との関係に思わぬ時間を割く結果に繋がることは明白だ。
それは結果的に本局襲撃事件で疲弊している本局の人手不足を逆手に取ることにも繋がる。
地上は確かに本局と違い、優秀な人材に乏しい。
その代わり、ここ十数年に渡ってレジアスが行ってきた政策の改変により、質よりも量――
人員の数は本局に比べ、かなり充実していた。
そのため、今回の件で本局が地球に割ける人材が少ない点をつき、地上は地球へと彼らより食い込める可能性が高い。
レジアスの考えを察してか、ゼストはそれ以上何も言おうとしなかった。
それに、その資料を目にして興味が湧いたのかも知れない。騎士として、本局に恐れられるほどの魔導師の存在に――
次元を超えし魔人 第31話『未来への渇望』(AS-STS)
作者 193
闇の書事件から、ちょうど一年――
今年も子供たちが心待ちにするクリスマスの時期がやって来た。
昨年は色々とあり過ぎて、クリスマスにお正月と、あまりゆっくりと楽しむ余裕がなかっただけに、今年の年末イベントに掛ける少女たちの意気込みは違っていた。
設営会場となっている月村家の屋敷では、豪華な飾りつけ、それにたくさんの豪勢な料理と、準備が着々と進められていた。
その会場の裏手には、赤いコートに帽子、それに白髭と、サンタクロースに扮した士郎とデビットの姿があった。
「うむ。お互い様になってますな」
「まったくです! これで子供(幼女)たちに喜んでもらえるなら安いものです」
士郎、それにデビットの中年二人組はともかくとして、女性陣もテーブルに並べる料理の準備を進めていた。
中庭に設けられたテーブルに数々の料理が運ばれてくる。中にアタリハズレがあるのか、異彩を放っているテーブルも一部あったが、概ね美味しそうではあった。
巨大なもみの木に飾り付けをしながら、アムラエルも運ばれてくる料理に目をやり涎(よだれ)を流す。
一緒に飾り付けや設営を手伝っていた少女たちも、そんなアムラエルを見て注意しながら呆れ返っていた。
さすがのアムラエルも「摘み食いをしたらご馳走はお預け」なんて、四方八方から釘を刺されていたものだから、大人しく言うことを聞いていた。
「アリサちゃん、嬉しそうだね」
「うん。今年はご両親も一緒だって――それが凄く嬉しかったんだと思う」
なのはとすずかが話をしながら目をやる先には、母親と一緒に嬉しそうに飾り付けをするアリサの姿があった。
花見の時もどこか寂しそうにしていたアリサを見ていた二人は、親友としてアリサの願いが叶ったことを心の底から喜んでいた。
この日のためにバニングス夫妻は、家にも帰れなくなるほど忙しい毎日に追われていた。
やはり何度もアリサとの約束を守れていなかったことに、後ろめたさを感じていたのだろう。
だからこそ、「今年のクリスマスだけは――」と仕事を前倒しにして時間を作って来ていた。
そんな両親の思いが嬉しかったのか、アリサはいつになく素直に両親に甘えていた。
この時ばかりはデビットを邪険にすることもなく、多少スキンシップをしてきても文句を言われるようなことはなかった。
そのことがデビットを増長させて、いつになくハイテンションにしたてていたのだが、今日くらいはいいだろうと周囲も生暖かい目でそんなデビットを見守っていた。
「では、クリスマスパーティーをはじめたいと思いますっ!」
主催者を代表して忍が合図を送ると、クラッカーが一斉に音を立てて鳴り響く。
たくさんの料理。それにビンゴゲームや、士郎やデビット、それに恭也たち男性陣の宴会芸など、楽しい賑わいを見せる。
そんな盛り上がる会場の隅で木陰に姿を隠すように腰を下ろし、一人で酒を飲むD.S.を見つけ、リニスは料理を片手に近づき声を掛けた。
姿が子供のままなので、酒瓶を片手に黄昏ているとシュールな光景ではある。
しかし、不思議と似合っているのだから不思議なものだ。リニスはそんなD.S.を見て微笑を溢した。
「ひとり寂しく酒盛りですか?」
「あ? そんなんじゃねーよ」
「ああ、なるほど。アリサたちに気を遣ってるんですね」
今日はアリサにみんな感化されたのか、フェイトやアリシアもプレシアにべったりと甘えている。
