作者:193
2009/02/04(水) 12:48公開
ID:4Sv5khNiT3.
次元世界との交流。
そしてそれによって起こりうる可能性として、まず危惧されたのが未知の文明との交流による様々な事件や犯罪の増加だ。
管理世界では、それでなくても次元犯罪者による魔導師犯罪や魔法関連の事件が毎日のように横行している。
魔導師による犯罪――まだ地球ではそれほど目立ったものではないが、魔力を持たない一般人にとって魔導師が危険な存在であることは間違いない。優秀な魔導師になれば一軍にも匹敵する力を持つのだから、力を持たない人たちの目にはさぞ脅威に映ることだろう。
誰もが正しい力の使い方をするとは限らない。それは魔法だから質量兵器だからと、そんな単純な問題ではない。
そのことは未だ世界中で起こり続けている紛争や凶悪犯罪、治(しず)まることを知らない諍いの連鎖を見れば分かることだ。
こうした問題は何も地球だけの話ではない。管理世界、管理外世界、この世界すべてが抱え続ける大きな問題だった。
そして地球は残念ながら魔導師への対処に関しては、何もかもが管理世界に比べ遅れていた。
魔導師と言えど、まさか一人の人間に対処する度に一軍を動かすわけにもいかない。
ましてやそれでは初動が大きく遅れ、大きな事件へと発展する危険性すらある。
特にロストロギアに関連した事件は国家の存続ばかりか、時には世界に滅亡の危機をもたらすほどの危険がある。
そうした意味では管理局が血眼になってロストロギアに固執する理由も、地球側とて分からなくはなかった。
それが管理局の手によってきちんと保管されているかどうかは別としても、地球としても軽視出来ない問題であることは事実だった。
そんななか発足されたのが魔導師犯罪対策機関――通称『バスタード』だ。
彼らは地球やその近郊世界に置ける犯罪、危険とみなされる様々な魔法関連の問題に対処すべく設立された。
名目上は魔導師犯罪対策と称しているが、その活動は様々だ。
魔法が関連していると思われる事件から超常的なものまで、時には管理世界との仲介に立ち、交渉の仲立ちをすることもある。
その実体は“次元世界専門の対策機関”と言ったところだろう。
構成人員も様々で、管理局の陸と海の双方から派遣されている魔導師部隊。聖王教会からの支援で受け入れた騎士と修道女。
それにメタ=リカーナを主軸とする地球の魔導師。もっともこれには管理局に所属していないフリーランスの魔導師など次元世界の魔導師も多数含まれており、基本的にやる気のある人材であれば、率先して組織に取り込もうという考えが顕著に出ている。
確かに管理局の言うとおり、魔導師として大成できるほどの魔法資質を持った人は少ない。
地球だけですべての事件に対応できるほどの魔導師を確保することは難しいのが現状だった。
結局、どれだけ優秀な魔導師が揃っていようが、数がいなければ対応も遅れ、対処できる事件の件数も限られてくるのが現実だ。
それにどうしても一人では対処できない問題も出てくるだろう。そうした意味でも人材の確保は重要だった。
聖王教会の協力で次元世界での人材確保は概ね成功したと言える。だが一括りに次元世界と言っても様々だ。
地球のように質量兵器を保有し紛争で苦しんでいる世界もあれば、魔導師や戦士、それに亜人に竜種など、中世のファンタジーのような世界も存在する。
基本的に次元世界は管理局の見方に合わせると、管理世界、管理外世界、無人世界、観測指定世界などに分類されるが、それだけも多岐に渡っていることが分かる。
当然それぞれの世界は固有の問題を抱えていることが大半で、どこも平穏無事と言うわけにはいかない。
戦争により食べる物がない。異端の力を持ってるが故に迫害を受けている。単に金のために傭兵をやっているだけなど、そうした様々な問題や主義を抱えたものたちを見つけ、バスタードは人材の発掘を行ってきた。
