作者:193
2009/02/17(火) 20:52公開
ID:4Sv5khNiT3.
ミッドチルダ北部ベルカ自治領――その中心地にある巨大な建物、聖王教会。
カリムは自分の執務室で、いつものように執務整理に追われていた。
軽快な速度でカツカツと音を立てるペンの音が、他に誰もいない重厚な部屋に響き渡る。
カリムもここ最近、ADAMの後見人をやっていることもあって、関係各所への根回しや出向する騎士の手配など、部隊発足に向けて多忙な毎日を送っていた。
そのため、緊急の執務以外は後回しにしていたこともあって、滞っている書類が机の上に山積みとなっている。
今日は朝からずっと息を吐く間もなく、その執務の処理に追われる一日を過ごしていた。
「カリム、一息入れられてはどうです? お茶とケーキをお持ちしましたし」
「そうね。じゃあ、頂こうかしら?」
シャッハに声を掛けられ、カリムは肩をポキポキと鳴らしペンを置くと、ゆっくりと席を立ち上がる。
そのタイミングを見計らったかのように、シャッハがお茶とケーキを載せたカートを部屋に運び入れ、準備をはじめた。
木漏れ日の差し込む大きな窓際の席に腰掛け、「ふう……」と一息を吐くカリム。それを見て、シャッハは苦笑を漏らす。
今までのカリムなら、どれだけ疲れていようと、他人に気取られるような隙は見せなかったはずだ。
しかし、はやてが聖王教会に来て早三年以上。
カリムも良い意味で、親しい間柄の者の前では、適度に気を抜けるようにはなっていた。
それはやはり、はやてや守護騎士たち、それに彼女の友人の少女たちの影響が大きいのだろうとシャッハは思う。
幼い頃から聖王教会の中で軟禁状態で育てられていた為、カリムはその昔、世情に疎いところがあった。
貴重なレアスキルに、古代ベルカ式魔法を継承している彼女の能力と血は、聖王教会にとって無くてはならないものだった。
古代ベルカの魔法を今も継承する者は数少ない。その上、カリムのような貴重なレアスキルを有する物は更に稀だ。
だからこそ、聖王教会はそんな華のある彼女を祭り上げることで、人々の信仰を集め、支持を得ることで管理世界を平定し、聖王教会の存在を示そうとしたのだろう。
それが管理局との関係を、より良いものに出来る“唯一の道”と考えていたのは間違い。
神童、聖女と人々に称えられ、カリムはそんな大人たちの期待に一心に応えようと頑張った。
魔法の勉強。帝王学や交渉術。執務に至る、あらゆる場面でその才能を遺憾なく発揮し、いつしか彼女の横には誰一人並び立つ者はいなくなっていた。
ひとり、またひとりと彼女の前から大人たちは去っていく。それは両親とて例外ではない。
畏敬の目で幼い少女を見る大人たち。その目は年月を重ねるごとに更に大きくなっていた。
生まれ持ち人とは違う強い力、高い才能を持つが故に、それが結果的に周囲との距離を生み、カリムを孤独にしていたのだろう。
そんな、心から“友達”や“家族”と呼べる相手のいなかったカリムにとって、はやてたちとの出会いは驚きの連続だった。
今までのことを思い浮かべながら、シャッハはその出会いに感謝していた。
ずっと傍に控え、姉のように見守ってきていたとは言え、シャッハも立場上は彼女の護衛であり、部下であることに違いはない。
自分では本当の意味で、カリムと“対等”になることは出来ないとシャッハはそのことを悔やんでいた。
はやてとは“狸の化かし合い”のような関係を築いているようだが、本人もそのことを楽しんでいる様子だ。
カリムにとってはやてとは、友達、または妹に接しているような感覚なのだろう。
仮初なのかも知れないが、カリムにそうして心の許せる同性の相手が出来たことを、シャッハは喜んでいた。
「やはり、翠屋のケーキは美味しいわね。これ、はやてが?」
「いえ、リニスさんが――」
翠屋のケーキは、カリムの大好物でもあった。
以前に地球に行ったときに食してから大のお気に入りになっており、はやてがあちらに行くときには毎回のようにお土産に買って来て貰うほどだった。
それもあって顔を綻ばせながら大好物の甘いケーキに舌鼓を打っていたカリムだったが、シャッハの思わぬ返事にその手を止めて怪訝な表情を浮かべてしまう。
リニスとはあれからも何度も会っているカリムだったが――
お世辞にも「どうぞ、召し上がって下さい」と、ケーキだけを届けに来るような“殊勝な態度”を取る人物ではないと言うことは、彼女が一番よく理解している。
すでに食べてしまったケーキを見て、カリムは難しい顔をしていた。
「“引越しソバの代わり”だそうですよ?」
「引越し……ソバ?」
