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次元を超えし魔人 第38話『バニングス』(STS編)
作者:193   2009/02/21(土) 05:29公開   ID:4Sv5khNiT3.



 コツコツと無機質な廊下に響き渡る甲高い靴音。
 女性でもハッと振り返るような、そんな金髪の美人が堂々とした威風で歩いていた。
 そこは中央議事堂のあるセンタービル。管理世界の地上の法と秩序を司る最高機関――管理局地上本部。

「ようこそ――バニングスさま。お荷物はこちらで――」
「お気遣いは無用です。こちらこそ、お世話になる立場にあるんですから――ミス・オーリス」

 その女性は、あの出会いから十年。美しく成長したアリサ・バニングスだった。

 アリサは高校在学時代からデビットやシーンに付き、簡単な秘書の仕事をこなしていた。
 そして、地球の魔法学科の設立や、バニングス社の管理世界進出の足掛かりを作るなど、在学時の様々な功績が認められ、現在では社内だけでなく経済界、政財界でも一目置かれるほどの存在になっていた。
 外交特使としての仕事が忙しいデビットの名代としても、表舞台で活躍することが多くなっており――
 こうしてミッドチルダ。それも管理局地上本部に足を運んだのもそのためだ。
 ミッドチルダと地球。双方の世界から交換留学生を出すことで、文化交流を図ろうと言うのが、今回、彼女が来日した理由だった。
 アリサはそのテストケースとして、ミッドチルダの大学への留学が決定している。
 しかし、学生とは言え、彼女は同時にメタ=リカーナ、それに地球に対し多大な影響力を持つ経済界の重鎮――世界有数のコングロマリット(複合企業体)、バニングス社の令嬢としての立場もある。
 それに、バニングスは管理世界でも勢力を順調に拡大し、今では彼の企業の援助を受けている管理局、政財界の人間も少なくない。
 そうしたことが、アリサと言う少女を管理局が軽視できない大きな理由となっていた。

 地球との関係を気にしているレジアスは、その中心人物の一人であるアリサの覚えを良くして置きたいと言う思惑もあった。
 レジアスの秘書にして彼女の娘、オーリス・ゲイズ三佐に案内され、重厚な趣のある応接間に通されるアリサ。
 通された応接間で待っていたのは、彼のレジアス・ゲイズ中将だった。

「はじめまして、レジアス・ゲイズ中将閣下。アリサ・バニングスです」
「レジアスで構わんよ。こちらこそ、ご足労願って申し訳ない」

 今やバニングスの名は、ミッドチルダでもそれなりに有名な名前だ。
 地球とメタ=リカーナ、それに管理世界。それぞれの物流の要を押さえ、バニングスは様々な製品を世に送り出している。
 その技術力と名声は月村重工と並んで、管理局にも一目置かれるほどのものだった。

 これは管理局にして見ても、大きな誤算だったことだろう。

 ――魔法を知って約二十年。管理世界との交流がはじまり、それでも僅か十年だ。
 そんな短期間で、地球がこれほどの技術力を持つまでに至るとは、誰もが思いもよらなかったに違いない。
 しかし、それも無理はない。両社の後ろにはプレシアと言う管理世界有数の技術者と、メタ=リカーナの魔法技術が付いている。
 更に言えば質量兵器を危惧するあまり、魔法と言う既存の概念に縛られないで済む分、彼らには管理世界の住人にはない発想と機転が働くことも、他には無い技術を世に送り出す大きな原動力になっていた。

 レジアスは、本局の魔導師や、魔法を重視するあまり他のことに盲目になっている上層部とは違い、そうしたことも視野に入れていたのだろう。
 バニングスや月村重工がミッドチルダへの進出を考えていると言う話を聞いた時、表舞台の裏で真っ先に協力の手を差し伸べたのがレジアスだった。
 見返りとして、地球の技術力の提供や協力を持ちかけられはしたが、それもバニングスや月村重工の両社からして見れば、それほど腹の痛む話ではない。
 既存の技術を差し出すことで管理世界での企業活動を認められ、尚且つ、実際にミッドチルダの技術に触れる機会が得られるのであれば、さして悩む問題ではなかった。
 そうして早い段階から管理局を仲介に民間企業を通し、ミッドチルダと地球との間で、技術交換などの交流が盛んに行われてきた。
 レジアスがアリサを優遇視するのは、そうした理由が背景にある。

