作者:193
2009/02/28(土) 09:27公開
ID:4Sv5khNiT3.
「――よし、ここまで!!」
訓練の終了を告げるヴィータの声が、訓練場に響く。
初出動となった事件から三日。なのはから小隊の移動と、次の段階と言うことで“特別メニュー”を言い渡されたティアナとスバル。
そんな二人を待っていたのは、これまでの訓練がお遊戯に思えるほどの過酷で難しい“特訓”だった。
これまでの訓練といえば、体力や魔力アップ、魔力運用や操作技術を学ぶ、基礎の反復訓練が主流だった。
実戦を想定したガジェットの相手や、同じ低ランク魔導師同士、いくつかの小隊に分かれての模擬戦などは行われていたが、それも今の訓練ほど過酷で難しいものではなかった――と、二人は思う。
模擬戦と称して行われたのは、最初から勝ち目などあるはずもない過酷な総当たり戦。
相手はヴィータをはじめとする、ニアSからオーバーSランクの能力を持つ、聖王教会、バスタードの高位魔導師。
そんな、自分たちの遥か高みにいる格上の魔導師を相手に模擬戦をする――と言うだけでも無茶なことだと言うのに――
制限時間一杯逃げ切るか、有効打を一撃入れない限り、何度でもやり直し。
クリア出来るまで何度でも何度でも、体力の限界が訪れ倒れるまで、その『訓練』と言う名の拷問は続けられた。
正直、この訓練を受けた二人の感想はこうだ。
――逃げ切ることは愚か、一撃ですら入れることなんて出来ない。
それもそうだろう。
まだ相手が一人なら一撃くらい可能性はあるのかも知れないが、今日の二人の相手はヴィータとフェイトの二人。
相手も複数で来るのであれば、後はコンビネーションの熟練度と個々の能力に委ねられる。
前者は誰にも負けない自信のある二人だったが、それも個人の戦闘力にここまで差があれば、あまり意味がない。
結局二人は、訓練終了を告げる合図があるまで、なんの成果も残すことが出来なかった。
「二人とも、大丈夫?」
「はい……なんとか。ありがとうございます」
「ギン姉……ずっと、こんな特訓受けてたの?」
ティアナ、それにスバルの二人は、逃げ回ることが精一杯だったばかりか、自力で起き上がることが出来ないほどに、体力と魔力を酷く消耗していた。
ギンガが二人のことを心配して、水に濡らした冷たいタオルを差し出す。
タオルを受け取って、疲労困憊のなか、礼を言うティアナ。
スバルの方はと言うと、そんな元気そうなギンガを見て「なんで?」と驚きを隠せない。
本音を言えば、二人とも先日の活躍もあり、今回の特別訓練には自信があった。
前の小隊ではツートップを競うほどの成績を残し、先日の出動でも最後は締まらなかったが、上々の戦果を上げることが出来たと二人は思っていた。
なのはに、「次の段階にステップアップしようか?」と誘われた時は、これまでの努力を認めてもらえたようで嬉しかったほどだ。
しかし――現実は甘くなかった。
以前からこの訓練を受けていたと言うギンガ。
体力は消耗している様子だが、訓練が終わった後も余力を残し、しっかりと自分の足で立っている。
そんな余力のある彼女を見ると、自分たちがどれほど不甲斐ないかを二人は思い知らされているようだった。
スバルも、少しは強くなったと言う自信があっただけに、今回のことはショックが大きい。
厳しい現実を見せられたようで、目の前にいる姉(ギンガ)と自分との間には、未だ高い壁があることをスバルは思い知らされる。
ティアナも、表向きは平然と取り繕っていても、実際にはショックの方が大きかった。
アムラエルと模擬戦をした時から分かっていたことだが、どんなに策を練ろうが、連携を上手くしようが、絶対的な実力差と言うのは簡単には覆らない。
何をしても勝てない相手――持って生まれた才能の差と言うものは必ず存在する。
分かっていたこととは言え、これが生まれ持ち高い魔法資質に恵まれた“天才”と“凡人”との差なのか?
と、思い知らされているようでティアナは悔しかった。
強くなった。そう思っていたのは自分たちだけで、実際にはこんなにも弱い。
――それなのに、何を浮かれていたのだろう?