候補生制度を設けた背景にも数年先を見越して、そうした問題を抱えながらも魔導師としての道を歩みたいと考えている人材を確保したかったからだ。
当然、管理局でもこうしたスカウト活動は常時行っているが、全員が全員、管理局のやり方に納得がいっているわけではない。
管理局の思想に意義を唱えるものがいれば、管理局のやり方そのものに不満を抱えるものもいる。
それは管理外世界だからと言うばかりではなく、管理世界でも同様だ。
それにバスタードと管理局で大きく違った点は、雇用形態と大筋の抱える問題に対しての待遇の差だ。
国連や参名国からの支援、バニングスや月村重工をはじめとする名だたる経済界の企業から支援を受けていることもあって、発足したばかりの企業としては異例なほどの潤沢な資金がバスタードにはあった。
危険な仕事には相応の対価を――と言う考え方は、企業家でもあるデビットならではの考えだ。
それもあって、就労年齢など管理局にはない細かい取り決めはあれど、仕事によって支払われる報酬や待遇などは破格だったため、受け入れる者も少なくなかったと言うのが実情だ。
もう一つ補足することがあるとすれば――魔導師に対抗できるのが、何も魔導師だけでなくても構わない。
そんな管理局では想像もつかない考えでスカウト活動を行っていたことも要因の一つだろう。
「うあ……あれって魔法じゃないですよね?」
「……どうやら、そのようだな」
クイントは目を丸くして目の前の光景に魅入っていた。
ゼストが唸る視線の先には、メタ=リカーナを主軸とする地球部隊の訓練が行われていた。
全員が全員、魔導師というわけではない。魔力ではなく気を巧みに使用し、熟練された武術や持ち前の身体能力で戦う者も入れば、管理局の否定する銃火器をはじめとする質量兵器を惜しげもなく使用する者もいる。
もっとも、さすがにカイには敵わないのか、一対五十と言う有利な条件にも関わらず手も足も出ていなかった。
魔力にしても、気にしても、質量兵器をはじめとする武器にしても、ようは使い手次第だ。
この組織では魔導師だからと優遇されるわけではない。求められるのは純粋に実力と実績。
気を極限まで高め、武人として開花する者もいれば、武器の扱いに長け、技術で抜き出る者もいるだろう。
後ろを支えるバックヤードもそうだ。事務処理や交渉ごとに長ける者。武器の製造や技術の開発や解析などに才能を持つ者。管制や指揮適正が高い者。そのすべてに平等に役割と機会が与えられる。
才能とは魔法資質のことを指すのではなく、それぞれが持つ個性や技術、潜在的な力のことを指す――
と言う考え方は、多くの実力者を有するメタ=リカーナならではだった。
「こんなのミッドじゃお目にかかれませんもんね」
「うむ…………」
目をキラキラさせて興味津々のクイントに比べ、ゼストは何やら深く考え込んでいた。
ミッドチルダだけの問題に関わらず、管理局は魔導師や魔法と言う力に偏り過ぎているため、現在も多くの問題を抱えているのが現状だ。そのため、優秀な魔導師の取り合いのような諍いが管理局内部でも発生し、派閥や軋轢を生んでいる現状をゼストは快く思っていなかった。
そうしたすべてのシワ寄せは現場にやってくる。
いつも危険に晒されるのは、前線で戦っている魔導師や騎士であることは言うまでもないからだ。
当然ながら、そうした本局との関係にはレジアスも頭を悩ませていた。しかし、それを考えるとレジアスが自分をここに送った理由も見えてくるとゼストは考える。
レジアスが魔導師に頼り切った現在の体制に不満を抱えていることはゼストも知っていた。
しかし、質量兵器撤廃を訴える管理局に置いて、魔導師至上主義は避けられない問題として根深く定着している。
だが、限りなくグレーゾーンではあるが、目の前の訓練を見ているとその解決の糸口が見えなくはない。
