作者:193
2009/02/22(日) 06:50公開
ID:4Sv5khNiT3.
「な……なんなのよ!? あのちびっ子は!!」
「知らないよ〜〜!! それよりもティア、どうすんの!?」
ティアナとスバルは追い込まれていた。
堂々とした態度で周囲を舐め回すように観察し、ゆったりと近づいて来る小さな影。
それは――九歳児モードのアムラエル。
栗色の髪に褐色の肌が艶やかに光っており、その傷一つない様子からも、先程まで管理局の魔導師百人を相手に激しい戦闘を行っていたとは、とても思えない。
その有り得ない現象が、今まさにティアナとスバル、二人の目の前で起こっていた。
「やる気あるの? ないなら、さっさと終わらせちゃうよ?」
余裕の態度を崩さないアムラエル。
その、たった一人の少女を相手に、百人居たはずの魔導師はほとんど壊滅状態に追い込まれていた。
相手が子供、それも一人とあって油断もあったのかも知れない。それにしたって開始から僅か十分。
すでに、ティアナとスバルを含める十数名を残す以外、戦える者は残っていない。
さすがのティアナも悪夢を見ているようだった。
なのはが、「じゃ、これまでの成果を見るよ」と連れて来たちびっ子アムラエル。
相手が子供。それもたった一人と言うこともあって、誰もがこんな結果になるとは思っていなかった。
子供の頃から高い素養を持った優秀な魔導師は少なからずいる。
しかし、常識の範囲で考えれば、まさか“九歳児の子供”が管理局でも全体の五%しかいないと言う、AAAランク以上の高位魔導師に到達しているなど、誰も思いも寄るはずがなかった。
ティアナも、そんなバカなことがあるはずもない――
と、心のどこかで高を括っていた。
しかし、今になって思い返して見れば、前例として一人居たことを思い出す。
――D.S.だ。
彼の戦っているところを直接見た訳ではないが、なのはやフェイトの話から、彼がオーバーSランクの高位魔導師だと言うことは、ティアナも理解していた。
見た目には子供――しかし実年齢は四百歳を優に越していると言う“眉唾物”の話を聞いて、そんなバカなと耳を疑ったほどだ。
だが、これまでの経緯からも、バスタードの魔導師が常識では測れない異質な存在だと言うことは、どうにか理解している。
ティアナはそんなことを思い返し、今回の相手もそうした常識では測れない“何か”なのだと結論付けた。
そう考えると、目の前の少女が本当に子供かどうかも怪しい。どう考えても彼女はAAAなんて生温いレベルですらない。
軽くオーバーSランク。いや、陸戦魔導師に合わせて飛ばない、広域攻撃魔法を使わない――など、自身に制限を設けて手加減をしているくらいだ。それでこの差は圧倒的と言ってもいい。
最初から百人居ても、その倍の二百人居たって勝てる相手じゃないと言うことは、ここまでやられれば、どんなに頭の固い魔導師だって分かると言うものだ。
「さすがに……無理よね。でも、このまま何も出来ないで終わるってのも癪(しゃく)よね」
「同感――ティア、やろう!!」
そんなことが分かったからと言って、勝ち目などあるはずもない。
しかし、ここで逃げるなんて選択肢は二人にはなかった。
こうしている間にも、残されていた僅か十名ほどの魔導師は、ティアナとスバルの二人を除き、全員撃墜。
「あとは二人ね。さ〜て、どこまで持ち堪えられるかな?」
狩りを楽しむように狡猾な笑みを浮かべ、二人の隠れている方角を見るアムラエル。
真っ直ぐと、二人の潜伏場所に向かって歩いて来ていることからも、すでに隠れている場所が割れているのは間違いない。
残された戦力はたったの二人と、苦楽を共にしてきた二機の相棒(デバイス)。
低ランクとは言え、魔導師九十八人を物ともしなかった相手に、二人で出来ることなど大してないのかも知れない。
「スバル、行くわよ!!」
「おう――っ!!」
だが、自分たちが何のためにこの道を選んだのか?