ティアナはそんなことを考え、今は悔しさから涙を堪えることで精一杯だった。
次元を超えし魔人 第41話『強さの意味』(STS編)
作者 193
ヴィータもこの訓練に参加するのは今回がはじめてだったが、その内容を知って気乗りはしなかった。
管理局は愚か、聖王教会でも、こんな無茶な訓練はまず行っていない。
下手をすれば、魔導師として再起不能になるのではないか? と思えるほど、拷問めいた訓練内容。
生まれ持ちの魔法の才能や、能力差など、そう簡単に覆せるものではないと言うことを、彼女はよく知っている。
それを分からせる。思い知らせるようなこの訓練内容に、彼女は納得が行かなかった。
「どうしたの? ヴィータ?」
「いや……いつも、こんなことしてんのか? お前んとこは?」
「……うん? そうだけど?」
フェイトが当たり前のように答えることからも、バスタードでは不思議でもない訓練なのだとヴィータは思う。
それにしたって、これはやり過ぎに思えてならない。
今頃、自信をすべて打ち砕かれ、落ち込んでいるだろう彼女たちのことを考えると、ヴィータは自分がその片棒を担がされたと思っているだけに罪悪感のようなものが湧いてくる。
そんなヴィータの様子がおかしいことにフェイトは気付き、「ああ」とその態度から何を考えているか、察して見せた。
「二人のことが心配?」
「ち、ちが――わたしは単に、この訓練がやり過ぎなんじゃないかって」
「それじゃ、ヴィータはなんで手伝ってくれる気になったの?」
「それは――」
フェイトに図星をつかれて、顔を真っ赤にして慌てるヴィータ。
ヴィータがこの話を受けたのには、断るに断れない止む得ぬ理由があった。
なのはに“偶然”食堂で出会い、ひさしぶりに話をした時のこと。
待ち構えて居たと言わんばかりに、「はやてちゃん、ヴィータちゃんを借りるね」と腕を引かれ、連れて行かれた隊舎裏。
はやてに涙ながらに念話で助けを訴えたヴィータだったが、二次災害を恐れたはやてに見事に見捨てられた。
「ヴィータちゃんに頼みがあるの」
そう言うなのはの右手には、何故か待機状態でないレイジングハートが握られていた。
ニコニコと笑顔で「頼みごと」と言うなのはは、なんとも言えない凄みがあって――
身の危険を感じたヴィータは、その頼みが何かも確認しないまま、ただ首を縦に振ることしか出来なかった。
それが、ことの真相――昨日のことだ。
「確かに……それは断れないね」
「――だろっ!? てか、なんでアイツはあたしと会うときは必ずと言っていいほど、デバイスを握り締めてんだよ!?」
「それは、たまたま……だと、思いたいけど。以前に問答無用で攻撃されたことを未だに根に持ってるのかな?」
フェイトに当時のことを指摘され、確かにそんなことがあったような気がしなくもないヴィータだったが、あの時は止む得ぬ事情があったのも事実だし、敵同士だった時のことを今更言われてもと思う。
それに、今のなのはに喧嘩を売りたいなどと、彼女は間違っても思わない。
闇の書の防御プログラムに放った容赦のない一撃――極大砲撃魔法スターライトブレイカー。
海を蒸発させ、クレーターまで作ったその一撃に戦慄を覚えた当時のことを思い出し、ヴィータは背筋を震わせた。
更に、あれから十年。SSと言うランクを持つ魔導師にまで成長した彼女に喧嘩を売ろうとは、さしものヴォルケンリッター『鉄槌の騎士』を称するヴィータでも思わない。
あれからずっと苦手意識を持っていることがバレているのか?