銃火器などの質量兵器は兎も角として、魔力以外の力である気や、火薬などを用いない武器であれば、管理局でも採用できないかとレジアスが考えていることは間違いないだろう。
もちろん強力な魔導師を抱えるメタ=リカーナとの関係を気にしてはいるのだろうが、レジアスの本当の狙いは現在も続いている管理局の魔導師至上主義の考え方に、一石を投じることが狙いなのだとゼストは考えた。
「隊長っ! わたしも訓練に参加してきて大丈夫ですか!?」
我慢出来なくなったのか、拳を握り締めてうずうずしているクイントを見て、ゼストは小さく溜め息を吐いた。
同じ管理局の魔導師とは言っても、ベルカの騎士であるゼストにはクイントの気持ちが分からないでもない。
クイントの得意とする武器も、両拳に装備されたアームドデバイスから放たれる一撃と、魔力モーターを装備したローラーブレードから生み出される爆発的なスピードを生かした近接戦闘にある。
近代ベルカ式と呼ばれる近接戦特化魔法を使用する中でも、特にクイントのそれは極端なものだった。
魔力を使用していると言っても、それは肉体の強化や爆発的な突進力を得るためであって、クイントの本領は鍛え上げられたその肉体と洗練された格闘技から繰り出される拳にある。
力の方向性は違えど、極限まで洗練された技術や流れるような剣捌き、そして近接に特化されたカイの動きを見れば、クイントが戦ってみたいと思うのは無理もなかった。
「今はやめておけ。我々も、この組織に所属しているとは言っても出向扱いだ。
だから客らしく大人しく――しているわけがないか……」
すでに返事も聞かず訓練場へと走っていくクイントを見て、ゼストはただ大きく溜め息を吐くしかなかった。
次元を超えし魔人 第32話『消えた親友』(AS-STS)
作者 193
ミッドチルダ西部エルセア。
数多くの住居が立ち並ぶ住宅密集地でもあるここには、首都から近いこともあって多くの管理局員も居住している。
それはクイントも例外ではなかった。夫婦共に管理局務めの彼女たちは、ここエルセアに一戸建ての住居を構え、家族四人で暮らしていた。
居住区に入って少し北西に進んだところに見える白い家。庭付きの一戸建てで、家族四人で暮らすには十分な広さがある。
夫婦ともに管理局務め、しかも夫のゲンヤは魔法資質のない一般人でありながら、陸士部隊の役職勤めをする優秀な局員だった。
と言うこともあって、一般的な家庭のと比べてもそれなりに上。中流階級以上の水準の生活を送れていたと言っていい。
「メガーヌおばちゃん、母さん元気でやってるかな?」
「おば……メガーヌ“お姉ちゃん”でしょ? まあ、あんまり暴走してなきゃいいけど……」
短髪の青い髪の少女に「おばちゃん」と言われ、顔を引き攣るメガーヌ。
その頃、クイントの相棒でありストップ役のはずのメガーヌは、ミッドチルダに一人居残りとなっていた。
産休明けでまだ子供も幼いメガーヌは、周囲の勧めもあって地球行きを断念したからだ。
クイントも子供のことがあるからと、今回の地球行きをどうするか迷っていたようだが、メガーヌが残るならせめて自分だけでもゼストについて行くと志願していた。
その間、クイントの夫であるゲンヤ・ナカジマも、管理局の陸士警備隊勤務と忙しい身であるため――
クイントの子供である“二人の少女”の世話もメガーヌは快く請け負っていた。
「こら、スバル! ダメでしょ!!」
「ギンガちゃん、いいのよ。クイントの子供なんだもの……予測して然るべきだったわ」
「はあ……」
礼儀正しく大人しそうに見えても、大人顔負けの格闘スキルを持つ長髪の少女ギンガに――
姉のように格闘には興味ないようだが、その天然性格でズバっと人の気にしていることをついてくるスバル――
二人とも性格が違うようで、よく母親に似ているとメガーヌは思った。
管理局の仕事も非常勤にしてあるし、クイントもいないのだから当分はゆっくり出来るだろう――