そして、これまでの努力と、その努力で得た“力”が無駄ではないことを証明するためにも――
余裕の態度を持って、ゆったりとした足取りで迫る少女の元に、二人は勇気を振り絞り、駆け出していた。
次元を超えし魔人 第39話『デバイスマスター』(STS編)
作者 193
結果は惨敗だった。
結局、最後の特攻も無駄に終わり、ティアナとスバルの二人は撃墜。
その時点で全滅と言うことになり、この模擬線は終了した。
だが、その結果に満足だったのか? なのはは上機嫌で、先程の模擬戦のデータ整理を行っていた。
「なのは、さすがにアムの相手は無理だよ……」
「いいんだよ、これで。だって、この訓練の意味。フェイトちゃんなら分かってるでしょ?」
「……悪魔との戦いを想定した戦闘訓練。圧倒的な相手と対峙した時、如何に上手く対処出来るか?」
「うん、それもあるけど――やっぱり一番怖いのは何も出来ないことだからね。
どうすることも出来ないと思えるほど、怖くて強い相手。そこで足が竦んでしまえば、何も守れなくなる」
教導開始から一ヶ月。
これまでの訓練で、そうした逆境に強くなれるようにと、なのはは彼らを鍛えてきたつもりだ。
身体(からだ)も精神(こころ)も強くなくては、そうした、どうすることも出来ないほどの逆境に打ち勝つことなど、到底出来るはずもない。
アムラエルは、そう言う意味でも丁度いい相手だった。
見た目に惑わされているようでは、まだ二流。
そして、その相手が本物の“化け物”だと分かった時、勝てないと悟った段階で大抵の者は恐怖と絶望から足が竦んで動けなくなる。
しかし、これまでの訓練は間違っていなかったことが、この模擬戦で証明された。
勝てないまでも、そうした相手に最後まで立ち向かっていく“勇気”と、強い“精神”。
それが見れただけでも、今回の模擬戦の意味はあったと、なのはは考える。
「そっか、なのはも色々と考えてるんだね」
「候補生時代に教わったこと、それにアムちゃんやカイさんたちに教わったことを、自分なりに実践してるだけだよ」
感心したように言うフェイトに、なのはは優しい微笑で返す。
「それに――わたしのはじめての教え子たちだからね。無駄死になんて、誰一人させるつもりはない。
例え、何が来ても生き残れるように、大切な誰かを守れるように、決して後悔しないように――
うんと厳しく、丁寧に教えるよ。彼、彼女たちが自分の翼で大空に飛び立てる、その時まで――」
最初はアムラエルの勝手による、押し付けだったのかも知れない。
偶然受け持った、はじめての生徒。
それでも、なのはは、彼らに自分が今まで学んできたもの、経験してきた多くのものを伝えたいと。
そう――考えていた。
この先に待ち受けているのは、希望や夢などではなく、厳しい現実なのかも知れない。
アムラエルが必死になり、シーラが真剣に危惧するほどの相手。
あの強力な戦士、魔導師が多くいるメタリオンの世界の人々ですら、どうすることも出来なかった滅亡の危機。
そして、それを招くと言われている悪魔。
直感的に、なのははそれを真実だと、これから必ず起こる未来であると悟っていた。
勝ち目など最初からないかも知れない戦いに、彼らを送り出さないといけないのかも知れない――
そんな恐怖が、なのはの心のどこかにあった。
それでも、彼らに「死んで来い」などと言いたくはない。
愚かなのかも知れないが、誰にも死んで欲しくない。
そんな思いを、なのはは抱いていた。
世界を救うための犠牲だとか、悪魔を放っておけば世界が滅びるだとか、そんなことではなく。
確かに世界は大切だが、彼らの命だって、他に代えなんてない大切な、掛け替えのない命だ。
傲慢でもいい。理想だと笑われてもいい。
わたしは守りたい。傍若無人で無愛想な、彼がそうしてくれたように――
自分の目が届く、手が届く範囲だけでも、しっかりと見守って行きたいと、なのはは考えていた。
そのための教導。そのための訓練。
大切な誰かを守るための力を、そして生き抜くための力を――
なのはは教導にそんな思いを込め、目の前の彼らを大切に育てて行こうと考えていた。
それがこの力を託し、見守ってくれてた。
彼と、大切な人たちへの恩返しになると信じて――