「地球の文化らしいです。なんでも、引っ越しの挨拶に、こうした手土産を持参する風習があるとか――」
「いえ……そう言うことではなくて、“引越し”?」
続いてシャッハからプレシア一家がミッドチルダ。それもベルカ自治領に引っ越してきたと言う話を聞いて、カリムは呆然とした。
売りに出されていた郊外の屋敷をプレシアが買い取った“らしい”とのことだが、今までそんな重要な報告が何故上がってこなかったのかとカリムは眉間にしわを寄せる。
罪には問われていないが、プレシアは管理世界から見れば、警戒人物の一人であることに変わりはない。
管理局からも最重要警戒されているはずの彼女が、堂々とミッドチルダに乗り込んで来るなど信じ難い話だった。
ましてや、聖王教会の庭先と言ってもいい、ベルカ自治領に住居を構えるなど、正気の沙汰とは思えない。
「どうも、メタ=リカーナの戸籍で購入したようですね。しかし手続きは正規の物ですし、今更覆すことは……」
「なんて大胆な……」
シャッハの一言で、プレシアがメタ=リカーナの戸籍も持っていた事実をカリムは思い出す。
報告が遅れたのも、それが原因だろうと言うことは分かったが、それにしても解せなかった。
カリムは心の中でこっそりと呟く。
「また、何かを企んでいるんじゃ……」
と言う、彼女の疑念が晴れることはなかった。
次元を超えし魔人 第37話『集結、そして始動』(STS編)
作者 193
ベルカ自治領の南西部。中央の街区からは少し離れているが、自然も豊かで景観も素晴らしい。
首都からもそれほど離れていないこともあって、交通の便もそれほど不便と言うわけではない。
それに、ベルカの街区にある市は活気に満ちており、海の幸、山の幸と新鮮な食材が豊富に手に入る。
そうしたこともあって、プレシアはこの場所を大層気に入っていた。
フェイトがADAMに出向すると言う話を聞き、更にはアリシアがデバイスマスターの資格を取ったこともあって、プレシアも本格的にミッドチルダでの生活を考えていた。
メタ=リカーナの住居や、時の庭園はそのままにしておくにしても、ミッドチルダに来るためには地球にある港を使うしかない。
好きなときに愛しい娘に会えない寂しさは、プレシアには我慢の出来るものではなかったからだ。
かと言って、D.S.のように毎回不正入国していたのでは、そのうちお尋ね者にされても不思議ではない。
そんなへまを彼女たちがするとは思えないが、実際、D.S.はことあるごとに問題を起こして帰ってきているので信用ならない。
何か問題を起こして娘に迷惑を掛けるのは、プレシアも忍びない。しかし、会えないのも寂しい。
悩んだ末、プレシアはミッドチルダに家を買うことにした。
「ようやく、片付け終わりましたね」
「ええ、ご苦労様。リニス」
バニングスの屋敷ほどではないが、それなりに大きな屋敷だ。郊外にあるとは言え、値の張る豪邸なのは間違いない。
とは言っても、プレシアも今ではかなりの金持ちだった。
デバイスなどの魔法科学、魔力駆動路など今まで培った研究成果を流出することにより、見返りとしてバニングスや月村重工から多額の報酬を受け取っている。
この十年でミッドチルダとの交流も進み、物流や為替などのレートも安定している。
ミッドチルダのお金に換算しても、プレシアの保有する資産は一生豪遊しても使い切れないほど蓄えられていた。
そんな大金を叩いて購入した屋敷の書斎には、部屋に収まりきらないほどの本が積み重ねられている。
運び込まれた荷物は研究資料や魔導書などの書物が大半だったが、その量が半端ではない。
その隣の部屋も、また隣の部屋も、すべて本で埋め尽くされていた。
どれもD.S.やプレシアが、自分の研究のために掻き集めて来た本や資料ばかりなので、リニスは扱いに困って首を傾げる。
いらなくなったから捨てると言う訳にもいかない。しかし、本は増えるばかり――
D.S.もこの世界の魔法は珍しい物ばかりなのか、新しい知識を吸収することに関しては限りなく貪欲だ。
そうでもなければ『魔導王』などと名乗れないのかも知れないが、プレシアもそんなD.S.に負けてはいなかった。
メタ=リカーナから取り寄せた大量の魔導書の出所は、ほとんどプレシアが現地で買い求めたものだ。
そうして増え続けているものだから、置き場所に困るのも無理はない。
これでも、ここに持って来ている本は、必要な物だけを抜粋した少数に過ぎない。
時の庭園にある大図書館には、何万冊あろうかと言う、個人所有の量とはとても思えない数の大量の本が収められていた。
「そう言えば、D.S.は?」
「D.S.ならリインやツヴァイを連れて、外に出掛けて行きましたよ?