「分かりました。それでは、こちらから何人か技術者を派遣出来ないか検討して見ます」
「すまない。何分……こちらも人手不足でな。愚痴になってしまうが、優秀な技術官や魔導師は上に吸い取られてしまう。
 地上がそうした人材が乏しいと言うのは、苦しいが現実なのだよ」
「心中、お察しします。こちらとて無理を聞いていただいているのですから、それ相応の対価はお約束します。
 人々の平和と安全を守りたいと言う中将のお考えは、わたしどもも理解していますので――」

 二人が取り交わしている文書には、アリサを将官待遇でミッドチルダに迎えることや、何回かの規模に分けて留学生を双方でやり取りする――などと言った内容が盛り込まれていた。
 その契約の見返りとしてレジアスが受け取ったのは、社を挙げてのバニングスの技術協力だ。
 技術者を数名借り受けたいと言うことと、それに魔導師に代わる兵器の開発に、技術協力も要請したいと言う内容だった。
 レジアスの差し出した資料。そこには、ミッドチルダの文字で『アインヘリアル』と言う名前が写真と一緒に載せられていた。
 その情報が、かなり秘匿レベルの高い機密情報であることは間違いない。
 傍に控えていたオーリスの様子からも、それは窺える。恐らく、この会談の詳しい内容までは知らされていなかったのだろう。
 レジアスがアインヘリアルの話を持ち出した瞬間――オーリスの表情が僅かに驚きに歪んだことを、アリサは見逃さなかった。





次元を超えし魔人 第38話『バニングス』(STS編)
作者 193





「お疲れ様です。お嬢様――」
「大丈夫だった? 正直、ここのレジアス中将は昔からよい噂を聞かないからさ」
「ロッテ……滅多なことを言うものじゃないわよ」
「だって……」

 アリアはアリサから鞄を受け取り、レジアスのことを悪く言うロッテを叱責する。
 レジアスとの会談が無事に終わり、アリサは表で待たせていた付き添いの秘書兼メイド、リーゼアリアとリーゼロッテ、通称『リーゼ姉妹』の二人と共に、停車してあった黒塗りの高級車に乗り込む。
 運転手はもちろんアリアだ。以前にロッテに運転させて酷い目にあわされているアリサは、それからと言うもの「雑なロッテには任せられない」と自分の乗る車の運転を彼女にさせていない。

 ロッテが雑な性格なのは、アリアもよく知っている。
 本当に元は管理局の魔導師だったのか? と思う発言で、車を運転させて貰えないことにへそを曲げ、「飛んで行った方が早い」と言うロッテに、双子のアリアですら呆れ返っていた。

 ミッドチルダでは、市街での無許可での危険魔法の使用や、個人飛行は禁止されている。
 魔導師であれば、飛べるのであれば飛んで行った方が確かに早いだろう。
 しかし、飛行魔法を行使出来るような素質のある魔導師は、管理局でもそうは多くない。地上ならば、それは尚更だ。
 ミッドチルダに住む多くの人々は、そうした魔法とは縁の薄い人たちばかり。
 そうした規則や事情もあって、ここミッドチルダの交通機関は、地球と変わりないほど整えられていた。

「でも、レジアス中将って良くない噂が多い人だし、心配もするよ。
 そう言うアリアだって、何度も溜め息を吐きながら空を見上げてたじゃない」
「あ……あれは!?」

 二人は元々管理局で働いていたこともあって、レジアスの黒い噂はよく耳にしていた。
 そのため、アリサを一人で行かせることに抵抗があったのは事実だ。
 しかし、レジアスの心情を察したアリサが、二人を連れて行くことをよしとしなかった。
 グレアムのことは管理局では不問にされていることとは言え、彼が地球でもこちらでも犯罪者であることに違いはない。
 その使い魔だった二人を連れて行けば、レジアスが気分を害することは、彼の性格を知るものならば容易に想像がつく。
 それもあって、二人には外で待っているようにアリサは厳命していた。
 もっとも、そのことを分かってはいても、心情では納得が行っていなかったのかだろう。
 ロッテが不満を口にするように、アリアもアリサのことが心配でならなかった。

 リーゼ姉妹と言えば、ニアSと言う高い魔導師ランクを所持し、更には管理局でそれなりの地位にあった二人だ。
 リニスほどではないにしても、秘書としても、ボディーガードとしても、それなりに優秀な人材なのは間違いない。
 今では過去の過ちを反省しており、使い魔の契約がグレアムからD.S.に移ってからも、アリサにその身を拾われ、こうしてバニングスで働き続けていた。
 そうしたこともあって、現在ではアリサの秘書をしながら、専属のメイドとして傍に仕えている。
 リニスの扱(しご)きとも言える“拷問生活”から救い出してくれたアリサに、二人は少なからず感謝していたのだろう。
 そのことが、アリサに接する二人の忠誠心にも現れていた。
 しかし、それはある意味で、しっかりとリニスに調教されていた結果とも言える。
 実際には、二人の扱いに困ったリニスと、ボディーガード兼、片腕となる優秀な人材が欲しかったアリサの思惑が一致しただけなのだが、そんなことをこの二人が知る由もない。
 今ではすっかりとアリサに毒され、手足のように忠実に、よく働いていた。

