作者:193
2009/02/24(火) 09:24公開
ID:4Sv5khNiT3.
「これが……」
「わたしたちのデバイス?」
ティアナとスバルは、アリシアとシャーリーそれぞれに手渡された待機状態のデバイスを見て、驚きの声を上げる。
二人が頼んだのは、自分たちの“あの”自作デバイスの修理だったはず。
しかし、手渡されたのはその何れとも違う、真新しい新品のデバイスだった。
一目にもそれが、管理局で支給されているような支給品のデバイスではない――と言うことは見て取れる。
ティアナに手渡されたのは、両面に同じ模様の入った不思議な銀色のカード。
スバルに手渡されたのは、首から下げられるように作られた青い宝石のような綺麗な石。
両方とも、アリシアが持てる技術と経験の粋を注ぎ、シャーリーが二人のために寝ずに調整した最高の機体。
ティアナのデバイスの名は『クロスミラージュ』
ミッド式インテリジェントデバイスでありながら、最初からカートリッジシステムを搭載するように設計されており、なのはたちのデバイスを元に集積したデータを使って作られた最新鋭の拳銃型デバイス。
対してスバルのデバイスの名は『マッハキャリバー』
こちらもティアナのデバイスと同じく、インテリジェントデバイスでありながら、カートリッジシステムを搭載しており、高い機動性能と姿勢制御を併せ持つローラーブーツ型デバイス。
「スバルの方は、リボルバーナックルの収納と瞬間装着の機能もつけてあるから、持ち運びが楽になると思うよ」
「わぁ……本当ですか!」
「そ、そうじゃなくて――何故、なんですか? これは一体!?」
シャーリーから機能説明を受けて喜ぶスバルとは違い、ティアナは明らかに戸惑っていた。
こんなことをしてもらう理由が見つからない。一流の技術者が作った最高級のオリジナルデバイス。
自分たちの給料では一生手が出そうにない、そんな値段もつけられないような途方もない物。
いくらADAMに所属する魔導師だからと言って、自分たちだけ、こんな特別扱いをしてもらう理由が見つからないと、ティアナは疑問を浮かべる。
ティアナの疑問に気付いているのか? アリシアはフッと微笑むと――
「もちろん、タダじゃないわよ。その子達のモニターをやって欲しいのよ」
「……モニターですか?」
「そう、データは取らせて貰うけどね。報酬に、その子達をあげるわ」
アリシアにそう言われても、ティアナはまだ納得が行かないのか? 訝しむような表情でアリシアのことを見ていた。
モニターと言われても、何故自分たちなのか? ――そう、ティアナは思う。
それにアリシアがいくら天才的な技術者だと言っても、こんなデバイスを僅か三日で完成させたとは思えない。
なのに、お誂(あつら)え向きのように、二人の能力と戦闘スタイルに合わせて調整されたデバイス。
これで疑うな――と、言う方が無理だった。
「無理に……とは言わないけど、あのデバイスじゃ直しても、またすぐに壊れると思うのよね」
「う……」
「どちらにしろ。そんな状態のデバイスで、訓練や、まさか“実戦”になんか出たら、どうなるか?
――そのくらい、冷静な魔導師の“あなた”なら分かると思うんだけど?」
「ぐうぅ……」
二人の腹の痛いところが分かってるのか、狡猾な笑みを浮かべながらそこを突くアリシアに、ティアナは何も言い返せない。
何か裏があると分かってはいても、冷静に考えれば選択肢など最初からなかった。
結局、ティアナは頭を下げ――
「ありがたく、使わせていただきます……」
と、しか言えなかった。
次元を超えし魔人 第40話『相棒』(STS編)
作者 193
二人が去った後のラボには、アリシアとシャーリー。それに――
「アム、これでよかったんでしょ?」
「うん、ありがとう。アリシア」
二人に気付かれないように、気配を消して部屋の隅に隠れていたアムラエルが姿を見せる。
「お二人は、お知り合いだったんですね」
「シャーリーも、ご苦労さま。それにしても、クロスミラージュにマッハキャリバーだっけ?