ティアナとスバルは精根尽きたと言わんばかりの体たらくで、ぐったりとしていた。
あの模擬戦で、体力も魔力も限界近くまで消耗しており、それもあって今日は訓練も半日お休み。
すぐに部屋には戻らず、シャワーを浴びてさっぱりした身体のまま、隊舎前のベンチで一緒に涼んでいた。
模擬戦の件は確かに残念だったが、あそこまで完膚なきまでにやられると、むしろ清々しく思えてくる。
それでもやはり悔しいことには変わりないが、「次への励みにして頑張ろう」と、先程二人で話をしていたところだった。
「そのローラーブーツ、直りそう?」
「……モーターが焼ききれちゃってるみたい。部品交換しないとダメかも」
カチャカチャと、いつも履いているローラーブーツをバラし、「う〜ん」と唸るスバル。
実は、先の模擬戦で、スバルのローラーブーツ、ティアナのアンカーガンともに、大きな不調を訴えていた。
二人のこれらのデバイスは、スバルのリボルバーナックルを除いて、自分たちで自作した特注品だ。
もっとも、二人はデバイスマスターなどの資格を持ってる訳でもないので、完全な自己流だ。
なのはたちが持っている“オリジナルデバイス”に使用されているような高級パーツを、自分たちで取り寄せられるほど、二人の懐は恵まれている訳ではない。
使われているパーツは、B級品と言われているジャンクパーツや、不良パーツを掻き集めた物が大半で――
見よう見まねで、どうにかそれらの部品を組み合わせて作った、『デバイスモドキ』と言ってよい粗悪な物だった。
だから、当然ながら毎日しっかりとメンテをしてやらないといけない上に、こうした故障も多い。
そんな苦労をするくらいなら、最初から素直に管理局で支給されている“杖”や“槍”などのデバイスを使えばよさそうなものだが、そこには二人の拘りがあった。
スバルは母から譲り受けたリボルバーナックルと、ローラーブーツの加速力を駆使した格闘技『シューティングアーツ』で戦う、近代ベルカ式の使い手の中でも、特に特殊な部類に入る戦闘スタイルを持つ。
なのはには確かに憧れているが、元からの素質や適正が違うので、ああはなれないことをスバルは理解していた。
だから、せめて母や姉のように強くありたい――と、考えていたスバルにとって、これは外せない選択だった。
一方、ティアナの方も、魔導師を志す切っ掛けとなったのは兄、ティーダのことがあったからだ。
ティーダはオリジナルの拳銃型デバイスを駆使し、射撃能力の高さは首都航空隊随一と言われるほど優れた魔導師だった。
兄は、ティアナにとって自慢であり、誇りだった。
だが、その兄が罵倒され、死んでも尚「役立たずだった」と罵られ――
ティアナは、兄の魔法が役立たずではないと言うこと、たくさんの人を救える魔法だったと言うことを証明するために、この道を選んだ。
二人にとってこのオリジナルデバイスと戦闘スタイルは、欠かすことの出来ない“アイデンティティ”だったと言える。
「やっぱり、専門の技術者に見てもらうしかないかもね……」
「うん……ごめんね。無理させちゃって」
壊れたローラブーツを抱きしめて、涙ながらに謝るスバル。
インテリジェントデバイスのように思考回路が組まれている訳でもないので、そのブーツに意思などあるはずもないが、長年苦楽を共にしてきた相棒だけに、スバルはこのローラーブーツに一方ならぬ愛着を持って接していた。
それは、ティアナも少なからず同じだったが、今後の訓練や出動を考えると、そろそろこのデバイスも限界かと思う。
騙し騙しで使ってきて、四年近く。訓練校時代から考えても、すでに三年以上だ。
さすがに、そろそろ限界が来ている気がしなくはない。
かと言って、専門家にオリジナルデバイスを組んでもらうなんて話になると、とてもじゃないが二人の給料で払える金額ではない。
口には出せない桁の金額が掛かる高級デバイスだって、世の中には存在する。
やはり、また自作することも考慮しないとダメか――と、ティアナがそんなことを考えていた時だった。
「どうしたの? この子達、調子悪いの?」
「無理させちゃったみたいで……動かなくなっちゃって」
管理局の制服に茶色の長髪、大きなメガネをかけた女性。
