作者:193
2009/02/07(土) 22:57公開
ID:4Sv5khNiT3.
レジアスは執務室の自分の机で、難しい顔をしたまま部下から送られてきた“ある事件”のデータを見ていた。
ここ数年で多発している研究所の連続襲撃事件だ。その中には管理局の研究所も含まれていた。
しかし、狙われているのは真っ当な研究所ではなく、どこも管理法で禁止されている“生命操作”や“生体改造”の研究を行っている違法研究所ばかりだった。
だからと言って犯人の所業を管理局が見過ごせるはずもない。
その件数はすでに三十件にも上り、襲撃された研究所は焼き払われ、犯罪者とは言え死亡者も出ている。
このことで本局の捜査チームも次元犯罪者による広域犯罪と見なし、本格的に動き始めていた。
そして、容疑者として挙がってきた人物。その名前を見て、レジアスは唸るように声を上げた。
「ゼスト……」
首都防衛隊きってのストライカーと呼ばれ、多くの羨望を欲しいままにした地上部隊最強の騎士。
彼が管理局を辞めたと知り、ショックを受けた者たちも少なくない。
その後、レジアスも行方を追ってはいたが、以前としてその消息を知ることは出来なかった。
それが何年も潜伏していたかと思えば、テロ活動のようなことを繰り返していたとは、レジアスも最初は信じられなかった。
しかし、その研究所の研究内容を知れば、自ずとゼストが何を調べて回っているのか分かると言うものだった。
戦闘機人事件――部下を死なせることになったあの事件の真相を追っているのだとレジアスはすぐに察した。
「お前はオレのことを許してくれんだろうな……」
このままならゼストは何(いず)れ、その真相に辿り着くだろうとレジアスは思う。
その時、自分はゼストにどんな言葉を掛けてやれるのだろうか?
そんなことを考え、レジアスは親友との近い未来の邂逅に思慮を巡らせていた。
その頃、とある無人世界にその件の人物、ゼスト・グランガイツの姿があった。
野営をしているのだろう。焚き火を囲い、非常食のようなものを千切りながら黙々と口に放り込んでいた。
その向かいには幼い少年の姿が見える。年の頃は六、七歳と言ったところだろうか?
燃えるような赤髪が特徴的なその少年は、ガツガツとゼストの何倍もあろうかと言う食料を平らげていた。
「……これも食うか?」
「あ……うん」
ゼストからパンを受け取り、一息でそれを飲み込む少年。余程お腹が空いていたのだろう。
渡された水筒を手にグビグビと水を飲み干すと、ようやく落ち着いたのか、少年は訝しむようにゼストを見た。
「なんで……ぼくを助けてくれたの?」
「あそこに放って置いて欲しかったのか?」
「そんなこと――」
声を荒げ、ゼストを睨みつける少年。興奮してか、少年の漏れ出した魔力がパチパチと音を立て、全身に電気を迸らせる。
それはフェイトと同じ、電気を発生させる“魔力変換資質”と言うものだった。
稀にフェイトの電気やシグナムの炎のように、魔力そのものに属性を帯びる資質のある者がいる。
それを『魔力変換資質』と言い、レアスキルほどではないが発例自体が非常に珍しいもので、保有する魔導師は数が少ない。
今にも攻撃を仕掛けてきそうなほど興奮を見せるその少年は、どちらかと言えば怒っていると言うより脅えているようにも見えた。
この少年はゼストが違法研究所を襲撃した時、偶然見つけて保護した。
ゼストが見つけた時には両手両足を縛られ、何日も食事を与えられていないのか、痩せ細った状態で鉄柵の中に入れられていた。
ゼストにして見れば、そのままにしておくのも不憫だと思ったから連れて来たに過ぎない。
少年が警戒を解かないのも、人間に敵愾心を抱くほど酷い扱いを研究所で受けたからだろう。
しかし、そんな事情などゼストにはどうでもよかった。
憐(あわ)れだとは思うが、それで可哀想だとは思わない。
少なくとも少年は生きている。ゼストがこれまでに見てきた研究所では、もっと悲惨な光景もあった。
生命操作、生体改造、その研究の裏側では、多くの命が外の世界を知らないまま、その狭い檻の中で生涯を閉じていく。
少年のような成功例もいれば、失敗作の烙印を押され廃棄された命もたくさんある。