なんか、『散策してくる』とご機嫌でしたけど……」
リニスの話を聞いて、プレシアの脳裏に嫌な予感が走る。それはリニスとて同じだった。
もっとも、下手な忠告や注意などは無駄と分かっているので、リニスはそのことをD.S.に言ったりはしない。
少なくともD.S.と言う男は、理不尽に暴力を振るったり、理由もなく無差別に誰かを攻撃するような男ではない。
それにツヴァイは兎も角、リインが付いているのであれば、そこまで心配はいらないだろうとリニスは考えていた。
プレシアも不安だったが、そこはD.S.を信じることにする。惚れた弱みと言うものだろうか?
どちらにしても、女性を悲しませるような真似だけは、D.S.は決してしないと言う確信がプレシアにはあった。
「引越し祝いに“年代物”の一本空けますか?」
「いいわね。まあ、D.S.もツヴァイもお腹が減れば帰ってくるでしょ」
酒瓶を片手にウインクするリニスを見て、プレシアもD.S.のことを思いながら苦笑いを浮かべていた。
ADAMの設立式当日――
部隊長挨拶に現れた男を見て、隊員たちの表情はいつになく険しいものに変わっていた。
姿を見せたのは、メタ=リカーナの代表にして、シーラの兄に当たるラーズ・ウル・メタ=リカーナ。
メタ=リカーナを知る者たちの間でも、今まで噂にしか挙がって来なかった大物の登場に、周囲は整然となった。
王の座を妹に譲り、隠匿生活をしていたはずの人物が、こうして公式の場に姿を見せたのはこれがはじめてだ。
一説には天使と悪魔との戦いで傷つき、寝たきりの生活を送っているとまで噂されていただけに、その登場は衝撃的なものだった。
「はじめまして。わたしはラーズ・ウル・メタ=リカーナ。ADAMの部隊長を任せられることになりました」
ラーズが挨拶をする脇には、同じくメタ=リカーナの代表“アムラエル・バニングス”。聖王教会からの代表“八神はやて”。管理局からの代表として“アンガス・ヤーン”と言う人物が控えていた。
このアンガスと言う人物、管理局で三佐と言う地位にありながら、過去の経歴がほとんど不明と言う怪しい点があった。
しかし、無口だと言う点を除けば、心根が優しく部下からの信頼も厚い、非常によく出来た男だったと言える。
管理局の魔導師にしては珍しい、メタ=リカーナの魔法を逸早く実戦に取り入れたことでも有名で――
個人戦闘力としては最高に近い“総合SSランク”を保有し、『海の守護者』とまで言われているのも、ADAMの出向メンバーに選ばれた理由となっていた。
管理局からの出向隊員のほとんどは、レジアスの手配した陸の隊員で人員が構成されている。
そうしたなか、海としても陸をけん制する意味で、明確な態度を示して置きたいと言う思惑もあったのだろう。
数で劣るから質で陸に差をつけようと言う辺り、同じ組織でありながら両者の強い軋轢が感じられる。
「長い挨拶は嫌われるので、最後に――
三組織合同の部隊と言うことで、困惑されている方も多いことと思います。
しかし、『平和のために』その思いだけは組織の違いや世界の隔たりはあれど、共通のものと考えています」
それは、ラーズがあの“死の世界”で見て感じた、悔しくも苦い思い出から出た言葉だった。
子供を思い、親を思い、そして愛する人を思い、死んでいった多くの人々。
彼らが願ったのは他でもない。愛する人と共に過ごしたい。ただ、平和を願う――それだけの思い。
しかし、その願いすら大きな力の前に踏みにじられ、許されることはなかった。
「管理局のため、聖王教会のため、そして地球のため――抱えている思想や背負っている責任は様々です。
ただ、思い返して欲しい。自分が何故、この道を選ぶことを決意したのかを――
家族、友人、恋人、仲間。大切なもの、守りたいものが誰にも必ず一つはあるはずです」
しかし、その果てに人類は手を取り合うことが出来た。敵、味方など関係なく――
滅亡と言う脅威を目の前にすることでしか、手を取り合うことが出来なかった愚かさを嘆くべきか?