なのはも家族と楽しそうに話をしているし、はやても守護騎士たちと一緒だった。
クリスマスは家族と過ごすものだとよく言うが、こうして見ると彼女たちも、まだ家族に甘えたい盛りの子供なのだと思わせられる。
周囲の様子を見て、D.S.が大人しく隅で酒を飲んでいる理由に、すぐにリニスは気が付いた。
リニスは、そんなD.S.に取り分けた料理を差し出すと、同じようにその隣に腰を下ろし、手にした酒瓶をD.S.のグラスに傾ける。
メタ=リカーナで伝説として恐れられ、管理局からも今では畏怖される存在でありながら、彼の本質を知るものは少ない。
だが一度D.S.と言う男を知れば、誰もがその強さと優しさに魅せられ惹かれて行く。
それは不思議でもあり、当たり前のことのようにも思える。リニスの目にはD.S.のことが不思議で凄く魅力的な男性に映っていた。
我慢が出来ずクスクスと笑いながら酒を注ぐリニスを見て、D.S.は怪訝な表情を浮かべる。
「あ、雪……」
アリサが逸早くパラパラと舞い散る白い粒に気付き声を上げた。
それはまるで天からの贈り物のようでもあった。
星明かりに照らし出された中庭に、まるで白い宝石のようにキラキラと上品な輝きを放ちながら降り注ぐ雪。
突然の予期せぬ贈り物に歓喜する子供たち、そして肌を寄せ合い夜空を見上げる大人たち。
リニスとD.S.も酒を交わしながら、その光景に見入っていた。
「――ダーシュ!?」
「リニス、何やって!?」
D.S.に寄り添うリニスに気付き、大声を上げるフェイトとアリサ。
よい雰囲気に浸っていたところを邪魔されて、リニスはムッとした顔をする。
そんなリニスを見て、すぐさまフェイトがD.S.にしがみつき「リニスだけずるい」と甘えはじめた。
さすがにアリサはそんなことが出来ないのか、D.S.に対して「離れなさい!!」と大声で抗議し始める。
「フフ……モテモテですね」
「……これを見て、本気でそう思うか?」
騒ぎを聞きつけ、D.S.を引っ張り合いながらワイワイと騒ぎ始める少女たち。
そんな光景を、リニスと大人たちは微笑ましそうに見守っていた。
恭也と士郎の二人だけは「娘(なのは)は渡さん!!」と叫び、どこからか持ち出した小太刀を構えてD.S.に襲い掛かろうとするが、それは金属バッドとフライパンを持った忍と桃子の妨害によって未遂に終わってしまう。
それはデビットも同じだった。こちらは「アリサが〜! アリサが〜っ!!」と妻に泣きついているのだから始末が悪い。
楽しくも、恥ずかしい聖夜だった。だが、決して嫌な感じではない。
色々なことが確かにあった。平和になったと言っても、まだ問題は山積みで、本当の平穏などいつ訪れるとも分からない。
しかしこの光景を見ると、そんな日常をなんとしても守りたい、そんな気持ちに駆られるのを感じる。
バカなことをしながらも、デビットは横目でそんなアリサたちのことを見て――笑っていた。
魔導師犯罪対策機関の準備は着実に進んでいた。四月の完成を目処に使用する施設の方も着工に入っている。
長い間使用されていなかった公共施設を使用し、そこを改築して利用出来るようにすることで話はまとめられ、聖王教会の協力もあって人材不足の件に関しても概ね解消の見込みが立ち始めていた。
もっとも、あちこちに借り出されていたリーゼ姉妹は弱音を吐くほど肉体的に疲れ果てていたようだが、それも今までのことを思えば罪滅ぼしのようなものだろう。
管理局に比べれば組織と言っても、それほど巨大な物ではない。
部隊運用はあくまで緊急時や大きな事件を除いて地球でのことに限られるし、そのほとんどの事件は魔法に関連深い日本に集中していると言う背景がある。
そのため、現地の魔導師は精々数百人程度。四月から合流予定の、管理局からの派遣部隊や、聖王教会から出向が予定されている騎士を入れても千人に満たない。
これを多いか少ないかと捉えれば、決して多いとは言えないだろう。
魔法と馴染みの薄い地球の人々から見れば、魔導師がこれだけ集まったと言うだけでも確かに壮観ではあるが、他世界との交流により予測される魔導師犯罪の増加や魔法災害などのトラブルを考えれば、楽観視は決して出来ない数字だった。