そうした意味では目の前の少年は、まだ生きているだけ幸せのようにも思えた。
もっとも、それは自分の身勝手な思い込みかも知れないが――とゼストは言葉を飲み込む。
「戻りたければ戻れ、どこかに行きたいなら好きにしろ。お前は自由だ」
「…………」
それだけを少年に言って、横になるゼスト。
少年はそんなゼストの言葉を噛み締めながら、黙って睨みつけることしか出来なかった。
翌朝、昨晩とは違い大人しく後ろをついてくる少年を見て、ゼストは不思議に思う。
昨日の様子を見るに、一晩で居なくなっているのではないかと思っていたからだ。
しかし少年は逃げ出さず、今もゼストの後を歩いている。
「……好きなところに行けと言ったはずだが?」
「……どこに行こうとぼくの勝手なんでしょ?」
どうやらついて来るらしいと言うことはゼストも分かった。
結局、面倒臭くなったのか、ゼストは「好きにしろ」と少年に言うと、そのまま無言で歩きはじめた。
少年はゼストから少し距離を取りながら歩く。
少年からすれば、目の前のゼストと言う男は不思議で仕方ない存在だった。
親だと思っていた人たちに捨てられ、次に連れて行かれた研究所で、自分は生命操作によって作られたクローンだと言うことをエリオは知らされた。
この力も、両親との記憶も、すべてが作られた偽りのものだと知り、憎くて、苦しくて、どうしようもなく悲しくてしかたなかった。
そして、近づいてくる大人たちすべてが少年には敵に見えていた。
しかし、ゼストは違った。
助けられたとき、「今度はどこに連れて行かれるのだろう?」と少年はそう思った。
だが、ゼストは研究所から連れ出して置きながら少年には興味がないのか、「どこにでも行け」と言う。
少年にして見れば、ゼストと言う大人は不可解でならなかった。
だからなのだろう。彼を知りたい。一体何を考え、何をしようとしているのか。
そんな風に他人に興味を持ったのは――
「ぼくはエリオ、エリオ・モンディアル。あなたの名前は?」
「ゼストだ」
結局、二人の間にそれ以上の会話が続くことはなかった。
次元を超えし魔人 第35話『予言と言う名の未来』(AS-STS/終)
作者 193
はやてたち八神家が地球での家を引き払い、ミッドチルダで生活するようになってから半年の月日が経とうとしていた。
現在では聖王教会の騎士はやてとして、そして守護騎士たちはその“はやての騎士”として、聖王教会での実地研修の日々に身をやつしていた。
はやてたちのことを快く出迎えてくれたカリムだったが、リインフォースが一緒でないことを知ると少し残念そうではあった。
はやてを捕まえれば、守護騎士たちもリインフォースも当然ながら芋蔓式でついてくるものとばかり思っていたからだ。
聖王教会としてもリインフォースは出来れば確保しておきたい貴重な人材だった。
夜天の魔導書の管制人格であるだけでなく、現役で稼動する数少ないユニゾンデバイスの完成形であるリインフォースは、ベルカの歴史を証明する上でも非常に貴重な遺物だったからだ。
「はやて……本当に彼女がいなくても大丈夫なのですか?」
「カリムも諦め悪いね……リインが離れてるとは言っても、夜天の魔導書はわたしの手元にある。
それにシュベルトクロイツさえあれば、今のわたしならリインの助けがなくても大抵の魔法は一人で行使できるしね」
カリムはまだ諦めていないのか、こうしてリインフォースのことを話に持ち出すことが度々あった。
はやてもカリムの気持ちが分からなくもないので苦笑を漏らすしかない。
手にした夜天の魔導書と騎士杖をカリムに見せ納得させようとするが、はやても余り効果がないことは分かっている。
カリムの言うとおり、全く問題がないかと言われればそうではない。
リインフォースが居て、はじめて夜天の魔導書の主として、本領を発揮できるとも言えるからだ。
はやてのデバイスは、管制人格を司るユニゾンデバイスの“リインフォース”。
取得した魔法や技術を書き止め蓄積しておくストレージデバイス“夜天の魔導書”。
そして魔法を行使するために鍵として用いられるアームドデバイス“騎士杖シュベルトクロイツ”。
この三つが揃って、はじめて夜天の主としての力を発揮できると言うことは、カリムに言われるまでもなく、はやても自覚していた。