この十年、ヴィータはことあるごとに、なのはにからかわれ続けてきた。
なのはに揉まれ(頭を撫でられ、頬を引っ張られ、子供扱いされること幾星霜)――
利用され(訓練と称し、威力実験もとい砲撃魔法の的にされ)――
そんなこともあって、当時より少し打たれ強くなった気がしなくはないヴィータだったが、それでもあの“白い悪魔”に逆らうだなんて怖いこと……とてもじゃないが出来そうにない。
「えっと……ヴィータ、大丈夫?」
「思い出したら気分が……」
ヴィータがなのはに人一倍苦手意識を持っていることはフェイトも知っていたが、それも会う度に酷くなっているように見える。
かと言って、フェイトも自ら危険を冒してまで、なのはに注意する気は起きなかった。
はやてが何も言わないのも、身の危険を感じてのことだろう。
あのアリサやアリシアですら、“黒なのは”の降臨を恐れて、なのはの周りでは悪戯を決してしないほどだ。
可哀想だとは思うが、ヴィータ一人の犠牲で済むのなら――
そんな暗黙の了解が、彼女たちの間に取り交わされていた。
美しくも儚い、女の友情。しかし、あの現実(なのは)を一度その目で見れば、彼女たちの行動にも納得が行くと言うものだ。
当時のことを思い出して顔を青くするヴィータを見て、フェイトもただ苦笑いしか出て来ない。
だが、彼女の危惧していることはフェイトにも分かった。それは当時、同じようなことを自分も感じたことがあったからだ。
あれは、バスタード候補生だった頃。ちょうど、これと同じような訓練を受けたことがフェイトにもあった。
「でも、訓練の内容は、そんなに間違ってるわけじゃないよ?
ね、ヴィータ。自分より強い相手に勝つには、どうしたらいいと思う?」
「そんなの、出来るだけ有利な条件に持っていくか、数で押し切るかしなきゃ無理だろ?
まあ、細かいこと抜きにして――あたしなら、アイゼンですべてぶっ叩いて終わりだけどな」
「でも、なのはには勝てない」
「う――」
フェイトの話に、ヴィータは「それとこれとは話が別だ」と思いながらも、なのはへの苦手意識から言い返せない。
そんなヴィータの反応を見て、フェイトは苦笑を漏らすが、決して意地悪で言っているのではなかった。
それは、バスタードの候補生時代に教わったこと――
当時、すでにSランクに達するほどの実力を見せていた二人だったが、ただの一度も“実戦”でカイたちに勝てたことがなかった。
メタ=リカーナの魔導師、魔法剣士の多くは、管理局の判定で言えばAAか、よくてAAAランクがほとんどだ。
魔導師としての実力ならば、カイやシーン、それにマカパインたち元魔戦将軍にだって、二人は負けていない。
むしろ、総合的な戦闘力では勝っていた。
しかし、それでもこと実戦に置いて、候補生時代、一度も彼らにフェイトは勝てたことがない。
「自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くなくてはいけない」
「は? なんだ、そりゃ?」
意味が分からないと言った表情を浮かべるヴィータに、悪戯ぽくフェイトは微笑んで見せた。
禅問答のような質問に頭を悩ますも、ヴィータには答えが出ない。
「ヴィータは、ちゃんと実践出来てるから心配ないと思うよ」
「――???」
益々意味の分からないヴィータだったが、フェイトの言うとおり、その言葉の意味を彼女が知る必要はないのかも知れない。
バスタードの魔導師の強さの秘密。それは、百の力に勝る、ただ一つの力。
極限にまで鍛え抜かれた剣技は高位の魔導師ですら凌駕し、死線を幾度となく潜り抜けたその慧眼はあらゆる困難を打破する。
魔導師や魔法と言う固定の概念に囚われず、ただ己の力を信じ、達人の域にまで極めた先にある一手。
これだけは誰にも負けない――と言うものを、彼らは“ただ一つ”持っていた。
強さとは――何も強い魔力や、高い保有資質、生まれ持った魔導師としての才能や実力だけを言うのではない。
たった一つでいい。これだけは誰にも負けないと言うものを極めた先に、今まで見えなかった可能性が見えてくる。
なんでもこなせる多彩なスキルを持つと言うことは、生き残る上で重要なことではある。