「アインヘリアルか……」

 レジアスとのやり取りで出て来た地上の希望――アインヘリアル。
 希望と言えば聞こえはいいかも知れないが、所詮はそれも兵器に過ぎない。
 年々厳しくなる次元犯罪者による犯罪件数。そして、それに比例して深刻になる慢性的な管理局の人手不足の問題。
 魔法に頼り切ったその体制が、そうした人手不足を招いているのは必然だった。
 そうしたことで管理局内でも優秀な魔導師の取り合いが起こり、このアインヘリアルと言う魔導兵器も、海よりも魔導師の質で劣る陸がとった苦肉の策だと言うのは分かる。
 しかし、レジアスとのやり取りを思い返しながら、管理局とは本当におかしなところだとアリサは考えていた。
 アルカンシェルにしろ、このアインヘリアルと言う兵器にしろ、管理局のしていることは大きな矛盾を孕んでいる。

 質量兵器は破滅と争いしか生まない――

 そう主張し、それが危険だと訴えている割に結局やっていることは、強力な兵器を持ち、権威と力を誇示しているに過ぎない。
 それを使って他を威圧していれば、やっていることは彼らの言う滅び去った旧暦の世界や、地球と大差ない。
 元が魔力であるか、そうでないかほどの違いしかないのであれば、それは質量兵器でなくても同じことだ。
 そのことを考え、正直呆れていたと言ってもいいだろう。

 彼らは、その矛盾に気が付いているのだろうか?
 それとも、都合よく見えないフリをしているだけか?

 アリサは、表向きは友好的に接して見せていたが、内面ではレジアスと言う男のことも信用していなかった。

「お嬢様、真っ直ぐお屋敷にお戻りになられますか?」
「いえ、ここに行ってもらえる? ひさしぶりに“友達”にも会っておきたいしね」

 アリアに住所の書かれた一枚の紙を手渡すアリサ。
 そこには件の組織――『ADAM』の四文字が大きく書かれていた。






 ガツガツと軽く十人前はあろうかと言う食事を平らげるスバルを見て、ティアナは「はあ……」と大きく溜め息を吐く。
 こちらは食欲が湧かないのか、あまり食事が進んでいない様子。しかし、食欲が失せるほどに、なのはの訓練はきつかった。
 確かに強くなっている実感はティアナもあった。噂には聞いていたが、バスタードに所属する地球の魔導師は恐ろしくレベルが高い。
 戦技教官のなのははもちろんだが、隊を構成する隊員は最低でもAAランク以上の猛者ばかり。
 数はそれほど多くないとは言っても、この質の高さは驚異的だと言ってもいい。

 そして、その訓練も噂に違わずハードなものだった。
 ティアナは、スバルが母親から受けたと言う訓練の内容を一部始終耳にしている。
 その訓練の元になったと言うバスタードの実戦志向の訓練内容。それに負けまいと、これまで頑張ってきた自負はティアナの中にもあった。
 しかし、それがどれほど甘い考えだったかと言うことは、今になって見れば分かる。

 出動に支障のない程度とは言っても、動けなくならない程度に限界ギリギリまで絞られ、酷使される肉体と精神。
 その訓練内容も、気を抜けば大怪我に繋がりかねない、危険な、実戦を想定した本格的なものばかりだ。

 管理局はその制度から階級など、軍隊式ではあると言っても、取締り方法は一部を除き治安警察の域を出ない。
 人命救助や治安維持を目的としているため、犯罪者の対処は捕らえることが優先される。
 そのための非殺傷設定、魔力ダメージによる昏倒だ。もちろん、それが悪いことだと言うことではない。
 しかし、彼らの言う通り、確かにそうした行為を犯罪者も考慮してくれるとは限らない。
 バスタードの訓練とは、文字通りそうした凶悪犯罪者や、予期せぬ相手と出くわした時、“生き残るための手段”を学ぶための訓練だった。