それでも手を取り合い、意思を一つにまとめることが出来た人間の強さを喜ぶべきか?
それは分からない。しかし、「大切な誰かを守りたい」と思う、その人々の思いは確かなものだったとラーズは思いたい。
「苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、周りを見渡せば、すぐ傍に苦楽を共にした仲間がいます。
あなた方と同じ思いを抱き、大切な誰かを守りたい――そんな志を持った仲間が。
だから頼ってください。力を貸してあげてください。みんなで――共に頑張っていきましょう」
ラーズが挨拶を終え、最後に微笑んで見せると、女性を中心に黄色い歓声が沸き上がった。
年齢を感じさせない童顔に甘いマスク。それは女性でなくても、ドキッとさせられる魅力的な笑顔だった。
そんなラーズの“天然たらし”とも言える仕草を見て、アムラエルは周囲に気付かれないよう「はあ……」と小さく溜め息を吐く。
ラーズ・ウル・メタ=リカーナ――高いカリスマに、天使や悪魔とも相対する実力を持つ竜の戦士。
中央メタリオンでは、魔操兵戦争の際、魔導王D.S.を倒した五大英雄の一人として、勇者と誉め称えられている。
妹のシーラから見ても申し分ない出来た兄(王子様)だが、その無自覚に周囲を惹きつける魅力は爆弾のようにも思えてならない。
D.S.とは、また違った魅力を持つラーズの対人関係には、シーラも幾度と無く冷や冷やさせられていた。
誰かれ構わず手をかけるような男ではないが、それが時には罪作りになることもある。
無自覚な優しさほど罪なものはない。もはや神掛かっていると言っても良いほど、そうした自分に寄せられる好意に対して無頓着で鈍いラーズに、周囲の関係者はヤキモキさせられていた。
噂には聞いていたアムラエルだったが、実際にラーズに会って見て、それがよく分かった。
シーラがD.S.以上に、今回のADAMへのラーズの出向について、頭を悩ませていた理由がこれで分かると言うものだ。
そうして締め括られた部隊長挨拶。ADAMの設立式も無事に終え、初日から部隊員は忙しい日課をこなしていた。
後方を支えるバックヤード陣はもちろんのこと、前衛や調査で活躍する魔導師たちも、いつあるとも知れない出撃に向け、猛特訓に励んでいる。
戦闘力の大幅な引き上げが難しい年齢にある者でも、戦術の幅を広げることで対応も柔軟になる。
この訓練の一番の目的は、今までの常識が通用しない未知の敵と遭遇した時、どれだけ冷静に柔軟な対処が出来るかと言う心構えを養うことにあった。
ここに集まっている魔導師たちは荒削りではあるかも知れないが、各部署で精鋭と呼ばれた選りすぐりの現場経験者たちだ。
十年前の闇の書事件、そして本局襲撃と言う大惨事。あれに参加していた魔導師たちも少なからず含まれていた。
あの事件で、本局が襲われ酷い有り様だった背景には、未知の敵への対処が余りに杜撰過ぎたと言うのも理由にある。
ここに集まっているのは、上から言われて来たものもいるだろうが、そうした苦い経験を味わって来た者も少なくない。
そんな憂いを後世に残したくない。家族のために、愛するものを守りたいと、平和を願っている志高い若者が大半だ。
上の考えは別のところにあるのかも知れないが、そうした思惑や策謀などは、現場の人間には関係のないことなのかも知れない。
意図していたのかどうかは分からないが、ラーズの一言が、そうした主義も思想も違う人たちの思いを、上手く一つにまとめたのも事実だった。
「凄いな……一気に隊員たちの心を掴んでもうた」
「ええ。あの方の言葉には力があります。メタ=リカーナの王子――英雄と称えられているのも頷けます」
はやては歩きながら、先程のラーズの部隊長挨拶を思い返していた。
ただ話が上手いだけでは、あそこまで人の心を掴むことは出来ない。ラーズの放つ言葉の一つ一つ。
そこには力強い説得力があり、彼から滲み出る強い存在感が、その言葉の重みを増しているようでもあった。
生まれ持ちカリスマ性に飛んだ、先導者、英雄としての資質を持った者は必ずいる。