しかし、リインフォースがいなくても、はやてが破格の魔力を持つ高位の魔導師であると言うことに変わりない。
長い訓練の成果もあってか、魔力制御や運用技術など、昔と比べものにならないほど上手くなっている。
それにはやてには、カリムにも守護騎士たちにも内緒にしているが、実はフェイトのような奥の手も隠していた。
学業や訓練の合間を縫ってD.S.の部屋から拝借した魔導書を、フェイトのように読み漁っていた彼女は、その魔法をいくつか夜天の魔導書に記憶させ隠していた。
リインフォースがいなければ魔法が使えないと言うことじゃない。
彼女に甘えずに頑張ると決めたからには「今ある力で全力で頑張ろう」と、はやては心に決めていた。
それに離れているとは言っても、リインフォースとの絆が失われたわけではない。
彼女が夜天の魔導書の一部で、今でもはやての騎士だと言うことに変わりはなかった。
もっとも、そんな話をしたところで、カリムが素直に納得してくれるかと言えば話は別なのだろうが――
さすがのはやてでも、こればかりは笑って誤魔化すしかなかった。
「もう少しで研修も終わりですね。はやて、そろそろ聖王教会にきてくれる気持ちになった“本当の理由”を教えてくれませんか?」
「そやね。カリムとはこれからも長い付き合いになりそうやし、ええよ。
わたしはな、偉くなりたいんや。誰よりもずっと、出来ればカリムくらい」
「それはまた……」
事実上、カリムは聖王教会の実権を握っている中核の一人であると言ってもいい。
そのカリムと同じになりたいと言うことは、聖王教会を遠まわしに「乗っ取る」と言っているのと同じだった。
さすがのカリムも冗談だとは思いたいが、何でもないように言うはやてを見て完全に冗談だとも言い切れない。
破格の戦力と貴重なレアスキルを持つ彼女が本気になれば、聖王教会の中でもそれなりの地位につけることは間違いない。
優秀な古代ベルカ式魔法の使い手を同時に五人も確保出来たのは、カリムとしても嬉しかった。
しかし、はやての野心を考えると、聖王教会としても笑ってばかりもいられないと言う気持ちで一杯になる。
「カリム。これからも、よろしくな」
「こちらこそ、期待していますよ。騎士はやて」
先程のは軽いけん制なのだろうとカリムは思うことにした。それに、はやてが権力を欲している理由も想像は出来る。
少なくとも彼女なら、おかしなことにその力を使うことはないだろうと、これまで彼女を見てきたカリムは思った。
表向きは友達、しかし裏ではお互いに相手を利用することを考えている。
それを考えると、本当におかしな関係だとカリムは思う。だが、悪い気はしなかった。
下手に媚びを売ったり、表面ばかり取り繕って接してくる上辺だけの相手よりはずっといい。
ある意味で、はやてとは本当の親友になれるかも知れない。
カリムはそう思いながら、はやての手を握り返した。
これから長い付き合いになるだろう、親友(ライバル)のその手を――
「ほんと、鬱陶しいわね……この雑魚どうにかなんないの?」
そう不満そうに話すネイの足下には、管理局の魔導師が転がっていた。
管理世界で許可なく禁止されている危険魔法を使用したと言われ、違法魔導師として管理局の魔導師に囲まれていた。
だが、当たり前のことだが“あの”D.S.の四天王の一角であるネイとカルの二人を、並の魔導師が捕まえられるはずもない。
床に転がっているのは、二人を捕まえようと駆けつけた管理局の魔導師の方だった。
そもそも魔法を使ったのだって、鈍いキャロが頭の悪そうな連中に絡まれていたのを、ネイが助けようとしただけだ。
その時に少しやり過ぎて店を破壊してしまったかも知れないが、それだって絡んできた酒癖の悪い管理局の魔導師が我先にとデバイスを抜いたからだった。
ネイは何も悪いことをしたなど思ってはいない。
一方、怒りを顕にするネイと違って、カルの方は涼しい顔で黙々と食事を続けていた。
「ちょっとは手伝いなさいよ……」
「必要ないだろ?」
デバイスを片手に応戦してくる管理局の魔導師を、カルに文句を言いながらも圧倒的な強さで叩きのめしていくネイ。