 非殺傷設定や能力限定など、管理局では当たり前の処置も、バスタードやこの部隊ADAMでは通用しない。
 殺すかも、殺されるかも知れない――と言う、危機管理が出来ていないようでは、実戦には出せないと言う考えが前提にあるからだ。
 更に、余計な建前や規則に縛られて、肝心な時に力を発揮できないなど、彼らの主義からすればナンセンスだった。
 管理局に足りていないのは、常日頃からのそうした危機管理の甘さや、心構えが出来ていないからだと彼らは思っている。
 もちろん、これは一部だけを見て述べた極論ではあるのかも知れない。
 しかし、一概に間違っていると断言できる話ではなかった。
 それはジュエルシード事件、闇の諸事件、その後の管理局の対応から彼らが学び、感じ取ったことだ。

 ――魔法は頼れる力。守るための力。
 ――自分たちは正義を行っている。次元世界のために、法と秩序を遵守するために。

 そうした彼らの掲げる“正義”の中に、どれほどの“命”と“覚悟”が含まれているのだろう?
 仲間の命、家族の命、友達の命、恋人の命――
 そこには犯罪者や、ただ巻き込まれるしかない管理外世界の人々の命も含まれているのだろうか?

 誰にでも、未来を夢見る資格はある。それを、理不尽に奪われた人々の悲しみや、抵抗しても敵わない無力さ。
 彼らは、そうした人たちの苦しみや悲しみを、どれほど理解しているのだろう?
 魔法とは――それほどの危険を孕んだ強い力だと言うことを、彼らは本当に心得ているのか?

 自分たちが心地よい、都合のよいだけの正義であれば、それは正義でもなんでもない。
 そのことを管理局が理解できているかどうか?
 それが彼らには疑問でならなかった。

 まだ、彼らの掲げる正義が『次元世界のため』と理想を訴えるものではなく――

 ミッドチルダのため――
 自分たちの世界を守るため――

 だと、傲慢でもいい。そう言ってくれる方が理解できた。

「アンタ、よく食べれるわね……」
「だって、食べないと動けなくなるよ。午後からも訓練があるんだし――ほら、ティアも」

 そう言ってティアナの皿に、取り分けたパスタを強引に盛るスバル。
 胸焼けに襲われながらも、ティアナは我慢してその食事を胃に押し込んだ。
 食べなくてはダメだ――と言うことはスバルに言われなくても自分でも分かっている。
 だが、目の前のスバルの食欲を見ていると追い討ちを掛けられているようで、食欲が湧いてこないのも事実だった。
 しかし、なんだかんだ言っても、ここに居れば自分はもっと強くなれる。――上に行ける。
 その実感はティアナの中にもあった。

「リインも、それ欲しいです――!!」
「バカ!! テメエ、それはオレ様が後で食べようと取っておいた!!」
「二人とも……仲良く食事して下さい」

 食事中のティアナの目に、一際賑やかな一団が映る。
 三十センチほどの小さな人形サイズながら、懸命に大きなフォークを全身で抱え、先に刺した食べ物を頬張るツヴァイ。
 それに、大量の食料を下品に食い散らかす子供姿のD.S.に、そんな二人のやり取りを宥めながら淑やかに食事を続けるリインフォース。
 管理局の制服や、騎士服、修道服を来ていないことからも、バスタードの構成員かとティアナは思った。
 しかし、それにしては彼らの周りには、周囲が遠慮しているのか? ポッカリとおかしな空間が空いている。
 周囲が遠慮するほどの人物……には、とても見えない。
 三人は凄腕の魔導師と言うより、母親と仲の良い兄妹のように見える。
 なんだか、ほっと心が温まるような不思議な光景に、ティアナは首を傾げながらその一団のことを見続けていた。

「ティアナ、スバル、わたしたちも一緒にいいかな?」
「あ――はい!! こちらに、どうぞっ!!」

 食事を載せたトレーを手に現れたなのはとフェイトの二人に声を掛けられ、考え事をしていたティアナが思わず大声で返事をしてしまう。
 そんなティアナの声に驚いたのはスバルだ。フォークに刺していたブロッコリーをポロッと落とし呆然としていた。
 周囲から嘲笑を買い、顔を真っ赤にしながらも、なのはとフェイトの二人の椅子を引くティアナとスバル。
 こう言うところは二人もまだ慣れないのか、上官に対する硬さは中々抜ける気配がない。
 そんな二人の様子に、なのはとフェイトは苦笑を漏らしながらも、先程からティアナがD.S.たちを気にしていることを察していた。

「気になる?」
「え、いえ、そんな……」
「まあ、気になるよね。本当に馴染んでると言うか、堂々としてると言うか……」
「そこが、ダーシュのいいところなんだけどね」
「……フェイトちゃん、それ、ノロケだよ」