と考えていたメガーヌの考えは、二人の少女によって甘い幻想として打ち砕かれていた。
――とある無人世界。そこに天然で出来たものとは思えない人工の洞窟があった。
その地下深く、張り巡らされた鋼鉄の通路の奥に、一際開けた大きな空間を持つ大部屋がある。
中心に聳(そび)え立つ巨大な氷柱。そしてその前には二人の男女の姿があった。
「それで? 老人たちはなんと?」
「所詮は一世界のことに過ぎない。優れた魔導師と言えど少数で何が出来ると――
管理局の脅威としては考えていないようです」
「それは無理もないだろうね。それに老人たちにとって、今はそんなことよりこちらの方が気になるのだろう」
厳しげな表情を浮かべる長髪の女性。その女性の話を聞きながら、狡猾な笑みを浮かべる白衣の男。
二人の前には、氷漬けにされた六枚の羽を持つ少女が眠っていた。
それは先日、クロノが写真で見た少女だった。最高評議会に確保され、本局の研究チームに連れて行かれたと言う件の少女。
生きているのか死んでいるのかも分からない様子で静かにあどけない表情で眠るその少女は、寝顔だけを見ていれば聖書に出てくる天使のようにも見える。
しかし不思議なことに、特殊な冷房設備が整えられているわけでもないのに、その氷は水滴を一滴も浮かべていない。
どんな工作機械でも傷一つ負うことがなく、どんな熱や環境でも溶けることがないその氷は、この世のものとは思えない構造をしていた。
「神に反抗せし地獄の悪魔たちを封じ込めているとされるコキュートスの永久氷海。
それを現実に目にすることになるとはね。このことを老人たちがどう考えているかはともかく――
そのひとりの魔導師が管理局、いや人の手に負える相手ではないと言うことを理解しているかどうか」
「……博士?」
「クククッ……何、おもしろくて仕方ないのだよ。プロジェクトF、戦闘機人――
その何れでも成し遂げることが出来なかった生命研究の答えがここにある」
女性から「博士」と呼ばれた男は、氷の中で眠り続ける少女に向かって両手を広げて大声で叫ぶ。
「あの“男”の情報に間違いはなかった――なら、わたしのすることは一つだけだっ!!」
狡猾な笑みを浮かべ男は笑う。その笑い声は甲高く響き、その広い部屋に木霊すように共鳴する。
まるで理想の玩具を見つけたかのように無邪気に笑う男の仕草は、狂気に満ちていたと言ってもいい。
究極の生命。命のルーツを追い求めて来た男の欲望は、現実のものとして目の前にあった。
遺伝子工学、生命操作、ロボット工学――
様々な生命に関係する技術あれど、未だ人類は“生命へのルーツ”に至る道の解読には至っていない。
それは今は無き、古代ベルカ文明やアルハザードですら成しえなかった至高の命題。
創造主へ反旗を翻し兼ねない禁忌の研究だった。
「ウーノ、姉妹たちを集めて置いておくれ。これから忙しくなりそうだ」
「はい――博士」
ジェイル・スカリエッティ――
管理局から恐れられる広域犯罪者でありながら、数々の生命操作や生体改造の技術を発明した稀代の天才科学者。
自身もその研究結果の産物、アルハザードの異端児であるとされるが、その実体は謎に包まれている。
この先、彼が何を考え、何を企んでいるかは彼以外に知る由もない。
しかし不吉な予感を臭わせる、最悪の事態になることは想像に難くなかった。
新組織発足から半年――そろそろ闇の書事件から二年の月日が経とうとしていた。
地球と管理世界との交流もはじまり、少数ではあるがミッドチルダと地球を結ぶ国交便が運行しており、民間企業をはじめとする仕事の交流や、未知の世界を一目見ようと観光客なども増え始めていた。
交通手段などの費用対効果がよかったのが、この交流を加速度的に普及させた大きな要因に上げられるだろう。