カルの陰に隠れてその様子を見ていたキャロですら、やられている管理局の魔導師に同情するような光景だった。
ある者は電撃の餌食になり、ある者は力任せに振り下ろされた剣の鞘で横殴りに弾き飛ばされ、またある者はネイの手から放たれた暴風に吹き飛ばされていた。
あれでも手加減はしている様子なので死んではいないだろうが、あそこまで圧倒的に打ちのめされては魔導師として再起できるかどうかは不明だ。
「あの……ネイさん、そのくらいで」
「うん? ……そうね。まあ、暴れてお腹も減ったし」
さすがに見かねてキャロが声を掛けた時には、店の中は嵐が通り過ぎた後のような酷い惨状になっていた。
店の中や、外の至るところにズタボロにされた管理局の魔導師が転がっている。
店主も何も言えずカウンターの中でブルブルと身を震わせるばかりだった。
ネイは椅子に腰掛けると、店主に食べ物を適当に持ってくるように伝え、店主もネイが恐ろしいのか無言で首を振って頷き言うとおりにしていた。
何故か一緒にいるキャロの方が、店の人や他の客に色々と申し訳ない気持ちになり、肩身が狭い思いをする。
「キャロ、悪いのはあっちなんだから気にしないの。
店主、弁償はそっちのバカどもにやってもらいなさい。なんなら身包み剥いでも構わないから」
「ネイさん……」
「アンタはもうちょっとそのオドオドした性格をどうにかしなさい。
恵まれた魔力に才能を持ってるんだから、ここに寝転がってる連中なんかより、ずっと凄いのよ?」
「うう……ごめんなさい」
キャロと旅をするようになってから一年ほど経つが、キャロの能力の高さはネイも一目置いていた。
その性格のせいか、せっかくある力を制御し切れていないと見抜いたネイは、こうしてキャロのことを叱ったり、魔法の練習を見てやったりとしていた。
その甲斐もあってか、最近ではかなり上手く魔法を使えるようになって来てはいるのだが、それでもネックになっているのはこの自信のなさだとネイは思う。
特に召喚魔法などは、術者の精神面が顕著に出る非常にデリケートな魔法だ。
キャロの場合、この自信のなさが自分の力を信じ切ることが出来ない大きな要因になっているのだろう。
自分の力を信じることの出来ない者が、召喚した魔物を信じてやることなど出来るはずがない。
召喚士にとっての力とは、自身の魔力によって使役され、召喚された魔物や精霊に他ならないからだ。
「キャロ、優しいのと臆病なのは別よ。それも分からないような愚か者に食べさせるご飯はないわ」
「あ……」
「いい? 欲しかったら自分で勝ち得なさい。悔しかった強くなりなさい。
優しさだけでも、力だけでもダメ。でも、あなたはその両方を持っている」
キャロから奪った食事をフリードリヒに与えるネイ。
厳しいとも取れるネイの行動だったが、カルも黙って見ていた。
ネイに叱責され思うところがあるのか、キャロも黙ってネイの話に耳を傾ける。
「もっと、思ってくれてる相棒のことを信頼してあげなさい。
そうすれば――必ず答えてくれるはずよ」
「……フリード?」
食べろと言っているのか、フリードリヒはネイから渡された食事を鼻で押し、キャロの方に持ってくる。
キャロの自信のなさは、その境遇にあるのだろうとネイは思っていた。しかし、それはキャロの甘えだ。
確かに同情するべき点はあるが、彼女の周りには、これだけ思ってくれる大切な仲間がいる。
誇り高く、気高い竜が彼女に付き従うのも、それだけ彼女のことを慕っていると言うことに他ならない。
竜に愛されし少女。ネイは思う。彼女はもっと愛されていると言うことを知るべきだと――
自分は一人じゃない。見てくれている誰かが、必ずどこかにいるのだと言うことを、ネイはキャロに伝えたかった。
かつて最愛の人、D.S.が自分に「アーシェス」と言う名をくれ、そうしてくれたように――
「ごめん……ごめんね」
フリードリヒから差し出された食事を口に持って行きながら、キャロは涙を浮かべていた。
ポロポロと零れ落ちた涙が、手元のスープにポタポタと落ちる。
そんな、フリードリヒに謝りながら食事を取るキャロを、ネイは静かに見守っていた。
小鳥の囀(さえず)る声が聞こえる。カーテンから差し込む光が朝であることを告げていた。