選択肢の幅を広げることで、生存確率をより高めることが出来る。だが、それではただの便利屋に過ぎない。
彼女たちは個人ではない。
――それぞれに個性を持つ一人の人間であり、互いの背中を預けるチームの一員だ。
その意味と、本当の強さを得るための訓練。そのための教導。
今は辛く、無意味に感じることでも――
その先に、あらゆる状況を打破し、どんな困難にも立ち向かえる。そんな、強い自分が見えてくるはず。
そこまで辿り着けるかどうかは彼女たち次第ではあるが、スバルやティアナ、それにギンガも――
彼女たちなら出来る。なのははそう思って、このバスタード式訓練を受けさせることを決意した。
「あの子達なら大丈夫。きっと、この訓練の意味にも気付いてくれる」
アムラエルが見つけ、なのはが丁寧に、そして厳しく鍛えてきた彼女たち。
だから、フェイトは微塵も心配などしていなかった。
たくさんの人に見守られ、その思いと力を受け継ぐ彼女たちが――“強さの意味”に気付いてくれることを信じて。
ミッドチルダ西部エルセア。
ここは、スバルとギンガが生まれた土地で、ティアナの兄、ティーダの墓もここにある。
交通の便も良く、首都からも程近いこともあって、管理局員の多くもここに住居を構えてる者が多い。
ティアナはティーダが死んだ後、思い出の詰まった家を引き払い、このエルセアには兄の墓参り以外では滅多に帰らないでいた。
それは、魔導師として歩もうと、自分の道を決めた時から、彼女が自分への戒めとして決めたことでもあった。
それに――ここには楽しかった思い出ばかりではなく、悲しく辛い記憶も多く残されている。
立ち止まることが許されないと思っている彼女にとって、ここには良い意味でも悪い意味でも、後ろ髪を引く思い出が多過ぎるのだろう。
今では、隊の宿舎が家のようなものになっているティアナ。
そんな彼女とは違い、スバルとギンガ二人の家は、まだこのエルセアにあった。
決して大きな家と言う訳ではないが、家族四人が暮らしていくのには十分な広い一戸建ての家。
二人の父親のゲンヤは、現在も管理局で働く、三佐と言う肩書きを持つ陸士部隊の部隊長だ。
魔導師でもなく、魔法資質を持たない彼が佐官にまで上り詰めていることからも、人望もあり優秀な人材であることは疑うべくもない。
そして母、クイントは、かつて首都防衛隊で活躍したエリート魔導師の一人で、現役を退いた今もその実力は陰りを見せない。
むしろ会う度に強くなっているとさえ思える、クイントの年齢を感じさせない実力に、教えを乞いていたスバルとギンガの二人でさえ、驚きを隠せなかった。
二人にとって、そんな父と母の存在とは――今も先を行く先輩や師匠として憧れを抱く対象であり、目標でもあった。
「あなたの方から来てくれるとは思わなかったわ」
「まだ、こちらには引越しの挨拶をしてなかったですからね。これ、引っ越し祝いです」
そんなスバルとのギンガの家に、一人の来客があった。
クイントを訪ねてきた女性。それは手土産にプレシアの焼いたケーキを持ったリニスだった。
クイントにリニス。一見、なんの繋がりもない、異色とも言える組み合わせに首を傾げたくなるが、この二人はクイントがバスタードに出向していた時期に、密かに何度か面識があった。
それはカイ繋がりで得た縁だったが、それからも“ある事件”を切っ掛けにクイントは彼女と接触を図り、管理局を退いた後もこうして交流を続けていた。
居間に通されたリニスに、クイントが先程、リニスからお土産に貰ったケーキを切り分け、お茶請けとして紅茶と一緒に差し出す。
「ミッドに引っ越してくるなんて聞いてなかったわよ?」
「プレシアが娘と会えないことを寂しがりましてね。それに――」
とんだサプライズだと言わんばかりに文句を言うクイントに、リニスは事実を包み隠さずプレシアの思惑だと告げる。
その話を聞いて、プレシアの親バカ振りを一度見てるクイントは「彼女なら仕方ないか」と苦笑を漏らすも、次にリニスから発せられた言葉で一転して険しい表情を見せた。
それはADAMの設立の意味。そして、これからのことに関わる話だ。
彼女が管理局を辞めた理由。リニスと、こうして交流を深めることになった本当の理由。
