作者:193
2009/02/14(土) 00:41公開
ID:4Sv5khNiT3.
中央メタリオン大陸、南部メタリウム大陸、マーン・シヘッド大陸、西部オーバルキー大陸、ニ・ガロボ大陸、アーレンシャ大陸、そしてアスドアイス南極大陸の七つの大陸と、ギーザー島をはじめとする諸島から成り立っている"もう一つの地球”。
それがD.S.やメタ=リカーナに住む人々の生まれ育った世界(故郷)だった。
天使と悪魔の襲来。それによってもたらされた”人類抹殺”と言う名の破壊と殺戮。
人々は夢を見ることを忘れ、明日を生きる希望すら奪われ、ただ滅びる日を待つことしか出来なかった。
その果てに起こった、極限と極限の戦い。
かつて、その神々しい翼で最高位の天使として天界に君臨し、四大熾天使(セラフ)の一角と称された地の熾天使。
対するは最凶最悪と謳われた人類最強の魔導師にして、悪魔を解放せし反逆者――暗黒のアダム。
太陽の光を遮り空を奪い、人々の心に絶望を煽(あお)った闇ですら、その二人の前では邪魔な塵(チリ)にしか過ぎない。
互いに極限に達した力は世界を食らい、闇も光もありとあらゆる物を浸食し、すべてを無へと誘う。
その戦いの果てに起こった、かつてない規模の空間崩壊。
そして大陸を分断し、世界を虚数空間へと誘う大規模次元震。
世界はその日、色を失い。新たな次元(世界)との邂逅を果たした。
ミッシング・ピースと呼ばれる――世界の色と、あり方を変えた大きな出来事。
「――地球。十年前の事件を切っ掛けに管理局との交渉を経て、独立権を認められた世界」
「ねえ――ティア! ティアったらっ!!」
「もう、スバルうっさい!!」
考え事をしている最中にスバルに邪魔をされ、不機嫌を顕にするティアナ。
キッ――ときつく睨みつけられたこともあって、スバルも冷や汗を流し萎縮してしまう。
ティアナが手にしているのは、はやてから渡された地球やバスタードに関する公開資料だった。
何故、ティアナがこんな資料を持っているかと言うと、今から数時間前に遡るが“ある理由”があった。
二人は今日、管理局の魔導師ランク昇格試験を受けていた。
Bランク昇格を決めた大切な試験であったため、試験に臨(のぞ)む二人の気合の入りようはかなり大きかった。
そのため、この日のために仕事の合間を縫(ぬ)って、コンビネーションの練習や準備に余念がなかった二人ではあったが、思わぬミスやトラブルの連続に見舞われ、なんとかゴールは出来たものの“危険行為”などの罰則を取られ、試験は不合格となってしまっていた。
主な原因となったのは、ティアナらしからぬ凡ミスの連発だ。
本番に強いはずのティアナが、今日はスバルから見ても“らしくない”ミスが多かった。
ミスショットを繰り返したり、その焦りから深追いし過ぎ、敵の攻撃を避けそこなって怪我を負ったり――
ティアナはそのこともあり、試験に落ちたのは自分のせいだと思い悩んでいた。
どうにか再試験を受けさせてもらえる話になったが、今回のミスは自分の至らなかった点が大きいとティアナは考える。
そのこともあって、苛立っていたのも事実だった。
「……ごめん。どうかしてたわ」
「ううん……今日のことは仕方ないよ。再試験を受けさせてもらえることになったんだし、次こそ頑張ろう」
自分のことばかりで周りが見えてなかったとティアナは反省する。
スバルに気を遣わせてしまい。挙句に八つ当たりするようでは最低だと余計に落ち込んでいた。
その重い空気を察してか、スバルは先程話そうと思っていた話題を持ち出し、ティアナを元気付けようとする。
試験に落ちたことはショックだったが、もう一つの方はティアナにとっても良い話のようにスバルには思えていたからだ。
「新設部隊の話――ティアは受けるの?」
スバルが言う“新設部隊”とは、新しくバスタード、管理局、聖王教会の三組織合同でミッドチルダに設立される新部隊の話だった。