飛行機や船などと違い、転送ポートさえあればすぐに行けるため、あまり時間的な距離を考える必要もなく、化石燃料などを使用しないためコストが非常に安い。
そのため、他と比べても移動にかかる費用が格安で提供されているのも大きかった。
もしこれを世界規模で普及させた場合、流通の仕組みが一気に変わることは間違いない。
それ故に世界では、これらの管理世界からもたらせれた技術を巡って、様々な論争が繰り広げられていた。
すぐに普及させれば確かに人々の生活が便利になる反面、犯罪や軍事方面への転用が危惧視されるばかりか、その反動で多くの失業者や倒産する会社が出てくることは想像に難くない。
高い化石燃料や代用となる熱エネルギーに頼らずとも、半永久的にリサイクルが可能な魔力素を用いれば、それらのコストや環境問題が一気に解決するかも知れないからだ。
しかし、それは同時に化石燃料の価値を下げると言うことに他ならない。
それで生計を立てている輸出国家や、飛行機をはじめとする交通機関などが、これらの技術が広まることにより多大な影響を受けることは間違いなかった。
転送ポートなどが現在のところ、世界観の行き来など超長距離に限定されている背景には、そうした経済的な理由も憂慮されていた。
急激に魔法が人々の生活に浸透し始めた今、これらの問題も時間の問題とは思われるが、そうした急激な変化に適応出来ないのもまた人間だ。
目下のところ組織の重要課題としては、こうしたことにより予想される反発や、この混乱に乗じて不正を働く犯罪者などの対策が主な任務だった。実際、国交を開いて僅か半年の間で、魔導師、魔法関連のトラブルや事件は急増してる。
それもまだ国交のある日本に集中しているからよいが、世界中に広がった暁には今の組織力では収拾がつくかどうか怪しいところではあった。
一番デビットが危惧していたことが、現実として訪れていたと言ってもいいだろう。
「しかし、バスタードと言う名前が決まった当初は不安でしたが――
一年目にしては、まずまずと言ったところですか?」
「シーラさまも人が悪い……個人的には気に入ってるんですがね。このバスタードと言う名前も――」
「この世界の言葉で“雑種”、“私生児”でしたね……
まあ、まっとうな正規軍と違い、寄せ集め集団とも言えなくはないですから、言いえて妙でありますけど……」
シーラの言うことも尤(もっと)もではあるので、デビットも苦笑を漏らすしかない。
組織の名前としては「もっと華やかで威厳のある物の方がいいのではないか?」と言う意見も確かに多かった。
しかし、デビットがこの名前を推したのには理由があった。
シーラの言うとおり、この組織は寄せ集めと言うイメージも強いが、逆を言えば「管理世界だ。管理外世界だ」と人種を分け隔てなく接しているとも言える。
これからの時代、他の世界との交流もはじまり、嫌でも管理局や多くの世界の住人と付き合っていかなくてはいけなくなる。
だが、地球に置いても、この日本でも人種差別や迫害などの問題は抱えている。
これから交流が増え、更に魔導師による犯罪も増えれば、彼らへの風当たりが強くなることもあるだろう。
そんな時代だからこそ、あえて“雑種”と言う名をデビットは受け入れたかった。
世界に対して、人々に対して、この組織が模範となるよう、どう言った組織であるかを感じて見て欲しい。
そうした願いがこの名には込められていた。
「それよりもメタ=リカーナの魔導師の人員補充の件、ありがとうございます。
そちらもまだ大陸の建て直しなど、人は幾らいても足りないでしょう」
「自分たちの都合ばかりを優先させていられるほど、実情は甘くありませんからね。
それに元はと言えば、わたしの頼んだことの結果です。あなたには感謝していますよ」
一時は滅亡の危機にまで瀕し、人口の低迷や使える人材の大幅な減少、未だ疲弊したままの大陸の内情を考えれば、僅か十年余りでここまでメタ=リカーナを復興させたシーラの手腕は見事と言う他ない。