見た目はお堅い感じがするが、のほほんと気軽にスバルに話し掛ける辺り、そう言うことでもないらしい。
むしろ気さくで、人当たりの良い印象を受ける。
あのティアナですら、その女性の雰囲気に呑まれ、言われるがまま自分のデバイスを差し出していた。
女性は、スバルのローラーブーツと、ティアナのアンカーガンの状態を見るなり――
「じゃ、ラボの方に行こうか。大丈夫、このくらいなら、なんとかなると思うわ」
そう言って二機を両腕に抱えたまま、二人の返答を聞く間もなく、施設の方に向けてツカツカと歩きはじめる。
慌てて、そんな女性の後を追う、スバルとティアナの二人。
施設に入り、メンテナンスルームに向かう途中。
擦れ違う人に、次々に気さくに挨拶を交わす彼女を見て、ティアナは驚いた。
同じ管理局の人間なら分からなくはないが、聖王教会、バスタード、誰かれ構わず同じように挨拶を交わす。
部隊発足から一ヶ月。
皆、慣れて来たとは言え、それでも組織同士の溝は深いのか、どこか硬い感じが抜けない。
しかし、彼女と接している人たちは組織の壁など関係なく、仲の良い雰囲気で笑顔で挨拶を交わしていた。
これは未だ部隊に馴染みきれていないティアナには、特にショックな光景だった。
訓練付けで忙しかったと言うのもあるが、どこか遠慮してしまって、近しい人以外とはあまり交流がない。
それが悪いと言う訳ではないが、同じ部隊に所属している以上、そうした疎外感や距離は好ましくないと言うことは理解していた。
だが、こればかりは本人の性格もあるので、そう簡単に上手く行くものでもない。
特にスバルと違い、そうしたことが苦手なティアナにとって、分かってはいても、どうすることも出来ない難しい問題だった。
「着いたわよ。さあ、遠慮しないで入って」
そうして案内された部屋。そこは二人もはじめて入る、ADAM隊員のデバイスの調整や修理を行う場所。
メンテナンスルームや、メカニックルーム、簡単に『ラボ』などと称されることも多い。
たくさんの見慣れない大きな機械が、二人の視界に入る。
奥に案内され、部屋に足を踏み入れた瞬間――
薄暗いその部屋の奥に、自分たちの他に人の気配を感じ、咄嗟にスバルとティアナの二人が前に出て身構えた。
「えっと……どちらさまですか?」
不審人物かも知れない相手に、まったく変わらないポケポケとした様子で質問する眼鏡の彼女を見て、スバルとティアナも緊張感が薄れ、その天然振りに呆れ返ってしまう。
しかし、相手から特に大きな魔力も感じないし、敵対する意思も見えない。
気は抜けないまでも、警戒するほどの相手でもないか? と、ティアナは思った。
そんなティアナの考えなど露知らず、奥の暗がりから光の当たる前にでて、姿を見せる女性。
その姿を見て、思わずスバルとティアナは息を呑んだ。
「「――フェイトさん!?」」
「ん? あなたたち、フェイトを知ってるの?」
驚いて、思わず大声で名前を呼んでしまった二人に――
そのフェイトにそっくりの不審人物は、警戒した様子を見せることもなく、疑問符を浮かべていた。
「そっか、スバルにティアナ、それに――」
「ここの通信主任兼メカニックを担当してます。シャリオ・フィニーノ一等陸士です。
シャーリーって気軽に呼んで下さいね」
「それじゃ、わたしはアリシアでいいわよ。よろしくね、シャーリー」
その不審人物はアリシア・テスタロッサ。フェイトの姉だと名乗り、スバルとティアナの二人を驚かせた。
メガネの女性はシャリオ・フィニーノと言い、デバイスマスターの資格を持つ彼女は、たった一人でADAMの全魔導師のデバイスの調整や修理を行っていた。
このラボも、彼女の私室兼仕事場のような場所だ。
人手不足もあって、今では通信の仕事は部下に任せ切りなっており、ほとんど昼夜問わず、このラボに張り詰めている。
と言うのも、技術官はどこの部署も不足している状態で、それはADAMとて例外ではない。
優秀な技術官とは言え、若く実績のないシャーリーが、本局からADAMに送られたのにはそうした理由があった。
そうした人手不足や、シャーリーの負担を減らすために、協力を要請され、バニングス社から民間協力者として出向してきたのが――彼女、アリシアだった。