特に危険度の高いロストロギアや、ある“特殊な事件”に対応すべく作られる新部隊という話だが、優秀な人材、精鋭を集め設立されることからも、第一線で活躍することが期待される映えぬき部隊だと言うことは想像に難しくない。
それだけ危険度も高い部隊と言うことだろうが、ティアナの望む通り功績を上げやすく、出世の機会にも多く恵まれると言うことは間違いない。
二人は、その部隊に「移籍して来ないか?」と、はやてから誘われていた。
ティアナが執務官を目指す理由。
そして、その夢がティアナにとってどれだけ大切で、頑張っているかと言うことをスバルは知っている。
だからこの話はティアナにとって、とても良い話のようにスバルには思えていた。
自分の夢を応援してくれたように、ティアナの夢を自分も応援したい。それはスバルの素直な思いだった。
「うん……最初に話を聞いた時は、そんなエリートばかりの映えぬき部隊でわたしがやれるのかって不安だった。でも――」
ティアナがすでに新部隊行きを決めていることは、その様子からスバルにも分かった。
しかし、その表情にはどこか陰りが見える。スバルの目には、そのことが少し不安に映っていた。
ティアナが新部隊への移籍を決意した背景には、少し前、アムラエルとの“ある話”があった。
その話がティアナに、部隊に行く決意を促したのは間違いない。
二人のこれからを決める、大切な決断を――
次元を超えし魔人 第36話『ADAM』(STS編/始)
作者 193
話は少し遡る。
はやてから新部隊への移籍の話を聞かされ、ティアナとスバルの二人は宿舎へ帰ろうと施設を出たところだった。
「ティアナ――少し、いい?」
ティアナを呼び止めたのは、公式の場に見せる大人の姿をしたアムラエルだった。
二人で話をしたいと言うアムラエルの話に頷き、「わたしは大丈夫だから」と心配するスバルを先に帰らせると、ティアナはアムラエルに付き添って無言で歩き出す。
試験で本領を発揮出来なかったのは、試験官として現れたアムラエルの放つ場の空気に試験前から呑まれていたからだと、ティアナは冷静に自己分析し、反省していた。
もっとも、そんなことは言い訳にしかならない。
これが試験ではなく実戦だったら、相手の「空気に呑まれてミスをしました」では済まされないからだ。
自分だけならばまだしも、それが原因で部隊すべてを危険に晒してしまう可能性すらある。
それが分かっているからこそ、ティアナはアムラエルを前にしても言い訳一つしなかった。
こうしてアムラエルに呼び止めれたのも、試験のことで何かを言われるのだろうとティアナは覚悟していた。
しかし、そんなティアナの予想に反し、アムラエルから返ってきた言葉は注意でも叱責でもなく、予想もしていなかった“思わぬ一言”だった。
「あなたをこの部隊に推薦したのは、わたしなのよ」
アムラエルのその一言に、訳が分からないと言った顔をティアナは浮かべていた。
試験の結果は最悪のものだった。あの結果を見て誘う気になったと言うのなら、それは理由としては不自然すぎる。
ならば、試験の前から部隊に誘うことをあらかじめ決めていたと言うことになる。
確かにはやての急な誘いや、管理局員でもないアムラエルが試験官を務めていたことといい、おかしな点はいくつもあった。
しかし、どれだけ記憶を探っても目の前の女性――アムラエルとの面識はティアナにはない。
それが「こんな精鋭部隊に、陸士学校首席卒業とはいえ、自分のような保有資質も低い“低ランク魔導師”を誘う理由に繋がるのか?」と、アムラエルの言葉の真意がティアナには掴めなかった。
困惑を見せるティアナに対し、アムラエルはそれを予想していたかのように微笑むと――
「四年前の廃棄区画消滅事件。あなたのお兄さんが関わった事件を覚えてる?」
と、ティアナが忘れたくても忘れられない、過去をほじくり返すような話を切り出した。
「なんで、そんな話を今更……」
「……そうよね。忘れられるはずがないわよね」