大人でも三人は川の字になって寝れる大きなベッドに、二人の男女が寝息を立てながらまだ眠っている。
ドタドタと部屋に近づいてくる足音が聞こえる。「バンッ!」と勢い良く扉が開かれると、そこには慌てて来たのか息を切らせたアリサが立っていた。
「……おはよ……アリサ」
「おはようじゃない! 部屋にいないと思ったら、またルーシェの布団に潜り込んで!!」
「……? アリサも一緒に寝る?」
「〜〜〜〜寝ないわよっ!!」
リニスやリインフォースたちが、よくD.S.と一緒に寝ていると言う話を聞いてから、フェイトも自分もとD.S.のベッドに潜り込んでくることが多くなっていた。
寝ぼけた顔のまま、アリサの目の前でゴソゴソと着替えをはじめるフェイト。
よく見るとD.S.の部屋のはずなのに、見慣れない物が随分と置いてある。
周囲を見渡せばどうもフェイトのだけでなく、リニスやリインフォースの私物なども混ざっている様子だった。
これでは半ば同棲に近い。もちろんアリサとて、そういうことが分からないわけではない。
しかし、認められるかどうかと問われれば、それは素直に認められるはずもなかった。
「ルーシェ! いつまで寝てるのよ!!」
八つ当たりとばかりにベッドのシーツを剥ぎ取り、D.S.を床に落とすアリサ。
この光景も毎朝の恒例行事だったので、フェイトも気にしていないのか黙々と自分の準備を続けていた。
アリサは私立聖祥大学付属高校の二年。
来年には受験も控え、大学を出た後は本格的にデビットの後を追って外交関係の仕事をはじめると本人も言っていた。
それに交渉関係の仕事などはデビットの代行として、バニングスの看板を背負ってすでに簡単なものから少しずつはじめているとフェイトも聞いていた。
近々開設が予定されている聖祥大学付属の魔法学科も、アリサの提案で進められていると言う話もある。
夢に向かって精力的に活動してるアリサ見ると、フェイトも頑張らないといけないと言う気持ちに駆られていた。
そう言うフェイトも、なのはと二人でバスタードの候補生の中でも首位を争うほどの優秀な成績を残していた。
元々優れた資質を持つ魔導師であると共に、明確な目標のある二人は努力も怠らないこともあって、すでに一線で働いているカイやメタ=リカーナの魔導師すら凌ぐ勢いで成長を続けていた。
少し前、授業の一環で管理局との合同演習を受けた際、魔導師ランクを測定した結果、二人ともSSと言う判定を貰っていた。
最後に測定した時は、AAA相当と判断されていただけに、その成長は目まぐるしいほどだった。
カリムが危険を冒してでも、はやてと一緒に二人のことを欲しいと思った気持ちが窺えると言うものだ。
「そう言えば、はやてから連絡があったんでしょ?」
「あ、うん。進路のことでちょっとね」
「進路って……フェイトたちは、このままバスタードの魔導師として所属するんでしょ?」
「うん、そうなんだけど……なんだかミッドの方に、バスタードと聖王教会、それに管理局合同の精鋭を集めた部隊を作ろうって動きがあって」
フェイトの話に、アリサは「ああ」と思い出したように頷く。
アリサもその話は聞いていた。そのことでデビットが難しい顔をしているのも見ていたのだから間違いない。
この話が持ち上がった背景には、アムラエルとシェラからもたらされた“ある事件”の調査結果があるとアリサは聞かされていた。
それが何なのかはデビットも当人のアムラエルさえ教えてくれなかったが、三組織合同の精鋭部隊を作ろうなんて話がでるほどなのだから、かなり危険で難しい問題なのだろうと言うことはアリサも察していた。
「その部隊に行くんだ」
「うん……まだちゃんと決めてはいないんだけど、なのははそのつもりみたい」
フェイトが気掛かりだったのは、設立される部隊がミッドチルダに設けられると言うことだった。
向こうに行ってしまえば、今のように気軽にD.S.に会うことは難しくなる。
この力が役に立つのなら、やってみたいと言う気持ちはあるが、D.S.と離れ離れになるのはフェイトも嫌だった。
なのはは、はやてからの誘いもありその気になっているようだったが、フェイトはそのこともあってどうするかを決めかねていた。
「まあ、なのははなのは、フェイトはフェイトでしょ?