スバルとギンガの出生にも関わる重大な話だけに、クイントも先程までのような軽い態度は取れない。
「そう……近いのね。スバルとギンガが“あの部隊”に出向すると話を聞いた時から、そろそろだと思っていたけど」
「まだ半年か一年――もっと短い可能性もありますが、猶予はあります」
「引っ越してきたのは、そちらが本当の狙いね?」
「ええ……それに“彼”がいればなんとかなる。そう確信してますから」
「信じているのね」
「ええ、少なくとも“彼”以上に頼れる男性をわたしは知りません」
リニスの惚気とも取れる発言に、クイントは先程までの緊張した険しい顔を緩ませ、苦笑も交えた微笑を見せる。
クイントはこの時のために、スバルやギンガを精一杯鍛えてきたつもりだ。しかし、それでも不安は拭いきれない。
二人がADAMに出向すると言う話を聞いた時、いよいよこの時が来たのかと思うと同時に、行かせたくないと言う思いが少なからずクイントの中にはあった。
だが、このまま平和を享受したくても、平穏な家庭を築きたくても、その生い立ちや過去までは変えられない。
それだけ望んでも、周りがあの二人のことを放って置いてくれるとは限らない。
実際、管理局も協力的な対応を見せているが、それも二人の価値を考えてのことだと――クイントは思っていた。
いつも自分が傍で守ってやれるとは限らない。それに、自分ひとりの力がどれほど非力なものかと言うことを彼女は知っていた。
何かあった時に身を守れる力。運命に負けない強さを身に着けて欲しい。
そう思って、心を鬼にして二人を鍛えてきたクイントだったが、そこにはやはり母親としての情が入る。
今頃、バスタード仕込の本格的な訓練を受けている二人のことを思うと、少し可哀想に思えてくるが――
しかし、それも二人のためだと、グッと心配する気持ちをクイントは抑え込んだ。
そんなクイントの気持ちを察して、リニスはそれ以上何も言わない。
リニスはポケットから、密かに持って来ていた小箱を取り出すと、そっとクイントの前に差し出した。
「……これは?」
「娘を思う母親のため――大切な友人のために一生懸命作ったんですよ? もちろん貰って頂けますよね」
クイントはその小箱を開けて、その中から出て来た、深い海のように青く輝く綺麗なペンダントを手に取った。
それはアクセサリーに見えるが、紛れもなく待機状態のデバイス。
このデバイスの製作者が誰かなど、誰に聞くまでもなく一目瞭然だった。
素人目にもすぐ分かる高い完成度。こうして持っているだけでも、力強さのようなものをそのデバイスからクイントは感じる。
目の前のリニスを見て、クイントはその意図を察し、ただ微笑んで見せた。
「最高の贈り物よ」
「喜んで頂けたようで幸いです」
もし彼女が思うような“万が一”の事態があった時、クイントはじっとしていることなど出来ないだろう。
デバイスを持っていなくても、飛び出していくに違いない。それが母親であり、クイントと言う女性なのだとリニスは分かっていた。
そのための力。そのためのデバイス。
彼女が思いを成し遂げるための力が――そこにあった。
ADAMの隊舎内にある薄暗いラボ。
今やアリシアとシャーリーの根城となっている場所に、二人の他にティアナとスバルの姿もあった。
あれは建前だけかと思っていたが、しっかりとモニターとしての義務を果たすため、デバイスの使用具合などを報告書に記載し、三日に一度は、こうしてアリシアの元に二人は足しげく通っていた。
この辺りの律儀さは、ティアナらしいと言ったところだろう。
特別訓練開始から一週間。二人にとって、目に見える進歩の兆しはなかった。
体力はつき、粘り強くはなったと思うが、それでもまだヴィータやフェイトをはじめとする高位魔導師の相手になっているとは、二人は思えない。
一撃入れればいいと言われても、それがどれほど困難かと言うことを二人はこの一週間でたっぷりと学んだ。
最初は「こんなの訓練じゃない。ただのシゴキだ」と文句を言いたくなった二人だが、今ではそんな気力すら湧いてこない。
自分たちの先を行くギンガですらクリアに至っていない難題に、どう立ち向かえばいいのか? ――と、日々頭を悩ませる生活を送っていた。