四年前の事件はティアナにとって、最愛の兄が死んだ悲しみよりも、その兄が侮辱されたことによる憤りの方が大きかった。
あの事件のことは忘れたくても忘れられない、ティアナにとって屈辱的で最悪の事件だった。
今、彼女がこうして執務官を志しているのは、その四年前の事件で負った深い心の傷痕が今も残っているからだ。
ティアナは拳を強く握り締め、当時のことを思い出しながらアムラエルのことを睨みつける。
この四年間、嫌になるほどティーダの死を冒涜する陰口をティアナは耳にしてきた。
訓練校時代にも“ランスター”と言う名だけで、いらぬ誹謗中傷を受け、それが原因で仲間や友達と呼べる相手はほとんど出来なかった。
唯一、そんなことを気にせず、ティアナに接してくれたのはスバルだけだった。
陰口を叩く相手に本気で怒り、まるで自分のことのように憤りを顕にするスバルを見て、ティアナは不思議に思ったものだ。
それはティアナにとって、「変なヤツ」と言わせるに十分な理由だった。
「ティアはティアでしょ。それにお兄さんの分も、ティアは頑張ろうって努力してる。
その努力を笑う権利なんて、きっと誰にもないんだよ」
そう言って手を差し出してくれたスバルの笑顔が、ティアナは忘れられない。
また、あの時のように、ここでも兄のことを馬鹿にされるのかと思い、ティアナはアムラエルを強く睨みつけた。
アムラエルもそのことを察してか、困ったような顔でティアナに笑いかける。
「あなたのお兄さんを侮辱するつもりなんて、わたしにはないわ。
お兄さんを失ったあなたの気持ちは……わたしも分かるつもりだしね」
「え……」
そう話すアムラエルの表情があまりにも寂しそうだったので、ティアナは先程までの怒りを忘れ、呆けてしまう。
アムラエルはティアナと話をしたいことがあった。
それは彼女の兄ティーダに関わることで、ティアナを部隊に誘うように促したのもそのためだった。
大事な話ではあったが、今のティアナを見ていると、アムラエルはそんな気分にはなれないでいた。
根深い問題だとは思っていたが、やはりティアナにとって四年前の事件は大きな傷となっていることは間違いない。
放心するティアナを見て「まだ早かったか」と、アムラエルはそんなティアナを置いて立ち去ろうとした。
だが、そんなアムラエルを、ティアナは慌てて振り返り「待って下さい!!」と呼び止めた。
「どうして、兄さんのことを!? あなたは一体――」
「この部隊に入れば、四年前の事件のことも、あなたが知りたかった真実もすべて明らかになる。
でも……そのことで今よりも、ずっと辛い思いをするかも知れない」
と話すと、アムラエルは「真実を知りたいなら覚悟を決めなさい」とティアナに告げた。
アムラエルの問いにティアナはすぐに答えることが出来ず、押し黙ってしまう。
そんな彼女を見て、アムラエルはそれ以上何も言わず、再び無言で歩き出した。
「覚悟か……わたしにそれを言う資格は、本当はないのかも知れない」
過去を思い浮かべ、思い詰めるように発した一言。アムラエルの独り言を聞き取れた者は誰一人いない。
彼女の脳裏に浮かんだのは、「アム」と笑いかけてくれる優しい兄の笑顔だった。
アムラエルの後姿を見送りながらティアナは考える。しかし、その答えが出ることはなかった。
突然のことばかりで、アムラエルの話も、部隊のことも、何一つ考えがまとまらない。
ただ一つだけ、アムラエルの話で分かったことがティアナにはあった。
アムラエルは四年前の、ティーダの関わった事件のことを何か知っている。
それだけは――確かだった。
「独立機動部隊ADAM(アダム)……」
――執務官になる。
そう決めたのは、兄の魔法が役立たずなどではないと言うことを、自分の力(魔法)で証明すると決めたから――
それはティアナにとって、とても大切で、何よりも重要なことだった。
あの事件に真実があるのだと言うのなら、それがどんなものであっても、やはり知りたいと思う。
兄が何を考え、何を見て、何を守ろうとしていたのか?