アリシア、あんな凄いデバイスを作れるようにまでなってたんだね。お姉さんは鼻が高いよ」
うんうんと感心したように唸るアムラエルを、アリシアは胡散臭そうに見る。
シャーリーとアムラエルは、この部隊に来てからだが、たまに一緒にお茶をしたりする親しい間柄になっていた。
相手に抵抗感を与えず、誰にでも気さくに接するシャーリーに、人見知りと言う言葉と縁のないアムラエル。
方向性は違えど、似たもの同士とも言える二人の距離が縮まるのは遅くなかった。
「ベースを組んだのはわたしだけど、あの二人に合わせた調整や、名前を考えたのはシャーリーよ。
優秀な技術官とは聞いてたけど、想像以上で驚いたわ」
「そんなことありませんよ。アリシアさんの作ったあの子達は、高い技術も然ることながら凄く丁寧に作られてて――
ほとんど何もすることがないくらいしっかりと作られてたから、最後の調整も楽だったんですよ。
むしろ、勉強させてもらえて、こちらから感謝したいくらいです」
「「…………」」
まったく邪気のない笑顔でそう答えるシャーリーを見て、アリシアとアムラエルの二人は再認識した。
天然だ――と二人は思っていたが、ここまで裏表なく、純粋に心から感謝を述べられる子なんて、そうはいない。
一部には『癒し系メガネ娘』と称され、絶大な人気があると言う話だが、それも今のシャーリーを見れば納得が行く。
むしろ天然だからなのか? シャーリーの心の広さを思い知った二人だった。
スバル、それにティアナの二人にとって、その日は驚きの連続だった。
アリシアとシャーリーに手渡された、まさかの新デバイス。そして、突然舞い降りた――はじめての出動。
管理局の出向魔導師、訓練成績の上位者から選抜したと言う突入部隊の中に、スバルとティアナ、二人の姿もあった。
任務の内容は第一種捜索指定ロストロギア――レリックの確保。
ミッドチルダ北部、高い岩山と、厳しい崖の上を横断する山岳モノレール。
密輸ルートで入ってきたレリックを狙い、ガジェットがその貨物列車に群がっていた。
そのため、ガジェットの取り付いている列車の中に、ティアナ、スバルの二人はいた。
無人の列車は首都に向け、真っ直ぐに山岳地帯を南下している。
列車のコントロールは完全にガジェットに奪われており、列車が終着駅に到着する前、もしくはレリックを奪われる前にガジェットを全滅させ、列車を止めなくてはならない。
はじめての出動でこれは、かなり危険で難易度の高い任務だと言える。
しかし、それでも――このくらいをこなせないようでは、今までなんのために厳しい訓練に耐えてきたのか分からない。
「訓練通りにやれば大丈夫だから――」
そう、緊張する隊員に声を掛け、見送ってくれた、なのはの顔が二人の脳裏を過ぎる。
二人は息を合わせ、レリックを確保するため、列車を止めるため、迫るガジェットに向かって駆け出していた。
そのティアナとスバルの二人が思う、件の“白い魔導師”ことなのはは、澄み渡る青い空を銀色の影で覆いつくす脅威。
――航空型ガジェットの破壊に向かっていた。
二十や三十ではない。夥(おびただ)しいほどの数のガジェットが、列車を目指して真っ直ぐに進んでいる。
カプセル型のT型と呼ばれるガジェットと違い、飛行機のような翼を持ち、武装には明らかに質量兵器と思しき誘導弾まで装備している。
この機体を管理局では、『ガジェットドローンU型』と呼称していた。
これだけの数だ。普通であれば、一人や二人の魔導師程度ではどうにもならない。そう思えるほどの戦力差。
しかし、なのはとフェイトの二人は、迫るガジェットに臆することもなく、静かに空で、その接近を待っていた。
「二人で、こうして同じ空を飛ぶのはひさしぶりだね」
「うん。なのは」
軽く言葉を交わす、なのはとフェイト。そこには余裕の色さえ見える。