カリムも、そうした素質を持つ者の一人だ。
そうした人間を間近で見てきたはやてから見ても、ラーズは桁違いに思えるほど大きな存在だった。
シグナムの評価を聞き、はやてもその言葉に頷くしかない。
こんな混合部隊を率いるからには部隊長には、高いカリスマ性の他に、彼らに示せるだけの資質や能力が問われる。
そう言う意味でも、今のラーズの挨拶を聞いて、はやてには他に適任者はいないように思えていた。
「まあ、無事にやっていけそうやし、万々歳と言ったところかな?」
はやては、ラーズのことを真剣に語るシグナムを見て、手を上げて笑って見せる。
肩肘を張っているところはシグナムも自分も一緒だ――はやてはそんな風に思いながら苦笑を漏らしていた。
今までにない大役。そしてこれからのことを考えれば、シグナムが緊張するのも無理はない。
しかし、ずっと気を張り詰めていたのでは、肝心な時に力を発揮出来なくなり、大きなミスをしてしまう可能性もある。
適度に力を抜いて、家族や仲間を頼って――
ラーズの言葉を思い返しながら、これからのことにはやては思いを馳せていた。
「ほら、動きが止まってる。どうすればいいかよく考えて、素早く行動に移す」
なのははアムラエルの代わりに新人たちの教導を見ていた。
Aランク以下の管理局の陸戦型魔導師が集められ、ランクごとにいくつかの小隊に分けてガジェットとの模擬戦が行われていた。
そのなかに、スバルやティアナ、それに陸士部隊から出向して来たギンガ・ナカジマ陸曹――スバルの姉の姿も見受けられる。
戦っているのは、訓練シミュレーターで擬似的に作られたプログラムのガジェットだったが、動きや性能は元と比較しても遜色のあるものでは決してない。
低ランクの魔導師たちにとって、魔力の結合を分断され、魔法を無効化されるAMFは厄介な存在だった。
高い魔力資質を持つ者であれば、持ち前の魔力量や魔法の威力で押し切ることも可能かも知れない。
しかし、そうした強力な魔力も魔法も持たない低ランク魔導師の彼らでは、それは難しい。
更に言えば、高い機動性能を持つガジェットの動きを捉えるのは困難を極めていた。
ギンガをはじめとするAランクを保有しているベテランの魔導師たちは、最初は戸惑っていたようだが、次々に独自の対抗策を見つけ、徐々にガジェットの動きについていけるようになっている。
しかし、Bランク以下の魔導師たちではやはりガジェットの相手は難しいのか、ほとんどの者は途中で脱落。
どうにか付いてこれている者もいるが、ちゃんと対応出来ているとは言い難い。
そんななか、Bランクとは思えない動きをするコンビがいた。スバルとティアナの二人だ。
最初はその機動性能やAMFなどに戸惑いを見せていた二人だったが、相手の動きに慣れると冷静に対処出来る数も増えていた。
魔力が掻き消されることを考慮して、物理破壊力を高めるために用いたのは、密着しての最接近攻撃。
AMFで魔法が使えなくなることを考えすぎる余り、どの魔導師も距離をとって戦おうとする中、スバルだけは我武者羅に突っ込み場を掻き乱し、魔力で強化された筋力と全体重を乗せた物理ダメージをぶつけることで、AMFの障壁すら打ち抜いて見せた。
そして、そのスバルの突撃で追い込まれた敵を、ティアナの魔力弾が的確に撃ち抜いていく。
「多重弾殻射撃……AAの魔導師スキルをBランクの彼女が?」
ティアナの魔力弾がAMFを展開するガジェットに届いた理由には、この多重弾殻射撃『ヴァリアブルシュート』があった。
本命である魔力弾の外郭をフィールド防御を突破する膜状バリアで囲み、対象を撃ち抜く高等魔法。
言うのは簡単だが、低ランク魔導師がおいそれと使えるレベルの魔法ではない。
その魔法をティアナは、この模擬戦の間だけで合計三発も放って見せた。
それだけの魔力を練りだせた魔力量も然ることながら、その魔法を一度もミスすることなく模擬戦で成功させたティアナの勝負強さは疑うべくも無い。
偶然で片付けることは出来ない戦果に、教導を受け持っていたなのはですら驚きを隠せなかった。
ティアナやスバルのことは、アムラエルが直接部隊に誘うことを促したと言う話は、なのはも聞いていた。