ティアナはそんなことを考え、新部隊への思いを馳せていた。
「アム――」
「あ、フェイト、ひさしぶりっ!!」
いつもの子供モードに戻り寛いでいた所を、フェイトに声を掛けられ、笑顔で手を振るアムラエル。
そんなアムラエルの様子に毒気を抜かれながらも、フェイトは襟元をキュッと正し、アムラエルに礼を取る。
「本日着任しました。フェイト・テスタロッサ三尉です!!」
「はあ……相変わらず生真面目なんだから……敬礼は別にいいよ」
「しかし……アムラエル・バニングス一尉は、わたしの直属の上官になるわけですし」
そんな生真面目なフェイトの態度を見て、アムラエルは「はあ……」と大きく溜め息を吐く。
アムラエルは一応、新設部隊が発足されるに辺り、シーラとデビットから“一尉”と言う階級が与えられていた。
これはこの部隊が設立されることになった理由に所以する。
悪魔――かつて中央メタリオンを含む七つの大陸を、その力で破滅と恐怖に染め上げた地獄の使者。
ティアナの兄、ティーダ・ランスターの関わった事件に、その悪魔が関与していたと思われる証拠が浮かびあがったことが、この組織が発足されるに至った大きな理由にもなっていた。
混沌嘯(ケイオス・タイド)、地獄とこの世を繋ぐ門。その存在が確認されはじめたのが丁度その頃――
それと同時期に、聖王教会騎士カリム・グラシアの予言にも、気になる記述がいくつも浮かびはじめていた。
悪魔を臭わせる『地獄よりの使者』、『地の底よりいずる審判者』などの記述。
そして半年前、悪魔の出現と世界の破滅を示唆すると思われる最悪の予言が下された。
――無限の欲望の果てに蘇えりし彼の翼。万の躯を乗せ、死後の門を開く。
――目覚めしは地の底よりいずる審判者。対するは光を冠する者。
――天は轟き、地は裂け、神名の下に世界は混沌に還る。
悪魔を知る者たちからすれば、それは最悪の予言だったと言ってもいい。
この予言が正しいかどうかは兎も角としても、悪魔がこの世界のどこかにいる。
それだけは予言でも予想でもなく、確かな“現実”だった。
事態の深刻さを誰よりも理解しているシーラは、このことをデビットに相談し、聖王教会、管理局にも協力を要請した。
それが、この新設部隊『ADAM(アダム)』の誕生の秘密だった。
「友達なんだから、いつもみたいにアムでいいよ。ところで――なのはは?」
「……アムがそう言うなら。なのはは、はやてに着任挨拶に行ってるよ。
わたしは先に挨拶を済ませて、部屋の荷物を整理してたの」
フェイトとなのはもバスタードの士官学校(候補生制度)を首席で卒業し、今回の新部隊への出向に当たり、三尉と言う士官待遇で迎えられていた。
しかし、二人の友人のはやては聖王教会に所属し、すでに三年。
そして、その名前は違う組織にいても耳にするほど、名実ともに有名な存在になり始めていた。
聖王教会の騎士はやて――四人の固有戦力を有し、自身も古代ベルカ式魔法に蒐集行使と言うレアスキルを持つ高位の魔導師。
今では、聖王教会随一の騎士。カリム・グラシアの右腕とも言われ、ちょっとした有名人だ。
そのはやては、騎士を束ねる“聖王教会の代表”としてADAMに出向しているため、部隊の中核にいる人物の一人として数えられている。
階級はアムラエルよりも一つ上の三佐。
はやての騎士である守護騎士たちも、隊長のシグナムが二尉、他の三人も三尉と言う士官クラスの階級を与えられていた。
これだけの階級が聖王教会に所属し、僅か三年余りで与えられた背景には、はやての持つレアスキルの稀少価値や、保有する戦力(守護騎士)を聖王教会が認め、手放したくないと思うほどに欲していたと言うことに他ならない。
そして今回、はやてが聖王教会の代表として派遣された裏にはカリムの思惑もあった。
地球出身でバスタードの構成メンバーとも親交の深い彼女であれば、余計な軋轢を生むこともなく、管理局よりも上手く立ち回れると信頼していたからだ。
このような混合部隊の場合、どうしても組織同士の思惑や思想がぶつかり合い、余計な軋轢を生むことが予想される。
当然、聖王教会内部からも今回の新部隊発足に辺り、困惑の声や、部隊の設立を疑問視する声も上がっていた。
その辺りは管理局とて同じだろう。実質的な被害が出ているにも関わらず、彼らは悪魔の存在を疑問視している節もある。