 なのはに「気になる?」と言われ、ティアナは慌ててそれを否定するも、その態度から一目瞭然だった。
 しかし、二人のやり取りを見ていて、やはり顔馴染みと言うことは、彼らもバスタードの一員なのだろうとティアナは結論を出す。
 もっとも、そうでなければこんなところにいるはずもないのだが、何か肌が違うと言うか、特にD.S.には他とは違う雰囲気のようなものをティアナは感じ取っていた。

「あの人たちって、やっぱり凄いんですか? なのはさんたちみたいに――」

 だからなのだろう。こんなことを聞いて見ようと思ったのは――
 スバルが憧れを抱くなのは。彼女が、管理局認定の魔導師ランクでSSと言う驚異的なランクを保有していることは、ティアナも聞き知っている。それは、なのはの隣に座っているフェイトも同じだ。
 これはバスタードに所属している魔導師から見ても、トップレベルに高いランクだと言うことは疑うべくもない。
 スバルだけでなく、ティアナから見ても雲の上の存在――そんな二人が好意を寄せる相手。
 だとすれば――そんな予感が、ティアナの中にはあった。

「う〜ん。ツヴァイちゃんはよく分からないけど、リインフォースさんはわたしたちと同じくらいかな?」
「でも、ダーシュにはわたしたちが束になっても、敵わないのは間違いないけどね」
「いや……ルーシェくんは反則だから」

 D.S.のことを話す時は本当に嬉しそうに話すフェイト。
 そんなフェイトの話に、さすがにD.S.は反則だろうと、なのはは答えた。

 どこまでが真実なのか分からない。
 だが、少なくともあそこに居る一団が、なのはたちと同格以上の魔導師だと言うことは、ティアナもその話から感じ取った。

「それでね。ダーシュはこう言ったの――」

 そして、もう一つ分かったことがティアナにはある。
 D.S.のことを語るときのフェイトは、いつになく饒舌になると――

 それから昼食が終わるまでの長い間。
 ずっとD.S.のことを永遠と聞かされ続けたティアナとスバルは、深く彼の存在を記憶に刻みこむことになった。






「あれ? なのはとフェイトは?」
「なのはちゃんたちは、管理局からの出向魔導師の教導を見てもらってるんで、今は訓練場の方におるよ?」
「そう、少し顔を見て置きたかったんだけど、元気にやってるならいいわ」
「しかし、ひさしぶりやね。アリサちゃん」
「そうね。お互いに色々と忙しかったし、はやてはこっちに逸早く出て来ちゃってたしね。
 最後にあったのは聖王教会に、わたしが仕事で出向いた時だから――一年振りくらいかな?」

 ADAMに設けられたはやての執務室。はやてとアリサの二人はお茶を飲み交わしながら、懐かしい昔話に華を咲かせていた。
 アリサの名声は、はやてのところにも聞こえて来るほど有名なものになっている。
 そうして、一年振りに目の前に現れたアリサは更に美しく成長していて、思わずはやても息を呑むほどだった。
 今では進んだ道、立場も違うこともあって、なかなかこうしてゆっくりと話をする機会が設けられない。
 仕方のないこととは言え、それが寂しいと思う気持ちはどちらも同じだった。

「すずかちゃんは元気にやってる?」
「最近じゃ、アリシアと一緒によくラボに篭ってるわよ。
 アリシアはこちらに技術官として出向が決まってるし、すずかにもそのうち会えるわよ」
「例の交換留学生の話、決まったんか?」
「さっき、レジアス中将と正式に話をつけてきたわ。わたしとすずかはこちらの大学に通うことになるわね」
「そっか、そしたらもっと会える機会も増えるな」

 アリサの話を聞いて本当に嬉しそうに声を上げるはやて。しかし、アリサはそんなはやてを見て、険しい表情を浮かべていた。
 親友だから――気付いたのかも知れない。本人は上手く隠しているつもりでも、アリサまでを騙すことは出来なかった。
 はやてが一人で思い悩み、溜め込む子だと言うのはアリサも知っていたが、それは聖王教会に入り、ミッドチルダに来てからも変わっていないようだ。
 まだ、十年前の――あの闇の書事件のことを振り切れていないのだろうと、アリサは思う。

「はやて、以前にも言ったけど――罪悪感で今の仕事を選んだのなら、わたしは親友として見過ごすことなんて出来ないわよ」
「アリサちゃん……あかんな。気付かれんようにしてるつもりやったのに」
「なのはやフェイトは気付いてないかも知れないけど、わたしには分かるのよ」
「それは……アリサ・バニングスやから?」
「同じように孤独と寂しさ、無力で何も出来ないことの悔しさを知ってるからよ」