しかし、魔導師や騎士など百名以上に渡る新設組織への大量投入など、シーラにかなりの無理を強いたことはデビットも分かっていた。
だが、管理局へ強く出られないためにも、ある程度の人員は地球側で用意しておく必要がある。
数だけであれば確かにこれからのスカウト活動や、次元世界からの移住希望者などから募る手もあるが、組織の主戦力、顔となる人材はこの世界の出身者でなければ意味がない。
こればかりは早急に手を打たなければ、管理局に漬け込まれる隙を与えることになりかねない問題だけに、長く待っていられるほどの余裕が地球にはなかった。
「それでカイはどうしていますか? 補佐として送ったシェラからも、なんの連絡もないので気にはなっていたのですが……」
「たまに訓練と称して、部隊員相手にストレスを発散しているようですし大丈夫でしょう。
組織のトップとしては、十分な力を彼女は有してますよ」
デビットには外交特使としての顔がある。
それにバニングスという巨大な会社も抱えているために、さすがにこの組織まで掛け持ちすると言ったことは難しかった。
組織の後ろに名前を連ねてはいるが、あくまでそれは対外的なものであって、実際に組織を動かすほどの余裕は彼にもない。
順当な話し合いの結果、その任はシーラから全幅の信頼を寄せ、特命全権大使と言う肩書きを持つカイが適当と言うことになった。
組織の事実上のトップに居座ったカイだったが、それは彼女を肉体的にも精神的にも疲労させていた。
着任した当初は執務などで屋敷に帰る暇もなく、挙句にはストレスを溜める温床となっている管理局や政治家のバカな話に付き合わされ、ここ最近では反バスタードを掲げる団体や、「異世界からの侵略だ。魔法は悪魔の力だ」と声高々に唱える集団まで出てきたからだ。
ただ犯罪者を捕らえればカタがつくと言う問題ではないだけに、カイは余計な心労を抱えることとなっていた。
あらかじめ予測されたことだったとは言え、実際に対処する身になればこれほど大変なことはない。
シーラは自分で推薦しておいてなんだが、そのことでカイの大きな負担になっているのではないかと考えていた。
補佐に送ったシェラが定期連絡も忘れるほどのことだから、かなり大変なのだろうと思っていたが、あのカイがストレス発散を余儀なくされるほど大変な状態になっているとはシーラも思っても見なかった。
そうした八つ当たりなどまずしない、憮然とした武人という印象の強いカイからは程遠い行動だったからだ。
「まあ、そこまで心配することもないでしょう。それに良い効果も出てますし――
打ちのめされた隊員が強くなってるのも事実です。同時に恐怖も植えつけられているようですが……
ちょっとした軍隊式になっていると思えば、然程大きな問題ではないですよ」
自信がなさそうに冷や汗を流しながら言うデビットを見て、シーラは不安で仕方がなかった。
夜天の魔導書の防御プログラムの素体となるユニゾンデバイスの開発に入ってもうすぐ二年。
朱に彩られた紅葉も陰りを見せ、冷たい北風が新しい季節の訪れを知らせる。
――季節は冬を迎えようとしていた。
「たったの二年でこの出来……あのフェレットの坊やも随分と協力的だったみたいだけど……」
「それだけじゃないです……コソドロみたいな真似までさせられましたからね」
ユーノから送られてきた無限書庫秘蔵のベルカ関連の技術資料。それに先日から“何度か”に渡って聖王教会の関連施設から黙って拝借してきた文献や書物を漁り、D.S.の研究はようやく実りを見せようとしていた。
ユニゾンデバイス――古代ベルカでは当たり前だったはずのその技術も、今では失われたも同然の過去の技術で、現在も稼動している機体は数少ない。