好きにすればいいと思うわよ。しかし新部隊か……そっか……」
フェイトに好きにしろと言うと、アリサは何やら考え込むように顎に手を当て、ブツブツと歩き出す。
その後ろを先程まで扉の陰に控えていたアリアとロッテの二人が、慌てて「お嬢さま」と言いながら追いかけていく姿が見える。
実は二人はアリサの警護役兼、秘書として今も扱き使われていた。
もっとも以前に比べればずっと待遇は良くなっている。
バスタードでは便利屋扱い、リニスにはメイドとして扱き使われていたところを、結果的にアリサが拾ってやった形になっていた。
仮にも管理局でそれなりの働きをしていた二人だ。決して無能なわけじゃない。
それに何年にも渡って、リニスから再教育を受けてきただけあって、当時のことは随分と反省した様子を見せていた。
それもあって、アリサは二人に「わたしのところで働かない?」と話を持ちかけたのだ。
当時のことを水に流すことは出来ないが、アリサの仕事を手伝えば結果的に罪滅ぼしに繋がる可能性もある。
それに何年も奴隷のように扱き使ってきたのだから、もういいだろうとアリサはリニスを諭(さと)した。
二人を庇うつもりなどはないが、ちょうど使える人間が欲しいと思っていたところだったので、アリサとしても都合がよかった。
リニスも下手に二人を放りだして、また管理局や他所の組織に所属されバカなことをされるよりは、アリサのところにいてくれた方が目も行き届くし安全だろうと考えただけだった。
そうとも知らず、今までよりも高い給料、それに待遇の良さもあって、リーゼ姉妹の二人にはリニスから救い出してくれたアリサが天使のようにも見えていた。
グレアムに会うことは出来ないが、月に一度の電話は認められていたので二人もそれ以上の過度の心配はしていなかった。
それにバスタードが発足された頃、二人の使い魔としての主はグレアムからD.S.へと権利が移っている。
本人はそのことを主張するつもりはないようだが、二人がすでにD.S.に捕らわれの身であることは間違いない。
一度叩きのめされているだけあって、逆らうなどと言う気も起きないだろう。
すでに二人には、一生逃れることが出来ない首輪が填められていたと言ってもいい。
「たく……アリサのヤツ……」
「ねえ、ダーシュ……ダーシュはわたしがいなくなったら寂しい?」
「……ん?」
D.S.はアリサにベッドから落とされ、打った頭をさすりながら、フェイトの声に反応してそちらを振り返る。
潤んだ瞳で上目遣いにそう聞いてくるフェイトを見て、D.S.は軽く微笑んで見せた。
「どこに行こうと、テメエがオレの大事な娘に変わりはねーよ」
「あ……うん」
D.S.ならきっとそう言ってくれるだろうと言う確信はフェイトの中にもあった。
でも、どうしてもその口から聞いておきたかったのだ。
自分はまだ居てもいいのか、捨てられたりしないかと、それでもやはり心配だったからだ。
しかし、D.S.のたったその一言で、今までの悩みなど嘘のように満たされていく自分がいることにフェイトは気付く。
そして、それはとても心地よいものだった。
ミッドチルダ、新暦七十五年。
時期は四月。アリサがD.S.と出会い、約十年の年月が経とうとしていた。
首都クラナガンの郊外にある廃棄区画に、各々にデバイスを片手に準備運動をする二人の少女の姿があった。
歳の頃は十五歳前後と言ったところだろうか?