特に管理局は、陸(おか)と海(うみ)でトップの考え方に大きな隔たりがあり、今回の件も陸の方が海よりも消極的だった。
それはトップのレジアス・ゲイズ中将が、カリムの予言をまったくと言ってよいほど、信用していなかったと言うことも理由にある。
魔導師頼り、魔法頼りの現在の管理局の体制を誰よりも毛嫌いしているレジアスだ。
当然ながら、その中でも最たる個人能力頼りの稀少技能(レアスキル)など、端から当てにしているはずもない。
それはカリムの予言とて同じことだ。聖王教会だけでなく、一つの事件予測として本局のトップも目を通す予言にも関わらず、レジアスはその存在自体を疑問視し、軽視していた。
今回、レジアスがADAMの発足を容認したのも、悪魔どうこうより「本局や聖王教会に後れをとってなるものか」と言うバスタードとの関係を優先しただけに過ぎない。
そんな様々な思惑が絡み合う部隊だ。当然のことではあるが、他の部隊にはない多くの問題を抱えている。
そうした中で上手く立ち回れる人材となると、適任者を探してすぐに見つかると言うほど単純なものではない。
はやてはそうした意味でも、カリムの理想に適う人材だったと言える。
「まあ、実質――はやてはこの部隊の責任者の一人だしね」
「そう言うアムだって……」
「わたしは非常時まで出張るつもりはないし、この階級もお飾りみたいなものよ。
管理世界で動きやすいように――ってね」
制服に付けた階級章をフェイトに見せ、アムラエルはそう言って笑う。
アムラエルだけは、この部隊でも特殊な扱いなのは間違いない。
階級差はあれど、はやてにも今のアムラエルに直接命令する権限はないからだ。
その理由としてはアムラエルの持っているもう一つの権限があった。
アムラエルは今回の話を受けるに辺り、一尉と言う階級とメタ=リカーナの特命大使に相当する権限をシーラから授かっていた。
個々の裁量に置いて、自由に行動することが出来る権限。
部隊に縛られず自由に動けると言うことだが、こんな無茶な権限をシーラがアムラエルに与えたのには、一つの意図があった。
悪魔の力は人間の予測を大きく超える。
そんな想像を絶する化け物を相手に、通常の手段ではいくら精鋭を集め、徒党を組んだところで付け焼刃にしかならない。
ADAMを作ったのも、普通の魔導師や人間では、悪魔に太刀打ちなど出来ないと分かっているからだった。
出来るだけ犠牲者を少なくするためにも、拮抗できる力のある者たちだけで事に当たるしかない。
難しい話ではあるが、悪魔が相手では単純な数の理論だけでは、どうにもならないと言うのが悲しい現実だ。
そうした中、アムラエルの天使としての力――そしてもう一人。
「D.S.は元気にやってる?」
「こちらに来る前に会ったけど、相変わらずだった」
D.S.の力は必要不可欠だったと言ってもいい。人間が生き延びるためにも――
そのためにせっかく対抗する組織を作っても、その組織に縛られていては、柔軟な対応が出来なくなってしまう。
このADAMを作った理由の背景には、悪魔に対抗する戦力を整えると言う意味の他に、その切り札とも言える自由気ままな人物たちに、管理世界で動きやすい状況を用意すると言う狙いがあった。
世界を救った後に、指名手配されるようなことになっては、さすがのシーラも心苦しい。
ましてやそんなことになれば、第二の危機が起こることは想像に難くない。
今は心強い味方であっても、これだけの戦力がD.S.の気持ち一つで、人類の敵に回る可能性だってある。
そうなれば、今の管理局など間違いなく、いの一番に崩壊させられるだろう。
他所の組織のこととは言え、後に訪れるであろう混乱や、地球も被ることになる損害を考えれば、簡単に起こって欲しくない嫌な事態だった。
そうしたこともあり、アムラエルは仕方のないこととは言え、ミッドチルダに来てからD.S.に一度も会っていない。
転送ポートを使えば地球などすぐだと分かっていても、思うようにその機会がないのが悲しい現実だった。
幾ら規律に縛られない、自由だと言っても責任がないわけではない。
簡単な報告書の作成や、倒せないまでも悪魔と対峙して足止めできる程度には、部隊に所属する魔導師たちを鍛えなおさないといけないので、そこは頼まれた以上、アムラエルもしっかりと見ないわけにはいかない。