インテリジェントデバイスのように対話が可能な固有の意思を持ち、人間と変わらない見聞きすることが出来る身体を持つことが特徴で、ユニゾンと呼ばれる融合を術者と行うことで対象の魔力を爆発的に高め、魔力操作などを手助けする高機能デバイスだ。
言いことずくめに思える性能だが誰でも使えると言う訳ではなく、デバイスと魔力適合しなければユニゾンすることが出来ないばかりか、暴走の危険性もある危険なものでもあった。
そのため、現存している数も少なく汎用性も薄いため、リスクが高いとして好んで使用する魔導師も少ない。
こうした消極的な動きがあることも、ユニゾンデバイスの開発や普及の遅れに繋がっている大きな原因だったと言える。
失われた未知の技術でもあったため、ベルカ式に不慣れなD.S.をはじめ、プレシアもユニゾンデバイスの開発には難儀していた。
それをゼロからはじめ、僅か二年で完成にまで持っていったD.S.の知識と閃きには、さすがのプレシアでも頭が下がる思いだった。
プレシアが驚き、リニスが今までのことを思い出しながら不満を垂れる視線の先には、全長三十センチほどの小さな少女が試験管のような物に入れられて眠っていた。
その姿だけを見ていれば、まるで精巧に作られた小さな人形のようだ。
「そう言えば、名前は決めてあるんですか?」
「……リインの妹ならリインフォース二号とか次郎でいいんじゃねーか?」
「それはあんまりでは……」
D.S.に名前のことを聞いて、返って来た答えにリニスは渋い顔を浮かべる。
さすがに『二号』や『次郎』では生まれてくるこの子が可哀想である。リニスはそのことを考えて頭を悩ました。
しかし、思いのほか良い名前と言うのは簡単には思い浮かばないものだ。
このままでは冗談抜きで、D.S.は『二号』とかつけかねないと考えただけにリニスは必死に考えた。
「それならツヴァイ……安直ですけどドイツ語で“二”を意味する言葉ではどうですか?」
「いいんじゃない? 少し女の子らしさには欠ける名前だけど、名は体を現すって言うくらいだし」
ベルカのデバイスの管制人格は、確かにグラーフアイゼンもレヴァンティンもドイツ語を話している。
もっとも、次元世界で広く使われている翻訳魔法で、この世界ではそう言う風に聞こえていると言うだけの話なのだが、それでも『ツヴァイ』と言う名は決して響きは悪くない名前だった。
リニスの提案に、プレシアもその名前が気に入ったのか良さそうに頷く。
一瞬不満そうな顔を浮かべたD.S.だったが、リニスに笑顔で睨まれると渋々それを承諾した。
「リインフォースU(ツヴァイ)、これから生まれてくる貴方に、その名が示すとおり“祝福”があらんことを――」
これから、最後の調整が終われば彼女は目を覚ますだろう。
しかし防御プログラムを元にしているとは言っても、生まれてくる以上、それが新しい命であることに変わりはない。
元となった本来の防御プログラムは、D.S.の手によって完全に消滅させられ、すでにこの世にはいないからだ。
D.S.がやったことと言えば、改悪されたプログラムから核となったプログラムを分離し、それを退避させたに過ぎない。
それだけでも誰も成しえなかった驚異的なことではあるが、今の彼女は言わばリセットされた状態――
これまでの経験も、記憶も、何もない白紙の状態だった。
それは人間で言う赤ん坊と同じ――
リニスが祈ったのは、これから生を受ける彼女が、前の自分の分も幸せになれることを願ってのことだった。
クリスマス――今年の聖夜も去年のように白い雪が降っていた。
聖夜に舞い散る雪。恋人たちや家族、空を見上げる多くの人々はその幻想的な光景に思いを馳せ、感動に胸を震わせ心躍らせていることだろう。
しかし今年のクリスマスは、そんな楽しく心温まることばかりではなかった。
一方で歓喜で心を震わせる者もいれば、一方で悲しみで心を揺すぶられる者もいる。
クイントは一人、古巣であるミッドチルダ首都防衛隊から受けた報告を聞いて、声を震わせていた。