 はやての聖王教会行きを最後まで渋っていたのは他ならぬアリサだった。
 その時のはやての選択が、彼女にとって危ういものに思えてならなかったからだ。
 聖王教会がどうのと言う以前に、はやては友達にも言えない深い闇を心の奥底に抱えていた。
 それが、あの闇の書事件に所以していると言うことは、はやてを知り、あの事件を知る察しの良いものであれば、優に想像のつくことだ。
 アリサが気にしていたのは、はやての抱えているその闇の部分についてだった。

「わたしはD.S.とアム――それになのはたちのお陰で、そのことに気付くことが出来た。
 わたしがこの道を選ぶことが出来たのは、あの二人との出会いがあったからだって、今では胸を張って言える」

 なのはたちのように高い魔法資質を持つ訳でもない。特別優れた才能や、強い力がある訳でもない。
 何も出来ずにいつも守って貰うだけだったアリサは、そのことを思い悩んでいた時期があった。

 自分と使用人以外誰もいない家。大きな食堂で、一人で取る食事の味気なさ。
 部屋でゲームをしていても、テレビを見ていても、心の底から楽しいとアリサは感じたことがなかった。
 
 そこに賑やかな声、人の住む息遣いが聞こえ始めたのはあの傍若無人な男が現れてからだ。
 そして、アムラエルと言う少女が家族に加わり、フェイト、それにはやての事件を通して両親の愛情や苦悩をアリサは知った。
 多くの人に愛され、守られているのだと気付かせてくれたのは――
 他でもない、新しく家族に加わった大切な“あの二人”のお陰だ。
 だからなのだろう。自分にも出来ることがきっとある――そんな風に考えはじめたのは。

 アリサは大切な人を、愛する家族を守るため、今の道を選んだ。
 行く行くはデビットのように、地球とメタ=リカーナ、それに管理世界の架け橋になりたいと思っている。
 はやての志も高く、素晴らしいものだとアリサは思う。
 大局を見て、自身から管理世界との橋渡しをやりたいと、聖王教会に行くことを決意したはやての気持ちは察することが出来る。
 しかし、それが罪悪感から来る自己犠牲であるのなら話は別だ。そんなものの上に築かれる平和など、きっと誰も望んでいない。
 少なくとも、はやてが身を犠牲にすることで悲しむ友達がここにいる。
 アリサが言いたかったことは、そう言うことだ。
 だから友達として、そんな危うい状態ではやてを一人、聖王教会に送り出したくはなかった。

 しかし、はやては行ってしまった。
 こちらでの生活で少しでも変わってくれれば――
 そんな風に思っていたアリサだったが、それも今のはやてを見ていると甘い考えだったと思えてくる。

「はやて、わたしたちでは頼りない?」
「そんなことないよ……凄く頼りにしてる。でも、わたしはもういやなんや。
 あんな惨めな思い、悲しい思いを誰にもして欲しくない」
「そのために大切な家族を巻き込んで、今度はあなたがグレアムと同じことをする?」
「グレアム小父さんは――そんなこと!?」
「それが、あなたの選んだ道よ。グレアムも最初から、そんなつもりではなかったのかも知れない。
 でも、あなたの言う理想を叶えようと思えば、いつか同じような過ちを侵しかねない」

 アリサの物言いに感情を顕にして激昂するはやて。
 アリサは軽くカマをかけたつもりだったが、はやての中でグレアムの件が未だ根強く尾を引いていることは、そのことからも一目瞭然だった。
 これ以上、話を続けても、はやての感情を逆撫でするだけだろうと思い、アリサは席を立ち上がる。

「今日のところは帰るわ。でも、はやてがそのことに気付かない限り、いつかわたしとあなたは敵になるかも知れない。
 近しい目標を持つが故に、それは避けられない現実として訪れる――だから、よく考えておいて。
 今のあなたはこちら側ではない。聖王教会の騎士、八神はやてなんだから」
「…………」

 アリサの話を聞いて、何もはやては答えることが出来なかった。
 その表情からも、はやての思い悩んでいる様子が見て取れる。心の中で様々な葛藤があるのだろう。
 アリサはそれ以上は何も言わず、はやてに背を向けると、黙って扉の方へと足を向けた。

「またね……はやて」

 最後にそう言って、俯き何も言わないはやてを背に、アリサは部屋を後にした。
 親友だと思っているからこそ、これだけはアリサも譲ることは出来なかった。
 例えそのことで、はやてに拒絶されることになっても――