アリシアは学生時代にデバイスマスターの資格を取り、それからも時の庭園で働く技術者の一人として、プレシアやリニスに付き添い数多くのことを学んできた。
そうしたこともあって、同じ技術者を志す者として切磋琢磨してきたすずかと一緒に、バニングス、月村重工の名前で数多くのアイデア商品を世に送り出していた。
それもあって、その名前はその筋の者であれば、一度は聞きかじったことがあるくらいには有名な物になっている。
シャーリーも技術官が一人、応援に来てくれると言う話は聞いていたが――
まさか、それが最近話題に上がっている“有名人”だとは思っていなかっただけに興奮していた。
「し、失礼しました!! そんなに高名な技術者の方だとは知らず――」
「高名って……わたしなんて、まだひよっ子もいいところだから気にしないで。
ところで、二人はなんでここに?」
「この子達の調子が悪いみたいで――」
アリシアのことをシャーリーから説明を受け、ティアナは慌てて姿勢を正して先程のことを謝罪する。
もっともアリシアは全然気にしていない様子で、二人の代わりに質問に答えたシャーリーからデバイスを受け取り、何か思うところがあるのか、それを舐め回すように観察していた。
「なるほど……そう言うことか。シャーリー、ちょっと手伝ってくれる?」
「はい、なんですか?」
何やら専門的な話を目の前ではじめる二人に、スバルとティアナは呆然と取り残される。
なんにしても修理はして貰えそうだが、明日からはまた通常どおり訓練がある。
目の前の二人の様子を察するに、ティアナは嫌な予感がしてならなかった。
あまり余計なことをしないで、出来れば普通に動く程度で構わないので今日中に返して欲しい――
と思い、思い切って「あのっ!!」と声を掛けたティアナだったが――
「三日待ちなさい。それまでは、わたしから“なのは”に連絡しておくから、休むか、筋力トレーニングでもしてなさい」
「え――?」
「忙しいんだから、早く出て行く!! もっと遅くなってもいいのなら、わたしは構わないのよ?」
「――いえ、出て行きますっ!!」
難しい数式を聞き過ぎて混乱しているスバルの手を引き、慌てて部屋を飛び出して行くティアナ。
三日待て――と言われても納得の行く話ではなかったが、あまりにアリシアの言葉に迫力があったので、言おうとしていたことが何一つ言えなかった。
今更、「返してくれ」と申し出ることも出来ず、恨めしそうに扉を見つめ、トボトボとその場を後にするティアナとスバル。
そんな二人が去ったことを確認すると、アリシアはフッと軽く笑い――
「あの二人がアムの言ってた子たちか。シャーリー、手早く完成させてしまいたい物があるんだけど――
わたしの荷物の中に“銀色のトランク”があるから、そこから取ってくれない?」
「はい、えっと――」
アリシアの荷物と思しきものが、部屋の隅に積まれていた。
その中から、それっぽいトランクを見つけ、シャーリーはおもむろにその中身を空ける。
中から出て来たのは、まだ塗装も何も施されていない銀色のデバイスが二機。布に包まれ、大事に仕舞われていた。
その二機の形状を見て、シャーリーは先程預かった二人のデバイスと見比べ、驚きの表情を浮かべる。
「アリシアさん……これって」
「手伝ってくれる? この子達を、最高の仕上がりにしたいの」
「あ――はいっ!!」
シャーリーは驚きはしたが、それよりも目の前にある二機のデバイスへの興味の方が尽きなかった。
バニングスの頭脳、天才デバイスマスターと名高い、アリシア・テスタロッサ渾身の作品。
その開発に関われるのだと思うだけで、胸が高鳴るのをシャーリーは感じていた。
アリサの訪問から数週間。すでにADAM発足から一ヶ月余りの月日が経とうとしている。
レジアスは、バニングスから送られてくる予定の技術者のリストを見ながら、今後の方針や対策を秘書のオーリスと練っていた。
アインヘリヤルもそうだが、その運用を認めさせるためには、四ヵ月後に控えた公開意見陳述会をパスしなくてはならない。
最高評議会の後ろ盾があるとは言え、強引な手法でここまで伸し上がってきたレジアスには敵も多い。
最高評議会の力を借りれば、そうした連中など無視して、アインヘリヤルの実用にまで難なく漕ぎ着けなくはないだろう。