「お疲れモードね。ティアナ」
「ええ……体力も気力も訓練で使い果たしてますから」
「手応えはありそう?」
「分かりません。付いていくだけで精一杯で、そんなことを考える余裕も……」
いつになく覇気のないティアナを見て、アリシアは心配して声を掛ける。しかし、その反応は重かった。
それはスバルも同じだった。いつもは五月蝿いくらいのスバルが、今日は珍しく一言も発せずに大人しくしている。
そのことからも、かなり重症だと言うことは見て取れる。
しかし、デバイスから取れているデータ自体は、それほど悪いものじゃない。
まだ、デバイスの性能に引き摺られている感じが否めないが、それも誤差の範囲に収まってきていることを見ると、二人の実力がデバイスの性能に追いついてきていると言うことだろう。
二人に渡しているデバイスには、それぞれの能力に応じたリミットが設けられているが、それでも並みのデバイスよりも遥かに高出力高機能なデバイスなのに代わりはない。
むしろ、リミットを全解除して全力を出し切れれば、なのはやフェイトのようなオーバーSランク魔導師の仕様にも耐える代物だ。
そんな物を、今の二人に扱いきれるはずもないので、二人の成長に合わせて、こうしたリミット制限を設けていた。
このモニター報告も建前上は以前に言った通りのものだが、そんな二人には内緒でこの調整を行うと言う意味合いもあった。
デバイスの調整を行いながら二人の話を聞くアリシア。
受けている訓練内容を聞いて、奥で別の作業をしていたシャーリーは青ざめた顔をしていたが、アリシアはむしろその話を聞いて懐かしむように笑っていた。
アリシアもさすがにバスタードの訓練自体は良く知らないが、似たような訓練はなのはとフェイトも、カイやアムラエルと模擬戦と称して、よくバニングスの屋敷に設けた訓練場でやっていたことを思い出す。
いつも大穴を空けてシーンに叱られてたな――とアリシアは当時のことを懐かしんでいた。
真剣な話をしてるのに、なんだかニコニコと楽しそうなアリシアを見て、ティアナとスバルは不機嫌そうな表情を浮かべる。
「ごめんごめん。別に二人のことを笑ったんじゃないのよ。ただ、懐かしいなって」
「「懐かしい?」」
あの話のどこから、そんな思い出話になるのか分からなかった二人だったが、アリシアから同じような訓練をなのはとフェイトも受けていたと聞かされ納得が行く。
しかし、納得が行くも理解は出来なかった。
特にティアナは、なのはやフェイトと比べて“才能がない”と思っている自分に劣等感を抱いている。
むしろアリシアの話を聞いて、なのはたちと自分たちでは置かれている立場が違いすぎるとすら考えていた。
そんなティアナの気持ちに気付いてか気付かないでか、アリシアは話を続ける。
「わたしから見たら、ティアナも十分凄い魔導師だと思うけどね」
「そんなことありません……わたしは凡人だから人一倍努力しないと強くなれないだけで」
「若干十五歳でAAランクに匹敵する戦闘力。このデバイスをここまで使いこなせておいて凡人だなんて言ったら、世の魔導師連中の大半が嫉妬するわよ?」
「でも――なのはさんや、フェイトさんみたいに、わたしには生まれ持ちの才能や高い資質はありません」
「まあ、あの二人は規格外だからね。九歳の頃ですでにAAAランクほどの実力はあったし」
「AAA……」
アリシアの話を冗談だとは思いたいが、そう断言することがティアナには出来なかった。
これまでに今までの価値観や常識を覆されるほどの出来事をまざまざと見せ付けられていたこともあって、そうしたこともあるのかも知れないと思う。
しかし、それは結局、生まれ持った才能ですべて最初から差がついていると言われているように思えてならなかった。
「それを言ったら、わたしなんて同じ姉妹なのにフェイトと違って魔法資質なし。魔導師の才能の欠片もないからね。
魔法ってのは誰にでも使える力じゃない。ティアナとスバルは、その力を使う才能を持って生まれてきた。
それは、凄いことだと思うよ」
「でも、アリシアさんは技術者として天才と言われるほど成功しているじゃないですか!?