 そうして誰も寄せ付けない雰囲気を放ちながら、無言で去っていくアリサをD.S.は遠くから見ていた。

 二人のやり取りを耳にしたのは偶然だった。
 ツヴァイがはやてに会いたいと言い、それに同調したリインフォースと共に彼女の執務室に訪れ、扉越しに聞こえてきた言い争うような声。
 二人の話を聞き、さすがのツヴァイもショックだったのか、先程からD.S.の胸元に入ったまま何も言わず出てこようとしない。
 それに、リインフォースにとっても、はやてが今も敬愛する主人であることに変わりはない。
 しかし、アリサの話を聞いて、それはリインフォースも思い当たるところがある話だったのか、浮かない表情をしていた。
 今まで気にしないようにしていたのは、あまり考えたくなかったと言うことと、守護騎士たち、それになのはたちが居れば大丈夫だと思う考えが彼女のどこかにあったのだろう。
 そのことを、今になって悔やんでも遅い。
 話を聞いてしまい、どうすればいいのか分からず、リインフォースは思い悩んでいた。

「D.S.……アリサを追わなくていいんですか?」
「ほっとけ」
「ですが……」
「あの二人の問題だ。テメエも忘れろ」

 D.S.に「忘れろ」と言われても納得がいかないのか、リインフォースは表情を曇らせたままだ。
 無理もない。アリサの言葉は、リインフォースにとっても厳しい一言だった。
 むしろ、そんな役目をアリサに負わせてしまったことを彼女は悔やんでいた。
 親友であるアリサに突きつけられた『現実』と言う名の言葉。はやてがどう感じたかなど、他人が推し量れるものではない。
 しかし、それ以上に痛かったのはアリサの心なのは間違いない。
 リインフォースの目には、無言で立ち去る彼女の背中が、痛々しく見えていた。

「バカ野郎が……」

 そう言うD.S.の言葉にも、どこか悲しげな重みがあった。それをリインフォースは見逃さない。
 素っ気無く振舞っていても、D.S.が誰よりもアリサのことを思っていることは、誰の目にも明らかだ。
 リインフォースは、そんなD.S.に思われ続けているアリサに嫉妬を覚えたこともあった。
 しかし、今の彼女を見れば、そうしたD.S.の思いも分からなくはなかった。
 魔力が高い、力が強いとか、そう言うことではない。彼女は本当に“心”が強いのだと、リインフォースは思う。

 友達を、家族を、愛する人を守りたい――

 親友に向けた、彼女の心からの叫びには、そうした直向(ひたむき)な思いが篭っていた。

 そのことを、彼女はここにいるD.S.やなのはたちには、特に悟られたくないと考えているはず。
 それは、D.S.も分かっているのだろう。何も語らないその背中が、彼の思いを代弁しているかのようだった。

 距離が離れていても、言葉を交わしていなくても、D.S.とアリサの間には目に見えない強い絆がある――
 それが分かるだけに、リインフォースには二人の絆の強さが、羨ましく、寂しくもあった。

「リイン……ソフトクリームが食べたいです」
「おいっ! なんだ、ひっぱんな!!」

 ツヴァイも、それとなくD.S.の心の機敏を察していたのだろう。
 先程、お腹いっぱいに食べたと言うのに、ひょっこりと胸元から顔を出すと、まだ食べたいとD.S.に強請る。
 そんなツヴァイに同調して、リインフォースも珍しくD.S.の手を強引に掴んでいた。

「行きましょう――」

 その暖かな強い手を握り締めながら、リインフォースは思う。
 アリサのようには無理でも、自分に出来ることをしようと――
 何が正しくて、何が正解なのかは分からない。

 しかし、D.S.を思うこの気持ち、はやてを大切に思う気持ち――
 何一つ、偽りたくない。そして、アリサにも負けたくはない。

 と、こんな時に、こんなことを思うのはいけないことなのかも知れない。
 しかし、それが今のリインフォースの素直な気持ちだった。
 いつの間にか芽生えていた、大切な唯一人を思うと言う気持ち。はやてやツヴァイに向けている感情とは違う。
 そんな、誰にも譲りたくない。大きな目標がリインフォースの中に生まれていた。





 ……TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 今回は、はやてとアリサの話のつもりが、ちょっとリインフォースよりの展開にw
 今回は幕間のようなものですが、如何だったでしょう?
 次回はちょっと予告すると、バニングスからの民間協力者にして、ADAMに出向して来た技術官――アリシア・テスタロッサ。
 そしてSTS編でお馴染みのメカオタク、メガネ娘が登場します。