しかし、彼女たちの魔導師ランクはBランク。しかも、一度はその試験にも落ちていると言う話を聞いていただけに、ここまで高い実力を有しているとは、なのはも夢にも思っていなかった。
お世辞にも荒削りで一流とは言えないかも知れないが、現時点でもAランク相当の実力を持っているのは確実だ。
年齢も若い。秘めている潜在能力や、伸び盛りのこの時期を考えると、どこまで強くなるかは想像もつかない。
それにスバルの姉ギンガも、Aランクと言うには一際抜けた実力を見せていた。
こちらは陸戦型AAランクにも十分届く実力を有している。
そんなことを考えながら、なのはは凄い原石を見つけたと言わんばかりに笑みを溢していた。
「なのは、どう?」
「Bランク以下の子達は、しばらくは基礎訓練から鍛えなおしかな?
Aランク以上の人たちは教え方次第で、すぐにでも現場に出れるレベルにはなると思うよ」
「そう、よかった。それであの子達は?」
フェイトが気に掛ける“あの子達”と言うのが、ティアナやスバルのことを指すと言うことは、なのはもすぐに分かった。
アムラエルが気に掛けるほどの人材と言うことで、少なからずフェイトも気になっていたのだろう。
「うん、凄いね。この歳でこれだけ動けるのも驚異的だけど、ランク詐称もいいところだよ。
今のレベルでも、Aランク以上の働きはしてくれると思う。伸び盛りのこの時期を考えると先はちょっと想像が付かないかな?
ただ、ちょっと無鉄砲なところが目立つから、そこはしっかりと見てあげないと」
なのはの言葉に頷きながら、「無鉄砲なところは、なのはも他人のこと言えない気が」と突っ込みそうになった言葉を、敢えてフェイトは呑み込んだ。
長い間、なのはの友人をやっていると、いらぬ一言が身の危険に繋がると言うことを、身を持って知ることになる。
少し挙動不審なフェイトを訝しみながらも、なのはは隊員たちのデータの収集を続ける。
「ふあ……魔導師さんがいっぱいです。あ、あっちの子、危ないですっ!!」
「おいっ! 人の頭の上で暴れるんじゃねぇ!!」
「「――!?」」
突然耳に入ってきた聞きなれた声に、なのはとフェイトの二人はハッとして振り向く。
その視線の先には、模擬戦を鑑賞しながらポップコーンにオレンジジュースを片手に寛ぐD.S.と、その頭の上に陣取って賑やかな声を上げるツヴァイ、そんな二人のやり取りを後ろから微笑ましそうに見守っているリインフォースの姿があった。
神出鬼没な三人の登場に、模擬戦のことも忘れ、なのはとフェイトの二人は金魚のように口をパクパクとさせる。
ここはADAMの敷地内だ。しかも訓練エリアは一般職員の立ち入りも禁じられている危険な場所。
関係者以外は立ち入ることが出来ないはずのその場所に、当たり前のように陣取っているD.S.たちを見て、なのはとフェイトは返す言葉もなかった。
「二人とも申し訳ありません……一応は止めたんですが、無駄でした」
「いえ、リインフォースさんが謝ることじゃないですし……大体想像はつきますから」
「ダーシュ……いつ、こっちに?」
「――ん?」
リインフォースに謝られて、なのはの方が何故か恐縮してしまう。
D.S.が主犯だと言うことは、なのはもその話からもすぐに判明した。
いや、ツヴァイの反応を見るに、主犯は二人いるのかも知れないと――
しかし、フェイトはそんなことよりも、D.S.がミッドチルダにいることの方が気になって仕方ない。
あれだけ、涙ながらに別れを惜しんだと言うのに、それから僅か一週間。
会えたのは嬉しいが、ミッドチルダに遊びに来るなどと何も相談されていなかっただけに、突然のD.S.たちの訪問にフェイトは驚いていた。
嬉しくないと言えば嘘になるが、こんなに早く会えるとは思っていなかっただけに、その行動を訝しんでしまう。
「リインたち、引っ越してきたですよー!! ベルカ自治領に新しいお家あるから遊びに来て欲しいです!!」
「引越し……? まさか、母さん……リニス……」
説明するのも面倒くさそうにするD.S.に代わって、ツヴァイが元気よくフェイトの質問に答える。