そこは今後、長い時間を掛けて少しずつ組織を大きくしていくしかない。
課題としてはまだ山積する問題が山ほど残っていたが、出だしとしては“まずまず”の出発だと言えた。
「お疲れ様です。これで、なんとか落ち着きましたね」
「ああ、最初はどうなることかと思ったがね」
シーンからお茶を受け取り、デビットは「やれやれ」と言った感じで一息つく。
ここまで管理局と地球の間に立ち、調整を続けてくることは想像を絶するほど大変だった。
互いに利害があるし思惑もある以上、それは仕方のないことだが、隙を見せればそこからどんな条件を飲まされる分からない。
更には聖王教会とも交渉を持ったことで、管理局の心象はかなり悪かった。
陸と海を隔て、管理局内部でも随分と軋轢があるようだし、まとまりが取れていないのは地球も管理局も同じことかと、デビットは苦笑を漏らした程だ。
しかし、その一年に渡る大変な交渉もようやく終わり、あとは新組織の門出を待つばかりとなっていた。
これからのこともある以上、重積する様々な問題は確かに残っているが、今は肩の力を抜いて一息つこうとデビットは思う。
「ところで……本当にこれでいいんですか? 本人たちは納得いってないようですが……」
「この国の法律に沿ったまでだ。そもそも義務教育も卒業してない子供を働かせるわけにはいかんだろ?
それも、こんな危険の付きまとう組織で……わたしは管理局の常識の方を疑いたくなるよ」
新組織の就労条件に関しての規約では“原則満十八歳以上でないと認めない”と記されていた。
これはこの組織に所属するのであれば地球出身者だけでなく、管理世界の住人、当然管理局や聖王教会の魔導師や騎士にも適用される。
例外として義務教育過程を終了した満十五歳以上であれば候補生制度というものが受けられるが、それはあくまで“魔導師を志す適正ある人材を育成する”と言う名目で設けられているもので、危険な任務に担ぎ出そうと言うものではない。
あくまで卒業までの三年間、魔導師としての心構えや、魔法についての技術や危険性を学ぶための場に過ぎない。
今回、調整で苦労したのはこの点だった。いくら人材不足だと言っても、管理局と地球とでは青少年に対する倫理観が大きく違いすぎる。
地球での常識に照らしわせれば、普通の職種であれば満十五歳以上、軍隊や危険の伴う仕事ともなれば満十八歳以上が原則だ。
にも関わらず、戦力となりうる魔導師の数が少ないという理由から、管理局はまだ十歳に満たない少年少女をも働かせていると言う。
当然、そんなことが許せるはずもなかった。それが管理世界の常識なのかも知れないが、ここはあくまで地球だ。
管理局の主張に反し、それだけはデビットも頑なに譲ろうとしなかった。
そんなことを許せば日本だけでなく、国際世論が黙っていないと反発し、管理局の主張を跳ね返した。
それは当然だろう。シーンはこの決定を聞いてほっと胸を撫で下ろしたが、納得が行かなかったのか、不満そうな顔をしていたのは一部の少女たちだ。
ちゃんとした組織が出来れば、自分たちも助けになれると思っていた矢先にこの話だったので、その落ち込みようは大きかった。
しかし、よく考えれば当たり前のことだ。フェイトなどは仮にも管理世界出身なので分かりにくいかも知れないが、なのはとはやては大人たちの言うことも理解できた。
だから不満そうな表情を浮かべてはいたが、それ以上何も反論しようとしなかったのだろう。
この先、魔法に関する法律がどんどん整備されていけば、ミッドチルダのように市街での無許可での飛行魔法の使用や、魔法の使用そのものも大きく制限されてくるに違いない。
デビットや大人たちの考えでは、せめて高校を卒業する程度までは、子供らしくしていて欲しいと言う思いがあったに違いない。
それに魔法の訓練をしたいのであれば、今まで通り結界の張られた場所でやればいいことだ。
バニングスの屋敷なり、はやてのためにと最近では月村家の敷地の森にも結界の完備された訓練場が設置されている。
納得が行く行かないの問題ではなく、これは受け入れるしかない決定だった。
「これで少しは大人しくなってくれると助かるんだが……」