 >あびさん
 呪われますんで、マジでやめてくださいw 敢えて彼に関してはわたしも何も言わないので……。
 メタ=リカーナが言い出したことで、手は抜けませんしね。
 しかも悪魔の脅威を知っている彼らにしてみれば、手は抜けないところでしょうしね。
 さて、これからスバルとティアナの二人はどうなるのか? ガジェットくらいならなんとかなるんでしょうけどね……。



 >吹風さん
 アンガスについては触れません!(呪われそうだから)
 人の心ってそう簡単にまとまらないものですからね。それは家族であっても友達であっても同じことです。
 ラーズは確かに天然なところがありますが、ヒロインズを傾かせるにはD.S.くらい色々な意味でよい漢でないとw
 アリサとすずかは今回の話で明らかになりましたが、本格的に合流して事件に関わっていくのはもう少し後になります。



 >闇のカリスマさん
 アンガスさんについては触れませんよ!?
 まあ、アンガスのことを知ってる人はツッコミたくて仕方ないでしょうけどね。
 しかし、仰天カップルですか。なくはないですが……うん、やっぱないな(エ



 >志堂さん
 それが懸命です。長生きしたければね……
 はやてとカリム、それにシャッハの関係は良好だと思います。
 ですが良好であるが故に、はやてはある意味で決断を迫られる時が来るかもしれません。
 グレアムのように――今回、アリサが言いたかったことですね。
 ADAMの規模は原作の数倍は確かにあります。それでも少ないとは思いますが、それだけの規模が必要と言うことですね。
 フェイトに洗脳されつつある二人。彼女たちの運命は後ほど――
 ちなみに、ツヴァイの母親はプレシアも入りますねw そう言う意味だと。



 >まおーさん
 はじめましてー、これからもよろしくお願いします。
 アンガスさんは触れないようにしておきますねw
 ちなみにラーズは竜の因子があるから、とかで言い訳つきますけど。シーラとかはもうアレですなw
 一応、説は色々と考えてるんですが、そこはバスタードってことで、ご都合主義満載です。
 バスタードの原作ペースは確かに残念です。なんとか完結して欲しいものですが、それも難しそうですしね。



 >彼岸さん
 プレシア一家の引越しはこれからのことを考えると必要ですしね。
 まず、D.S.の出番が(オイ
 それは兎も角として、ティアナがスバルの食欲に中てられてた様子w
 ちなみに、ギンガはもうちょい登場は先です。同じ部隊内でも今のところ訓練は別なんで。



 >食べました!さん
 第二特務機関ものですか。まあ、たしかにそう言う要素ありますね。歯には歯をってヤツですか?
 D.S.ひとりでそのバランスも崩れてしまうんですがねw
 プレシア一家のことは兎も角として、アルフは地球に留守番です(酷
 まあ、今はバニングス家の番犬もとい、リンディの手伝いもちょこちょこやってるんで、そのうちだすかと。
 時の庭園の書庫に出るって噂は密かにあるかもですね。ラーズはある意味、一生独身偶像化がいいんですがw
 フェイトさんは絶好調です。余程嬉しかったんでしょうね。
 ちなみにD.S.たちの立ち位置は厳密にはアムと少し違います。子供時代に民間協力者として、なのはやユーノが管理局に協力していたような立ち位置ですね。書類なんかは、彼らを預かる中間管理職(アムラエル)の役目。
 もっとも、アムも真面目にやらないので必然的に……



 >ルファイトさん
 もう、十分ノロケてますがねw
 ちなみにプレシアさんたちもそうですが、時の庭園の書庫ネタは短編としてなら出来そうな話ですね。
 キャロとエリオはもう少し登場が後です。
 間違いなく原作よりも成長してますから、今のスバルやティアナでは並んで立つことも難しいですしね……。



 >ボンドさん
 ギレンでしたかw まあ、わたしも密かにSO4とか買ってるんですが、仕事もあって現在積んでおります。
 アンガスはスルーしてくださって結構です。むしろしてください!
 問題は地球だけでなく、ミッドチルダにも普及することですね。もうしてるかもですけどw<アビ印
 メタリオンの年齢はある意味、見た目で判断できないですからね。まあ、色々とご都合満載ってことで。
 なのはに揉まれ、原作以上に成長するかも知れませんけどね。今のなのはってバスタード的考え方に近いですからw
 D.S.の観察眼――そしてフェイトに刷り込まれている二人。
 今後、二人がどうなるのかは想像に難くない。
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