しかし、ここで更に強引な手段を用いれば、内部に余計な軋轢と火種を巻くことは明らか。
本局につけ込む隙を与えたくないレジアスは、それだけは出来るだけしたくはなかった。
「中将――本当によろしかったのですか?」
「……何がだ?」
「アリサ・バニングスの件です。彼女にアインヘリヤルのことを話すばかりか、あのような権力をお与えになって」
オーリスが危惧していたのは、先日、アリサと取り交わした文書の内容についてだった。
レジアスがアリサに見返りの一部として与えた権力は、管理局の“准将”に相当する身分だ。
幾ら最高評議会の後ろ盾があるとは言え、民間企業の管理局の人間でもない者に、それだけの身分を与えるなど例外のないことだ。
近い立場にある者と言えば、聖王教会のカリム・グラシア少将などが挙げられるが――
聖王教会は旧暦の時代、古代ベルカ王の下、王権を確立していた頃から、ミッドと交流を良くして来た経緯のある、古い付き合いの相手。
そして、管理世界を治めるためにも、彼の組織の持つ支持と力が、管理局にとって欠かせない物だったからと言える。
そうした意味では今回のレジアスの行動は、オーリスから見ても、やり過ぎな振る舞いに思えてならなかった。
レジアスの敵対者や、本局にも要らぬ口実を与えることにはならないのか? と、心配したのだが――
「公開意見陳述会に間に合わせるためにも、彼らの協力は不可欠だ。
それに、奴らは何も言えまいよ。バニングスに資金援助を受けている人間は、管理局内部でも少なくない。
反対できる者などいないさ。いざとなれば、最高評議会の後ろ盾もある」
「そう……ですか」
オーリスはそれ以上、レジアスに何も意見をすることはなかった。
その後、簡単な業務連絡を追え、退室するオーリス。
扉の前で待っていた部下が、すぐさまその後ろに付き従い、後を追う。
歩きながら、オーリスは先程のことを考えていた。
――ADAMの件、そしてアインヘリヤル。
どれも、過ぎた力とは思えなくない。しかし、レジアスは地球との関係を特に気にしている。
悪魔などと眉唾物の話を信じている訳ではないが、四年前の廃棄区画消失事件以降、規模は小さくても似たような被害が何件か、異なる管理世界で頻発していた。
何か良くないことが起ころうとしている。その予感は彼女の中にもあった。
しかし、それでも、ADAMの勢力を客観的に見れば、過ぎた力と思えなくはない。
主力となる魔導師のほとんどはAランクを超え、オーバーSランクの魔導師の数も他の部隊と比べて、明らかに異常と言っていい。
その気になれば、世界の一つや二つ、簡単に滅ぼせるほどの戦力が、ADAMと言う部隊一つに集約されていた。
そのことを、レジアスが分かっていないはずがない。
地球との関係を気にする以外に、恐らく他に何か理由があるのだろうと思うが、オーリスはそのことを直接レジアスに問いただす勇気はなかった。
「君は、アインヘリヤルをどう思う?」
「はっ! 地上世界の希望であると思います!!」
もう一つ危惧していたのが、このアインヘリヤルについてだ。
オーリスの質問に、迷うことなく「希望」と述べる下士官。確かに、彼らからすればそうだろう。
魔力を源に動く魔導兵器。それがあれば、今の地上の状態も少しはマシになるかも知れない。
本局に優秀な魔導師は持っていかれ、地上に勤務するほとんどの魔導師は、空も飛べない陸戦魔導師ばかりだ。
凶悪な次元犯罪者の中には、AAAランクを越す者も決して少なくはない。
そうした相手にいくら数で勝るからと言って、能力で劣り、空も飛べない陸戦魔導師では相手にならない。
地上の魔導師では、どうにもならない凶悪事件やロストロギア関連の事件の場合、必然的に本局頼りになることがほとんど。
しかし、それでは初動が遅れ、被害が広がってからではすべてが遅い。
そのことを、レジアスが長年に渡って苦悩し続けてきたことは、オーリスも知っている。
地上の安全を長きに渡って守り続けてきたのは、他でもない“陸”の功績だ。
それなのに、“海”にばかり大きな顔をされる現状を、レジアスばかりでなく“陸”に勤務する多くの局員たちは快く思っていない。
先程の“彼”の言葉にも、そうした苦い思いが篭っているのだろう。