「無理だと思いますよ。頑固な子たちですから、まあ目の前で何か起こってて見過ごせるタイプではないのは確かですね」
「はあ……」
シーンの言うことが、もっともだと思ったデビットは大きく溜め息を吐く。
素直に言うことを聞いてくれそうにないのは、何もなのはたち魔導師組の少女たちばかりではない。
前は随分と嫌がっていた社交界などの場に顔を出すようになったアリサに尋ねてみれば、将来は会社を継ぐことよりも外交関係の仕事につきたいと言い出していた。
デビットは娘が「父親のような仕事をやりたい」と言うのは嬉しいようで複雑な気分だった。
しかし、アリサが思い悩んで決めた夢であるのなら、父親として応援してやらないわけにはいかない。
そのことが、デビットの心労を大きくしていた。
アリシアもプレシアのような技術者になると言い、最近では忍とも交流を持って物騒な実験をしている様子だし、唯一まともそうに見えるすずかでさえ、最近ではアリシアに付き添ってデバイスの勉強に取り組んでいるようだった。
その切っ掛けとなったのは、D.S.やアムラエルの身体のことらしい。
二人には何度も助けてもらい、たくさんの大切なものをもらった。
だから、何かお返しをしたい。でも、今の自分では何もお返しすることなんて出来ない。
今すぐは無理かも知れないが、いつか月村重工を背負って立つ立場になったとき、その恩を返せるようになりたい。
どうも、そう言うことらしい。
その話を聞いた忍は、「よく言った! お姉ちゃん、応援するからね!!」と何故かガッツポーズを取っていたらしい。
「ま、まあ……最悪の場合はアムラエル、それにD.S.もいるんですから大丈夫ですよ」
シーンの微妙なフォローにデビットは渋い顔を浮かべる。
そのD.S.やアムラエルと言うのが、デビットには一番の不安材料に思えてならなかった。
いよいよ地球と管理世界の交流が目前に迫った頃――
そんな空気は知るかとばかりの横柄な態度で、自由気ままに管理局の勢力下であるミッドチルダ首都クラナガンを闊歩するD.S.の姿があった。
指名手配を受けている次元犯罪者と言うわけではないが、件の本局襲撃事件に置いて管理局を震撼させた人物の行動とは思えない。
それは付き添いのリニスから見ても、清々しいほど堂々とした姿だった。
これなら例えD.S.の顔を知っている者が見ても、今の子供の姿や、この堂々とした態度を見れば人違いか何かと思うだろう。
リニスはそんなことを思いながら、D.S.の少し後を歩いていた。
「でも……よかったのですか? こんなの勝手に持ってきて」
「いい、オレ様が許す」
リニスが手に持っている袋の中には、ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領から拝借してきた“ベルカの重要書物”がいくつも入っていた。
探知魔法が張り巡らされ、魔法による封印が施されている場所に、なんでもないように入ってくD.S.に度肝を抜かれながらも、言われるがままリニスは棚に収められた重要書物や貴重な文献をその袋へと詰めていった。
その袋、実はD.S.が花見の件でアリサから奪い取ったものだった。何かと便利なので、こうして大量の荷物を持ち運ぶ時に重宝しているのだが、リニスもまさかこんな“こそ泥のような悪事”に加担させられるとは思っても見なかった。
こんなところを管理局員に捕まれば大事になることは間違いない。
しかし、正面から乗り込まれて大惨事を引き起こされるよりは、まだこっそりと拝借する方が平和的な気もする。
最近、プレシアも自分も随分とD.S.に毒されてきたなとリニスは考えることを諦めた。
「なんか、美味いもんでも食っていくか」
「そうですね。この辺りだと……」
リニスが周囲を見渡し、店を探そうと大通りに視線を向けた時だった。
突然、目の前の銀行と思しき建物が瓦礫を撒き散らし、大きな音を立てて爆発する。
「えっと……」
リニスは突然の出来事に驚き、言葉を失った。どうやら金目当ての銀行襲撃犯による犯行のようだった。
相手は魔導師なのか、安物のストレージデバイスのようなものを片手に、周囲に威勢良く怒鳴り散らかしている。