爵位を持つ悪魔は無理でも、低俗な下級悪魔程度なら、AA程度までの魔導師でも十分に対応可能だとアムラエルは考えていた。
とは言っても、強大な魔力に強固な魔法障壁を持つ悪魔たちだ。対応を誤れば、取り返しの付かない事態を招くことになる。
そうした意味でも地力の底上げや、対悪魔用の戦術指導など必須ではあったが、それを実践出来るものとなると天使や悪魔との戦闘経験のある者に限られる。
この部隊でそれが可能なのはアムラエルや、メタ=リカーナから派遣されている魔導師たち、マカパインやシェラをはじめとする元魔戦将軍くらいのものだ。
ガラは二年ほど前から、またポッツリと消息が途絶えているし、D.S.がそんなことに協力してくれるはずもない。
シーンは相変わらずデビットと忙しそうに飛び回っているし、カイはバスタードの総指揮官と言う立場にいる以上、おいそれと現場には出て来れない。
近代ベルカ式、古代ベルカ式ともに近接戦闘が主軸と言うこともあり、聖王教会の騎士たちの面倒はマカパインたちに任せてあるが、あちらも大変なことには変わりない。
アムラエルは管理局からの出向魔導師の面倒を任せられているだけに、厳しい表情を浮かべざる得なかった。
更にはここ最近、はやてに付き添って人材集めに奮闘していたので、その忙しさは過酷を極めていたと言ってもよい。
「なんか、ちょっとD.S.に殺意を覚えたわ……」
「しばらく見ないうちに……随分と追い込まれてる?」
フェイトにD.S.の様子を聞き、自分の今の生活と比較してムッとするアムラエル。
しかし、そんなことを言って泣きついても、“あのD.S.”が助けてくれるはずもない。
今回、ADAMに入ることを決意したのも、シーラとデビットから話があったこととは言え、アムラエルが自分で決めたことだ。
アリサたちと知り合い、この十年で、アムラエルにも随分と守るものが増えた。
友達であり、家族であり、それはアムラエルにとって、命を賭けても守りたいと思える大切なものだった。
そうして決めたADAMへの参加。
アムラエル自身、文句を言っても無駄とは分かってはいても、実は少しだけ後悔していたりした。
「――! そうだっ!!」
「ん?」
「なのはやフェイトは、わたしの“教え子”と言っても間違いではないよね」
「……うん、カイやアムラエルには確かに随分と鍛えられたと思うけど」
目を輝かせて迫るアムラエルを見て、フェイトは嫌な予感がした。
こんなことを自分から言うアムラエルは、間違いなく碌なことを考えていない。
それは長年付き合って来た、友達だから言える確信だった。
「フッフッフ……」
その笑みは天使と言うよりは、悪魔のようだった。
――着任早々、大変なことになりそうだ。
そのフェイトの予感は、遠からず当たっていたと言える。
親友の邪悪な笑い顔を見ながら、フェイトは覚悟を決めるしかなかった。
ある管理世界の都市廃棄区画――そこに幾つもの爆発と衝突音が木霊していた。
煙と炎を巻き上げ、爆散する機械兵器『ガジェットドローン』――通称『ガジェット』。
それは、ここ十年ほどの間、次元世界の至る場所で存在が確認されるようになった無人兵器だ。
あるロストロギアの反応を追って現れる機械兵器で、四年前の空港火災でも、この兵器の存在が確認されていたと言う話もある。
悪意ある何者かが作成し、特定のロストロギアを集めるために次元世界全土に放っている、広域次元犯罪の可能性が高いと管理局は見ていた。
「片付いたな」
「シャマル、残りは?」
「残存反応なし。全部、潰したわ」
そのガジェットと対峙していたのは、ヴィータ、ザフィーラ、シャマルの“はやての守護騎士たち(ヴォルケンリッター)”と呼ばれる三人だった。
聖王教会に所属し、はやてと共に今ではADAMに出向している彼女たちが、ガジェットを追いかけているのには“ある理由”があった。
それがADAMが表向きに設立された理由となっている、“特定ロストロギア”の捜索と言う任務。
通称『レリック』と呼ばれる“第一種捜索指定ロストロギア”を彼女たちは追っていた。
その捜索の過程で必ずと言ってよいほど現れる機械兵器ガジェット。
単機でAMF(Anti Magilink Field)と呼ばれる魔法無効化フィールドを展開する能力を持ち、高い機動性能を持つその兵器を、保有魔力も戦闘能力も低い、地上の低ランク魔導師が相手をするのは難しい。