持て余した元気を発散するかのように、拳を振り抜きながら準備運動を進める青い短髪の少女に――
厳しい表情で、念入りに装備の最終確認を行う橙色の髪の少女。
スバル・ナカジマ二等陸士と、ティアナ・ランスター二等陸士の二人だった。
二人は同じ陸士訓練学校を首席で卒業し、その後も陸士部隊の災害担当で変わらずコンビを組んでいた。
訓練学校時代から腐れ縁の二人は、こうしてコンビを組まされることが多い。
訓練生としては異色とも言えるオリジナルデバイスの持ち込み。教官も扱いに頭を抱えるほど癖の強い能力。
無茶な行動や挙動も目立つ問題の多い二人ではあったが、成績は他に類を見ないくらい優秀な魔導師だった。
コンビ成績は特に優秀で、一見デコボコに見える二人ではあったが、実戦ともなればその実力はベテランすらも唸らせるほど息の合った見事なものだった。
それもあって訓練学校を卒業してからも、二人は同じ部署でコンビとして組まされることが多かった。
それにスバルは四年前の空港火災で、なのはに助けられたことが切っ掛けとなり、魔導師を志したと言う経緯があった。
本人が災害担当部を志願したのもそのためだ。
ティアナは執務官を目指しているため、多くの成績を出来るだけ早く出せる職場をと、スバルと同じ災害担当部を志願していた。
現場出動がそれだけ多い仕事であれば、出世の機会もそれだけ多く恵まれると言うものだ。
互いに目的と利害が一致した形で、こうして三年経った今もコンビを続けていた。
そして今日は、二人の魔導師ランク昇格試験当日。
現在二人が保有する魔導師ランクはCと、それほど高いランクではなかったが、二人の現在の能力や実力を評価すればむしろBランクでも低すぎる見積もりだったと言える。
基本的に地上部隊の陸士訓練学校卒業生は、生まれ持ち魔法資質が高い高ランク魔導師と違い、下から順当に上がって行くしかない。
半年から一年に一度行われる昇格試験に合格し、はじめて次のランクへの昇格試験を受けられる切符を手にすることが出来る。
下から一度も落ちることなく順当に上がってきた二人は、これで訓練校から三度目になる昇格試験を受けることになっていた。
「スバル、あんまり暴れてると試験中にそのオンボロローラーが逝っちゃうわよ」
「ティア、嫌なこと言わないで。ちゃんと油も差してきた」
忠告してやったのに不満そうに文句を言うスバルに、ティアナは溜め息を吐きながら思う。
なんの因果で昇格試験までスバルと一緒に受けなくてはいけないのか?
訓練校時代は、そう長く続かないだろうと我慢していたスバルとのコンビもこれで三年。
ここまで長く続くと腐れ縁を通り越して、呪われているようにも思えてきてならない。
とは言っても、こんな強情で突っ込むことしか知らないバカのコンビなど、自分以外に務まるとは思えない。
それなりに力は認めているし、その直向(ひたむき)なところとか努力も買ってはいる。
もう少し付き合ってやってもいいか――とティアナはそんなことを考えていた。
そんなこととは知らず、黙々と準備運動を続けるスバル。
そんなスバルを横目にティアナが手元の腕時計で時間を確認すると、時間ピッタリに空中モニタが二人の頭上に姿を見せた。
二人の視線の先にある画面には、試験官と思しき女性が映っている。
「おはようございます」
その女性の一言で程好い緊張感を募らせていくスバルとティアナ。
同じ女性の二人から見ても、目の前の試験官は見惚れるほど綺麗な女性だった。
しかし、二人にはまだない貫禄のようなものがその女性からは感じられる。
魔導師試験の監督は基本的に同じ魔導師。それも試験を受ける受験者よりも高位の魔導師が選出される。
そのことからも、目の前の彼女が魔導師だと言うことは分かるが、ティアナは気合の入っているスバルとは違い、その女性のことを見て怪訝な表情を浮かべていた。
仮にも昇格試験といえば公式の場ではあるのに、その女性は管理局の制服ではなく私服のようなものを身にまとっている。
たまたま何か理由があるのかも知れないが、そのことがティアナには気になっていた。
「それでは、何も質問はありませんか?」
「あの――」
こんなことを聞くのは無粋かとは思ったが、気になったまま、こんな気持ちを試験に持ち込みたくなかったティアナは、思い切って試験官について聞いてみようと手を挙げる。