迫るガジェットは、一般的な空戦魔導師を凌駕する高い機動性能と、魔法に対して高い防御力を持つAMF。
光学兵器、質量兵器をはじめとする強力な武装を併せ持つ。
そんなことは、これまでに目撃確認された情報からも、二人も分かっているはず。
それでも、この程度の相手には負けない――と言う、揺るぎない絶対の自信が二人にはあった。
「――アクセルシューター!!」
「――ハーケン!! はああぁぁぁ!!!」
甲高い衝突音と爆発音が、他に誰もいない、その虚空に響く。
まるで舞うように、空を自在に飛び交う二人。
ガジェットを更に上回る速度で、その動きを翻弄し――
二人の放つ魔力弾、魔力刃がガジェットの張るAMFさえ貫き、切り裂き、その機械仕掛けの身体を破砕する。
――圧倒的だった。
数で勝るはずのガジェットを物ともしない戦闘力。他を寄せ付けない強力な魔力に、高い戦闘技術。
どれを取っても、子供の頃とは比べ物にならない。
この十年の進化を見せ付けるように、二人はガジェットを圧倒していた。
その頃、ティアナとスバルの二人も、列車のコントロールを確保に向かった魔導師たちと別行動を取り、レリックを確保するため、中央の車両へと向かっていた。
前後から別々に突入した部隊は、陸戦魔導師Aランク以下の隊員ばかり、合計十余名。
彼らに実戦経験をより積ませようと言うことらしいが、初戦からこれは、きつい任務であることに違いない。
ガジェットは魔導師にとって天敵とも言える相手だ。
生まれ持ち高い魔力量と才能に恵まれた高ランク魔導師ならいざ知らず、魔力で圧倒することなど難しい低ランク魔導師では、AMFに魔力が掻き消され、対処に困る厄介な相手。
事実、選りすぐりの人選だったとは言っても、初の実戦と言うこともあって、ガジェットの応戦だけで手一杯の者がほとんどだった。
そんななか、やはり一際抜き出ていたのは、この二人――ティアナとスバルの二人だ。
少しずつではあるが、強くなっている。そんな自覚は当人たちもあった。
しかし、それでも訓練開始から僅か一ヶ月。それほど、劇的に変わると言うものでもないはず。
だが、実際には二人の戦果は飛び抜けていた――と言うより、圧倒的だと言っていい。
他の魔導師が陣形を組み、なんとか応戦するのがやっとのガジェットを相手に――
スバルは高い機動力と瞬発力を生かし、瞬く間に懐に飛び込むと、AMFを諸共せず容易くその機体を粉砕して見せた。
ティアナも負けてはいない。
取り出した二丁の拳銃型デバイスを武器に、先日まで三発がやっとだった多重弾殻射撃を苦もなく放ち、スバルが取りこぼしたガジェットを後方から撃ち抜いていく。
これには隊の魔導師たちだけでなく、本人たちも驚いていた。
二人して、顔を見合わせ、新しい相棒に目をやる。
クロスミラージュに、マッハキャリバー。
成長期のこの時期だ。飲み込みも早ければ、強くなるのも確かに早い。
それもあるのかも知れないが、この戦果を上げることが出来ている大きな要因は――
間違いなく、この二機のお陰だと二人は思う。
圧倒的と言ってもいい加速力に機動性能、そして姿勢制御をはじめとするサポート能力に、スバルが得意とする先天魔法『ウイングロード』まで、このマッハキャリバーには搭載されていた。
空を飛べないスバルが、空中戦を行うために使う魔法『ウイングロード』は、その名の通り、空に『翼の道』を作り出す、クイント直伝の魔法。スバルの家系にしか使えない、特殊な魔法だ。
それをマッハキャリバーが使えると言うことはもちろん驚きだったが、何よりもはじめての実戦で、これほどよく馴染むデバイスにスバルは驚きを隠せない。
「マッハキャリバーって、もしかして物凄い?」
そんなスバルの感心したような驚きの声に、マッハキャリバーは『Because I was made to make you run stronger and faster.(私はあなたをより強く、より速く走らせるために作り出されましたから)』と答えた。