しかし、それでも質量兵器の撤廃を訴える管理局に取って、アインヘリヤルとは扱いの難しい兵器であることに違いはない。
魔力で動いているとは言え、所詮は機械兵器。エネルギー源が違うと言うだけで、実際のところは質量兵器と大差はない。
自分たちのやっていることが、大きな矛盾を孕んでいると言うことを理解していながら、そうすることでしか先に進めない苦々しさをオーリスは噛み締めていた。
「あの方の――選んだ道だからな」
どれだけ悩んでも、悔やんでも、すでに引き返すことは出来ない。
父を――レジアスを信じた自分を信じようと、オーリスは腹を括ることにする。
それが例え、万人に認められることのない。
愚かしい道なのだとしても――
「……そう言えば、わたしたちの教導官がなのはさんだって言ったっけ?」
「フェイトさんのお姉さんなんでしょ? だから知ってたんじゃないの?」
「そう……なのかな?」
部屋に戻ったティアナとスバルの二人は、ベッドに横になりながら先程のことを思い返していた。
そこで、アリシアが迷うことなく「なのは」と名前を口に出したことを、ティアナは今になって不思議に思う。
スバルの言うとおり、フェイトの姉なら当然なのかも知れないが、それにしても少し不自然だった。
デバイスを見た時のアリシアの表情。そこから一人、何かを納得したかのように発した言葉。
それがティアナには、引っ掛かってならなかった。
「気になるなら聞きに行く?」
「今更、そんなこと出来ないわよ……」
スバルに促されるも、そんなこと出来るはずないとティアナは枕に顔を沈める。
確かに気になるが、追い出されて来たのに、今更どんな顔をして会いに行けばいいと言うのか?
どちらにしろ。預けてしまった以上、デバイスを直して貰うまでは、あそこには近づけない。
ティアナは今更ながらに、自分の行動が少し軽率だったと後悔していた。
「でも、綺麗な人だったね」
「……あの家系って変わり者が多いのかしら?」
両頬を赤く染め、綺麗だと素直な感想を口にするスバルと違い――
以前にフェイトの“D.S.自慢(ノロケ)話”に付き合わされたことを未だに根に持っているのか、先程のアリシアのことを思い出しながら、ティアナはそう、テスタロッサ姉妹のことを評価していた。
しかし、そのティアナの評価は、一概に間違っているとも否定しにくい。
妹のフェイトは天然さん。姉のアリシアは天真爛漫と言うか、変人と例えた方が早いかも知れない。
なんにしても、この姉妹に関わった時点で、ティアナの不幸は決まっていたのかも知れない。
「それよりも、明日からの訓練、どうしようか?」
「休まないわよ。デバイスがなくたって、いつもの通り、出来ることをする。
一日だって休んでる余裕は、あたしにはないんだから――」
「そっか、そだよね。うん、頑張ろう! ティア!!」
「ア、アンタは休んでなさいよ!!」
「え――いつも一緒じゃない。わたしも一緒にやるよ」
スバルの「いつも一緒」発言に、本当に嫌そうな顔を浮かべるティアナ。
こうして“寄生”されて三年。二人で一人前みたいに一緒くたにされて、今に至る。
ティアナも心の底から嫌がってる訳ではないのだろが、それは半人前とずっと思われてるようで嫌だった。
事実、そうなのかも知れないが、ずっとスバルとセットみたいに思われてるのは、困ると言うか、納得が行かない。
しかし、目の前で「一緒にやるっ!!」と叫ぶスバルを見てると、ティアナはそんなことで腹を立てている自分が、正直どうでもよくなっていた。
「好きにして……」
「やった――っ!!」
――こうして、コイツとのコンビは続いて行くんだ。
そんな確信がティアナの中にはあった。でも、まだ半人前なのは確かだ。
厳しいけど、やりがいのある訓練。
ただ真っ直ぐ、この道を歩いて行けば、もっと強く、もっと早く、執務官になると言う目標も達成できるかも知れない。
ティアナはそんなことを考え、明日からの訓練に思いを馳せていた。
いつか、兄のように。
あの大空に飛び立てる――そんな日が来るまで。
この無鉄砲で、大食らいのバカな相棒の面倒を見てやろう。
それが、ティアナの選んだ道だった。
……TO BE CONTINUED