そのツヴァイの『引越し』と言う話を聞いて、フェイトはすべてを悟った。
一週間前、地球の港で見送ってくれたプレシアとリニス。しばらく会えない悲しみに涙し、強く抱きしめ合った温もり。
家族の愛情を一心に受け、フェイトはその大切さをその時に強く実感した。
しかし、それから僅か一週間で引っ越してきたと言うことは、それ以前から準備していた可能性が高い。
だとすれば、あの感動の別れも、すべてプレシアやリニスの手の平の上で踊らされていたと言うことに他ならない。
「すみません……プレシアやリニスからは黙ってるように言われてたので」
「まあ、別に聞かれなかったしな」
「リインも、こっちに来るまで気付かなかったですよ……」
リインフォース、それにD.S.の話を聞いて、その疑念は確信へと繋がった。
ツヴァイの様子からして、彼女は口が軽いと判断され、伏せられていたことが見て取れる。
そのことからも、作為を感じざる得ない。
プレシアのことだから、娘との思い出が欲しくて黙っていたと言ったところだろうが、その計画に乗ったリニスもリニスだ。
アリシアの悪戯癖は、絶対にプレシアの影響だ――と、フェイトには思えてなかなかった。
しかし、騙されたと言うのに、どこかで喜んでいる自分がいることにフェイトは気付く。
自分で決めたことだと強がってはいても、プレシアやリニス、それにアリシアに会えないこと――
そして何よりD.S.に会えないことを、彼女は一番寂しがっていた。
自分の都合を優先したのは間違いないのだろうが、そう言うフェイトの心も、プレシアは察していたのかも知れない。
「アリシアもデバイスマスターとして、こちらの技術官をやることが決まってますから、後日会える機会もあるかと――
それと、これはリニスから預かっている、“わたしたちの”IDカードです」
リインフォースが差し出したIDカードは、確かにADAMの職員に配布されている正規の物だった。
裏書きにはシーラ・トェル・メタ=リカーナの文字が――
そのことから、D.S.たちが立場上はアムラエルと同じ扱いにいることが分かる。
もっとも彼らはバスタードに所属していなければ、正規のADAMの隊員と言う訳ではない。
外部からの民間協力者と言う扱いになるのであれば、確かに緊急時を除いて無理に出動に借り出されることもない。
そのことからも、シーラが何を考えているか少なからず予測は出来た。
なのはとフェイトもその意図を読み取ってか、苦笑いをただ浮かべることしか出来ない。
「なのはさん、見てなくていいですか?」
「あ――しまった!!」
ツヴァイに指摘されて、なのはは慌てて模擬戦の教導に戻る。忙しく慌しい一日だった。
しかし、再会出来た家族と――
心から信頼出来、誰よりも強く頼れる最愛の人。
不安に思えるこれからも、彼と一緒ならやっていける。
フェイトはそんなことを思いながら、騙されたことが可笑しくて嬉しくて、堪え切れずに声を上げて笑っていた。
そんなフェイトを見て、なのはは目をキョトンとする。
大声を張り上げて笑うフェイトなんて、親友のなのはですら滅多に見れるものではなかったからだ。
しかし、嬉しそうに笑うフェイトを見て、思わず一緒になって笑いを溢してしまう。
D.S.――彼がどれほど自分たちにとって、大切で大きな存在になっているかを実感した、そんな瞬間だった。
スバルはいつになく緊張していた。
初日から早速集められ、「個々の実力を見る」と言われて、放り込まれた模擬戦。
AMFを展開するガジェットには確かに驚いたが、それも慣れてしまえば厄介な相手と言うだけで、まったく対処出来ないほど怖い相手ではなかった。いつものようにティアナとコンビを組み、本人もなかなかの戦果を上げることが出来たと満足している。
しかし、今のスバルはそんな成績も吹き飛んでしまうくらい、顔を真っ赤にして、戸惑いの表情を浮かべていた。
「お疲れ様。スバル・ナカジマ二等陸士、それにティアナ・ランスター二等陸士。
なかなか、よかったよ。よく動けてるし、判断力も悪くない」
「――ありがとうございます!!」