その言葉の意味は分からないが、このデバイスが自分に適した最高の“相棒”なのだと言うことは、スバルにも分かった。
「じゃあ、ちょっと言い換えよう。お前はね、わたしと一緒に走るために生まれてきたんだよ」
『I feel it the same way.(同じ意味に感じます)』
だからだろう。意思のあるマッハキャリバーを機械ではなく、大切な相棒と認め、そんなことを言ったのは。
スバルの言葉の意味が理解できないのか? 何かを考えるように間を置くマッハキャリバーだったが――
『I'll think about it.(考えておきます)』
と、そんなスバルの思いに返事を返す。なんにしても、実戦でこの働きは助かっている。
それは、ティアナもスバルと同意見だった。
クロスミラージュも、マッハキャリバーに負けず劣らず凄いデバイスだ。
ワンハンドから、ツーハンドに状況に合わせて自在に切り替わるデバイス構造。
周囲の状況を観察し、単体で集団戦闘の指揮管制までサポートしてくれる高い演算能力。
ティアナの思考を瞬時に読み取り、魔力制御や操作技術をバックアップする支援能力。
更に、マッハキャリバーと同じく、威力と魔力の不足を補うカートリッジシステム。
先程からティアナが苦もなく多重弾殻射撃を撃ちながら、的確な指示をスバルに送れているのも、このクロスミラージュのサポートがあってこそだ。
アリシアは「モニターの報酬だ」と言っていたが、そんなものでは釣り合いが取れないほどの代物だと言うことは誰にだって分かる。
「アンタみたいな優秀な子に頼りすぎると、あたし的には良くないんだけど――でも、実戦では助かるよ」
それが、ティアナの今の純粋な気持ちだった。
その言葉が嬉しかったのか? クロスミラージュはティアナに向かって感謝を述べる。
アリシアの意図は分からないが、今、この現場にいる状況において、このデバイスの存在は素直にありがたいとティアナは思っていた。
ティアナとスバルの二人が、たった二人で危険なレリックの確保に向かったのには、そうしたことから来る自信もあった。
自惚れでもなんでもなく、全体の戦力を考えた場合、まだティアナとスバル、二人だけでも向こうより戦力が勝っている。
コンビプレイは得意だが、まだ集団戦闘を行うほど部隊に慣れていない二人にとって、二人だけの方が動きやすいと言うのも理由にあった。
「何!? こいつ――固い!!」
「――新型!?」
そんな二人の前に現れたのは、全長三メートルはあろうかと言う巨大な球体型ガジェット。
先程まで難なくガジェットを破壊していたスバルの攻撃を弾いたことからも、このガジェットが他とは違い、かなり強力な相手だと言うことは見て取れる。
この一つ先の車両。そこに目的のレリックがあると言うのに――
最後に現れた難敵に、ティアナの表情が苦悶に歪んだ。
「――散開!!」
そう言って一箇所に留まらずバラけるように、スバルに指示を送るティアナ。
ガジェットは二人を捕らえようと、上部から伸ばした二本の太いベルトを振るうが、二人は捕らえられないようにガジェットの周囲を動き回り、その攻撃を上手くかわしていく。
しかし、上手く回避できているとは言っても、逃げているだけでは勝てない。
ティアナは相手の能力や、今の状況を考え、突破口を練っていた。
スバルの一撃を弾いたことからも、今までのガジェットとは段違いに硬い防御力を持っていることは想像に難くない。
そんな相手に、いくら射撃魔法で対抗したところで、普通のやり方では通用するとは思えない。
あの強固な防御力を突破する可能性があるとすれば、やはり接近攻撃によるスバルの一撃しかない。
だが、同じことを繰り返したところで、スバルの身を危険に晒すだけで、それも難しいとティアナは考えていた。