威嚇しようと犯人がまたデバイスを振り上げると、D.S.とリニスのすぐ傍にあったビルの看板に、その放たれた魔力弾が衝突した。
その衝撃で支えていた支柱が折れ、看板が歩道に向けて落下をはじめる。
落下してくる看板は僅かにD.S.とリニスの位置からずれていたが、その先には小さな女の子と母親と思しき女性が立っていた。
母親が身体に差し掛かった巨大な影に気付き空を見上げると、落下をはじめた看板がすぐそこに差し掛かっていた。
突然のことに驚き、悲鳴を上げて我が子を庇うように子供に被さる母親。
そこにいた誰もが間に合わない。そう思うほど絶望的な光景だった。
そのことに気付き、咄嗟に助けに入ろうとしたリニスも、間に合わないことに気付き目を遮った。
「――!?」
大きな落下音と土埃を巻き上げ、その場は現場を見ていた人々の悲鳴で騒然となった。
リニスは晴れてくる煙の中、下敷きになった親子のことを思い、悲痛な表情を浮かべる。
しかし、煙の晴れた先、おかしなことにそこには人影が立っていた。
看板は拉(ひしゃ)げ、完全に原型を留めていないが、親子に衝突する前に防御結界のようなものに遮られ、空中で静止していた。
その親子の横には、先程までリニスの前を歩いていたはずのD.S.が立っていた。
それを見てリニスは、ほっと胸を撫で下ろす。
「――テ、テメエ!!」
管理局の魔導師の邪魔が入ったと勘違いした男は、D.S.に向けてその杖を構えた。
リニスはその無謀とも言える男の行動に、ほっとしたのも束の間、顔を青くして卒倒する。
このままでは街中で“スプラッタ殺戮ショー”の開幕なんてことになりかねない。
下手したらD.S.の怒りを買って被害が拡大、最悪の場合はクラナガンが崩壊するかも知れない。
そう考えたリニスは「まって!!」と叫び、D.S.の元に駆け寄った。
――が、遅かった。
「――ダムドッ!!!」
D.S.の手から放たれる爆裂魔法。ダムド――高位の魔導師にしか使えないとされる魔法の中でも使い勝手がよく、火属性の魔法を得意とするD.S.が好んでよく使う魔法の一つだ。
殺傷能力がとても高く、その爆発に巻き込まれた者は、一般人はおろか、並の魔導師でも危険な一撃だった。
リニスはその爆発に飲み込まれる犯人を見て、「やってしまった……」と頭を抱えた。
建物の倒壊や街の破壊にまでは至っていたないが、管理局の勢力下で殺人はまずい。
いくら相手が犯罪者であろうと、管理局員でもない人間が殺してしまったとあっては言い逃れが出来ないだろう。
そうなれば素直にD.S.が応じるはずもなく、クラナガンの崩壊。ミッドチルダの終焉なんて、冗談では済まない光景がリニスの頭の中に浮かんできた。
「D.S.……管理局の来ないうちに早く」
最悪の状況だけは出来るだけ回避しないとと、そう思ってD.S.の手を引くリニスだったが――
D.S.の服の裾を持ち、放そうとしない先程の少女が目に留まる。
「お兄ちゃん……ありがとう」
「…………」
少女から礼を言われ、ポンッと頭を一撫ですると、D.S.は踵を翻してそのまま何もなかったように元来た道を歩き出した。
慌てて後を追いかけるリニスの後ろで、母親が頭を下げて見送っている様子が見える。
何かを言ってあげればいいのにと思いながらも、リニスはD.S.の背中を追いかけながら苦笑を漏らし、それ以上は何も言おうとしなかった。
その後、少し遅れて現場に到着した管理局員は、現場の様子を見て呆気に取られていた。
魔法によって破壊されたビルの一部や拉げた看板。
それよりも被害が酷かったのが、まるで何か強力な爆弾で抉り取られたかのように出来た――
地面に空いた小さなクレーターだった。
とても、そこらの三流魔導師の犯罪者風情がやったとは思えない痕だった。
こんな直撃を食らったのであれば、犯人も生きてはいないだろう――
現場に赴いていた責任者と思しき女性は、そう考えて悲痛な表情を浮かべる。
「クイント――犯人が穴の底で気を失ってる!」
クイントと呼ばれた女性は、その声を聞いて慌てて穴の底を見た。
そこには酷い魔力ダメージを負って気を失ってはいるが、確かに生きた犯人の姿があった。
「命に別状はないわね」
「メガーヌ……どう言うこと?」