それに比べて、わたしは――」
「わたしには、これしかないからね。母さんや憧れとする技術者、研究者に魅せられて――
これなら誰にも負けない――って自信があったから、わたしはこの道を選んだ」
ティアナの苦悩は、なんとなくアリシアにも分かった。
それは同じ姉妹なのに自分に魔法の才能がないと分かった時、フェイトに感じた劣等感に似ている。
でも、アリシアは立ち止まることをしなかった。
魔法の才能が自分にないと分かった時から、アリシアはフェイトとは別の道を進むことを決めたのだから――
立ち止まっていても、そこで腐っていても、そのことで満足するのは自分だけだ。
悩んだっていい。失敗したっていい。泣いたっていい。歩み続けていれば、きっといつか違った可能性が見えてくる。
アリシアはそうした努力を続け、夢だったデバイスマスターになり、今では『天才』と称されるほどになった。
しかし、それは彼女が諦めなかったからだ。その結果に見合うだけの努力を続けてきたからに過ぎない。
そして今も自分の可能性を信じ、慢心せず、前に向かって直向(ひたむき)に歩き続けている。
それは、先日までのティアナやスバルも同じだったはず。
強くなればなるほど見えてくる、なのはたちとの差に怯え、その差を絶望的なものと捕らえてしまう。
結局、そうしたことが目を曇らせ、二人に劣等感を抱かせているのだろう。
そのことで目標を見失っていると言うことも――
大切なことを置き去りにしていると言うことも――
アリシアには分かっていた。
しかし、それは二人が自分で気付くしかない。
「分からないんです……強くなりたい。もっと上に――わたしはそう思って今まで努力してきた。
でも、そんな努力では埋められない才能や、持って生まれた魔法資質と言う壁がどうしてもある」
「――はい。出来たわよ」
そんなティアナの愚痴を聞いて「やれやれ」と言った顔で返事もせず、デバイスを二人に返すアリシア。
別にティアナの教導官でもなければ、人生相談員でもないので、こんな話を聞いてやる義理はアリシアにはない。
しかし、アリシアも二人にはここで腐って欲しくはなかった。
親友に認められた二人だと言うのもあるが、アリシア自身、この二人の成長を見てみたいと思っていたからだ。
だが、そんなアリシアの思いに反して、二人の抱えている問題は酷いように見える。
特にティアナの方は重症だ。
ティーダのことが関係していると言うのは分かるが、そんなのは自分への言い訳に過ぎない。
そんなことが分からないティアナではないはず。そうした、冷静な考えが出来ないほどに、思い悩んでいたと言うことだろう。
これなら無鉄砲でもなんでも、我武者羅に突っ走ってた以前の方がマシと言うものだった。
「そんなのスタート地点が少し違っただけでしょ? なのはとフェイトは確かに凄い魔導師だけど、万能ってわけじゃない。
出来ることもあれば、出来ないこともある。魔導師とは言っても所詮は人間のすることよ。
そこに無駄は当然あるし、得て不得手もあるわ」
「でも……」
「ねえ、ティアナ。なら、あなたはなんで魔導師になろうとしたの?
才能がないって言うなら、普通に一般人として生活すればよかったじゃない。
自分の価値を下げるようなことばかり言って、わたしにはそっちの方が理解に苦しむわ」
魔導師を目指した理由――兄のことを言おうとしたティアナだったが、口には出せなかった。
結局、アリシアに「頭を冷やしてきなさい」とラボを追い出され、ティアナは意気消沈する。
それは、黙ってアリシアの言葉に耳を傾けていたスバルも同じだった。
しかし、アリシアも、これ以上二人に何かしてやるつもりはない。
言うだけのことは言った。むしろ、お節介が過ぎたと本人も思っているほどだ。
ここで腐るようならあの二人も、その程度だった――と言うだけの話だと、アリシアは割り切っていた。
「いいんですか? あれで――」
「わたしは、あの二人の親でも先生でもないのよ? むしろサービスし過ぎたくらいよ」
「心配なら心配だって素直に言えばいいのに……」
「シャーリー……何か言った?」
「いえ、何でもありませんよ」
素直じゃないアリシアを見て、シャーリーは苦笑を漏らす。
なんだか嬉しそうにニコニコと仕事をこなすシャーリーを見て、アリシアはその返事に納得が行かないのか? 不満そうな顔を浮かべる。
なんにしても、これ以上は本人たちの問題だ。
むしろ、ここで魔導師としての道を諦める方が、彼女たちのためなのかも知れない――とアリシアは思った。
相手が高位魔導師だから、才能の差があるから、そんなことを言い訳にしているようでは、これから待ち受ける困難にとてもではないが立ち向かうことは出来ない。
しかし、アムラエルが見つけ、なのはたちが信じている少女たちだ。
アリシアもまた、どこかで彼女たちを信じたいと言う気持ちがあった。
「でも、信じているんですよね?」
「当然でしょ? わたしの親友と妹の教え子たちよ?」
当たり前のことを聞くなと自信たっぷりに、シャーリーに胸を張って答えるアリシア。
きっと大丈夫。彼女たちなら、自分で答えを見つけ出せる。
そう、信じて――
……TO BE CONTINUED