「スバル――!! ちゃんと決めなさいよ!!」
「え――ティア!?」
まさかの後方のティアナの特攻に、スバルは驚きの声を上げる。
一見無謀に見える、ティアナの特攻。
射撃型のティアナが、AMFを展開するガジェットに接近戦を挑むなど、玉砕以外の何者でもない。
しかし、ティアナには何か考えがあるのか? ガジェットの目の前まで走り込むと、迫るベルト攻撃を前に動きをピタリと止めた。
「――っ!!」
待っていたとばかりに、両手に握られた二丁の銃にそれぞれ二発の弾丸をロードするティアナ。
その銃口から、間を置かず交互に放たれる魔力弾。
その攻撃はガジェットを狙ったものではなく、攻撃を防ぐために迫るベルトに向けられたものに見える。
しかし、ベルトには直撃せず急速に方向を変えると、間を縫うように螺旋状に進み、ガジェットへと迫った。
「貫けっ!!」
魔力弾は、確かにガジェットの展開するAMFに直撃した。
通常であれば、多重弾殻射撃の膜状バリアがフィールド防御を貫き、本命の弾が相手に命中するはず。
しかし、一発目の魔力弾がガジェットの強力なAMFに吸い込まれるように消えていく――が、それで終わりではなかった。
交互に放たれたもう一方の魔力弾が、後方より迫る。
先程の魔力弾の直撃により揺らぎが生じている箇所に、寸分変わらぬ正確さで直撃する魔力弾。
ヴァリアブルシュート――多重弾殻射撃によるピンポイントを狙った時間差攻撃。
ただ一点を突き、敵の目となるセンサーだけを狙い。真っ直ぐに吸い込まれていく魔力弾。
今のティアナの力では、二発同時の多重弾殻射撃。これ以上の魔力を、同時に搾り出すことは難しい。
外せば終わりと言うなか、ティアナはギリギリまで接近して精度と威力を高め、敵の攻撃を自身に向けさせることでカウンターを狙った。
あのベルトを自由にさせている状態では防御されてしまい、攻撃を外す可能性が高いと考えたからだ。
確かに、その狙い通りティアナの攻撃は成功した。
しかし、それでも、やはり威力に問題があったのか? 完全に相手を行動不能に追い込むまでに至っていない。
無茶な魔力の使い方をしたため、ティアナは疲労から身体が麻痺して回避行動も取れない。
そんなティアナ目掛けて、容赦のないガジェットの一撃が振り下ろされた――
――はずだった。
「うおおぉぉぉ――っ!!」
寸前のところでティアナを脇に抱え、ガジェットの攻撃を回避するスバル。
その勢いのまま、この機を逃すまいと、スバルはティアナを脇に抱えたままガジェットの懐に飛び込む。
狙うは――先程、ティアナが撃ち抜いた中央。センサーのある場所。
スバルのリボルバーナックルが二発の弾丸を取り込み、その拳の先に強大な魔力を循環させる。
「ディバインバスタ――ッ!!!」
青白い魔力光が輝き、ゼロレンジからガジェットに向けて叩き込まれる魔力砲。
それはスバルがあの日――なのはに憧れて習得した、同じ名前を冠する近距離特化砲撃魔法。
実際にはなのはの砲撃魔法と比べれば、似ても似つかない別物だが、それを習得するに至ったスバルの思いと努力は確かなものだった。
大切な誰かを、泣いている誰かを、困っている誰かを、助けたい。
あの強く、優しかったあの人のように――
あれから四年――憧れを抱き、目指した高み。ずっと努力を続けてきた彼女の思いが、その拳には宿っていた。
ティアナの作ってくれたチャンスを生かすため――
ここまで鍛えてくれた、なのはの教えに答えるため――
スバルは全力で、その拳を振りぬく。
「ぶち抜け――っ!!」
次の瞬間――ガジェットのその巨大な身体を、青白い一筋の閃光が貫き、辺りを白く染め上げた。
その後、レリックは無事確保され、他の隊員たちの活躍もあって列車はコントロールを取り戻した。
ADAM設立より初となるティアナとスバルの出動は、誰一人死亡者を出すことなく無事、事件解決となった。