「嘘……メガーヌが……そんなのっ!!」
『嘘ではありません。メガーヌ・アルピーノ捜査官は戦闘機人の調査の途中……殉職されました』
正月には一時ミッドチルダに帰ることを予定していたクイントは、ひさしぶりに家族や親友のメガーヌに会えることを楽しみにしていた。
しかし、本当なら楽しいはずのクリスマスに管理局から非常通信で送られてきたのは、メガーヌの訃報を知らせる報告だった。
戦闘機人――それは捜査官として以前から、クイント、メガーヌが所属するゼスト隊が独自に追っていた事件の重要対象だ。
人の身体を機械と融合させることで、超人的な力を発揮出来るように改造された生体兵器。
鋼の骨格と人工筋肉を持ち、リンカーコアに直接干渉するプログラムを埋め込むことで、魔導師のように魔法資質のあるなしなどと言った不覚的な才能に頼らずとも安定した力を持ち、より強力な力を備えた人型兵器を生み出せないかと考えられた悪魔の技術。
倫理的な観点から今では禁止されているその技術を、隠れて研究している者が残念ながらいるのが現実だった。
クイントはメガーヌやゼストと共に、その戦闘機人の事件を何年にも渡って追い続けていた。
普段は首都警備隊の仕事を兼任しているが、何か有用な情報があれば調査に赴く、そうしたことを何年にも渡って続けていた。
しかし、クイントは戦闘機人が出たなどと言う報告は受けていない。
メガーヌからも管理局からも、そうした報告が上がって来ていないのは確かだった。
それなのに人一倍冷静なメガーヌが、自分たちになんの相談もせずに現場に向かったなどクイントは信じられない。
『そちらに出向しているゼスト隊長や、クイント捜査官に心配をかけたくなかったご様子です。
今回も本当なら簡単な調査だけのはずでした。ですが、未確認機や戦闘機人に襲撃されて……』
悲痛な声を浮かべる隊員の声には悔しさが滲み出ていた。
負傷した部下を逃がすために一人、メガーヌは最後まで現場に残って戦い続けたと聞き、クイントはそれ以上、何も言葉で出てこなかった。
そのまま通信を終えると、クイントは力が抜け出たかのように椅子にぐったりともたれかかる。
「ああぁ――」
声にならない悲鳴を上げ、クイントは泣き叫んだ。
思い出されるのは、いつもバカにしたように軽口を開くメガーヌの皮肉。無茶をする自分を叱責してくれるメガーヌの声。
なんだかんだ言って「仕方ないわね」と笑って許してくれるメガーヌの優しさ。
地球行きを決めた時も何も言わず、黙って見送ってくれたメガーヌの微笑が忘れられない。
溢れ出る涙の数だけ、溢れてくるたくさんの彼女との思い出――それがクイントの心を埋め尽くしていた。
ゼストとクイントが揃ってミッドチルダへと戻ったのは、メガーヌの訃報を聞いてから一週間後のことだった。
あの知らせから僅か一週間だと言うのに、隊舎にはメガーヌが居た面影はなく、主を失った机だけが寂しく残されていた。
メガーヌに幼い娘がいたことを思い出したクイントは、その足で彼女の家に向かったがすでに自宅も引き払われており、彼女の娘も親戚に引き取られた後だった。
親友の最後も看取ってやれず何も出来なかった無力感と、苦しんでいる時に傍に居てあげることも出来なかった悲壮感だけが、クイントの胸に残った。
呆然とメガーヌの家を見ながら立ちつくすクイントを見て、ゼストも声を掛けるのが躊躇われる。
少なからず苦楽を共にしてきた仲間を失った悲しみは、ゼストもクイントと同じだったからだ。
「オレは……何をしている!?」
拳を握り締めるゼスト。レジアスの話に同意し、地球に赴いたのは自分の意思だ。
しかしその結果、部下に気を遣わせてしまい、その大切な部下を失う結果へと繋がってしまった。
悔やんでも悔やみきれない結果を残しただけに、ゼストはその怒りの矛先を自分に向けるしかなかった。
……TO BE CONTINUED