そのティアナの質問の意図に気付いた試験官は「なるほど」と可笑しそうにそんなティアナの質問を笑った。
「たしかにわたしは管理局の人間ではありません。
しかし、無理を言って代わっていただきましたが、あなたたちの試験になんら問題はありませんよ」
「それって……」
「それでは後ほど、期待していますよ。スバル・ナカジマ二等陸士。
それに“ティアナ・ランスター”二等陸士」
「――!?」
モニタが消える直前、最後に微笑んだ女性の顔を見た時、ティアナは身が凍るような寒気を感じた。
モニタ越しだと言うのに、圧倒的な強者に品定めをされているかのような感覚に襲われたからだ。
ランプが点り、試験開始を告げる合図が鳴り響く。
その開始音と同時に飛び出すスバル。すぐさまティアナも頭を切り替え、スバルの後を追った。
あの女性は「後ほど」と言った。なら、この試験が終われば会えると言うことだ。
今は試験に集中しよう。それからでも遅くない。
ティアナはそう考え、銃のグリップを握る手にギュッと力を込めた。
「これで試験落ちたらアムちゃんのせいやな……」
「ふふーん! どう? 大人っぽかったでしょ。シーンの真似してみたのよ」
はやては見事にアムラエルに呑まれたティアナを見て、続けて「可哀想に……」と言葉を発した。
そんな大きく溜め息を吐くはやての目の前には、少女の姿ではなく“アダルトバージョン”のアムラエルの姿があった。
と言っても、今まで見せていた少女の姿が仮の姿で、これが本来の彼女の姿だ。身体的年齢で言えば十八歳程度だろうか?
中身が子供っぽいのは、やはり見た目の問題ではなく地の性格だったらしい。
そして、その手には綺麗な腕輪が填められていた。
それはアムラエル用に調整された、D.S.の物と同じ魔力供給型の新型ストレージデバイスだった。
十年前は一基だけだった魔力駆動炉も、現在では時の庭園内にて改良に改良を重ねた駆動炉が七基も稼動している。
それもあってアムラエルも、かなり長い時間、こうして元の姿に戻っていることも可能になっていた。
燃費が悪いからと、それでも子供の姿でいることの方が多いアムラエルだったが、こうして公式の場ではこの姿をとるようにしている。
バスタードが発足され、管理世界との交流がはじまって約十年。
アムラエルの公式の名前は“アムラエル・バニングス”と言うことになっており、密かに管理局での仮の地位もデビットやシーラの力を使って取得していた。
管理局の階級で言えば一尉相当。
もっとも、これだけの地位がアムラエルに与えられた背景には、あのケイオスタイドを引き起こしたと言う悪魔の事件があった。
状況の深刻さを誰よりも理解しているシーラ。それにデビットの二人は、そのこともあってアムラエルに協力を要請したからだ。
そしてアムラエルも、アリサや友達を守るため、ウリエルや仲間の天使たちを罠に嵌めた憎き悪魔と戦うことを決意していた。
それに「悪魔などそんなバカな」と無視出来ない事情が、聖王教会や管理局にもあった。
「カリムの予言にあった“地の底よりいずる審判者”。これが悪魔のことを指すんやとしたら……」
「わたしたちの世界がそれを証明している。世界は絶望的な滅びを迎えることになる」
先程までの冗談のように明るい雰囲気を一転し、厳しい表情を見せるアムラエル。
はやての言う予言とは、カリムの秘匿するレアスキルが関わっていた。
ここ一年ほどの間、カリムの予言に度々姿を見せるようになった“悪魔”のことを示すと思われる記述。
あの四年前の事件に関しても、悪魔の仕業と思われる記述がカリムの予言には残されていた。
しかしそれに気付くこともなく、むざむざと五万人もの命を奪われてしまったことは、カリムの心にも深い陰を落としていた。
そして最悪の予言が、今から半年ほど前に下された。
――無限の欲望の果てに蘇えりし彼の翼。万の躯を乗せ、死後の門を開く。
――目覚めしは地の底よりいずる審判者。対するは光を冠する者。
――天は轟き、地は裂け、神名の下に世界は混沌に還る。
訪れる未来は世界の終焉か? それとも、新しい時代の夜明けか?
未だ見えぬ未来を知る者など、誰一人としていなかった。
……TO BE CONTINUED