もっとも、身体に過負荷の掛かるカートリッジ四発ロードに、能力を超える多重弾殻射撃の二連射と言う無茶をしたこともあって、ティアナは肉体的にも精神的に疲労困憊。
それはスバルも同じで、ティアナを助けたいと言う思いから出た火事場のクソ力。
能力の限界を超えて放たれたディバインバスターは、ガジェットだけでなく列車や、隣接する岩壁に大穴を空けるほどの威力を見せた。
これが訓練なら、「凄い」の一言で済んだのかも知れないが、今回は大切な任務の最中、実戦でのことだ。
一歩間違って線路に直撃していたら、列車ごと全員が崖の下に転落――
なんてことになっていた可能性があるだけに、笑いごとでは済まされなかった。
隊舎に帰宅早々、二人は反省文と今回の報告書の作成を、なのはからきつく言いつけられていた。
「まったく……アンタはいつも無茶し過ぎなのよ」
「それを言うならティアだって……いくらなんでも一人で突っ込むなんて無茶だよ」
「あれは――アンタなら気付いてくれると思って……」
「……え?」
「なんでもない!! ほら――さっさと終わらせないと、食事を取る時間もなくなるわよ!!」
「ふえ〜〜ん!! そう思うなら手伝ってよっ!!」
テキパキと報告書をまとめていくティアナと違い、事務整理の苦手なスバルは涙目を浮かべるしかない。
結局、泣きついてくるスバルを見て、「この、馬鹿スバル!!」と言いながらも、しっかり手伝ってやる辺りがティアナらしいと言うところか?
二人のADAMに出向してから、はじめてとなる実戦は――
その活躍も虚しく、最後は少し締まらないものとなっていた。
その頃、なのははモニタに映し出された二人の戦闘データを、真剣な表情で見詰めていた。
最後のミスは見過ごせるレベルではなく、厳罰を受けても仕方ないこととは言え、二人が他と一線を画すほどの実力を示したのは紛れもない事実。
撃墜したガジェットの総数は、二人合わせて優に三十機以上。これは車両に突入していたガジェットの半数以上に上る。
今回の事件が無事に解決できたのも、主にこの二人の功績であると言っても過言ではない。
謹慎処分を言い渡されてもおかしくないところを、反省文と報告書の作成で済ませられたのには、そのことを理解していた、その他の隊員たちの嘆願もあったからだった。
みんなで口を揃えて、「彼女たちがいなければ、怪我だけでなく死人も出ていたかも知れない」と言われては、なのはも折れるしかない。
それに今回のことは、自分にも責任があると、なのはは考えていた。
今まで通りなら、彼女たちの能力を考えて、余裕で対処出来るはずだった相手。
しかし、蓋を開けてみれば、結果は違っていた。
今までよりも更に強く、強化されていたガジェットたち。
そして、今の彼女たちでは手に余る、強力な新型ガジェットの登場。
すべて想定外の出来事だったとは言え、そうしたことを考慮できなかった自分の過失は大きいと、なのはは考えていた。
少なくとも、あの状況下で、死人を一人も出すことなく生還できたのは、やはりティアナとスバル。二人の活躍があったからだろう。
規則上、何もお咎めなしと言うことはさすがに出来ないが、なのはも二人には感謝していた。
こうして、二人の分を除く、その他の隊員たち“全員”の報告書を一人で作成しているのも、なのはなりの反省の取り方なのだろう。
それと平行して、今後のガジェットの対策や訓練内容の見直しなど、なのはは皆が退室した後も一人で、黙々と考えていた。
「このデバイスって……」
「ふふん、どう? 凄いでしょ」
なのはがティアナとスバルの新しいデバイスの精度に驚き、思い当たる節があるのか「ハッ」と言葉を発した時だった。
後ろから掛けられた懐かしい声に振り向き、「ひさしぶり」となのはは、その大切な友人に挨拶を返す。
「アリシアちゃん……なんで、二人にデバイスを?」
「アムに頼まれたのよ」