かと言って、本局の魔導師も年中人手不足な現実もあり、そのことがガジェットへの対処を遅らせる大きな原因となっていた。
ADAMは表向き、そうした対応の難しいガジェットとの戦闘や、レリックの回収を目的として設立されている。
悪魔などと目に見えない脅威よりも、管理局の人間に取っては目に見える目先の脅威の方が大きな問題だったと言うことだろう。
しかし、そうした思惑を外に置いても、ガジェットが見過ごすことの出来ない脅威であることは間違いない。
ガジェットの追っているレリックと呼ばれるロストロギア。
それは取り扱いを誤れば、空港火災のような大惨事を引き起こすほど危険な品物だった。
分かっていることは超高密度なエネルギー結晶体だと言うこと。
ジュエルシードのように次元干渉型のロストロギアではないとは言え、内包するエネルギーは都市を丸々一つ破壊するほどの膨大なものだと言っていい。
外部から大きな魔力干渉を受ければ爆発する危険性すらある、極めて不安定で危険に飛んだ存在。
それも複数確認されており、レリックの存在は、人々に管理世界の安全を約束する管理局にとっても、軽視出来ない極めて大きな問題だった。
管理局が今回のADAM設立に当たり、表向き公式に認める条件としてこのレリック事件を持ち出してきたのは、ある意味で頷ける話だったと言える。
「出現の頻度も、数も、増えてきているな」
「ああ……それに動きも賢くなって来ている」
「でも、これくらいならまだ、わたしたちだけで抑えられえるわ」
ザフィーラとヴィータが苦しそうに自分たちの置かれている状況を語る。
だが、シャマルの言うとおり、今はまだ、ガジェットの方もなんとか抑えられる程度の数と戦闘能力だった。
しかし、ガジェットの恐ろしいところは、その学習能力と何体いるのかも分からない物量にある。
数に関しては、どこかに製造されている工場があると考えられるが、この広い次元世界でそれを掴むのは難しい。
それに、後ろにいる技術者が改良を重ねているのか、自己学習しているのかは分からないが、遭遇する度に力を増して来ている。
それが苦戦を強いられる要因の一つにもなっていた。
誰もがAAAクラス以上の能力を持っているわけではない。
むしろ管理局と言えど全体の僅か5%に過ぎない高位魔導師を、それほど多く投入出来るはずもない。
精鋭を集めたと言っても、ADAMの構成メンバーでさえ、その大半はAランク以下の魔導師が主軸だ。
AA以上の魔導師ともなれば、例え本局でも余分な人材は余っていないと言うのが本音だった。
いくら悪魔が脅威だと声高々に訴えられても、それを重視する余り、他の犯罪者を野放しにし治安を悪化させたのでは意味がない。
それを考えれば、現状の戦力で対応するには、ガジェットも厄介な相手であることに違いはない。
今は守護騎士たちなど、各組織から出向している高位魔導師たちだけで抑えられる規模に安定しているが、この均衡がいつ崩れてもおかしくないと言うのが、今の彼女たちが置かれている現実だった。
「……だが、このままでは何(いず)れ手が足りなくなる」
「そのための新部隊だもの……なんとしても抑えないと」
「はやての……いや、あたしたちの目指す夢のために」
ザフィーラの言葉にシャマル、ヴィータの二人も頷いて返す。
ヴィータが口にする夢。それは他の二人も同じ思いだった。
闇の書事件のような悲しい思いや、後悔を、他の誰にも味わって欲しくない。
はやては、その思いから聖王教会の門を叩いた。
地球だけでなく、本当の意味で、みんなを助けられる仕事に就きたかったから――
管理世界と管理外世界。そうした枠に囚われず、誰もが手を取り合える世界に一歩でも近づけるように努力したい。
単なる理想なのかも知れない。甘い幻想なのかも知れない。しかし、その一歩を踏み出さなければ何も変えられない。
それは、闇の書事件の当事者として、はやてが感じ、決断した一つの道だった。
はやての望んだ“平穏”。それがはやての目指す夢の先にあると言うのなら、自分たちもその夢を応援したい。
そう、守護騎士たちが決断したのも当然と言える。
彼女たちにとって、はやてとの平穏な日常を送ると言うことこそが、罪を犯してまで望んだ“夢”に違いなかったのだから――
独立機動部隊ADAM――
そこが、彼女たちにとっての“夢の出発点”だった。
……TO BE CONTINUED