呆然とするスバルに代わって、ティアナは敬礼を取り、大声でなのはに礼を返す。
そんなティアナに苦笑を漏らしながら、「もっと、気を楽にしてていいよ」となのはは言った。
バスタードでは余り、そうした細かい規律や規則に縛られると言ったことがない。
公式の場などでは確かにそうした礼を求められる場面は存在するが、あくまでバスタードに所属する者に求められているのは力(つよさ)と精神(こころ)だ。
その力と言うのも何も魔導師としての強さと言うだけでなく、力が強い者、剣技に優れた者、また指揮官適正、管制能力の高い者。
などなど、幅広い方面で優れた力を持つ者を彼らは受け入れ、育てている。
地球を守ると言うことは当然だが、力のある者には、それに伴う責任の重さ。そして、守ると言うことの難しさ。
それを知って尚、大切な誰かを守れる“強い精神(こころ)”を持って欲しい。
そんな願いが彼の組織には込められていた。
バスタードはその名の通り『雑種』を意味する言葉だ。
組織と言う枠に囚われるのではなく、ひとりひとりがその思いを胸に抱いてくれるようになれば、この悲しみと憎しみに満ちた歪んだ世界も少しは変わるかも知れない。
単なる理想ではなく、それを一歩でも現実に近づけるために――
そこには滅亡を経験したシーラたちメタ=リカーナの人たちの思いと――
娘や子供たちの未来を大切に思うデビットや、地球の人々の願いが込められていた。
「スバルは……緊張してるのかな?」
「い、いえ……あの……その!!」
目の前にいる女性。それはスバルにとって魔導師を志す切っ掛けにもなった、あの“白い魔導師”の彼女だった。
あの時、スバルはなのはの名前も所属も、何も知るはずがなかった。
後に報道された情報から、火を消し止めたのが管理局だったと知り、それで“彼女のようになりたい”と管理局の門を叩いたと言う経緯がある。
もっとも、ミッドチルダにいる以上、魔導師になりたければ聖王教会管轄の魔法学院に入るか、管理局の訓練学校の門を叩くしかない。
一般的に他所の世界の組織。バスタードのことは名前は知れど、管理局や聖王教会ほど広くこの世界では認知されていないからだ。
そう言う意味では、魔導師になりたいと管理局の門を叩いたスバルの選択は、一概に間違っていたとは言えない。
最初は勘違いからだったのかも知れないが、誰かを救いたい――その思いは、バスタードだから管理局だからと変わるものではない。
スバルが憧れたのはバスタードでも管理局でもなく、高町なのはと言う一人の魔導師だったのだから――
「そっか……うん、覚えてるよ。あの時の女の子か」
「あ……はい!!」
なのははスバルの話を聞いて、懐かしむように当時のことを思い出す。
あの時、身を震わせ泣いていた女の子が、あの事件を切っ掛けに魔導師として立派に成長しているとは、なのはも思いも寄らなかった。
しかし、それが並大抵の努力じゃなかったことは、彼女の成長からも伺える。
あれから四年――こうして夢を見事に現実にし、なのはを驚かせるほどの成長を見せたのだ。その努力は、並大抵のものではなかったはず。
なのはも、そこまで思い続けてくれたスバルの思いが、照れ臭くも嬉しかった。
スバルの告白を聞いて、頬を赤く染めていることからも、そのことが窺える。
「所属してる組織は違うけど、それでも今は同じ部隊。平和を願う。大切な誰かを守りたい。
その思いは同じだと思うから――だから、二人とも一緒に頑張ろう」
「「――はい!!」」
アムラエルが見つけてきた子供たち。
鈍く光る原石を前に、なのはは力強くそう言った。
アムラエルや友達に教えられ、デビットやシーラ、それにカイやシーン、たくさんの大人たちに支えられて得たこの力。
D.S.――彼の強さと広い心。その大切な人に助けられ、そして育まれた『守る』ための強い精神(こころ)。
たくさんの人に見守られて、助けられ、今の自分があると言うことを、なのははこの十年で学び成長した。
なのはは、目の前の二人の少女を見て思う。
その力(つよさ)と精神(こころ)を、次の世代にも証明し、伝えていきたいと――
……TO BE CONTINUED