「アムちゃんに……?」
二人を部隊に誘ったのはアムラエルだ。だとすれば、このデバイスも前もってアリシアに頼んでいたとしても不思議ではない。
それにしたって、この二人だけを優遇する理由が、なのはには想像がつかない。
スバルとアムラエルの関係はよく分からないが、ティアナの事情は、この部隊を発足することになった重要な事件と言うこともあって、なのはも聞き及んでいる。
しかし、相手はあの“悪魔”だ。いくら素質がある、成長期だと言っても、まだ十五歳。
それもAランクに満たなかった彼女たちの実力を考えれば、今までのアムラエルであれば、無理に巻き込もうなどと考えないはず。
だが、現にアムラエルは、ティアナとスバルを引き込み、こうして専用のデバイスまで用意していた。
そこには何か、アムラエルだけしか知らない“大きな理由”があるように思えてならない。
「アリシアちゃんは何も聞いてないの?」
「アムが話をするつもりがないのなら、まだ聞くべきじゃないってことでしょ?」
「うん……そう、だよね」
嫌な予感はあったが、アムラエルが意味もなくこんなことをするとは、なのはにも思えない。
アリシアの言うとおり、ここはアムラエルが話してくれる気になるのを待つのが一番に思えた。
事情が事情なだけに、ティアナやスバルにも関係していることなのは間違いない。
そうした理由もあって、土足で二人のプライベートに踏み込むようなことだけは、なのはもしたくはなかった。
それにアリシアも、彼女がいくらアムラエルと友達だからと言って、何も理由を聞かず協力したとは思いにくい。
はぐらかされるような感じだったが、アリシアも何も言わないと言うことは、軽々しくは言えない“大切な理由”があるのだと、なのはは思うことにした。
「ところで、二人はどう?」
「うん、このデバイスの性能もあると思うけど、一ヶ月前とは比べ物にならないほど成長してるね。
さすがにこれだけ周囲と差がつくと、このまま今の小隊で一緒にはしておけないかな?」
今のティアナやスバルの力と比較すれば、Aランクの魔導師ですら肩を並べることは難しい。
これは、なのはの想像すら大きく超える成長速度だった。
今の二人の実力は戦闘力だけなら間違いなくAAクラスに匹敵している。ここまでくると、ランク詐欺なんて話では済まない。
あの二人についていける者が小隊の中にいない以上、今までと同じようにしておくのは、逆に危険かも知れない――と、なのはは考えた。
「うん。次の段階にステップアップの時期かな」
「なのは、随分と楽しそうね?」
「成長が楽しみな子達だからね。人一倍向上心が高く、努力も怠らない。
何よりも強くなりたいって意思が、凄く伝わって来るもの」
アムラエルのことは気になるが、それを抜きにしても、二人は教える側にとっても鍛えがいのある魅力的な原石だ。
磨けば磨くほど、強く輝き増す――そんな、才能に満ち溢れた若い魔導師を見て、なのはが興味を抱かれないはずがない。
もちろん、なのはは教え子たち全員に、今よりもずっと強くなってくれることを期待している。
だが、特にこの二人には関心を寄せていたと言っていいだろう。
この程度ではない。彼女たちは、もっと輝ける。強くなれる。
いつか――どんな困難や逆境も打ち破る、『ストライカー』と敬意を込め、呼ばれるほどに。
そんな確信が、なのはの中にはあった。
聖王教会にて、カリムは今回の事件の報告をはやてから受けていた。
カリムはADAMの後見人をしている傍ら、こうした事件、事故の報告には必ず目を通すようにしている。
事件の大小に関わらず、それが放って置けば、後に大きな惨事へと繋がりかねない危険性を、彼女はよく理解しているからだ。
もちろん悪魔のことは見過ごせない話ではある。しかし、レリック事件とて軽視できる問題ではない。