「どう言うことも何も、非殺傷設定でノックダウンしただけ――ってことじゃないの?」
「それにしては……これはやり過ぎじゃない?」
一緒に現場に来ていた同僚のメガーヌに話を聞いて、目の前の小さいとは言えクレーターを作るような魔法を撃った魔導師が、非殺傷設定を考慮していたことにクイントは驚く。
てっきり犯罪者同士のいざこざか何かだと思っていたからだ。
しかし、周囲で聞き込みを行ってきた局員から話を聞くうちに、クイントはよく分からなくなってきた。
親子を神技のような速度で救った男の子。しかも凶悪な犯罪者を一撃でノックダウンした魔導師。
状況を見るに高ランクの魔導師が関与していたと言うのは分かったが、そんな人物が地上に来ているなどと言う報告を受けていない。
ミッドチルダ、特に首都への高ランク魔導師の入国は厳しく制限されているため、管理局に所属している人間でもなければ自由に出入りすることは出来ない。
これをやったのが休暇中の管理局の魔導師だったとしても、それなら何故、何も言わずに立ち去ったのか理由が分からない。
クイントは謎の魔導師のことを考えて思い悩んでいた。
「正義の味方なんじゃない?」
「……正義の味方?」
メガーヌの呆気らかんとした答えを聞いて、クイントは胡散臭そうな顔をする。
そんな正義の味方が何故、何も言わずに雲隠れしなくてはいけないのか? 謎は深まるばかりだった。
「そんな正義の味方がいるなら、もっと協力して欲しいわよ……」
家で待つ夫や我が子がいると言うのに、仕事が忙しいため、あまり家に帰ることが出来ないでいたクイントはそんな不満を口にした。
メガーヌも同じ子供を持つ母親としてクイントの気持ちが分からないでもないのか、そんなクイントを見て苦笑を漏らすばかりだった。
なのはが魔法と出会うことになったジュエルシード事件の年から、数えて三度目の春を迎えた。
四月の優しい春風が、新しい生活の訪れを感じさせてくれる。
少女たちも五年生になり、今年からは上級生として後輩を導く立場に立ったと言うことも影響しているのか、以前より少し落ち着いた様子を見せていた。
男の子に比べて女の子の方が早熟だと言うが、彼女たちは特にだろう。
なのはやフェイトは鈍いと言うか、そちらの方は相変わらずのようだが、アリサたちは十もそこらの小学生とは思えないほど女らしい一面を見せるようになっていた。
特にすずかは最近胸が膨らんで来ていることを気にしているようで、はやてに成長確認と言われては揉まれて困っている様子だった。
アリサとアリシアは、そんなすずかを見て「まだ先は長いから大丈夫」と何やら手を組み少女同盟を締結していた。
そんななか、密かにフェイトがブラジャーをしているのに気付き、アリシアが「裏切り者っ!」と泣き叫んでフェイトを困らせていたのはここだけの話だ。
「ゼスト・グランガイツ以下二百名――本日着任しました」
そんななか、ここ地球に新設立された魔導師犯罪対策機関も、春の訪れと共に組織としての門出を迎えようとしていた。
一年以上に及ぶ管理局や聖王教会との交渉。そして人材の確保や、次元世界との交流に向けての準備など、忙しくも早い一年ではあったが、ここまで漕ぎ着けることが出来ただけでも感慨深いものがあった。
この組織が足掛かりとなり、他世界と末永く友好的に付き合っていければ、それにこしたことはないとデビットは思う。
そのためにもまずは管理局、聖王教会、地球だと――
管理世界、管理外世界だと諍いを起こすばかりではなく、互いに協力し歩み寄っていける関係になれればと考えていた。
時に意見が衝突し、主義が反発しあうこともあるだろう。
だが、同じ人間である以上、握手を交わし、言葉を交わすことが出来るのであれば、いつかは――と夢を見たくなる。
恒久的な平和など有り得ない。それこそ単なる幻想だと笑われるだろう。
しかし、次の世代に――子供たちに託してやれる未来は、今よりは少しはマシであって欲しい。
そんな願いが込められた組織がこの――
「バスタードへ――ようこそ」
デビットはゼストに手を差し出す。
その手は組織へかける思いと、未来への渇望で満ちていた。
……TO BE CONTINUED