ADAMは表向き、特に危険性の高いロストロギアや、すでに空港火災をはじめとする大惨事を招き、死傷者も出しているレリック事件を捜査していることになっている。
悪魔などと、管理世界の人間が実際には目にしたことのない空想上の生物よりは、その方が部隊を維持する上で説得力があるからだ。
ADAMは知っての通り、異例とも言える聖王教会、管理局、それにバスタードからなる三組織混合部隊だ。
故に各組織の主な役割は、その得意とするもので割り振られていた。
下手に足並みを揃えようとしたところで、上手く行くはずもないことを誰もがよく分かっていたからだ。
聖王教会が、管理世界での情報収集能力を生かして、広域探索、情報収集をすることが役割。
前線には、主に管理局の魔導師とバスタードで当たることになっている。
しかし、余程の事件でもない限り、バスタードが保有する戦力の積極的な投入は、管理世界において認められていない。
公式にそうした文書が取り交わされている訳ではないが、その裏では未だ、そうした縄張り意識が根強く残っているからだ。
今回の事件も、彼女たちに経験を積ませると言う思惑は、確かにあったのかも知れないが――
なのはとフェイトの二人しか、バスタードの前線メンバーが出撃していなかった背景には、そうした組織の確執があった。
今回のことも、余計な火種を生むまいと、そのことに考慮した結果に過ぎない。
それぞれ住む世界も違えば、所属する組織も違う。
そこに様々な思惑や、主張があるのは確かだが、それでも悪魔と言う脅威がありながら、まとまることが出来ない人の心。
滅亡と言う、目に見える現実と対峙するまで、やはり一つのことに向かって、手を結ぶことは難しいのかも知れない。
それはADAMならずとも、人類全体に課せられた、重い命題のように思えてならない。
「……新型、ですか?」
「うん。とりあえず、今までのT型、U型と次いで、V型と呼称してる」
はやてが持参したデータを見て、さすがのカリムも唸るしかなかった。
これまでのガジェットも、このデータを見る限り大きく成長している。すでにBランクでは相手が難しいばかりか、Aランクでも個人戦では危うい相手となりつつある。
しかも、今回現れたV型に至っては、最低でもAAクラスの魔導師でないと、その防御を貫くことは難しいとデータは物語っていた。
とてもではないが、これらのガジェットが師団規模で徒党を組み、もしミッドチルダに攻め込まれるようなことがあれば、今の管理局の地上戦力では、歯が立たないとカリムは考える。
目的も何も分からない、裏に悪意のある何者かがいるのが確実である以上、そうした最悪の事態も想定しなくてはいけない。
そのことが、カリムには重く圧し掛かっていた。
「大丈夫や。そのためにADAMがあるんやから――悪魔はもちろんやけど、ガジェットにだって好き勝手はさせへん」
「はやて……」
はやての言葉は頼もしかったが、しかし、それでもカリムの不安は拭い切れない。
カリムは思う。
ずっと嫌な予感はあった。
それがなんなのか分からないまま今日まで来てしまったが、ここに来て多発しているガジェットの出現や、突如発見されたレリック。
そして――悪魔の存在。
すべてが、その嫌な予感の正体に集約されているような気がしてならなかった。
こんなことは憶測にしか過ぎない。
そうは思ってはいても、カリムはその考えを断ち切ることが出来ないでいた。
「大丈夫、絶対に守るんや。何があっても、どんなことをしても確実に……」
「…………」
はやてに何があったのかは、カリムには分からない。
しかし、はやてが以前よりもずっと焦っている。
まるで何かを思い詰め、生き急いでいるような――そんな印象を、カリムは受けていた。
自分に言い聞かせるように語る――はやての言葉。
そこには他者が推し量ることの出来ない、悲痛な重みが隠れていた。
……TO BE CONTINUED